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2021年11月7日日曜日

立冬 2021

二十四節気の「立冬(りっとう)」、冬の気配を感じるころなれど、最高気温20℃に迫る日がつづく。このまま暖冬かと思いきや、気象庁の<2021~2022年冬>の予報では、4:3で寒くなりそうとのこと。まあ、先行きは分からぬが・・・。

(本ブログ関連:”立冬”)

冬になればかわいらしい唱歌があって、これまでいろいろとブログに記してきたが、今回はちょっと乙に構えて江戸気分にひたってみよう。「江戸端唄集」(倉田喜弘 編。岩波文庫)に、冬の夜に降る雪を境に男女の恋情をうたう「わがもの」がある。

(本ブログ関連:”唱歌 冬”、”端唄”)

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一九 わがもの

我ものと  思へばかろし  かさの雪  恋の重荷をかたにかけ  いもがり*ゆけば  冬の夜(よ)の  川風寒く千鳥なく  待(まつ)身につらき  置(おき)ごたつ  実にやるせが  ないわいな
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(*)いもがり: 女性の許(もと)

SPレコード「勝太郎市丸十八番集」(ビクターレコード)から:
「わがもの」 歌:市丸、三味線:才香、番号:KI-1、mat:9427、発売:1938年、区分:端唄
(参照)78Music: http://78music.jp/victor.html

ラジオ世代にとって、市丸の歌声をいつか聴いていたかもしれない。
(Youtubeに登録のkotyavideoに感謝)

(付記)
上記の端唄に出てくる「千鳥」については、よく紀貫之の和歌が参照されるが、俗謡に踏み込まない範囲で、同志社女子大の吉海直人教授(日本語日本文学科)が、掌文の<教員によるコラム>で触れられている(2017/11/16)。
https://www.dwc.doshisha.ac.jp/research/faculty_column/2017-11-16-09-40

2014年1月13日月曜日

冬景色(続)

今日は成人の日。夕方の街中、成人式の帰りだろうか、かわいらしい振袖姿があちらこちらに目につく。何はともあれ、若いことはよいものだ。当人たちにとって、私のときもそうだったが、成人式の今日は単なる通過点でしかない。でも、この日を祝われてこそ、自覚を促されるというもの。頑張れ。

ところで、近隣の駅ビルにある本屋で、「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)を求めた。というのも、本書に収められた71曲中に、昨日の本ブログに記した唱歌「冬景色」について、次のような記載(岡田康晴記者)を目にしたからだ。(抜粋)

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「私が好きなのは『朧月夜(おぼろつきよ)』と・・・・・・『冬景色』です」
皇后陛下(美智子妃殿下)からそうお聞きして、国語学者の金田一春彦はポンとひざを打ちたかったという。金田一も詞の美しい、この二つの歌が大好きだった。

『冬景色』は、一九一三年(大正二)、音楽教科書「尋常小学唱歌(五)」で発表された。

(歌詞が当時として斬新な)六五調の節回しとリズミカルな三拍子
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この項の最後に、作詞・作曲不詳であるいきさつと、作詞者の推定までされていて興味深い。

それにしても、この歌の始まり(早朝)と終わり(黄昏)の描写がことのほか美しい。

    さ霧消ゆる湊江(みなとえ)の
    舟に白し朝の霧

    若(も)し燈火(ともしび)の漏れ来ずば
    それと分じ野辺の里

2025年3月2日日曜日

早春賦

3月から、気象庁の季節区分で「春」(3月~5月)が始まる。きょうの最高気温は、21.2℃(15:19)、ちなみに昨日は、20.4℃(13:51)と春爛漫(はるらんまん)の気配すらした。ところが、あすから急激に気温は低下して、今週末まで冬に逆戻りするようだ。もしかしたら、降雪の可能性まであるという。まさに、名のみの春だ。

