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2015年6月13日土曜日

イ・ソンヒの書「夢よ、愛よ、出会いよ」

写真:gmarketに掲載の写真
1991年(11月1日)、イ・ソンヒが(ケイステップインターナショナルより)出した自伝「夢よ、愛よ、出会いよ(꿈이여 사랑이여 만남이여)」は、どうやら、本ブログの左に置いた、「ブログ本文&資料」の「・資料:이선희 Profile (自伝~1991年、27歳まで)」*に該当するようだ。(同書が入手できれば一挙に判明することだが)

(*) 「スポーツ韓国」紙面(1991年3月8日~4月5日)に、12回に渡って掲載された自伝と、書籍として自伝が出版された年が一致する。

(本ブログ関連:”夢よ愛よ出会いよ”)

時期的な根拠以外に、ブログ「PETERLOG」の「イ·ソンヒと高音이선희와 고음)」に紹介された、次の記述からも推測できる。(感謝)
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・1991年に出した自叙伝「夢よ、愛よ、出会いよ」でも明らかにしたように、彼女は、「ダイナミックでパワーあふれる歌手」という・・・。
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上記ブログでは、イ・ソンヒの音楽性の変化について、彼女の初期からの「高音」の発声や「パンパラパンパ」した威勢のよさが影をひそめるタイミングを示し、考察している。

2015年6月12日金曜日

(雑談)アリ+ハチの話し

アリ(蟻)について、身近に観察したことを記したり、思いつくまま雑誌や書籍など孫引きして楽しんでいる。今回も受け売りだが、おもしろい記事があった。

(本ブログ関連:”アリ”、”ハチ”)

<アリの行列>
以前、アリの行列が渋滞しないのは、互いの距離が開いているからという話しを受け売りした。今回は、雑誌「Newton」(2015)の7月号に、科学ニュースの短報、「アリの渋滞回避方法」(ドイツ、へーニッケ博士ら)が載っているので記す。
① アリの行列は、数が増えても混雑せず渋滞しないのは、列を増やしたり速さをコントロール(最大1.5倍)するからだそうだ。
② また、行列がすれ違うとき、巣に帰ろうとするアリは左によけるとのこと。
何だか、②については、左側通行の正当性・根拠を与えられたような気がして・・・。

<ドローン>
ところで、最近賑わしている、あの空を飛び回る「ドローン(drone)」であるが、ハチの発するブーンという音を指すともいわれる。
「働かないアリに意義がある」(長谷川英祐著)によると、アリと同じ、(真社会性社会性昆虫である、ハチも女王蜂と働きバチ(メス)で構成されていて、オスは1回の交尾のため存在して、その後死ぬ。そのため「厄介者」と呼ばれるそうだ。さらに、ミツバチのオスについて、次のような悲しい話まである。
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・新しく生まれた女王が充分な回数の交尾を済ますと、働きバチはまだ巣にいるオスにエサを与えなくなり、激しく攻撃して巣から追い出してしまいます。追い出されたオスたちは、むなしく死んでいくしかありません。
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ネット英語辞書「英辞郎」で、<drone>を見ると。
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1.《昆虫》〔ミツバチの〕雄バチ◆特に女王蜂との生殖専門の
2.怠け者、ぐうたら者、ごくつぶし、横着者
-- 以下略 --
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<イ・ソンヒは、アリよりキリギリス>
ところで、イ・ソンヒは、大学受験の高3の夏に「アリとキリギリス」のどちらを選んだか。
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・遊んでばかりいた子どもも高3になれば、慌てて入試勉強に没頭するのが常なのに、なぜか私だけは万事泰平だった。
・そのとき、私の心は、イソップ寓話に出てくる「アリ(蟻)」よりも「キリギリス」の側に傾いていたようだ。だから、友達が夏の間、アリのよう熱心に教科書と格闘したときに、私はキリギリスのように歌いながら暑い夏を涼しくおくった。
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2015年6月11日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 並唱

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/3)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、弾き語りしながら歌う「並唱〔併唱〕(병창)」に関する3曲を紹介した。

始めに、撥弦楽器の伽耶琴(カヤグム、가야금)を演奏しながら歌う「伽耶琴並唱」について次のように紹介された。
・楽器を演奏しながら歌う「並唱」に、伽耶琴演奏して歌う伽耶琴並唱がある。並唱は、朝鮮後期に生まれた奏法で、パンソリ中よく知られた部分や短歌、民謡を歌う。パンソリで喉を痛め仕方なく歌うものと軽視されたが、日本統治の頃から、レベルの高い並唱がはじまり、人気のジャンルとなった。朴貴姫が重要無形文化財に指定されるに至り、今では伽耶琴と歌、両方できるジャンルとされる。パンソリと比べ歌のリズムは単純だが、歌と融合した伴奏に魅力がある。

▼ 伽耶琴並唱の「春香歌(춘향가)」から、「千字注解(천자뒷풀이)」を聴く。知ってるか? 知ってますとも・・・長々暗誦する。

・「春香伝(춘향전)」の李夢龍(이몽룡)は、春香との待ち合わせで、時間まで居ても立っても居られない。本を読んでも落ち着かす、仕方なく使いの房子(방자、地方官の役職)とおしゃべりをはじめた。それが「春香歌」の「千字注解」の場面だ。

