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2018年5月16日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ドドゥリ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/9)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、宮中音楽の「步虛子보허자)」から分離して、編曲を繰り返した「ドドゥリ(도드리)」の話を紹介した。

始めに、宮中の音楽で、韓国固有の「郷楽」と、中国伝来の「雅楽」と「唐楽」について次のように紹介された。
・宮中音楽は、みな同じに聞こえるかもしれないが、次の区分がある。韓国固有の「郷楽」と、中国伝来の「雅楽」と「唐楽」だ。雅楽は、孔子などに祭祀を捧げるとき、唐楽は、宮中の宴で演奏した。雅楽と唐楽は、伝来以降1000年の歴史があり、半島の情緒を多く反映しており、音楽の発展にも貢献した。伝来当時、歌と演奏の曲だった「步虛子」だが、今は器楽曲で知られる。最近、歌詞を復元する試みもある。

▼ 「步虛子」の演奏を聴く。きらびやかさと一線を画した感じがする・・・拍数の効果か。

次に、宮中音楽「步虛子」の始まりの歌詞と、分離した音楽「ドドゥリ(도드리)」について次のように紹介された。
・「步虛子」は、空中を歩く意があり、神仙思想も推測される。歌詞は漢文で、< 天の門が開いて太陽が昇ると、海が先に赤くなり、赤い砂浜に良い気運が漂う。天の美しさを仰いで天の音楽を演奏すると、金色の鳳凰、銀色のガチョウが並ぶ > と始まる。宮中の酒宴で、国の平和を祈って歌った。曲の前半は拍子を変えながら演奏し、後半は同じ拍子を繰り返して演奏する。この繰り返し部分の拍子を、戻って入るの意の「ドドゥリ」という。また、ここだけを切り取った音楽を、同じく「ドドゥリ」という。

▼ 「ボホザ」の繰り返し部分を変形した「ドドゥリ」を、琴に似たカヤグムの演奏で聴く。素朴に響き渡る。

最後に、「ドドゥリ」の繰り返し部分から編曲された「千年万歳(천년만세)」について次のように紹介された。
・「ドドゥリ」の繰り返し部分を編曲した演奏は、当時、人気があり、多様な拍子が発生した。本来の「ドドゥリ」よりオクターブを高く演奏したものを<上>のドドゥリの意の「ウッドドゥリ」と呼び、元の「ドドゥリ」を<下>の意の「ミッドドゥリ」と呼んだ。ウッドドゥリから、寿命が千年も万年も続く祈願の曲「千年万歳」ができた。歴史ドラマの宴会場面にも登場する、軽快な曲だ。伝統音楽には、「ドドゥリ」の名の曲が多い。編曲が繰り返されたのを知って、音楽の楽しみが、より豊かになるだろう・・・とのこと。

▼ 「千年万歳(천년만세)」の演奏を聴く。おもわず拍子をとりたくなる軽やかさ。

2018年5月15日火曜日

イ・ソンヒの「五月の陽射し」

日ごと明るさが増す。特に雨上がりや、強風の翌日は、木々の葉が細部に輝き、今風にいえば、まるで高精細画像であり、スーパーリアリズムだ。もっといえば、映画「ブレードランナー」で、ヘビのうろこに記されたコード番号を見つけるような、どこまでも細部に行きつく世界を感じる。

5月の陽射しは明るく、空気はすがすがしい。公園を横切る小川の辺に寄れば、せせらぎは耳に心地よくひびき、川面はきらきらと輝く。そんなまぶしい季節を、イ・ソンヒはまた違った観点から歌ったようだ。5集に収録の「五月の陽射し(오월의 햇살)」(1989年、作詞:ユン・ハンギ、イ・ソンヒ、作曲:ユン・ハンギ)を聴いてみよう。

(本ブログ関連:”五月の陽射し”)

どこかで呼ぶ声に  振り返りみれば
見えるのは寂しい通りを  吹く風だけど
風に乱れる  髪をなであげながら
歩んだ足取り止めて  また振り返るよ
*
暗い夜一緒だった若い声が  虚空に散らばって
朝が来るまで歌おうとした  友よどこへ行ったのか
留まっていた束の間  残されたきみのその声
五月の陽射しあふれる日  私たちの心暖まらん

(*以下繰り返し)

留まっていた束の間  残されたきみのその声
五月の陽射しあふれる日  私たちの心暖まらん


(Youtubeに登録の모모선희に感謝)

2018年5月14日月曜日

通学路が明るくなった

夏の陽射しになってきた。それに天気もいいせいか、「韓国語教室」へ通う時間が随分明るい。冬の時期には、気合を入れて出かけたもんだが、今は昼下がりの延長とでもいうか、出かけるのに早すぎるのではないかと思うほど。実際、早めに家を出たのだが。

ちょいとマクドナルドに寄って、時間をつぶす。コーヒーでも飲みながら短編集のページをめくる。眩しい光が、座席まで差し込んでくる。それにしても、アンソロジーというか、編者の思わくが透けて見えて気になる・・・。

店を出て、額に手をかざしながら西陽をさえぎる。それが妙に気持ちいいのだ。

若者がひとり、教室に先にいて予習していた。邪魔にならぬよう、そっとドアを閉めてロビーで時間をつぶす。そんなうちに、光がとどかなくなったのか、読みさしの本の活字が霞んできた。

2018年5月13日日曜日

母の日 2018

昨日、近所の花屋の店頭には、赤いカーネーションの花が並んでいた。今日の「母の日」のためだ。目の前を、小さな女の子の手を引いた母子が、一直線に店先に向かった。そんな光景が微笑ましくうれしい。幼い子どもにとって、常に傍にあって、悲しいときに応えてくれる、そして、自分に確信を与えてくれるのが母親だ。

(本ブログ関連:”母親”)

歌や小説について、思い浮かぶものを以前まとめた。何度目かもしれないが、同じものをまた並べてみよう。
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・イ・ソンヒ : 「走れハニー」、「母をたずねて三千里」、イ・ソンヒのエピソードイ・ソンヒの生誕
・アソール : 「Mama」 ⇒ Youtube(<もっと見る>に英語訳歌詞あり)
エセーニン : 「母への手紙」 ⇒ Youtube(<もっと見る>に英語訳歌詞あり)
申京淑 : 「母をお願い」
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この中でも、エセーニンの詩はたまりません。ロシアの激動の時代を違った生き方をした彼の唯一の慰めは、遠い故郷だったのでしょうか。

もっと日常をリアルにみれば、逞しいおっ母さんこそ真骨頂だろう。それを体現しているのが、韓国の「アジュンマ」たちだ。こんな言葉がある。
・世の中には男性と女性そしてアジュンマがいる。
・この世にアジュンマの子どもでない人はいない!

2018年5月12日土曜日

イ・ソンヒ コンサート「Climax」チケットオープン日程

イ・ソンヒが、6月29日(金)~7月1日(日)の3日間開催するコンサート「Climax」(ソウルのオリンピック公園オリンピックホール)のチケットオープン日程が、Melonチケットから次のように案内されている。(Melonチケットは、本コンサートの予約問い合わせ先になっている)
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2018年5月15日(火)、18:00
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公演情報
- 公演名:2018 イ・ソンヒ コンサート <Climax>
- 公演日時:2018年6月29日(金)~ 7月1日(日)
               (金)午後8時/(土)午後5時/(日)午後5時
- 公演場所:オリンピック公園 オリンピックホール
- 観覧等級:8歳以上観覧可
- 観覧時間:120分
- チケット価格:VIP席154,000ウォン/ R席132,000ウォン/ S席99,000ウォン

あなたの人生、最高の瞬間となる舞台が来る!
2018 イ・ソンヒ コンサート "Climax"
あなたの人生、最高の瞬間となる舞台!
2018 イ・ソンヒ コンサート "Climax"
歌で伝える
ねぎらいと感動! 身震いと歓喜!
大韓民国の代表歌手 イ・ソンヒの音楽人生
その輝かしいクライマックスとなる舞台に みなさまを招待いたします

 企画事務所情報
主催/主管:(株)フックエンターテインメント

2018年5月11日金曜日

一粒

日めくりカレンダーに、今日は「一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)」とある。一体何のことか、この歳になるまで気にもとめなかったし、実は知らなかった。語感から、何となく縁起のいいように感じる。

「一粒万倍日」をWikipediaに見ると、「一粒の籾(もみ)が万倍にも実る稲穂になるという意味」とあり、何ごとか始めるによい日のようだ。ただし。当日が「凶」の場合、効用が半減する。実は今日は「仏滅」である。(ちなみに、「一粒万倍日」は2日続くようで、明日は「大安」である)
また、この「一粒万倍日」は、「報恩経」が出典という解説がある。(みんなの福島News「今日の四字熟語  一粒万倍日」、八重樫一氏)

「一粒」といえば、「グリコキャラメル」のパッケージに、両手を広げたランナーが、まさにゴールインする様に見える絵柄を思い出す。ランナーの両脇に「ひとつぶ300メートル」、「おいしくてつよくなる」と書いてある。

誰もが昔、きっと経験しただろう、グリコのキャラメルを一粒口にして全力で走り切ったことを。子どもは、それだけで満足した。キャラメルを口にした理由付けになったからだ。また一粒くわえて、続けて走ったかどうか。

この赤地に白いランナーのパッケージを、最近あまり見かけない。私が菓子売り場に寄らないだけかもしれない。

2018年5月10日木曜日

春期イディッシュ語 2018-5th

5月初のゴールデンウィーク連休中は、「イディッシュ語教室」も休講した。その間、自分なりにやったことといえば僅か。イディッシュ語教材の音声を、PCフリーソフトの(MP3プレイヤー)「聞々ハヤえもん」で聴いて、大声で発声したことくらい。速度調整できるおかげで、もつれた舌が音声とシンクロし始めるとうれしくなった・・・それくらいなのだ。

休みで揮発した記憶力と緩んだ気持ちを立て直したく、今日も「イディッシュ語教室」に通った。(地下鉄で通うため、地上に出れば雨上がりで、雷雨を知らず教室にたどりついた)

(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”、”イディッシュ語”)

授業にいつも工夫いただき、みなで楽しく学習することができた。感謝。

① 今回も「イディッシュの歌」を、歌詞を解釈しながら歌った。
  ①-1.「Yome Yome(יאמע יאמע)」:フォークソング「ベニーちゃん、ベニーちゃん」の欲しいもの。
      ・前回授業で解釈したものを再確認した。
  ①-2.「Sleep, my Child(son)(שלאָף מיין קינד)」:ショーレム・アレイヘム作詞の子守歌「眠れわが子よ」。
      ・前回授業で紹介(前触れ)されたものを解釈した。
      ・ニューヨークに単身滞在中の S.アレイヘムが、遠くの妻を通じてわが子を想う。
      ・アメリカはいいところだよ・・・と。
② 現代のイディッシュたちは、その出身に応じてローマ字やキリル文字転写も活用しているようだ。
③ 受講者が日頃使用している、オンラインのイディッシュ語辞書やツールについて互いに紹介した。

先生から、大学での「イディッシュ語」の授業で、学生たちが共同で課題に取り組んでいると紹介があった。若い好奇心がうらやましく、彼らの成果を知りたいと思った。

2018年5月9日水曜日

「窓」 windowとפֿענצטער

イデッシュ語のテキスト「Colloquial Yiddish」に、高い位置にある <窓> を通じて、屋外から家の中に椅子を入れようとする小話「二人のヘルムのユダヤ人と椅子」がある。窓といえば、英語で「window」だが、テキスト(=イデシッシュ後)では「פֿענצטער(fentster)」と表現される。この二つの言葉、はたしてどのような起源を持つのだろうか。

(本ブログ関連:”ヘルム”)

そこで、英語の「窓(window)」の語源について、ネットに探したところ、windowは「風(wind)」と関連があるらしいこと。面白いことにもう一つ、ラテン語の「穴(fenestra)」が借用されていたという。ドイツ語学者植田康成氏は、ブログ「窓研究所」に次のように説明されている。(抜粋)
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・英語のwindowという語について考える。この語は古代北欧語 vindaugaに由来し、本来の意味は「風の目」である。
・かつて、「窓」を表す語として、windowの他に、住まいに穿たれた「穴」を意味するfenestreという語が併存していた時代があった。1066年のノルマン人侵攻後、大量のフランス語が英語圏に流入した結果、ラテン語 fenestraを由来とするフランス語が1600年頃まで借用されていたのである。つまり語源にもとづく「まど」の類型 (本コラムVol.0を参照) から言えば、それぞれ異なるタイプの二つの語が共存していた。いつしかfenestreの方は消失し、現在ではwindowのみが残った。
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イディッシュ語の単語について、どのような言語が由来しているか、Wikipediaの「イディッシュ語」に次のように概要している。(抜粋)
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イディッシュ語はドイツ語の一方言とされ、崩れた高地ドイツ語にヘブライ語やスラブ語の単語を交えた言語である。高地ドイツ語は標準ドイツ語の母体であるため、イディッシュの単語も
・八割以上が標準ドイツ語と共通しており、
・残りはヘブライ語アラム語ロマンス諸語、そしてスラブ諸語からの借用語である。
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英語の「窓」は、①「風の目」の意を持つ「vindauga」が「window」となり、②「穴」を意を持つ「fenestre」は無くなったようだ。
イディッシュ語の「窓」は、(素人解釈であるが ラテン語 fenestra 由来?の)「穴」の意に通じる「פֿענצטער(fentster)」になったようだ。すなわち、ドイツ語の「窓」である(ラテン語 fenestra 由来か?)「Fenster」と共通であるようだ。
ちなみに、ヘブライ語では「窓」を「חלון(halon)」というようだ。

窓を、「風の目」と「穴」と見るかで、住居のイメージまで変わってくる気がする。

じゃあ、ヘブライ語の「窓」の「חלון(halon)」は、どんな意味(語源)を持つのだろう?

