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2011年1月31日月曜日

The way we were

まるで人生のエピローグのようなフランク・シナトラの「My Way」を、懐古する必要もない若さに溢れたイ・ソンヒが歌う映像がYoutubeにある。
この歌には「memory」という言葉はなく、思い出が自身から離れて見えるようだ。忘れようと忘れまいと思い出が次第に結晶化していることに気付いたとき、ぼくらは終幕に向かう人生の意味を本当に理解できるのかもしれない。

イ・ソンヒは、カーネギーホールで、バーブラ・ストライサンドの「The way we were」を歌う。追憶(memory)は、ここではふつふつとしていて、遠く過ぎ去ったものではない。思い出の数々が身近に感じられるのだ。イ・ソンヒにとって、今回の公演はマイルストーンの一つに過ぎない。

(Youtubeに登録のKimuziek、526apolloに感謝)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒのカーネギーホール公演曲目”)

2011年1月30日日曜日

イ・ソンヒの娘(2)

イ・ソンヒが14集アルバムを発表して、コエックス・センターでのコンサートを控えた頃、韓国日報から受けたインタビュー記事(2009年3月19日)に、同アルバム収録曲「あなたの道(너의 길)」(歌詞)について、次のように記されている。
・娘(양원이)のために作った曲「あなたの道」は、子供の教育への彼女ばかりの信念が盛られている。娘に伝えるメッセージだが、自分を励ます話でもある。
・「人生そのものが長距離じゃないですか。核心は『人生は思ったより長く、長いだけ当然やり損なうことがある』ということでしょう。失敗をしたり、自分より優秀な人が多いということを知ったとき、自信が崩れるどんな瞬間が来ても、最も重要なのは、自分を愛しなさいということですよ。」

「そして決して一つだけ忘れないで。あなたがどんな姿だったか私には、あなたはとても愛らしい、いつもそんなひとだったのよ。」と、娘に対する母親の気持ちは変わらない。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの娘”)

アジアカップ優勝

にわかファンのわたしも今回は、きちんとテレビ観戦した。大柄のオーストラリア選手たちに圧倒されるように見えてハラハラしたが、0:0で延長戦の後半、優勝につながるゴールが決まった瞬間、おもわず手をたたいた。

YOMIURI ONLINEの記事「日本1―0、延長で豪州下し優勝…アジア杯」(1/30)は、次のように伝えている。
「日本は延長後半の109分、左サイドを突破した長友(佑都)のクロスを、(忠成)が左足で直接ボレーシュート、ゴール左へたたき込んだ。」

翌日が休みの子どもたちは、安心して深夜のテレビ放送に釘付けになったことだろう。そして、月曜日の校庭では、喚声とともにサッカーボールが飛ぶに違いない。暖かくなったら公園で、二歳になる孫とおもちゃのボールでサッカーごっこをしよう。

2011年1月29日土曜日

カーネギーホール チケット販売率90%超

nyradiokorea.comの記事「イ・ソンヒ カーネギー公演完売間近」(1/27:現地時間)によれば、イ・ソンヒのカーネギー公演チケットの販売率が、90%を超えたと次のように報じている。
KRBが創立14周年を迎え、野心満々に準備した、イ・ソンヒのカーネギーホールのコンサートが一週間前に迫っています。カーネギーホールの3つの劇場中最大規模のメインホールで開かれる今回のコンサートは、すでにチケットの販売率が90%を超して売り切れが切迫して、現役の歌姫イ・ソンヒのチケットパワーを証明しました。 

カーネギーホールのメインホール(2804席)の、あふれんばかりの聴衆で盛況な様子が、もう浮かんできますね。
ぜひとも、KRBが今回のコンサート映像をDVD化されることを願いたい。


★★★★★ 孫が、産休の母親と一緒に「もっ一回」と、公園で紙飛行機を飛ばしている動画が届いた ★★★★★

2011年1月28日金曜日

こうのとり ISSドッキング

毎日jpの記事「こうのとり:ISS結合へ ロボットアームで慎重作業」(最終更新1月27日23時08分)によれば、JAXA宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)は、次のように国際宇宙ステーション(ISS)に接続したと報じた。
・今月22日、H2Bロケットで鹿児島県種子島から打ち上げられた。
・27日午後6時50分ごろ、ISSの真下約250メートルに到着。
・同8時41分、ISS乗組員が備え付けのロボットアームで捕捉。
・28日午前0時半ごろ、ISSの第2結合部「ハーモニー」にボルトで接続を完了。(予定)
・同4時ごろ、結合作業をすべて終了。(予定)

