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検索キーワード「FIFAワールドカップ」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
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2024年6月12日水曜日

深夜にスポーツ番組を見ること

深夜に目が覚めるのは、歳のせいで致し方ない。寝起きついでに、たまたまテレビをつけたところ、目にした番組に熱中してしまい、そのまま見入ってしまった。

きょうの日付に変わった午前1時26分に、NHK総合テレビで放送*された、2011年のFIFAワールドカップでの日独女子サッカーの試合だ。それまでドイツに連敗していた日本の女子チームが長いつばぜり合いの末、延長戦で丸山選手のゴールの結果、1-0で勝利した映像だ。
(きょうの地上波の放送は、BSで放送されたものの再放送のようだ)

(*)「FIFAワールドカップ伝統の試合 ノーカット 女子2011年準々決勝 ドイツ-日本」
    ー https://www.nhk.jp/p/fifanocut/ts/L3R8G119QZ/episode/te/GV19V9765L/

まさか延長戦になるとは。深夜に目覚めた理由との葛藤も始まった・・・。

延長戦で丸山選手が決勝ゴールした後、終了までの間、別の意味で頑張って見つづけた。

それはともかく、2011年のFIFA女子ワールドカップの日米決勝戦も、いずれ放送されるだろう。優勝トロフィーを持ちあげた澤選手を囲む選手たちのバックに、金色の紙吹雪が舞い上がった光景は今でも目に焼き付いている。次回の放送が楽しみだ。

2014年6月27日金曜日

お疲れさま(FIFAワールドカップ2014)

学生時代、僅かな経験だが、オーケストラクラブに参加した。オケラの部員は、大勢いるわけで気質も様々だが、所属した金管楽器のメンバーは、いわゆる体育会系気質の傾向があって、どちらかといえばネアカだ。練習も和気あいあい、楽器パートで一緒にする方が多かった。

部活のなかで音楽論議は無縁だった。パートをマスターするのが第一で、よくいえば謙虚だった。また、楽器置き部屋(倉庫)で赤ラベルの「ヒヒニッカ」(Hi Hi NIKKAをそう呼んでいた)を飲んで酔っぱらう方を好んだ。
そんなわけで、プロオーケストラの演奏について、おこがましいことを口にしているのを聞いたことも見たこともない。まして、指揮者の解釈について、論じるなんてそら恐ろし過ぎる。一度だけ、部員がクラシックのLPレコードを手にしているのを見たことがある。あれは、金管メンバーじゃなかったな。

今夕、FIFAワールドカップ2014に参加した日本チームが帰国した。

わたしは、サッカーについて、にわかファンを自認している。ルールもよく理解していないが、そもそもサッカー世代ではなかった。ビートルズの時もそうで、後から流入したのを、肌身に知っているように根っからのファンというには、なかなか馴染めないものだ。エルヴィスに申しわけないし、野球に済まないという思いがある。

もちろん、自然というか必然というか、女子サッカー選手の顔はわりと分かるのだが、男子の場合はそうはいかない。気分で納得し、その気になって応援しているのが現実だ。
テレビの前に坐って、横になって、或いはウトウトしながら応援したけれど、ブラジルで健闘した若い選手たちに熱い声援を送ったつもりだ。

ザッケローニ監督に、選手に、お疲れさまという言葉を素直におくりたい。

2022年12月2日金曜日

アディショナルタイム (日本-スペイン戦)

きょう、とんでもないことが起こった。

早朝4時前からテレビ放送される、2022 FIFAワールドカップ「日本-スペイン」戦を見ようと眠らずに頑張っていた・・・寝床で横になりながらの観戦だったのだが。そしてハッと気づいたときには、試合は「アディショナルタイム」の7分間に入っていた。それ以前の試合経過が記憶にない・・・のだ。

(本ブログ関連:”FIFAワールドカップ”)

テレビの表示を見ると、日本チームが「2-1」で優勢らしい。目が覚めたばかりのボンヤリ頭には状況がつかめない。ドイツにつづいてスペイン戦まで、そんなことが起こるなんて。

次第に気分が冴えてきて、試合の前半に1点失うも、後半になって2点を返したことが分かった。2-1をキープしたまま、アディショナルタイムに突入していたのだと。長い緊張を感じた。にわかファンにも息苦しい。
ようやく試合終了のホイッスルが鳴ったとき、やっと勝利を確信した。そして試合のすべて見てきたように喜んだ。