KBS WORLD「国楽の世界へ」 貧困

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/2)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、昔の民がいかに貧困の苦境を切り抜けようとしたかの話を紹介した。

始めに、パンソリ「興甫歌」で興甫(フンボ、흥보)の苦境と、「還穀(환곡)」制度について次のように紹介された。
・パンソリ「興甫歌」は、善人の弟興甫と、意地悪な兄ノルボの話だ。二人は両班の家柄で、食べ物に困ることはなかったが、兄は興甫家族を追い出す。労働経験のない興甫は、家族をどう養ったら良いか分からず途方に暮れた。手元にある高価な服を売って、生活をしのいだが、それもなくなると、子どもたちに与える食べ物もなくなる。妻の泣く姿を見た興甫の心はいばかりか。朝鮮時代、農民へ春に穀物を貸し付け、秋に回収する制度があった。家族のため、ボロ着で役所へ向かう興甫を想像すると心が痛む。

▼ 「興甫歌」から、興甫が「穀物をもらいに行く場面(환자 얻으러 가는 대목)」を聴く。苦渋が滲む・・・。

次に、「興甫歌」で、貧困の興甫が鞭打ち刑の身代わりを引き受けることについて次のように紹介された。
・興甫は、両班のプライドがある反面、役人に嫌われてはならない、穀物を入手できないと大変と卑屈になる。当時、処罰に鞭打ち刑があって、病気になったり、命を失うことがあった。権力者や金持は、金を払って、代わりの者に刑罰を受けさせることができた。困窮した興甫は、刑罰を受ける約束をした。ともかく、家族を養えると、安堵したかしれない。昔、子どもの食事の音を一番幸せな音と思った。すやすや眠る子を見ると、何でもしたくなる誰もが同じ親心だったろう。

▼ 「美しい世界のための祈り(아름다운 세상을 위한 비나리)」の歌を聴く。美しく穏やかに、今様に。

最後に、「高麗葬(고려장)」(姥捨て山に相当)の風習と、老母と息子の逸話について次のように紹介された。
・「高麗葬」は、高麗時代に、貧しさのため口減らしに、老いた親を山に捨てた風習だ。「高麗葬」について、本当にそんなことがあったか確かでない。いくつかの逸話の中に、或る貧しい息子が、老母を捨てるため山へ向かった。それに気づいた母は、息子が道に迷うのを心配して、木の枝を折って帰り道が分かるようにした。息子はそんな母を、結局捨てることができなかった。「高麗葬」とは別に、母の愛だけは逸話でない・・・とのこと。

▼ 「高麗葬」の逸話を歌にした「花見(꽃구경)」を聴く。花が咲く中を・・・チャン・サイクの味わい深い歌。

2018年5月8日火曜日

梅雨入り(奄美 沖縄)

昨日今日と雨が続く。そろそろ「梅雨入り」(入梅)を考えてしまう。いささか厚手の防寒着して外出すれば、道を行き交うひとびとも寒さ対策している。ひとりサイクリストだけが、ぴちぴちした薄手の服に半袖姿で走っていた・・・我慢、我慢といったところか。

(本ブログ関連:”梅雨入り”)

昨日から、奄美地方、沖縄地方の順に梅雨入りした。平年、梅雨入りは南から北へ順に進むが、今回は奄美地方が先に梅雨入りしたようだ。(地図

今年の梅雨入りについて、気象庁の「平成30年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」は、次のように表示している。

地方 平成30年      平年差   昨年差 平年                 昨年
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沖縄 5月8日ごろ   1日早い 5日早い 5月9日ごろ    5月13日ごろ
奄美 5月7日ごろ   4日早い 6日早い 5月11日ごろ 5月13日ごろ

関東甲信                                        6月8日ごろ 6月7日ごろ
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明日も雨模様とのこと、東京(関東甲信)もすぐに梅雨入りしてしまうのではないかと思ってしまう。つられて、また歳をとってしまったようだ。

2018年5月7日月曜日

大雨

都心と比べて、当地(および周辺)は夕方、早めに大雨に襲われた。ちょうど「韓国語教室」へ通う時間帯の 18:00過ぎ、一気に横殴りの雨に変わった。気象庁の時刻別情報では、このとき 10.0mmの降雨量に達した。他方、都心の最大降雨量は遅れて 19:00に、 8.0mmだった。

傘も無力なほどに、服やカバンはずぶ濡れになった。教室の席に着く頃には、雨足が次第に衰え、授業が終わって外に出てみれば、辺りにパラパラ降りでしかない。先ほどの雨は一体なんだったのか。

帰り駅のホームから、駅の端の線路を横切るネコの姿が見えた。ゆっくりと体を延ばすように歩を進める。なぜか線路の間にじっと静止して、周囲をうかがう。そして、何もなかったようにホーム下にある空隙に身を滑り込ませた。

ホームの端を照らす明かりの色はブルーだ。この色には、不思議な力を持つといわれる。

2018年5月6日日曜日

イ・ソンヒ コンサート「Climax」(6/29~7/1)

コマーシャル表現だが、イ・ソンヒ待望のコンサート「Climax」が、6月29日(金)から7月1日(日)の3日間、ソウルのオリンピック公園オリンピックホールで開催される。

OicBonインスタグラムより(感謝)
イ・ソンヒ コンサート「Climax」(オリンピック公園オリンピックホール)
・6.29(金) 午後8時
・6.30(土) 午後5時
・7.01(日) 午後5時

이선희 콘서트 (올림픽공원 올림픽홀)
・6.29(금) 오후8시
・6.30(토) 오후5시
・7.01(일) 오후5시

イ・ソンヒがチュ・ヒョンミと日本旅行していた

ネットニュースで、イ・ソンヒとチュ・ヒョンミ(주현미)が、最近、日本旅行したことを知った・・・。テレビCMじゃないが、「それさぁ、早くいってよぉ~」といいたくなる。

(本ブログ関連:”チュ・ヒョンミ”)

トップスターニュースの記事「『人生ドキュメンタリ ー マイウェイ』、チュ・ヒョンミ 親しいイ・ソンヒと最近 日本旅行に行ってきた」(4/19)は、番組中に語られた言葉だが、次のようにわずかに報じている。(抜粋)
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・4/19放送のTV朝鮮の番組「人生ドキュメンタリ ー マイウェイ」で、歌手チュ・ヒョンミは、イ・ソンヒと最近、日本旅行に行ってきたと語った。
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記事中に語られた「最近」とは、一体いつ頃を指すのか。最近といっても大分以前のことか、それとも4月初に大きなイベントを抱えていたため、その後チュ・ヒョンミと短期旅行したのではないか・・・いろいろ想定される。きっと美味しい食事を楽しんだことだろうか。

ちなみに、チュ・ヒョンミとイ・ソンヒは、同世代の歌謡歌手であり親交がある。よく知られていることだが、チュ・ヒョンミは中国人の父を持つ中国系韓国人であり、薬剤師の資格を持つ初めての歌手である。「江辺歌謡祭」は、イ・ソンヒ、チュ・ヒョンミにとって共通のカタパルトだった。

2018年5月5日土曜日

こどもの日 2018

祝日「こどもの日」は、子どもたちがすくすく成長するのを、感謝し願う日だ。この歳になると、公園や広場で遊ぶ幼い子どもたちの姿に癒される。それぞれ名前を持っ存在であるが、この世界で最も大切な存在・・・という見方ができるようになる。社会性を前提にする女性ならば、とっくに了承済みのことと笑われるかもしれないが。

(本ブログ関連:”こどもの日”)

Wikipediaで知ったことだが、「国民の祝日に関する法律」(昭和二十三年法律第百七十八号)の、「こどもの日」について、「母に感謝する」の記載がある。
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第二条 「国民の祝日」を次のように定める。
「こどもの日 五月五日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」
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「母に感謝する」という言葉について、あまり注目されていない気がするけれど、幼い子どもにとっては、母親は感謝以前の存在、無くてはならない存在である。町でよく見かける光景だが、ママチャリの自転車上で、母親と子どもの会話が素晴らしい。ひとつに、次々と質問を投げかけて言葉を増やしているように見えること。もうひとつに、会話が対等な関係に聞こえることだ。子どもを一人の人格として接しているように見える。せっかちな父親に案外難しいことかもしれない。

また、休日(祝日)の公園で、よちよち歩きの幼子の手を握って歩く父子の前を、ちょっと意地悪に母親が先へ進むとき、父親の手を振りほどいて母親にすがろうと小走りする子どものなんと可愛らしいこと。これこそ「母に感謝する」ことに他ならない。母親も、その気配にニンマリしていることだろう。

この時代に、「こどもの日」を過ごせることは、本当にありがたいことだ。

(本ブログ関連:”ラファエロ《 大公の聖母 》”、”賽の河原地蔵和讃”)

2018年5月4日金曜日

みどりの日 2018

いつまでつづく連休。祝日「みどりの日」の今日、ファミレスの2階で昼食をとっていると、四つ角をウォーキング中の一団が連なっているのが見えた。そういえば、昨日、今日、近くの公園を起点にした「ウオーキングフェスタ」が開催されている。老若男女(どちらかといえば、おじさん・おばさん主体)が、健康づくりにウオーキングを楽しんでいるようだ。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

ノルマにしている、図書館での読書を果たした後、「ウオーキングフェスタ」会場の公園に行けば、どうやら事が一段落したようで、帰りを急ぐひとびととすれ違う。この催しに参加する気力もなく、しばらく西陽を浴びながらベンチに座って読書を続けた。

「イディッシュ語」教室のクラスメイトから貸してもらった「中欧」(沼野充義監修、新潮社)は、ポーランドを含む中欧四カ国の多彩な内容を、百科事典風に各専門家が分担執筆している。

ポーランドの風土や歴史を通じて、イディッシュの世界に関心がある。書中に、「一三世紀頃から、ポーランドには西から南から、次々とユダヤ人が流入し、最盛期には世界のユダヤ人の八○%がこの国に住み、ポーランド*はユダヤ人にとって『約束の地』**と呼ばれたほどであった」とある。この地は、イディッシュ語の母胎でもあった。
(*)ポーランドは歴史の中で領有地が大きく伸縮している。
(**)本来「約束の地」は、ヘブライ語聖書に記されたもの。それほど確かに思えた所だったのかもしれない。

2018年5月3日木曜日

憲法記念日 2018

憲法記念日」の今日、近所の公園に出かけ、木陰を探して読書する。風通りもよく、遠くから子どもたちの遊び声が聞こえてくる。のんびりと時の流れる風情だが、そこっちょの凡人ゆえ、時に遊ぶなんて真似はできない。気付けばうとうとしている。

少し足を延ばして、祝日の街に行けば、家族連れがあふれている。連休のプランが大変なのだろう。この時期、旅行に出かける家族もいれば、街でショッピングする家族もいる・・・そんな具合だ。

「ゴールデンウィーク」はいつからいつまでを指すのか。Wikipediaの「ゴールデンウィーク」によれば、「本来は5月3日から5月5日までの3日間を指すが、一般的には4月29日から5月5日までとされる。また直前・直後に土曜日・日曜日・振替休日がある場合、それらを含めて呼ぶことが多い。」といった幅がある。

今年の場合、平日の5/1と5/2に休暇をとれば、最大9連休になる。
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4月28日(土)土曜休暇
4月29日(日)通常休日祝日「昭和の日」→ (日曜の休日と重なり翌日へ振り替え)
4月30日(月)祝日「昭和の日」(振り替え)
5月01日(火)平日
5月02日(水)平日
5月03日(木)祝日「憲法記念日」
5月04日(金)祝日「みどりの日」 ← (従来4/29「みどりの日」がここに移動)
5月05日(土)祝日「こどもの日」
5月06日(日)通常休日
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これだけの休みを、有効に消化するにはどうしたらよいか。いまどきの父親は楽でない。

昔、アメリカのテレビ番組で、忙しく働く夫に対して妻が、あるいは父親に対して子どもが、一緒の時間を持たないと非難する場面がよくあった。それを見ながら、日本では無縁で、多分父親世代だって、私の世代だって、そんなことはドラマの中でしかないと思った。そんな要求が嘘っぽく感じたのだ。しかし今の時代、どうなっているだろうか。

2018年5月2日水曜日

八十八夜 2018

今日は、太陽に合わせたような雑節の「八十八夜」。「立春」(2/4)から数えて八十八夜。このところ、「夏日」(25℃以上30℃未満)の暑さが続いている。この時期、水の感蝕にたわむれて、ずぶ濡れになって遊ぶ子どもらがテレビのニュース報道される。濡れても気にしないのがうらやましい。

(本ブログ関連:”八十八夜”)

唱歌「茶摘み」の出だしに「夏も近づく八十八夜」がある。数日前のテレビで、ベテランの気象予報士が「もう春は終わりました」といった。近所の公園の緑陰も、日増しに影を濃くしている。

ところで、「春」を、気象庁は3月~5月と定義しているが、新潮社編(文庫)の新改訂版「俳諧歳時記」(平成2年)は2月~4月と前書きしている。

夜になると少し涼しい。ステテコ姿のおじさんは、何とストーブを持ち出して火をつけた。5分ともたない、あれほど恋しかった温もりが、いまではうるさくまとわりつく。そこで、冷蔵庫から冷えひえのサイダーを取り出して飲む。昭和はまだ続いている。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 パンソリにある<争い>

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/25)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、代表的パンソリから争いの場面についての話を紹介した。
(先々週(4/18)の回を聞き逃した・・・韓国の小学校で習うという管楽器「タンソ(短簫:단소)」を練習したことがある)

始めに、パンソリ「水宮歌(수궁가)」で、動物たちが上座争いする場面について次のようの紹介された。
・日常で、争いは避けたいものの簡単でない。初めは比較的理性的でも、次第に相手の話し方や態度を問題視したりする。韓国では、最後に、歳がいくつかで勝敗を決めようとする。争いの理由は、もはや重要でなくなる。また、大勢集まると、誰が年配かで席順を決める。パンソリ「水宮歌」に、王の病を治すため、カメがウサギの肝を探しに陸地に出ると、動物らが宴会に集まり、互いに自分が年上だと争う。シカ、タヌキ、ウサギたちは、自分が年上と主張して、結局、ウサギが言い張って上座に座ったところ、トラが現れると、動物たちは歳を問いただすことなく、トラに上座を譲る。ウサギがどんなに年上に見えても、トラの前ではエサにすぎない。

▼ パンソリ「水宮歌」から、「動物たちの上座争いの場面길짐승 상좌다툼 대목)」を聴く。難しい始まり。

次に、パンソリ「春香歌(춘향가)」で、「春香(춘향)」の高官へ口答えについて次のようの紹介された。
・「春香」と「李夢龍(이몽룡)」の愛の物語、パンソリ「春香歌(伝)」に、権力者というだけで、力のない民をいじめる高官が登場する。全羅北道の町、南原に新任した高官は、春香に自分へ仕えるよう命じるが、彼女は断る。激怒した高官は、春香をむち打ち刑に処したとき、彼女は高官に口答えした。男でも耐えられぬむち打ち刑でも、口答えする姿を見て、高官は呆れて、結局、彼女を獄に入れたという。

