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2024年7月27日土曜日

野鳥観察(70)

月2回(第1・第4土曜日)開催の野鳥観察(探鳥会)に、2020年8月22日に初めて参加して、以来、欠席などを除いて(私の区切りであるが)、きょうで 70回目にあたる。全くの初心者が、よくもまあ長続きしたものと驚く。同時に会員の方々から解説、指導、助言などいただいたことに感謝しなければならない。

とはいえ観察力は、いまだ初心者のまま低迷している。そんな揮発性のメモリーを補うため、このブログにせっせと、回ごとの行動・成果を書き続けている。

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

快晴の今朝、探鳥会に出席するため家を出た。ふと忘れものに気付いて家へ戻り、数分後に通り道を再度進んだ瞬間、朝陽が急にまぶしくなった。わずかな時間差ながら、太陽は高度を上げて、民家の家並を越えて、照らし出したのだ。こういった自然の変化を、あたりまえにせず(素直に)新鮮と感じるほど、私は歳を重ねたことに気付く。

夏場の探鳥会は、鳥たちも行動をひかえているようで、彼らと出会うのは難しい。デイリーにフィールドの野鳥写真を配信される、ベテランの方の予想通りで、本日の成果は、参加者数 野鳥種類数 となった。参加者が多過ぎるからと笑いになった。

観察の途上、下記内容も含めて、博識の会長やベテランの方から次の話をうかがった。
●「クズ(葛󠄀)」 
・マメ科植物で、根に澱粉を貯え、食材(葛湯・葛餅・葛切り)や漢方薬などの原料になる。
  ー 添加物が一切ないという「吉野葛」があるそうで、一度食べてみたいと思う。
・つる(蔓)を伸ばして、樹木を立体的に、草地を平面的に覆い、草木を枯らす。
  ー 特性を生かして、盛り土などの法面に、雨天による流土防止のため植えることがある。
  ー 米国で、利点をいかして植えたが、現在は <侵略的外来種> 扱いされている*。
  ー クズに付着した日本在来種の「マメコガネ」が米国で拡散して、農産物に被害を与えている*。
    (*)読売新聞: https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/20181003-OYT8T50070/2/

● セミの抜け殻
・「アブラゼミ」と「ミンミンゼミ」の抜け殻に大差はないが、触角の有無で判別できる。

●「キョウチクトウ(夾竹桃)」(ベテランの方から、会長と語り合った内容とのこと)
・毒性があり、触ることも、葉を食べることも危険という。
  ー 牛の飼料に紛れ込んで、牛が死亡した。
  ー 「西南の役」の官軍兵士が、戦場で箸(はし)の代わりに、夾竹桃と知らずに枝を折って使い、中毒になった。

今回も、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラ写真で確認・整理したものから、次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。今回、野鳥は鳴き声ばかりで姿が見られず満足なものでなかった(ベテランの方は視認しているが)。
・アオゲラ: 開始早々、鳴き声が指摘された(さえずりだったか、地声だったか覚束ない)
・ブト(ハシブトカラス): フィールドの外側に1羽いたが、ずいぶん大きく見えた
・シジュウカラ: 鳴き声が指摘されたが、これも覚束ない
・スズメ:グラウンドのネット塀の外側に、多数鳴き声がしたが、姿が分からない
・ドバト(カワラバト): 土手斜面に群れていた。随分黒ずんだものもいる
・キジバト: 小川の水門?のコンクリート上に1羽いた
・カワセミ: 指されたとき、葦の枯葉が揺れるのだけ気づいた
・コゲラ: 鳴き声が指摘されたが、これも覚束ない
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・カルガモ: 小川の葦の隙間、二地点で見る
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・クズ(葛): (上掲の通り)
・マツヨイグサ、オオマツヨイグサ、メマツヨイグサ、コマツヨイグサの4種類がある
  ー 花が萎んだとき、オオマツヨイグサ、メマツヨイグサは黄色のまま
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・セミの抜け殻: 開始早々、幹についていた
・ミンミンゼミ: 名前の通り鳴くと気付かされた
・シオカラサナエ?:(「サナエ:早苗」の時期に登場するの意で、きれいな水辺に棲む)
・マメコガネ:小さな粒のように見えた
・カミキリムシの仲間:正式な名前は後で教えていただく


