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2015年8月25日火曜日

「こうのとり」5号の把持・結合完了

宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)の5号機「こうのとり5」は、国際宇宙ステーション(ISS)のロボットアームにより、昨晩(8/24)19時29分に把持され、本日02時28分に、電力・通信ラインの結合をもって「結合完了」された。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

「こうのとり」は円筒形した少々地味な姿であるが、ISSで油井亀美也宇宙飛行士がロボットアームを操作してキャッチし、NASA管制センターから交信担当者の若田光一氏が支援する様子を見た子どもたちに、宇宙がよりリアルにそしてより身近に感じられたのではないだろうか。子どもたちは未来に生きるのだから、大きな夢を与え託すことは大人の責務だ。

朝日新聞の記事「日本チーム、こうのとりドッキング成功『感慨深い』」(8/25)は、今回のミッションに日本チームが関わっていることについて次のように報じている。(抜粋)
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・こうのとりは19日、鹿児島県の種子島宇宙センターからH2Bロケットで打ち上げられた。24日午後7時29分、ISSに滞在中の油井亀美也宇宙飛行士が操作するロボットアームでキャッチされ、ドッキングに向けて金具による固定や電源の接続などの作業を進めていた。

・キャッチは米ヒューストンの米航空宇宙局(NASA)の管制センターから若田光一さんが支援。筑波宇宙センターからこうのとりの管制にあたったJAXAの松浦真弓リードフライトディレクターは「日本チームで成功できたのは感慨深い。日本人同士通じるものがあり、やりやすかった」と語った。
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8/24 : ISSのロボットアーム(SSRMS)による宇宙ステーション補給機「こうのとり」5号機の把持ライブ中継 =録画
- 映像の時間35分40秒頃から 油井氏、若田両氏の日本語談話が聞こえる。
(Youtubeに登録のJaxa映像)

2018年9月28日金曜日

宇宙ステーション補給機「こうのとり」、ISSと結合

宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV7)が、国際宇宙ステーション(ISS)と無事結合したと、時事通信の記事「こうのとり、ISSにドッキング=11月に小型カプセル回収-JAXA」(9/28)は次のように報じた。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

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日本の無人補給機「こうのとり」7号機が28日午前3時すぎ、国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングを完了した。同4時40分ごろにはISSとの間のハッチが開かれ、滞在中の宇宙飛行士が中に入った。
・今後、運んできた日本製大型リチウムイオン電池(電力システムのアップグレード)のISSへの取り付けや、貨物の運び込みなどを行い、11月上旬ごろISSから分離する。大気圏再突入の際、実験試料を収めた小型回収カプセル*が「こうのとり」から切り離され、南鳥島近海に着水。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が船で回収する
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(*) 「カプセル」のサイズ: 時事通信(9/23)によれば、「小型回収カプセルは直径約84センチ、高さ66センチの円すいに似た形状。内部にタイガー魔法瓶が開発した真空二重容器(容積30リットル)」とのこと。

宇宙ステーション補給機「こうのとり」は、ISS乗組員のために5トン以上の物資を補給するわけで、その規模から、いろいろ夢想してしまう。「こうのとり」に秘かに乗って、ISSへ密航できないかと空想した子どもも多いことだろう。


(Youtubeに登録のFNN.jpプライムオンラインに感謝)

2011年1月28日金曜日

こうのとり ISSドッキング

毎日jpの記事「こうのとり:ISS結合へ ロボットアームで慎重作業」(最終更新1月27日23時08分)によれば、JAXA宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)は、次のように国際宇宙ステーション(ISS)に接続したと報じた。
・今月22日、H2Bロケットで鹿児島県種子島から打ち上げられた。
・27日午後6時50分ごろ、ISSの真下約250メートルに到着。
・同8時41分、ISS乗組員が備え付けのロボットアームで捕捉。
・28日午前0時半ごろ、ISSの第2結合部「ハーモニー」にボルトで接続を完了。(予定)
・同4時ごろ、結合作業をすべて終了。(予定)

(追記)
毎日jpの記事「こうのとり:ISSへの結合完了…乗組員が入室」(最終更新1月28日10時35分)より。
・27日午後11時51分、ISS第2結合部に接続。
・28日午前3時43分、結合を完了。
・同午前5時47分、ISS乗組員がこうのとり2号に入室。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

「こうのとり」が無事使命を果たすよう願った。こうのとりが運んできてくれた孫娘のこれからの無事誕生の願いと重ねた。きっと何かの縁があるに違いない。

(付記)
夕方の新大久保に行く。相変わらずの人混みだが、時間帯から若い人が多く見える。それに、街を楽しんでいる二人連れが目に付いた。金曜の夜でもあるし、女性の関心に付いて来ているとしか思えないが、男は大変である。

2015年8月19日水曜日

「こうのとり」5号機

油井亀美也・宇宙飛行士が搭乗している「国際宇宙ステーション(ISS)」の元へ、当初8/16に予定していた「宇宙ステーション補給機(HTV、愛称:こうのとり)」5号機が今晩打ち上げられた。最近、各国の物資補給機が民営化の流れで行なわれ、不調なのが気になる中でのこと。

(本ブログ関連:”油井亀美也・宇宙飛行士”、”こうのとり”)

毎日新聞の記事「こうのとり:H2Bロケットで打ち上げ成功 JAXA」(8/19、斎藤広子記者)は、次のように報じている(抜粋)。また、解説記事でコスト削減について触れている。
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・三菱重工業と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は19日午後8時50分、国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を運ぶ無人補給機「こうのとり」5号機を搭載したH2Bロケット5号機を鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げた。約15分後、こうのとり5号機は予定通り地球周回軌道に投入され、打ち上げは成功した。

・JAXAによると、こうのとり5号機は24日にISSに到着し、滞在中の油井亀美也・宇宙飛行士(45)がロボットアームを使ってISSに結合させる予定。若田光一・宇宙飛行士(52)がNASAの交信担当者として結合作業を支援する。

・H2Bは、こうのとり打ち上げを主目的に、主力ロケットH2Aを改良してJAXAと三菱重工業が共同開発。2009年の1号機以降、5回連続の打ち上げ成功となった。H2Aと合わせた成功率は97%(33回中32回成功)となった。今回の事業費総額は約360億円。
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参考) 打ち上げ映像: 始めの10分は飛ばしてください。打ち上げ(Lift off)は、1:00あたりからで・・・。

(参考) 成27年度 全国小・中学生 作文絵画コンテスト 作品大募集、油井宇宙飛行士からのメッセージ
(Youtubeに登録のJAXAに感謝)

2015年8月20日木曜日

「こうのとり」5号(続)

昨晩(19日)打ち上げた、「こうのとり」の経過について、sorae.jpの記事「『こうのとり』5号機、初期高度調整軌道制御を完了 順調に飛行中」(8/20)は次のように報じている。(抜粋)