▼ パンソリ「春香歌」から、春香が高官に口答えする「十杖歌の場面(십장가 대목)」を聴く。太鼓の撥が鞭音に聞こえる。

最後に、パンソリ「赤壁歌(적벽가)」で、「曹操」の軍が敗北する場面について次のようの紹介された。
・赤壁の戦いで、「曹操」の軍に敵軍が迫ってくると、曹操は自分の命を救うため必死に逃げた。英雄と言われる曹操が、どんなに権力者としても、必死に逃げる様は同じ人間でしかない。昔の人は、歌で愚痴をこぼし、心の慰めにしたはず・・・とのこと。

▼ パンソリ「赤壁歌」から、「赤壁火箭の場面(적벽화전 대목)」を聴く。

2018年5月1日火曜日

(資料)シュメンドリク

阿呆村の「ヘルム」につながるだろう。見たまま、羅列しただけの未整理資料。


「阿呆村(Village of Idiots)」
劇作家ジョン・ラザルス(John Lazarus)が脚色したユダヤ民話をもとにした、(お馬鹿な主人公)シュメンドリク(Shmendrik)の物語を伝える短編アニメである。

落語の「粗忽長屋」を思い出させる「入れ子構造」のような展開。


(Youtubeに登録のAnimation and Cartoon Videosに感謝)


「故郷」から遠く離れて : イディッシュ演劇がニューヨークで手探りしたもの
小倉直子(首都大学東京)
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・イディッシュ演劇は、1876年、アブラハム・ゴールドファーデンのふとした思いつきからルーマニアのヤーシという町に生まれたと言われている。ゴールドファーデンは、それ以前からもイディッシュ語による詩作に励んでいたが、・・・

・”イディッシュ演劇の父” ゴールドファーデンは、ユダヤの伝統や伝説を戯曲化し続けた。あるいは、西欧演劇のプロットもユダヤ風に仕立て直した。例えば、東欧. ユダヤ社会に根付いていた道化師(バトフン)をモチーフに喜劇を描いたり(『シュメンドリク (SHMENDRIK)』) ・・・
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
ユダヤ演劇
ゴールドフェドン Goldfaden,Abraham
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[生]1840.7.12. ウクライナ
[没]1908.1.9. ニューヨーク
・ユダヤ系劇作家。ウクライナに生れ,ユダヤ人の生活を描いた約 400編の劇やミュージカルを発表するとともに,俳優や劇団を育成,イディシュ演劇 (→ユダヤ演劇 ) の創始者となる。 1887年アメリカに渡る。『戦うダビデ』 (1904) はアメリカにおける最初のヘブライ語劇。代表作は『シュラミート』 Shulamit (1880) 。
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
ユダヤ演劇
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・1876年にイディッシュ演劇の父とよばれるアブラハム・ゴールドファーデン(1840―1908)がルーマニアのヤーシに最初のイディッシュ劇場を開設した。彼は俳優・演出家であったが、『魔女』や『スラミート』のような劇も書き、とくにミュージカル風な上演様式を確立した。第二のイディッシュ劇場は、現在のリトアニア共和国のビリニュスに、ゴールドファーデン一座の俳優だったイスラエル・グラードナーが作家ヨセフ・ラタイナー(1853―1935)の協力を得てほぼ同時代に設立したものである。
・しかしアレクサンドル2世暗殺後1883年にロシアではイディッシュ演劇が禁止されたので、ゴールドファーデンはじめ多くの人々がアメリカに亡命し、東欧ユダヤ人の運命を扱う作品を上演した。
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2018年4月30日月曜日

ヘルムの住民が愚か者たちであるわけ

「イディッシュ語教室」のテキストに、気真面目で可笑しく、そして怪しくてこっけいなイディッシュのひとびとが住む「ヘルム(Khelem、כעלעם)」の町(村)が登場する(Village of Idiots)。ポーランドに「ヘルム市」(昔、ユダヤ人コミュニティが隆盛を誇った時期もあったようだ・・・)が実在するそうだが、関連付けを素人耳に聞いたことはない。寓話の「ヘルム」は、あくまでも架空の共同体で、いってみれば、落語に描かれる長屋のようなものだろう。ヘルムには、長老と呼ばれる賢人から下々まで。落語には、大家さんから熊さん八さんまで多彩である。そして、それぞれにへまをやる。

(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))

イディッシュ民話の宝箱である、ベアトリス・ヴァインライヒ(Beatrice  Weinreich)著の「イディッシュの民話(Yiddish Folktales)」(秦剛平訳、青土社)に、「 ヘルムの住民が愚か者たちであるわけ 」を次のように短く説明している。
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ある日のこと、一年サイクルのトーラーの朗読がはじまろうとしていたとき、新任のバール コイレ(=トーラーの読師)がヘルムの街にやって来た。そのバール コイレ学究肌ではなく、
「ブレイシェス、ボロ・エロヒーム・ハショマイーム(はじめに、神は天を造った)」読むべき箇所を、
「ブレイシェス、ボロ・エロヒーム・エス・・・ハショイティーム(はじめに、神は愚か者を造った」)と読んでしまった。
それ以来、よきにつけあしきにつけ、ヘルムの住民は愚か者と見なされるようになった。
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ヘブライ語の理解がないので、「読師」が誤読した面白さを間接的に知るわけで、ここに引用しながら意気があがらない。

今日で今年も1/3が過ぎる

朝から変な気分だ。昨日の日曜日が祝日「昭和の日」と重なったため、今日の月曜日が <振替休日> となり、なんだか日曜日が続いている錯覚をする。そして、このまま5月の「ゴールデンウィーク」に流れ込んでしまう・・・子育て盛りの家庭は大変に違いない。

時間の消化を、リンゴのかじり具合に例えれば、「今日で今年の1/3を食ってしまった」ことになる。日々かじり続けて今日があるに、その経過をさっぱり覚えていない。ブログがなかったら、振り返る手立てが全くなくなる・・・それでも、うつつとは名ばかりのしどけなさ。

2018年4月29日日曜日

祝日「昭和の日」

私にとっては、今日(4/29)は、植林のイメージにつながる、緑色の羽根を胸につけた「みどりの日」の記憶が大きい。2007年以降、それが「昭和の日」に替わったが、この日を何度迎えても「昭和」が浮かんでこない。

(本ブログ関連:”昭和の日”)

昭和生まれの者にとって、「昭和の日」の祝日が設けられると、自分たちが歴史の奥に据え置かれたようで、いずれ埃を被ってしまう気がしてならない。まだまだ、昭和を現在のつもりでいたのに・・・。

とはいえ、「平成」もあと一年で終了する。新しい時代とばかり思っていたが、これもお蔵入りとなる・・・時代はつぎつぎと押し出され、後戻りできない。

歴史区分の「近代」と「現代」の境界を、第二次世界大戦が意味するようだ。まさに昭和の時点だった。昭和は、そんな忘れてならない大きな時代の区切りを持つ。色々な意味で重たい時代だった。(平成は、自然災害を除いて、ある意味大過なく終えそうな気がする・・・平穏に終わって欲しい)

2018年4月28日土曜日

(雑談)雲と岩と

昔のひとは、雲がどこから湧くのか不思議だった。目の前で雲が生じるのを見たことがあるだろうか。都市の平地部で、積乱雲が上昇気流に押し上げられて巨大化するのを経験しても、その雲の種が一体どこで生まれたのか、やはり気になったことだろう。

どうやら詩人は、わび住まいを濡らす雨が、遠くの渓谷で沸き起った雲にまざって来たと考えたようだ(渓雲雑雨来茅屋)。それなら何となく理解できる。早朝、集合した山奥の駅舎で、薄暗い朝の明かりに透けて、白い雲が暗んだ山肌の影から流れ出て来るのを見たことがある。

(本ブログ関連:”石 ”)

山の奥に川を遡った先、岩の隙間をくぐりぬけた所に桃源郷を夢見たなら、山の岩肌から雲が湧いてくると考えるのもおかしくない。なぜなら、旅の途中、山道で小休止して、岩から湧きでた水を飲んで喉をいやしたことがあるだろうから。岩の奥に何かがある。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

山をてのひらに夢見るひとは、水で「水石」を濡らす。湿った石の姿に、それをつつむ宇宙を感じているのかもしれない。鉱物趣味は、その石の中に含有物(インクルージョン)の不思議から、水晶に草が生えているのを見つける。それが別の鉱物の針状結晶だとしても、草と思いたいのだ。

2018年4月27日金曜日

イ・ソンヒの「少女の祈り」

1984年、20歳になるのを控えてデビューしたイ・ソンヒは、すぐさま歌謡界で初めて女学生だけのファン組織を持った。親しみを込めてお姉さん(언니)と呼ぶ「姉さん部隊(언니부대)」が登場した。女性を前に出すのを躊躇する、そんな世代に特有な心理に合致したのかもしれない。当時のイ・ソンヒは、ズボンスタイルでボーイッシュなイメージがある一方で、発声は強力なパワーを持ち、しかも高音は清く澄んでいた。

第1集アルバムに収録の「少女の祈り(소녀의 기도)」(1985年、作詞ソン・スウク、作曲ソン・ジュホ)は、女学生ファンの想いと、イ・ソンヒの特質にぴったり合ったものといえるかもしれない。

(本ブログ関連:”少女の祈り”)

ところで、このブログに触れたことだが、「少女の祈り」のタイトルは、日本で知られたピアノ曲「乙女の祈り」とハングル表示(소녀의 기도)が同じである。昔、ピアノを習っている(腕に覚えのある)子女が、学校の音楽室でそれとなくピアノに向かって弾いてみせる曲だった。(「乙女の祈り」 ”소녀의 기도” でYoutubeを検索すると、日本に似て韓国でも人気が高い)

(本ブログ関連:”乙女の祈り”)

「乙女の祈り」の作者について、昨日貸してもらった「中欧 ポーランド・チェコスロバキア・ハンガリー」(沼野充義監修、新潮社)に、次のような紹介(執筆:宮山幸久)がある。(抜粋)
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・ポーランド人は『乙女の祈り』なる曲が日本でショパン以上に愛好されているのに驚く。自分たちでさえよく知らない曲なのだから。
・『乙女の祈り』は、一般にバダジェフスカとかバダルジェフスカと表記されるが、正しくはテクラ・ボンダジェフスカと発音する二二歳のポーランド女性の手により、一八五六年に生み出された。三年後にフランスの「音楽時報」誌に掲載されて大ヒットとなり、世界中に広まることになった。この曲について、専門家は「素人臭い」とか「内容がない」などといつも否定的で、・・・(彼女は)一八三四年ワルシャワに生まれ、六一年に二七歳の若さで夭折した・・・
・『乙女の祈り』はごく基本的な音しか使われていないにもかかわらず、強いポーランドの香りに満ちている。
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風吹けば散る、寂しい落葉が みな
おぼろな露のよう、揺らぎます
その声耳にして   空しく歩く うつろな心は
*
離れた人 なつかしむ、切ない心だけれど
一人残り 守ればならぬ、 孤独なわたしを泣かすよ

引き留められぬ 未練さに
落葉の季節に わたしを埋めて
春がまた訪れを 祈ります、この夜が明けたら

(*以下繰り返し)

この夜が明けたら

(2004年、20周年記念コンサートから)

(Youtubeに登録のrosamin2に感謝)

2018年4月26日木曜日

春期イディッシュ語 2018-4th

中学時代、学校の図書館に《 聞き書きの日本の民話集 》がずらりと並んでいた。それぞれの民話に共通するものがあるのではないかと読み比べたりしたが、無力の子どもには、まとめる力などなくあっさり挫折した。けれど民話には、集団が育み受け継いだ独特な知恵があると今でも思っている。

(本ブログ関連:”遠野物語”)

古いイディッシュ(東欧ユダヤ人)の伝承(民話、小話)をもっと知りたい。庶民は、現実の厳しい生活を受け止め、苦境を切り抜けてきたわけで、それを面白おかしく笑い飛ばす軽妙さを持っているはず。そんな庶民のたくましさを、今日の「イディッシュ語教室」でも教えていただいた。イディッシュのひとびとへ、ちょっとだけ近づいた気がした。

今回は、前回(4/19)とつながりを持たせて理解を深めた。(前回欠席者への配慮もあってでしょうか)

① テキスト「Colloquial Yiddish」所収のイディッシュ民話(小話)から。
次の民話(小話)をグループに分かれてロールプレイした。
  ①-1.前回に引き続き「7と7は11זיבן און זיבן איז עלף)」から。
  ①-2.以前学習の「二人のヘルムの住人(イディッシュ)と椅子צװײ כעלעמער ייִדן און אַ בענקל)」から。

(本ブログ関連:”ヘルム(架空の阿呆村)”)

② イディッシュの歌から。
  ②-1.「Yome Yome(יאמע יאמע)」の歌詞原文と譜面を、音楽家が手配いただき、みなで読み歌った。
  ②-2.「Sleep my child(שלאָף מײַן קינד」(ショーレム・アレイヘム詩)の紹介があった。

(Youtubeに登録のguauguau6に感謝)

③ 今回、イディッシュ語の大家上田和夫氏が、「言語学大辞典」(三省堂)に執筆された「イディッシュ語」について、若き中国語研究者が資料紹介され、先生大絶賛。


ポーランドについて造詣が深い若き中国語研究者から、「中欧 ポーランド・チェコスロバキア・ハンガリー」(沼野充義監修、新潮社)を貸してもらい・・・ゴールデンウィークの読書にさせていただく。

2018年4月25日水曜日

「Colloquial Yiddish」と「聞々ハヤえもん」

元々記憶力がないのに、そのうえ歳相応に衰えるのは仕方ないこと。「イデッシュ語」教室で使用しているテキスト「Colloquial Yiddish」に補助文章としてイディッシ民話(小話)「7と7は11(זיבן און זיבן איז עלף)」が載っている。

(本ブログ関連:”「7と7は11(זיבן און זיבן איז עלף)」”)

前回の授業で、この一文を暗記するようにいわれたので(多分)、PC上で使える便利なツール(MP3プレイヤー)を探した。ちなみに、このテキストは、音源*を公開している。

(*)テキスト音源: Colloquial Yiddish (感謝)  ⇒ Audio 1  Track 36

幸い、速度調整と部分の繰り返し(A-Bループ)ができるフリーソフト「聞々ハヤえもん ( ぶんぶんはやえもん ) 」*が見つかった。テキストの音源は、リエゾンもあって暗記するのに速度を落とす必要がある。再生速度を85%ほどにして、A-Bループを使い、一文一文繰り返し聞き込んだ・・・。

