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2025年7月19日土曜日

桃の日

きょうは、<桃>の収穫量日本一*を誇る<山梨県>の果樹園芸会が制定した「やまなし桃の日」**で、一般社団法人日本記念日協会により認定・登録されている。
(*)「令和5年産もも出荷量」(農林水産省、令和6年1月24日): 都道府県別の収穫量割合は、山梨県が31%、福島県が26%、長野県が9%、山形県が8%、和歌山県が7%となっており、この5県で全国の8割を占めている。
    - https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/sakkyou_kajyu/momo/r5/index.html
(**)「やまなし桃の日」: 日付は「百」をモモと読み、百が重なる1月1日から数えて200日目(百が二つで二百)に当たることの多い7月19日としたもの。また美味しい桃の出荷時期にも当たる。
    ー https://www.kinenbi.gr.jp/yurai.php?TYPE=ofi&MD=3&NM=415

先日(7/16)、米大リーグ(MLB)の「オールスターゲーム」が行なわれたのが、ジョージア州にあるトゥルーイスト・パーク球場だった。日本から見れば、大谷翔平選手の活躍だったが、試合前日の「レッドカーペットイベント」に大谷夫妻が登場した。真美子夫人が着用した <桃色のドレス> にも関心がいった。
現地アトランタの名産品である桃を意識してのようだ。ジョージア州には、名産の黄桃にちなんだ「桃の州」の異名がある(Wikipedia)。なにしろ、同州には桃の生産にちなんで「ピーチ郡」まである。

以前のブログに記したことだが、むかし(2005年4月17日)、鉱物採集で水晶の代表的産地である山梨県の「乙女鉱山」に行くため、中央高速の勝沼ICを降りたところ、盆地一面に桃の薄桃色の花が広がっていた。驚嘆して、目一杯の春を感じた思い出がある。それは、花に透かして枝も見える桜の満開と違って、ピンクの色彩が盆地を埋め尽くしたような錯覚させるものだった。

(本ブログ関連:”桃の花”、”乙女鉱山”)

桃の花から、陶淵明の詩「桃花源の記」にある<桃源郷>を連想する。漁夫が川の上流奥深くで発見した、古い衣裳をまとったいにしえ人の棲むところだ。桃の花が咲き、人々は平穏な生活をしている。ふたたび訪れようとしてもそれはできなかった。幻の土地***だ。
(***)中国では、自然のもとへ行こうと言うとき、この詩に語られた武陵の地名を使って、「武陵に行こう」と言うそうだ。

(本ブログ関連:”陶淵明”、”桃源郷”、”仙人”)

ところで、仙人が食した桃に平たい饅頭のような形をした「蟠桃(ばんとう)」がある。そういえば、最近、桃をまるかじりすることがないなあ。

(追記)
「桃」の字が付く女優といえば、河内桃子(1932年〈昭和7年〉~ 1998年〈平成10年〉)さんを思い出す。どの役を演じても、都会的で清楚な雰囲気がしたのを子どもながら感じた。

2025年4月10日木曜日

ゲンペイ(ハナ)モモ

体操教室の帰り道、畑地の端に人の背丈ほどの高さの「ハナモモ」の木と出会った。
例年この時期、ハナモモの2本の木立が、白い花と薄紅色の花を同じ幹から咲かせている。紅白二色が見られることから、源平の戦で源氏(旗色:白色)と平家(旗色:紅色)の旗色に合わせて、「ゲンペイモモ」と呼ばれる「モモ」の園芸種である。

今年、なぜか手前の木(写真左側)の花に、白色が多いように見え、奥の木(写真右側)にはいつも通り、白色と薄紅色の花が咲いている。

(本ブログ関連:”ゲンペイ(ハナ)モモ”)


ハナモモの原木である「モモ」について:
・以前(2005年4月17日)、水晶の代表的産地である山梨県の「乙女鉱山」に鉱物採集に行くため、勝沼のICを降りたところ、盆地一面に桃の薄桃色の花が広がっていた。驚嘆して、目一杯春を感じた思い出がある。