結果、日本チームは「グループE」を首位通過し、決勝トーナメントに進出することになった。

後で知ったことだが、後半戦で次のような経過があったという。
・後半戦3分に、堂安律選手(24歳)の鋭いミドルシュートで「1-1」の同点になった。
・次の2点目は、(堂安選手のパスによる)ラインに奇跡的に重なったボールを、三笘薫選手(25歳)が折り返して、田中碧選手(24歳)がゴールに押し込んだ。
(追記)三笘選手と田中選手は、ともに川崎市の鷺沼小学校、有馬中学校の先輩後輩であり、川崎フロンターレのユースに所属した幼馴染みとのこと。

森保(もりやす)監督はインタビューで、ドイツ戦勝利のとき「一喜一憂」しないとか、スペイン戦のとき「新たな景色」を見せてくれたと語っていた。それに呼応するかのように、選手たちはインタビューの際にこの言葉を使っていた。

次は、6日の「クロアチア」戦だそうだ。にわかファンには予断も何もできないけど、今度こそ寝ぼけることなくしっかり観戦しよう。

2022年12月7日水曜日

大雪 2022

きょうは、二十四節気の「大雪(たいせつ)」、いよいよ本格的な降雪が始まるころをいう。暦上ここまでに、冬になり(立冬)、雪が降り始め(小雪)、そして激しく雪が降る(大雪)ころになったわけだが、実際、雪とまだ会っていない。

(本ブログ関連:”大雪(たいせつ)”)

先日(11/22)のブログで二十四節気の「小雪(しょうせつ)」について触れたが、最近、初雪は初雪は1月に偏っている。ちなみに(昨晩の雨を除いて)、今月中旬は晴日が多いようで、雪と縁はなさそうだ。

雪の気配はないけれど、「雪」にちなんだ俳句と詩から二つ。

俳人「中村草田男」(1901年:明治34年~1983年:昭和58年)の句に、
    降る雪や 明治は遠く なりにけり
があって、てっきり老人が炬燵に入り、雪見障子と更に縁側の大きなガラス戸を通して、庭に降る雪を見ながら、しみじみと遠く過ぎた明治を懐旧する場面を想い浮かべた。けれど、この句は彼が30才ころ、1931年の作で、母校の小学校を訪れたとき、校門から出てくる児童の衣服が明治期のものとすっかり様変わりしていて、時代の移りを感じたのをいう*・・・ようだ。
(*)岡山・吉兆庵美術館「巨匠の和歌と俳句展」:  https://www.kitchoan.co.jp/column/2887/

歌人「三好達治」(1900年:明治33年~1964年:昭和39年)の詩「雪」(詩集「測量船」に所収、昭和5年)は静かだ。
    太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
    次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
には、雪降る音が、耳をすませば、子どもらの寝息も一緒に聞こえる気がする。

上記の二人は、まさに脂の乗り切った時代に大きな局面と対峙したわけで、その時の立ち居振る舞いが、作品とともに評論されることになる。若いころ、彼らに対する鋭利な批評に興味津々だったけれど、歳をとればそんなことはどうでもよいと気づく。いにしえの歌人(うたびと)に、そこまで激しく問い詰めたりしないではないかと。

(付記)
FIFAワールドカップ、「日本対クロアチア戦」(現地5日、日本時間6日)は、「1(前田選手)-1」による延長戦でも勝敗がつかず、PK戦にもつれ込んだ。結果、1-3で敗れたものの、今回は、強豪ドイツ、スペインに打ち勝ってのこと。日本チームは新しい歴史のページを進んだ・・・と、にわかは常に前向きである。

(本ブログ関連:”FIFAワールドカップ”)

2014年6月12日木曜日

コレクション

昔、子どもの頃に、切手コレクションが流行った。今では、切手収集はブームとしてすたれているようだ。いっとき熱中するも、関心が長続きしないのが、子どもの趣味である。
そういえば、切手帳という冊子に、収集した切手をそれなりに収めたが、随分昔、わが子に与えたけれど、その後、趣味を継承?しているという音沙汰もない。時代の向きが変わったのだろう。

実は、今までに集めたもので、場所をとっているものがある。鉱物採集した未整理の標本(石片とでも言った方がよい)である。産地ごと明記した袋に、いずれ整理するのが楽しみと思って、一切放り込んでいるが溜まる一方だ。この際、採集を中断して整理にとりかかったほうが良いのかもしれない。

日本を代表する、名だたるアマチュア採集家の標本は、亡くなった後、その標本の素晴らしさからしかるべき場所(格式ある標本館、博物館など)に常設として継承、保管されている。それに近い、大ベテランの方の物もしかるべく収まっているようで、博物館などで特別展示されているのを見かけることがある。どれも見栄えする大きな結晶で、そんな標本と出会うとため息ばかり出る。