(*)MP3プレイヤー:「聞々ハヤえもん」(感謝)

さあ、これから先は利用者次第である。私は・・・それなりに。

(岸本加世子・樹木希林による、1980年のCM: 写真店でフィルム現像・印画の時代)

(Youtubeに登録のmoheji360に感謝)

2018年4月24日火曜日

(参考)「韓国ギャラップ」について

これまでブログに、大規模で信頼できる韓国の市場調査会社として、大手新聞紙に扱われることの多い「韓国ギャラップ(Gallup Korea)」のレポートをとりあげてきた。同社の調査は、一般「世論調査」以外に、年末恒例の大衆が関心を持つ歌手や映画俳優など芸能分野のランキング調査まで含めて多様だ。

(本ブログ関連:”韓国ギャラップ”)

韓国の若者情報サイト「イルベ」に、「韓国ギャラップ」と世界最大手の「ギャラップ(米国ギャラップ)」との関係性が掲載されて、その内容が、日本語紹介サイト「カイカイ反応通信」に報じられている。どうやら、以前から衆知のことだったようだ・・・。

韓国ギャラップは、米国ギャラップの直接傘下にないというのが結論のようだ。

ではどうして、ギャラップの名を韓国ギャラップが使っているのかといえば、同社が「ギャラップ国際協会ギャラップインターナショナル:WIN/GIA)」に属している*からということになる。

(*)韓国ギャラップの会社紹介に、ギャラップインターナショナル所属を記載。

米国ギャラップは、以前、同社設立者が別途立ち上げたギャラップインターナショナルから、彼の死後、脱退している。Wikipediaによれば、「両社は『ギャラップ』という商標の使用をめぐって各国で争っている。」とのこと。

日本のテレビで、韓国通のコメンテーターが、信頼できる情報源として韓国ギャラップの名をよく語るが、<ギャラップ>の名称から(米国ギャラップと関係あるかのような)誤解を与えないよう気を配る必要があるかもしれない。

ちなみに、日本に、米国ギャラップの日本事務所がある一方、ギャラップインターナショナルの協会員である調査会社*もあるものの、<ギャラップ>の名を冠していない。

(*)「株式会社日本リサーチセンター」のレポートに次のように注釈記載されている。
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<WIN/GIA(ギャラップ・インターナショナル・アソシエーション)とは>
1947 年にジョージ・ギャラップ氏とヨーロッパの仲間によって設立され、チューリッヒに本部があります。現在世界の 70 カ国以上でメンバーを持ち、100 カ国以上の国々で世論調査や市場調査を実施しています。
※なお、米国調査会社 Gallup, Inc.とは関係ありません。
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2018年4月23日月曜日

(雑談)イヌとネコ

今日、街中で見かけたイヌとネコについて。

(本ブログ関連:”イヌ”、”ネコ”)

イヌ
飼い主に連れられて散歩するイヌ、何であんなに小さくて静かなんだろう。面白いことに、飼い主同士が道端で話をしている間中、彼らの足元にモノいわぬイヌたちがじっと立っている(立ちつくしていた)。互いにじゃれあうこともなく、吠え合うこともなく。

吠えるイヌを見かけない。通行人が家の前を通るたび、塀の中からけたたましく吠えるのを聞かなくなった。イヌが愛玩動物になって久しい。家族の一員にしている飼い主が多いのだろう。イヌを飼っていない私からすると、イヌの役目が全く違ってきてしまったようだ。愛玩したい飼い主の心にかなうように、イヌは振る舞い、防犯の役目を忘れているようだ。

最近の建売り新築家屋を見ると、通り道に面して塀がなく、隣家との境界を示す塀も低く見通しのよいものになっている。そんな家の庭にイヌを放し飼いすることは到底無理だろう。イヌは家の中で飼うものになってしまった。


ネコ
ネコはイヌより野性味を残している。屋外を一匹で歩くネコをまだ見ることができる。ただ、野良ネコといえるかどうか。子ネコを連れて歩く姿を見ないからだ。それでも、塀の上を歩いたり、塀から飛び降りたりしている分、動物らしさが感じられる。

通り道から家に入ろうとしたとき、目の前10m先に背を向けたままの大きなネコがいた。私に気づいたのかじっと動きを止めた。わが家の門塀を開けようとしたとき、ネコはするりと先に向いて歩き出した。隣家の角あたりで止まり、おもむろに振り返った。どうだといわんばかりに一瞥して、すぐに影に隠れた。こんな芸当、果たして、今のイヌにできるだろうか。

2018年4月22日日曜日

「草津白根山」火山の噴火警報について

鉱物趣味は、硫黄がらみで火山についても関心を持つ。とはいえ、手ごろに観察できる「東伊豆単成火山群」をちょっと独り旅したこと。また、浅間山噴火のとき、火山マニアのオフ会に参加して耳学問したことがあるくらいだが。
だから、何となく火山や地震情報があると聞き耳を立ててしまう。昨日(4/21)も霧島火山群の「硫黄山」の噴火についてブログに記した。

今日のニュースで、「草津白根山」の噴火警報レベルが上がったと報道されたが、ちょっと気になることがある。

(本ブログ関連:”草津白根山の噴火”)

実は、本年中だが、気象庁地震火山部発表の「草津白根山で発表した噴火警報・予報」(火口周辺)を過去に遡ると次のようになる。警戒レベルについて、3/16 ⇒ 4/22 の間に、いったん「噴火警戒レベル1」になったはずだが・・・そのことを知らない。私の理解が不足か、慎重を期して発表しなかったからか、どうなのだろう。

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・平成30年(2018年)1月23日11時05分:火口周辺警報(噴火警戒レベル2、火口周辺規制)を発表
・平成30年(2018年)1月23日11時50分:火口周辺警報(噴火警戒レベル3、入山規制)を発表
・平成30年(2018年)3月16日14時00分:火口周辺警報(噴火警戒レベル2、火口周辺規制)を発表
<------------(この間で、レベル1に下がった?)------------>
・平静30年(2018年)4月22日07時00分:火口周辺警報(噴火警戒レベル2、火口周辺規制)を切替
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気象庁「参考:噴火警戒レベルの説明」
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【レベル5(避難)】:危険な居住地域からの避難等が必要。
【レベル4(避難準備)】:警戒が必要な居住地域での避難の準備、要配慮者の避難等が必要。      
【レベル3(入山規制)】:登山禁止や入山規制等危険な地域への立入規制等。状況に応じて要配慮者の避難準備等。
【レベル2(火口周辺規制)】:火口周辺への立入規制等。
【レベル1(活火山であることに留意)】:状況に応じて火口内への立入規制等。
(注:避難や規制の対象地域は、地域の状況や火山活動状況により異なる)
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2018年4月21日土曜日

霧島火山群 「硫黄山」の噴火

一昨日(4/19)午後3時過ぎ、霧島火山群の「硫黄山」が、1768年以来(約250年振りに)、3回目の噴火をした。所在を国土地理院の地図で参照したところ、霧島火山群の「韓国(からくに)岳」の北西、約1.5Km先にある地味な小山だ。

(参考)気象庁資料:「霧島山(えびの高原(硫黄山)周辺)の火山活動解説資料」(4/21付け)

先日(3/6)、7年振りに噴火した「新燃(しんもえ)岳」が、硫黄山の南東5Kmに位置している。火山群が南東から北西へ列を成している。(ちなみに、伊豆半島の火山群も同様の傾きを持っている)

(本ブログ関連:”新燃岳”、”火山”)


(Youtubeに登録のsupermantaro10に感謝)

硫黄山の名は、火山地にポピュラーだが、鉱物趣味とあいまってとても気になる名だ。山梨・長野をまたぐ「八ヶ岳」にも硫黄山があり、同山系の火山の分布も南東から北西へ列を傾斜している。

元来、硫黄の黄色が好きだ。合成した硫黄の白っぽく反射する黄色も好きだし、透き通った硫黄の結晶にも目が奪われる。それに、箱根の大涌谷の硫黄の臭いも嫌いじゃない。

(本ブログ関連:”硫黄”)

実は、先ほどNHKの番組「体感!グレートネイチャー『爆裂地帯と未知鉱物~カムチャツカ半島 七色の大地』」を見て、そのスケールの大きさに驚いたばかり。無人地帯ゆえ、そんな呑気なことをいえるのだが。「トルバチク火山」周辺では、同地帯特有のプレートの厚さゆえ、深部からの「レアメタルを含む『未知鉱物』の発見が相次いでいる」という。実際に、新発見鉱物「Urusovite」を含めて、色彩豊かなさまざまな鉱物(結晶)を画面で見ることができた。科学博物館で、「カムチャツカの火山」といった展示の機会があるといいのだが。

2018年4月20日金曜日

映画「ある日どこかで」

19世紀末から20世紀初、ブロードウェイの舞台女優で知られた「モード・アダムス(Maude Adams)」の写真を見たことでインスピレーションを受けたといわれる、ロマンティック・ファンタジー小説を原作にした映画「ある日どこかで(Somewhere In Time)」(1980年)のDVD版をようやく見た。(2月末にDVDを入手しながら、実際のモード・アダムスと映画で彼女を演じた女優とのイメージの違いから、見る決心がなかなかつかなかった)

順番でいえば、Youtubeで、モード・アダムスをTribute(賞賛)する、彼女の古い写真のスライドショーを見たのが最初だ。彼女を紹介する画面の背景に、映画「ある日どこかで」のサウンドトラックの美しい旋律が流れた。彼女の姿は、古い時代の役者に見られるようなふくよかさと違って、今の時代に登場しても受け入れられる凛とした透明感を持つ。

(本ブログ関連:”モード・アダムス”)

(再掲)

(Youtubeに登録のDavid Remleyに感謝)

映画の導入部で、「クリストファー・リーヴ」の演じる脚本家が、歴史あるホテルの資料室に飾られた、ホテル付属の劇場で芝居を演じた舞台女優の古い写真を見て、心惹かれることから物語が本格的に始まる。彼は、念じるように時空を超越して彼女と出会うことができる。展開は、SF的というより、むしろラブロマンスが勝るようだが・・・。

(本ブログ関連:時空を超えた出会い

時代を遡って男女が出会うという設定は、舞台を古色にする。アメリカ人の懐古趣味に合うものがあるようで、以前、クリストファー・リーヴが演じた映画「スーパーマン」(1978年)の中に、夕映えの草原で母親が息子の巣立ちを受け入れる、懐かしさが心にしみるような場面があった。私は、その光景に、なぜか「アンドリュー・ワイエス」の絵画を思い浮かべていた。

映画について語るとき、物語の展開(脚本)に関心を持つか、映像や演技に関心を持つかといった視点が前提になるだろうけれど、今回、おじさんがいろいろ語るにはちょっと恥ずかしい。むしろ、原作のSFファンタジー小説といった文字世界の方が、案外居心地よいというのに気付いた次第。(実は原作の創元推理文庫も入手している)

ちなみに、モード・アダムスは、ブロードウェイで最初の「ピーター・パン」役を演じた。そこから、ついつい、イ・ソンヒもピーター・パン役を演じたなどとブログに記している。

(本ブログ関連:”ピーター・パン”)

2018年4月19日木曜日

春期イディッシュ語 2018-3rd

「イディッシュ語教室」へは、春の気配に後押ししてもらい、休まず通っている。いつも、関心が途切れぬよう授業に工夫いただいて、やる気をつないで・・・年寄りの冷や水が少し温んできた気がする。合わせてクラスメイトからも貴重な紹介があり、とてもいい経験をしている。

① イディッシュ小話「7と7は11(זיבן און זיבן איז עלף)」
前回授業に続き、物語のナレーション役と登場人物役に分けてのロールプレイ(会話)を再度実施した。
・暗記しなくちゃいけないようで・・・次回までには!

② イディッシュソング「Yome Yome(יאמע יאמע)」
②-1. 「イディッシュ語インタビュー」(yiddishbookcenter.org)で歌の思い出を聞く(英語字幕)。
・教員および学校司書をリタイヤしたAnita Barlowは、(昔、パリにいたころ)父親と一緒に歌った「Yome Yome」の歌を今も覚えている。彼ら(父娘)は、歌の終わりにある、娘が望むものを理解しようとする母親について触れる部分を、娘がアメリカへ行くためビザを求めていると替えて歌った。(yiddish book center 感謝)

(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

②-2.「יאמע יאמע」の歌を聴き、hebrewsongs.com掲載の<歌詞>と照合して、歌詞理解した後、みなで歌?った。
・(参考)ヘブライ文字の歌詞:Yiddish Word of the Week(感謝)
・(参考)Youtube登録の音源: ショシャナ・ダマリ歌(授業で聴いた音源と違うが・・・)

(Youtubeに登録のIsraphon Musicに感謝)

③ クラスメイト(若き中国語研究者)からの話
・香港で見つけたという台湾の書籍に紹介された記録。WWⅡの下、ポーランド女性イレーナ・センドラー(Irena Sendler、1910年~2008年)は、レジスタンス活動の中で、ワルシャワ・ゲットーからユダヤ人の子ども2千余名を救出したという。

教室の帰り、若き中国語研究者から「ポーランドの歴史」について、a)多民族・多言語の時代と、b)ポーランド人だけの現代との違いを教えてもらった。今夏、ポーランドへ演奏旅行に行かれる音楽家も交えての談話で、贅沢な一時を過ごすことができた。感謝。
(かつてポーランドが、「ユダヤ人の天国」といわれたときがあったこと、イディッシュの民話の舞台が歴史地理的にどうであったかに興味がある)

2018年4月18日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「テーブルはテーブル」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/11)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、弦楽器「玄琴(コムンゴ、거문고)」演奏で、名を正すこと、記すことについての話を紹介した。

始めに、ペーター・ビクセルの小説「テーブルはテーブル」と同名の韓国曲について次のように紹介された。
・変化のない毎日の生活に疲れた男が、今日こそは違うと期待するが、平凡な日が続く。部屋にはいつものテーブル、椅子、ベット、写真がある。なぜテーブルをテーブルと呼ぶのか、ベットをベットと呼ぶのか。ベットを写真と名付けたらどうかと考えると、何か変わった気がして、あらゆるものに新しい名を付けてみた。テーブルをじゅうたん、椅子を時計という風に。初めは面白かったが、次第に元の名を忘れ、時が経つと他人の言葉も理解できなくなり、次第に何も話さなくなった。スイスの作家「ペーター・ビクセル(Peter Bichsel)」の童話「テーブルはテーブル(原題:Kindergeschichten)」で、物事から名を失うことで、世界を失う話だ。

