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2018年1月25日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-14th

寒さ一団と厳しくて、(私にとって)久し振りの遠出の感がある。毎週通う道なれど、すっかり様変わりした雪景色に、そんな気にもなる。それに、インフルエンザ流行のピークに用心して、マスク着用した息苦しさのせいもあって。

教室では、風邪で休まれた方もいる。私も、風邪による筋肉痛から、ようやく解放されたばかり。小咳もおさまらぬし。

(本ブログ関連:”2017年度秋期「イディッシュ語」”)

今回は、テキストに戻って、親族名称について学んだ。知恵も知識もないけれど、いってみれば、フィールドワークの原則のようなものなのでしょうか・・・それより、まず覚えよ! ですね。

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祖父、祖母             באָבע、זײדע
父、母(両親)       עלטערן ) מאַמע、טאַטע )
兄、姉                  שװעסטער、ברודער
義兄                     שוואָגער
おじ、おば            מומע、פֿעטער
甥、姪                  פּלימעניצע、פּלימעניק
いとこ:男女         קוזינע、קוזין
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近日、先生を招いての「ヘブライ語 名刺 活版ワークショップ」が、次のように開かれる。
<詳細は ⇒ 参照
・開催日時/2018年 2月24日(土)13:00~15:00   定員 10名
・開催場所/Printworks Studio Shibuya (谷区道玄坂1-15-3プリメーラ道玄坂1階) 

2018年1月24日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」玄琴(コムンゴ)、奚琴(ヘグム)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、撥弦楽器「玄琴(コムンゴ거문고)」、擦弦楽器奚琴(ヘグム:해금)」にまつわる話を紹介した。

始めに、高句麗の官吏「王山岳(왕산악)」と「黒鶴(검은학)」による「玄琴」の起源について次のように紹介された。
・高句麗の官吏「王山岳」が「玄琴」を初めて作ったといわれる。当時、中国から来た七弦琴を、楽器だが演奏法を知らなかった。王山岳がそれを改造して玄琴を作ったという。彼が作った曲を演奏すると、黒い鶴が飛来して踊った。黒い鶴を「黒鶴(검은학)」ということから、玄琴(거문고)が名付けられた。黒は、死や悪を象徴する否定的イメージがある反面、権力を意味し、また、鶴は縁起良い鳥と言われたことから、玄琴に音楽を楽しむだけでなく、神秘的力を持つ意があった。

▼ 玄琴演奏で、<王の長寿を祝う曲>「寿延長之曲(수연장지곡)」を聴く。鶴が自然なまま舞い続けるよう。

次に、朝鮮時代後期のソンビ「吳熙常(오희상)」(1763~1833)の、玄琴演奏の原則について次のように紹介された。
・王山岳が玄琴を作って以来、学者ソンビのものとして、読書に飽きたとき、来訪の友と風流を楽しむとき演奏した。朝鮮時代後期のソンビ「吳熙常」は、次の五つの状況では玄琴を演奏しないと記した(五不彈)。第一、風が強く雨多く降るとき。第二、野卑な人前。第三、市場の道端。第四、座姿が適切でないとき。第五、服をきちんと整わぬとき。大げさかも知れぬが、ソンビの姿勢といえる。中国古楽器に「古琴」がある。形や奏法は玄琴と全く違うが、修養のため演奏したという点で似ている。

▼ 「古琴」演奏と歌で <恋人との別離の悲しみを、木も岩もない山中で、鷹に追われる雉(きじ)に例えた> 韓国曲「男唱歌曲、編楽(남창가곡 편락)」を聴く。風雅な響きして・・・。

最後に、中国の擦弦楽器「胡弓」に似た「奚琴」について次のように紹介された。
・玄琴は、楽器本体にくっつけた木の上に六弦を乗せ、指で押さえながら音を出す。古琴は七弦で、本体に印をつけて弦を抑える場所を分かるようにしている。昔のソンビの記録に、琴がよく登場するが、玄琴でなく中国の古琴を指すことが多い。他に、韓国でよく演奏する中国楽器に、擦弦楽器「胡弓」があり、韓国の「奚琴」に似て親しまれている。

▼ 奚琴の演奏で、「密陽アリラン(밀양아리랑)」を聴く。こちらは、思いっきり今様で・・・。

2018年1月23日火曜日

(噴火)草津白根山 噴火警報

朝方のテレビニュースは、昨夜来の降雪を話題にしていたが、そこに白根山の噴火情報が飛び込んできた。

(本ブログ関連;”噴火”)