(追記)
毎日jpの記事「こうのとり:ISSへの結合完了…乗組員が入室」(最終更新1月28日10時35分)より。
・27日午後11時51分、ISS第2結合部に接続。
・28日午前3時43分、結合を完了。
・同午前5時47分、ISS乗組員がこうのとり2号に入室。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

「こうのとり」が無事使命を果たすよう願った。こうのとりが運んできてくれた孫娘のこれからの無事誕生の願いと重ねた。きっと何かの縁があるに違いない。

(付記)
夕方の新大久保に行く。相変わらずの人混みだが、時間帯から若い人が多く見える。それに、街を楽しんでいる二人連れが目に付いた。金曜の夜でもあるし、女性の関心に付いて来ているとしか思えないが、男は大変である。

2011年1月27日木曜日

イ・ソンヒの娘

イ・ソンヒが「魔法の城(마법의 성)」(歌詞)を歌うステージに走り寄ってきた女の子は、彼女の膝の上で一緒に歌います。それは満2、3歳でしょうか、彼女の娘(양원이)の幼い姿です。歌の最後のフレーズの、しかも特徴的な音(発音)に合わせて、「・・・ヘ」、「・・・タミョン」と元気に声を張り上げます。

2004年の20周年記念コンサートの前に受けたインタビューで、イ・ソンヒは娘について次のように語っています。当時、彼女は小学校5年生の12歳の娘と一緒に、ソウルの(竜山区)東部二村洞に住んでいました。
(jo!nsmsnの記事「イ・ソンヒ デビュー20周年コンサート」(2004年8月17日)より)
・「娘は、明るく愛嬌が良い。人に負けてあげる思いやりも深い子だ。」
歌手になる才能があるのか、歌手になるのならばさせるのかと尋ねたところ、「娘が生まれたときに、病院で娘が泣けば私の娘だと思った。あまりにも高音で泣いており、看護師が『イ・ソンヒさんの娘が泣きます』といったほどだ」(笑)
・「やりたいことがあまりにも多い子供だ。いつも学びたいこと、経験したいことを5〜6個選択して、お母さんにブリーフィングをする。自分が一番やりたいことは、長所だけ浮き立たせる賢い娘だ」と自慢した。

その娘さんは現在、高2でシカゴに留学しているそうで、来月のニューヨーク公演を待ち遠しく思っていることでしょう。

(Youtubeに登録のに526apollo感謝)

(本ブログ関連:”魔法の城”、”インタビュー”)

2011年1月26日水曜日

イ・ソンヒ 5月コンサート日程

 世宗文化会館カレンダーを見ると、イ・ソンヒの5月のコンサート日程が、以前知らされていた日程(5月19日(木)~22日(日))から、5月21日(土)~22日(日)に変更されている。
土曜日と日曜日だけの公演となれば、チケットの入手がとても厳しいのではないだろうか。できることなら、彼女のステージを見たいのだが。

(追記)
mkニュース(毎日経済)の記事「イ・ソンヒ 来月米カーネギーホールで公演…韓国歌手では3番目」(1/27)によれば、「イ・ソンヒは、来月2日、米国に出国してカーネギーホール公演(2月3日(木))を終えた後、数日間、ニューヨークに滞在する予定だ。 韓国では、5月21日(土)~22日(日)、ソウルの世宗文化会館を皮切りに、全国巡回公演に出る。」と紹介している。(チョン・アヨン記者)

アジアカップ

アジアカップ日韓の試合は、1:1で延長戦となるも2:2で終わり、PK戦の結果、日本チームが決勝戦に出ることになった。
テレビで試合の始めと、PK戦しか視聴していないにわかファンには、最後に見たキーパーの川島選手の頑張りが印象に残った。

2011年1月25日火曜日

イ・ソンヒ 9集

昨日、神田の韓国書籍専門店の主人から電話があり、イ・ソンヒのCDアルバムをいくつか入手したという知らせがあった。その中の、9集アルバム「一輪菊(한송이 국화)」(歌詞、1994年3月31日)は未だ手元にないので希望して、本日書店に出向き直接いただいた。
9集の曲目は次の通り10曲収録されている。(ファンに愛され聴き継がれてYoutubeに登録されている2曲にリンクした)
・一輪菊(한송이 국화
・私に触れた偶然(내게 스친 우연)
・夜明はまだ遠く(새벽은 아직도 먼데)
・Blues Cafe
・ある雪降る日に(어느 눈 내린 날에)
・気分が良くて(기분이 좋아)
・なつかしい日に(그리운 날에)
・心残り(아쉬움)
・悲しい愛(슬픈사랑)
・雨降る街に立って(비오는 거리에 서서

