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2015年7月5日日曜日

梅雨

実りにつながるとはいえ、「梅雨」を曲名に含む歌は少ないようだ。ネットの「歌詞サーチ」を見ると、曲名に「梅雨」を入れたものは4曲。もっぱら歌詞中(140曲)にとり入れられているのが分かる。

梅雨は背景であって雨の一部、時期を示すものでしかないのかもしれない。梅雨そのものには詩情がわかないのだろう。ちなみに、同サーチで、「雨」を検索すると、曲名1460曲、歌詞中31,397曲となる。「雨」については、アジアモンスーン地域に住むわたしたち日本人好みの気がする。(「晴れ」については、曲名224曲、歌詞中6,137曲だ。)

降っているのか、そうでないのか。窓越しの細雨は、微かに雨音して降り続く。湿気もあって、この雨に寄せるものは豊穣への期待しかないのだろうけれど、都市生活者は、我ながらわがままだ。

雨に、いつものように牽強付会して、イ・ソンヒの9集所収の「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(1994年)を聴こう。雨の後は晴れ、夜はやがて明ける、いっときの辛抱。

(本ブログ関連:”雨降る街に立って”)

(Youtubeに登録のkoreanballadsに感謝)

2015年7月4日土曜日

ノウゼンカズラ

通りに面した垣根越しに、「ノウゼンカズラ(凌霄花)」がオレンジ色の花を次々湧き出すように咲き誇らせている。この花を最近よく見かけるようになった・・・実は、古く渡来した庭木だという。

(本ブログ関連:”ノウゼンカズラ”)

夕暮れ時の淡い光に、オレンジ色が一層浮かび上がり目を奪われる。が、毎年繰り返される花の絢爛に、どこか違うものを感じるようになった。花を瀑布に飾るがごとき蔓(ツル)の姿に、鉱物採集の山中でしばしば目にする蔓の強力な生命力が重なる。

蔓はやがて侵食するもの。ノウゼンカズラも、その美しさに反して、いずれ野生の本性を見せるのではないか。果たして、園芸用の植物なのか。それは、艶やか過ぎるものへの、一種の疑心かもしれない。

以前触れたことだが、よく似たオレンジ色の可愛らしい花がある。路地塀の下によく見られる、特定外来植物と指定された「ナガミヒナゲシ」だ。野生の正体を知ってから、不思議なことに、近所で見かけなくなった。

2015年7月3日金曜日

第22回 東京国際ブックフェア

最近、年を飛び飛びに出かけている東京国際ブックフェアに行く。10時過ぎ、埼京線の国際展示場前に着いたとき、激しく雨が降っていた。今日の金曜日に見に行くと宣言したわけだが、こんなに雨降りになろうとは思いもよらなかった。ちなみに、昼過ぎ帰るとき、雨足は一層強まり、まるで夕立の土砂降りのようだった。
ブックフェアは、今日明日の土・日曜日、一般公開される。予想以上に駅から会場の東京ビッグサイトまで大行列だった。会場に至る、雨よけ屋根の通路には人があふれた。

(本ブログ関連:”東京国際ブックフェア”)

目的は2つ。日本の科学読み物の入手と、韓国産鉱物図鑑の情報を入手すること。

目的の前者では、① 鉱物採集でお世話になる、産地情報が載った「鉱物 ウォーキングガイド 関東甲信越版」(松原聰著)。実は、鉱物採集の際、いつもS氏からコピーをいただいてる。同書の旧版は持っているが、なぜか採集場所が、新しい「関東甲信越版」のものしかないのだ。これ以上は申し訳なく思い購入した。 ② アリ(蟻)の社会性からイソップ風の話題探しをしているが、今回、アリ研究者(採集者)の情熱ほとばしる「フィールド生物学 アリの巣をめぐる冒険」(丸山宗利著)と巡りあった。主に東南アジアのアリの生態という本論とは別に、トピックがちりばめられており、その情熱の源も後述されている。拝読が楽しみだ。

目的の後者では、韓国出版関係のブースに押しかけて、<韓国産>鉱物を記載した(一般向け)鉱物図鑑はないものか相談したところ、教育科学技術部(교육과학기술부)(の頃)から「韓国動植物図鑑(한국동식물도감)」のシリーズが出ているので、それに関連してあるかもしれないということだった・・・さっそく調べたが、今のところ未見。

ところで、韓国の鉱物図鑑を探しているとき、ネットに「鉱物·岩石の用語の語源の国際比較研究(광물·암석 용어의 어원에 대한 국제 비교 연구)」(イ・チョンジ他、2011年)があり、付録に鉱物と岩石名称について、韓国語・朝鮮語・中国語・日本語・英語の一覧が載っている。

韓国のブースで、文学と縁遠いけれど、長編小説「なき王女のためのパヴァーヌ」(パク・ミンギュ著、吉原育子訳)を、勢いで求めてしまった。さて、どんな風に読んだらいいものだろうか。

2015年7月2日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 機織りの歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、機織りに関わる3曲を紹介した。

始めに、機織り仕事で女性が歌った「機織り歌(베틀가)」について次のように紹介された。
・昔、機織りして布を作り、縫って服を作ったが、女性の仕事だった。年に一度、七夕の日にだけ出会う、彦星と織姫の伝説で、彦星は農作を、織姫は機織りをする。新羅時代に、女性が二組に分かれて機織りを競った。一ヵ月間競争をして、勝敗を決めた。負けた方が酒や馳走を用意して、勝った方をもてなした。現在の「秋夕(추석)」の由来という説もある。
・昔、女性は、大家族のため毎日三食の膳立ても大仕事だった。食事の準備から家事、畑仕事までこなし、夜には機織りした。夜なべのため歌が、多様な民謡となり伝わった。糸を織りあげる織機をベトル(베틀)と言い、その仕事歌を「機織り歌」という。

ヘグムカヤグムコムンゴ他の演奏「機織り歌」編曲を聴く。回転の音、軋む音、仕上がる音が掛け合う、今様である。

次に、機織り歌の歌詞内容には、婚家への嫁の様々な思いや、噂話が歌われていると次のように紹介された。
・機織り歌の歌詞内容は様々だ。嫁入りした先の暮らしが大変で、愚痴をこぼす内容などで、姑の悪口や、親に対して貧しい家に嫁がせたことを恨むもの。親元を思うように訪ねられぬ自分を嘆くものがある。また、色々な噂を組み合わせたものもある。結婚を控えた男が、予め嫁の実家を訪ねると、嫁になるはずの女に既に赤ちゃんがいるのを目撃して、男は黙って帰ってきてしまうという内容の歌がある。

▼ 慶尚北道醴泉地域の「麻をより合わせて繋ぐ歌(삼삼는 소리)」の一部を聴く。同じ旋律を繰り返し、語るよう素朴に歌う。

最後に、糸車を回しながら歌う「糸車打令(물레타령)」について次のように紹介された。
・同じような噂話があって歌ができたのだろう。口から口へと伝えられ、誰かがリズムを付け、歌になり、ストーリーの主人公より歌が注目を浴びるようになった。やがて、それが民謡となった。機織りしながら歌う歌は、母から娘へと歌い継がれた。母の歌を娘は寝耳で聞いたのだろう、嫁に行ってからは、自分も同じように歌った。その時になってようやく、どうして母がこの歌を歌ったのかが分かるようになった。

▼ 「糸車打令」(歌詞)を聴く。ゆたりと聞こえるが、糸車はビュンビュン音をたてて回らせたのだろうか。

糸車には、母と娘をつなぐ絆も縒ったようだ・・・とのこと。

2015年7月1日水曜日

笑う門には福来たる

昔のことで曖昧だが、笑いの構造について、「笑い=恐怖+攻撃 」というのを聞いた記憶がある。多分、博物学隆盛の時代の分類学的な観察から出たものだろう。もしかしたら、ダーヴィンとローレンツの考えを、一緒くたにしてしまったからかもしれない。

とはいえ、何となく分かるような気もする。笑いは、出会いを調整する。まさに初原的な、赤ちゃんの笑い顔に心が緩まぬ人はいない。赤ちゃんにとっては、すべてが新しい世界との出会いである。

(同時に、赤ちゃんは驚きにも笑う ⇒ Youtube「FUNNY BABIES COLLECTION 2」、登録者に感謝)

世間に出て知恵を蓄えた大人になると、笑いもどうやら変質して、嘲笑や恫喝をも含んだものまでになる。その最たるは、いじめ芸を見るときの、もしかしたら人間の最も残酷な笑いかもしれない。

(余談だが、他人に対する最大の敵対表情は<侮蔑>だと、TEDで聞いたような記憶がある)

のどかな笑いは、いいものだ。勘違いによる笑い、無垢な心で本質を指摘されること、そして日常の些細なズレによるもの。とりわけ、生活の中で感じる笑いがいい。

以前、お笑い劇場としてテレビ中継されたものがあった。記憶に残るものに、藤山寛美の新喜劇、大宮敏充のデン助劇団の芝居がある。学校から帰って一人のとき、しょっちゅう見ていたものだ。

エノケンこと榎本健一のお笑い芝居を残念ながらテレビで見ることはできなかったが、ずっと昔に、メリーさん、メリーさんで有名な「最後の伝令」の再現芝居(NTV)を見たとき、腹を捻らせて笑い転げた。

韓国語教室で、昔の韓国お笑い番組に「笑う門には福来たる(웃으면 복이와요)」があったと聞き、さっそく、Youtubeで見ると、吉本風なアドリブを効かせた、役者たちの素朴な間合い(掛け合い)によるもののようだ。庶民にとって身近に感じられる笑いは、浸透力があって底堅いもの。

2015年6月30日火曜日

(雑談) ガラケーからガラケーへ

今年も今日で半分終える。あっという間のことだった。そして、この調子で残り後半もいくだろう。

時間に取り残されたように何をせずとも、日めくりカレンダーは薄くなる。

ガラパゴス島のゾウガメ、ロンサ・ムジョージもすでに息絶えた。生あるものには限りがある。

ガラケー(ガラパゴスケータイ)もそうだろうが、その系統樹は大事にしたい。

昨日、通信会社を乗り換えた。でも、ガラケーの火を絶やすことはない。

わたしには、スマホは酸っぱ過ぎるのだ。コン!

2015年6月29日月曜日

イ・ソンヒの歌をYoutubeでカラオケしよう

韓国の代表的カラオケ機器企業、KY(クムヨン・金泳)カラオケ(금영노래방、KY【Kumyoung】)が、Youtubeに各種カラオケ曲を提供している。もちろん、イ・ソンヒの歌も、ほ・ほ・ほ~(サンタクロースのように言おう)というほど沢山!網羅していて、視聴+歌うことができる。

ちょっとアレンジが入っている曲もあるが、それよりカラフルな幾何模様の映像(昔風にいえばサイケデリック)に目がまわりそう、それもご愛嬌。部屋にこもって、一人カラオケすると、あれれ、もっと上手く歌えたはずなのに・・・(イ・ソンヒの、あの情感がこれっぽっちもない)と反省する。

思い出のページをめくれば

ゆらぐる、思い出のページをめくれば
ああ、遂に果たせなかった悔しさと侘しい贖罪が

むかしのことのように、ぼんやりとかすむ窓枠の塵(ちり)のように
ああ、胸に積もるよ、今は遠ざかったあなたの微笑みのように

雨風がなくても春は来て夏は行く
ああ、あなたよ・・・涙がなくても、花は咲き葉はやがて散る

ああ、わたしに残った懐かしい、歳月を浮かべて、眠りにつくよ、夢を見るよ
眠りにつくよ、夢を・・・見るよ・・・

2015年6月28日日曜日

イ・ソンヒの「愛が散るこの場所」

以前、教室でカラオケが話題になり、イ・ソンヒの「Jへ」を歌うと言った(言ってしまった)。まっ、それも勢いでのことだが。(もちろん、カラオケでの評価を別にして、「冬哀傷」も「五月の陽射し」も歌っている)

歌を楽しむのに、カラオケで歌うのもよいが、聴いてこそ、その美しさにひたれるものがある。イ・ソンヒの「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이 자리)」(1988年、作詞・作曲:ソン・シヒョン)は、まさに聴くための曲かもしれない。

(本ブログ関連:”愛が散るこの場所”)

幸いYoutubeで、彼女が若い頃にどう歌っていたかを(観客の女学生の嬌声を含めて)古い映像で知ることができる。そして、人生を重ねることで、それがどう変遷したかも知ることができる。2004年の20周年コンサート、2014年の30周年コンサートと経て、その美しさは深く厚みを増しているのに気付く。観客も自身の人生をもう一度読み返しながら耳を傾けたことだろう。


「愛が散るこの場所」

花びら舞い散るとき、あなた目覚めないで
あれほど美しかった、花びらだったじゃない

愛が遠のくとき、あなた黙って去るのですか
あれほど愛した思い出が、壊れるのか恐わくて

*愛が散るこの場所、思い出だけ悲しくて
あなた目覚めないで、涙見せたくないのよ

私が恋しいとき、あなた帰ってきてもいいわよ
あれほど愛した昔に、戻りたいです

(*以下繰り返し)


(Youtubeに登録のO TWOに感謝)

2015年6月27日土曜日

狐と玉

先日、「狐石」について触れたが、民間伝承的な名称でのようで、信仰と直接的な関わりはないようだ。地名についても、ネット上の情報だけで、所在地以上のことは不明。

では、狐と玉について進んでみたい。とはいえ、ほんの入り口に過ぎないが。

(以前、「那須野の殺生石」で触れた、宮中を騒がせて捕えられた狐の「猶額にありたる白玉」とは別のものとして)

稲荷神社の狐には、宝玉を口にくわえるものがある。「如意宝珠」のようだが、本来、菩薩や観音が持つものを、なぜ狐がくわえるようになったのか。

ところで、「韓国民族文化大百科事典」にある「狐玉説話(여우구슬설화)」では、神異譚として、狐の持つ如意宝珠を奪って、天地を見極めた話しがあるようだが、その如意宝珠の由来は触れていない。

稲荷の狐は、農業に関わるといわれているので、ここで夢想して地中の玉と結びつけるのは無理があるだろう。

いかにも霊験あらたかそうな気がする。あるいは、きらりと光らせて威嚇の効果もあるやもしれぬ。

2015年6月26日金曜日

(雑談) USB扇風機

昔、マイコン時代にMZ-700からFMV-deskpower SEへ、本格的にPCと呼ばれるようになってノート型に変わり、NT331から現在に至る。すべて、順調に故障しての更新だった。

最後の故障機は、熱を発生してダウンした。メーカーに送ってみたものの、マザーボードの交換という。修理の見積もりは、新規PC購入と天秤にかけるようなものだった。臨終を宣告されたも同然。

現在使用中のノートPCは、長年使用なので、いずれボディーが熱くなりブルー画面になるだろうと気掛かり。最近の製品は、耐久性が増しているのか、怪しい兆しがないのが幸い。

それでも、ずっとつけっぱなしに酷使するのは先行心配。そこで、台所用の浅いカゴを逆さまにして、その上にノートPCを載せて下部に熱が溜まらぬようにしている。さらに隣り街の電気屋で購入したUSB扇風機を使って、熱を外に吐き出させるようにしている。実に健気で、大したものだ。

2015年6月25日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 端午の節句

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、今月20日にあたる陰暦5月5日の「端午단오)の節句」に関わる3曲を紹介した。