気象庁地震火山部は、群馬、長野県の境界にある草津白根山(⇒本白根山)が、噴火したと、山麓の嬬恋村、草津町に対して、警報を次のように発した。なお、本噴火で冬期訓練中の自衛隊員1名が亡くなり、11人が重軽傷を負っている。

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火山名 草津白根山 噴火警報(火口周辺)
・草津白根山に火口周辺警報(噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から3(入山規制)に引上げ)
・本白根山で噴火が発生したもよう。鏡池付近から2キロメートルの範囲では警戒が必要。

火山活動の状況及び予報警報事項
本白根山では、本日(23日)09時59分に鏡池付近で噴火が発生したもようです。
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(追記)
・本白根山は、白根山の南側に所在し、こちらの噴火は3,000年振りといわれている。
・草津町のハザードマップは、白根山の「湯釜」を噴火エリアと想定していたが、今回は本白根山の「鏡池」で発生したという。
・噴火は、小規模で水蒸気爆発(噴火)だったそうだが、被害や映像やから恐ろしさは変わらない。

(付記)
昨夜の降雪を、昼過ぎ雪かきするも、2014年ほどの積雪でなくてあっさり終わる。

2018年1月22日月曜日

雪のため全講座休講になる

今夕、大雪が予想されている。現在、午前10時現在だが、教室のホームページに「1月22日(月)は、積雪等による交通の混雑・帰宅困難が予想されるため、全講座を休講にします。」とのこと。

降雪の状況を、引き続き記す予定。どれくらい降るのだろうか。

今晩、9時過ぎに玄関ドアを開けたところ、大きな抵抗感があった。玄関先まで雪が積もっていたのだ。南岸低気圧を呼び水に、北風と一緒に、雪が休みなく降り続く。郵便ポストの上には、白い塊りが上手に積もっている。
(気になってニュース番組を見ると、何故か八王子と新宿・渋谷駅前のからの中継が多い)

日付が変わるころ、雪は北へ押し戻されるという。それまで数時間、止むまでの間、どこまで積もるつもりだろう。

明日は、雪掻きが必要。(寒気はこれから続き、木曜日ころ底になるという)

(追記)
Yomiuri online「午後11時現在の積雪は都心で23cm。東京23区の大雪警報は2014年2月14日以来約4年ぶり」(1/22、23:09)

2018年1月21日日曜日

イ・ソンヒの「さようなら」

イ・ソンヒの4集所収の「さようなら(안녕)」(1988年)はアルバムの最後に配置するに相応しい、そして名残惜しい曲だ。彼女の絶頂期のころ、ファンは次を願ったことだろう。その後数年、連続してアルバムが出されたことはいうまでもない。

大人の感覚して、洒落た別れを演じてみたい女子学生に、ちょっとした疑似体験を与えてくれただろう。「さようなら」の「アンニョン」の響きに余韻があって、妙に落ち着いて感じるのは不思議。悟ったわけではあるまいに。

(本ブログ関連:””さようなら

この曲を聞いておじさんが思い出すのは、一回り半も昔だけど、ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」(1971年、日本語歌詞:なかにし礼)だろうか。曲想も場面も全く違うのに、なんだか繫がるものがある。


美し過ぎた思い出にふけりながら
あなたの寝顔を見つめて
あなたの額に口づけして
静かにささやいたわ
さようなら

ドアを、ドアを開けしなに心残りして
もう一度、あなたを見つめて
遠くから聞こえる夜明けの鐘に
静かにもう一度
さようなら

別れは、本当につらい
愛とは、ただあなた

けれど、去らねばならない私を引き止めないで
ああ、引き止めないでください
愛しています

ドアの、ドアの外に出たら、冷たい夜は明け
コートの襟を上げて、口笛吹いて
白(しら)露なのか涙なのか、私の目もとに流れ
静かにささやいたわ
さようなら

静かに、もう一度
さようなら、さようなら


(Youtubeに登録のJ-GODに感謝)

2018年1月20日土曜日

大寒 2018

きょうは、「小寒」も過ぎて、いよいよ二十四節気の最後、24番目の「大寒(だいかん)」である。これで四季が一巡して、納めというべき、寒さが最も厳しいころだ。一方、「三寒四温」もある。体感としては、「寒」と「温」のはざ間で揺れている。来週、月曜日に雪が降るという話もある。

(本ブログ関連:”大寒”)

