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2016年9月10日土曜日

他所の町の秋祭り

最近、空を見上げると、低層雲と中高層雲が絶妙にバランスして、くすんだ雲の上に積乱雲が見えたりする。あるとき、薄浅葱色した低層雲の上に、純白の積乱雲が照り返して神々しく見えた。ヒマラヤの高峰を想像したりもした。行ったことはないけれど。

そんな空の気配に誘われて、自転車でちょいと遠出してみた。といって、電車駅を3駅ほどの距離。通りがかりに気付くことだが、途中、鉄道の操車場があり、跨線橋から眺めれば、しばらく子どもに戻ることができる。土曜日の午後のせいか、操車場はがらんと空いていた。

目的があって遠出したわけではない。ぶらり近在巡りしただけ。そんなとき、神社や町内会の祭りの賑わいと出会った。露店が連なった神社の境内は客であふれていたし、駅裏の商店街に特設のテントに大型と小型の御輿が2基あって、はっぴ姿のおじさんや子どもたちが群がっている。まさに出立直前のようだ。

さてわが地元、まだ祭りの気配がない。それとも気付かないのか、知らないだけか。他所の町で祭りに出会って、あわてて身近を探すのだから、しょうしょう粗忽。明日にでも、町を巡ってみようかな。

(資料) 韓国の高齢化 (2015年)

高齢化については、その予兆を先日(9/4)のイ・ソンヒのコンサート会場で微妙に感じた。(中高年ながら)メインの客層である、おばさんたちのパワーが全開していたからだ。他方、(私のように)おじさん一人で呑気にコンサートに来るような姿はほとんど見かけなかった ・・・ イ・ソンヒファンの奥さんに付き添うように来場しているおじさんばかり、高齢化社会での彼らの立ち位置が見えてくるようだった。

イ・ソンヒは、いよよ輝きつづけながらも歳月の歌手になったと思う。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ 22年振りにTVコマーシャル出演”)

中央日報の記事、「『高齢韓国』 ”中位数年齢”、初めて40代超」(9/7)は、韓国統計庁発表の「2015年人口住宅総調査」結果について、高齢化が一層深まりつつある状況を次のように紹介している。(改行、箇条書きなど改変を容赦)

ちなみに、韓国の高齢化は日本以上に加速している。

(本ブログ関連:”韓国の高齢化、少子化”)

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・「2015年人口住宅総調査」(韓国統計庁、5年周期で実施)結果を7日公表。
- 高齢社会がすぐそこまで来ている。
- 65歳以上の人口は657万人/全体人口の13.2%
- 中位数年齢は初めて40歳を越えた。


・中位数年齢(年齢順に並べた時、中間にいる人の年齢)
- 2005年 35.0歳、
- 2010年 38.2歳、
- 2015年 41.2歳

・65歳以上の高齢人口
- 2010年 536万人
- 2015年 657万人

・全体人口のうち、65歳を越える人が占める比率
- 2010年 11.0%
- 2015年 13.2%

・国連による分類 65歳(以上)人口比率
-「高齢化社会」:   7%以上 ⇒ (正確には”超え”)
-「高齢社会」:    14%超え
-「超高齢社会」: 20%以上 ⇒ (正確には”21%超え”)

・韓国は
- 2000年: 「高齢化社会」に突入
- 「高齢社会」が目前まで迫ってきている。
- 今の速度なら「超高齢社会」に入るのも時間の問題
    すでに全羅南道地域は、65歳人口の比重が21.1%の「超高齢社会」に入った。

・30年前と比較
- 0~14歳の幼少年人口: 518万人減少 (2010年に比べ97万人減少)
- 65歳以上の高齢人口:   482万人増加 (2010年に比べ121万人増加)

・年齢構造
- 40~50代の人口が最も多く、壷型人口ピラミッドを示す
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2016年9月9日金曜日

【大衆音楽家列伝】 イ・ソンヒ

釜山日報の連載の「大衆音楽家列伝(대중음악가 열전)」は、まさにイ・ソンヒのコンサート(9/2~4)直前の絶妙なタイミング(9/2)に、彼女の音楽活動を振り返る、「【大衆音楽家列伝】25.イ・ソンヒ」(チェ・ソンチョル、ペーパー・クリエイティブ代表)の記事を掲載した。

内容は、イ・ソンヒが歌謡界にデビュー以来、現在にいたる音楽活動の小史であり、正規アルバムをもとに彼女の代表的な曲目を網羅している。コンサート後になったが、次に載せさせていただく。感謝。

次の記載の曲目と、今回9月のコンサート曲目を合わせて聴けば、イ・ソンヒの全体像を素早く理解することができるでしょう!

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小さい体躯で爆発的歌唱力… 「Jへ」ただ一曲でスターダム

(写真:略) ▲ 私たち大衆音楽の「ガール・クラッシュ」の元祖、イ・ソンヒは歌を運命のように思って生きてきた(デビュー以来)32年、この時代の名歌手だ。

・最近、よく話題になる単語の中に、「ガール・クラッシュ」(Girl Crush)という言葉がある。少女(Girl)と、「惚れる」意のクラッシュ・オン(Crush On)を合成した言葉で、女性が同性に感じる、性的な感情を伴わない強い好感と定義する。かくのごとくクラッシュの魅力に陥ったせいだろうか。最近、音源チャートの上位圏、および長期ランク(イン)の女性歌手だけで何と100人余りに達する。私たちの大衆音楽のガール・クラッシュ(一目惚れした少女)の元祖は、イ・ソンヒだ。

