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2024年10月6日日曜日

自然観察園のヒガンバナ(彼岸花)

いつもの野鳥観察(探鳥会)のフィールドと隣接した公園に「自然観察園」がある。先日(9/25)訪れたとき、観察園の西側を紅色に染めるべき「ヒガンバナ」群生地の開花状況は芳しくなかった。その時点で、峠を越えてしまったのか、それともまだなのか判別できずにいた。

(本ブログ関連:”ヒガンバナ”)

きょう出かけてわかった。いままさに盛況である。
園内の湿地帯の板橋はまだ補修が済んでない。したがって、群生地まで一通路しか利用できず、見学者で混みあった。そんなわけで、写真の背景に人影はない。
ともあれ近くで鑑賞できるこの場所はとても便利である。


ヒガンバナ以外に、紅色系の「シュウカイドウ」(淡紅色)や「ツリフネソウ」(紅紫色)の花が咲いていた。きょうが快晴だったら、もっと華やいでいたことだろう。

(追記 10/23)
毒性のある植物としてヒガンバナを紹介しているYoutubeがある。
「【危険】あなたの身近に潜む猛毒植物7選」(登録:「野草研究所」)
https://www.youtube.com/watch?v=2znMCPPwpDQ

まさに「秋枯れが始まった雑木林の林縁などでよく目立つ朱色の果実をつける、つる性の多年草」(Wikipedia)の「カラスウリ」の赤い実が、つるにぶら下がるように連なり膨らんでいた。
紅い実に少々食欲をそそられるが、ネットの解説やレポート記事を見ると、熟す前の青い実が材料になるようだ。


公園を流れる小川の水量が半端なく、数日の雨で溢れたようで、岸辺の平地が水に濡れ、溜まっていたりしている。

2024年10月5日土曜日

野鳥観察(73)

定例「野鳥観察(探鳥会)」の前回(9/28)、及び「東京港野鳥公園観察会」(9/29)の両方を欠席したので、きょうの野鳥観察にはぜひとも参加するつもりでいた。ウェザーニュースの「雨雲レーダー」によると、今朝は雨天になると予報しており、実施されるかどうか危ぶんだ。

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

起床直後、外を見ると曇天で雨の気配はまだない。しかしながら、探鳥会の開始後、1時間ほどすると雨になるという。そこで(5年振りに、鉱物採集で使用した)雨合羽を準備した。

実は、きょうから集合時刻が30分ずれて7時に変わった(4月~9月:6時30分、10月~3月:7時)。集合場所に早目に着き、雨合羽に着替えてみなを待った。参加者それぞれ、傘やポンチョなどを用意されていた。
ー 結局、観察終了近くになって小雨がぱらついたものの、ずぶ濡れに至らなかった。

今回も、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラで確認・整理したものから、次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・ヒヨ(ヒヨドリ):まず第一声、鳴き声が雑木林に響き判断された
・ドバト(<カワラバト): 遠くの高圧線に9羽近くとまっているのが見えた
・エナガ: 木立にせわしく、尾羽の長い小鳥が次つぎ飛廻った(エナガといわれて)
・シジュウカラ: 上記エナガと同様せわしく飛廻った(ジュウカラといわれて)
・アオゲラ: 木立ちに居たといわれたが、私の目にはむつかしい!!
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・アオサギ:(下記写真説明の通り。いつも見なれている)
・カルガモ:(下記写真説明の通り。いつも見なれている)
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・(落葉): 順路上、桜の落葉が多く、ベテランの方から今夏の日射のせいだろうとのこと
・サクラ(オモイガワ): 3輪の花を咲かせていた。「十月桜」と「染井吉野」の交雑とか
ヤブニッケイ(樹):名の通り、葉を握ると芳香を嗅ぐことができる
・キバナコスモス:(下記写真説明の通り。この季節、いつもの花壇に咲く)

アオサギ(写真左)とカルガモ(写真右)
・小雨の中、カメラを向けると野鳥の姿は飛び去っていて、既にいないの繰り返し。幸い水鳥は被写体も大きく撮りやすい。いつものように、小川の岸辺に「アオサギ」が孤高を見せてくれた。
・きょうの小川は、水量が豊富でそのまま流されてしまいそう。上流へ歩を進めると、「カルガモ」のぺヤが、水遊びを楽しむようにいく組も見られた。



サクラ(思川 オモイガワ(写真左)とキバナコスモス(写真右)
・季節外れ*の「サクラ」が、3輪の花を咲かせていた。栃木県小山市の小山修道院(付近に思川が流れている)で発見されたことにより名付けられたとのこと、会長から説明をうかがった。
(*)季節外れのサクラに、10月にも咲く「ジュウガツサクラ」がある。
・いつもの順路に、いつものように「キバナコスモス」が群生し、オレンジ色の花を咲かせていた。


2024年10月3日木曜日

2年目の体操教室で

年齢を限定した体操教室を、歳とともに運動レベルを考慮して3度クラス変えした。いまは、ある意味、最終段階か。昨年9月初から、週一回、木曜日に通っている。したがって、きょうで2年目になる。

(本ブログ関連:”体操教室”)

まず椅子に座ってスクラッチし、さらにセラバンド*を使って体を慣らす。つぎに立ち上がって軽運動をするといった段取りだ。これを1年間繰り返してきた。次第に、体が柔らかくなったような気がする。
(*)セラバンド: ゴム製の伸縮するバンドで、体に多少負荷を掛けながら運動する

ところで参加者同士、いろいろな体験があって会話が弾む。少数のおじさん同士の中での話題だが、ある方から「野菜作り」を趣味にしていて、キュウリの一株から120本近く実が獲れるという。ナスも同様に多数産するとのこと。思わず興味がそそられた。

いつも公園の植物や野鳥を観察する以外に、自然との関わりに野菜作りといった積極的な行為があることに気付かされた。日ごろ、住宅街に残った畑地を見ながら見落としていたことだが。
ー そうそう、庭に繁った雑草を抜かねばならない。

2024年10月1日火曜日

十月はたそがれの国

10月といえば、SFファンタジーの大御所のレイ・ブラッドベリ(Ray Douglas Bradbury、1920年~2012年)の短編集「十月はたそがれの国(The October Country)」(US 1960年 / 宇野利泰訳、創元推理文庫、1965年)がある。高校生のとき、友人にすすめられて以来、ファンになった。

(本ブログ関連:”レイ・ブラッドベリ”)

SF小説のジャンルは多様で、ハードコアから対極のSFファンタジーまである。ファンタジーといっても、妖精物語ではない。物語りの舞台(時代や空間)を自由に駆け、あるいは日常のふとした闇を深堀りし、そこに潜む幻想を語った。そういえば、少年を主人公にしたものが多い気がする。

文庫本の表紙や挿絵を描いたJ.ムグナイニ/ムニャイニ(Joseph Mugnaini)の独特な表現が忘れられない。表紙の建築物の絵は、アルフレッド・ヒッチコックの映画「サイコ」(1960年)に登場した、モーテルに隣接した丘に建つ2階建ての建物(カルフォルニア・ゴシック様式の建築物)のイメージへつながる。後の世代のティム・バートンの子ども向けの怖い映画もそうだ。

ところで、10月となれば、今年も一年の1/4しか残っていないことに気付く。毎年気付いていて、同じ思いを毎度繰り返しているわけだが。10月を何度繰り返せばいいのだろうと、つくづく思うきょうこのごろ。

2024年9月28日土曜日

野鳥観察を寝坊する

きょう、早朝の野鳥観察(探鳥会)に、かならず参加するつもりでいた。でも朝寝坊した。PCデスクの時計に外出時刻のアラーム設定をしていたが、枕元の時計に起床時刻のアラーム設定を忘れていた。目覚めたとき、なんだか妙に明るいなと思った。探鳥会の開始時刻はとっくに過ぎていて、終了時刻の1時間後だった。

そんなわけで、野鳥観察は寝坊のせいで欠席してしまった。最近、よくあることだ。

いつもなら、欠席を埋め合わせるように公園へ出かけるのだが、きょうはそんな気力がない。これも最近、よくあることだ。

Youtubeで、最近見るのが多いテーマに、兵士の帰還(Coming home)がある。とても感動するのだ。家族との再会がどんなに貴重なことか、分かる歳なので。
でもねえ、そんな場面を見ながらインテリはこう言うかもしれない・・・彼らが戦争で闘った相手がいるではないかと。家族関係を超えて物事を解釈する人は、家族という単位での見方に一歩留まることができないかもしれない。いきなり俯瞰に走る。賢くなるというのは、もしかしたら何かを失うことかもしれないって。最近、そんなことを思うんだが。

2024年9月27日金曜日

曼殊沙華:由利あけみ「長崎物語」

ヒガンバナ(彼岸花)」を「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」ともいう。葉を伴わず、真っ赤な花を茎の先に咲かせる。

(本ブログ関連:”ヒガンバナ”)

・ヒガンバナの漢字名である彼岸花には、いかにも宗教的な香りがして、「死」との距離の近さを感じる。そんな訳ではないかもしれないが、自然に咲き広がることのないこの花を、小学校の石垣上の土手に善意で植えた人物がいたようだ・・・それが増え過ぎて、今はすべて刈り取られている*。
(*)訂正(10/3):小学校前を通ったとき、しっかり赤い花が連なっていた。

・曼殊沙華の燃えるような真っ赤な花模様に、女性の熱い情念を想起する。演歌などにそんなイメージが歌い込まれる。石川さゆりの「天城越え」の歌詞には、直接的な表現はないが聞くたび真紅の曼殊沙華が浮かんでくる。


由利あけみ「長崎物語」
由利あけみ(1913年(大正2年)~2010年(平成22年))の歌「長崎物語」(作詞:梅木三郎、作曲:佐々木俊、1939年(昭和14年))は長く歌いつがれ、私が子ども時代にも「赤い花なら 曼珠沙華」のフレーズをよく耳にした。江戸期に、鎖国令のため南方へ追放された「じゃがたらお春」の運命を偲(しの)び、ひとの別れを悲しむ歌だ。歌詞を理解したわけではなかったが、「まんじゅしゃげ」の言葉は記憶に残った。
時代に翻弄されたじゃがたらお春の、故郷をなつかしむ美文が知られていて、その「じゃがたら文」を伝えた江戸中期の学者に対して、後に疑惑がもたれたそうだ(Wikipedia)。

赤い花なら 曼珠沙華
阿蘭陀(オランダ)屋敷に 雨が降る
濡れて泣いてる じゃがたらお春

■ Youtube: 「長崎物語(由利あけみ)」(登録者:0jac5)
https://www.youtube.com/watch?v=Xj_8h-8PxMo


(付)
山口百恵の「曼珠沙華」
山口百恵の歌「曼珠沙華」(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、1978年(昭和53年))では「マンジューシャカ」と歌う。ある意味内面的な場面であり、深まる苦悩の象徴として曼珠沙華が登場する。

