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2016年7月21日木曜日

イ・ソンヒの所属事務所と寄付行為

イ・ソンヒ、イ・ソジン、イ・スンギが所属する事務所「フックエンターテインメント」が、セブランス病院に5千万ウォン(X0.09=450万円)を寄付したと、MBN(毎日放送)ニュースの記事、「イ・ソンヒ、イ・スンギの所属事務所代表、セブランス リハビリ病院に5,000万ウォン寄付」(7/20、シン・チャンオク記者)は、以下のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”、”セブランス病院”)

イ・ソンヒの社会性について、ネット情報でフォローしているのが、その先頭には常に慈善行為がある。彼女と縁の深い所属事務所が、歴史ある病院への昨年の慈善コンサトーにつづき、今回寄付をした。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと慈善行為”)

収益の一つの柱でもあるイ・スンギが軍務についている現在、同事務所は慈善活動を継続している。基金の捻出を、「(9月から始まる)イ・ソンヒのコンサート収益金の一部として策定」したという。彼女のコンサートへの意気込みも分かるというもの。

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・クォン・ジンヨン「フックエンターテインメント」代表が、20日、セブランス リハビリ病院の発展基金として5千万ウォンを寄付した。クォン代表は、「国内最高のリハビリ医療を提供するセブランス リハビリ病院の発展を期待して、シン・ジチョル院長とリハビリ病院すべての医療スタッフに感謝の気持ちを伝える」と述べた。
フックエンターテインメントは、歌手イ・ソンヒとイ・スンギ、俳優イ・ソジンなどが所属する企画会社(芸能事務所)で、クォン代表は、昨年にも、セブランス リハビリ病院と子供病院に寄付したことがある。
今回の寄付金は、9月2日から4日まで、世宗文化会館大劇場で予定されるフックエンターテインメント所属の歌手イ・ソンヒのコンサート収益金の一部として策定された。

・所属事務所を代表して、この日の伝達式に共に参加したイ・ソンヒは、「9月2日の世宗文化会館大劇場を始め、全国ツアーコンサートを控えて意義深い席に参加できてうれしい」として、「リハビリ病院の発展と厳しいリハビリ治療を受ける患者の方々が一日も早く健康を取り戻すことを望む」と述べた。
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2016年7月20日水曜日

地震が連続すること

この数日、地震が続いている。今朝(7時25分頃)も揺れた。当地の震度は2だったが、頻発するといやなものだ。一昨昨日(17日)のときは震度3に終わったが、地震動がさらに続くのではと慌てさせた。

今朝も横揺れが続いた。東日本大震災以降、揺れの続き具合が気になる。さらに、震源が近いことも気になる。ここ一週間、「茨城県南部」を震源とするケースが多いようだ。茨城県南部の地を震源にした場合、多少離れているはずの当地でも揺れが大きい気がしてならない。果たして地下の構造、プレート、地震の巣の関係はどうなっているのだろうか。

(本ブログ関連:”茨城県南部の地震”)


【7月の地震: 東京近辺を震源とするケース】

     検知日時             震央地名        マグニチュード 最大震度
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20日21時10分頃   茨城県南部        M2.8      震度1
20日11時38分頃   茨城県南部        M3.5      震度2
20日10時29分頃   茨城県南部        M3.0      震度2
20日08時16分頃 茨城県南部        M3.0     震度1
20日07時25分頃 茨城県南部        M5.0     震度4
19日23時55分頃 茨城県南部        M3.6 震度2
19日16時28分頃 茨城県沖           M4.1 震度3
19日12時57分頃 千葉県東方沖     M5.2 震度4
17日13時24分頃 茨城県南部        M5.0  震度4
16日17時40分頃 茨城県沖           M3.8 震度1
14日19時13分頃 千葉県北東部     M2.9 震度1
13日19時45分頃 栃木県北部        M2.8 震度1

KBS WORLD「国楽の世界へ」 大監ノリ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/13)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、儀式「大監ノリ(대감놀이)」ほか関連した3曲を紹介した。

始めに、巫堂(무당)の儀式「クッ(グッ、굿)」から、家の敷地を守る儀式「大監ノリ」について次のように紹介された。
・巫堂(巫女、即ち”シャーマン”)が神に祈りを捧げる儀式を「クッ」と言う。この儀式には、歌や楽器演奏、踊りもある。時には神の能力を示す不思議な見せ物を披露する。テレビや映画のない昔、静かな田舎で行われた儀式は最高の見せ物で、人々が集まる一種の祭りのようなものだった。一時、迷信と言われ、なくすべきものとされたが、今は民族の貴重な文化遺産とされる。色々な神々の中でも、家の敷地を管掌する神を「大監」と呼び、家の敷地を守る儀式「大監ノリ」がある。

