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2018年3月23日金曜日

公園の桜

空気は流体、連続して流れる。だから天候はアナログに変化する。なのに今朝、昨日をすっかり忘れる穏やかさ。天気予報で、昨年と比べた説明をされると、新鮮な思いで聞いてしまう。昨日はおぼろに、昨年はすっかり忘れている。

穏やかな日和、地元の公園に出かけた。平日昼間のせいか、幼稚園・保育園児の集団、幼児を連れの家族、そして老人グループが広場のあちこちに点在して、のんびり陽射しを浴びている。なかでも愉快なのは、ゴム製?の膨らみでできた「フワフワドーム」の上で、幼児が集団で飛び跳ねている光景だ。一種のトランポリンである。

公園の梅はすっかり花を散らして、その替わりの桜は数本咲いているだけ。大方の桜は芽を膨らませている段階だ。

(本ブログ関連:””)

唯一といってよい満開の桜があった。写真の桜、品種を「淡墨桜(うすずみざくら)」という。樹下に説明板があり、<散りぎわに淡い墨色を帯びる・・・> とある。

満開の今、全体に白い花弁が青空に映える。いわゆる桜色の薄いピンクというより、白色が強い。その分あっさりして、広場にポツンと立っている理由が分かるような気がする。「染井吉野」と釣り合いが取れないのかもしれない。

(「小金井公園ガイド」に色彩の変化について解説がある。感謝)

そんな公園にも探せば、コブシの白色、サンシュユの黄色、ミツマタの黄金色を見つけることができる。寒さを感ぜず、のんびり散策できたのはありがたかった。

2018年3月22日木曜日

(雑談)聞き間違え

聞き間違えは、語彙不足の子どものころ、ラジオを聞く中で身につけたようだ。例えば、台風などの災害時、鉄道がマヒしたりして、「ふつう」になったと報道されると、てっきり「普通」の意と思った。速い汽車でも各駅停車になるくらいの災害だと。

あるいは、ニュースで「あらて」といった犯罪の解説を聞いて、「荒手」のことと思った。犯罪は荒々しいものだから、強面のイメージに結びついたようだ。ラジオで育ったせいか、文字まで思いがいたらなかった。テレビの場合は、映像に字幕が出るわけで、そうそう間違えるわけにはいかない。

最近でも、「なりすまし」といった言葉を、嘘をつきながら平然と「成り澄まし」ているといったイメージがする。思い込みが加わった聞き違えだろう。(市から送られてくる「安全メール」に、いろいろと注意喚起するものがある)

「ろうがい」という言葉も気になる。齢を重ねると、自身が「老害」になっていないか、そろそろ気にしなければならない・・・そんな自覚が芽生えている。ところが、もうひとつ「ろうがい」がある。まさに死語になりつつある「労咳」だ。古い話だが、結核患者が出た家の前を、昔の子どもたちは手で口を押さえて走り抜けたという。私にとっては、「労咳」よりも「老害」の方を気にしなければならないだろう。

2018年3月21日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」切ない別れの歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/14)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、韓国に伝わる切ない別れの歌についての話を紹介した。

始めに、最も古い歌といわれる「公無渡河歌(공무도하가)」と、「霍里子高(곽리자고)」と彼の妻「麗玉(여옥)」について次のように紹介された。
・古朝鮮の代、2000年ほど昔の作という最古の歌、「公無渡河歌」がある。ある日、「霍里子高」は川辺で不思議な光景を目にする。白髪の狂夫が酒入りのひさごを持って川に飛び込もうとするのを、妻が駆けつけて静止するが、男は溺れる。妻は、夫への歌を一曲歌い川に入る。霍里子高が、妻「麗玉」にそれを伝えると、麗玉は深く悲しみ、入水した女性の歌を歌ったという。切ない歌に、涙しない人はなかったと言われる。

▼ 「公無渡河歌」を元にした今様の歌と演奏を聴く。ドラマチックに厳かに、今様に。

次に、公無渡河歌に触れた中国の書「琴操」と「上院寺(상원사)」の銅鐘に描かれた弦楽器「箜篌(くご、공후)」について次のように紹介された。
・公無渡河歌は、長い歳月に音曲は失われたが、内容は中国の書「琴操」に記録された。同書は、琴で演奏する歌や音楽を記した一種の歌の本だ。公無渡河歌は、ハープに似た弦を弾いて音を出す弦楽器「箜篌」で演奏して歌った。箜篌にはいくつか種類があった。新羅時代創建の「上院寺」の銅鐘に、箜篌と日本の笙とよく似た楽器「笙簧(センファン、생황)を奏する奏楽飛天が美しく描かれている。
・昔、人が死ぬと魂が蝶になると信じられた。公無渡河歌の、川に飛び込んだ男と妻も蝶になったろうか。箜篌の奏法は忘れ去られ、楽器だけ伝わった。最近、何人かのミュージシャンが楽器を改造して奏法を工夫し、新しい音楽を披露している。

▼ 箜篌の演奏で「蝶になって(나비가 되어)」を聴く。親しみやすい旋律で、今様に。

最後に、「金素月김소월)」の詩「ツツジの花(진달래꽃)」について次のように紹介された。
・花が咲くころ、「金素月」の詩「ツツジの花」(1925年)が浮かぶ。切ない別れをツツジの花と一緒に描いた作品だ。

▼ 「ツツジの花」の詩を歌にした歌を聴く。語るように素朴に、今様に。

春分の日 2018

春分の日」の今日、「なんて日だ!」(バイキングの小峠さんのツッコミ)っていうくらい寒い。やっと春になったというに。冷えたせいか、朝からくしゃみと鼻水が止まらない(花粉症ではない、目頭が痒くないから)。

(本ブログ関連:”春分の日”)

おまけに、本格的な<雪降り>。音もなく空から一斉に舞い降りてくる。天気予報の通りに驚く。昨日の東京の平均気温は 8.4℃ だった(10℃を切った)が、今日はどうだろう。朝方6時に 4.8℃ に始まり、昼前には 2.9℃ まで下がった。まさに寒の戻りだ。

これまで春分の日に、穏やかな晴れもあれば、強風に公園の桜が倒されたりした。まさか雪まで降るとは。tenki.jpによれば、「過去30年(1988年~2017年)、東京のサクラが開花・満開後に雪が降った年は6回あります(ミゾレでも雪としてカウントします)。」とのこと。

井伊大老が暗殺された雪の「桜田門外の変」は、安政7年3月3日。旧暦の節句、「雛祭り」に雪といった取り合わせに驚いたりしたが、陽暦に換算すると1860年3月24日にあたる。今日3/21に雪が降るのも不思議でないことになる。とはいえ、せっかくの祝日の今日、雪はどれくらい降り積もるだろうか。

2018年3月20日火曜日

イ・ソンヒの4月予定(続)

昨日、本ブログ(3/19)に、4月に韓国の大衆音楽を中心にした公演を<平壌>で行なうといった報道を記したが、その内容が次第に具体的になってきたようだ。

聯合ニュース(日本語版)の記事、「レッドベルベット 平壌公演出演に『光栄でうれしい』」*(3/20)に、次のように紹介されている。(抜粋)
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・韓国の芸術団が31日から来月3日まで訪朝し、平壌で2回の公演を実施することで南北が合意した・・・
・平壌公演には国民的歌手のチョー・ヨンピルやイ・ソニ(=イ・ソンヒ)**、ユン・ドヒョン、ペク・チヨン、少女時代のソヒョンらも出演する。(および記事タイトルにある女性アイドルグループのレッドベルベット)
・代表曲「Jへ」が北朝鮮でもよく知られているイ・ソニも「最善を尽くし、良いステージをお見せする」と事務所(フックエンターテインメント)を通じてコメントを出した。
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(*)韓国の聯合ニュース記事の場合、タイトルは、「イ・ソンヒ、レッドベルベット 『有意義な公演 光栄・・・一生懸命準備する』(이선희·레드벨벳 "뜻깊은 공연 영광…열심히 준비하겠다")」(3/20)で、イ・ソンヒを先頭に配置している。また、イ・ソンヒの発言についても、記事構成の最上位に置かれている。(「まだ、どんな曲を選曲するか決めていないが・・・」とのこと)

(**)「イ・ソニ」は、「イ・ソンヒ」をリエゾン読みしたもの。日本的感覚で略称の気がするが問題ないとのこと。

2018年3月19日月曜日

(速報)イ・ソンヒの4月予定

韓国統一部が4月予定の<平壌>での音楽公演に、イ・ソンヒが参加するらしい報道が流れた。政府と親和のあるハンギョレ新聞の記事「統一部『ユンサン、アイドルから7080まであまねく経験考慮して抜擢』」(3/19)によれば、「(韓国)統一部は、19日、芸術団、平壌公演のための南北実務接触の韓国側首席代表兼音楽監督にユンサン(윤상)*を選任した」という。

(*)ユンサン: ミュージシャンであり、坂本龍一の影響(風貌までも)受けたという。

今回の公演参加者について、ハンギョレ新聞の記事「チョー・ヨンピル、イ・ソンヒ 4月に平壌公演立つ... 芸術監督にユンサン」(3/19)は、<平壌>での音楽公演経験のあるチョー・ヨンピル、イ・ソンヒの他に、ユン・ドヒョンペク・ジヨンなど(実力派歌手)が挙げられている。また、クラシック関連で、指揮者チョン・ミョンフン、ソウル市響、KBS交響楽団などと融合したもの(例「開かれた音楽会」)にするという。

これらの動きに対して、現在、イ・ソンヒはどのような態勢にいるのだろうか。彼女は、時代の大きな潮流と接触したり、身を置く経験をしている。

(YTN NEWSより:Youtubeにアンカーおよび記者の発言の文字起しがある)

(Youtubeに登録の YTN NEWSに感謝)

(追記)
中央日報日本語版に、記事「歌手チョー・ヨンピルとイ・ソニ、来月平壌舞台に立つのか」(3/20)として紹介される。

2018年3月18日日曜日

春の「彼岸の入り」

二十四節気>にもとづく「春分の日」と「秋分の日」それぞれ中心にして、<雑節>の「彼岸」(期間7日間)があり、その初日を「彼岸の入り」、終日を「彼岸明け」と呼ぶ。今日は、春の「彼岸の入り」で、仏事につながる時期でもある。

(本ブログ関連:”彼岸”)

そういえば、スーパーの入り口に、仏壇の供えものが陳列されていた。線香、ぼた餅の他に目に付いたのは「落雁」だ。幼いころ亡くなった祖父母の祭壇に、白い落雁が飾られていた。昔の葬式は、自宅の座敷で行なわれた。葬儀が終わった後、子どもたちに落雁が分けられたのだが、私ひとりむしゃむしゃ食っていた気がする。

茶道に経験がないので、茶席で供されるという落雁がどんなものか知らない。そんな高級菓子と違って、彼岸に使われる落雁もいろいろあって、上品なものから飾りを目的にした極彩色されたものまである。

落雁の食感を覚えている。少し固めだが、すぐに口の中で崩れ、独特なぱさつき、紛粒感がある。噛むほどに和菓子の甘さが広がる。むかし食べた落雁は、子どもの口に大き過ぎたようだ。今ならどうだろうか、食べてみたいような気がする。

2018年3月17日土曜日

東京の桜開花

朝から、ガラス窓越しに明るい日が射して、このままいけるのではないかと想像した。一歩外へ出て驚く、昼過ぎなのに寒いのだ。慌てて玄関へ逆戻りして、冬支度に替える。襟首を立て、手袋までして。冬は去りがたいのだろう。

民家の塀越しの「ハクモクレン」は、すっかり白い花弁を膨らませ、中には反り返ったものまである。最近の暖かさに気を許したのだろうか。いささか能天気で、今になって慌てているかもしれない。一方、「沈丁花」は慎重で、辺りに香気を漂わすことなく、じっと時を待っているようだ。したたかさを感じたりする。

(気象庁によれば、今日の東京の(瞬間)最高気温は、12.1℃。Weathernewsの天気予報は、これから一週間、最低気温が3~5℃、最高気温も3/21(日)に至っては5℃。)

そんな寒さの中、気象庁が開花宣言したと日本経済新聞の記事「【桜に集う】@靖国神社 東京で開花宣言! 」(3/17)は、次のように報じている。

(本ブログ関連:”開花宣言”)
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気象庁は17日午後2時半ごろ、靖国神社(東京・千代田)の標本木の桜が5輪以上咲いているのを確認し、開花宣言をしました。平年より9日早い開花で、待ちに待った見物客からは歓声と拍手が巻き起こりました。
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今度の春は煮え切らない。

2018年3月16日金曜日

パーマ大佐のMV「J-POPの歌詞あるあるの歌」

声質はどう見ても、否どう聞いても「さだまさし」である歌上手の芸人さん、パーマ大佐のMV「J-POPの歌詞あるあるの歌」と、Youtubeで偶然巡り会った。聞くほどに、やがて笑いがこみ上がる。

(本ブログ関連:”Jポップ”)

いわゆる「J-POP」って、<日記>じゃないのとか、<応援歌>それも自分のための、何て思ったりするのだけど。今回のMVは、それに増して、言葉というか考え方をとらえて面白くおかしい。パーマ大佐の芸風である飄々とした歌いに乗せられてしまう。MVもぴったりなできばえで、物語になっていて見入ってしまうし。

J-POPのコード進行については、<王道>があるなんて話題があって、Youtubeに例示されているけど、そこまでいくとどうなのかなあって気がする。そんなこといったら、「演歌」はどうなることでしょう。ものごとは、常に軽妙洒脱でありたいものです。


(Youtubeに登録のパーマ大佐に感謝)

⇒ 「J-POPの歌詞あるあるの歌」の Part.2 フルver.

