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2018年4月19日木曜日

春期イディッシュ語 2018-3rd

「イディッシュ語教室」へは、春の気配に後押ししてもらい、休まず通っている。いつも、関心が途切れぬよう授業に工夫いただいて、やる気をつないで・・・年寄りの冷や水が少し温んできた気がする。合わせてクラスメイトからも貴重な紹介があり、とてもいい経験をしている。

① イディッシュ小話「7と7は11(זיבן און זיבן איז עלף)」
前回授業に続き、物語のナレーション役と登場人物役に分けてのロールプレイ(会話)を再度実施した。
・暗記しなくちゃいけないようで・・・次回までには!

② イディッシュソング「Yome Yome(יאמע יאמע)」
②-1. 「イディッシュ語インタビュー」(yiddishbookcenter.org)で歌の思い出を聞く(英語字幕)。
・教員および学校司書をリタイヤしたAnita Barlowは、(昔、パリにいたころ)父親と一緒に歌った「Yome Yome」の歌を今も覚えている。彼ら(父娘)は、歌の終わりにある、娘が望むものを理解しようとする母親について触れる部分を、娘がアメリカへ行くためビザを求めていると替えて歌った。(yiddish book center 感謝)

(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

②-2.「יאמע יאמע」の歌を聴き、hebrewsongs.com掲載の<歌詞>と照合して、歌詞理解した後、みなで歌?った。
・(参考)ヘブライ文字の歌詞:Yiddish Word of the Week(感謝)
・(参考)Youtube登録の音源: ショシャナ・ダマリ歌(授業で聴いた音源と違うが・・・)

(Youtubeに登録のIsraphon Musicに感謝)

③ クラスメイト(若き中国語研究者)からの話
・香港で見つけたという台湾の書籍に紹介された記録。WWⅡの下、ポーランド女性イレーナ・センドラー(Irena Sendler、1910年~2008年)は、レジスタンス活動の中で、ワルシャワ・ゲットーからユダヤ人の子ども2千余名を救出したという。

教室の帰り、若き中国語研究者から「ポーランドの歴史」について、a)多民族・多言語の時代と、b)ポーランド人だけの現代との違いを教えてもらった。今夏、ポーランドへ演奏旅行に行かれる音楽家も交えての談話で、贅沢な一時を過ごすことができた。感謝。
(かつてポーランドが、「ユダヤ人の天国」といわれたときがあったこと、イディッシュの民話の舞台が歴史地理的にどうであったかに興味がある)

2018年4月18日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「テーブルはテーブル」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/11)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、弦楽器「玄琴(コムンゴ、거문고)」演奏で、名を正すこと、記すことについての話を紹介した。

始めに、ペーター・ビクセルの小説「テーブルはテーブル」と同名の韓国曲について次のように紹介された。
・変化のない毎日の生活に疲れた男が、今日こそは違うと期待するが、平凡な日が続く。部屋にはいつものテーブル、椅子、ベット、写真がある。なぜテーブルをテーブルと呼ぶのか、ベットをベットと呼ぶのか。ベットを写真と名付けたらどうかと考えると、何か変わった気がして、あらゆるものに新しい名を付けてみた。テーブルをじゅうたん、椅子を時計という風に。初めは面白かったが、次第に元の名を忘れ、時が経つと他人の言葉も理解できなくなり、次第に何も話さなくなった。スイスの作家「ペーター・ビクセル(Peter Bichsel)」の童話「テーブルはテーブル(原題:Kindergeschichten)」で、物事から名を失うことで、世界を失う話だ。

▼ 童話と同名の韓国曲「テーブルはテーブル(책상은 책상이다)」を玄琴演奏で聴く。今様に。

次に、論語から孔子の「名正しからざれば則ち言順わず」について次のように紹介された。
・論語にも同様の話がある。弟子が孔子に尋ねた、「衛の君主が先生を迎えたら、一番最初に何からなさいますか」と。すると、孔子は、「必ずや名を正さんか(必也正名乎)」と答えた。名が正しくなければ言従わず、言従わざれば事成らず、事成らざれば礼楽(れいがく)興らず、礼楽興らざれば刑罰あたらず、刑罰あたらざれば民はどのようにすれば良いか分からない、それだけ名は重要と。昔、学者ソンビは、大事なものに好きな言葉を刻んで、それを見て心を落ち着かせた。高麗の文人「李奎報(이규보)」は、小さい硯石に、無限な気持ちを書き込めるといった内容を記録した

