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2012年11月14日水曜日

(資料)「母をお願い」の中で母がうたう歌

申京淑(シン・ギョンスク、신경숙)の小説「母をお願い」(安宇植訳、集英社文庫)の中で、長兄をソウルに送り出した後、切ない思いをする母親(オンマ)について触れるところがある。庭先に並べた容器の甕(かめ)をこすりながら、遠くの息子に心通わせようと母親が口ずさむ。

(第一の)主人公である娘は、母親の心境と涙に気付いていたろうに、その後ろ姿に「オンマ!」と呼びかける・・・。

そのとき、母親の口からトロットの一節を聞いている。ナムジン(南珍、남진)の「カスマプゲ(痛心、가슴아프게)」(1967年)の出だしの「わたしとあなたの間にあの海がなかったら/辛い別離だけはなかったろうに・・・・・・」や、ナフナ(羅勲児、나훈아)の「愛は涙の種(사랑은 눈물의 씨앗)」(1968年)の「・・・・・・いつかあなたは/わたしを棄てたりなさらないでしょう」だ。

(Youtubeに登録のmomo86ist、sclctradingに感謝)

(本ブログ関連:"申京淑")

2012年11月13日火曜日

深まる秋

小金井公園をぐるりと廻りながら、今晩韓国語教室のまとめテストに向けて、ICレコーダー*に収めた会話を聴く。
(*)CD収録の会話をMP3に変換して携帯デジタルプレイヤーに収めればよいのだが、面倒なのでパソコンで再生した音を、ICレコーダー直付け録音した。やってることはアナログである。

公園の木々は、赤・黄色に染まって秋を演じている。手入れの届かない公園奥の木立の下には、枯葉が積もっていた。
太陽が雲に隠れると急に辺りがヒンヤリとしてくる。客もまばらな公園売店前にあるテーブルで、熱々のおでんを食う・・・温まるねえ。まあ、こんなわけだから語学の勉強もはかどらない。

当地は野川崖線がぬっているため当然坂道が随所にあって、教室の往復に利用する。西武多摩川線をはさんだ「二枚橋の坂」は、旧坂の方が傾斜が急であり、帰りに少々しんどい。おまけに、今晩は秋の風も吹き抜けて寒いのだ。そんな坂道を上がっていたら、腰ほどの木立の中から子猫の泣き声がする。この冷え冷えした夜、何かを求めて呼んでいるような気がした。けれど、芭蕉の「野ざらし紀行」にある、あのいたたまれぬ句を想起しながら坂道を上りきってしまった。

ところで、テスト結果は・・・轟沈でした。

2012年11月12日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 情歌楽会

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/7)に、人物シリーズ53回目として、国楽室内楽団「情歌楽会(チョンガアク会、정가악회」(2000年~)を紹介した。

始めに、「情歌楽会」の活動の趣旨について次のように語られた。
・芸術の分野では、自分だけの色、つまり個性を出すことができて初めて認められる。国楽界では、フュージョン音楽を追求する若者が増え、大衆の関心もこういった新しい音楽に向いている。
・情歌楽会は現在より、過去・未来に目を向けた活動を行っていて、伝統音楽をより深く、創作音楽はより広く、そして国楽をあまり耳にしない人々をも巻き込んで音楽を作っている。

▼情歌楽会による、慶州良洞村(?)で見つかったという「女唱歌曲(여창가곡)」から 「編数大葉(편수대엽)」を聴く。このゆるりとした感じ・・・とても舞踏的な気がするけれど。

伝統音楽は、韓屋の室内構造、規模に合ってこそ響きを際立たせる。情歌楽会は、韓屋でレコーディングした二つのアルバムを含めて、3枚のCDをリリースした。

次のように情歌楽会のプロフィールが紹介された。
・2000年 情歌楽会創立。伝統音楽の中でも正楽(昔のソンビの風流音楽)に注目して活動を始め、メロディーを再構成し、新しい楽曲を作り出した。
・現在、情歌楽会は音楽団体というより、音楽家たちがその構成員となる企業の形をとっている。