ところで、音楽産業規模が日本と全然違う韓国の、いわゆる「K-POP」については、輸出商品のような気がしています。その意味で、国内需要の歌謡歌手は機会作りも大変だろうかと・・・。

2018年3月15日木曜日

春何番

今年の「春一番」について、ブログに記していない。関東地方(東京)の場合、3月1日に最大(瞬間)風速15.7m/s、最高気温20.3℃、最低気温6.7℃だった。春一番の定義である、「春一番は立春から春分までの間に日本海側の低気圧が発達し、風速8メートル以上の南風が吹き、気温が上がった日を目安に発表される。」(日本経済新聞、3/2)に、当日が合致するので、確かに吹いたはずだが・・・。

3/1のブログには、穏やかなポカポカ天気と記しているが、風速について触れていない。調べてみると、近隣の街でも最大(瞬間)風速12.4m/s しかなかった。どおりで、春一番を感じなかったはずだ。(← 8m/sを超えているが)

実は、今日の夕方、風のつよさに驚いた。地元施設(通用口)から出ようとしたとき、緊急の張り紙があり、ドアが閉鎖されていた。余りの風の強さに一時的だろうけど閉めたようだ。そして、屋外で目にしたのは、駐輪場の自転車が風向きに合わせて、置く位置(方向)を変えていたのだ。管理者がひとつひとつ作業してくれたのだろう。(風に自転車が倒された結果の対処だったろうことが推測される)

そんな光景に驚きながら、それでも、寒さと無縁な春を感じた。風は柔らかく、浴びるほど心地よい。ああ、春だ、本当の春が来たと実感した。今日の風は、春何番だったのか。

(追記)3/15の東京の気象データ(気象庁「日ごとの値」より)
   ・気温: 22.1℃(今月最高)
   ・風速: 16.1m/s(今月順位、3/5 > 3/9 > 3/15 > 3/1)

2018年3月14日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 春の生命

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/7)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、春の生き物にまつわる話を紹介した。
(今回未聴のため他言語放送を参照、要約した)

▼ 朝鮮後期の学者「蔡之洪(채지홍)」(1683年~1741年)の<啓蟄>の詩*をもとにした、今様のピリ演奏曲「蛙に(개구리에게)」。
(*)蔡之洪の詩:春雷にいろいろな虫が驚く(鳳巖集卷之二「觀曆有會」、「驚蟄(경칩)」より)
        陽長已過半
        乾坤淑氣回
        雷聲驚百蟄
        萬戶一時開

▼ パンソリ「興甫歌」で、ツバメが中国大陸から興甫の村に飛んでくる行程を歌った「燕路程記(제비노정기)」。(歌 呉貞淑

▼ 立春の明るさ軽快さ、水が上がる(물이 올랐다)樹液の力強さを今様に演奏した「Spring Dance」。(演奏 그림

2018年3月13日火曜日

(雑談) Uコン

昔の小学校の校庭は呑気だったのか、あるいは学校と交渉があってのことか知らないが、飛行機マニアが「Uコン」機を飛ばしていた。航路の円周の中心に操縦者が位置して、プロペラ機の片翼とワイヤーでつなぎ飛行をコントロールする(有線の操縦)。燃料が切れるまで、遠心力を利用して飛ばし続けた。

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Uコンについてブログに記す際、Wikipediaを確認したところ、正式な操縦手段を「コントロール・ライン」と呼ぶようだ。子どもたちにとって、Uコンマニアが大人っぽく見えたけど、考えてみれば中高生ぐらいだったのかもしれない。昔は、無線のハムと同じくらい、Uコンもジャンルを確立していた気がする。

ところで、操縦者が中心にいて、円を描いて飛ぶ模型飛行は恐ろしく早い。ワイヤーの長さを半径にした円周だから、飛行規模はそれほど大きくない。その分、エンジンの爆音と速度を近くに感じて、おっかなびっくり離れて観察した。Uコン機と操縦者が一体化しているのが分かった。

飛行機が着陸すると、子どもたちは機体のそばに集まった。自分も操縦したい、Uコン機を作りたい、いろいろな思いをしながら、Uコンマニアに混じっていつまでも眺めていた。其処には、甘い揮発性の燃料の香りがした。香りに包まれると、自分もその仲間になったような錯覚すらした。それが楽しかった、嬉しかった。

最近の模型飛行の中心である無線操縦の「ラジコン(RC)」機体と違って、Uコン機は極めてシンプルな仕上がりだった。プラモデル機の延長にあるような精緻なフォルムでない、まさに質実剛健な構造で、板きれを頑丈に組み合わせたようなものだった。見た目に格好良くは無かった。Youtubeなど参照すると、今でも、一体感のある無骨なままのようだ。

2018年3月12日月曜日

東大寺お水取り

今夜も、奈良東大寺の二月堂の舞台から松明を突き出して、その先の火の粉を舞い散らしては、見上げるひとびとに春を知らせていることだろう。毎年この時期、ブログに「お水取り(修二会)」に出かけたことがあると書くけれど、今年もと思いながら果たせないでいる。

(本ブログ関連:”お水取り”)

火にまつわる宗教的な話は別にして、京都八坂神社の新年の祭りに「をけら詣り」がある。学生時代、京都の友人の下宿を拠点にして、一冬を楽しんだことがある。余談だが、下宿屋の主人に、無断で泊まったときつく咎められた。
縄の先に火を灯して、それが消えないように振り回しながら自宅に持ち帰るのだが、下宿先へ運ぶことはなかった・・・。

(本ブログ関連:”をけら参り”)

火は、新年や春といった、季節の区切りに使われる。火は永遠であり、炎を繋ぐことができる。火は熱と明かりを等しく照らしだす共感の対象でもある。古来のひとびとが何かを感じても不思議はないだろう。

今日の日中は暖かだった。そのつもりで軽装で外出したが、夕方の帰り道はえらく冷えた。まだ気を許すほどの温もりじゃない。だから足元のストーブを仕舞い込めないでいる。

2018年3月11日日曜日

(参考)イ・ソンヒの高音: ベルチング唱法

イ・ソンヒの唱法について、地声の強さ、音域の高さなどが伝説的に語られる。彼女が歌えば、マイクロフォン(あるいはスピーカー)を壊したとか、(従来よく使われた)大学のホール(体育館など)を会場にしたコンサートで、彼女の歌声が数棟先の建物まで聞こえたという。それが「押し出すような」とか、「爆発的な」といった表現で語られた。
高音についても同様で、今も若手歌手が太刀打ちできないほどしっかりした音程で、彼らとのテレビの座談で歌ってみせたりする。

彼女の歌唱力の秘密を、以前に音楽教育を受けたからというより、天性のものとして了解される。父親が仏教音楽の指導者で、その声量が豊かだったこと。祖父が音楽的な関心が深かったことなどを、彼女の自伝で知ることができる。

そんなわけで、とくに高音域の力強さについて、裏声を利用しないで、地声のまま発するという「ベルト」(ベルチング(Belting)唱法)について、韓国のnamu.wiki 「벨팅」の解説は、韓国歌手(主にトロット歌手)の一例として、次のように記している。

(声楽の専門技法について疎いので、次の内容を評価できませんが・・・紹介します)
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イ・ソンヒ : なぜかベルチングであるようだが、イ・ソンヒ特有の「スピーカーを爆発する」ものすごい声量は、明確に80年代風のベルチングだ。イ・ソンヒの特異な点なら、地太さを押し上げて、ベルチングを使いながらも声自体は澄んだ方だが、高音に行くほど声が深まるのは、他の歌手たちに比べて相対的に厚い舌と調音を活用した方式。おそらくその音域帯でベルチングを使いながらも声帯に無理がないほど、パッセージがかなり高かったことのためと見える。実際に、音域帯D3 - A5の内、真の音域帯がF#5までである。00年代以後では、ミックスボイスをさらに多く使って、ベルチングは過去のヒット曲を歌うときに主に使う。
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2018年3月10日土曜日

新燃(しんもえ)岳

霧島火山群のひとつ、宮崎県に接して鹿児島県側に位置する成層火山の「新燃岳」(1421m)が噴火を繰り返している。今日、警戒範囲が更に広がっており(4km)、先行きが不安だ。本日、溶岩が火口西側より流出したとの報がある。(2017年10月に噴火して以来、今月3/6には、7年振りの爆発的噴火をした)

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地理院MAP:
 http://maps.gsi.go.jp/#12/31.909444/130.886389/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1

(3/8放送の「日本テレビ」ニュース番組と思われる)

(Youtubeに登録のilove japanに感謝)

霧島火山群
北西から南東へ、① 大浪池や「韓国(からくに)岳」などを含む北西部(韓国群)と、② 高千穂峰や「新燃岳」などを含む南東部(高千穂群)に分けられる。(Wikipedia)

カルデラ
霧島火山群の周囲には、「小林カルデラ」、「加久藤カルデラ」(小説「死都日本」の舞台)、「安楽カルデラ」などが並置する。

(本ブログ関連:”「死都日本」”)

2018年3月9日金曜日

(資料)ショーレム・アレイヘムの短編「番い」 (続)

先日2/23、ショーレム・アレイヘムの短編「番(つが)い」に関する資料を、素人ながら記させていただいた。そこで、調子に乗って、次の資料を見つけたので追記したい。(すでに、2/23のブログに赤字で追記済み)

(本ブログ関連:”番い”、”ショーレム・アレイヘム”)

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(先に紹介の)pdfの書式が旧いようで、次のネット資料イディッシュ語の世界が参考になる。
・  http://yiddish.haifa.ac.il/tmr/tmr01/porfolk.pdf
・  ラテン文字変換  (  http://yiddish.haifa.ac.il/tmr/tmr01/tmr01.020.txt  )
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<理由>
次の理由で、役立つものを探したところ、「イディッシュ語の世界」サイトと巡り会い追記しました。そこは、初心者には手に負えないほどの <宝の山> です。
① 先に紹介のテキスト文字が少し小さいので、見やすい大きさのものを探した。
② 先に紹介のテキストは、פ と פֿ の区別が分かりにくい。
③ テキストの読みにあたって、ラテン文字変換した資料も同じサイトで見つかった。

2018年3月8日木曜日

(資料)イディッシュ語のネット教材「YIDDISH.biz」

英語に活字体と筆記体があって、それを経験したものにとって、現在の中学校で筆記体を必修にしないのに合点がいかない。どうやら「ゆとり教育」がきっかけだそうで、教師の裁量に任せて以来とのこと。しかも、アメリカでも筆記体離れの傾向が進んでいるという。(「学研サイト」より)

あるときテレビ番組だったろうか、若者が英文の手紙を見て「あれが筆記体というのか!」と口にした。えっ、中学生だけじゃないのかと唖然とした。筆記体を使わない英語の時代なんだと知った。

ところで、イディッシュ語は、活字体と筆記体が当然のごとくあって、(授業で)ホワイトボードの書式は当然、筆記体となる。一方、ネットやテキストなどは、ほぼ活字体で表現される。

書体の課題が残るのを承知しても、ネット上に、イディッシュ語のフリー語学教材があってありがたい。そして、希少な言葉を残そうと努力されているのに驚く。筆記体のマスターは必至だが、活字体で理解することに徹して・・・。

今回、ネット上にあるフリーのイディッシュ語教材、Youtube版「YIDDISH.biz」を(つまみ食いしただけだが)、下記②に追記する。

① アニメソフト版「YiddishPOP」 ← 以前紹介済み(アニメが楽しい)
    ・現在 Level 1 まで(全4章、各章5Lesson構成)

② Youtube版「YIDDISH.biz」 ← 授業スタイル風(音声解説)
   ・Beginners course (初心者入門) ← 解説文の人物名が、教室でも学んだ代表的な名前。
   ・Uppers Beginners course(初心者上級)
   ・Low Intermediate course(中級者入門:文章作成)
   ・Yiddish 2017(リスニング)《新設》   ← Lesson 1は、教室でも学んだ内容です。
   ・Upp Intermediate course(中級者上級)《未開設》

当り前ですが、最良の理解のために、誤植などの改訂・改版を重ねた教材と、専門家の直接指導に勝るものはないでしょう。


(ご紹介)
なお、ヘブライ文字の活字体、筆記体を学びながらスタートする「イディッシュ語入門講座」が、4月から東京外国語大学の「オープンアカデミー」で始まる。
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【A1804010】 イデッシュ語初級Ⅰ:ヘブライ文字で書くユダヤのことば 
この授業ではイディッシュ語の会話や文法の初歩を学びながら活字体を読み、筆記体を書けるようになります。
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2018年3月7日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 牙筝

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/28)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、擦弦楽器の「牙筝アジェン아쟁)」にまつわる話を紹介した。(前回にあたる 2/21放送については未聴です)