▼ ソウル地域のクッの「大監ノリ」の歌を聴く。掛け合いも楽しく、元気溌剌の明るさを感じる。

次に、クッの儀式に歌われた民謡「倡夫打令(창부타령)」について次のように紹介された。
・クッの儀式に、村人は心ひとつに参加する。その過程でそれぞれの恨みも晴らし、疎遠な関係とも互いに心を確認する。特別な神が人々の間で力を発揮するわけではないが、クッはそれなりの役割をした。儀式の日に、濁酒(マッコリ)と一緒に、歌を披露する年寄りも目立つ。代表的な歌に、京畿地域の民謡「倡夫打令」がある。「倡夫」とは、儀式で演奏する楽師を指す。彼らを見守る神を「倡夫神」と言う。クッには色々手順があるが、中に倡夫神をもてなす順がある。このとき巫堂が歌ったものが、人々の合間に広まった「倡夫打令」だ。

▼ 歌い手が洗練された形に直した「倡夫打令」の歌を聴く。繰り返し納得するように聞かせ歌う。

最後に、パンソリ「水宮歌(수궁가)」から宴会の様子について次尿に紹介された。
・パンソリ「水宮歌(수궁가)」は、カメが、竜王の薬として、ウサギの肝を入手しようと孤軍奮闘する。またウサギも生き残るため、あらゆる知恵を働かせる。カメが初めて上陸したとき、山では動物たちが集まって宴会を開いていた。誰が上座に座るかで争う場面がある。宴会かと思ったら、動物たちが喧嘩をしていたのだ。また、やっとウサギと出会い、竜王のところに連れてきたときも宴会が開かれる。薬を探したカメのために開いた宴会ではなく、ウサギに騙された竜王が、ウサギを陸地に見送る前に開いた宴会だった。カメとしては悔しいことだ。この宴会にも音楽は欠かせない。中国の有名な楽師の名をあげる歌詞が続く。

▼ 「水宮歌」から海中の王宮での宴で、風流の様子を歌う「水宮風流(수궁풍류)」を聴く。パンソリの語りで風流音楽ではない。

2016年7月19日火曜日

夏土用入り 2016

「夏土用入り」を迎えて、鰻料理の話題が増えてきた。「土用の丑の日」(7月30日)まで、あと10日あるというに、鰻丼、鰻重、ひつまぶし、吸い物・・・すぐに浮かんでくる。

以前、下町にいた頃、通りに面した店先を大きく開けた鰻屋があった。焼いて売るだけの店で、食を楽しむ場所はない。いかにも合理的、焼きに徹した店だった。煙と一緒に、鰻の焼ける香りが、風通しのよい歩道辺りに充満する。歩む体が思わず店側に重心を傾けそうになる。それほど食欲を誘った。

近頃、隣り町にあった鰻屋を訪れたが見当たらない。結構繁盛していたのにどうしたことだろう。街角を幾度も往来したがだめだった。記憶力が心配になる。見つからないと思う心と焦りに、食欲が増す。

どうしたわけか、牛丼屋でも鰻丼を出すようになった。大量廉価販売のファストフードのメニューに、絶滅危惧種といわれる鰻の料理が載るなんて、どんなカラクリがあるのだろう。不思議でならない。スーパーでもパック詰めのものが売られているが、どうしても手が出ない。鰻は鰻屋で食うに限るようだ。

とはいえ、このところ鰻はさっぱりだ。昼食にひつまむしを食った後、半日胃がもたれたことがある。以来、美味そうだから食う段階は過ぎたようだ。今では食って美味しいものに限る。歳とともに食が細るに通じるようで、ちょっと淋しい気もする。

2016年7月18日月曜日

海の日2016

今日は、祝日「海の日」だが、海と関係ない一日を過ごした。近隣の公共施設で「江戸時代の寺子屋」について講演があり聴講した。次回につづくため、感想はこの後にしたい。

(本ブログ関連:”海の日”)

考えてみれば、このところずっと海から離れている。海そのものを楽しむ機会がなくなったようだ。とはいえ、海の思い出はある。子どものころ、親父と一緒に乗った船で、地元の湾を出て沖合いで釣りをしたこと。富津の臨海学校で溺れそうになったこと。夏休みに、仲間たちと神津島まで東海汽船のフェリーに乗ったこと。三崎の浜で海浜生物採集の合宿をしたこと。職場の同僚と相模湾で沖釣りしたこと。まだまだあるけれど。

ところで、石採りが趣味で山に向かうことが多いが、海岸線での鉱物採集がないでもない。静岡県河津町浜の、石ころだらけの「菖蒲沢海岸」で自然金を、同じく垂直の岩肌を見せる崖の「やんだ」で沸石を採集したことはある。他に、鉱物採集へ向かう道すがら、海の家に寄って飯を食い一風呂浴びたこともあるけれど、総じて石採りと海は似つかわしくない。

今となっては、海は唱歌の「」(作詞:林柳波作詞、作曲井上武士、1941年)のように、なつかしい思い出にあるようだ。


(Youtubeに登録のf3113663eeeに感謝)

2016年7月17日日曜日

歌手ブランド7月調査 イ・ソンヒ14位

最近よく耳にする<ビッグデータ>を使った、歌手のブランド評価が発表された。

韓国企業評判研究所(한국기업평판연구소)は、2016年6月16日~2016年7月17日までの、歌手のブランド・ビッグデータ 94,953,290個を分析した結果を発表した。消費者の行動分析をして、「参加指数」、「メディア指数」、「疎通(コミュニケーション)指数」を加味した、「ブランド評判指数」により、歌手の順位付けをした。