カルガモ(写真左)、ドバト(写真中央)、キジバト(写真右)
・最近、小川の岸の草刈り時、水際の葦を残すようで、水上の「カルガモ」の発見に手間取る。
・カラスと見間違うほど黒ずんだ「ドバト」が群れにいた。ドバトの姿は多様とのこと。
・小川の水門?に、超然と1羽の「キジバト」がたたずんでいた。こちらは、模様が鮮明。


クズ
・平面的に広がった「くず(葛)」が、つる(蔓)を伝わせて野草を締め付けている、よく見れば恐ろしい光景だ。


セミの抜け殻(写真左)、シオカラサナエ?(写真中央)、カミキリムシの仲間(写真右)
・抜け殻が木の幹についていた。写真を見ると、触覚が見える。何セミの抜け殻か教えてもら機会を失した。
・トンボが静かにとまっていた。名前は「シオカラサナエ」と聞こえたが、ネットにヒットする情報がない。聞き違えたか?
・足が朱色で、背が緑色に美しく輝くカミキリムシ、正式な名を後で聞くことになっている。

2024年5月17日金曜日

(資料)世界情報社会・電気通信日

きょう(5/17)は、「世界情報社会・電気通信日」である。日常利用する通信について紹介するとき、まず「電気通信」と「情報通信」の違いから説明することが多い。
電気通信は、電信・電話網の技術であり、情報通信はコンピュータ・ネットワークの技術である。違いは、一言でいえば、通信できる「帯域」(周波数の幅)の差だ。それにより、通信手段の種類が分けられる。

●この「世界情報社会・電気通信日(5月17日)」の制定(決議)について、Wikipediaは次のように紹介されている。
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・「国際電気通信連合 (ITU)」は、前身の「万国電信連合」が 1865年5月17日に設立されことを記念して、「世界電気通信の日」として制定した(1973年)。
・「世界情報通信サミット」は、世界電気通信の日と同じ5月17日を、「世界情報社会の日」にすることを決議した(2005年)。
・「ITU全権大使会議」は、上記の2つの国際デー5月17日を合わせて、「世界電気通信および情報社会の日」とすることを決議した(2006年)。
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国際デーの順序の通り、電気通信の技術は歴史的(技術的)に情報通信へと進展した。
以前、ブログで触れたことがあるが、電気通信について、電信と電話に関連する資料を見てみたい。

電信
・送信:電線に接触(モールス信号)して符号を送信する。
・受信:電線から電気信号(符号)を、電磁石を利用して受信(感知)する。
・日本初の公式な電信機は、ペリー提督の2度目の来日(1854年)時に、米大統領から江戸幕府へ贈られた「エンボッシング・モールス電信機」である。

(本ブログ関連:”電信”、”モールス”)

❶-1:電信の基礎
●(資料-1)NHK for school
「通信の始まりは電磁石」
- https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005300719_00000

❶-2:日本での事例(西南の役)
・「西南の役」(1877年:明治10年1月29日~9月24日)の戦況通信の手段に使われた。
・「西南の役」当時の通信の様子を描いた「錦絵」を見たことがある。錦絵から、電信柱が十分なかったため街道の並木を替わりにして、電信線を架けていたのが分かる。
・東京~鹿児島間は長距離である。電信線の直通は電信線の抵抗が増すため、複数の地方電信局に継電器(リレー)を置き、電信線をつなぎ減衰を防いだ。

(本ブログ関連:”西南の役”)

●(資料-2)山口県文書館: 第13回中国四国地区アーカイブズウィーク
「『文書館レキシノオト -「音」で読み解く防長の歴史 - 西南戦争と電報』解説シート」
- https://archives.pref.yamaguchi.lg.jp/user_data/upload/File/archivesexhibition/AW13%20rekishinooto/25.pdf