次に、弦楽器の玄琴(コムンゴ、거문고)を演奏しながら歌う「玄琴並唱」について次のように紹介された。
・玄琴の並唱、玄琴並唱は伽耶琴並唱と比べ、曲の数も演奏する者も多くない。申快童が初めて玄琴並唱を歌い、今では弟子の金泳宰(김영재)だけが後を継いでいる。

▼ 玄琴並唱の、全国の景勝地を遊覧して風流を楽しむ、「八道遊覽歌(팔도유람가)」を聴く。浮き世を離れて・・・のんびりと。

最後に、「ピアノ並唱」というジャンルについて次のように紹介された。
・伽耶琴並唱と玄琴並唱以外に、最近はピアノの並唱もある。はじまりは、チェ・ジュンという体が不自由(自閉症のひとつで、人と目を合わせたり話すのが苦手で、口の筋肉や体が硬くなる症状)な青年である。偶然接したパンソリをきっかけに、もともと指が硬くなるのを防ぐためにピアノを習っていたので、歌とピアノを組み合わせて、音楽を通じて自分だけの世界を乗り越えた。

▼ チェ・ジュンのピアノ並唱、パンソリ「興甫歌(フンボカ、흥보가)」から「花草欌(화초장)」を聴く。花模様、今様に多彩。

・「興甫歌(朴多令)」は、兄ノルボ(놀보)と弟フンボ(흥보)の物語り。

2015年6月10日水曜日

イ・ソンヒの「ライラックが散るとき」

もうライラックは散ってしまっただろうか。遠くに見るこの花は、薄紫色に木を包む。近寄ると、花弁が思いのほか肉厚なのに驚く。藤棚の花のように、そよとした風情はないが、どちらかといえば、洋風であり、博物学図鑑に画かれているような重さがある。

だから、イ・ソンヒが、10集所収の「ライラックが散るとき(라일락이 질때、歌詞)」で、この花にどんなイメージを重ねたのか知りたい。ライラック(Lilac)という語感か、あるいは薄紫色した色感か。いかであれ、彼女がシンガーソングライターとして、初めて世に出した情感深い名曲だ。コンサートにはかかせない。

(本ブログ関連:”ライラックが散るとき”)


(Youtubeに登録の태양 sunに感謝)

(ところで)
韓国のおじさんに、(金管ながら木管扱いの)管楽器サキソフォン演奏が流行ったことがあったそうだ。今でもそうなのか、これまた知りたいところだ。
この「ライラックが散るとき」は、演奏でいうところの<歌う>、あるいは効かせどころが随所にある。韓国のおじさんアマチュア・ソロ奏者たちが、(イ・ソンヒの作品の中でとりわけ)この曲を次々チャレンジしているのを、Youtube検索で知ることができる。サキソフォンを持っているなら、吹かせたくなる気分、分からないわけではない。

2015年6月9日火曜日

イ・チョク「嘘、嘘、嘘」

おじさんとしては、男性歌手に関心はないが、イ・ソンヒとの関わりから、愛弟子イ・スンギの話題がニュースに大きく載ると目を通している。今回も、Googleニュースに「イ・スンギのニューアルバム、予約ランキング1位に!」(Kstyle、6/9)との記事があった。6集フルアルバム「そして…(그리고...)」のことだそうだ。それに、現在、Gyaoで放映中の、「君たちは包囲された(너희들은 포위됐다)」(第1回)も見ている。

そこで、ずっと視野を広げて、他の男性歌手を聴くのに、良いヒントをいただいた。教室で先生が、シンガーソングライターのイ・チョク(이적)の日本コンサートに、先週行かれた話しをされた。みなキョトンとしたので、返って驚かれたようだ。(最初聞いたとき、女性歌手チョクウ(적우)のことかと思った・・・)

(本ブログ関連:”シンガーソングライター”)

まずは、彼がKBSミュージックバンクで1位となったという、ソロアルバム5集「孤独の意味」のタイトル曲「嘘、嘘、嘘(거짓말 거짓말 거짓말)」(2013年)を聴いてみよう。美しい曲調ながら、独特で柔らかく力強い多様な声質が加わって、歌詞に思いをはせ、その世界に深まる。

恋の離別と思って聞くのも良いし、捨てられた子の悲しみと思って聞くこともできる。次第に、心に響き、沁み渡る。(ブログ「gooddaddy」に感謝)


(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)

2015年6月8日月曜日

梅雨入り 2015

今日、<東海>と<関東甲信>が梅雨入りした。平年通りで、昨年と比べて3日遅い。沖縄奄美のほかは、だいたい6月初旬に収まるようだ。

(本ブログ関連:”今年の梅雨入り”、”梅雨”)

とはいえ、今日は一日晴れていたような? むしろ、今晩遅くから明日昼ごろまで雨降りとのこと。それでも梅雨入りだ。


平成27年の梅雨入り(気象庁、更新日:平成27年6月8日)