(本ブログ関連:”乙女鉱山

・陶淵明は、「桃花源記」で、桃の林の奥先に時間が止まった「桃源郷」との不思議な出会いの伝説を詩っている。モモの花には、サクラと違う物語がある(強いていえば、モモには時間の永続性が、サクラには時間の局面性が・・・)。

(本ブログ関連:”桃源郷”)


■  資料(Googleの「Search Labs 」AI による)
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桃には、果実を食べる「実桃と、花を楽しむ「花桃の2種類があります。
                                 実桃                                            花桃                           
用途                食用として栽培される                観賞用に栽培される
特徴                果実が大きく、甘みがある          花が大きく、八重咲きのものもある
生育環境          比較的暖かい地域を好む             寒冷地に強いという特徴がある        

実桃
「黄桃」や「白桃」など、よく知られている桃です。日本には弥生時代に渡来したとされ、平安時代には「桃の節句」に桃の花が観賞されるようになりました。

花桃
 園芸種として栽培されており、「ひな祭り」の時期に購入できることもあります。花桃は、枝いっぱいに咲き誇る桃の花が淡いピンク白色花びらで満たされ、その光景はまるで桃色の雲が空に広がるかのように美しいです。
花桃には、実がなることもありますが、苦みや酸味が強かったり、あまり大きくならなかったりと、一般的に食用には向いていません。
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2023年5月25日木曜日

Google AI Bard 仙人になるためのアドバイス Q&A

昨年末、今年(2023年)からの <年賀状しまい> の案内ハガキを、親類・知人に送った。ハガキに、「これからは、仙人の境地して過ごしたい」旨記した。以来、6か月ほど経っているが未だに「桃源郷」が見つからないでいる。

(本ブログ関連:”仙人”、”桃源郷”)

そこで、Googleの人工知能(AI)の「Bard」 に、①「仙人になるにはどうしたらよいですか」、②「桃源郷へ行くにはどうすればよいですか」とたずねたところ、AIのBardから次のように回答を得た。
- https://bard.google.com/?hl=ja

(本ブログ関連:”人工知能”、”ChatGPT”)


Q.仙人になるにはどうしたらよいですか
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A.仙人になる方法は、人によって異なります。しかし、一般的に仙人になるためには、次のようなものが必要だと思います。
・修行: 仙人になるために必要な知識や技術を身につけることです。修行には、さまざまな方法があります。例えば、山にこもって修行をする人もいれば、社会の中で修行をする人もいます。
・悟り: 真理を悟ることです。悟りを得るには、さまざまな方法があります。例えば、禅の修行をする人もいれば、瞑想をする人もいます。
・慈悲心: 
他人を思いやる心です。仙人になるためには、慈悲心を持って、他人を助けなければなりません。
・忍耐: 
困難に耐え続けることです。仙人になるためには、忍耐力を持ち、困難に耐え続けなければなりません。
・謙虚さ: 
自分を低く見ることです。仙人になるためには、謙虚で、自分を大きく見せようとしなければなりません。
・自然との調和: 
自然と共に生きることです。仙人になるためには、自然を尊重し、自然と共に生きなければなりません。

これらのことをすべて満たすことができれば、仙人になれるかもしれません。しかし、仙人になるためには、長い時間と努力が必要です。
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Q.桃源郷に行きたいのですが、どうすればよいですか
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A.桃源郷は、陶淵明の『桃花源記』に描かれた架空の場所です。この物語では、漁師が偶然桃の花が咲く林に迷い込み、その先に桃源郷を発見します。桃源郷は、戦乱や争いのない平和な場所で、人々は幸せに暮らしています。

桃源郷は、現実の世界に存在する場所ではありませんが、私たちの心の中にある理想郷を表しています。桃源郷に行くためには、心の奥底にある平和と幸せを見つめ直すことが必要です。そうすれば、きっと私たちは、桃源郷のような場所を見つけることができるでしょう。

桃源郷に行くためのヒントをいくつかご紹介します。
・心の平和を大切にしましょう。
・他人を思いやりましょう。
・自然に触れましょう。
・自分の好きなことをしましょう。

これらのことを実践することで、きっと桃源郷のような場所を見つけることができるでしょう。
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2019年12月2日月曜日