●(資料-3)和楽web
「西南戦争勃発時は脆弱だった!?電信と電話の普及に奔走した石井忠亮」(大井 昌靖、2022.01.22)
- https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/187954/


電話
・「電話」の帯域は、人間の可聴域(声の周波数は4000Hz以下)に合わせて、300~3400Hz とした。
・3.4kHzあれば、電話口の声で相手を識別できるとされたことによる。ちなみに CDの周波数の上限は、~20、000Hz である。

●(資料-4)LoopGate:テレビ会議ブログ
「音声通話における周波数や音質、聞こえ方の違いについて解説」(2023.06.29)より
- https://loopgate.jp/guides/knowledge/use-tips/guides-5600/
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音声周波数とは、電話やWeb会議などの音声伝送に使用される周波数の幅のことです。もともと一般電話では300Hz~3400Hzの音声周波数帯域でしたが、(モバイル専用の通信規格の1つ)VoLTEでは50Hz~7000Hz、VoLTE(HD+)では50Hz~14.4kHzと時代とともに可聴音のレベルに近づいてきました。また、一部のテレビ会議などでは20kHzに対応しているものもあります。
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2019年11月1日金曜日

コスモス畑

先月の半ば(10/15)に見た公園の「コスモス畑」へ再び出かけて驚いた。前回の咲き具合と違って、畑一面がコスモスの花で埋めつくされていたからだ。盛りは遠に過ぎたのではと案じながら寄ったところ、暖かい陽射しに照らされてまぶしいほど輝いて見えた。それは思い描いたようなみごとな花畑だった。

(本ブログ関連:”コスモス”)

コスモスについて、Wikipediaによれば「熱帯アメリカ原産。メキシコからスペインに渡り・・・コスモスと名づけられた。日本には1879年(明治12年)に渡来」とのこと。
きのう(10/31)のブログに記した、「西南の役」(1877年)の翌々年でしかない。きわめて新しい外来植物なのだ。その可憐な美しさに魅かれて人気があるが、「在来の自然植生の攪乱(かくらん)」という面もあるという。この花、すっかり受け入れていたが、トラップにでもひっかかってしまったのだろうか。

太陽の光に照らされて、そよ風に揺れる姿がよく似合うコスモスは、キク科植物といわれるまで気付かない。野草に混じって咲く野菊とその点でちょっと違う気がする。


きょうの公園広場には、めずらしいことに小学生の集団が複数いて、賑やかにはしゃぎ声をあげていた。それも、いろいろな学校から来たようで、車体デザインの違う観光バスが駐車場にずらり並んでいた。また、公園内にある、民家などの建造物を並べた博物園に、観光気分と違った雰囲気の外国人一団が訪れていた。どれもあまり見かけない光景だ。

2019年10月31日木曜日

ハロウィンの街めぐり、NTT技術史料館(電信・電話)

NTT技術史料館
5年ほど前に訪れたことのある「NTT技術史料館」*へ出かけた。「西南の役」(明治10年:1877年)に使用された東京-熊本間の電信(モールス信号による通信技術)について、素人レベルながら教えてもらいたく願ったからだ。今回、デジタル交換機の初期開発にたずさわった方に館内を廻りながら説明いただき恐縮した。
(*)史料館: http://www.hct.ecl.ntt.co.jp/

(本ブログ関連:”NTT技術史料館”)

電信機の発明者「モールス」(1791年~1872年)の電信機(模型)で、アルファベット別文字板(谷形に切り込みが入ったもの)があって、それで文章を組み立て、連続した文字板の凸凹を電気信号に変えて送信し、受信側は電圧の変化をもとに電磁石によってペン先を上下させて電信記号を表記するといった仕組みを知った。文字単位に板を設けるという発想が面白い。(電鍵は後で考えられたようだ)