地方        平成27年        平年差      昨年差       平年               昨年
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沖縄         5月20日ごろ   11日遅い  15日遅い   5月09日ごろ    5月05日ごろ
奄美         5月19日ごろ   08日遅い  14日遅い   5月11日ごろ    5月05日ごろ
九州南部  6月02日ごろ   02日遅い   同じ          5月31日ごろ    6月02日ごろ
九州北部  6月02日ごろ   03日早い   同じ          6月05日ごろ    6月02日ごろ
四国         6月03日ごろ   02日早い  01日遅い   6月05日ごろ    6月02日ごろ
中国         6月03日ごろ   04日早い  01日遅い   6月07日ごろ    6月02日ごろ
近畿         6月03日ごろ   04日早い   同じ          6月07日ごろ   6月03日ごろ
東海         6月08日ごろ    同じ        04日遅い    6月08日ごろ   6月04日ごろ
関東甲信  6月08日ごろ    同じ         03日遅い   6月08日ごろ    6月05日ごろ
北陸         6月12日ごろ                                                         6月05日ごろ
東北南部  6月12日ごろ                                                         6月05日ごろ
東北北部  6月14日ごろ                                                         6月06日ごろ
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(資料)イ・ソンヒが李鍾賛夫妻とKBS TV「名士の家庭」に出演したこと

イ・ソンヒと政治の関わりは、ネット記事で語られることがある。また、彼女の名声を重ねて(したたかに)思い出語りされることもある。彼女の胸中しかあずかり知れぬことなのに。それでも、或る一瞬、ある一言から、当時の彼女について、わずかに推し量るヒントが得られそうな気もする。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと政治”、”イ・ソンヒと政治(続)”、”「Jへ」と「DJへ」”)
(本ブログ関連:”ソウル市会議員”)

興味深い回顧録がある。東亜日報掲載の「”安企部で働いて欲しい”・・・押しよせる人事請託 - [憧憬 李鍾賛 回顧録]<40> 金大中政府、安全企画部長就任」(5/30)である。要職にあった人物だけに、それとなく書かれた一言に関心が及ぶ。(抜粋)

李鍾賛(이종찬)は、「1998年2月に発足した金大中*政権では、国家安全企画部(安企部)の部長**に任命され、翌99年1月に安企部から改編された国家情報院の初代院長となった(~1999年3月)。」(Wikipediaより)
イ・ソンヒは、複雑な政情の中に揺れる、この人物と似た道すじをたどったように見える。

(*)   金大中大統領の就任期間、1998年2月25日~2003年2月24日
(**) 安全企画部長に就任、1998年3月5日

ちなみに、「自由と真理への無言の献身」という国家情報院の院訓を作成したようだ。一方、以前の安全企画部の部訓は「情報は国力である」だった。

さて、本題、東亜日報掲載の回顧録に、イ・ソンヒに触れた次のようなくだりがある。
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ところで、李鍾賛夫婦は、金大中が大統領に就任した年(1998年)の3月2日、大統領秘書室長夫妻から昼食に招待された。

その二日後(1998年3月4日)、李鍾賛は、KBS TV「名士の家庭(명사들의 가정)」番組に出演した。妻はもちろん、歌手イ・ソンヒも一緒に出演した。
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2015年6月7日日曜日

伊守山鉱山、(真米鉱山)

昨晩、福島県まで鉱物採集の遠出が決まった。

早朝、東の空、たなびく雲の下が真っ赤に染まっていた。不思議なことに、その赤色が、雲の上に漏れていない。駅ホームの穏やかな気温に、返って真冬の厳しさを思い出す。これからは、歳と相談して採集の季節も考えねばならないだろう。

いつもの待ち合わせ駅前から、H氏の車に同乗させていただき、一路北上する。

<真米鉱山>
目指す「真米(まごめ)鉱山」のある福島県南会津町の空気は澄み、陽射しは鋭い。森の木々は葉を艶やかに反射して、包むように広がる。来てよかった。
ここでは、蛍石や硫化鉱物(方鉛鉱、閃亜鉛鉱など)が採れるという。期待が膨らむ。

<鱒沢>沿いに車を走らせるも、10年振りとのこと、目指すズリがなかなか見つからないようだ。車を降りて、数ヶ所確認したが、結局沢の入り口まで戻る。(帰宅して、ネット情報で確認したところ、もう少し上流を探した方がよかったかもしれない)
ということで、真米鉱山とはすれ違いに終わった。

<伊守山鉱山>
採集場所を、急遽変更。栃木県塩谷郡塩谷町「伊守(いもり)山鉱山」へ移す。道路沿い、まさに横付けである。鉱山とは思えぬ小さな丘、あるいは小山だ。斜面を一周しながら登る。けっこう急傾斜である。(本来は金山とのこと)
見上げると、坑道が何箇所か見える。小山の一番上の方にある坑道に入れるようだ。(私は臆病なので遠慮した)

ここでの採集物である「重晶石」(BaSO4)は、薄いガラス板状の小さな四角の結晶で、薄紅色の母岩に斜めに張り付いている。今回の採集はこれだけであるが、満足だった。
ちなみに、重晶石でできた「砂漠のバラ」も有名である。

2015年6月6日土曜日

芒種2015

生活がそうでないから、直感できぬものに農事がある。二十四節気の「芒種」、種撒きの時期というが、近所で農作業を見ることはない。少し遠出して見る畑は、家庭農園だったり、農家でも葉物野菜が主でイネとは関係ないようだ。

