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2015年2月13日金曜日

若いって?

いつまでも若いってのはめでたい。溌剌さを忘れないのは大事だ。元気なままでいるのは羨ましい。

といって、勘違いした若作りファッションに身を包むのではない。変わらぬ探求心、チャレンジ精神があればこそだ。

人類は、他の霊長類から、妙に若い奴らだと思われているかもしれない。恐ろしくて危険な生き物ながら、一方で火星旅行を実現しようとする。きっと不思議に見えるだろう。

人類は、幼児や子ども時代の感性を延長をしているようだ。幼いときの好奇心を持ち続ける、そんな入れ物なのだ。

この入れ物、どうやってできあがったのか。「ネオテニー」や「自己家畜化」で語られるけれど、きっとそう望んだからだろう。誰が望んだって・・・、そりゃあ自分からだろうけれど。

生き物はみな、そんな要素を持っているに違いないと思う。野生のキツネだって、(代を重ねて育種することで)甘えん坊で、人なつっこいものになるという、そんな番組*があった。

(*)NHK:「いのちドラマチィックスペシャル-オオカミはこうしてイヌになった」(1時間30分)

2015年2月12日木曜日

イ・ソンヒ「冬哀傷」

イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(5集所収、1989年4月10日)は、冬の冴え渡る凍ったような空気に思いを吐く歌だ。そんなイメージを膨らませてくれるが、雪景と真正面に取り組んだ、何とも珍しい映像がYoutubeにあった。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)

韓国MBCの画面のようで、ネットワーク(네트워크)のデザイン文字が合わせて表示され、拍手も聞こえてくる。Youtubeのタイトルは、ミュージックビデオとあるが、MBCの放送録画だろうか?

イ・ソンヒは雪降る原野をひとり行く。幻のように現れた子ども(幼い頃の自身の姿か)とも別れ、真っ白な雪原を彷徨う。画面終盤に、なぜかイ・ソンヒは雪の上に仰向けに倒れる。そこに微笑む少女がオーバーラップする。

正直言ってこの展開、相当無茶振りでないかって、そんな気がしたよ。降りしきる雪に、撮影は大変だっただろうと想像する・・・若き日のイ・ソンヒにとって、忘れられない思い出になっているかもしれない。


「冬哀傷(겨울애상)」

星明かりに澄み映える  私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら  飛び去る  空を  見る

懐かしさ雪のように積もり  丘を転がり超えて
青い月明かり  降り注ぐ  私の空っぽの  庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて  消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は  私の胸に浮かんでいるのか

消すことが  できないのか
冬になるとよみがえる姿

青く冷たい  私の愛
凍ってしまった悲しい後姿

(*以下繰り返し)

凍ってしまった悲しい後姿

(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)

2015年2月11日水曜日

宇宙のスマイル写真

今日は建国記念の日。いつもなら水曜日は、健康体操に通うはずだが祝日のためお休み。というわけで、のんびり休日を過ごす。

NASA公開写真
ところで、ネットにおもしろい写真があった。何と、宇宙にスマイル像が浮かんでいるという。NASA/ESAのハッブル宇宙望遠鏡(の広域惑星カメラ2(WFPC2)と広視野カメラ3(WFC3))で撮影された銀河団SDSS J1038+4849が左の写真だ。

(本ブログ関連:”宇宙”)

2つの明るい目は銀河の輝きであり、口元と、回りを囲む輝きは巨大な重力によってできる重力レンズ(特別な場合、アインシュタインリングとして知られている・・・そうだ)の効果という。重力が光を曲げるというのだが、凄いというか按配がよろしい。

この写真の通り、宇宙に行けば人間の目にそのまま見えるのか、それとも露光時間がかかるものだろうか。もし、宇宙を航行していてこんな光景に遭遇したら、きっと笑みがこみあげて、おもわず手を振ってしまうかもしれない。

KBS WORLD「国楽の世界へ」立春3曲

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第91回として、立春(입춘)(2/4)にまつわる3曲の話を紹介した。

(本ブログ関連:”立春”)

始めに、太陰暦とそれを補正する二十四節気が使われたことと、立春について次のように紹介された。
・昔、月齢に基づいた旧暦(太陰暦)を使った。農業では、太陽の動きが重要だったため節気が考えられ、1年を太陽の動きに合わせて24等分に分類(二十四節気)した。節気の始まりが、まさに立春である。立春は太陽暦の2月4日辺りになる。ちなみに旧正月は、昨年の1月31日、今年は2月19日となり、立春(2/4)がその間に二度あることになる。韓国では、こういった年に結婚をすると縁起が良いといわれた。