▼ 童話と同名の韓国曲「テーブルはテーブル(책상은 책상이다)」を玄琴演奏で聴く。今様に。

次に、論語から孔子の「名正しからざれば則ち言順わず」について次のように紹介された。
・論語にも同様の話がある。弟子が孔子に尋ねた、「衛の君主が先生を迎えたら、一番最初に何からなさいますか」と。すると、孔子は、「必ずや名を正さんか(必也正名乎)」と答えた。名が正しくなければ言従わず、言従わざれば事成らず、事成らざれば礼楽(れいがく)興らず、礼楽興らざれば刑罰あたらず、刑罰あたらざれば民はどのようにすれば良いか分からない、それだけ名は重要と。昔、学者ソンビは、大事なものに好きな言葉を刻んで、それを見て心を落ち着かせた。高麗の文人「李奎報(이규보)」は、小さい硯石に、無限な気持ちを書き込めるといった内容を記録した

▼ 「墨の香り(묵향)」を玄琴ほか演奏で聴く。気取らず、今様に。

最後に、学者ソンビが、硯や楽器に文を刻んだことについて次のように紹介された。
・学者ソンビの部屋には、常に墨やすずり石、筆、紙などがあった。学問に疲れると、玄琴を奏した。ソンビにとって、玄琴は単なる楽器でなく、心を表現する友のような存在だった。また、ソンビは、玄琴にも立派な文句を刻んだ。朝鮮時代の思想家「李珥(이이)」も、険しい世の中で自分の気持ちを理解してくれる玄琴に、ありがたく切ない気持ちを残した。

▼ < 友と風流を楽しむ楽しさを表現した曲 >創作国楽「水里齋(수리재)」(1996年)を聴く。古趣、今様に。

2018年4月17日火曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

イ・ソンヒが4月初に、韓国芸術団の一員として、平壌のステージで歌ったのは次の3曲である。① 自身のデビュー曲である「Jへ」(1984年)、②(昨日のブログに少し触れた)シン・ジュンヒョン(申重鉉、신중현)の作品で、国民歌謡ともいうべき「美しい江山(아름다운 강산)」(1972年)のカバー、そして、③ < 妓生の黄真伊(ファン・ジニ:황진이)の漢詩> といった伝説を生んだ、3集に収録の「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)だ。いってみれば、彼女が持ち歌として宣言した代表三曲ともいえる。

(本ブログ関連:”分かりたいです”、”シン・ジュンヒョン”、”黄真伊”)

何度も何度もブログに記したことだが、彼女が最も輝いて見えた2004年のコンサート映像で「分かりたいです」を聴いてみよう。


月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
               ____

一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください


(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)

2018年4月16日月曜日

キム・ジョンホ「見知らぬ少女」

昨日のブログに、歌手キム・ジョンホ(김정호)の代表曲「見知らぬ少女(이름모를 소녀)」(1973年)を「孝行ラジオ」で聞いたと記した。彼は、 肺病におかされて33歳(1952年〜1985年)の若さで去った。シン・ジュンヒョンに代表される若手音楽家たちによる、1975年の「大麻草波動」事件に連座した・・・そうだ。

(本ブログ関連:”見知らぬ少女”、”シン・ジュンヒョン”)

この曲は、ケイ・ウンスクのコンサートビデオに収録されていて、三佳令二の日本語歌詞(原歌詞)字幕で歌われた。現在、韓国歌手によるカバーもあるが、ケイ・ウンスク*のステージ映像の、自然に染み入る日本語歌詞を見てしまうと、他に置き換えられない。
(* ケイ・ウンスク: ところでケイ・ウンスクの韓国帰国の理由も、薬物汚染に関係ある)


(Youtubeに登録のsangeui koに感謝)

2018年4月15日日曜日

(資料)韓国歌謡100年、一番使われたキーワード

久し振りに「孝行ラジオ」で、キム・ジョンホ(김정호、1952年~1985年)の代表曲「見知らぬ少女(이름모를 소녀)」(1973年)を楽しんだ。

(本ブログ関連:”孝行ラジオ”、”見知らぬ少女”)

「孝行ラジオ」といっても放送番組ではない。5000曲近くの歌謡曲を収録したマイクロSDカードを差し込んだ(ラジオにもなる)携帯音楽再生プレイヤーである。中高年が山歩きや散策の途中、ながらで次々聞き流すそうだ。ところが、マイクロSDカードの歌謡曲は海賊版で問題となった。現在の流通はどうなっているだろうか。

歌謡曲に対する支持は底堅く、圧倒的な伝統を作っている。そんな数々の歌謡曲の歌詞を基に、語彙分析などすることで、大衆がどのような言葉に関心を持つか(感応するか)がうかがえるだろう。今まで、メディアに語られたそんな情報をブログに記してきた。

(本ブログ関連:”韓国歌謡曲の語彙”、”韓国歌謡曲”)

今回、朝鮮日報(日本語版)に掲載の記事「韓国歌謡100年、一番使われたキーワードは『愛』」(4/15、ユ・ソクジェ記者)は、< 韓国歌謡曲100年間の約2万曲 > について、「語彙」調査した結果を次のように報じている。勝手ながら、資料として全文掲載させていただく。(感謝)
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(1)
1926年にユン・シムドクは「お金も名誉も愛も全て嫌だ」と歌い、2009年にバービー・キムは「愛というやつ、そいつの前でいつも私は空虚な存在だった」と歌った。「韓国歌謡100年」を貫いたキーワードは「恨」ではなく「愛」だった

 最近著書『歌の言語(노래의 언어)』(アクロス 어크로스刊)を出版した仁荷大学韓国語文学科のハン・ソンウ教授(50)は「韓国の約2万曲に至る歌謡のうち『愛』は曲名に1608回、歌詞に4万3583回それぞれ登場しており、名詞の中でも圧倒的首位を占めた」と説明する。「日常言語における登場回数では104位にとどまっている『愛』という単語が、実は歌謡で脚光を浴びていたのです」

 国語学者であるハン教授は「希望的な歌」から防弾少年団のKポップに至るまで、1世紀にわたって発表された韓国の大衆歌謡の歌詞に対する人文学的な分析を試みた。「一般大衆が好んで使う言葉の中で、生きている言語について研究しようと思いました。人の感情と時代の流れをそっくりそのまま盛り込んでいるという点で、ヒット曲をしのぐものがあるでしょうか」

 資料集めから始めた。「国民が実際に歌っている歌」という基準を立てて、カラオケの歌詞を全てダウンロードし、『韓国歌謡全集』という本に掲載されていない歌謡を補った後、分かち書きなどの校正を行った。その結果、2万6250曲、原稿用紙にして7万5000枚分の資料が集まった。当代のヒット曲の歌詞を集大成したという点で、まるで新羅郷歌集『三代目』*の編さんをほうふつさせる作業と言える。

(*)三代目: この郷歌集は後世に伝わっていない。

 その結果、歌詞は時代の変化を盛り込んでいた。「愛」という言葉が使われた歌は、1950年代までは全体の2.19%にすぎなかったが、2000年代以降は「ラブ」までを含めると実に65.22%に急増する。「素直に心を開いて自分のことを表現する世代が登場した証拠です」。女性が愛する対象を表現する際の二人称は、以前はほとんどが「先生」だったが、今では「お兄さん」に変わった。海外旅行が禁止されていた時代には「マドロス」という職業が歌詞に数多く登場していたが、今ではほぼ消え去った。1968年のパールシスターズ(펄시스터즈)の歌に登場する「喫茶店のコーヒー(커피한잔)」は、2010年に10㎝の歌を通じて「アメリカーノ」という単語に変身するものの、酒は時代を超えて常に人々の喜怒哀楽を表現してきた。

(2)
 意外な結果も見受けられた。歌詞に最も多く登場する季節は秋ではないかと思われがちだが、実は春(1572回)冬(1281回)夏(1001回)に次いで最下位(秋、541回)だった。「『秋の手紙(가을 편지)』『落ち葉とともに去っていった愛(낙엽 따라 가버린 사랑)』のように感情の響きの大きい歌が人々の記憶により多く刻まれただけのこと」との分析だ。「愛することの痛みや流れ行く歳月に対する恨が韓国歌謡の中に多いのは、悲しみに浸り、痛みを感じる過程を通じて妙な快感を覚えるからです。辛い食べ物を食べるときと同じですね」

 草稿に1980-90年代の歌謡が非常に多く登場することから、編集者とよく言い争いになったというハン教授は「『若い時は最近の歌が、年を取ってからは昔の歌が好きになる』という通念を破る必要性がある」と話す。「どんな時代でも、歌の『標準語』は青年たちの言語です。だからどの年齢層でも自分が若かった頃の歌が好きになるんです」。そんなハン教授も、防弾少年団の「八道江山」*を初めて聞いた時は、大きなひらめきがあったという。「地域ごとに存在する独特の方言が全て通じるのが韓国語なんだ、という悟りが背後に見え隠れしています。方言を研究する私が常に学生たちに話していることです」

(*)Youtube「八道江山」: 韓国方言を全く存じませんが登録者(JPN sub)の日本語訳に感謝

 数多くの歌謡の中で、ハン教授を最も感動させた歌詞は何だろうか。「カン・サンエ(강산에)の『…ですね(…라구요)』です。過去と現在、歴史と情緒を全て網羅している珍しい歌謡です。カラオケで歌ってみたいのはチェ・ペクホ(최백호)の『浪漫について(낭만에 대하여)』です。あ、ただ私は音痴なので、なんとなく口をパクパクさせるだけですが」
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(チェ・ペクホ「浪漫について」1995年:いろいろと凝縮された詞、歌にエネルギーも要るよう・・・おじさんには)

(Youtubeに登録のwit008007に感謝)

2018年4月14日土曜日

(資料)ポーランドの歴史をYoutubeで学ぶ

ポーランドといえば、科学分野の「コペルニクス」や「キュリー婦人」、音楽分野の「ショパン」が浮かぶ。それに、私ら世代には「連帯」の「ワレサ」が衝撃的だった。しかし、漠然としたものでしかなくて、正直、中欧の農業国のイメージが強かった。

最近、イディッシュ語教室に通うようになって、ポーランドについて(拙いながら)興味が増したようだ。授業で、ポーランド語のイディッシュ語への影響が説明されたし、ポーランドを舞台にした寓話の紹介があった。イディッシュ語に土俗性があるなら、それが何処なのか気になるばかり
それに、クラスメイトにポーランド語に関心深い若手の研究者がいて、いろいろ教えてもらえそうだ。

(本ブログ関連:”ポーランド”。”ポーランドの村ヘルム”)

あるとき、図書館でリトアニアの紹介書があって、ポーランドとの関係が触れられて、かつて両国が共同して(ベラルーシ、ウクライナなど含む=領有して)大国を作ったことを解説していた。予想外の大国だったことを知った。分かりやすく、紹介してくれるYoutubeを探したところ、次の映像が見つかった。

① 小山哲(こやま・さとし)京都大学教授の、一般向け講演「近世ポーランド・リトアニア共和国とその遺産(ミニ講義 第14回 2012.09.26)」は、ポーランドとリトアニアによる大国時代を知ることができる。このとき多民族・多言語国家となって、ユダヤ人(ユダヤ人の楽園、イディッシュ語)も関わりがあることをちょっと触れている。(ユダヤ人とポーランドを含む関係諸国との歴史的な関係を知るきっかけを与えてくれる)


(Youtubeに登録のkyodaiunionに感謝)

② 政治・軍事勢力の歴史的変遷(~ポーランド3分割まで)を図版を交えて地図上に表現したYoutube映像「白鷲の滅亡 ~ポーランド分割~」(登録者:ギルバート)がある。*

2018年4月13日金曜日

(雑談)考えてみれば今日は・・・

日めくりカレンダーを見て、はたと気付いた。今日は「13日の金曜日」なのだ。

そういえば、縁起でもないことがあった。街中で、あわや交通事故にもなりかねない場面に巡り会わせたからだ。やっぱり危険なことが起るものだ。私はクリスチャンじゃないのに・・・、一日の終わりに思い返した。

今日の月齢は、26.6、満月でもない。しかも、旧暦2月28日の「大安」なのに。(ちなみに、旧暦2月も30日まである)

交通事故になりかけた件については気分がよくないので、池乃めだかさんのギャグを借りて、「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ」。

(付記)
いいこともある。昨日のWindows update後、このBloggerで、編集画面からログアウトするのに、何度も繰り返すといった不都合がなくなった。

2018年4月12日木曜日

春期イディッシュ語 2018-2nd

「イディッシュ語」教室へ通うのに地下鉄を利用している。週一回都心への外出、私にとっていい運動になっている。乗車中の振動が心地よく、いつしかまどろむことがしょっちゅう。以前に触れたが「1/fゆらぎ」のおかげか。

(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”、”イディッシュ語”)

頭が揺らいでいる状態の私にとって、次のような工夫された授業は、春期コースの始まりにありがたい。第2回目の今日、次の内容で教示いただいた。

① 今回から、ポーランド語の大ベテランが参加されたこともあって、ポーランド語とイディッシュ語の文字の発音を比較紹介された。(イディッシュ語へのポーランド語の影響についても)

② 「期イディッシュ語 2017」の最終回の授業(2018年2月15日)で読んだ「7と7は11זיבן און זיבן איז עלף)」の小話のディクテーション(聞き書き)と、物語の展開・登場人物を分担してのロールプレイ(会話)を行なった。

クラスメイトのミュージシャンは、今日の授業を終えて、そのまま四国の「道後オンセナート2018」のアートフェスティバルへ参加される。中国語の若き研究者は、ロシア語版のイディッシュ語教科書をすらすら読んで聞かせてくれた。また、若きアーティストは新たな進路について意志を固めたようだ。若い人たちが揃って凄いのに感心するばかり。

2018年4月11日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「つぼみの歌」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、済州島の民謡「つぼみの歌(봉지가)」他についての話を紹介した。