ビッグデータの単位、および各指数の算出方法についてよく理解できていないが・・・。そして、なぜ「ブランド」を使うのかも。

同所のリリース記事、「【ブランド評判】 歌手ブランド・ビッグデータ 7月調査。1位 ワンダーガールズ、2位 テヨン」(7/17)によれば、若手が競う音楽業界のランクのなかで、イ・ソンヒは14位をキープしている。彼女の場合、「参加指数」が特に高い傾向にあるようだ。


(追記) 地震発生

昼過ぎ、携帯電話にメールを打ち込んでいたとき、突然小刻みの揺れが始まり、次第に振幅を増した。家がダダダッと揺れる。なんとも嫌な予感がした。これ以上の振動がくるのかと思ったら急に止んだ。体感は震度<3+>といったところだ。気象庁の地震情報では、当地の震度は3だった。またしても、震源が「茨城県南部」だった。

気象庁の「地震情報」(平成28年07月17日13時28分 発表)
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17日13時24分頃地震がありました。
震源地は茨城県南部(北緯36.1度、東経139.9度)で、震源の深さは約40km、地震の規模(マグニチュード)は5.0と推定されます。
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2016年7月16日土曜日

キム・ワンソン、 カン・スジ

一昨日、OBS NEWSの連続記事 「伝説のスター イ・ソンヒ、キム・ワンソン」から、イ・ソンヒを中心にブログに記したが、タイトルにある「キム・ワンソン(金元萱、김완선)」(1969年 5月16日~)については、本ブログ内のリンクにとどめた。

1980年代のステージを、イ・ソンヒ、カン・スジを交えて3人で競ったキム・ワンソンの射すくめるような目つきは強烈だ。(正直言うと、当時の私の頭の中には、「カン・スジ(姜修智、강수지)」(1967年5月20日~)すなわち、スージー・カンが占めていた・・・ごめんなさい)

イ・ソンヒがバラードで躍進した後を襲ったのが、ダンス・ミュージックだった。キム・ワンソンはその流れを進めたといわれている。そんな彼女の珍しい、NHKの番組(「歌謡パレード」1988年*5月31日放送?)で、ダンスを交えて歌った(「リズムの中のその踊りを(리듬속의 그 춤을)」1987年)映像がある。
(* ソウルオリンピックの年)

放送当時、次週にチョー・ヨンピルが出演することが不思議ではなかった。

(Youtubeに登録の证贤真に感謝)

やっぱり、スージー・カンの映像も合わせて見たいものだ。彼女の日本でビューは1995年である。

(Youtubeに登録のseptember0421に感謝)

2016年7月15日金曜日

ちいさな男の子はやっぱり阿呆がよい

昨夜の豪雨は、今朝になって煙り雨に変わった。そんななか、隣町に買物に出かけた帰りのこと。学校が終わったランドセルの一団と出会った。時間帯からいって小学2年生だろうか、校門近くにできた水溜りに群がっていた。

(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)

一人が泥水に足をつけた。すると競うように、別の一人がボクもできると飛び込んだ。そばを通り過ぎながら見ると、5、6人の男の子の中に、女の子が一人混じっていた。この時期の女の子は、精神年齢が勝っているようで、男の子たちを相手にしていられないのか輪から抜け出た。
あわてて一人の男の子が女の子を追いかけた。すると、更に後ろから、もう一人の男の子が傘の柄を突き出して、前を行く男の子のランドセルを引っ掛けるようにして追いついた。女の子は、もう彼らを完全に無視して先を進んでいる。

子どもたち一団と別れるように、道角を曲がった私の背後で、男の子が叫んでいるのが聞こえた。「さよなら、ユーリ君!」、「ユーリ君、ゆうれいだ~」とね。

幼い子どもは泥水の感触が好きだ。どろどろになるまで、濡れても汚れても平気で遊ぶ。言葉使いについても同様なものがあるのかもしれない。教えられ、操れるようになった言葉同士が、オーバラップするという不思議さに気付いたのだろう。言葉遊びに、泥水遊びと似た感蝕があるのに気付いたようだ。
そんな、感蝕に留まっている小さな男の子たちの世界は、どこかとぼけた阿呆振りが可笑しくてしょうがない。自分も通った道だけに。

彼らの時代は、泥水につかる感触がまだまだ楽しい。泥水の汚れとか、乾くのに手間取るという予測と無縁で、特に男の子は幼さから抜けきれないようだ。本当の意味で幼さを抜けきるには、中学2年の夏休みを過ぎてから、その頃になると、女の子もようやく認るようだ。

2016年7月14日木曜日

「伝説のスター イ・ソンヒ、キム・ワンソン」

OBS NEWSの演芸ニュース記事に、「伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン」のシリーズがある。<OBS京仁(경인)TV> の番組(『独特の演芸ニュース(독특한 연예뉴스)』)のようだが・・・。放送内容なのか未確認。

ちなみに、この演芸ニュースの「【伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン④】 イ・ソンヒ 『因縁? 世界で最も美しい人』」(7/13、チョ・ヨンス記者)を見ると、イ・ソンヒの人生における最大の悲劇的なできごとと、その後の再生について次のように紹介している。ところで、彼女の言葉は、波紋のような揺らぎを感じる。もしかしたら、彼女の縁の一つである仏教的な世界観からなのだろうか。

