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2017年4月5日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」赤い花、赤い心

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「赤い花、赤い心(붉은 꽃 붉은 마음)」など関連した曲を紹介した。

始めに、新羅の純貞公(순정공)の妻水路夫人수로부인)に捧げられた花と歌について次のように紹介された。
・新羅の純貞公が江原道江陵地域の地方官となり、首都慶州から江陵へ向かう道筋は、南から北へ、左に山、右に海の広がる美しい道と知られる。途中、海辺で昼食時、絶壁に咲く赤い花が、彼の妻の水路夫人の目に入る。だが絶壁に花を取りに行く者はない。その時、牛を引いた老人が通りがかり、軽々と絶壁を登り、花を摘み取って婦人に捧げて歌った。<自分のことが恥ずかしくなければ、花を折って捧げます>という内容。歌の名は「献花歌(헌화가)」だが、今はリズムが消え歌詞だけ伝わる。

▼ 新羅の「献花歌」を童謡にした「赤い花、赤い心」を聴く。子どもたちのかわいい歌声を今様に。

次に、済州民謡の「山川草木(산천초목)」について次のように紹介された。
・春が訪れて、故郷の春といえば、春を代表するツツジやレンギョウなどの花が先に浮かぶ。来週、ソウルも桜が満開になるだろうう。これからひと月、所々に花が咲き、世界が鮮やかになる。そして、花に劣らず美しいのが新芽。済州民謡に、花と緑の景色を表現した歌「山川草木」がある。

▼ <春を迎えてワクワクする恋人たちの想いを表した>「山川草木」を聴く。霞晴れて草木に露が煌めくよう、今様に。

最後に、パンソリ「沈清歌(심청가)」の沈清(심청)と歌「花草打令(화초타령)」について次のように紹介された。
・パンソリ「沈清歌」は、孝行娘の沈清が、盲目の父の治療のため犠牲になる物語だ。彼女は船乗りに売られ、供え物となって海に沈められる。或る船乗りが、沈清が沈んだ海で、美しい花が浮んでいるのを見つけ、不思議に思って花を植えた。その頃、宮廷で皇后が亡くなり皇帝が悲しみに耽っていた。皇帝は、船乗りが植えた花を見て慰めたという。パンソリ「沈清歌」に、色々な花を歌にした「花草打令」があり、蓮、梅、桃など鮮やかな春の花が歌われる。帝に捧げられた花の中から沈淸が登場するという、春らしい設定になっている。彼女は皇帝と出会い、皇后になる。

▼ パンソリ「沈清歌」から「花草打令」をカヤグム演奏と歌で聴く。次々と花の名があげられる。

2017年4月4日火曜日

清明 2017

今日は二十四節気の「清明」。過去の本ブログに清明を記したのは、2015年だけ。春の光を知らせる「春分」が余りに大き過ぎて、次に来る清明を取り逃がしてしまったようだ。

(本ブログ関連:”清明”)

一昨日の地元公園の「桜まつり」は、賑わいに比べて花の勢いが今ひとつだった。再度、公園に出かけて桜の咲き具合を観察してきた。満開目前だった。

本当に春らしい陽射しだった。そして、驚くほどの人出。桜まつりが今も続いているよう。今日が休日かと見まごうばかり。桜の木立の下に、ビニールシートを敷き詰めて、花見客グループが飲食と会話を楽しんでいる。

隣りの原っぱでは、明るい陽を浴びながら、子どもたちがはしゃぎ廻っていた。子どもの齢に合わせてか、一緒に遊ぶ親、見守る親さまざまだ。

花見客の渦に巻き込まれながら写真を数枚撮り始めたところ、カメラが動かなくなった。どうやら、メモリー表示とバッテリー表示を見間違えたようだ・・・何たることよ。カメラ店に行けば、充電式のバッテリーといわれ、何にも知らないのがバレた・・・何たることよ。

とりあえず、撮り始めた時の写真を載せる。盛況振りが分かるといいが。

2017年4月3日月曜日

イ・ソンヒの「龍角散」テレビCF

昔の親父のイメージは、酒と煙草・・・ここまでは普通、それに「仁丹」と「龍角散」。中学の英語の男性教師も、親父に近い世代だったか、授業中に仁丹を口に補給していた。今はあまり見かけなくなったが、昔の親父世代には案外マナーというか、必需品だった記憶がある。

試しに、私も仁丹と龍角散を飲んだことがある。仁丹は苦くて、龍角散は上手に喉に含まないと咳き込んでしまう。飲み慣れれば、口中がスッキリするだろうと想像した。龍角散は、漢方の薬効があるようで、今も龍角散ノド飴を舐めることがある。

龍角散のルーツは、秋田藩久保田藩、藩主佐竹氏)の時代に作られた家伝薬という。本草学に強い同藩らしい産物。佐竹氏には、江戸幕府より常陸から秋田へ転封を命じられたとき、常陸時代に財政を潤した多数の金山を埋め戻したとか、常陸から美人を引き連れて来たので秋田に美人が多いとか興味深い話がある。また、秋田蘭画平賀源内とのゆかりもあって、山師だった源内の流れから、秋田大学の鉱山学科が、鉱物マニアにすぐ浮かんでくる。(龍角散の現社長のフルート愛好はつとに有名。元々音楽家なのだ!)