始めに、「端午の節句」に、パンソリ「春香歌」(춘향가)で、李夢龍(이몽룡)と春香(춘향)の出会いを次のように紹介された。
・官職の息子、李夢龍は、部屋にこもって勉強していたが退屈になり、使いの者を連れて、広寒楼に出かけた。美しい景色の中、遠くにブランコ그네)に乗る女性が目に入る。当時、家の外に出ない女性もこの「端午の節句」は子供の日で、おしゃれしてブランコに乗っても叱られぬ日だ。その女性こそ、パンソリ「春香歌」の主人公春香である。春香を見て、「白と赤の花が見事に咲いている」と言い、雪のように舞う花びらと杏子の花が落ちる中、ブランコの春香を、月のようで、また、太陽のような美しい女性がいると歌う。・・・この瞬間を境に、春香と李夢龍の恋がはじまる。

▼ パンソリ「春香歌」から「春香がブランコに乗る場面(춘향이 그네타는 대목)」を聴く。詩吟や語りのよう様々に歌う。

次に、「端午の節句」の行事、相撲「シルム씨름)」や水辺で遊ぶ曲「ドンドルナリ(돈돌날이)」を次のように紹介された。
・「端午の節句」の陰暦5月5日(今年は6月20日)は、初夏の美しい季節だ。みずみずしい樹木と、太陽の陽射しが気持ち良い。田植えもある程度終わり一息つく。豊作を願う祭祀を済ませ、ご馳走と酒を楽しむ日で、男の子は韓国式相撲「シルム」を楽しみ、女の子はブランコに乗る。また、北方の咸鏡道地域では、女性が海や川で遊ぶ曲「ドンドルナリ」が伝わる。「回る(돌다)」という、ぐるっと回って元に戻る意で、新しい日が巡るの意もある。正月や盆の秋夕(추석)、端午の節句に女たちが集まり歌う。笛など楽器で演奏し、興がわくと、立ち上がりみな踊りはじめる。

▼ ぐるっと回って元の位置に戻るの意の民謡「ドンドルナリ」を聴く。同じフレーズを繰り返す、どこか巫俗(始原)的な気もする。

洞簫퉁소)の笛と太鼓の演奏と歌で演じられた。家族や弱い者にだけ怒鳴る人を「部屋の中の洞簫」という。洞簫演奏はするものの、人前では自信がなく、部屋に鍵をかけて一人で演奏する人を指す。昔、人気のあった楽器で、最近は、咸鏡道地域によく使われる。どこか懐かしい音色が特徴だ。

最後に、「端午の節句」の行事、「江陵端午祭」と祭祀曲「城隍堂参り祭祀(성황당맞이 굿)」を次のように紹介された。
・「端午の節句」の開かれる江原道江陵地域の「江陵端午祭」は、ユネスコ人類無形遺産に登録さた。端午祭は、江陵地域だけでなく、近くの村の住民も共に楽しむ。この日のため、酒を醸す過程から祭祀を捧げるまで、一ヵ月以上かかる。また、北の地方だけでなく、釜山に至るまで、東海岸の漁村で行われた祭祀曲「城隍堂参り祭祀」は、豊漁を願い、その他に豊作や家族の健康など幅広く祈る、村の人々の祭祀でもあった。

▼ 豊漁と豊作を願う祭祀曲「城隍堂参り祭祀」を聴く。いかにも精霊と通じ合う祭祀の響きがする。

2015年6月24日水曜日

イ・ソンヒとイ・スンギ「その中であなたに出会って」デュエット

先週(6/19)、KBS2で放送された「ユ・ヒヨルのスケッチブック」では、イ・スンギの舞台にイ・ソンヒが登場した。彼の「棘(とげ)」(가시)をデュエットするYoutube映像を、本ブログにも載せさせていただいたが、今度は、イ・ソンヒの「その中であなたに出会って」(그 중에 그대를 만나)のデュエット映像を見つけたので、ここに載せさせていただく。

(本ブログ関連:”その中であなたに出会って”)

イ・ソンヒは、いつもと比べて少し抑え気味に、そして静かに聞かせる。イ・スンギは、背景から色付けするように歌い合わせる。師弟の息遣いが見る者に伝わり、引き込まれていく。新しい味する「その中であなたに出会って」を聞くことができる。

(Youtubeに登録のMusic Space cheolinに感謝)

(付記)
イ・ソンヒは減量したのだろうか。今回の映像を見て感じた次第。

2015年6月23日火曜日

申京淑の謝罪

韓国で文学界を飛び越えた話題が、ようやく結着の段階に入ったようだ。朝鮮ドットコムの記事「申京淑 1週間ぶりに謝罪 『盗作の指摘正しいと思う…読者らに謝罪』」(6/23、7:56)は、当事者の釈明を次ように伝えている。

小説家申京淑については、イ・ソンヒと同世代であり、彼女たちに共通の言葉を探してブログに載せてきた。昔、申京淑は、放送作家であり、歌謡曲の作詞も手がけたこともあるという。その経験から、時代に合わせ過ぎたのかもしれない。15年前(にも指摘された)のこととはいえ。

(本ブログ関連:”申京淑”)

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去る16日、盗作論議(論難)に包まれた小説家申京淑(52)が、1週間ぶりに自身の過ちを認めた。 また、問題になった短編「伝説」を本人の作品目録から除外させると明らかにした。

23日、京郷新聞の報道によれば、申(京淑)氏は、「問題になった三島由紀夫の小説『憂国』の文章と、『伝説』の文章を何度も照し合わせて見た結果、盗作(剽窃)という問題提起をするのが正しいという気がした」として、「いくら記憶をかきまわしてみても、『憂国』を読んだ記憶はないけれど、今は私の記憶を信じることができない」と述べた。

引き続き、申氏は、「出版社と相談して、『伝説』を作品集から外(はず)す」といって、「文学賞審査委員をはじめ、全てのものを降ろして自粛する時間を設ける」と述べた。

15年前の去る2000年に、すでに、チョン・ムンスン文学評論家が、「申京淑作家の『伝説』と三島由紀夫の小説『憂国』が似ている」という問題提起をしたけれども、対応しなかった理由については、「2000年にそのような文が載せられたという話は聞いたが、私が読んだりもしない作品(『憂国』)を持ってきて、そんなことがあるかと思ったので読まなかった」といい、「その時読んだら良かっただろう」と遺憾を表示した。

申氏は、小説家イ・ウンジュン(45)が、16日、盗作疑惑を再び提起した時、出版社<創批>に「『憂国』を読んでみたこともない」と話したことについては、「かなり以前に一度体験したことなので、15年前と同じ考えで、知らないことだと答えた」といって、「私に対する批判の文は、耐える自信がないため、たくさん読まなかったし読めない」と説明した。

一方、申氏は、「伝説」の他にも、「母をお願い」、「汽車は7時に出るよ」、「別れのあいさつ(작별인사)」など、彼女の作品全般にあふれる盗作疑惑と関連しては、「創作は、読書の影響から完全に自由なことなくて、いくつかの考えは時代と国境を越えて全く知らない状態でも共通点を持つ」としながら、「私の文章で書いた文だが、評壇や読者らの指摘に対して深く省察してみる」と述べた。

また、「重い鳥の足跡(무거운 새의 발자국)」、「遠く、限りない道の上に(멀리, 끝없는 길 위에)」など1990年代初期に書いた断片の題名が詩の一節で、無断に盗用したという指摘に関連して、「詩から題名を取ってくることは、当時、文壇でたびたびあったことであり、詩人が私の友人であった事情もある」としながら、「もしそれが誤ったことだったら、ひょっとして残念な心を持ったとすれば、私は間違って生きてきたこと」と釈明した。

彼女は続いて、「この問題を提起した文学者をはじめとして、私の周辺のすべての方々、何より私の小説を読んだ多くの読者に心より謝罪申しあげる」と、「すべてがきちんと見られなかった私のせい」と述べた。

しかし、申氏は、「どう考えてみても。臨機応変式の絶筆宣言はできない。私に文学は命のようなものであり、文を書くことを終えるなら、生きても生きていることでない」として、「原稿を書いて壷に隠しても、文学という地で倒れたのだから、その地に(手を)ついて立ち上がりたい」と明らかにした。
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2015年6月22日月曜日

夏至 2015

今日は、一年で一番日の長い「夏至」。朝から陽射しするけれど、ここ連日、曇りと晴れが入れかわるらしい。まぶしい朝陽が欲しい。

(本ブログ関連:”夏至”)

日めくりカレンダーを見ると、陰暦の記載あり。今月は「水無月」となる。(実際は、旧暦5月7日で「皐月」だが)
陰暦でいう「水無月」って、この時期、水が無いわけではないのに ・・・ 「無」=「な」=格助詞の連体修飾で「~の」にあたる、なんて久し振りの古語辞典参照。つまり、<水の月>。

でも旧暦5月7日なら、「皐月」=「早苗月」のはず ・・・ 季節感でいえば、田植時期のこちらの方が実感する。考えてみれば、古語は<京都>が基準だろうから、そんなものかもしれない。(と思ってネットで調べれば、関西の田植え時期は意外と遅い?)

どうも言葉に無関心過ぎたようだ。

キム・ヒジンの「永遠の私の愛」

キム・ヒジン김희진)の声は、聞くたびにほっとさせてくれる。彼女の2集に収録のデビュー曲でもある「永遠の私の愛(영원한 나의사랑)」(2008年)は、フォークだけでなく、大衆歌謡的な雰囲気があって耳に馴染む。彼女が、人々の心に残っただろう昔の歌を丁寧に歌い続けていることでもあるが。

(本ブログ関連:”キム・ヒジン”)

キム・ヒジンのホームページに、「7080フォーク系」と説明されている。誰にも好かれる澄んだ美しい声と、健康的で、しかも愛らしいお嬢さんといった雰囲気だからだろう。あの眉間に皺を寄せるくせがご愛嬌、飾らないところがいい。そうはいっても女性のこと、ちょっとずつ変身している・・・こんなふうに。

キム・ヒジンのホームページより
1990年に、ともにこの世を去った兄妹デュオ、ヒョンとトク(チャン・ヒョン、チャン・ドク)が再び脚光を浴びようとしている。キム・ヒジンは、パク・スンファと共にオマージュ事業に関わっている、とのこと。
そうそう、イ・ソンヒと、ヒョン・トク兄妹との<ライイバル・シリーズCD>があるので、この機会にまた聞いてみよう。


「永遠の私の愛」
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葉先に 露のように   あなたの澄んだ瞳
いつも 私だけ愛する心に   私、私、幸せです

苦しくって つらいたびに   常に 愛で包んでくれる
あなたの暖かい心に、私は   いつも あなたに感謝してる

あなたは、私の人生   永遠(とわ)に、私の愛
いつも あなたと一緒なのよ   永遠(とわ)に、私の愛
                        ____

野に咲いた きれいな花のように   あなたのうるわしい姿よ
いつも、私だけ信じてくれる心に   私、私、幸せです

寂しくって 悲しいたびに   常に 野花のようなあなたよ
あなたの強い心に、私は   いつも あなたに感謝してる

*
あなたは、私の人生   永遠(とわ)に、私の愛
いつも あなたと一緒なのよ   永遠(とわ)に、私の愛

(*)以下繰り返し
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(Youtubeに登録のrhythm7777777に感謝)

2015年6月21日日曜日

狐石

このブログでは、イ・ソンヒファンとしての奏上!以外に、趣味の鉱物採集について、及びイ・ソンヒが愛弟子イ・スンギ主演のSBSドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」のテーマ曲である「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌ったということから「」(九尾狐、稲荷など)について、それぞれ触れている。そこで、「狐」と「石」二つを合体したものをネットで調べてみた。結果、次の通りである。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)

▼ 狐にちなんだ「石」について
狐石」という名の石がある。黄鉄鉱を「馬鹿の金」と呼ぶように、翡翠の偽もの扱いした民間伝承による名称のようだ。宝と間違えた滑稽さがにじみ出る。ところで、下記に示すように地名にも「狐石」があり、東北地方とりわけ福島県に集中している。妄想を膨らますと、かつて東北が「金」の大産地であったことと何かしら関係があるのだろうか。それとも、「遠野物語」風か。
「狐石」という名の記念碑がある。「オクシズ」のサイトに、静岡市葵区足久保地区にある、<芭蕉>の句碑(句を刻んだ)「狐石」を次のように紹介している。感謝。(でも、狐の巣?の上に句碑を建てたというのは、いささか理解に苦しむ)
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「駿河路や はなたちばな(花橘)も 茶のにほひ」
さて、何故この石を「狐石」と呼ぶかというとここに狐がすんでいたことから・・・という説と茶葉の変化しやすい性質から「狐っ葉」と呼ぶことも関係するとか。本当のところは、なぞです。
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直接的な名ではないが、狐の妖気と結びついた岩がある。伝説<玉藻の前>すなわち九尾狐が変身した毒石「殺生石」(栃木県那須町那須湯本温泉近く)こそ、まさに「狐」と「石」が合体したものとしてあげることができるだろう。(この件、「殺生石」についてはいくつか記載済み)

▼ 「狐石」という名の地名について
「狐石」と名の付く場所を探したところ、「都道府県市区町村 データで遊ぼう」のサイトに地名リストが掲載されており、「狐岩」とともに次に列記する。感謝。
「狐石」の地名は10件あり、 東北の岩手、宮城、福島の3県に、特に福島県に集中しているのが興味深い。
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岩手県(2): 奥州市前沢区狐石/気仙郡住田町世田米狐石
宮城県(1): 石巻市小船越狐石
福島県(7): 須賀川市稲狐石/須賀川市森宿狐石/二本松市上川崎狐石/田村市船引町芦沢狐石/
                 伊達郡川俣町大字小神狐石/福島市飯野町大久保狐石/双葉郡広野町大字上浅見川狐石
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「狐岩」の地名は、「狐石」に比べて少なく全国に散らばる。岩手県遠野市狐岩、京都府南丹市美山町大字島狐岩、福岡県中間市狐岩の3件である。

(付記)
地元駅のエキナカ商店街に不二家がある。店前に立つ可愛いペコちゃん人形が、今回、ゆかたを着て、「白狐の仮面」をかぶっている。ついつられてケーキを求めたとき、狐の面は何かイベントでも指しているのかと尋ねたところ、夏らしさを表しているのですよという回答だった。仮面でペコちゃんはお顔が見えないが、小さくて見上げるような姿がなんとも微笑ましい。

2015年6月20日土曜日

イ・ソンヒとイ・スンギの「ユ・ヒヨルのスケッチブック」ステージ

昨晩放送の、イ・ソンヒとイ・スンギが出演したKBS2の番組、「ユ・ヒヨルのスケッチブック」の映像が、早速Youtubeに登録された。(登録者に感謝)

(本ブログ関連:”ユ・ヒヨルのスケッチブック”、”イ・スンギ”)

イ・スンギが「棘(とげ)」(가시)を歌う舞台に、にこやかに登場するイ・ソンヒ。そして同曲を歌い始める・・・デュエットに入り、やがて美しいハーモニーで終わる。イ・ソンヒが歌うと、別の曲に聞こえてしまうのは贔屓の引き倒しというもの。それにしても、師匠であり、お母さん役の力はすごい。

もうひとつは、イ・ソンヒの真骨頂、「因縁(인연)」(2005年)である。この曲を聞くたび感じる、湧き出るような感動は、同じ東洋的感性からくるからなのだろうか。幸いなことだ。