わらべうた「おおさむこさむ(大寒小寒)」は、不思議なことにいつ歌ったのか、誰れと歌ったのかはっきりしない。それなのに、思い出の中に確実に定着している。それに、子どもながらに、冬の風音に応えるように口ずさんだ気がする。

         おおさむこさむ
         山から小僧がとんで(泣いて)きた
         なんといってとんで(泣いて)きた
         寒いといってとんで(泣いて)きた

歌に登場する、「山からとんできた」小僧とは一体誰れなのか・・・考えてみれば、疑問に感じることもなく、歌をまるのまま飲み込んでいた。

童話「大寒小寒」(土田耕平)の中で、おばあさんが孫に、山からとんでくる小僧について語っている。作者のメモ書きのような、幼い記憶の断片のような、懐かしく暖かい一文だ。
会話の部分だけ次に抜書きする。(青空文庫より)

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「おばあさん、小僧がなぜ山からとんでくるの。」
「山は寒うなつても、こたつもなければお家もない。それでとんでくるのだらうよ。」
「小僧つてお寺の小僧かい。」
「何に お寺なものか、お寺ならお師匠さまがゐて可愛がつて下さるだらうが、山の小僧は木の股から生れたから、お父さんもお母さんもなしの一人ぽつちよ。」
「おばあさんもないの。」
「ああ、おばあさんもないのだよ。」
「それで小僧は着物をきてゐるのかい。」
「着物くらゐはきてゐるだらうよ。」
「誰が着物を縫つてくれるの。」
「そんなことは知らないよ。大方木の葉の衣かなんだらう。」
「小僧は山からとんできてどうするの。」
「人の家の門へ立つて、モシ/\火にあたらせておくんなさい、なんて云ふのだらう。」
「そして、火にあたらせてもらふの。」
「いゝえ、火になんぞあたれない。」
「なぜ。」
「小僧のいふことは、誰の耳にもきこえないのだから、いくら大きな声をしたとて聞えない。もしかすれば、今じぶんお家の門へきて立つてゐるかも知れない。」
 三郎はそんな話をきくと、気味がわるくなりました。頭を青くすりこくつた、赤はだしの小僧のすがたが、目に見えるやうにおもひました。
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ぼくらは、でも、山からとんできた小僧に哀れみも覚える。風音を近くに感じる、自然をそばに生活した経験があればこそだ。遠い昔に、もしかしたら、救われない子どもたちがいたかもしれない。そして(子どもにだけ聴こえる)風音を今も響かせているのかもしれない。

2018年1月19日金曜日

80年代の歌謡をテーマに放送を作ってみようか?

ネットに情報が満ち溢れ、何ごとも記録される。本人が発した言葉だけでなく、他人の推測や評価、評論まである。良い面と悪い面があるとすれば、情報は平等だが、ほんの些細な呟きまで断片化され、永遠に消えることはない。

狙った対象の価値が高くて、情報が豊富なら、シナリオライターの腕の見せどころだろう。イ・ソンヒについて、その豊富さに気付いた記者が、「80年代の歌謡をテーマに放送を作ってみようか?」(Sisa:示唆、時事から名づけた「しさnライフ ニュース」の記事、チョン・チョルヒ記者、1/19)と考えた。そんなコラムから、次に抜粋してみた。

イ・ソンヒについて、情報源のひとつである「木のwiki」は、熱心なファンたちの情熱の賜物である。わが日本のファンもうなずける宝庫である。

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(略)

・このような(様々なソースから情報収集する)過程を繰り返して、作りたい放送の素材と主題を絞り込んでいきます。私は、80年代歌謡のコンテンツを人物中心に決めて、当時、最も有名な歌手であった「イ・ソンヒ」に焦点を合わせてみることにしました。それで、今回は同じ要領で「イ・ソンヒ」について調査します。

・グーグリング(Googleで検索する)結果、イ・ソンヒさんの生涯について「木のwiki」と「wikipedia」がよく説明していますね。また、関連検索語で、(彼女の愛弟子の)「イ・スンギ」があります。80年代の思い出の歌手「イ・ソンヒ」と、今現在もホットなスター「イ・スンギ」の縁が良い話の種になることがあります。放送のためのコンテンツにこれを含ませれば良いでしょうね。このような内容は、エバーノートにスクラップしておけば、より一層使いやすくなるでしょう。

