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2026年7月15日水曜日

お盆の時期

ネットに日々の行事を知らせるサイト「今日は何の日・明日は何の日」*がある。きょうを参照したら、「お盆・盂蘭盆会(7月15日 年中行事)」とある。
(*)「雑学ネタ帳」
    ー https://zatsuneta.com/category/anniversary.html#google_vignette

はて、町を歩いてもそんな気配はなかったような・・・ただただ、暑い日射しの日中のことゆえ気付かなかっただけか。

お盆といえば、子どものころ、どこの川だったか、もしかしたら遠賀川だったか。父に連れられて夜の川辺に、供え物を流しに行った記憶がある。あのころは人出もあって、ゆらゆら流れていくのを賑やかに見送ったような気がする・・・ああ、これも思い出の中の幻想かな。
それがいつだったか、時期がはっきりしない。

(本ブログ関連:”お盆”)

そこで、Gemini と、ChatGPT に確認したところ、同様の回答を得たので次に記す。

■ ChatGPT
日本の地域ごとの大まかな分類
お盆の時期主な地域背景
7月13~16日
新暦・7月盆
東京を中心とする首都圏の一部、横浜の一部、静岡市、金沢市旧市街、函館市など都市部ではそのまま新暦7月15日に行う地域(7月盆)
8月13~16日
月遅れ盆
全国の大多数の地域農繁期を避けるため1か月遅らせて8月15日ごろに行う地域(月遅れ盆)
旧暦7月13~15日
旧盆
沖縄県、鹿児島県奄美地方など(新暦の日付は毎年変わる従来どおり旧暦を使い続けた地域(旧盆)

結論、月遅れのお盆だったのだろう。ああ、そういえば、盆棚にあった「らくがん(落雁)」の菓子を食べたことがある。子どもにはサイズが大きすぎて、放り出すわけにいかず苦心した・・・でも、口の中でじわっと広がった甘みがなつかしい。

2019年7月13日土曜日

精霊会、迎え火

雨雲のためくすんだような夕刻、小雨がぱらつくなかを帰った。家に近づくと、辺りに物を焦がすような香りがした。そのとき、ご近所の門のかたわらで「迎え火」をしているのに気付いた。今日は「精霊会(しょうりょうえ)」である。

精霊会は、今月13日から16日にかけて先祖たちの霊を祀(まつ)る仏事で、「盂蘭盆会(うらぼんえ)」ともいう。これは、いわゆる「お盆」の時期であるが、一般に新暦8月に行なうのが通例(実質、旧暦相当日に合わせたもの)。とはいえ、今日、迎え火をする家もある。

子どものころ、お盆の時期が来ると、客間に盆提灯が飾られ、うれしくて客間を覗き込んだものだ(昔の家の客間は、子どもたちが普段出入りする部屋ではなかった)。お供えものの落雁菓子が、行事が終わると食べられる楽しみもあったからだ。そういえば、何度かお坊さんがお経をあげに来たのも思い出す。祖父母がつづけて亡くなり、しばらくの盆の行事だったのだろう。

(本ブログ関連:”お盆”)

それにしても、わが家で迎え火をした記憶はない。だから、今日、ご近所のそれがとても新鮮に見えた・・・毎年されているのだろうけど、わすかな時間なので、今まで、目にすることも、香りをかぐ機会もなかっただけのことだろう。

2026年1月27日火曜日

HUMBE(ウンベ) - fantasmas(亡き人びとへの思い出)

むかし、日本にキリスト教伝来のため到着した宣教師が、その普及に苦心した話しがある。

「なんで先祖を祭らないのか?」

メキシコの祭事「死者の日」は、日本の祖霊を迎え祭る(祀る)「お盆」に似ている。かつて、スペインがキリスト教(カソリック)を伴い支配したアステカの土地に、今もインディオの精神が宿り、民族の伝統が続いているような気がしてならない。先祖を敬い接する、自分たちの家族のなかで死んだ人びとが、返る(帰る)場所を用意し、身近に迎える。民族の調和につながる。「わたしたちは永遠になる」という幸いがある。

