2024年6月12日水曜日
深夜にスポーツ番組を見ること
2014年6月27日金曜日
お疲れさま(FIFAワールドカップ2014)
部活のなかで音楽論議は無縁だった。パートをマスターするのが第一で、よくいえば謙虚だった。また、楽器置き部屋(倉庫)で赤ラベルの「ヒヒニッカ」(Hi Hi NIKKAをそう呼んでいた)を飲んで酔っぱらう方を好んだ。
そんなわけで、プロオーケストラの演奏について、おこがましいことを口にしているのを聞いたことも見たこともない。まして、指揮者の解釈について、論じるなんてそら恐ろし過ぎる。一度だけ、部員がクラシックのLPレコードを手にしているのを見たことがある。あれは、金管メンバーじゃなかったな。
今夕、FIFAワールドカップ2014に参加した日本チームが帰国した。
わたしは、サッカーについて、にわかファンを自認している。ルールもよく理解していないが、そもそもサッカー世代ではなかった。ビートルズの時もそうで、後から流入したのを、肌身に知っているように根っからのファンというには、なかなか馴染めないものだ。エルヴィスに申しわけないし、野球に済まないという思いがある。
もちろん、自然というか必然というか、女子サッカー選手の顔はわりと分かるのだが、男子の場合はそうはいかない。気分で納得し、その気になって応援しているのが現実だ。
テレビの前に坐って、横になって、或いはウトウトしながら応援したけれど、ブラジルで健闘した若い選手たちに熱い声援を送ったつもりだ。
ザッケローニ監督に、選手に、お疲れさまという言葉を素直におくりたい。
2022年12月2日金曜日
アディショナルタイム (日本-スペイン戦)
2022年12月7日水曜日
大雪 2022
2014年6月12日木曜日
コレクション
そういえば、切手帳という冊子に、収集した切手をそれなりに収めたが、随分昔、わが子に与えたけれど、その後、趣味を継承?しているという音沙汰もない。時代の向きが変わったのだろう。
実は、今までに集めたもので、場所をとっているものがある。鉱物採集した未整理の標本(石片とでも言った方がよい)である。産地ごと明記した袋に、いずれ整理するのが楽しみと思って、一切放り込んでいるが溜まる一方だ。この際、採集を中断して整理にとりかかったほうが良いのかもしれない。
日本を代表する、名だたるアマチュア採集家の標本は、亡くなった後、その標本の素晴らしさからしかるべき場所(格式ある標本館、博物館など)に常設として継承、保管されている。それに近い、大ベテランの方の物もしかるべく収まっているようで、博物館などで特別展示されているのを見かけることがある。どれも見栄えする大きな結晶で、そんな標本と出会うとため息ばかり出る。
ところで、末席にいて気分だけ味わっているような、私のようなものの収集品は、結論から言うと、いずれゴミになるだろう。庭の隅にでも・・・なんてことに。
一般マニアのコレクションは、標本ケースに収めて標本ラベルが付されたとしても、一代限りだろう。それでいいのかもしれない。趣味は個人的なものだから。
鉱物趣味の会などで、生きているうちに自分のコレクションを会員に配布しようとする方がいる。それをうれしくもらっている会員が、配布する会員と歳の差が大きくはないのが現実だ。
(付記)
明日からFIFAワールドカップが始まるけれど、ゴールの瞬間しか分からぬにわかファンは、また他人に聞かねばならないことがある。選手の名前と布陣、試合のルール、そしてワールドカップの勝ち抜きのルールだ。
2014年6月14日土曜日
にわかファンの困惑
今日もそうだ。関心の程度を小声で「ムニャムニャ」とうつむきながら応えた・・・でも、人並みにテレビ観戦はするつもりだが、明日の日本チームの試合開始時刻、10時には都心にいる予定。実はサッカーとは関係のないイベントに出かけるのだ・・・。
サッカー中継のせいではないが、最近夜更かしが過ぎて、睡眠時間がうまく調整できないで困っている。なあに、10時の試合にうたた寝することはないだろう・・・携帯ラジオでも持って行こうか。
ところで世間に騒がれているけれど、サッカーよりも関心がもっと遠くて、ファンでもないのだが、あの有名な歌(「ありのまま(Let It Go)」)について思うことがある。
(正しい歌詞) ありのままで空へ風に乗って/ありのままで飛び出してみるの
(聞き間違え) アリのママで空へ風に乗って/アリのママで飛び出してみるの
もしかしたら、小さなこどもたちの中に、「アリ(蟻)のママ(お母さん)で」って聞き間違えている子もいるのではないかと楽しい想像をしたりする。「ねえ、なぜ蟻さんなの? ママなの?」なんてね。