マンジューシャカ 恋する女は
マンジューシャカ 罪作り
白い花さえ 深紅に染める

2024年9月25日水曜日

公園の秋

朝夕、冷え込みが日ごと深まる。とうとう昨晩からふかふか布団に切り替えた。早朝(05:00ころ)の外気温は、17.4℃くらい。これから、どんどん下っていくことだろう。そうそう、水道水が始め冷たくやがて温くなるという、真夏と逆転現象が起きている。

それでも、きょうの最高気温は 24.5℃(12:31)だった。ムクムクした雲に一面覆われて、陽射しに力なく緩い秋の空模様だった。そんななか(午後3時近く)、公園併設の「自然観察園」へ出かけた。

今月は、残暑のせいで、観察園のボランティアの方々も活動をひかえているようだ。園内は雑草が繁り、湿地帯の板橋も補修の手がつかないままのようだ。入口にある掲示板には、いつも野草の写真とその番号を地図上にプロットしているが、現在、断り書きが貼られていて、最新の情報ではないと記されている。

ヒガンバナ
観察園の西側奥にある「ヒガンバナ(彼岸花/曼珠沙華(マンジュシャゲ))」の群生地へ、限られた通路でたどり着いた。そこには、紅い花がまばらに咲いているだけだった。全面開花の峠を越えたのか、それともそれ以前なのか正直分らない。

(本ブログ関連:”ヒガンバナ”)


コスモス
隣接する公園へ、足を延ばした。変わり映えしない緑の景色が広がっている。雑草に目配りできる眼力があれば楽しめたのに残念。ある橋の際に、「コスモス」が薄紫色の花を咲かせていた。以前、ベテランの方から、公園にこんな風に人手による種付けは、公園本来の趣旨に反することだが・・・と。素人は(わたしも)、コスモスを移植した人の心理と変わりなく、見栄えの良いものについ目が行きがちだ。

(本ブログ関連:”コスモス”)

2024年9月24日火曜日

三橋美智也「リンゴ村から」

ふと思うことがある。故里、故郷、そして田舎といった言葉を身の回りであまり聞くことがない。地方都市を巡る公開歌番組「NHK のど自慢」があって、かつて高橋圭三、宮田輝といった名司会者が、地域の香りを素人出演者たちから引き出してくれたものだが。現在も続くこの長寿番組を、最近テレビ離れしているせいか、日曜日の昼に見ることはほとんどない。

また、NHKの子ども向け番組に「みんなのうた」があり、放送開始は「のど自慢」の1946年に遅れて、1961年であるが、これも長く続いている。あるとき、最近の「みんなのうた」に採用された新曲の歌詞に、故里、故郷、そして田舎といった言葉が少ないのではと思いついた。

「みんなのうた」に登場する曲の歌詞を、時代別に語彙分析したものがないか、さらに、故里、故郷、そして田舎といった言葉がどう変遷しているのか知りたいと思った。それを以前、Googleの生成AI Gemini に問うてみたところ、次のような回答があった。(抜粋)

Q.これまで放送されたNHKの「みんなのうた」の歌すべてについて、歌詞から「ふるさと」、「こきょう」といった単語が減っているのではないでしょうか?
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A.NHK「みんなのうた」における「ふるさと」・「こきょう」ワードの減少傾向:歌詞分析からみる考察

確かに、近年放送されるNHK「みんなのうた」の歌詞において、「ふるさと」や「こきょう」といった単語が減少している傾向が指摘されています*。しかし、この傾向を断定的に捉えることは難しく、歌詞内容の変化には様々な背景が考えられます。
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(*)減少傾向を示す「文献」が紹介されているわけではないが。

急激な情報の集中化(ネットワーク化)がすすみ、距離感も意識も一体化してしまったという無難な解釈もあるだろうけれど。Geminiは、歌詞DBを使った分析方法(観点)について触れているが、この現象をまったく違った解釈もあるのではないかと考えたりする。


ところで、三橋美智也が歌った「リンゴ村から」(作詞:矢野亮、作曲:林伊佐緒、1956年(昭和31年))がある。この歌をもとに映画化され、リンゴ園で働くことを決めた若者が、東京に上った女性を想い続けるストーリーが展開される。故郷を遠くにした都市人間と違って、逆に見ることができる・・・田舎に力がまだあった時代の作品かもしれない。

おぼえているかい 故郷の村を
たよりもとだえて 幾年(いくとせ)過ぎた
都へ積み出す まっかなリンゴ

■ Youtube:「三橋美智也 リンゴ村から」(登録: nakaya0609)
https://www.youtube.com/watch?v=OklkbAQj_TQ

2024年9月22日日曜日

秋分の日 2024

きょうは二十四節気の「秋分」で、「太陽が 秋分点(天の赤道を北から南へ横切る点)を通過する」日で、「立春」から数えて「二十四節気の第16」にあたる(Wikipedia)。小雨まじりの一日が続いた。

二十四節気の秋分は 9月22日から10月7日頃までの時期であり、秋分の起こる国民の祝日である「秋分の日」は 9月22日か23日(まれに24日)になる。きょう日曜日と重なったため、あす(9/23、月曜日)振替休日となる。

(本ブログ関連:”秋分の日”)

「春分」と同じく秋分は、昼と夜が同じ長さになるといわれるが、実際は、昼が少し(14分ほど)長くなる。とはいえ、これから先は「地軸」のせいで夜が長くなり冷えていく。寒いのが苦手な私には気掛かりな時候となる。

秋分の日に「おはぎ」を食べる伝統がある。「春分の日」に食べるのは「ぼたもち」と区別されるそうだが、私にしてみたら違いに関心はない。餅米のにぎりを、小豆を原料にした餡子(あんこ)で覆った和菓子という認識でしかない。

餡子について好みをいえば、粒餡(つぶあん)に餡子らしさを感じる。田舎風にドテッとまぶしてくれたら、なお一層美味しい。一方、晒し餡(さらしあん)/漉し餡(こしあん)は上品でいけない。あっけなくて物足りないのだ。
餡には、その他に、黄な粉、うぐいす餡、栗餡など多様で、結局どれも美味しくて嬉しい。

(追記)
日の暮れた帰り道、和菓子店に寄っておはぎを求めた。粒餡と晒し餡がセットになっていて、両方とも美味しくいただいた。甘さが控えめなのに時代を感じた。
秋分の日に、おはぎが間に合ってよかった。

2024年9月21日土曜日

能登半島に大雨特別警報、サルビア

今年の元旦、能登半島を地震が襲った。震度7の「能登半島地震 は、新年早々驚かせるものだった。震災復興について想像したより遅いのが気掛かりだった。その震災地を、きょう「大雨特別警報」が発せられ「警報レベル5」に相当するという。

(本ブログ関連:”能登半島地震”)

テレビで報じられる「雨雲レーダー」映像に、能登半島北部(輪島市、珠洲市)線状降水帯が横たわっていた。現地報道で、(いずれの土地か聞きそびれたが)茶色に変色した溢れんばかりの濁流の河川の岸辺に、紅い「サルビア」*の花が連なっているのが見えた。静と動の対比が象徴的だった。
(*)この時期もしかしたら「ヒガンバナ(彼岸花、曼珠沙華)」もあるが姿・形が違った。

高校時代の修学旅行で、平泉の中尊寺毛越寺、十和田市の奥入瀬渓流など東北地方を巡った。毛越寺だったろうか、強い日射しの下、赤いサルビアの花壇の真紅の光景が今も目に焼き付いている。いろいろな意味で忘れられない花だ。

2024年9月18日水曜日

9月の満月(ハーベスト・ムーン)

今晩(旧暦8/16)のお月様は、まんまる「満月」だ。きのうは「中秋の名月」だったが、満月ではなかった・・・必ずしも一致するわけではないようだが。
ー きょうの満月の瞬間は、昼間の11時36分。夜は雨曇りの空になるという。

(本ブログ関連:”満月”、”中秋の名月”)


最高気温
きょうの最高気温は 36.3℃(12:35)で、9/12(木)の 36.0℃ 以来の「猛暑日」だった。
一方、東京都心の最高気温も、次の通り、35℃ を超える「猛暑日」だった。

■気象協会のニュース
「【速報】東京都心35℃超 最も遅い猛暑日 82年ぶりに記録更新」(日直主任、2024.9.18)
https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2024/09/18/30555.html
ー 東京都心の最高気温は、35.1℃(11:55)となり、統計開始(1875年)以来最も遅い猛暑日を記録した
ー 東京都心の最も遅い猛暑日は、1942年9月12日(最高気温は35.3℃)で、82年ぶりに記録を更新した


満月
お月様は真っ暗な「新月」より、一番明るい「満月」がよい。月明りに誘われて誰もが浮き浮きする。狸には、満月の晩に賑やかに騒ぎ立てる「狸ばやし」がある。狼人間の場合、満月の明かりに「狼男」に変身する困ったことがあるが。

アメリカの農事暦で、9月の満月は「収穫月(Harvest Moon)」といい、アメリカ先住民の風習に由来する言葉だそうだ。読んで字のごとく、実りを収穫する豊穣の時期に相応しい呼称だ。

(本ブログ関連:”農事暦”)


Harvest Moon
恋を成就して時を経た二人が、”Harvest Moon” の月明かりを浴びながら、充実した時間を過ごす、大人の雰囲気がする ニール・ヤングの曲がある。「クラシック・ロック・レビュー」は、「恋愛関係や恋愛の長寿を祝福するタイトル曲」と評しているそうだ(e-Wikipedia)。

■ Youtube: Harvest Moon(収穫月)
「Neil Young - Harvest Moon lyrics」(登録:vikoRock10、1992年)
ー https://www.youtube.com/watch?v=iPqv_N2mOGE


9月の和名
ところで、9月の和名の代表は「長月」だ。その他の9月の異称を含めて、ウェザーニュースは次のように解説している。

■ ウェザーニュース
「9月は「長月」、何が“長い月”なの?   たくさんある"9月の異称"とは」(2022/09/01)
https://weathernews.jp/s/topics/202208/240225/#google_vignette
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なぜ「長月」と呼ぶのか?
・「長月は、古くから“夜長月(よながづき)”が略されたものだといわれてきました。旧暦9月ともなれば、ずいぶん日の入りが早くなり、夜が長いと感じるようになります。そこから「夜長月」と呼ぶようになり、縮まって“長月”になったということです。
・ほかに、“稲刈月(いねかりづき)”や“稲熟月(いなあがりづき)”が変化したという説もあります」(山下さん)*

(他の異称:詳細は記事を)