ここ数日、春の気分に浮かれたが、そういってばかりいられない。早春の長野の安曇野一帯を歌った唱歌「早春賦」*(作詞 吉丸一昌、作曲 中田章、大正2年:1913年)がある。まだまだ辺りには雪が残り、春の訪れが待ち遠しい。
(*)「早春賦」の「賦」とは、早春の詩歌を詠(うた)うの意)

(本ブログ関連:”早春賦”)

この歌を「由紀さおり安田祥子」の姉妹が歌っている映像がYotubeにある。姉(安田)がソプラノ歌手、妹(由紀)がポピュラー歌手であるが、しっとりと聞き取りやすい歌唱で語ってくれる。
一般に、ソプラノ歌手が唱歌を歌うとき、オペラ風のベルカント唱法で聞かされると、堅苦しくなる。音大出身者が学校の音楽教育にたずさわっているためか、唱歌の持つ日本語の響きを忘られることがある。その点、上記デュエットは安心して聞かせていただける。

■ Youtube(登録:yuki061301)
「早春賦 - 由紀さおり(Saori Yuki) & 安田祥子(Sachiko Yasuda)」・・・ 1,3番を歌う
    ー https://www.youtube.com/watch?v=_1-dS6MF0Vw


Googleの生成AI「Gemini」
そこで、この歌の歌詞について、生成AI「Gemini」に解説を頼んでみた。ネット上の複数の解説を元にしたと思われるところがあるが・・・。
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唱歌「早春賦」の歌詞解説ですね。この歌は、春の訪れを待ち望む気持ちと、まだ寒い早春の情景対比させて歌った美しい歌です。歌詞を紐解きながら、その情景や込められた意味を解説していきます。

歌詞と解説

一番
春は名のみの 風の寒さや                  暦の上では春とはいえ、吹く風はまだ冷たい。
谷の鶯 歌は思えど                           谷のウグイスも、歌いたい気持ちはあるだろうが。
時にあらずと 声も立てず                  まだその時ではないと、鳴くのを我慢している。
時にあらずと 声も立てず                   (繰り返し)

二番
氷解け去り 葦は角ぐむ                     氷は溶け、葦の芽も出始める。
さては時ぞと 思うあやにく               さあ春だと期待するものの、残念なことに。
今日も昨日も 雪の空                        今日も昨日も、雪が降る空模様。
今日も昨日も 雪の空                         (繰り返し)

三番
春と聞かねば 知らでありしを            春と聞かなければ、気にも留めなかったであろうに。
聞けば急(せ)かるる 胸の思いを      春が来ると聞くと、待ちきれない気持ちが募る。
いかにせよとの この頃か                  この気持ちをどうすればよいのだろうか。
いかにせよとの この頃か                   (繰り返し)

歌の情景と心情
・この歌は、冬から春への季節の移り変わりを、繊細な言葉で表現しています。
・一番では、春の訪れを待ちながらも、まだ寒い現実が描かれています。
・二番では、少しずつ春の兆しが見え始めるものの、再び寒さが戻ってくる様子が歌われています。
・三番では、春を待ち望む気持ちが、切実に表現されています。

歌に込められた意味
・この歌は、自然の美しさとともに、人間の心情を豊かに表現しています。
・季節の移り変わりの中で、希望と焦燥が入り混じる複雑な感情を歌い上げています。
・「早春賦」は、1913年に発表された吉丸一昌作詞、中田章作曲の日本の唱歌です。2006年から2007年にかけて文化庁と日本PTA全国協議会が選定した「日本の歌百選」に選ばれています。

この解説が、歌の理解を深める一助となれば幸いです。
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2014年1月12日日曜日

冬景色

冬の夜、起きているときはガス・ストーブで部屋中熱くしても、就寝中はガス・ストーブをつけっ放しにするわけにもいかず、足元を暖めるため電気あんかを使った。しかし、それでも暖が足りず、昨晩ついに電気マットに取り替えた。