・また、「イ・ソンヒ」のデビュー舞台である、(音楽祭)「江辺歌謡祭」と国内最高の歌手と認められて頂点にいたった舞台である(TV番組)「歌謡トップ10」、(コンクール)「10代歌手賞」についても調査します。エバーノートにある、ノートブック機能、タグ機能、チェックリスト機能などを活用すれば、より一層、一目瞭然に整理できて今後の情報活用度も高まります。

・ここで、興味深いチート(カンニング)シートを少しずつさらに集めた後、この資料を整理して自由に自分だけの台本を作ります。台本は、連載13~15回で説明するスクリプトの形をすればいいです。
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この後も期待していいのでしょうかね。ちょっと空想します。

2018年1月18日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-13th

電車の振動は、「1/fゆらぎ」があるのだろうか、必ず睡魔に襲われる。イディッシュ語教室へ通うとき、不謹慎かもしれないが、緊張が途切れるというか心地よい居眠りを経験する。

そんなわけで、頭の中の一時ファイルをきれいに削除して出席した。(cpu、HDは旧式なれど)

今回は、ヘブライ語の雰囲気を味わう特別編(以下、”  ”内は←に、他は→に読む)
・イスラエル地図上のヘブライ文字地名の読み取り
・簡単な書式
  - 母音表示方式(ニクダー:”נְקֻדָּה” )← ヘブライ文字(子音)下の<点>が母音を示す。
  - 定冠詞(הַ)の位置(冠詞の対象となる名詞や、なんと形容詞と密着する!):
      ① ”「名詞+定冠詞」名詞」”
           ”יָם הַ‏‏מֶּ‏‏לַ‏ח‎” (ニクダー有りの例、yam ha-melakh:Lake The・Salt=死海)
      ② ”「形容詞+定冠詞」「名詞+定冠詞」”
           ”הים התיכון” (ニクダー無しの例、ha-yam ha-tichon:The・Sea The・middle=地中海)
・強動詞活用表(← ちらり見ですが)

そんなわけで、帰りの電車も、うたた寝してしまった。(暖かだったせいもあるか?)

KBS WORLD「国楽の世界へ」冬の景色

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/10)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「冬の景色」にまつわる話を紹介した。

始めに、冬季の「三寒四温삼한사온)」について次のように紹介された。
・「三寒四温」の言葉がある。冬に寒い日が3日ほど続き、次に4日ほど温暖な日が続く、その繰り返しをいう。最近、気候変動で当たらないとはいえ、昔も必ずしも三寒四温でなかった。寒い日もあれば、温かい日もあるという、前向きな意だろう。昔、ソウルを横切る漢江が凍結して、氷上で遊んだり、洗濯物が凍ってしまほど厳しかった。それでも、冬が過ぎると春が来る希望があったため、寒さにも耐えられた。

▼ 「冬の朝の景色(겨울 아침의 정경)」の演奏を聴く。雪原に朝霧が立つよう、今様である。

次に、貧家の娘が、金持ちの子の世話をする「子守娘(아이보개)」(1977年作)の曲について次のように紹介された。
・昔の冬の風景に、走りまわったり、鼻水を垂らしたり、汚れた手でビー玉を触る子どもたちの姿が浮かぶ。駒回し、凧揚げで遊ぶ子もいる。中には、新年のカレンダーで凧を作って叱られる子もいたろう。そんな様子を表した、子守りを指す「子守娘」の曲がある。子どもの日常を披露する舞踊曲だ。「凧」や「行進」など四楽章で構成される。

▼ <素直な子供たちの表情が浮ぶ>、カヤグムとテグム演奏で「子守娘」を聴く。凧、行進、羽根蹴りして家に帰る。

最後に、冬の南部地域に咲く椿の美しさと、その効用について次のように紹介された。
・冬に草木は冬仕度するが、中に忙しい植物がある。冬に花を咲かす椿だ。南部地域では、真冬にも椿が咲き、その景色はとても美しい。赤い椿に白い雪が積もる様から、白雪姫が思い浮かぶ。花が散るとき、花弁はパラパラ降るのでなく、房ごと落ちる。
また、椿は様々な使い道がある。椿油は、悪いコレストロールを抑制する効用があり、肌に良いとされる。昔の女性は、髪型を整えるとき、椿油を使った。恋人に会う前に、髪の手入れをする可憐な姿が想像される。