▼ 横笛ソグム(小笒)・テグム(大笒)、弦楽器ヘグム(奚琴)とギターによる演奏「風が伝える言葉(바람이 전하는 말)」を聴く。素朴ながら憂いを含んだ春風、どこか高原の響きして、今様である。

次に、立春を祝う行事「春聯(れん)」について次のように紹介された。
・立春に健康と幸せを祈って、漢字で「立春大吉(입춘대길)」と書いて貼り紙する風習がある。または、喜ばしいことを祈願して「建陽多慶(건양다경)」を書く。普通は短く書くが、昔の記録に長く書くものもあった。日記を書くように、「今は貧しくても、まだ若い上に両親も健康だから、暖かい春になると喜ばしい兆しもあるだろう」といった内容もある。

▼ 弦楽器ヘグムに似た中国弦楽器二胡(アルフ)による演奏「故郷の春(고향의 봄)」を聴く。春のぬくもりにまどろみつつ浮き浮きしたアレンジで、今様である。

・二胡は二弦からなり、弦の間に弓を入れて音を出す。二胡はバイオリンのように柔らかい音を出す反面、ヘグムは鋭い音色が特徴。

最後に、季節の始まりが春、節気の始まりが立春であと次のように説明された。
・東洋では春を、宇宙の気運が下から上に湧き出る季節とする。ゆえに植物も育つ。また四季を人生に例えると、春が子どもの頃に当たるというのもそのためだ。春は気運が湧き出る季節、始まりの季節であり、立春は節気の始まりである。

▼ 若芽が弾ける様子を演奏した歌と演奏「春()」を聴く。春を南国の陽気さで歌う、今様である。


※ 今回は、国楽をひと休憩したのかな・・・春は陽気に!といった感じの回だった。

2015年2月10日火曜日

ライブステージ撮影

日本のコンサートでは、客席のファンによる、ライブステージの撮影は肖像権、著作権もあってご法度だ。全てのコンサート事情を知っているわけではないけれど。

韓国ではどうなのだろうか。聞くところによると、バラードのように歌に専念しているときは当然禁止されるが、撮影タイムというのを設けたりするそうだ。こちらも、全てのコンサート事情を知っているわけではないけれど。
Youtubeに登録のライブステージ映像に、放送局などが撮影した以外に、許可なしのファンによるものもあるようだ。つまり、ピンぼけしたり、手振れの激しいものがある。イ・ソンヒのコンサート映像の場合、Youtubeの画面下にファンクラブのURLを明示されているものがあって、もしかしたら許可を得ているのかもしれない。

最近、カメラ性能がいいので、ファン写真といえどもクッキリ、スッキリしているのが多い。おまけに、手軽にフォトショップを使いこなせるようで、ますます鮮明な映像を見ることができる。そのためには、それなりのカメラとソフト&PCが必要なわけだが。

ある(一眼レフ+望遠所有の)ファンから聞いたことだが、一眼レフカメラ以外にビデオカメラまで用意しているというのでたまげた。イ・ソンヒのコンサートの場合、(公演開始前にチラリと撮ったことあるけれど)公演中は撮影禁止だったため、うらやましいような残念なような気がする。しかも、手元のカメラは、超軽量級のデジカメなので望むべくもない。

2015年2月9日月曜日

寒いっ

この冬一番の寒気といわれるたび遣り過してきたが、今日の寒さには参った。通り道に風が吹いているわけでないのに、耳が痛いほど。空気の冷たさに、おもわずコートの襟を閉じた。

図書館帰り、ファストフード店に寄る。先日マスコミを賑わした余波か、店内はがらんとしている。窓側の陽だまりの席を見つけて坐り、しばらく時を過ごした。

全盲のスーダン人が日本語で書いた、日本生活記「わが盲想」(モハメド・オマル・アブディン、ポプラ文庫)を読む。えっ、どうやって書いたの、ということから関心が始まる。パソコンの読み上げソフト、文字変換機能(漢字変換した文字について音声解説する機能)を使って書きあげたそうだ。言葉の才能あふれた方のようで、親父ギャグまで連発する・・・。

店内で、幼い声が聞こえてきた。父親と来ているようだ。相手してくれるたび、「パパァ、ありがとう」って何度もいうんだよ、それも天使のような声で。素直な感謝と、あまりにきれいな心に心配になるくらいだ。

紙ナプキンを取りに行ったついでにのぞいてみれば、小さな女の子だった。息子しか知らぬ私には、この子のお父さんが羨ましかったよ。大事に大切に育てて欲しい。

外の冷えは深まって、ついに雪が降り始めた。帰宅が大変かなと躊躇するほどだったが、すぐに止んだ。長居は無用。陽も傾いたところで席を立った。

2015年2月8日日曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

イ・ソンヒの「分かりたいです」は、聞くたび、様々にイメージが広がる。聴く側の人生によって受け止め方が変わるからこそ、思わぬ伝説も生まれた。ひとは伝説に身を寄せて、そこへ想いを同化させるのだろう。この曲が聞き継がれるのは、そのような普遍性を持っているからかもしれない。