刑天(形天)

朝方、明るく晴れていたころ、都心では小雨が降っていた。雨雲レーダーを見ると、神奈川県との県境に南西から到達した雨雲が、するるとそこで消えてしまうのだ。しかし、昼になると急に薄暗くなり雨が降り始めた。天気予報では、今夕まで降水確率70%、その後も20%と報じた。

いつもなら、毎週月曜日に出かける市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」が休講になったため、空模様と相談しながら一日過ごすことにした。何かをせねばと探す内、何も見つからぬ凡人の定めか、結局一日が終わってしまった。

ところで、往生際の悪さからか身を変じても執拗にことを重ねる話がある。遊んで溺れ死んだ海に復讐するため、鳥に変じて小枝や石をくわえて海に落とし、埋め尽くそうとする「精衛」。あるいは、帝に頸を刎ねられた後も意思を変えず、乳を目に転じ、臍を口に変え、片手に斧、片手に盾を持ち上げて舞いつづける「刑天」。

山海経(せんがいきょう)」に、この精衛と刑天が記されていて、特に刑天の姿は興味深い。そのあまりに頓狂ないでたちに戸惑う。しかし、突然目の前に現れて、斧と盾を両手にして踊り続けられたらどうだろう。さぞかし気色悪いことに違いない。その無力ながら恨みを忘れない執念にたじろぐばかりだ。

(本ブログ関連:”山海経”)

陶淵明の詩「読山海経十三首」の其十に、彼自身のひそかな執念が詠まれていると解釈される。諦念というか悠然自若を見せても、その内のマグマは衰えないようだ。

(本ブログ関連:”陶淵明”)


(追記)
Wikipediaに、西洋の空想上の異形の人に「ブレムミュアエ」について、次のように紹介している。自分たちの文明を中心にすれば、その外界は異界であり、そこにふさわしい異形の人が自然に存在すると考えたのだろう。中国古代の刑天はある意味内包的な存在であり、故あっての異形いならざる得ない。
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ブレムミュアエ(Blemmyae)ないしブレムミュエス人(ブレムミュエスじん)とは、空想上の生物であり、古代ローマ時代にリビアの砂漠[3]や古代エチオピアに棲息していたとされる異形の人種。アケパロイとも呼ばれる。
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2013年9月19日木曜日

十五夜

今日は旧暦の八月十五日、陽の落ちた帰り道、東の空にくっきりと輝く満月が浮かんでいた。今晩の月を中秋の名月という。

外出の帰り道、吉祥寺の駅ビルで「月見だんご」でもと探したが、食品フロアに十五夜に団子を供えるといった祭事の気配は見つからない。そんなものかなと、地元駅の街にある和菓子屋に寄ったところ、閉店の最中・・・あきらめることにした。

団子がなくても、まんまるお月さまはいらっしゃる。十五夜の童心に帰ったよう、ちょっとはしゃいだ気分になる。

ところで吉祥寺の書店で、「桃源郷 - 中国の楽園思想」(河合康三、講談社選書メチエ)をもとめた。同書の「はじめに」におやっと思わせる、こんな記述がある。

「中国の楽園といえば、誰もがすぐ桃源郷を思い浮かべる。陶淵明の『桃花源記』が描き出した桃源郷こそ、典型的な楽園と考えられてきた。」
「桃花源はそれほどよく知られているのに、中国にはそれに類する話、それに続く話が意外に少ない。典型的な楽園を描いた作品は『桃花源記』がほとんど唯一のものだといってもよい。」
「(楽園とは異なる方向に向かった思いの先の)その一つは仙人の住む世界である。」

・・・なんだか、いい感じがしてきました、先が楽しみです。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

イ・ソンヒの「狐の嫁入り(여우비)」以来、狐<神仙<・・・桃源郷へと、気ままであるが興味が広がる。関心に一貫性があるかは別にして、夢想はみるみる拡大する。わたしにとって、イ・ソンヒのイメージが強固になるようだ。それは楽しいことでもある。

(Youtubeに登録のps3hlproductionsに感謝)