【寝覚月】(ねざめづき)                夜が長く冷え込む、夜中に目覚めてしまう
【小田刈月】(おだかりづき)            旧暦9月は、稲刈りの月
【菊秋】(きくしゅう・きくあき)    菊見月」、「菊咲月」、「菊開月)」、「菊月」
【紅葉月】(もみじづき)                 本格的な紅葉、「薄紅葉」、「斑紅葉(むらもみじ)」
【色取月】(いろどりづき)              木の葉が色づく
【梢の秋】(こずえのあき)              旧暦9月は、晩秋にあたる、「末(すえ)の秋」
【涼秋】(りょうしゅう)                 旧暦9月は、涼しい秋
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(*)山下さん:「二十四節気と七十二候の季節手帖」著者、作家山下景子氏

2024年9月17日火曜日

Googleの生成AI「Gemini」の表現力がすごい

秋の夜に「風に吹かれる」といった変わり映えしない表現を、多様に言い替えたく、Googleの生成AI「Gemini」にいくつか別表現を求めたら、下記の回答を得た。
ー ネットの語彙辞書にも言い替え表現があるが、語彙幅が狭いことが多い。
ー Geminiの場合、J-POP風(共感的)な歌詞作りにも使えそう、まさに生成AIである。

Q.「風に吹かれる」を抒情的に言い替えたいので、いくつか例示してください。
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A.「風に吹かれる」を抒情的に言い替えるのですね。様々な角度から表現できますので、いくつか例を挙げさせていただきます。

自然の力と一体化する表現
風になじむ: 風と一体となり、自然の中に溶け込むような感覚を表します。
空気に抱かれる: 空気に包まれ、軽やかに漂うようなイメージです。
風に乗る: 風に乗ってどこまでも行けるような、開放的な気持ちを表します。
そよ風に戯れる: 優しい風と遊び、心が安らぐ様子を表します。
大気に触れる: 広大な空気に触れ、生命を感じ取るような表現です。

感情や心の状態を表す表現
想いを乗せて: 心の奥底から湧き出る感情を風に乗せて遠くへ運ぶようなイメージです。
心を洗われる: 風に吹かれることで、心が清められ、新たな気持ちになる様子を表します。
魂を揺さぶられる: 風の力強さによって、心が大きく揺り動かされるような表現です。
過去を洗い流す: 風に吹かれることで、過去の辛い記憶を洗い流し、前に進む決意を表します。
未来へと導かれる: 風が未来へと導いてくれるような、希望に満ちた気持ちを表します。

五感を用いた表現
髪の毛をなでる風: 風が髪に触れる感覚を具体的に表現しています。
頬を撫でる風: 風が頬に触れる、柔らかな感覚を表します。
肌を刺す風: 冷たい風を感じる、鋭い感覚を表します。
耳を鳴らす風: 風の音を聞き、自然の音に耳を澄ませる様子を表します。
鼻をくすぐる風: 風に乗って漂ってくる香りを感じ、五感を刺激する様子を表します。

状況や情景に合わせて表現
木々を揺らす風: 自然の風景の中に人が溶け込む様子を表します。
草原を駆ける風: 広大な自然の中で自由に駆け回るようなイメージです。
波を立てる風: 海辺の風景の中で、風と一体になる様子を表します。
街を駆け抜ける風: 都市の中で、風を感じながら歩く様子を表します。
心を解き放つ風: 様々な状況下で、心が解放される瞬間を表します。

上記の例を参考に、あなたの描きたい情景や伝えたい感情に合わせて、言葉を選んでみてください。

例えば、
穏やかな春の日に、桜の花びらが舞い散る様子: 「桜の花びらと共に、春のそよ風に包まれる
冬の寒い日に、冷たい風が吹きつける様子: 「冬の荒野を吹き抜ける、冷たい風に身を晒す
人生の岐路に立ち、未来への不安と期待を抱く様子: 「未来への風を感じながら、迷いながらも一歩を踏み出す

(上記)のように、具体的な情景や状況を組み合わせることで、より豊かな表現になります。

より具体的に表現したい場合は、どのような情景や感情を表現したいか教えていただけると、さらに適切な言葉を選ぶことができます。
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中秋の名月 2024

きょう(旧暦 8/15)は「中秋の名月」にあたり、夜方、「秋の七草」の「ススキ(薄・芒)」や「キキョウ(桔梗)」を飾り、団子を供えて「月見(お月見)」する伝統がある。本当なら、縁側で秋の夜風に吹かれて、満月を愛でるといった風情ある場面に置かれると最高なのだが。

七夕なら笹の葉、仲秋の名月ならススキやキキョウ。季節に応じて自然を飾り月を見上げる。それは、子どもたちにとっても、家族にしてもゆったりした平和な時間だったけれど、自然とかけ離れた住宅街ではなかなか難しい。

中秋の名月から、「仲秋」という言葉が思い出される。中秋と仲秋どう違うのだろうか。そして、中秋の名月がきょうなのに、満月はあしたなのだろうか。

■ ウェザーニュースの記事(2022/09/10 05:48)に、次の解説がある。(抜粋)
https://weathernews.jp/s/topics/202209/080225/#google_vignette
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十五夜・中秋の名月とは 中秋と仲秋の違いは?
十五夜とは、月の満ち欠けをもとに1か月の日付を決める太陽太陰暦(旧暦)における毎月15日の夜のことです。
中秋の名月とは、同様に旧暦における8月15日の夜に見える月のことです。月見をするのは中秋の名月となる8月の十五夜のことが多いため、「十五夜の月」と「中秋の名月」はほぼ同義で使われます。
・「ちゅうしゅう」という音を表現するのには「中秋」「仲秋」の2通りの書き方があります。中秋は旧暦8月15日を、仲秋は旧暦の8月をさすことが多いようです。

中秋の名月=満月とは限らない
・旧暦は月の満ち欠けをもとに日付が決まるので、中秋の名月・十五夜の日は満月と同日になりそうですが、実はそうとは限りませんむしろ満月とは同日にならない年が多数を占めます。
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そういえば、むかしの大映映画に、市川雷蔵主演の「眠狂四郎」(1963年~1969年)シリーズがあって、月下に妖しく輝き弧を描くように刀身を回転させる「円月殺法」があった。Youtubeに、その瞬間を抜き出した映像を探したが見つからない。
月夜、眠狂四郎に挑む者は円月殺法にたじろいだことだろう。コマ送りのようにして、刀身が月光を反射する殺法なのだから。

1963年に始まった、この映画シリーズのころに、チャンバラ遊びからとっくに卒業していたので、街中の映画館のポスター見たぐらいしか記憶にない。

2024年9月16日月曜日

敬老の日、何がめでたい

きょうは「敬老の日」、何がめでたい。

先日(7/5)、話題の映画「九十歳。何がめでたい」を見て以来、歳をとることの「けじめ」と責任を、笑いながら素直に痛感している。

(本ブログ関連:”九十歳、何がめでたい”)

「けじめ」の漢字がないように、けじめをつけるのはことほど左様に難しい。うっかりすると、他責的となり頑固者と嫌われる。ケジメがなければないで「だらしない」老いぼれと呼ばれそう。そう、だらしないも漢字が見当たらない。

文庫本「九十歳。何がめでたい」(佐藤愛子、小学館文庫)に書かれていることだが、著者は直木賞を受賞した記者会見後の夜(1969年7月19日)に見た月が満月で、アポロ11号がそこへ向かっていると耽ったと、そのつど話をしてきた。それを知ったある雑誌のインタビュアーが、月齢カレンダーで調べて、当夜は三日月だったと「イチャモン」つけたそうだ。すっかり自信を失った佐藤氏は、上記の話題の最後に「これから私のいうこと書くことアタマから信じないでただ面白がって下さい」と記している。

悔しいじゃないですか。そこで、アポロ11号が月面着陸(1969年7月20日:日本時間1969年7月21日午前5時17分)した日前の月の形を確認したところ・・・。

■ 満月カレンダー
「1969年7月のカレンダー」
https://www.arachne.jp/onlinecalendar/mangetsu/1969/7/

残念ながら、1969年7月19日の月は、やっぱり三日月だった。

日本の高齢化は止まらない。今年も、65歳以上が過去最多だそうだ。おまけに少子化とセットになっているので、先行きは明るくない。私たち戦後生まれは、食い逃げ世代で、何の責任も負わずにいる。おまけに敬老の日をどうということなくうっちゃっている。多分、逃げ切ることだろう。

■ 厚生省
「将来推計人口(令和5年推計)の概要」(令和5年[2023年]4月26日公表)
・今後、わが国の人口は、2020年の1億2,615万人から2070年には8,700万人に減少
・高齢化も進行し、65歳以上人口割合2020年の28.6%から一貫して上昇し、2070年には38.7%へと増加
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/001093650.pdf

2024年9月15日日曜日

今日も暑い

きのうの空は、まるで子どもが絵日記に描いたような、青空に「わた雲(積雲)」がぽつぽつと浮かんでいた。それに対して、きょうの空は高層に「いわし雲(巻積雲)」が覆っていた。なるほど、明日の天気は下り気味だ(朝方に雨が降るという)。

きょうも暑かった。何を好んで昼過ぎ(午後3時)に、西へ向かって出かけた。待っていたように太陽は焼き付け、尖った日射しで刺してくる。ぷ~ッとため息をつくぐらい。探鳥会のときかぶる帽子をしてくればよかったと後悔する。

今月(9月)に入っても、暑さは衰えない。最高気温を日ごとに確認したら次の通り。限りなく「猛暑日」に近い日が続く。

   月日        最高気温(℃)
-----------------------------
1日(日)    29.8
2日(月)    33.1
3日(火)    27.3
4日(水)    30.5
5日(木)    33.1
6日(金)    34.7
7日(土)    35.0
8日(日)    35.5
9日(月)    34.0
10日(火)   34.5
11日(水)   35.7
12日(木)   36.0
13日(金)   34.4
14日(土)   34.8
15日(日)   34.8

やっぱり暑い。出かけたついでに、軽く公園へ行こうと思ったが、とてもとてもキツイ。断念した。帰宅途中、風が吹いてきたおかげで一息ついた。

せっかくだから、Youtubeに、9月の音楽を探してみた。

■ Youtube: 「September Song
「1st RECORDING OF: September Song - Walter Huston (1938)」(登録:The78Prof)
https://www.youtube.com/watch?v=Ou2J-e3rXek
歌は、熱い思いをへて恋を勝ち取った男が、ともに、人生の紅葉に彩られた貴重な秋を知る。それが、挿入歌として使った映画「旅愁September Affair)」になると、ストーリーが恋の逃避行になるなんて誰が考えようか。

2024年9月13日金曜日

C-119 輸送機

輸送機といえば、民間の場合、旅客機を改造したものがほとんどだろう。専用機として開発されたといわれる「ボーイング 777F」や「エアバス A350F」などあるそうだが、素人目には、ボーイング 777やエアバス A350旅客機の窓がないくらいのものにしか見えない。

自衛隊機で多く見るのは、何といってもターボプロップの四発プロペラ機「ロッキード C-130(ハーキュリーズ)」だろう。その後の国産の双発ジェット機「川重 C-1」、その後継の「C-2」がある。サイズがどんどん大きくなる。