ところで、何気ない日常、父と子の絆を感じさせる次の <Youtubeショート> を見た。
あるとき、グラウンドでスポーツ観戦する兄と妹の後方で、父親が口笛(指笛?)を吹いた。兄と妹は、それに気づいて辺りを見回したが見つからない。それでも、妹は口笛のした方向に走ってきたが分からず、兄の元へ戻って行こうとしたとき、父がもう一度、口笛を響かせた。ハッと気づいた妹は、父の(笑い声だけがする)元へ駆け寄ってくる。

■ Youtube(登録: Lo que callamos los AA)
「El silbido de papá era su forma de decir “ya llegué”.」←「動画を再生できません」
    ー https://www.youtube.com/shorts/bWwEzPzlsr8

この動画に流れる音楽は、メキシコのシンガーソングライター HUMBE(ウンベ: Humberto Rodríguez Terrazas)の曲「fantasmas(亡霊たち)」だそうで・・・メキシコの独特な土壌を感じさせる。祖霊に対する思い出は、キリスト教の神に対する個別的なものではなく、むしろ日本の「お盆」での祖霊との共存に近い。かつてのアステカの精神を継承しているように感じさせる。すべては思い出につながる。

■ Youtube(登録: HUMBE)
「HUMBE - fantasmas」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=e2c8NkNY41U

2011年8月14日日曜日

盂蘭盆

今日は旧暦の七月十五日、盂蘭盆(うらぼん)だ。Wikipediaを参照すると、この仏教行事は7世紀頃からのもので、歴史をたどると、江戸、明治時代に、お盆に収斂したり排除されたりしたようだ。どちらにしろ、国民行事のお盆休み中で伝統的な言葉として残っているが、「盂蘭盆」という言葉に実感は余りない。ずるずると生きていることに反省が必要のようだ。

「東国歳時記」(洪錫謨著:東洋文庫)には、旧暦月中元(7/15)の今日、「百種日(백종일)」として次のように記している。
・七月十五日(中元)は、わが国の風俗で百種日という。僧徒はこの日、斎(とき)を設けて仏を供養し、大名節となす。/かんがうるに、『荊楚歳時記』には、「中元の日には、僧尼、道俗を問わずことごとく盆を営み、諸寺院で供養をする」と書いており、『盂蘭盆経』では、「目連比丘(もくれんびく:男僧)が五味百果を盆に供え、十万大徳を供養した」と書いている。
・いまいうところの百種日は、おそらく百果を指したものであろう。/高麗時代には崇仏の風が盛んで、毎年この日には盂蘭盆会がおこなわれた。いまの風俗で斎を設けるのは、この遺習である。

同じく「亡魂日(망혼일)」として次の説明もある。
・わが国の風俗に、中元をもって亡魂日となす。けだし一般の民家では、蔬果や酒販をととのえて、亡き親の霊魂を招くのである。(以下略)

ところで、上記「東国歳時記」にある「百種日は、おそらく百果を指したものであろう」について、中国語Wikipediaの「朝鮮中元節」に次のような解説がある。
・「百種」は「いろいろな果物」で、そのため「百中」あるいは「百種」は多種の農作物が熟して豊作を意味している。

ちなみに、韓国語Wikipediaの「百中日(백중날)」では次の通り。
・この頃には様々な果物や野菜が多く、100種類の穀物の種を備えていたとしてできた名前である。
・(仏教に関連づいた)盆は、昔から盛大に行われていた祭りだったが、今日の大韓民国ではその風習が多く消滅した。

(本ブログ関連:"歳時記")

2013年10月31日木曜日

なぜハロウィン

この時期、ハロウィンがメディアにとりあげられるたび、置き場がないというか落ち着き場所の定まらぬ感覚にとらわれる。人生長いと、様々な行事が次第に既定になっていくのを見てきたが、異質さに馴染むのはなかなか容易でない。若ければあっさり受容してしまうのかもしれないが。