2013年1月3日木曜日

李仙姫の名前から(2)

イ・ソンヒの名「ソンヒ(선희)」と同じ名付けについて、次のような統計がある。(이루미작명SYS)

・「選好度: ソンヒ(선희)は、58番目(0.2%)でしばしば使われ、最も多い姓は金である。」
・「性別感: ソンヒ(선희)は、93.57%が女性の名前だ。」
・「出生情報: ソンヒ(선희)は、1985年度に最も多く出生し、ソウル特別市出生の場合が多かった。」

1984年の「江辺歌謡祭」でデビューした翌年、テレビを通じて賑わした彼女の名「ソンヒ(선희)」が多く名づけられたことに因縁があるように思える。彼女の健全なおもむきと名の持つ印象が、当時の都市部生活者に親和性があったのだろう。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒという名前")

さて、話しを彼女の名の一文字「仙」の由来から、神仙伝説へイメージを膨らませてみよう。
最近の彼女のヒット曲に、「因縁(인연)」に代表する東洋的な雰囲気を漂わせる傾向があるが、「狐の嫁入り(여우비)」もそのひとつである。ドラマに登場する九尾狐は「山海経」まで遡るという。

・「紀元前2世紀から紀元3世紀頃にかけて中国で著された地理書『山海経』には実在とは思えぬ動植物の項が並んでいるが、その一書「南山経」で、青丘之山に「有獸焉 其狀如狐而九尾 其音如嬰兒 能食人 食者不蠱」*とあるのが九尾の狐に関する最初の記述であるとされる。」(Wikipedia「九尾狐」)

(*)「獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。」(高馬三良訳「山海経」)

(本ブログ関連:"Wikipedia「九尾狐」")

この「山海経」は、桃源郷(「桃花源の詩」)の散文を記した陶淵明もマニアだったらしく、「読山海経十三首」の詩を作っている。なるほど、彼が興味深く眺め見たこの書の挿絵には、九尾狐だけでなく不可思議なさまざまな生き物が登場する。

(本ブログ関連:"陶淵明-3")

イ・ソンヒの名前から、神仙の世界へ話しがとんでしまったが、彼女の東洋回帰に合わせてイメージ遊びさせてもらった。

(本ブログ関連:"李仙姫の名前から(1)")

2012年12月20日木曜日

陶淵明-5

市民講座「陶淵明の描いた世界」は、今日が最終回(第5回目)である。陶淵明の親類・家族への思いや、晩年に際しての心情をうたった詩文について、田部井文雄先生から解説をいただいた。そのうえ、講義後に半時間ほど出席者との質疑応答の時間が設けられた。

陶淵明が五人の子どもの不出来に嘆く「子を責む」(責子)の詩は、むかし教科書で読んだことがあるけれど、子を持って初めて実感できるものだろう。講師が出席者に問えば、苦笑いするばかり。
詩中「阿舒(あじょ)は己(すで)に二八(にはち)なるに」(阿舒己二八)にある、「阿」の意は「~君、~ちゃん、~のやつ」といった呼びかけのようなもので、十六歳の舒君は、舒ちゃんは、舒のやつは・・・といったところだ。そして最後に、<それはそうとして酒を飲んで憂さ晴らしでもしよう>といったニュアンス、謙遜を口実に酒を飲む。

どうやら酒好きの陶淵明は、飲酒を詩のおちにしている。自分の弔いの詩(「挽歌の詩三首」其の一)を書いておきながら、それだけでも変なのに、死して後に悔やむのは「酒を飲むこと足るを得ざりしを」(飲酒不得足)と最後に付け加えるのだから。それって、酒が得意でない人間にとっては、なかなか難しい。

最後の質疑応答の時間で、「漢詩の理解を深めるにはどうすればよいか」という質問に対して、「師について学ぶしかないだろう」との回答があった。実は前々回の講義後に、イ・ソンヒの「分かりたいです」の漢詩<読み下し文>について相談したが、同様の回答を受けた。わたしも、いい師を探すしかないようだ。

(本ブログ関連:"陶淵明")