(本ブログ関連:”芒種”)

電子辞書「漢字源」によれば、「芒」は、尖ったの意があり、草葉や穀物の尖った先や、刀剣の切っ先、光線の先端(光芒)を示す。また、「暗い」、「隠す」の意もある。「芒種」の場合、ノギ()に隠れる種を指して、いずれ実となるのを示しているのだろう。

さらに、「ぼんやりくらいさま」の用例、「人之生也、固若之(是)芒乎(人の生まるるや、もとより是くのごとく芒きかな)」がある。荘子「斉物論 第二」にあるようで、元をたどると、痴愚論のような滑稽すら感じる。荘子の大意のなかで、問題提起なのだろうけれど。

市井の者が語る言葉ではないようだ。凡人にとって、つまり農奴を所有する大地主が司祭の言葉に涙するように、ある意味カタルシスかもしれない。どこまで通じるか確かでない。正しい言葉に違いないが、受容する側が生半可なのだから。相済まないこと。

ああ、それより今日はひんやりしている。

2015年6月5日金曜日

イ・ソンヒの「雨降る街に立って」

梅雨入り間近に迫った今日、午後から降り始めた雨は、夕方になって一時、雨脚を強めた。随分と粗な雨だ。これでは、イ・ソンヒの9集所収の「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(1994年、作詞・作曲イ・スンジン)のように、雨の街に待ち続けるわけにはいかないだろう。

(本ブログ関連:”雨降る街に立って”)

ずぶ濡れになっても断ち切れぬ、そんな女性の心情を歌う中島みゆきに比べれば、イ・ソンヒの歌は、どこか抒情的で(世界に触れることがないという意味で)少女的である。濡れねずみの心を、イ・ソンヒに表現して欲しいとは思わないけれど。でも、この歌は本当に美しい。

「雨降る街に立って」

雨降る街に立って、あなたを待っているのね
行き交うたくさんの人たちの中で、私は立ち続けるのね
降る雨の中で、たたずんであなたを待っているけれど
どこにも見つからないあなたは、雨に濡れた私の心が分かるの

雨降る街に立って、あなたを思っているけれど
みすぼらしい私の姿は、私にも、どうしょうもできないの
消えていく、あなたの悲しい後ろ姿のように一人でここに

雨降る街に立って、あなたを待っているのね
暗い夜は更けていくのに、あなたは見えないのね


(Youtubeに登録のkang yeol jungに感謝)

2015年6月4日木曜日

大華鉱山「灰重石」

それでも、石好きの端くれにいる。ところで、イ・ソンヒのコンサートで韓国を訪れたことはあるけれど、鉱山、地質博物館どころか、鉱物標本がありそうなソウル市内の自然史博物館すら行ったことがない。それも・・・なんだなあと反省している。

以前、ある物産フェアに、韓国の宝石・鉱物装飾商のブースがあった。ちょっと覗いて、鉱物採集に興味があるなどと(日本語で)話しているうちに、私が参加している石仲間の会の名前をあげたところ、様子が変わってしまった。そう・・・会の名前に、韓国では馴染めない単語が混じっていたのだ。

ソウルの大型書店で、韓国産のきれいなカラー版の鉱物図鑑を求めたが、洋書(=外国産鉱物)ならあるといわた。(Smithsonian Handbooksの鉱物図鑑を韓国語版にしたものはあったが)

(本ブログ関連:”鉱物図鑑”)

ブックフェアでも、韓国の出版社の人に同様の質問をしてみたが無いらしい。韓国の鉱物マニアは、一体どんな図鑑を持っているのだろうか。(もちろんアマチュア向けの図鑑だが)

あるとき、鉱物フェアで、韓国産鉱物標本の「灰重石」(CaWO4)が販売されていたので、早速購入した。産地は、忠清北道(충청북도)の中原郡(중원군)仰城面(앙성면)(現忠州市충주시)大華鉱山(태화광산)で、「楽しい鉱物図鑑」(掘秀道著)に記載されていて、代表的な産地のようだ。

(本ブログ関連:”灰重石”)

灰重石標本を、手元にあるチープな紫外蛍光ランプで照らしてみたが、蛍光作用しない・・・残念。

ちなみに、大華鉱山以外の韓国の鉱山(蔚山、月岳、山内、日光)と、日本の鉱山(喜和田)で産出された灰重石中のイットリウム(Y)含量を分析して、鉱床の違いを考察した資料がネットにある。(「韓国及び日本の6鉱山産の灰重石中のY含量」)

(付記)
<重石>の名の通り、タングステン仲間の「鉄マンガン重石」((Fe,Mn)WO4)は、何度も訪れた茨城県錫高野で手に入れた。山道に転がっていたが、今はズリでもあまり見つからない。(掘り返す気力のある人は別だが)

2015年6月3日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 花に関する音楽

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/27)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、美しい季節、春の花に関する3曲を紹介した。

