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2025年12月24日水曜日

クリスマス・イブ 2025

今晩の「クリスマス・イブ」は、家族が団欒する祭事(パーティー)であるが、宗教的な要素は(クリスチャンでない限り)ほぼない。子どもたちにとって待ち遠しいのは、サンタさん(サンタクロース)に願いを込めたクリスマスプレゼントだ・・・今晩もらえるかもしれないが。大方は「クリスマス」の明朝、目覚めたときに枕元にプレゼントが置かれているのを発見したときだろう。

(本ブログ関連:”クリスマス・イブ”)

クリスマス・イブが家族の祭事になる以前は、サラリーマンが仕事が終わって街に出て、遊びまくる行事(どんちゃん騒ぎ)だった・・・それがいつの間にか家庭に場所を移した。いまでは、この夜に街に出かけるのは恋人同士か、それともあぶれた若者たちだろう。

ところで、地元の商店街に、LED照明に輝くクリスマスツリーが据え付けられ、さらには、近くの広場の外部と仕切る金網の柵に、LEDのチューブを巡らして光の演を競っている。この時期の街々は、クリスマスのイルミネーションに飾られ華やいでいる。平和でよい時代だ。

きょうの空模様は芳しくなくて、小雨の寒い一日だったので、暖かい気分になってみたい。冬に生まれた、雪のように白い「白雪姫」が成長して歌う恋の曲「いつか王子様が」を聴いてみよう。ところで、見慣れたつもりでいるディズニーの名作アニメーションを、実際に何処で見たか確信ない。もしかしたら、小学校の畳が敷かれた裁縫室で、みなと一緒に鑑賞したかもしれない・・・。

■ Youtube(登録: Disney Club UK)
「Someday My Prince Will Come | Snow White Lyric Video | DISNEY SING-ALONGS」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=o8vbbHuuDvA&list=RDo8vbbHuuDvA&start_radio=1

2025年11月22日土曜日

目ざまし時計を止めていた

きょうの野鳥観察(探鳥会)を休んでしまった。というのも、すでに観察が終了する午前8時ころに目を覚ましたからだ。せっかく、目覚まし時計を早朝に鳴るようセットしていたのに・・・、時計を手繰り寄せて見たら、何とアラームのレバーがOFFになっていたではないか。

昨晩、目覚ましの設定を忘れてないかと何度も確認したのに。ということは、早朝のアラーム音に気づき、寝ぼけまなこに止めてしまったのだろう。いつもは遠くにあった時計を、今回なぜか枕元に置いてしまったのが間違いの元だった。(おとつい(11/22)の、六義園の自然観察で疲れ果てたせいもある・・・かもしれないが)

そんな言い訳をしてもしょうがない。

昔懐かしいディズニーの漫画映画に、目覚まし時計を題材にしたものがある。ドナルドダックが、ここではむしろ(時計と折り畳みベッドに)安眠を妨害されるのだが。小学生校の裁縫室の畳に座って映画鑑賞があったとき、文部省特選とか推薦の教育映画の前に、ディズニーの漫画が写されるのが楽しみだった。

■Youtube(登録: ディズニー公式)
「Disney コメディタイム/ショートアニメ|ドナルドのめざまし時計」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=FjT0VMPW22c

2025年2月21日金曜日

裁縫室で見た映画:「小鹿物語」、「砂漠は生きている」

九州にいたとき小学校に「裁縫室」があって、そこで女の子たちに家庭科の裁縫を教えていたようだ・・・実際に目撃したことはないが(同じ時間帯、男子は別の場所にいたのだから)。ところで、男女が一緒にその部屋を利用するときがあった。映画教室だ(テレビもない、街の映画館に行く機会も少ない子どもたちにとって貴重な時間だった)。

(本ブログ関連:”裁縫室”)

裁縫室は和式の畳部屋のため、みんな座って(先生が映写する)子ども向け映画(教育映画)を鑑賞した。記憶に残っているのに「小鹿物語(The Yearling)」(1946年、日本公開1949年)がある。少年と野生の小鹿のふれあいの物語で、美しいカラーで見ることができた・・・なにしろ、小鹿を見たことがないので、その可愛らしさに引き込まれてしまったものだ。しかし、成長した小鹿が、一家の育てた農作物を食べる事件が発生することで、少年は決断を迫れることになる・・・。見届けるのがつらい映画だった。

当時、カラー映画は「総天然色映画」とわざわざ銘打つほどだった。ちなみに本作品は、Wikipediaによれば、アカデ三―賞の(カラー作品)の「美術賞」および「撮影賞」を受賞している。当時、これらの賞は、カラー作品とモノクロ作品の別に賞が与えられたという。