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・歌手イ・ソンヒが新しい愛に無事に移り着いた。

・OBSの「独特の演芸ニュース」(演出ユン・ギョンチョル、作家パク・ウンギョン、キム・ヒョン)は、1980年代のオーディオとビデオ市場を二分して、新しいファン層を量産した二人の女性ミュージシャン イ・ソンヒとキム・ワンソンの多事多難(いろいろ経験した)の歌手人生を顧みた。

・前夫の死の7年後、再び愛を始めたイ・ソンヒは新しい家庭を設けた。

・あるショーケースで、イ・ソンヒは、「多くのひとびと中で私が会ったその人が私との縁であって、その縁である相手の方が招いてくださる私が花である可能性もあり、この世で一番美しい人」と、表現した。

・だが、結婚した夫に対する過去の再婚説と各種デマなどに再び苦しめられたりもした。

・イ・ソンヒは、「その年齢になってもまったく同じだった。同じように痛いことは痛くて、また、答がわからなくて迷う」と、打ち明けた。
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<参考> 上記OBS NEWSの「演芸ニュース記事」は次のようなシリーズ記事になっている。

伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン①】 イ・ソンヒ、「Jへ」でスターダム・・・姉さん部隊の元祖
伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン②】 キム・ワンソン、独自のダンス・強烈な目つき・・・見る音楽の時代開く
伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン③】 イ・ソンヒ、最初の縁と胸が痛む別離
伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン④】 イ・ソンヒ、 「因縁? 世界で最も美しい人」
伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン⑤】 キム・ワンソン、叔母さんの借金、香港進出に露な写真まで決心
伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン⑥】 イ・ソンヒ、"安住せず、絶えずむち打ち"

2016年7月13日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 赤城歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/6)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、パンソリ「春香歌」の「赤城歌(적성가)」に関連した3曲を紹介した。

始めに、楼閣(누각)、東屋(정자)、茅亭(모정)、および「春香歌」の「広寒楼(광한루)」について次のように紹介された。
・風通しの良い、景色を鑑賞できる建物に、「楼閣」や「東屋」がある。楼閣は、高い丘や、石や土で高く積み上げた上に築いた建物で、東屋は、楼閣より小さく親しみある建物だ。ここで、上流階層が、詞や絵、音楽など風流を楽しんだ。時に、師が弟子を教える場所にも使った。今も、有名な楼閣や東屋の痕跡が残っている。似たものに、「茅亭」があり、名勝の地でもない田畑のそばに建つ素朴な建物で、誰もが仕事の合間に休める場所だ。
・パンソリ「春香歌」に、李夢龍(이몽룡)が勉強に没頭していたある日、南原地域の楼閣「広寒楼」に登って見た見事な景色を歌う場面がある。

▼ パンソリ「春香歌」で李夢龍が「広寒楼」で歌った「赤城歌」を聴く。力強くはりのある声で朗々と語る。

・この曲名にある「赤城(적성)」は、「赤城山(적성산)」の山名だ。頂上の岩が、まるで本を積み重ねたようで、本(책)の意を付して「冊如山(책여산)」とも呼ばれた。それほど高くないものの、平野地帯に位置する険しい山だ。

次に、農作業の「草取り(キムメギ、김매기)」から江原道江陵の「オドクテギ(오독떼기)」について次のように紹介された。
・広寒楼に登ると、赤城山は霧深く、花が満開している。ヤナギの枝が風に揺れる様子を見れば、自ずと歌が浮かぶ。ソンビが東屋で風流を楽しむ頃、真夏の農家は忙しく草刈りをした。この草刈り作業を、「キムメギ」と言う。秋の収穫までに三回ほど行なわねばならず、みなで作業をするため歌は欠かせない。キムメギするときの歌に、江原道地域江陵(강릉)の「オドクテギ」があり、田の草刈りの歌の意だ。

▼ キムメギのときの歌「江陵オドクテギ」を聴く。農作業の歌は、人の動きと調和を自然に聞かせてくれる。

最後に、今年も農家の人たちが暑い中、農作業をしている。そんなとき、<にわか雨の音を聞くだけでも涼しくなる>。
・キムメギは、稲の苗がある程度育った真夏に行なう。日差しの強い季節も田で作業する。地熱と湿気で、額に汗が流れ、長く歌うのは大変なため、前半を短く歌うと、残りの人々が後半をつぐ。仕事は難儀でも、歌を歌うのは、誰かが一緒にいるのを歌いながら確認し、また力をつけたはず。そんなとき、暑い中、にわか雨はとてもありがたい存在だった。

▼ 「にわか雨(소나기)」の演奏を聴く。雷鳴、雨滴、随分と音響的であり、光景が見えてくるよう。今様である。

2016年7月12日火曜日

イ・ソンヒの音楽態度

音楽に対するイ・ソンヒの考え方について、ネットで紹介される彼女の新聞記事や情報を通じて知ることができる。そのたび、頂点を極めた彼女なればこその態度に感心するばかり。