(Youtubeに登録の526apollo、yokosuka30に感謝)

(本ブログ関連:”一輪菊”、”雨降る街に立って”)

イ・ソンヒ インタビュー

朝鮮日報(chosun.com)の文化人物欄に、1984年にデビューしたイ・ソンヒについて、「途方もない(孟浪)少女が行く、27年間眺めたその舞台」(1/25)のタイトルでインタビュー記事が掲載されている。(イ・テギョン記者)
10日後にカーネギー・ホールでの公演を控えて、マスコミが彼女にどのように取材するのか期待していただけに、彼女の歌に対する次のような思いを朝鮮日報が本格的に記事にしたのは素晴らしいことだ。

・私たちの世代には、カーネギーホールに立つのが夢でした。最近の世代は、カーネギーホールをよく分からないんじゃないです それでも私は、私の夢を一つずつ成し遂げるようです。
数年前から、すべての曲を作曲し、基礎編曲までして、編曲者に渡します。全く分からない時は気楽だったが、編曲を少し知ることになるので更に欲が出て、いまだに音楽に興味がある。
・(意欲的で、インディーズのバンドとのコラボも視野にあるようだ)
・歳をとるとは死んでも言いたくなくて、よく実っ行っいる思います。誤った選択、誤った道に行くこともできたが、ここまで来たから「よくやった、イソンヒ」と褒めてあげたいです。
・(イ・ソンヒは、直接公演のコンテを組んでいる。そういえば、イ・スンギのステージの総合制作をしたこともある。)

なお、彼女の娘さんは、現在高2でシカゴに留学しているとのこと。

ところで、カーネギー・ホールで公演をした歌手にチョー・ヨンピル(1968年デビュー)、イン・スニ(1978年デビュー)の他に、パティ・キムの名前が、以前あげられていたが、同ホールの舞台「Stern / Perelman」に限っていえば外れるのだろうか。

(追記)
KBSニュースの記事「イ・ソンヒ カーネギーホールは、わたしたち世代の夢の舞台」(1/26)に、25日に聯合ニュースとのインタビューの模様を伝えている。
・(公演曲目は)一曲一曲自分で選んだ。
・今回は、27年間親しまれたヒット曲を中心に選曲した。
・できるだけ原曲を損なわない洗練されたサウンドで聞かせるつもりですよ。

ランブリング・ローズ

ナット・キング・コールの独特なハスキーな声は、その軽やかな響きが都会的でなぜか耳に馴染んだ。
カントリーの香りのする「ランブリング・ローズ(Ramblin' Rose)」(1962年)は、ラジオで聞いていたのだろう、曲中繰り返される”Ramblin' Rose”のフレーズが心地よく今も残る。彼も、イ・ソンヒのように聴衆を引き込む魔術師だった。
ビルボードとキャッシュボックスのチャートで2位となり、セールスは百万枚以上だったそうだ。

そういえば、コーラスを従えて歌うスタイルを見かけなくなったなあ。

(Youtubeに登録のPrue126に感謝)

(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)

2011年1月24日月曜日

イ・ソンヒの公式ホームページ改修中

いつからか気付かなかったが、イ・ソンヒの公式ホームページが目下改修中のようだ。
会員にならなければ詳細はわからないものの、DaumやNaverにはしっかりしたファン・サイトがあって、日毎ファンからの情報が登録されて活発なようだ。彼女に対するファン層の厚さに感心する。
ところで、「より良い姿でおうかがいします」と改修を表示している公式ホームページは、今後どのように変化するのだろうか楽しみだ。

(付記)
水道の水漏れのためホームセンターにパーツを探しに行った。売り場で店員さんに必要なものを聞こうと思ったが、見当たらない。そのとき専門家のようなお客がいて、不躾ながら教えてもらった。丁寧な説明のうえ、その後別の売り場で顔を合わせたときに、水道の元栓を締めるようアドバイスしていただいた。