始めに、イパブの木(이팝 나무)の花と米粒の例えから、亡くなった子供たちの伝説について次のように紹介された。
・5月に咲く花に、イパブの木のがある。日本でヒトツバタゴと呼ばれ、4月から6月に咲く、白い花びらと細長い形が特徴。飯(팝)の米粒に似ることから名付けられた。大きな木を覆うほど大変華やかだ。
・昔、白い米粒を「イバブ」と発音し、「イパブ」に変わった。食べ物が十分でない当時、花が米粒にも見えた。全羅北道鎮安の馬耳山付近、馬嶺小学校があり、樹齢の長いヒトツバタゴの小さな森がある。もとは、栄養不足で亡くなった子供たちの墓場であった。あの世で満腹になれるようにと、ヒトツバタゴを植えたのだ。木や花に色々な逸話が伝わるが、この伝説は悲しい。

▼ 山に咲く花「山有花(산유화)」の曲を聴く。こちらは山の花、海にオギヨディオラがあったことを思い出す。今様だ。

・詩人金素月(김소월)の詩「山有花」は、大変有名な詩で知られるが、特定の花でなく、山に咲く花を指す。
・ヒトツバタゴの花が満開になると、その年は豊作になるという。田仕事の合間、花が目に入っただろう。豊作への念願だった。

次に、桐の木(오동 나무)で、娘のため作る箪笥、またその花の香りについて次のように紹介された。
・この季節、桐の花が咲く。乾燥させると、軽く、虫にも強いので、家具に適している。箪笥や楽器、宝石箱にも使われる。昔、娘が生まれると、桐を植え、嫁入りの年頃になえうと、箪笥を作った。
・また、学者のソンビは、桐に鳳凰が訪れるとして、大事にしていた。桐は葉が出る前に紫の花を咲かせ、香りも見事だ。

▼ 打弦のコムンゴ演奏「音を夢見る木(소리를 꿈꾸는 나무)」を聴く。現代風思念的な間合いが響く。

最後に、花にはそれぞれ象徴があるという、次のように紹介された。
・昔の人々は花にも意味をつけた。花に、それぞれ地位と品格があり、花に関する歌もあるが、歌詞が興味深い。牡丹の花は花の中の王で、ひまわりは太陽を見つめる忠臣。蓮の花は君子で、華やかなアンズの花は小さい者を指す。アンズの花がどうして小さい者を指すか理由は知られない。どう評価されようとも、それぞれ役割がある。

▼ 女唱歌曲(여창가곡)編数大葉(편수대엽)、「牡丹の花は(모란은)」を聴く。ゆたりとして、花の空間が現れるよう。

・編数大葉には、菊や梅の花にいたるまで、その花の特徴を興味深く表現している。

2015年6月2日火曜日

イ・ソンヒの清雅さについて

イ・ソンヒについて語るとき、ネット記事に「清雅(청아)」という表現を目にすることがある。また、彼女の初期の歌で、3集所収の「清らかな恋(청아한 사랑)」(1986年)のようにタイトルにも使われている。昔風スタイルのイントロは、どこかで聞いたような懐かしさもある。いってみれば、見守る恋の歌である。

日本語の「清雅」は、「きよらかでみやびなこと」(広辞苑)。どちらかといえば日常あまり使わない、みやびな雰囲気する雅語だ。

イ・ソンヒについて一言でいえばということになって、「清雅(청아)」と表現したところ、この言葉は韓国でも余り使わないという。電子辞書に用例として、「清雅な笛の音」(Prime)という表現があった。

彼女のデビュー当時のイメージに、健全さがある。くしくも時代の風潮に適合した。結果として、歌謡界の<女性>を前に出す雰囲気にそぐわぬ女子学生たちに、すぐに受け入れられた。

彼女の、健全さは時代におもねたわけではなかったが、放って置かれなかった。一時期、時代の波に右に左に揺れた。今は、国民歌手として存在を自ら認めているようだ。

彼女の清雅さのベースには、健全さ、健康さがある。デビュー当時、ボーイッシュなと表現されたが、今は少女のような童顔と形容される。これは、彼女とともに時代を経た、現在のアジュンマたち(かつての女高生たち)が求める理想の姿かもしれない。

2015年6月1日月曜日

(まとめ)2014年のイ・ソンヒについて

歌うひと、イ・ソンヒの2014年の音楽分野について<まとめ>るなら、こんなのはどうだろうか。

▼ 陰暦の1964年11月11日(陽暦12月14日)、忠清南道保寧郡珠山面篁栗里に、歌手イ・ソンヒは最初の子として生まれた。両親は、虎や唐辛子畑で草取りする夢を見て、男の子を期待したようだ。

▼ とりわけ、祖父は優しく大切にしてくれただけでなく、音楽への関心を植えつけてくれたようだ。
音楽的才能を開かせたのは、父親が「梵唄」の指導者だった影響があるように思われる。

▼ 小柄な体ながら、爆発的な発声力を持って、1984年にMBC「江辺音楽祭」に「Jへ(J에게)」で登場した、めがね姿にパーマをした少女は、その実力をためて、昨年デビュー30周年を迎えた。