「ペリー」が2度目の来航時(嘉永七年:1854年)に土産として献上された電信機は、「送信側の電信機上の電鍵でモールス符号を打つと、受信側の電信機の紙テープにエンボス(凹凸の傷がつく)されて、信号を送ることができ」る**というものだったそうだ。昔のコンピュータの「紙テープ」を思い出す。
(**)郵政博物館: https://www.postalmuseum.jp/column/collection/post_7.html

なお、当時の電池についてどんなものか知りたかったが、資料が不明なため、(また、遠距離の伝送路途中で増幅といったことがされたのかについても同様)別の機会に譲りたい。

西南の役以前、すでに国内の電信伝送路は相当発展していて、「錦絵」で知るようなやっとこどっこいの江戸情緒が残った風情ではなく、(輸入品に頼ったろうけれど)通信技術は相当充実したものだったようだ。何しろ普段目にする電柱を「電信柱」と今も呼んでいるくらい当り前なのだから。(西南の役当時の伝送路には、鉄線が使われていたという)

(参考)年表***
・1869年:東京~横浜間で電信(公衆電報)業務開始
・1871年:東京~京都間に電信ケーブルが引かれる
・1872年:京都~大阪間が開通
・1873年:神戸~長崎間が開通(東京~長崎の全線が結ばれる)
(***1)「北九州イノベーションギャラリー」: http://kigs.jp/db/history.php?nid=2462&PHPSESSID=8ab6d96e143c47cdec3a2f9f7
(***2)ITUジャーナル(Vol. 46 No. 7、2016.7): https://www.ituaj.jp/wp-content/uploads/2016/07/2016_07-07-spotMakuake1.pdf


ハロウィン
町をめぐると、小さな男の子とすれ違った。なにやら背に黒い羽が生えている。ハロウィンにふさわしく蝙蝠の翼のようだ。後ろのお母さんを確かめながら、坊やは飛ぶように走り抜けていった。

鉄道模型風にアレンジした遊び場があって、幼児たちを連れた家族が集まる。きょうは、魔法の棒を持ってきれいに着飾ったお姫さまたちが、小さな箱のような遊具の中で語り合っているのが見えた。そこはきっと童話にある夢の国なんだろう・・・ママチャリのお母さんたちに見守られながら。

2017年6月16日金曜日

電信の応用

科学が発展するのに、ひとりの天才が突然現れて世界を一変させる・・・なんてことを、子どものころ偉人伝を読んですっかり刷り込んでしまった。けれど、ガリレオを先導したジョルダーノ・ブルーノの存在が如何に大きかったかを、浪人中に岩波新書を読むまで知らなかった。

天才の種は、すでに深く耕された肥沃な土壌があってこそ開花し実を結ぶ。物語で理解すると、豊穣な大地に気付かず果実を求めてしまう。物語はわかりやすく理解しやすいが、誰かの手で書かれたものでしかない。事実をひとつひとつ丁寧に積み上げて実証する研究者は大切な存在と思う。

ところで、アメリカのモールスが電信機を発明したのが1837年。それ以前に電気信号をワイヤーに通す様々な発明があり熾烈な競争があった。驚くことに、この電信が「南北戦争」(1861年~1865年)で大いに利用されたことだ。情報戦(暗号化)であり、南北相互に「信号司令部」が存在し多数の人材を養成した。
Wikipediaによれば、信号司令部に参加した総人員は次の通り。
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(北軍の)信号司令部が戦時任務終了後、1865年8月に解隊されるまでに、146名の士官が任命されるか任官を提案された。実際は297名の信号士官が任命されたが、非常に短期間の者もいた。戦争中に携わった兵士の総数は約2,500名になった
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(モールスが「奴隷制度」支持だったとは実に皮肉なことだ)

日本でも1877年の「西南の役」に電信は使われている。東京から熊本へのワイヤーが、街道の松並木を電信柱にして張り付けられた、そんな錦絵がある。現地の政府軍には、Wikipediaによれば、電信掛74名(電信掛長:大島貞恭少佐)が編制されている。(1874年の「佐賀の乱」で、電信が既に使われていた)

電信は、科学というより技術工学だから、実りもはやく大きなものだったのだろう。

(本ブログ関連:”運が良けりゃ”、”インディアン・ラブ・コール”)