歌謡界の歴史、人脈、未来について、一貫した視座を持つ評論家と違い、そこはファンなもので、彼女の言葉に全て納得することになる。彼女が15集アルバム(2014年)を出すにあたって、代表曲の「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」を初めてお目見え(ショーケース)をした際の、記者懇談で語った言葉が、スポーツQの記事、「【インタビュー】 イ・ソンヒ『まあまあの歌手として記憶されたくない』」(2014年3月25日)にある。(抜粋)

(20歳直前の1984年にデビューして)デビュー30周年にあたる年のインタビューだっただけに、そのやりとりは、彼女の音楽人生も含めての発言といえる。歌い手(ボーカリスト)としての強い自覚、声質の自覚、進取気鋭の自覚、そして大衆音楽家としての自覚だ。彼女は、「国民歌手」と敬称される歌手である。

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・5年間、何と100曲を越す構想をした末、10曲を完成させて(第15集)アルバムに盛り込んだイ・ソンヒは、大衆にシンガーソングライターと認識されるよりは、ボーカリストとして記憶されたいという希望を伝えた。

・自身の感情を言葉より歌で、さらに良く表現すると自負した彼女は、曲を書く理由について、「他の作曲家たちは自身の考えるイ・ソンヒについて重点を置き曲を作るため、私を表現しきるのに限界がある。ただ、私の声を私がもっとよく分かっているので、専門的な作曲家が表現しきることのできない部分を、私が解決するべきだと素朴な考えで、曲作りを始めた」と説明した。

・これまでのアルバムに作詞、作曲だけで参加したイ・ソンヒは、今回のアルバムでは、編曲、若い作曲家との共同作業など多くの試みをした。彼女は、「新譜に実験的な音楽を試みたが、私は大衆音楽をする人なので不必要な説明よりは音楽を鑑賞し、すぐに感情に浸ることができる曲を盛り込んだ」と伝えて、心血を注いだ作品であることを感じられるようにした。
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2016年7月11日月曜日

(雑談) 忘れ物

いやいや、大したことじゃないけれど、図書館で読書室の席に座ったときのこと、メガネがないのに気付いた。ここに来る途中、昼飯を食った店に置き忘れたのだろうか、一瞬焦った。店に戻ってみなければならないのかと気持ちが滅入る。そのとき、机上のカバンの陰にメガネが見えた。

考えてみりゃ、分かりそうなこと。メガネなしに来るはずがないじゃないか。しかし慌てると、そうはいかない。頭の中で記憶をグルグル巻き戻すも、答えが簡単に見つかるはずもなかったが。偶然に、ふと見つかって安心した。メガネを頭の上に置いて気付かなかったよりは、少しましと納得する。

自身のことは自己責任。原因が手元よりも遠くにあるよう解釈すると大間違いをする。まずは、1cmから、一歩から、辺りを謙虚に見回す。自身の行動と結果だけなら、こんな按配でだいたい解決できる。

ところが、他人を介した場合は厄介だ。自身の記憶が、他人の行動でぷっつり切れるからだ。他人と自身が繫がる局面で、しっかり相互確認するしかない。日常では、そんな引継ぎ確認をすることはまずない。だから、ややこしいことになる。

ビジネスでは、社内のワークフローが電子化され、ドキュメントにして記録が残る。だから、うっかりミスは判別される。したのか・しなかったのか、確認したのか・しなかったのか。そんなとき、電子化は便利だ。ワークフロ-の繋ぎ目は、社内で公開もできる。

インフォーマルなレベルのやり取りも公知できる。会社の中だけならそれでもよいが、インターネットでは衆知になり記録が永く残ってしまう。どれくらい意識されているのか大変気になる。

2016年7月10日日曜日

中宮寺の弥勒菩薩、半跏思惟像

東京国立博物館で催された特別展「ほほえみの御仏  二つの半跏思惟像(はんかしゅいぞう)」に行ってきた。実は、この特別展、今日で終了するのため、混み合いを恐れて、開館9時半前の行列に並んだ。朝から日差しがぎらぎらとしてきつかった。

入館待ちの行列は最終日のせいだろうか、この時点で、チケット事前所有者の列と、購入待ちの列があり、それぞれ横2人並びで20m位いの長さだった。とはいえ、照明を落とした展示室はそこそこ混んでいたが、眺めるに不都合はなかった・・・まだ朝方だったからか。

今回は、日韓国交正常化50周年記念ということで、二つの半跏思惟像、すなわち、日本側は中宮寺所蔵のもの、韓国側は中央博物館所蔵のものが展示された。中宮寺の弥勒菩薩は、尼寺にふさわしい穏やかな眼差しをして、つつみこむような慈愛を感じさせる。中央博物館の像は、金属鋳造の強さと穏やかさを共存させていた。

中宮寺の像は、従来「弥勒菩薩」としてなじんできたが、今回の展示が「半跏思惟像」という造形に焦点を当てたためだろうか、「弥勒菩薩」の言葉があまり聞こえてこない。また、西洋美術への対抗的表現の印象がある「アルカイック・スマイル」という懐かしい言葉もあるが、口元の造形について、中宮寺像は控え目であり、中央博物館像はやや明示的である。