今年の冬は、昨年より厳しいのだろうか、それとも歳とともに寒さに耐え難くなったのか。こんなとき、少しでも心を癒すのは昔の歌だ。文部省唱歌の「冬景色」は、その歌詞がなぜか優雅な気がする。しっかりした文体は、心落ち着かせるものだ。
「京都 大原 三千院」の詞で思い出深い、デュークエイセスの歌で「冬景色」を聴いてみよう。

(Youtubeに登録のhinanohiに感謝)

2022年11月7日月曜日

立冬 2022、たきび(焚き火)

きょうは、二十四節気の「立冬(りっとう)」、旧暦では10月14日となり、「冬」(旧暦の10月~12月)が始まる。

(本ブログ関連:”立冬”)

一方、気象庁の新暦をもとにした定義「季節を表す用語」*では、「冬」は 12月~2月となり、きょうの時点でまだ「秋」の終わりとなり、旧暦と新暦による季節感の微妙なズレをいつも気になる。
(*) https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/toki.html

この時期、近ごろ見られなくなったが「焚き火」をする光景があった。自宅の庭や公園、あるいは校庭に積もった落ち葉を掃き集めて火をくべる。周りから手をかざして暖をとる、子どもたちにとって楽しいひと時だ。さらに焼き芋がある。むかしは、サツマイモをそのまま放り込んだけれど、その後はアルミホイルに包んだりした。多分、衛生(あるいは焼過ぎ)を考えてのことかもしれない。
焼きたての焼き芋を、みなと一緒にほくほく食うのは楽しかった。だが、火の気の問題だろうか、いつごろからか焚き火の光景が見られなくなった。

わたしたち世代にとっては、チロチロと揺れる焚き火の炎を見ながら(あるいは思い出しながら)口ずさんだ童謡「たきび」(作詞巽聖歌、作曲渡辺茂)が忘れられない。「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)によれば、「たきび」の歌をひとびとが最初に耳にしたのは、1941年(昭和16年)12月9日で、真珠湾攻撃の翌日、NHKラジオの幼児向け歌番組で歌われたそうだが、三日間放送予定の残り二日は早々に打ち切られたという。その後、1949年にスタートした「うたのおばさん」で復活し、広く普及したようだ。

上記「たきび」の紹介記事中、筆者ネームの「永」(永井一顕)氏が、NHKのアナウンサー中西龍氏**の名調子をなぞっていたが、私もあわせて思い出したいナレーターに城達也氏***がいる。忘れられない独特の語り口だった。

(**)「歌に思い出が寄り添い  思い出に歌は語りかけ  そのようにして歳月は静かに流れてゆきます」

(***)「遠い地平線が消えて  深々とした夜の闇に心を休めるとき  遥か雲海の上を音もなく流れ去る気流は  限りない宇宙の営みを告げています」

2026年2月27日金曜日

春よ来い(童謡)

冬の寒さから、ようやく抜け出したというのに、ストーブやエアコンの温もりから離れられないでいる。でも温風が流れると、それが悪女の深情けのようで疎ましく思ったりする。季節の変わり目に、いつも感じることだ。寒さを惜しむ気にはならず、さっさと春の暖かさに乗り換えようとする。なんの未練もないのだ。

でも子どもたちには、冬の雪遊びは楽しかったし、これから春の陽気も待ち遠しい。眩しそうに走り回る様子がうらやましい。Youtubeに子どもたちの数々の動画がなかったら、そんなことに気づくことはなかったかもしれない。早く、春よ来い。

(本ブログ関連:”春よ来い”)

そんな春を待つ、みいちゃんの気持ちに近づいてみよう。

春よ来い」(作詞 相馬御風、作曲 弘田龍太郎)
    ー 1923年に雑誌『金の鳥』(1923年3月1日、金の鳥社)に発表(Wikipedia)
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春よ来い 早く来い
あるきはじめた みいちゃんが
赤い鼻緒(はなお)の じょじょはいて            ← じょじょ:「草履」の幼児語
おんもへ出たいと 待っている                        ← おんも:「家の外」の幼児語