ところで、龍角散は韓国でも販売されていて、広く親しまれているようだ。ブログに、韓国人と互いに、龍角散が自国の製品と思っていたという話がある。韓国でも日常的に使われている証かもしれない。(ブログ「アンニョンはんいる」に感謝)

昔の韓国の龍角散TVコマーシャルに、イ・ソンヒが登場するものがある。以前このブログで何度か記した。韓国のブログに、彼女がいつも澄んだ声のため龍角散を飲んで、喉や声帯を保護していると語らしめるCF映像(1985年のデビュー頃という)など紹介しているものがある。(ブログ「はにかみの記憶補助空間」に感謝)

(本ブログ関連:”龍角散”)


(Youtubeに登録のkcanariに感謝)

2017年4月2日日曜日

バナナ(豆乳飲料)

バナナ味した飲料や菓子類を見つけては味見している。一昨日に続き、本日の「桜まつり」の帰り道、スーパーで「バナナ 豆乳飲料」(330ml)と出会い飲んでみることにした。Su社の製品で、果汁4%、豆乳とバナナの合体である。飲み口の蓋(ふた)の内部形状がとてもユニーク。始めた見たデザインで、開封後の液漏れ防止を意図しているのだろうか。

(本ブログ関連:”バナナ”)

実は、バナナアレルギーだ。それでどうして、バナナ味巡礼するのかといえば、症状がさほどでないからだ。喉が軽くイガイガする程度だ。ところが、豆乳アレルギーの方は、反応がもっと強い。

それでも早速、口にした。まさに実況中継。喉にイガイガが始まり、耳の奥まで進む。次第に、喉がヒリヒリして、耳の奥がやたら痒くなる。4口目飲んであきらめることにした・・・食道にイガイガがおりてきそうになる。今回のギブアップは、豆乳アレルギーのせいであって、いい大人しての自己責任

バナナ味した飲食物に、豆乳ベースのものは他にもある。以前、試したことがあるが、私の負けだった。今度も負けた。(以前、豆乳だけ飲んで大失敗したことがある・・・不思議なことに、成人になってからアレルギーが分かったが。昔、そうではなかったのに!)

(付記)
私は、Youtubeで「子猫」の可愛い姿を見るのが楽しみにしているが、猫アレルギーなのだ。電車で隣りの客が猫を飼っているのが分かるときがある。すぐ、モワァーとした感じに覆われる。

桜まつり

地元公園の、今日の「桜まつり」の人出は、ほどほどだろうと思っていた、連日の花冷えのため、昨日の桜の開花状況は、ソメイヨシノが開花したものの、他種は未開花。祭りは昨日と今日しかない。それで期待が低くなってしまったのだ。ところが、出かけてみれば、「桜まつり」は驚くほどの大盛況だった。

だが近隣市の今日の最高気温は、12.9℃に過ぎない。気温はほどほどでしかないのに、公園の散歩道を大勢の人が行きかい、祭り会場広場を埋めつくすほどの賑わいだった。広場の南北でイベントが同時進行して、南側ステージではタレントが歌とダンスを披露していたし、北側では地元のお囃子集団が演奏とひょっとこ踊りを演じていた。

広場通路に屋台が立ち、並ぶ客があふれて完全にお祭り気分。広場や桜の木立の下で、ビニールシートを敷いた家族連れが、いつものスタイルで花見をしていた。子どもたちの遊び声が飛び交い、迷子の呼び出しが場内放送されて、いよいよ祭り気分が増す。

で、肝心の桜の開花状況といえば、花弁がほどよく開いている木が2割方だろうか、それ以外は薄紅色の芽を膨らませているだけ。それでも、広場を囲む桜の木立全体にうっすらとピンクに翳って見えた。

2017年4月1日土曜日

4月1日

昨日で、今年の1/4(3ヶ月)が終わってしまった。1/4は大きい。リンゴの実を4等分してみれば分かること。一口では食えない大きさだ。そんなわけで、3ヶ月を無駄食いしていたかもしれない。(若ければ)惜しいような、(若くないので)惜しくもないような。

ラジオで高齢なパーソナリティーが、月日の経つ早さについて言った。こんなに早いのならアッというまに20年過ぎて百歳を越えてしまうと。確かに光陰は百代の過客だが、平均年齢50歳に満たぬ時代だった頃のこと・・・ところが昨年の百歳以上人口は6.5万人いる。ならば、百歳越えラジオパーソナリティーもおかしくない。