▼ 「墨の香り(묵향)」を玄琴ほか演奏で聴く。気取らず、今様に。

最後に、学者ソンビが、硯や楽器に文を刻んだことについて次のように紹介された。
・学者ソンビの部屋には、常に墨やすずり石、筆、紙などがあった。学問に疲れると、玄琴を奏した。ソンビにとって、玄琴は単なる楽器でなく、心を表現する友のような存在だった。また、ソンビは、玄琴にも立派な文句を刻んだ。朝鮮時代の思想家「李珥(이이)」も、険しい世の中で自分の気持ちを理解してくれる玄琴に、ありがたく切ない気持ちを残した。

▼ < 友と風流を楽しむ楽しさを表現した曲 >創作国楽「水里齋(수리재)」(1996年)を聴く。古趣、今様に。

2018年4月17日火曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

イ・ソンヒが4月初に、韓国芸術団の一員として、平壌のステージで歌ったのは次の3曲である。① 自身のデビュー曲である「Jへ」(1984年)、②(昨日のブログに少し触れた)シン・ジュンヒョン(申重鉉、신중현)の作品で、国民歌謡ともいうべき「美しい江山(아름다운 강산)」(1972年)のカバー、そして、③ < 妓生の黄真伊(ファン・ジニ:황진이)の漢詩> といった伝説を生んだ、3集に収録の「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)だ。いってみれば、彼女が持ち歌として宣言した代表三曲ともいえる。

(本ブログ関連:”分かりたいです”、”シン・ジュンヒョン”、”黄真伊”)

何度も何度もブログに記したことだが、彼女が最も輝いて見えた2004年のコンサート映像で「分かりたいです」を聴いてみよう。


月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
               ____

一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください


(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)

2018年4月16日月曜日

キム・ジョンホ「見知らぬ少女」

昨日のブログに、歌手キム・ジョンホ(김정호)の代表曲「見知らぬ少女(이름모를 소녀)」(1973年)を「孝行ラジオ」で聞いたと記した。彼は、 肺病におかされて33歳(1952年〜1985年)の若さで去った。シン・ジュンヒョンに代表される若手音楽家たちによる、1975年の「大麻草波動」事件に連座した・・・そうだ。

(本ブログ関連:”見知らぬ少女”、”シン・ジュンヒョン”)

この曲は、ケイ・ウンスクのコンサートビデオに収録されていて、三佳令二の日本語歌詞(原歌詞)字幕で歌われた。現在、韓国歌手によるカバーもあるが、ケイ・ウンスク*のステージ映像の、自然に染み入る日本語歌詞を見てしまうと、他に置き換えられない。
(* ケイ・ウンスク: ところでケイ・ウンスクの韓国帰国の理由も、薬物汚染に関係ある)


(Youtubeに登録のsangeui koに感謝)

2018年4月15日日曜日

(資料)韓国歌謡100年、一番使われたキーワード

久し振りに「孝行ラジオ」で、キム・ジョンホ(김정호、1952年~1985年)の代表曲「見知らぬ少女(이름모를 소녀)」(1973年)を楽しんだ。

(本ブログ関連:”孝行ラジオ”、”見知らぬ少女”)

「孝行ラジオ」といっても放送番組ではない。5000曲近くの歌謡曲を収録したマイクロSDカードを差し込んだ(ラジオにもなる)携帯音楽再生プレイヤーである。中高年が山歩きや散策の途中、ながらで次々聞き流すそうだ。ところが、マイクロSDカードの歌謡曲は海賊版で問題となった。現在の流通はどうなっているだろうか。

歌謡曲に対する支持は底堅く、圧倒的な伝統を作っている。そんな数々の歌謡曲の歌詞を基に、語彙分析などすることで、大衆がどのような言葉に関心を持つか(感応するか)がうかがえるだろう。今まで、メディアに語られたそんな情報をブログに記してきた。

(本ブログ関連:”韓国歌謡曲の語彙”、”韓国歌謡曲”)

今回、朝鮮日報(日本語版)に掲載の記事「韓国歌謡100年、一番使われたキーワードは『愛』」(4/15、ユ・ソクジェ記者)は、< 韓国歌謡曲100年間の約2万曲 > について、「語彙」調査した結果を次のように報じている。勝手ながら、資料として全文掲載させていただく。(感謝)
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(1)
1926年にユン・シムドクは「お金も名誉も愛も全て嫌だ」と歌い、2009年にバービー・キムは「愛というやつ、そいつの前でいつも私は空虚な存在だった」と歌った。「韓国歌謡100年」を貫いたキーワードは「恨」ではなく「愛」だった

