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2024年6月3日月曜日

雷雨、地震、そして麦と米の栽培カレンダー(「麦打ち唄(棒打ち唄)」)

雷雨
きょうの午後4時半過ぎ、激しい降雨とともに雷鳴が轟いた。テレビニュースは「ゲリラ雷雨」と報じた。そして夜、また降り出した・・・。
実は、きのう(日曜日)の午後1時過ぎ、市民講座を聴講しようと家を出たところ、すぐに大粒の雨が降ってきたので、慌てて家に戻った(雨脚を懸念して欠席した)。

こんな雨降りに、「梅雨入り」間近かというとそうでもない。今年の先陣を切って梅雨入りした沖縄、奄美地方でさえ、例年と比べて約10日ほど遅い。天気予報によれば、関東・甲信地方は、これから後は晴れの日が続くという。数日すれば、連日の雨をケロッと忘れているだろう。(きょうの雷雨も10数分間しておさまり、「ドバト」が鳴きだせばあっけない)

地震
それよりも、早朝の能登半島先端の「珠洲(すず)市」と、それに隣接する日本海側の「輪島市」で、震度「5+」(5強)の地震が、今年の元旦以来繰り返された。ただし、東京では体感できなかった。だからという訳ではないだろうが、地震についてのテレビ報道がとても薄かったのに驚く。

■ 気象庁:地震情報(詳細情報)
https://www.data.jma.go.jp/multi/quake/quake_detail.html?eventID=20240603063636&lang=jp
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・地震検知日時       2024/06/03 06:31
・緯度/経度     北緯37.5度 / 東経137.3度
・マグニチュード    5.9
・震源の深さ         10km
・震央地名            石川県能登地方
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麦と米の栽培カレンダー
ところで6月の景色に、「ムギ」の収穫と、「コメ」稲の苗を植える 田植が浮かぶ。気になるのは、一年を通した米と麦の栽培カレンダーだ。町の住人にも理解できる、月別の農作業を知りたくネットを探したところ、次のカレンダーがあった。

■「おいしい大麦研究所」サイトの「大麦百科」に、「日本の風土で育つ大麦の一年」(2019年10月02日)の記事に、「大麦」・「米」の農作業の解説と「大麦栽培カレンダー」(月別表形式)が掲載されている。
https://www.hakubaku.co.jp/omugi-lab/hyakka/oomugi-ichinen/

栽培カレンダーは、大麦中心に、稲作はザックリと、次のように表示している(版権都合上、ことばで記述する)。
大麦
    11月:種まき → 1~2:麦踏 → 4~5月半:出穂 → 5月:登熟 → 6月:収穫
(「夏は稲、冬は麦という」二毛作の場合)
    6月:田植え → 9~10月:収穫
   
6月は、麦を収穫、米は田植えということになる。


「麦打ち唄(棒打ち歌)」
麦については、天日干しした後、麦打ち(脱穀作業のため「麦打ち唄」がかつて歌われた)がある。この歌には、どの地域でも、十七八の娘を思い浮かべる歌詞がある。仕事が終盤になると誰しも余裕が出るのかな・・・オットットット農家は忙しい、田園地帯なら稲作作業が待っているだろうし、水が乏しかった江戸時代の武蔵野台地の場合は、どうやら栗、蕎麦(ソバ)、豆などの農作業があるのかな?

(本ブログ関連:”麦打ち唄”)

Youtube: 東京都下の多摩地区にある清瀬市の「棒打ち唄」より
- 清瀬の仕事唄6「棒打ち唄2」〈制作 清瀬市郷土博物館学芸員 内田祐治氏〉
- Youtube(清瀬市郷土博物館 Museum Kiyose)の「...もっと見る」に解説がある

2019年4月19日金曜日

脱穀「棒打ち唄(麦打ち唄)」

歯科治療を済ませて外に出れば、あまりの天気の良さに誘われて公園散歩に足が向く。途中、「ソメイヨシノ(染井吉野)」が咲き誇った歩道を、今は代わりに「ヤエザクラ(八重桜)」が満開。今年、ソメイヨシノは咲き始めてすぐに寒さが続いたせいか長持ちした。おかげで、小学校の卒業式にも入学式にも間に合ったのは幸いだ。

公園の明るい原っぱで、大勢の幼稚園児か保育園児か、親と一緒に手をつないでアーチをつくり、そこを次々に親子が輪くぐり抜ける、まるで入れ子のような遊びをしていた。
(駐車場に、彼らを乗せて来たのだろう大型バスが数台並んでいた)

「ハナモモ」や「ベニバナ」の木が、白色、桃色、紅色に花を咲かせ、まるで春を手に取ることができるよう目の前で繚乱していた。

園内の施設「たてもの園」で、郷土の歴史と民俗について展示があったので覗いて見ることにした。気を引いたものは、小麦の脱穀農機具の陳列だ。もちろん、現在、この地域で麦作を見ることはない。それでも伝統として、「棒打ち唄(麦打ち唄)」の民謡が保存されていて、次に記す詞で歌う労働作業の映像が紹介されていた。(「むしろ(筵)」の上に置かれた)麦穂を打って実を取り出す脱穀作業のとき使う、「くるり棒(唐棹)」を降りおろしながら歌う様子がわかる。歌には次の特徴がある。
・野外での脱穀(棒打ち)のためか空模様が気にかかる
・民謡の定番といえる、年頃の娘を語る。

(本ブログ関連:”麦打唄 ”)

「棒打ち唄」(立川市砂川地区伝承民謡保存会)
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ホイホイホイ
大岳山の黒雲が
ホイホイホイ
あの雲がかかれば雨かあられか
ホイホイホイホイホイ