KBSと契約しているわけでないので、他にどんな曲を歌ったのか、おいおい(できればYoutubeに期待して)調べてみたい。



2015年6月19日金曜日

イ・ソンヒとイ・スンギ、今晩「ユ・ヒヨルのスケッチブック」に出演

聯合ニュース掲載のニュースエンの記事「イ・スンギ ”イ・ソンヒとのデュエットは本当にしたくなかった、ぺしゃんこイカになった気分”」(6/18 ファン・ヒェジン記者)によれば、6/16収録のイ・ソンヒとイ・スンギ出演のKBS 2TV「ユ・ヒヨルのスケッチブック」で、イ・ソンヒとイ・スンギのさまざまなエピソードが語られたようだ。なお同番組は、本日午後11時40分から放送されるという。

(本ブログ関連:”ユ・ヒヨルのスケッチブック”)
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・師弟関係にあるイ・ソンヒとイ・スンギが「スケッチブック」に出演した。

・イ・ソンヒとイ・スンギは、6月16日に行われたKBS 2TV「ユ・ヒヨルのスケッチブック(유희열의 스케치북)」録画に参加した。

・デビュー31年目の「歌謡界の女帝」イ・ソンヒは、イ・スンギを援護射撃するためスケッチブックのステージに上がった。イ・スンギの歌の間、サプライズ登場したイ・ソンヒは、甘美な声とパワフルな声を行き交わせながらスケッチブックの観客たちの心を盗んだし、予期せぬイ・ソンヒの登場に観客たちは雷のような拍手と歓声を送った。

・アルバム広報でもコンサート広報でもない、イ・スンギを援護射撃するために出たイ・ソンヒは、「スンギがスケッチブックに出るというので、私が役立とうかと思って出てきた。そして、スンギに付いて出て、私の顔を映したかった」と話し、観客たちの笑いを誘った。続いて、イ・スンギは、正規6集アルバム「そして・・・(그리고...)」のディレクティング(音楽監督)をイ・ソンヒがしてくれたと、「既にディレクティングまでしてくださったついでに、責任を負って欲しいという気持ちで出演をお願いした」と述べた。

・MCのユ・ヒヨルは、イ・ソンヒとデュエット舞台をしたイ・スンギに、「イ・ソンヒと一緒に歌を歌った人は、イカになるけれど・・・」とはどんなものか尋ねて、イ・スンギは「ただのイカではなくて、高速道路でぺしゃんこに押しつぶして売るイカ*になったようだ」と答えた。続いてイ・ソンヒは、「デュエット舞台について会議をして、私の歌を一緒にやったらどうかとスンギに意見を出した」と語って、イ・スンギは、「本当にやりたくなかった」と話し、録画会場を笑いの海にした。

(*)参考:ブログ「根強いオリーブの木(꿋꿋한올리브나무)」、感謝

・また、スケッチブックを4年ぶりに出演したイ・ソンヒは、スケッチブックがこんなに長寿になると思ったかという質問に、「ユ・ヒヨルさんが無色、無臭なので長寿できると思った」と答え、皆を怪訝にした。続けてイ・ソンヒは、「悪い意味じゃなく、他の番組はMCの色が濃くて、音楽が埋没したりもするが、ユ・ヒヨルさんは音楽をよく紹介できるようサポートが上手い」と、MCのユ・ヒヨルを賞賛した。

・一方、この日の録画で、イ・ソンヒに呼び名を​​先生としたイ・スンギは、「歌手をしているけれど、私の歌を教えてくださった方である。先生と呼ぶ」と話し、イ・ソンヒは、「スンギの母と父と、私は年齢が同じだ。お母さんの気持ちでスンギに接する」と言って、師弟関係の厚い情を感じさせた。これに対して、MCのユ・ヒヨルは、「イ・スンギのお母さんと言ったが、もちろん、恋愛相談もするか」と尋ねて、イ・ソンヒは、「恋愛相談はしない。けれど、スンギはとても男のなかの男のスタイルだ」と述べた。続いて「今、スンギは男らしさが最もホットな時期だ」と言って観客たちを皆驚かせた。

・MCのユ・ヒヨルは、模範生イメージが強いイ・スンギは、実際にどうかとイ・ソンヒに聞いたところ、イ・ソンヒは模範生イメージという言葉にびっくりしながら、「スンギは、私たちの所属事務所(フックエンターテインメント)で最も模範的ではない。パーティーがあればいつも両腕に酒を持って現れる」と述べた。続いて、イ・スンギとイ・ソンヒは所属事務所内であったエピソードと、酒瓶を持って来るようになった理由が、イ・ソジンからであることを明らかにして、当時の状況を説明して観客たちを興味津々にした。

・31周年の歌手イ・ソンヒは、この日の録画を通じて、生涯初めて(テレビで)歌ってみた歌が、小学校ミュージカル(公開放送)のとき、スズメ役をして歌った歌であると明らかにし、当時あったエピソードや歌を歌った。また、歌手として最もやりがいがみなぎる時は、「歌に数多くの人々が集まって一つになり、共感されるとき」と答え、観客たちの心を感動させた。

・イ・ソンヒ、イ・スンギ、オクサンタルビが出演した「ユ・ヒヨルのスケッチブック」は、6月19日午後11時40分放送される。
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(追記)
(Youtubeに登録の백산に感謝)

2015年6月18日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 済州島の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/10)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、朝鮮半島の南に位置する島、<済州島제주도)>の歌に関する3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”済州島”)

始めに、済州島の景観と李漢雨(이한우、1823年~1881年)作「瀛州十景歌영주십경가)」について次のように紹介された。
・済州島といえば、透き通ったきれいな海、島の中心にそびえ立つ漢拏山한라산)。柑橘類の「ハンラボン(漢拏峰、デコポン)」や「天恵香」。独特な方言、ウォーキングコース(제주올레)も思い浮かぶ。特有の景色と文化を誇る一方で、陸地と離れた島として、生活は大変な面も多かったが、反面、固有の文化が守られている。
・昔、瀛州といった済州島の十の景色を歌う「瀛州十景歌」がある。海底噴火でできた「城山日出峰성산 일출봉)」など、済州島の景勝地を歌う。

▼ 水瓶(허벅)を棒で叩きながら歌う「瀛州十景歌」を聴く。民謡に聞こえるが、詩作時期を考えると成立はいつか。

次に、竹編みの「竹籠(クドク、구덕)」と、それを元にした「赤ん坊竹籠(애기 구덕)」について次のように紹介された。
・水瓶は、女性が頭に載せて水汲みに行くが、済州島では「竹籠」に入れ、紐を付けてかついだ。水がこぼれぬよう、こぶし大の小さな口が特徴。竹籠は、水瓶を運ぶ以外、洗濯物や魚や餅を入れたり、祭祀の供え物を入れる竹籠もあった。
・竹籠に、「赤ん坊(エギ、애기)竹籠」という揺り篭がある。面白い仕掛けがあって、籠の中間の高さに、縦横に紐を編み合わせ、その上に麦わらを敷き、赤ん坊を寝かせる。赤ん坊が大小便をしても麦わらに吸い取らせる。また、底が丸いため、手や足で揺らすと赤ん坊がすぐに眠る。風が強いこの島では、置いておけば自然に揺れるという。

▼ 赤ん坊の揺り籠歌「赤ん坊竹籠を揺らす音(애기 구덕 흥그는 소리)」を聴く。(お婆さんの歌声に心穏やかになり、自然と眠たくなりそう、という)・・・なるほど、リフレインは単調でも、安定感があるなあ。

・済州島独特の文化、「赤ん坊竹籠」は、今では子供用品として販売され、竹の代わりに丈夫な鉄のものも出ている。伝統を受け継ぐ姿が素晴らしい。

最後に、海女が船で海に出るとき歌う民謡「離於島サナ(이어도사나)」について次のように紹介された。
・済州島民謡に、海女が船で海に出るとき歌う民謡「離於島サナ」がある。単純で元気の良いリズムが特徴。

▼ 民謡「離於島サナ」を編曲した「離於島の歌(이어도의 노래)」を聴く。陽射しに照らされて陽気に歌う編曲。

・離於島は、済州島から約150キロメートル離れた場所にある水中の暗礁で、幻の島としての象徴的な場所でもある。小説や映画、歌でも広く知られる。

2015年6月17日水曜日

作家申京淑の噂

日本でも取り上げられることの多い韓国の女流作家申京淑(신경숙、1963年1月12日~)の作品について、ある問題が提起された。文学とは永遠に縁のない、この素人にとっても、耳を疑うできごと、衝撃だ。

(本ブログ関連:”申京淑”)

NEWSIS/朝鮮日報日本語版の、以下の記事、「申京淑の『伝説』は三島由紀夫『憂国』を盗作」(2015/06/17 11:31)には驚かされた。三島由紀夫の作品を・・・よりによって。
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「申京淑『伝説』は三島由紀夫『憂国』を盗作」 - 韓国人作家が疑惑提起

 韓国を代表する小説家、申京淑(シン・ギョンスク)氏(52)が作家の三島由紀夫(1925-70年)の作品を盗作したとする主張が提起された。

 小説家で詩人でもあるイ・ウンジュン(이응준、1970年~)氏(45)は16日、インターネット新聞のハフィントンポスト韓国で、申氏の短編小説『伝説』(1996年)の一部が三島由紀夫の短編小説『憂国』(韓国で83年に発刊)を盗用していると主張した。イ氏が盗用の疑いを提起した部分は以下の箇所だ。

▼ (三島由紀夫『憂国』韓国語版)
  「二人とも実に健康な若い肉体の所有者だったため、彼らの夜は激しかった。夜だけでなく、訓練を終えてほこりだらけの軍服を脱ぐ間さえもどかしく、帰宅するなり妻をその場に押し倒すことが一度や二度ではなかった。麗子もよく応えた。最初の夜を過ごしてから1カ月たつかたたないうちに、すでに麗子は喜びを知る体になり、中尉もそんな麗子の変化を喜んだ」

▼ (申京淑『伝説』)
  「二人とも健康な肉体の持ち主だった。彼らの夜は激しかった。男は外から帰ってきて、ほこりがついた顔を洗いながらも、もどかしく急いで女を押し倒すのが常だった。最初の夜を過ごしてから2カ月余り、女はすでに喜びを知る体になった。女の清逸な美しさの中に官能はかぐわしく、豊かに染み込んだ。その成熟さは歌を歌う女の声にも豊潤に染みわたり、今や女が歌を歌っているのではなく歌が女に吸われてくるようだった。女の変化を一番喜んだのは、もちろん男だった」

 イ(・ウンジュン)氏は「三島由紀夫『憂国』の盗作は、小説家が特定分野の専門知識を小説の中で説明したり、表現したりするために小説以外の文献の内容を地の文や登場人物の対話中で活用するといった、いわゆる『小説化作業』の結果では決してない」と指摘。プロの作家としては到底認められない、明らかな「作品の窃盗行為」だとした。

 続けて、申氏の小説はさまざまな言語に翻訳されて、海外で一定の成果を収めているとしながら、「もし盗作がニューヨークやパリ、英国に伝わったらどうなるか。日本の文筆家や大衆がこの事実を知ったらどうなるか。これは隠そうとしても隠されるものではなく、隠せば隠すほど悪臭を放つ韓国文学の恥だ」と強調した。
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ちなみに、中央日報の記事、「申京淑、三島由紀夫作品 盗作した」(6/17)は、もう一歩踏み込んでいて、彼女のこの行為は(問題提起者によれば)、2000年秋からのことであるとか、韓国文壇の「沈黙のカルテル」、巨大出版社の社長と編集部の操縦、とまで書かれている。

この情報の発端となった、ハフィントンポスト韓国版の、小説家で詩人でもあるイ・ウンジュンの長々とした内容「偶像の闇、文学の堕落 | 申京淑の三島由紀夫盗作」(6/16)は、申京淑の人間・夫婦関係も含めて、もっと厳しい韓国風の表現がある。・・・韓国文人たちの「沈黙の共犯」と。

(資料)上記ハフィントンポスト韓国版掲載
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▼ (三島由紀夫『憂国』韓国語版)
두 사람 다 실로 건강한 젊은 육체의 소유자였던 탓으로 그들의 밤은 격렬했다. 밤뿐만 아니라 훈련을 마치고 흙먼지투성이의 군복을 벗는 동안마저 안타까와하면서 집에 오자마자 아내를 그 자리에 쓰러뜨리는 일이 한두 번이 아니었다. 레이코도 잘 응했다. 첫날밤을 지낸 지 한 달이 넘었을까 말까 할 때 벌써 레이코는 기쁨을 아는 몸이 되었고, 중위도 그런 레이코의 변화를 기뻐하였다.
─  三島由紀夫、 キム・フラン訳, 「우국(憂國)」, 『金閣寺, 憂國, 宴会は終わって(宴のあと)』, 主友 世界文学20, 株式会社主友, P.233. (1983年1月25日 初版印刷, 1983年1月30日 初版発行)

▼ (申京淑『伝説』)
두 사람 다 건강한 육체의 주인들이었다. 그들의 밤은 격렬하였다. 남자는 바깥에서 돌아와 흙먼지 묻은 얼굴을 씻다가도 뭔가를 안타까워하며 서둘러 여자를 쓰러뜨리는 일이 매번이었다. 첫날밤을 가진 뒤 두 달 남짓, 여자는 벌써 기쁨을 아는 몸이 되었다. 여자의 청일한 아름다움 속으로 관능은 향기롭고 풍요롭게 배어들었다. 그 무르익음은 노래를 부르는 여자의 목소리 속으로도 기름지게 스며들어 이젠 여자가 노래를 부르는 게 아니라 노래가 여자에게 빨려오는 듯했다. 여자의 변화를 가장 기뻐한 건 물론 남자였다.
─  申京淑, 「伝説(전설)」, 『昔、家を出るとき(오래전 집을 떠날 때)』, 創作と批評社, P.240-241. (初出1994年⇒1996年9月25日 初版発行, 後に 2005年8月1日 同じ出版社として名(創作と批評社)を圧縮して改名した「創批(창비)」で 『ジャガイモを食べる人々(감자 먹는 사람들)』と小説集題名だけ変えて再出版された)
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2015年6月16日火曜日

ノ・サヨンの「出会い」

イ・ソンヒの世界にだけ遊ぶ身に、若い世代の曲は全く縁遠い。だから、教室で、コヨーテの「出会い」を聞いてきたという話しにも、ノ・サヨン(노사연)の「出会い(만남)」(1989年)しか浮かばない。

(本ブログ関連:”ノ・サヨン”)

愛とは決して偶然でないという確信は強くて切ない。誰もがそんな記憶を持っているからこそ、思い出の曲として歌われつづけているのだろう。韓国で、70~80年代に輝かしい学生時代を過ごした世代も、今や中高年世代として若者たちに押されている。俗に7080世代と呼ばれ、我が歌が懐メロになるのに抗しているようにも見えるけれど。

(本ブログ関連:”(資料)韓国ギャラップ調査「愛唱曲 2004-2014比較」”、”7080世代の好きな曲”)

美しい歌「出会い」を、SMAPの草彅剛が韓国語の語りと照れを入れて歌った珍しい映像がある。ノ・サヨンの歌と並べてみた。そういえば、彼は現在、초난강をすっかり卒業したようだ。


(Youtubeに登録のpops8090、KBKに感謝)

イ・ソンヒの「少女の祈り」

イ・ソンヒのコンサートに必須な曲の一つに、初めてのアルバムに収録した「少女の祈り(소녀의 기도)」(1985年)がある。デビュー時のアピールである、高音で元気良く溌剌とした、パワフルな歌い方とは若干違って、いかにも少女らしい雰囲気する曲だ。

(本ブログ関連:”少女の祈り”)