 最近著書『歌の言語(노래의 언어)』(アクロス 어크로스刊)を出版した仁荷大学韓国語文学科のハン・ソンウ教授(50)は「韓国の約2万曲に至る歌謡のうち『愛』は曲名に1608回、歌詞に4万3583回それぞれ登場しており、名詞の中でも圧倒的首位を占めた」と説明する。「日常言語における登場回数では104位にとどまっている『愛』という単語が、実は歌謡で脚光を浴びていたのです」

 国語学者であるハン教授は「希望的な歌」から防弾少年団のKポップに至るまで、1世紀にわたって発表された韓国の大衆歌謡の歌詞に対する人文学的な分析を試みた。「一般大衆が好んで使う言葉の中で、生きている言語について研究しようと思いました。人の感情と時代の流れをそっくりそのまま盛り込んでいるという点で、ヒット曲をしのぐものがあるでしょうか」

 資料集めから始めた。「国民が実際に歌っている歌」という基準を立てて、カラオケの歌詞を全てダウンロードし、『韓国歌謡全集』という本に掲載されていない歌謡を補った後、分かち書きなどの校正を行った。その結果、2万6250曲、原稿用紙にして7万5000枚分の資料が集まった。当代のヒット曲の歌詞を集大成したという点で、まるで新羅郷歌集『三代目』*の編さんをほうふつさせる作業と言える。

(*)三代目: この郷歌集は後世に伝わっていない。

 その結果、歌詞は時代の変化を盛り込んでいた。「愛」という言葉が使われた歌は、1950年代までは全体の2.19%にすぎなかったが、2000年代以降は「ラブ」までを含めると実に65.22%に急増する。「素直に心を開いて自分のことを表現する世代が登場した証拠です」。女性が愛する対象を表現する際の二人称は、以前はほとんどが「先生」だったが、今では「お兄さん」に変わった。海外旅行が禁止されていた時代には「マドロス」という職業が歌詞に数多く登場していたが、今ではほぼ消え去った。1968年のパールシスターズ(펄시스터즈)の歌に登場する「喫茶店のコーヒー(커피한잔)」は、2010年に10㎝の歌を通じて「アメリカーノ」という単語に変身するものの、酒は時代を超えて常に人々の喜怒哀楽を表現してきた。

(2)
 意外な結果も見受けられた。歌詞に最も多く登場する季節は秋ではないかと思われがちだが、実は春(1572回)冬(1281回)夏(1001回)に次いで最下位(秋、541回)だった。「『秋の手紙(가을 편지)』『落ち葉とともに去っていった愛(낙엽 따라 가버린 사랑)』のように感情の響きの大きい歌が人々の記憶により多く刻まれただけのこと」との分析だ。「愛することの痛みや流れ行く歳月に対する恨が韓国歌謡の中に多いのは、悲しみに浸り、痛みを感じる過程を通じて妙な快感を覚えるからです。辛い食べ物を食べるときと同じですね」

 草稿に1980-90年代の歌謡が非常に多く登場することから、編集者とよく言い争いになったというハン教授は「『若い時は最近の歌が、年を取ってからは昔の歌が好きになる』という通念を破る必要性がある」と話す。「どんな時代でも、歌の『標準語』は青年たちの言語です。だからどの年齢層でも自分が若かった頃の歌が好きになるんです」。そんなハン教授も、防弾少年団の「八道江山」*を初めて聞いた時は、大きなひらめきがあったという。「地域ごとに存在する独特の方言が全て通じるのが韓国語なんだ、という悟りが背後に見え隠れしています。方言を研究する私が常に学生たちに話していることです」

(*)Youtube「八道江山」: 韓国方言を全く存じませんが登録者(JPN sub)の日本語訳に感謝

 数多くの歌謡の中で、ハン教授を最も感動させた歌詞は何だろうか。「カン・サンエ(강산에)の『…ですね(…라구요)』です。過去と現在、歴史と情緒を全て網羅している珍しい歌謡です。カラオケで歌ってみたいのはチェ・ペクホ(최백호)の『浪漫について(낭만에 대하여)』です。あ、ただ私は音痴なので、なんとなく口をパクパクさせるだけですが」
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(チェ・ペクホ「浪漫について」1995年:いろいろと凝縮された詞、歌にエネルギーも要るよう・・・おじさんには)

(Youtubeに登録のwit008007に感謝)

2018年4月14日土曜日

(資料)ポーランドの歴史をYoutubeで学ぶ

ポーランドといえば、科学分野の「コペルニクス」や「キュリー婦人」、音楽分野の「ショパン」が浮かぶ。それに、私ら世代には「連帯」の「ワレサ」が衝撃的だった。しかし、漠然としたものでしかなくて、正直、中欧の農業国のイメージが強かった。