ところで、末席にいて気分だけ味わっているような、私のようなものの収集品は、結論から言うと、いずれゴミになるだろう。庭の隅にでも・・・なんてことに。

一般マニアのコレクションは、標本ケースに収めて標本ラベルが付されたとしても、一代限りだろう。それでいいのかもしれない。趣味は個人的なものだから。

鉱物趣味の会などで、生きているうちに自分のコレクションを会員に配布しようとする方がいる。それをうれしくもらっている会員が、配布する会員と歳の差が大きくはないのが現実だ。

(付記)
明日からFIFAワールドカップが始まるけれど、ゴールの瞬間しか分からぬにわかファンは、また他人に聞かねばならないことがある。選手の名前と布陣、試合のルール、そしてワールドカップの勝ち抜きのルールだ。

2014年6月14日土曜日

にわかファンの困惑

FIFAワールドカップが盛りあがれば盛りあがるほど、にわかファンにとって困惑が深まるばかり。日本チームの試合が明日に迫り、そんなとき、ワールドカップに関心があるかと問われると声がますます小さくなる。

今日もそうだ。関心の程度を小声で「ムニャムニャ」とうつむきながら応えた・・・でも、人並みにテレビ観戦はするつもりだが、明日の日本チームの試合開始時刻、10時には都心にいる予定。実はサッカーとは関係のないイベントに出かけるのだ・・・。

サッカー中継のせいではないが、最近夜更かしが過ぎて、睡眠時間がうまく調整できないで困っている。なあに、10時の試合にうたた寝することはないだろう・・・携帯ラジオでも持って行こうか。

ところで世間に騒がれているけれど、サッカーよりも関心がもっと遠くて、ファンでもないのだが、あの有名な歌(「ありのまま(Let It Go)」)について思うことがある。

(正しい歌詞)  ありのままで空へ風に乗って/ありのままで飛び出してみるの
(聞き間違え)  アリのママで空へ風に乗って/アリのママで飛び出してみるの

もしかしたら、小さなこどもたちの中に、「アリ(蟻)のママ(お母さん)で」って聞き間違えている子もいるのではないかと楽しい想像をしたりする。「ねえ、なぜ蟻さんなの? ママなの?」なんてね。

(追記)
今日、トルコ旅行の土産を息子からもらった。父の日を兼ねてのことだろう。きっと。

2026年6月15日月曜日

(資料)ホトトギスの異名、W杯初戦:日本 2 ⇔ 和蘭 2

夏鳥として5月中旬ごろ飛来する「ホトトギス」にはさまざまな異名があって、古典のなかにそれが出てくる。活字化された出版物なら、おおかた注釈が施されているだろうが、一応その由来についてネット検索してみた。(ちなみに、きょうから旧暦五月が始まる)

(本ブログ関連;”ホトトギス”)

元来、農耕の時を告げる「時間の境界線」(時鳥)が、生死を分ける冥界と現世との「空間の境界線」(子規、不如帰、杜宇)に変容したと言えるようだ。(Gemini より)

■ Google検索 Labs
「ホトトギス」のの異名:

名前読み方由来・意味
時鳥ときどり / ほととぎす田植えの時期(初夏)に鳴くことから「時を告げる鳥」として親しまれた。
(郭公)かっこう / ほととぎす本来は「ほととぎす」と読むこともでき、古典文学や和歌の世界では「郭公=ほととぎす」として長く使われてきた
 ⇒ 下表参照
子規しき鋭く鳴く様子や、中国の故事にちなんだ異名(俳人の正岡子規の号の由来でもある)。
 ⇒ 下表参照
不如帰ほととぎす鳴き声が「不如帰(カエルニシカズ)」と聞こえるという伝説に由来。
(徳冨蘆花の小説の題名にも使われた)
 ⇒ 下表参照
杜鵑とけん / ほととぎす鳴く時期に咲く「杜鵑花(ツツジ)」にちなんで名付けられた。
 ⇒ 下表参照
杜宇とう / ほととぎす中国の蜀の望帝「杜宇(とう)」がホトトギスに化身して鳴いたという故事に由来する。
蜀魂しょっこん / ほととぎすこちらも望帝の伝説に由来し、望帝の魂(魂魄)が鳥になったとされる。
卯月鳥うづきどり旧暦の4月(卯月)に鳴き始めることから。
勧農鳥かんのうどり田植えの季節を農民に知らせ、農作業を勧める鳥として。
 ⇒ 下表参照
沓手鳥くつてどりホトトギスの鳴き声が「沓手(くつて)」と聞きなされたことに由来。
 ⇒ 下表参照
無常鳥むじょうちょう仏教『十王経』に由来。死者の魂を運んだり、あの世の様子を伝えたりする鳥として、鳴き声が無常の世を嘆く鳥(冥土の鳥)とされた。


■ Gemini
江戸時代の書『俳諧新式』に紹介されているホトトギスの異名:

分類異名(呼び名)由来・意味
季節・農耕
卯月鳥(うづきどり)旧暦四月(卯月)を代表する鳥であることから。
早苗鳥(さなえどり)田植えの時期(早苗を植える頃)に鳴き始めるため。
勧農鳥(かんのうちょう)農民に田仕事の始まりを促す鳥とされる。
信仰・冥土
死出の田長(しでのたおさ)冥土(死出の山)からやってくる田の神の使い。
魂迎鳥(たまむかえどり)亡くなった人の魂を迎える、あるいは送る鳥という伝承。
鳴き声・習性
沓手鳥(くつてどり)鳴き声の聞きなし(音の当て字)から。
忍音鳥(しのびねどり)その年初めて聞く、ひそやかな鳴き声(忍び音)にちなむ。
漢名・伝説
杜鵑(とけん)中国の蜀の王(杜宇)の魂が化したという伝説から
不如帰(ふじょき)「帰り去るに如かず(帰るのが一番だ)」という鳴き声の解釈
子規(しき)鳴いて血を吐くという伝承から、血に染まった口を指す
郭公(かっこう)中国での表記に由来(和歌や俳諧ではホトトギスを指す)


■ 同志社女子大学
「『ほととぎす』をめぐって」(吉海 直人(日本語日本文学科 教授)、2016/07/15)
    ー https://www.dwc.doshisha.ac.jp/research/faculty_column/2016-07-15-15-15
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「時鳥」「霍公鳥」「蜀魂」「無常鳥」「杜宇」「しでの田長」「早苗鳥」「田鵑」「勧農鳥」「夕影鳥」「黄昏鳥」「菖蒲鳥」「橘鳥」「卯月鳥」「妹背鳥」「うなゐ鳥」「魂迎鳥」「沓手鳥」「不如帰」「杜鵑」「子規」
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(追記)ワールドカップ

■ W杯初戦:日本2 ⇔ 和蘭 2
FIFAワールドカップの初戦試合を見られなかった・・・結果は、日本2⇔和蘭2に終わったようだが、いつまでたってもにわかファンには、これで良かったのかどうか判断できない。次はチュニジア戦だそうだ・・・今度は <勝ち> を願う。


(付記)寝違えて首が痛い
おとついの晩の寝相がよほど悪かったのか、首筋左側の痛みがつづいた。ネットで確認したところ、アイスノンのようなもので冷やすと良いという。コチコチに凍らせてタオルに巻き、しばらく首にあてたところ、やや落ち着いてきた。(サロンパスを貼ったりしているが・・・)

2014年5月26日月曜日

なでしこ アジア杯初V

結局、結果が確定したのは、今日の日付に変わった深夜零時過ぎだった。FIFA女子ワールドカップはすでに制したものの、いまだにAFC女子アジアカップの優勝のない「なでしこジャパン」が、ついに念願を果たしたのだ。
スポニチAnnexの記事「なでしこ アジア杯初V視聴率20.6%!瞬間最高25.9%」(5/26)によれば、深夜にもかかわらず高いテレビ視聴率だったと、次のように報じている。(抜粋)

サッカーをよく分からず何となく観戦する(「オフサイド」も分からぬ)にわかファンだが、今回はしっかり見ましたよ。気分としては、テレビ解説者松木安太郎氏の、おじさん口調で「よし!よし!」の語りにのって画面に叫んでました。

全力疾走で走り続ける女子選手たちが素晴らしい。きっと、来月の男子ワールドカップに、よい影響を与えることだろう。それにしても、川澄奈穂美選手の笑顔が、まぶしくて可愛らしいこと。

(本ブログ関連:”なでしこ”)
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・なでしこジャパンの「アジア杯」初優勝を伝えた25日のテレビ朝日「日本×オーストラリア」(後10:11~0:15)が、20.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の高視聴率を記録したことが26日、分かった。

・22日の準決勝・中国戦の18.5%を上回り、銀メダルを獲得した2012年のロンドン五輪以降、女子サッカー中継としては最高の数字となった。

・瞬間最高視聴率は午後10時57分の25.9%。前半41分、MF澤穂希(35)が相手選手と接触した場面だった。
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2026年6月21日日曜日

夏至 2026、W杯:日本4 ⇔ 0チュニジア、そしてカルガモ1羽

きょうは二十四節気の「夏至」、北半球で1年のうち最も昼(日の出から日没まで)が長く、夜が短い日だ。文字面でいえば、まさに夏の盛りにあたるだが、実際は <梅雨> の半ばである。

(本ブログ関連:”夏至”)

