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2023年8月6日日曜日

BIRDER 8月号

昼すぎ、実に久しぶりに、近隣の駅ビルにある本屋へ出かけた。
電車に乗るため地元駅に向かう途中、雲間に青空が突き抜ける天から、風に舞い落ちる水滴を頬に感じた。霧雨よりももっと微小な感触だ。道が濡れるでもなく、雨傘の必要もない。路上に止まる車のウィンドウの反射具合から、微かに雨が降っているのが分かる。もしかしたら「お天気雨(狐の嫁入り)」と言えるかもしれない。

(本ブログ関連:”お天気雨”)

ここ数日、公園の野鳥や植物を観察するとき、暑さに負けてマスクをはずしている。とはいえ、近隣街へ電車で行くのに、マスク無しじゃまずかろうとマスクをかけて乗った。乗客の4割~5割がマスクをしていた。目的地の駅改札を出れば、マスクをはずしてしまったが。
実は、帰りの電車に乗る際、マスクをすっかり忘れていた。

ところで、目指す本屋で、野鳥趣味の月刊誌「BIRDER」(月号)を購入。特集「彩(いろ)鳥どり  図鑑」は、野鳥に多く見られる色鮮やかな理由を、形態や生態などの観点から分かりやすく解説している。

同誌今月号の巻頭 <BIRD GRAPHICS> は「清流の神ワザ漁師 ササゴイ」で、ササゴイの採餌(小魚オイカワ、トンボ=ルアーフィッシング)や、縄張り争いの様子などを高精細な写真で掲載している。驚いたのは、写真と記事を書いた筆者の加藤一樹氏のプロフィールだ。「ササゴイに青春のすべてを捧げるクレイジー(?)な高校生」とある。
高年に初心者の猶予期間を少し過ぎても、中級者になれず低迷する者にとって、若者たちが台頭するのはうらやましくうれしい。

帰宅したとき、わが家のある住宅地の路面が黒ずんでいた。局所的な「通り雨」でもあったのだろうか。

2010年8月15日日曜日

狐の嫁入り

イ・ソンヒが、SBSのロマンチック・コメディ「僕のガールフレンドは九尾狐」で歌っているメインテーマ曲の曲名「狐の嫁入り(여우비)」について調べてみた。
「여우비」は狐(여우)雨(비)となるが、韓日電子辞書Primeに見ると、「狐の嫁入り」、「日照り雨」(いわゆるお天気雨)と記されている。

韓国文化院のコーナー「韓国語ひとこと」に、この「여우비」について次のような投稿(가을、2006年)がある。
・「天気の良い清い空で急に雨が降る時、韓国では『여우비-狐の雨』が降ると言います。」
・「韓国ではもう一つ、『여우비』以外に『호랑이 장가간다-虎が妻をめとる(虎が結婚する日)』と言う表現もあります。(略) 韓国でも日本でも日照り雨は、動物の結婚と言う面白い言葉で表現するらしいですね。」

上記についてさらに詳細な説明が、「狐の嫁入りとライオンの出産:日照り雨の比較民族学」(小馬徹:一橋研究3(2): 80-99、1978年)に次のように記されている。
・狐の嫁入りについては、「物の怪・妖怪が出没するのはいずれも(略)中間的カテゴリーに属する時間であって、狐と言う魔性のものが嫁入りと言う大事業を挙行するのも、雨でもあり晴でもあり、或いはそのいずれでもない日照り雨と言うカテゴリーの混乱をもたらす現象の現出する時なのである。」と説明している。
・虎が妻をめとることについては、韓国の結婚儀礼の第一日目の妻家訪問のプロセスで、特に「村の正門のところ」で、「機智に富んだ問答によって新郎の持参した扇を(新郎側と新婦側で名誉を賭けて)奪い合う」儀礼について論じている。

★★★★★ 孫が、ブドウの実を食べ物として実感できず鼻先に付けて遊んでいる動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、口に入れたブドウの皮を選り分けられず実も出してしまっている動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、ようやくブドウを上手に口にでき得もいわれぬ嬉しい顔をしている動画が届いた ★★★★★

2012年5月28日月曜日

雨降って風吹いて

午前中にカラりと乾いた空も、午後には鈍色の雲が広がり、やがて雨が降りだした。天気予報で、午後の空模様は変わりやすく、ところどころ雷雨と伝えていたが、そのようになってきた。
昼過ぎの外出先で、雨雲にぽっかりと穴が開き、そこから太陽の光が差し込んできた。まるでお天気雨のようなちょっとした不思議な光景だったけれど、すぐに元の雨空に戻った。

