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2016年9月9日金曜日

【大衆音楽家列伝】 イ・ソンヒ

釜山日報の連載の「大衆音楽家列伝(대중음악가 열전)」は、まさにイ・ソンヒのコンサート(9/2~4)直前の絶妙なタイミング(9/2)に、彼女の音楽活動を振り返る、「【大衆音楽家列伝】25.イ・ソンヒ」(チェ・ソンチョル、ペーパー・クリエイティブ代表)の記事を掲載した。

内容は、イ・ソンヒが歌謡界にデビュー以来、現在にいたる音楽活動の小史であり、正規アルバムをもとに彼女の代表的な曲目を網羅している。コンサート後になったが、次に載せさせていただく。感謝。

次の記載の曲目と、今回9月のコンサート曲目を合わせて聴けば、イ・ソンヒの全体像を素早く理解することができるでしょう!

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小さい体躯で爆発的歌唱力… 「Jへ」ただ一曲でスターダム

(写真:略) ▲ 私たち大衆音楽の「ガール・クラッシュ」の元祖、イ・ソンヒは歌を運命のように思って生きてきた(デビュー以来)32年、この時代の名歌手だ。

・最近、よく話題になる単語の中に、「ガール・クラッシュ」(Girl Crush)という言葉がある。少女(Girl)と、「惚れる」意のクラッシュ・オン(Crush On)を合成した言葉で、女性が同性に感じる、性的な感情を伴わない強い好感と定義する。かくのごとくクラッシュの魅力に陥ったせいだろうか。最近、音源チャートの上位圏、および長期ランク(イン)の女性歌手だけで何と100人余りに達する。私たちの大衆音楽のガール・クラッシュ(一目惚れした少女)の元祖は、イ・ソンヒだ。

■ 「姉さん(オンニ)部隊」、追いかけ回しクラッシュ

・仏教音楽「梵唄」の伝授者の父をもつイ・ソンヒは、幼い時から歌手の才質(才能と気質)を見せた。大学1年のとき、「4幕5場」という校内音楽サークルに入り、父が反対した歌を思う存分歌うことができるようになったし、<江辺歌謡祭>に出場する冒険も敢行する。1984年夏、MBC江辺歌謡祭に、パーマヘアーに角(つの)製の枠メガネをかけた少女が登場する。イム・ソンギュンと共に「4幕5場」という混成デュエットで参加した彼女は、小さい体躯に似合わない爆発的な歌唱力で大賞を射止める。受賞曲は、「Jへ」であった。その日を起点に、歌謡界は波打つ。 イム・ソンギュンの入隊で、ソロとして本格活動に乗り出したイ・ソンヒの人気は想像を超越した。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと仏教音楽”、”梵唄”)

江辺歌謡祭の大賞受けて、ソロ活動
大規模の「姉さん部隊」で、時代のアイコン
ゴールデン ディスク、5連覇の「珍記録」

ソン・シヒョンと出会って、4、5集で音楽的変化
香港俳優の張國榮(レスリー・チャン)とデュエット・コンサート
「その中であなたに出会って」、感性際立つ

・当時、或る放送会社でデビューした歌手は、別の放送会社に出演できないという慣例を破って、「Jへ」は、KBSの「歌謡トップ・テン」で5週連続1位を占めており、1984年の最高のヒット曲になった。年末、KBS歌謡大賞と、MBC「10代歌手歌謡祭」の新人賞、やはりイ・ソンヒが占めた。当時、歌謡界の厚いファン層である女子中高生の愛を一人占めした男性歌手全盛の時代に、ディーバ(歌姫)の出現は歌謡界はもちろん、女学校にも新鮮な風になった。

・イ・ソンヒは、数多くの女学生ファンを同行するガール・クラッシュのアイコンで、爆発的な人気を享受した。チョー・ヨンピルの「兄さん(オッパ)部隊」を威嚇した「姉さん(オンニ)部隊」、幼い女子中高生が公演会場で兄さん(オッパ)の代わりに姉さん(オンニ)を叫ぶようにさせた主人公、イ・ソンヒの事務所から金を払って人を動員したという流言飛語(デマ)まで飛び交うほど、当時の「姉さん部隊」の火力は途方もなかった。

(本ブログ関連:”姉さん部隊”)

■ ソン・シヒョンと共に変曲点、確かに

・「Jへ」ただ一曲で、1984年を自身の年にしてしまったイ・ソンヒの正規1集「イ・ソンヒ1集」(1985)は、(江辺歌謡祭の)翌年の1985年初め(1/25)に現れた。ここで、「あ! 昔よ」、「葛藤」、「少女の祈り」などが相次いでヒットし、彼女は自身の人気が「Jへ」の一回だけで終わらないことを立証した。その年が過ぎ行く前(11/25)に、再び出した2集「イ・ソンヒ Vol.2」(1985)では、「秋の風」、「ケンチャナ(大丈夫)」、「そう誤りは私にあります」などのヒット曲が引き続き出ており、1986年に出した3集「イ・ソンヒ3集」(1986)でも、「分かりたいです」、「暗闇は晴れて」、「ヤング」などが多く愛(=支持)を受けた。

・ゴールデン・ディスクの5連覇を始めとして、国内にある全部門の賞を全て受賞する珍記録をたてたりもする。以後、「イ・ソンヒ4集」(1988)は、イ・ソンヒのディスコグラフィーで非常に重要な位置を占める。彼女の音楽が意味ある変曲点を迎えたためだ。その変化の端緒を説明する(人物の)名は、ソン・シヒョン(송시현)だ。

(写真:略) イ・ソンヒの音楽世界で意味ある変曲点になったアルバム「イ・ソンヒ4集」

・1987年、「夢みるような世界」のヒットで名を告げたシンガー・ソングライターのソン・シヒョンは、この時からイ・ソンヒのアルバム作業に参加し始める。4集で、A面のタイトル曲「愛が散るこの場所で」と、B面タイトル曲「私はいつもあなたを」を含めて、全て4曲が彼の作品だ。二人の出会いは成功した。ソン・シヒョン特有の感受性と叙情性は、イ・ソンヒの声とよく交わったし、以後も彼はしばらくイ・ソンヒと共に行動することになる。翌年、「イ・ソンヒ5集」(1989)で、イ・ソンヒはアルバムのここかしこに社会性の濃厚な曲を配置した。「五月の陽差し」は1980年の光州民主化運動の犠牲者の英霊を慰める曲であったし、「ひとしきり笑いに」も、やはり時代的痛みが滲んだ曲だった。通常の民衆歌謡に劣らず、深くやさしいものだった。

(本ブログ関連:”ソン・シヒョン”)

・ソン・シヒョンは、5集でも中枢的な役割をした。アルバムの代表曲である「ひとしき笑いで」と、「冬哀傷」は彼が作った曲だ。同年、チョコレートCFで最高の人気を謳歌した香港の故張國榮(レスリー・チャン)が初めての来韓する。張國榮は、イ・ソンヒと「Jへ」をデュエットで熱唱して、デュエット・コンサートを開いた。

・その縁で、張國榮は、後日イ・ソンヒを香港に招待する格別な親交を誇示したりもする。この時期に、香港BMGレコードを通じて、「It's Original Songs」というアルバムに、「Jへ」を収録発表し、英語で自身のヒット曲を翻案して歌った「Where The Love Falls..」(1989)などのアルバムも発表する。

(本ブログ関連:”張國榮 (レスリー・チャン)”)

・1990年の6集「イ・ソンヒ Ⅵ」(1990)では、「思い出のページをめくれば」が愛(支持)を受けたし、「去る者だけが愛の夢を見ることができる」という自作詩朗唱集と、カナダのモントリオール室内楽団と世宗文化会館で共演後、その実況アルバム「Lee Sun Hee ; Montreal Chamber Orchestra」(1990)を発表する。7集の「思い出の中を歩くのね」(1991)、キム・ヨンドンの国楽的な要素をたっぷり入れた8集の「李仙姫 八」(1992)、「イ・ソンヒ愛唱童謡」(1993)、9集の「イ・ソンヒ 9」(1994)、そして、多くの曲を自ら作詞/作曲したアルバム10集「First Love」(1996)を着実にリリースして、以前とは違った成熟した歌をリリースし始める

■ あらゆる悪材料の中、挑戦は続く

・人気の下落と激しい浮上など、悪材料の中でも彼女の努力は続いた。11集以後、3年振りに発表した12集の「E Sunhee  My Life + Best」(2001)で、自作曲「離別小曲」と、パク・チニョンの「生きてみると」、ユ・ヨンソクの「この歌をかりて」、キム・ジョンソの「多分(アマ)」など、11曲の新曲とベスト16曲を入れて新しい活動の序幕を知らせた。2005年、<四十代に迎える春>の意を暗に盛り込まれている13集の「四春期」(2005)は、イ・ソンヒの自作曲である「因縁」をはじめとして、9曲の新曲と20周年ライブ コンサート実況の17曲を入れた。10集から始まったシンガー・ソングライターの面目が、円熟の段階に入り込んだことを意味する真の傑作と評価を受けた

・1990年代以後、7集から始まったやむ得ない大衆的反応の退潮にも、イ・ソンヒは堅忍主義的姿勢で、自身の音楽的内容を執拗に発展させる。2009年、デビュー25周年を迎えて、新しい音楽的感性の10曲をアップグレードした自作曲で満たした14集「愛よ…」(2009)を発表し、活動を再開した。

・5年後、正規15集アルバムであると同時に、デビュー30周年記念スペシャルのアルバムである、「セレンディピティ Serendipity」(2014)を通じて、「女王の帰還」を知らせた。  

・彼女の音楽的力量が最高に発揮された今回のアルバム(15集)、果たせるかな、11曲中9曲が自作曲だ。「その中であなたに出会って」など、より一層円熟した深みある音楽と、限りなく繊細で感性的なボーカルを披瀝し、専らイ・ソンヒだけが出すことのできる感性を表わした。偶然を通じて運命に出会うという<セレンディピティ>の意のように、音楽に出会って歌を運命のように感じて生きてきた32年目の私たちの時代の名歌手イ・ソンヒ、どんな音楽においても輝く彼女の声と表現は拒否できない永続の美学であろう。  
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2016年9月8日木曜日

<未聴取> KBS WORLD「国楽の世界へ」 伝統舞踏

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/31)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、伝統舞踏に関連する3曲を紹介した。

<未聴取>のため、韓国語版記事より転載、一部追記。(舞踏成立の時期は意外と新しい)

僧舞(승무)の踊り、詩人趙芝薫(조지훈、1920年~1968年)の詩「僧舞」
・「僧舞」は、僧侶が舞う踊りの意だ。しかし、寺院で ​​仏教の儀式に僧侶が舞う踊りは、通常「作法」という。一般の僧舞は、民間で僧侶の服飾を取り揃えて舞う踊り(1936年公演~)をいう。長衫の長い袖をはためいて舞う踊りと、踊りの終わりに法鼓を打つ部分が印象的である。
・詩人の趙芝薫は、(京畿道)華城の龍珠寺で開かれた斎儀式で、作法を見た感動を込めて「僧舞」を書き、多くの人が愛唱する詩のひとつとなった。

サルプリ伴奏音楽(살풀이 반주음악)
・「煞(さい、살)」は、人をはじめ生物や物に危害を及ぼす悪い気運をいう。サルプリは、巫俗(シャーマニズム)で、その悪い煞の気運を解きほぐす(厄払いする)ことをいい、現在伝承されているサルプリの踊り(1903年公演~)は巫俗に起源を置いたものもあり、専門芸人たちが妓房で踊ったものを舞台化したこともある。白いチマチョゴリに手拭(てぬぐい)を持って踊る。

倡夫打令(창부타령)
・「倡夫打令」は、京畿道地方で広く歌われてきた民謡で、本来、倡夫祭儀(창부굿)で歌われた巫歌が広く伝わって変化したものである。倡夫は祭儀(굿)をするときに楽器演奏する人をいい、そのような人々を守護する「広大(カンデ:芸人)神」を意味することもある。
・「扇舞(부채춤)」は、代表的な伝統舞踊と指折り数えられるが、本来、1950年代に金白峰(김백봉、1927年~)が創作した踊りで、主に倡夫打令や漢江水打令のような京畿民謡の器楽曲を伴奏音楽として使用する。

2016年9月7日水曜日

白露 2016、それに雑談

今日は、二十四節気の「白露(はくろ)」。露(つゆ)が出て辺りが白めくというが、実際は残暑厳しく汗だくだった。ところで、白露って何だか酒の銘柄のよう ・・・ 日本酒に「白露(しらつゆ)」がある。