最近、イディッシュ語教室に通うようになって、ポーランドについて(拙いながら)興味が増したようだ。授業で、ポーランド語のイディッシュ語への影響が説明されたし、ポーランドを舞台にした寓話の紹介があった。イディッシュ語に土俗性があるなら、それが何処なのか気になるばかり
それに、クラスメイトにポーランド語に関心深い若手の研究者がいて、いろいろ教えてもらえそうだ。

(本ブログ関連:”ポーランド”。”ポーランドの村ヘルム”)

あるとき、図書館でリトアニアの紹介書があって、ポーランドとの関係が触れられて、かつて両国が共同して(ベラルーシ、ウクライナなど含む=領有して)大国を作ったことを解説していた。予想外の大国だったことを知った。分かりやすく、紹介してくれるYoutubeを探したところ、次の映像が見つかった。

① 小山哲(こやま・さとし)京都大学教授の、一般向け講演「近世ポーランド・リトアニア共和国とその遺産(ミニ講義 第14回 2012.09.26)」は、ポーランドとリトアニアによる大国時代を知ることができる。このとき多民族・多言語国家となって、ユダヤ人(ユダヤ人の楽園、イディッシュ語)も関わりがあることをちょっと触れている。(ユダヤ人とポーランドを含む関係諸国との歴史的な関係を知るきっかけを与えてくれる)


(Youtubeに登録のkyodaiunionに感謝)

② 政治・軍事勢力の歴史的変遷(~ポーランド3分割まで)を図版を交えて地図上に表現したYoutube映像「白鷲の滅亡 ~ポーランド分割~」(登録者:ギルバート)がある。*

2018年4月13日金曜日

(雑談)考えてみれば今日は・・・

日めくりカレンダーを見て、はたと気付いた。今日は「13日の金曜日」なのだ。

そういえば、縁起でもないことがあった。街中で、あわや交通事故にもなりかねない場面に巡り会わせたからだ。やっぱり危険なことが起るものだ。私はクリスチャンじゃないのに・・・、一日の終わりに思い返した。

今日の月齢は、26.6、満月でもない。しかも、旧暦2月28日の「大安」なのに。(ちなみに、旧暦2月も30日まである)

交通事故になりかけた件については気分がよくないので、池乃めだかさんのギャグを借りて、「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ」。

(付記)
いいこともある。昨日のWindows update後、このBloggerで、編集画面からログアウトするのに、何度も繰り返すといった不都合がなくなった。

2018年4月12日木曜日

春期イディッシュ語 2018-2nd

「イディッシュ語」教室へ通うのに地下鉄を利用している。週一回都心への外出、私にとっていい運動になっている。乗車中の振動が心地よく、いつしかまどろむことがしょっちゅう。以前に触れたが「1/fゆらぎ」のおかげか。

(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”、”イディッシュ語”)

頭が揺らいでいる状態の私にとって、次のような工夫された授業は、春期コースの始まりにありがたい。第2回目の今日、次の内容で教示いただいた。

① 今回から、ポーランド語の大ベテランが参加されたこともあって、ポーランド語とイディッシュ語の文字の発音を比較紹介された。(イディッシュ語へのポーランド語の影響についても)

② 「期イディッシュ語 2017」の最終回の授業(2018年2月15日)で読んだ「7と7は11זיבן און זיבן איז עלף)」の小話のディクテーション(聞き書き)と、物語の展開・登場人物を分担してのロールプレイ(会話)を行なった。

クラスメイトのミュージシャンは、今日の授業を終えて、そのまま四国の「道後オンセナート2018」のアートフェスティバルへ参加される。中国語の若き研究者は、ロシア語版のイディッシュ語教科書をすらすら読んで聞かせてくれた。また、若きアーティストは新たな進路について意志を固めたようだ。若い人たちが揃って凄いのに感心するばかり。

2018年4月11日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「つぼみの歌」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、済州島の民謡「つぼみの歌(봉지가)」他についての話を紹介した。

始めに、「清明(청명)」と「寒食한식)」の歳時について次のように紹介された。
・二十四節気の「清明」は、空が明るくなる日で、毎年4月4日、5日頃にあたる。一方、「旧正月(설날)」、「秋夕(추석)」、「端午」と並ぶ四大節句の一つ「寒食」には、火を使わず冷たい物を食べる。寒食は冬至から105日が過ぎた日で、清明と同じ時期になる。ことわざに、「清明に死んでも、寒食に死んでも(청명에 죽으나 한식에 죽으나)」があり、どちらにしろ大差ないの意だ。暖春になぜ死を例えるか、それは寒食に先祖の墓参や祭祀を捧げる風習があったからだろう。