(本ブログ関連:”分かりたいです”)

昨年、世宗文化会館での30周年コンサートで、この曲を歌うイ・ソンヒは、人生を表現しているようにも見える。夢路の切なさに想いをつのらせる若い心を、あたかも抱擁するように、月夜がまるで長い人生でもあるように聞かせる。


「分かりたいです(알고 싶어요)」

月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
               ____

一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください

(Youtubeに登録のBolMaeRaina님의 채널に感謝)

2015年2月7日土曜日

インスタント

インスタントといえば即席ラーメン。中学時代、親が数日旅行するので留守番したとき、その間の食事は即席ラーメンさえあれば大丈夫と大見得を切ったが、2日しかもたなかった。やっぱり、あれは連続して食べるものではない。

インスタントコーヒーは美味くなったとはいえ本物に程遠い。昔、マーケティングのセミナーで缶コーヒーについて面白い話しがあった。講師が言うには、缶コーヒーメーカーでは誰一人本物のコーヒーと同じだなんて思って・・・というのだ。つまり、いかに本物を感じさせるか(イメージさせるか)が商品開発なんだと。

幼い頃、隣家は新婚家庭だった。幼稚園前のことだから遠慮もなく遊びに行ったようだ。そのとき、始めて知った。豆を轢いたのだろう、コーヒーの香りが家中に漂っていた。それは大所帯のわが家とは違う別世界だった。

毎日飲むコーヒーを美味しくできないだろうか。ドリップ式も良いが面倒なので、インスタントコーヒーに一手間掛けるだけでいい、何か方法はないかとネットで情報を探したところ、NHKの番組でアイデアが放送されたという。やってみた。

コーヒーカップに、スプ-ン一杯分の冷たい水を入れ、インスタントコーヒーとしっかり混ぜ合わせるというのだ。こするようにして掻きまわすといい香りがしてくる・・・なるほど。次に、湯を入れて飲む・・・いつものインスタントコーヒーとは確かに違う。苦味が強調されて、粉っぽさが薄らいでいるのに気付く。

でも、インスタントに本物を要求してはいけないことだけは確かなようだ。

2015年2月6日金曜日

(資料)朝鮮半島の最大の地震

地震は恐ろしい。震度3ともなれば体感程度でおさまらず、家屋がかなり軋むし、震度4以上は恐怖が増す。私の経験した最大のものは東日本大震災のときで、地元は震度5弱に揺れ、わが家の大谷石の石塀が倒れた。

(本ブログ関連:”地震”、”震災”、”韓国の地質”)

韓国にも地震があって、ソウル聯合ニュースの記事「朝鮮半島での地震 昨年は51回=最大M5.1」(2/1、日本語版)は、昨年、マグニチュード5クラスの地震が発生したと次のように報じている。
-------------------------------------------------
・韓国国民安全処が1日公開した昨年の災害関連統計*によると、朝鮮半島では51回の地震が発生した。回数は2005年から10年間の年間平均(52.9回)とほぼ同じだった。
・昨年最も大きかった地震の規模は、西部の忠清南道・泰安の沖合で4月に起こったマグニチュード(M)5.1だった。1980年に北朝鮮北西部(平安北道)の義州で起こったM5.3以来となる規模で、観測史上4番目に大きかった。
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(*)「詳細国民の安全統計」は、25日から国民安全処(국민안전처)のホームページ(www.mpss.go.kr)に公開される。

(参考)韓国気象庁 地震情報(지진정보)


▲ Youtube映像: 現在存在せず (Youtubeに登録のARIRANG NEWSに感謝)


(参考)Youtube YTN NEWS、国内地震ますます増加 ~2013)

では、韓国の歴史上最大の地震についてはどうだろうか。「歴史地震」掲載の「韓半島で発生した最大級の地震 -1681年6月韓国東海岸地震-」(秋教昇、朴昌業、都司嘉宣、Vol.20(2005)p.169-182)に、1681年の江原道襄陽、三陟で発生した地震を次のように紹介している。

○癸亥/江原道地震, 聲如雷, 墻壁頹圮, 屋瓦飄落。 襄陽海水震蕩, 聲如沸雪岳山神興寺及繼祖窟巨巖, 俱崩頹。 三陟府西頭陀山層巖, 自古稱以動石者盡崩。 府東凌波臺水中十餘丈石中折, 海水若潮退之狀。 平日水滿處, 露出百餘步或五六十步。 平昌、旌善亦有山岳掀動, 巖石墜落之變。 是後, 江陵、襄陽、三陟、蔚珍、平海、旌善等邑地動, 殆十餘次。 是時, 八道皆地震