▼情歌楽会による、「情念(정념)」の中から「人間(인간)」(ユン・ヘジン作曲)を聴く。現代曲風リズムと始原的な音色が重なり合う。

・情歌楽会の音楽は、一般的なフュージョン音楽と違い、また昔の音楽家とは少し違う方法で、自分たちの世界を構築している。新しい道へ導く、国楽界の新たな光のような役割を果たしているのではないだろうか。

▼情歌楽会による、「ジュル(弦)風流(줄풍류)」の中から、「細霊山(세령산)」を聴く。上品な汎東洋的な香りがする。

(追記)
情歌楽会は、確かに今様なスタイルをとっていない。伝統的な音色を大切にしているようだ。こんな継承があるのだとはじめて知った・・・ちょっと気になる。

2012年11月11日日曜日

漢字

夕方降り始めた雨は、深夜を境に明朝には静まるようだ。

今晩放送のNHKスペシャル「中国文明の謎 第2集『漢字誕生 王朝交代の秘密』」はおもしろい。漢字の起源(甲骨文字による占い)と特徴を紹介した。三千年前の殷時代に登場した漢字の歴史の裏表(恐怖政治)は少々気が滅入るが、その後歴史に受け継がれる表意文字の漢字は、時代を超えて意味を持ちつづけ、空間の広がりで意味を拡大した。

表意文字の漢字の重みと柔軟性にあらためて気づかされる。他方、表音文字カタカナの蔓延に言葉の理解の仕方も変わっていくのではと気掛かりだ。

・・・夜分、雨音が急に止んだと思っていると、またしとしと雨音がしてくる。やっぱり一晩中降るようだ。

2012年11月10日土曜日

イ・ソンヒの「恋文」

美しい序奏で始まる、イ・ソンヒのアルバム7集(1991年)に所収の「恋文(연서)」は、彼女が持つ少女のような一面をあらわしている珠玉の一品だ。

ぽっかりと空いた少女の心を埋めるのは、置かれた写真からの視線ではない、思い出の言葉でないのだと、切ない心の恋文を送る。・・・かわいらしいね。それにしても美しい曲だ。
Youtubeのイ・ソンヒの写真に、彼女の少女時代の面影が見えませんか。素晴らしい選定だ。

(本ブログ関連:"7集")



(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2012年11月9日金曜日

小金井公園秋逍遥


公園東側散歩道
昼下がり、小金井公園東側にある、テニスコート脇の散歩道は木々の一部が紅葉して秋の気配を感じる。 とはいえ、落ち葉が風に吹かれたり、枯葉が重なるほどではない。深まる秋を楽しみたい。

公園中央「いこいの広場」のユリノキは、洒落た木立で全体に黄葉が進んでいる。秋のロマンチックな気分に浸りたいならここがよいかもしれない。

「こどもの広場」に小学校の低学年らしい集団がいて、帰り支度をする様子をしばらく見た。22名の生徒を、4、5人の先生方が引率している。さて、一列に前並びして、順に番号を言わせるのが面白い。ひとりひとり番号を口にしながら回れ右するのだが、女の子は何事も静かでゆっくり声を出し回転するが、男の子ときたら、例えば、「ななっ(七)!番~ん」てな具合で、元気よく大声を出しながら飛び上がって回転する。22番目まで言わせるのは大変だ、先生方お疲れさまです。そんなことも知らず、低学年の小学生一団は、元気よく手を振りながら一列になって帰っていった。楽しい眺めだった。

(本ブログ関連:"ちいさな男の子は阿呆である")

2012年11月8日木曜日

今日の記事:イ・ソンヒ(李善熙)

Google検索で、「期間指定」を24時間以内にして、「이선희」(イ・ソンヒ)を調べると、上位記事に歌手イ・ソンヒ(李仙姫)について見られず、三星ライオンズ所属のスカウターであるイ・ソンヒ(李善熙)が、ハンファ・イーグルスにコーチとして迎え入れられた・・・ということばかりだった。