始めに、「清明(청명)」と「寒食한식)」の歳時について次のように紹介された。
・二十四節気の「清明」は、空が明るくなる日で、毎年4月4日、5日頃にあたる。一方、「旧正月(설날)」、「秋夕(추석)」、「端午」と並ぶ四大節句の一つ「寒食」には、火を使わず冷たい物を食べる。寒食は冬至から105日が過ぎた日で、清明と同じ時期になる。ことわざに、「清明に死んでも、寒食に死んでも(청명에 죽으나 한식에 죽으나)」があり、どちらにしろ大差ないの意だ。暖春になぜ死を例えるか、それは寒食に先祖の墓参や祭祀を捧げる風習があったからだろう。

▼ 済州島方言(花のつぼみ:봉지)に由来する済州民謡「つぼみの歌」を聴く。レコードジャケットがいい。

・この民謡は、「ツツジが咲くとカッコウが鳴き、ナズナと春を摘み取る」で始まるが、済州島では「春の木からつぼみが落ちる」と始まったそうで、美しい花がしおれると実になると、春の美しい自然を歌い、一方で秋の収穫の期待をこめた。

次に、1910年頃始まった木を植える日「植木日(식목일)」について次のように紹介された。
・寒食は、木を植える日「植木日」でもある。国土の7割を山地は占めるが、(古来)木を多用して山肌が多く露出したため、1910年頃から植樹が始まった。だが、朝鮮戦争などで避難民が伐採して山林を大きく減じたが、その後の植樹の努力が実り、造林に成功した。ちなみに、韓国の山で最もよく見かける樹木は松で、国歌にソウルの中心にある南山の松が登場する。

▼ コムンゴ演奏による <南山に松が多いが、その数が減るを残念に思い、豊かな山への想いを込めた>「青い松の茂みを夢見る(푸른 솔 숲을 꿈꾸다)」を聴く。今様に。

最後に、王が直に畑を耕す宮中行事について次のように紹介された。
・植木日は、朝鮮時代の宮中行事と関連がある。春になると、王が直接農作して、農事を重視する姿を見せた。
・キム・ボエさんのことば: 草木が育つ清明(4/5)、先祖の恵みを思いながら墓参や祭祀を捧げる寒食(4/6)とつづく。いつも自然と共に感謝する気持ちで生きた、昔の人々の暮らしを想像してみたいと思う・・・とのこと。

▼ <寒食の日に珍しい食べ物を準備して、夫の祭祀を捧げる> 女性の歌「祭奠(さいてん、제전)」を聴く。次々と並ぶ。

2018年4月10日火曜日

(雑談)Flash Playerが変?

ときどき、Flash Playerが機能しなくなる。

今日も変で、「WeatherNews」の天気予報画面が見られないのに気付いた。

Flash Playerの「状況確認」画面をチェックしたら、確認用のムービーが動かない。

インストールし直しか?・・・

インストールしたら回復したが、面倒なことで!(インストール直後、PCに異音がした)

(Chromeって、自動的に対応してくれるんじゃなかったのかな?)

2018年4月9日月曜日

ハナミズキ

夕方になって急に冷え込んだ。いったん帰宅して、冬着に替えて「韓国語教室」に通う。

陽が沈んでも、空全体に明かりが留まり、教室への通り道、公園奥がのぞかれる。先週、広場にぽつんと立った照明灯の足元だけ浮かんでいたのに比べて、今夕はうっすら広場も木立も見えた。茶色のフィルターをかけたような景色だ。

そのとき、サクラと見まごう色合いをした一本の「ハナミズキ花水木)」がいた。白い花が普通だが、目の前のハナミズキは、花弁周囲をピンク色に縁取られ、白色と薄め合って満開のサクラのようだった。

ハナミズキは、近所の川沿い公園に並んでいる。視線が花弁に向くが、木肌が妙にごつごつしている。多分、このことは余り知られてないだろう。サクラの後釜だと、素直に受け入れない目が、何かと不都合を探すようだ。意地の悪いこと。

2018年4月8日日曜日

(資料)韓国の国語辞典の現状

手持ちの韓国語電子辞書は、以前、ソウルの教保文庫で購入した韓国CASIO製の「EX word」で、韓国の日本語学習者のためのものだ。主コンテンツに日韓・韓日辞書「Prime」があって、日本語対訳のため日本版の辞書感覚で使える。

この辞書には、英語辞書「e4u」、中国語辞書、当然ながら韓国の国語辞書がある。とはいえ使いこなしていない。韓国の外来語を確認するため、英語辞書を参照したりすることはあるが、ネット検索の方がよほどに楽で便利である。

ところで、韓国語の専門家から、日本には韓国語研究の伝統があり、韓国語表現について、韓国版よりも重厚な辞書があると聞いたことがある。素人ゆえ、それ以上知る術はないが。

現在の韓国の一般的な国語辞書の流通を、朝鮮日報(日本語版)の記事「【コラム】国語辞典の差、韓日の知力差」(4/8、金泰翼 論説委員)は、次のように紹介している。(抜粋)
音楽の流通がCDからオンラインに変わったように、辞書も紙からオンラインに変わったという。
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 韓国では国語辞典という市場自体が死滅した。人々がポータルサイトを利用するからだ。出版社の辞典チームは解体された。それゆえ、改訂競争で辞典の質を高める機会も消えた。国民の税金で設立した国立国語院の標準国語大辞典は1999年の初版発行以降、一度も改訂版を出していない。オンラインでも本格的な改訂はなされていない。載せるべきものと載せなくてもよいものを区別できず。単語の最も正確な意味も盛り込まれていないという批判が根強い。オンライン辞典が大勢ならば、読者がオンライン国語辞典の誤りを指摘し、修正を求めて声を上げなければならない。国語辞典の差が韓国と日本の知力の差をもたらすと思うと恐ろしい。
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(参考)
上記記事にとりあげられた「広辞苑」: 毎日新聞の記事「岩波書店『広辞苑』10年ぶり改訂 担当者が明かす知られざる魅力」(2018年1月4日)。

2018年4月7日土曜日

イ・ソンヒ「デビュー前、チョー・ヨンピルは羨望の対象」

韓国歌謡界を代表する歌手チョー・ヨンピルについて、イ・ソンヒはデビュー当初からの想いを、SBSニュースの記事「イ・ソンヒ『デビュー前、チョー・ヨンピルは羨望の対象...知ってみると可愛い兄』」(4/5、SBS funEイ・ジョンア記者)に次のように語っている。

(本ブログ関連:”チョー・ヨンピル”)

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・歌手イ・ソンヒが「歌王」チョー・ヨンピルのデビュー50周年を記念して、チョー・ヨンピル50周年の秘訣として、彼の音楽が持つ「共感の力」を挙げた。

・チョー・ヨンピル50周年推進委員会は、5日午前、チョー・ヨンピル50周年記念祝賀映像「50&50人-イ・ソンヒ編」を、チョー・ヨンピルの公式ホームページ並びにSNSチャンネルを通じて公開した。

・イ・ソンヒは「テレビで見て、テープを介して聞いた好きな人と同じ舞台に立つこと自体が夢路心地だった」とデビュー当初のころ、チョー・ヨンピルに対する思い出を回想した。続いて、「そのとき私ひとりが好きだったけれど、過ぎてみると先輩はかわいい人だったようだ。舞台に立つ前に、先輩が『うまくやれ、震えるな』という話をたくさんしてくださった」と付け加えた。

・特に、過去のチョー・ヨンピルとデュエットの舞台に立ったことについて聞くと、イ・ソンヒは手をとって明るく笑いながら「光栄だった。そのような時間が懐かしく思ったし、まだ残りの時間がたっぷりあるので、もう一度先輩と一緒に歌作りしてみてはどうだろうかと思っている」と、希望を伝えた。

・イ・ソンヒは「先輩のアルバムに収録された全ての曲が(音楽)チャートに登って支持(愛)を受けた」と思い出して、その中でも、自分の愛唱曲に選んだ「友よ(친구여)」につれて歌った後、「やっぱり先輩が歌うのが勝っているだろう」といたずらっぽく言って笑いを誘った。

・最後にイ・ソンヒは「チョー・ヨンピル先輩は、その時代の悩みとその時代が求める音楽を感じていると思っていた。『共感できる力』がある。より良い舞台のために徹底的に自己管理される姿に拍手差し上げたくて、ご健闘(ファイティング)を願う」と応援した。

イ・ソンヒが立ち会った「50&50人」の映像は、チョー・ヨンピルのデビュー50周年を記念して、歌手、俳優、放送人、スポーツスターなどの有名人のお祝いメッセージをリレーで公開するプロジェクトだ。先に、俳優のアン・ソンギとイ・ソジン、ビッグバンのテヤン、放送人のユ・ジェソク、音楽家のユ・ヒヨルなどの映像が公開されて関心を集めた。

・今年でデビュー50周年を迎えるチョー・ヨンピルは、5月12日にソウル蚕室オリンピック主競技場公演を皮切りに、5月19日に大邱ワールドカップ競技場、6月2日に光州ワールドカップ競技場、6月9日に議政府総合運動場などの地で「サンクス・トゥ・ユウ(Thanks To You)」ツアーを展開する。
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ところで、イ・ソンヒが語る「共感の力(공감의 힘)」について、一般的な表現なのか、それともある特別の思潮を指すのかわからない・・・。

2018年4月6日金曜日

イ・ソンヒの「Jへ」(「春がくる」公演で)

イ・ソンヒが韓国芸術団の一員として、平壌コンサート「春がくる(봄이 온다)」で、彼女の代表曲「Jへ」を歌った動画が登録された。会場の雰囲気・反応も察せられる貴重な映像だ。

ソウルの公演なら、イ・ソンヒは、特にこのバラードに合わせて、会場にマイクを向けて一緒に歌うのを促すことが多い。観客は頭上でゆっくりペンライトを左右に振るし、周りを気にせず歌いだす。けれど、今回はそうならない(観客は舞台を見ているだけではない)*。

(本ブログ関連:”Jへ”、”イ・ソンヒと政治”)

この舞台が、4/1の韓国側単独公演のものか、4/3の南北合同公演のものか判別できない。また、平壌で「春がくる(봄이 온다)」ならば、ソウルで「秋がきた(가을이 왔다)」へと深めていこうという話題もあるようだが。(「ナムウィキ」より)

(J에게,알고싶어요,아름다운강산 : 2018 남북평화협력기원-평양공연 ”봄이온다” '18.04.01 동평양대극장)

(Youtubeに登録の가수/영상작가 전영월に感謝)

(*)追記
朝鮮日報(日本語版)の記事「韓国芸術団の平壌公演、観客は党幹部と芸術団員ばかりだった   住民は公演の詳細を知らず」(4/8、チョ・ユンヨン特派員)より抜粋。
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   (北朝鮮の事情に詳しい) この消息筋は、公演を鑑賞したのは主に海外生活経験のある党幹部の家族だったという日本メディアの報道について「それだけではない」と話した。

 観客らは公演について「南朝鮮の歌はまあまあだった」「われわれ(北朝鮮)の歌ほど良くはなかった」としか話すことができず「われわれの歌より良かった」という話は絶対にできないという。消息筋は「韓国の歌手たちは公演のときに観客席に向かって一緒に歌うよう呼び掛けたが、北朝鮮の事情を知らなすぎる行動だ」として「いくら観客が党幹部でも、韓国の歌を知っているという事実がばれてしまうため、一緒に歌うということは絶対にあり得ないだろう」と指摘した。
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2018年4月5日木曜日

春期イディッシュ語 2018-1st (始業)

「イディッシュ語」秋期講座が始まった。この機会がなければ、定期的に都心に外出することもない。おかげで適度な運動にもなる。

今回、昨年春期だけの参加者が復活したり、新たな参加者も含めてクラスメイトが増えた。とはいえ、みなさんは他言語経験(研究)のベテランばかり・・・濃いメンバーが参加したことになる。
自己紹介の中で、先生ご自身を含めて、出席者全員の経験(研究)をホワイトボードに書き出された。一覧して、ど素人の身としては、ただただ驚くばかり。

そんなわけで、いろいろ工夫された授業が始まった。
・ヘブライ文字表を使った「ビンゴゲーム」。(先生が海外の研究者からもらったゲームだそうだ)
・昨年から教室で使用テキストの「ダイアログ」を使った「地名ゲーム」。(訳と地名の書き出し)

(本ブログ関連:”2017秋期イディッシュ語”、”イディッシュ語”)

初回のため、自己紹介があればイディッシュ語でと思って準備したが、それどころじゃなかった。どうやって追いていくか・・・おじさんは気になる。

清明 2018

今日は、二十四節気の「清明(せいめい)」。「万物がすがすがしく明るく美しいころ」(Wikipedia)とのことだが、もう少し具体的に知りたく、色刷り図版が美しい「日本の七十二候を楽しむ」(臼井明大、東邦出版)を見ると、清明の候を次のように分類解説している・・・なるほど。ロケット打ち上げでいえば、まさに「リフトオフ」・・・明確な軌道に乗るべき、始まりの始まりを示す。

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・初候: 玄鳥至る(つばめきたる)
・次候: 鴻雁北へかへる(がんきたへかえる)
・末候: 虹始めて見る(にじはじめてあらわる)
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(本ブログ関連:”清明”)

ブログを遡ってみれば、実際の清明の天候はバラついている。だからこそ、そろそろブレのない一投球を欲するころだろう。
(ちなみに「清明」は、狐と縁ある陰陽師の安倍晴明の「晴明(せいめい)」じゃない。)

2018年4月4日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「旌善アラリ」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/28)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「旌善アラリ정선아라리)」他についての話を紹介した。

始めに、江原道の旌善地域に伝わる民謡「アリラン」について次のように紹介された。
・古い音楽ゆえに生命力を失うものもあれば、時が経つほど親しまれるものもある。絶えず新しく変化する民謡「アリラン」がそれだ。よく「民族の歌」と言われ、悲喜こもごも、世代を通じて歌える曲で、歌いやすく、多様性が評価されている。最も古いアリランは、江原道の深い山中にある旌善地域に伝わる。

▼ 「旌善アラリ」の歌を聴く。素朴で労働の歌のよう・・・どんな場面で歌われたのか。

次に、「旌善アラリ」の起源と「(한)」について次のように紹介された。
・「旌善アラリ」の起源は明確でないが、① 朝鮮初期起源の説。高麗滅亡後、朝鮮建国に反対した高麗貴族は、旌善地域の山中に隠れ、過去と故郷に対する恋しい気持ちを詩に歌った。それが徐々に広がり、「旌善アラリ」になったという。一方、② 19世紀に入ってから歌われた説もある。ところで民謡は、急にできあがるものでなく、長い歳月が積み重ねられ、その地域の歴史、人々の暮らしが反映されたものだ。江原道の山地は高く険しい。歌から切ない心の「(한)」が感じられる。