■ 「姉さん(オンニ)部隊」、追いかけ回しクラッシュ

・仏教音楽「梵唄」の伝授者の父をもつイ・ソンヒは、幼い時から歌手の才質(才能と気質)を見せた。大学1年のとき、「4幕5場」という校内音楽サークルに入り、父が反対した歌を思う存分歌うことができるようになったし、<江辺歌謡祭>に出場する冒険も敢行する。1984年夏、MBC江辺歌謡祭に、パーマヘアーに角(つの)製の枠メガネをかけた少女が登場する。イム・ソンギュンと共に「4幕5場」という混成デュエットで参加した彼女は、小さい体躯に似合わない爆発的な歌唱力で大賞を射止める。受賞曲は、「Jへ」であった。その日を起点に、歌謡界は波打つ。 イム・ソンギュンの入隊で、ソロとして本格活動に乗り出したイ・ソンヒの人気は想像を超越した。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと仏教音楽”、”梵唄”)

江辺歌謡祭の大賞受けて、ソロ活動
大規模の「姉さん部隊」で、時代のアイコン
ゴールデン ディスク、5連覇の「珍記録」

ソン・シヒョンと出会って、4、5集で音楽的変化
香港俳優の張國榮(レスリー・チャン)とデュエット・コンサート
「その中であなたに出会って」、感性際立つ

・当時、或る放送会社でデビューした歌手は、別の放送会社に出演できないという慣例を破って、「Jへ」は、KBSの「歌謡トップ・テン」で5週連続1位を占めており、1984年の最高のヒット曲になった。年末、KBS歌謡大賞と、MBC「10代歌手歌謡祭」の新人賞、やはりイ・ソンヒが占めた。当時、歌謡界の厚いファン層である女子中高生の愛を一人占めした男性歌手全盛の時代に、ディーバ(歌姫)の出現は歌謡界はもちろん、女学校にも新鮮な風になった。

・イ・ソンヒは、数多くの女学生ファンを同行するガール・クラッシュのアイコンで、爆発的な人気を享受した。チョー・ヨンピルの「兄さん(オッパ)部隊」を威嚇した「姉さん(オンニ)部隊」、幼い女子中高生が公演会場で兄さん(オッパ)の代わりに姉さん(オンニ)を叫ぶようにさせた主人公、イ・ソンヒの事務所から金を払って人を動員したという流言飛語(デマ)まで飛び交うほど、当時の「姉さん部隊」の火力は途方もなかった。

(本ブログ関連:”姉さん部隊”)

■ ソン・シヒョンと共に変曲点、確かに

・「Jへ」ただ一曲で、1984年を自身の年にしてしまったイ・ソンヒの正規1集「イ・ソンヒ1集」(1985)は、(江辺歌謡祭の)翌年の1985年初め(1/25)に現れた。ここで、「あ! 昔よ」、「葛藤」、「少女の祈り」などが相次いでヒットし、彼女は自身の人気が「Jへ」の一回だけで終わらないことを立証した。その年が過ぎ行く前(11/25)に、再び出した2集「イ・ソンヒ Vol.2」(1985)では、「秋の風」、「ケンチャナ(大丈夫)」、「そう誤りは私にあります」などのヒット曲が引き続き出ており、1986年に出した3集「イ・ソンヒ3集」(1986)でも、「分かりたいです」、「暗闇は晴れて」、「ヤング」などが多く愛(=支持)を受けた。

・ゴールデン・ディスクの5連覇を始めとして、国内にある全部門の賞を全て受賞する珍記録をたてたりもする。以後、「イ・ソンヒ4集」(1988)は、イ・ソンヒのディスコグラフィーで非常に重要な位置を占める。彼女の音楽が意味ある変曲点を迎えたためだ。その変化の端緒を説明する(人物の)名は、ソン・シヒョン(송시현)だ。

(写真:略) イ・ソンヒの音楽世界で意味ある変曲点になったアルバム「イ・ソンヒ4集」

・1987年、「夢みるような世界」のヒットで名を告げたシンガー・ソングライターのソン・シヒョンは、この時からイ・ソンヒのアルバム作業に参加し始める。4集で、A面のタイトル曲「愛が散るこの場所で」と、B面タイトル曲「私はいつもあなたを」を含めて、全て4曲が彼の作品だ。二人の出会いは成功した。ソン・シヒョン特有の感受性と叙情性は、イ・ソンヒの声とよく交わったし、以後も彼はしばらくイ・ソンヒと共に行動することになる。翌年、「イ・ソンヒ5集」(1989)で、イ・ソンヒはアルバムのここかしこに社会性の濃厚な曲を配置した。「五月の陽差し」は1980年の光州民主化運動の犠牲者の英霊を慰める曲であったし、「ひとしきり笑いに」も、やはり時代的痛みが滲んだ曲だった。通常の民衆歌謡に劣らず、深くやさしいものだった。

(本ブログ関連:”ソン・シヒョン”)

・ソン・シヒョンは、5集でも中枢的な役割をした。アルバムの代表曲である「ひとしき笑いで」と、「冬哀傷」は彼が作った曲だ。同年、チョコレートCFで最高の人気を謳歌した香港の故張國榮(レスリー・チャン)が初めての来韓する。張國榮は、イ・ソンヒと「Jへ」をデュエットで熱唱して、デュエット・コンサートを開いた。