(本ブログ関連:”白露”)

イ・ソンヒのコンサートに合わせて、ちょっと街巡りをしたとき、強い陽射しに大汗をかいた。今年最大の汗っかきで、シャツがびしょ濡れになり始末に困った。

そんな街巡り以来、体が快調なのだ。年に一度、自然に大汗をかくのはいい。今日の健康体操教室で、いつも苦心する動作がスムーズになったし、一日中、大汗をかいている。

大汗には効用がある。とくに、おじさんは色々なものをため込む。腹にため込んで膨らみ、頭にため込んで悩む。汗は、そんなため込んで、発酵?したものをきちんと洗い流してくれるようだ。

2016年9月6日火曜日

ナット・キング・コールの「枯葉」

昔から秋の入り口は、青春に失ったものを気付かせるようです。夏の思い出、実に明解です。

窓辺に紅葉の散るのを見れば、失ったものの大きさが分かるというもの。それに、秋は冬につながり、後戻りできません。寒さを耐え忍ばねば、やがて春は来ないのです。でもその前に、クリスマスの頃、孤独をもう一度痛感することでしょう。そして、家族の暖かい暖炉に心休ませることでしょう。

その点、おじさんは遠の痛みを忘れて知らず、秋の紅葉を楽しみに待つだけです。ちょっと青春を思い出し、懐かしんでみるのもよいかもしれません。苦味のある料理を通好みするのも、大人ですから。

ここに、味わい深い歌い手がいます。ちびりちびり酒を飲みながら、ナット・キング・コール(Nat King Cole)の洒落た「枯葉(Autumn Leaves)」に酔ってみたいものです。

(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)

(Youtubeに登録のnick tsourmasに感謝)

2016年9月5日月曜日

イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」の翌日: 中古LP、CDを探す

イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」の翌日、彼女の中古LP、CDを探したのですが・・・。
その結果を、9/5帰宅してレポートしようと思ったのですが、9/6の午前0時04分に着きましたので、9/6に追記します。
⇒ ブログの日付(9/5付け)はいじった結果です!

■ コンサート以外の行動について(4日、5日まとめて)

といって、一泊二日のため、行動範囲は極端に狭い。

4日、チェックインすると、すぐそばにある教保文庫へ出かける。もちろん日本語訳でしか読んだことのない韓江の「菜食主義者(채식주의자)」を、お土産のつもりで原本購入。書店のいたるところに陳列されている。(ちなみに、韓国のニュースでは、この作品が「ブッカー賞」を受賞したと略して言うが、ブッカー賞の外国賞である)
なお、同書店のCD売り場は、極端に縮小して、当然ながらイ・ソンヒのCDも置いてない。

5日、地下鉄明洞駅から地上に出て、暑い陽射しの中を歩き、会賢地下商店街(회현지하상가)にある、複数の中古LPレコード商店を巡る。すでに入手したものばかり、目新しい?ものを見つけるのが難しい。ただし、一軒で、イ・ソンヒの8集LPを購入する。
イ・ソンヒのアルバムで、LPで発行したのは、この8集までで、以降はCDで発行になったという。

いくつか、イ・ソンヒ関連の書籍・雑誌リストを作っていたが、以前訪れて不発だった東大門近くの古書店街以外にあてもなく、中古LP店の主人に相談したところ、教保文庫へ行けばなどいう始末。

とにかく、心配した台風12号の影響は全くなかった。その分、猛烈な暑さで、街をテクテク歩くのは辛くて断念。あちらこちらにコーヒーショップがあるので、見つけてはそこで体を冷やした。


■ 余談

ところで、4日のコンサートの終了のこと、会場を出ようとしたら、ロビーにおばさんたちの長蛇の列ができていた。興味しんしん、何ごとかと思えば、イ・ソンヒがテレビCFに出た中高年女性向けの健康飲料サンプルを無償配布していたのだ。イ・ソンヒは、もしかしたらターゲットを絞ったのだろうか・・・。

2016年9月4日日曜日

イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」

今夕(9/4)のコンサート観覧から帰宅後、9/5に追記します。
⇒ しかし、9/5帰宅のつもりが、9/6の午前0時04分に着きましたので、9/6に追記します。

カメラをホテルに忘れた(もちろんスマホは持っていません)ので、会場の映像はありません。

(本ブログ関連:”●資料:이선희 Concert”)


開場1時間前、世宗文化会館大劇場のロビーはすでにひとびとであふれていた。前回、2014年のコンサートと比べて、若者客が若干少ないよう。イ・ソンヒが出演したCFではないが、歳月に合わせた客層主体になっていた。何となく感じたことに、そこかしこに彼女に似た髪型とメガネ姿の女性たちがいる。イ・ソンヒの持つ普通らしさと、まるで申し合わせたように。

(本ブログ関連:”The Great Concert”)

今回は、<四季>をテーマにしているという。まさに、秋に相応しい彩が舞台にあふれた。春夏秋冬そして秋、かもしれない。

イ・ソンヒを紹介するアナウンスにつづき、舞台袖でスポットライトがあたったのは、テレビドラマ「茶母(다모、邦題:”チェオクの剣”)」で、渋さと聡明さを演じたイ・ソジンだ。このドラマにインスピレーションを得て作られたのが、イ・ソンヒのヒット曲「因縁(인연)」である。

(以下、イ・ソンヒが歌った曲について記す)


イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」はこの「因縁」の歌から始まった。もうこのときから、会場はペンライトで揺れる。

東洋的な旋律の余韻に続くように、映画「炎のように蝶のように(불꽃처럼 나비처럼)」の同名主題曲を歌った。舞台は、東洋画一色に染まる。

その後、代表曲の「少女の祈り(소녀의 기도)」、「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」と続く。

しっとりした懐旧の歌、15集収録の「今になって(이제야)」をライブで聞くとは、胸に沁みます。

突然、舞台に雪が降る。何なのかと期待すれば、2013年に幼い少女たちを熱狂させた、あの雪の世界のアニメから・・・お分かりでしょう。

そして冬には、代表曲の「冬哀傷(겨울애상)」だ。冬なのに、彼女の歌声にはほっとする。

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アコーディオン(小型の「コンサーティーナ」のような)を中心に、ヴァイオリン、コントラバス、ピアノ編成の四人組による伴奏で、ときにタンゴ風に。(15集収録メンバーと同じ?)

まな弟子イ・スンギが主役の一人を演じた、テレビドラマ「僕の彼女は九尾狐(내 여자친구는 9미호)」のテーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌った。

まるでヨーロッパの街を眺めるように、15集収録の「街の眺め(거리구경)」を歌う。

次に、「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」をタンゴ風に軽快に、愛の確信を得たい心情を歌う。
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15集収録の、さまざまな人生を感動的に歌った、「その中であなたと出会って(그 중에 그대를 만나)」は、世界に感情の渦を巻き起こした。その名曲を会場で再び聞く事ができるとは。


【イ・ソンヒがしばらく退場する幕間】
・若い女性歌手(ソロ歌手とガールズ・グループ(LABOUM?)歌手)たちの歌。イ・ソンヒの昔の映像、詞など。


先輩歌手ソン・チャンシクが歌う彼の「私たちは(우리는)」(1986年)の投影が始まると、イ・ソンヒが登場して、画面に向かってデュエットを始める。以前、デュエット番組の紹介に、この二人による同じ構図のものがあった。感動的だった。

そのデュエット番組の本放送で歌った、名曲「分かりたいです(알고싶어요)」を、そのときのデュエット相手のイェジン嬢と共に歌う。番組とは違い、イ・ソンヒはプロの舞台を教えてくれたようだ。

「ケンチャナ(괜찮아)」を歌うと、この頃から観客は沸き、総立ちになる。熱狂は止まず終わりへと流れ込む。圧巻のまま、「ひとしきり笑いに(한바탕 웃음으로)」を歌う。

怒涛の勢いは続く。「炎のように(불꽃처럼)」、「葛藤(갈등)」。いよいよ終わりを迎えて、この国の人々を最大に熱狂させる曲、「美しい江山(아름다운 강산)」が歌われ、クライマックスを迎えた。

静かに暗転する舞台。会場のアンコールに応えて歌われたのは、まさにイ・ソンヒを示す、「Jへ(J에게)」だった。歌の始め、マイクを会場へむけると、観客は一斉に声をあげて歌いだした。そして、コンサートの本当の終わりを告げるように、彼女の歌声が会場に響いた。

2016年9月3日土曜日

ひと安心、台風12号の進路

イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」(9/2~4)の最終日の明日(9/4)出かける。4日の午前の空は、東京:曇り、ソウル:晴れ、帰りの5日の夜は、ソウル:晴れ、東京:雨。

気象庁:台風12号進路予想図
問題は、台風12号の進路だ。気象庁の台風12号進路予想(9/3、17:00)を見ると、4日午後に鹿児島県の薩摩半島の東沖から、5日午後には山口県の響灘の東沖を東北へ進むようだ。

台風12号の進む速度が意外に遅いので驚いた。9/1の予想と比べて、1日ずれてゆっくり移動している。この調子でいけば、航路が羽田⇔金浦間を直進のため、直接12号の影響を受けずに済みそうだ。

これまで複数の台風が災害をもたらしているのに、のんきなことを言っていいのかためらいながら・・・。ともあれ、ひと安心している。

2016年9月2日金曜日

イ・ソンヒの「Jへ」

イ・ソンヒの、歌謡界の出発点であり、歌姫として歌い続けるバックボーンの曲、それは「Jへ(J에게)」である。
1984年7月29日(日)、春川の南怡島(남이섬)で開かれた「江辺歌謡祭」に登場したイ・ソンヒは衝撃的だったし、その後次々と歌謡祭を制覇した。

彼女のコンサートに不可欠な、観客の青春を呼び覚まし熱くさせる歌、それが「Jへ」である。ステージで威風堂々歌う彼女の姿は素晴らしい。今回のコンサートで聴けるのを楽しみにしている。

(本ブログ関連:”Jへ”)


J 撫でる風に、J あなた想えば
今日も静かに、あなた 偲ぶわ

J きのうの夢に、J 出会った面影
わたしの胸に、染まっているのよ

J きれいな夏の日、遠く消えたとしても
J わたしの愛は、今も変わらない

J あなたを永久(とわ)に
J あなたを愛して
J ともに歩いた、J 思い出の道

わたしは今宵も、寂しく歩くのね
寂しく歩くのね

■ Youtube(登録: ustine kelly)
「lee sun hee's "j"」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=Gie_dkj4ufc

2016年9月1日木曜日

台風12号とコンサート

心配なことになった。実は、ようやくチケットが入手できた、9月のイ・ソンヒ コンサート「The Great Concert」(9/2~4)の最終日(9/4)当日に出かけようとしていたのに、空模様が怪しくなってきたのだ。

(本ブログ関連:”The Great Concert”)

気象庁:台風12号進路予想図
気象庁の台風進路予想(9/1、18時現在)を見ると、台風12号は、9/4に対馬海峡の上空にある模様だ。その影響で、フライトが中止になったら、せっかくのチャンスを台風に吹き飛ばされることになる。

先の5/10に先生にお願いして、やっとコンサート観覧の機会を得たのに・・・それも、9/4当日の席しか予約できなかったというに。

おまけに、今日予定していた「砂金採集」も延期している。その上、フライト中止になんてことになったら、12号台風が恨めしいことだろう。何としてもコンサートには行きたいのだ。

といって、台風の進路が東にそれても、早く来ても日本にとってありがたいことではない。全く悩ましいことだ。

(雑談)今年も三分の二が過ぎた

今年もとうとう三分の二が過ぎた。リンゴを食うのに例えてみれば、残り三分の一しかない僅かさを知る。美味いと思ったわけでもないのに、あっというまに食っていた。

夏らしい陽射しが残って、まだ一年の半ばの気がするが、カレンダー(陽暦)では、6月を遠に過ぎ、すでに2ヶ月を経過した。ずっしり重かった、日めくりカレンダーがどうりで軽くなった訳だ。

気象庁の四季の区分では、春(3~5月)、夏(6~8月)、秋(9~11月)、冬(12~2月)となる。春を始まりとする感覚に沿う。ただし昔のように、春を旧暦1~3月にすると、四季の区分も違ってみえる。そのためか、季節用語と季節の実感が微妙にずれる。