時間はあっというまに過ぎるし、終いもあっというまに来るはず。でもターミナルに近づくのに無数の思いが生まれ、時間と無限の追いかけっこしている錯覚をする。都心で、行き先の超高層ビルが見えるのに、なかなか近づかない感覚だ。たどり着かなかったことはない。

一般に年度変わりの4月1日、気分一新したいけど、昼頃になって雨がようやく止み、気温は花冷えのまま少し上がり始めた。近所の公園の「桜まつり」は今日と明日。お天道様はねずみ色のまま、出かけるのは明日にしようかな。
⇒ 桜の開花状況はいかがと「都内の桜情報」を見れば、ヤマザクラ:未開花、ソメイヨシノ:開花、サトザクラ:未開花、カスミザクラ:未開花とのこと。ソメイヨシノの開花も咲いたばかりの話し。観桜はもうちょっと先でいいようだ。

そんなわけで、今日はどんな「エイプリルフール」が話題になったか楽しみにするぐらい。

2017年3月31日金曜日

バナナオーレ

スーパーで、新しいバナナ乳飲料を見つけた。バナナ味するなら、飲み物、菓子などかまわず購入してブログに記している。最近、スーパーやコンビニで、バナナ味の新製品を見かけなかった。バナナ本体が低価格になってしまい、バナナ風味の人甘味は人気が少なくなっているのかもしれない。

(本ブログ関連:”バナナ”)

ひさし振りに入手したのは、トモヱ乳業の「スィートなおいしさ バナナオーレ」(1000ml)だ。パッケージの商品説明を見ると、果汁成分表示がないのだ。つまり、バナナ0%の人味ということになる。でも、あっさり・こってりして妙な後味が残らない。私には満足な味覚で美味い。

バナナが高級品だった頃、その味覚と風味を真似た飲み物や菓子が登場した。そんな時代に育ったためか、バナナ本体が安価になった今も、人甘味のバナナ味を見離すわけにいかない。バナナ風の人味の記憶は、今でも舌や口腔にある。バナナ風味は永遠だ。

2017年3月30日木曜日

イ・ソンヒの「共存」

イ・ソンヒの11集所収の「共存(공존)」(チョ・ウンヒ作詞、イ・ソンヒ作曲、1998年)は、このブログで、なぜか毎年一回だけ話題にしている。言葉にして分かったつもりでも、心の奥にはかすかな火が尽きることなく点っている・・・そんな感じかな。だから、しんみりひたって、大切に聴き続けたい。

美しい思い出があってもなくても、激しい熱情を経験してもしなくても、特に何~にもなかったとしても、この曲は過去を美しく昇華してくれる。一年に一回、そんなひとときを与えてくれる。たまにはいいではないか。

(本ブログ関連:”共存(공존)”)

旅は終わったの、私たちの愛も
戻るには、あまりにも遠い 道に旅立ったわ
夜空の星のように、胸に積もる
一瞬の、愛は過ぎても 思い出は残って

*私のそばに止まった風、私の中にあふれた陽射し
いつか、傍(そば)を通り過ぎていくでしょう
永遠(とは)に私は見れなくとも

一つになれなかった、世界が嫌(いや)になっても
恋しい、私の心の根は
いつも貴方に向いて深いから

(*)以下繰り返し

夜空の星のように、胸に積もる
一瞬の愛は過ぎても、思い出は残ったわ
う~ん


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2017年3月29日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」青山裏

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/22)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、黄真伊(ファンジニ、황진이)の詩「青山裏(청산리)」など関連した曲を紹介した。

始めに、朝鮮時代の妓生「黄真伊」が王族の「碧渓守(벽계수)」に詩を聞かせたときの話を次のように紹介された。
・朝鮮時代最高の妓生と言われた黄真伊が活発に活動していた頃、彼女に会いたいと念願する者も多く、惚れ込んだソンビも多数いた。王族の碧渓守は、彼女に誘惑されない自信があると断言した。その噂を聞き、黄真伊は、月の明るい夜を眺めている彼を訪ねて、<水が一度海に流れたら戻って来れないから、月が明るい内に休んで行ってください(この私と楽しみましょう)>と詩を謳った。その詩を聞いた碧渓守は断言も忘れ、彼女に見とれてしまう。
    青山裏碧溪水
    莫誇易移去
    一到滄海不復還
    明月滿空山
    暫休且去奈何