・その縁で、張國榮は、後日イ・ソンヒを香港に招待する格別な親交を誇示したりもする。この時期に、香港BMGレコードを通じて、「It's Original Songs」というアルバムに、「Jへ」を収録発表し、英語で自身のヒット曲を翻案して歌った「Where The Love Falls..」(1989)などのアルバムも発表する。

(本ブログ関連:”張國榮 (レスリー・チャン)”)

・1990年の6集「イ・ソンヒ Ⅵ」(1990)では、「思い出のページをめくれば」が愛(支持)を受けたし、「去る者だけが愛の夢を見ることができる」という自作詩朗唱集と、カナダのモントリオール室内楽団と世宗文化会館で共演後、その実況アルバム「Lee Sun Hee ; Montreal Chamber Orchestra」(1990)を発表する。7集の「思い出の中を歩くのね」(1991)、キム・ヨンドンの国楽的な要素をたっぷり入れた8集の「李仙姫 八」(1992)、「イ・ソンヒ愛唱童謡」(1993)、9集の「イ・ソンヒ 9」(1994)、そして、多くの曲を自ら作詞/作曲したアルバム10集「First Love」(1996)を着実にリリースして、以前とは違った成熟した歌をリリースし始める

■ あらゆる悪材料の中、挑戦は続く

・人気の下落と激しい浮上など、悪材料の中でも彼女の努力は続いた。11集以後、3年振りに発表した12集の「E Sunhee  My Life + Best」(2001)で、自作曲「離別小曲」と、パク・チニョンの「生きてみると」、ユ・ヨンソクの「この歌をかりて」、キム・ジョンソの「多分(アマ)」など、11曲の新曲とベスト16曲を入れて新しい活動の序幕を知らせた。2005年、<四十代に迎える春>の意を暗に盛り込まれている13集の「四春期」(2005)は、イ・ソンヒの自作曲である「因縁」をはじめとして、9曲の新曲と20周年ライブ コンサート実況の17曲を入れた。10集から始まったシンガー・ソングライターの面目が、円熟の段階に入り込んだことを意味する真の傑作と評価を受けた

・1990年代以後、7集から始まったやむ得ない大衆的反応の退潮にも、イ・ソンヒは堅忍主義的姿勢で、自身の音楽的内容を執拗に発展させる。2009年、デビュー25周年を迎えて、新しい音楽的感性の10曲をアップグレードした自作曲で満たした14集「愛よ…」(2009)を発表し、活動を再開した。

・5年後、正規15集アルバムであると同時に、デビュー30周年記念スペシャルのアルバムである、「セレンディピティ Serendipity」(2014)を通じて、「女王の帰還」を知らせた。  

・彼女の音楽的力量が最高に発揮された今回のアルバム(15集)、果たせるかな、11曲中9曲が自作曲だ。「その中であなたに出会って」など、より一層円熟した深みある音楽と、限りなく繊細で感性的なボーカルを披瀝し、専らイ・ソンヒだけが出すことのできる感性を表わした。偶然を通じて運命に出会うという<セレンディピティ>の意のように、音楽に出会って歌を運命のように感じて生きてきた32年目の私たちの時代の名歌手イ・ソンヒ、どんな音楽においても輝く彼女の声と表現は拒否できない永続の美学であろう。  
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2016年9月8日木曜日

<未聴取> KBS WORLD「国楽の世界へ」 伝統舞踏

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/31)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、伝統舞踏に関連する3曲を紹介した。

<未聴取>のため、韓国語版記事より転載、一部追記。(舞踏成立の時期は意外と新しい)

僧舞(승무)の踊り、詩人趙芝薫(조지훈、1920年~1968年)の詩「僧舞」
・「僧舞」は、僧侶が舞う踊りの意だ。しかし、寺院で ​​仏教の儀式に僧侶が舞う踊りは、通常「作法」という。一般の僧舞は、民間で僧侶の服飾を取り揃えて舞う踊り(1936年公演~)をいう。長衫の長い袖をはためいて舞う踊りと、踊りの終わりに法鼓を打つ部分が印象的である。
・詩人の趙芝薫は、(京畿道)華城の龍珠寺で開かれた斎儀式で、作法を見た感動を込めて「僧舞」を書き、多くの人が愛唱する詩のひとつとなった。

サルプリ伴奏音楽(살풀이 반주음악)
・「煞(さい、살)」は、人をはじめ生物や物に危害を及ぼす悪い気運をいう。サルプリは、巫俗(シャーマニズム)で、その悪い煞の気運を解きほぐす(厄払いする)ことをいい、現在伝承されているサルプリの踊り(1903年公演~)は巫俗に起源を置いたものもあり、専門芸人たちが妓房で踊ったものを舞台化したこともある。白いチマチョゴリに手拭(てぬぐい)を持って踊る。

倡夫打令(창부타령)
・「倡夫打令」は、京畿道地方で広く歌われてきた民謡で、本来、倡夫祭儀(창부굿)で歌われた巫歌が広く伝わって変化したものである。倡夫は祭儀(굿)をするときに楽器演奏する人をいい、そのような人々を守護する「広大(カンデ:芸人)神」を意味することもある。
・「扇舞(부채춤)」は、代表的な伝統舞踊と指折り数えられるが、本来、1950年代に金白峰(김백봉、1927年~)が創作した踊りで、主に倡夫打令や漢江水打令のような京畿民謡の器楽曲を伴奏音楽として使用する。

2016年9月7日水曜日

白露 2016、それに雑談

今日は、二十四節気の「白露(はくろ)」。露(つゆ)が出て辺りが白めくというが、実際は残暑厳しく汗だくだった。ところで、白露って何だか酒の銘柄のよう ・・・ 日本酒に「白露(しらつゆ)」がある。