夏至について、天体の動きと照らして興味深い話題が、科学雑誌の記事・Gemini の情報にある。かいつまんでメモ書きする。
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① 夏至のタイミングで、地球の自転軸がコマの首振りのようにふらつき運動する「章動」と、それを引き起こす「月の位置(引力)」によって、昼の長さが微妙に変化するという。
➁ その結果、太陽が天球上の最も北にある点(夏至点を通過する <瞬間> が、日付の境界ギリギリだった場合、夏至の日とずれることがあるという。
③ また、夏至が「昼が一番長い=日の出が最も早く、日の入りが最も遅い」と思いがちだが、<日の出が最も早い時期は、夏至の約1週間前(6月13日前後)> に、<日の入りが最も遅い時期は、夏至の約1週間後(6月末〜7月頭)> に、それぞれある日にちの幅(分単位の生活上)をもって起こるそうだ。
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■ W杯(メキシコ: モンテレイ競技場)

日本チームのW杯(FIFA ワールドカップ)第2戦は、過去戦歴から鬼門といわれたが、きょうのチュニジア戦で過去最多得点となる4つのゴールを叩きだした。前半戦すぐに2点を、後半戦じっくり2点を獲得した。テレビ中継の解説者* 本田氏の語り口が面白かった。「勝つんだから 欲を出さなければダメ」・・・関西弁を交えた本田節というのがあるそうだ。
(*)選手間の、阿吽の呼吸を合わせるテクニックを聞かせる。

中村選手のパス → 鎌田選手
    ー 1点目 左足で先制ゴール
上田選手
    ー 2点目 GKの股を抜いてシュート
    ー 4点目 宙に浮きながらのヘディング
伊東選手
    ー 3点目 青い稲妻(イナヅマ)


■ 小公園のカルガモ(17:30過ぎ)
国分寺崖線側にある公園を流れる小川の下流で、母「カルガモ」とその後を追う子ガモたちの姿を楽しめるそうだが、下流まで足を運んだことがないので、まだお目にかかったことはない。

あるカルガモ親子連れの隊列の出発点として知られる小公園に、もしかしてと期待して寄ってみたが、うまく出会えなかった。カルガモが1羽、水面から顔を出した岩の上で休んでいるだけだった。ときどき声を出していたが・・・。

2014年6月15日日曜日

ホキ美術館

FIFAワールドカップ「日本対コートジボワール戦」がおこなわれている丁度そのとき、有楽町マリオンにいた。実は朝日ホールで、日本では珍しい写実画専門の美術館である「ホキ美術館」の紹介を兼ねて、四人の画家たちの作品投影と、写実画家としての”本音”トークを聴く機会があった。

以前、クロッキー帳に、絵画集や雑誌写真などから、自分好みのものを毎日鉛筆で描き続けたことがある。15冊ほどになったけれど、転居したタイミングで、その習慣が薄れてしまった。今は、それをときたま懐かしく見ることがある。

(本ブログ関連:”絵画”)

素人がする模写の真似事だったが、丁寧に観察すればするほど、一日では描ききれない。そして、書き始めて気付いたことがある。北方ルネッサンス絵画に見られる、例えば聖母子像の聖母の衣装の襞などは、それ自体に意味があるように巧みに陰影をもって折れている。その執拗さを、たしかホイジンガだったか指摘していたと思うが、空間をそのままに何もないことへの恐怖があるという、ゴシック的な執拗さだ。

まあ、そんな大それた意識があった分けではないけれど、空間を細密に描く写実の世界に触れてみたかった。幸い、講演会場から、千葉の土気にある美術館までバスで運んでくれたのだ。

ホキ美術館は、スマートで近代的な佇まいをした個人美術館である。洒落た建築物の中に、講演会に出席された以外の画家たちの作品も多数展示されていて、十分に時間をかけて鑑賞できた。

作品の一つ一つ、作者の筆致が感じられ、題材を包む空気まで伝わってくるような気がした。一体どんな絵の具と筆を使い、どのような筆使いなのだろう。特に、展示作品のなかで、森本介という画家の、セピア色の絵に吸い込まれた。穏やかな世界が描かれた、(キャンバス自体が東日本大震災を経験したという)少女像の≪未来≫は、光が時間が未来へ流れていくことを気付かせるようだ。見えるものを見えるまま素直に、画家の視線に沿って、描かれた世界に心安らぐ気がする。画家の視線に遊ばせてもらった気がする。

電車で行くには大変かもしれないが、この美術館へまた行きたいと思っている。

2026年7月6日月曜日

戦い済んで日が暮れて、あるファッションの変遷

最近、朝に二度寝してしまうことが多い。このところのW杯(FIFAワールドカップ)が、深夜・早朝に試合が中継され、それを見ようと頑張ったからかもしれない。

にわかファンは、訳も分からず、すぐに熱狂し・すぐに冷める。以前もそうだったが、今回もそう。自分でも冷めた後、さて次に何しようと無関心ぶりに驚く。(まるで、恋の相手を乗り替える駆け引きのよう・・・今の時代、これ以上は踏み込めない)。