あっというまに過ぎて余すところ3ヶ月だが、今年も久し振りにイ・ソンヒのコンサートに出かける。世宗文化会館でのコンサートに、2009年以来、4回目の観覧となる。私なりに、今年記憶に残るものになりそうだ。(これを言いたかったみたいかな)

2016年8月31日水曜日

二百十日 2016

今日は、二百十日、台風到来の時期である。今回の台風10号は、久し振りに台風の話題、騒ぎをもたらした。八丈島の東に発生した台風10号は、不思議なことに南下後にUターンする進路をとった。台風観測史上初めて、東北地方へ初上陸もした。おまけに、北海道にも影響して、秋口収穫の農産物に多大な被害を与えたようだ。

(本ブログ関連:”二百十日”、”台風10号”)

当初、台風10号は関東地方へ上陸の可能性があった。マスコミ報道もせわしかった。このことに、狼少年に例えるふしもあるが、自然は怖いし、用心に越したことはない。子どもの頃、台風が来るたび、雨戸を釘付けした親父の姿を思い出す。昔、台風は恐ろしかった。今でも、「伊勢湾台風」の衝撃を忘れられない。

ところで、この台風のせいでないが、鉱物採集のメンバーの都合もあって、明日予定していた<砂金採り>が中止になった。なんだか台風がうらめしい。

今となっては、イソップ童話のキツネのように、手の届かぬブドウを見て負け惜しみいうように、どうせ砂金採りに行っても、いいものは取れなかったろうとなぐさめている。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 親孝行

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「親孝行」に関連した3曲を紹介した。

始めに、中国の親孝行の話(「二十四孝」)と、それをもとにした曲があることについて次のように紹介された。
・中国の王祥は、親孝行に定評ある人で、真冬に新鮮な魚を欲した継母のため、川の氷を溶かし、魚を釣ろうとした。その真心が通じたのか、鯉2匹が穴の中から飛び跳ねてきたという。また、孟宗は、同じく真冬に、タケノコが食べたい母のため探した。魚と違いタケノコは春のもの。畑で、しばらく泣いていたところ、タケノコが出てきたという。このように親孝行を物語を歌った曲がある。

▼ (19世紀後半に広く歌われた)短歌(단가)の親孝行歌「孝道歌(효도가)」を聴く。語って悟らせるよう聞こえてくる。

・この短歌「孝道歌」に登場する孝行者は、「二倫行実図(이륜행실도)」に登場する主人公で、礼節を強調し、倫理を語る本だ。大げさな表現もあるが、歴史に親孝行者が少なくなかったろう。

次に、「大笒(テグム、대금)散調(산조)」の創始者、朴鍾基(박종기、1879-1941)について次のように紹介された。
・朝鮮時代末期に活動した横笛の大笒奏者に、朴鍾基がいる。全羅南道珍島で代々巫堂の家系で、大笒散調の形式を初めて作った。病床の親の世話をするも、貧しくて食べ物がない。肉でも食べられればと、自分の太ももの肉を切り取っては粥を作った。だが、奇跡は起こらず、子どもの頃に両親は亡くなる。彼が大笒の名人になったのも、3年間、母の墓で練習をしたからという逸話がある。大げさかも知れぬが、親孝行は誰にも劣らなかったのだろう。

▼ 朴鍾基の子孫の朴桓永の演奏、大笒散調「クッコリ(국거리)」のリズムを聴く。鳥のさえずりのように軽快。

最後に、パンソリの親孝行ものから、「沈清歌(심청가)」について次のように紹介された。
・パンソリで、親孝行な人物といえば、やはり沈清を欠かせない。パンソリ「沈清歌」は、親孝行をテーマにしたもので、目の不自由な父が治る物語だ。死んだと思った娘に会い、父は自分の目が見えないのに嘆く。その瞬間、目が見えるようになる。その日、目の不自由な者の宴会が開かれていたが、その場にいた人はもちろん、先に帰った者、向かっている者、全ての目が開かれた。一人の真心が、大きな影響を及ぼす物語だ。

▼ 「沈清歌」から、「全ての目が不自由な者の目が開かれる場面(만좌맹인 눈 뜨는 대목)」を聴く。割と淡々と・・・。

・この物語には、沈清の父を除けものにして逃げた者がいる。みなの目が開いたとき、彼は片方の目だけ見えるようになった。風刺とユーモアに満ちている。

2016年8月30日火曜日

(お楽しみ)イディッシュ語の「挨拶と別れ」、「元気?」

イディッシュ語の雰囲気を知るのに、Youtubeを覗き見しただけでは、そろそろ限界で・・・きちんとした文法書、会話書を探さなければならないようだ。
とりあえず、”Yiddish Book Center”の教室映像は、ここまにさせていただくことにした。感謝。(誤解、誤記を容赦)

後はこつこつと・・・。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)


■ 挨拶と別れ
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גוט-שבת                               gut-shbs(ヘブライ語-shabes)       good Sunday(安息日)
גוט-יום-טובֿ                         gut-yum-duv                              well feast(祝祭)
!אַ גוטן שבת                         a gutn shabes                            a good Sunday(良い休日を)
.אַ גוטע נאַכט                       a gute nakht                               お休み
זיסע חלומות                         zise khaloymes                           sweet dream(甘い夢を)
---------------------------------------------------------------------------------

■ ?װאָס הערט זיך              vos hert zikh?                             What's up?      最近、何かあった?
---------------------------------------------------------------------------------
(独:Wie geht es?)                                                                    How is it going? 調子どうですか?
                                                                                                  = How are you? 元気ですか?

?װאָס הערט זיך נײַעס         vos hert zikh nayes?                  新しいニュースは何? (nayes=news)
.אַלץ איז אין אָרדענונג    alts iz in ordenung.                     全ていいよ、順調だよ
.גאָרנישט                           gornisht                                     何にも(ないよ)
?װאָס זאָל זיך הערן        vos zol zin hern?                        何を聞くべきですか?
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(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

2016年8月29日月曜日

(資料) フックエンターテインメントの沿革

ジョブコリアは、イ・ソンヒの所属事務所である「フックエンターテインメント(후크엔터테인먼트)」の企業紹介をしている。その中に同事務所の「企業沿革」が掲載されているので、以下に転載する。感謝。

(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”)

フックエンターテインメントの母体は、2002年、イ・ソンヒが公演企画を目的に、大学路のライブ劇場を買収したことに始まる。そのとき、彼女は劇場の代表取締役となる。韓国初のことであるが、歌手が自身の歌を企画発表するため、場所が必要になり設けた会社である。後に同劇場で、まな弟子のイ・スンギを発見することになる。

(本ブログ関連:”イ・スンギと大学路のライブ劇場”)

2004年、イ・ソンヒは、同劇場の経営から撤退する。彼女の第二の人生の始まりがきっかけだったのかもしれない・・・あくまで推測だが。

下記の「企業沿革」にはないが、ニュースによれば、2012年、イ・ソンヒは、同事務所の理事に登載(登記)され、再び経営に関わっているようだ。


企業沿革
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2002年07月02日 公演企画業を目的とする、代表取締役イ・ソンヒによる
2002年07月02日 ソウル鍾路区東崇洞1-94 大学路ライブ劇場地下3階所在で設立(払込資本金50百万ウォン)
2004年06月22日 商号を「(株)フックエンターテイメント」に変更
2004年06月22日 代表取締役イ・ソンヒ辞任、クォン・ジンヨン就任
2004年06月22日 本店をソウル市江南区清潭洞(청담동)104-15所在に移転
2009年03月03日 「不動産賃貸業、音楽著作権管理業」を事業目的に追加
2015年11月10日 法人登記簿謄本上住所変更:ソウル市江南区島山大路(도산대로)81街49、3階(清潭洞、フックビル)
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2016年8月28日日曜日

1泊2日でイ・ソンヒのコンサートへ

今日、旅行会社から、イ・ソンヒのコンサートへ1泊2日で出かけるための、旅行の予約控えが届いた。そろそろ本気モードを出そうと思っている。

本気になっても正直なところ、イ・ソンヒのコンサート以外、特に計画はない。コンサート翌日、少し時間があるので、本屋やLPレコード・CDショップに寄ってみようか。何度も探し回ったけれど。

(本ブログ関連:”コンサート、2009年(4月、COEX)、2011年(5月、世宗文化会館)、2014年(4月、世宗文化会館)”)

今回、コンサート直前の8月に、新曲発表を期待したが叶わなかった。コンサートで新曲が聞けたらと妄想するが、如何だろうか。

ところで、彼女は2000年に入って、上記以外に、2002年11月、2004年8月、2006年6月に世宗文化会館でコンサートを開いている。今回(9月)のように、年の後半に開催するケースも珍しくない。

先日のニュース記事で、<四季>をテーマにしているとのこと・・・きっと、秋をイメージした曲を歌うことだろう。秋は、彼女の歌に相応しい、そういう歌が多い。

2016年8月27日土曜日

イ・ソンヒ 「美しい江山」

イ・ソンヒには、韓国民を熱狂させる曲がある。コンサートの終盤に必ず歌われ、老いも若きも、観客は立ち上がってペンライトを振り唱和する。会場の熱気と興奮に、このときばかりは異邦人の感覚にとらわれる(戻される)。

イ・ソンヒの第4集、「私はいつもあなたを」(1988年)に収録された、70年代初期作品をカバーした曲、「美しい江山(아름다운 강산)」がそれだ。

(本ブログ関連:"美しい江山")

原曲の抵抗の意を込めた賛美と表現から、退廃的表現(といわれる部分)を抜き取り、80年代の「健全歌謡」にしたのが、現在の「美しい江山」である。時代の流れと共に、この歌は微妙に変遷してきた。なお、原曲の作者は、韓国ロック界の精神的支柱といわれる。

(本ブログ関連:"シン・ジュンヒョン"、"キム・ジョンミ映像")


空は青く、雲は白く
そよ風も吹き来て 膨らむ 心

木の葉青く、川水も青く
美しいここに 私がいて 君がいるよ

手をとり合い行ってみよう 駆けてみよう、あの広野へ
我ら集いて語ってみよう、新たらしい 希望を

空は青く、雲は白く
そよ風も吹き来て 膨らむ 心
    ____

我らはこの地上に 我らは生まれて
美しいここに 誇らしいここに
生きよう

燦々(さんさん)と輝く 赤い太陽が照らし
白波あふれる あの海とともにあるよ

いかに良いか 我ら生きるここに
愛する君と
歌わん

(Yay Yay YayYaYay)

Pam Pam PaPam PaPaPam
PaPaPam Pam Pam PaPaPaPa PaPam
Pam Pam PaPam PaPaPam
PaPaPam Pam Pam PaPaPaPa PaPam
Oh Oh OhOh~

(Yay Yay YayYaYay)

今日も君に会いに行かなくては
語らなくては 遠い後日(のち)に
君と私 生きて 終(しま)う

永遠のここに 我らの 新しい夢を
作ってみたくて

春夏が過ぎれば 秋冬がくるよ
美しい江山

君の心は 私の心
私の心は 君の心
君と私は 一つの心
君と私

私たち、永遠に 永遠に
愛、永遠に 永遠に
我らみな 全てみな 全て
限りなく 親しくて


(Youtubeに登録のwallace6813に感謝)

2016年8月26日金曜日

(雑談) 台風10号

台風は、赤道寄りの南の海に発生して、北上し日本列島を横断、縦断、あるいはかすめたりすると思っていたが、今回の10号はちょっと違う。そもそも、発生場所が緯度の高い八丈島の東という。しかも、進路は南西に下がっていたのだから。

この台風10号が今度は反転して日本に向かっている。読売新聞の記事、「迷走の台風10号、30日にも本州上陸の可能性」(8/26)は、10号の進路を次のように紹介している。(抜粋)
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・気象庁によると、10号は19日に東京・八丈島の東で発生日本近海で台風が発生するのは珍しいという日本の南の海上を南西方向に進み、その後、ブーメランのように戻る珍しいルートをとる見込みとなった。26日午前9時現在、中心気圧は945ヘクト・パスカル、最大風速は毎秒45メートルで、最近立て続けに日本に上陸した台風9号や11号よりも勢力が強いという。
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奇異なブーメラン進路を持つ台風なんて、以前にあったかな。しかも、進路といい、日程といい、鉱物採集のスケジュールとバッティングしそう。ぎりぎりだが、様子を見ようということになっている。果たしてどうなることやら。