歌手イ・ソンヒが検索のトップ(2ページに渡って)に上がらないなんて、こんなことは珍しい。ハングル氏名では男女の区別ができないことがある。

ちなみに、李善熙の経歴は次の通り。(Daumスポーツ掲載のxportsニュース記事(11/8))
・慶北高校を卒業した、李善熙(現コーチ)は、プロ元年の1982年~1987年まで三星ライオンズとMBC青龍を経て6年間通算133試合に出場し、28勝36敗3セーブ、防御率3.35の成績を残した。
・以降、1994年~2000年までハンファのコーチを歴任し、2000年~2007年までは古巣チーム三星のコーチを務めた。2008年からは三星のスカウターを歴任した。そして(今回)、2000年代初頭一緒だったキム・ウンリョン監督が率いるハンファのコーチ生活を始めることになった。このコーチの職務は今後決定され、投手パートを引き受けるものと見られる。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒという名前")

2012年11月7日水曜日

立冬2012

今日は、立春から数えて19番目の節気「立冬」である。「」の始まりなのに、最高気温はなんと20℃(立川市、Weathernews)になった。平年7日の最高気温は、18.3℃(府中市、1981年~2010年)なのだから随分と暖かい。とはいっても寒がりなので、先月中旬からガス・ストーブを使っている。

健康体操教室で汗をかいて帰り道、マクドナルドに寄って窓際の暖かい席に座ると、ガラス窓越しの陽射しを浴びてうつらうつらしてくる。文庫本の同じページを何度も読み直す。

本格的な納得できる冬はいつ来るのだろうか・・・気付いたときが冬というわけだろうけど。立春(来年の2月4日)になっても、まだ寒い寒いといっているだろう。

2012年11月6日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 朴松熙

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/31)に、人物シリーズ52回目として、パンソリの歌い手(ソリックン、소리꾼)で、今年85歳になる朴松熙(パク・ソンヒ、박송희、1927年~)を紹介した。
解説の岸さんの熱い語りにいつも感銘を受けます。

まず、「口伝授心」の説明から始まった。
・弟子は「師匠の影は踏んでもならぬ」という、常に師匠に対する尊敬の念を持つ意を込めた言葉がある。伝統音楽の国楽も、口伝えて心を授ける「口伝授心(구전심수)」という、師匠と膝を向かい合わせて、一節一節、聞き取って、師匠の歌をひたむきに守ることを通して確立された。
師匠の存在が格別な存在であったことも分かる。

師匠の教えを守ったパンソリの歌い手、朴松熙の歌を聴く。
▼朴松熙による「興夫歌(흥보가)」の中から、<ノルブ(놀부)の二つ目の瓜から大道芸人たちが出てくる場面>を聴く。こぶとり爺さん、舌切り雀、あるいは金の斧か・・・とにかく元気で威勢がよい。

(本ブログ関連:"興夫歌"、"甫歌")
 
次のように朴松熙のプロフィールが紹介された。
・1927年 全羅南道和順に生まれる。
・10代前半の頃から複数の師匠に師事しパンソリのみならず歌や舞を学ぶ。
・結婚して田舎で農業を営みながら村人に公演などしていたが、夫の死後、ソウルで朴綠珠(パク・ロクジュ、박록주)名唱と出会い、「春香歌(춘향가)」、「興夫歌」、今は忘れ去られた幻のパンソリ「淑英娘子傳숙영낭자전)」など学ぶ。
・また朴鳳述(パク・ボンスル、박봉술)名唱から「赤壁歌」の伝承を受ける。

▼朴松熙による「赤壁歌(적벽가)」の中から、「軍士点考(군사점고)」を聴く。歌というより語り・・・。
・中国三国志に由来する赤壁歌だが、歌中に韓国固有の情緒が(空想により)込められている。