▼ (教科書で学ぶ)定型詩(平時調:평시조)の「青山裏」から「青山裏」を聴く。月下に冴え渡る。

次に、西道民謡「愁心歌(수심가)」と女性詩人李玉峰(イ・オクボン、이옥봉)について次のように紹介された。
・西道地域の民謡「愁心歌」の詞は、悲しみに満ちた歌の意だ。朝鮮時代、中国にも知られた女性詩人李玉峰は、両班の妾の娘のため、学者趙瑗(조원)の本妻になれず妾となる。趙瑗は、彼女の詩を好んだが、世に知られるのを喜ばなかった。そんな中、玉峰が貧しい女性に書いた詩が社会的問題となり、実家に戻して二度と会わなかった。玉峰は薄情な夫を想い詩を書いた。<最近はどう過ごされていますか>に始まり、後半によく知られる、<仮に夢の中の魂が痕跡を残すなら、あなたの家の前の砂利が半分は砂になったでしょう>という、夫を恋しく想いを描いた。
    近來安否問如何
    月到紗窓妾恨多
    若使夢魂行有跡
    門前石路半成沙

▼ 「愁心歌」を聴く。石が砂になるほどの想いに、熱烈というより諦めるような気がして・・・。

最後に、パンソリ「春香歌(춘향가)」の李夢龍とソンビの「成以性(ソン・イソン、성이성)」が紹介された。
・パンソリ「春香歌」は、春香と李夢龍(이몽룡)の愛の物語だ。李夢龍は、王の勅命を受け、浮浪者姿をして密かに地方を巡行し、身分を隠して地方官の宴で詩を謳い、民を苦しめながら裕福に暮らす地方官を批判する。春香歌の詩は、実在の学者ソンビの成以性が書いた説もある。彼の父が南原地域の長官で、李夢龍も南原の出だからだ。
    金樽美酒千人血
    玉盤佳肴万姓膏
    燭涙落時民涙落
    歌声高処怨声高

▼ パンソリ「春香歌」から、浮浪者姿の「勅使出頭(어사 출도)」を聴く。はらわたを吐き出すよう。

2017年3月28日火曜日

春の季節

今日は旧暦の3月1日。いまだに旧暦と新暦の季節の捉え方に混乱する。例えば「春」について、

・新暦の「春」は、(新暦)3月~5月の間で、春は始まって一ヶ月しか経っていない。
・旧暦の「春」は、(旧暦)1月~3月の間で、春は始まって残り一ヶ月しかない。

気温でいえば、3月末の今日になって落ち着き始めて、本格的に春らしくなった。

体調でいえば、季節の変わり目のせいか、うつらうつら眠気が増している。

カレンダーでは、学生にとって大きな区切り、最後となる「卒業式」がさかんだ。

柏原芳恵が歌う「春なのに」(作詞・作曲 中島みゆき、1983年)を聞くと、時代がわずかしか過ぎてないのに、こんなにもいいい時代があったのかと気付かせる。皇太子が彼女のファンだったというのもうなづかせる、だれにも愛される、ほんわりした雰囲気が懐かしい。


(Youtubeに登録のrokumaru sirakawaに感謝)

2017年3月27日月曜日

ク・チャミョンのイ・ソンヒへの感謝

今の自分が在ることを(私が)感謝するべき相手がいるだろうか。「あなたのおかげです」という言葉は、なかなか難しい。私にしたらもっと難しい。いわれた相手が迷惑するとも限らないからだ。(自分には期待以上だったとしても、他者か見れば期待以下かもしれない)

桜は桜に咲くように、才能ある人は自身と同等の、あるいはそれ以上の目指すべき才能ある人へ感謝することができる。そんな感謝の言葉を聞くと素晴らしく、そして羨ましく思う。朝鮮日報の記事、「『覆面歌王』ク・チャミョン、『私のターニングポイントは、イ・ソンヒ・・・音楽的にたくさん導いてくれて』」(3/27)は、若い歌手ク・チャミョンがイ・ソンヒに対して音楽的な感謝を次のように伝えている。(抜粋)

イ・ソンヒは50歳代に入り、後進の育成を意識したようで、昨年、オーディション番組で審査・指導したり、実力歌手の競技番組に大いに関心を持っているようだ。

(本ブログ関連:”覆面歌王”、”偉大なる誕生”、”ファンタスティック・デュオ”)

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26日放送された、MBCの「覆面歌王(복면가왕)」で、ク・チャミョン(구자명)は、「歌の天才キム・タック」の仮面をかぶって舞台に上がり、「長靴を履いて歌うネコ(コヤン)」と歌王戦まで繰り広げた。結局、歌王の席を1票差で許してしまったが、彼の活躍にネチズンの関心が熱い。

前に、ク・チャミョンは、去る23日、ある媒体とのインタビューで、「偉大なる誕生(위대한 탄생)2」に参加することになったきっかけに、「友達の間で歌がうまい方と評判になったんで、友人が『偉大なる誕生』のオーディション募集に出てみろと薦めた」と明らかにした。

続けて彼は、「正直、歌を正式に習ったことがない。理論的に音楽をやる友達より自信がなかった。ところが、先生たちが私の中にあった音楽性を目覚ませてくださった」と、感謝を伝えたりもした。