ハロウィンは現在、あくまでも商業的なイベントを超えていない。多分、お盆のような宗教的なものと結びつくことがあるわけではないので、風習になるには時間がかかるだろう。その意味で、クリスマスは家族の結びつきを確かめる最早風習に近い。そして、義理を含めてバレンタインはハロウィンより先行している。

ハロウィンのちょっとおどろおどろした雰囲気を知ったのは、米国のブラッドベリ(Ray Bradbury, 1920年8月22日~2012年6月5日)のSFファンタジーの短編集を読んでからのことだ。その頃は、日本でのハロウィンはまだ文字の世界で語られたものだったはず。映画などで見る光景ではあったので、全く知らないわけでもなかった。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

だから、ハロウィンに強い拒絶感はないけれど、ちょっと気になる点がある。ハロウィンのデコレーションに使われる小物もそうだが、全体的な色彩のトーンとして、あのオレンジ色はどうだろう。日本の色使いではないと思うが。
とはいえ、わたしたちの色彩感覚もだいぶ変わってしまっている。そう、アウトドア用品やその衣料品を見れば分かるが、深緑色や青紫色などがすっかり定着してきている。アメリカ発の色彩感覚がそのままとりいれられている。

2009年10月4日日曜日

秋夕

「jo!ns」の「Special Reports(第134号)」(10/2)に、50人の女性が50歳をむかえて思うことが載っている。記事の最後に、「秋夕」について彼女たちの次のようなコメントがある。
・秋夕の意味も以前と少し変わった。前は秋夕に親戚達が集まるのも嫌いで、たくさんの祭事の食べ物を作ることが嫌だったが、今は家族が交わり騒がしく話を交わして人情を感じるのが良い。
・もしかしたら、両親や舅姑と共にする秋夕が、今回が最後かも知れないと思うと、そのような考えがさらに切実になる。
・以前より感謝して懐かしかった。中秋のお盆の十五夜月のように満杯になった感じ。
・秋夕の豊かさを本当に感じることになった。

家族を中心に子育てを一段落した女性は強い。50歳にして以上のような余裕が出ているのだから。これからを生きていく強さ(ある意味でしたたかさ)を感じる。日本も・・・同じだろう。

(付記)
今日、家族と一緒に、初めて巣鴨の「とげぬき地蔵」(高岩寺)に行く。寺までの通りや境内の人混みの多さに驚く。街行くひとたちは、おおかた上記アジュンマ世代より上の、歴戦のつわものたちだ。次に、「巣鴨地蔵通商店街」を抜けて、都電荒川線の庚申塚(こうしんづか)駅で都電に乗り、鬼子母神前駅に行く。法明寺の鬼子母神をお参りする。孫のためにお守りと土鈴をいただく。
最後に池袋まで歩き、ジュンク堂書店で「韓国の巫 シャーマニズム」(趙興胤著)を購入した。

(追記)今朝、孫宅に届けた月見団子を、孫がうれしそうに触っている写真が送られてきた。今夜も月がきれいに見えますとお嫁さんがメールにしたためていたので、外に出て仰ぐと、雲ひとつない空に月のひかりが冴え渡っていた。

2019年8月19日月曜日

ロシア・スラヴの言語と文化入門 2019- 2

先週の月曜日(8/12)は、その前日(日曜日、8/11)が祝日「山の日」だったため、お盆休みの最終日ともいえる「振替休日」となり、月曜日開催の一般公開講座「ロシア・スラヴの言語と文化入門」が休講となった。そのため、今日、一週空けて久し振りの同講座、第2回目に出かけた。

(本ブログ関連:”ロシア・スラヴの言語と文化入門”)

今回は「芸術・文化に親しむ」のタイトルで、ロシアの(クラシック)音楽状況やコンサートホール(& ネットによるチケット申込方法)などについてピアニストの日高志野(しの)さんから紹介があった。声楽家(メゾソプラノ)の小野綾香(あやか)さんとの共演もあり、知って得する機会に恵まれた。合わせて、東京外国語大学非常勤講師の小川暁道(あきみち)さんから語学的補足などあった。