無人飛行のためだろう、国際宇宙ステーションに着いてから宇宙飛行士の入室まで結構時間がかかるものだ。昨日の毎日新聞記事のように、「滞在中の油井亀美也・宇宙飛行士(45)がロボットアームを使ってISSに結合させる予定。若田光一・宇宙飛行士(52)がNASAの交信担当者として結合作業を支援する」ことになるそうだ。
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・宇宙航空研究開発機構(JAXA)は8月21日朝、「こうのとり」5号機にとって最初の軌道修正(初期高度調整軌道制御)が完了したと発表した。24日の国際宇宙ステーション(ISS)到着に向けて、順調に飛行を続けている。

・「こうのとり」5号機は2015年8月19日20時50分49秒、H-IIBロケットによって種子島宇宙センターから打ち上げられた。ロケットは順調に飛行し、打ち上げから15分後に「こうのとり」が分離され、予定通りの軌道に入った。

・その後、機器の立ち上げなどにも成功し、8月21日4時25分に最初の軌道修正となる初期高度調整軌道制御が完了したことが確認された。

・今後、23日2時55分ごろに第1回軌道修正を、24日12時7分ごろに第2回軌道修正を、そして同日15時12分ごろに第3回軌道修正を行い、徐々にISSへと近づいていく。

・そして8月24日の夜にISSのすぐそばにまで接近し、19時55分ごろにISSのロボット・アームによって把持(キャプチャー)される。その後、25日0時30分ごろに、固定金具を使ってISSに取り付けられ、3時ごろに「こうのとり」の与圧キャリアにある圧変電器(DDCU)の起動完了をもって、「結合完了」となる。与圧キャリア内への宇宙飛行士の入室は25日に予定されている。
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2019年9月28日土曜日

「こうのとり」(8号機)無事ISSに到着

25日午前1時5分に「種子島宇宙センター」から「H-IIBロケット」(8号機)により打ち上げられた、宇宙ステーション補給機こうのとり(HTV*)」(8号機)は、今晩(8時13分)「国際宇宙ステーション(ISS)」に到着し、無事キャプチャー(把持)された。キャプチャー コンプリート!
(*)HTV: H-II Transfer Vehicle

昨年末(2018/12/1)、「JAXA筑波宇宙センター」の一般公開展示の「こうのとり」(実機モデル)を見学して、その余りの大きさに驚嘆した。積載重量(ペイロード)は、最大約6.0tといわれている。なるほど、打ち上げに「H2Bロケット」を要するのも素人ながら・・・感覚的でしかないが納得した。しかも、宇宙で微妙に航行(移動)制御できるという実は凄い能力を持っている。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

日本経済新聞(共同通信)の記事「こうのとり 8号機、宇宙ステーションに到着」**(9/28 22:05)によれば、ISS側ロボットアームにより把持されたと次のように報じている。
(**)記事: https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50359790Y9A920C1CZ8000/
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・高度約400キロの「国際宇宙ステーション(ISS)」に物資を運ぶ「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」の無人補給機「こうのとり」8号機が28日午後8時13分、ステーションに到着した。滞在中の宇宙飛行士がロボットアームを操作しキャッチした。これまで連続8回の輸送に成功したことになる

[写真](国際宇宙ステーションに到着した「こうのとり」8号機。左下からステーションのロボットアームが伸びている=NASA提供・共同)

・補給機は鹿児島県の種子島宇宙センターから25日に打ち上げられ、JAXA筑波宇宙センターの制御で徐々に高度を上げた。最後にはISSと同じ速度で飛行することで速度差をなくし、約10メートルの距離まで接近。長さ17.6メートルのロボットアームが補給機をつかんだ。

・補給機は食料品やバッテリー、実験装置など約5.3トンの物資を搭載。ステーションに取り付けた後、飛行士が荷物を搬出する。
〔共同〕
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(把持の模様は、Youtube映像の29分ごろ)

(Youtubeに登録のJAXA | 宇宙航空研究開発機構に感謝)


(付記) ラグビーWカップ
日本が、優勝候補のアイルランドを19対12で破った。にわかファンにもなれない素人にとって、凄いと思うし、凄いことなのだろうと推測する。これから、テレビ解説を聞いてその凄さを理解しよう。

2018年9月23日日曜日

秋分の日 2018

スーパーの食料品売り場に、パック入りのおはぎ、串団子などがずらりと並び積まれていた。今日は祝日、昼と夜の長さが(ほぼ)同じになる「秋分の日」だ。彼岸の中日であり、この時期おはぎが供物となり食べられる。祝日にふさわしく、朝から晴れて温暖、過ごしやすい一日だった。

(本ブログ関連:”秋分の日”)

ところで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)「こうのとり」について、今日の日付に変わった「2時52分27秒、種子島宇宙センターから宇宙ステーション補給機『こうのとり』7号機を搭載したH-IIBロケット7号機を打ち上げました。ロケットは正常に飛行し、打ち上げから約14分59秒後(高度約290km)に『こうのとり』7号機を正常に分離した事を確認しました。」と発表された。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

・朝日新聞の記事「H2Bロケット打ち上げ成功 兄弟機とあわせ40回連続」(9/23)は、「H2Bは、全長56.6メートル、重さ531トンで、国産最大のロケット。2009年の1号機以降、今回を含めて7回全ての打ち上げに成功している。兄弟機のH2Aと合わせると、2005年から40回連続の成功となる。」と報じている。(抜粋)

・毎日新聞の記事「JAXA 『こうのとり』打ち上げ成功 ISS(国際宇宙ステーション)に物資輸送」(9/23)は、「こうのとりはISSに滞在する宇宙飛行士の生活物資や実験装置を運ぶ。約6トンの輸送量は現役では世界最大今回は初めて実験試料を地球に持ち帰るための小型カプセル真空断熱容器(容量約30リットル))を搭載しており、ISSに物資を届けた後、カプセルに試料を入れて大気圏に突入させる実験を予定している。」と報じている。(抜粋)

(凄い映像、H2Bロケット第一段に付いた固体ロケットブースター (SRB-A) の分離も見えるよ!)