ク・チャミョンは、自身のターニングポイントに、「メンター(指導者)でいらしゃったイ・ソヒ先生にお目にかかるまでも運があったようだ。先生は、音楽について内面的に、外面的に多くの教えをくださった。歌をよく分からなかった自分自身を、音楽的にたくさん導いてくださった方がイ・ソンヒ先生でいらっしゃる」と語った。
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2017年3月26日日曜日

黄色いシャツの男

K-POPといわれる以前のこと、1961年にヒットしたトロットの「黄色いシャツの男(노란 샤쓰의 사나이)」は、(発表された)だいぶ後に、日本のおじさんたちにも歌われた。ハイテンションな歌で、演歌とトロットの境界なんて意識もいらない。歌詞の主人公は、黄色いシャツを着た男を気に入る若い女性のようだ。

それがどうして、おじさんたちにも安心して歌われたかというと、歌詞に「なぜか」気になるという表現に、韓国語の「オッチョンジ(어쩐지)」がそのまま使われた。この「オッチョンジ」は、空耳ながら「おっちゃん」に通じる。すると、主人公に気に入られた男が、オッチョンジ>おっちゃん=おじさん、と身近な存在になる。歌がぐっと親和してくるというもの。おじさんでもいいのだ。

ところで、図書館で、ときどき読まれることのない書籍を、自由に持ち帰ってくださいと並べることがある。あるとき、韓国の(K-POP以前の)歌を紹介した本が置かれていた。だいぶ前の発行ながら、貸し出されて汚れた跡もなく、惜しんで持ち帰った。

同書には、民謡、童謡、歌曲、流行歌などいろいろなジャンルの解説と楽譜が収められている。そのなかで、1961年にハン・ミョンスク(한명숙、韓明淑)によって歌われた「黄色いシャツ」の紹介ページだけは、黄色という色彩の明るさ、アメリカンな曲風が語られ、解説に歴史と結びつけた言葉のモザイクがないため、普通な大衆音楽の解説になっている。

( 音量注意!  これがオリジナルなら、アメリカンフォークを意識した編曲だ・・・)

(Youtubeに登録のsoundphenomenに感謝)

2017年3月25日土曜日

(雑談)子どものとき見たゴジラの夢

先日、映画「シン・ゴジラ」を楽しんできた。民家の上を巨大な尻尾をよぎらせながら進むゴジラを見て、昔、初めて見た初期のゴジラ映画を思い出した。暗い夜、画面いっぱいに映し出されたゴジラの足から、巨大な全身を想像して、恐怖に落ち込んだまま、座席で息を殺して見ていた。

それ以来、怪獣の夢には無力感がつきものだった。最初のゴジラ映画は、視覚効果を狙ってだろう、夜の破壊シーンが鮮烈だった。当時の大人には空襲や戦場の記憶につながったかもしれないが、子どもにとっては破壊の凄まじさだけだった。だから夢に直結した。

ゴジラ映画は、夢に影響を与えたようだ。登場する怪獣や宇宙人は、圧倒的な力で襲いかかり、逃げるしかなかった。今の子どもはどうだろう。ぼくらは、映画で初めての恐怖を経験したかもしれない。いつも見られるものではない。だから怖さも深かった。

また、上空を様々な隊形した飛行編隊が迫ってくる夢を見た。編隊の数は増え、やがて空いっぱいに真っ黒な宇宙船が覆い浮かんでいるのが見えた。すると、船体から真っ黒な着陸艇が地上に次々と降りて、黒い防備服の大量の宇宙人兵士が隊列を組んで街に侵入を開始したのだ。もう、どうすることもできない。「宇宙戦争」を彷彿させるが、隠れても見つかってしまう・・・。

夢が前向きでなくなったようだ。空を飛ぶ夢を見ても、始めは優雅に羽を舞い飛行したが、すぐに失速を始める。あれっ、戸惑いながら何とか持ちこたえたが、上昇と下降を繰り返しながら墜落してしまう。「イカロスの墜落」ように・・・。

2017年3月24日金曜日

イ・ソンヒのLAコンサート(2003、2006)

イ・ソンヒは、今年5月、米ロスアンゼルスで《単独コンサート》を行なう。米国での《単独コンサート》としては、すでに2011年に、ニューヨークの「カーネギーホール」、メイン公演会場の「アイザック・スターン オディトリアム」で実績がある。

(本ブログ関連:”カーネギーホール”)

イ・ソンヒは、他方で、《単独コンサート》でないが、ロスアンゼルスで例年行なわれている韓国人歌手たちによる「Korean Music Festival(KMF)」の2003年「第1回」、および2006年「第4回」に参加している。
会場は、LPジャケットでよく目にした、半ドーム舞台の「ハリウッド・ボウル」で、音楽フェスティバル地にロスアンゼルスが選定された理由として、韓国から海外移民した最大の人口密集居住地だからといった話がある。