▼ 済州島方言(花のつぼみ:봉지)に由来する済州民謡「つぼみの歌」を聴く。レコードジャケットがいい。

・この民謡は、「ツツジが咲くとカッコウが鳴き、ナズナと春を摘み取る」で始まるが、済州島では「春の木からつぼみが落ちる」と始まったそうで、美しい花がしおれると実になると、春の美しい自然を歌い、一方で秋の収穫の期待をこめた。

次に、1910年頃始まった木を植える日「植木日(식목일)」について次のように紹介された。
・寒食は、木を植える日「植木日」でもある。国土の7割を山地は占めるが、(古来)木を多用して山肌が多く露出したため、1910年頃から植樹が始まった。だが、朝鮮戦争などで避難民が伐採して山林を大きく減じたが、その後の植樹の努力が実り、造林に成功した。ちなみに、韓国の山で最もよく見かける樹木は松で、国歌にソウルの中心にある南山の松が登場する。

▼ コムンゴ演奏による <南山に松が多いが、その数が減るを残念に思い、豊かな山への想いを込めた>「青い松の茂みを夢見る(푸른 솔 숲을 꿈꾸다)」を聴く。今様に。

最後に、王が直に畑を耕す宮中行事について次のように紹介された。
・植木日は、朝鮮時代の宮中行事と関連がある。春になると、王が直接農作して、農事を重視する姿を見せた。
・キム・ボエさんのことば: 草木が育つ清明(4/5)、先祖の恵みを思いながら墓参や祭祀を捧げる寒食(4/6)とつづく。いつも自然と共に感謝する気持ちで生きた、昔の人々の暮らしを想像してみたいと思う・・・とのこと。

▼ <寒食の日に珍しい食べ物を準備して、夫の祭祀を捧げる> 女性の歌「祭奠(さいてん、제전)」を聴く。次々と並ぶ。

2018年4月10日火曜日

(雑談)Flash Playerが変?

ときどき、Flash Playerが機能しなくなる。

今日も変で、「WeatherNews」の天気予報画面が見られないのに気付いた。

Flash Playerの「状況確認」画面をチェックしたら、確認用のムービーが動かない。

インストールし直しか?・・・

インストールしたら回復したが、面倒なことで!(インストール直後、PCに異音がした)

(Chromeって、自動的に対応してくれるんじゃなかったのかな?)

2018年4月9日月曜日

ハナミズキ

夕方になって急に冷え込んだ。いったん帰宅して、冬着に替えて「韓国語教室」に通う。

陽が沈んでも、空全体に明かりが留まり、教室への通り道、公園奥がのぞかれる。先週、広場にぽつんと立った照明灯の足元だけ浮かんでいたのに比べて、今夕はうっすら広場も木立も見えた。茶色のフィルターをかけたような景色だ。

そのとき、サクラと見まごう色合いをした一本の「ハナミズキ花水木)」がいた。白い花が普通だが、目の前のハナミズキは、花弁周囲をピンク色に縁取られ、白色と薄め合って満開のサクラのようだった。

ハナミズキは、近所の川沿い公園に並んでいる。視線が花弁に向くが、木肌が妙にごつごつしている。多分、このことは余り知られてないだろう。サクラの後釜だと、素直に受け入れない目が、何かと不都合を探すようだ。意地の悪いこと。

2018年4月8日日曜日

(資料)韓国の国語辞典の現状

手持ちの韓国語電子辞書は、以前、ソウルの教保文庫で購入した韓国CASIO製の「EX word」で、韓国の日本語学習者のためのものだ。主コンテンツに日韓・韓日辞書「Prime」があって、日本語対訳のため日本版の辞書感覚で使える。

この辞書には、英語辞書「e4u」、中国語辞書、当然ながら韓国の国語辞書がある。とはいえ使いこなしていない。韓国の外来語を確認するため、英語辞書を参照したりすることはあるが、ネット検索の方がよほどに楽で便利である。

ところで、韓国語の専門家から、日本には韓国語研究の伝統があり、韓国語表現について、韓国版よりも重厚な辞書があると聞いたことがある。素人ゆえ、それ以上知る術はないが。