2011年1月23日日曜日

錫高野#14

今朝も厳しく寒い。待ち合わせ場所に行くため利用する武蔵野線の車内は冷えたままだ。今年最初の鉱物採集は、通算14回目の茨城県錫高野になった。

(本ブログ関連:”錫高野”)

хаякава氏の車で当地に近づくと、路肩にはまだ雪が残っていた。仏国寺側から雪道を登って採集地の錫高野に入る。残雪がある所と、そうでない所がある。日陰でも枯葉が積もった場所に雪がないのは不思議だ。一方、山陰のズリ場は一面雪景色である。山頂から吹き降ろす風が冷たく滲みる。
雪の上に、ウサギや猪と思われる足跡を見つけた。雪原に命を感じた。

採集結果は次の通り。(含む:いただき物)
・黄鉄鉱、銅藍、ブロシャン銅鉱、鉄マンガン重石、水晶、方鉛鉱、自然蒼鉛?、珪孔雀石

(本ブログ関連:”地名:錫高野〔近世〕”、”地名:錫高野〔近代〕”、”仏国寺”、”高取鉱山”)

2011年1月22日土曜日

イ・スンギとのデュエット

イ・ソンヒの「デビュー22周年記念 ライブコンサート」(2006年6月17日~18日:世宗文化会館大劇場)で、彼女と愛弟子イ・スンギがデュエットした、エルヴィス・プレスリーの「好きにならずにいられない(Can't Help Falling in Love)」をYoutubeで視聴できる。貴重な宝箱をお持ちの登録者526apolloに感謝。



2月3日にカーネギーホールで、イ・ソンヒとイ・スンギの美しいデュエットが聴けるだろう。どんな曲が歌われるのか楽しみだ。

サムゲタン

今の季節と反対の料理かも知れないが、サムゲタン(蔘鷄湯、삼계탕)の食べ方について気になることがある。
Wikipediaによれば、味付けについて、「調理時に味付けはほとんど行なわず、食卓で塩・コショウ、キムチなどで味を整えて食べる。」と書かれている。
・鶏肉と詰込まれているもち米を食べるのは分かるが、薬膳料理の食材でもある、ナツメ、栗、朝鮮(高麗)人参などはどうするのだろうか。
SEOUL NAVIでは、「鶏肉の中に詰まっているモチ米や朝鮮(高麗)人参やニンニク、ナツメ、生姜等をスープと混ぜながら食べます。」と説明されている。
・他のインターネットの情報を見ると、朝鮮(高麗)人参を調理の仕方によって、食べることもできるという表現もあるが、一体どうすればよいのだろう。
・結論は簡単、韓国料理店で聞けばよいのだ・・・・そうしよう。

(追記)
サッカーのアジア・カップで、日本は開催国のカタールと戦い、3対2で勝利してベストフォーに進出したそうだ。昨晩の韓国語教室で、試合開始時刻の質問に答えられなかったし、対戦国もわからない。にわかファンにすらなれない。

こうのとり

随分と低い高度(Min.278km、Max.460km)を周回する国際宇宙ステーション(ISS)に、必要な物資を運ぶ、JAXAの宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)が、本日14時37分57秒に種子島宇宙センターから、H2Bロケット(H-IIBロケット2号機(H-IIB・F2))に搭載されて打ち上げられた。その15分13秒後に、「こうのとり」2号機とH2Bロケットは分離に成功した。(JAXAプレスリリース

2011年1月21日金曜日

<クミホ>TBS地上波で3月から放送

イ・ソンヒがテーマ曲を歌った、SBSの<ファンタジック&ロマンティック・ラブコメディ>の「僕のガールフレンドは九尾狐(내 여자친구는 구미호)」が、TBSから次の通り放送されるとのこと。
(「TBSほっと情報」より)
・番組名: 「僕の彼女は九尾狐<クミホ>」
・開始時: 本年3月より
・時間帯: 毎週月曜~金曜、朝10:05~11:00
・その他: 字幕つき2ヶ国語放送

なお「CS・TBSチャンネル」は、2011年1月8日土曜日から、毎週土曜深夜23:00~24:00に字幕版放送中。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)

2011年1月20日木曜日

イ・ソンヒのカーネギーホール公演曲目

アジア経済の記事「イ・ソンヒ、米ニューヨーク カーネギーホールでの公演..国内歌手で3番目」の記事(1/19)に、2月3日の公演曲目と所感を次のように報じている。