・2003年の主な出演歌手、シン・スンフン、パティ・キム、ボア、テ・ジナ、チュ・ヒョンミ、イ・ソンヒなど
・2006年の主な出演歌手、シン・スンフン、イ・​​ヒョリ、テ・ジナ、イ・ウンミ、イ・ソンヒ、イ・スンギなど

ちなみに、 今年5月20日のロスアンゼルス《単独コンサート》は、同近郊のパーム スプリングスに位置した「ファンタジー・スプリングス リゾート」で、夕方7時に開かれる。

なおイ・ソンヒのプライベートだが、2006年に米国で大きな出来事(再婚)があった。では最後に、2006年ロスアンゼルスの Korean Music Festival で、イ・ソンヒが歌った「因縁(인연)」の熱唱を聞いてみよう。


(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)

2017年3月23日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 広大(辻芸人)の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、綱渡りなどした辻芸人(広大)の「広大歌(광대가)」に関連した曲を紹介した。(未聴のためYoutube参照した)

始めに、最高の歌い手と評された宋萬甲(ソン・マンカブ、1866年〜1939年)について次のように紹介された。
・宋萬甲は、曽祖父宋興祿(송흥록)、父宋雨龍(송우룡)に続く、朝鮮末から活動した当代最高の歌い手だった。有名な家柄に生まれ、大きな祝福と共に、一方で受け継がれた伝統を守る負担もあったろうが、それに拘束されず、多様な歌を学び、より大衆的な歌を歌った。父は、そんな息子を恥として、毒殺まで考えた。宋萬甲は、歌い手は商人と同じで、客が絹を求めたら絹を、綿を求めたら綿を出さねばならないように、人のために歌が存在するのだから、聴きたがる歌でなければならないと主張した。

▼ 「広代歌」の歌と演奏を聴く。賑やかに力いっぱい歌いまくる、今様に(⇒ Youtube

次に、今年1月に亡くなったパンソリ指導者、成昌順(ソン・チャンスン、성창순)について次のように語った。
・成昌順は、光州出身で、父成元睦(성원목)は、太鼓と歌に優れ、弟子も多くいた。そんな家柄で自然と歌を学んだ彼女は、また、母と一緒に観覧した演劇にも心奪われ、16歳のとき、内緒で劇団に入り歌い手となる。そこから、有名な指導者の下で歌と、カヤグムやコムンゴなどの演奏も学んだ。また、書道に通じて、音の意味を深く理解し、心を穏やかに保とうと努力した。80の歳になっても舞台に上がり、新しい音楽に挑戦した。

▼ 「沈淸歌」から、父の目を治すため沈淸が海に向かう「泛彼中流(범피중류)」を聴く。(⇒ 国立国楽院版

最後に、今年2月に亡くなったパンソリ指導者、朴松熙(パク・ソンヒ、박송희)について次のように語った。
・朴松熙は、いつも笑顔で小柄な、まるで母親のようなイメージの歌い手だった。1927年に生まれ、今年、数え年でちょうど90歳となる。10代から始めた歌と、70年以上一緒に歳月を過ごした。幼い頃から学んだパンソリ、歌曲、踊りなどで活動し、結婚後、田舎で農作業の生活をした時期もある。そんな中、歌が恋しくなると、ソウルでこっそり公演したこともある。夫と姑が世を去ってから、本格的に歌の活動を始めた。

▼ 善人な弟興甫と意地悪な兄ノルボの話「興甫歌」から「ツバメ路程記(제비노정기)」を聴く。(⇒ Youtube

・「興甫歌」は、ツバメが運んだふくべに、興甫には宝物が、ノルボには災害が入っていたという教訓を語る。

2017年3月22日水曜日

シン・ゴジラ

映画「シン・ゴジラ」を見てきた。封切りが去年の夏(2016年7月29日)の映画を、およそ8ヶ月後に鑑賞したことになる。関心を持ちながら、ずるずる過ごしてしまい、これ以上はまずいと自覚して、川崎の映画館へ出かけたわけ。

ようやく映画館で見る目標は達成した。それに、映画とシンクロして、座席が揺れる「MX4D」を初めて経験した。今回は、2D映像のままだったが、それでも充分楽しめた。おじさんには、うつらうつらする余裕を与えない効果がある。

物語は、あたかも幼生期のゴジラのような怪物が、東京湾から上陸したことに始まる。いったん退避したかに見えたそれは、更に強力な破壊力を進化させ再登場する。対抗する国家側官僚たちの人間模様が織り込まれる。役人の面子と互いの腹の探りあいから、国家間の駆け引きまで・・・。

話題となった、即断が必要なゴジラ対策の段取りについて、法の不備を突くような場面もあった。結局、やるっきゃないのだから。圧倒的な力を持ったゴジラに、知恵を駆使して人間が挑むことになる。
最近のCG映画の凄まじさは、まるで破壊現場を目の当たりにしたように、細部にいたるまでリアリティがある。以前のゴジラ映画のような、あうんの理解と鑑賞眼が必要ない。ただ見たままに圧倒感、恐怖感にさらされる。