(Youtubeに登録のTane Solaたねそらに感謝)

付記
テレビ番組「情熱大陸」に、ボランティアの尾畠春夫さんが紹介された。尾畠さんの生き方、言葉に感銘し、けじめのつけ方に庶民として共感する。

2018年12月1日土曜日

JAXA筑波宇宙センター(ツアー1日目)

今日から2日間出かける。今日は「JAXA筑波宇宙センター」、明日は「百里基地 航空祭」を見学の予定。電車を乗り継いで行けない距離でないが、バスツアーによるお任せ小旅行であり気楽に巡りたい。

感想は明日(12/2)帰宅後に追記したい。

(以降、12/2に追記)
というわけで、初日(12/1)に訪問した、筑波学園研究都市にある「JAXA筑波宇宙センター」の見学について追記する。といっても、一般公開の展示物をざっと見る限りだが・・・それにしても驚いた。

展示物「こうのとり」
テレビ画面や、PCのYoutube画面の中で納得していた勝手なイメージが破られた思い。展示館に置かれた人工衛星、実験棟、輸送機器などが、今まで想定していたサイズと全くの大違いだった。

「国際宇宙ステーション(ISS)」との物資補給をした、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)「こうのとり」の展示物に近寄ったとき、初めは気付かなかったほど巨大なサイズだ。頑丈そうな構造物(試験モデル)を見上げて考えた、もしかしたら「こうのとり」ではと・・・。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

そのとき、展示館の見学ツアーに行き合わせて、そばで聞かせていただいた。解説者が「こうのとり」をさしながら、< このサイズのものをフェアリング部に収納する「HⅡBロケット」の大きさが想像できますね > と解説された。なるほど、トン(t)クラスの搭載物を運ぶ「HⅡBロケット」の圧倒的なスケールにも、合わせて実感した気がした。重力を超えて飛び上がることを考えれば、「こうのとり」が頑丈に見えても当然という次第。

外部広場には、HⅡBの前世代であるが、「HⅡ」ロケットの実機も展示されている。また後継の「HⅢ」ロケットの登場も待ち遠しい。

そうそう、小市民らしいお土産も買った。

2016年12月13日火曜日

雪やこんこん

子どものころ、辺りを真っ白に一変する雪降りが楽しかった。積もった雪の感蝕も新鮮だし、握れば雪球になって雪合戦、畑に積もった雪原にばったり倒れれば人型ができる。変幻自在の雪景色にまぎれて、いつのころまで遊んでいたろうか。

もっと幼いころ、雪降りにどんな驚きをしたのだろうか。空から真っ白な塊りが降ってくるのだから・・・とはいえ、そんなとき家から外に出させてもらえないので、灰色の空を見あげたかどうか。残念ながら雪降りの興奮は忘れている。

童謡「」(作詞者、作曲者共不詳)は、Wikipediaによれば、1911年(明治44年)の「尋常小学唱歌(二)」が初出だそうで、思ったより古い。軽いテンポのこの曲を聞けば、雪に飛び跳ねたのは犬だけでなく、子どもだって大いに雪に戯れたことを思い出す。


(Youtubeに登録の「ゆめあるチャンネル」に感謝)


(付記)
朝日新聞デジタルの記事、「『こうのとり』、ISSに到着 14日未明にドッキング」(12/13、山崎啓介記者)によれば、12/9にH-IIBロケット6号機で打ち上げられた「宇宙ステーション補給機 こうのとり」6号機は国際宇宙ステーション(ISS)と無事ドッキングしたと次のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”こうのとり”)
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・日本の無人補給船「こうのとり」が日本時間13日午後7時半ごろ、国際宇宙ステーション(ISS)に到着した。ISSにいる米航空宇宙局の飛行士がロボットアームを操作してキャッチした。14日未明にドッキングし、その後、食料や水などが運びこまれる予定。

・宇宙航空研究開発機構によると、1月末ごろにISS内のゴミを載せて離脱。大気圏に再突入し、燃え尽きる予定という。
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⇒ JAXA映像 ”「こうのとり」6号機キャプチャ(把持)ライブ中継

2025年10月26日日曜日

新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)打ち上げ・軌道投入、(地震)

(午前中雨のため、横浜での観察会中止)

日本から、ISS(国際宇宙ステーション)へ物資を送り届ける宇宙ステーション補給機が第2世代に入った。
第1世代は、2009年から2020年まで7度の運搬を担ったこうのとり」だ。その後継として、第2世代の「新型宇宙ステーション補給機」(HTV-X)*の1号機が、今朝9時00分15秒に種子島宇宙センターからH3ロケット**で打ち上げられ、無事軌道に投入された。
(*)新型宇宙ステーション補給機の愛称の募集はないそうだ。(Wikipedia)
(**)H3ロケットに付いた補助ロケットの固体ロケットブースター(SRB-3)が、2本から今回4本になった。

(本ブログ関連:”無人補給機:こうのとり”)

H3ロケットは実績を積み、新型宇宙ステーション補給機は商用化の射程***に入っているとのこと、頼もしい限り。(Wikipedia)
(***)ISS滞在の宇宙飛行士 油井亀美也さんは、30日午前1時前に、新型補給機をロボットアームでキャッチする。

■ JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構) プレスリリース
「H3ロケット7号機による新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)の 打上げ結果
2025年(令和7年)10月26日」
    ー https://www.jaxa.jp/press/2025/10/20251026-1_j.html
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宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、種子島宇宙センターから2025年10月26日9時00分15秒(日本標準時、24時間表記)に、H3ロケット7号機による新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)の打上げを行いました。
ロケットは計画どおり飛行し、<打上げ>から約14分4秒後にHTV-X1を正常に<分離>し、軌道に<投入>したことを確認いたしました。 今回の打上げ実施にご協力頂きました関係各方面に深甚の謝意を表します。
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■ Gemini
補給機の新旧比較(抜粋)

JAXAの宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)と、その後継機である新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)の主なサイズや重量などの違いについてまとめ。

比較項目こうのとり(HTV)HTV-X(新型)違い(HTV-Xの優位点)
打上げ時重量約16.5トン約16.0トンほぼ同等だが、HTV-Xの方がわずかに
軽量化
全長約9.8メートル約8メートルHTV-Xの方が短い(モジュール構成
の変更などによる)
直径約4.4メートル約4.4メートル変化なし
貨物搭載能力
(質量)
約4トン(棚の重
さ2トンを除く)
約5.82トン~5.85トン約1.5倍(45%増)に増加
貨物搭載能力
(容積)
49立方メートル78立方メートル約1.6倍(60%増)に増加
■ Youtube(登録: テレ東BIZ)
「JAXA 種子島宇宙センターから新型無人補給機をH3ロケット7号機に乗せ打ち上げ」(2025/10/26)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=UNYmbnRNXcs



(付記)
地震情報
午後(2025/10/26 12:04)、地震を感じた。体感で、震度2の強めかと思ったが気象庁の地震情報では、震度1だった。それほど弱いと思わなかったのだが・・・。

震源は栃木県北部(北緯36.6度、東経139.4度)、マグニチュード 4.7、深さ 10kmだった。
    ー 日光市は震度 4だった。

2012年7月21日土曜日

こうのとり3号

日本経済新聞の記事「H2B打ち上げ成功 星出さんの宇宙基地に機材」(7/21)は、無人輸送機(HTV)「こうのとり3号」が打ち上げられたと次のように報じている。先日、「こうのとり」の実機がTVで放映されたが、「『こうのとり』は直径約4m、全長10m弱、観光バスが収まる大きさ」(JAXA)に驚いた。未来が楽しみだ。

・宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業は21日午前11時6分、種子島宇宙センター(鹿児島県)から国産大型ロケット「H2B」3号機を打ち上げた。国際宇宙ステーション(ISS)に実験機材や超小型衛星などを運ぶために搭載していた無人輸送機「HTV(愛称・こうのとり)」3号機を約15分後に予定の軌道に投入し、打ち上げは成功した。

・ISSでは7月中旬から星出彰彦さんらが長期滞在を始めており、27日夜にもロボットアームを操作して接近してきたHTVをつかむ。日本人飛行士が国産輸送機を宇宙で出迎えるのは初めて。

(付記)
ところで本当なら今日、日本未来科学館に行って、研究棟ツアー「細胞の中でまわる酵素~ATP合成制御プロジェクト」を聴いてみようかと思っていたが・・・行きそびれてしまった。内容は、科学技術振興機構がYoutubeに登録しているようなものだろうか。残念。

2018年10月5日金曜日

ISSへの贈り物、「こうのとり」7号機搭載の生鮮食品

野菜や果物が成長するのに必要なものに、教科書風に、水、太陽光、炭酸ガスがあげられる。実践的には、肥料や温度管理などを含めてこまやかな調整が求められるが、炭酸ガスについては制御対象でない。野菜や果物の組織を作る有機物は、炭酸ガスのおかげなんだけど・・・。普段、当り前過ぎて何とも思わないけれど、畑地などで野菜や果物があんなに大きくなって、実を膨らますのを見て、はたと炭酸ガスのおかげを合点する。

海沿いの広い敷地に巨大な化学コンビナートがあるのに比べて、野菜や果物は小さなエネルギーで、あれほどのものを合成する、そんな有機反応に驚く。自然は互いにうまく融通して、身の丈にあった物質とエネルギーを循環している。人は古来それを知って、自然に生命に感謝してきたと思う。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、国際宇宙ステーション(ISS)に「こうのとり」7号が新鮮な野菜と果物を運んだと、ニュースリリース「『こうのとり』7号機に搭載した生鮮食品について」(平成30年(2018年)10月4日)で次のように発表した。(抜粋)
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・9月23日に打ち上げ、28日に国際宇宙ステーション(ISS)に結合した「こうのとり」7号機によって、以下の生鮮食品をISSに搭乗する宇宙飛行士へ届けましたので、お知らせいたします。
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ISSの乗務員から、「アリガトウ」の言葉とともに日本の自然災害への気遣いもあった。さっそく新鮮な野菜を使って「チーズバーガー・ナイト」を開いたそうだ。そう、野菜や果物は人を幸せにしてくれると、次のYoutube映像を見て思い、納得した。


(Youtubeに登録のJAXA | 宇宙航空研究開発機構に感謝)

2020年1月8日水曜日

地球の土の感覚や匂いを感じさせる青果

きょうの都心の最高気温を天気予報では15℃としていたが、実際は7.6℃(15:08)だった。予報の半分でしかない。10℃以下だったので寒いはず・・・なのに予報を信じて、穏やかな感じすらしていた。予報が外れただけでない、体感も大外れした。「心頭を滅却すれば火もまた涼し」ではないが、信じ込んでしまうと平気で勘違いしてしまう。

今年最初の健康体操に出かけて、正月で鈍った体を解きほぐす。首筋を回転すれば軋むよう・・・体のどの部分も同じこと。するとインストラクターから、リンパの流れが良くなりますといわれて、その気になって頑張る。まるで潤滑油が浸透するよう。

いい気分で帰宅して、暖かいストーブの前に座るとますます心地よい。毎度のことだが運動疲れを癒してか転寝してしまう。

きのう(1/7)のブログに「春の七草」について触れたが、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の「ファン!ファン!JAXA!」のweb版「JAXA’s」79号の記事「宇宙の視座でものを見る / 宇宙食編  日本の味が、宇宙開発を支える」は、「こうのとり」7号がISS(国際宇宙ステーション)へ生鮮食品を運んだときの関係者(須永、佐野両氏)の座談を次の通り紹介している。「地球の土の感覚や匂いを感じさせる青果は、宇宙飛行士の活力につながります」という語りに、きっとそうだろうなと思わず納得してしまう。
以前、ISS乗務員にとって、新鮮な野菜や果物がどんなに感動ものか、本ブログ(2018年10月5日)に記したことがある。

(本ブログ関連:”こうのとり”)
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須永: 地球の土の感覚や匂いを感じさせる青果は、宇宙飛行士の活力につながります。日本からも、種子島宇宙センターから打ち上げる宇宙ステーション補給船「こうのとり」が、これまでりんごみかんなどの柑橘類ぶどうマスカットたまねぎパプリカなど、様々な生鮮食品を届けています。生鮮食品は各国の補給船が打ち上げられるタイミングで搭載されます。搭載の条件は、生で食べられるもの、ISSに到着するまでを模擬した環境下で4週間以上保存がきくものなどがあります。

佐野: なかでもたまねぎは、宇宙飛行士に人気ですね。ごみを減らす為に表面の茶色い皮は剥いた状態でISSに届けるのですが、調味料も使わず生のままかじりつく宇宙飛行士も多いです。地上ではあまりない光景ですけど、宇宙では滅多に食べることができない生鮮食品ですから、かじりたくなるようなんです(笑)。
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2016年3月16日水曜日

油井亀美也宇宙飛行士報告会

今晩、水道橋の東京ドームシティホールで、油井 亀美也(ゆい きみや)宇宙飛行士の報告会(「油井亀美也宇宙飛行士 国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在ミッション報告会 ~チームジャパンで挑んだ142日間の軌跡~」が開催された。久し振りに、後楽園(東京ドーム)に出かけた。

(本ブログ関連:”油井亀美也宇宙飛行士”、”ISS(国際宇宙ステーション)”)

昨年(2015年)7月23日~12月11日の142日間、ISS調査44次/45次に参加した、油井亀美也宇宙飛行士の話しを聞くことができた。会場は、2,000名を越える聴衆でいっぱいだった。トークセッションの場で、司会役(モデレーター)が、会場に世代をたずねたところ、20~30代が中心で、次が10代だった。念のために、10代以下もいますか問えば、ハ~イという可愛い声も反応した。また、クロージングで、JAXAの方から、来場者は女性が多かった(60%ほど)こと、インタネットライブ中継の視聴者が13,000名を越えることが紹介された。

さて、油井亀美也宇宙飛行士について。農家に生まれ、のんびりたした家風に育ったようで、普段から慌てることはなかったが、ISSに接近した「こうのとり」5号の把持の際に緊張したそうだ。冷静な宇宙飛行士でも。また、ISS内での生活で、毛細管現象を利用したコーヒーを飲んだことから、味わうことの他に香りの大切さに気付いたという。そのほか、いろいろな経験(地上とのTwitterl交換、写真撮影=台風の目など)を語られた。