(本ブログ関連:”白露”)

イ・ソンヒのコンサートに合わせて、ちょっと街巡りをしたとき、強い陽射しに大汗をかいた。今年最大の汗っかきで、シャツがびしょ濡れになり始末に困った。

そんな街巡り以来、体が快調なのだ。年に一度、自然に大汗をかくのはいい。今日の健康体操教室で、いつも苦心する動作がスムーズになったし、一日中、大汗をかいている。

大汗には効用がある。とくに、おじさんは色々なものをため込む。腹にため込んで膨らみ、頭にため込んで悩む。汗は、そんなため込んで、発酵?したものをきちんと洗い流してくれるようだ。

2016年9月6日火曜日

ナット・キング・コールの「枯葉」

昔から秋の入り口は、青春に失ったものを気付かせるようです。夏の思い出、実に明解です。

窓辺に紅葉の散るのを見れば、失ったものの大きさが分かるというもの。それに、秋は冬につながり、後戻りできません。寒さを耐え忍ばねば、やがて春は来ないのです。でもその前に、クリスマスの頃、孤独をもう一度痛感することでしょう。そして、家族の暖かい暖炉に心休ませることでしょう。

その点、おじさんは遠の痛みを忘れて知らず、秋の紅葉を楽しみに待つだけです。ちょっと青春を思い出し、懐かしんでみるのもよいかもしれません。苦味のある料理を通好みするのも、大人ですから。

ここに、味わい深い歌い手がいます。ちびりちびり酒を飲みながら、ナット・キング・コール(Nat King Cole)の洒落た「枯葉(Autumn Leaves)」に酔ってみたいものです。

(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)

(Youtubeに登録のnick tsourmasに感謝)

2016年9月5日月曜日

イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」の翌日: 中古LP、CDを探す

イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」の翌日、彼女の中古LP、CDを探したのですが・・・。
その結果を、9/5帰宅してレポートしようと思ったのですが、9/6の午前0時04分に着きましたので、9/6に追記します。
⇒ ブログの日付(9/5付け)はいじった結果です!

■ コンサート以外の行動について(4日、5日まとめて)

といって、一泊二日のため、行動範囲は極端に狭い。

4日、チェックインすると、すぐそばにある教保文庫へ出かける。もちろん日本語訳でしか読んだことのない韓江の「菜食主義者(채식주의자)」を、お土産のつもりで原本購入。書店のいたるところに陳列されている。(ちなみに、韓国のニュースでは、この作品が「ブッカー賞」を受賞したと略して言うが、ブッカー賞の外国賞である)
なお、同書店のCD売り場は、極端に縮小して、当然ながらイ・ソンヒのCDも置いてない。

5日、地下鉄明洞駅から地上に出て、暑い陽射しの中を歩き、会賢地下商店街(회현지하상가)にある、複数の中古LPレコード商店を巡る。すでに入手したものばかり、目新しい?ものを見つけるのが難しい。ただし、一軒で、イ・ソンヒの8集LPを購入する。
イ・ソンヒのアルバムで、LPで発行したのは、この8集までで、以降はCDで発行になったという。

いくつか、イ・ソンヒ関連の書籍・雑誌リストを作っていたが、以前訪れて不発だった東大門近くの古書店街以外にあてもなく、中古LP店の主人に相談したところ、教保文庫へ行けばなどいう始末。

とにかく、心配した台風12号の影響は全くなかった。その分、猛烈な暑さで、街をテクテク歩くのは辛くて断念。あちらこちらにコーヒーショップがあるので、見つけてはそこで体を冷やした。


■ 余談

ところで、4日のコンサートの終了のこと、会場を出ようとしたら、ロビーにおばさんたちの長蛇の列ができていた。興味しんしん、何ごとかと思えば、イ・ソンヒがテレビCFに出た中高年女性向けの健康飲料サンプルを無償配布していたのだ。イ・ソンヒは、もしかしたらターゲットを絞ったのだろうか・・・。

2016年9月4日日曜日

イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」

今夕(9/4)のコンサート観覧から帰宅後、9/5に追記します。
⇒ しかし、9/5帰宅のつもりが、9/6の午前0時04分に着きましたので、9/6に追記します。

カメラをホテルに忘れた(もちろんスマホは持っていません)ので、会場の映像はありません。

(本ブログ関連:”●資料:이선희 Concert”)


開場1時間前、世宗文化会館大劇場のロビーはすでにひとびとであふれていた。前回、2014年のコンサートと比べて、若者客が若干少ないよう。イ・ソンヒが出演したCFではないが、歳月に合わせた客層主体になっていた。何となく感じたことに、そこかしこに彼女に似た髪型とメガネ姿の女性たちがいる。イ・ソンヒの持つ普通らしさと、まるで申し合わせたように。

(本ブログ関連:”The Great Concert”)

今回は、<四季>をテーマにしているという。まさに、秋に相応しい彩が舞台にあふれた。春夏秋冬そして秋、かもしれない。

イ・ソンヒを紹介するアナウンスにつづき、舞台袖でスポットライトがあたったのは、テレビドラマ「茶母(다모、邦題:”チェオクの剣”)」で、渋さと聡明さを演じたイ・ソジンだ。このドラマにインスピレーションを得て作られたのが、イ・ソンヒのヒット曲「因縁(인연)」である。

(以下、イ・ソンヒが歌った曲について記す)


イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」はこの「因縁」の歌から始まった。もうこのときから、会場はペンライトで揺れる。

東洋的な旋律の余韻に続くように、映画「炎のように蝶のように(불꽃처럼 나비처럼)」の同名主題曲を歌った。舞台は、東洋画一色に染まる。

その後、代表曲の「少女の祈り(소녀의 기도)」、「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」と続く。

しっとりした懐旧の歌、15集収録の「今になって(이제야)」をライブで聞くとは、胸に沁みます。

突然、舞台に雪が降る。何なのかと期待すれば、2013年に幼い少女たちを熱狂させた、あの雪の世界のアニメから・・・お分かりでしょう。

そして冬には、代表曲の「冬哀傷(겨울애상)」だ。冬なのに、彼女の歌声にはほっとする。

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アコーディオン(小型の「コンサーティーナ」のような)を中心に、ヴァイオリン、コントラバス、ピアノ編成の四人組による伴奏で、ときにタンゴ風に。(15集収録メンバーと同じ?)

まな弟子イ・スンギが主役の一人を演じた、テレビドラマ「僕の彼女は九尾狐(내 여자친구는 9미호)」のテーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌った。

まるでヨーロッパの街を眺めるように、15集収録の「街の眺め(거리구경)」を歌う。

次に、「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」をタンゴ風に軽快に、愛の確信を得たい心情を歌う。
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15集収録の、さまざまな人生を感動的に歌った、「その中であなたと出会って(그 중에 그대를 만나)」は、世界に感情の渦を巻き起こした。その名曲を会場で再び聞く事ができるとは。


【イ・ソンヒがしばらく退場する幕間】
・若い女性歌手(ソロ歌手とガールズ・グループ(LABOUM?)歌手)たちの歌。イ・ソンヒの昔の映像、詞など。


先輩歌手ソン・チャンシクが歌う彼の「私たちは(우리는)」(1986年)の投影が始まると、イ・ソンヒが登場して、画面に向かってデュエットを始める。以前、デュエット番組の紹介に、この二人による同じ構図のものがあった。感動的だった。

そのデュエット番組の本放送で歌った、名曲「分かりたいです(알고싶어요)」を、そのときのデュエット相手のイェジン嬢と共に歌う。番組とは違い、イ・ソンヒはプロの舞台を教えてくれたようだ。

「ケンチャナ(괜찮아)」を歌うと、この頃から観客は沸き、総立ちになる。熱狂は止まず終わりへと流れ込む。圧巻のまま、「ひとしきり笑いに(한바탕 웃음으로)」を歌う。

怒涛の勢いは続く。「炎のように(불꽃처럼)」、「葛藤(갈등)」。いよいよ終わりを迎えて、この国の人々を最大に熱狂させる曲、「美しい江山(아름다운 강산)」が歌われ、クライマックスを迎えた。

静かに暗転する舞台。会場のアンコールに応えて歌われたのは、まさにイ・ソンヒを示す、「Jへ(J에게)」だった。歌の始め、マイクを会場へむけると、観客は一斉に声をあげて歌いだした。そして、コンサートの本当の終わりを告げるように、彼女の歌声が会場に響いた。

2016年9月3日土曜日

ひと安心、台風12号の進路

イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」(9/2~4)の最終日の明日(9/4)出かける。4日の午前の空は、東京:曇り、ソウル:晴れ、帰りの5日の夜は、ソウル:晴れ、東京:雨。

気象庁:台風12号進路予想図
問題は、台風12号の進路だ。気象庁の台風12号進路予想(9/3、17:00)を見ると、4日午後に鹿児島県の薩摩半島の東沖から、5日午後には山口県の響灘の東沖を東北へ進むようだ。

台風12号の進む速度が意外に遅いので驚いた。9/1の予想と比べて、1日ずれてゆっくり移動している。この調子でいけば、航路が羽田⇔金浦間を直進のため、直接12号の影響を受けずに済みそうだ。

これまで複数の台風が災害をもたらしているのに、のんきなことを言っていいのかためらいながら・・・。ともあれ、ひと安心している。

2016年9月2日金曜日

イ・ソンヒの「Jへ」

イ・ソンヒの、歌謡界の出発点であり、歌姫として歌い続けるバックボーンの曲、それは「Jへ(J에게)」である。
1984年7月29日(日)、春川の南怡島(남이섬)で開かれた「江辺歌謡祭」に登場したイ・ソンヒは衝撃的だったし、その後次々と歌謡祭を制覇した。

彼女のコンサートに不可欠な、観客の青春を呼び覚まし熱くさせる歌、それが「Jへ」である。ステージで威風堂々歌う彼女の姿は素晴らしい。今回のコンサートで聴けるのを楽しみにしている。

(本ブログ関連:”Jへ”)


J 撫でる風に、J あなた想えば
今日も静かに、あなた 偲ぶわ

J きのうの夢に、J 出会った面影
わたしの胸に、染まっているのよ

J きれいな夏の日、遠く消えたとしても
J わたしの愛は、今も変わらない

J あなたを永久(とわ)に
J あなたを愛して
J ともに歩いた、J 思い出の道

わたしは今宵も、寂しく歩くのね
寂しく歩くのね

■ Youtube(登録: ustine kelly)
「lee sun hee's "j"」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=Gie_dkj4ufc

2016年9月1日木曜日

台風12号とコンサート

心配なことになった。実は、ようやくチケットが入手できた、9月のイ・ソンヒ コンサート「The Great Concert」(9/2~4)の最終日(9/4)当日に出かけようとしていたのに、空模様が怪しくなってきたのだ。