イ・ソンヒの声の特質に、高音部で一瞬反り返ったようなところがあるが、そこに幼い少女のような響きがして、デビューすぐに女子学生たちに受け入れられ要素の一つではなかったかと推測する。この「少女の祈り」は、まさに特徴的である。甘くて、清くて、可愛らしいこの曲に、おじさんの心も洗われそう。

(Youtubeに登録のrosamin2に感謝)

2015年6月15日月曜日

ヤドランカ「誰かがサズを弾いていた」

2011年4~5月、NHKの音楽番組「みんなのうた」で放送された、ヤドランカが歌う「誰かがサズを弾いていた」(作詞:友利歩未、作曲:ヤドランカ)に、想像を搔きたてられる。遠く異境をさすらうというに、彼女の声質にどこか安らぐ。

(本ブログ関連:”誰かがサズを弾いていた”)

夜の砂漠、星の明かりはいかばかりと空想に酔う。異国の美酒は、緑眼の胡姫たちを紛れ込ませる。いや、酔いを深めたのは、隊商の駱駝の背で美しく輝く石たちだった。

     絹の道行く キャラバン
     駱駝の背には 宝物
     ルビー、サファイヤ、トルコ石
     時に素敵な 歌までも
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     (同曲の歌詞より)

映像には、懐かしいイラスト作家の宇野亜喜良が命を吹き込んだ、碧眼の美女を登場させ、この歌に幻想の香りをつける。砂漠の夜、空は青色を深くして、輝く星は金色に、まるでラピスラズリを散らしたよう。ああ、やがて夜がしらむ。


誰かがサズを弾いていた 投稿者 CIMBAL_CINTA

2015年6月14日日曜日

砂金と玉

先日、KBS WORLD放送「国楽の世界へ」(6/3)で、「春香伝」にまつわる話しがあり、次のように紹介された。「地方官の息子李夢龍は、妓生の娘春香との待ち合わせの間、本(詩傳、大学、周易・・・)を読んでも落ち着かず、使用人とおしゃべりを始めた。それが(パンソリ)『春香歌』の中で歌われる『千字注解』の場面」である。(参考:「春香伝」(許南麒訳))

(常々思うに、パンソリは漢語が張り巡らされていて、いってみれば、カタカナにあふれたファッション誌のごとく、漢文素養が無いよりは在った方が良いということになりそう。パンソリは、大衆自身の手によるというより、ストーリーを借りて、趣味人が衒学風に味付けした手遊びに見えることがある)

上記にある、「千字文」(小川環樹、木田章義注解)を見ると、砂金と玉に触れているところがある。この書は漢詩で、異なる千文字の漢字から作られていて、江戸の寺小屋の教材にも使われた(子ども向け)漢字学習書だ。
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金生麗水/玉出「・昆」崗     「・昆」=「山」偏+昆
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(砂金は(今の浙江省にある川)麗水より採れ/玉は「・昆」崗 (崑崙山)の峰より採れる)

この「千字文」(小川環樹、木田章義注解)に、北魏の李暹の注があって、次にような話しが載っている。(抜粋)
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・麗水は川の名で、砂金を産出し、他のものより勝るので「金生麗水」という。
・南楚の荊山の崑崗谷から美玉が産出する。楚の卞和(べんわ)は、巧みに玉を見分けることができた。あるとき、谷で玉の原石(玉璞)を見つけ、楚の文王に献上したが、文王は見分けられず怒り、卞和の左足を切らせた。文王が亡くなって武王となり、卞和は再び原石を献上したが、再び疑心にかかり右足を切られた。卞和は、二つの玉が見分けられないことを知り血涙した。
・武王が崩じ、成王となり、卞和は今度も原石を献上した。成王は、これを磨かせると美しい玉となった。値の付けられぬ、まさに城に金を満たせるほど価値のあることから、王は「連城の玉」と名づけた。
・成王は、北方の趙の国王の娘と結婚したく、納得しない趙王に卞和の美玉を与えて認めさせた。両国はこの玉を賞めたたえて、「連城の珍」と名づけた。
・西方の秦国の昭王は、趙王の美玉を知り、十五の城を割いてこれと交換した。
(以下略)
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石好きの欲には底知れぬものがある。特に、権力者の場合、石の持つ永遠性に魅力を感じているのかもしれない。市井においては、他から影響を受けてない堅牢な独自性や自律性に惹かれたのかもしれない。

(本ブログ関連:””)

暑い8月、ひんやりした沢の水にひたって、砂金採りに行く計画をしている。私の場合、もっと即物的で、単なる物欲でしかないけれど。

2015年6月13日土曜日

イ・ソンヒの書「夢よ、愛よ、出会いよ」

写真:gmarketに掲載の写真
1991年(11月1日)、イ・ソンヒが(ケイステップインターナショナルより)出した自伝「夢よ、愛よ、出会いよ(꿈이여 사랑이여 만남이여)」は、どうやら、本ブログの左に置いた、「ブログ本文&資料」の「・資料:이선희 Profile (自伝~1991年、27歳まで)」*に該当するようだ。(同書が入手できれば一挙に判明することだが)

(*) 「スポーツ韓国」紙面(1991年3月8日~4月5日)に、12回に渡って掲載された自伝と、書籍として自伝が出版された年が一致する。

(本ブログ関連:”夢よ愛よ出会いよ”)

時期的な根拠以外に、ブログ「PETERLOG」の「イ·ソンヒと高音이선희와 고음)」に紹介された、次の記述からも推測できる。(感謝)
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・1991年に出した自叙伝「夢よ、愛よ、出会いよ」でも明らかにしたように、彼女は、「ダイナミックでパワーあふれる歌手」という・・・。
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上記ブログでは、イ・ソンヒの音楽性の変化について、彼女の初期からの「高音」の発声や「パンパラパンパ」した威勢のよさが影をひそめるタイミングを示し、考察している。

2015年6月12日金曜日

(雑談)アリ+ハチの話し

アリ(蟻)について、身近に観察したことを記したり、思いつくまま雑誌や書籍など孫引きして楽しんでいる。今回も受け売りだが、おもしろい記事があった。

(本ブログ関連:”アリ”、”ハチ”)

<アリの行列>
以前、アリの行列が渋滞しないのは、互いの距離が開いているからという話しを受け売りした。今回は、雑誌「Newton」(2015)の7月号に、科学ニュースの短報、「アリの渋滞回避方法」(ドイツ、へーニッケ博士ら)が載っているので記す。
① アリの行列は、数が増えても混雑せず渋滞しないのは、列を増やしたり速さをコントロール(最大1.5倍)するからだそうだ。
② また、行列がすれ違うとき、巣に帰ろうとするアリは左によけるとのこと。
何だか、②については、左側通行の正当性・根拠を与えられたような気がして・・・。

<ドローン>
ところで、最近賑わしている、あの空を飛び回る「ドローン(drone)」であるが、ハチの発するブーンという音を指すともいわれる。
「働かないアリに意義がある」(長谷川英祐著)によると、アリと同じ、(真社会性社会性昆虫である、ハチも女王蜂と働きバチ(メス)で構成されていて、オスは1回の交尾のため存在して、その後死ぬ。そのため「厄介者」と呼ばれるそうだ。さらに、ミツバチのオスについて、次のような悲しい話まである。
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・新しく生まれた女王が充分な回数の交尾を済ますと、働きバチはまだ巣にいるオスにエサを与えなくなり、激しく攻撃して巣から追い出してしまいます。追い出されたオスたちは、むなしく死んでいくしかありません。
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ネット英語辞書「英辞郎」で、<drone>を見ると。
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1.《昆虫》〔ミツバチの〕雄バチ◆特に女王蜂との生殖専門の
2.怠け者、ぐうたら者、ごくつぶし、横着者
-- 以下略 --
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<イ・ソンヒは、アリよりキリギリス>
ところで、イ・ソンヒは、大学受験の高3の夏に「アリとキリギリス」のどちらを選んだか。
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・遊んでばかりいた子どもも高3になれば、慌てて入試勉強に没頭するのが常なのに、なぜか私だけは万事泰平だった。
・そのとき、私の心は、イソップ寓話に出てくる「アリ(蟻)」よりも「キリギリス」の側に傾いていたようだ。だから、友達が夏の間、アリのよう熱心に教科書と格闘したときに、私はキリギリスのように歌いながら暑い夏を涼しくおくった。
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2015年6月11日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 並唱

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/3)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、弾き語りしながら歌う「並唱〔併唱〕(병창)」に関する3曲を紹介した。

始めに、撥弦楽器の伽耶琴(カヤグム、가야금)を演奏しながら歌う「伽耶琴並唱」について次のように紹介された。
・楽器を演奏しながら歌う「並唱」に、伽耶琴演奏して歌う伽耶琴並唱がある。並唱は、朝鮮後期に生まれた奏法で、パンソリ中よく知られた部分や短歌、民謡を歌う。パンソリで喉を痛め仕方なく歌うものと軽視されたが、日本統治の頃から、レベルの高い並唱がはじまり、人気のジャンルとなった。朴貴姫が重要無形文化財に指定されるに至り、今では伽耶琴と歌、両方できるジャンルとされる。パンソリと比べ歌のリズムは単純だが、歌と融合した伴奏に魅力がある。

▼ 伽耶琴並唱の「春香歌(춘향가)」から、「千字注解(천자뒷풀이)」を聴く。知ってるか? 知ってますとも・・・長々暗誦する。

・「春香伝(춘향전)」の李夢龍(이몽룡)は、春香との待ち合わせで、時間まで居ても立っても居られない。本を読んでも落ち着かす、仕方なく使いの房子(방자、地方官の役職)とおしゃべりをはじめた。それが「春香歌」の「千字注解」の場面だ。

次に、弦楽器の玄琴(コムンゴ、거문고)を演奏しながら歌う「玄琴並唱」について次のように紹介された。
・玄琴の並唱、玄琴並唱は伽耶琴並唱と比べ、曲の数も演奏する者も多くない。申快童が初めて玄琴並唱を歌い、今では弟子の金泳宰(김영재)だけが後を継いでいる。

▼ 玄琴並唱の、全国の景勝地を遊覧して風流を楽しむ、「八道遊覽歌(팔도유람가)」を聴く。浮き世を離れて・・・のんびりと。

最後に、「ピアノ並唱」というジャンルについて次のように紹介された。
・伽耶琴並唱と玄琴並唱以外に、最近はピアノの並唱もある。はじまりは、チェ・ジュンという体が不自由(自閉症のひとつで、人と目を合わせたり話すのが苦手で、口の筋肉や体が硬くなる症状)な青年である。偶然接したパンソリをきっかけに、もともと指が硬くなるのを防ぐためにピアノを習っていたので、歌とピアノを組み合わせて、音楽を通じて自分だけの世界を乗り越えた。

▼ チェ・ジュンのピアノ並唱、パンソリ「興甫歌(フンボカ、흥보가)」から「花草欌(화초장)」を聴く。花模様、今様に多彩。

・「興甫歌(朴多令)」は、兄ノルボ(놀보)と弟フンボ(흥보)の物語り。

2015年6月10日水曜日

イ・ソンヒの「ライラックが散るとき」

もうライラックは散ってしまっただろうか。遠くに見るこの花は、薄紫色に木を包む。近寄ると、花弁が思いのほか肉厚なのに驚く。藤棚の花のように、そよとした風情はないが、どちらかといえば、洋風であり、博物学図鑑に画かれているような重さがある。

だから、イ・ソンヒが、10集所収の「ライラックが散るとき(라일락이 질때、歌詞)」で、この花にどんなイメージを重ねたのか知りたい。ライラック(Lilac)という語感か、あるいは薄紫色した色感か。いかであれ、彼女がシンガーソングライターとして、初めて世に出した情感深い名曲だ。コンサートにはかかせない。

(本ブログ関連:”ライラックが散るとき”)


(Youtubeに登録の태양 sunに感謝)

(ところで)
韓国のおじさんに、(金管ながら木管扱いの)管楽器サキソフォン演奏が流行ったことがあったそうだ。今でもそうなのか、これまた知りたいところだ。
この「ライラックが散るとき」は、演奏でいうところの<歌う>、あるいは効かせどころが随所にある。韓国のおじさんアマチュア・ソロ奏者たちが、(イ・ソンヒの作品の中でとりわけ)この曲を次々チャレンジしているのを、Youtube検索で知ることができる。サキソフォンを持っているなら、吹かせたくなる気分、分からないわけではない。

2015年6月9日火曜日

イ・チョク「嘘、嘘、嘘」

おじさんとしては、男性歌手に関心はないが、イ・ソンヒとの関わりから、愛弟子イ・スンギの話題がニュースに大きく載ると目を通している。今回も、Googleニュースに「イ・スンギのニューアルバム、予約ランキング1位に!」(Kstyle、6/9)との記事があった。6集フルアルバム「そして…(그리고...)」のことだそうだ。それに、現在、Gyaoで放映中の、「君たちは包囲された(너희들은 포위됐다)」(第1回)も見ている。

そこで、ずっと視野を広げて、他の男性歌手を聴くのに、良いヒントをいただいた。教室で先生が、シンガーソングライターのイ・チョク(이적)の日本コンサートに、先週行かれた話しをされた。みなキョトンとしたので、返って驚かれたようだ。(最初聞いたとき、女性歌手チョクウ(적우)のことかと思った・・・)

(本ブログ関連:”シンガーソングライター”)

まずは、彼がKBSミュージックバンクで1位となったという、ソロアルバム5集「孤独の意味」のタイトル曲「嘘、嘘、嘘(거짓말 거짓말 거짓말)」(2013年)を聴いてみよう。美しい曲調ながら、独特で柔らかく力強い多様な声質が加わって、歌詞に思いをはせ、その世界に深まる。

恋の離別と思って聞くのも良いし、捨てられた子の悲しみと思って聞くこともできる。次第に、心に響き、沁み渡る。(ブログ「gooddaddy」に感謝)


(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)

2015年6月8日月曜日

梅雨入り 2015

今日、<東海>と<関東甲信>が梅雨入りした。平年通りで、昨年と比べて3日遅い。沖縄奄美のほかは、だいたい6月初旬に収まるようだ。

(本ブログ関連:”今年の梅雨入り”、”梅雨”)

とはいえ、今日は一日晴れていたような? むしろ、今晩遅くから明日昼ごろまで雨降りとのこと。それでも梅雨入りだ。


平成27年の梅雨入り(気象庁、更新日:平成27年6月8日)

地方        平成27年        平年差      昨年差       平年               昨年
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沖縄         5月20日ごろ   11日遅い  15日遅い   5月09日ごろ    5月05日ごろ
奄美         5月19日ごろ   08日遅い  14日遅い   5月11日ごろ    5月05日ごろ
九州南部  6月02日ごろ   02日遅い   同じ          5月31日ごろ    6月02日ごろ
九州北部  6月02日ごろ   03日早い   同じ          6月05日ごろ    6月02日ごろ
四国         6月03日ごろ   02日早い  01日遅い   6月05日ごろ    6月02日ごろ
中国         6月03日ごろ   04日早い  01日遅い   6月07日ごろ    6月02日ごろ
近畿         6月03日ごろ   04日早い   同じ          6月07日ごろ   6月03日ごろ
東海         6月08日ごろ    同じ        04日遅い    6月08日ごろ   6月04日ごろ
関東甲信  6月08日ごろ    同じ         03日遅い   6月08日ごろ    6月05日ごろ
北陸         6月12日ごろ                                                         6月05日ごろ
東北南部  6月12日ごろ                                                         6月05日ごろ
東北北部  6月14日ごろ                                                         6月06日ごろ
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(資料)イ・ソンヒが李鍾賛夫妻とKBS TV「名士の家庭」に出演したこと