▼ 江原道地方の独特な情緒を歌った「恨五百年(한오백년)」の歌と演奏を聴く。思い入れ溢れる、今様に。

次に、江原道のもうひとつの民謡「江原道アリラン」について次のように紹介された。
・平昌冬季五輪のおかげで有名になった江原道に、独特な情緒が感じられる、もうひとつの民謡「江原道アリラン」がある。十拍をひとつの区切りとし、二拍と三拍を繰り返す。二拍と三拍で調和して歌うのは簡単でない。不調和の調和と言える。海外のミュージシャンも、そこに注目することが多いという。

▼ 新しい曲「江原道アリラン(강원도 아리랑)」の演奏を聴く。リズムの複雑さを感じさせない、軽妙な響き。

2018年4月3日火曜日

吹き溜まり

桜が散る様を見るのはいいもので、美意識を独り合点したりするが、それもその場限りの風流談義でしかない。根の深い理解もない。ぱっと咲いてぱっと散る、それがいさぎよいといった程度でしかない。すぐに桜は、薄赤い萼(がく)に霞のように覆われる。

桜並木の路肩には、まだ色変わりしていない花弁が折り重なっている。いわゆる吹き溜まりに、汚れを感じないのは幸いだ。

小説や映画で当り前のプロットを飛び越えることに慣れてしまって、自然がアナログに移つり変わることを忘れているようだ。理科少年だったら、ここで「観察」するところだろうけど。

最近、意図しなくて時間を省略するようになった。つまり物忘れすること。だから物事の進展が妙にダイナミックに見えたりする。同時に、昔と共通したものが見えてきたりして、おかしくもある。未来へジャンプすることはない。アナログでつながるしかないのだから。

2018年4月2日月曜日

夜桜

夜桜が美しいこの時期。ブログに決まって記す歌がある。与謝野晶子の「清水(きよみず)へ祇園をよぎる花月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき」だ。私も、穏やかに心が澄むようだ。

(本ブログ関連:”与謝野晶子”)

今日から始まった春期「韓国語教室」の帰り道、登る坂道の片側に散り始めた桜がつづく。外灯が短い距離に点在して、その灯りに照らされた薄紅の花弁が夜風に揺れる。夜道がまさに花道になった気分だ。花弁が一枚一枚、静かにぱらぱらと足元に舞い散る。そんなできすぎた光景に高揚を覚えた。(もちろんこの坂道、往路にも使った訳で、そのとき、満開の時期に来なかったことを悔やんだ)

(Youtubeに登録の美しい”昼間の”桜吹雪から)

(Youtubeに登録のT. KENに感謝)

2018年4月1日日曜日

早朝の桜

今日から4月1日。年度の変わり目が日曜日というのは、何となくおめでたい気がする。早朝、公園に桜を見に行った。若干のひんやりを、桜が和ませてくれるほどの涼しさだった。

早朝の公園の桜木立
公園の「桜まつり」は、昨日(3/31)と今日(4/1)。東京の桜の満開発表(3/24)から8日目、そろそろ散り始めたようだ。

品種が同じ並木道の桜なら、一斉に咲き一斉に散る様が分かる。それに比べて、公園の桜はいろいろ品種があり、散り加減に濃淡があって、見納めに十分な風情だ。

朝日を受けた桜木立は、左の写真のように、本格的な花吹雪直前の姿を見せてくれた。(桜吹雪は密集してこそ体験できる)

こんな風に、早朝の公園に行くことはない。ランニングする人、公園施設から流れる音楽に合わせて、中高年者たちがあちこちで体操している、いつもなら気付かぬ光景を目にした。

2018年3月31日土曜日

イ・ソンヒの4月予定(第5報)

イ・ソンヒら韓国芸術団の一団は、いよいよ出立した。朝鮮日報の記事「[フォト]イ・ソンヒのクールな挨拶の言葉にみんなに笑いが〜」(3/31)に写真入でその様子が掲載されている。(抜粋)
Youtube映像に、他のメンバーと比べて、「楽しくやってきます」と短く発言しているのがあった。(これだけかどうか分かりませんが・・・)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの4月予定”)

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「南北平和協力祈念 南側芸術団、平壌公演 - 春が来る」のため、平壌へ出発するわが国側(芸術)団が、31日午前、金浦空港から出国する前に記者会見を持った。挨拶を伝えるイ・ソンヒのすがた。
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(写真)平壌公演の音楽監督を務めた作曲家ユンサンに、イ・ソンヒがマイクを渡す様子が写されている。

なお、韓国版Wikipediaとでもいうべき「ナムウィキ」に、「南北平和協力祈念 南側芸術団、平壌公演」が登録されている。今後、公演の詳細について、ナムウィキは有用な参照・確認先になるだろう。

2018年3月30日金曜日

イ・ソンヒの4月予定(第4報)

情報が小出しになっているが、4月初に平壌公演する韓国芸術団の具体的なスケジュールについて、中央日報の記事「芸術団合同練習...」(3/29)は次のように報じている。(抜粋)
なお、この記事は「政治」欄に置かれている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの4月予定”)
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「春が来る(봄이 온다)」というタイトル(題目)がついた我が国の芸術団の単独公演は 4月1日午後5時から「東平壌大劇場」で、南北合同公演は 3日午後「柳京鄭周永体育館」で、それぞれ2時間ほど繰り広げられる。
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2018年3月29日木曜日

イ・ソンヒの4月予定(第3報)

4月初め平壌へ公演に行く韓国芸術団は、昨日(3/28)、歌手合同練習を行なったと、(進歩系の)京郷新聞の記事「イ・ソンヒなど平壌へ行く歌手たちがチョー・ヨンピル(所属の)企画会社で合同練習... 」(3/28)は次のように報じている。
(イ・ソンヒ関連抜粋)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの4月予定”)

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・4月に平壌公演へ行く(韓国芸術)団が、28日、ソウル瑞草洞のチョー・ヨンピルの企画会社YPCプロダクションで合同練習を行なった。

・選曲が完了した彼ら(歌手たち)は、この日の午後5時30分ごろからリレーで練習をつないだ。

・(まず)イ・ソンヒが「Jへ(J에게)」と「美しい江山(아름다운 강산)」、「分かりたいです(알고 싶어요)」を歌って練習を開始した。
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2018年3月28日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」パンソリの歌い手

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、物語を歌と鼓で演じる「パンソリ」の歌い手についての話を紹介した。

始めに、朝鮮後期のパンソリの歌い手「権三得권삼득)」(1772年~1841年)について次のように紹介された。
・朝鮮後期、パンソリの歌い手に「権三得」がいた。パンソリが卑しい芸とされた時代、地方の両斑の子息で、元々勉学に興味がなかった彼が歌い手になるのは不名誉なことだった。棒で叩かれる笞刑を受け、どうせ死ぬなら最後に好きなだけ歌を歌わせて欲しいと歌った声が美しく追放に減じられた。名唱として、動きの様の表現や独特の唱法で知られる。今もその歌い方をする際、彼を明示する。

▼ 「興甫歌」から、意地悪ノルボが「燕をだまし取ろうとする場面(제비 후리러 가는 대목)」を聴く。テンション高く。

次に、朝鮮後期のパンソリの歌い手「宋興録송흥록)」(1801年〜1863年)について次のように紹介された。
・朝鮮後期、パンソリの歌い手「宋興録」は、歌王と言われた。若い頃、宴会で歌を歌ったところ、皆が誉める中で、妓生の「孟烈(맹렬)」は気が乗らぬ表情をした。歌は上手いが、まだ十分でないという彼女の言葉に傷ついた彼は、身を削る努力で練習に励んだ。結局二人は夫婦になる。生活は、穏やかなことばかりでない。ある日、孟烈は怒って家出した。宋興録は彼女を止めようとしつつも、歌が先に出た。別れを告げる哀切な歌声を聞いた彼女は戻ったという。この歌は南道雑歌に伝わる。

▼ 「南道雑歌 興打令(남도잡가 흥타령)」を聴く。人恋しく。

最後に、近代のパンソリの歌い手「林芳蔚임방울)」(1904年~1961年)について次のように紹介された。
・(「春香歌」の)「スクテモリ(쑥대머리)」で一躍スターになった、林芳蔚は一時、歌を止めて、「珊瑚珠(산호주)」と暮らし始めた。2年ほどしたある日、自分の声が以前のようでないと思った彼は、歌の練習に励むため、何も言わず彼女の元を去った。彼女は病になり、死ぬ間際に彼を訪ねたが、彼は会おうとしなかった。彼が珊瑚珠を訪ねたときには亡くなっていた。彼女を抱いて歌った曲が「思い出(추억)」という。

▼ <珊瑚珠が亡くなった悲しみの中で歌った>という曲「思い出」を聴く。今様に。

2018年3月27日火曜日

(雑談)ミニ飛行機 「私は決して後悔しない」

飛行機好き。近くに? ローカル飛行場があり、毎日、上空を小型機や近距離旅客機が旋回しているのが見える。雑誌で楽しめるのは、大型旅客機の情報(月刊「AIRLINE」)だが、もっと楽しみたいとYoutubeを探す。

(本ブログ関連:”飛行機”)

ジェットエンジンにマイクロエンジンがあって、模型飛行機に使われている。それをもう少し大きくしたら、(人が搭乗して)飛べるんじゃないのということで作ってしまった飛行機がある。次のYoutube映像がそれだ。これくらいの大きさだと、RC(ラジコン)模型機で作ってしまうほどのもの・・・、それに人間を乗せているといった感じだ。果たして、商用化しているのだろうか気になる。というより、買う人がいるのかな。

画面に流れる音楽がいい。シャンソンの「水に流して」(Non, je ne regrette rien) だが、原意は「私は決して後悔しない」だそうだ。そう、飛んでしまったら、後戻りできないのだから。

Colomban Cri-cri: MC-15 Cri-Cri Jet、PBS Velka Bites TJ20A ターボジェットエンジン)

(Youtubeに登録のPov khmer movieに感謝)

2018年3月26日月曜日

公園の花見

春の心地よい陽射しに誘われて花見に行った。「彼岸開け」の一昨日(3/24)、合わせて東京の「桜の満開」が発表された。ならばと、桜で有名な地元公園へ遊びに出かけた次第。

たしか今日は月曜日、平日のはず。それなのに公園は、いつもの日曜日並の混みようだった。そうか、子どもたちや家族連れが多いのは、今日から「春休み」に入ったからだろう。

たてもの園前広場は、満開の桜に囲まれていた。「彼岸開け」の更に前日(3/23)に見た桜は、蕾を膨らませていただけだったのに。あっというまに満開になって、写真のような賑やかさだ。

公園の「桜まつり」は、3/31、4/1に予定されている。その日までもつか気になるほど、満開が早過ぎる・・・きっと誰もがそう思って、早めに出かけて来たのだろう。花の宴は、桜の花の下、いたるところで開かれていた。

そして、広場の子どもたちは、元気に春風と一緒に球遊びに興じていた。

(速報)イ・ソンヒ 「80~90年代男性歌手リメイクアルバム」予定

そろそろ欲しいなと思っていたイ・ソンヒの新しいアルバムが6月発売予定と、スポーツソウルの記事「「単独] 女性歌王イ・ソンヒ、デビュー34年ぶり初のリメイクアルバム 6月発売」(3/26、イ・ジソク記者)は、次のように報じている。

リメイク曲の対象が、80~90年代の男性歌手の歌とのこと。当時の世相を経験した、かつての若者たちと懐旧を深めるのか、あるいは一層の共感をはかるのか、選択曲目に関心がもたれる。

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・「女性歌王」イ・ソンヒが、80~90年代の男性歌手が歌った歌をリメークする。

・男性歌手たちの歌中心に4曲ほどを選曲したことが分かった。イ・ソンヒがリメイク曲だけで満たしたアルバムを出すのは、今回デビュー後初めてだ。アルバムは、6月頃公開される予定である。

・イ・ソンヒは、他の歌手の歌を歌うたび大きな反響を得てきた。彼女の代表曲の一つである「美しい江山(아름다운 강산)」は、原作者シン・ジュンヒョンの原曲と同じくらい大きな支持(愛)を受けた。2014年8月、JTBCの「本物は誰だ HIDDEN SINGER シーズン3」で、イム・チャンジョンと「焼酎一杯(소주 한잔)」をデュエット曲として歌ったときは原曲者を涙させるほどの感動をプレゼントした。2016年のSBS 「ファンタスティック デュオ」でも大きな話題を集めた。
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他紙に、情報を読み違えているものがあった。所属事務所のニュースリリースを誤読したのか、記者の記憶が曖昧だったのかと思われる。

2018年3月25日日曜日

イ・ソンヒの「歳月は流れても」

イ・ソンヒの直近最大のイベントといえば、政府肝いりの韓国芸術団の中心歌手として、今月31日から来月3日、平壌のコンサート舞台に立つことだろう。韓国の歌手たちが何を歌うか、その選曲予想が新聞記事になっている。

イ・ソンヒの場合、先日の平昌冬季五輪に来韓した、北側芸術団の音楽コンサートで、イ・ソンヒのデビュー曲「Jへ」が歌われたことから、同曲を平壌で歌うだろうと第一に挙げられている。次に予想されているのが、韓国の国民歌謡とでもいうべき、「美しい江山(아름다운 강산)」(シン・ジュンヒョン、最初の発表は1972年という)だ。同曲は、発表当時、健全歌謡を求められた世相に対するアンチテーゼだったともいわれている・・・。

(本ブログ関連:”美しい江山”)

「美しい江山」は、イ・ソンヒが本歌取りして、彼女のアルバム4集の代表曲になる。これについては本ブログで何度も触れた。そこで、同アルバムに並ぶ「歳月は流れても(세월은 흘러도)」(作詞・作曲 ユン・テヨン、1988年)を聴いてみよう。大衆歌謡評論家によれば、ヒットこそしなかったものの懐かしく平易な旋律が好ましいという。なるほど、古めかしさが心地よい。

(本ブログ関連:”歳月は流れても”)


歳月は流れても  私たちの心は
忘れられたその街に  残っています

歳月は流れても  私たちの愛は
散ったその時間に  残っているわよ
*
その昔の記憶を  たどってみましょう
忘れられたその街を  歩いてみましょう

その昔は夢のように  散ってしまった
その時間はどこにあるのか  探してみましょう

歳月は流れても  思い出は残っている
忘れようとすればするほど  思い出します

(*以下繰り返し)