(本ブログ関連:”The Great Concert”)

気象庁:台風12号進路予想図
気象庁の台風進路予想(9/1、18時現在)を見ると、台風12号は、9/4に対馬海峡の上空にある模様だ。その影響で、フライトが中止になったら、せっかくのチャンスを台風に吹き飛ばされることになる。

先の5/10に先生にお願いして、やっとコンサート観覧の機会を得たのに・・・それも、9/4当日の席しか予約できなかったというに。

おまけに、今日予定していた「砂金採集」も延期している。その上、フライト中止になんてことになったら、12号台風が恨めしいことだろう。何としてもコンサートには行きたいのだ。

といって、台風の進路が東にそれても、早く来ても日本にとってありがたいことではない。全く悩ましいことだ。

(雑談)今年も三分の二が過ぎた

今年もとうとう三分の二が過ぎた。リンゴを食うのに例えてみれば、残り三分の一しかない僅かさを知る。美味いと思ったわけでもないのに、あっというまに食っていた。

夏らしい陽射しが残って、まだ一年の半ばの気がするが、カレンダー(陽暦)では、6月を遠に過ぎ、すでに2ヶ月を経過した。ずっしり重かった、日めくりカレンダーがどうりで軽くなった訳だ。

気象庁の四季の区分では、春(3~5月)、夏(6~8月)、秋(9~11月)、冬(12~2月)となる。春を始まりとする感覚に沿う。ただし昔のように、春を旧暦1~3月にすると、四季の区分も違ってみえる。そのためか、季節用語と季節の実感が微妙にずれる。

あっというまに過ぎて余すところ3ヶ月だが、今年も久し振りにイ・ソンヒのコンサートに出かける。世宗文化会館でのコンサートに、2009年以来、4回目の観覧となる。私なりに、今年記憶に残るものになりそうだ。(これを言いたかったみたいかな)

2016年8月31日水曜日

二百十日 2016

今日は、二百十日、台風到来の時期である。今回の台風10号は、久し振りに台風の話題、騒ぎをもたらした。八丈島の東に発生した台風10号は、不思議なことに南下後にUターンする進路をとった。台風観測史上初めて、東北地方へ初上陸もした。おまけに、北海道にも影響して、秋口収穫の農産物に多大な被害を与えたようだ。

(本ブログ関連:”二百十日”、”台風10号”)

当初、台風10号は関東地方へ上陸の可能性があった。マスコミ報道もせわしかった。このことに、狼少年に例えるふしもあるが、自然は怖いし、用心に越したことはない。子どもの頃、台風が来るたび、雨戸を釘付けした親父の姿を思い出す。昔、台風は恐ろしかった。今でも、「伊勢湾台風」の衝撃を忘れられない。

ところで、この台風のせいでないが、鉱物採集のメンバーの都合もあって、明日予定していた<砂金採り>が中止になった。なんだか台風がうらめしい。

今となっては、イソップ童話のキツネのように、手の届かぬブドウを見て負け惜しみいうように、どうせ砂金採りに行っても、いいものは取れなかったろうとなぐさめている。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 親孝行

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「親孝行」に関連した3曲を紹介した。

始めに、中国の親孝行の話(「二十四孝」)と、それをもとにした曲があることについて次のように紹介された。
・中国の王祥は、親孝行に定評ある人で、真冬に新鮮な魚を欲した継母のため、川の氷を溶かし、魚を釣ろうとした。その真心が通じたのか、鯉2匹が穴の中から飛び跳ねてきたという。また、孟宗は、同じく真冬に、タケノコが食べたい母のため探した。魚と違いタケノコは春のもの。畑で、しばらく泣いていたところ、タケノコが出てきたという。このように親孝行を物語を歌った曲がある。

▼ (19世紀後半に広く歌われた)短歌(단가)の親孝行歌「孝道歌(효도가)」を聴く。語って悟らせるよう聞こえてくる。

・この短歌「孝道歌」に登場する孝行者は、「二倫行実図(이륜행실도)」に登場する主人公で、礼節を強調し、倫理を語る本だ。大げさな表現もあるが、歴史に親孝行者が少なくなかったろう。

次に、「大笒(テグム、대금)散調(산조)」の創始者、朴鍾基(박종기、1879-1941)について次のように紹介された。
・朝鮮時代末期に活動した横笛の大笒奏者に、朴鍾基がいる。全羅南道珍島で代々巫堂の家系で、大笒散調の形式を初めて作った。病床の親の世話をするも、貧しくて食べ物がない。肉でも食べられればと、自分の太ももの肉を切り取っては粥を作った。だが、奇跡は起こらず、子どもの頃に両親は亡くなる。彼が大笒の名人になったのも、3年間、母の墓で練習をしたからという逸話がある。大げさかも知れぬが、親孝行は誰にも劣らなかったのだろう。

▼ 朴鍾基の子孫の朴桓永の演奏、大笒散調「クッコリ(국거리)」のリズムを聴く。鳥のさえずりのように軽快。

最後に、パンソリの親孝行ものから、「沈清歌(심청가)」について次のように紹介された。
・パンソリで、親孝行な人物といえば、やはり沈清を欠かせない。パンソリ「沈清歌」は、親孝行をテーマにしたもので、目の不自由な父が治る物語だ。死んだと思った娘に会い、父は自分の目が見えないのに嘆く。その瞬間、目が見えるようになる。その日、目の不自由な者の宴会が開かれていたが、その場にいた人はもちろん、先に帰った者、向かっている者、全ての目が開かれた。一人の真心が、大きな影響を及ぼす物語だ。