ロシア・スラヴの世界に門外漢の私にとっては、十分すぎる内容と時間だった。その中で、面白い話題がいくつかあった。
・ ロシアに西欧の音楽が導入されたのは、バッハ(1685年~1750年)の時代に遅れること100年を過ぎた1800年代だった。そのため、ピアノは当然ながら100年後に進化した(差を持った)構造や奏法から始まった。
・ モスクワの音楽会場について詳細に紹介された。ところで、ネット申し込みの際、最終的に(ロシア内での)「電話番号認証」が要求されるので、日本からの申し込みは不可となる。
・ 贈り物(プレゼント)についての注意点: ① 花束は奇数本であること、黄色は不可。② ハンカチーフは涙に通じるため不可。

最後に、小野綾香さんの歌、日高志野さんのピアノ伴奏によるミニコンサートを聞くことができた。あたりまえのことだが、どこからそんな声がでるのかと驚いた。曲目のひとつにある、チャイコフスキーの「昼の光が満ちようと...(День ли царит)」は、情感あふれる旋律がして、耳にとても心地よくとどいた。

ネット上のブログ「梅丘歌曲会館」の「使途音楽」コーナーに、この曲について訳詞と解説がある*。素人はこちらに頼るしかなく鑑賞させていただいた。(藤井宏行氏に感謝)
(*) http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S442.htm

そこで、「День ли царит(Denj li tsarit)」をYoutubeで検索して、次にエンベッドさせていただく。

А. Нетребко、 Д. Мацуев、 "День ли царит")

(Youtubeに登録のЕлена Рудневаに感謝)

2013年2月28日木曜日

2月も終わり

物事がどれ位い済んだか、あるいは未だどれ位い残っているかを直感的に理解するのに、むかしからリンゴの食べ具合をイメージしていた。リンゴを立てて、芯を通るように上から切り分けるのだ。

2月は、太陽暦の都合で28日(または29日)しかないので、今日で終わりだ。一年(十二ヶ月)をリンゴ一個に例えると、六分の一食ってしまったことになる。まだまだ残りがあるようだが、この場合、消化の速度の方が気になる。歳とともに加速しているのだ。

リンゴには、人生のリンゴ、カレンダーのリンゴ、そして仕事のリンゴなどがある。
仕事のスケジュール管理の最初に、土日や祝日だけでなく正月やお盆などの休日を差し引いて工数を考えなければならない。特に2月は28日(または29日)しかないのがやっかいである。通常月より2~3日少ないのだから。
例えば4月に利用開始の場合、3月を(総合など)テスト月とするなら、2月までに開発ほかが終了していなければならない。その2月が、28日しかないのだ・・・日数の少なさに、カレンダーをうらめしく思うことになる。

いつも月末になって思うのだが、来月からは真剣にするぞって。
もう、2月のことは忘れてしまった。明日から、いよいよ季節は春である。

2024年8月22日木曜日

功徳となるか

 ● 浅草の浅草寺には、7月10日に参拝すると「四万六千日」の「功徳」*があるという。
この行事は、鎌倉の長谷寺、奈良の東大寺二月堂などでもあるようだ。また、京都の清水寺では、毎年お盆の16日までを「千日詣り」としている。決められた日に参拝するだけで、多数参ったのと同じに値する。日常せわしい庶民にとって、ありがたく便利な行事でもある。
(*)あさくさ 浅草寺: https://www.senso-ji.jp/annual_event/13.html
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平安時代頃より、(浅草寺の)観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられてきたが、室町時代末期(16世紀半ば)頃から、「功徳日」といわれる縁日が設けられるようになった。
功徳日とは、その日に参拝すると、100日、1,000日分などの功徳が得られるという特別な日を指す。功徳日は寺社によって異なるが、現在、浅草寺では月に1度、年に12回の功徳日を設けている。このうち7月10日は最大のもので、46,000日分の功徳があるとされることから、特に「四万六千日」と呼ばれる。・・・ 46,000日はおよそ126年に相当し、人の寿命の限界ともいえるため、「一生分の功徳が得られる縁日」である。
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● 四国の寺院「八十八ヵ所」(札所)を巡る旅は、徒歩で約40~45日かかるといわれる。お遍路さんは、その行程に耐えるだけの元気さが必要だろうし時間がかかる。
今は、観光ツアーのひとつにもなっているが、お遍路はいつ頃から始まったのだろうか**。
(**)国土交通省「四国遍路の歴史」: https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001558016.pdf
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・(9世紀に四国を巡ったと言われる「空海」(774年~835年)の死後)極めて信仰心の篤かった少人数の僧が行った、これらの巡礼の最も初期の記録は、12世紀まで遡ります。
・今日知られているような四国遍路が成立したのは、平和が続き文化や宗教の追求が花開いた江戸時代(1603–1867)のことです。
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僧の修行と違い、庶民のお遍路は、平穏な時代に世界を広げるチャンスであり、楽しんだのかもしれない。