(参考1)
YAHOOニュース「過去に例のない珍しいコース取りの台風10号、週明け日本列島を直撃か」(8/25、ウェザーマップ気象解説者/気象予報士 杉江勇次)に、過去に「珍しい進路」を採った台風が紹介されている。
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これまでに発生した台風1711個(1951年以降)の進路を調べてみる限り、(台風10号のような)伊豆諸島付近から沖縄の南まで進み、その後また北上して日本列島へ進んでくるようなコースを取った台風は過去に例がありません
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(地球温暖化のせいで、台風発生場所が北上していると考えるのは早計か)

(参考2)
気象庁の「台風情報」では、早ければ、千葉県(8/29頃)に上陸し、佐渡島方向(8/30頃)に本州を通り抜けるようだ。

2016年8月25日木曜日

イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」

台風が過ぎ去った今日、まだ暑い夏が続く。季節は、しかし、あっという間に変わる。そうなるだろうという予報はあっても、木々の葉が落ちるのを見てようやく気付くものだ。

イ・ソンヒには、心の季節の変化を追想する、6集所収の「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기면)」(1990年、作詞・作曲ソン・シヒョン)がある。多くの歌手たちに歌い継がれている名曲だ。季節の変わり目に相応しい曲かもしれない。

(本ブログ関連:”思い出のページをめくれば”)

SBSの番組「ヒーリングキャンプ」(2014年4月7日)に出演したイ・ソンヒは、ステージとは違った場所で、この「思い出のページをめくれば」を歌い上げた。繊細で美しい歌唱に、後輩歌手たち(ペク・ジョン、イ・スンギ)は、唯々酔いしれ感動するばかり。


ゆらぐる、思い出のページをめくれば
ああ、遂に果たせなかった悔しさと侘しい贖罪が

むかしのことのように、ぼんやりとかすむ窓枠の塵(ちり)のように
ああ、胸に積もるよ、今は遠ざかったあなたの微笑みのように

雨風がなくても春は来て夏は行く
ああ、あなたよ・・・涙がなくても、花は咲き葉はやがて散る

ああ、あ~、わたしに残った懐かしい、歳月を浮かべて、眠りにつくよ、夢を見るよ

眠りにつくよ、夢を・・・見るよ・・・

(Youtubeに登録のSBSNOWに感謝)

2016年8月24日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 花

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、花に関連した3曲を紹介した。

始めに、新羅(神文王)時代、薛聡설총、658年~?)が王に語った「花王戒(화왕계)」について次のように紹介された。
・薛聡は、名僧元暁(원효)の息子で知られる一方、優れた学者でもあった。ある日、王から薛聡に、気分転換の話を求められて、「花王戒」(戒花王、계화왕)の話しをした。<或る日、花の王に、バラとオキナグサが、自分を臣下にして欲しいと訪れた。バラは妖艶で美しい姿を、オキナグサは浩然の気を掲げ、王を元気にして毒を除去すると主張したが、王の心は、既にバラへ傾いていた。オキナグサは、王は正直者を近くに置き、邪悪な者を遠避けなければならぬのに、そんな王は滅多にいないと嘆いた。それを聞き、王は心を正した。>と語った。薛聡は、王の本分を花の世界に例えて悟らせた。この物語りから思い浮かぶのに、牡丹の花の歌がある。

▼ 朝鮮後期の女唱歌曲(가곡)「牡丹の花は(모란은)」を聴く。色々な花をいろいろにたとえ、洗練して歌う。

・上記「牡丹の花は」は、様々な花を擬人化して歌う。<赤い色彩が目を引く牡丹の花は富を象徴して花の王という。また、太陽だけを見つめるヒマワリは忠誠な臣下。泥中で育つのに泥に染まらぬ蓮の花は君子。あんずの花は小人。菊の花は隠れて暮らす学者ソンビ。梅の花は意思の強いソンビ。ユウガオは老人。小さいセキチクは少年。タチアオイは巫女(巫堂)。ハマナスは遊女。梨の花は詩人。そして、桃の花は風流をたしなむ男。>を指す。

次に、夏を盛りに咲くヒマワリ(向日葵)について次のように紹介している。
・この時期のヒマワリは、一日中太陽を見つめ、見た目も太陽に似る。広い場所にぎっしりと咲く様は、実に美しい。

▼ ワールドミュージックグループ「共鳴」の曲、「ヒマワリ(해바라기)」を聴く。軽快に今様に奏でる。

最後に、江原道太白市の「九臥牛(구와우)村」で栽培される、ヒマワリやキキョウ(桔梗)について次のように紹介された。
・東部、江原道太白市の咸白山に、九匹の牛が横たわる意の九臥牛村がある。この地域では、毎年、太白ヒマワリ祭りが開催され、丘がヒマワリでいっぱいになる。その数、何と100万に至るという。まるで、ゴッホの絵の中にいるよう。ヒマワリは花よりも、種を作るため栽培する。種は健康食品として、またサラダオイルやアイスクリーム、菓子などに活用される。他に、美しい花を咲かす農作物、キキョウの花がある。おかずや薬になり、特に喉に良いとされる。

▼ ソウル近郊の京畿民謡「桔梗打令(도라지 타령)」をカヤグム演奏で聴く。ギター曲のように爽やかに今様に編曲して。

・「桔梗打令」は、国楽演奏の若手ミュージシャンもよく編曲して演奏する。キキョウは、紫や白の花を咲かせるが、本当にキキョウかと思うほど上品だ。この花は民謡によく登場する。

2016年8月23日火曜日

処暑 2016

台風9号が通り過ぎた翌日の今朝、ひんやりしたものを感じた。台風一過の清清しさに乏しく、空は陽を照らしたり、曇ったりしている。それに、午後にはまた降雨という。雨には少々飽きてきた。

公園のセミたちは、本当は命がけなのだろう、最後の力をふりしぼって鳴き続けている。夏もどうやら終わりのようだ。小学生のころ、夏休と分かれるのが本当に残念だった。そろそろ、待ち受ける現実の宿題にとりかかねばならない。

今日は、二十四節気の「処暑」。寒がりの私にとっても残念な曲がり角だ。それなら、しばらく秋らしい秋を楽しむことにしよう。

(本ブログ関連:”処暑 20132015”)

小学校の二学期は、9月1日に始まる。この時期に「砂金採り」を予定したが、考えてみれば、その前日が「二百十日」。台風だけは、まだ夏のままのようで油断できない。

2016年8月22日月曜日

トーキョーショー

ブラジル、リオデジャネイロのオリンピック閉会式(8/22)で行なわれた、「トーキョーショー」(プロデュース・椎名林檎、音楽・中田ヤスタカ、振付・MIKIKO)のYoutube映像を忘れないように残す。

2020年の東京オリンピックを期待させる、若者向けの仕上がりだろうか・・・私にすれば、「クールジャパン」もまだ鮮度がある。アニメやゲームなどのキャラクターがいっぱい登場する。知らないものがなかったので一安心。また、似たもの同士の文字遊び(2020とTokyo)や、言葉遊び(MarioRio de Janeiro、ありがとう:OBRIGADOARIGATO)などちりばめられている。

海外の反応も上々のようだ。2020年には、今以上の来日客は間違いないだろう。そのときの開会式は如何に、ぜひ見たいものだ。

(本ブログ関連:”リオ・オリンピック”、”オリンピックの思い出”)

(Youtubeに登録のNHKに感謝)

台風9号、てるてる坊主

一月前、来月初頭に「砂金採り」の計画を立てていたところ、トリプル台風(9、10、11号)が襲来した。とりあえず様子を見ようということになったが心配だ。昼過ぎ、千葉県館山市に上陸した台風9号は、11年振りの関東直撃という。11年前のことなのですっかり忘れている。

地元でも昼過ぎに、土砂災害が予想され、一部地域に避難情報が出た。この地に来て以来、初めてのこと、幸い3時間後には解除されたが。

ところで、大雨の後、山中にあるズリ斜面はいい按配に表面が剥がれて幸運があるという。残念ながら今までに、鉱物採集で幸運に巡りあったことはない。産地の惨状の例として、腰ほどの深さや、樹木の根元まで掘り込む環境破壊がある。まさに人為的、変化が大きい。大雨の効果は、ズリ斜面に積もった枯葉をせいぜい洗い流してくれるといったところだ。

川岸で採集(パンニング)する砂金採りの場合、大雨の後だからといって油断ならない。水かさが増して近寄れないことがある。昔、大勢で採集に行った川は、茶色の濁流となっていた。そこで、近くにある金山の資料館に立ち寄って、観光用の砂金採集をした。自然の川ではさっぱりの私でも、ここでは採れたけど・・・。

そんわけで、砂金採集の予定日まで、てるてる坊主を吊るしておこうかと思う。

2016年8月21日日曜日

イ・ソンヒの初期ファンの心理

イ・ソンヒがデビューしたとき、「姉さん(オンニ)*部隊」と呼ばれる、一説に歌謡界における初めての少女たちだけによるファングループが登場した。イ・ソンヒの持つボーイッシュな姿と健全さ、清新さが、少女たちの心理と合わせ鏡になったことは間違いないだろう。
(*) 姉さん(オンニ): 年下の女性が年上の女性を親しみこめていう

(本ブログ関連:”姉さん部隊”)

NAVER掲載のOSENの記事(「(コラムニスト)ユ・ジンモの酒酔閑語」)、「【Oh!SEN(強) 焦点】 ガール・クラッシュ*熱風、そのビューティフル スティックス**」(8/19)は、いわゆるガールズグループの変化、すなわちセクシーから中性化へ、マーケティング戦略の見直しについて、次のように論じている。(抜粋)
(*)クラッシュ: 女性の目から見た”憧れの女性像”(他の女性に感じる強い好感)
(**)スティックス: ギリシャ神話の”冥界の川”

その理由に、当然ながら受けて側である、10~20代や30~40代が直面する世相と彼らの立場を切り口に評論している。スプーン問題であり、就業の問題だ。現在を反映する少女たちのアバターとしての(明日知れぬ)ガールズグループの姿でもある・・・。

だからこそ、時代と歳月をとりいれた、イ・ソンヒの息の長さは驚異的だ。

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(略)

・1984年、イ・ソンヒがMBCの「江辺歌謡祭」で、「Jへ」で大賞を受けた後、一気に頂上に上がった背景には、女子学生たちの絶対的支持があったことを誰もが知っている。以前まで、チョー・ヨンピルとチョン・ヨンロクに歓呼した相当数の女子学生が、なぜイ・ソンヒに移ったのか注視する必要がある。

・当時までも、成人男女が公共場所で愛情表現をするというのは、想像もできない退廃行為であった。大学生の公開恋愛(공개연애)も、両親の顔色を見なければならないほどであったから、中高生が異性交際をするというのは無条件に不道徳であり、学生の本分を忘れた逸脱だった。社会は、そんなに中高生のロマンと青春を、一方的な物差しで規制していた。

・イ・ソンヒは、スカートを履かない女性歌手で有名だった。ヘアースタイルも男たちの代表的幻想である長い自然な(ストレート)髪でなく、ショートカットであった。8頭身のすらりとした体つきに、ボサボサの髪をして、華やかな化粧で官能美を誇るミスコリアとは正反対側に立っていた。そのような、中性的魅力が女子学生たちの代理満足への欲求を充足させたのだ。

(略)
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2016年8月20日土曜日

リオ、オリンピック 男子400mリレー ”銀”

昔、オリンピックの体操競技で、「吊り輪」と「鞍馬」だけは日本選手にとって欧米選手との得点差が大きかった。「吊り輪」と「鞍馬」に必要な強靭な筋力と、(もしかしたら)体型が違っていたのかもしれない。

まして陸上競技ともなれば、その差は歴然としていた。今回のリオデジャネイロ・オリンピック「男子400mリレー」で、日本チームが”銀メダル”を獲得したのに驚く。

このニュースを聞いたとき、最初、実感が湧かなかった。考えてみれば、北京大会(2008年)で、”銅”メダルを獲得しており、北京、ロンドン、リオデジャネイロと大会を経て達成したことになる。そうなると、”金”も夢ではないなと妄想が膨らむ。
(今は、トラック競技はアフリカ系が台頭し先導している・・・厳しさは増すばかり)

NHKニュースの記事、「陸上男子400mリレーで日本が銀メダル」(8/20)は、オリンピック陸上での日本のメダル史を次のように紹介している。(抜粋)

(ところで、今日現在、日本の金メダルで女子が獲得したのは、7/12である・・・女性はやっぱり強い)

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・リオデジャネイロオリンピック、陸上の男子400メートルリレーは19日、決勝が行われ、日本は37秒60のアジア新記録で2位となり、銀メダルを獲得しました。