ところで、小学生のころ、九州に住んでいたとき、小学校の校庭の上空を双発・双胴のレシプロ機「フェアチャイルド C-119」が飛んでいた。というか、ゆったりと浮かんでいたといった方がよいかもしれない。たいてい一機だけ。レシプロエンジンのブォーンといった音は、辺り一帯に充満した。

(本ブログ関連:”C-119”)

遠賀川の河口、芦屋海岸に米軍基地(現:空自の「芦屋基地」)があり、C-119輸送機のベースになっていたようだ。子どものころなので、遠賀川は遠くにあって、子どもだけで遊びに行く距離じゃなかった。まして、芦屋基地に行くあてもない。
芦屋という地名を身近に感じていたので、今お騒がせの兵庫県にある芦屋と、なぜかイメージが重なったりした。おかしなものだが。

C-119輸送機が何処へ飛んで行くのか気にしたことはまったくなかった。何度見返しても一向に飛び去る気配がない、そんな機影が不思議だった。だいぶ上空を飛んでいたのだろうけど。

ところで、プラモデル好きだったが、C-119を作った記憶はない。実機をしょっちゅう見ていたのに、やっぱり地味な機体だったせいかもしれない。プラモデル人気はあまりないようで、ネット検索しても国産メーカー大手の「タミヤ」も製造販売していないようだ(イタリアのイタレリ社製を扱っているようだが)。


(付)
① Youtube:「米軍史上最高の軍用輸送機トップ7」(登録:ミリタリーテレビ)
https://www.youtube.com/watch?v=Nj8vdIev3xc&t=21s

② Youtube:「フェアチャイルド C-119 ”Flying Boxcar”の歴史」(登録:Hagerstown Aviation Museum)
https://www.youtube.com/watch?v=xw_gkzEZKu0

2024年9月12日木曜日

イガグリくん 、ガリガリ君

もし、昔の漫画雑誌*が残っていたら、いろいろ思い出すことがあるだろうけど、今となっては、漫画のタイトル(=主人公)しか浮かんでこないのが残念だ。月刊の漫画雑誌「冒険王」の「イガグリくん」(作 福井英一)を思い出す。柔道一直線の漫画で、子どもでも気付くくらい画風は洗練されたものでなかったけど、圧倒的に記憶に残っているのは、ストーリー展開にひかれたからかもしれない。
(*)漫画雑誌: 週刊漫画が出る以前、月刊誌として競ったのが「少年」と「冒険王」だった。

秋田書店の漫画雑誌「冒険王」は、光文社の漫画雑誌「少年」と比べて、正直二番手な感じがした。何しろ、「少年」には「鉄腕アトム」(作 手塚治虫)という強力な連載があったからだ。
それに、月刊のため次号が待ち遠しい対策だろうか、付録がてんこ盛りだったのが懐かしい。小判で、毎号5、6冊あったのではないだろうか。

ところで、坊主頭のイガグリくんが、子ども向けのアイス菓子「ガリガリ君」のキャラクター・イメージにつながってしまう。ガリガリ君は、どう見ても白いランニングシャツが似合いそうな、昭和のコテコテした雰囲気がする。今の子どもにとっては、夏場の駄菓子キャンデーといった愛着があるのかもしれない。


(付)
手塚治虫がライバルと目した漫画家たちとの秘話がYoutubeにあった。そのなかに、イガグリくんの作者で早世した 福井英一に関する話題が語られている。
「【パワハラ?】手塚治虫に○された悲運の漫画家がヤバい…【山田玲司/切り抜き】」
https://www.youtube.com/watch?v=w3zOJJAHKLA

「ライバル視(潰し)」に似た例をラジオで最近聞いたことがある。テレビによく出演する、ポップスからクラシックまで音楽解剖するピアニストがいるが、ショパン国際ピアノコンクールで受賞したピアニストに対して、おれのジャンルにかかわるなといった意味の発言をしたそうだ・・・。

宇宙の日

今日は「宇宙の日」、「国際宇宙年であった1992年に、日本の科学技術庁(現・文部科学省)と宇宙科学研究所(現・宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 JAXA)が制定した記念日」(Wikipedia)とのこと。

ソ連のスプートニク衛星、ガガーリンの地球周回、初の女性有人宇宙飛行士のテレシコワ、アメリカの弾道飛行したシェパード、グリソム(いかにも軍人らしい風貌が格好よかった)が蘇ってくる。そして月面着陸のアームストロング船長。

子どもの関心とともに宇宙開発の歴史が進んだ。子どもたちを後押ししたのがテレビのSFドラマだ。今のSF映画は奇想天外な物語が多いが、子ども時代に見た米国のテレビドラマ「宇宙探検」は、科学的であり、異星人(宇宙怪物)と遭遇するといった物語りを繰り広げる以前のものだった。

(本ブログ関連:”テレビと宇宙”)

(以前の本ブログで触れたことがあるが)昔、家庭用テレビが珍しかった時代、近所の家に集まって白黒のブラウン管テレビを見せてもらっていた。まるで映画を楽しむようにアメリカの番組を楽しんだ*。「ハイウエイパトロール」のダン・マシューズ隊長、「宇宙探検(Men into Space)」のエドワード・マコーリー大佐の思い出が今も残る。そしてテレビは瞬く間に普及し、「潜水王マイク・ネルソン(SEA HUNT)」や「裸の町(The naked city)」など、いずれもしっかりした大人の主人公が登場した。
(*)民放テレビは、映画館の入場料を払わず、タダで漫画「ヘッケルとジャッケル」を見せてくれた。

(本ブログ関連:”マイクネルソン”)

NHKアーカイブスに「宇宙探検」(放送年度 1959~1960年度)が記されている。
https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009040888_00000
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当時、最新の科学知識に基づいて未来の宇宙征服の夢を描いた空想科学シリーズ。国防省はじめ各宇宙開発研究団体の協力でロケット打ち上げの実写をふんだんに使い、精巧な特殊撮影と共に迫力を生んだ。主人公のマコーレー大佐は常に冷静沈着で、どんな事故にも対処する勇気と能力を持ったスーパーマン。同時に人間的な温かさも兼ね備え、ドラマとしての厚みを出した。(白黒/吹替/アメリカ/原題: Men Into Space

音楽:ヴィクター・ヤング**
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上記解説に「音楽:ヴィクター・ヤング」の名があるが本当だろうか。
彼の、映画「エデンの東」、「八十日間世界一周」の名曲を知らぬ人はいないだろう。「黒い牡牛」も忘れられない。多分、初めてレコード店に一人で行って買ったEPレコードだったと思う。

2024年9月9日月曜日

パリ・パラリンピックが終わって

きょうの夜明け前、2024年 パリ・パラリンピック(2024年8月28日~2024年9月8日)が終了し、閉会式により無事幕が下りた。

(本ブログ関連:”パリ・パラリンピック”、”パリ・オリンピック”)

熱心な観戦者でないため、深夜のテレビ放送を睡魔と闘いながら見たり見落とししたりした。結局、最後まで見届けた実況中継は、「ポッチャ」(女子個人(BC1)3位決定戦)の遠藤裕美選手の銅メダル獲得の場面だけ。ニュースで、「車いすテニス」(男子シングルス)の若き小田凱人選手の金メダル獲得の際(喜びのあまり車椅子の一方の車輪を外して、コートに横たわった)を見て感動した。

チーム                         合計
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1.中国                  94     76    50    220
2.イギリス            49     44    31    124
3.アメリカ合衆国   36      42    27    105
4.オランダ            27      17   12     56
5.ブラジル            25      26    38    89
6.イタリア            24     15    32    71
7.ウクライナ         22     28    32    82
8.フランス            19     28    28    75
9.オーストラリア   18     17    28    63
10.日本                14     10    17    41
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腰が痛い、膝が痛いとこぼしてばかりいた私にしたら、パラリンピック出場の選手たちの活躍は驚嘆にあたいする。どれだけ前向きなんだろうと。

2024年9月7日土曜日

野鳥観察(72)

前回(8/24)の野鳥観察(探鳥会)を欠席した。そんな場合、負い目を帳消しにするように、別途公園内を巡ったりするけれど、日射、長雨のせいで外出をさぼってしまった。だから、きょうの観察会には、ぜひとも参加せねばならない。

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

早朝、天気よし。ヤブ蚊を用心して長袖シャツを着た。まだまだ陽射し(朝陽)も強く眩しい。やがて汗ばむことになるのを容易に予想できた・・・案の定、観察の順路を進むうち、何度もハンカチで額の汗を拭いた。

公園の奥へ進むも、今朝はシンして静かだった。鳥の鳴き声、風の音もない。時々セミがジーと発するのみだった。始めは、カラスやハトを見かければ一息つく感覚だった。それでもベテランの皆さんは、しっかり野鳥のさえずり(地鳴き)を聞きとっていたようだ。

探鳥の途上、今回も下記内容も含めて、博識の会長から次の話をうかがった。
●「ハグロトンボ」が見当たれば、近くに清流があることを示す。
● 今回の豪雨(ゲリラ豪雨)で、「氾濫危険情報」に野川も挙げられたが、この公園は上流にあって被害が及ばなかった。各種水路が流れ込む下流こそ警戒された。
● 小川の岸辺の草の刈りこみについて、いくつか変化がある。生態系の保全・保護のため、岸辺の一部に「自然再生区域」を設けられている。これには、ホタルが棲むような完全な自然保存とか、いろいろな考え方がある。
● 「ススキ」が、「オギ」より先に穂を付けている。ススキは「株」単位で成長する。オギは水辺で水に流されないよう、地下に根を伸ばし、その根から要所要所で茎を地上に伸ばす。オギは窪地に育ちやすい・・・地名に「荻窪」がある。

今回も、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラで確認・整理したものから、次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・アオゲラ: 鳴き声がしたといわれたが・・・私の耳にほど遠い
・シジュウカラ: グラウンド脇の小公園の樹に幼鳥の群れが集まった(今回1位タイ)
・ヤマガラ: グラウンド脇の小公園の樹に、数羽集まった・・・といわれたが
・メジロ: グラウンド脇の小公園の樹の傍を、黄緑色の影が2羽飛ぶのを見た
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・アオサギ: いつものように1羽、小川の岸辺の草の中に身を低くしてたたずんでいた
・カルガモ: 下記写真以外に4羽が小川に浮かんでいるのを見た(実は、今回1位タイ)
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アカボシゴマダラ:木陰に1匹(頭)、人を恐れずいた。そばに寄ってもたじろがない、
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・ツルボ: 苗圃(びょうほ)の中に群生しているのが見えた(写真はピンボケで不可)
・ムクゲ: グラウンドのそばに、薄桃色の八重が一輪残っていた
オトギリソウ: 小川に沿った道の一段上の境に、地味で目立たぬ黄色の花が咲いていた
マメアサガオ: まことに豆のごとく小さな白い花で、草むらに隠れるように咲いていた