● けれど、誰もが健康なわけではないし時間に余裕もない。それにかなうように、瀬戸内の島に、四国の八十八ヵ所を短縮した「島四国」があって、徒歩7~8日で済む巡礼の道が設けられている。体のきつい人も含めてお遍路ができる。
島四国のお遍路さんには、歴史に語られることのない人びとが混じっていた。それは、小さな寺院の建物の影で、目立たぬように休憩する癩病者たちの姿だ(明治期を経験した人からの伝聞)。少し前のお遍路の旅には、今のツーリズムと違って、自らの人生を見届ける旅の意味合いもあった。

● ある種の人びとは、共同体でねんごろに最後を迎えられるわけでもない。
明治期の田舎、田んぼの中に襤褸(ぼろ)をまとった男が倒れていた。この放浪俳人にはまだ息があった。処置に困った村人は、隣村へ運び置いたし、結局、家々をたらいまわしされた。
(***)井月の生涯(一ノ瀬武志氏、井上井月顕彰会):  https://www5d.biglobe.ne.jp/~sak/seigetsu/denki.htm
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そしてとうとう、明治19年(1886年)の12月、駒ヶ根市東伊那の田んぼの中で、井月は行き倒れになって発見されました。こんなところで死なれては困ると思ったのでしょうか、村人たちは、井月を戸板に乗せて火山(ひやま)峠を越え、隣の富県(とみがた)へ運んで、置いて帰りました。
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井月の辞世の句といわれる、「何処(どこ)やらに鶴の声きく霞(かすみ)かな」はどこかさびしい。

2017年7月13日木曜日

始めの14歩 イディッシュ語

14日目。先日の九州方面の豪雨災害と反対に、こちらは連日猛暑が続いている。教室へ通う途中、あまりの暑さに喫茶店でしばらく涼んだけれど、教室に着いたとたん汗が吹き出た・・・もしかしたら、イディッシュ語理解不足のせいで、冷や汗が出たのかもしれない。

・先生推奨の入門書(復習編):「レッスン1」(ייִדן אין אַלע לענדער)の Exercise の残り(F)を回答:短い英文をイディッシュ語に訳し、筆記体にしてホワイトボードに書くこと。

・先生紹介のネット公開教材ソフト(YiddishPOP)の「レベル2-4」(פֿרײַטיק באַק איך חלה)。バスケットボールをするスケジュールの相談・・・月曜日から日曜日まで予定を確認する。① 動詞が、文の構成単位の第2番目に置かれること。② 主語が דו の場合、「動詞(סט-)+主語(דו)」を、(סטו-)の形式に短縮できること。

(余談)素人そのものの質問だが、日本の「お盆」と似たものが、イスラエルにもあるのかうかがった・・・先祖供養というか、先祖と一体感を持って、一族が集うような風習があるのか知りたくて。(極東の日中韓でも先祖の捉え方は大部違っているように思うのだが、まして神との契約主体のユダヤ社会ではどうなのだろう?)