(本ブログ関連:”「こうのとり」5号”、”こうのとり”)

ところで、油井氏は宙飛行士を受験する以前、航空自衛隊でテストパイロットをしていたときも、宇宙の夢を忘れがたかったところ、奥さんがそれを察して、肩を押してくれたという。そのことも含めて、言葉を飾ることなく、奥さんへの感謝が語られた。また女性の人気をあげたと思ったりした。

会場に、親に連れられた子どもたちが多数目についた。この子たちの頭上に、未来のランプが点いている。未来は明るい。


(追記)
・日米政府間で、ISS(国際宇宙ステーション)の2024年まで運用延長が決定されている。
・油井亀美也宇宙飛行士に続いて、① 航空会社(ANA)出身の大西卓哉(おおにしたくや)宇宙飛行士が、2013年11月の第48/49次の、② 海上自衛隊医官出身の金井宣茂(かないのりしげ)宇宙飛行士が、2015年8月の第54次/55次のISS長期滞在搭乗員に決定されている。

(追記)
上記「油井亀美也宇宙飛行士報告会」のもようがYoutubeに登録された。
(Youtubeに登録のelectに感謝)

2019年7月6日土曜日

(情報)「きぼう」・「こうのとり」10周年記念公開シンポジウム

宇宙航空研究開発機構(JAXA)のサイトに、「国際宇宙ステーション」に関わる日本側の取り組みについて、次の通りシンポジウム「『きぼう』・『こうのとり』10周年記念公開シンポジウム開催のお知らせ(仮題)」の開催案内(最終更新日:2019年5月10日)が載っていたので記す。
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2019年7月19日に、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟完成10周年、そして同年9月11日に、「こうのとり」初号機打ち上げ10周年を迎えます。これを記念して、この夏JAXAでは、「きぼう」・「こうのとり」について、皆様に様々な情報をお届けすると共に、皆様にご参加いただける記念シンポジウムを開催します!
日時        2019年8月30日(金) 19時~21時(予定)
・場所 ヒューリックホール東京 (東京都千代田区有楽町2丁目5-1 有楽町マリオン11階)
                (アクセス) JR山手線「有楽町駅」(中央口・銀座口)より徒歩3分
                                   http://hulic-theater.com/access/
・定員 900名程度
募集       開始: 7月中旬(予定)
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詳細は7月中旬に発表とのことだが、一般向け内容と思うので聴いてみたい。

2025年10月30日木曜日

新型補給機「HTV-X」ISSと接続に成功

JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)は、先日(10/26)打ち上げた、新型補給機「HTV-X」と、ISS(国際宇宙ステーション)との接続に成功したと、次のようにニュースリリースした。これまでの HTV(こうのとり)の7回に合わせて、今回の新型 HTV-X の初回成功で、8回目の補給運搬になる。
新旧のサイズは変わらないが、以前「つくば宇宙センター(博物館)」で「こうのとり」を見たとき、路線バス並みの大きさに感心したことがある。

(本ブログ関連:”HTV: HTVとHTV-X”、 ”油井宇宙飛行士”、”こうのとり”)

■ JAXA
「新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)の国際宇宙ステーションとの結合」(
2025年(令和7年)10月30日)
    ー https://www.jaxa.jp/press/2025/10/20251030-1_j.html
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 新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)は、国際宇宙ステーション(ISS)に向けて最終接近を実施した後、10月30日0時58分(日本時間)にISSロボットアームにより把持されました。その後、10月30日20時10分(日本時間)にISSとの結合作業完了しました。なお、ISSロボットアームの操作は、地上管制と連携のもと、ISS長期滞在中の油井宇宙飛行士が担当しました。

 今後は、船外及び船内貨物がISSへ順次移送される予定です。
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2018年11月11日日曜日

魔法瓶が降りてきた:小型回収カプセル(HSRC)

地上400Kmを回っている「国際宇宙ステーション(ISS)」と、「約6トンという世界最大の補給能力」を持つ、JAXAの宇宙ステーション補給機「こうのとり 7号(HTV7)」が、9/28に接続した。約41日間の係留後、11/8に分離、本日の11/11に大気圏再突入して使命を完了した。その際、同補給から「小型回収カプセル(HSRC)」が放たれ、南鳥島周辺の太平洋上に着水し回収されたという。

(本ブログ関連:”こうのとり 7号”)

小型回収カプセルは、タイガー魔法瓶が開発した真空二重容器で、まさに魔法瓶メーカーのお手の物だ。その詳細は、産経新聞(11/11)の記事に「カプセルはISSの日本実験棟『きぼう』で作成されたタンパク質の結晶と金属酸化物の試料計約1キロを収納した。円錐(えんすい)に近い形状で直径84センチ、高さ66センチ。試料の鮮度を維持するため、内部を4度に保つ保冷剤が入っている。」と記されている。

(本ブログ関連:”タイガー魔法瓶”)

また、再突入に当っては、「今回のカプセルはエンジンを噴射して姿勢を制御しながら減速し、試料への衝撃を和らげながら降下できる。」(11/11)とのこと。

カプセルというより魔法瓶がといった方が馴染みやすいのだが、それを前面に出したニュース記事タイトルは見当たらない*。でも、開発会社がタイガー魔法瓶と聞いて以来、なんだか空から魔法瓶が降りて来る気がしてならない。

(* )追記:おっとっと、ありました !!
FNN Primeの記事「“究極の魔法瓶”地球に帰還 米ロに続く3カ国目の技術」11/11に関連の動画像が掲載されている。

2017年7月1日土曜日

「賽の河原地蔵和讃」

スーパーの商品棚は、幼い子どもにとって、高く平行に並ぶ、視線をさえぎる迷路の壁かもしれない。だから、こんな光景を目にする。親から離れたのはいいが、急に心配になって、「お母さん、どこ?」と呼びかける。すると、棚の向こうから、母親が「は~い」と応える。これがなんとも微笑ましい。子どもの心の中で、母親との距離はどうなっているのか想像し、きっと一時も離れられない距離なんだろうと合点する。

子どもが親の手をほどいて離れるのはいつ頃か、親の手前を走っては振り返り確認するのはいつまでか考えるだけでも楽しい。わが子の経験で、それがいつだったか、すっかり忘れているからこそ、懐かしく気になる。

ところで、我が子に対する親の慈しみについて何度か触れたことに、40万年前から2万年前まで存在したネアンデルタール人が幼くして亡くした子を「埋葬」したと思われる跡がある。その証拠に、何かにくるまれたらしい子の周りから花粉が発見されている。宗教以前の、共感できる素朴な感情の発露だ。美しい花に囲んで送り出したいという想いの痕跡だろう。子を亡くした親の悲しみはいかばかり、忘れないために墓はそのように作られたに違いない。