・2002年、パンソリ、フンボガの芸能保有者として指定され、伝承が絶えたといわれている「淑英娘子傳」などを音源として残した。

▼朴松熙による「淑英娘子傳」の中から、<仙君(선군)が淑英(숙영)を恋い慕う題>を聴く。夢と現実が交流し・・・現実に救われる不思議な話。物語伝承として聴きたい。

2012年11月5日月曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

イ・ソンヒが2009年5月のコンサートに向けてメディアに登場したひとつに、MBCの番組「音楽の旅 ラララ」(2009年3月26日)がある。その中で、彼女の代表曲「分かりたいです(알고싶어요)」を歌っているのをYoutubeで聴こう。。
忍び入る月光のような青い明かりを背に受けて、かわらぬ高趣ただよう彼女の姿を見ることができる。全画面、画質を上げて視聴したい。

(本部ログ関連:"分かりたいです")



(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)

2012年11月4日日曜日

四谷で鉱物の会 12-11-4

四谷へ鉱物の会の例会に行く。この時期、プログラムのメインは夏休み報告で、会場は大盛況、会員であふれていた。
基本的に夏を中心に、鉱物採集した産地、採集物、地元状況などの成果について、会員がひとりひとり報告する。なかでも、秋田県(A鉱山)と愛知県(T鉱山)の採集報告が重なった。多数の会員が同一鉱山におもむいたようだ。それから最近の傾向だが、親子連れの新入会員が増え、子どもたちの自己紹介がほほえましかった。
また、会員有志による群馬県沼田周辺のミニ鉱物採集会の丁寧な報告があった。

ちなみに私の報告は、8月末に栃木県西沢鉱山へ行ったこと。10月初めに秩父鉱山大黒坑でブーランジェ鉱を手に入れた(いただいた)こと。10月末に東京都埋蔵文化財センターの見学会で滑石を使って勾玉作りを・・・まず砥石で大きく削り取り、鉄ヤスリ、サンドペーパー、水ペーパーなどで整形し、最終的に感熱型のレシートで磨くと光沢が増して綺麗に仕上がる・・・ことを。

ところで、いつもお世話になっている筑波の研究者S氏から、鉱物の学会で催された巡検に参加して採集した標本をいくつか分けていただいた。
・桜石(京都府亀岡): インド石を核に菫青石が周りを囲むように成長。断面が花弁に見えて美しい。
・正長石(大阪府能勢町): がっつり組み合ってカルルスバット式双晶がわかる。
・高温型石英(大阪府能勢町): しっかり両錘状だ。
・コーク石(兵庫県猪名川町): 希少鉱物だそうだ・・・黄土色皮膜の地味な鉱物。

また、毎回会員が提供する鉱物標本をいただいた。
・水晶(秋田県大仙市A鉱山)
・緑水晶(秋田県大仙市A鉱山)
・黄鉄鉱(岩手県北上市S鉱山)
・赤鉄鉱(岩手県北上市S鉱山)
・砂(モロッコ、サハラ砂漠)

2012年11月3日土曜日

標本の整理

鉱物標本の置き場に困り、仮置きしたつもりの応接間も埋まってしまった、どうしよう。

むかし採集しながら、ラベル紛失など整理不十分で産地不明になってしまったものの、綺麗というだけで残していた石を、とうとう玄関先の窪みに置いて(というより捨てて)しまった。他に持っていく処はないのだから。

横を通るたび、光をうけてキラリと輝く水晶の群晶、鮮緑色が美しい孔雀石、ピンクに染まったバラ輝石・・・色は混じり光が散乱している。半分楽しみ、半分心苦しく思っている。

まだまだ、未整理品がいっぱいある、どうしょう。

2012年11月2日金曜日

カマキリ

昼の日向、外出しようと鉄製の門を見ると、暖かい陽射しに鮮黄緑の色を透かした体長10cm程のカマキリが動かずにいた。ぬくい、むしろ熱いくらいの門にじっと佇み温まっているのだろうか。