▼ 80年代の歌手といわれながら、様々な試行を経て、音楽性豊かなアーティストであると同時に、今なお、後進の発見や育成に余念がない。

▼ 昨年の2014年、ある意味久し振りのカムバックといわれたが、その実力は、韓国ギャラップの調査で、次の通りわかる。
・「韓国人が最も好きな歌手(2004年~2014年)」で2位 (1位:チョー・ヨンピル)
・「2014年を輝かせた曲」で3位 (1位:IU 「あなたの意味」)
   ⇒ イ・ソンヒ「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」(2014年)
・「愛唱曲 2004年~2014年」で7位 (1位:オ・スングン「私の歳がどうだから」)
   ⇒ イ・ソンヒ「因縁(인연)」(2005年)

▼ 2014年リリースした「その中であなたに出会って」は、NABugs!、Soribada、NAVER MUSICなどの音楽配信サイトで、1位を獲得した。

▼ 2014年の30周年コンサート、「歌う人 イ・ソンヒ」は、最初のソウル世宗文化会館に始まり、全13都市、27回公演の全国ツアーを全席完売している。

▼ その結果もあって、彼女の所属する「フックエンターテインメント」事務所の業績も大幅に上昇して、昨年の売上高は、159億3,500万ウォンで、前年比61.8%増加した。営業利益は、46億8,000万ウォンで218.1%増えた。

▼ 現在、「歌王」と呼ばれる男性トップ歌手がチョー・ヨンピルであるのに対して、女性のトップ歌手は、国民歌手としてあげられる、イ・ソンヒである。

2009年、2011年、そして2014年のソウル世宗文化会館での彼女のコンサートを見ることができたのは、私の幸運であり自慢である。

2015年5月31日日曜日

イ・ソンヒと友人たち

イ・ソンヒが、関わりある友人と共に登場する「イ・ソンヒと友人たち(이선희와 친구들)」(2004年8月21日)は、自身の曲だけでなく、途中、トロットもはさんで歌い聞かせる、まさに歌謡ショーである。(別コーナーでは、愛弟子イ・スンギとのデュエットもあった)

番組の5日後、「Jへ 20年 イ・ソンヒ コンサート」が世宗文化会館で開かれる(2004年8月26日~28日)ことになる。このような形で、イ・ソンヒがテレビ登場するのは、コンサートに向けて高揚させる意味もあるのだろう。スタジオの観客は最高で幸運なプレゼント受けたことになる。(もっとも収録はずっと前だったろうけれど)

イ・ソンヒ曲から
・5集所収「私の街(나의 거리)」(1989年)
・4集所収「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이자리)」(1988年)
・2集所収「秋の風(갈바람)」(1985年)
・5集所収「ひとしきり笑いで(한바탕 웃음으로)」(1989年)

トロット曲からカバー
・シム・スボン 「憎い(미워요)」     ⇒ (本ブログ関連:”シム・スボン”)
・チュ・ヒョンミ 「片思い(짝사랑)   ⇒ (本ブログ関連:”チュ・ヒョンミ”)」

イ・ソンヒ曲から
・12集所収「この歌をかりて(이 노래를 빌려서)」(2001年)
・4集所収「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年)


가요쇼 - 이선희와 친구들 ('04. 8. 21) from Forever Sunny on Vimeo.


(追記)真夏日、夏日
5月の締めに暑い日が続いた。本日(5/31)も何と真夏日となった。読売新聞の記事「東京・千代田区32.2度…5月の観測史上最高」(5/31 19時22分)は、東京の真夏日と夏日の日数について、次のように報じている。(抜粋)
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・31日は本州を中心に晴天が広がり、東京都千代田区では午後2時45分頃、5月として観測史上最高となる32.2度を記録した。
・5月に同区で30度以上の真夏日となったのはこれで3日目で、1876年の観測開始以来、2004年と並んで最多。5月の夏日も22日目となり、これまでの記録の18日を大きく更新した。
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2015年5月30日土曜日

小笠原諸島西方沖地震

今夜、CDデータの移動に四苦八苦していたとき、嫌な予感する小さな揺れが始まった。次第に強まり、やがて一瞬激しい横揺れして家が軋んだ。いよいよ来たなと焦ったが、意外なほど短時間に減衰した。体感は、震度3+、ないし震度4(急な横揺れのとき)といった感じだった。

すぐに、テレビをつけた。緊急放送がこれほど待ち遠しかったのは久し振りだ。アナウンサーが伝える、震源の深さや、マグニチュードの規模を聞いて、その値の大きさに驚いた。ぜひとも、詳しい解説を聞きたい。

気象庁発表: 平成27年05月30日20時30分
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30日20時24分頃地震がありました。
震源地は小笠原諸島西方沖(北緯27.9度、東経140.8度)で、
震源の深さは約590km地震の規模(マグニチュード)は8.5と推定されます。
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(修正) 5/31 震源要素(暫定値) 気象庁発表) 
  ・地震発生時刻   平成27年5月30日20時23分
 ・緯度          北緯 27度51.6分
 ・経度          東経 140度40.9分
 ・深さ           682km
 ・マグニチュード   8.1