私が子ども時代に見た、初めてのゴジラ映画は暗い白黒画面だった。ゴジラが夜の街を破壊するシーンは、いっそう想像力をかきたて、恐怖心を最高にした。いまだに忘れられないのは、ゴジラの全身の姿より、破壊の一瞬現れるゴジラの足だった。まるで人間に踏み潰されるアリのような無力感すらした。そう、この映画には、それがまさに再現されている。シン・ゴジラは、今回も子どもたちに一生忘れられない(映画の楽しみという)恐怖を残したことだろう。

映画館で購入したパンフレットに、見終わるまで開かぬようにと帯封がしてあった。

(最後まで引っ張っていく人がいて、はじめて作品が完成することをつくづく実感します)

(Youtubeに登録のjambo reeに感謝)

2017年3月21日火曜日

「開花宣言」

一日中雨というに、気象庁は今日、東京に「開花宣言」をした。桜の春、冷え込みが残って、なんとなくストーブを点けっぱなしでいる。それでも開花宣言と聞けば、急に気持だけ先に暖まる、不思議なものだ。
(夕方の天気予報で、東京の雨量は今年一番だそうだが・・・今日がまだ終わってないのに?)

(本ブログ関連:”開花”)

NHKニュース記事 「東京でサクラが開花 全国で最も早く」(3/21、17時47分)は、次のように報じている。(抜粋)
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・東京・・・雨が降り気温が下がりましたが、20日までの暖かさでソメイヨシノの開花準備が急速に進み、気象庁は21日午前、全国で最も早く「東京でサクラが開花した」と発表しました。
・気象庁によりますと、・・・千代田区の靖国神社では、21日午前、気象庁の担当者がサクラの開花の目安にしているソメイヨシノに5輪の花が咲いているのを確認・・・。
・東京のサクラの開花は、去年と同じで、平年より5日早くなっています。また、全国で最も早く開花するのは平成20年以来、9年ぶりです。
今後1週間から10日程度で満開になる見込みです。
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私は、桜の花の下にも、樹の下にも関心はない。淡いピンクの光に包まれて、満開のサクラ花を見上げたときの幸福感が忘れられない。幼い子どもたちが、そんな体験をするだろう、お花見が待ち遠しい。

(今日の「開花」映像 寒い雨が降っている中で)

(Youtubeに登録のTHE PAGE(ザ・ページ)に感謝)

ところで、4月から、二つのことに取り組む。一つは、既に始めて幾星霜、十分我が身に重いのに、もう一つとは。開花宣言なんて、運よくお花畑に行ったとして、そこで見られるか難しい、えらいことを始めてしまったようだ。

2017年3月20日月曜日

イディッシュ・ダンス・セッション

子どものころ、盆踊りの賑やかさにはしゃいだが、踊りの輪に加わったことはない。最近、小学校でもダンスの時間があって、普通に経験するようだ。

私の経験といえば、中学時代に、昼休みの校庭で行なわれた「フォークダンス」を思い出すくらい。これには参加した! 理由は簡単、男女共学の男子中学生ならいわずもがな。それ以降、踊りやダンスと縁が全くなかった。本ブログで「ダンス」について触れたとすれば、イ・ソンヒの背後に迫った、(80~90年代の美少女歌手たちによる)「ダンスブーム」のことぐらいだろう。

(本ブログ関連:”ダンス”)

とはいえ、伝統をつなぐ民俗舞踊を見るのは好きだ。だから、鑑賞の機会があれば出かけるようにしている。「春分の日」の今晩、両国駅近くにある「シアターX(カイ)」で催された、「イディッシュ・ダンス・セッション」へ行った。言葉(イディッシュ語)を知りたければ、できるだけその民族文化に接すればよいわけで、わたしなりに、見て感じることができる、その第一歩、入門にしたいと思って・・・。(イディッシュ音楽・舞踏について、全く暗い、今回初めての見聞になる)

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

イディッシュ・ダンスの学術的意義については、昨日、明治学院大学で講演があったようだ。一般向けの楽しいイベント(イディッシュ・ダンス・セッション)が、今晩行なわれたことになる。(シアターX(カイ)では、例年、同様のイベントを実施しているようだ)

ミュージシャン樋上千寿氏の司会(演奏)で、音楽ユニット「ジンタらムータ」によるイディッシュ音楽の演奏が・・・、実はそれだけでなく、客席の大半を舞台に上げて一緒にイディッシュ・ダンスを経験する面白い取り組みがされた。そこへ、イディッシュ音楽の演奏家・研究の第一人者ゼフ・フェルトマン氏も参加されて、客を踊りの輪に取り込まれた。
(フェルトマン氏は、まるでイディッシュ童話の挿絵から出てきたような大らかな方と拝見した)