この時期に?とWikipediaを見れば、「野生下においては、関東以西では雄個体は10月中~下旬頃、雌個体は11月上~下旬まで見られる」とのこと。はたして、今日見たカマキリは雄だったのか、それとも雌だったのか。美しい体色から想像するに雌だったのでは・・・。この時期はカマキリの産卵期でもあるそうだから。

ところで、子どものころ平気だったカマキリの手づかみを今はできない。その理由がないからだ。じゃあ逆に、子どもは何で平気で虫に手を出すのだろうって考えてしまう。とにかく触りたいという燃えるような好奇心をすっかり忘れちゃったみたいだ。

カマキリの名を漢字で「蟷螂」とあらわすが凄みが感じられない。虫偏に「當」と「郎」に一体どんな意味があるのだろうか。むしろ、和名の通り「鎌斬り」とでもすれば、あの前足で身構える姿に通じてピッタリするのだが。
・・・それに、韓国語でカマキリと疣(いぼ)が何で同じ「サマギィ(사마귀)」なんでしょうね。しかも英語では「祈る(praying)カマキリ(mantis)」だし。

さて、家を出て振り返って見ると、門にカマキリの姿はなかった。どうやら邪魔しただけのようだ。

2012年11月1日木曜日

陶淵明-1

中国朝時代の詩人陶淵明(365年~427年)の描いた世界について、市民講座があり出かけた。今日は講義の初回で、全5回を予定している。

漢詩・漢文は、高校時代の授業が最後で素養もないにもかかわらず、今回受講した目的は、先日ブログに記した通り、イ・ソンヒの歌「分かりたいです(알고싶어요)」に付された漢詩について知りたいからだ。
(この漢詩の由来は承知のうえで・・・)

さて、地元公民館の教室は、多数の聴講者が集まり埋まっていた。講師は、入門書「MY古典 陶淵明のことば」(斯文会)をテキストに同著者の田部井文雄氏が解説された。(以下同書より)

初回講義は、「帰りなんいざ、田園 将(まさ)にあれなんとす・・・」で有名な「帰去来の辞」だ。詩四段の書き下し文、語句について順に解釈された。陶淵明が職を辞して帰郷するという意気盛んなイメージがあったが、人生の有限を嘆じていることまで含まれていたとは知らなかった(忘れていた)。
すなわち、「已(や)んぬるかな/形を宇内(うだい)に寓すること復た幾時ぞ」(ああ、もう終わりなのだなあ/この身をこの世に生き続けさせるのも、これからどれほどの間のことであろうか。)とうたいながらも最後に、天命にまかせて疑いを持たず生きようとする。けれど・・・。

それはそうと、これからイ・ソンヒの「分かりたいです」の漢詩(蕭寥月夜思何事 ~)を調べてみようかな。

2012年10月31日水曜日

サンフランシスコに行くなら夏がよい

本屋に行けば、来年のカレンダー、手帳、年賀状のソフトCD付ムックがずらりと並んでいるし、スーパーなどでは、おせち料理の予約が始まっている。押せ押せムードで、消費を押しまくっている。

今日はハロウィン(祭り)で、舶来品の臭いがして少々異論があるが若者たちの馬鹿騒ぎならともかく、先日多摩センター駅前で若い親たちが子どもに揃って魔法使いの衣装を着させているのを見たとき、力が抜けてしまった。まだ風習になっていないだろうに、その気持ち超早くない?

