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2026年3月30日月曜日

春雨と傘、月形半平太

春の雨は、冬の雨の冷たさと違い、どこか粋な感じを与える。幕末の志士(土佐藩の武市半平太をモデルにしたともいわれる)月形半平太が、京都三条の宿を出るとき口にした「春雨じゃ、ぬれて参ろう」という決め台詞がある。

(本ブログ関連:”春雨”、”端唄 春雨”、”雨水”)

■ 月形半平太、新国劇(Wikipedia)
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・「月形半平太」は、<行友李風(ゆきとも りふう)> 作の戯曲および、同作の主人公の名。1919年(大正8年)、<新国劇> による京都明治座での公演が初演である。
・劇団名「新国劇」は新出発に際し、澤田(正二郎)の恩師 <坪内逍遥> から与えられたものである。「新国劇」は「新旧両派歌舞伎劇を越える新しい日本の劇」を標榜する名称で、新派と新劇の中間という位置を示すものといえよう。
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日ごと思いつくままつづられた「ことばの歳時記」(金田一春彦、新潮文庫)に、こんな解説がある。金田一春彦氏が、春の時期、京都を訪れて気づいた経験から、月形半平太について次のように触れている・・・「春とは見えじ春の雨」に合わせて。
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新国劇の芝居で見ると、月形半平太が、三条の宿を出るとき「春雨じゃ、ぬれて参ろう」と言うが、今思うと、彼は春雨が風流だからだからぬれて行こうと言ったのではなく、横から降りこんでくる霧雨のような雨ではしょせん傘をさしてもムダだから、傘なしで行こうと言ったものらしい。そこへゆくと、東京の春雨は「侠客春雨傘(きょうきゃくはるさめがさ)」という芝居の外題でも知られるように、傘を必要とする散文的な雨である。
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そういえば、春には<霞>もよく似合う。


■ 侠客春雨傘(コトバンク)
「侠客春雨傘」
    ー https://kotobank.jp/word/侠客春雨傘-1524483
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・<福地桜痴(ふくち おうち)>作。1897年4月 東京歌舞伎座初演。
・武士の無謀から札差(ふださし)稼業を捨てて俠客になり,女嫌いの遊び好きとして俠気を発揮する <(大口屋)暁雨> の活躍と,<お鶴> のちの<薄雲太夫>の敵討(あだうち)を中心に組まれた6幕物
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侠客が傘を持って登場するスタイルには、粋と情が示されるという・・・。(昔の日活映画で、主人公はなぜかギターを背負っていた)

2026年2月25日水曜日

春雨

天気予報では、きょう一日、雨とのこと。予報通り、朝から雨が降り出した。この雨は、季語的に「春雨」。なぜなら「立春」(2/4)以降に降る雨だからだ。

(本ブログ関連:”春雨(雨水)”、”端唄 春雨”)

ちなみに、きょうは旧暦の1月9日で、季節的には「春」(旧暦1月~3月)。ただし、気象庁の区分では、4日後の3月から春になるのだが。

この雨が、公園の乾いた草地や樹林を、自然観察園の野草や干上がった池をどの程度潤すか。なにより、「はけ(崖)」の湧水に役立って、川底が露わになった公園の小川に水が回復するのか気になる。さらにいえば、水の乏しい関東ローム層の武蔵野台地に点在する農地に慈雨となること期待する。

先日(2/19)のブログに、端唄の「春雨」を記したのであらためて聴き直してみたい。

そうそう、月形半平太の「春雨じゃ、濡れて行こう」も懐かしい。子どもの時代、チャンバラごっこのとき「濡れてまいろう」と言って、雨の中を走り回ったものだが。

(本ブログ関連:”月形半平太”)

■ Youtube(登録: 男はつらいよ覚え書ノート)
「月様雨が… 春雨じゃ濡れて行こう」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=iNSbjzmRccs
    ー 若い美空ひばりには、おとなの仲をただ見送るだけのようで・・・

2026年2月19日木曜日

雨水 2026、端唄「春雨」

※ だらだらと過ごすうち、午後の体操教室を欠席してしまった。

きょうは二十四節気の「雨水(うすい)」。降る雪が雨に変わり、氷が溶けて水に変わる時期。大地が潤い、霞が立ち、草木が燃え始める。いよいよ本格的な春間近・・・気象庁の季節区分では来3月から春となる。

(本ブログ関連:”雨水”)