中宮寺の像は、日本で一番親しまれている弥勒菩薩像だろう。寄木のためか曲線に温かみがある。柔和で伏目がちな尊顔は、見る者の心をそっと受け入れる慈愛に満ちている。(見る者に鋭く反問する、あるいは自省を促す鋭さを見せない)
インド、ガンダーラの仏教の造形が、歴史を通じて日本に結実したように思えてくる。(芸術、鑑賞という言葉・視点が当てはまらない態度で)久し振りに心清まる参拝をした気分だった。

(Youtubeに登録のPygmalion0314に感謝)

2016年7月9日土曜日

ソユーズ宇宙船(47S/MS-01)到着

一昨日(7/7)、国際宇宙ステーション(ISS)の第48/49次ミッションのため、バイコヌール宇宙基地(カザフスタン共和国)から打ち上げられた、ロシアのソユーズ宇宙船(47S/MS-01)が、本日無事ドッキングしハッチオープンした。ソユーズ側の大西卓哉宇宙飛行士を含む3名の搭乗員と、ISS側の3名が揃った映像が届いた。

それにしても、ソユーズの安定性の素晴らしいこと。素人からすれば、行ってらっしゃいと安心して見送れたし、関心ごとながら、ドッキングも当り前だ。今後(日本側の)活動では、<一般に理解しやすい成果>が期待される段階に入ったようだ。アピールも、研究内容の紹介に重点が置かれることになるだろう。

JAXAのお知らせ、「大西宇宙飛行士、国際宇宙ステーションに到着!」(7/9)は、ソユーズ宇宙船が無事に国際宇宙ステーション(ISS)に到着したことを次のよう伝えている。
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7月9日(土)、ソユーズ宇宙船で国際宇宙ステーション(ISS)に到着した大西宇宙飛行士は、同日3時53分にISSへ入室し、第48次/第49次長期滞在クルーとしての滞在を開始しました。
大西宇宙飛行士は10月30日頃まで約4か月ISSに滞在し、創薬につながると期待される高品質タンパク質結晶生成実験や、初の小動物長期飼育など、様々な任務に取り組みます。
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(本ブログ関連:”大西卓哉宇宙飛行士”)

(Youtubeに登録のRuptly TVに感謝)

2016年7月8日金曜日

(雑談) プリンターが回復した理由?

新宿に出て、大形書店内を巡り、カレーを食って帰る。駅への途中、大型電気店があったので、地下に降りてプリンターを探す。先日来、わが家のプリンターの調子が悪く、あれこれブログに書いた

緊急事態にプリンターを使用するようなことはないが、ふだん直ぐに使えないのも困る。そろそろ、あきらめ時かと思っていたからだ。電気店の店員さんに商品説明を聞いたりしたが、新製品のランニング・コスト(インク代)を考えると、購入を少し待つことにした。

そんなわけで、帰宅後、ふと気になって調子の悪いプリンターをリトライしてみた。1回目は不調。電源を切って、再度トライしたところ、今度は順調に動いている。

もしかしたら、わたしの意が通じたのかもしれない。取り替えられると案じて、もう一働きしようと頑張っているのだろうか。

イ・ソンヒと「大学歌謡祭、江辺歌謡祭」

「タジン日報(딴지일보)」掲載の【サンハのコラム】の投稿記事 「伝説、『大学歌謡祭』略史3編: イ・ヨンとイ・ソンヒ、若者たちの歌謡祭」(7/4)は、1980~90年代の世相と連動して、大衆歌謡における若者たちの中心部にいた「大学歌謡祭(MBC 대학가요제)」の位置づけと、その盛衰を語っている。さらに、「大学歌謡祭」とは別に、若者たち同世代に支持された「江辺歌謡祭(MBC 강변가요제)」もあり、そこにデュエット(男女)で登場したイ・ソンヒについて記されている部分だけ抜粋し、次に掲載させてだく。感謝。

- 「大学歌謡祭」放送期間: 1977年~2012年
- 「江辺歌謡祭」放送期間: 1979年~2001年

投稿記事は、イ・ソンヒのファンが、男子高校生にまで及んでいたことを伝えている。しかも、相当なオバカ振りに笑ってしまう。

(本ブログ関連:”大学歌謡祭と江辺歌謡祭”)

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(略)

・1984年の「江辺歌謡祭」で、韓国の歌謡史に残る大型女性歌手イ・ソンヒは、「4幕5場」というちょっと曖昧な名前のデュエットで彗星のように現れた。「J」のイニシャルを持つ人々は、彼らの歌<Jへ>を聞いて、あたかもその歌が自身のための歌であるように喜んでいた。

・デュエットの(相手)男性が軍隊に行ってしまった後、イ・ソンヒはソロに転向し、大型ヒット曲を出しながら、一躍スターダムに上がる。その人気がどれくらい優れていたのか、私が通った学校で起った惨事で充分に立証することができる。イ・ソンヒが公演のため釜山を訪問した時、真っ黒な高校生が「姉(누나:弟から見た姉さん)」を見に行くのだと、2階教室から数十人ずつ花壇に飛び降りてそのうちの一人の脚が折れたのだ。

(略)