(追記)
今日、トルコ旅行の土産を息子からもらった。父の日を兼ねてのことだろう。きっと。
2026年6月15日月曜日
(資料)ホトトギスの異名、W杯初戦:日本 2 ⇔ 和蘭 2
| 名前 | 読み方 | 由来・意味 |
| 時鳥 | ときどり / ほととぎす | 田植えの時期(初夏)に鳴くことから「時を告げる鳥」として親しまれた。 |
| (郭公) | かっこう / ほととぎす | 本来は「ほととぎす」と読むこともでき、古典文学や和歌の世界では「郭公=ほととぎす」として長く使われてきた。 ⇒ 下表参照 |
| 子規 | しき | 鋭く鳴く様子や、中国の故事にちなんだ異名(俳人の正岡子規の号の由来でもある)。 ⇒ 下表参照 |
| 不如帰 | ほととぎす | 鳴き声が「不如帰(カエルニシカズ)」と聞こえるという伝説に由来。 (徳冨蘆花の小説の題名にも使われた) ⇒ 下表参照 |
| 杜鵑 | とけん / ほととぎす | 鳴く時期に咲く「杜鵑花(ツツジ)」にちなんで名付けられた。 ⇒ 下表参照 |
| 杜宇 | とう / ほととぎす | 中国の蜀の望帝「杜宇(とう)」がホトトギスに化身して鳴いたという故事に由来する。 |
| 蜀魂 | しょっこん / ほととぎす | こちらも望帝の伝説に由来し、望帝の魂(魂魄)が鳥になったとされる。 |
| 卯月鳥 | うづきどり | 旧暦の4月(卯月)に鳴き始めることから。 |
| 勧農鳥 | かんのうどり | 田植えの季節を農民に知らせ、農作業を勧める鳥として。 ⇒ 下表参照 |
| 沓手鳥 | くつてどり | ホトトギスの鳴き声が「沓手(くつて)」と聞きなされたことに由来。 ⇒ 下表参照 |
| 無常鳥 | むじょうちょう | 仏教『十王経』に由来。死者の魂を運んだり、あの世の様子を伝えたりする鳥として、鳴き声が無常の世を嘆く鳥(冥土の鳥)とされた。 |
| 分類 | 異名(呼び名) | 由来・意味 |
季節・農耕 | 卯月鳥(うづきどり) | 旧暦四月(卯月)を代表する鳥であることから。 |
| 早苗鳥(さなえどり) | 田植えの時期(早苗を植える頃)に鳴き始めるため。 | |
| 勧農鳥(かんのうちょう) | 農民に田仕事の始まりを促す鳥とされる。 | |
信仰・冥土 | 死出の田長(しでのたおさ) | 冥土(死出の山)からやってくる田の神の使い。 |
| 魂迎鳥(たまむかえどり) | 亡くなった人の魂を迎える、あるいは送る鳥という伝承。 | |
鳴き声・習性 | 沓手鳥(くつてどり) | 鳴き声の聞きなし(音の当て字)から。 |
| 忍音鳥(しのびねどり) | その年初めて聞く、ひそやかな鳴き声(忍び音)にちなむ。 | |
漢名・伝説 | 杜鵑(とけん) | 中国の蜀の王(杜宇)の魂が化したという伝説から。 |
| 不如帰(ふじょき) | 「帰り去るに如かず(帰るのが一番だ)」という鳴き声の解釈。 | |
| 子規(しき) | 鳴いて血を吐くという伝承から、血に染まった口を指す。 | |
| 郭公(かっこう) | 中国での表記に由来(和歌や俳諧ではホトトギスを指す)。 |
2014年5月26日月曜日
なでしこ アジア杯初V
スポニチAnnexの記事「なでしこ アジア杯初V視聴率20.6%!瞬間最高25.9%」(5/26)によれば、深夜にもかかわらず高いテレビ視聴率だったと、次のように報じている。(抜粋)
サッカーをよく分からず何となく観戦する(「オフサイド」も分からぬ)にわかファンだが、今回はしっかり見ましたよ。気分としては、テレビ解説者松木安太郎氏の、おじさん口調で「よし!よし!」の語りにのって画面に叫んでました。
全力疾走で走り続ける女子選手たちが素晴らしい。きっと、来月の男子ワールドカップに、よい影響を与えることだろう。それにしても、川澄奈穂美選手の笑顔が、まぶしくて可愛らしいこと。
(本ブログ関連:”なでしこ”)
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・なでしこジャパンの「アジア杯」初優勝を伝えた25日のテレビ朝日「日本×オーストラリア」(後10:11~0:15)が、20.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の高視聴率を記録したことが26日、分かった。
・22日の準決勝・中国戦の18.5%を上回り、銀メダルを獲得した2012年のロンドン五輪以降、女子サッカー中継としては最高の数字となった。