▼ 「沈清歌」から、「全ての目が不自由な者の目が開かれる場面(만좌맹인 눈 뜨는 대목)」を聴く。割と淡々と・・・。

・この物語には、沈清の父を除けものにして逃げた者がいる。みなの目が開いたとき、彼は片方の目だけ見えるようになった。風刺とユーモアに満ちている。

2016年8月30日火曜日

(お楽しみ)イディッシュ語の「挨拶と別れ」、「元気?」

イディッシュ語の雰囲気を知るのに、Youtubeを覗き見しただけでは、そろそろ限界で・・・きちんとした文法書、会話書を探さなければならないようだ。
とりあえず、”Yiddish Book Center”の教室映像は、ここまにさせていただくことにした。感謝。(誤解、誤記を容赦)

後はこつこつと・・・。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)


■ 挨拶と別れ
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גוט-שבת                               gut-shbs(ヘブライ語-shabes)       good Sunday(安息日)
גוט-יום-טובֿ                         gut-yum-duv                              well feast(祝祭)
!אַ גוטן שבת                         a gutn shabes                            a good Sunday(良い休日を)
.אַ גוטע נאַכט                       a gute nakht                               お休み
זיסע חלומות                         zise khaloymes                           sweet dream(甘い夢を)
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■ ?װאָס הערט זיך              vos hert zikh?                             What's up?      最近、何かあった?
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(独:Wie geht es?)                                                                    How is it going? 調子どうですか?
                                                                                                  = How are you? 元気ですか?

?װאָס הערט זיך נײַעס         vos hert zikh nayes?                  新しいニュースは何? (nayes=news)
.אַלץ איז אין אָרדענונג    alts iz in ordenung.                     全ていいよ、順調だよ
.גאָרנישט                           gornisht                                     何にも(ないよ)
?װאָס זאָל זיך הערן        vos zol zin hern?                        何を聞くべきですか?
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(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

2016年8月29日月曜日

(資料) フックエンターテインメントの沿革

ジョブコリアは、イ・ソンヒの所属事務所である「フックエンターテインメント(후크엔터테인먼트)」の企業紹介をしている。その中に同事務所の「企業沿革」が掲載されているので、以下に転載する。感謝。

(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”)

フックエンターテインメントの母体は、2002年、イ・ソンヒが公演企画を目的に、大学路のライブ劇場を買収したことに始まる。そのとき、彼女は劇場の代表取締役となる。韓国初のことであるが、歌手が自身の歌を企画発表するため、場所が必要になり設けた会社である。後に同劇場で、まな弟子のイ・スンギを発見することになる。

(本ブログ関連:”イ・スンギと大学路のライブ劇場”)

2004年、イ・ソンヒは、同劇場の経営から撤退する。彼女の第二の人生の始まりがきっかけだったのかもしれない・・・あくまで推測だが。

下記の「企業沿革」にはないが、ニュースによれば、2012年、イ・ソンヒは、同事務所の理事に登載(登記)され、再び経営に関わっているようだ。


企業沿革
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2002年07月02日 公演企画業を目的とする、代表取締役イ・ソンヒによる
2002年07月02日 ソウル鍾路区東崇洞1-94 大学路ライブ劇場地下3階所在で設立(払込資本金50百万ウォン)
2004年06月22日 商号を「(株)フックエンターテイメント」に変更
2004年06月22日 代表取締役イ・ソンヒ辞任、クォン・ジンヨン就任
2004年06月22日 本店をソウル市江南区清潭洞(청담동)104-15所在に移転
2009年03月03日 「不動産賃貸業、音楽著作権管理業」を事業目的に追加
2015年11月10日 法人登記簿謄本上住所変更:ソウル市江南区島山大路(도산대로)81街49、3階(清潭洞、フックビル)
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2016年8月28日日曜日

1泊2日でイ・ソンヒのコンサートへ

今日、旅行会社から、イ・ソンヒのコンサートへ1泊2日で出かけるための、旅行の予約控えが届いた。そろそろ本気モードを出そうと思っている。

本気になっても正直なところ、イ・ソンヒのコンサート以外、特に計画はない。コンサート翌日、少し時間があるので、本屋やLPレコード・CDショップに寄ってみようか。何度も探し回ったけれど。

(本ブログ関連:”コンサート、2009年(4月、COEX)、2011年(5月、世宗文化会館)、2014年(4月、世宗文化会館)”)

今回、コンサート直前の8月に、新曲発表を期待したが叶わなかった。コンサートで新曲が聞けたらと妄想するが、如何だろうか。

ところで、彼女は2000年に入って、上記以外に、2002年11月、2004年8月、2006年6月に世宗文化会館でコンサートを開いている。今回(9月)のように、年の後半に開催するケースも珍しくない。

先日のニュース記事で、<四季>をテーマにしているとのこと・・・きっと、秋をイメージした曲を歌うことだろう。秋は、彼女の歌に相応しい、そういう歌が多い。

2016年8月27日土曜日

イ・ソンヒ 「美しい江山」

イ・ソンヒには、韓国民を熱狂させる曲がある。コンサートの終盤に必ず歌われ、老いも若きも、観客は立ち上がってペンライトを振り唱和する。会場の熱気と興奮に、このときばかりは異邦人の感覚にとらわれる(戻される)。