最初に、牙筝の名手「金雲鸞(または金雲蘭、김운란)」について次のように紹介された。
・「金雲鸞」は、朝鮮時代最高の教育機関「成均館」に学んだ優秀な人材だったが視力を失い、牙筝を習い名人になった。朝鮮中期の儒学者「李珥(이이)」は、その音に惚れて、<楼閣から牙筝の音が聞こえると、あまりにも驚いて声も出なくなった> と、牙筝を深い悲しみの音と表した。ある日、金雲鸞が古い位牌堂の傍で牙筝を奏でると、堂中から泣き声がした。死者の霊にも響いたのだ。彼は恐怖に牙筝を持って逃げだしたという。

▼ Bruch作曲の「Kol Nidrei(신의 날)」という曲を、牙筝とピアノ演奏で聴く。

(参考)

(Youtubeに登録のCPR Classicalに感謝)

次に、「牙筝」、「奚琴(ヘグム、해금)」、「伽耶琴(カヤグム、가야금)」や「玄琴(コムンゴ、거문고)」の弦楽器の違いについて次のように紹介された。
・牙筝は、伝統楽器中、最も低い音を出して心の深いところに届く。時に牙筝と、二弦擦弦楽器「奚琴」を混乱することがある。牙筝と奚琴は、両方とも擦弦楽器だが形状が異なり、奚琴は牙筝と比べて小さく、弦も細いため高音が出る。
牙筝は、<桐>の胴にいくつかの弦をのせた楽器で、撥弦楽器の「伽耶琴」や「玄琴」と似た形だが、奚琴は、小さい筒に竹を刺して弦を繋げたハンマーに似ている。伽耶琴と玄琴は弦を弾くのに対し、牙筝と奚琴は弦を擦って音を出す。

▲ 奚琴の演奏で「記憶の中のワルツ(기억 속의 왈츠)」を聴く。セピア色に今様に。

最後に、牙筝の奏法、改良について次のように紹介された。
・牙筝は、高麗時代に中国伝来の楽器で、<桐>の胴体で、人の身より大きく、弦も太いのが特徴。伽耶琴や玄琴は膝の上で演奏するが、牙筝は大きく重たい楽器のため、台上で演奏する。レンギョウの木製の棒を擦って音を出す。鈍音なので、変化の激しい演奏に相応しくないが、20世紀初頭、半分に縮小したものが作られた。弦も細く、弦と弦の間の距離も短くなり、馬の尻尾製の棒で、よりなめらかな音色で演奏するようになった。伝統的な牙筝は、主に宮中音楽を演奏し、新しい牙筝は舞踊の伴奏音楽や祭祀音楽の演奏に使う。

▼ <雨や雪が降る日に似合う、哀切な音色が楽しめる曲>という「牙筝の散調中のチンヤンジョ(=リズム)」を聴く。緩く現代風に。

2018年3月6日火曜日

啓蟄 2018

今日は、二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」。地中の虫も、そろそろ春を感じて這い出してくるという。たしかに、3月に入って東京の最高気温は、ほぼ15℃ を越えていた。それが今日に限って、最高気温が今月で一番低い。皮肉である。

(本ブログ関連:”啓蟄”)

15℃はモードの分かれ目で、この気温を境にして、冬服と春服の着替えが始まるそうだ。今日の最高気温は、残念ながら13℃だった。(天気予報は、生憎なことに、しばらく冬へ逆戻りという)

近隣の小学校の生垣の「沈丁花」は、赤紫に蕾(つぼみ)を膨らませている。赤紫に見えるものの、その下からやがて白い花弁を開く。傍に寄ると、うっすらと香りを漂わせ始めたのが分かる。いずれ、灯台のごとく、夜道にもその存在を明らかにすることだろう。

少し冷え込んで、虫も這い出すのを躊躇しそうな啓蟄だったが、春は傍に寄せて、上野動物園のシャンシャンとともに、確かなものになっていく。シャンシャンの動作は安定してきたようだが、やっていることは幼い盛り。


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2018年3月5日月曜日

イ・ソンヒのカバー「Tonight I Celebrate My Love」

昨日、ブログに「死の賛美」について記したので、今日は「愛の賛美」を甘く記してみよう。

ピーボ・ブライソンとロバータ・フラックのデュエット曲「Tonight I Celebrate My Love(愛のセレブレイション)」(1983年)がYoutubeにある。映像から <愛の賛美> だけでなく、愛を歌う余裕さえ感じる。

自分たちの愛で世界を征服する陶酔が聞こえてくる。恥ずかしいほど愛に彩られたラブソングである。とはいえ、異を唱える野暮もない。若者が、一度は経験する、あるいは経験を願うことだから。

イ・ソンヒとビョン・ジンソプのデュエットによる、「今晩、私の愛を祝って(오늘밤 나의 사랑을 자축하며)」が、KBSの青少年の健全をめざした歌番組「若者の行進」(1991年2月8日)で、<イ・ソンヒとビョン・ジンソプのコンサート> として歌われた。「Tonight I Celebrate My Love」のカバーである。
原曲の後に並べると、聞き比べしたくなる。国境を越えたカバーがいかに大変か・・・こんな風に横並びされるなんて思ってなかったろうけど。イ・ソンヒはとても頑張っている。

原曲

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2018年3月4日日曜日

(雑談)「ドナウ川のさざなみ」と「死の賛美」

(懐かしい言葉になった)「ムード音楽」の巧者でもあるアルフレッド・ハウゼのオーケストラによる、イヴァノヴィチ作曲の美しい舞曲「ドナウ川のさざなみ」(1880年)をYoutubeに聴く。ヨーロッパ・タンゴが名手だが、ここでは爽やかなオーケストラ・ストリングを響かせる。

この「ドナウ川のさざなみ」に、悲哀というべき歌詞を被せた歌があった。

15年ほど前のこと、「韓国映画同好会」が開いた鑑賞会で見た映画「死の賛美(사의 찬미)」(1991年)に通低する、「ドナウ川のさざなみ」の旋律をベースにした、映画と同名の歌「死の賛美」があった。

鑑賞会で配布された資料に、この「死の賛美」について、「韓国歌謡史1895-1945」*(朴燦鎬、晶文社:日本語版)の解説が紹介された。孫引きになるが次に一部記す。
(*)「韓国歌謡史」: 同書1895-1945版増補改訂、および同1945~1980版と合わせて2巻が日本でも出版されるとのニュースがネットにあるが。

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1926年に「死の賛美」という歌が大ヒットした。それは、歌謡史上初のヒット曲として記録されている。
(歌詞)
   荒れた曖野を  駆ける人生よ
   どこを目指し  行くのか
   さみしい世界  険しい苦界に
   何を求めんと  するのか
   涙のこの世  死ねばそれっきり
   倖せ求める  人生よ
   お前の求めるのは 悲しみ
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この映画は、1926年、玄界灘に身を投げた尹心悳(윤심덕)と金祐鎭(김우진)の「情死」事件をモデルにしている。上記の歌詞は、日本で声楽を学んだ尹心悳が付したとされる。彼女は、妻子ある金祐鎭との関係を心中というかたちで清算した。

そして、大衆は何かをきっかけに時代を感じる。


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2018年3月3日土曜日

星出彰彦宇宙飛行士、国際宇宙ステーション船長就任決定

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「星出彰彦宇宙飛行士」が、国際宇宙ステーション(ISS)の長期滞在、および同船長に就任が決定したと、毎日新聞小学生新聞(毎小ニュース)の記事「星出さん、ISS船長に決定」(3/3)は次のように伝えている。

(本ブログ関連:”国際宇宙ステーション(ISS)”)

ニュース紙面が総ルビの体裁で、日々経験のない珍しさと懐かしさ。大人の目に少し古風に見えないでもないが、久し振りに子どもの気持ちに返って読んでみたい。

ちなみに、ISS船長に日本人がなるのは、「若田光一宇宙飛行士」が「2014年3月9日、第39次長期滞在において、日本人初となるISS船長(コマンダー)に就任」以来2人目。ISSにおける、日本人宇宙飛行士の更なる活躍がうれしい。子どもたちにとっても、宇宙が目指すべき場所であり、手にすることのできる現実であることを教えてくれる素晴らしいニュースだ。

(本ブログ関連:”若田光一ISS船長”)

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星出氏(JAXA掲載)
宇宙航空研究開発機構うちゅうこうくうけんきゅうかいはつきこう(JAXA)は2ふつか宇宙飛行士うちゅうひこうし星出彰彦ほしであきひこさん(49)=写真しゃしん・JAXA提供提供ていきょう=が2020ねんがつごろから約半年間やくはんとしかん国際宇宙こくさいうちゅうステーション(ISS)に長期滞在ちょうきたいざいすると発表はっぴょうしました。後半こうはんの2か月間げつかん船長せんちょうとして、搭乗員とうじょういん指揮しきします。
     船長せんちょうは、ISSの安全あんぜん任務にんむ実行じっこう滞在者たいざいしゃ健康管理けんこうかんりなどに責任せきにん大切たいせつ役割やくわりです。日本人にっぽんじん船長せんちょうつとめるのは、若田光一わかたこういちさん以来いらいふたりです。
     星出ほしでさんは01ねん宇宙飛行士うちゅうひこうし認定にんていされ、これまでに2かいISSに滞在たいざいしています。「20ねんには東京とうきょうオリンピック・パラリンピックが開催かいさいされます。わたし船長せんちょうとして、てしなき宇宙うちゅう挑戦ちょうせんしたい」とコメントしました。
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    2018年3月2日金曜日

    「らばQ」で紹介された話:子ザルの帰還

    「らばQ」のサイトは、いつも興味深い話題を提供してくれる。先日も、生き物の愛情あふれる光景を紹介した。「ケガした子ザルを保護、3週間後に野生に返すと…家族と感動の再会」(2/26)は、丁寧な解説を付している。(感謝)

    そこで、元のYoutube映像に戻って、情報を得てみた。

    タイトル「Umsizi Vervet Monkey Rescue release of Pearce..」にある「Umsizi」は、南アフリカのズールー語*で「支援、手助け」の意があり、ウムコマアス(UMKOMAAS)の地に、その名を冠した「ウムシズィ・ウムコマアス・ベルベットモンキー救援センター」が、小ザルのピアースを親元に放したといった内容のようだ。
    (*)ズールー語の発音: 「青年海外協力隊として南アフリカ共和国で活動している」方のブログに紹介がある。

    子ザルの帰還について、Youtubeに次のように記されている。
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    Pearce(ピアース)は、1歳のベルベットモンキーで、足を怪我したため捕捉され、治療と休養の後、彼は家族に戻されました... このビデオは、母親とだけでなく、群れ全体およびボスザルをふくめて、驚くべき絆(きずな)を見せてくれます... お楽しみあれ...

    (画面)かけがえのない愛... 気をつけて坊や
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    人間と変わらぬ・・・といったら陳腐だろうか。わが子が無事に戻って安堵する母ザル、それを見守る集団とリーダー。そこには、忘れることのなかった、情愛の集団的共感があるようだ。逆に、人間もそれを理解できる存在だといった方がいいのかもしれない。それにしても、戻った坊やの母親へのしがみつき方がたまりません。


    (Youtubeに登録のNigel Wrightに感謝)

    (雑談)
    Unix OSを祖に持つお手軽版ともいえるLinuxのひとつに、Ubuntuがある。このネーミングは、Wikipediaによると、< ズールー語で「他者への思いやり」、「皆があっての私」というような意味 > だそうだ。

    2018年3月1日木曜日

    3月

    早いもので、今年も 1/6 を終えて3月に入った。あっというまのできごと。過ぎた2ヶ月を、自分の年齢で除すれば、微々たるもの。そう気付くのはまだよくて、最近では、年単位でしか時の流れを感じなくなった。齢重ねるたび、おのずから里程標の在庫を気にとめる。無駄に杭打ちはできない。

    名目ともに季節は春。ちなみに、今日の都内の最高気温は 20.3℃ で、今年最高。昨日と比べて +5.6℃、4月下旬並みという。ぽかぽか陽気といってよいが、気温は次第に下っていくそうだ。まだストーブに未練がある。

    春は、若い人に眩しく、期待と不安のまじる季節。3月には「卒業式」がある。私には、これといった記憶がない。何かが試されるようなこともない平凡な時代だった。だから、せめて歌やドラマに託すのだろうけれど。(今の男子は大変だ・・・ボタンやチョコレートやら)

    そんなわけで、イ・ソンヒ(1964年生まれ)と照らしてほぼ同年代の、柏原芳恵(1965年生まれ)の卒業の歌「春なのに」(作詞・作曲 中島みゆき、1983年)を聴いてみよう。曲名の通り、「春なのに」のフレーズの切なさ、可憐さがいつまでも耳に残る。そしてなんという可愛らしさ。イ・ソンヒファンとしては、語るに複雑な心情である。

    (本ブログ関連:”柏原芳恵”)


    (Youtubeに登録のrokumaru sirakawaに感謝)

    2018年2月28日水曜日

    2018年度春期間イディッシュ語講座の紹介

    今年度の「イディッシュ語講座」について紹介します。

    イディッシュ語を身近に聞き、楽しく学ぶことができます!