▼ 南道地域の民謡 「椿打令(동백타령)」の歌を聴く。海を眺める処、椿採りも穏やかに。

2018年1月17日水曜日

(雑談)食べ方

食事について
・食べ物を、集団で向かい合って、分け合いながら食べるのは人間だけだそうだ。
食べ物について
・ 獲ってきた(狩猟した)ものを食べるか、育てた(栽培した)ものを食べるかで、その後の分配の仕方が異なる。
分配について
・獲物は、仕留めた者、指揮した者に優先される。強いものから順に食べる。(順位制
・農作物は、共同で作り備蓄する。参加者に水平に分けてこそ、次の農作につながる。

男は女性の食事を見つめている。古井由吉の初期作品のように、女性の口の運びに妄想したり、あるいは、テレビの番組で、美形な女優の意外な食べ方にイメージが一変したりする。

男についても、仕事の合間、昼食に行ったファミレスで、メニューを眺めながらなかなか決まらぬ奴がいる。驚いたのは、食事の終わりに、茶碗の底の飯を一粒ずつ箸で摘まむ奴もいる。(江戸の寿司屋は屋台であり、握り寿司は大振りだったという。ちょと寄って、数個食ってさっとひくのが粋だったと聞いた)

食べ方で人品を見定めようとするのがいる。まあ、そんなことから逆に、作法というか儀式が生まれたのかもしれないけれど。

2018年1月16日火曜日

世界イディッシュ短編選

今日の都心の最高気温は、13.7℃ 、 昨日(12.4℃)と比べてわずかな差だが、随分と暖かく感じた。ちょっとした変化でも違ってくる。「大寒」まで、しばらく小休止か。

そんなわけで、動きやすくなって、近隣の大型書店を巡った。広告されていたことだが、岩波文庫に「世界イディッシュ短編選」(西成彦[まさひこ]編訳)を見つけて求めた。

かつて東欧のユダヤ人たちの言語、イディッシュ語で著した三大作家のうち、二人の作品も収められているが、主に、米国に移住したり、戦前混乱時期に流転したりした作家たちだ。編著者は、彼らを、巻末の中で特別なことばで表現したりしている。
(個々の作品について発表時期を付して欲しかった)

短編集の第一話は、「つがい」(ショーレム・アレイヘム)だが、以前、別訳で読んだことがある。「全集・現代世界文学の発見 第12 おかしな世界」(学芸書林)の「番い」(木島始訳)だ。
状況をつかめず見得のままに終幕へ突き進む、あっけない雄鳥の話。深読みしたり時代を予感なんてことなく、作者らしい饒舌と皮肉を楽しんだ方がいいかもしれない。文学に素人なので、果たして専門家はどう解釈しているのか知りたい。

(本ブログ関連:”番い”、”ショーレム・アレイヘム”)

ところで、ネットに名言集があって、ショレム・アレイヘムの格言にこんなものがあるそうだ(出典は不明だが)。饒舌にいえば、「人生ってのは、賢いものには夢だし、向こう見ずなものにはゲーム、金持ちには笑いが止まらないだろうし、貧乏人には悲劇ってなもんだ」。(登録者izQuoteに感謝)

すべては神様のおぼし召しでさあ。

2018年1月15日月曜日

小正月 2018

元旦から15日目の今日を「小正月」と呼び、小豆粥など食す風習がある。ただ寒い日が過ぎたばかりで、一体どんな日なのかよく分からぬ。小豆粥を口にすることもないし・・・。

(本ブログ関連:”小正月”)

15日は、正月行事からようやく抜け出て、女性をねぎらうための「女正月」というそうだが、今様は、女性に負担のかからぬ正月になっている分、とっくに普通に忙しい。また、祝日の制度変更以前では、「成人の日」でもあった。これまた、成人とは一体何歳をさすのか、誰も真剣に答えてくれぬ。

今日の天気予報は、久し振りの南風で、3月ころの陽気になるといっていたが、本当はどうだったろう。都心の最高気温は、12.4℃ でしかなく寒かった。気温はもっと高目の予測だったはず。そんなわけで、今晩も冷え込んだ。

夜、韓国語教室の行き帰り、公園わきの道を通る。民家が並ぶ裏通りと比べて、冷え込みが一段と厳しい。民家の温もりで寒さが遮断されたためか。一方、公園の草原や枯れ木立は、放射冷却をもろに受けやすいためか、冷気が身に沁みた。