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・記録: 朝鮮王朝実録、粛宗七年五月癸亥十一日
・時期: 1681年6月26日
・震央: 江原道江陵~襄陽の沖合海底
・規模: マグニチュード7.5
・震度: 襄陽5、雪岳山神興寺および継祖窟7  【震度: 日本震度(JMA)】
・津波: 発生
・前震: 1681年6月12日 ソウルでも「家屋跳ね上がり、窓壁落ち」たという。
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当時の人的災害については触れられていないが、現在、襄陽から蔚山に至る海岸には臨海工業団地、原子力発電団地があり、防災対策の必要性が述べられている。

2015年2月5日木曜日

イ・ソンヒの「I Have To Say Goodbye」

天気予報は、今日一日雪降りということだった。雨に負けたのだろうか、通り道には雪の気配がない。静かに終日氷雨が続いている。Twitterに、「降る降る詐欺」だといったジョークが賑わっているそうだ・・・なるほど、そんな気がしないでもない?。

でも、日常は何ごともなく過ぎる。この平凡であることのありがたさをつくづく思う。偶然の幸運が連鎖する日常に、感謝しなければと思うのだが。

ところで、イ・ソンヒには、自称ファンとして、女性を絶えず意識しなくてもいい気安さがある(ように思う)。街なかですれ違ったとしても、後でアッと気付くような普段さといっていいのかもしれない・・・安心感だ。だからこそ、Youtubeを見ながらも、彼女の歌に専念できる。

イ・ソンヒが「I have to say goodbye」を歌うステージ上の仕草をとらえたスクリーンショットのYoutube映像がある。瞼を伏せた物憂い女性像を選んだようで・・・おやっと気になるけれど、やがていつもの彼女らしい姿にもどってくれる。自称ファンとしては、ホッとする。以上、歌の内容とは関係なかったけれど。

(本ブログ関連:”I Have To Say Goodbye”)


「I Have To Say Goodbye」

あなたを愛したんじゃないわ、ただ酔ったのかしら
すれ違いはいやだったの、初めは本当にそうだった
電話を待ったりもしたわ、こっそり隠したときめき
あなたのその眼差しの中で、道に迷ってたわ
*
だけど、私には久しく一緒だった
人がいるって、知ってるじゃないの
私が全てである、彼をどうするの
しばらく(あなたと)一緒だった、時間を忘れて

now I have to say goodbye

互いを消さねばならなくて
うろたえさせないで
私の久しい彼を捨てられない

あなたを忘れたいの

(*以下繰り返し)

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2015年2月4日水曜日

立春2015

春の兆しを少しは感じながら・・・というわけにもいかぬ冬真っ最中、風の寒さを身にしみ健康体操に行く。今日は二十四節気の始まり「立春」である。季節のけじめ、少しは気合を入れたいと。

(本ブログ関連:”立春”)

だが、運動が終わると、まるで一仕事したかのように疲れる。熱心だったっからか・・・いや、この教室を頼りにして、他に何にも鍛錬していないからだ。体操の要所要所で、この運動を自宅で百回してください、なんていわれるたび床を向いてしまう。全くできの悪い受講者だと自覚している。

明日、また雪が降るという。帰り道、近所のDIYの店に寄ると、入り口に雪掻きスコップがずらりと並んでいた。さあ、やって来い雪よ、とっくに雪掻きスコップは用意済みだ。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 広大ソリ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/28)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第90回として、大道芸人「広大(광대≒ピエロ)」の歌「広大ソリ(광대소리)」(ソリ=声、音)、犬の辛さを歌う「犬の愚痴(개-넋두리)」、多様な楽器の自由演奏「ノルムマチ・シナウィ(노름-마치 시나위)」にまつわる話を紹介した。

(本ブログ関連:”広大”)

始めに、大道芸人「広大」の芸と、その身分について、次のように紹介された。
・伝統芸として仮面演劇・舞踏(탈춤)、綱渡り(줄타기)、パンソリなどで人々を楽しませた広大の身分は最も低かった(=賎民)。
・朝鮮時代、冬の終わり、ある仲の良い広大の夫婦がソウルを横切る漢江(한강)を渡っていた。当時、この季節の漢江は表面が凍った。夫の広大は仮面を被っていたずらし、妻はその姿を見て笑っていたところ、急に氷が割れて妻が穴に落ちた。夫は仮面を外すのも忘れ必死に助けようとしたが、妻は溺れてしまい、夫は泣き崩れた。通りがかりの人々は事情も知らず、広大の芸と思い腹を抱えて笑った。ある本に記録された心痛む話だ。