気象庁発表の通り、当地の震度は体感通り、震度3だった。

(付記)
最近、震源とは違って、別場所で震度が大きいことがあった。今回もそうだ・・・「異常震域」の可能性とのこと。
・5/25 : 震源地、埼玉県北部、震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は5.6
            ⇒ 茨城県土浦市常名、震度5弱
・今回: 震源地、小笠原諸島西方沖、震源の深さは約590km、地震の規模(マグニチュード)は8.5
            ⇒ 東京都小笠原村母島、震度5強埼玉県鴻巣市中央ほか、震度5弱 / (追記)神奈川県二宮町中里 震度5強 

2015年5月29日金曜日

口永良部島新岳が噴火

鹿児島県の南に浮かぶ、屋久島の西にある口永良部島(くちのえらぶじま)で、今日の午前9時59分に、新岳が噴火した。最近、国内であまり見かけない幅広い垂直な黒い噴煙が高く舞い上がり、一部が重みに耐えられず落下して火砕流となった。マグマ爆発といわれている。(災害緊急放送で定評の放送局が、「火砕流」の定義に慎重だったためか、島の地図上に図示するのが遅かったのが気になった)

幸い島民に重大な事故はなかったようだが、全島避難の事態とになり、ほとんどの方が隣りの屋久島へ一時避難している。この先、大変不安なことだろう。(三宅島、大島の事例を思い出す)

素人は、先の東日本大震災の影響を考える。プレートの動きと大規模地殻変動を想像し、近々の地震噴火を結び付けてしまう。この時期、地震火山学者の冷静な語り口を、冷静に受容できないのが残念だ。(自然のメカニズムは、もっと単純ではないかと、いぶかしむばかり)

九州には巨大カルデラが存在する。阿蘇カルデラ(阿蘇山)、 姶良カルデラ(桜島)、鬼界カルデラ(薩摩硫黄島)などが並んでいる。その南に、今回の口永良部島がある。(九州南部のカルデラ群をモデルにした小説を読んだことがあるだけに気がかりだ)

(参考) 産業技術総合研究所「口永良部島火山地質図

今は、早く沈静化して欲しいと願っている。

イ・ソンヒが合唱団審査委員に立つこと

第二次世界大戦直後、朝鮮半島は政情が複雑化し、南北に国家が成立した。そのため、建国の時期やその政府について多様な議論がある。韓国では、1945年8月15日を「光復節」と定めている。混乱の時期から国家樹立の経緯をたどると次のようになる。

1945年08月15日: (日本)太平洋戦争終戦
1945年09月02日: (日本)米戦艦ミズーリ号上で日本政府が連合国と降伏文書調印
                            (朝鮮)第二次世界大戦終結に伴い連合軍軍政下
1945年09月09日: (連合軍軍政期)朝鮮総督府の降伏文書調印、以降連合軍軍政期
1948年07月12日: (韓国)大韓民国憲法を制定 (同月17日発布)
1948年08月15日: (韓国)大韓民国の成立 (李承晩大統領が大韓民国樹立を宣言)

今年は、光復節から70年になるため、いろいろなイベントが予定されているようだ。その一つに、KBS NEWSの記事「【芸能】 『わたしは テハン・ミングク』 イ・ソンヒ - イ・クムヒ、解放ベビー世代合唱団の審査委員に立つ」(5/28)が伝える、「解放ベビー世代合唱団(해방둥이 합창단)」の話題がある。

(本ブログ関連:”ソウル市議会”)
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・今年で70周年を迎える光復節に大韓民国の国民が、一つになって楽しもうという新概念のフェスティバル、KBSの国民大合唱「わたしはテハン・ミングク」に歌手イ・ソンヒが加わった。

・国民大合唱「わたしはテハン・ミングク」は、公式ホームページはもちろん、公式YouTubeやFaceBook、毎週火~金の夜10時55分に放送される KBS 1TV「私たちは(우리가)」、そして6月13日(土)午後8時から60分毎週放送される事前ドキュメンタリーなど、SNS、インターネット、オフラインを網羅して国民と直接コミュニケーションを楽しむ3ヶ月間の大長期プロジェクトだ。

・また、光復節当日である8月15日には、ソウル・ワールドカップ公演会場で、このプロジェクトに申請をした7万名の国民が大合唱を繰り広げる予定だ。

・こうした中、「解放ベビー世代合唱団(해방둥이 합창단)」が、7万国民大合唱プロジェクトの一部門に参加するため、新たに結成されて関心が集まっている。大韓民国の光復と同じ年の、1945年に生まれた人たちで構成された「解放ベビー世代合唱団」 は、光復70周年を迎えた大韓民国の現代史を全身で証言する人々であるだけに、815プロジェクト「わたしはテハン・ミングク」に重厚な意味を加える。

・総360名が志願した「解放ベビー世代合唱団」は、二度のオーディションを経て最終45名が選抜されて本格的な歩みに出る。何より、歌手イ・ソンヒがこれらを導いていく予定と期待が集まっている。

・イ・ソンヒは、「解放ベビー世代合唱団」のオーディション現場に審査委員として登場、参加者一人一人と率直に通じ合って、彼らの歌に耳を傾けるのはもちろん、貫禄の音楽家らしい専門家的姿で現場をとりこにした。

・特に、イ・ソンヒとの友情で一緒に審査委員席を輝かせたアナウンサーのイ・クムヒと天才ピアニストのチェ・テワン*によってさらに活気あふれる進行を継続することができた。三名の審査委員は、緊張した参加者を配慮して気楽に話を続けられる雰囲気を誘導したし、参加者たちも自然にそれぞれの熱い人生を打ち明けて感動の波を誘った。