<大学歌謡祭>は、90年代以後次第に衰退期に入り込む。
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「前は、『江辺(大学)歌謡祭』が新人の登竜門でした。しかし、今の新人は放送局主催のコンテストじゃなくてもいくらでもデビューすることができるようになりました。インディーもあり、すぐにアルバムを出す機会も多いのです。」
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<わが大衆音楽の巨星たち(우리 대중음악의 큰 별들)、イ・ソンヒ編> - 著:イム・ジンモ、発行:ミンメディア

・(この)イ・ソンヒの言葉が最も大きな理由になるだろう。大学の門戸も入らなかったソテジが、大衆の偶像として登板したのが90年代初頭ではなかったか。主観的に一つ付け足すなら、大学歌謡祭の隆盛期は韓国の大学生がその現代史で最も躍動的で重要な役割を遂行した70年代末と80年代を貫いている。90年代以後の社会的変化により、大学生集団がその影響力と独自性を急激に喪失しながら、大学歌謡祭自体の活力もまた、比例してだんだん少なくなったのではなかったかも。

・大学歌謡祭も江辺歌謡祭もすでに後が絶えた。大学歌謡祭で優勝した人が、その後、ニュースや放送で紹介された記憶の流れも数年間、すっかり干上がった。だが、今後さらに年月が経って、大学歌謡祭自体が歴史の中に埋められても、私は大学歌謡祭、そして江辺歌謡祭とともにした歌を口ずさむことで、その歌を伝えた若い、いや、若かった歌の名前をときめく心に数えるだろう。

・一度、指折り数えてみよう。サンドペブルス(Sand Pebbles)、ペ・チョルス、ノ・サヨン、シム・スボン、ホン・ソボム、チョン・オチャ、チョ・ハムン、イ・ソンヒ、ウ・スンシル、ノ・サヨン、チョ・チョンヒ(スズメとカカシ)、ユヨル、シン・ヘチョル、イ・サンウン、イ・サンウ、パク・ミギョン、チュ・ヒョンミ、キム・キョンホ、キム・ドンリュル、そして<オモナ>のチャン・ユンジョンまで。あらまし挙げても両手が足りない。(略)

(略)
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2016年7月7日木曜日

七夕(小暑) 2016 、そして大西卓哉宇宙飛行士

今日は「七夕」の日だ。昔、夏休みに、臨海学校や林間学校へ行ったとき、子どもたちに夜空を見上げさせて、教師が「星空を薄い雲が流れるように見えるのが、天の川だ」と教えてくれた。霞むように見える星々の流れを見て、まさに”milky way”と合点した。年に一度、この川を渡って、牽牛と織女が出会う日だ。

それに、二十四節気「小暑」でもあるが、ここ数日、「猛暑日」を経験しているのでさほどでない。蝉の鳴き声も耳にしていない。

(本ブログ関連:”小暑・七夕”)

七夕の宇宙つながりでいえば、今日のJAXA発表によれば、「大西卓哉宇宙飛行士が搭乗するソユーズ宇宙船(47S/MS-01)が、7月7日(木)、10:36(日本時間)にバイコヌール宇宙基地(カザフスタン共和国)から打ち上げられました。/今後、ソユーズ宇宙船は7月9日(土)に国際宇宙ステーション(ISS)に結合予定です。」とのこと。

(本ブログ関連:”宇宙飛行士”)

日本人宇宙飛行士である大西宇宙飛行士は、国際宇宙ステーションの第48/49次 長期滞在クルーとして約4ヶ月滞在し、10月末頃、ソユーズ宇宙船(47S/MS-01)で帰還する予定という。

出発前、地上のインタビューで、「七夕の日」に打上げという幸運を語っていたのが、何ともいい巡り合わせだとうれしくなった。

ちなみに、大西卓哉宇宙飛行士は全日空のパイロット出身であり、彼の前任の油井亀美也宇宙飛行士は航空自衛隊のテストパイロット出身である。

(Youtubeに登録のJAXAに感謝)

2016年7月6日水曜日

(参考) 韓国南東の蔚山沖でM5.0の地震発生

昨晩(7/5)、韓国南部の東岸沖でマグニチュード(M)5.0クラスの地震が発生したと、中央日報/中央日報日本語版の記事、「韓国南東の蔚山沖で5.0の地震発生…原発地帯、不安隠せず」(7/6)は、次のように報じている。(抜粋)

韓国の原子力発電所は東岸に3ヶ所、西岸に1ヵ所ある。今回は、古里原発(5+2+3基: 釜山広域市 機張郡)と月城原発(4+2基: 慶尚北道 慶州市)を南北にした、蔚山市東区沖の東52Kmの海域で発生したことになる。地震、津波に対してどのような態勢になっているのだろうか、偏西風の影響ももあり気掛かりである。

(本ブログ関連;”韓国の地震  ”)

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地震の発生地点 [地図]

  蔚山(ウルサン)近海でマグニチュード(M)5.0の強震が発生した。韓国気象庁は5日午後8時33分、蔚山市東区(ウルサンシ・トング)の東52キロの海域で、M5.0の地震が発生したと明らかにした。M5.0以上の地震が発生したのは2014年4月以降、2年ぶりだ。M5.0以上は強震に分類される。