▼ 歌「広大ソリ、広大の歌」を聴く。曲の響きと異なって、存在を瑣末にすることへ、届かぬ異議申し立てのよう。

次に、朝鮮時代の広大の朴春載(박춘재、1881年~1948年)と歌「犬の愚痴」を次のように紹介された。
・人を笑わせる仕事ながら、自ら笑えないのが広大だ。朴春載は、一時、朝鮮の宮殿で王の寵愛を受けた人気ある広大だった。権力のない庶民や社会的弱者の話を演じる、広大の社会的な役割をよく知っていた。
・犬が愚痴をこぼす歌「犬の愚痴」がある。シャーマニズムを源流とする信仰「巫俗(무속)」を仕切る「巫堂(ムーダン、무당=シャーマン)」が「祭祀(クッ、굿)」を行うとき、よりによって犬の魂がムーダンの中に入ったという歌だ。

▼ 犬の辛さを歌う「犬の愚痴(개-넋두리)」を聴く。漫談のよう・・・次の(参考)を見ても笑いの要素が複雑で・・・。
(参考)大字報(壁新聞)の記事「伝統ギャグミュージカル『漫談ソリ』に耳を傾けてください」(2008年12月7日

最後に、映画「王の男(왕의 남자)」に登場する広大について次のように解説された。
・朝鮮時代の広大は、支配階層と一般庶民の間で、ストーリーを演じる役割もした。社会の矛盾や庶民の悲しみを表すパンソリもその一例。その過程で、時には自分の命が危うくなることもあった。映画「王の男」は、朝鮮時代、王を風刺した広大が死罪に処せらる実話をもとにした作品だ。

▼ 演奏「ノルムマチ・シナウィ」を聴く。以前の放送で、ノルムマチとは、「ノルム(노름=遊び)と、マチ(마치=終える)の意が合わさり、『共に遊ぶ時間を終える人物』」と聞いた。東洋風味の今様である。

シナウィとは、(巫俗儀礼を起源にする)一定の決まりの中で自由に演奏する音楽を指す。映画「王の男」には、多数のためなら自分の命も惜しまぬ広大が登場する。

(本ブログ関連:イ・ソンヒの「因縁(인연)」、この歌は、実際は映画「王の男」のOSTでないが関連して余りに有名)

(Youtubeに登録の권성범に感謝)

2015年2月3日火曜日

節分 2015

今日は二十四節気の始まり「立春」の前日、「節分」である。行事として、鬼払いが行なわれるが、「追儺」を起源にしていて、「」はその先導者の名残りといわれるようだ。子ども時代に記憶をたどれば、戸を開けて煎り豆を外へ撒いて「鬼は外!」、内に撒いて「福は内!」と叫んだ楽しい思い出がよみがえる。

(本ブログ関連:”節分”)

鬼は日本特有のものという。モジャモジャ頭に二本の角を生やし、睨むように大きく鋭い目をして、牙を剥き出している。容貌だけでなく、上半身裸で筋肉隆々とした体躯に虎皮の褌(ふんどし)姿は、いやがうえにも恐怖を感じさせる・・・はずだった。

けれど、昼間の絵本の世界に引っ張り出された鬼は、桃太郎に征伐されていたし、節分の時期ともなれば豆を投げれると逃げ出す存在だった。江戸の黄表紙「桃太郎後日噺」(朋誠堂喜三二)には、鬼を連れてきた桃太郎一家のどたばた劇が描かれている。鬼はいつのまにか優(やさ)男に成り果てているのが悲しい。

(本ブログ関連:”桃太郎”)

ところで、鬼はどこから生まれたのだろう。ときに考えることがある。わたしたちが人類に進化した頃、恐竜は既にいなかったにもかかわらず、滅んだはずの彼らの姿に今も深い恐怖を覚えるのはなぜか。恐竜が存在していた時代、ネズミのようにして草陰で脅えていた記憶が、遺伝子に受け継がれているのではないかと・・・。そうだとしたら、鬼への恐怖も、わたしたちの祖先がこの世界で感じたいいしれぬ異型の恐怖という、何かがあったのでないかと空想してしまう。

2015年2月2日月曜日

狐 葛

について、九尾狐から葛の葉までいろいろ採集しているが、寄せ集めのことゆえ何の深化もないけれど、こんな話しがある。

(本ブログ関連:”九尾狐”、”葛の葉”)

