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2025年11月3日月曜日

文化の日、文化勲章 王貞治氏

プロ野球に関心があった子どものころ、日本シリーズで「西鉄ライオンズ」対「読売巨人」の試合に世間が沸き立ったのを今も覚えている。ライオンズの稲尾投手*の粘りは、今回のドジャースの山本投手の力投と重なる。九州育ちの私はライオンズを大いに贔屓した。
(*)稲尾投手へのファンの期待・感謝の言葉に「神様、仏様、稲尾様」がある。子どもは使わず、むしろ大人に膾炙した。

東京に来て、巨人の情報に囲まれると、長嶋、王選手の活躍が次第に気になった。1960年代の子どもたちの感心は、「巨人・大鵬・卵焼き」に興味がくくられた。長嶋選手は攻守をスマートに見せたし、王選手はバッティング・フォームを修正して成果をあげた。まさに天才と努力を目の当たりにした。

(本ブログ関連:”長嶋茂雄”、”王貞治”、”プロ野球”)

きょうは国民の祝日「文化の日」で、文化の功労者を表彰する日だ。そのなかで、「文化勲章」は最高位にあたり、今回受勲するひとりに王貞治氏がいる。王さん**は、レギュラーシーズン通算ホームラン868本を打ち、世界記録を達成したことがある。
(**)王貞治氏を、子どもたちは「王さん」と呼んで親しんだ。

■ 読売新聞オンライン
「文化勲章親授式、王貞治さんら8人に天皇陛下が勲章を手渡される」(2025/11/03 11:35)より抜粋
    ー https://www.yomiuri.co.jp/culture/20251103-OYT1T50026/
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 文化勲章の親授式が3日、皇居・宮殿で行われ、天皇陛下が元プロ野球しが選手・監督で福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治氏(85)ら8人に勲章を手渡された。陛下は受章者に「長年努力を重ね、文化の向上に尽くされたことを誠に喜ばしく思います」と述べられた。
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プロ野球界で文化勲章を受勲したのは、2021年に長嶋茂雄氏が史上初で、2025年の今回、王貞治氏がそれに続く受勲となる。やっぱり、「ON砲」の威力は凄い!

2025年6月12日木曜日

長嶋選手(監督)

日本のプロ野球史上、テレビを通じてヒーローだった長嶋さんが亡くなられて、すぐにテレビで追悼・回顧番組*が放送された。ラジオの時代は、川上選手(監督)、水原選手(監督)、別所投手がいた・・・ここまでは記憶にある。もっと昔(戦前・戦後)に、沢村投手、白系ロシア人のスタルヒン投手がいた。
(*)NHKで放送(含む:再放送): https://www.nhk.jp/g/pr/blog/sf8wlt1x88/

(本ブログ関連:”長嶋さん”)

長嶋さんについての深夜のテレビ番組を視聴しながら、あらためて日本のプロ野球の歴史(1920年から約100年間)の厚みを感じた。アメリカのプロ野球は、1870年以来の歴史があるようで、日本より50年古い・・・その分、歴史が重なり物語が語られる。

ケビン・コスナー主演の映画「フィールド・オブ・ドリームス」を見たとき、アメリカの野球は物語を創れるほど、人々の心に刻まれていると感じた。野球の歴史は純化して伝説となる。トウモロコシ畑にグラウンドを作る場面は、それだけでも「なぜ」・「どうして」と語れるほどの背景があったし、畑の中からかつての名選手が現われてくる幻想場面は圧巻だった。

(本ブログ関連:”フィールド・オブ・ドリームス”)

アメリカの大リーグに日本から進出して活躍した・活躍中の選手や投手に、野茂投手、イチロー選手、松井選手、ダルビッシュ投手、大谷選手(投手)がいる。彼らの後、もしかしたらアメリカのチームの監督として名を残す日本人が現われるかもしれない。

2025年6月3日火曜日

巨人・大鵬・卵焼き

早朝、長嶋茂雄さん*が亡くなられた。89歳だった。子どものころのプロ野球選手といえば、川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、(福岡県に住んでいたので)中西太、稲尾和久の方々が浮かぶ。存命されているのは、王さんだけになった。
(*)1936年〈昭和11年〉2月20日~2025年〈令和7年〉6月3日

■  読売新聞オンライン
「長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督が死去、89歳…巨人の黄金時代築いた『ミスタープロ野球』」(2025/06/03)
    ー https://www.yomiuri.co.jp/national/20250603-OYT1T50046/

長嶋選手が三塁手として見せてくれた守備が実に格好良かった。捕球した球を一塁に向かって投げるとき、すっと伸びる右手がスマートだったのだ。後に、そのスタイルを意識していたと語られた。