アオサギ(写真左)とカルガモ(写真右)
・いつもなら、立ち姿をみることの多い「アオサギ」がなぜか、小川の岸の草むらにしゃがんでいるのが見えた。ここ水辺の鳥で一番、孤高であり野性を感じる。
・崖線のハケから小川へ湧水する施設に、「カルガモ」がエサを探すように水中に頭を突っ込んでいた。


アカボシゴマダラ
・以前(2023年8月26日)も観察したが、「アカボシゴマダラ」は、しゃきっとした装いの蝶だ。その時と同じように、葉の下にじっととまったまま、逃げようともしない。「特定外来生物」


オトギリソウ(写真左)とマメアサガオ(写真右)
・「オトギリソウ(弟切草)」は、その名の通り残酷な伝承を持った草だ。「花言葉も『怨念』、「迷信』とされる」(Wikipedia)とのこと。小さな黄色の花が咲いていた。
・草むらの陰で「マメアサガオ」がひっそりと白い花を咲かせていた。まるでミニチュアサイズだ。

白露 2024、端唄「萩桔梗」

きょうは二十四節気の「白露(はくろ)」。用語としては、秋が深まり大気が冷え始めて露が出るころ。実際、早朝に朝露を公園で目撃することはあるが、一面露で輝いて白色になるほどまででない。

(本ブログ関連:”白露”)

気象庁の気象区分では、秋は今月から始まった(9月~11月)。昼間は夏並みの暑さが残っいるが、朝夕の水道水の冷たさに秋を実感する。やっぱり秋なんだ。

きょうの野鳥観察(探鳥会)では、集合場所となる草原(くさはら)の一本の大樹のもとへ、朝露にきらめく草を漕ぎ分けていく必要がある。こんなとき、ズボンの裾が濡れるのをいとわない。頭の中で、露が飛び跳ねているのを想像するだけで楽しいじゃないですか。

ところで、白露をさらに三つに分ける「七十二候」で見ると次の通り。
・初候: 草露白(くさのつゆ しろし)
    ー に降りた露が白く光って見える
・次候: 鶺鴒鳴(せきれい なく)
    ー 鶺鴒(セキレイ)が鳴き始める(ただし、年中鳴いている)
・末候: 玄鳥去(げんちょう さる)
    ー 玄鳥燕:ツバメ)が南へ帰り始める(3月上旬頃来て、9~10月頃に南へ渡る)


(付)萩桔梗
このところ(8/298/309/3 9/6 と続いて)、お月様の話しを巡っている。秋の露とからめて、こんなのはどうだろう。待てど暮らせど恋文の返しを、泣いて待つ身のつらさ切なさ・・・こひ(恋)はこうした  ものかいな。
「江戸端唄集」(倉田喜弘集。岩波文庫)
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二九  萩桔梗
萩桔梗(はぎ・ききょう)  なかに玉章(たまずさ)しのばせて  月は野末に  草の露  君を松虫(まつむし)  夜毎にすだく  更けゆくかねに  雁の声  こひはこうした  物かいな

萩桔梗 ~   萩や桔梗は、咲き乱れた枝葉の間に玉草(手紙のこと)を忍ばせているようだ。  〇 月は野末雁の声   月の光は、野末の草の葉に置く露までも照らしている。ところが私は、あなたを待って松虫のように夜ごと鳴いているのに、何の音沙汰もない。耳に聞こえるのは、夜更けの鐘の音と雁の声ばかりである。
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(本ブログ関連:”端唄”)

■ Youtubeに「萩桔梗お稽古参考用3」がある。(「花崎玉女地唄舞教室」より)
https://www.youtube.com/watch?v=ZJkju1wuqds&t=8s  (登録者:jiutamaibito)

2024年9月6日金曜日

お月様、田端義夫の「大利根月夜」

8/298/309/3 に続いて、お月様にからめた歌を探してみよう。勝手な思い付き、言葉つなぎでしかなくて、あっちこっちへ飛ぶ。

日本人の感性として、月明かりにこうこうと照らされて、庭が白く映えるといった漢詩的な捉え方はあまりないような気がする。湿気の多い土地がらゆえ、まんまるお月様と出会えれば儲けものといったところだろう。

月の満ち欠けを頼りに生活していたわけで、庶民は月を眺めて思索にふけるなんて高尚な真似事と無縁だった。うっかりすると、明りのない夜道、キツネに化かされることだってある。その意味で月明りは大切だったかもしれない。

幕末の大利根川で、やくざ一家同士の争いに参じた平手造酒(三亀)の歌がある。田端義夫の「大利根月夜」(作詞藤田まさと、作曲長津義司、昭和14年(1939年))だ。歌の出だしに「あれを御覧と 指差さすかたに/利根の流れを ながれ月」と歌われる。
戦前の曲だが、戦後世代の子どもたちも歌っていた。用心棒に落ちぶれた実在の「平手造酒(みき)」を借りての語り口だ。結果、彼は壮絶な死をむかえる。ヒラテミキの名は記憶にしっかり残っている。

幕末に父の名を知らぬ妾腹の子だった侍が、憂えながらニヒルにやさぐれる、結果とんでもない事件に深くかかわる。徳山璉の歌「侍ニッポン」(作詞西條八十、作曲松平信博、昭和6年(1931年))がある。「昨日勤皇、今日は佐幕」、「流れ流れて 大利根越えて」、「命取ろうか 女を取ろか」と無様にあてがない(歌に登場する新納鶴千代は、郡司次郎正作「侍ニッポン」の架空の主人公とのこと。未読)。そうそう、この歌にお月様は現れないけれど。

それにしても、利根川が運命の境い目だった物語りがいろいろあるような・・・。

■ Youtubeに田端義夫の「大利根月夜」(1939年)がある)
https://www.youtube.com/watch?v=5-0j58U0M7o (登録者 uchukyoku1)

2024年9月5日木曜日

体操教室の再開と寝床の改造

体操教室の再開
8月に夏休みだった「体操教室」が、きょうから再開した。子ども風にいえば、二学期が始まったということになる。出席者の顔ぶれはいつも通りで、お変わりない。
今月最後の回に、年一度の体力測定が実施される。昨年はヒドイものだった。今月はできるだけ積極的に公園を歩きまわろう・・・少しでも改善につながればうれしいのだが。

寝床の改造
飽くまでも私のケースだが、8月の夏休み中に寝床を変えたことで、体幹のバランスが少々よくなった気がする。きょうの教室でそれを確認した。いつもフラついていた動作が、だいぶこなせるようになったからだ。

8月に寝床を次のように変えた。
① ベッドのマットレスを廃棄して、その替わりに薄手の布団をベッドに置いた。
② ベッド本体も廃棄して、畳に上記布団を敷いた。寝床がベッドから布団になった。

たったそれだけのことだが、長年ベッドを使用していた体は、ベッドに合わせた筋肉の使い方をしていたわけで、他の筋肉は逆に弱まっていたのではないか。その結果、腰痛とか膝痛になり、痛みからなかなか抜け出せないでいた。寝床を改造したいま9割方回復している。

畳に敷いた布団から起床する際、立ち上がる動作が、ベッドのときと比べて当初きつかった。最近だいぶ慣れてきた気がする。何しろ畳は、大きく寝返りしてもベッドから落ちるような心配はない。畳には大地のような安定感がある。

腰痛とか膝痛のため、整形外科の治療を受けた経験がある。痛み止めのための患部注射とか、歩行訓練のリハビリだ。けれど、結局は自分で自分の体をいじる(調整する)しかないのに気付いた。テレビで痛み緩和や回復のための飲み薬が宣伝されるが、そんなもので治まるはずはない気がする・・・飽くまでも私のケースだが

2024年9月4日水曜日

くじらの日

きょうは、9(ク)月4(ジ)日にちなんで、日本鯨類研究所(日鯨研)が制定した「くじらの日」だそうだ。同研究所のサイトを覗いたが、この日について特別なページが見あたらない。どうやら研究所として特別なイベントはないようだ。

そこで、上記サイトの「広報活動>捕鯨文化」へたどったところ、「捕鯨文化に関わる情報発信」*の記事中に、「くじら総合サイト『くじらタウン』」HP**があったので、リンク先に進み、「くじらの日」を検索した。
(*)捕鯨文化に関わる情報発信: https://www.icrwhale.org/kouhouhukyu.html
(**)くじらタウン(一般向け別サイト): https://www.kujira-town.jp/

ところで、わたしら子ども時代の鯨料理は大切な食経験だった。いくつか思い出してみる。
・ステーキ
よく食べたのが、「くじらのステーキ」(当時は「ステーキ」なんて名は付いてなかったけれど)。母親の懐かしい料理のひとつだ。市場から塊りで買ってきたものを、5×6cmのサイズ、5mmほどの厚さに薄切りし、醤油の入った壺にショウガとともに、たっぷり時間をかけて漬け込む。醤油味が滲みた肉を焼いて食べた。少々噛み切りにくいところもあったが、肉料理として楽しんだものだ。
・ベーコン
子ども時代のベーコンは、市場で買って来た薄切りの「くじらのベーコン」しか知らない。油っぽい白身を、赤い色で縁取りされていた。焼くと急に縮み始める・・・そのとき、身が柔らかくなり食べごろだった。
東京に来て、豚肉のベーコンを初めて知った。ベーコンはくじら肉だと思い込んでいたので、本物の豚肉ベーコンに馴染めなかった。ところで、スーパーなどで、パック入りのくじらのベーコンを見かけることがあるが、ちょっぴりな量で値段が高いのに驚く。
尾羽毛(オバイケ)
名前を知らなかった。たまに食卓に出て来る不思議なものだった。一見、綿菓子のようだが、サクサクした食感があり、酢味噌を付けて食べた。どうみても子ども向きでない。親が、きっと魚屋の店頭で見つけて、つい買ってしまったのだろう。
缶詰でしか知らない。缶を開けると、ねっとりした薄茶色のアルコールの効いた酒粕の中に、軟骨だろうか、こりこりした食感のする小さな塊りがあった。これも、家族の食卓向きではない、まさに大人の酒のつまみといったところだ。でも結構つまんだりした。


学生時代、渋谷が薄暗くなるころ、道元坂に「元祖くじら屋」の明かりがぼんやり灯った、ビリヤードの帰り道、坂の下にあったこの店に、もしかしたら寄ったかもしれない。当時から、くじら専門の飲食屋として知られていた。

2024年9月3日火曜日

エノケンの「月光価千金」

8/298/30 に続けて、お月様にからめた歌を探してみよう。これまで、女性が月あかりを通じて愛を想うものを見てきた。今回は、男の側から喜劇王エノケン(榎本健一)の「月光価千金(げっこう あたいせんきん)」を聴いてみよう。SPレコードから流れる歌詞は、男の本音と照れがないまぜされたチョイときわどいものである。

(本ブログ関連:”エノケン”、”月光価千金”)