日本書紀」の斉明(さいめい)記に、7世紀の半ば、女帝は溺愛した孫の建皇子(たけるのみこ)の夭折を悲しみ、出雲国造に命じて厳神宮(いつかしのかみのみや)を修造させる。その工事のさなか、狐が現れて於宇郡(おう)郡の人夫(役丁)の持っていた葛(かずら)の末端を食い切って逃げたという。実は、ここでは犬の怪異もセットされるという忌まわしさもあるのだが。

「狐噛断於宇郡役丁所執葛末而去」(日本書紀-朝日新聞社本)

「葛の末端」とは一体何のことか。柱を引く(或いは縛る)「かずら」(葛、蔓)の綱の端(はし)だそうだが、ここで、「末端」を「はし⇒は(葉)」と読みかえて、強引に「葛の葉」とすると、陰陽師安倍晴明の誕生につながる言葉となる。

そこまで駄洒落に過ぎなくても、狐と葛には関係が深そうだ。からみ付き縛る蔓のもつ生命力に関わるのだろうか。狐がこれを噛み切ったのは、みかどの崩御の予兆につながることだった。狐は運命を狂わせるもののようだ。でもそれがなぜ狐なのか。

「<言屋、此云伊浮耶。天子崩兆。>」(日本書紀-朝日新聞社本)

2015年2月1日日曜日

錫高野#20

またしても1年振りの錫高野へ鉱物採集に行く。昨年は1月26日の晴れ空だったが、今年は一昨日の雪がズリ一面を覆っていた。そういえば、2011年1月23日の残雪と同じ状況だ。
年初の鉱物採集場所が、錫高野が恒例になっているのに気付く。栃木県や埼玉県の山中はまだ雪が深いだろうから、茨城県にしようと何となく決めている。

(本ブログ関連:”錫高野”)

今日も、始発電車をホーム待合室で待つことから始まった。空は暗く寒い。朝が明けたのは集合場所を出発してからのことだった。いつもお世話になるH氏の車に同乗して錫高野に近づくと、辺り一面、残雪が広がっているのに目が付く。ちょっと心配になる。

左写真のように、仏国寺山麓から斜面を越えて、錫高野へ至る林道を進む。まるで雪景色。薄く凍った雪面をズボッ、ズボッと音を立て、踏みしめながら進む。

陽射しに照らされた岩場やズリ斜面は雪が溶けているものの、少しでも陽陰になると雪は深く積もっていた。大丈夫かな・・・心配無用、H氏はどんどん先を進む。

いつもの採集場所を見ると、雪にすっぽり埋もれていた。そこで、沢筋にある地点Aに進み採集を開始した。沢を吹き降ろす風が冷たい。準備のビニール雨合羽に救われる。蒸れすぎて、ときどき換気が必要だったが。ところで、フードをかぶると音がこもって、誰かが後ろからついてくるような錯覚をする。あわてて辺りを見回したりする・・・そんなはずないのに。

次に、陽射しを正面から受ける巨大な岩場、蛍石の採れる地点Bに場所を移す。思いの他いろいろと収穫に恵まれる。そしていろいろいただきものをする。

以上、成果物を次に一覧する。
・地点A: 黄銅鉱、ブロシャン銅鉱、鉄マンガン重石
・地点B: 蛍石、孔雀石?、白雲母、鉄マンガン重石(豪華版をいただく)、硫砒鉄鉱、(自称)電気石

帰り道、乗換駅ホームにある、うどん屋で体を温める。熱いうどんに救われる。

2015年1月31日土曜日

イ・ソンヒの「小船」

イ・ソンヒがさまざまな試行を繰り返す中で、(伝統音楽の)国楽と(本格的に)取り組んだのが、1992年リリースした8集であった。アルバムのタイトル曲は、彼女のビッグショーを収めた次のYoutube映像で視聴できる「小船(조각배)」(作詞イ・チョルヨン、作曲キム・ヨンドン作曲)である。

(本ブログ関連:”小船조각배)”)

彼女の、国楽との取り組みは、現在の成功とつながっている。8集の試行に対して当時さほど気付かれてはいなかったようだが、東洋的な回帰としてヒットさせた「因縁」の布石となっている・・・と考えたい。そして、彼女の音楽は東洋的展望を超えて「その中であなたに出会って」を登場させている。

韓国の音楽家には、山にこもって再生するという伝説があるが、国楽へのチャレンジもそのように見える気がする。

「小船」

怒涛の波に浮かぶ、か細い小船
わが悲しき身を乗せて、果てしなく行く女よ
春風、花風の囁(ささや)きも疎(うと)ましく
奥深い沼に空しく行くつもりか

驟雨(しゅうう)降りしきる深夜、葦(よし)の森
契(ちぎ)りなき人生行路、当てもなく行く女よ
お月様が寝覚めてニコリと笑うも疎ましく
運命に身をのせて空しく行くつもりか