雨水から雨を連想する。「立春」を過ぎてこの時期に降る雨こそ「春雨」の始まり。ただし、きょうは快晴だが・・・。

そこで、「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)所収の「端唄百番」にある「春雨」を聞いてみよう。「ウグイス(鶯)」(女性)と「ウメ(梅)」(男性)の関係は誰も代えられるものではない。

(本ブログ関連:”端唄”)
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はるさめに    しつぽりぬるゝ鶯の
羽かぜに匂ふ    梅が香の(や)
花にたはぶれ    しほらしや                           ← しほらしや(いじらしいことよ)

小鳥でさへも 一すじに                              ← 一途に
ねぐらさだめる気はひとつ

わたしや鶯 ぬしは梅

やがて身まゝ    気まゝになるならば              ← 身が(遊郭から)自由になったなら
サア 鶯宿梅*じやないかいな
さツさ なんでもよいわいな                        ← 今の苦労はなんでもない、細かいことはどうでもよい
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(*)鶯宿梅(おうしゅくばい): 元は、勅命で枯れた梅の木を他所から移し替えた故事(結果、他所の梅の木と鶯の関係が切り裂かれる)とは別に、本来の鶯と梅の関係になれば最高じゃないか。

■ 岩波文庫(音源)
「春雨」( 根岸登喜子 ・・・ 文庫編者の倉田氏の妻)
https://www.iwanami.co.jp/moreinfo/voice/3028310/01.mp3


次のYoutubeは、端唄の代表的な唄であり、歌手「美空ひばり」により吹き込まれたもの。登録者によれば、EP音源(制作:コロムビアレコード (SA-3051 ⓟ1959年))であるが、音質は極めて明瞭。(歌謡界のトップ、さすがに歌詞を聴きとりやすい)

■ Youtube(登録: jun-hogaku)
「[端唄] 春雨:美空 ひばり」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=En7vY1TwIPQ

2025年3月3日月曜日

端唄 春雨

「雛祭り」のきょう、一日雨と雪で冷える。
(追記-1)いつ降り始めたのか、午後2時に外を見ると、ぼた雪が濡れた道に降っていた。
(追記-2)午後4時前に見たら、雨に変わって雪は積もっていなかった。(同時刻、都心で雪が降っていたりした)
(追記-3)明晩~あさっての朝方、大雪の恐れがあるとのこと。

子どものころ、時代劇の映画が身近だったため、社宅の空き地でチャンバラごっこをして遊んだものだ。どんなふうに切られ、倒れるかを競い合った。だから今でも、時代劇の果たし合いのシーンを見ると、敵役がどのように討たれるのか興味が湧く。

春に小雨が降りだすと、少々濡れても平気だと月形半平太を気取って「春雨じゃ、濡れてまいろう」といったもんだ。子どもは雨に無敵である。どしゃ降りになっても遊び続けたいのだが、泥だらけで帰宅すると小言をもらうので、適当に切り上げることになるのだが。

(本ブログ関連:”春雨じゃ、濡れてまいろう”)

ところで、欧米人には傘をささない習慣があるらしい。生成AIの「ChatGPT」や「Gemini」に聞いてみると、霧雨が多いから、雨が降ってもすぐ乾燥するから、服装に違いがあるからなどさまざま回答がある。そんな欧米人も、日本旅行で来て、傘無しではすまないだろうと推測する。日本の雨はちょっと違う。

きょうの雨を、「春の雨」というか「春雨」というか。ネット上にさまざま定義があるようだが、濡れて行くにはちと寒い。鳥もどこかで雨宿りしていることだろう。

春の訪れを指す、取り合わせのよい「ウグイス」と「ウメ」を歌った、江戸の「端唄」に「春雨」がある(「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)より)。端唄としては、おもう相手に飛び込んでいきたいのだろう・・・。
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はるさめに しっぽりぬるゝ鶯(うぐいす)の  羽かぜに匂う 梅が香の(や)  花にたはぶれ しほらしや  小鳥でさへも 一とすじに  ねぐらさだめる気はひとつ   わたしや鶯 ぬしは梅  やがて身まゝ  気まゝになるならば  サァ 鶯宿梅*(おうしゅくばい)じやないかいな   さっさ なんでもよいわいな
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(*)村上天皇が紀貫之の娘の家にある梅の木の移植を求めたとき、娘が鶯の宿る梅をいかにと問うた歌によるという。

■ Youtube(登録:朝川玲伎
「端唄 春雨 朝川玲伎」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=ZImXK9vPzJ0