W杯前、早朝4時ごろに起床していた。その分、時間がたっぷりありあって、持て余すほどだった。W杯に熱中して、エネルギーが涸れてしまったのかもしれない。
W杯から離れては、<おはら庄助さん> が大好きな「二度寝」に入ったようだ。ぐっと起床が楽になった。

もう一つ、理由を考えるなら、医院で処方してもらった消炎薬が、なぜか体調を整えてくれて快便・快眠なのだ。

ところで「戦(たたかひ)いすんで日が暮れて」は、軍歌「戦友」の一節にある。


あるファッションの変遷
Youtubeを見ていると、国会・討論番組に出席のリベラル側の女性に特徴的なファッションがあるのに気付く。伝播するというか、共通するというか。例えば、ある政党の議員が語るとき、同党の重鎮のしゃべり方に極めて似通うことに通じる、それも3世代ぐらい続いているのではと思ったりする。

そこで、ファッションについて、Gemini に特長的な男・女スタイルの歴史を聞いてみた。

■ Gemini

Q.左翼・リベラルといわれる人々に特長的なファッション(髪型、メガネ、衿詰めの服など)ありますが、年代別にどのようなものがありますか。私の若いころ、共産党と全共闘の若者の間で、「Gパン」を穿くことに違いがありましたが・・・、おやおや、数年も立たず共産党の若者もGパンを穿いていました。もっと昔に、地方文化人といわれるおじさんたちに、「ベレー帽」スタイルが多かったですね。
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A.左翼・リベラル、あるいはその時代の進歩派・文化人と呼ばれた人々のファッションには、確かにその時々の思想的背景や「集団としてのアイデンティティ」が色濃く反映されていました。

おっしゃる通り、1960年代から70年代にかけてのジーンズ(Gパン)を巡る「共産党(民青)vs 全共闘(新左翼)」の対立や、それ以前の「地方文化人のベレー帽」などは、当時の空気感を生々しく伝える非常に興味深いディテールです。

日本の近現代における、いわゆる左翼リベラル文化人系のファッションの変遷を年代別に振り返ってみます。

1. 1950年代〜1960年代前半:新劇風・ロシア風と「ベレー帽」の地方文化人

戦後直後から安保闘争(1960年)の時代です。この頃の知識人や左翼系の定番は、どこかヨーロッパの労働者ロシアの知識人を思わせるスタイルでした。

  • 地方文化人とベレー帽 おじさま方の間で流行した「ベレー帽」は、手塚治虫や当時の画家・芸術家、そして社会運動に関わる知識人のトレードマークでした。これにロイド眼鏡(丸眼鏡)や、マフラーを無造作に巻くスタイルが合わさり、「私はモノを考える人間である」という記号になっていました。

  • サークル文化とカチューシャ: 若者の間では、うたごえ運動労働組合のサークル活動が盛んでした。女性はカチューシャにサブリナパンツ、男性は開襟シャツ(オープンカラー)にスラックスという、清潔感のある「健康的な労働者・学生」のスタイルが共産党系を中心に好まれました。

2. 1960年代後半:全共闘の反体制「Gパン」と共産党の「正装」

まさに、ご指摘のあった「Gパン論争」の時代です。1968〜69年の大学紛争期、新左翼(全共闘など)と既成左翼(共産党・民青)の間には、ファッションにおいて明確な思想的断絶がありました。

  • 全共闘(新左翼)の「反体制・実戦」スタイル: 米国ヒッピー文化公民権運動(反戦運動)の流れを汲み、ジーンズ(Gパン)をアイコンとしました。当時はまだGパン=「米軍の放出品」や「労働者の作業着」であり、既成の秩序に対する反逆の象徴だったのです。これに長髪(ロングヘア)軍歌調ではないフォークソング、そしてヘルメットにタオルで顔を隠すスタイルが彼らの定番でした。

  • 共産党(民青)の「規律と信頼」スタイル: 当初、共産党系の若者はGパンを「不良の服」「米帝の退廃文化」として嫌いました。市民や労働者から信頼されるために、男性は詰め襟(学ラン)や小綺麗なシャツ、スラックスを履き、髪も短く整えていました。当時の党派間の衝突(内ゲバなど)の際も、服装を見ればどちらの陣営か一目で分かったと言います。