(本ブログ関連:”始めの ~歩 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)

(音楽の宗教的意味合いについて存じませんが、とはいえ余りにも有名な・・・容赦を)

(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)

2016年8月11日木曜日

山の日 2016

お盆の8月15日を中心に大人たちも夏休みだ。その入り口ともいえる今日は「山の日」で、今年から施行される祝日だ。山に対して海はといえば、「海の日」の祝日もちゃんとあり、7月の第3月曜日がそうで、1996年から施行されている。さまざまな祝日や記念日があるため、素直な名の「山の日」があっても不思議でない。今年から施行というのに返って驚く。

その「山の日」の今日、近くの公園を散歩した。さすがに暑さのせいか家族連れの姿は多くなく、広場の草原を走り回る子どもたちもない。気になったのは、散歩道で立ち止まってスマホをいじる大人たちだ。それも、けっこういる。

スマホを使わぬ身ゆえ、彼らが 「ポケモンGO」 をしているかどうか定かでないが、連れだっていても互いに会話もなく、それぞれ黙々とスマホをいじっているのは不気味という他ない。

そんなことより、うれしかったのは、朝のニュースで、リオ、オリンピックの日本選手が続々「金メダル」を獲得しているのを知ったことだ。そのなかでも、体操の内村航平選手が「男子個人総合」で優勝したのに驚いた。(体操については、いうも恥ずかしい、高校時代のクラブ活動でのわずかな経験から特に関心がある)

NHK NEWS WEB(8/11)は、内村選手の金メダルを次のように報じている。彼の精神力は素晴らしい。そして、インタビューで語られた、「うれしいより幸せ」との言葉が心に残る。
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・体操は、男子個人総合の決勝が行われ、日本のエース内村選手は、2位で迎えた最後の鉄棒で15.800の高得点を出し、ウクライナの選手を逆転して2連覇を達成しました。
この種目の2連覇は44年ぶり、史上4人目の快挙で、内村選手は男子団体に続き、今大会2つ目の金メダル獲得です。
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2017年3月4日土曜日

ひな流し

昨日の「雛祭り」が終わって思い出すことに、「流し雛」の風習がある。手作り人形の飾りを川に流すイメージがある。「お盆」に戻った先祖の魂を送り帰す「灯篭流し」 に似て、祭りの終わりに、雛人形の魂を(在るべき処へ)送り返す気がする。

「流し雛」を間近に経験したことはないが、それを大型にしたような行事を、NHKのテレビ番組で見た。今日の日付に変わった深夜、午前3:15~3:30に放送された「にっぽんカメラアイ『お人形とわたし』」(3/4)でのことだ。

番組に「人形供養で有名な和歌山・淡島神社。女性カメラマンの感性がとらえたのは…」という解説がある。いわゆる「雛壇」に飾られる本格的な雛人形を最後に預かることで知られる神社の行事で、人形のサイズから行事の規模も大きくなったのだろう、「雛流し」神事と呼んでいる。

(番組解説から抜粋)
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和歌山市にある淡嶋(あわしま)神社。人形供養を行うこの神社には一年間で約6000体ものひな人形が納められ、3月3日に行う「ひな流し」神事に向けて社殿の中に飾られる。
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雛人形を乗せた白木造りの小船3艘は、互いに綱につながれ、釣り船に先導されて海に出る。その後、小船は回収され、浜で「お焚き上げ」される。

瀬戸内海の淡路島の対岸、和歌山県淡嶋神社で行なわれる、この雛人形の魂を海に送る行事から、同じ和歌山県の南端、那智勝浦町大字浜にある「補陀洛山寺」へと空想が広がる。

学生時代に読んだ「火山列島の思想」(益田勝実著)で知った(衝撃を受けた)ことだが、箱の中に渡海者を密閉した船を大海に流す「補陀洛渡海」が想起される。南方の観音菩薩の住処「補陀洛」へ行き着くことを願った死出である。小説ならば、渡海者を現代人の心理に見立て、死への恐怖に迫るだろうが、それを見送った当時の人々はいかに。生と死の境界があいまいだった時代のことだ。(境界の曖昧さは、今までにも起ってきたことだが)

(参考)「補陀落 観音信仰と日本文学」(川村湊、新潮社


(Youtubeに登録のSankeiNewsに感謝)