春よ来い 早く来い
おうちのまえの 桃の木の
蕾(つぼみ)もみんな ふくらんで
はよ咲きたいと 待っている
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この歌について、「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)にある紹介の書き出しに、「95.1.17(阪神大震災)。忌まわしい日付だ。」とある。「災害ボランティア元年」といわれる、そのときのある出来事の紹介が続く・・・避難所で、カセットテープの童謡が流れれたなかに、この歌があった。「『懐かしい歌やな』。一人が身を乗り出し、何人かが口ずさみ、やがて全員の合唱になった。」という。

ちなみに。この歌が発表された同年(1923年:大正12年)の 9月1日に、「関東大震災」が発生した。

■ Youtube(登録: ゆめあるチャンネル)
「春よ来い(春の童謡)」演奏・歌:山口あい
    ー https://www.youtube.com/watch?v=6hE633-pw3g

2015年3月13日金曜日

「早春賦」

このごろ陽射しに、春の兆しして和らぐ。けれど陽が傾けば、まだ冬の寒さが残っているのに気付く。そんなとき、唱歌「早春賦」(作詞吉丸一昌、作曲中田章、1913年)にある、「春は名のみの」という詞を実感する。

(本ブログ関連:”早春賦”)

この歌を,「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞、岩波現代文庫)は最初に採り上げている。作詞した吉丸一昌の孫が、祖父の顕彰に奔走したこと、歌と縁の深い長野の安曇野で、冷えた若者の心を支えようとする女性の姿など描かれている。

何よりも、43歳で早逝した吉丸一昌の教育者としての生き方に志の高さを知る。苦学の経験から、東京府立三中の教諭時代、私財を投じて夜間学校を設立したという。頭の下がる話しだ。

彼の故郷、大分の臼杵市には「吉丸一昌記念館」がある。昔、大分に出張した帰り、臼杵にある磨崖仏の地を訪れたことがあったのを思い出した。国宝がこんなところにと思うほど、ひっそりとした長閑な田舎だった。

(Youtubeに登録のshimobunsadoに感謝)

2021年4月18日日曜日

自然観察(7)

きょうは朝から天気がよい。午前中に月一度催される公園の自然観察会へ出かける。園内の散歩道に水溜りがあって、昨深夜に雨が降ったことを思い出す。樹々の若葉や新芽が、原っぱに萌え出た草たちが朝陽に照らされて輝いている。まぶしいほどだ。

(本ブログ関連:”自然観察会”)

新型コロナの警戒のため、今月の12日から東京都も「まん延防止等重点措置」が適用され、わたしも自宅に連日こもっていた。観察会のはじめは意気揚々と観察の列に加わっていたが、次第に運動不足のせいか疲れが出て、途中で抜け出してしまった。せっかくの新鮮な空気を最後まで味わうことなく残念。(あすから公園散歩を復活しよう)

雨上がりの清々しさもあってか、今回会員が多数参加された。自然観察の対象は、植物(野草・樹木)、昆虫、野鳥など多様で、会員はテーマに即して分散観察する。とはいえ一斉の集合時に探鳥の結果が報告された(種類、つがい、巣作り、冬鳥の帰り)。
いつものように植物中心に、ベテランの方から話しをうかがい観察に同行する。この時期には「黄色い花が多い」という声があった。それに合わせて、雑草まで含めて解説が進められた。小さな花にはルーペが必要、次回忘れぬようにしよう。