・瞬間最高視聴率は午後10時57分の25.9%。前半41分、MF澤穂希(35)が相手選手と接触した場面だった。
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2026年6月21日日曜日
夏至 2026、W杯:日本4 ⇔ 0チュニジア、そしてカルガモ1羽
2014年6月15日日曜日
ホキ美術館
以前、クロッキー帳に、絵画集や雑誌写真などから、自分好みのものを毎日鉛筆で描き続けたことがある。15冊ほどになったけれど、転居したタイミングで、その習慣が薄れてしまった。今は、それをときたま懐かしく見ることがある。
(本ブログ関連:”絵画”)
素人がする模写の真似事だったが、丁寧に観察すればするほど、一日では描ききれない。そして、書き始めて気付いたことがある。北方ルネッサンス絵画に見られる、例えば聖母子像の聖母の衣装の襞などは、それ自体に意味があるように巧みに陰影をもって折れている。その執拗さを、たしかホイジンガだったか指摘していたと思うが、空間をそのままに何もないことへの恐怖があるという、ゴシック的な執拗さだ。
まあ、そんな大それた意識があった分けではないけれど、空間を細密に描く写実の世界に触れてみたかった。幸い、講演会場から、千葉の土気にある美術館までバスで運んでくれたのだ。
ホキ美術館は、スマートで近代的な佇まいをした個人美術館である。洒落た建築物の中に、講演会に出席された以外の画家たちの作品も多数展示されていて、十分に時間をかけて鑑賞できた。
作品の一つ一つ、作者の筆致が感じられ、題材を包む空気まで伝わってくるような気がした。一体どんな絵の具と筆を使い、どのような筆使いなのだろう。特に、展示作品のなかで、森本草介という画家の、セピア色の絵に吸い込まれた。穏やかな世界が描かれた、(キャンバス自体が東日本大震災を経験したという)少女像の≪未来≫は、光が時間が未来へ流れていくことを気付かせるようだ。見えるものを見えるまま素直に、画家の視線に沿って、描かれた世界に心安らぐ気がする。画家の視線に遊ばせてもらった気がする。
電車で行くには大変かもしれないが、この美術館へまた行きたいと思っている。
2026年7月6日月曜日
戦い済んで日が暮れて、あるファッションの変遷
おっしゃる通り、1960年代から70年代にかけてのジーンズ(Gパン)を巡る「共産党(民青)vs 全共闘(新左翼)」の対立や、それ以前の「地方文化人のベレー帽」などは、当時の空気感を生々しく伝える非常に興味深いディテールです。
日本の近現代における、いわゆる左翼・リベラル・文化人系のファッションの変遷を年代別に振り返ってみます。
1. 1950年代〜1960年代前半:新劇風・ロシア風と「ベレー帽」の地方文化人
戦後直後から安保闘争(1960年)の時代です。この頃の知識人や左翼系の定番は、どこかヨーロッパの労働者やロシアの知識人を思わせるスタイルでした。
地方文化人とベレー帽: おじさま方の間で流行した「ベレー帽」は、手塚治虫や当時の画家・芸術家、そして社会運動に関わる知識人のトレードマークでした。これにロイド眼鏡(丸眼鏡)や、マフラーを無造作に巻くスタイルが合わさり、「私はモノを考える人間である」という記号になっていました。
サークル文化とカチューシャ: 若者の間では、うたごえ運動や労働組合のサークル活動が盛んでした。女性はカチューシャにサブリナパンツ、男性は開襟シャツ(オープンカラー)にスラックスという、清潔感のある「健康的な労働者・学生」のスタイルが共産党系を中心に好まれました。
2. 1960年代後半:全共闘の反体制「Gパン」と共産党の「正装」
まさに、ご指摘のあった「Gパン論争」の時代です。1968〜69年の大学紛争期、新左翼(全共闘など)と既成左翼(共産党・民青)の間には、ファッションにおいて明確な思想的断絶がありました。
全共闘(新左翼)の「反体制・実戦」スタイル: 米国のヒッピー文化や公民権運動(反戦運動)の流れを汲み、ジーンズ(Gパン)をアイコンとしました。当時はまだGパン=「米軍の放出品」や「労働者の作業着」であり、既成の秩序に対する反逆の象徴だったのです。これに長髪(ロングヘア)、軍歌調ではないフォークソング、そしてヘルメットにタオルで顔を隠すスタイルが彼らの定番でした。
共産党(民青)の「規律と信頼」スタイル: 当初、共産党系の若者はGパンを「不良の服」「米帝の退廃文化」として嫌いました。市民や労働者から信頼されるために、男性は詰め襟(学ラン)や小綺麗なシャツ、スラックスを履き、髪も短く整えていました。当時の党派間の衝突(内ゲバなど)の際も、服装を見ればどちらの陣営か一目で分かったと言います。