    東京外国語大学の社会人向け「オープンカレッジ・アカでミー」で、一昨年(2016年)の<夏期講習>に始まった「イディッシュ語講座」が、昨年から、<通年(春期+秋期)コース>として開催されています。

    授業は、東京外国語大学非常勤講師の鴨志田聡子先生が担当されます。(⇒ 先生のブログ
    ---(先生の自己紹介)------------
    東京大学でユダヤ人の言語について研究しながら、東京外国語大学で非常勤講師としてイディッシュ語を教えています。ヘブライ語の児童文学も翻訳しています。博士論文はイスラエルのイディッシュ語の歴史と現状について現地での調査をもとに書きました。今はイスラーム世界出身のユダヤ人の言語とコミュニティについてエジプトやトルコなどでも調査しています。
    ------------------------------------

    2018年度は、新旧順送りに進むため、通年コースが初級と中級クラスになりました。初めての方も最初から学ぶことができます。講座概要とクラスの詳細については、次のリンク先をご覧ください。

    ■講座概要
         https://tufsoa.jp/course/list/

    ■クラス詳細
    【A1804010】 イデッシュ語初級Ⅰ: ヘブライ文字で書くユダヤのことば
         https://tufsoa.jp/course/detail/11/

    【A1804011】 イディッシュ語初中級: 本気で学ぶユダヤのことば
         https://tufsoa.jp/course/detail/12/


    熱心で向学の若者もいれば、私のように一知半解、年寄りの冷や水のようなおじさんも迎えてくれる、暖かくて楽しいクラスです。

    (参考)昨年の受講記録: ”春期イディッシュ語 2017”、”秋期イディッシュ語 2017

    2018年2月27日火曜日

    イ・ソンヒの本歌取り

    ファンながら、イ・ソンヒのコンサートで、観客の気質が日本とだいぶ違うことを意識することがある。韓国らしい、地から押し出すように彼女が歌うときだ。

    イ・ソンヒのコンサート後半に歌われる曲がある。そのとき、会場は熱狂し沸騰する。(最近にいたり)四、五十代中心の観客にもかかわらず、彼らは席を立ち、ペンライトを振って一緒に歌う。そんな光景が毎回見られる。

    彼女の第1集所収の「あ! 昔よ(아! 옛날이여)」(1985年)、第4集所収の「美しい江山(아름다운 강산)」(1988年)がそれだ。面白いことに、これらには原曲があって、彼女に < 本歌取り > されたといってよい。今では彼女の持ち歌となり、国民歌謡的な存在でもある。

    (”あ! 昔よ”、”美しい江山”)


    <あ! 昔よ>
    以前、ブログに紹介した一部を抜粋する。(大衆音楽評論家・ジャーナリストのパク・ソンソによる、第1集リマスター版「アルバム紹介」より)
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    ・「あ! 昔よ」も他の歌手によって先に発表されたが、埋れていた歌であった。歌手チン・ピレによって1年余り前の83年5月に発表された当時、歌の題名は「その時と今」(パク・ゴンホ作詞、ソン・ジュホ作曲)」。この歌もまた、イ・ソンヒによって始めて光を見た歌だ。このようなエピソードは単に偶然な幸運でなく、多少運命的だと見なされる。はじめて歌が主人に会ったことと解釈される部分でもある。
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    (原曲)

    (Youtubeに登録のUnInvited Guestに感謝)


    (Youtubeに登録のAlejandro Kimに感謝)


    <美しい江山>
    ある意味、時の政権への反抗を秘めたといわれる、原曲作者シン・ジュンヒョン(申重鉉、신중현、1938年1月4日~)を象徴的な存在にした「美しい江山」は、思いっきり官能的に仕上げられた。
    これも以前、ブログに紹介したことだが、1973年「NOW」に収録されている官能的なキム・ジョンミ(김정미)の歌をサイケデリック ロックの観点から、大衆音楽評論家カンホン(강헌)は、次のように解説している。(一部抜粋)
    -----------------------------------------------------
    ・「美しい江山」のオリジナルボーカルがキム・ジョンミということは、大衆的にあまり知られていない。(バンドThe Men(더멘)と共による版とソロの版がある )
    ・キム・ジョンミの「美しい江山」を聞けば、今までの「健全歌謡」のサウンドが完全にひっくり返る破格的な響きに聞こえてくると記している。
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    それが、イ・ソンヒの手にかかると、彼女の特徴である健全さ、清潔さと融合して、国民に浸透する歌謡になる。

    (原曲)

    (Youtubeに登録のSeoul GigCamに感謝)


    (Youtubeに登録のwallace6813に感謝)

    2018年2月26日月曜日

    (雑談)春は眠い眠い

    春が近づくと、花粉症が気掛かりだ。ある日を境にそれは始まる。でも、何となく予感するときがある。妙に眠くなるのだ。

    春に合わせて体が緩むためか、もわっとした感がする。暁を気付かぬほど深い眠りに落ちることはないが、軽い転寝をしたりする。多分、気温が温んできたにもかかわらず、ストーブをそのままにしているせいか。猫が炬燵で丸くなるように、おじさんもうつらうつらする。

    以前、遅くまでつい起きてしまい眠りが浅いもので・・・と、医者に診察の後気になることはないかと尋ねられて、思いつくまま言った。すると、転寝はするかと問われたので、昼寝することもあると応えた。大丈夫、大丈夫、昼寝や転寝の時間を加えて、合計が7、8時間あれば十分とのこと。

    ただし、どんなに眠くても、午後3時以降、夜の就寝までの間に転寝は禁物。本格睡眠を邪魔するからだそうだ。

    昔の親のように、そうはいっても、テレビを見ながらいつのまにか転寝してしまう。

    2018年2月25日日曜日

    イ・ソンヒ「あなたの香り」

    二十四節気の「立春」を過ぎ、カレンダーの3月までもう少し。春が待ち遠しい。イ・ソンヒの14集所収「あなたの香り(그대 향기)」(作詞クォン・ジンヨン、イ・ソンヒ、作曲イ・ソンヒ、編曲チェ・テワン、2009年)は、春の香りを予感させる。

    そんな春に軽やかに輪舞する光景、ボッティチェッリの「春(プリマヴェーラ)」の絵が浮かんでくる。神話の図像に全くの不案内なのに、イメージするなんておかしな話だが・・・。

    イタリアルネッサンスと北方ルネッサンスに交流があった。この絵に、フランドルのタペストリーと似た構成があるという。そういえば、女性像が小太りなのも、北方ルネッサンスの女性体型を思い出させる(ちょっとした偶然だろうけれど)。「ラファエロ展」で知った、<肖像画技法>にもそんな交流話があったという。

    (本ブログ関連:”ルネッサンス”)


    *あなたはなつかしい愛でしょう
    なつかしさは 愛と同じ

    重さに耐え切れなかったなつかしさ
    風に乗せてみます

    聞こえますか 私の心の声
    届くように差しあげる祈り

    **陽射しあふれる ある春に
    私たちのまた会える日を
    忘れずに覚えます
    あなたを待つでしょう

    踊る春風に乗った
    あなたの香り思い出します
    なつかしさは愛になって
    あなたに届くでしょう

    (*以下すべて繰り返し)

    (**以下繰り返し)

    あなたに届くでしょう


    (Youtubeに登録のlys2187に感謝)

    2018年2月24日土曜日

    冬季オリンピック女子新種目マススタート 金

    冬季オリンピックも最終に迫り、俄かファンの宿命、移り気になりかけていた。そんな粗忽な気分をシャキリとさせる素晴らしいニュースを、今朝(2/25)のテレビ報道で知った。

    そこで、ブログのタイムスタンプを、実際の月日である 2月24日に設定して、本文を登録した。

    オリンピック女子新種目の「マススタート」で高木菜那選手が優勝して、金メダルを獲得したのだ。2月25日付けスポーツ報知の記事「高木菜那、1大会女子初2つ目の金 マススタート初代女王」は、「女子団体パシュート」(2/21)で金メダルを手にした高木菜那選手が、2度目の金メダルに輝いたと次のように報じた。(抜粋)
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     女子マススタートが行われ、高木菜那(25)=日本電産サンキョー=が金メダルに輝いた。1回戦で佐藤綾乃(1)))=高崎健康福祉大=が転倒に巻き込まれ、1人で臨んだ決勝。駆け引きとラストのスプリント勝負を制し、今大会から実施の新種目で初代五輪女王となった。高木菜は団体追い抜きに続く優勝で、夏冬含めた五輪で日本女子初となる同一大会2個目の金メダル獲得となった。25日に閉会式が行われ、17日間にわたった大会は幕を閉じる。
    --------------------------------------------

    高木菜那選手は、女子団体パシュートで妹の高木美帆選手と一緒に金メダルを胸にしている。帰国後、金メダルを量産した娘たちに家族は一体どう反応するんだろう。こんな凄い体験をできる家庭なんてないのだから。

    (雑談)2月の月末に思うこと

    今日の都内の最高気温は、14.4℃。通りで暖かい。今、足元のストーブを消したりつけたりしている。

    24日が土曜日、25日が日曜日。というわけで、23日の金曜日に、給料をおろすためだろう、銀行のATM前に行列ができていた。

    2月は、通常28日。閏年(うるうどし)の月でも29日。つまり、30日でも31日にもならない月だ。だから(通常月の)2月は、他の月と比べて、最大 31-28=3、 3日足りない。3日のロスは大きい。けれど、請負仕事のとき、お客にしたら、2月だって、1/12年とカウントする。本当は、分かっていてもね。

    2月は、二八(にっぱち)といって、8月と同様に消費が落ちる月だ。2月は他の月より日数が足りないのが原因じゃないのか・・・。

    2018年2月23日金曜日

    (資料)ショーレム・アレイヘムの短編「番い」

    ショーレム・アレイヘム(Sholem Aleichem 1859-1916年:שלום עליכם)の短編「番(つが)い(דאָס פּאָרפֿאָלק)」のイディッシュ語原文が、スティーブン・スピルバーグの <デジタル・イディッシュ・ライブラリー>にアーカイブされている。

    pdf参照先: https://archive.org/details/nybc200079

    ・タイトル:「Ale verk」(אלע ווערק:All work)Vol.5 ・・・ 1917
    ・作品: 7.「דאָס פּאָרפֿאָלק」(p.127 - 154)・・・(番い、夫婦、カップル)

    岩波文庫の「世界イディッシュ短編選」(西成彦編訳)にイディッシュ語から訳された「番い」が掲載されている。

    (本ブログ関連:”番い”、”ショーレム・アレイヘム”)

    この作品の発表時期がいつなのか分からないが、上記のように「Ale verk(全作品)」が出た1917年より前になるだろう。
    ⇒ 1909年頃か?


    (追記)
    上記pdfの書式が旧いようで、次のネット資料イディッシュ語の世界が参考になる。
    ・  http://yiddish.haifa.ac.il/tmr/tmr01/porfolk.pdf
    ・  ラテン文字変換  (  http://yiddish.haifa.ac.il/tmr/tmr01/tmr01.020.txt  )

    2018年2月22日木曜日

    (イディッシュの民話)全世界を喜ばすなど・・・・

    「イディッシュの民話」(秦剛平訳、青土社)は、本当はいたって教訓めいた話が収められていて、わたしの好きな「ヘルムの住人」たちが仕出かす、落語に似たお馬鹿な話は少ないかもしれない。なるほど、長い生活の中で、笑いだけでは安寧も続かない。

    (本ブログ関連;”イディッシュの民話”、”ヘルム”)

    「全世界を喜ばすなど・・・・」の小話は、滑稽な世界に身を置いて悟らせる。
    ・この世に同じ人間がいないように、同じ考えはない。そして絶対的に正しいものも(多分)。
    ・だからといって、世間を読み解く力ばかり増やしても、選択肢に溺れ、結局は自分を失うことになると戯画風に描いている。(どこかに教訓の香りがするが)

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    砂漠を、歳老いた父親と十歳の息子とがラクダを連れて旅していた。
    ・途中、出合った男に「ラクダは人間を乗せるために創造されたのですよ。」と言われた。
    そこで、父親がラクダに乗って、息子がその後を付いて歩いた。
    ・途中、出合った別の男に「息子さんをかわいそうだと思わないんですか?」と言われた。
    そこで、息子がラクダに乗って、その後を父親が付いて歩いた。
    ・途中、出合ったまた別の男にいわれた。「歳老いた父親を歩かせて、子どもがラクダに乗る権利などありゃしませんで。」
    そこで、父親と息子の二人がラクダに乗って進んだ。
    ・途中、出合った更に別の男に言われた。「あなたがたはもの言わぬ動物を虐待している。」
    そこで、父親と息子の二人は手でラクダを運んだ。

    父親が言った。「多分、道中で誰かに会ったら、何て馬鹿なことと言ってくれるだろう。何をしようと、全世界を喜ばすなどできはしないのだから。」
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    長い昔から語り継がれた民話はおもしろい。

    2018年2月21日水曜日

    冬季オリンピック女子団体パシュート 金

    まさに、その日その場限りの俄かファンにとって、今回の勝利がなければ身近に聞くことも無かったかもしれないオリンピックのスケート競技がある。

    チームで追い抜きする種目を「団体パシュート」と呼ぶそうだ。そんな女子スピードスケート種目で日本チーム(4名)が、オリンピック新記録で「金」メダルを獲得した。めでたいことが続く。