現在の韓国の一般的な国語辞書の流通を、朝鮮日報(日本語版)の記事「【コラム】国語辞典の差、韓日の知力差」(4/8、金泰翼 論説委員)は、次のように紹介している。(抜粋)
音楽の流通がCDからオンラインに変わったように、辞書も紙からオンラインに変わったという。
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 韓国では国語辞典という市場自体が死滅した。人々がポータルサイトを利用するからだ。出版社の辞典チームは解体された。それゆえ、改訂競争で辞典の質を高める機会も消えた。国民の税金で設立した国立国語院の標準国語大辞典は1999年の初版発行以降、一度も改訂版を出していない。オンラインでも本格的な改訂はなされていない。載せるべきものと載せなくてもよいものを区別できず。単語の最も正確な意味も盛り込まれていないという批判が根強い。オンライン辞典が大勢ならば、読者がオンライン国語辞典の誤りを指摘し、修正を求めて声を上げなければならない。国語辞典の差が韓国と日本の知力の差をもたらすと思うと恐ろしい。
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(参考)
上記記事にとりあげられた「広辞苑」: 毎日新聞の記事「岩波書店『広辞苑』10年ぶり改訂 担当者が明かす知られざる魅力」(2018年1月4日)。

2018年4月7日土曜日

イ・ソンヒ「デビュー前、チョー・ヨンピルは羨望の対象」

韓国歌謡界を代表する歌手チョー・ヨンピルについて、イ・ソンヒはデビュー当初からの想いを、SBSニュースの記事「イ・ソンヒ『デビュー前、チョー・ヨンピルは羨望の対象...知ってみると可愛い兄』」(4/5、SBS funEイ・ジョンア記者)に次のように語っている。

(本ブログ関連:”チョー・ヨンピル”)

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・歌手イ・ソンヒが「歌王」チョー・ヨンピルのデビュー50周年を記念して、チョー・ヨンピル50周年の秘訣として、彼の音楽が持つ「共感の力」を挙げた。

・チョー・ヨンピル50周年推進委員会は、5日午前、チョー・ヨンピル50周年記念祝賀映像「50&50人-イ・ソンヒ編」を、チョー・ヨンピルの公式ホームページ並びにSNSチャンネルを通じて公開した。

・イ・ソンヒは「テレビで見て、テープを介して聞いた好きな人と同じ舞台に立つこと自体が夢路心地だった」とデビュー当初のころ、チョー・ヨンピルに対する思い出を回想した。続いて、「そのとき私ひとりが好きだったけれど、過ぎてみると先輩はかわいい人だったようだ。舞台に立つ前に、先輩が『うまくやれ、震えるな』という話をたくさんしてくださった」と付け加えた。

・特に、過去のチョー・ヨンピルとデュエットの舞台に立ったことについて聞くと、イ・ソンヒは手をとって明るく笑いながら「光栄だった。そのような時間が懐かしく思ったし、まだ残りの時間がたっぷりあるので、もう一度先輩と一緒に歌作りしてみてはどうだろうかと思っている」と、希望を伝えた。

・イ・ソンヒは「先輩のアルバムに収録された全ての曲が(音楽)チャートに登って支持(愛)を受けた」と思い出して、その中でも、自分の愛唱曲に選んだ「友よ(친구여)」につれて歌った後、「やっぱり先輩が歌うのが勝っているだろう」といたずらっぽく言って笑いを誘った。

・最後にイ・ソンヒは「チョー・ヨンピル先輩は、その時代の悩みとその時代が求める音楽を感じていると思っていた。『共感できる力』がある。より良い舞台のために徹底的に自己管理される姿に拍手差し上げたくて、ご健闘(ファイティング)を願う」と応援した。

イ・ソンヒが立ち会った「50&50人」の映像は、チョー・ヨンピルのデビュー50周年を記念して、歌手、俳優、放送人、スポーツスターなどの有名人のお祝いメッセージをリレーで公開するプロジェクトだ。先に、俳優のアン・ソンギとイ・ソジン、ビッグバンのテヤン、放送人のユ・ジェソク、音楽家のユ・ヒヨルなどの映像が公開されて関心を集めた。

・今年でデビュー50周年を迎えるチョー・ヨンピルは、5月12日にソウル蚕室オリンピック主競技場公演を皮切りに、5月19日に大邱ワールドカップ競技場、6月2日に光州ワールドカップ競技場、6月9日に議政府総合運動場などの地で「サンクス・トゥ・ユウ(Thanks To You)」ツアーを展開する。
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ところで、イ・ソンヒが語る「共感の力(공감의 힘)」について、一般的な表現なのか、それともある特別の思潮を指すのかわからない・・・。

2018年4月6日金曜日

イ・ソンヒの「Jへ」(「春がくる」公演で)