ところで、健康体操教室の若き指導者が、イタリアのベネチアに旅したばかりなのに、今度はサンフランシスコに行きたいなどと、楽しいことを言っている・・・元気な人はいいねえ。

そのむかし、フラワー・チャイルドなどといったヒッピーの住む街、サンフランシスコに行くのなら、こんな歌はどうだろうか。スコット・マッケンジー(Scott McKenzie、1939年1月10日~2012年8月18日)の「花のサンフランシスコ(San Francisco)」(1967年)が懐かしい。(・・・財津和夫の声質を思い出す)
まだ若者たちが異議申し立てできた(していた)時代の歌だ。当時、日本の大学構内では、ジーンズを穿いているかどうかで、思想信条の違いまで色分けされたときがあった。



(Yooutubeに登録のtimasnewに感謝)

2012年10月30日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 バイナログ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/24)に、人物シリーズ51回目として、若手フュージョン国楽グループの先頭に立って活動しているグループの「バイナログ(vinalog바이날로그)」を紹介した。
解説の岸さんの熱い語りが、とても印象的でした。若いひとはそうなんだろうな。 

まず、「フュージョン国楽」の解説から始まった。
芸術家にとって、伝統は引き継ぐだけでなく、その枠を超えて時代の変化を取り入れ、自らの個性をも表現したとき、ようやくその価値を見出すといわれる
・昔、歌い手は他人の歌を真似て歌うことを「写真歌(사진소리)」といって嫌った。伝統を背景に目まぐるしく変化する現代、「フュージョン国楽」という国楽発祥のフュージョンがあって、大衆に合う音楽を作ろうと活動する音楽家たちがいる。活躍するグループに「バイナログ」がいる。

▼バイナログによる「chicken run」を聴く。・・・ケーナ(Quena)に似て明るく、まさにワールドミュージックの響きだ。

次のようにバイナログのプロフィールが紹介された。
・バイナログの名は、レコード盤を表す「バイナル(vinyl、米俗)」と「アナログ(analog、米)」を合わせた、豊で温かい質感のある音を追求する意を込めている。
・メンバーは、打楽器と歌、管楽器のソグムタンソなど、作曲とピアノ、そしてギターを担当する4人である。
・2003(2004?)年 結成。感覚的なメロディーとリズムで、若い世代を中心に大きな反響が寄せられた。

▼バイナログによる「君と僕(영나영)」を聴く。・・・これも、ワールドミュージックというんだろうね。

・2012年9月 全州の音楽祭でフュージョン国楽グループがパフォーマンスを競い大賞を受賞。

▼バイナログによる「Land of Morning Calm」(朝鮮?)を聴く。これは地の香りがする・・・いいよ。

2012年10月29日月曜日

イ・ソンヒの「冬哀傷」

冬の夜中、熱々のインスタントラーメンがうまくなる。できあがるのに3分間というけれど、茹でたりして調理すれば5、6分間はかかるだろう。そんな短時間に友人が作った歌詞を受けて後、作曲家が作り上げたのが、何とイ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(歌詞、1989年、5集:作詞キム・ヨイル(김요일)、作曲ソン・シヒョン(송시현))だ。

冬の夜、青い月の光を受けて、凍える心・・・イ・ソンヒの澄んだ声が冷たい冬の空気に共鳴するようだ。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面"、"アルバム紹介:イ・ソンヒ 4集+5集(All That Masterpiece)")



(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2012年10月28日日曜日

勾玉作り

小雨降るなか、午前・午後の半日をかけて、多摩センターにある「東京都埋蔵文化財センター」の見学会に行く。主催は、地元小金井公園に併設の「江戸東京たてもの園」(友の会)である。ちなみに、同園で開催中の「武蔵野の歴史と考古学展」は同センターと連携している。
今回、センターの収蔵庫をのぞいたり、勾玉作りをしたり貴重な経験をさせていただき、関係者に感謝です。