    共同通信の記事「スピード女子団体追い抜き『金』」(2/21)は次のように報じている。
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    ・平昌冬季五輪第13日の21日、スピードスケート女子団体追い抜きで高木美帆*(23)=日体大助手、高木菜那*(25)=日本電産サンキョー、佐藤綾乃*(21)=高崎健康福祉大、菊池彩花(30)=富士急=の日本が金メダルに輝いた。今大会の日本のメダルは11個となり、1998年長野五輪を上回り冬季大会最多となった。

    ・高木美は1500メートルの銀、1000メートルの銅に続くメダル獲得。長野五輪で金2個、銀1個を手にしたスキー・ジャンプの船木和喜に次いで、冬季五輪の1大会で三つのメダルを獲得した2人目の日本選手となった。今大会の日本の「金」は3個目で通算では13個目。
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    (*)決勝に参加した選手3名、また高木両選手は姉妹

    (追記)
    高木両選手の姉妹関係について、日刊スポーツの記事「高木姉妹8年の五輪金メダル物語、ケンカしたことも」(2/22)は、金メダルにいたるまでの、互いにライバル視し、研鑽しあった経緯を紹介している。

    Twitterのハッシュタグ

    「Twitterのハッシュタグって、知ってる?」なんて聞いたら、鼻で笑われるだろう。Twitterのユーザー登録はしたものの、何も書き込みもせず、覗くだけだった。そんなとき、ある話題が気になりハッシュタグをやってみようと思った。

    「Twitter」や「FaceBook」で、ある話題が盛り上がっているという。そこで、Twitterの世界でどんな風になっているのか知りたくて、初めてハッシュタグしたのだが・・・ちなみに、「FaceBook」のユーザー登録はしていない。

    まして、「インスタ映え」なんて全く無縁。「スマホ」も「タブレット」も使ったことがない。ガラ携なので「Line」だって知らない。

    今となっては、到着点が「東京でベコ飼うだ」といった勘違いがおかしい、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」(1984年)と同じ世界にいるのかもしれない・・・だんだん、そんな気がしてきた。


    (Youtubeに登録のhironameko09に感謝)

    KBS WORLD「国楽の世界へ」 御馳走

    KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/14)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、パンソリ「興甫歌(흥보가)」、「春香歌(춘향가)」にまつわる馳走の話を紹介した。

    始めに、韓国の正月は旧正月「ソルナル(설날、元日)」を採用していることについて次のように紹介された。
    ・韓国の日常生活はほとんど陽暦基準だが、正月は旧正月(陰暦)の「ソルナル」を採用している。ソルナルは一年の始めであり、民族精神を継承する日でもあるが、最近は、遠くにいる家族が集まる日の意味合いが強いようだ。正月を控えるころ、祭祀やもてなし料理を作る家庭も多い。パンソリ「興甫歌」にも馳走を準備する場面がある。

    ▼ 「興甫歌」から「ノルボが興甫の家を訪ねる場面(놀보가 흥보집 찾아가는 대목)」。(兄弟もままならず)

    次に、パンソリ「興甫歌」で、善人の弟「興甫」の妻への、兄「ノルボ」が嫌がらせについて次のように紹介された。
    ・パンソリ「興甫歌」で、意地悪な兄「ノルボ」は、寒い真冬に、善人な弟「興甫」家族を追い出し、食糧が尽き訪ねて来た興甫を、殴って追い返す。そんな兄が、弟が金持ちになった噂を聞き駆け付ける。興甫の妻はノルボを招くが不満だが、家族なので馳走の準備をした。それも溢れるほど豪勢に・・・見返したかったのだろう。ノルボもそれに気づき嫌がらせして、興甫の妻に、酒を勧める妓生が歌う「勧酒歌(권주가)」を歌わせようとした。興甫の妻の怒りはいかばかりだったか。

    ▼ 「勧酒歌」として「萬壽山(만수산)」の曲を聞く。(王の長寿を願うか)

    最後に、パンソリ「春香歌」で「李夢龍(이몽룡)」への勅命と春香との別れについて次のように紹介された。
    ・パンソリ「春香歌」にも「勧酒歌」の場がある。王の勅命で地方に遣わされた「李夢龍」は、物乞いの姿をして地方官の宴を訪ね、飲食で、妓生の勧酒歌がないと飲めぬと言う。妓生は仕方なく酒を注ぐが、彼が王の勅命を受けてのこととは知らず、<一生物乞いをするように> と歌い呪った。李夢龍が科挙の準備に都漢陽へ向かうとき、春香は彼のため食事を用意した。その中身が、京畿雑歌「出引歌(출인가)」で歌われる。青唐辛子、塩漬けのキムチ、たこ、アワビなど、心を込めた数々の膳だ。愛する春香を置いて、漢陽へ向かう李夢龍の足も重かったろう。

    ▼ 京畿地域の雑歌「出引歌」を聴く。(心を込めて料理が次々と並ぶ)

    2018年2月20日火曜日

    (雑談)うらやましい話

    粒が大きく美晶なら宝石「ガーネット」、粒が小さく砂状なら研磨剤「金剛砂」、そしてどちらでもないが結晶が十二面体の鉱物標本にピッタリなら「柘榴石」。(みな同じものだが)

    鉱物趣味の原点は、だれでもが水晶から始まるだろう。釣りの原点がヘラブナ(箆鮒)釣りで、「箆鮒に始まり、箆鮒に終わる」に例えて、鉱物採集では「水晶に始まり。水晶に終わる」といったかどうだか。

    身近な結晶で、自然物というより、中学の化学実験で出会った「硫酸銅」の青色結晶は衝撃的で、薬瓶から一粒取り出してポケットにしまった。そして授業中に取り出しては眺めさすった。思わずやってしまったことだが、重金属の毒性があるなんて知らずに。いつのまにか、ポケットから消えた。

    以前、ブログに記したが、自然石で採集可能な鉱物として、なぜか興味を持ったのは「柘榴石」だったかもしれない。
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    鉱物(染料)のトークイベントがあって、美大の助教授が幼いころに育った福島県の石川町の思い出に、あぜ道に落ちている大きな正十二面体の柘榴石を拾っては遠くに投げていたという話をしていた。贅沢なこととうらやましかった覚えがある。
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    茨城県の真壁町「山の尾」は、柘榴石の有名な産地だったそうだが、とっくの昔に入山禁止(つまり鉱物採集禁止)になっている。ああ、遅すぎたねえといいながら探したが見つからない(つまり行ってしまった)・・・時代は遅すぎた。拾って投げたなんて夢のまた夢。うらやましい限りだ。

    年寄りの繰り言、なんど話したことか。

    2018年2月19日月曜日

    雨水 2018

    今日は、二十四節気の「雨水(うすい)」、降る雪も雨に変わるという。この地は、すでに雪は降りそうにもない。ただ、住宅街の北側塀の下にまだ雪の塊りが一部残っており、雨水の候に溶けるのを見てみたい。

    (本ブログ関連:”雨水”)

    映画「怪しい彼女(수상한 그녀)」(2014年/韓国)の中で、シム・ウンギョン演じる主人公が、 チェ・ウンオク(채은옥)のデビュー曲「雨水(빗물)」(1976年)を歌う場面がある。二十四節気の「雨水」というよりは、静かに降る雨に離別した人を思い返す歌であり、ついついこの時期に、ブログで触れてしまう。(チェ・ウンオクの歌った韓国歌謡独特の歌いに比べて、次のYoutubeのシム・ウンギョンは馴染みやすいかもしれない)

    (本ブログ関連:”怪しい彼女”)


    (Youtubeに登録の원근이に感謝)

    2018年2月18日日曜日

    冬季オリンピック女子スピードスケート500m 金

    その日その場限りの俄かファンとしては、昨日の男子フィギュアスケート(シングル)での羽生選手の金メダルにつづいて、今日の小平選手の金メダルについて記さねばならない。

    (冬季オリンピック)
    平昌オリンピックの女子スピードスケート500mで初の金メダルを獲得した。
    日刊スポーツの記事「小平奈緒が金メダル『全てが報われたような気持ち』」(2/18)は、(余りにも大きな)期待に応え最高の活躍(オリンピックレコード)をした小平奈緒選手について次のように報じた。(抜粋)

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    スピードスケート短距離のエース小平奈緒(31=相沢病院)が36秒94の五輪新記録で金メダルを獲得した。1000メートル銀に続く今大会2個目のメダル。日本のスピードスケート界では98年長野五輪男子500メートル清水宏保以来、女子では初の金メダル獲得となった。
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    ところで、小学生のころ同じクラスに、目鼻立ちが少し欧風な雰囲気の女の子がいた。クォーターで、祖父だったかがノルウェー人だそうだ。何となく北欧という風貌がある。小平選手を見て、ふとそんなことを空想したりする。寒いスポーツのせいからかもしれない。

    後天性の才能があれば

    以前、大音響セットによる映画「フラッシュバックメモリーズ 3D」を見たことがある。オーストラリア原住民のアボリジニの民族楽器「ディジュリドゥ」奏者である、日本人のGOMA氏が、「演奏」と「記憶喪失」の狭間で苦悩する日常をあつかったドキュメンタリーだ。

    (本ブログ関連:”フラッシュバックメモリーズ 3D”)

    記憶喪失の原因になった交通事故をきっかけに、GOMA氏に、ある能力が突然現れたことを触れられるが、映画全編、圧倒的な「ディジュリドゥ」が響き、客席を振るわせる。主題は、爆音ともいうべき音響効果にゆだねられたようだった。

    その、もうひとつの能力とは、緻密な点描画作成の才能だ。昨晩、NHKのETV特集「Reborn ~ 再生を描く ~ (ディジュリドゥ奏者・画家GOMAが新たな表現に挑む!」(2/17)は、この点に目が向けられた。

    生来の脳障害に、特定分野の才能を発揮する「サヴァン症候群」がある。一方、普通に生活していた人が、事故などで脳障害を起した際に発生する「後天性サヴァン症候群」がある。GOMA氏は、交通事故後、点描画に執着することになったが、他の(海外の)ケースでは、作曲や数学など文化的な(いってみれば脳内で活性化するであろう)才能が突然花開くことがある。

    後天性サヴァン症候群は、うらやましいほどの才能を見せるが、その背景に脳に関わる事故があったわけで、記憶の問題を抱えているようだ。今回、その症候群について現代医学状況を紹介した。

    さて、私にしたら、生活に困らない程度であれば、後天性サヴァン症候群を体験したい誘惑にかられる。不謹慎かもしれないが、後天性サヴァン症候群は、結局は、その人だけ特有の症状であって、才能が決して猿真似でないのだから。うらやましいと思わぬでもないではないか。

    ただ、私は転んで膝をすりむく程度。今の生き方も、考えてみれば、同じくらい偶然に支えられているのかもしれない。

    2018年2月17日土曜日

    冬季オリンピック男子フィギュア 金・銀 と 観梅(うめまつり)

    思いっきり外気に触れようと、近くの公園へ「観梅」に近でかけた。昼過ぎの南の空に白い雲が輝いていたのに比べて、北の空はねずみ色に染まっていて、梅林に着く頃には、すっかり陰っていた。風も吹き、急に冷えた感がした。

    (本ブログ関連:”うめまつり”)

    せっかくの「うめまつり」(2/17,18)だったが、最近の寒さのせいか開花が遅れ、数本の梅の木に花を咲かせるにとどまっていた。

    人々が集う梅林には、ボランティアが用意したテントがあって、解説の準備をしていたけれど、出鼻をくじかれたようだった。来週来ても大丈夫といった、お墨付きをもらった次第。

    今を盛りと咲く梅があって、品種名を「こじょうのはるににる」とあるが、<古城の春に似る> だろうか。そんな孤高感もいいが、ブリューゲルの絵に描かれた(群集図の)ように、梅の木を取り囲む写真のひとびとと共に春を手にした。


    (冬季オリンピック)
    平昌オリンピックの男子フィギュアスケート(シングル)で、日本選手の層の厚さを示した。
    羽生結弦(23歳)選手が金メダルを、宇野昌磨(20歳)選手が銀メダルを獲得した。若さのなせるスポーツ種目だが、その若さで頂点を極める強靭な意志にあらためて驚嘆、感服する。(23歳だよ! 20歳だよ!)

    昨年11月、練習中に負傷して完治癒でない中、羽生選手のオリンピック2連続金メダルは、同種目66年ぶりの成果であり、冬季オリンピックの100個目の金メダルに当たるという。また、羽生選手を目標に励んできた宇野選手は、初出場にしての快挙であるのだから、こちらも凄い!