イ・ソンヒが韓国芸術団の一員として、平壌コンサート「春がくる(봄이 온다)」で、彼女の代表曲「Jへ」を歌った動画が登録された。会場の雰囲気・反応も察せられる貴重な映像だ。

ソウルの公演なら、イ・ソンヒは、特にこのバラードに合わせて、会場にマイクを向けて一緒に歌うのを促すことが多い。観客は頭上でゆっくりペンライトを左右に振るし、周りを気にせず歌いだす。けれど、今回はそうならない(観客は舞台を見ているだけではない)*。

(本ブログ関連:”Jへ”、”イ・ソンヒと政治”)

この舞台が、4/1の韓国側単独公演のものか、4/3の南北合同公演のものか判別できない。また、平壌で「春がくる(봄이 온다)」ならば、ソウルで「秋がきた(가을이 왔다)」へと深めていこうという話題もあるようだが。(「ナムウィキ」より)

(J에게,알고싶어요,아름다운강산 : 2018 남북평화협력기원-평양공연 ”봄이온다” '18.04.01 동평양대극장)

(Youtubeに登録の가수/영상작가 전영월に感謝)

(*)追記
朝鮮日報(日本語版)の記事「韓国芸術団の平壌公演、観客は党幹部と芸術団員ばかりだった   住民は公演の詳細を知らず」(4/8、チョ・ユンヨン特派員)より抜粋。
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   (北朝鮮の事情に詳しい) この消息筋は、公演を鑑賞したのは主に海外生活経験のある党幹部の家族だったという日本メディアの報道について「それだけではない」と話した。

 観客らは公演について「南朝鮮の歌はまあまあだった」「われわれ(北朝鮮)の歌ほど良くはなかった」としか話すことができず「われわれの歌より良かった」という話は絶対にできないという。消息筋は「韓国の歌手たちは公演のときに観客席に向かって一緒に歌うよう呼び掛けたが、北朝鮮の事情を知らなすぎる行動だ」として「いくら観客が党幹部でも、韓国の歌を知っているという事実がばれてしまうため、一緒に歌うということは絶対にあり得ないだろう」と指摘した。
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2018年4月5日木曜日

春期イディッシュ語 2018-1st (始業)

「イディッシュ語」秋期講座が始まった。この機会がなければ、定期的に都心に外出することもない。おかげで適度な運動にもなる。

今回、昨年春期だけの参加者が復活したり、新たな参加者も含めてクラスメイトが増えた。とはいえ、みなさんは他言語経験(研究)のベテランばかり・・・濃いメンバーが参加したことになる。
自己紹介の中で、先生ご自身を含めて、出席者全員の経験(研究)をホワイトボードに書き出された。一覧して、ど素人の身としては、ただただ驚くばかり。

そんなわけで、いろいろ工夫された授業が始まった。
・ヘブライ文字表を使った「ビンゴゲーム」。(先生が海外の研究者からもらったゲームだそうだ)
・昨年から教室で使用テキストの「ダイアログ」を使った「地名ゲーム」。(訳と地名の書き出し)

(本ブログ関連:”2017秋期イディッシュ語”、”イディッシュ語”)

初回のため、自己紹介があればイディッシュ語でと思って準備したが、それどころじゃなかった。どうやって追いていくか・・・おじさんは気になる。

清明 2018

今日は、二十四節気の「清明(せいめい)」。「万物がすがすがしく明るく美しいころ」(Wikipedia)とのことだが、もう少し具体的に知りたく、色刷り図版が美しい「日本の七十二候を楽しむ」(臼井明大、東邦出版)を見ると、清明の候を次のように分類解説している・・・なるほど。ロケット打ち上げでいえば、まさに「リフトオフ」・・・明確な軌道に乗るべき、始まりの始まりを示す。

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・初候: 玄鳥至る(つばめきたる)
・次候: 鴻雁北へかへる(がんきたへかえる)
・末候: 虹始めて見る(にじはじめてあらわる)
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(本ブログ関連:”清明”)

ブログを遡ってみれば、実際の清明の天候はバラついている。だからこそ、そろそろブレのない一投球を欲するころだろう。
(ちなみに「清明」は、狐と縁ある陰陽師の安倍晴明の「晴明(せいめい)」じゃない。)

2018年4月4日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「旌善アラリ」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/28)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「旌善アラリ정선아라리)」他についての話を紹介した。

始めに、江原道の旌善地域に伝わる民謡「アリラン」について次のように紹介された。
・古い音楽ゆえに生命力を失うものもあれば、時が経つほど親しまれるものもある。絶えず新しく変化する民謡「アリラン」がそれだ。よく「民族の歌」と言われ、悲喜こもごも、世代を通じて歌える曲で、歌いやすく、多様性が評価されている。最も古いアリランは、江原道の深い山中にある旌善地域に伝わる。