西から雨雲が切れ切れに流れて来て、変わりやすい天気のため、晴れのタイミングを掴みきれない。今晩もそうだが明日も怪しい。おかげで、明晩の韓国語教室も傘が手離なせないようだ。火曜日は、3回連続の雨道ということになる。

ところで、むかしTBSの番組「筑紫哲也 NEWS23」で、新井英一が夕闇の中、焚き火を前に「清河への道」をギターを抱えながら歌っているのを聴いた。重量感のある独特のザラつくような声質は、胸にドスンと響いた。歌詞がまるで絵巻のように次々と展開し聞き入った。忘れられない歌だった。
「清河への道」のCDは当初、日本語だったが、その後ハングル(「청하의 길」)版も出て、共に入手した。何度聴いたことだろう。

Youtubeには、なんと吉幾三が歌っている映像が登録されている。

(Youyubeに登録のTheNekogami22、qw2455に感謝)

2019年8月21日水曜日

清瀬ひまわりフェスティバル

念願の「清瀬ひまわりフェスティバル」*へ行ってきた。例年、清瀬市の農家や関係者によって開催されるもので、今年で12回目という。ブログ情報などで知ってはいたが、訪れたのは今回初めてのこと。現地には、JR武蔵野線の新座駅前からバスに乗って行く。バス停からさほど距離もなく会場に着いた。
(*)http://www.city.kiyose.lg.jp/s029/050/010/010/010/20190628172128.html

(本ブログ関連:”ひまわりフェスティバル”、”ひまわり”)

本当は、昨日(8/20)行こうとしたが、午前中に雑用のため出かけるタイミングを失い、あれよあれよというまに午後には曇り空と雨。今週の天気は余談を許さない。そんなわけで、今日は早めに出かけた。一瞬、お天気雨もあったが、「ひまわり」の花の海を十分堪能できた。

ひまわり畑中央の見晴台より
会場はとにかく広く、農地いっぱいにひまわりの花が咲き、所狭しと群集している。しかも大人の丈ほど成長していて、間近で見ると花が視界に入りにくく、実感が湧かないほど。小さな子どもたちに、どう見えただろうか。そこで、花畑全体を俯瞰するには、フィールド中央にある見晴台から臨むしかない。見渡す限りひまわりだらけなのがよく分かる。

ここは、住宅街の狭間にあるような畑地と違い、本格的農地ということに気付かせられることがあった。密集したひまわり畑は、意外と空気の流れがなくて、堆肥の臭いがこもっていたのだ。そんなとき、ソフィアローレンが、映画「ひまわり」の中で、ひまわり畑(ウクライナで撮影)の中をくぐり抜けたとき、どんな香りがしたのだろうかと思ったりした。

ところで、会場の休憩広場の木陰で、「猿まわし」*が演じられていた。まだまだ一歳という幼い小猿が、一生懸命「輪くぐり」や「走り高跳び」を頑張って見せてくれた。私は最近、よその家族の子どもも可愛いだけでなく、小猿のような小動物まで愛しくてしょうがない。そんな思いができる歳になった。
(*)戦豆のさるまわし: https://sen-zu.com/

2017年6月5日月曜日

青天の霹靂

隣り町の図書館で借りた書籍を返却した帰り道、ちょうど西に向かって進んでいた。正面に傾いた陽がきらきらしてまぶしい。天空の7割以上に青空が残っているそのとき、ゴロゴロと雷鳴がした。「まさか?」とひとりごとする。充分晴れていて、青空をのぞかせているのに・・・。

商店街の通り道をはさんで、おばあさんが二人向かい合いながらしゃべっていた。東の空を指して「あっちは真っ暗だねえ」。振り返ると、真っ白な積乱雲が横たわり、その下を鈍色の雲がたれ、さらにその下を雨雲だろうか黒雲が遠く東の町を埋めていた。

再び雷鳴がつづいた。しかもかなり近くに聞こえる。イ・ソンヒの「キツネの嫁入り(여우비)」を思い出したが、今回は、お天気雨でない。晴れ空に雷鳴とは、まさに「晴天の霹靂」。さすがに、彼女の歌にそんなものはないだろう・・・。

Youtubeを探すと、なんと青森県産の米「青天の霹靂」のCMソング"が登録されていた。県民が「青天の霹靂」と書いた書を持って次々登場してくる。最後がいい、一転おにぎりを美味そうに頬張るのだ。「真っ白いおにぎり」は絶対、唯一無二の日本食の原点だと思い起こさせる。こちらは、「まさか?」ではない。