黄色い花に連れて、ベテランの方から興味深い話があった。「菜の花畠に、入日薄れ」で始まる、大正3年(1914年)の「尋常小学唱歌 第六学年用」に所収の「朧月夜」(作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一)で歌われる「菜の花」は、実は「野沢菜」(アブラナ科アブラナ属)であり、菜の花は「アブラナ科アブラナ属の花の<総称>」とのこと。
- なるほど、野沢菜漬物関連会社(長野県)*のホームページに上記の旨記載があり、「野沢菜の花おひたしは、とても美味しく『菜種油』をとる菜の花とは違い、茎は柔らかく、野沢温泉近隣では、おひたしなど各家庭の味でされ食卓に並びます」と解説している。
 (*)とみき漬物: https://www.nozawana.co.jp/おぼろ月夜/
- 「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)によると、作詞者の高野辰之が小学校時代(長野県)通った通学路に菜の花畑があった。本書著者の記述や、作詞・作曲者の両関係者の発言に、いずれも「菜の花」以上のものはない。

観察した花や穎果(えいか)など
オオイヌノフグリ(青紫色)、ヘビイチゴ(黄色)

ペンペングサ(ナズナ)
オオアマナ【一茎多花】
キツネノボタン【太陽光による花弁の反射】
カラスムギ
キツネアザミ【棘がない、アザミ属でない】
ヘラオオバコ【柱頭:雌しべ⇒雄しべの順に熟す】

2013年1月11日金曜日

冬の夜

夜、家が凍えるようだ。芯から冷える気配がして、洗面所に行けば、昼間に暖気を取り入れようと開けた窓がそのままになっていた、どおりで寒いわけだ。

今、部屋のストーブでコーヒーを沸かしている。湯気が立ち、香りが部屋に漂えば、暖かさも増すというもの。

子どもの頃、三世代が暮らしていた社宅は棟がつながっていて、隣家に若夫婦が住んでいた。何かのきっかけで、お隣りに上がらせてもらったことがある。そのとき、えもいわれぬ心地よい香りがした。コーヒー豆を挽いたばかりだったのだろうか。当時、しばらく縁のなかった舶来の香りだったのだ。幼稚園前の子どもながらに、新婚家庭って、こんないい匂いがするもかと感心したものだ。

今夜は、Youtubeの「冬の夜」(明治45年3月:尋常小学唱歌)を聴いて、暖かい光りと会話を懐かしんでみよう。

(Youtubeに登録のKAZEKOZOU69に感謝)

2025年2月4日火曜日

春の七草 2025 (旧暦 1月7日)、童謡「春よ来い」

春に育つ野草や野菜に「七草」と呼ばれるものがあり、年初の「節句」に、それらを粥に入れ「七草粥」として食す伝統がある。節句は、月日が同じ奇数がならぶ日であるが、最初の場合だけ1月7日であり「人日(じんじつ)」の日と呼ぶ・・・本来、旧暦の1月7日(新暦の今年 2月4日)にあたる。
スーパーに行き、<春の七草> のセットを買って、七草粥をチャレンジしてみたかったが、冷え込みを口実にサボってしまった(何だか毎年同じ言い訳している)。

(本ブログ関連:”七草”、”節句”)

新暦の2月は、気象庁の季節区分で「冬(12月~2月)」の最終月であり、まだ寒気が残る。本格的な「春(3月~5月)」まではあと一歩だ。

春の歌に、「あるきはじめた みいちゃん」と「おうちのまえの 桃の木」が待つ「春よ来い」(作詞:相馬御風、作曲:弘田龍太郎)の童謡がある。「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)によれば、童謡に幼児語が使われている特徴があると紹介されている。寒い冬を終えて「みいちゃん」や「桃の木」が春の始まりを期待しているのが感じられる。

(本ブログ関連:”春よ来い”)

上記の現代文庫に、作詞者の御風は、詩創作の半ば忽然と郷里の新潟県糸魚川へ帰郷し、子どもたちとの無心の交わりで知られる「良寛」の研究に没頭したという。また、Wikipediaによれば、次のように、帰郷先の糸魚川で「ヒスイ」発見につながる示唆をしたという。
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地元に伝わる「奴奈川(ぬなかわ)姫」伝説を元に、糸魚川でヒスイ(翡翠)が産出するとの推測を示したことが、1935年(昭和10年)に同地でのヒスイの(再)発見につながった
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■ Youtube(登録: 四日市 童謡愛好会)
「童謡 『春よこい』(みみちゃんレコード童謡集)」
https://www.youtube.com/watch?v=L1b8NJbLeWI