▼ 「旌善アラリ」の歌を聴く。素朴で労働の歌のよう・・・どんな場面で歌われたのか。

次に、「旌善アラリ」の起源と「(한)」について次のように紹介された。
・「旌善アラリ」の起源は明確でないが、① 朝鮮初期起源の説。高麗滅亡後、朝鮮建国に反対した高麗貴族は、旌善地域の山中に隠れ、過去と故郷に対する恋しい気持ちを詩に歌った。それが徐々に広がり、「旌善アラリ」になったという。一方、② 19世紀に入ってから歌われた説もある。ところで民謡は、急にできあがるものでなく、長い歳月が積み重ねられ、その地域の歴史、人々の暮らしが反映されたものだ。江原道の山地は高く険しい。歌から切ない心の「(한)」が感じられる。

▼ 江原道地方の独特な情緒を歌った「恨五百年(한오백년)」の歌と演奏を聴く。思い入れ溢れる、今様に。

次に、江原道のもうひとつの民謡「江原道アリラン」について次のように紹介された。
・平昌冬季五輪のおかげで有名になった江原道に、独特な情緒が感じられる、もうひとつの民謡「江原道アリラン」がある。十拍をひとつの区切りとし、二拍と三拍を繰り返す。二拍と三拍で調和して歌うのは簡単でない。不調和の調和と言える。海外のミュージシャンも、そこに注目することが多いという。

▼ 新しい曲「江原道アリラン(강원도 아리랑)」の演奏を聴く。リズムの複雑さを感じさせない、軽妙な響き。

2018年4月3日火曜日

吹き溜まり

桜が散る様を見るのはいいもので、美意識を独り合点したりするが、それもその場限りの風流談義でしかない。根の深い理解もない。ぱっと咲いてぱっと散る、それがいさぎよいといった程度でしかない。すぐに桜は、薄赤い萼(がく)に霞のように覆われる。

桜並木の路肩には、まだ色変わりしていない花弁が折り重なっている。いわゆる吹き溜まりに、汚れを感じないのは幸いだ。

小説や映画で当り前のプロットを飛び越えることに慣れてしまって、自然がアナログに移つり変わることを忘れているようだ。理科少年だったら、ここで「観察」するところだろうけど。

最近、意図しなくて時間を省略するようになった。つまり物忘れすること。だから物事の進展が妙にダイナミックに見えたりする。同時に、昔と共通したものが見えてきたりして、おかしくもある。未来へジャンプすることはない。アナログでつながるしかないのだから。

2018年4月2日月曜日

夜桜

夜桜が美しいこの時期。ブログに決まって記す歌がある。与謝野晶子の「清水(きよみず)へ祇園をよぎる花月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき」だ。私も、穏やかに心が澄むようだ。

(本ブログ関連:”与謝野晶子”)

今日から始まった春期「韓国語教室」の帰り道、登る坂道の片側に散り始めた桜がつづく。外灯が短い距離に点在して、その灯りに照らされた薄紅の花弁が夜風に揺れる。夜道がまさに花道になった気分だ。花弁が一枚一枚、静かにぱらぱらと足元に舞い散る。そんなできすぎた光景に高揚を覚えた。(もちろんこの坂道、往路にも使った訳で、そのとき、満開の時期に来なかったことを悔やんだ)

(Youtubeに登録の美しい”昼間の”桜吹雪から)

(Youtubeに登録のT. KENに感謝)

2018年4月1日日曜日

早朝の桜

今日から4月1日。年度の変わり目が日曜日というのは、何となくおめでたい気がする。早朝、公園に桜を見に行った。若干のひんやりを、桜が和ませてくれるほどの涼しさだった。

早朝の公園の桜木立
公園の「桜まつり」は、昨日(3/31)と今日(4/1)。東京の桜の満開発表(3/24)から8日目、そろそろ散り始めたようだ。

品種が同じ並木道の桜なら、一斉に咲き一斉に散る様が分かる。それに比べて、公園の桜はいろいろ品種があり、散り加減に濃淡があって、見納めに十分な風情だ。

朝日を受けた桜木立は、左の写真のように、本格的な花吹雪直前の姿を見せてくれた。(桜吹雪は密集してこそ体験できる)

こんな風に、早朝の公園に行くことはない。ランニングする人、公園施設から流れる音楽に合わせて、中高年者たちがあちこちで体操している、いつもなら気付かぬ光景を目にした。