イ・ソンヒの第4集、「私はいつもあなたを」(1988年)に収録された、70年代初期作品をカバーした曲、「美しい江山(아름다운 강산)」がそれだ。

(本ブログ関連:"美しい江山")

原曲の抵抗の意を込めた賛美と表現から、退廃的表現(といわれる部分)を抜き取り、80年代の「健全歌謡」にしたのが、現在の「美しい江山」である。時代の流れと共に、この歌は微妙に変遷してきた。なお、原曲の作者は、韓国ロック界の精神的支柱といわれる。

(本ブログ関連:"シン・ジュンヒョン"、"キム・ジョンミ映像")


空は青く、雲は白く
そよ風も吹き来て 膨らむ 心

木の葉青く、川水も青く
美しいここに 私がいて 君がいるよ

手をとり合い行ってみよう 駆けてみよう、あの広野へ
我ら集いて語ってみよう、新たらしい 希望を

空は青く、雲は白く
そよ風も吹き来て 膨らむ 心
    ____

我らはこの地上に 我らは生まれて
美しいここに 誇らしいここに
生きよう

燦々(さんさん)と輝く 赤い太陽が照らし
白波あふれる あの海とともにあるよ

いかに良いか 我ら生きるここに
愛する君と
歌わん

(Yay Yay YayYaYay)

Pam Pam PaPam PaPaPam
PaPaPam Pam Pam PaPaPaPa PaPam
Pam Pam PaPam PaPaPam
PaPaPam Pam Pam PaPaPaPa PaPam
Oh Oh OhOh~

(Yay Yay YayYaYay)

今日も君に会いに行かなくては
語らなくては 遠い後日(のち)に
君と私 生きて 終(しま)う

永遠のここに 我らの 新しい夢を
作ってみたくて

春夏が過ぎれば 秋冬がくるよ
美しい江山

君の心は 私の心
私の心は 君の心
君と私は 一つの心
君と私

私たち、永遠に 永遠に
愛、永遠に 永遠に
我らみな 全てみな 全て
限りなく 親しくて


(Youtubeに登録のwallace6813に感謝)

2016年8月26日金曜日

(雑談) 台風10号

台風は、赤道寄りの南の海に発生して、北上し日本列島を横断、縦断、あるいはかすめたりすると思っていたが、今回の10号はちょっと違う。そもそも、発生場所が緯度の高い八丈島の東という。しかも、進路は南西に下がっていたのだから。

この台風10号が今度は反転して日本に向かっている。読売新聞の記事、「迷走の台風10号、30日にも本州上陸の可能性」(8/26)は、10号の進路を次のように紹介している。(抜粋)
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・気象庁によると、10号は19日に東京・八丈島の東で発生日本近海で台風が発生するのは珍しいという日本の南の海上を南西方向に進み、その後、ブーメランのように戻る珍しいルートをとる見込みとなった。26日午前9時現在、中心気圧は945ヘクト・パスカル、最大風速は毎秒45メートルで、最近立て続けに日本に上陸した台風9号や11号よりも勢力が強いという。
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奇異なブーメラン進路を持つ台風なんて、以前にあったかな。しかも、進路といい、日程といい、鉱物採集のスケジュールとバッティングしそう。ぎりぎりだが、様子を見ようということになっている。果たしてどうなることやら。


(参考1)
YAHOOニュース「過去に例のない珍しいコース取りの台風10号、週明け日本列島を直撃か」(8/25、ウェザーマップ気象解説者/気象予報士 杉江勇次)に、過去に「珍しい進路」を採った台風が紹介されている。
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これまでに発生した台風1711個(1951年以降)の進路を調べてみる限り、(台風10号のような)伊豆諸島付近から沖縄の南まで進み、その後また北上して日本列島へ進んでくるようなコースを取った台風は過去に例がありません
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(地球温暖化のせいで、台風発生場所が北上していると考えるのは早計か)

(参考2)
気象庁の「台風情報」では、早ければ、千葉県(8/29頃)に上陸し、佐渡島方向(8/30頃)に本州を通り抜けるようだ。

2016年8月25日木曜日

イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」

台風が過ぎ去った今日、まだ暑い夏が続く。季節は、しかし、あっという間に変わる。そうなるだろうという予報はあっても、木々の葉が落ちるのを見てようやく気付くものだ。

イ・ソンヒには、心の季節の変化を追想する、6集所収の「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기면)」(1990年、作詞・作曲ソン・シヒョン)がある。多くの歌手たちに歌い継がれている名曲だ。季節の変わり目に相応しい曲かもしれない。

(本ブログ関連:”思い出のページをめくれば”)

SBSの番組「ヒーリングキャンプ」(2014年4月7日)に出演したイ・ソンヒは、ステージとは違った場所で、この「思い出のページをめくれば」を歌い上げた。繊細で美しい歌唱に、後輩歌手たち(ペク・ジョン、イ・スンギ)は、唯々酔いしれ感動するばかり。


ゆらぐる、思い出のページをめくれば
ああ、遂に果たせなかった悔しさと侘しい贖罪が

むかしのことのように、ぼんやりとかすむ窓枠の塵(ちり)のように
ああ、胸に積もるよ、今は遠ざかったあなたの微笑みのように

雨風がなくても春は来て夏は行く
ああ、あなたよ・・・涙がなくても、花は咲き葉はやがて散る

ああ、あ~、わたしに残った懐かしい、歳月を浮かべて、眠りにつくよ、夢を見るよ

眠りにつくよ、夢を・・・見るよ・・・

(Youtubeに登録のSBSNOWに感謝)