(参考)先日5/21の、イ・ソンヒ、イ・スンギ「セブランス家族音楽会」に参加している。

・このために、オーディション現場の高潮した雰囲気をほてるように熱くしたこれらのさまざまな事情に対して、すでに期待感が造成されている。イ・ソンヒと解放ベビー合唱団員が共に作っていく胸の熱くなった3ヶ月間の旅程は、国内全域に次元が違う感動をもたらすと関心を集めている。
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2015年5月28日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 仏教音楽

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、今年の5月25日(月)(陰暦4月8日)の釈迦誕生を祝う日(「灌仏会」)にちなんで、仏教に関連する3曲を紹介した。

(付記)
イ・ソンヒの父が、梵唄の指導者であったことから、彼女の音楽の源泉(才能)がそこにあったような気がしてならない。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「3.宗教家である父と、自然とともに過ごした幼い子供」”)

始めに、「初八日(초파일)」の祭事と、風流を楽しむ曲「霊山会相영산회상)」について次のように紹介された。
・「初八日」は、毎月8番目の日だが、昔は陰暦4月8日の釈迦誕生の日を指して祝った。寒暑もない春に、人々は米を持って寺に向かった。交通も不便な時代、寺にたくさんの知り合いが集い、親に付いてきた子供たちもいて、おもちゃや菓子を売る人もいた。五色の提灯や音楽も聞こえる。そんな素晴らしい季節に誕生された。

▼ 霊山会上(浄土)の仏と菩薩を讃嘆する意の「霊山会相仏菩薩(영산회상불보살)」を聴く。荘重に編曲したもの。

・両斑の風流曲に「霊山会相」がある。もともと仏教の声楽曲だった。「霊山会相仏菩薩」の歌詞からなり、歳月を経て、風流を楽しむときの音楽になった。

次に、釈迦と摩訶迦葉(マハーカッサパ)の間の拈華微笑と、仏教音楽の梵唄(ぼんばい)について次のように紹介された。
・古代インドのマガダ国の首都の近くにある、霊鷲山(りょうじゅせん)での出来事。釈迦が菩薩に対して仏教の教義を説いていると、空から花の雨が降ってきたという。また、ある日、説法を聞きに集まった大衆の前で、釈迦は一輪の花を見せたが、何も語らない。大衆は訳が分からないまま黙っていると、ただ一人、弟子の摩訶迦葉だけは釈迦を理解し微笑んだ。仏心を伝える仕草の拈華微笑は、字や言葉を使わぬ以心伝心に通じる。この光景をあらわした「霊山会相図」や、音楽にした「霊山会相」がある。

▼ 僧侶が梵唄で長く伸ばして歌う「ジッソリ挙霊山(짓소리 거령산)」を聴く。一体どんな場面で歌ったのだろうか。

・僧侶が儀式で歌うものを「梵唄(범패声明)」と言う。「ジッソリ(짓소리)」は梵唄のひとつ、「挙霊山(거령산)」は曲名で、16文字の歌詞を長く伸ばして歌うのが特徴。長くは一時間も歌うため、世の中で最も長い歌だろう。梵唄は、梵の音、「梵音(범음)」とも言う。「梵」はインドを意味し、宇宙の原理を指すこともある。また、このリズムを、水中で泳ぐ魚に例えて、「魚山어산)」とも言う。統一新羅時代に唐から入り、歌曲や民謡など民間の音楽にも大きな影響を及ぼした。伝統文化ともいえる。

▼ 「霊山会相」の中から、シタール、弦楽器ヘグムとヤングムの演奏「細霊山(세령산)」を聴く。インドの香りは・・・静かな曲だ。

2015年5月27日水曜日

夏日和というより、夏そのものといった感じ

気象区分でいう「春」(3~5月)の終わりに迫る今日、寒いのが苦手で暖かい方がいいといった私でも、2日連続の<真夏日>には少々ウンザリする。外出すれば、逃げ場のない陽射しにくるまれてしまい、空調の効いた体操教室では、すぐに汗がにじんでくる。家に帰れば、扇風機が登場した。

ところで朝のテレビで、気象予報士が、5月の東京都心での<夏日>はこのままいくと過去(1876年以降)最多だし、<真夏日>の2日連続!は過去2回目になるだろうといっていた。どうやら、その通りになってしまった。

どちらを向いても、陽が暮れても、暑い暑い。

▼ 東京都心観測地点
葵町(1875年6月~) → 代官町 → 竹平町 → 大手町 → 北の丸公園(2014年2月~))

▼ 気象用語(夏日、真夏日、猛暑日、熱帯夜など): 気象庁「天気予報等で用いる用語 」より
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夏日   :日最高気温が25度以上の日。
真夏日:日最高気温が30度以上の日。
猛暑日:日最高気温が35度以上の日。
熱帯夜:夜間の最低気温が25度以上のこと。(備考: 気象庁の統計種目にはない。)

冬日   :日最低気温が0度未満の日。
真冬日:日最高気温が0度未満の日。
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