2012年12月6日木曜日

陶淵明-4

市民講座「陶淵明の描いた世界」の第4回目に出席する。(今回を含めて)残すところ後2回、いよいよ最終にさしかかった。今回は幻想好きにとって楽しみな<桃源郷>について、陶淵明が記した散文を解説いただいた。

「桃花源の記」は、武陵の川漁師が渓谷を水源まで遡ったところ、山中に洞窟を見つけて、くぐりに抜けた先に桃源郷と出会う話だ。そこには、見たこともない人々が穏やかに暮らしていた。秦時の乱を避けて以来、漁師の時代(太元年間)までざっと見積もって、600年以上前からこの地に住み続けられたことになるのだろう。彼らから、もてなしを受けた後、去り際に他言無用と次のように口止めされる。

・不(レ)(下)(2)外人(1)(上)也   外人(がいじん)の為に道(い)うに足らざるなり
(訳) 外部の世間の人に話すほどのことではありません。

それでも漁師は、行政長の太守に喋っちゃうんだな。でも、いくら探しても、桃源郷は結局見つからなかった。この記は、後の時代の<物語>に通じるそうだ。

ところで「桃花源の記」は、山の岩間から雲が生まれるような仙境を語っているわけでも、碧眼の美女との遭遇を喜んでいるわけでもない。鶏が鳴き、犬が吠える、のんびりした素朴な光景が浮かんでくる。もしかすると。桃源郷はもっと身近にあって気付かないだけなのかもしれない。

ところで、現在の中国の若者たちが、自然のもとへ行こうと言うとき、この記に語られた武陵の地名を使って、「武陵に行こう」と言うと解説があった。

今回の講義は、「桃花源の記」の前に、九尾の狐伝説などの原典といわれる「山海経」を題にした、「山海経を読む十三首 其の一」の解説があり、終わりには、陶淵明の洒落た自叙伝ともいうべき詩についても聞かせていただいた。

次回(最終回)のために、漢字教育の資料が配られた。宿題である。

2012年11月29日木曜日

陶淵明-3

市民講座「陶淵明の描いた世界」の第3回目に出席する。講師の著書をテキストにして、詩を通読、解説する合間に、楽しくめずらしい、例えば台湾訪問などの話も聞かせていただいた。

今回、陶淵明の詩に触れながら、次のような解説に関心を持った。
・陶淵明は自然詩人といわれるが、中国では「自然詩」といわず「山水詩」というそうだ。
・中国で仙人が大事にしたのは、松・竹・梅ではなく、松・竹・菊だ。ちなみに、遣唐使が日本に菊を持ち帰ったとき、「キク」と発音したことで音訓の区別なく「キク」と呼ばれる。
・陶淵明の「飲酒二十首 其の五」に、「菊を采(と)る、東蘺(とうり:東の垣根)の下(もと)」とあるが、菊の花を酒に浮かべて飲むためという。(そういえば、イ・ソンヒに「一輪菊(한송이 국화)」という恋の歌があった・・・関係ないけれど。)

講師は、漢文語法の紹介に連れて、なんと中国語で「何日君再来」を歌われた。
陶淵明の「雑詩十二種 其の一」にある、「盛年不重来(盛年 重ねては来たらず)」の説明で、部分・全部否定の語法について解説された。
<語法>
・部分否定:  好(2)ニハ(1)カ       よき花は常には開かず
・全部否定:  好(レ)カ              よき花は常に開かず
<歌>
「好花不常開/好景不常在」で始まる「何日君再来」を、テレサテンの歌で聴いてみよう。
(Youtubeに登録のcat012953に感謝)

2012年11月15日木曜日

陶淵明-2

陶淵明の詩についての市民講座の2回目を聴く。「帰去来の辞」につづいて、今回は「田園の居に帰る五首」中の、其の一、三、四と、「斜川(しゃせん)に遊ぶ 并(なら)びに序」について解説された。

「田園の居に帰る五首」中の、其の一の詩中にある次の対句に興味があった。
狗吠深巷中   【狗(いぬ)は吠ゆ 深巷(しんこう)の中(うち)】   犬が奥まった路地で吠えていたり
鶏鳴桑樹顛   【鶏(にわとり)は鳴く 桑樹(そうじゅ)の顛(いただき)】   桑の木のてっぺんで鶏が鳴いている