イ・ソンヒと政治の関わりは、ネット記事で語られることがある。また、彼女の名声を重ねて(したたかに)思い出語りされることもある。彼女の胸中しかあずかり知れぬことなのに。それでも、或る一瞬、ある一言から、当時の彼女について、わずかに推し量るヒントが得られそうな気もする。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと政治”、”イ・ソンヒと政治(続)”、”「Jへ」と「DJへ」”)
(本ブログ関連:”ソウル市会議員”)

興味深い回顧録がある。東亜日報掲載の「”安企部で働いて欲しい”・・・押しよせる人事請託 - [憧憬 李鍾賛 回顧録]<40> 金大中政府、安全企画部長就任」(5/30)である。要職にあった人物だけに、それとなく書かれた一言に関心が及ぶ。(抜粋)

李鍾賛(이종찬)は、「1998年2月に発足した金大中*政権では、国家安全企画部(安企部)の部長**に任命され、翌99年1月に安企部から改編された国家情報院の初代院長となった(~1999年3月)。」(Wikipediaより)
イ・ソンヒは、複雑な政情の中に揺れる、この人物と似た道すじをたどったように見える。

(*)   金大中大統領の就任期間、1998年2月25日~2003年2月24日
(**) 安全企画部長に就任、1998年3月5日

ちなみに、「自由と真理への無言の献身」という国家情報院の院訓を作成したようだ。一方、以前の安全企画部の部訓は「情報は国力である」だった。

さて、本題、東亜日報掲載の回顧録に、イ・ソンヒに触れた次のようなくだりがある。
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ところで、李鍾賛夫婦は、金大中が大統領に就任した年(1998年)の3月2日、大統領秘書室長夫妻から昼食に招待された。

その二日後(1998年3月4日)、李鍾賛は、KBS TV「名士の家庭(명사들의 가정)」番組に出演した。妻はもちろん、歌手イ・ソンヒも一緒に出演した。
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2015年6月7日日曜日

伊守山鉱山、(真米鉱山)

昨晩、福島県まで鉱物採集の遠出が決まった。

早朝、東の空、たなびく雲の下が真っ赤に染まっていた。不思議なことに、その赤色が、雲の上に漏れていない。駅ホームの穏やかな気温に、返って真冬の厳しさを思い出す。これからは、歳と相談して採集の季節も考えねばならないだろう。

いつもの待ち合わせ駅前から、H氏の車に同乗させていただき、一路北上する。

<真米鉱山>
目指す「真米(まごめ)鉱山」のある福島県南会津町の空気は澄み、陽射しは鋭い。森の木々は葉を艶やかに反射して、包むように広がる。来てよかった。
ここでは、蛍石や硫化鉱物(方鉛鉱、閃亜鉛鉱など)が採れるという。期待が膨らむ。

<鱒沢>沿いに車を走らせるも、10年振りとのこと、目指すズリがなかなか見つからないようだ。車を降りて、数ヶ所確認したが、結局沢の入り口まで戻る。(帰宅して、ネット情報で確認したところ、もう少し上流を探した方がよかったかもしれない)
ということで、真米鉱山とはすれ違いに終わった。

<伊守山鉱山>
採集場所を、急遽変更。栃木県塩谷郡塩谷町「伊守(いもり)山鉱山」へ移す。道路沿い、まさに横付けである。鉱山とは思えぬ小さな丘、あるいは小山だ。斜面を一周しながら登る。けっこう急傾斜である。(本来は金山とのこと)
見上げると、坑道が何箇所か見える。小山の一番上の方にある坑道に入れるようだ。(私は臆病なので遠慮した)

ここでの採集物である「重晶石」(BaSO4)は、薄いガラス板状の小さな四角の結晶で、薄紅色の母岩に斜めに張り付いている。今回の採集はこれだけであるが、満足だった。
ちなみに、重晶石でできた「砂漠のバラ」も有名である。

2015年6月6日土曜日

芒種2015

生活がそうでないから、直感できぬものに農事がある。二十四節気の「芒種」、種撒きの時期というが、近所で農作業を見ることはない。少し遠出して見る畑は、家庭農園だったり、農家でも葉物野菜が主でイネとは関係ないようだ。

(本ブログ関連:”芒種”)

電子辞書「漢字源」によれば、「芒」は、尖ったの意があり、草葉や穀物の尖った先や、刀剣の切っ先、光線の先端(光芒)を示す。また、「暗い」、「隠す」の意もある。「芒種」の場合、ノギ()に隠れる種を指して、いずれ実となるのを示しているのだろう。

さらに、「ぼんやりくらいさま」の用例、「人之生也、固若之(是)芒乎(人の生まるるや、もとより是くのごとく芒きかな)」がある。荘子「斉物論 第二」にあるようで、元をたどると、痴愚論のような滑稽すら感じる。荘子の大意のなかで、問題提起なのだろうけれど。

市井の者が語る言葉ではないようだ。凡人にとって、つまり農奴を所有する大地主が司祭の言葉に涙するように、ある意味カタルシスかもしれない。どこまで通じるか確かでない。正しい言葉に違いないが、受容する側が生半可なのだから。相済まないこと。

ああ、それより今日はひんやりしている。

2015年6月5日金曜日

イ・ソンヒの「雨降る街に立って」

梅雨入り間近に迫った今日、午後から降り始めた雨は、夕方になって一時、雨脚を強めた。随分と粗な雨だ。これでは、イ・ソンヒの9集所収の「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(1994年、作詞・作曲イ・スンジン)のように、雨の街に待ち続けるわけにはいかないだろう。

(本ブログ関連:”雨降る街に立って”)

ずぶ濡れになっても断ち切れぬ、そんな女性の心情を歌う中島みゆきに比べれば、イ・ソンヒの歌は、どこか抒情的で(世界に触れることがないという意味で)少女的である。濡れねずみの心を、イ・ソンヒに表現して欲しいとは思わないけれど。でも、この歌は本当に美しい。

「雨降る街に立って」

雨降る街に立って、あなたを待っているのね
行き交うたくさんの人たちの中で、私は立ち続けるのね
降る雨の中で、たたずんであなたを待っているけれど
どこにも見つからないあなたは、雨に濡れた私の心が分かるの

雨降る街に立って、あなたを思っているけれど
みすぼらしい私の姿は、私にも、どうしょうもできないの
消えていく、あなたの悲しい後ろ姿のように一人でここに

雨降る街に立って、あなたを待っているのね
暗い夜は更けていくのに、あなたは見えないのね


(Youtubeに登録のkang yeol jungに感謝)

2015年6月4日木曜日

大華鉱山「灰重石」

それでも、石好きの端くれにいる。ところで、イ・ソンヒのコンサートで韓国を訪れたことはあるけれど、鉱山、地質博物館どころか、鉱物標本がありそうなソウル市内の自然史博物館すら行ったことがない。それも・・・なんだなあと反省している。

以前、ある物産フェアに、韓国の宝石・鉱物装飾商のブースがあった。ちょっと覗いて、鉱物採集に興味があるなどと(日本語で)話しているうちに、私が参加している石仲間の会の名前をあげたところ、様子が変わってしまった。そう・・・会の名前に、韓国では馴染めない単語が混じっていたのだ。

ソウルの大型書店で、韓国産のきれいなカラー版の鉱物図鑑を求めたが、洋書(=外国産鉱物)ならあるといわた。(Smithsonian Handbooksの鉱物図鑑を韓国語版にしたものはあったが)

(本ブログ関連:”鉱物図鑑”)

ブックフェアでも、韓国の出版社の人に同様の質問をしてみたが無いらしい。韓国の鉱物マニアは、一体どんな図鑑を持っているのだろうか。(もちろんアマチュア向けの図鑑だが)

あるとき、鉱物フェアで、韓国産鉱物標本の「灰重石」(CaWO4)が販売されていたので、早速購入した。産地は、忠清北道(충청북도)の中原郡(중원군)仰城面(앙성면)(現忠州市충주시)大華鉱山(태화광산)で、「楽しい鉱物図鑑」(掘秀道著)に記載されていて、代表的な産地のようだ。

(本ブログ関連:”灰重石”)

灰重石標本を、手元にあるチープな紫外蛍光ランプで照らしてみたが、蛍光作用しない・・・残念。

ちなみに、大華鉱山以外の韓国の鉱山(蔚山、月岳、山内、日光)と、日本の鉱山(喜和田)で産出された灰重石中のイットリウム(Y)含量を分析して、鉱床の違いを考察した資料がネットにある。(「韓国及び日本の6鉱山産の灰重石中のY含量」)

(付記)
<重石>の名の通り、タングステン仲間の「鉄マンガン重石」((Fe,Mn)WO4)は、何度も訪れた茨城県錫高野で手に入れた。山道に転がっていたが、今はズリでもあまり見つからない。(掘り返す気力のある人は別だが)

2015年6月3日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 花に関する音楽

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/27)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、美しい季節、春の花に関する3曲を紹介した。

始めに、イパブの木(이팝 나무)の花と米粒の例えから、亡くなった子供たちの伝説について次のように紹介された。
・5月に咲く花に、イパブの木のがある。日本でヒトツバタゴと呼ばれ、4月から6月に咲く、白い花びらと細長い形が特徴。飯(팝)の米粒に似ることから名付けられた。大きな木を覆うほど大変華やかだ。
・昔、白い米粒を「イバブ」と発音し、「イパブ」に変わった。食べ物が十分でない当時、花が米粒にも見えた。全羅北道鎮安の馬耳山付近、馬嶺小学校があり、樹齢の長いヒトツバタゴの小さな森がある。もとは、栄養不足で亡くなった子供たちの墓場であった。あの世で満腹になれるようにと、ヒトツバタゴを植えたのだ。木や花に色々な逸話が伝わるが、この伝説は悲しい。

▼ 山に咲く花「山有花(산유화)」の曲を聴く。こちらは山の花、海にオギヨディオラがあったことを思い出す。今様だ。

・詩人金素月(김소월)の詩「山有花」は、大変有名な詩で知られるが、特定の花でなく、山に咲く花を指す。
・ヒトツバタゴの花が満開になると、その年は豊作になるという。田仕事の合間、花が目に入っただろう。豊作への念願だった。

次に、桐の木(오동 나무)で、娘のため作る箪笥、またその花の香りについて次のように紹介された。
・この季節、桐の花が咲く。乾燥させると、軽く、虫にも強いので、家具に適している。箪笥や楽器、宝石箱にも使われる。昔、娘が生まれると、桐を植え、嫁入りの年頃になえうと、箪笥を作った。
・また、学者のソンビは、桐に鳳凰が訪れるとして、大事にしていた。桐は葉が出る前に紫の花を咲かせ、香りも見事だ。

▼ 打弦のコムンゴ演奏「音を夢見る木(소리를 꿈꾸는 나무)」を聴く。現代風思念的な間合いが響く。

最後に、花にはそれぞれ象徴があるという、次のように紹介された。
・昔の人々は花にも意味をつけた。花に、それぞれ地位と品格があり、花に関する歌もあるが、歌詞が興味深い。牡丹の花は花の中の王で、ひまわりは太陽を見つめる忠臣。蓮の花は君子で、華やかなアンズの花は小さい者を指す。アンズの花がどうして小さい者を指すか理由は知られない。どう評価されようとも、それぞれ役割がある。

▼ 女唱歌曲(여창가곡)編数大葉(편수대엽)、「牡丹の花は(모란은)」を聴く。ゆたりとして、花の空間が現れるよう。

・編数大葉には、菊や梅の花にいたるまで、その花の特徴を興味深く表現している。

2015年6月2日火曜日

イ・ソンヒの清雅さについて

イ・ソンヒについて語るとき、ネット記事に「清雅(청아)」という表現を目にすることがある。また、彼女の初期の歌で、3集所収の「清らかな恋(청아한 사랑)」(1986年)のようにタイトルにも使われている。昔風スタイルのイントロは、どこかで聞いたような懐かしさもある。いってみれば、見守る恋の歌である。

日本語の「清雅」は、「きよらかでみやびなこと」(広辞苑)。どちらかといえば日常あまり使わない、みやびな雰囲気する雅語だ。

イ・ソンヒについて一言でいえばということになって、「清雅(청아)」と表現したところ、この言葉は韓国でも余り使わないという。電子辞書に用例として、「清雅な笛の音」(Prime)という表現があった。

彼女のデビュー当時のイメージに、健全さがある。くしくも時代の風潮に適合した。結果として、歌謡界の<女性>を前に出す雰囲気にそぐわぬ女子学生たちに、すぐに受け入れられた。

彼女の、健全さは時代におもねたわけではなかったが、放って置かれなかった。一時期、時代の波に右に左に揺れた。今は、国民歌手として存在を自ら認めているようだ。

彼女の清雅さのベースには、健全さ、健康さがある。デビュー当時、ボーイッシュなと表現されたが、今は少女のような童顔と形容される。これは、彼女とともに時代を経た、現在のアジュンマたち(かつての女高生たち)が求める理想の姿かもしれない。

2015年6月1日月曜日

(まとめ)2014年のイ・ソンヒについて

歌うひと、イ・ソンヒの2014年の音楽分野について<まとめ>るなら、こんなのはどうだろうか。

▼ 陰暦の1964年11月11日(陽暦12月14日)、忠清南道保寧郡珠山面篁栗里に、歌手イ・ソンヒは最初の子として生まれた。両親は、虎や唐辛子畑で草取りする夢を見て、男の子を期待したようだ。

▼ とりわけ、祖父は優しく大切にしてくれただけでなく、音楽への関心を植えつけてくれたようだ。
音楽的才能を開かせたのは、父親が「梵唄」の指導者だった影響があるように思われる。

▼ 小柄な体ながら、爆発的な発声力を持って、1984年にMBC「江辺音楽祭」に「Jへ(J에게)」で登場した、めがね姿にパーマをした少女は、その実力をためて、昨年デビュー30周年を迎えた。

▼ 80年代の歌手といわれながら、様々な試行を経て、音楽性豊かなアーティストであると同時に、今なお、後進の発見や育成に余念がない。

▼ 昨年の2014年、ある意味久し振りのカムバックといわれたが、その実力は、韓国ギャラップの調査で、次の通りわかる。
・「韓国人が最も好きな歌手(2004年~2014年)」で2位 (1位:チョー・ヨンピル)
・「2014年を輝かせた曲」で3位 (1位:IU 「あなたの意味」)
   ⇒ イ・ソンヒ「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」(2014年)
・「愛唱曲 2004年~2014年」で7位 (1位:オ・スングン「私の歳がどうだから」)
   ⇒ イ・ソンヒ「因縁(인연)」(2005年)

▼ 2014年リリースした「その中であなたに出会って」は、NABugs!、Soribada、NAVER MUSICなどの音楽配信サイトで、1位を獲得した。

▼ 2014年の30周年コンサート、「歌う人 イ・ソンヒ」は、最初のソウル世宗文化会館に始まり、全13都市、27回公演の全国ツアーを全席完売している。

▼ その結果もあって、彼女の所属する「フックエンターテインメント」事務所の業績も大幅に上昇して、昨年の売上高は、159億3,500万ウォンで、前年比61.8%増加した。営業利益は、46億8,000万ウォンで218.1%増えた。

▼ 現在、「歌王」と呼ばれる男性トップ歌手がチョー・ヨンピルであるのに対して、女性のトップ歌手は、国民歌手としてあげられる、イ・ソンヒである。

2009年、2011年、そして2014年のソウル世宗文化会館での彼女のコンサートを見ることができたのは、私の幸運であり自慢である。

2015年5月31日日曜日

イ・ソンヒと友人たち

イ・ソンヒが、関わりある友人と共に登場する「イ・ソンヒと友人たち(이선희와 친구들)」(2004年8月21日)は、自身の曲だけでなく、途中、トロットもはさんで歌い聞かせる、まさに歌謡ショーである。(別コーナーでは、愛弟子イ・スンギとのデュエットもあった)

番組の5日後、「Jへ 20年 イ・ソンヒ コンサート」が世宗文化会館で開かれる(2004年8月26日~28日)ことになる。このような形で、イ・ソンヒがテレビ登場するのは、コンサートに向けて高揚させる意味もあるのだろう。スタジオの観客は最高で幸運なプレゼント受けたことになる。(もっとも収録はずっと前だったろうけれど)

イ・ソンヒ曲から
・5集所収「私の街(나의 거리)」(1989年)
・4集所収「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이자리)」(1988年)
・2集所収「秋の風(갈바람)」(1985年)
・5集所収「ひとしきり笑いで(한바탕 웃음으로)」(1989年)

トロット曲からカバー
・シム・スボン 「憎い(미워요)」     ⇒ (本ブログ関連:”シム・スボン”)
・チュ・ヒョンミ 「片思い(짝사랑)   ⇒ (本ブログ関連:”チュ・ヒョンミ”)」

イ・ソンヒ曲から
・12集所収「この歌をかりて(이 노래를 빌려서)」(2001年)
・4集所収「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年)


가요쇼 - 이선희와 친구들 ('04. 8. 21) from Forever Sunny on Vimeo.