    ・・・その日、その場限りの俄かファンとしては、ただただ若者への期待だけだ。

    2018年2月16日金曜日

    旧正月

    昨日と比べて風向きが変わり、「旧正月」の今日、冷えが戻ったようだ。それでも、一日一日、陽が伸びるのを感じる。冬と春の境を感じさせる「うめまつり」が、明日・明後日、近所の公園にある梅林で催されるという。

    (本ブログ関連:”旧正月”、”うめまつり”)

    これから3月いっぱい、語学教室が休みのため、この間をどう過ごすべきか考えるのが大変。予習して積み重ねが大切なのは分かるが、賽の河原の石積みの如く、夜な夜な鬼が出てきては、憶えるべきことを蹴散らしてしまう。こうなったら、しばらく鬼と仲良くするほかにない。

    一時の休戦、明日にでも観梅に行こう。

    2018年2月15日木曜日

    秋期イディッシュ語 2017-17th (終業)

    昨年秋から続いた「2017年度秋期間イディッシュ語」クラスが、今日で終業した。授業にいろいろ工夫いただいたにもかかわらず、わが知識は積んどく状態。回りにさぞや迷惑をかけているだろうが、それにもめげず、今年4月からの「春期間クラス」にも参加したいと願っている。

    (本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

    先生のイディッシュ語体験談、才能豊かなクラスメイトの話(音楽、アート)など聞けるのも参加する意義がある。

    さて、授業は最終回ながらいつも通り進められた。
    ・(復習):「(名詞)+(形容詞)+(定冠詞)」を「対格」にしたときの練習問題
    ・(時計):時計の表示を元に、時刻の読み方、および、朝・昼・夕方・夜・夜中を付した表現
                     - 時刻が30分を過ぎると、時間(hr.)は先付けになるという意見があった。成程!
    ・(読み):イディッシュ民話と思われる「7と7は11」の話を読む。


    (余談)
    2月も半ば過ぎて、3月もあっという間に終わるだろう。その間、イディッシュ語に触れるのに如何にしようと考えた。そうだ、「イディッシュ料理」がいい。先週、「シャベス(安息日)」の料理(名)を学んだし、上記読み物にも出てたし・・・。ということで、ネットでイディッシュ料理を検索したが、専門店が見つからない。「イズラエル料理」なら数店あったが。
    そこで、Youtubeで「Yiddish cooking」と検索すると、(過ぎ越しの)「ポテトのパンケーキ(Potato Latkes)」が紹介されていた。それも有名なヴァイオリニスト「イツァーク・パールマン」の「母の味」の思い出語り(イディッシュ語交じりの英語?)を添えて、イディッシュ語(英語字幕)で紹介されている。まずは、食べ物に釣られることから始めよう。


    (Youtubeに登録のForvertsに感謝)

    2018年2月14日水曜日

    KBS WORLD「国楽の世界へ」 歌客

    KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/7)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、愛の歌「歌客(가객)」にまつわる話を紹介した。

    始めに、学識のある学者ソンビである「林悌」(임제、1549年~1587年)と、妓生(기생)の「黄真伊(황진이)」、「寒雨(한우)」との関わりについて次のように紹介された。
    ・朝鮮時代の文人「林悌」は、幼い頃から自由奔放に育つ。官吏として北の任地へ向かうとき、最高の妓生とされた「黄真伊」の墓の傍を通った際、墓前に酒を一杯注ぎ、哀悼する詩を謳った。ソンビが妓生の祭祀を行ったと騒がれ、着任前に罷免となる。また、妓生「寒雨」の名にかけて <天気が良いので傘も持たず出かけたところ、山に雪が降り、野原に冷たい雨が降って体が凍えてしまった> と謳うと、寒雨は <冷たい雨に当たったので、温かくして泊っていってください> と応えた。

    ▼ 二人の詩を基に、新しく作曲した「歌客」の歌を聴く。アカペラ風に今様に。

    次に、妓生の「梅窓(매창)」と詩人「劉希慶」(유희경, 1545年~1636年)との関係について次のように紹介された。
    ・全羅北道扶安地方にいた、妓生「梅窓」は、玄琴演奏や詩に才があった。彼女が亡くなると、同地で、彼女の詩を自費本に作られた。本作りが簡単でない時代、しかも身分が一番低いとされた妓生の詩を本にするのは普通でなかった。梅窓は、詩人「劉希慶」とのラブストーリーでも知られる。劉希慶は賎民だが親孝行で、葬儀に詳しく、国葬の諮問をした。46歳で扶安を訪れた彼は、噂に聞く梅窓と出会い、28歳の差ながら互いに惹かれた。やがて離別後、梅窓が恋しい想いで作った詩が、梨の花が雨のように秋風に落葉する様を表す「梨花雨(이화우)」だ。

    ▼ 「梨花雨」の歌を聴く。(常々気になること、妓生の詩にヒギンズ教授のありやなしや)

    最後に、両班階層の女性詩人「金三宜堂」(김삼의당、1769年~1823年)と夫との関係について次のように紹介された。
    ・朝鮮時代の女性詩人に妓生が取り上げられるが、両班階層にも、有名な女性詩人「金三宜堂」がいる。代表作に、夫と愛を語り合った詩がある。彼女の夫は、同じ村で同じ日に生まれたが、没落両班の家柄で、科挙に合格することだけが二人の一生の願いだった。妻は懸命に支えたが叶わず、貧しい生活を送るも、その中でも仲が良かった。

    ▼ 金三宜堂と夫が取り交わした詩を基にした曲「月の下の恋歌(달 아래 연가)」を聴く。(作曲時期はいつ)

    ・キム・ボエさんの言葉。バレンタインデーに「高価なプレゼントも良いですが、心を込めた詩を分け合うのも意味深いことだと思います。」とのこと。

    2018年2月13日火曜日

    (雑談)あとがき

    書店であれ図書館であれ、念願の書籍を見つけて一安心すると、無意識なほどにしてしまうことがある。手にするや、「あとがき」にすぐ目を通すことだ。何となく、全体像をおさえておきたいと、ついやってしまう。

    以前ネットで、「エセーニン詩集」(内村剛介訳、1968年)を手にしたときもそうだった。巻末にある内村氏の「あとがき」を開いた。するとこんな書き出しで始まった。
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    この「あとがき」はおそらく「目次」のつぎにすぐに読まれることになるだろう。つまりエセーニンの詩そのものがまず目に触れるのではなくて、「目次」「あとがき」が眺められたのちにはじめてテキストが読まれるというのが、現代日本の読者のおおかたの接し方であろうと思うのである。”ダイジェスト”文化が病巣をそこまで張ってしまったのかといまさら歎いてみてもはじまらない。ダイジェストなしには、----”噛んで含めること”なしにはーーーーどうしょうもないほど、わがくにの読者の前歯は退化してしまっているらしいのだから。
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    (本ブログ関連:”内村剛介”)

    この「あとがき」に、わたしは前歯をへし折られた感がした。ずいぶん昔から、日本の読者状況は見透かされていたものだ。今も変わらないだろう。

    更に今、テキストに入る前、だれもが目を通すものが新たに加わったとすれば、例えば、Amazonの「カスタマーレビュー」かもしれない。ときたま閲覧することがある。ただし、求める気のない、けれど世間で騒がせているような書籍の場合だけだが。これも、一種の <ダイジェスト文化の病巣> かもしれない。しかも、かなり毒性が強い。

    2018年2月12日月曜日

    モード・アダムス

    鉱物趣味は、造化の妙というか、時を経て変わらぬものへの畏敬というか、心に置いて絶対的なものを求めるというか、だから、等軸晶系の黄鉄鉱は不思議だし、六方晶系の水晶は始まりであり終わりとなる。

    人智を超越した憧れに、宗教的なものがあるかもしれない。でも、人の心に降りてときめかせるものがあれば、その方が和むだろう。だから、古い絵画に描かれた女神像に心を傾けたり、あるいは、時代が過ぎて古めかしい写真に残った舞台女優に心奪われたりする。

    今の街をカラー写真におさめて見るよりも、それをセピア色に加工したとき、全く別な感慨が湧いてくることがある。何かを絞ってこそ共鳴するものがあるようだ。

    以前、このブログに記した舞台女優「モード・アダムス」(Maude Adams、1872年~1953年)の、幼いころの、そして活躍した女優時代の貴重な写真がYoutubeに登録されている。繊細で、研ぎ澄まされた透明感あふれる若い彼女の写真から目が離せない。代表的なピーター・パン役のころに、少々ぽっちゃりしたのはご愛嬌だが。

    (本ブログ関連:”モード・アダムス”)

    ちなみに、彼女の写真との出会いをドラマ化した、「ある日どこかで」(Somewhere In Time)のDVDとCDを、本日Amazonに頼みました。


    (Youtubeに登録のbunnychan22に感謝)


    (追記)
    モード・アダムスの写真集(THE NEW YORK PUBLIC LIBRARY: DIGITAL COLLECTIONS)
    https://digitalcollections.nypl.org/search/index?keywords=Maude+Adams#/?scroll=92

    2018年2月11日日曜日

    建国記念の日 2018

    建国記念の日」の今日、久し振りに暖かく過ごした。昼間、ストーブなしでも充分で、都心では、今月に入って最高気温の14.9℃だった。ここまで三寒四温を繰り返してきたので、この温もりは貴重だ。(とはいえ、1月の最高気温は、1月9日に16℃に達した)

    (本ブログ関連:”建国記念の日”)

    といって、することもなく平穏に、一日うつらうつらしながら過ごした。

    さてさて、一日の終わりにイ・ソンヒの美しく可愛らしい歌を聴いてみよう。彼女の8集所収の 「いつも愛してる(언제나 사랑해)」(1992年、作詞・作曲キム・ヨンドン)は優しい気分になる。


    愛してる、私の愛する人
    あなたは、日ごとまぶしい光で私へ近づいてるのね

    愛してる、う~ん~
    永遠(とわ)に、一緒に私たちの幸せな人生の夢見るのね
    貴方の、愛の香りが私にいっぱい飛んでくるのね

    (トゥル~ル~、トゥルットゥ ルルットゥ ルルットゥ ルル~ル~ル~)

    私の魂、私の愛する人
    貴方は、私にいつも新しい光で現れるのね
    その光は、いつも虹の色をして私に近づくのね

    愛してる、私の愛する人
    愛してる、私の人生


    (Youtubeに登録の도미정に感謝)

    2018年2月10日土曜日

    (雑談)硫黄

    昔のこと、電線柱工事の後の地面に破損した「碍子(がいし)」が散らばっていて、中身を見ると黄色の塊りがあった。子ども心に、それが硫黄ということは直ぐに理解できた。絶縁体として用いられていたのだ。新鮮な硫黄がむき出しになっていて、その光沢にすっかり魅了された。直接関係するかどうか、私は黄色が好きだ。

    硫黄といえば、鉱物趣味で、硫黄と名の付くところに行ってみたいと考え、その第一に選んだのが北海道の知床にある「知床硫黄山」だった。ちょうど < 千歳-女満別線のYS-11ラストフライトの前日だったこともあり搭乗(まさに便乗)して、知床硫黄山に硫黄を採りに行くことができた >。

    同山は、明治期に海岸線まで大量の硫黄を噴出したという。それは過去のこと、面影だけでも見られればと妄想して出かけた。真夏の時期をはずしたため、山麓までタクシーを借りて至り、ヒグマとの遭遇を恐れ、ハンマーで空き缶を打ち鳴らしながら登った。
    岩だらけの頂上に至る前の場所で硫黄を採集した。思ったほど残ってはいなかったが、小片をけっこう手に入れた。鉱物趣味のベテランからみれば、本流じゃないかもしれないが満足できる採集だった。

    あれれ、話が長くなる。(箱根の大涌谷で、柵を乗り越えて硫黄を採取したことも・・・)

    ところで、九州南部の巨大カルデラ爆発を予測試行した小説「死都日本」(石黒耀)は、科学者参加のシンポジウムを開催するまで関心を呼んだ。頭の中に硫黄が再び浮かんだ。

    鹿児島沖に「薩摩硫黄島」がある。「鬼界カルデラ」の一部をなすもので、海底に巨大なカルデラが存在する。北の知床硫黄山に行ったのだから、今度は南だと単純な発想からだった。

    ネット情報をもとに色々な装備を想像したが、硫黄岳はずっと手前から眺めるしかできない・・・当り前のことなのだが。火山に行きたい、硫黄を見たい・・・思いだけを残したまま。

    (本ブログ関連:”噴火”)

    その「鬼界カルデラ」について、毎日新聞の記事「溶岩ドーム 世界最大級、鬼界カルデラで神戸大確認 直径10キロ マグマだまり成長か」(2/10)が最新情報を紹介している。
    ⇒ 神戸大学プレスリリース「鬼界海底カルデラ内に巨大溶岩ドームの存在を確認」(2/9)
    ⇒ オンライン英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載。(2/9 公開
    ⇒ ニフティニュース「滝沢秀明、英科学誌論文に名を連ねる 海底火山研究チームの一員に」(2/10
        滝沢秀明さんは、NHKのBSプレミア「火山探検紀行 巨大カルデラの謎に迫る」に参加とのこと。

    2018年2月9日金曜日

    イ・ソンヒの「Jへ」が歌われる

    聯合ニュースの記事「[平昌五輪]北朝鮮芸術団 15年半ぶり韓国公演=歌謡曲など披露」(2/8)は、8日夜、北朝鮮の「三池淵管弦楽団」が、五輪競技場がある韓国北東部・江陵の江陵アートセンターで公演したと報じている。