正月、小寒を過ぎて、大寒に届かぬ小正月、寒さだけが中途半端に感じる。

2018年1月14日日曜日

ク・チャンモの「ヒナリ」

ハンギョレ紙の記事「偉大な公演の職人」(1/11、ソ・ジョンミン シネプレー代表・元< ハンギョレ >大衆音楽担当記者)は、次の書き出しで始まる。

「1980年代の中・後半、坊主頭の中学生だった私は、ポップ音楽にのめりこんでいた。 小学生のとき、< 歌謡トップ10 > のような音楽チャート番組を好んで見ていた私は、イ・ソンヒの「Jへ」、ク・チャンモの「ヒナリ」のような歌がかなり好きだった。そうするうちに、いつからか、マイケル・ジャクソン、プリンス、ジョージ・マイケルが属したWham!a-haのようなポップに陥ってからは歌謡を離れた。さらに、歌謡を軽視することさえした。歌謡は、なぜかポップよりちょっと落ちる音楽のように感じたのだ。」

若者の音楽潮流が常に海外から流入する側にあるとき、次第に自分たちの歌謡と乖離が始まり、「歌謡は、なぜかポップよりちょっと落ちる音楽のように感じたのだ」という気分になったことはうなづける。同じ側の誰もが一度は経験したことだろう。私もそうだった。

ところで、この記事の主題は、自分たちのなかに歌手イ・ムンセを見つけたことだ。執筆者が、長きに渡り彼のファンであったこと、以前、音楽記者として接した経験も通じての感動と礼賛である。結局、自分たちの音楽に戻ったことになる。

味覚に故郷の味があるように、聴覚にも大衆歌謡の響きがある。この執筆者が、最初に関心を持った大衆歌謡の歌手は、イ・ソンヒやク・チャンモだった。ク・チャンモ(구창모)の曲としてあげられた「ヒナリ(희나리)」(1985年に < 歌謡トップ10 > で5回、1位となる)を聞いてみよう。

(本ブログ関連:”ヒナリ(희나리)”)

悔恨を含ませて、想い出が癒えぬままにいる、そんな心象を「生乾きの薪」のヒナリに例えているのだろうか(愛の永遠性という解説もある)。この感覚、大衆に受けて、以前の調査「70-90年代の最高人気曲」中で、3位にイ・ソンヒの「Jへ」、4位にク・チャンモの「ヒナリ」があげられている。

(本ブログ関連:”70-90年代の最高人気曲”)


(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

2018年1月13日土曜日

「屋根の上のヴァイオリン弾き」で知るイディッシュ語の世界

一昨日(1/11)の「イディッシュ語教室」に続き、昨日は教室のクラスメイト(クレズマー音楽家)主宰の「コンサート」、そして今日、教室の鴨志田先生の講演が「横浜朝日カルチャーセンター」で開かれた。そんなわけで、3日連続、イディッシュ漬けになった。

(本ブログ関連:”2017年度秋期「イディッシュ語」”)

一昨日の教室で、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」(原作「牛乳屋テヴィエ」)で歌われる「陽は昇りまた沈む(SUNRISE SUNSET)」の歌詞について、解説いただいた。今回の講演では、この物語の背景を詳細に聞く機会を得た。東欧ユダヤ人の文化・歴史的な変遷、原作者ショーレム・アレイヘムのバイオグラフィ、物語の時代背景(政治潮流)、登場人物の言語イディッシュ語について、視聴覚設備を駆使して紹介いただいた。

作者ショーレム・アレイヘムの人生(結婚、家族構成)、その置かれた時代と体験(ウクライナからヨーロッパ、アメリカへの流転)から、原作に結びつくものがあると指摘された。戦前の日常語であったイディッシュ語が、現在厳しい局面に立たされていること(先生が海外で接したユダヤ人との対話を通して)を知ることができる。

先生は、最後に、主人公テヴィエへ(立場を超えて)「共感」する意味について語られた。

ところで、先生からイディッシュ語を学んでいるので、歌「陽は昇りまた沈む」の出だしにある、
「?איז דאָס מײַן מײדעלע דאָס קלײןע」を<筆記体>にして、ホワイトボードに書くようにいわれ、慌ててしまった。(ここに笑いマークを置きたいところです)
← イディッシュ語表記したところ、表示で単語の配列が乱れたため、改行(文頭)して修正しました。

(付記)
昨日は祐天寺、今日は横浜。全く同じ路線でいくことになった。それにしても、渋谷の街で、東横線渋谷駅にいたる地下道の長いこと、久し振りの都会の迷路に・・・。

(付記)
センター試験「地理B」の解答で、フィンランドを代表する「ムーミン」を主人公にした童話作家トーべ・ヤンソンが、母語としてスウェーデン語を使ったということが話題になっている。フィンランドの公用語は、Wikipediaによれば、< フィンランド語が93.4%、スウェーデン語が5.9%で共に公用語。サーミ人によるサーミ語が準公用語 > とされる。なぜスウェーデン語かといえば、フィンランドの歴史を遡らなければならない。(「多言語文化だ!」なんていう以前にも目を向けて置かなければ分からない・・・のじゃないのかな?)