幼くして死んだ子どもたちが、「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため・・・」と石積みをうたう「地蔵和讃」がある。賽の河原で石を積みあげては、鬼にそれを崩されて、また繰り返す。この「和讃」は、幼子があの世との境で、哀れに苦しんでいるのではないかと嘆く親の悲しみを癒し、救いを与えるもののようだ。不思議なことに、仏教界で正式なものでなく、むしろ民間信仰に近い要素を持つという。

「地蔵和讃」はバリエーションが多様で、ここでは「国立国会図書館」収蔵のデジタル古書「西院河原地蔵和讃」(1884年《明17年9月》、出版社:別宮又四郎(出版地:石川県小松町))で見ることにする。 庶民が手にした15cmの小さな和装古書だ。


「サイノカワラヂゾウワサン」(「賽の河原の地蔵和讃」)
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コレハコノヨノコトナラズ。シデノヤマジノスソノナル、サイノカワラノモノガタリ。
キクニツケテモアワレナリ。二ツヤ三ツヤ四ツ五ツ。十ニモタラヌミドリ子ガ、サイノカワラニアツマリテチヽコヒシハヽコヒシ。コヒシコヒシトナクコエハコノヨノコエトハコトカワリ、カナシサホネミヲトオスナリカミノミドリコノシヨサトシテ、カハラノイシヲトリアツメ、コレニテエカフノトウヲクム。一ジウクンデハチヽノタメ、ニジュウクンデハハヽノタメ、三ジュウクンデハ フルサトノ、・・・
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昔、貧しい時代の庶民が理解できたカタカナ文字による「賽の河原の地蔵和讃」は、ご詠歌のように詠まれたのだろう。現代人には読み続けるのが辛い。そこで、仏教雑誌「大法輪」(2016年7月号)掲載の「特集 仏教と世界の《地獄事典》」の中から、「『賽の河原地蔵和讃』現代語訳と解説」(花岡博芳 熊谷市・松岩寺住職)に紹介された漢字混じり文を少々長いが転載させていただく。
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これはこの世のことならず
死出(しで)の山路の裾野なる
さいの河原の物語
聞くにつけても哀れなり
二つや三つや四つ五つ
十にも足らぬおさなごが
父恋し母恋し
恋し恋しと泣く声は
この世の声とは事変わり
悲しさ骨身を通すなり

かのみどりごの所作として
河原の石をとり集め
これにて回向(えこう)の塔を組む
一重(いちじゅう)組んでは父のため
二重組んでは母のため
三重組んではふるさとの
兄弟我身と回向して
昼は独りで遊べども
日も入り相いのその頃は
地獄の鬼が現れて
やれ汝らは何をする

娑婆(しゃば)に残りし父母(ちちはは)は
追善供養の勤めなく
(ただ明け暮れの嘆きには)
(酷(こく)や可哀(かあい)や不憫(ふびん)やと)
親の嘆きは汝らの
苦患(くげん)を受くる種となる
我を恨むる事なかれと
くろがねの棒をのべ
積みたる塔を押し崩す

その時能化(のうけ)の地蔵尊
ゆるぎ出させたまいつつ
汝ら命短くて
冥土(めいど)の旅に来るなり
娑婆と冥土はほど遠し
我を冥土の父母と
思うて明け暮れ頼めよと
幼き者を御衣(おころも)の
もすその内にかき入れて
哀れみたまうぞ有難き
いまだ歩まぬみどりごを
錫杖(しゃくじょう)の柄(え)に取り付かせ
忍辱(にんにく)慈悲の御肌(みはだ)へに
いだきかかえなでさすり
哀れみたまうぞ有難き
南無延命地蔵大菩薩
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解説によると、お地蔵様は、「『あの世』の入り口で、行き先をしめす神」である「道祖神」の化身でもあり、特別の意味を持つ。「賽の河原の地蔵和讃」は、今も心奥深く流れるものを浮きあがらせ、それを遡上する誘惑にかられる。私たちの心情は、その水脈を通じて古としっかりと結びついている。

辻角に見るお地蔵様は、呼べば応えてくれる存在だ。幼子がふと気付いて母親を確認するように、宗教的な環境と離れて、日常、暖かく見守ってくれる存在だ。日本人の琴線でもある。

2015年11月27日金曜日

仙人の心変り

季節が巡り、ようやく訪れた春に思いをあらたにするものだ。薄田泣菫は和やかな春に接して、掌編「春の賦」の後半に、次のような話しを紹介している。念願の仙人修行を成就したものの、一瞬の<ちょっとした>心変りした男を省察する。

中国のいつの時代だったか、馬明生は仙術の不老不死と飛翔にあこがれ、第一人者の安期生に弟子入りする。修業の後、「金液神丹方」を伝授される。この「神丹」を飲めば、不老不死となり、鳥のように空を飛べるというのだ。そこで、華陰山の山深く入り、教えられた秘法で仙薬を錬り、できあがった薬をてのひらに載せて、ほがらかな微笑さえも浮べて言った。
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  「わしは、今これを服そうとしているのだ。次の瞬間には、わしの身体は鸛(こうのとり)のように、ふわりと空高く舞ひ揚ることができるのだ。大地よ。お前とは久しい間の……」
 彼はこういつて、最後の一瞥を長い間の昵懇(なじみ)だった大地の上に投げた。
 その一刹那、彼の心は変った。彼は掌面に盛っていた仙薬の全分量の半分だけを一息にぐっと嚥み下したかと思うと、残った半分を惜し気もなくそこらにぶち撒けてしまった。
 飛仙となって、羽ばたきの音けたたましく大空を翔けめぐるべきはずだった馬明生の体は、見る見るうちに傴僂(せむし)のように折れ曲って、やがて小さな地仙*となってしまった。
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(* 地仙: 超越して飛翔できる天仙に対する、位の下る地上の仙人)

泣菫は、馬明生の一刹那の行動について、「彼の心変りも、詮じ詰めると、(時季がちようど春だったから感じる)そんなちよっとした理由にもとづくものではなかったろうか。/世の中にはよくそんなことがあるものだ。」と語る。

冬に枯れた心に、春は生命力を吹き込む。そんな自然を感応したとき、仙人の境界を知り、それを越えることに躊躇したのだろう。そうであるからこそ、人はより自然に引き寄せられる。わが身がどうであれ、地上の風景とともにあることを選んだのかもしれない。

(本ブログ関連:”仙人”)

2020年8月30日日曜日

(資料)2015年4月「米国連邦議会上下両院合同会議における安倍総理大臣演説」

米国連邦議会上下両院合同会議における 安倍総理大臣の演説
「希望の同盟へ」(2015年4月29日(米国東部時間))
(外務省: https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_001149.html )
(英語版: https://www.mofa.go.jp/na/na1/us/page4e_000241.html )