(略)

陸上でのメダル獲得 前回までに23個

・陸上は日本が初めてオリンピックに参加した1912年のストックホルム大会で唯一、出場した競技です。

・1928年のアムステルダム大会では、三段跳びで織田幹雄さんが、すべての競技を通じて日本選手として最初の金メダルを獲得しました。以後、日本の陸上界は三段跳び走り幅跳び棒高跳びなどのフィールド種目を得意とし、1936年のベルリン大会までの間に13のメダルを取りました。その後、日本の陸上選手はしばらくメダルから遠ざかりましたが、1960年代以降はマラソンを中心としてメダルを増やし、前回、ロンドン大会までに合わせて23のメダルを獲得しています。しかし、男子のトラック種目は、これまでは北京大会の男子400メートルリレーの銅メダルが最高でした。

・今回の男子400メートルリレーの銀メダルは、1928年のアムステルダム大会女子800メートルで銀メダルを獲得した人見絹枝さん以来、実に88年ぶり2回目の快挙で、男子では初めてです。

(略)
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(Youtubeに登録のNHKに感謝)

2016年8月19日金曜日

イ・ソンヒ 22年振りにTVコマーシャル出演

イ・ソンヒは、以前に、 「龍角散」、「HERSHEYチョコレート(허쉬초콜릿)」、「七星サイダー(칠성사이다)」、コカコーラの「チェリー・コーク(체리 코크)」、ロッテの「ピビッコル(비비콜)」、Hwany MaxのASレンズ(AS렌즈)など、多数のTVコマーシャルに登場した。共通するイメージは、初々しさ、新鮮さ、はち切れる若さ、健康、透明感 ・・・ 彼女の持つ健全さに集約される。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒのテレビCF”、”イ・ソンヒのテレビCF”、”七星サイダー”))

最近では、大手企業の催事に登場することはあっても、TVコマーシャル出演はなかったようだ。そんなところに、来月のコンサート間近もあってか、女性健康機能食品のCM(CF)に登場するという。

聯合ニュースの記事 「歌手イ・ソンヒ、22年振りにTVコマーシャル出演」(8/17、キム・キフン記者)によれば、22年振りの登場とのこと。次のように報じられている。

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・歌手イ・ソンヒが22年振りにTV広告に姿を見せた。

・最近、イ・ソンヒは、健康食品専門企業のチョンホ(泉湖、천호)食品の女性健康機能食品である 「ウーマン・ソリューション」 の単独モデルとしてTV広告を撮影して、このTV広告は17日から放映されている。

・この間、イ・ソンヒが広告放送用の歌(CMソング)を歌ったことはあるが、直接モデルで出たことは、1994年のLG生活健康(当時 ラッキー)の赤ん坊おむつ 「チェムジェミ(젬제미)」の製品広告以降22年振りだ

・チョンホ食品関係者は、「イ・ソンヒさんが持っている、若くて元気なエネルギーが製品のコンセプトとよく合って、モデルに抜てきすることになった」と明らかにした。

・かつて1984年に、「Jへ」で江歌謡祭の大賞を受賞してデビューしたイ・ソンヒは、現在までも変わりない人気を博している。

・特に最近、SBS音楽芸能(番組)の 「日曜日が良い - ファンタスティック・デュオ」 で韓国を代表するボーカリストとして、名不虚伝(名声や名誉は訳もなく伝わるものではない.)の歌唱力を誇って新たな全盛期を迎えている。
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(彼女の代表曲 「美しい江山(아름다운 강산)」を歌う、若き日のイ・ソンヒと、現在のイ・ソンヒ)

(Youtubeに登録のchunhofoodに感謝)


(付記)
ところで、女性健康機能食品の「ウーマンソ・リューション」について、「朝鮮Biz」(8/18)の記事に次のような紹介がある(抜粋)。彼女の年齢に即したコマーシャルになっている。彼女の正直さ、自然さが更に得点を上げそうだ。
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・(女性の)更年期現象などの改善に良い、機能性「ザクロ濃縮液(P-estroHL)」と、強化獅子足ヨモギトウキ(韓国アンゼリカ根)・(くず)など、女性に特化した原料で構成された複合抽出物を配合して作る。ここにイソフラボン ・ ラズベリー ・ クランベリー濃縮液を追加した。
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2016年8月18日木曜日

(お楽しみ)イディッシュ語の基礎語彙

イディッシュ語の<基礎語彙>を学ぶ”Yiddish Book Center”のYoutube教室映像がある。自分なりに、ぼちぼち歩を進めている。教室の板書は[筆記体]だが、Google入力ツールを使って、それを[活字体]*で記す。(イディッシュ文字は右から左へ、ラテン文字は左から右へ読む)

(*) イディッシュ語<ヘブライ文字>の活字体は、 ”chrome画面専用” で入力できる ⇒ Google入力ツール

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

(פֿראַגע(ס                        frage(s)       質問(複数 -s)
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בוך                                   bukh               本
טיש                        tish                 机
שטול                                shtul               椅子
מענטש                             mentsh           人間
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צום בײַשׁפּיל                   tsum bayshpil     例えば(for example)
?װאָס איז דאָס              vos iz dos?     これは何ですか?
.ד'ס איז אַ טיש             dos iz a tish.   これは机です。
?װאָס מײנט דאָס       vos meynt dos?  それはどんな意味ですか?
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מאַן                                  man               男性
פּרױ                                  froy                女性
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(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

2016年8月17日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 山雲

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/10)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、東屋や蝉に関連した3曲を紹介した。

始めに、学者ソンビが風流を楽しんだ、潭陽(담양)にある東屋「息影亭(식영정)」について次のように紹介された。
・暑い日が続く。そんな日に、景色の良い東屋で涼み、横笛のテグムの音色を楽しみたい。聴くうちに眠りに誘われれば最高だろう。南の全羅南道潭陽には、学者ソンビが風流を楽しんだ著名な東屋が多く、その中に雲が休んでいく東屋の意の「息影亭」がある。星山(성산)の麓に建つ小さな東屋だ。光州湖の向かいに見える無等山は絶景。その周りを囲む杉、竹林、夏には華やかに咲く百日紅の花も美しい。

▼ 息影亭の景色を描く 「山雲(산운)」(作曲 黄秉冀(황병기)、1936年~)を聴く。風に流れる雲を今様に描写する。

次に、上記の曲「山雲」の元になった、歌辞作品が「星山別曲(성산별곡)」について次のように紹介された。
・朝鮮中期のソンビ、金成遠(김성원)が建てた息影亭に、歌辞(가사)文学、詩歌の大家の正哲(정철)がよく訪ねて風流を楽しんだ。その景色を表した歌辞作品が「星山別曲」だ。<夜間に降った雨のおかげで蓮の花が咲くと、山中が香りで満たされた>という内容の詞から始まる。先に聞いた「山雲」は、この「星山別曲」の山の景色を表現した曲だ。息影亭を建てた金成遠は、亭の名を影に例えた。影は原形を追いかけるように、人も自然の法則に従う、だから喜ぶことも、悲しみ怒ることもない。世に拘束されぬソンビの自由な様子が垣間見られる。

▼ 蝉の方言を使った「メアミ(매아미)」という蝉の歌を聴く。蝉のざわめきが返って辛さを薄めるというのか?

・この「メアミ」の曲には、山菜や粗酒が登場する。富裕層が普段食べる油っこい食物や良酒ではなく、山菜と味の劣る酒だ。民と同じく、名の知れぬソンビの普通の生活だ。美味くないと不満を抱くこともなく、素朴でも食べられることへの感謝。この曲は、素朴な暮らしを称える歌であり、人生の辛さを歌うものでもある。

最後に、北方地域の蝉の方言を使った「サルム打令(싸름타령)」について次のように紹介された。
・北の地域の民謡 「サルム打令」にも蝉が登場する。上記の蝉の歌とは全く違って、自分を去っていった恋人を想う、ある悲しい女性の心が込められた愛しい歌だ。

▼ 北方地域の蝉の方言を使った「サルム打令」の歌を聴く。蝉の声、鳴き声が人に泣くことを誘うのだろうか?

2016年8月16日火曜日

イ・ソンヒ、世宗文化会館公演 ソールドアウトのTVニュース

先日(8/13)のブログで、9月2日~4日に「世宗文化会館大劇場」で開かれるイ・ソンヒのコンサート”The Great Concert”が、全日全席完売し、しかも同劇場での彼女の過去4回のコンサートと共に連続完売したと記した。同劇場の格式を考えると驚くことだ。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ、世宗文化会館公演(9/2~4) またソールドアウト”)

過去連続4回の完売について、聨合ニュースTVは、「歌手イ・ソンヒ、世宗文化会館公演 4回連続売り切れ」(8/15)として、次のように報じている。

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・歌手イ・ソンヒさんの世宗文化会館公演が、4回連続売り切れの記録を立てました。

・イ(・ソンヒ)さんは、来月2日から4日、世宗文化会館で開くコンサートが、2006年と2011年、2014年の公演に引き続き、全回売り切れたと明らかにしました。

・所属事務所(フックエンターテインメント)は、「イ(・ソンヒ)さんが、放送よりは音楽と公演活動に集中し、30周年アルバムのタイトル曲、『その中であなたに出会って』をヒットさせ、国民歌手の名声を再確認した結果」だと説明しました。
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(Youtubeに登録の聨合ニュースTVに感謝)

2016年8月15日月曜日

百日紅(サルスベリ)

近所をぐるり巡れば、さまざま木に咲く花を見ることができる。そのなかでも、百日紅ほど見慣れた感じのするものはない。姿が好みというより、異質の感の方が大きいのだが。百日紅の花ぶりは、いかにも古い中国風で、光の差し込んだ古美術店の奥でうっすらと輝いている一幅の絵、そんな気がする。

(本ブログ関連:”百日紅”)

ところが、この花ときたら、近所の大きな植木屋の庭一面に咲き、また民家の垣根越しに花の塊りを見せつける。こないだ咲いていたのにといった按配で、孤高の風情もない。少々近寄りすぎて見失うのかもしれない。

暑さと湿気を運ぶ南の風が強まるとともに、薄曇りの空は鈍色を増す。そのとき雨滴を感じた。乾いた路面は降った雨粒を吸い、独特の臭いをする。土の渇きを知るようだ。もし土砂降りにでもなったらと小走りするが、どうやらおさまった。

台風が接近している。百日紅は強い花だから、豪雨にあっても散ることはない。古風な佇まいは、意志の強さを表しているようだ。

2016年8月14日日曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

イ・ソンヒの3集に収録の 「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)は、訴えるように、問うように歌う。愛を知りたい、いや同化したいほどに分かりたいと。何とも一途な思いがする。初期作品だから、この曲には、若い少女ファンたちの心情を斟酌しての意図があったのだろう。

作曲家の夫の素案をもとに、作詞家の妻が推敲して完成させたという。その後、イ・ソンヒの人気に、或る新聞記者が洒落っ気からだろうか、黄真伊伝説をもじって漢詩にしたところ、むしろこの漢詩こそ歌のモデルだと噂だった。とんだ変転だが、ファンたちの心理がそんな「伝説」を生んだのだろう。そういう私も、後に事実を知るまで黄真伊の漢詩を探し回ったけれど。

2004年、世宗会館のコンサートで歌うイ・ソンヒは、やっぱり最高だろう。

(本ブログ関連:”分かりたいです”、”黄真伊”)


月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
               ____

一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください

(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)

2016年8月13日土曜日

イ・ソンヒ、世宗文化会館公演(9/2~4) またソールドアウト

イ・ソンヒは、9月2日から4日まで、ソウルの世宗文化会館大劇場でコンサートを開催する。世宗文化会館は、格式のある舞台であり、彼女はこれまで何度もここでコンサートを開いている。

(本ブログ関連:”(資料)世宗文化会館の歴史”、”(資料)世宗文化会館の歴史(続)”)

CBSノーカットニュースの記事、「イ・ソンヒ、世宗文化会館公演が 『また』 完売」(8/12、キム・ヒョンシク記者)は、今回の世宗文化会館公演(9/2~4)が、全日全席売り切れになったと次のように報じている。しかも、同劇場での全席売り切れを、過去連続4回達成したことになるという。

今回、「四季」をテーマにしているとのこと。どのような舞台になるのか、9月4日を楽しみにしている。

(本ブログ関連:”The Great Concert”)