(Youtubeに登録の青森県広報広聴課に感謝)

(追記)
どうも、青森県産米「青天の霹靂」のCMはシリーズ化されているようだ。ああ、おにぎりが食べたくなる。

2014年9月3日水曜日

聊斎志異の「狐の嫁入り-狐嫁女(こかじょ)」

SBSドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」(韓国、2010年8月11日~9月30日)で、イ・ソンヒはOST(劇中歌)「狐の嫁入り(여우비)」(歌詞)を担当した。現代風の若者と無垢ながら伝説の九尾狐が、ふとしたきっかけで恋に落ちる、ファンタジック・コメディのラブストーリーであるが、物語中、気象現象の「狐の嫁入り」を示す「お天気雨」を何度か見せてくれた。

(本ブログ関連:”僕のガールフレンドは九尾狐”、”狐の嫁入り”)

中国清の奇談集「聊斎志異」(蒲松齢作、立間祥介編訳、岩波文庫)に、「狐の嫁入り-狐嫁女(こかじょ)」がある。

(概要)
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殷(いん)天官が若いとき、肝試しにある廃屋に一晩泊まる。すると夜中、厳かに現れた集団が結婚式を催し、それに立ち会う結果となる。祝いの酒を振舞われ、その出来事のしるしとして、秘かに酒盃の金杯を懐に入れてしまう。

そのとき、主人公は美しい花嫁を目撃する。「佩玉(はいぎょく)がコツコツと鳴り、麝香(じゃこう)の馥郁(ふくいく)たる香りがただよってきた」、そっと窺ってみると「翡翠の鳳凰の髪飾り、水晶の耳輪がゆれて」いた。宴の終わり、金杯の数が足りないことがわかるが、その場はおさまり、事無きを得た。

その後、進士に及第した主人公は遠くの地に赴任する。その祝いに、金杯の酒を飲むことになるが、祝い主から次のような話を聞く。「(金杯)これはもともと八個一組のもので、・・・(今)七個しかございませんでした。・・・」。その杯こそ、主人公が肝試しで手にしたものとそっくりだったのだ。

主人公は、その話しを聞いた後、手元の金杯を祝い主に届けさせた。返礼に訪れた祝い主に、いきさつを話す中で、「狐が千里も離れたところの物を自在に取り寄せる能力を持っているものの、それをいつまでも手元に留めておくものでないことを、このときはじめて知ったのだった」と。
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この物語に、狐を直接想わせる姿で登場はない。また、金杯の数が、八または七で、九とも違い、九尾狐を連想することができない。ただ一ついえるのは、狐の化身、花嫁が非常に美しかったことだ。どうやら、異種として、狐の嫁に求める姿は、「まことに絶世の美人」ということになる。

(Youtubeに登録のPieKilledJasonに感謝)

(付記)
ここ数日の間、何処からともなく昆虫が私の部屋に入ってきた。カナブン3匹、アシナガバチ1匹である。一体どこを通り抜けてのことか、不思議だ。

2012年4月11日水曜日

【詩朗誦】 「私はイ・ソンヒに似ているんですって?」

曇天に、思い返したように小雨がパラつき、追い討ちをかけるように風が吹く。おかげで、桜の花びらを辺りに散らし、濡れたアスファルトの路面に張り付かせる。春雨の無粋な仕業だ。

今朝、病院で風邪の回復のお墨付きをいただき、久し振りに地元公園にある健康運動センターの健康体操コースに出席する。病み上がりを考慮して、まずは体慣らしから。
そのコースへ通う道すがら、珍しい光景に出あった。春風が吹いてくる方向に桜の木が見えないのに、十字路に花吹雪が舞っていたのだ。まるで、お天気雨のような、そこだけ不思議な空間になっていた。

ところで、イ・ソンヒの詩「私はイ・ソンヒに似ているんですって?(내가 이선희를 닮았다구요?)」は、詩集「去る者だけが愛を夢見ることができる(떠나는 자만이 사랑을 꿈꿀 수 있다)」(1990年4月1日)に収められている。この詩集が出版された同年6月には、朗誦版のアルバムがリリースされる。