原曲は、アメリカの「Get Out And Get Under The Moon(外へ出よう、月の下へ」(作曲ラリー・シェイ 、作詞ウィリアム・ジェローム & チャールズ・トバイアス共作、1928年に出版)だ。また、英題でGoogle検索すると、第一にあげられるのは ナット・キング・コール版になる。私もそう思う、彼の歌はしゃれていて何よりスマート、だから分け隔てない支持を得たのではないかと。

今回は標題の通り、エノケンの「月光値千金」を聴いてみよう。
 
なぜ、エノケンなのかといえば、彼が日本の喜劇界で、伝説の金字塔だったからだ・・・こどものころ、父からそう聞かされていた。正直なところ、学校から帰って見たテレビ番組は、もっぱら浅草の「デン助劇場」だったり、上方の藤山寛美を座長とする「松竹新喜劇」だったけれど。
何かのきっかけで、エノケンがテレビに登場したとき、親父と一緒に見た思い出がある。エノケンは、病と闘いながら最後まで喜劇役者を通したと、壮絶な物語をよく聞かされた。

■ Youtubeに「榎本健一 - エノケンの月光値千金 (1936)」がある。
https://www.youtube.com/embed/LQu83rtNYec (登録者:uchukyoku1)

歌詞(上掲Youtubeの解説蘭より: 江戸っ子訛りで歌う)
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美しいシとに出会ったときにゃ やさしくしとやかにシざまずいて
ニヤニヤッとエッヘッヘ笑って手を握りなさい 大声あげず逃げださないならば
「ア、ラ、マ、いけ好かないひとですわね まあ! およしなさいましよ」
てなことを云ったってもう大丈夫 彼女はわたしの両手を待ってます

美しいシとに思いこまれて 朝から晩まで愛の囁き
イヤーンと鼻声で いちゃつくときは 小鳥も仔猫もあら これにゃあ顔負けだ
おっ おっ 愛しいおまえ む ね が燃える 「あ、ら、まあ、キマリが悪いわよ」
暁の朝風がしみじみと 二人の愛の巣は ヘッ、へックション、夢だった
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2024年9月2日月曜日

パラリンピックと本当の秋

夜明けのテレビで、パリで開催のパラリンピック種目「ボッチャ」*の試合(女子個人BC1クラス、3位決定戦)を見た。遠藤裕美選手がみごとに銅メダルを獲得した。すでに投げられた球の間をぎりぎりすり抜けて、目標球に近づけたのに驚いた。
(*)革製の小球を、最初に投げた目標球に、互いの小球を近づけて競う競技

以前、テレビでルールの解説を聞いたときと比べて、緊迫した実際の競技に見入ってしまった。投球の駆け引きを予想する楽しみがある。また投球のたび、遠藤選手のお母さんが小球を彼女に手渡す場面が印象的だった。

先月のオリンピックを深夜観戦して寝不足となって、プチ熱中症を経験したこともあり、今回のパラリンピック観戦はその時々の関心に任せようと思う。

さて、きょうは9月の最初の月曜日、小学生にとって2学期の始まり。幸いお天気もよろしい。これから本当の秋を感じることだろう。昔なら、運動会**とか遠足の行事があったが。
(**)運動会は、春開催(5、6月)と秋開催(9、10月)が拮抗しているという、意外だ。

秋は渡り鳥の季節、うっそうと繁った森の葉がいずれ落ち、視界も広がり観察がしやすくなる。
まずは、紅葉を楽しみたい。昔、バスツアーで遠方の紅葉観光に出かけたりしたが、その気力は今はない。きらきらと色鮮やかな景色じゃないけれど、楽しむべき場所が武蔵野の台地に、公園や旧庭園がいくらもある。

そこで気になる台風だが、気象庁の「台風の上陸数」を調べてみると、8月の76件と比べて、9月は68件となっているが、気候変動の影響のあって、今後どうなるかは分からぬが。

■ 気象庁
「台風の上陸数」(6月~10月、1951年~2023年について)
ー https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typhoon/statistics/landing/landing.html
   ----------------------------------
    6月    7月    8月    9月    10月
     11     36     76     68     18
   ----------------------------------

2024年8月31日土曜日

今年も2/3(三分の二)食っちまった

きょうで8月も終わり。この一年の、8月/12月=2/3を食ってしまったことになる。でも、身になることを何一つせず、何を食ったかも忘れて、日々ダラダラと無為に過ごしてきた・・・それでもいいじゃないか。

そんな8月も終わり、あすから気象庁の季節区分で「秋」になる(二十四節気では、8月7日が「立秋」だったけれど)。これから野鳥の動きが目覚ましくなる。「ツバメ」は南へ帰り支度するし(してるし)、一方、「ツグミ」は北からやって来る。

夏は、暑さと台風の長雨を口実に外出が減った。せっかくの野鳥観察や植物観察をもったいないことした。でも、秋の来月(9月)には天気も回復するだろうし、毎週の体操教室が再開する。身動きしやすい季節の到来をチャンスに楽しもうか*。
(*)朝晩の気温の下がりように秋を実感するきょうこのごろ。

付録
Youtubeで、1960年代に耳に沁みた「ザ・ロネッツ(The Ronettes)」の「ビー・マイ・ベイビー(Be My Baby)」(1963年)**と出会った。当時の発声法が懐かしい。これを視聴したコメント欄に、下記のような記述があって大いに共感した。
(**)日本では、独特な存在感を持った弘田三枝子が「私のベイビー」(1963年)で歌った。

「The Ronettes - Be My Babay - live | [color]」(登録:MrHaagsesjonny1)
ー https://www.youtube.com/watch?v=C3lQH1B4wQ0
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@DanielOrtegoUSA : 1か月前(編集済み)
私の人生で最も素敵な歌の一つです。はい、私は年寄りです。間違いなく、彼女たちの誰ひとりとしてタトゥーを入れている人はいませんし、奇妙なボディ・ピアスをしている人も確かにいません。車が金属でできていて、女性が女性らしく見えた時代が懐かしいです。
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(気象のいましめ) 二百十日

台風10号は、8月29日に九州(鹿児島県薩摩川内市付近)上陸後 → 四国横断の進路を定めているようだが、自転車あるいは人の歩行並みという余りの低速だ。その後、熱帯低気圧に変わりながら関西(紀伊半島南部)へ進み、本州横断が<予想>*されている。遠く南関東地は余波を受け、だらだらと雨降りが続くばかり。
(*-1)予想進路:今後さらに「迷走」する可能性ありとの報道が出る始末。
(*-2)9/1 熱帯低気圧化し、その後温帯低気圧化するとのこと(9/2追記)

そういえば子どものころ、「二百十日」の言葉は割とポピュラーだった(大人たちから聞かされただけかも知れないが)。
最近あまり聞かれないのは、ザックリした表現のためか。天気予報で単なる話題に終っている気がする・・・取りあげれば説明に時間がかかるからかもしれない。そうであれ、伝統の言葉には直感的な共有感や季節理解があって貴重だが。

(本ブログ関連:”気象のいましめ”)

「立春」(2/4)から数えて210日目のきょうを、雑節で「二百十日」という。今年は、四年に一度の「うるう年」にあたり、2月が例年に比べて1日多いため、きょう(8/31)になる。うるう年でない例年の場合、二百十日は 9/1 となる。

二百十日のころに、台風がよく来るとか風が強く荒れるなど、空模様の危なっかしい日とされた。稲の開花時期でもあり、「農家の厄日」ともいわたそうだ。日本独特の地形や季節による観天望気のようなものだろう。
ウェザーニュースに次の解説記事がある。

■ ウェザーニュース
「二十四節気「処暑」  立春から210日目に警戒すべき理由とは?」(2024/08/22)抜粋
https://weathernews.jp/s/topics/202408/210155/
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「二百十日(にひゃくとおか)」に警戒すべし
・「二百十日」は雑節(ざっせつ)の一つで、立春から数えて210日目のことです。
・二百十日のあたりは古くから、野分**などの災害が起こりやすいとして、厄日(やくび)と考えられ、特に農家の人たちは警戒していました
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(**)野分:「台風の古称。二百十日の頃、野の草を吹き分ける強い風」(Wikipedia)

ところで、アメリカのハリケーンの場合、二百十日に当るようなものはあるのだろうか(ちなみに、二百十日についての英語版Wikipeda はない)。大平原の先に現れるハリケーンにも、きっと前触れのようなもの(いい伝え)があると思うのだが。

2024年8月30日金曜日

森山加代子の「月影のナポリ」

お月さまと恋の関わりについて、きのう(8/29)触れたので、きょうも探してみよう。

森山加代子のデビュー曲「月影のナポリ」(翻案訳詞岩谷時子、編曲皆岡進、1960年)がある。私の目には、近所のお姉さんといった親しみ感のある歌手だった。歌はどれも陽気で明るくどんどん先を進んでいく、まさに和製ポップスの先駆けのような人だった。

彼女のイメージは、いまだにブラウン管の白黒テレビのままだが、「月影のナポリ」が発売された1960年には、テレビのカラー放送が開始されている。カラーテレビ受像機の本格普及は、1964年の東京オリンピックのときだったので、モノクロームでもよいかもしれない。
Youtubeで、昔見たテレビ番組がカラー映像で紹介されたりすると驚くことがある。まあ、シーズン2?とかの場合によるものだろうけれど*。
(*)例えば「奥さまは魔女(Bewitched)」とか「拳銃無宿(Wanted Dead or Alive)」とか・・・。

歌詞に「ティンタレーラ・ディ・ルナ(Tintarella di Luna)」がある。あるブログに、イタリアの原曲「Tintarella di Luna」**の歌詞の意味合いから、肌を月の白光で焼くといった解説をされていた***。
(**)原曲:作詞Franco Migliacci、作曲Bruno De Filippi、歌手Mina、1959.9.9発表。
(***)楽天ブログ:「ミーナ『月影のナポリ』 (6)」(穴水氏?、2003.09.21)
    ー https://plaza.rakuten.co.jp/ageorge/diary/200309210000/
上記から、日光浴をヒントにして、さしずめ肌を白くする「月光浴」とでもいえるのかな。

さて、日本語歌詞では、「蒼(あお)いお月様 あの人に云って」とか「お月様その光で あの人見つけて」などと積極的にお月様と掛け合っている。まさに、彼女にぴったりの曲だ。

■ Youtubeに、森山加代子の「月影のナポリ」(歌詞付き)がある。
https://www.youtube.com/watch?v=6jEodBhx0hY (登録者:Taka Maki)

2024年8月29日木曜日

テレサ・テン(鄧麗君)の「月は我が心(月亮代表我的心)」

台湾の歌手テレサ・テン(鄧麗君)の歌に「月亮代表我的心(”ユエ・リャン・ダイ・ビャオ・ウォー・ダ・シン”:月は我が心)」(作詞孫儀、作曲湯尼(翁清溪)、1977年)がある*。
(*)C-POP mania:「鄧麗君 テレサ・テン【月亮代表我的心】歌詞 ピンイン付日本語訳」
    ー https://cpopmania.com/yueliangdaibiaowodexin/