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2015年1月30日金曜日

雪2015

朝から、シーンとして音がない。どうやら降雪が街の音を吸い取ったようだ。それに、障子越しに庭雪が部屋の隅々まで明るく包む。雪は乱反射して影を作らない。・・・なにもかもソフトな感じがする。

雪の降る最中は暖かい。なぜかホッとする。子どもたちが浮き浮きするのも分かる気がする。・・・ここまでは、いい気分だが。

(本ブログ関連:””)

次第に降り積もる雪が気になってくる。屋根からドサッと落ちるまではないけれど、通り道の積もり具合をそっと覗く。さほどでもない、一安心。夕方までに雪はすっかり止んだ。

夜分、雪がとけで始めて気付く。やっぱり寒い。これで冬が終わってくれればいいのに。何度もいうけど、冬は苦手だ!

2015年1月29日木曜日

(資料)韓国の宗教人口

韓国の宗教人口について、1984年~2014年の間、韓国ギャラップが5回の調査を基にした「韓国人の宗教1984-2014(1)宗教の実態」報告(1/28)を、クリスチャン・トゥデイの記事「無宗教の人たちの選好する宗教、仏教・キリスト教(カトリック)・キリスト教(プロスタント)の順」(1/28、イ・デウン記者)は、次のように要約している。(抜粋)

(本ブログ関連:韓国の”宗教人口”、”仏教宗派”)
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韓国ギャラップ、30年間の変化の実態を発表・・・儀礼などの参加度はキリスト教が最も高く

・韓国ギャラップで、1984年から2014年までの30年間、韓国人の宗教と宗教意識の変化を比較した「韓国人の宗教の実態」調査結果を28日発表した。

・韓国ギャラップは、①1984年に初めて全国民を対象とした宗教関連の調査を開始した後、②1989年、③1997年、④2004年、⑤2014年の比較調査をそれぞれ実施した。2014年の調査では、4月17日から5月2日まで済州を除く全国満19歳以上の男女1500人を対象に実施された(信頼水準95%)。

・2014年現在、宗教分布は、仏教22%、キリスト教(プロテスタント)21%、キリスト教(カトリック)7%の順だった。ギャラップ側は、「仏教は、高齢者と我が国東側(慶南・北)で、プロテスタントは若年層と我が国西側(首都圏·全羅)で、相対的に強みを見せた」と明らかにした。調査結果だけで見れば、知られているものとは異なり、カトリックの教勢は大きく増えなかった。
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調査 事例数 韓国の宗教人口分布(%)

(年) (人) 仏教 プロテスタント カトリック その他宗教 非宗教者

1984 1,946
19
17
6
3
56


1989 1,990
21
19
7
2
51


1997 1,613
18
20
7
1
53


2004 1,500
24
21
7
1
47


2014 1,500
22
21
7
0
50










【第5回 比較調査概要】
- 調査期間: 2014年4月17日~5月2日(3週間) 
- 調査対象: 全​​国(済州除く)満19歳以上の男女1500人 
- 標本誤差: ± 2.5%ポイント(95%の信頼水準) 
- 標本抽出: ステップ2層別化集落地域無作為抽出
- 標本ポイント内の性/年齢別の割り当て抽出 →(参考)「韓国ギャラップ・オムニバス調査標本設計報告書」
- 応答方式: 面接調査員のインタビュー 
- 依頼先: 韓国ギャラップ独自の調査過去の調査の概要 
- 調査対象: 全​​国(済州除く)は、18歳以上の男女 
調査期間/サンプルサイズ/標本誤差(95%の信頼水準)/すべての面接調査、韓国ギャラップ独自の調査


(注)仏教について、曹渓宗(조계종)、太古宗(태고종)などの宗派に分かれる。
       ⇒ ”妻帯僧
       ⇒ 東京大学仏教青年会「第16回 朝鮮仏教史  5. 韓日併合期と独立後の仏教」
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明治時代に入ると日本仏教勢力が朝鮮に進出してきます。最初に江戸時代の朝鮮通信使とも繋がりのあった浄土真宗大谷派が、続いて日蓮宗、浄土真宗本願寺派、浄土宗と進出してきました。 そのような日本仏教の進出を受け、朝鮮仏教界も大きく動きます。日本を訪れ積極的に開化政策を進めようとする僧侶が出る一方で、それに反対し伝統仏教を回復しようとする鏡虚(きょんほ)らのグループも現れました。 日本が韓国を併合すると、朝鮮総督府が直接、朝鮮仏教の統率に乗り出し、寺刹令(じさつれい)を制定しました。 ・・・
・第二次世界大戦が終わり、日本から独立した韓国の仏教は、日本仏教の支配と影響を廃して、復興に向かいました。その第一歩として妻帯僧を追放し寺院の生活を正す浄化運動が起きます。 日本では明治時代に入って僧侶の妻帯が認められたこともあり、その支配下にあったときには妻帯する僧侶が韓国でも現れました。 それに対して戒律の遵守を求め妻帯を禁止する僧侶らと妻帯僧の間で紛争が起きました。その結果、曹渓宗から妻帯僧らが分派して太古宗が生まれました。 その他にも、新たに円仏教、真覚宗、元暁宗、法華宗、仏入宗といった宗派が誕生し、今に至っています。
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(注)シャーマニズム的な巫俗(ふぞく:무속)は、宗教としてでなく精神の源泉として下部構造に位置づけられるようだ。