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・歌手イ・ソンヒが底力を見せつけた。

・12日、(イ・ソンヒの所属事務所)「フックエンターテインメント」によると、来る9月2日から4日まで開かれる、イ・ソンヒの全国ツアーの(起点である)ソウル「世宗文化会館」公演はすべて全回全席売り切れになった。

・世宗文化会館は、大衆歌手に簡単に許諾されない舞台として有名だ。イ・ソンヒは、「夢の舞台」と呼ばれているここで、1990年から先の2014年「30周年コンサート」まで、実に7回の公演を盛況裡に開催した

・特に、イ・ソンヒは、(世宗文化会館にて公演した) 2006年「因縁(絆)コンサート」、2011年「五月の陽射しコンサート」、2014年「30周年コンサート」に続き、今年開かれる 「2016 The Great Concert イ・ソンヒ」 まで、4回連続全席売り切れという意味ある記録を達成し注目を集めている。

・所属事務所は、「イ・ソンヒは、今回のコンサートで新しくて完ぺきな舞台をプレゼントするために努力している。「四季」というテーマに合わせて、音楽と舞台が絶えず変化する姿、レジェンド・ミュージシャンとのコラボレーション舞台を見ることができること」といい、期待して欲しいと願った。

・イ・ソンヒは、(ソウル)世宗文化会館公演を始め、全州、釜山、大田など11(?)都市全国ツアーコンサートに突入する。
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(追記) 全国ツアー開催地(9ヶ所確認済) ・・・ 完売チケットの入手サイトでは高価に売られている

2016 コンサート ”The Great Concert”
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ソウル:16.09.02~04
大邱: 16.09.24~25
全州: 16.10.07~08
光州: 16.10.22
大田: 16.11.05~06
釜山: 16.11.19~20
仁川: 16.12.03
高陽: 16.12.17
昌原: 16.12.31

2016年8月12日金曜日

(お楽しみ)イディッシュ語でごあいさつ

イディッシュ語の挨拶を学ぶ教室風景の一部だろうか、Youtubeに、”Yiddish Book Center”の映像がある。プログラミングなら、”Hello”で始まるように、語学教室も挨拶と自己紹介から始まる。以下は板書されたものを記す。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

筆記体の板書に慣れないので・・・それに、イディッシュ語の書体(ヘブライ語書体)をPCでまだできないので、(ヘブライ語由来を除き)ラテン文字にそのまま置き換えて表記するとこんな具合だろう。(誤りにご容赦)

(注)イディッシュ語<ヘブライ文字>の活字体は、 ”chrome画面専用” で入力できるGoogle入力ツール

<板書>

”vi heystu?”、”ikh heys ・・・”         「あなたのお名前は?」、「私は~と申します」

”zeyer ayngenem”                            「はじめまして(よろしく願います)」

”gut-morgn”、”gut-yor!”                  「おはようございます」、返信「おはようございます」:原意「よい年」

”vos makhstu?”、”gut, a dank ”       「お元気ですか?」、「いいですね、どうも」

”borekh hashem”                               「神の御恵みに感謝(おかげさまで)」(ヘブライ語由来)

”nish koshe”                                      「まあまあです」(ヘブライ語由来)

”nisht azoy ay-ay-ay”                       「全然だめで・・・」

”zay gezunt”                                     「じゃあね(ばいばい)」 = ”be well”


(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

2016年8月11日木曜日

山の日 2016

お盆の8月15日を中心に大人たちも夏休みだ。その入り口ともいえる今日は「山の日」で、今年から施行される祝日だ。山に対して海はといえば、「海の日」の祝日もちゃんとあり、7月の第3月曜日がそうで、1996年から施行されている。さまざまな祝日や記念日があるため、素直な名の「山の日」があっても不思議でない。今年から施行というのに返って驚く。

その「山の日」の今日、近くの公園を散歩した。さすがに暑さのせいか家族連れの姿は多くなく、広場の草原を走り回る子どもたちもない。気になったのは、散歩道で立ち止まってスマホをいじる大人たちだ。それも、けっこういる。

スマホを使わぬ身ゆえ、彼らが 「ポケモンGO」 をしているかどうか定かでないが、連れだっていても互いに会話もなく、それぞれ黙々とスマホをいじっているのは不気味という他ない。

そんなことより、うれしかったのは、朝のニュースで、リオ、オリンピックの日本選手が続々「金メダル」を獲得しているのを知ったことだ。そのなかでも、体操の内村航平選手が「男子個人総合」で優勝したのに驚いた。(体操については、いうも恥ずかしい、高校時代のクラブ活動でのわずかな経験から特に関心がある)

NHK NEWS WEB(8/11)は、内村選手の金メダルを次のように報じている。彼の精神力は素晴らしい。そして、インタビューで語られた、「うれしいより幸せ」との言葉が心に残る。
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・体操は、男子個人総合の決勝が行われ、日本のエース内村選手は、2位で迎えた最後の鉄棒で15.800の高得点を出し、ウクライナの選手を逆転して2連覇を達成しました。
この種目の2連覇は44年ぶり、史上4人目の快挙で、内村選手は男子団体に続き、今大会2つ目の金メダル獲得です。
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2016年8月10日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 愛の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/03)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、愛の歌に関連した3曲を紹介した。

始めに、玄宗皇帝が楊貴妃を呼んだ「解語花(해어화)」と、妓生映画の題名「解語花」について次のように紹介された。
・唐の玄宗皇帝は、楊貴妃を深く寵愛し、国を混迷させた。玄宗は夏のある日、池に咲く白蓮に感嘆して、楊貴妃に「蓮の花がどんなに美しくても、解語の花には劣るだろう」と言った。楊貴妃を、言葉を理解できる花として「解語花」に例えた。美しく、物分かりの良さを強調するが、自分の意志で話さぬ控えめな女性を表すようだ。後に、芸者「妓生」を指す言葉にもなる。1940年代、妓生をストーリーにした映画「解語花」が作られ、俳優が一般に知られぬ歌を歌って話題となった。

▼ 愛は嘘だという意の歌、「愛、その嘘(사랑 거즛말이)」を聴く。愛の言葉も、夢のようというのもみんな嘘・・・今様に。


(Youtubeに登録のKMnetに感謝)

・この「愛、その嘘」は、女性歌手アンサンブル「SOULJIGI」が、女唱歌曲を新しく構成した。朝鮮時代の学者(ソンビ)、金尚容(김상용、1561年~1637年)の詩を基にしている。愛は嘘だといいながら、愛する人が戻ってこないことへの恋しさを表す。

次に、朝鮮時代の学者(ソンビ)、金尚容の人となりについて次のように紹介された。
・金尚容は700ほど詩作した。大変感受性に優れ、また人並み以上に積極的な面もあったという。清が朝鮮を侵入した戦いの「丙子の乱(병자호란、丙子胡乱)」では、王家の位牌と長男を連れて江華島に避難したが、陥落すると、火薬に火をつけて殉死した。正しいと思うことには情熱を惜しまないソンビの姿だった。

▼ 「愛、その嘘」を女唱歌曲の原曲で聴く。愛が夢に彷徨うよう、ゆたりと優雅に響く。

最後に、朝鮮時代中期の女流詩人の李玉峰(이옥봉)と、その夫の趙瑗(조원)の関係について次のように紹介された。
・「愛、その嘘」を聴くと、北方地域の民謡「愁心歌(수심가)」が浮かぶ。<夢の中の魂が痕跡を残せるものなら、毎晩愛する人を探して彷徨っただろう>という内容の歌詞で始まる。これは朝鮮時代中期の女流詩人「李玉峰」の詩から引用したもの。彼女は、家柄の良い両班の妾の娘だった。子どもの頃から立派な詩作しては人々を驚かせた。妾の子なので、両班の本妻にはなれず、そこで学識と人柄の良い「趙瑗」の妾になる。幸せな時も束の間、彼女が、悔しい目にあった民のため書いたものが官庁に影響を及ぼすと、趙瑗は、婦女がむやみに行動して世を騒がせたとし、二度と彼女を訪ねなかったという。李玉峰は、無情な夫を待ちながら、悲しい心を込めて詩作した。それを歌にしたのが「愁心歌」だ。

▼ 李玉峰の悲しみを歌った曲「愁心歌(수심가)」を聴く。人生を詠嘆するような、どこか寂しげである。

2016年8月9日火曜日

リオ、オリンピック体操男子団体”金”、そして今夏最高気温

リオデジャネイロで開催のオリンピックで、体操男子団体総合決勝で日本チームは「金メダル」を獲得した。例によって、朝のTVニュースで知った。実況を見ない方がいい結果につながるという、私なりの験担ぎだ。

日経新聞の記事(共同)、「体操男子、3大会ぶり団体金 リオ五輪」(8/9)は、3大会振りの金と次のように報じている。(抜粋)
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・リオデジャネイロ五輪の体操は男子団体総合決勝が行われ、予選4位の日本は合計274.094点で優勝し、2004年アテネ五輪以来3大会ぶり7度目の金メダルを獲得した。ロシアが271.453点で2位に入り、3位だった00年シドニー五輪以来の表彰台となった。予選1位の中国は271.122点の3位。
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結果は、日本は 274.094点、ロシアは 271.453点、中国は 271.122点の順で、飛び抜けた強さを見せたことになる。

テレビは興奮冷めやらず、体操各種目(6種目)を、各選手の演技を、何度も放送した。選手が無事着地するたび、完璧なこなしに思わず拍手する。他の競技と違って、曲りなりに思い入れする理由がある。高校時代、体操部があって、そこに少しの間だけ寄生!したことがある。部活ながら同好会のようなのりで過ごした。

鉄棒の大車輪をできるのは部長だけ、吊り輪は体育館の天井からぶら下がったまま、平行棒の上で回転はなく、跳馬は両手でまたぎ飛ぶだけ、鞍馬は5秒ともたない、そして床は縦長マットの上でバク転するくらい・・・。

オリンピック選手はおろか、子どもの体操選手にだって驚嘆する。床運動で、胸の高さで空転することさえできなかったのだから・・・(やったとはいえない恥ずかしさ)。


ところで、昨日と打って変わって、今日は暑い。

近在の街の最高気温を見ると、38.0℃、今年最高だった。

2016年8月8日月曜日

秋の風

昨日と比べて、今朝から陽が翳った。北からの強風と正面にぶつかると、思わず歩を止めてしまうほど。おかげで汗拭きの心配なく、久し振りに買物に出かけた。

夏休みの校庭は、それでも子どもたちが集まる。叫び声が風にのって散る。盆前のこと、まだまだ長期休みの序の口くらいだろう。遊びの種は尽きない。

オリンピックも、高校野球も始まったというに、話題が風に吹き消されたよう。昔から思うことだが、私がテレビで競技を見ると、勝たせたいと思う方が負けるかもしれないと験担ぎする。本当は、万分の一にもならぬこと。そうこうしているうちに勝敗が決まり、結果を後で知る。

一日中、風が巡った。風は決まった方向に吹くものでない。方位が刻々変わる。童話の挿絵の太陽に顔を描いても、風は難しい。風は出発点を持たない。地球の表面を包む大気の揺れだ。

そんな今日、天皇陛下の譲位(「生前退位」)のご意向がテレビを通じて国民に語られた。

2016年8月7日日曜日

立秋 2016

唱歌の「早春賦」は、「春は名のみの 風の寒さや」で始まる。それに例えれば、今日の「立秋」は、<秋は名のみの 日差しの暑さや>だ。夏の思い出も満喫していないのに、どうして秋が始まろうか。

(本ブログ関連:”立秋”)

とはいえ、この言葉をいったん覚えると、夕暮れどきの静けさに、秋につながるものを想ったりする。昨日、「暑気払い」したばかりだからだろうか。夏にけじめをつけ、秋を受け入れるや、人生で少し大人にったように、気候に寛容になる。

イ・ソンヒの2集に収録の「秋の風(カルパラム、갈바람)」(1985年、作詞チョン・ウニ、作曲ナム・クギン)は、突然に舞台が暗転して、別れの寂しさだけを残して去る秋の風を歌う。秋が深まれば、この歌への想いがきっと深まることでしょう、多分。

(本ブログ関連:”秋の風(カルパラム)”)

次のYoutube映像は、デビュー20周年記念(2004年)の世宗文化会館でのコンサートによる。


「秋の風(カルパラム)」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
去ったあなたは 風、寂しさくれた 「カルパラム」