  • 数年での「Gパン」の一般化: お気づきの通り、70年代に入るとジーンズは単なる「若者の大衆ファッション」として完全に定着します。思想的な意味合いが薄れたことで、共産党の若者たちもごく自然にGパンを穿くようになり、ファッションによる分断は急速に融解していきました。

3. 1970年代〜1980年代:「衿詰め(人民服風)」とエコロジーの台頭

浅間山荘事件(1972年)以降、過激な政治運動が衰退すると、思想は「生活習慣」や「エコロジー」「市民運動」へと形を変えていきます。

  • 衿詰めの服(人民服・マオカラー風): 70年代の中国(毛沢東主義)への憧憬や、カンボジア、ベトナムなどのアジアの解放運動に共感する知識人の間で、スタンドカラー(衿詰め)のジャケットや(白色)シャツが流行しました。スーツという「西欧資本主義の象徴」を拒否し、アジアの労働者や革命家に連帯するというポーズです。

  • マニッシュな女性と自然派: リベラル系の女性たちの間では、ウーマンリブ運動の影響もあり、女性らしさを強調しないマニッシュ(男性風)なパンツスーツや、逆にインド綿などの民族衣装、草木染めといった「自然派・オーガニック」のスタイルが定着し始めました。髪型はショートカット、または無造作なロングが好まれました。

4. 1990年代〜現代:記号化された「インテリ・リベラル」

現代(2000年代以降)になると、かつての戦闘的な左翼ファッションは姿を消し欧米の「リベラル・左派」に共通する、洗練された、あるいは定番化されたシニア知識人のスタイルに落ち着いています。

  • 現代の定番アイテム:

    • 特徴的なメガネ: 昔のロイド眼鏡の流れを汲む、少し個性的で知的なデザインのフレーム(丸メガネや太めのセルフレーム)。

    • 天然素材の服: 麻(リネン)綿(コットン)を中心とした、体に張り付かないゆったりしたシルエットの服。

    • 色使い: アースカラー(カーキ、ベージュ、ブラウン)や、藍染めなどの藍色。

    • 髪型: 本質主義・自然主義の現れとして、あえて白髪を染めない「グレイヘアを綺麗に整えたり、男性であれば少し長めのロマンスグレーにしたりするスタイル。

こうして振り返ると、Gパンを巡る数年での変化は、「若者の風俗のエネルギーが、政党の硬直したイデオロギーをあっさりと乗り越えていった」象徴的な出来事だったと言えます。時代の変遷とともに服装のトゲは抜けていきましたが、「既成の権威(ピシッとした高級スーツなど)に対するアンチテーゼ」という精神だけは、形を変えながら現代の衣服の選び方にも息づいているようです。

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・若いころの「Gパン論争」は、目の前で起こった懐かしいファッション論争でしたね。
・少し前、「スタンドカラー(衿詰め)の(白色)シャツ」がものすごく流行りましたね。
・今は、大江健三郎風の「丸メガネ」が目立ちます。

これからもファッションに注目していきたいと思います。

2026年5月31日日曜日

満月(フラワー・ムーン)、5月の2度目の満月(ブルームーン)

きょうは、5月の最終日、なのに暑さ(最高気温 32.0℃、13:58)のせいか、時の経つ早さにあまり感慨がない。

今晩の<月>は、5月2度目(1度目は 5/2)の「満月」(月齢 14.3、18時)。一般用語だが、同月内2回目の満月を「ブルームーン」と呼ぶ・・・前回のブルームーンは、2023年8月31日である。
なお、5月の満月は( 5/2のブログに記したように)「フラワー・ムーン」である。

(本ブログ関連:”満月”、”ブルームーン”、”フラワー・ムーン”)

今晩の <日本対アイスランド> のサッカー国際試合(FIFAワールドカップ直前  国内最終戦、国立競技場)のテレビ中継で、アナウンサーが日本のユニフォームの青色にかけてブルームーンを紹介した。いまだにサッカールールは不案内なのに、そういうことは耳に入る。
― ちなみに日本人選手に、金髪に染めた者、髪の生え際にバンダナを付けた者が減って、おじさんは安心している。

■ ウェザーニュース
「今日は満月  今月2回目の満月・今年最少の満月で『ブルーマイクロムーン』とも」(2026-05-31)より抜粋
    ー https://weathernews.jp/news/202605/260181/
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①  1か月の2回目の満月は「ブルームーン」とも呼ばれることがあります。これは天文の分野で使われる用語ではないだけでなく、アメリカの先住民による呼称でもなく、1980年代から広がった呼び名といわれます。ブルームーンの由来は諸説あります。
a. 英語の慣用句に「ごくまれに」を意味する「once in a blue moon」という語句があり、ひと月に2回満月が見えるのが珍しいことから呼ぶようになったというものや、
b. アメリカの天文月刊誌が間違って「ひと月に2回ある満月の2回目をブルームーンと呼ぶ」と書いたことから広がったものというのが、よく言われています。