午前は、最初にDVD(フジテレビの放送映像)による、縄文時代のクッキー(パン)作りの紹介を見る。マテバシイ(ブナ科の常緑高木)のドングリの実を使ったもので、手近な材料であらためて真似したくなる。縄文の食事は、温暖化による広葉樹林のおかげである。
同センターは、本年度の企画展示として、「縄文人の食事」をテーマに縄文時代の人々の食生活を紹介している。多摩センター地域は内陸地のため、縄文人の食材はもっぱら木の実、獣、川魚などが中心で、海産物を食べた痕跡はないそうだ。
次に、展示室と遺跡庭園の竪穴住居(再現)を巡る。展示室の縄文土器が新しくなるとともに大きくなることについて、貯蔵が目的だったのではという解説があった。時代とともに、食料の生産力も上がってきたことがうかがえる。遺跡庭園で驚いたのは竪穴住居が、内部で火を焚くと意外に暖かいのだ・・・とはいえ、室内は暗く、煙通しが天井にあるが、さぞ煙たかったことだろう。この生活を、私たち先祖は生まれてから死ぬまで何代と過ごしたことになる。
庭園は、北側に川を望む丘地にあり、崖下に湧水を得られる、実際に縄文人たちが生活した場所である。
縄文時代(前13000年~前2400年頃)は、集落の規模も小さく、互いに争いをした形跡は残されていない平和な時代だったようだ。残念ながら、当時の子どもたちの世界を垣間見ることのできる遺物(たとえば玩具のようなもの)は、まだ発見されていないようだ。

午後は、勾玉作りだ。実は参加者に子どもたちが多ければ席を譲ろうと思っていたが、真反対の世代ばかりのため、安心して製作に励む。勾玉の石材といえば、糸魚川の翡翠を思うけれど、今回は超柔らかい硬度1の滑石(チョークの材料)を使って指導を受けた。結果は左写真の通り・・・まんざらでもない。
直方体の滑石の石片に、勾玉の図柄を描き、砥石で削り取ることから始まる。順次、鉄ヤスリ、サンドペーパー、水ペーパーなどを使って整形する。ところで、指導の方から、感熱型のレシートはさらに細かい仕上げに使える・・・とのことで使ってみれば、なるほど艶がでてきたから驚き。

2012年10月27日土曜日

パスワード設定

「パスワード設定に気を付けて」といわれて久しいけれど、いまだに安直なものが多いそうだ。
IPA(情報処理推進機構)の「1.4.1 類推しやすいパスワード例」を次のように例示している・・・一度はやらかしたことがあるものばかりだ。

・ユーザ名と同一
・姓名または姓名の片方(yamadaやtaro)
・ユーザ名に数字を加えたもの(yamada01)
・製品名や商標名(WindowsやUNIX)
・名詞(bookやpencil)
・地名(tokyo)
・組織の略語(ipa)
・規則のある数字や英字(777やabcde)
・キーボードの配列(qwert)


ところで、中央日報の記事「米国 '今年最悪のパスワード'...'password'」(10/27、連合)は、パスワード設定について孫・孫引きで話題を報じている・・・こちらの方が、よりリアリティがある。

・'password'、'123456'、'12345678'、'abc123'、'qwerty'・・・
・パスワード管理アプリケーション「スプラッシュ・データ(Splash Data)」が選定した、今年の"最悪のパスワード"リストだ。

26日(現地時間)CNNインターネット版によると、スプラッシュデータは、ハッカーがオンラインサイトで盗み出して公開したパスワードを集計して「最悪のパスワード」を選定した。
・特に 'password'、'123456 'と'12345678'は、昨年にも最悪のパスワードに選ばれた。
'monkey'、'letmein'、'dragon'、'111111'、'baseball'なども10位圏内に入った。
このほか、 'iloveyou’、'welcome'、'123123 '、'jesus'、'password1'なども25位内に選ばれた。

くわばら、くわばら・・・である。

2012年10月26日金曜日

イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」

ひとは夏の終わりに過ぎ去った物語に気付き、葉の落ちる秋にようやく思い出のページをめくるようになる。
イ・ソンヒは、2003年のインタビューの中で、自身の曲から40代が記憶する「Jへ」(1984年)と、30代が(記憶する)「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기면)」(1990年、6集)を最も印象的な歌に選んだという。後者はファンが「最もイ・ソンヒらしい曲」と感じるという説明を付け加えたそうだ。

この「思い出のページをめくれば」こそ、彼女の音楽家として大きな変曲点となった作品である。

(本ブログ関連:"思い出のページをめくれば")



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