(追記)真夏日、夏日
5月の締めに暑い日が続いた。本日(5/31)も何と真夏日となった。読売新聞の記事「東京・千代田区32.2度…5月の観測史上最高」(5/31 19時22分)は、東京の真夏日と夏日の日数について、次のように報じている。(抜粋)
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・31日は本州を中心に晴天が広がり、東京都千代田区では午後2時45分頃、5月として観測史上最高となる32.2度を記録した。
・5月に同区で30度以上の真夏日となったのはこれで3日目で、1876年の観測開始以来、2004年と並んで最多。5月の夏日も22日目となり、これまでの記録の18日を大きく更新した。
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2015年5月30日土曜日

小笠原諸島西方沖地震

今夜、CDデータの移動に四苦八苦していたとき、嫌な予感する小さな揺れが始まった。次第に強まり、やがて一瞬激しい横揺れして家が軋んだ。いよいよ来たなと焦ったが、意外なほど短時間に減衰した。体感は、震度3+、ないし震度4(急な横揺れのとき)といった感じだった。

すぐに、テレビをつけた。緊急放送がこれほど待ち遠しかったのは久し振りだ。アナウンサーが伝える、震源の深さや、マグニチュードの規模を聞いて、その値の大きさに驚いた。ぜひとも、詳しい解説を聞きたい。

気象庁発表: 平成27年05月30日20時30分
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30日20時24分頃地震がありました。
震源地は小笠原諸島西方沖(北緯27.9度、東経140.8度)で、
震源の深さは約590km地震の規模(マグニチュード)は8.5と推定されます。
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(修正) 5/31 震源要素(暫定値) 気象庁発表) 
  ・地震発生時刻   平成27年5月30日20時23分
 ・緯度          北緯 27度51.6分
 ・経度          東経 140度40.9分
 ・深さ           682km
 ・マグニチュード   8.1

気象庁発表の通り、当地の震度は体感通り、震度3だった。

(付記)
最近、震源とは違って、別場所で震度が大きいことがあった。今回もそうだ・・・「異常震域」の可能性とのこと。
・5/25 : 震源地、埼玉県北部、震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は5.6
            ⇒ 茨城県土浦市常名、震度5弱
・今回: 震源地、小笠原諸島西方沖、震源の深さは約590km、地震の規模(マグニチュード)は8.5
            ⇒ 東京都小笠原村母島、震度5強埼玉県鴻巣市中央ほか、震度5弱 / (追記)神奈川県二宮町中里 震度5強 

2015年5月29日金曜日

口永良部島新岳が噴火

鹿児島県の南に浮かぶ、屋久島の西にある口永良部島(くちのえらぶじま)で、今日の午前9時59分に、新岳が噴火した。最近、国内であまり見かけない幅広い垂直な黒い噴煙が高く舞い上がり、一部が重みに耐えられず落下して火砕流となった。マグマ爆発といわれている。(災害緊急放送で定評の放送局が、「火砕流」の定義に慎重だったためか、島の地図上に図示するのが遅かったのが気になった)

幸い島民に重大な事故はなかったようだが、全島避難の事態とになり、ほとんどの方が隣りの屋久島へ一時避難している。この先、大変不安なことだろう。(三宅島、大島の事例を思い出す)

素人は、先の東日本大震災の影響を考える。プレートの動きと大規模地殻変動を想像し、近々の地震噴火を結び付けてしまう。この時期、地震火山学者の冷静な語り口を、冷静に受容できないのが残念だ。(自然のメカニズムは、もっと単純ではないかと、いぶかしむばかり)

九州には巨大カルデラが存在する。阿蘇カルデラ(阿蘇山)、 姶良カルデラ(桜島)、鬼界カルデラ(薩摩硫黄島)などが並んでいる。その南に、今回の口永良部島がある。(九州南部のカルデラ群をモデルにした小説を読んだことがあるだけに気がかりだ)

(参考) 産業技術総合研究所「口永良部島火山地質図

今は、早く沈静化して欲しいと願っている。

イ・ソンヒが合唱団審査委員に立つこと

第二次世界大戦直後、朝鮮半島は政情が複雑化し、南北に国家が成立した。そのため、建国の時期やその政府について多様な議論がある。韓国では、1945年8月15日を「光復節」と定めている。混乱の時期から国家樹立の経緯をたどると次のようになる。

1945年08月15日: (日本)太平洋戦争終戦
1945年09月02日: (日本)米戦艦ミズーリ号上で日本政府が連合国と降伏文書調印
                            (朝鮮)第二次世界大戦終結に伴い連合軍軍政下
1945年09月09日: (連合軍軍政期)朝鮮総督府の降伏文書調印、以降連合軍軍政期
1948年07月12日: (韓国)大韓民国憲法を制定 (同月17日発布)
1948年08月15日: (韓国)大韓民国の成立 (李承晩大統領が大韓民国樹立を宣言)

今年は、光復節から70年になるため、いろいろなイベントが予定されているようだ。その一つに、KBS NEWSの記事「【芸能】 『わたしは テハン・ミングク』 イ・ソンヒ - イ・クムヒ、解放ベビー世代合唱団の審査委員に立つ」(5/28)が伝える、「解放ベビー世代合唱団(해방둥이 합창단)」の話題がある。

(本ブログ関連:”ソウル市議会”)
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・今年で70周年を迎える光復節に大韓民国の国民が、一つになって楽しもうという新概念のフェスティバル、KBSの国民大合唱「わたしはテハン・ミングク」に歌手イ・ソンヒが加わった。

・国民大合唱「わたしはテハン・ミングク」は、公式ホームページはもちろん、公式YouTubeやFaceBook、毎週火~金の夜10時55分に放送される KBS 1TV「私たちは(우리가)」、そして6月13日(土)午後8時から60分毎週放送される事前ドキュメンタリーなど、SNS、インターネット、オフラインを網羅して国民と直接コミュニケーションを楽しむ3ヶ月間の大長期プロジェクトだ。

・また、光復節当日である8月15日には、ソウル・ワールドカップ公演会場で、このプロジェクトに申請をした7万名の国民が大合唱を繰り広げる予定だ。

・こうした中、「解放ベビー世代合唱団(해방둥이 합창단)」が、7万国民大合唱プロジェクトの一部門に参加するため、新たに結成されて関心が集まっている。大韓民国の光復と同じ年の、1945年に生まれた人たちで構成された「解放ベビー世代合唱団」 は、光復70周年を迎えた大韓民国の現代史を全身で証言する人々であるだけに、815プロジェクト「わたしはテハン・ミングク」に重厚な意味を加える。

・総360名が志願した「解放ベビー世代合唱団」は、二度のオーディションを経て最終45名が選抜されて本格的な歩みに出る。何より、歌手イ・ソンヒがこれらを導いていく予定と期待が集まっている。

・イ・ソンヒは、「解放ベビー世代合唱団」のオーディション現場に審査委員として登場、参加者一人一人と率直に通じ合って、彼らの歌に耳を傾けるのはもちろん、貫禄の音楽家らしい専門家的姿で現場をとりこにした。

・特に、イ・ソンヒとの友情で一緒に審査委員席を輝かせたアナウンサーのイ・クムヒと天才ピアニストのチェ・テワン*によってさらに活気あふれる進行を継続することができた。三名の審査委員は、緊張した参加者を配慮して気楽に話を続けられる雰囲気を誘導したし、参加者たちも自然にそれぞれの熱い人生を打ち明けて感動の波を誘った。

(参考)先日5/21の、イ・ソンヒ、イ・スンギ「セブランス家族音楽会」に参加している。

・このために、オーディション現場の高潮した雰囲気をほてるように熱くしたこれらのさまざまな事情に対して、すでに期待感が造成されている。イ・ソンヒと解放ベビー合唱団員が共に作っていく胸の熱くなった3ヶ月間の旅程は、国内全域に次元が違う感動をもたらすと関心を集めている。
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2015年5月28日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 仏教音楽

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、今年の5月25日(月)(陰暦4月8日)の釈迦誕生を祝う日(「灌仏会」)にちなんで、仏教に関連する3曲を紹介した。

(付記)
イ・ソンヒの父が、梵唄の指導者であったことから、彼女の音楽の源泉(才能)がそこにあったような気がしてならない。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「3.宗教家である父と、自然とともに過ごした幼い子供」”)

始めに、「初八日(초파일)」の祭事と、風流を楽しむ曲「霊山会相영산회상)」について次のように紹介された。
・「初八日」は、毎月8番目の日だが、昔は陰暦4月8日の釈迦誕生の日を指して祝った。寒暑もない春に、人々は米を持って寺に向かった。交通も不便な時代、寺にたくさんの知り合いが集い、親に付いてきた子供たちもいて、おもちゃや菓子を売る人もいた。五色の提灯や音楽も聞こえる。そんな素晴らしい季節に誕生された。

▼ 霊山会上(浄土)の仏と菩薩を讃嘆する意の「霊山会相仏菩薩(영산회상불보살)」を聴く。荘重に編曲したもの。

・両斑の風流曲に「霊山会相」がある。もともと仏教の声楽曲だった。「霊山会相仏菩薩」の歌詞からなり、歳月を経て、風流を楽しむときの音楽になった。

次に、釈迦と摩訶迦葉(マハーカッサパ)の間の拈華微笑と、仏教音楽の梵唄(ぼんばい)について次のように紹介された。
・古代インドのマガダ国の首都の近くにある、霊鷲山(りょうじゅせん)での出来事。釈迦が菩薩に対して仏教の教義を説いていると、空から花の雨が降ってきたという。また、ある日、説法を聞きに集まった大衆の前で、釈迦は一輪の花を見せたが、何も語らない。大衆は訳が分からないまま黙っていると、ただ一人、弟子の摩訶迦葉だけは釈迦を理解し微笑んだ。仏心を伝える仕草の拈華微笑は、字や言葉を使わぬ以心伝心に通じる。この光景をあらわした「霊山会相図」や、音楽にした「霊山会相」がある。

▼ 僧侶が梵唄で長く伸ばして歌う「ジッソリ挙霊山(짓소리 거령산)」を聴く。一体どんな場面で歌ったのだろうか。

・僧侶が儀式で歌うものを「梵唄(범패声明)」と言う。「ジッソリ(짓소리)」は梵唄のひとつ、「挙霊山(거령산)」は曲名で、16文字の歌詞を長く伸ばして歌うのが特徴。長くは一時間も歌うため、世の中で最も長い歌だろう。梵唄は、梵の音、「梵音(범음)」とも言う。「梵」はインドを意味し、宇宙の原理を指すこともある。また、このリズムを、水中で泳ぐ魚に例えて、「魚山어산)」とも言う。統一新羅時代に唐から入り、歌曲や民謡など民間の音楽にも大きな影響を及ぼした。伝統文化ともいえる。

▼ 「霊山会相」の中から、シタール、弦楽器ヘグムとヤングムの演奏「細霊山(세령산)」を聴く。インドの香りは・・・静かな曲だ。

2015年5月27日水曜日

夏日和というより、夏そのものといった感じ

気象区分でいう「春」(3~5月)の終わりに迫る今日、寒いのが苦手で暖かい方がいいといった私でも、2日連続の<真夏日>には少々ウンザリする。外出すれば、逃げ場のない陽射しにくるまれてしまい、空調の効いた体操教室では、すぐに汗がにじんでくる。家に帰れば、扇風機が登場した。

ところで朝のテレビで、気象予報士が、5月の東京都心での<夏日>はこのままいくと過去(1876年以降)最多だし、<真夏日>の2日連続!は過去2回目になるだろうといっていた。どうやら、その通りになってしまった。

どちらを向いても、陽が暮れても、暑い暑い。

▼ 東京都心観測地点
葵町(1875年6月~) → 代官町 → 竹平町 → 大手町 → 北の丸公園(2014年2月~))

▼ 気象用語(夏日、真夏日、猛暑日、熱帯夜など): 気象庁「天気予報等で用いる用語 」より
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夏日   :日最高気温が25度以上の日。
真夏日:日最高気温が30度以上の日。
猛暑日:日最高気温が35度以上の日。
熱帯夜:夜間の最低気温が25度以上のこと。(備考: 気象庁の統計種目にはない。)

冬日   :日最低気温が0度未満の日。
真冬日:日最高気温が0度未満の日。
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2015年5月26日火曜日

イ・ソンヒ「私はいつもあなたを」

イ・ソンヒの音楽的変化が起き始めたといわれる4集に所収の、「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年、キム・ミンジョン作詞、ソン・シヒョン作曲)は、彼女の曲集の中では大衆的でトロット寄りである。だから、お笑い映画「家門シリーズ」のOST(映画音楽)に採用されたし、チャートのトップにも立ったし、カラオケ曲の定番である・・・(私のカラオケ必須曲でもある)。

2004年、世宗文化会館で催された「20周年記念コンサート」で歌う、彼女の映像がYoutubeにある。余裕と自信、そして清雅さの全てを視聴できる。鮮明な映像を何度も見て、澄んだ声を何度も聴くことができる。さあ視聴しよう。

(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”、”家門シリーズ”)


「私はいつもあなたを」

いつもあなたを、慕っているのに
思うようにはいけない
今日も、セピア色した写真の中に
あなたの姿しのぶわ
*
いつもあなたに、会いたいのに
あなたは何処へ立ったの
優しいその姿、涙で染めるわ
あなた、私に戻ってよ

戻ってきて、私のところへ
すべて、あなただけなのよ(Oh~Oh~Oh)

燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ

(*以下繰り返し)

(戻ってきて・・・)
あなた、戻ってきてよ
すべて、あなただけなのよ

燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ

(Youtubeに登録のpops8090に感謝)


(追記)
昼下がり、歯科医院に行く途中、太陽光に押されるような(まるで「太陽風」?)、そして巻きくるめられるような圧迫感があった。
毎日新聞の記事「天気:東京都心の夏日、最多タイ…5月に入り18日目」(5/26)によると、「東京都心では午後0時台に30度を超えた。都心で最高気温が30度以上の<真夏日>となるのはことし初めて。午前中から25度以上に達し、最高気温が25度以上の<夏日>となっていた。5月に東京都心が<夏日>となるのは18日目で、1967年と98年と並んで過去最多タイとなった」とのこと。