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はじめに

 議長、副大統領、上院議員、下院議員の皆様、ゲストと、すべての皆様、
 1957年6月、日本の総理大臣としてこの演台に立った私の祖父、岸信介は、次のように述べて演説を始めました。
 「日本が、世界の自由主義国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」。
 以来58年、このたびは上下両院合同会議に日本国総理として初めてお話する機会を与えられましたことを、光栄に存じます。お招きに、感謝申し上げます。
 申し上げたいことはたくさんあります。でも、「フィリバスター」をする意図、能力ともに、ありません。
 皆様を前にして胸中を去来しますのは、日本が大使としてお迎えした偉大な議会人のお名前です。
 マイク・マンスフィールド、ウォルター・モンデール、トム・フォーリー、そしてハワード・ベイカー。
 民主主義の輝くチャンピオンを大使として送って下さいましたことを、日本国民を代表して、感謝申し上げます。
 キャロライン・ケネディ大使も、米国民主主義の伝統を体現する方です。大使の活躍に、感謝申し上げます。
 私ども、残念に思いますのは、ダニエル・イノウエ上院議員がこの場においでにならないことです。日系アメリカ人の栄誉とその達成を、一身に象徴された方でした。

アメリカと私

 私個人とアメリカとの出会いは、カリフォルニアで過ごした学生時代にさかのぼります。
 家に住まわせてくれたのは、キャサリン・デル-フランシア夫人。寡婦でした。亡くした夫のことを、いつもこう言いました、「ゲイリー・クーパーより男前だったのよ」と。心から信じていたようです。
 ギャラリーに、私の妻、昭恵がいます。彼女が日頃、私のことをどう言っているのかはあえて聞かないことにします。
 デル-フランシア夫人のイタリア料理は、世界一。彼女の明るさと親切は、たくさんの人をひきつけました。その人たちがなんと多様なこと。「アメリカは、すごい国だ」。驚いたものです。
 のち、鉄鋼メーカーに就職した私は、ニューヨーク勤務の機会を与えられました。
 上下関係にとらわれない実力主義。地位や長幼の差に関わりなく意見を戦わせ、正しい見方なら躊躇なく採用する。
 ――この文化に毒されたのか、やがて政治家になったら、先輩大物議員たちに、アベは生意気だと随分言われました。

アメリカ民主主義と日本

 私の苗字ですが、「エイブ」ではありません。アメリカの方に時たまそう呼ばれると、悪い気はしません。民主政治の基礎を、日本人は、近代化を始めてこのかた、ゲティスバーグ演説*の有名な一節に求めてきたからです。

(*演説: 「人民の人民による人民のための政治」 )

 農民大工の息子が大統領になれる――、そういう国があることは、19世紀後半の日本を、民主主義に開眼させました。
 日本にとって、アメリカとの出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした。出会いは150年以上前にさかのぼり、年季を経ています。

第二次大戦メモリアル

 先刻私は、第二次大戦メモリアルを訪れました。神殿を思わせる、静謐な場所でした。耳朶を打つのは、噴水の、水の砕ける音ばかり。
 一角にフリーダム・ウォールというものがあって、壁面には金色の、4000個を超す星が埋め込まれている。
 その星一つ、ひとつが、斃れた兵士100人分の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました。
 金色(こんじき)の星は、自由を守った代償として、誇りのシンボルに違いありません。しかしそこには、さもなければ幸福な人生を送っただろうアメリカの若者の、痛み、悲しみが宿っている。家族への愛も。
 真珠湾、バターン・コレヒドール、珊瑚海…、メモリアルに刻まれた戦場の名が心をよぎり、私はアメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。
 歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷を捧げました。
 親愛なる、友人の皆さん、日本国と、日本国民を代表し、先の戦争に斃れた米国の人々の魂に、深い一礼を捧げます。とこしえの、哀悼を捧げます。

かつての敵、今日の友

 みなさま、いまギャラリーに、ローレンス・スノーデン海兵隊中将がお座りです。70年前の2月、23歳の海兵隊大尉として中隊を率い、硫黄島に上陸した方です。
 近年、中将は、硫黄島で開く日米合同の慰霊祭にしばしば参加してこられました。こう、仰っています。
 「硫黄島には、勝利を祝うため行ったのではない、行っているのでもない。その厳かなる目的は、双方の戦死者を追悼し、栄誉を称えることだ」。
 もうおひとかた、中将の隣にいるのは、新藤義孝国会議員。かつて私の内閣で閣僚を務めた方ですが、この方のお祖父さんこそ、勇猛がいまに伝わる栗林忠道大将・硫黄島守備隊司令官でした。
 これを歴史の奇跡と呼ばずして、何をそう呼ぶべきでしょう。
 熾烈に戦い合った敵は、心の紐帯が結ぶ友になりました。スノーデン中将、和解の努力を尊く思います。ほんとうに、ありがとうございました。

アメリカと戦後日本

 戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。
 アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない。自らに言い聞かせ、歩んできました。この歩みを、私は、誇りに思います。
 焦土と化した日本に、子ども達の飲むミルク、身につけるセーターが、毎月毎月、米国の市民から届きました。山羊も、2,036頭、やってきました。
 米国が自らの市場を開け放ち、世界経済に自由を求めて育てた戦後経済システムによって、最も早くから、最大の便益を得たのは、日本です。
 下って1980年代以降、韓国が、台湾が、ASEAN諸国が、やがて中国が勃興します。今度は日本も、資本と、技術を献身的に注ぎ、彼らの成長を支えました。一方米国で、日本は外国勢として2位、英国に次ぐ数の雇用を作り出しました。

TPP

 こうして米国が、次いで日本が育てたものは、繁栄です。そして繁栄こそは、平和の苗床です。
 日本と米国がリードし、生い立ちの異なるアジア太平洋諸国に、いかなる国の恣意的な思惑にも左右されない、フェアで、ダイナミックで、持続可能な市場をつくりあげなければなりません。
 太平洋の市場では、知的財産がフリーライドされてはなりません。過酷な労働や、環境への負荷も見逃すわけにはいかない。
 許さずしてこそ、自由民主主義法の支配、私たちが奉じる共通の価値を、世界に広め、根づかせていくことができます。
 その営為こそが、TPPにほかなりません。
 しかもTPPには、単なる経済的利益を超えた、長期的な、安全保障上の大きな意義があることを、忘れてはなりません。
 経済規模で、世界の4割、貿易量で、世界の3分の1を占める一円に、私達の子や、孫のために、永続的な「平和と繁栄の地域」をつくりあげていかなければなりません。
 日米間の交渉は、出口がすぐそこに見えています。米国と、日本のリーダーシップで、TPPを一緒に成し遂げましょう。