<バラード曲>
・「少女の祈り(소녀의 기도)」
・「愛が散るこの席(사랑이 지는 이 자리)」
・「分かりたいです(알고 싶어요)」
・「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」
・「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기며)」
・「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」
・「Jへ(J에게)」

<代表曲>
・「葛藤(갈등)」
・「ケンチャナ(괜찮아)」
・「ひとしきり笑いで(한바탕 웃음으로)」
・「あ!昔よ(아! 옛날이여)」
・「因縁(인연)」
・「美しい江山(아름다운 강산)」
・「愛よ(사랑아)」

その他に、普段彼女が愛唱していたバーブラ・ストライサンドの曲も準備している。
・「The way we were」

公演に臨んで、彼女は次のように所感を述べている。
・「世界的な歌手たちの夢の舞台カーネギーホールで公演をするということ自体があまりにもうれしくて光栄だ」
・「ニューヨークに住んでいる観客たちと歌を介してコミュニケーションして、素敵な思い出を作ったら良いし、今回の公演を通じて、私たちの大衆文化を一層発展させることができるきっかけになって欲しい」

以上である。新曲情報については触れていないが、当日期待したい。

国内CD生産

インターネットでダウンロードした曲をモバイル音楽プレーヤーなどで聴くのは、音楽が消耗品化されているようで、CDで聴く親しみ感とは異質のような気がする。曲作りも、聴き方も、両者の態度や距離感が変わってきているのではないだろうか。
結局馴染めなかったものに、家電業界で「家電から個電へ」という言葉があった。音楽でいえば、電蓄やラジオから流れる音楽をみなで聴き、みなで歌った。そんな時代がしばらく続いたけれど、個電の成功例である携帯音楽機器によって、特にデジタルオーディオプレーヤーによって何かが変わってしまったようだ。

日本レコード協会資料によれば、国内「CD生産実績」は下記の通り下げ止まらぬ傾向のようだ。(資料1:2000年~2009年、資料2:2010年、これら組み合わせ)
訂正:CD枚数を資料1の通りに修正。(レコード・テープを含む音楽ソフト生産実績資料を記述したため)
訂正;CD枚数の単位を「枚」と表記していたものを「1,000枚」に訂正。
2000年  414,052単位:1,000枚)
2001年  368,626
2002年  328,679
2003年  315,267
2004年  302,255
2005年  301,803
2006年  290,252
2007年  260,340
2008年  242,451
2009年  210,059
2010年  209,879
資料1を見ると、CD生産量は過去10年間に半減していて、邦盤・洋盤ともに同様半減している。

(参考)日本レコード協会資料の「デビュー歌手数」の推移を見ると、バブル崩壊時に谷をうったものの、増加傾向にあるようだ。どのジャンルが底上げしているのだろうか。

(本ブログ関連:”CD売り上げ状況”)

(追記)
JAXAのプレスリリース(1/19)によれば、本日予定していた、<種子島宇宙センターから宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)/H-IIBロケット2号機(H-IIB・F2)の打上げを、打上げ時刻において打上げ制約条件を超える氷結層を含む雲の発生が予測され(電子機器に影響す)ることから、打上げを1月22日以降に延期した>とのこと。

2011年1月19日水曜日

孫の妹へ

3月には、孫に妹ができる。女の子だということが最終的にはっきりしたのは、今月11日のことだった。そこで今日、孫と休日の父親と一緒に、生まれる赤ちゃんのために衣裳を探しに国分寺へ行った。
息子二人の経験しかなく、孫も男だったので、女の赤ちゃんにどんな衣裳が良いのか分からないのだ。結局、女性店員さんに助言をもらいながら男二人で探したのだが、今思い返すと衣裳の名前をよく覚えていない。スカートと靴下という言葉以外、他の衣裳は・・・。

買物に合わせてせっかく来てくれた孫に、おもちゃ屋でウルトラマン1号の人形を探した。孫は帰宅するまで、その人形を手放さなかった。そう、孫宅まで、わたしはそのまま付いて行ってしまったのだ。
孫は、随分と身長も伸び、言葉もたくみになっただけでなく、なんとAKBの「あいたかった」(会いたかった)やKARAの「ラララ、ラララ」(ミスター)のフレーズをポーズ?をとりながら真似してくれたのだ・・・まもなく2歳になる孫の成長に感心する。

仕事から帰宅したお嫁さんは、赤ちゃんの衣裳を見て喜んでくれた。それに、赤ちゃんはとても活発に動いているそうだ。衣裳を着ている赤ちゃんを見たいものだ。