2015年5月25日月曜日

久し振りの強い地震

窓がざわついて突風でも吹いたかと思った。グラグラと揺れが始まり、次第に強まる地震に、不思議と落ち着いていた。あの日以来なんとなく震度がわかったような気がして、妙な気がする。大丈夫だろうという予感すらしていた。

とはいえ、すぐにテレビをつけた。各局はテロップで地震速報した。こんなとき、やっぱりNHKに限る、すぐに詳しく放送が始まった。

気象庁の、地震速報は次の通り。当地の体感は、震度3といったところかと思った通り・・・下記速報にある<各地の震度>と同じだった。だから、どうということはないのだが。


平成27年05月25日14時33分 気象庁発表
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25日14時28分頃地震がありました。
震源地は埼玉県北部(北緯36.1度、東経139.6度)で、
震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は5.6と推定されます。
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「平成27年5月25日14時28分頃の埼玉県北部の地震について」 気象庁発表
http://www.jma.go.jp/jma/press/1505/25a/kaisetsu201505251545.pdf

(資料)イ・ソンヒの歌が国境をまたいで流れたこと

女性の声で相手側(兵士)に対し、戦意を萎えさせる心理戦がある。例えば、太平洋戦争中、ラジオから流れた東京ローズはよく知られている。当時、ドイツでも、Axis Sallyと呼ばれる女性がプロパガンダ放送されたという。

現在の朝鮮半島の南北対立は、朝鮮戦争停戦の延長であり、さまざまな心理戦が行なわれていると、中央日報の記事、「韓国、対北ビラにラーメン・ストッキング…北は『DMZ女性軍入浴』心理戦(1)(2)」(2014年10月14日)は伝えている。(抜粋)

その中で、イ・ソンヒが歌謡界に出るきっかけになった曲「Jへ」(1984年)を、休戦ラインをまたいで拡声器を使って南から北側へ流したと語られている。しかも、「イ・ソンヒは長期にわたり心理戦要員が選ぶベスト歌手だった」。裏面史である。

(本ブログ関連:”Jへ”、”ソウル市議会”)

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 ・「ビラ(bill)」は知っている。70年近い分断の時期、南北が休戦ラインを挟んでどんなことをしてきたのか。今は「伝単」という高尚な名前で変身したビラには、分断と対決の歴史がそのまま反映されている。

 ・心理戦は放送や手紙など、さまざまな手段を動員する。四面楚歌という故事成語も結局は漢の劉邦の軍に包囲された楚の項羽軍に故郷の歌を聴かせて投降させたという古典的な心理戦術といえる。

・休戦ラインの拡声器で南北は、数キロ離れた場所の兵士の耳が痛くなるほど出力競争をした。北朝鮮は帰順誘導放送を、韓国は歌謡で対抗する局面だった。主に女性歌手の曲を流したが、84年に「Jへ」でデビューしたイ・ソンヒは長期にわたり心理戦要員が選ぶベスト歌手だった
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2015年5月24日日曜日

向谷鉱山

明け方、階段を3段、踏み外してズルズルと落下。右足の親指と人差し指を捻挫したようだ。せっかくの鉱物採集日だというに、なんということ。

でも、石採りの妄想は既に始まっていた。止めるわけにはいかない。行かないわけにはいかない。

早朝、石仲間のS氏とJR駅前で待ち合わせして、迎えに来ていただいたH氏の車に同乗し、全員集合場所のPAで指導者Y氏と合流。長野県茅野市にある向谷(むかいだに)鉱山へと向かう。

今回の目的は、都茂鉱(Tsumoite、BiTe)だ。噛み付く(bite)わけではない。組成が、Bi(ビスマス)とTe(テルル)という、島根県の都茂鉱山で発見された珍しい鉱物なのだ。それが、何と長野県の向谷鉱山でも発見されて話題になった・・・。

そんなわけで、都茂鉱目指して、山中を車が走る、走る。まさに(春最終の)、夏日和だ。

なだらかなズリ跡には、すでに、訪れた採集者が砕いたらしく、岩が散乱していた。斜面はやがて急勾配になるが、冒険はしない。ゆるりとした場所で、石割りを始めた。ガイドブックなど資料によれば、似た鉱物を含めて、多くが<石英>の中にあるという・・・。
しかし、見当たらない、石英の片鱗すらないのだ。

結局、目指す都茂鉱と、誰も出会うことができなかった。現地で、朝はオニギリ一個だけ、昼は食を忘れてまで探したのに、見つからなかったけれども、久し振りにリフレッシュできるよい機会に恵まれた。感謝。

強いて、採集物を列挙すれば、次の通り。
・毒鉄鉱、水晶(群晶)+雲母、黄鉄鉱、硫砒鉄鉱

鉱山につながる山道の入り口に戻って帰り仕度をしている時、地元の方だろうか、車が止まった。気のいい親父さんから、「ずいぶんと沢山の人が来たよ」と話しかけられた。やっぱり、採集し尽くされたのかもしれない、皆で納得した。

2015年5月23日土曜日

パティ・キムの「愛するマリア」

韓国歌謡を聞くとき、女性歌手の大ベテランとして、トロットならイ・ミジャ(李美子:이미자、1938年2月28日~)があるように、洋楽からパティ・キム패티김、1938年2月28日~)があげられるだろう。昔、私にとっては、パティ・キムの名はどこからともなく聞こえていたが、あるとき秋葉原での仕事帰りに購入した彼女のアルバムを聴いて驚いてしまった・・・大袈裟にいえば驚天動地した。帰宅して、その夜はパティ・キム漬けになってしまった。

ブログで何度か触れたが、彼女は日本でいえば、雪村いづみ(1937年3月20日~)のような気がしてならない。その歌唱力は、圧倒的で衰えを知らなかった。先日、パティ・キムは引退発表したけれど。

(本ブログ関連:”パティ・キム”)

彼女のアルバムの中で、ずっと耳の底に残った(韓国風にいうと”中毒性のある”)のは、「愛するマリア(사랑하는 마리아)」(作詞・作曲吉屋潤:길옥윤、1969年)だった。彼女とこの歌の作家との関係については、とても大きな物語があった・・・しかし、ネットでは忘れられようとしている、時代は無情だ。

心の痛手と違って、軽快なリズムとリフレインが明るさを盛り上げる、楽しい曲だ。

「愛するマリア」

マリア、マリア、愛するマリア
マリア、マリア、愛するマリア
君と別れてから、花を植えたよ
悲しい心に、花を植えたよ

マリア、マリア、愛するマリア
マリア、マリア、愛するマリア
春が再び戻って、花が咲いたよ
懐かしいように、花が咲いたよ

マリア、マリア、愛するマリア
マリア、マリア、愛するマリア
君を思いながら、花を見たよ
この胸に戻ってこいよと、花を見たよ

マリア、マリア、愛するマリア
マリア、マリア、愛するマリア
忘れるためにと、花を折ったよ
涙を流しながら、花を折ったよ

マリア、マリア、愛するマリア
マリア、マリア、愛するマリア
マリア、マリア、マリア、マリア
マリ~~ア~

(Youtubeに登録のJohn Nohに感謝)

2015年5月22日金曜日

イ・ソンヒ、イ・スンギ「セブランス家族音楽会」

写真=フックエンターテインメント
イ・ソンヒは、若いころから慈善活動を続けてきた。(現在

今回、所属事務所のイ・スンギと共に、関係者の入院先の病院で、小児患者のための家族音楽会を開いたと、中央日報の記事「【フォト】 イ・ソンヒ 『爆発する歌唱力』」(5/21、ニュース・エン、イム・セヨン記者)は、次のように伝えている。師弟のなかで、慈善の継承が行なわれていることがわかる。
小児癌患者を助ける「新村セブランス病院」での才能寄付(=재능기부:能力を活かしたボランティア行為)

(本ブログ関連:”慈善活動”、”ソウル市議会”)

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イ・ソンヒ、イ・スンギが、子ども患者のために立った。

イ・ソンヒ、イ・スンギと一緒に「セブランス家族音楽会」が5月21日午後、ソウル西大門区新村洞セブランス病院で開かれた。

この日の公演には、イ・ソンヒ、イ・スンギなどが参加した。

イ・スンギ、イ・ソンヒの所属事務所「フックエンターテインメント」関係者は、ニュース・エンと通話で、「イ・スンギが新村のセブランス病院の小児患者のため、治療費を後援したのは事実」と伝えた。

(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”)

関係者は、「最近、所属事務所の代表が、新村のセブランス病院に入院し、イ・スンギが病気見舞いによく来て、小児病棟の患者たちをもどかしく思い、支援したいという考えを伝えた。病院側と支援策について協議して、治療費を支援した」と説明した。
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(追記)
この音楽会で、イ・ソンヒは、「私はいつもあなたを」、「その中であなたに出会って(그중에 그대를 만나)」、「因縁(인연)」、および「Jへ」を歌ったようだ。

2015年5月21日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 先生の日

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/13)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「先生の日(교사의 날)」(5月15日、1964年~1972年、1982年~)に関連する3曲を紹介した。

始めに、孔子の言葉から「先生の日」の意義を、世宗大王の「龍飛御天歌(용비어천가)」から「与民楽(여민락)」の始まりについて、次のように紹介された。
・孔子いわく、「三人行けば必ず我が師あり」(三人連れで行けば、その中に学ぶべきものがある)。5月15日は「先生の日」であり、ハングルを作った世宗大王の生まれた日でもある。この日に、世宗大王を記憶し、先生に感謝する。世宗大王はハングル創生後、楽章 · 叙事詩「龍飛御天歌」の作成を命じた。朝鮮時代、歴代王の業績を記録した最初のハングル文献である。そして、この詩を歌にしたのが、民と共に楽しむの意の「与民楽」だ。今は歌は消え去り、器楽曲として伝わる。

▼ 「与民楽」の演奏を聴く。宮廷曲にしては軽快、なるほど歌いだしそうな旋律がする。

次に、朝鮮後期、丁若鏞(정약용、1762年~1836年)と黃裳(황상、1788年~1863年)の出会を次のように紹介された。
・朝鮮後期最高の学者と言われた丁若鏞は、政治的理由で、長い間島流しになった。ある時、少年、黃裳が訪ねてきた。ソウルの立派な学者の噂を聞き、学びに来たのだ。身分も低く賢くもない少年は、少し内気になって、「こんな者でも勉強ができますか」と尋ねた。丁先生は、「学ぶ者には三つの大きな病がある」と答え、① 記憶力が良く、何事もすぐに覚えてしまう人は、自分の能力を信頼して適当になってしまう。② 書く能力が優れて、すぐに詩作し、どうしても内容が軽くなってしまう。③ 理解力が良く、何事もすぐに理解して、悟ることができず長続きしない。でも、「君にはそんな病気はない」と答えた。感動を受けた少年は勉学に励み、後日、作った詩は、著名な金正喜(김정희)も感動させた。

▼ 茶を嗜みつつの「草堂の白い湯のみに広がる茶花の香り(초당 흰 찻잔에 스며 퍼지는 찻꽃향기)」を聴く。視覚的今様。

・丁若鏞は、茶山草堂(다산초당)で茶をしながら多くの本を書き上げた。

最後に、朴貴姫(박귀희)(1921年-1993年)の国楽芸術学校設立について次のように紹介された。
・伝統音楽、特に(低く見られた)パンソリや民謡などは、師から弟子へと伝わってきた。だから師弟関係は強固である。日本統治時代、朝鮮戦争を経験した朴貴姫など歌い手たちが集まって、国楽芸術学校(국악예술학교)*を設立する。この学校で多くの学生が勉強に励んだ。・・・(* 「国楽芸術学校」の正式名称不明)

▼ 夏の美しい景色の意の「緑陰芳草(녹음방초)」を、カヤグム演奏と歌で聴く。乾いた風のように淡々として・・・。

2015年5月20日水曜日

聊斎志異「石清虚」

希少な石を愛する人は、とどめがない。そこには、物欲と紙一重の世界がある。しかし、何かしら意義を求めるなら、志において、その高まりなのだろうけれど・・・。

「聊斎志異」(蒲松齢著、1640年~1715年)、岩波文庫版(立間祥介編訳)の最終所収の「雲の湧く石 - 石清虚」は、主人公(邢雲飛)の愛石ぶりを、その始まりから死後に至るまで顛末を語る。

(本ブログ関連:”聊斎志異”、””)

(概要)
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あるとき、川底で見つけた石が深い襞にきざまれ峨々たる山容をあらわし、雨が降りそうになると、いくつもの穴から綿のような雲が黙々と湧き出した。

これを求め奪おうとする権力者から逃れたところに、元来の所有者である老人(それが証拠に、石の穴の奥にある「清虚天石供」*の五文字を指摘する)が現れる。主人公は、寿命(石の穴の数)を減らして(潰して)までして、老人から貰い受ける。

(*) 注釈に、「清虚天は、清虚洞天ともいい道教説話中の仙境。また月の宮殿ともいう。そこの石供(石の飾り物)の意」とある。

その後、泥棒に石を盗まれ、その取調べに関与した役人に奪われてしまうが、夢の中に登場した男に、再び取り戻す機会を知らされる。役人没後、その家の者に盗まれた石が、市場に売りに出さたのを知りようやく手元に置くことができる。

主人公は、八十九歳でなくなるとき、石を墓に供にするよう息子に言いつける。ところが、墓荒らしにあい、息子は思いあぐねて道を歩いていると、二人の男が彼の前に来て、売ってしまったと詫びる。

役所に賊を突き出し、石が見つかったものの、そこの役人は我が物にしようとする。倉庫に納めるよう命じられた下僕は石を落としてしまう。息子は、砕けた石を集めて、主人公の墓に供えた。
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岩波文庫版は、展開を淡々と語って終わる。

ところで、石の世界を集めたアンソロジー「書物の王国6 鉱物」(国書刊行会)では、同作品を「石を愛する男」(増田渉訳)として採りあげている。物語の最後、次のような文が続いている。
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異史氏曰く----
並みすぐれた物は、禍のもとである。身をもって石に殉じようとするにいたっては、執着もまた甚だしい!だが結局は石が人と最後までいっしょになっていたのだから、石に情がないなどとだれが言えようか!昔の人は、「士は己を知る者のために死す」と言ったが、それは決して言い過ぎではない。石ですらなおこんなふうである。まして人間においておやだ!
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「身をもって石に殉じる」とは・・・石狂いにもほどがあるけれど、そんな世界にどっぷりはまった人には、選択の余地はないようだ。精神性までが、文字通り物化してしまった世界のようだ。

2015年5月19日火曜日

トロピカーナ エッセシャルズ カルシウム BANANA BLEND

テレビの築地場外市場の取材で、美味しそうに卵を焼いている光景があった。職人が作るのだから、美味くてきれいに仕上がるに決まっている・・・と分かっているが、真似したくなった。

早速、スーパーで専用の卵焼きフライパンを買った。而して、玉子も大量購入し試してみた。しかし、返しがうまくできない。ふわふわした感触もなければ、きれいに丸まって、美味しそうな姿にならない・・・そして作り過ぎた。

それはそれとして。

スーパーへ行けば、必ずバナナ味した食べ物・飲み物を探す。今回、ジュース棚に、バナナの姿をデザインした小さな紙パック(330ml)があった。横書きに「Tropicana Essentials カルシウム」と表記し、縦書きに「BANANA BLEND」の表示がある。バナナピューレを含む4種類(ぶどう、バナナ、いちご、ブルーベリー)の果実をブレンドしているというのだ。