➁  また、5月の満月は、米国の農事暦で「フラワー・ムーン」と呼ばれる。

出典・参考
・国立天文台「ほしぞら情報」:  https://www.nao.ac.jp/astro/sky/
・アストロアーツ「星空ガイド」:   https://www.astroarts.co.jp/
・The Old Farmer’s Almanac:   https://www.almanac.com/topics/astronomy/moon/full-moon-names
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言い訳
昼間、出かけたので少々疲れ気味である・・・元気なら、カメラ片手に夜空に満月を探し・撮影したいところだが、サッカー試合を視聴することにする。幸い、1-0で勝った。
小川選手の決勝ゴールを見つめる子どもの顔のアップといい、スポンサーからの贈呈を受けた後に長友選手が儀式関係のスタッフに軽く会釈を忘れなかったといい、良い場面も見れた。

2022年11月25日金曜日

にわかファン(11月23日のサッカー「日 - 独」戦)

スポーツ観戦で、「野球」や「相撲」は子どものころに空き地でやった経験があるため、テレビ中継を見ていて興が乗ることがあるが、「サッカー」は中学の体育授業のときくらいの記憶しかなくて中々関心が向かない・・・そんな世代である。

今回、カタールで開催されたFIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップの試合では、その場だけ盛り上がる「にわかファン」であることを自覚していた。

(本ブログ関連:”FIFA”)

そんな気分で、一昨日の11月23日深夜に放送されたサッカー「日-独」戦を何気なくテレビ観戦していたところ、大方の予想を裏切り「2-1の逆転勝利」した結果に大いに興奮した。前半に先制され、後半に堂安選手と浅野選手がそれぞれが小気味よい得点したのを見て、ちょっと叫んだりした。正直、まさかといった展開だったのだ。

ところで、相変わらずルールでよく分からないのが「オフサイド」だ。Wikipediaを覗いたが、解説を読むうちにこんがらがる。結局、線審がそういうのならオフサイドなのだろうけど・・・いつまでたっても、にわかファンのままでいる。私のすべてに通じることだが。

2015年12月27日日曜日

澤穂希選手の引退

女子サッカーの澤 穂希(ほまれ)選手(INAC神戸レオネッサ)が、今日の「皇后杯全日本女子選手権」(於:等々力陸上競技場)の決勝戦(対アルビレックス新潟レディース)で、自身のヘディングシュートにより、1-0の勝利に導き、本試合を最後に引退した。結婚を機にしたものである。

試合後、インタビューで次のように語ったと日刊スポーツの記事「澤穂希が現役最後の試合で決勝ゴール 涙見せず」(12/27)は報じた。(抜粋)
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試合後、ピッチで胴上げされた澤は「みなさんの力で勝てた。素直にうれしい。(先制のCKは)川澄選手のボールが良かった。今日は得点を狙っていた。とにかく現役最後の試合で点を取れたのはうれしく思う」と、涙を見せずに話した。
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「涙を見せず」というのが彼女らしくてうれしい。

先の2011年7月17日、「FIFA女子ワールドカップ」で日本女子サッカーチームが優勝した。「大会最優秀選手」、「得点王」(5点)の栄誉を獲得したのが澤選手だ。彼女の存在は、日本の女子サッカーだけでなく、男子サッカーへも刺激を与えたろう。そして、わたしを含めて多くをにわかファンにしてくれた。
その年の3月11日に、「東日本大震災」に襲われ沈滞した空気にあった国民を一変したことはいうまでもない。感謝。

澤選手は永遠に記憶に残り、マイルストーンの役割を果たすだろう。

(追記)
サッカーの試合で、特に男子選手を見て感じることがある。選手同士の試合中の衝突時、(世界共通して)痛い痛いアピールが過ぎるように思えてならないことがある。女子選手にそのような振る舞いをほとんど見かけないからだ。
ところで、最近のラグビー人気の急上昇が何となく分かる気がする。観客のスポーツへの観戦態度が変わってきているようだ。女子に澤選手があったように、ラグビーに五郎丸 歩選手が登場した。

2015年7月6日月曜日

なでしこジャパン

FIFA女子ワールドカップ2015(カナダ バンクーバー)の決勝戦は、日米両チームで行なわれた。惜しくも、5-2の結果になったが、多くの子どもたち女子サッカー選手に素晴らしい贈り物をしてくれた。

(本ブログ関連:”なでしこ”)

テレビインタビューで語った宮間選手の「日本の女子サッカーをブームでなく文化にしたい」という言葉に深く感銘を受けた。

若い命につづくものほど美しいものはない。