また、<自然観察>の記録(ドキュメンタリー)映画で話題になったものがあった。ディズニーの「砂漠は生きている(The Living Desert)」(1953年、日本公開1955年)だ。いってみれば、自然の驚異であり、普段見ることのできない動植物たちの生態をカラーで知らせてくれるものだった。その後のテレビ番組「ディズニーランド」で、ドキュメンタリーの定番になった。

今この映画に対して、語られることは少ないが、当時、ドラマチックな場面の撮影技術に関心が向けられ、結果として<作為>があったと知られたりした。子どもにとって、生態系の捕食の連鎖(食物連鎖)を映像で見せつけられると、驚きと恐怖をないまぜしたものになった。そこに作為があったことを、少し経って知ることになる・・・あのディズニーがそんなことをするなんて。

今ではドキュメンタリー映画(あるいは写真)を見るにつけ、あまりのタイミングのよさに出くわすと、大人の冷静さを持って眺めているのに気付く。

2019年1月28日月曜日

ディズニーの「ふしぎの国のアリス」

MSの検索エンジン「Bing」の画面に、「今日はルイス・キャロルの誕生日」といったコメントとともに、米ニューヨーク州のセントラルパークに置かれた「不思議の国のアリスの像」写真が表示されている。数学者にして(童話)作家である(ペンネーム)「ルイス・キャロル」は、1832年1月27日に生まれたそうで、誕生日は昨日のことではないかと思うけれど・・・。

童話「不思議の国のアリス(Alice in Wonderland)」は、青空文庫の「アリスはふしぎの国」(大久保ゆう訳)でも読める。物語とともに、いかにもビクトリア朝風の線描画の挿絵が載っている。今となって、その古風な表現が童話にそのまま残っているのは珍しい。

「不思議の国のアリス」を知ったのは、絵本でもなく、ディズニーの漫画映画「ふしぎの国のアリス」(米1951年)だった。今では「アニメ」と呼ぶが、その呼称はいつ頃から始まったのか気になる。

(本ブログ関連:”ディズニー”)

小学校に畳敷きの裁縫室があり、ときどき2クラスほど生徒をまとめて、アメリカのディズニーの漫画映画や、「小鹿物語」のような児童映画を16m/mの映写機で見せてくれた。もちろん、文部省推薦の日本の児童映画もたびたび映写した。

ところで、ディズニーの「ふしぎの国のアリス」をどんな風に見たかおぼろなのだ。でも、子どものころに確かに出会った、アリスは清潔な異国の香りを持った少女だった。以前のブログに次のように記したイメージだった。
「アリスの金髪は遠い国のアニメーションを強く意識させた。アリスの白いエプロンと水色の衣装は清潔さを思い知らされた。ふしぎの国は、色彩豊かな美しさゆえ、まるで菓子世界のように見えた。多分それらは、豊かなアメリカのイメージにつながっていったと思う。」
わたしは、アリスの水色が今も目に焼きついていて忘れることができない。

ウォルト・ディズニー(Walt Disney) - ふしぎの国のアリス(Alice In Wonderland) Part1


ウォルト・ディズニー(Walt Disney) - ふしぎの国のアリス(Alice In Wonderland) Part2


(Youtubeに登録のムービーコン - アニメに感謝)

2016年11月10日木曜日

子鹿物語

小学校に畳敷きの大広間があって、女子の家庭科の裁縫室に使われていた。テレビもない時代のこと、視聴覚教育として映画鑑賞にも利用された。落ち着きない子どもたちが、畳に座ればおとなしく見るだろうということだったのかもしれない。

文部省推薦のいわゆる教育映画が中心だったが、ディズニー・アニメも組み合わせて映写してくれた。当時、アニメなんて言葉はなかったが、子どもたちを大いに楽しませてくれた。ミッキーマウスたちを見たくてわくわくした。

16ミリフィルムの映写機だったと思う。部屋が暗くなると騒いでいた子ともたちは一斉にスクリーンに集中した。カラカラ音をたてながら投影する映写機の音は、全く気にならなかった。数クラスの生徒が共有する貴重な時間だった。

いつだったか低学年の頃、「子鹿物語(The Yearling)」(1946年制作)を見た。カラーだったこと、子鹿がいたこと、主人公が泣きながら鹿を撃ったこと、今となってはそれくらいで、ストーリーはおぼろだ。ただ、いつも見せられた説教的な白黒の教育映画と違い、別種の物語りがあった。そんな経験でしかなかったけれど、その後アメリカ映画との距離をぐっと近づけることになる。


(Youtubeに登録のMovieclips Trailer Vaultに感謝)