この対句について、老子の描く理想郷に通じるとのこと。そういえば、使用のテキスト後半にある有名な「桃花源の記」に「鶏犬相聞」もあって、犬や鳥ののんびりした鳴き声は、桃源郷のひとつのシンボルのようだ。

現世は、自宅で鶏を飼う人はいないし、流行の小型犬は鳴き声をあげないものが多いようで、桃源郷とは反対の世界だ。

また、漢字の特性について次のような説明があった。
表意文字である漢字は、名詞にも動詞にも形容詞にもなり得る。例えば、「種(たね)を種(う)える」というふうに同じ漢字を名詞と動詞に使うことができる。なるほど・・・言葉(文字)をきちんと見つめていない者としては、客観的に気付かされました。

ところで、気になる点がある。陶淵明の詩中で使われる「自然」という言葉だ。この「自然」を、時代に分けて解釈したらどうなのだろうか。例えば、陶淵明の1600年前の東晋時代、あるいは蘭学以前の江戸時代、そして現在において、「自然」という言葉の理解や認識の差によって、詩の解釈も違ってくるような気がするけれど・・・どうだろうか。

2012年11月1日木曜日

陶淵明-1

中国朝時代の詩人陶淵明(365年~427年)の描いた世界について、市民講座があり出かけた。今日は講義の初回で、全5回を予定している。

漢詩・漢文は、高校時代の授業が最後で素養もないにもかかわらず、今回受講した目的は、先日ブログに記した通り、イ・ソンヒの歌「分かりたいです(알고싶어요)」に付された漢詩について知りたいからだ。
(この漢詩の由来は承知のうえで・・・)

さて、地元公民館の教室は、多数の聴講者が集まり埋まっていた。講師は、入門書「MY古典 陶淵明のことば」(斯文会)をテキストに同著者の田部井文雄氏が解説された。(以下同書より)

初回講義は、「帰りなんいざ、田園 将(まさ)にあれなんとす・・・」で有名な「帰去来の辞」だ。詩四段の書き下し文、語句について順に解釈された。陶淵明が職を辞して帰郷するという意気盛んなイメージがあったが、人生の有限を嘆じていることまで含まれていたとは知らなかった(忘れていた)。
すなわち、「已(や)んぬるかな/形を宇内(うだい)に寓すること復た幾時ぞ」(ああ、もう終わりなのだなあ/この身をこの世に生き続けさせるのも、これからどれほどの間のことであろうか。)とうたいながらも最後に、天命にまかせて疑いを持たず生きようとする。けれど・・・。

それはそうと、これからイ・ソンヒの「分かりたいです」の漢詩(蕭寥月夜思何事 ~)を調べてみようかな。

2012年10月17日水曜日

漢詩

下手な横好きというか、考え無しに何にでも手を出してしまう。いまさら身につくわけではないが、楽しめればそれでいいじゃないか・・・といって、すぐではないが、陶淵明の詩について連続講座があるそうなので出かけてみよう。

本音をいえば、イ・ソンヒの代表曲である「分かりたいです(알고싶어요)」の歌詞について知りたいことがある。

彼女のこの歌には原詩があって、<黄真伊(ファン・ジニ:황진이)が蘇世讓(ソ・セヤン:소세양)を誘惑するために書いた漢詩>という伝説(誤解)がある。今でも(韓国の)ブログにそう記しているものがあるようだ。
実は、この「分かりたいです」の作曲家がオリジナルに作った詞を、作詞家の妻が修正してできあがった歌詞に、ある作家が了解を得て漢詩を付したことから「秘話」が誕生してしまったというわけだ。その漢詩というのが、次の七言詩だ・・・陶淵明以降のスタイルだけど。

蕭寥月夜思何事
寢宵轉輾夢似樣
問君有時錄忘言
此世緣分果信良
悠悠憶君疑未盡
日日念我幾許量
忙中要顧煩或喜
喧喧如雀情如常

さて、この解釈やいかに。機会があれば、講師の方に聞いてみようかな。

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