2025年12月19日金曜日

ペチカ

子どものころ歌った唱歌に、冬の夜にふさわしい「ペチカ」(作詞 北原白秋、作曲 山田耕筰、初出 大正13年:1924年)がある。夜の部屋に暖かい炎が灯る「ペチカ」を想像しながら歌った。ペチカって、「暖炉」のようなものとイメージして・・・。

(本ブログ関連:”ペチカ”)

実際は、炎の見える暖炉と、炎が見えず壁に煙路を巡らして部屋を暖めるペチカといった違いがある。暖炉は燃料を燃やしたときだけ働く暖房装置であるのに対して、ペチカは(壁に)蓄熱する暖房装置ということになるようだ。

したがって、サンタクロースは、暖炉の幅広の煙突から入り込めても、ペチカは壁の中にある狭い煙路を伝う必要があるので難しい。ペチカのロシアでは、欧米風のサンタクロースでなく、ジェド・マロース(森のじいさん/寒さの精霊)がプレゼントを渡しにドアをノックするそうだ。

一方、日本には煙突がないので、目を覚ましたときクリスマス・プレゼント発見した子どもたちは、サンタクロースが訪れたことを知る。大人は、サンタがどうやって部屋に入ったのかを考える必要がないように、プレゼントに話題を集中させる・・・それでよいのだ。

ところで、ペチカの歌の始まり「雪の降る夜は 楽しいペチカ / ペチカ燃えろよ お話しましょ / 昔むかしよ 燃えろよペチカ」は忘れられない。唱歌の世界は別にあるようだ。

■ Youtube(登録:童謡チャンネル こどものうた いはら よしのり)
「ペチカ(雪のふる夜はたのしいペチカ) 北原白秋作詞・山田耕筰作曲 うた: いはら よしのり ピアノ: いのこ あんな」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=e74WF0eeoS4

2015年12月31日木曜日

蛍の光2015 (イ・ソンヒ「惜別の情」)

(丁寧に)さようなら、(洋画にも使われそうに)サヨナラ、(関西風に)さいなら、いずれにしても、(ちあきなおみの「紅とんぼ」風に)いろいろお世話になりました。

一年というリンゴの実も食い尽くし、残るは種だけです。これが来年の実になるといいのですが。酸っぱいもあれば、甘いも・・・なかったな、そんな一年でした。あっというまに過ぎ去った、鞍馬天狗かはたまた月光仮面、疾風のように去っていくのです。

「いつしかとしも、すぎのとを、あけてぞけさは、わかれゆく。」(唱歌「蛍の光」)、いよいよ今年とお別れです。明日になれば、来年がおはようといって入ってきます、猿ですけど。今年を送る大掃除も、来年を迎える正月飾りもしてないので、今日は軽く過ごすことにしましょう。

(本ブログ関連:”蛍の光”)

ところで、韓国では国歌が正式に決まるわずかの間、「蛍の光」の旋律が使われたそうです。「蛍の光」を、イ・ソンヒは「冬の日のものがたり(겨울날의 이야기)」(1988年)に所収の「惜別の情(석별의 정)」として次のように歌っています。


久しく付き合いし 親しき我が友よ
別れとはどうしたことか 行かねばならぬか
いずくへ行こうとも忘れようか 厚い我らが情
再び会うその日のため 歌を歌おう

さらば立派であれよ 祝杯を挙げた手に
惜別の情忘れ難く 涙だけ流すよ
いずくへ行こうとも忘れようか_厚い我らが情
再び会うその日のため 祝杯を挙げよう

いずくへ行こうとも忘れようか 厚い我らが情
再び会うその日のため 歌を歌おう

(Youtubeに登録の이예재に感謝)