(本ブログ関連:”素敵なあなた”)

イベント内容は、イディッシュ・ダンスの曲目として、「ホラ」 (「フレイラッハ」)、「コーシドル」、「ブルガール」などが演奏された。かつ、「コーシドル」はフェルトマン氏のソロで、「ホラ」と「ブルガール」はフェルトマン氏を中心に客と一緒に踊られた。腰が痛い(いつから?)のを言い訳に、後方の客席から見学させていただいた。

最後になるが、イディッシュ語研究者のご家族が参加されていた。幼いお子さんたちは舞台で一番光っていたかもしれない。語り聞かされて、きっといい思い出になることだろう。

(参考:フェルトマン氏を先頭に踊る「ブルガール」、2015年夏ワイマール)

(Youtubeに登録のyiddishsummerweimarに感謝)

(付記)
上記のイベントが始まる前、シアターX(カイ)の横にある「回向院」へ参った。寺内に、黄表紙作家の山東京伝の墓が、一族の墓を整理した場所に置かれていた。

2017年3月19日日曜日

(雑談)新幹線

鉄道オタクではない。それでも、黒煙、白煙を吐きながら牽引する漆黒の蒸気機関車は、煤煙のススの経験も懐かしく気になる存在だ。まるで生き物のように唸り走る姿を、日常で見ることはできない。書籍や映画の映像を通してしか知るしかない。私にしてみたら、機関車の車輪数で、C型だ、D型だという区別くらいしかできず、遠くから言い当てるほどじゃない。

1964年の東京オリンピックの年に開通した新幹線も、「夢の超特急」といわれながら、特に関心が深かったわけではない。むしろオリンピックへの期待の方が勝っていた。だから、鉄道に対する今様なオタクを周囲に感じたことはなかった。こんなに細分化された大勢のオタクたちはいなかったのではと思うのだが。

とはいえ、新幹線に「500系」が登場したとき、飛行機好きにマッチした先頭車両のスタイルが特別に気に入り、大阪出張の際には、わざわざ早朝の東京駅始発に乗ったものだ。最高時速300k/mを実現した車両であり、パンタグラフのデザインが自然の特性を取り入れたユニークなものだったし、そして何より今だに他を寄せつけぬ、車体の美しさ*があったからだ。

(本ブログ関連:”500系”)

(*)500系の美しさ:Youtube映像

おとなを夢中にさせた流線型の曲線美は、子どもにとっても人気があったわけで、今も玩具売り場から消えることのない車両のひとつだ。

ところで、今日、新幹線初の「0系」について講演会があったが、出かけようと思いながら、家の用事で参加できず惜しいことをした。

2017年3月18日土曜日

(雑談)ことば

イ・ソンヒの歌を、歌詞の主人公の心象を想定し、日本語風に女性表現を付したものを、教室の先生に見ていただいたところ、首をかしげられたことがある。女性の語尾表現の「~だわ」、「~のよ」、「~なの」、「~のね」などがしっくりしないという。韓国語には、男女の区別がないからだそうだ。

日本映画に韓国語字幕を付ける字幕翻訳家が新聞に紹介されていた。中央日報(日本語版)の記事、「『Love Letter』『君の名は。』など韓国でヒットした日本映画の翻訳家は誰?」(3/17)は、字幕翻訳家カン・ミンハ(강민하)とのインタビューで、次のような話を伝えている。(抜粋)
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・・・『君の名は。』は男女主人公の身に起きた「入れ替わり」によるハプニングが登場する。東京に住む少年の瀧の身に入れ替わった田舎少女の三葉が女性語と方言を一緒に使うことを周りの人が不思議に思う部分がある。カンさんはこのような部分を訳すことにかなり苦労したという。韓国語には日本語のように男性語・女性語がないためだ
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ところで、日本で活動する男性K-POP歌手が、日本語を喋るとき、なよっとした口調になることがある。音楽事務所の特訓に語学研修があるそうで、もしかしたら指導者が女性だったのではないかと思ったりする。男性語・女性語のない世界にいれば、指導者の口調に一致してしまうのは自然なことかもしれない。

昔、駐留軍のGIたちが日本語を使うとき、女性言葉を使うものがいたという。頑張って日本語で話そうとしているのだろうが、それを学んだ先が女性だった。

ちなみに先日、BBCの放送で、釜山大学ロバート・ケリー准教授が朝鮮半島の政情について報告していた画面に彼の幼子たちが意気揚々と次々乱入し、かつ慌てながらも収拾した妻の活躍ぶりが話題になった。彼の妻は韓国人である。
ハンギョレ(日本語版)によれば、彼のプロフィール紹介に、「(当り前だが!)英語以外にドイツ語、フランス語、ロシア語、ラテン語、古代ギリシャ語を駆使するという。」とある。韓国語も多分、そう(駆使する)だろう。