2018年1月12日金曜日

” Winter Songbook with MIWAZOW ”

このブログは、タイムスタンプが「1/12」となっているが、実はコンサートから帰宅したとき、すでに深夜午前零時を過ぎていた。そんなわけで、日付を戻す調整をして登録した。

イディッシュ語教室のクラスメイトともいうべき、音楽家のお二人(声楽とcl演奏)による、”Winter Songbook with MIWAZOW” が、祐天寺のライブハウス「FJ's」で開かれた。その方面に全く素人ながらうかがうことにした。

ブレヒト(1898年~1956年)の詩をもとに作曲されたドイツ語曲を中心に歌われた。普段の印象とは当然ながら違って、プロの音楽家の声量と表現を聴くことができた。他に、イデッシュ語曲(祈り、平和の願い)、スペイン語曲?(ロコへのバラード)が、そしてアンコールには、お馴染みの(今回はイディッシュ語ではないが)「素敵なあなた」が歌われた。

次回の教室で、今回の曲目について教えてもらえれば幸いだ。

そうそう、ライブハウスの独特な雰囲気にマッチした、不思議な人物(知って驚く)が特別出演されて、自作歌(詩)を披露された。

(付記)
会場が、祐天寺駅から離れた静かな場所であり、夜分のため余計にそう感じたのかもしれないが、こじんまりとした街の雰囲気がおもしろい。それにしても、渋谷の街で東横線渋谷駅までたどり着くのに、むかし通ったころと比べて、何と不便なこと。

2018年1月11日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-12th

昨年12/14以来、2017年度秋期「イディッシュ語」教室が正月休みに入っていたが、久し振りに再開した。この間、いかに定着をはかったかといえば、恥ずかしい限り。結局、どたばたして教室に通った次第。

(本ブログ関連:”2017年度秋期「イディッシュ語」”)

不肖の生徒は勘だけを頼りに学ぶ。今回は、テキストとミュージカルについて講義がすすめられた。(文字を読んで理解するのと、それを自由に操る(発語)するとは全然違う。分かっちゃいるが・・・)

① 名詞を愛称形にする接尾辞「指小辞(縮少詞)」の練習:
- 文中の名詞に、2種(相対的:diminutiveと絶対的:iminutive)の指小辞を付加する。(一種しかないものがある)

② 名詞を複数形にするいろいろな接尾辞の練習:
- 文中の名詞に、複数形にする接尾辞を付加する。(ן , -ען , -ער- が浮かぶが、ひとつひとつ覚えるしかないのでは)

③ テキスト補足文で、阿呆村(町)とでもいうべき「ヘルム(כעלעם)」の小話:
- イディッシュ小話の真髄であり、各自感想を述べあう。(私としては、猥雑さまで感じ取ってしまう)

④ ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の紹介:
ー 「陽は昇りまた沈む」(SUNRISE SUNSET)のイディッシュ語歌詞について解説をいただく。

(映画:英語版)


(イディッシュ語版)

(Youtubeに登録のyoksh77、Viraに感謝)

2018年1月10日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 新年の音楽

年初のKBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/3)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、新年の音楽にまつわる話を紹介した。
(日本語放送未聴取のため、他言語放送より曲目だけ列記する)

・百済の歌と伝えられる「井邑詞(せいゆうし:정읍사)」の伴奏曲「寿斉天(수제천)」

・日本公演のため、1993年に編成された創作打楽器グループ「プリ」の行進曲「道軍楽(길군악)」

・パンソリ「春香歌」から、李夢龍が詠じた詩「暗行御史出頭するが암행어사 출두하는데)」より
     金樽美酒千人血
     玉盤佳肴萬姓膏
     燭淚落時民淚落
     歌聲高處怨聲高