(注)儒教も宗教としてでなく、儒教>宗教>巫俗といった精神構造の道徳律的な最上位に位置づけられるようだ。

2015年1月28日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 思い出

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第89回として、「傷ついた心を癒す切ないメロディー」の短歌(단가)「思い出(追憶、추억)」、雑歌(잡가)「フンタリョン(흥타령)」(南道民謡)、パンソリ「興甫歌(흥보가)」にまつわる話を紹介した。

始めに、林芳蔚(임방울、1904,5?年~1961年)の「思い出」の成立について次のように紹介された。
・歌い手、林芳蔚は、パンソリ「春香歌(춘향가)」から、獄中の春香の姿を「スクテモリ(쑥대머리)」の歌で表して一躍スターとなり、(朝鮮、日本、満州で)100万枚のレコードを売上げる。
・林芳蔚は、珊瑚珠(산호주)と恋に落ちて、2年間行方が分からなくなる。その間、彼は声を痛めて、愛する彼女を残して一人去る。彼女は彼を探して(智異山?)山中の洞窟にたどり着くが、会ってもらえず、結局、病気になってこの世を去る。彼は、そんな彼女を抱えて泣きながら歌ったのが「思い出」として伝わる曲だ。

▼ 短歌「思い出」を聴く。パンソリ風、即興曲・・・ところで山にこもって研鑽というのは、男の歌い手に共通する伝説だろうか。
(参考:ブログ「キム·ミョンゴンの世界の話」)

次に、朝鮮時代末活躍した宋興祿(송흥록、1801年~1863年)を次のように紹介された。
・歌の王と言われるほどの歌い手、宋興祿は、ある宴会で妓生の孟烈(맹렬)と恋に落ちた。彼の歌に皆が感動する中、彼女だけ気に入らぬ表情をしていた。歌は悪くないが、まだ未熟な面があるといわれ、プライドが傷ついた彼は帰郷して、歌の練習に励んだ。後日、再び彼の歌を聞いた彼女は、ようやく彼の歌を認めた。その後二人は一緒に住むことになる。ある日、喧嘩の末、彼女が家を出ようとしたのを、彼は、体は去っても心を残してくれと歌った。民謡「興打令(흥타령)」の中に今も伝わっている。

▼ 南道民謡「興打令」を聴く。歌い手(安淑善)の伸びやかな声ときれのあるリズム、イ・ソンヒの源流を見た気がする。

最後に、パンソリ「興甫歌(흥보가)」にある人々の共感性について次のように説明された。
・昔の歌は生活の喜びや悲しみも表現するからこそ、深く共感できる。パンソリ「興甫歌」に、興甫(흥보)が鞭打ち刑を受ける場面がある。昔、罪ある者に鞭打ち刑を科したが、金持ちや権力者は罪を犯して鞭打ち刑を科せられても、金で人を雇うことができた。貧しい彼は、子どもたちのため、自ら鞭打ち刑を受ける。貧しい時代にそういうこともあった。パンソリには、彼らの心を察して歌い、悲しい歌に合わせて泣いたり笑ったりする中で、互いを理解しあえる力がある。

▼ パンソリ「興甫歌」から「興甫が鞭打ちに科せられる場面(흥보 매품 팔러 가는데)」を聴く。・・・切ない話しのよう。

2015年1月27日火曜日

15.8℃(4月上旬並み)

今日、近隣の街の気温が、午後1時過ぎには、15.8℃という今年最高になり、4上旬並みの陽気だった。こんな穏やかな天気がずっと続けばよいが、明日からまた元の冬に戻るという。

(気象庁)本日の「日最高気温一覧表」・・・日毎更新

ホッとしたのも束の間、天気予報の通り、晩には北風が吹く音がして冷え込んできた。考えてみれば、こんなことは序の口、例年大雪は2月になってから。まだまだ油断できない。

旧暦では、まだ12月8日、年も越していない。