昔の子どもたちの野球は、原っぱに三角ベースを作って遊んだものだった。世間に空き地があり、年齢をこえてみなが集まってきた時代だった。今のように少年野球チームが、大人たちの指導を受け、ユニフォームを着て練習することのないころのこと。塾もビデオゲームも知らなかった。

(本ブログ関連:”草野球”、”ユニフォーム”)

プロ野球のテレビ中継を始めて見たのは、父の会社のいわゆる福利厚生施設の庭だった。大人も含めて芝生に座り、屋外に向けたテレビ画面を観覧したものだった。まさにプロレス中継の時代と重なる。

昭和に、絶大の安定を示した言葉「巨人・大鵬・卵焼き」がある。強いものにあこがれる子どもたちは、自然と巨人チームのファンであり、長嶋・王選手のファンであった。同時に、子ども時代に住んだ福岡県の西鉄チームのファンでもあった。打の中西、投の稲尾は日本シリーズを熱狂させた。

(付記)
WWⅡの時、父が召集されたのは千葉県にあった佐倉連隊だった。子どものころ、「佐倉」を「さくら」とばかり思っていた。長嶋さんの通った高校は、千葉県立佐倉第一高等学校(現・千葉県立佐倉高等学校)とのこと。

2023年3月23日木曜日

WBC優勝、野球への関心

きのう(日本時間 3/22)、2023 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝戦で、米国チームと対戦した栗山英樹監督率いる日本チームが勝利した。その瞬間をしっかり見届けられたのは幸いだった。
決勝戦の前日(3/21)、準決勝戦のとき、埼玉県の或る公園で自然観察をしていたが、関心は自然にだけ絞れず、日本チームの勝敗にも及んだ。参加者は試合経過を節目節目ごと伝え合った。

優勝の結果、大谷翔平選手がMVPとなった。試合の中で、自らを奮い立たせチームを鼓舞させる彼の雄たけびを目にした。試合後になっては、周りへの配慮と感謝を中心に据えて感想を語っていた。とても印象的だった。勝者が誰かであるより、勝利を共にすることを重視する日本(日本野球)の文化を伝えたと思う。もちろん、これからMLBのスタジアムに出場すれば、違った世界での戦いとなる。
(参考)Youtube: MLB News(日本語翻訳字幕付)
    「【感動】大谷翔平ペドロ・マルティネスから最大の賛辞と感謝を受ける トラウトとの配球を直接解説」
    https://www.youtube.com/watch?v=BX7aEQEcyG4

米国の野球が、文化のひとつとして育まれていると感じたのは、ケビン・コスナー主演の映画「フィールド・オブ・ドリームス」を見たときだ。野球の歴史(時間と層)が長く厚い分、彼らは豊富な言葉を持っているように感じてうらやましく思った。

ところで、子どものころ九州にいたとき、小学校に「小使いさん」*がいて、校内に宿舎があった。小使いさんにはすでに独立した息子さんがおり、ときどき通って来たようだ。
(*)その後「用務員」と称されるようになったが、今は職種別に呼称が細分化されている。

その息子さんが米軍基地に勤務していた関係もあり、あるとき小学校に基地の少年野球チームが訪れた。ユニホームを着た彼らを見てとても驚いた。対する日本側の小学生チームは、普段着のままで、寄せ集め編成したものだった。装備がまるっきり違っていた。当時の小学校に野球道具や設備が揃っていたわけではない。日本側小学生チームは、攻撃にいろいろ工夫をした。巧みな戦術(バントや盗塁など)で迎え撃った。強打中心の基地側のチームは、大いに苦戦することになった。試合経過はうろ覚えではっきりしない。ともあれ、結果的にアメリカに対する微妙な自信を感じた思い出がある。

子どものころに関心があったプロ野球選手といえば、巨人の川上、王、長嶋選手、国鉄の金田投手、地元西鉄の稲尾投手、中西選手たちだった。ラジオやテレビから伝わる活躍が忘れられない。また、甲子園の高校生選手は、大人のような兄さんといった風に感じた。

ところが、大人になって、ある出来事から野球への関心が急速に薄れた。「空白の一日」といわれる、ドラフト制度の抜け道を利用した事件だ。
(参考)Youtube「レジェンド・野球人」
    https://www.youtube.com/watch?v=3dUFdya656c&t=1s

以来、野球への関心は薄れるばかりだったが、国際試合となると違う。別の観点から興味、関心が沸いてくる。日本人にとって、野球は子どものころから慣れ親しんだ お祭りでもある。盛り上がるほど、自然と空気に染まる。選手たちの熱気と活躍に感動しているのに気づく。今回、最高峰の試合を見るという、本当に素晴らしい経験をさせていただいた。