2026年3月1日日曜日

きょうから「春」

カレンダー上、きょうから「春」(気象庁の区分で 3月~5月)だ。晴天、東南東の風、最高気温が、19.5℃(14:44)と心地よい。今朝のテレビの天気予報は、さっそく「桜」の「開花予想」をしていた・・・なんでも、昨年の開花は平年並み(3/24)だったが、今年は一週間ほど早い(3/14)かもしれないとのこと。

■ 気象庁
「さくらの開花日(2021-2025年)」
    ー https://www.data.jma.go.jp/sakura/data/sakura003_07.html

家中の壁掛けカレンダーから、2月分をせっせとはがした(100均ショップの壁掛けカレンダーが安価なため、部屋や空間ごとに吊るしている)。今年は「うるう年」でないので、時刻と月日を交互に表示するデジタル時計の調整の必要がないのは幸いだ(これも100均ショップで購入して、壁掛け時計の見えぬ洗顔所からトイレまであちこちに置いている)。

気分は春。待ちに待った春だが、最高気温からの下降も激しい。気温の変化はしばらく波打つように繰り返しそう。まさに冬から春先の「三寒四温」だ。

以前のブログで、この時期にちなんだ、童謡「春が来た」(作詞 高野辰之、作曲 岡野貞一、明治43年:1910年発行の『尋常小学読本唱歌』に所収)を触れていたと思ったら未だだった。これほど親しまれた曲を未掲だったとは・・・そこで、先日(2/27)の童謡「春よ来い」に続けてとりあげることにした。春は、山にも、里にも、野にも来る。

子どもの実感として、春は入学式(新学期)、さくらの花見、遠足など楽しい行事でいっぱいだった。幼いころ、家族と山裾の畑地に行って、「レンゲソウ」を摘み花輪を作った記憶がある。なぜか、思い出はドローンで撮ったような心像なのだ・・・心のどこかで美化したい気持ちがあるのだろう。
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春が來た 春が來た どこに來た
山に來た 里に來た 野にも來た

花が咲く 花が咲く どこに咲く
山に咲く 里に咲く 野にも咲く

鳥が鳴く 鳥が鳴く どこで鳴く
山で鳴く 里で鳴く 野でも鳴く
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■ Youtube(登録: ゆめあるチャンネル)
「春が来た(春の童謡)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=iT2s2MHbkF4

2013年10月7日月曜日

イ・ソンヒの童謡「青い心 白い心」

イ・ソンヒの童謡集「愛唱童謡(애창동요)」(1993年:9曲+9曲)」に、「青い心 白い心(파란 마음 하얀 마음)」(魚孝善作詞、韓龍煕作曲)が収録されている。日本の唱歌にも通じる、夏と冬の季節と色合いを心に浮かべながら歌う。この歌は、日本の教科書にも載ったことがあるそうだが、現在どうなっているのだろうか。
Youtubeに、イ・ソンヒ自身の歌声が収録されたものが見つからないのは残念だ。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの童謡集”)

この曲について、東京書籍の東書WEBショップには、次のような解説がある。
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・1957年に韓国国定教科書に収録されてから子どもたちの間で広く歌われるようになった童謡です。1950年の朝鮮戦争の時期には,放送局の企画で「明るく美しい歌を歌おうキャンペーン」が繰り広げられ、その中で制定されたうちの1曲です。
清楚ですがすがしく、青く澄み切った空のように美しい気持ちを歌ったこの曲は、多くの韓国の子どもたちの間で歌われ、今日に受け継がれています。歌詞は韓国語の現地読みと日本語歌詞と両方載せています。3拍子の流れにのって明るい声で歌いましょう。隣国である韓国の童謡に親しむ意義深い曲です。    
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