2014年9月4日木曜日

(資料)イ・ソンヒの日本語曲「空がくれたもの」、「見せたいけしき」

「故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知る」、久し振りに博物館見学する。

以前、大手町にあった「逓信総合博物館」は、日本の情報通信技術の歴史を、貴重な現物展示で見せてくれた。電電公社からNTTへと時代の流れもあって、ちょうど一年前に同館は閉館した。その歴史的な資産の一部が、現在、三鷹の「NTT技術史料館」に引き継がれている。電信技術(ペリー来航の土産品西南の役に急遽張られた電信線)や交換機(アナログからデジタル=コンピュータ化)など貴重な見学ができた。人の身長ほどあるVAD法光ファイバ母材を見たとき、オートクレーブで作られた人工水晶を思い出した、透明なものSiO2は美しい。あらためて、素人質問に長時間ガイドいただいたご担当に感謝。

温故知新。知らずにいたら何も始まらない。

イ・ソンヒには、多分唯一の日本語曲がある。8cmのCDシングルに収められた「空がくれたもの」と「見せたいけしき」だ。(次のYoutubeの映像にあるように、カセット版もあったのかもしれない)

インターネット(gooORICON STYLEなど)から、次のような情報が得られる。
・「空がくれたもの」: ポニーキャニオン PCDA-00449 1993年05月21日発売
・歌手: イー・ソンヒ(表記に注目!)、作詞:夏目純、作曲:都志見隆、編曲:萩田光雄
・価格: 1049円(税込)
・放送: 「空がくれたもの」は、ABC「朝だ!生です 旅サラダ」の音楽に使用されたという話しもあるが、未確認。

(本ブログ関連:”見せたいけしき”)
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの日本公演”、”(資料)イ・ソンヒの過去の日本公演と日本語曲”)
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの思い出(政界進出、安全地帯の作曲)”)

以前、韓国のブログで、(音質の良い)「見せたいけしき」の歌を聴くことができた。最近、サイト登録者限定とか会員登録限定といった形でログイン要求をする傾向にあって、聴くことが難しくなった。そんなとき、Youtubeに「空がくれたもの」と「見せたいけしき」の2曲が登録されたのだ。何という幸運・・・もしかしたら、今の内かもしれない。永く見られることを切に願う。

Youtube映像を登録された方は、ご自身のfacebookにイ・ソンヒの昔の貴重な写真やテレビ出演の動画をふんだんに掲載している。新しい発見ができたこと感謝。

(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)

2011年4月11日月曜日

レイジー・リバー

映画「我等の生涯の最良の年(The Best Years of Our Lives)」(1946年)をDVDで見る。
第二次世界大戦後、同じ町に復員した、三人のアメリカ軍元兵士たちの物語である。その一人に、沈没する艦船の中で火災に遭い両手首を失った元水兵がいる。義手生活のために恋人との将来に悩む彼を支えてくれたのは、バーを経営する叔父だった。叔父は店のピアノを弾きながら助言する。そのとき、元水兵の若者は、ある曲を希望した。それは健康的な若い二人のまぶしい明日を歌う「レイジー・リバー(Lazy River)」だった。

さて、ピアノを弾きこなす叔父は、このドラマのなかでちょっと雰囲気が違っていた。誰だろうかとYoutubeの原曲を探して見ると、叔父役を演じたのは、「レイジー・リバー」の作曲者のホーギー・カーマイケル(Hoagy Carmichael)その人だった。なんと、あの美しい愛の想い出を語る「スターダスト(Stardust)」の作曲者でもあるという。

(Youtubeに登録のBingandNelsonFan、skorecki7に感謝)


(追記)
今日も厳しい余震があった。(東京都多摩東部は震度4)
《平成23年4月11日17時20分 気象庁発表》
・きょう11日17時16分ころ地震がありました。震源地は、福島県浜通り(北緯36.9度、東経140.7度、いわきの西南西30km付近)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は7.1と推定されます。