今も目元を巡る、あなたの暖かだったあのまなざし
こころ、何度も何度も、恋しい翼を広げさせるよ

ああ、あなたは 「カルパラム」、雲を作る 「カルパラム」
ああ、あなたは 「カルパラム」、こころ奪った 「カルパラム」

小さな胸にこんなに、しみじみ寂しさ残して
消えたあなたは 風、寂しさくれた 「カルパラム」
寂しさくれた 「カルパラム」

ああ、あなたは 「カルパラム」、雲を作る 「カルパラム」
ああ、あなたは 「カルパラム」、こころ奪った 「カルパラム」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
行ったあなたは 風、寂しさくれた 「カルパラム」
寂しさくれた 「カルパラム」


(Youtubeに登録のDavid SJ Yunに感謝)


(付記)
昨日の「暑気払い」の帰り、皆してスーパーに寄った。ジャージャー麺を手に取る仲間が多かったように思う。私も、生麺とインスタントの両方を買った。ジャージャー麺は、ソース風だがそうでなない、ちょっとこげたような味具合がいい。昔、SKYのY大の学生食堂に連れて行ってもらったとき食ったがえらく辛かった記憶がある。さて、今晩、味比べした結果は次の通り。
・生麺の方が、そりゃあ美味いに決まっている。具の充実度も違うし。
・でも、インスタント麺もなかなかだった。意外や意外、麺がけっこういい・・・塩加減を要するが。

ところで、何で皆がジャージャー麺を買ったのだろう。ブラックデーでもないのにねえ。

2016年8月6日土曜日

暑気払い

図書館の読書室にいると、空調が効き過ぎて体が冷えに絶えられなくなる。きりを見つけて、建物の外に出ると、今度は熱射にたじろぐ。待ちかまえたように襲ってくるのだ。この暑さを何と表現しようか。そう、まるでイカの姿焼きの調理のよう、そんな思いがする。

電熱で温められたプレスに、上下から押しつぶされる生イカの焼かれる光景が想像される。高温で圧縮され、逃げ場を失い苦しんで悲鳴を上げる。けたたましい音とともに蒸気を吐き出す、まさに焼きイカになった気分。

今日は夏真っ盛り。なのに、明日は二十四節気の「立秋」という。このちぐはぐがうっとおしい。地元近在では、最高気温35.2℃に達する「猛暑日」だった。というわけで、「暑気払い」をした。

昔の教室の仲間たちとともに、近頃流行のチキン料理の店で「暑気払い」の晩餐をする。甘辛く揚げられたチキン料理を楽しむ。いつもなら、生ビールをジョッキ一杯が限度なのに、今晩は更に一杯すすめた。仲間の旅行話に耳を傾けたり、近況報告を聞いたりしたり・・・。おかげで、気分一新、リフレッシュできた。幹事さんに感謝。

先生が、最高峰の研究場所に進展されることになったとのこと。なによりめでたいことだ。

2016年8月5日金曜日

コンサートの前月

来月、9月2~4日の3日間、ソウルの世宗文化会館大劇場でイ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」が開かれる。最近では、2、3年おきにコンサートを実施している。今回のライブステージを楽しみにしている。

(本ブログ関連:”The Great Concert”)

マーケティング戦略でもあるだろうが、コンサート前に前哨戦として、彼女は多くのメディアに露出した。その最も代表的なものが、歌手とファンのペアが他ペアと競い勝ち抜く、「ファンタスティック・デュオ」での連覇だろう。イ・ソンヒの歌手としての実力と、師としての抱擁力を見せつけた。ますます彼女のコンサートへの期待が高まろうというもの。

(本ブログ関連:”ファンタスティック・デュオ”)

コンサート1ヶ月前の様子はなかなか公開されないものだが、前回(2014年)コンサートのときの、バック演奏者たちとの通し稽古(ゲネプロ)の珍しい映像がYoutubeに登録されている。ファンとしては、コンサート間近の緊張感を映像を通じて知りたいところだが。

(前回コンサートのゲネプロの様子、彼女の真髄というべき「Jへ」)
(Youtubeに登録のsea silverに感謝)

2016年8月4日木曜日

(お楽しみ)イディッシュ語でヨーロッパの国名と首都名を

イディッシュ語の入門で、最初に<筆記体>を習ったとき、正直抵抗があった。日本語のイディッシュ語テキストは限られているし、当然ながら<活字体>で表記されている。わずか3日間の講習だからこそ、後日の自学自習につなげるには、どうしても活字体で教えて欲しいと思った。

今にして、筆記体で学んだ効果をすぐに感じた。遅まきながら慌てて感謝です。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

Youtubeに、こんな楽しい授業が登録されていた。yiddish book centerが提供するものだ。
ホワイトボードへ生徒が手書きしたヨーロッパの国別地図(英字イニシャル付き)に、国ごとの国名と首都名を書き込んでいく、「A shmek yidish(A Taste of yiddish) — European Geography」だ。

面白いのは、カフカの国チェコが「チェハイ」で、首都のプラハが「プログ」という。その後の解説で言っている言葉が気になって知りたい。
「モルドバ」の首都「ウナシキ」を「キシェネヴ」(これは?)、「フランス」が「フランクライフ」。また小国については、特にバルト3国を挙げているのは、イディッシュ語で重要な国だからだろう。

コメントに、「ドイツ人にはイデッシュ語の内容が見当つくが、ヘブライ文字で書かれると・・・」というものがある。やっぱし、筆記体にも慣れなくては。


(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

KBS WORLD「国楽の世界へ」 高麗の民の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/27)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、高麗時代(고려、918年~1392年)の歌謡曲(民の歌)に関連した3曲を紹介した。

始めに、高麗時代の首都「開京」の盛況と、外国人商人の餃子店「霜花店(상화점)」について次のように紹介された。
・高麗の首都「開京(개경)」(現「開成」)は国際的だったようだ。半島北部の中域に発する礼成江(예성강)下流の碧瀾渡(벽란도)は国際港として栄えた。世界から商人が訪れたが、貿易はほぼイスラム商人が担った。彼らが運んだ水銀や没薬のようなものがあり、珍しがられた。首都には、イスラム人たち固有な言語と衣装、文化を保って生活できる共同体もあった。高麗の歌謡曲に、餃子屋(饅頭屋)の「霜花店」という歌がある。霜花とは、窓ガラスにできた花模様の水蒸気に似たことで名付けられた。餃子を買いに行くと、イスラム人(または蒙古人、タタール人)の主人が自分の手首をつかんだ(誘った)という内容だ。

▼ 「霜花店」を童謡にした「おいしい霜花(맛있는 쌍화)」を聴く。子供合唱団の素直で愛らしい歌声で聴く。

・童謡「おいしい霜花」は、上記の「霜花店」*を子供たちに親しみやすく作ったものだが、本来の内容は子供向けでない。はじめに餃子屋の主人、その後は寺の僧侶、井戸の竜、飲み屋の主人など、色々な人物が登場する。しかも、どれも乱れた不倫の歌だ。高麗の忠列王(충렬、1236年~1308年)が、王のため公演団を作り、演劇だけでなく、このような歌を歌わせた記録がある。この「霜花店」を、支配階層の堕落した姿を風刺した歌と見ることもある。

(*)Yahoo知恵袋を参照。感謝。

次に、高麗の歌謡曲、孝行を歌う「相杵歌(상저가)」について次のように紹介された。
・歌を通じ、昔の多様な人々の暮らしや考えが読み取れる。高麗の歌謡曲に、「相杵歌」がある。穀物を搗(つ)く、「臼の歌」(杵と共に臼を使う)だ。穀物を搗いて両親のために飯を炊き、余ったら自分も食べるとの歌詞で、貧しくても心は豊かになるという。

▼ 「相杵歌」を新構成した「新相杵歌」を聴く。燻し銀のように歌う。今様である。

最後に、最も知られる離別の歌「青山別曲(청산별곡)」と「去りしや(가시리)」について次のように紹介された。
・高麗の支配階層は、主に漢文で歌を作った。景色の良い場所を遊歩することを楽しんだ。それに対し、歌謡曲は民の歌だ。彼らの暮らしを有りのまま盛り込んでいる。後に、これらはハングルの歌集に載せられたが、朝鮮時代の支配層の気に障って、多くの歌が散逸した。今はそのいくつかが残る。最も知られる高麗の歌謡曲は、「青山別曲」と「去りしや」だ。「去りしや」は、別れを痛ましく思う、その切ない気持ちを表現している心を打つ歌詞で、数多くの離別歌の中で一番とされる。

▼ 愛する人との別れの歌「去りしや」の歌を聴く。男性テノールは正調に、女性ソプラノは独特に歌う。今様である。

2016年8月3日水曜日

夏休み2016 イディッシュ語 3日目

あっという間に最終日。<挨拶会話>を中心にした講座だった。イディッシュ語に関心を持たせることに主眼を置かれたようだ。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

最終日の今日、今度は<活字体>例文を使って、簡単な自己紹介練習をした。後々、自習できるための配慮だろう。

また、イディッシュ語復興に関わった人々の紹介を、先生の現地インタビューなどの成果を含めて紹介された。
スマフォを巧みに使って大型の液晶画面に、インターネット掲載のイディッシュ語のプロジェクトの紹介、Youtubeに登録のイディッシュ語研究者の発言などの紹介、イディッシュ語を母語とする作家の作品(バーナード・マラマッドの「天使レヴィーン」)の紹介、最後に、日本でのイディッシュ語の集い(イスラエル人による)の紹介など多様であった。

今後、イディッシュ語を深めるに、やる気さえあれば如何ようにもチャンスがあり、選択肢も多様であるという、先生の配慮である。

上記に紹介されたものは、基本的に英語を使って学ぶスタイルだ。イディッシュ語を本格的に学びたい若い人には大変有意義だろう。一方、楽しみだけで続けるとしたら、市販テキスト(日本人著書)でこつこつ進めるのが穏当だろうか・・・私の場合は。

2016年8月2日火曜日

夏休み2016 イディッシュ語 2日目

早朝の天気予報では、昼の快晴を伝えた。とはいえ、突然の土砂降りに注意怠りないようにとのこと。心構えして、イディッシュ語講座の2日目に出かけたが、全くの真夏、思わず日影を探したほど。

イディッシュ語で簡単な「挨拶表現」の復習と会話練習、イスラエルにおけるイデッシュ語の継承と普及の現況、映画「屋根の上のバイオリン弾き(Fiddler on the Roof)」(1971年)から長女の結婚にまつわる場面を視聴した。受講者たちのさまざまな質問に、丁寧に対応いただいた。

講座の帰り道、道筋にある公園に寄って木陰で小休止。日向と違い、木立の隙間を通り抜ける風は気持ちよく、頬をかすめる・・・何~にも考えなくても、自然は受けとめてくれる、ありがたいことだ。

(Youtubeに登録のRazvan Lupescuに感謝)

2016年8月1日月曜日

夏休み2016 イディッシュ語 1日目

今日から8月。今年に入ってすでに7ヶ月経過したことになる。一年の半分以上を、しかも1ヶ月超。今年は、あと5ヶ月しか残っていないのだ。果たして、この5ヶ月で挽回できることとは・・・何?