    (参考) Youtubeに公演映像がある:聯合ニュースTV登録

    その公演で、イ・ソンヒのデビュー曲である「Jへ」(1984年)の他に、シム・スボンの「男は船、女は港」(1984年)、チェ・ジンヒの「愛の迷路」(1984年)など、’80年代韓国の大衆歌謡が歌われたようだ。(3曲とも1984年の曲 / Youtube登録者に感謝)

    JTBCのニュース(2/9)で、「イ・ソンヒさんは、2002年と2003年に平壌公演のとき、「Jへ」、「美しい江山」など熱唱して、北朝鮮の観客の呼応を導きだしたことがある。」と紹介された。

    ところで、イ・ソンヒは、1991年に初の地方市議会選挙で、保守系候補としてソウル市議会議員に当選。その後、大きく舵をきって金大中を支持するなど振れた。2015年の「光復70年」記念イベントでは、朴槿恵をはさんで両側にキム・ヨナと共にステージに立ったりした。

    (追記)
    2/13のスターニュースの記事「イ・ソンヒ『北芸術団の「J」に感謝。平昌オリンピック ファイティング』」に、イ・ソンヒの次のような感謝対応が報じられた。(抜粋)
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    ・イ・ソンヒは、13日のスターニュースに「今回の北朝鮮芸術団の公演で、『Jへ』を聞くことができてうれしかった」と、「私の歌がそのような席で歌われてうれしく良かった」と語った。
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    ⇒ イ・ソンヒの反応に照らして、例えば、シム・スボンはどう反応したか、しなかったかに関心がもたれるだろう。

    イディッシュの阿呆酒場 7+7=11

    イディッシュ語のテキストに、毎度馴染みの「ヘルム(כעלעם)」の村(町)らしき舞台があって、そこでありそうな阿呆酒場の話がある。7+7=11 となる、例によってイディッシュらしい、視点を混乱させるひねくりジョークだ。

    (本ブログ関連:”ヘルム”)

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    ・男が酒場で飲食して、「お勘定!」と頼んだ。
    ・女将(おかみ)がいうには、「肉ジャガが7グロシュ、パンも7グロシュ、合わせて11グロシュ」
    ・横の客(פֿרעמדער)が「そりゃ違う」、「7と7で14だろ」といった。
    ・女将がいうには、「いいや、これでいい。知ってるでしょ。わたしゃ、前の旦那との間に4人子どもがいる。今の旦那は4人の連れ子がいて、私との間で3人産んだ。だから、わたしゃ7人の子を産んだし、今の旦那にも7人の子がいる。けれど、わが家にゃ子が、11人いて、14人じゃない。」
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    何が間違いかって?
    本当は、前の旦那との間に4人、今の旦那との間に連れ子を含めて7人、合わせて11人でしかない。ところが、今の旦那との間にできた3人の子どもを、女将と今の旦那の両方の視点で見て、二重に計上していることになる。ユダヤ人はこんなだまし絵のようなジョークが好きなんだろうか。

    (追記)
    女将の計算を「違う」といった客は、生真面目にそういったに違いない・・・けれど、客=פֿרעמדער(foreigner)が、この酒場を知らぬ一見のよそ者だったとしたら、ちょっと面白いことになる。地元客は、女将の勘違いを以前から知っていて、知らぬ顔を決めていたのかもしれないからだ。女将、よそ者、そして地元客との関係が見えてくる。
    そういえば、どこかで聞いたような勘定違い・・・落語の「時そば」を思い出す。

    2018年2月8日木曜日

    秋期イディッシュ語 2017-16th

    イディッシュ語ひいきだけで、昨年10月以来やっとたどり着いた「秋期イディッシュ語 2017」も、今日で最後から2番目になった。今、冬なのに「秋期」とは・・・年度を二分して行なうため、後半開始のコースを「秋期」と呼ぶので・・・。

    (本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

    授業で使用のテキスト「Colloquial YIDDISH」(Lily Kahn)に登場するキャラクターがおもしろくて、ダイアログ(会話練習)はひねりが効いていて、ざっくばらんな人間関係が描かれている。(これが果たしてユダヤ人らしいというか、あるいは著者のセンスなのか・・・)

    授業では、次について解説された。
    ① 主格(Nominative:~は)と対格(Accusative:~を[直接目的])の違いにより、定冠詞と形容詞(接尾辞)は、名詞の性に基づいて変化することを説明・練習された。
    (語順はイディッシュ語に即して右から左へ)
    ・主格: (名詞ברודער)+(形容詞קלוגער)+(定冠詞דער) ⇒ 賢い兄(弟)は   
    ・対格: (名詞ברודער)+(形容詞  קלוגן)+(定冠詞דעם) ⇒ 賢い兄(弟)を 
    ② 「安息日(Shabaath:שבת)」について紹介された。何度聞いても未知の領域。(リンク先の日本語の解説とヘブライ語の写真が参考になる)

    (素晴らしい話)
    クラスメイトが、先生の助言により、イスラエル政府の招待を受けてイスラエルへ研修に行くそうだ。若くて能力ある人に、好機は待ち受けている。

    2018年2月7日水曜日

    KBS WORLD「国楽の世界へ」 並唱

    KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/31)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「並唱(병창)」にまつわる話を紹介した。(ネットで未聴のため韓国語版を参照しました)

    始めに、伽耶琴(カヤグム)の弾き語りによる並唱「燕路程記(제비노정기)」について次のように紹介された。
    ・楽器の伴奏で歌う「並唱」がある。 伽椰琴(가야금)並唱は、以前、パンソリ唱者が、喉が傷つきこれ以上声を出しにくい時、次善に選択するジャンルとされた。パンソリ「興甫歌(흥보가)」中の「燕路程記」は、(弟の)興甫が手当てした燕が江南との往来旅程を盛り込んだ歌だ。

    ▼ 「燕路程記」: 伽耶琴との並唱

    次に、玄琴(コムンゴ)演奏による「鳥打令(새타령)」について次のように紹介された。
    ・玄琴(거문고)は「百楽之丈(백악지장)」、「ソンビが修養のため演奏した楽器」と見なされたため、民俗楽器の演奏をタブー視したが、朝鮮末期に玄琴散調が作られて以来、さまざまな音楽を演奏している。パンソリ「赤壁歌(적벽가 )」中の「鳥打令」は、<赤壁の戦い>で大敗した曹操が兵士たちと共に逃げて、森の中から聞こえてくる鳥の声を聞き、戦闘で死んだ兵士たちを悼む心を込めた内容だ。

    ▼ 「赤壁歌」中の「鳥打令」: 玄琴との並唱

    最後に、最近の創作の伽椰琴並唱について次のように紹介された。
    ・伽椰琴は、朝鮮時代までは正楽を演奏する正楽伽椰琴を使用し、朝鮮末期に達しては、もう少し速く変化の多い音楽を演奏できるように、幅の狭い散調伽椰琴が作られた。以後、多様な改良伽椰琴が作られたが、最近の創作音楽に主に使用するものは25弦の伽椰琴だ。

    ▼ 「冬(겨울)」:(25弦の伽椰琴を演奏して歌えるように作られた音楽)

    2018年2月6日火曜日

    よくやってるよ

    暖房の目盛りを上げると眠くなる。一瞬のつもりだったが、ふと我に返ってPCを見れば、いつのまにかYoutubeに見知らぬ映像があった。ここにたどり着くまでの記憶がない。

    タイトルが長いが「観覧していた男子高校生が舞台に上がって即興でベース(BASS)を演奏したら...[日本語字幕]」というものだ。ソウルの街角の路上ライブのよう。バンド名は、ヒーリング流浪団「분리수거(分別 [収集])」(BLSG)という、ひねりを効かせたようなネーミング。(Youtubeで、いきなり出合ったわけで、バンドについて詳細はこれから・・・)

    その即興バンドに、15歳のベース弾きの少年が加わって、歌と演奏が始まる。少年の演奏に対してボーカルは、「よくやってるよ(잘하고 있어)」と誉めると同時に、冬の路上でバンドを囲む観客・若者たちとの<応援>の共有といった風でもある。一方的なメッセージでない、観客も自然に加わる・・・いってみれば、都市生活者の合いの手といった掛け合いとなる。

    冬の学生街、そこだけ暖まる気がする、<即興>のういういしいイメージがする。まさにライブ。


    (Youtubeに登録の路上ライブTV (Daily Busking)に感謝)

    2018年2月5日月曜日

    (中古LP)会賢地下商店街

    市民参加型新聞といわれる韓国のオーマイニュースの記事「[イシュー] 昔の友に会ったように嬉しいLP」(1/29)に、中古LPレコードの宝庫ともいうべきソウルの”会賢地下商店街(회현 지하상가)”について以下のように紹介している。

    なお、同地下街には、イ・ソンヒのLPレコードの発掘に3回ほど出かけたことがある。2回ほどで大方収集できた・・・というか、彼女のLPが容易に入手できたことに驚いた。LPレコード中心であるため、中古CDの品揃えは少ない。(CDはネット頼みかもしれない)

    (本ブログ関連:”会賢(フェヒョン)地下商店街”)

    本記事には、中古LPの話題以外に、1970年代に行なわれた「禁止曲」について若干触れられており、若者に浸透を始めたロックやフォークに及んだことが分かる。独裁国に見られる締め付けだが、「退廃芸術」や「社会主義リアリズム」ほど大々的には至らなかったようだ。
    ⇒ (参考)「1970 年代以降の韓国禁止歌と韓国社会」(金珉廷)
                     禁止理由分類に年度に偏りあるものとコンスタントのものとがある。

    (本ブログ関連:”禁止曲”)

    イ・ソンヒは、1984年にデビューしており、その後の世代にあたるが、禁止曲に該当したシン・ジュンヒョン(申重鉉、신중현)作詞・作曲の「美しい江山(아름다운 강산)」(1972年)を、カバーというか国民歌謡にまで再生している。

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    ・真昼でも息が暖かく感じる氷点下の天気のため、屋内や地下路だけ通うことになる。ソウルの明洞と南大門市場をつなぐ「会賢地下商店街」には(中古)LP店が多い。イ・ソンヒ、ヤン・ヒウン、山びこ、新村(シンチョン)ブルースなどの歌が、ターンテーブルから聞こえてくる。

    ・LP(ジャケット)にある写真を見ると、古くからの友に会ったようでうれしい。当時の歌の言葉は、歌詞が美しくて詩的なのでいい。歌を吟味することができる。(また)1970年代には、多くのLPが禁止曲だった。

    ・LP店のおやじさんが教えてくれた、一番記憶に残る禁止曲は、キム・セファンが歌った「道端に座って(길가에 앉아서)」(1973年)だ。
    その理由は「勤労意欲低下」だったと。
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    (参考)Youtube登録「道端に座って」(歌詞も記載: 登録者に感謝)

    以前の「テレビレポート」の記事「ユン・ヒョンジュ ”道端に座って” 禁止曲、なぜやることなく眺めているのか」(2012年9月22日)だが、「道端に座って」が禁止になった訳を作者の口を通じて次のように紹介している。
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    ・(「道端に座って」の曲について)MCのシン・ドンヨプは「このようにさわやかな歌が(どうして)禁止曲だったんですか?」と聞き、これに対して(同曲を作詞・作曲した)ユン・ヒョンジュは、「やることなく、通り過ぎる人をどうして眺めているのかと禁止曲になった」と言って、大きな笑いをとった。
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    何でこの曲が・・・。(当時、禁止対象となった曲の関係者に、大麻が仕込まれて事件化したようだ・・・真偽はどうだったのか?)

    2018年2月4日日曜日

    立春 2018

    昨日は<豆まき>の「節分」。そして、今日は「立春」。いずれも「二十四節気」に従う。旧暦(太陰暦)時代の暦ながら、四季に合わせた太陽暦なので、二十四節気を「太陰太陽暦」と呼ぶそうだ。

    ブログでは、何かにつけて二十四節気を話題にしている。古い暦にもかかわらず、太陽の運動に沿っているため、生活実感に合うのがいい。春は始まったのだろうか?

    (本ブログ関連:”立春”)

    気象庁の「時に関する用語」は、季節区分を次のように月間で設定している。
       春:3月から5月までの期間。
       夏:6月から8月までの期間。
       秋:9月から11月までの期間。
       冬:12月から2月までの期間。  ← まだ冬!

    今日は、(陽射しだけ見れば)ちょっとした緩みがあるが、外に出れば相当寒い。天気予報によれば、来週からまた冷え込むという。やっぱり、体感はまだ冬である。

    2018年2月3日土曜日

    節分 2018

    季節の変わり目の前日を「節分」という。春になる「立春」(1/4)前日の今日が節分にあたる。慌ただしい日常、気付かないかもしれないが、スーパー店頭に、鬼の仮面を付した<煎り豆>パックが積まれてる。

    (本ブログ関連:”節分”)

    節分の思い出は「豆撒き」だ。夕方、縁側のガラス戸を開け放ち、庭に降りて明るい室内に向かって「福は内~」、逆に縁側に立ち暗い庭先に向かって「鬼は外~」と叫びながら煎った豆を撒く。途中、目を盗んでは豆を頬張る。家族で行なう、親から子に伝わる、楽しい風習だ。
    (「恵方巻き」いまだ馴染めず・・・本当に関西で確立・普及した風習なのだろうか?)