2018年1月9日火曜日

ゆき 行き 雪

少し言葉遊びすると、「ゆき 行き 雪」の連想から浮かぶのは郷愁だ。

なぜか演歌の歌詞に、夢破れて帰る故郷が、雪深い北国と描かれる。

「北帰行」は演歌をこえて歌われたし、「ホームにて」で語られるふるさともそうに違いない。

雪は音をたてない。もし聞こえるとしたら、それは吹きつける風の音、打ち寄せる波の音だ。

2018年1月8日月曜日

イ・ソンヒの「バラ」

2006年、22周年コンサートステージで、イ・ソンヒが真っ赤なドレス姿で「バラ(장미)」(13集所収、作詞・作曲イ・ソンヒ、2005年)を歌った。彼女のいつものファッションとの違いに、世宗文化会館会場がどよめいたという。大冒険だった。

(本ブログ関連:”バラ”)

赤は、情熱の色である。百万の想いを込めて、バラに託して届けようと、男は作業に没頭し、女はその色彩に溺れる。若い男女の情熱が、熱いたぎる想いが、赤く結晶するのを、天井桟敷から鑑賞しよう。おじさんには遠過ぎて、バラの香気も届かぬのが・・・ちょっと残念であるが。


あなたにバラを渡す
その赤い香気、あなたに伝える
私を忘れて眠る夜に
あなたの部屋いっぱいに、バラの花の香気が広がるまで

私たちの愛で生きよう
短い生涯を、夢見るようにしよう
二度と来ないこの瞬間に
愛する時間は、あまりあるではないか

一瞬としても、およばぬとしても
その喜びにひたってみるべきでないか
生きてみて、胸がときめく
時が多くないことを、よく知っているから

その先が痛みだとしても
両の手を広げて、あなたを抱こう
愛しよう
生きてみて
私たち二つの心、熱くなろう
______________

あなたに口づけしたい
ああ、その唇はどれほどうっとりするだろうか
太陽の下、柔らかな花びら
さらに赤く染まっていくのね

愛と憎しみの両方を持って
風の最後にあなたのすべてを預けて
大きくなっていくあなたの熱望は
遥かその昔の、草原を描いているのか

その先が痛みだとしても
美しく咲いたのね
風に触れて
花びらが散るとても
そのこころは、熱く咲いて散る


(Youtubeに登録のMusic maniaに感謝)

2018年1月7日日曜日

(雑談)空港への着陸

子どものころの夢は、空を飛ぶことだった。自家用機を持つなんて想像もつかない。高級スポーツカーだって無理なのに。(こんな話をすると、イ・ソンヒが「ポルシェ 911ターボS」を所有していることを思い出す、羨ましい)

パイロットになって、自分の手で、雲間を駆け抜け大空を飛翔するなんて、なんと素晴らしいことだろう。でも叶わぬこと、ならば旅客機の客席に座るしかない。でもちょっと物足りない、やっぱり操縦席に座りたい。

(本ブログ関連:”飛行機”、”飛行場”)

飛行機の着陸は、素人にとって離陸以上に最もスリリングだ。旅客窓は機体の横向き視界でしかないが、それでも真下に住宅街が迫ると、こんな高度で大丈夫だろうかとうろたえたりする。たいていの飛行場はそんな環境にある。(交通・運輸の特性から、民間空港を生活圏から遠く離れた場所に設置するのは効率上、按配よくない・・・)

ネットの「らばQ」サイトに、「最悪の空港はどこ?」といった問いかけがあって、それに対してコメントが寄せられている。また一般に、最も危険といわれる空港がある。これら合わせて、Youtubeに探した。いずれも山頂、山腹にある。

当然ながら、コックピットから見る映像はリアリティがあって、機体の揺れも感じられる。滑走路手前に小山があるなんて!とか、滑走路が短すぎないか!といったヒヤリとする疑似体験できる。パイロットは難なくこなしている。(素人には、山岳の乱気流が気になるけれど)

次の映像の上段は、米国のウェスト・ヴァージニアのチャールストン、「イーガー空港」への着陸(Cessna Citation Bravo)、下段は、ネパールの東端、旧称「ルクラ空港」への着陸(Dornier 228)である。エンジンと風切り音が盛りあげる。ちなみに、ずんぐりノーズのドルニエ228は、わが地元でお馴染みの機体だ。

Yeager Airport(Charleston、WV、US)・・・処々に山霧が立つ中を


Lukla Airport(Nepal)・・・ 山肌が迫るというか、突っ込むよう

(Youtubeに登録のcaptmoonbeam、Monir Shresthaに感謝)