強い日本へ、改革あるのみ

 実は…、いまだから言えることがあります。
 20年以上前、GATT農業分野交渉の頃です。血気盛んな若手議員だった私は、農業の開放に反対の立場をとり、農家の代表と一緒に、国会前で抗議活動をしました。
 ところがこの20年、日本の農業は衰えました。農民の平均年齢は10歳上がり、いまや66歳を超えました。
 日本の農業は、岐路にある。生き残るには、いま、変わらなければなりません。
 私たちは、長年続いた農業政策の大改革に立ち向かっています。60年も変わらずにきた農業協同組合の仕組みを、抜本的に改めます。
 世界標準に則って、コーポレート・ガバナンスを強めました。医療・エネルギーなどの分野で、岩盤のように固い規制を、私自身が槍の穂先となりこじあけてきました。
 人口減少を反転させるには、何でもやるつもりです。女性に力をつけ、もっと活躍してもらうため、古くからの慣習を改めようとしています。
 日本はいま、「クォンタム・リープ(量子的飛躍)」のさなかにあります。
 親愛なる、上院、下院議員の皆様、どうぞ、日本へ来て、改革の精神と速度を取り戻した新しい日本を見てください。
 日本は、どんな改革からも逃げません。ただ前だけを見て構造改革を進める。この道のほか、道なし。確信しています。

戦後世界の平和と、日本の選択

 親愛なる、同僚の皆様、戦後世界の平和と安全は、アメリカのリーダーシップなくして、ありえませんでした。
 省みて私が心から良かったと思うのは、かつての日本が、明確な道を選んだことです。その道こそは、冒頭、祖父の言葉にあったとおり、米国と組み、西側世界の一員となる選択にほかなりませんでした。
 日本は、米国、そして志を共にする民主主義諸国とともに、最後には冷戦に勝利しました。
 この道が、日本を成長させ、繁栄させました。そして今も、この道しかありません。

地域における同盟のミッション

 私たちは、アジア太平洋地域の平和と安全のため、米国の「リバランス」を支持します。徹頭徹尾支持するということを、ここに明言します。
 日本は豪州、インドと、戦略的な関係を深めました。ASEANの国々や韓国と、多面にわたる協力を深めていきます。
 日米同盟を基軸とし、これらの仲間が加わると、私たちの地域は格段に安定します。
 日本は、将来における戦略的拠点の一つとして期待されるグアム基地整備事業に、28億ドルまで資金協力を実施します。
 アジアの海について、私がいう3つの原則をここで強調させてください。
 第一に、国家が何か主張をするときは、国際法にもとづいてなすこと。第二に、武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと。そして第三に、紛争の解決は、あくまで平和的手段によること。
 太平洋から、インド洋にかけての広い海を、自由で、法の支配が貫徹する平和の海にしなければなりません。
 そのためにこそ、日米同盟を強くしなくてはなりません。私達には、その責任があります。
 日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき、日本は、危機の程度に応じ、切れ目のない対応が、はるかによくできるようになります。
 この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすでしょう。
 戦後、初めての大改革です。この夏までに、成就させます。
 ここで皆様にご報告したいことがあります。一昨日、ケリー国務長官、カーター国防長官は、私たちの岸田外相、中谷防衛相と会って、協議をしました。
 いま申し上げた法整備を前提として、日米がそのもてる力をよく合わせられるようにする仕組みができました。一層確実な平和を築くのに必要な枠組みです。
 それこそが、日米防衛協力の新しいガイドラインにほかなりません。昨日、オバマ大統領と私は、その意義について、互いに認め合いました。皆様、私たちは、真に歴史的な文書に、合意をしたのです。

日本が掲げる新しい旗

 1990年代初め、日本の自衛隊は、ペルシャ湾で機雷の掃海に当たりました。後、インド洋では、テロリストや武器の流れを断つ洋上作戦を、10年にわたって支援しました。
 その間、5万人にのぼる自衛隊員が、人道支援や平和維持活動に従事しました。カンボジア、ゴラン高原、イラク、ハイチや南スーダンといった国や、地域においてです。
 これら実績をもとに、日本は、世界の平和と安定のため、これまで以上に責任を果たしていく。そう決意しています。そのために必要な法案の成立を、この夏までに、必ず実現します。
 国家安全保障に加え、人間の安全保障を確かにしなくてはならないというのが、日本の不動の信念です。
 人間一人ひとりに、教育の機会を保障し、医療を提供し、自立する機会を与えなければなりません。紛争下、常に傷ついたのは、女性でした。わたしたちの時代にこそ、女性の人権が侵されない世の中を実現しなくてはいけません。
 自衛隊員が積み重ねてきた実績と、援助関係者たちがたゆまず続けた努力と、その両方の蓄積は、いまやわたしたちに、新しい自己像を与えてくれました。
 いまや私たちが掲げるバナーは、「国際協調主義にもとづく、積極的平和主義」という旗です。
 繰り返しましょう、「国際協調主義にもとづく、積極的平和主義」こそは、日本の将来を導く旗印となります。
 テロリズム、感染症、自然災害や、気候変動――。日米同盟は、これら新たな問題に対し、ともに立ち向かう時代を迎えました。
 日米同盟は、米国史全体の、4分の1以上に及ぶ期間続いた堅牢さを備え、深い信頼と、友情に結ばれた同盟です。
 自由世界第一、第二の民主主義大国を結ぶ同盟に、この先とも、新たな理由付けは全く無用です。それは常に、法の支配人権、そして自由を尊ぶ、価値観を共にする結びつきです。

未来への希望

 まだ高校生だったとき、ラジオから流れてきたキャロル・キングの曲に、私は心を揺さぶられました。
 「落ち込んだ時、困った時、...目を閉じて、私を思って。私は行く。あなたのもとに。たとえそれが、あなたにとっていちばん暗い、そんな夜でも、明るくするために」。
 2011年3月11日、日本に、いちばん暗い夜がきました。日本の東北地方を、地震と津波、原発の事故が襲ったのです。
 そして、そのときでした。米軍は、未曾有の規模で救難作戦を展開してくれました。本当にたくさんの米国人の皆さんが、東北の子供たちに、支援の手を差し伸べてくれました。
 私たちには、トモダチがいました。
 被災した人々と、一緒に涙を流してくれた。そしてなにものにもかえられない、大切なものを与えてくれた。
 ――希望、です。
 米国が世界に与える最良の資産、それは、昔も、今も、将来も、希望であった、希望である、希望でなくてはなりません。
 米国国民を代表する皆様。私たちの同盟を、「希望の同盟」と呼びましょう。アメリカと日本、力を合わせ、世界をもっとはるかに良い場所にしていこうではありませんか。
 希望の同盟――。一緒でなら、きっとできます。
 ありがとうございました。
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キャロル・キング:君の友達(You've Got a Friend)【訳詞付】

(Youtubeに登録のfreepasportに感謝)