Wikipediaによれば、台湾で生まれた原曲を、テレサ・テンがカバーして東アジアに広がった。また、日本語版は存在しないが「月は何でも知っている」と邦題がつけられたとのこと。耳に馴染んだこの曲の日本語バージョンがないのが不思議なくらい。

この、月下に想いをはせる古典的なイメージを、韓国のイ・ソンヒのアルバム第3集に収録の「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)も同様にならっている。・・・東アジア独特といっていいだろう、もしかしたら空気の乾いた中国や朝鮮の景色に、月明りに照らされて静かに思いを募らせる心情がよく似合うのかもしれない。

(本ブログ関連:”分かりたいです”)

旋律について、かつて日本に進出したケイ・ウンスクの「東京HOLD ME TIGHT」(作詞大津あきら、作曲浜圭介、1991年)があって、東京の夜の場面に一瞬、テレサ・テンの「月亮代表我的心」を思い出す部分がある。

■ Youtubeに、テレサ・テンの「月亮代表我的心」(日本語訳歌詞付く)がある。
https://www.youtube.com/watch?v=-FdzX8EGHZo (登録者:EI CL)

2024年8月28日水曜日

(気象のいましめ)二八月荒れ右衛門

先日(8/5)、深夜に放送されたパリ・オリンピックのテレビ中継に見入ってしまい、寝不足のまま昼間に、熱射の公園を巡った結果、軽い熱中症にかかった。いくら水分補給をしても、ダルさから回復しない経験は初めてだった。

熱中症と気象の関係について、NHKテレビで解説番組*があった(多分、深夜の再放送だったと思う)。「黒潮」海流**について、亜熱帯化の証左として、近年東北沖まで北上し、一部が千切れて滞留しているというのだ。日本の太平洋岸沖は、平年と比べて海面温度差が世界的にも高く激しいという
(*)NHKスペシャル「熱波襲来」
    ー https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/Y6JYRY23P6/
(**)海上保安庁海洋情報部:「日本近海の海流」
    ー https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN8/sv/teach/kaisyo/stream4.html

きょう、図書館でたまたま新聞各紙を閲覧したとき、産経新聞の「産経抄」に、八月(旧暦)の気象の格言と合わせて、台風10号の進路について語られていた。
確かに、このごろの台風は終盤、太平洋に抜けたかと思ったら、再び回転して日本に戻って来たりする。今回の10号は、ゆっくりと本土を縦断するようだし。

それにしても、二月・八月(新暦)にいわれる経済減の「二八(にっぱち)」の法則と重なってしまう。俗諺と知りつつ、どこか的を得たいましめを感じたりもする。

(本ブログ関連:”気象のいましめ”)

■ 産経新聞
「<産経抄>「二八月」の戒めいまも、迷走台風」(2024/8/28 05:00)抜粋
https://www.sankei.com/article/20240828-GHX7JNTUMJJV7KWA4KV3ZCUVVQ/
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空模様を占う格言に、「二八月荒れ右衛門」がある春の強い温帯低気圧秋口の台風を指す。旧暦の二月(新暦3月ころ)、八月(新暦8月ころ)は天候の急変しやすい時期だから、十分に備えよ。新暦とはひと月ほどずれるものの、先人はそう戒めたわけである。
<二八月は思う子船に乗せるな>も、その一つ。大切な人を乗せた船が、荒れた海にのまれる事故は昔から多かったのだろう。さすがに現代は、雲行きと風向き次第で、交通機関が計画運休を打ち出すようになった。利用者の側も、仕事や旅の予定変更をどうかためらわずに…。
▼と、簡単に書けない今回の迷走台風である。10号は予想進路が定まらず、旅程を狂わされた人も多いのではないか。発生した22日以降、次第に速度を落とし、日本海へ向け猛進するとした当初の予報円は、列島を縦に縫うコースに変わりつつある
----(以下略: 登録必要なため)----------------------------


■ 海上保安庁: 高松海上保安部
「全国共通ことわざ -その他-」
https://www.kaiho.mlit.go.jp/06kanku/takamatsu/d_safety_navigation/d_16_kotowaza/d_16z_sonota/d_16z_sonota.html
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的中率(A:かなり高い、B:高い、C:低い D:気象学的に根拠が見いだせない)
・春海秋山: (注)春は海が晴れれば好天、秋は山間部が晴れると晴天である。
・嵐の前の静けさ (A)
・早朝、あたたかいときは雨 (A)
・井戸水、高まるは大風の兆
八月荒れ右衛門: (注)旧暦の二月(新暦3月ころ)と八月(新暦9月ころ)は荒天が多い
二、八月は、思う子船に乗すな: (注)旧暦の二月(新暦3月ころ)と八月(新暦9月ころ)は海が荒れ難船することが多い
・彼岸荒れ: (注)春の彼岸頃は天気が荒れることがよくある。
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(地震)神奈川県東部地震

きょうの日付にかわった午前2時過ぎ、突然ドンと上下に揺れた。久し振りの、叩くような揺れだ。きつい振動はそれだけだったが、微動が10数秒続く・・・このタイミングに、いろいろなことを思い巡らした。

いずれ来る台風10号の直接的な影響ではないだろうが、通り雨が繰り返し降ってくる。秋に入ったとはいえ寝苦しい深夜のこと。このまま大震災にでもなったらどうしようとか、だらしない格好を晒すことになるなんて・・・などと思いが浮かぶ。

さっそくテレビをつけたところ、画面上段に地震速報のテレロップが流れて、地震の時刻、震源、規模などを報じた。やがて震度別地域名を細かく表示した。
神奈川県東部を震源とするだけに、当地域の揺れもきつい。震源地域の震度は3の模様で*、当地は震度2にとどまった・・・最初の揺れがずっと続いたなら、間違いなく震度3になっていただろう。
(*)今月(08/19)の「茨城県北部地震」の最大震度4(M4.7)に続く震度である。


■ 気象庁
「震源・震度情報」(2024年08月28日02時09分 発表)
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・地震の発生日時: 08月28日02時05分頃
・震央地名:         神奈川県東部
・深さ:               40km
・マグニチュード:M4.1
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2024年8月25日日曜日

アカトンボ

自然観察会のベテランの方から、毎日送っていただいている公園の観察写真に、「ショウジョウトンボ(猩々蜻蛉)」があった。「赤とんぼ」と括(くく)られてしまいがちだが、違うとのこと。正式な「アカトンボ」(赤とんぼ)は、「アカネ属」に属するトンボになる。

とはいえ、一般に赤とんぼは、秋ぐちの公園、川沿いの小道、或いは高原で出会う、この時期の涼しい風に浮かび、まるで出迎えるようにして飛ぶ、人懐っこさのあるものだ。

(本ブログ関連:”赤とんぼの捕まえ方”、”アカトンボ”)

赤とんぼと間違えられるトンボに「ウスバキトンボ(薄羽黄蜻蛉)」と「ショウジョウトンボ(猩々蜻蛉)」があるという*。私としては、ウスバキトンボは、公園で見かける、薄茶色した地味なトンボで、赤とんぼに一緒くたにしてしまう。また、ショウジョウトンボは見るからに赤く、気持ちとしては、これこそまさに赤とんぼと言いたくなる。
(*)「神戸のトンボ Odonata of KOBE」「モノグラフ:アカトンボ」
    ー https://www.odonata.jp/02odonatology/sympetrum/index.html

(本ブログ関連:”ウスバキトンボ”)

■ 童謡「赤とんぼ」(作詞:三木露風、作曲:山田耕筰、1927年)
作詞者三木露風が満5歳のとき、両親が離婚して、母と弟が去った。兵庫県竜野市を流れる川岸で、取り残された寂しさを歌にしたといわれた。けれど、三木露風が語ったのは、北海道で生活したころ、自分を負ってくれた子守娘(姐や)を思い出してのことだという**。ただし、母親への思慕は、ずっと後年の母の死に際しても続く。
ちなみに、この曲は、NHKが1989年に募集した「日本の歌 ふるさとの歌」で人気ナンバー1だったそうだ。
(**)「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)

■ 演歌「紅とんぼ」(作詞:吉田旺、作曲:船村徹、1988年)
新宿の小料理屋が店じまいするとき、常連の客におかみが語る。いろいろな歌手にカバーされているが、何といっても、ちあきなおみの「紅とんぼ」の原曲にはかなわない。

(本ブログ関連:”ちあきなおみ”)

2024年8月22日木曜日

処暑 2024

きょうは、二十四節気の「処暑(しょしょ)」。暑さもすでにピークに至って、後はゆるやかに反転するだけ。そういえば、朝や夜の水道の蛇口から流れ出る水が、ヒンヤリするのに気づく。

(本ブログ関連:”処暑”)

小学生の夏休みは、きょうを含めてあと11日間ほど。ツクツクボウシの鳴き声を聞きながら、宿題の仕上げに追われてあくせくしていることだろう。子どもたちの夏の終わりは、明るくせわしくて、実に健康的だ。

大人になると、この時期を「夏の終わり」と口にすると、急に気恥ずかしくなるだろう。
夏の入りの歌は、これから始まる何かに期待を込めるものが多いけれど、夏の終わりになると、熱射に燃えた興奮とはしゃぎから冷めて、あるいは情熱の経験も終わり、思い出となってしまう。バラード風になる。そんな映画がある。

映画「おもいでの夏」(19781年)
若者(15歳の少年)が妄想と経験をした夏。残念ながら未見の映画であるが、音楽は知られて、美しくセンチメンタルである。(音楽 Michel Legrand)
ー WWⅡ下、1942年の夏、ニューイングランド沖の小島に来た少年は、ある新婚の若妻に魅かれる。

(「おもいでの夏(The Summer of '42)」、Youtube登録:8823 macaron)

功徳となるか

 ● 浅草の浅草寺には、7月10日に参拝すると「四万六千日」の「功徳」*があるという。
この行事は、鎌倉の長谷寺、奈良の東大寺二月堂などでもあるようだ。また、京都の清水寺では、毎年お盆の16日までを「千日詣り」としている。決められた日に参拝するだけで、多数参ったのと同じに値する。日常せわしい庶民にとって、ありがたく便利な行事でもある。
(*)あさくさ 浅草寺: https://www.senso-ji.jp/annual_event/13.html
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平安時代頃より、(浅草寺の)観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられてきたが、室町時代末期(16世紀半ば)頃から、「功徳日」といわれる縁日が設けられるようになった。
功徳日とは、その日に参拝すると、100日、1,000日分などの功徳が得られるという特別な日を指す。功徳日は寺社によって異なるが、現在、浅草寺では月に1度、年に12回の功徳日を設けている。このうち7月10日は最大のもので、46,000日分の功徳があるとされることから、特に「四万六千日」と呼ばれる。・・・ 46,000日はおよそ126年に相当し、人の寿命の限界ともいえるため、「一生分の功徳が得られる縁日」である。
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● 四国の寺院「八十八ヵ所」(札所)を巡る旅は、徒歩で約40~45日かかるといわれる。お遍路さんは、その行程に耐えるだけの元気さが必要だろうし時間がかかる。
今は、観光ツアーのひとつにもなっているが、お遍路はいつ頃から始まったのだろうか**。
(**)国土交通省「四国遍路の歴史」: https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001558016.pdf
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・(9世紀に四国を巡ったと言われる「空海」(774年~835年)の死後)極めて信仰心の篤かった少人数の僧が行った、これらの巡礼の最も初期の記録は、12世紀まで遡ります。
・今日知られているような四国遍路が成立したのは、平和が続き文化や宗教の追求が花開いた江戸時代(1603–1867)のことです。
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僧の修行と違い、庶民のお遍路は、平穏な時代に世界を広げるチャンスであり、楽しんだのかもしれない。