数年での「Gパン」の一般化: お気づきの通り、70年代に入るとジーンズは単なる「若者の大衆ファッション」として完全に定着します。思想的な意味合いが薄れたことで、共産党の若者たちもごく自然にGパンを穿くようになり、ファッションによる分断は急速に融解していきました。
3. 1970年代〜1980年代:「衿詰め(人民服風)」とエコロジーの台頭
浅間山荘事件(1972年)以降、過激な政治運動が衰退すると、思想は「生活習慣」や「エコロジー」「市民運動」へと形を変えていきます。
衿詰めの服(人民服・マオカラー風): 70年代の中国(毛沢東主義)への憧憬や、カンボジア、ベトナムなどのアジアの解放運動に共感する知識人の間で、スタンドカラー(衿詰め)のジャケットや(白色)シャツが流行しました。スーツという「西欧資本主義の象徴」を拒否し、アジアの労働者や革命家に連帯するというポーズです。
マニッシュな女性と自然派: リベラル系の女性たちの間では、ウーマンリブ運動の影響もあり、女性らしさを強調しないマニッシュ(男性風)なパンツスーツや、逆にインド綿などの民族衣装、草木染めといった「自然派・オーガニック」のスタイルが定着し始めました。髪型はショートカット、または無造作なロングが好まれました。
4. 1990年代〜現代:記号化された「インテリ・リベラル」
現代(2000年代以降)になると、かつての戦闘的な左翼ファッションは姿を消し、欧米の「リベラル・左派」に共通する、洗練された、あるいは定番化されたシニア知識人のスタイルに落ち着いています。
現代の定番アイテム:
特徴的なメガネ: 昔のロイド眼鏡の流れを汲む、少し個性的で知的なデザインのフレーム(丸メガネや太めのセルフレーム)。
天然素材の服: 麻(リネン)や綿(コットン)を中心とした、体に張り付かないゆったりしたシルエットの服。
色使い: アースカラー(カーキ、ベージュ、ブラウン)や、藍染めなどの藍色。
髪型: 本質主義・自然主義の現れとして、あえて白髪を染めない「グレイヘア」を綺麗に整えたり、男性であれば少し長めのロマンスグレーにしたりするスタイル。
こうして振り返ると、Gパンを巡る数年での変化は、「若者の風俗のエネルギーが、政党の硬直したイデオロギーをあっさりと乗り越えていった」象徴的な出来事だったと言えます。時代の変遷とともに服装のトゲは抜けていきましたが、「既成の権威(ピシッとした高級スーツなど)に対するアンチテーゼ」という精神だけは、形を変えながら現代の衣服の選び方にも息づいているようです。
2026年5月31日日曜日
満月(フラワー・ムーン)、5月の2度目の満月(ブルームーン)
2022年11月25日金曜日
にわかファン(11月23日のサッカー「日 - 独」戦)
2015年12月27日日曜日
澤穂希選手の引退
試合後、インタビューで次のように語ったと日刊スポーツの記事「澤穂希が現役最後の試合で決勝ゴール 涙見せず」(12/27)は報じた。(抜粋)
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試合後、ピッチで胴上げされた澤は「みなさんの力で勝てた。素直にうれしい。(先制のCKは)川澄選手のボールが良かった。今日は得点を狙っていた。とにかく現役最後の試合で点を取れたのはうれしく思う」と、涙を見せずに話した。
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「涙を見せず」というのが彼女らしくてうれしい。
先の2011年7月17日、「FIFA女子ワールドカップ」で日本女子サッカーチームが優勝した。「大会最優秀選手」、「得点王」(5点)の栄誉を獲得したのが澤選手だ。彼女の存在は、日本の女子サッカーだけでなく、男子サッカーへも刺激を与えたろう。そして、わたしを含めて多くをにわかファンにしてくれた。
その年の3月11日に、「東日本大震災」に襲われ沈滞した空気にあった国民を一変したことはいうまでもない。感謝。
澤選手は永遠に記憶に残り、マイルストーンの役割を果たすだろう。
(追記)
サッカーの試合で、特に男子選手を見て感じることがある。選手同士の試合中の衝突時、(世界共通して)痛い痛いアピールが過ぎるように思えてならないことがある。女子選手にそのような振る舞いをほとんど見かけないからだ。
ところで、最近のラグビー人気の急上昇が何となく分かる気がする。観客のスポーツへの観戦態度が変わってきているようだ。女子に澤選手があったように、ラグビーに五郎丸 歩選手が登場した。