    今日は病院をはしごして、いろいろ安心のお墨付きをもらった。ほっとしたのか、帰宅して、テレビをつけたまま転寝してしまう。散々気をつけたインフルエンザが忍び寄りそう。くわばら、くわばら。

    ちなみに、インフルエンザ予防のため、外出時には①マスク着用、②あちこち商品や電車の吊り輪などを触らないこと、そして、帰宅時には、①手洗い、②顔まで(目から感染の可能性があるので)洗うことが大事と指導いただいた。当分の間、気をつけた方がよさそう。
    (インフルエンザ患者が、洟(はな)をかんだ後、手にウィルスが残っていて、その手で色々なものを触る場合がある・・・ウィルスが町中にウヨウヨしていると考えたほうがよさそう)

    (本ブログ関連:”インフルエンザ”)

    2018年2月2日金曜日

    イ・ソンヒのルックス

    子どものころ、両親が女優の山本富士子について、いつまでも綺麗だねと話題にしていた記憶がある。いまの私ら世代にいえば、吉永小百合にあてはまるか。

    若さの象徴は、銀幕に輝いた俳優やブラウン管の中で活躍した歌手を通して形作られたものかもしれない。だから、ファンはスターとともに世代を共有する。吉永小百合が永遠の<マドンナ>なら、スクリーンの中でいつも彼女のそばにいた浜田光夫は永遠の<ライバル>となる。

    イ・ソンヒも、いつまでも美貌を保つといわれて久しい。韓国の新聞記事に、少し前の芸能ネタを繰り返すくせがあるようで、よく知られた話がまたとりあげられている。ただタイトルが刺激的で、国際ニュース(gukjenews)の記事「イ・ソンヒ、時間が止まったよう・・・ ヴァンパイア・ルックス(外貌)『驚くべき』」(1/31、オ・ナウン記者)は次のように紹介している。(抜粋)
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    ・イ・ソンヒは、15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」(2014年)の発売記念の記者懇談会に参加した当時、童顔の容貌の秘訣について「皮膚管理のマッサージ店で他の人々が受ける程度の管理を受けている・・・」と説明した。
    ・イ・ソンヒは、去る2011年MBCの「遊びにおいでよ」に出演して、MCのキム・ウォンヒから「中学校の時、イ・ソンヒさんの歌を聞いたけれど、(当時と)なんと寸分違わぬままだろう、私よりもっと若く見える」と、童顔の容貌の秘訣を尋ねる質問を受けたことがある。
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    といった具合である。ちなみに、「童顔」は、若々しさを象徴する。そして、彼女は、清雅さをしばしば形容される。

    若さを羨望されるのはありがたい。イ・ソンヒは、若さをつなぐ健康食品のコマーシャルに出たこともある。ところが、その企業が食品成分に問題を起して、しばらく騒がせたりした。

    (本ブログ関連:”健康食品”、”健康飲料”)

    イ・ソンヒは、若いころに美が完成してしまうタイプというより、日本でいえば、ジャンルが異なるが(どちらかといえば)歌手「aiko」に通じる趣があるのかもしれない。

    2018年2月1日木曜日

    秋期イディッシュ語 2017-15th

    またしても降雪の予報が出ている。今晩遅くから雪になるというのだ。そのつもりでイディッシュ語教室に通ったところ、地下鉄の改札口を行き交う人々が傘を持っているではないか。昼過ぎから、すでに小雨が始まった。

    結局、帰り道も小雨が止まず、このまま遅く雪に変わるのだろう。ところで、南北の道から、先日の雪はすっかり溶けているが、東西の道の一部には、まだ凍りついて残っており、この上に雪が積もったりしたら、滑りやすく心配だ。

    心配ごともあるが、まず教室で学んだことをしっかり<定着>せよと声が聞こえる。

    (本ブログ関連:”2017年度秋期「イディッシュ語」”)

    今回、全員が揃って授業となり、一部前回と重複する形で行なわれた。
    ・親族名称: テキスト主人公の家族構成の絵解き。(クラスメイトのアーチストのイラストの素晴らしいこと!)
    ・所有代名詞: 単数、複数名詞に沿って覚える。
    ・数詞: ① 上記家族の年齢のQA、② 足し算のQA。

    (付記)
    歳をとると・・・
    ・(個人ごとテキストを所有しているが)テキストの拡大コピーをいただくことがある。字が大きくて見やすい!
    ・授業のために予習をするが、余り以前にやってしまうと忘れてしまう。

    2018年1月31日水曜日

    KBS WORLD「国楽の世界へ」女性歌曲

    KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、女性歌曲(가곡)にまつわる話を紹介した。(ネットで未聴のため韓国語版を参照しました)

    始めに、「歌曲(가곡)」を中心に、「時調(시조)」との違いと合わせて次のように紹介された。
    ・「歌曲」は、定型詩「時調詩」を管弦伴奏に歌う。時調詩を歌詞として使う点で「時調」と似るが、
    ー 「時調」は、音調と形式が単純で伴奏がなくとも歌える歌で、多少大衆的であるが、
    ー 「歌曲」は、厳格な形式に従って歌う歌という点で違いがある。
    男性の佳客が歌う「男唱歌曲」、女性の佳客が歌う「女唱歌曲」に区分して、一番最後には男女が共に歌う「太平歌(태평가)」で終える。

    ▼  <長く想い慕った人に会ったものの、すぐに復た離別せねばならぬ女性の未練を美しく表わした>女唱歌曲「平弄(평롱)」。(参照 ⇒ Youtube(登録者に感謝))

    次に、歌曲の唱法を用いて現代的音楽を作り出すグループの作品について次のように紹介された。
    ・歌曲の唱法を用いた現代的音楽グループの作品「この夜が過ぎる前に(이 밤이 가기 전에)」は女唱歌曲の「平弄」を素材にして、新しく構成した歌だ。

    ▼(参照 ⇒ Youtube(登録者に感謝))

    最後に、現代作品の「禅雲寺で(선운사에서)」(チェ・ヨンミ 詩)、「老いた葦の独白(늙은 갈대의 독백)」(白石 詩)について紹介された。

    (Youtubeに登録のLehrbuecherに感謝)

    2018年1月30日火曜日

    (雑談)おじさんのPC作法

    ネット利用に、PCを使っている。スマホやタブレットの経験はない(無くて困る思いをしたこともないし、そもそも、それで何をしたらいいのか分からない)。

    PCだけで、ネットと縁をつないでいる(オフィスは「OpenOffice」で十分)。いってみれば、山村で自給自足生活している感覚に近い。そんな環境での、おじさんのPC作法について記してみる。

    ① PC価格は、(1万円/年)×(使用年数)で十分と考えている。[昔は、(4~5万円/年)×(使用年数)だったが]
        ー とっくにこの原則を超えてしまっているが、OSのサポートが続く限り使用する。

    ② 顔認証、指紋認証などは以っての他と考えている。
        ー 究極の個人情報だ!(顔認証用のカメラに、シールを貼り付けて防御している)

    ③ クレジット番号を使って、ネット上の商品購入は以っての他と考えている。
        ー コンビニで現金支払い可能なものだけ購入(銀行、ゆうちょで振込みもしない)

    ④ メールは、事前にスキャンしてくれる、Gmailが安全と考えている。
        ー とはいえ、自分のPC以外でGmailを閲覧することはない。

    ⑤ 一時ファイルなどのゴミ掃除を毎日!する。

    ⑥ プリンターインク切れのたび、純正品を使っていたがサードパーティ製に変更した。
        ー 特に、インク注入型のものは何の問題もなく、お勧めだ。

    2018年1月29日月曜日

    冬の夜、雨後は寒くない

    先週1/22に、大雪のため延期した「2017年度秋期韓国語教室」が、今晩無事終了した。教室の夜道に名残り雪があって、うっかり足を滑らせないか用心しながら通った。授業が終わって外に出れば、霧雨があったのか、辺りが湿っているのに気付いた。

    冬の夜にもかかわらず、雨後のせいか寒くないのだ。雲が上空の寒気を遮断したのだろうか。実に穏やかな気分だ。このところ、縛りつけるような冷気に、ふーっと息を吐いて気をそらしたものだ。

    ところで、冬がどうして寒いのだろうか。ここはやっぱりイディッシュの町「ヘルム」の長老に説を聞きたいものだ。以前、記したものを、更に結論だけしぼって次に載せる。何百年も泥臭く熟成したお馬鹿な話は実に楽しい。
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    冬の間中、暖炉に火をともす     →   町の空に熱気がたまる        →  だから、夏が暑い
    夏の間中、暖炉に火をくべない  →   町の空に熱気がたまらない  →  だから、冬が寒い
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    (本ブログ関連:”ヘルム”)

    「ヘルム」の長老に教えていただきたいことがある。どうすれば、よその言葉が身につくのだろうか。

    (映像)菜食主義者「花を宿す女」

    韓江の小説「菜食主義者(채식주의자)」を(原作に)映画化した、2009年の(邦題)「花を宿す女」(日本語字幕)が、GYAO提供により、1月29日~2月27日の間視聴できる。

    (本ブログ関連:”菜食主義者”)

    申京淑の「母をお願い」と同様、物語の主題に関わる家族間の視点で章立てしている。

    韓国映画が国際賞を狙うのに共通して見られるテーマに、欧州の目から興味深いことであろうが、キリスト教的解釈といった表現がある。映画の原作に、申京淑の海外で多数翻訳されている「母をお願い」のエピローグは、それを合致しているのだが。しかしながら、過去の創作に問題があり、韓国メディアでは、ノーベル文学賞の期待が寄せられていた老詩人の後を継ぐには懸念があるようだ。現在、将来のノーベル文学賞候補の一人として、韓国メディアは、(海外文学賞の受賞経験がある)韓江に希望を託しているようだ。

    2018年1月28日日曜日

    (雑談)山の冬、山の春

    寒い日が続く。出かけようと思っても寒気に萎える。雪景色は、子どもに別世界であり、雪の不思議な感蝕を楽しむ遊び場だ。若者にとっては、スキー板を担いで夜行列車で出かける、期待と妄想の場所でもあった。年寄りには、今も昔も変わらぬ、雪掻きするだけの風物でしかない。

    歳をとると、雪山に出かける者の気が知れぬとますます確信する。日本の山は、少なくとも、ハイカーにいたるまで踏査されていて、未知な部分はないと思われるし、目の前のそびえる山を見れば、現代人の感覚からすれば、すべて知り尽くされたように感じるものなのだ。

    戦前戦後の日本アルプスに棲んだ山人を通じて、山の不思議を語った「黒部の山賊」やシリーズ「山怪」は、それでも世俗的一面を合わせ持つ話題を見せる。更に昔、明治、大正のころになると、「山の人生」(柳田国男)は、世俗と隔絶した地図の彼方に存在する、あたかも異界(伝承の世界)さえ想起させる。

    「山の人生」に語られた人々は、どうやら固有名詞があやふやだ。半分現世に身を置き、半分異界に身を溶かし込んでいるような、戸籍といった制度からすり抜けて、噂話にしか残らない、もっといえば、見ても見えぬよう、知っても忘れ去られるよう、命も軽い存在だったのかもしれない。

    昔の、海辺や農村の見える遠野の世界とは違って、厳しい山の生活をどうして選んだのだろう。なぜか、連日の寒さを思うと、そんなことを思ってしまう。それが、温んだ春になると、桃の花咲く桃源郷など、仙界を思い浮かべることになるだろう。

    2018年1月27日土曜日

    イ・ソンヒの「世界中が眠りに落ちた後から」

    昨日、雪が凍りついた道端で転んでしまい、そのときはどうでもなく、むしろ上手に体を支えたものだと感心した。しかし後になって首筋がこわばった。

    子どもなら、痛いの痛いの飛んでけ~!、ただ我慢するしかない。人生長けりゃ見当もつくってもの、安静にすりゃ何とかなるだろう。

    心の平静は大事。イ・ソンヒの12集所収、「世界中が眠りに落ちた後から(온 세상 잠든 후부터)」(2001年、作詞イ・タギョン、作曲パク・ヨンス、編曲パク・ヨンス、ユ・ションソク)を聴いて、落ち着かせよう。

    この曲は、パイプオルガンを想わせる荘厳なイメージもあり、どこか(洋風だが)宗教的な響きがする。先日、このブログに記した、彼女の「さようなら」に続く世界だ。

    (本ブログ関連:”世界中が眠りに落ちた後から”)


    夜通し雪が降ったわ。世界中が眠りに落ちた後から
    悲しい 私のこころも知らぬまま、 朝はくるのでしょう。
    窓、音もなく開けば、染みる冷たい風
    白雪、美しく積もった 木の上には冬の空

    あなたの背に近づき、しばらく寄り添ったが
    なんの言葉もなしに ドアを出るのね。
    もうすべて終わってしまったのね まだ私はここにいるのに
    あなたに見せられなかった 痛みはまだそのままなのに

    本当にとてもつらいです このように別れるのだから
    あなたを なくした朝 私だけ残ってます。

    去ってしまったあなたの足跡が雪の上一つずつ刻まれて
    眺める目を少しずつ 滲ませてしまいました。

    あの冬の終わりに あなたはもう消えて
    とうとう 悲しい涙を 流してしまったの。


    (Youtubeに登録のCool Kidに感謝)