砂川の宿は長い宿
ホイホイホイ
長いとて物干し竿にゃなるまい
ホイホイホイホイホイ

お前さんはいくつなんの年
ホイホイホイ
十と六ささぎの年でまり頃
ホイホイホイホイホイ

十七つれて瓜山へ
ホイホイホイ
瓜の葉を寝ござに瓜を枕に
ホイホイホイホイホイ

十時のお茶にゃ何が良い
ホイホイホイ
芋で良しさつまで良し焼き餅ならなお良し
ホイホイホイホイホイ

あの山影で鳴く鳥は
ホイホイホイ
声も良し音も良し山の響きで
ホイホイホイホイホイ
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(参考1) Youtubeに多摩地域(清瀬、谷保)の「棒打ち唄」が登録されている。

(参考2) 岩波文庫の「日本の民謡集」に所収の「武蔵野麦打唄」
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[甲]〽十七八の 麦打は(ホイ ホイ ホイ)
[乙]〽くるり棒が 折れるか芒(のげ)が 折れるか(ホイ ホイ ホイ)
お天道さまの申し子は 百日の 日照りに笠もかぶらず
目出度やこれの麦打ちは 日和よく 風出て芒を立てたや
牡丹餅はやる世の中に 俺(おら)がでは 碾割花(かきわりばな)の焼餅
大嶽山の黒雲 あの雲が かかれば雨か嵐か
十七八はねむいもの 朝おきて 米とぎ桶を枕に
皆若い衆 江戸々々と 江戸だとて 枯れ木に花は咲くまい
お江戸に三日居て見たい 上様の 御用の水を汲みたい
今日の麦はこれ限り 明日は又 どなたの麦を打つやら
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2012年4月28日土曜日

ミュージアムトーク「小麦と武蔵野のくらし」

江戸東京たてもの園で開催中の「小麦と武蔵野のくらし - 人が集まればうどん -」展(4/21~7/8)に、学芸員によるミュージアムトークを聴きに行く。

展示室の個々の展示品について、親しみやすく解説(ミュージアムトーク)していただいた。民族植物学という分野を専攻されているそうだ。初めて聞いた学問分野だが、農耕民族の日本人にとって馴染みやすそうな気がする。
(インターネットで学術誌(概要)を見ると・・・研究者はやっぱりすごいなと感心するばかり。)

さて先日(4/21)のブログで、展示解説書によって触れたので、今回は追記だけにする。
・多摩川上水からの分流水は、飲料水などに使われたもので農耕用ではない。
 → ご近所にも、南北に続く幅2m程度の極端に狭い路地があって、これがどうやら水路跡のようだ。
・嫁入りで婿の家に入る際に、2本の麦藁をタイマツとして地面に押したて、その間を通り抜けるという民俗行事が清瀬市にあった。余談として、もし嫁が狐なら尻尾を出すだろうという言い伝えがあったそうだ。
 → 狐?ということで、「僕の彼女は九尾狐<クミホ>」を思い出した。
・麦藁は盆の迎え火にも使われ、人の人生と密接に関わっているとのこと。
・江戸時代からの貯穀という(大量の穀物の貯蔵)制度があって、特にその共同性を評価されていた。
 → 指摘されたように、最近の自然の驚異を目の当たりにすると十分に納得できる。
・昔、米は貴重品で、米>>>(うどん)>>麦・雑穀、の順のようたった。(聞いたイメージで!)

展示解説書を見ながらもう一度展示品を見てみようかな。

そうそう、展示室外の廊下に置かれたディスプレイで、麦打ちの記録映像が上映されていた。貴重な映像だけに、是非とも映像所有部門にてYoutubeなどに登録・公開していただければと願う。

(付記)
小金井公園に向かう道に、ハナミズキの並木道がある。白い花が春の暖かい陽射しをうけて華やいで見えた。途中に法政大学工学部小金井キャンパスがあって、通りから見える施設の2階にスエヒロののぼりが立っている。部外者でも食事できる。

2009年9月9日水曜日

小金井雑記

この地のむかし、「うどん」麦飯が主食だったと聞いたが、岩波文庫の「日本の民謡集」に「武蔵野麦打唄」が載っている。解説に「小麦の生産で知られる武蔵野台地一帯に歌われる麦の穂打ち唄」とある。

[甲]〽十七八の 麦打は(ホイ ホイ ホイ)
[乙]〽くるり棒が 折れるか芒(のげ)が 折れるか(ホイ ホイ ホイ)
お天道さまの申し子は 百日の 日照りに笠もかぶらず
目出度やこれの麦打ちは 日和よく 風出て芒を立てたや
牡丹餅はやる世の中に 俺(おら)がでは 碾割花(かきわりばな)の焼餅
大嶽山の黒雲 あの雲が かかれば雨か嵐か
十七八はねむいもの 朝おきて 米とぎ桶を枕に
皆若い衆 江戸々々と 江戸だとて 枯れ木に花は咲くまい
お江戸に三日居て見たい 上様の 御用の水を汲みたい
今日の麦はこれ限り 明日は又 どなたの麦を打つやら

(注)「芒」は「イネ科の植物の花の外殻にある針のような突起」。(広辞苑)

日々労働に追われる、親の田畑を継ぐあてもない二男三男の悲哀が含まれているのだろうか。
土地柄、若者たちは江戸四宿のひとつの(内藤)新宿へ行きたかったようだ。

(追記)9/12の「小金井の今昔」に参加して一部確認したことを9/12に追記載。