忘れようとすればするほど  思い出します


(Youtubeに登録のJ-GODに感謝)

春に冷や水、夏に逃げ水

来週から教室が始まる。怠け者の性分のため、今まで準備に余念が無いなんてことは一度だってあったためしがない。それに、これまで学んだことをあっさり揮発させている。

年寄りの「冷や水」というか、まわりに迷惑かけつつ、今春も何とかやろうとするのは、一種健康のためといっていいかもしれない。そんな我がままを許容してくださる良き師、良きクラスメイトに感謝しつつ。

成果については、真夏に発生する「逃げ水」の如し。遠く見えるものの、たどり着けば何もない。歩いている実感だけする。それで十分ではないかと思い至った次第。

来週月曜から「韓国語教室」が始まる。イ・ソンヒさんのコンサートに行くため、彼女の歌詞も知りたいという動機からだった。だが、低空周回飛行を続けて幾星霜、イ・ソンヒさんというせっかくの上昇気流をとらえきれずにいる。悪女の深情けならぬ、悪爺の深情けであることをもちろん自覚している。

来週木曜日から始まる「イディッシュ語教室」は、まだ始めたばかりといってよい。子どものころ、自転車で知らない街を巡るのが好きだった。そんな好奇心というか冒険心を再び体験したくチャレンジした。ヘブライ文字がおもしろく、かなりドイツ語風でありながら、ユダヤ文化を楽しめる味わい深い教室だ。

あと一週間しかない。予習は大丈夫か。全然。

2018年3月24日土曜日

春の「彼岸の明け」

一年を寒暖に二分する「春分の日」と「秋分の日」を中心に、それぞれ、前後3日、計7日間の「彼岸」があり、始点の「彼岸の入り」に対して終点を「彼岸の明け」という。仏事につながる期間だが、各家の私的な行ないといった方がよい。

(本ブログ関連:”彼岸明け”)

むしろ世間は、桜の満開がもっぱらの話題。tenki.jpのサイト記事「東京 桜満開 過去3位の早さ」(3/24)は、東京の気象台による桜の満開発表について次のように報じている。(抜粋)
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東京管区気象台は、24日午前10時過ぎ、(靖国神社の標本木の)桜(ソメイヨシノ)の満開を発表しました。平年より10日早く昨年より9日早い満開です。東京の満開は1953年の統計開始以来、2002年の3月21日、2013年の3月22日に次ぐ3位の早さです今年は3月17日に開花後、7日で満開を迎えました
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驚きは、開花宣言後、7日*で満開を迎えたことだ。地元の公園の桜は、昨日の散歩で見た限り芽吹き程度と感じたが、明日もう一度訪れて確認してみよう。というのも、今日、近所の並木道で見た桜が、思いのほか花開いていたからだ。

(*)開花から満開までの期間: ネットで確認したところ、平均1週間(7日)程度とのこと。驚くことでもなかった。ちなみに、Wikipediaを見ると、東京の開花平年日3/25、満開平年日4/2とのことで、その間、9日間になるが。

桜の高く覆う並木道は脇道のため、余り人目に付かない。道の真ん中に立って、仰ぐようにして写真を撮ったものの、空模様が今一のため地味にしか写っていなかった。春爛漫の桜をめでるには、青空との対比が欲しい。もう一度機会を得たい。

2018年3月23日金曜日

公園の桜

空気は流体、連続して流れる。だから天候はアナログに変化する。なのに今朝、昨日をすっかり忘れる穏やかさ。天気予報で、昨年と比べた説明をされると、新鮮な思いで聞いてしまう。昨日はおぼろに、昨年はすっかり忘れている。

穏やかな日和、地元の公園に出かけた。平日昼間のせいか、幼稚園・保育園児の集団、幼児を連れの家族、そして老人グループが広場のあちこちに点在して、のんびり陽射しを浴びている。なかでも愉快なのは、ゴム製?の膨らみでできた「フワフワドーム」の上で、幼児が集団で飛び跳ねている光景だ。一種のトランポリンである。

公園の梅はすっかり花を散らして、その替わりの桜は数本咲いているだけ。大方の桜は芽を膨らませている段階だ。

(本ブログ関連:””)

唯一といってよい満開の桜があった。写真の桜、品種を「淡墨桜(うすずみざくら)」という。樹下に説明板があり、<散りぎわに淡い墨色を帯びる・・・> とある。

満開の今、全体に白い花弁が青空に映える。いわゆる桜色の薄いピンクというより、白色が強い。その分あっさりして、広場にポツンと立っている理由が分かるような気がする。「染井吉野」と釣り合いが取れないのかもしれない。

(「小金井公園ガイド」に色彩の変化について解説がある。感謝)

そんな公園にも探せば、コブシの白色、サンシュユの黄色、ミツマタの黄金色を見つけることができる。寒さを感ぜず、のんびり散策できたのはありがたかった。

2018年3月22日木曜日

(雑談)聞き間違え

聞き間違えは、語彙不足の子どものころ、ラジオを聞く中で身につけたようだ。例えば、台風などの災害時、鉄道がマヒしたりして、「ふつう」になったと報道されると、てっきり「普通」の意と思った。速い汽車でも各駅停車になるくらいの災害だと。

あるいは、ニュースで「あらて」といった犯罪の解説を聞いて、「荒手」のことと思った。犯罪は荒々しいものだから、強面のイメージに結びついたようだ。ラジオで育ったせいか、文字まで思いがいたらなかった。テレビの場合は、映像に字幕が出るわけで、そうそう間違えるわけにはいかない。

最近でも、「なりすまし」といった言葉を、嘘をつきながら平然と「成り澄まし」ているといったイメージがする。思い込みが加わった聞き違えだろう。(市から送られてくる「安全メール」に、いろいろと注意喚起するものがある)

「ろうがい」という言葉も気になる。齢を重ねると、自身が「老害」になっていないか、そろそろ気にしなければならない・・・そんな自覚が芽生えている。ところが、もうひとつ「ろうがい」がある。まさに死語になりつつある「労咳」だ。古い話だが、結核患者が出た家の前を、昔の子どもたちは手で口を押さえて走り抜けたという。私にとっては、「労咳」よりも「老害」の方を気にしなければならないだろう。

2018年3月21日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」切ない別れの歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/14)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、韓国に伝わる切ない別れの歌についての話を紹介した。

始めに、最も古い歌といわれる「公無渡河歌(공무도하가)」と、「霍里子高(곽리자고)」と彼の妻「麗玉(여옥)」について次のように紹介された。
・古朝鮮の代、2000年ほど昔の作という最古の歌、「公無渡河歌」がある。ある日、「霍里子高」は川辺で不思議な光景を目にする。白髪の狂夫が酒入りのひさごを持って川に飛び込もうとするのを、妻が駆けつけて静止するが、男は溺れる。妻は、夫への歌を一曲歌い川に入る。霍里子高が、妻「麗玉」にそれを伝えると、麗玉は深く悲しみ、入水した女性の歌を歌ったという。切ない歌に、涙しない人はなかったと言われる。

▼ 「公無渡河歌」を元にした今様の歌と演奏を聴く。ドラマチックに厳かに、今様に。

次に、公無渡河歌に触れた中国の書「琴操」と「上院寺(상원사)」の銅鐘に描かれた弦楽器「箜篌(くご、공후)」について次のように紹介された。
・公無渡河歌は、長い歳月に音曲は失われたが、内容は中国の書「琴操」に記録された。同書は、琴で演奏する歌や音楽を記した一種の歌の本だ。公無渡河歌は、ハープに似た弦を弾いて音を出す弦楽器「箜篌」で演奏して歌った。箜篌にはいくつか種類があった。新羅時代創建の「上院寺」の銅鐘に、箜篌と日本の笙とよく似た楽器「笙簧(センファン、생황)を奏する奏楽飛天が美しく描かれている。
・昔、人が死ぬと魂が蝶になると信じられた。公無渡河歌の、川に飛び込んだ男と妻も蝶になったろうか。箜篌の奏法は忘れ去られ、楽器だけ伝わった。最近、何人かのミュージシャンが楽器を改造して奏法を工夫し、新しい音楽を披露している。

▼ 箜篌の演奏で「蝶になって(나비가 되어)」を聴く。親しみやすい旋律で、今様に。

最後に、「金素月김소월)」の詩「ツツジの花(진달래꽃)」について次のように紹介された。
・花が咲くころ、「金素月」の詩「ツツジの花」(1925年)が浮かぶ。切ない別れをツツジの花と一緒に描いた作品だ。

▼ 「ツツジの花」の詩を歌にした歌を聴く。語るように素朴に、今様に。

春分の日 2018

春分の日」の今日、「なんて日だ!」(バイキングの小峠さんのツッコミ)っていうくらい寒い。やっと春になったというに。冷えたせいか、朝からくしゃみと鼻水が止まらない(花粉症ではない、目頭が痒くないから)。

(本ブログ関連:”春分の日”)

おまけに、本格的な<雪降り>。音もなく空から一斉に舞い降りてくる。天気予報の通りに驚く。昨日の東京の平均気温は 8.4℃ だった(10℃を切った)が、今日はどうだろう。朝方6時に 4.8℃ に始まり、昼前には 2.9℃ まで下がった。まさに寒の戻りだ。

これまで春分の日に、穏やかな晴れもあれば、強風に公園の桜が倒されたりした。まさか雪まで降るとは。tenki.jpによれば、「過去30年(1988年~2017年)、東京のサクラが開花・満開後に雪が降った年は6回あります(ミゾレでも雪としてカウントします)。」とのこと。

井伊大老が暗殺された雪の「桜田門外の変」は、安政7年3月3日。旧暦の節句、「雛祭り」に雪といった取り合わせに驚いたりしたが、陽暦に換算すると1860年3月24日にあたる。今日3/21に雪が降るのも不思議でないことになる。とはいえ、せっかくの祝日の今日、雪はどれくらい降り積もるだろうか。

2018年3月20日火曜日

イ・ソンヒの4月予定(続)

昨日、本ブログ(3/19)に、4月に韓国の大衆音楽を中心にした公演を<平壌>で行なうといった報道を記したが、その内容が次第に具体的になってきたようだ。

聯合ニュース(日本語版)の記事、「レッドベルベット 平壌公演出演に『光栄でうれしい』」*(3/20)に、次のように紹介されている。(抜粋)
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・韓国の芸術団が31日から来月3日まで訪朝し、平壌で2回の公演を実施することで南北が合意した・・・
・平壌公演には国民的歌手のチョー・ヨンピルやイ・ソニ(=イ・ソンヒ)**、ユン・ドヒョン、ペク・チヨン、少女時代のソヒョンらも出演する。(および記事タイトルにある女性アイドルグループのレッドベルベット)
・代表曲「Jへ」が北朝鮮でもよく知られているイ・ソニも「最善を尽くし、良いステージをお見せする」と事務所(フックエンターテインメント)を通じてコメントを出した。
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(*)韓国の聯合ニュース記事の場合、タイトルは、「イ・ソンヒ、レッドベルベット 『有意義な公演 光栄・・・一生懸命準備する』(이선희·레드벨벳 "뜻깊은 공연 영광…열심히 준비하겠다")」(3/20)で、イ・ソンヒを先頭に配置している。また、イ・ソンヒの発言についても、記事構成の最上位に置かれている。(「まだ、どんな曲を選曲するか決めていないが・・・」とのこと)

(**)「イ・ソニ」は、「イ・ソンヒ」をリエゾン読みしたもの。日本的感覚で略称の気がするが問題ないとのこと。

2018年3月19日月曜日

(速報)イ・ソンヒの4月予定

韓国統一部が4月予定の<平壌>での音楽公演に、イ・ソンヒが参加するらしい報道が流れた。政府と親和のあるハンギョレ新聞の記事「統一部『ユンサン、アイドルから7080まであまねく経験考慮して抜擢』」(3/19)によれば、「(韓国)統一部は、19日、芸術団、平壌公演のための南北実務接触の韓国側首席代表兼音楽監督にユンサン(윤상)*を選任した」という。

(*)ユンサン: ミュージシャンであり、坂本龍一の影響(風貌までも)受けたという。

今回の公演参加者について、ハンギョレ新聞の記事「チョー・ヨンピル、イ・ソンヒ 4月に平壌公演立つ... 芸術監督にユンサン」(3/19)は、<平壌>での音楽公演経験のあるチョー・ヨンピル、イ・ソンヒの他に、ユン・ドヒョンペク・ジヨンなど(実力派歌手)が挙げられている。また、クラシック関連で、指揮者チョン・ミョンフン、ソウル市響、KBS交響楽団などと融合したもの(例「開かれた音楽会」)にするという。

これらの動きに対して、現在、イ・ソンヒはどのような態勢にいるのだろうか。彼女は、時代の大きな潮流と接触したり、身を置く経験をしている。

(YTN NEWSより:Youtubeにアンカーおよび記者の発言の文字起しがある)

(Youtubeに登録の YTN NEWSに感謝)

(追記)
中央日報日本語版に、記事「歌手チョー・ヨンピルとイ・ソニ、来月平壌舞台に立つのか」(3/20)として紹介される。

2018年3月18日日曜日

春の「彼岸の入り」

二十四節気>にもとづく「春分の日」と「秋分の日」それぞれ中心にして、<雑節>の「彼岸」(期間7日間)があり、その初日を「彼岸の入り」、終日を「彼岸明け」と呼ぶ。今日は、春の「彼岸の入り」で、仏事につながる時期でもある。

(本ブログ関連:”彼岸”)

そういえば、スーパーの入り口に、仏壇の供えものが陳列されていた。線香、ぼた餅の他に目に付いたのは「落雁」だ。幼いころ亡くなった祖父母の祭壇に、白い落雁が飾られていた。昔の葬式は、自宅の座敷で行なわれた。葬儀が終わった後、子どもたちに落雁が分けられたのだが、私ひとりむしゃむしゃ食っていた気がする。

茶道に経験がないので、茶席で供されるという落雁がどんなものか知らない。そんな高級菓子と違って、彼岸に使われる落雁もいろいろあって、上品なものから飾りを目的にした極彩色されたものまである。

落雁の食感を覚えている。少し固めだが、すぐに口の中で崩れ、独特なぱさつき、紛粒感がある。噛むほどに和菓子の甘さが広がる。むかし食べた落雁は、子どもの口に大き過ぎたようだ。今ならどうだろうか、食べてみたいような気がする。