バナナ味の巡礼は、バナナ味一本で勝負するものを本来の主旨にしているが、この際、バナナの絵柄を前面に出したパッケージデザインを慮って取りあげた。(以前、ミックスジュースに触れたこともあるが)

果汁20%の中、バナナの割合はいかに・・・飲んだ瞬間、バナナを探した。しかし、口中にミックスジュース特有の甘い香りだけが残った。もう一度飲んだ。いがいが感が喉奥に微妙に感じた。もっと飲んだ。330mlは、意外と腹にこたえる。

今回、無理強いした感がある。思いが強すぎたようだ。捲土重来、次回を期したい。

バナナ味の巡礼はまだまだ続くよ。

(本ブログ関連:"バナナ")

2015年5月18日月曜日

「石の中に潜んでいる竜」

鉱物には、相容れぬものが恰も共存しているように見えることがある。水晶(SiO2)の、透明で美しい六角柱の中に、例えば細い針状の植物が見える。実は、苦土電気石の針状結晶が抱有されたもので、「ススキ入り水晶」と呼ばれる。草状以外に、水が入っている場合もある。

透明柱状の先に、尖った錐状の頭を持った、満足できる水晶を採ったことがない。まして、「ススキ入り水晶」のような珍しいものは、標本でしか接したことがないけれど・・・。

メノウ(瑪瑙、主成分SiO2)の塊りに水が入っているもの(「水入りメノウ」)がある。こちらは、なぜか市中に出回っている。商品性があるのだろう。振ると、削り込んだ奥で水が揺れているのが見えたりする。その中で、魚が泳いでいないかと空想したくなる。

江戸時代、奇談を収集したものに「耳嚢」(根岸鎮衛著)がある。その一つに、石集めの奇人の代表である、木内石亭と「石の中に潜(ひそ)んでいる竜」にまつわる話が収められている。長谷川政春訳の「耳袋」(教育社)で読んでみる。

(本ブログ関連:”石亭”、””)

(概要)
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あるとき、行脚の僧が石亭の家に泊まった。石亭が愛石を見ていると、僧が「珍しい石を持っていて、荷物に入れております」と答えた。

石亭の頼みに、僧はその石を見せた。色は黒く、こぶしのような形であって、くぼんでいるところに水気があった。石亭は、自分の石と交換を申し出た。僧は、欲を持つ身でないので譲った。

そして、この石を机の上に置き、硯の上にのせてみると、清浄な水が硯の中にみちて、その有様は、言い尽くしがたいものであった。

この石を大切にしていると、ある老人がつくづくと眺めて、「このように水気を生ずる石には、きっと竜がひそんでいるはず」、遠くへ捨てるようにと言った。しかし、石亭はかまわずいた。

ところがある時、空も曇ってどんよりしている時に、この石の中から気を吐く様子があった。驚いた石亭は、老人の言葉を思い出し、村人に捨てるよう頼んだところ、老人は焼き捨てるべきとまで言ったが、人里離れたお堂に納め置いた。

その夜更けに風雨も強く、雷鳴もはなはだしくなり、その堂の中から雲が立ち起こり、雨の激しく降る中を昇天するものがあった。後になって、このお堂に行ってみると、あの石は二つに砕け、堂の有様は、まったく竜が天にのぼったかのようであった。

そのため、村では奇妙なこともあるらしいと話しをした。そして、その折に、あの石を焼いてしまうべきといった者の家は、恐ろしいことに、こなごなに壊されていたと、ある人が語った。
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(参考)
忍石(しのぶいし)」も、装飾的意味合いでよく見かける。まるで植物の葉の並びを石灰表面に描いたようだ。

2015年5月17日日曜日

今年の梅雨は 2015

このところの天候で、<台風>の早い到来ばかり目に付く。私にとって、通年では更に二つ苦手なものがある。<冬の寒さ>と<梅雨の湿気>だ。冬の寒さにはストーブやエアコンで温まり、梅雨の湿気には除湿機を総動員する。だが、台風には打つ手はない。

(本ブログ関連:”梅雨”)

今年も<梅雨>が確実にやって来るが、去年と比べて少々出遅れているらしい。気象庁の「平成27年の梅雨入り(速報値)」は、各地域ごとの過去の梅雨入り時期(平年と昨年)について、次のように掲載している。今日現在、沖縄、奄美が未だ梅雨入りしておらず、もしかすると、九州と逆転するかもしれないという話しがあるようだが・・・どうなるだろうか。

地方 平年 昨年
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沖縄 5月 9日頃 5月5日頃
奄美 5月11日頃 5月5日頃
九州南部 5月31日頃 6月2日頃
九州北部 6月 5日頃 6月2日頃
四国 6月 5日頃 6月2日頃
中国 6月 7日頃 6月2日頃
近畿 6月 7日頃 6月3日頃
東海 6月 8日頃 6月4日頃
関東甲信 6月 8日頃 6月5日頃
北陸 6月12日頃 6月5日頃
東北南部 6月12日頃 6月5日頃
東北北部 6月14日頃 6月6日頃
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(北海道がないのは、同地に梅雨がないため)

実は、空模様が気掛かりだ。来週の日曜日(24日)に、長野県にある鉱山へ行きたいと思っている。今のところ天候予測は曇りとのこと。その数日前は、ずっと晴れ・曇りが続いているので、無事に実施できそうだ。

それに、今年も恒例の「第28回 東京国際ミネラルフェア」(6/5~6/9、新宿)が開催される。こちらは、雨に関係ないので、心配なく覗いて見たいと思っている。

2015年5月16日土曜日

イ・ソンヒの「愛しただけなのに」

イ・ソンヒのアルバム10集 「First Love」 (1996年:歌詞)は、彼女がシンガーソングライターに変身したといわれるアルバムである(ほぼ全て彼女の作詞・作曲したものだ)。

その中で、「愛しただけなのに(사랑했을 뿐인데)」は、彼女が歌まっしぐらに駆けてきた感があるので、結婚しているとはいえ、妙に大人っぽい感じがする。決してちぐはぐでないし、私の純粋培養のイメージから超えそうなものの、でも声質は変わらない。いたって健康である。その辺の微妙なバランスが楽しいのかもしれない。

(本ブログ関連:”愛しただけなのに”)


「愛しただけなのに」

手にできぬ、あなただから
この夜もっと、さびしい Uu... Uu...

お互いが、なぜ遠ざかるの
お互いは、こんなものだったの

その明かりのもとで、私にくれながら
私のすべて、みな持ってしまって UuuUu...

笑いもなく、終わりにしようって
私の弱い心に、メスを入れるのね

愛しただけなのに

一日も欠かさず、会いたいと
あなた一人だけ、信じて待って欲しいと

その明かりのもとで、私にくれながら
私のすべて、みな持ってしまって UuuUu...

笑いもなく、終わりにしようって
私の弱い心に、メスを入れるのね

愛しただけなのに

(Youtubeに登録のhirekatu3に感謝)

2015年5月15日金曜日

(雑談) いつの間にか自分のものとしていること

生命って何?

水平的なダイナミクスでいえば、自己複製できるものだろう。更にいえば、生命体である自身と、外部(<自然<環境)との間で、物質・エネルギー的な出入り(調整・平衡)することだろう。内部に恒常性を持っているともいえる。

時間的なダイナミクスでいえば、進化である。

進化は偶然の産物といわれる。ただし、どうやら進化の枝分かれは、それを単純に繰り返すだけでなくて、ときとして、進化の枝が絡み合うこともあったようだ。

細胞の中でエネルギー発生に有効な器官ミトコンドリアは、外部から細胞に混入したもののようだ。それが、ごく自然に(重要な役割を持って)共存していることになる。

先日、NHKのドキュメンタリー番組「生命大躍進」で、動物の「目」の誕生が紹介された。その起源は、植物性の光反応を担う細胞がプランクトンによって、クラゲに取り込まれたことに始まるそうだ。無脊椎動物(節足動物)の複眼へ、脊椎動物のカメラ眼へと進化したというのだ。

細胞内レベルの器官として、あるいは体レベルの器官として、いつの間にか自分のものとしているが、気付いてないものが、まだまだ他にあるかもしれない。

考えてみれば、人間の思考もそうかもしれない。進歩につながるものならいいのだが。

2015年5月14日木曜日

「バナナブラン」

今日も、スーパーの棚にバナナ味の菓子を見つけた。

主婦向け菓子の王者(と私は思っている)ブルボン社の「Banana Blanche バナナブラン」だ。主婦向けの特徴(と私は思っている)は、コストパフォーマンス(総量/価格)が良く、一品は小さ目のサイズで食べやすく、甘味がほどほどなことだろう。

菓子箱に「キャラメル香るふんわりケーキ」と記載され、成分表示として、バナナ香料、キャラメル香料、洋酒使用アルコール分1.1%とある。食べれば、口中にバナナの香りが広がるが、(バナナ果汁成分の表示ががないので)バナナ・アレルギー気味の私の喉に、イガイガ感が残らない・・・良いことだが、ちょっとさびしいような。

主婦向け菓子は、<お話し>しながら食べるという間合いがあるから、ゆっくり口に進むだろう。そういえば、菓子皿にはいろいろ菓子を盛り合わせるようだ。

バナナ味の巡礼はまだまだ続くよ。

(本ブログ関連:"バナナ")

KBS WORLD「国楽の世界へ」 父母の日

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/6)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「父の日・母の日」(5月8日)に関連する3曲を紹介した。

始めに、「父の日・母の日」と親に報いる労働歌「相杵歌(상저가)」について次のように紹介された。
・一生懸命努力したつもりでも、悔いが残ることがある。特に、家族、中でも両親にであれば、その悔いは一生残る。両親のいる内に孝行せよというのもそのためだ。5月8日は「父の日・母の日」だ。父母別々でなく一緒に感謝する。
・高麗時代に、臼で穀物をつく労働歌「相杵歌」(≒朝鮮初期楽譜:韓国民族文化大百科事典)がある。<がたんとうるさい臼でも、穀物をつくことができるから幸いである。まずは両親に食膳を整え、残りのものを自分が食べよう>という内容だ。白米でなくても食べられる幸せという歌詞もある。この曲はリズムは失われ、歌詞だけが伝わっている。

▼ 「相杵歌」にリズムをつけた<創作曲>「新・相杵歌」を聴く。心情に響かせる、今様の国楽である。

・昔は食事のたび、臼で穀物をついて支度した。毎回米を食べたわけでない。庶民は、特別な正月や両親の誕生日などに白米を食べた。普段は麦や粟のような穀物を食べた。白米でなくても、親のために幸せな気持ちで食事の支度をしたという、親を想う歌だ。

次に、母を想う歌「思母曲(사모곡)」について次のように紹介された。
・高麗時代、母を想う歌「思母曲」がある。農作業に使う鎌と鍬(くわ)を親に例えている。鍬も必要だが、鎌にはかなわない。つまり、父の愛も大きいが、母の愛ははるかに大きいという意だ。

▼ 朝鮮初期に記録された歌詞に、昔のリズムを最近<復元>した「思母曲」を聴く。厳かな曲調、今様である。

最後に、「父の日・母の日」成立の背景と、「父の歌(아버지의 노래)」について次のように紹介された。
・(「思母曲」は)母の愛が大きいと歌うが、韓国のしきたりとも関連がある。5月8日の「父の日・母の日」は、1956年に制定され、「母の日」であった。当時。父を上長と特にもてなしたので、母は比較的おろそかになっていた。この日だけでも、母に親孝行する意があり、母の日として始まったが、今では「父の日・母の日」になった。最近、父子の触れ合いが減り、寂しい想いをすることも多いようだ。
・父を想う歌もある。<一生涯、無口だった父>と始まる。悲しいときも嬉しいときも無口であった・・・。

▼ 「父の歌」を聴く。母親の姿は前から見て、父親の姿は後ろから見る・・・そんなためを息をしてしまいそう、今様である。

2015年5月13日水曜日

イ・ソンヒの「五月の陽射し」

昨晩の台風(6号)は、今日の日付に変わる頃に、すっかり凪いだ感じだった。転寝して気付いたときには治まっていたという、少々気抜けしたものだったが、大事にいたらず幸いだった。

ところが、今朝のニュースで知ったことだが、早朝、宮城県沖を震源とする地震(M6.8)が発生したという。岩手県花巻市で、震度5強だったという。自然は少しも油断できない。

そんな朝、台風一過の晴れやかな空が広がっていた。まさに五月の陽射しだ。

イ・ソンヒには、5集に収録した「五月の陽射し(오월의 햇살)」(1989年)があるが、1990年にモントリオール室内オーケストラと協演した公演実況版アルバムがある。(この協演版は、「『なぜ私だけ(왜 나만)』など新曲が収録され、会場の(イ・ソンヒの語り)コメントを余すところなく、そのままに盛り込んで、臨場感を生々しく生かしたのが特色である」とのこと・・・公式ホームページ)
協演ステージの、彼女の初々しい様子を(コメント省略だが)Youtubeで見ることができる。

(本ブログ関連:”モントリオール室内オーケストラ”)

この「五月の陽射し」には、さまざまな思いが込められているという。

(本ブログ関連:”五月の陽射し”)

(Youtubeに登録のKoreanMusicSubsに感謝)

2015年5月12日火曜日

5月の台風6号 (2015)

2009年以来、このブログに台風について記述した最も早い時期は、2011年5月(台風2号)だ。それ以降、またしても5月のこの時期に台風到来、それも台風6号という。温暖化だからだろうか、台風発生が矢継ぎ早のようだ。

市役所から、台風6号について注意喚起メールが届いた。また、ネットのWeathernewsによれば、(地元Pinpoint地区について)「今夜は雨風がだんだん強まり、夜遅くがピークに。道路冠水や交通の乱れの可能性があるため、早めの帰宅をおすすめします」とのこと。

夕方過ぎ、灰色の雲が重くかぶさるようで、台風の迫り来る緊迫感がある。風はときたま、かすめるように吹くだけで、台風前の静けさといったところだ。とはいえ、夜分に厳しさが予想されるため、今晩予定の教室が休講となった。強風と土砂降りの帰り道ではかなわないからだ。

突然の地震も恐ろしいが、今来るとばかり待ちかまえる台風も嫌なものだ。でもこう考えることがある。私たちの祖先は、自然の変化と襲来を経験することで、より逞しく賢くなったのではないかと。遠く昔の遺伝子が、欠けることなく継承されてきたことに感謝しつつ思う。

2015年5月11日月曜日

過ぎし日の思い出

なんともセンチメンタルな、メアリー・マックレガー(Mary Macgregor、1948年5月6日~)が歌った、1976年リリースした「Torn Between Two Lovers」(日本盤「過ぎし日の思い出」)という、3角関係に陥った女性の心を歌ったものがある。

この辺の女性心理を分析したいが、口先が寒いので・・・ そういえば、女性タレントが言っていた。女性の記憶は、「オーバーライド」だそうだ。その点、男は、「デリート」といいながら、多分、外付けHDDに「リムーブ」しているのだろう・・・男はそんなもんだ。

穏やかな陽射しを感じさせる、甘い旋律である。なぜか浮かんだのが、BS番組「小さな村の物語イタリア」のオープン・エンドに流れる「L'Appuntamento逢引き)」(Ornella Vanoni)で、少し酔った気分にさせる、ついつい聞き入ってしまう曲だ。

メアリー・マックレガーは、映画版「銀河鉄道999」(1979年)のエンディングテーマ曲「SAYONARA」を歌ったそうだ。(他に「Love Light」)・・・マニアックでないので未見であるが。

(Youtubeに登録のClasicos de la Discoに感謝)