  この日、午後9時24分には蔚山市東区から41キロ離れた海域でM2.6の余震が感知された。室内で人々が感じるM3.0以上の地震は2000年以降、年平均8.9回発生している。この日、地震に伴う大きな被害はなかった。蔚山119総合状況室によると、午後10時現在まで被害状況は届けられていない。しかし、建物の揺れを感じるほどの地震が感知されて申告電話が殺到した。地震は釜山(プサン)や慶南(キョンナム)、昌原(チャンウォン)・大邱(テグ)でも感じられた。(略)

  キム・ヒョングン蔚山環境運動連合事務局長は「原子力発電所に近い海で地震が発生したという点で非常に不安だ」とし「新古里(シンゴリ)原発3、4号機と今回の地震の震央地との距離はわずか60キロしか離れていないが、今後も余震が続くのではないかと懸念される」と述べた。

  古里原発のソン・ミファ広報チーム課長は「現在、釜山市機張郡と蔚山市蔚州郡(ウルチュグン)の原発は正常に稼働している」とし「だが、万一の事態に備えて非常勤務をしている」とした。
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KBS WORLD「国楽の世界へ」 操り人形

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「操り人形(コクドュガクシ、꼭두각시)」に関連した3曲を紹介した。

始めに、「操り人形踊り(꼭두각시춤)」について、朝鮮末期の「男寺党牌(ナムサダンペ)」の演目から次のように紹介された。
・低学年の子どもたちがよく踊る「操り人形踊り」がある。保育園の発表会でも目にする。男女1組になりニコニコして顔を合わせながら踊る。床に座り込んで足を転がせる姿が可愛い。この踊りは、朝鮮末期の放浪芸人集団「男寺党牌(남사당패)」の人形劇、「操り人形遊び(꼭두각시놀음)」に登場する人物で、木製の胴にひもを繫げて操ることから、操り人形の意味で使われる。
・この人形劇に出てくる人物「操り人形(コクドュガクシ)」の夫、朴僉知(박첨지)が妾を作ったことで喧嘩をし、結局、金剛山に出家してしまう。「操り人形」は、目鼻や口がねじれ、顔にしわやそばかすがたくさんある。夫のせいで、どれだけ気苦労をしたかわかる。朴僉知と「操り人形」は、それほど仲の良い夫婦ではなかったが、子どもたちの舞踊で知られ、今も多くに記憶される。悔しい想いをした「操り人形」も、少しは恨みを晴らしたかもしれない。

▼ 「操り人形踊り」で二弦の擦弦楽器「奚琴(ヘグム、해금)」演奏、「操り人形」を聴く。今様に、おどけて可愛い響き。

次に、男寺党牌の「風物(풍물)」と女性リーダー「バウドクイ(바우덕이)」(1848年~1870年)について次のように紹介された。
・男寺党牌は、朝鮮時代末期に、放浪しながら公演して生計を営んだ、放浪芸人集団だ。村から、公演の許諾を得ると、歌と踊りの農楽、「風物」の出し物で人々を集めた。皿回しや綱渡りなど、六種類の代表的な芸がある。無形文化財に指定され、ユネスコ人類無形遺産に登録された。

▼ 演劇「男寺党の空」のための曲「男寺党の歌」の演奏と歌を聴く。シンフォニーと合唱が重々しく映画音楽のよう、今様である。

・男寺党牌は、本来男たちの集団だが、安城地域で活動した集団に、初の女性リーダーとなった伝説的な「バウドクイ」をテーマにしたのがこの作品だ。バウドクイは、特に綱渡りが達者だったと知られる。しかし朝鮮戦争後には男寺党牌は途絶える。

最後に、男寺党牌を受け継ぐ、1978年登場の「サムルノリ(사물놀이)」について次のように紹介された。
・昔のリズムを生かし、現代の若者にも親しまれる音楽を作り出したのが、サムルノリと呼ばれるもので、古くから伝わる農楽、つまり、「風物」を舞台音楽に再構成したもの。伝統音楽を現代風にアレンジして人気を博した。伝統を継承した良い例と言える。

▼ 湖南地域の農楽のリズム「農楽加楽(농악가락)」を聴く。新酒の香ばしさするリズム。

2016年7月5日火曜日

(雑談) プリンターが変?

最近、長年使ってきたプリンターの様子がおかしい。もう取り替え時期かもしれない。それほど使い込んだのだから。それでも、もうちょっとという欲がある。

経年劣化かもしれないが、奇妙に思い当たる節がある。以前、ブログに「ドナドナ」の元歌について記載した、それもイディッシュ文字をコピーペーストした頃からだった。

イディッシュ文字は、セム語族のならい、右から左へ読む。画面上でコピーペーストしたとき、キー操作が怪しくなった。思い通りにバック・スペースが使えない。文字配列のせいだろうと漠然と考えていたが、プリントまで変なのだ。

昨日、イディッシュのミュージカル曲「素敵なあなた」についてブログに記載してから、ますます怪しくなった。印刷できず、プリンターのアラームランプが点滅する。電源をいったん落として、再度入れると、印刷を開始したりすることがある。イディッシュ文字という、手に負えない文字を触ったせいか。このごろ悩んでいる。