上記の詩は、25歳のイ・ソンヒの内省を物語っている。歌手として存在の意味と、行く末に対する不安が交錯する。彼女は音楽のために在るのか、ファンのために在るのか、いや自分のために在るのか・・・。
当時の彼女は、歌手として音楽活動において、数々の大賞を得ていたし、絶頂期でもあった。音楽評論家の冷徹な目でみると、実はこの1990年にリリースした、彼女の第6集アルバムがピークであり、変換点でもあったといえる。それを、彼女は予期していたのだろうか。(もちろん数々の試行の結果、現在の彼女が、揺るぎない大きな存在であることはいうまでもない。)

詩の最後は次のように結ばれている。

・・・・・・・・・・・

そうだ、私は、
イ・ソンヒに似たもので 、
イ・ソンヒではないかも知れない。
それなら、
イ・ソンヒは、どこに行ってしまったのだろうか。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの詩"、"イ・ソンヒの変換点")
(本ブログ関連:"「カンホンの歌手列伝」 イ・ソンヒ"、"イ・ソンヒの「分かりたいです」、そして漢詩")
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの詩「マックス・ミュラーの『ドイツ人の愛』を読んで」")
(本ブログ関連:"1986~2009韓国女性歌手の好感度")

(音源)
ブログ「AESTHETICA」で、(ドラマチックな音楽の流れる)この詩を聴くことができる。感謝。

2013年1月5日土曜日

(資料)「山海経」中の九尾狐のこと

イ・ソンヒのヒット曲「狐の嫁入り(여우비)」から、「お天気雨(狐の嫁入り)」のことや「九尾狐」に関心を持って調べてきた。そこで、九尾狐(クミホ:구미호)について、中国最古の地理書といわれる「山海経」(高馬三良訳、平凡社ライブラリー)から次の通り抜き出す。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”九尾狐”)

「南山経」
・(青丘之山に)獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。

「大荒東経」
・青丘の国あり、九尾の狐がいる。

「東山経」
・鳧麗(ふれい)の山といい。頂上には金・玉多く麓には箴石(はりいし)が多い。その状は狐の如くで九つの尾、九つの首、虎の爪、名は龍[姪]蛭(りょう[てつ]しつ)*。その声は嬰児のよう。これは人を食う。
* 龍: 「龍」の文字の下に「虫」を置く。
※ この獣に、「虎」の体の一部が加わっていることが興味深い。

「海外東経」
・青丘国はその北にあり。その狐は四つの足で九つの尾


なお同書には、狐の姿であるものの九尾でない獣について、次の記述がある。

「東山経」
・獣がいる。その状は狐の如くで魚の翼(ひれ)、名は朱擩(しゅじゅ)*。なくときはわが名よぶ。
・姑逢山といい、草木なく金・玉が多い。獣がいる、その状は狐の如くで翼あり、その声は鴻(はくちょう)、鴈(かり)のよう。その名は撇撇(へいへい)**。これが現れると天下大いに旱(ひでり)する。
* 擩: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。
** 撇: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。

2024年7月31日水曜日

(パリ五輪) 柔道男子81キロ級 永瀬貴規選手 金メダル、夕立

きょうで7月が終わる。一年の半分と少しが終わっただけ。こんななか、オリンピックがたけなわ、夏も盛りで、カレンダー上の区分は曖昧。しばらく日射と夕立がつづく。

パリ・オリンピックの第5日、早朝のテレビニュースで、永瀬貴規選手が柔道男子81キロ級(この階級五輪史上初の連覇〔東京→パリ〕)で優勝したことを知る。実にめでたい。

(本ブログ関連:”オリンピック”)

連日、金メダルのニュースを見て、日本人選手の金メダル獲得を記してきたが、ちょっと小休止したい。正直、正確な情報を確認するのに息が続かない。

もちろん、オリンピックの金メダルは特別で、銀も銅も輝かしい。表彰台に立つ選手たちに心合わせられる特別な機会でもある。だから、毎日、選手たちの結果をこれからも追っていく。

ところで、今回のオリンピックで、日本選手に対する判定について、「物議」などと不満を煽(あお)る記事タイトルがネット上に散見される。これまでの日本的スポーツ観にそぐわないものだ。内側からむしばむような記事には注意して臨みたい。

七月の夕立
テレビの天気予報で、気象予報士の今村涼子さんが、今年の東京の7月の「夕立」が何と20回あったと解説されていた。確かに、雷鳴が轟き、ザザッと雨が激しく叩く音がすることが多々あった気がする、それも短時間のこと。

わたしの日ごろのお天気確認は、「雨雲レーダー」による雲の動きと、当日・明日の1時間ごとの天気予報を見ることだ。