● けれど、誰もが健康なわけではないし時間に余裕もない。それにかなうように、瀬戸内の島に、四国の八十八ヵ所を短縮した「島四国」があって、徒歩7~8日で済む巡礼の道が設けられている。体のきつい人も含めてお遍路ができる。
島四国のお遍路さんには、歴史に語られることのない人びとが混じっていた。それは、小さな寺院の建物の影で、目立たぬように休憩する癩病者たちの姿だ(明治期を経験した人からの伝聞)。少し前のお遍路の旅には、今のツーリズムと違って、自らの人生を見届ける旅の意味合いもあった。

● ある種の人びとは、共同体でねんごろに最後を迎えられるわけでもない。
明治期の田舎、田んぼの中に襤褸(ぼろ)をまとった男が倒れていた。この放浪俳人にはまだ息があった。処置に困った村人は、隣村へ運び置いたし、結局、家々をたらいまわしされた。
(***)井月の生涯(一ノ瀬武志氏、井上井月顕彰会):  https://www5d.biglobe.ne.jp/~sak/seigetsu/denki.htm
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そしてとうとう、明治19年(1886年)の12月、駒ヶ根市東伊那の田んぼの中で、井月は行き倒れになって発見されました。こんなところで死なれては困ると思ったのでしょうか、村人たちは、井月を戸板に乗せて火山(ひやま)峠を越え、隣の富県(とみがた)へ運んで、置いて帰りました。
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井月の辞世の句といわれる、「何処(どこ)やらに鶴の声きく霞(かすみ)かな」はどこかさびしい。

2024年8月20日火曜日

8月の満月(スタージョン・ムーン)撮影

今夜のお月さまは「満月」。うまくいけば、真ん丸お顔を拝見できる。すべては天気次第。

(本ブログ関連:”満月”)

きょうの東京の「月の出・月の入」時刻*は次の通り。
(*)「日の出・日の入りマップ」サイト >「月の出・月の入りマップ」より
    ー https://hinode.pics/moon
    月の出時刻: 18時57分
    月の入時刻: 05時06分
    ・満月の瞬間: 03時27分ころ(← さすがに、この時刻に外へ出るのは気が引ける)

そこで、夜8時過ぎに家を出た。雲が低く垂れて不安だったが、満月は東南東の空、高度16°近くに浮かんでいた。うすく雲が横切る墨絵の世界だ。場所を変えて撮影した中で、納得できたのが次の写真(他は手振れでピンぼけしていた)。

2024/08/20 20:26

夏の終わり頃(本来、秋三か月の中、陰暦八月)に、満月をめでる「仲秋の名月」がある。陰暦の8月15日の満月がそれにあたる。一方、陽暦8月の今夜の満月には、特別な呼称がない。ネットで検索したが見あたらない。(Chat-GPTで確認したところ、逆にこんな名称はどうかと創作した候補を提案されたりして・・・)

(本ブログ関連:”十五夜”)

ところで、アメリカの「農事暦(farmer's almanac)」**では、各月の満月に名称が与えられており、8月の満月を「スタージェン・ムーン(Sturgeon Moon)」(チョウザメ月)と呼ぶ。
(**)農事暦: https://www.farmersalmanac.com/full-moon-dates-and-times

なぜ「チョウザメ」なのか、ピンとこないので「ALMANAC」のサイトを覗いてみた。
■ ALMANAC
「チョウザメの満月 スーパームーンを見よう」(Catherine Boeckmann、2024.8.18)
https://www.almanac.com/content/full-moon-august
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スタージョン・ムーン(チョウザメ月)
スタージョン・ムーンという名前は 、五大湖と(その東方にある)シャンプレーン湖に生息する巨大な「湖チョウザメ」に由来しています。この在来の淡水魚は、夏のこの時期によく捕獲され、この地域に住むネイティブ・アメリカンにとって重要な主食でした。かつては、晩夏に湖チョウザメは豊富にいましたが、現在では希少になっています。
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今夜のお月さまのお見受け具合を、気象情報最大手の「ウェザーニュース」の記事を参照した。

■ ウェザーニュース
「今夜は満月 8月の満月は別名『スタージェンムーン』とも」(2024/08/19 06:59)
https://weathernews.jp/s/topics/202408/180105/
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今夜は広い範囲で雲が広がりやすいものの、関東〜西日本太平洋側では雲の隙間から満月が顔をのぞかせるチャンスがあります
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(付記)
満月をカメラにおさめようと家を出て、ある路地を進んだとき、ママチャリとそれを追いかける小さな子供用の自転車がわき道から出てきた。車輪のスポークがぴかぴか点滅する自転車に乗った女の子が、ハンドルを切り損ねて倒れてしまった。両手両足を地面に立てたまま泣き声をあげ、すぐに立ちあがれないでいるのを見て、私と他の通行人が駆け寄った。
いそいで、女の子の背中(肩)を持ち、ひょいと立たせてあげた。びっくりしたのか、泣き声はすぐにやんだ。あわてて駆け戻った母親に抱きかかえられて安心したのだろう。
小学校低学年か、小さな子どもを持ち上げたとき、その身の軽さに驚いた。なぜか尊く感じた。
長居をぜず、すぐその場を立ち去った。

2024年8月19日月曜日

(言葉)ガラパゴス

「生物進化論」*の提唱者といわれる「チャールズ・ロバート・ダーウィン」(1809年2月12日 ~ 1882年4月19日)は、進化説(自然選択=種の起源)のヒントを「ガラパゴス諸島」での自然観察で得たといわれる。各島の地質学的な形成や、ゾウガメ、フィンチ、イグアナなどの生物の形態(生態)を調査をしての成果だ。
(*)現在は、偶然の要素を取り入れた進化論がある。

(本ブログ関連:”ガラパゴス”、”ガラ携”)

ガラパゴス諸島をスペイン語で「Islas Galápagos」と呼び、Islas(諸島)+ Galápagos(ゾウガメ=甲羅が馬の鞍(galápago)に似ている)を意味している。ゾウガメは、餌を与えなくても長く生きる便利な蛋白源だったため、一隻の船で700匹を連れ去った**と、ダーウィンの「ビーグル号航海記」に記されているという。彼もゾウガメを食したようだ(下記 Chat-GPTによる)。
(**)国士舘大学 政治研究, 5, 2014-03「ダーウィンをめぐる三題噺」(的射場敬一)
    ー https://kokushikan.repo.nii.ac.jp/record/6253/files/1884_6963_005_08.pdf

ガラパゴスは、長生きのゾウガメにふさわしい、時代や環境に取り残され(遅れた)、スマホに対応できず「ガラ携」を使い続けている私のような存在に例えられている。

ところで、新約聖書の時代を背景にした映画「ベンハー」(1959年)や、人と猿の関係が逆転するSF映画「猿の惑星」(1968年)で主役を演じた「チャールトン・ヘストン」の作品に、姥捨て山を想起させるSF映画「ソイレント・グリーン」(1973年)がある。人口過密の未来、社会に役立たずの老人を食品にしてしまうという、おぞましい物語だ。

その後、スーパーの商品棚にエンドウ豆のスナック袋菓子が並んだのを見て、一瞬躊躇したこともあったけれど、菓子は美味かった。ダーウィンがゾウガメを美味しそうに食べたのとは違った意味で。


(補記)
Chat-GPT
Q.進化論の提唱者「ダーウィン」は、ゾウガメを食べたことがあるか?
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A.はい、チャールズ・ダーウィンはゾウガメを食べたことがあります。
彼は、1835年にガラパゴス諸島を訪れた際、乗組員とともにゾウガメを食べたという記録があります。当時、ゾウガメは船乗りたちにとって重要な食料源でした。ダーウィン自身もその肉を味わい、ゾウガメが非常に美味しいと述べています。
この経験は彼の進化論に直接的な影響を与えたわけではありませんが、彼がその生物を研究する一環として食べたことは興味深いエピソードとして知られています。
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2024年8月17日土曜日

台風一過、小公園(カルガモ)と資料館(ジャカード装置)

きのうの台風(7号)は、上空を渦巻いた雨雲の隙間に当地があったおかげか、大過なく済んだ。台風一過のきょう、空は深く青く澄み渡り、そこに白い雲がむくむくと湧いた。

昼間に街へ出かければ、熱射に襲われて、あわてて日蔭道をたどったほど。きのうのことは無かったことにしようと、お天道様はいわんばかり。

カルガモ
帰り道、ルーチンのように小公園の人工池を覗く。「カルガモ」が9羽いた。8羽は、木陰に涼んだコンクリート製の石畳の上に、列になって休んでいる。そして1羽が、池の中央に設けられた段差の仕切りに立って、じっと彼らを見守っている。そんな風に思うのは、少し前、母鳥に8羽のヒナが従っていた光景が頭の中に焼き付いて離れないせいか。なにより、この群れが、ヒナを1羽も失うことなく成鳥したとしたら、実に素晴らしい。

サルスベリ
小公園には、先日(8/11)記した通り、「サルスベリ」の花が咲いている。① ミツバチに食べられるための雄しべと、② 雌しべに受粉させるための雄しべがあって、前者は上向きに多数並び、後者はその周りに6本並ぶ(上に伸びて、首先を下向きに下げる)。じっくり観察した。それにしても暑い。

ジャカード装置
涼むつもりで、小公園の隣りにある大学博物館に寄った。いろいろな織機が展示される中に、「ジャカード*付き絹織機」があった。昭和14年製の国産機だが、独特な穴(500個/枚)が開いた長方形の厚紙「紋紙(もんがみ)」が装置に取り付けられていた。紋紙は、織機にパターン操作を指示するもので、数十枚を糸で連ねていた。
(*)ジャカード: 昔は「ジャガード」と濁音読みだったこともある。

紋紙(カード)は、いわば古いコンピュータで使われパンチカード(プログラムを表現したもの)に相当する。わたしらより前の電算世代の方から、「カードさばきを知っているか?」と自慢気に問われたものだ。