そうだ、今年最大の成果となるべく、9月にイ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」に行く。このことがなければ、あれよあれよという間に、一年が終わってしまう。歳とるように、歳月の経方が加速する。光陰矢のごとし。

ところで、もうひとつチャレンジしたいことがある。膠着語の世界に安住すると、頭が硬直するような気がしてくる(←駄洒落のつもり)。今日から3日間だが、「イディッシュ語(ייִדיש)」(講師、鴨志田聡子氏)の講習に出かけることにした。暑い夏、冷や汗をかくこと間違いないが、新鮮な言葉(の触りだけでも)を観察してみたいと思った次第。事前に、図書館でイディッシュ語テキストの頭部分にある、ヘブライ文字(活字体)とドイツ語に似た表現を、少しだけ齧(かじ)った。あたって砕けろのつもりで。

講義初日の洗礼は、ヘブライ文字の「筆記体」から始まった。「活字体」とは思いっきり違って見える・・・これは厳しいことになりそう。とはいえ、頭の硬直が少しでもほぐれればと期待している。残り2日間を大切に聴講しよう。

2016年7月31日日曜日

新宿「コリアプラザ」最終日

(「都知事選挙」の投票をした後、新大久保に出かけた)

残念だが、新宿職安通りにあった、韓国CD・書籍関連のショップ「コリアプラザ」が今日で閉店する。午前11時半ごろ、新大久保の町を歩いた。JR駅前の人だかりとは別に、大久保通りやその脇道が思いのほか閑散としているのに驚く。昼食前のせいかも知れないけれど、ちょっと異様な感じがした。

(本ブログ関連:”コリアプラザ”)

それでも、最終日と知って集まった客たちで、「コリアプラザ」店内は溢れていた。1階のCDは従来通り陳列されていたが、書籍中心の2階につながる階段は閉鎖されていて、語学教材などわずかを1階に移して並べていた。まさに店仕舞いの雰囲気だ。CDについては、今様のK-POP歌手たちの陳列の変化を感知できなかったが、歌謡曲(トロット)関連はすっかり売り切れたようだ。目ざとい中年おじさん・おばさんたちが襲ったのかもしれない。

何より気にしていたのがイ・ソンヒのCDだ。第2集アルバムのリマスター版が1枚だけ残っていた。このままにしておくわけにはいかないといった<妙な心理>が働いて、同じものを既に持っていながら購入してしまった。

今後は、韓国から直接購入する方法を考えねばならないだろう。9月のイ・ソンヒのコンサートに行く機会に、いろいろ(CD・書籍を)探したいと思案している。

2016年7月30日土曜日

イ・ソンヒの「Because Of You」

イ・ソンヒの12集所収の「Because Of You」(作詞・作曲ユ・ヨンソク、2001年)は、忘れようとしても忘れられない心のうねりを描く。いつまでも耳に残る、ドラマチックで美しい響きが溢れる。ここで、物語の主人公の心象を解釈する必要はない・・・ただ曲に酔いしれればよい。

(本ブログ関連:”Because Of You”)

12集アルバムを手元に持ち合わせてないせいか、ついついこのアルバムに肩入れしがち。同アルバムには、「これよりもっと いいことはないでしょう(이 보다 더 좋을순 없죠)」の可愛らしい曲もある。「Because Of You」と同じく、作詞・作曲はユ・ヨンソクだ。

もっと、もっと広く受け入れられて欲しいと思う次第。


私の心なのに、思い通りにできない
過ぎたことは忘れるというけれど、何度も
涙ばかり流して

ばかみたいでしょ、つらい振りができないの
苦しめばもっと思い出す、あなたの
暖かだった微笑み

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが
私はばかみたい
                 _______

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
もう懐かしさだけで

生きていかなければならないのに、本当にそうなのに

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが

cause you only cause of you

cause you only cause of you



(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2016年7月29日金曜日

イ・ソンヒの「少女の祈り」

イ・ソンヒの初めてのアルバムに所収の、「少女の祈り(소녀의 기도)」(1985年)は、2011年の世宗文化会館のコンサートでも、彼女のイメージそのままに新鮮で、声質は少女のようで愛らしい。ちょっといい過ぎかも知れないけれど。特に、高音で醸し出す独特の雰囲気は、ファンにとって引き込まれる部分だろう。

(本ブログ関連:”少女の祈り”)

歌詞の舞台は秋のようだが、「梅雨明け」の暑い夏でも、夜とはなれば少しヒンヤリする。その気になって聴けば酔いしれるというもの。近々の彼女のコンサート(9月4日)で、きっと歌われるだろうことを期待する、美しい名曲だ。楽しみだ。


風吹けば散る、寂しい落葉が みな
おぼろな露のよう、揺らぎます
その声耳にして   空しく歩く うつろな心は

*離れた人 なつかしむ、切ない心だけれど
一人残り 守ればならぬ、 孤独なわたしを泣かすよ

引き留められぬ 未練さに
落葉の季節に わたしを埋めて
春がまた訪れを 祈ります、この夜が明けたら

(*以下繰り返し)

この夜が明けたら

(Youtubeに登録のKwiYeol Parkに感謝)

2016年7月28日木曜日

梅雨明け 2016

ついに「梅雨明け」した。日本経済新聞(7/28)によれば、「気象庁は28日、関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表した。平年より7日、昨年より18日遅い。梅雨がない北海道を除き、梅雨明けしていないのは東北だけとなった」。今日の当地近在の最高気温は、26.6℃で、真夏日(30℃以上)には至らず、日向と日影の温度差を感じる。まだまだ、逃げ場がないほどでない。

とはいえ、暑いに違いなく、近所のスーパーで購入した素麺を涼しく食した。この時期は蕎麦よりも素麺にかぎる。ヒンヤリ、するりとして喉越しがいい。とうとう、鰻よりも素麺が美味い歳になった。

ちなみに、今年の「梅雨入り」は平年より3日早く、昨年より2日遅かった。

(本ブログ関連:”梅雨明け”、”梅雨入り”)










■  平成28年の梅雨明け

平成28年 平年差 昨年差 平年 昨年

沖縄 6月16日頃 7日早い 8日遅い 6月23日頃 6月 8日

奄美 6月18日 11日早い 18日早い 6月29日 7月 6日

九州南部 7月18日 4日遅い 4日遅い 7月14日 7月14日

九州北部 7月18日 1日早い 11日早い 7月19日 7月29日

四国 7月18日 同じ 6日早い 7月18日 7月24日

中国 7月18日 3日早い 6日早い 7月21日7月24日

近畿 7月18日 3日早い 6日早い 7月21日 7月24日

東海 7月18日 3日早い 6日早い 7月21日 7月24日

関東甲信 7月28日 7日遅い 18日遅い 7月21日 7月10日

北陸 7月22日 2日早い 3日早い 7月24日 7月25日

東北南部


7月25日 7月26日

東北北部


7月28日7月29日








2016年7月27日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 郷歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「郷歌향가)」*に関連した3曲を紹介した。

(*)「古代朝鮮語解読のさわり」(趙義成 東京外国語大学大学院准教授): 「(現存20数種)数が圧倒的に少ないため、解読自体がままならないし、ここから判別される単語の数も微々たるものである。郷歌は全て漢字で表記されているが、表記法は漢字の音と訓を複雑に組み合わせている」・・・言葉の専門家が言語+漢文+歴史など総動員して・・・

始めに、古く歌われた固有の歌「郷歌」について次のように紹介された。
・朝鮮の民は、古い中国の記録に、何かにつけ歌と踊りを夜通し楽しんだとあるほどまでに好きだったようだ。昔の歌には、歴史に記録のない人々の多様な物語が盛り込まれている。「郷歌」は、統一新羅時代に歌われた。当時も外来の歌が入ってきたが、それとは違った、代々歌われた固有のものだ。

▼ 悪鬼を追い払う人物「処容(처용)」の郷歌「処容歌(처용가)」を聴く。雰囲気漂わせた今様の響きをする。

次に、郷歌の歴史と残存する数、例として「処容歌」、「献花(헌화가)」について次のように解説された。
・郷歌は一定の形式を有する歌だが、当時の民謡まで含んでいない。統一新羅時代の歌集に「三代目(삼대목)」がある。今残る郷歌は、高麗時代の11、新羅時代の14だけだ。リズムは忘れられたが、独特な歌詞は残っており、昔の音楽を感じることができる。上記「処容歌」では、龍王の息子「処容」は、自分の妻を奪おうとした疫病神を赦す広い心があり、かつ悪鬼を追い払う霊力ある存在だった。また、他の郷歌に「献花(헌화가)」がある。水路(수로)夫人が絶壁に咲くツツジの花を欲しがると、一人の年寄りが現れてその花を差し出したという内容だ。

▼ 「献花」の歌を童謡にした「赤い花、赤い心(붉은 꽃 붉은 마음)」を聴く。子どものたち声が愛らしい。今様である。

最後に、郷歌「薯童謡(서동요)」の薯童(서동)と善化(선화)姫の物語について次のように紹介された。
・人々は歌に特別な力を信じた。みなが心ひとつに歌うと、いつかそれが現実になるという力だ。そこで、その力を利用したのが、歌「薯童謡」を作った薯童だ。百済の貧しい青年薯童は、新羅の美しい善化姫の噂を聞き、彼女と結婚するため、歌を作り子どもたちに歌わせた。善化姫が毎晩薯童に会いに行くというのだ。この歌が広がると、二人の関係は大きく話題になり、嘘であっても、結局結婚することになった。薯童は姫と結婚した後、百済王となる。南部に彌勒寺(미륵사)を建立した百済第30代武王(무왕)だ。最近、この寺の石塔解体中に発見の資料から、武王の妻は善化姫でなく、他の女性と明らかになった。物語がどこまで真実なのか研究が期待される。

▼ 笙簧(センファン、생황)、短簫(タンソ、단소)、伽耶琴(カヤグム、가야금)演奏で「薯童謡」を聴く。古代をイメージした今様。

2016年7月26日火曜日

ナット・キング・コールの「夕陽に赤い帆」

夏の夕暮れになると、EPレコードで聞いたサキソフォーンの軽快な旋律で始まる、ビリー・ヴォーン オーケストラの「夕陽に赤い帆(Red Sails In The Sunset)」を思い出す。ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn、1919年4月12日~1991年9月26日)は、既に亡くなっているというに、彼の名を冠したオーケストラが、ベンチャーズ(The Ventures) と同様に、しばしば来日している。去年もそうだったが、今年はどうだろう。

(本ブログ関連:”ビリー・ヴォーン”)

その「夕陽に赤い帆」を、ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年3月17日~1965年2月15日)が歌うと、洒落ていて今なお美しさがくもることはない。ナット・キング・コールの歌は、誰もが素直に聞き入れる、かしこく中庸である。(彼に対して歌以上の思い入れをする者に、歌だけに思い留まらせようと優美に拒絶しているようだ)

(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)

彼の歌に、昔もそうだったが、いまなお同様に親和する。紅い夕陽が染める海面を見ながら、恋人を待ち続ける渚をちょっとだけ、さすらってみようか。

(Youtubeに登録のMir11Mirに感謝)

2016年7月25日月曜日

江戸時代の寺子屋

近隣の公共施設で、先週と今週の2回に分けて、江戸時代の寺子屋(ほぼ幼稚園から小学校に相当)について講演があった。「江戸時代の庶民教育と現代 - 『寺子屋の学び』から学ぶ -」のタイトルで、江戸東京博物館学芸員の市川寛明氏のお話しを聴講した。① 江戸時代に来訪した外国人を通して見た児童教育。② 史実としての寺子屋教育の実体。③ 寺子屋教育の考え方が、明治に入って継承されたかどうかという話題だ。以下、素人耳の理解である。

① 江戸時代に訪れた外国人の目に映った日本の児童教育のスタイルが、子どもを鞭で打って躾けるヨーロッパのスタイルと大いに違い、江戸庶民は子どもたちに対して厳しい体罰をしなかったと記している(C.P.シュンベリー)。多くの外国人の紀行文書に、日本人のあらゆる階級の男女、子どもまでもが読み書きできることに驚いている(ラナルド・マクドナルド)。

② 寺子屋でも同様で、基本的にマン・ツー・マン指導をしながら、他の子どもたちの行動は自由放任したようだ。一斉教育でない、子どもひとりひとりにカリキュラムを持った寺子屋教育は、朱子学的性善説(徳を磨く)に根ざしている。しかし、結果として教育の成果は、士農工商の範囲に留まり、それを突破するには明治時代の教育制度を待たねばならなかった。なお、寺子屋の数は、16,500ヵ所(その10~30倍との推計もある)、使用された教科書は、「往来物」で300~500版種あった。

③ 江戸時代の寺子屋は、階層を度外視した教育制度であるが、あくまで手習い所(読み書き主体)であった。それは近代化を支える教育の高さ、底力に通じた。しかしながら、国民国家となった明治期の教育は、寺子屋教育の緩さとは反対に、能力主義であり国民教育だった。

江戸時代の寺子屋教育と明治時代の国民教育が、それぞれの特性を左右に揺らしながら日本の教育制度を進展してきたように見える。江戸以来の庶民の子育てや教育観の層の厚さが、この揺れの支点となるだけの確かさを持ち合わせているようだ。日本人の教育観に、大袈裟にいえば、通底するするものがあるようだ。


(付記)
時代を解釈するのに、現在から見るのは当然だろうけれど、大きな節目や変転があったとき、それ以前を説明する或る意志が働いていることに、気付かずにいるかもしれない。江戸期を見るに、明治維新政府の意図が大いにあったろうし、明治から太平洋戦争までを見るに、戦後に投入勃興した解釈を無視できないだろう。だからこそ、時代の底を通じて流れるものを見つけるのも必要な気がする。

2016年7月24日日曜日

イ・ソンヒの「思い出の中を歩くよ」

イ・ソンヒの11集所収の「思い出の中を歩くよ(추억속을 걷네)」(1991年、作詞・作曲キム・ジンリョン)は、少々彼女らしからぬ喧騒がある。珠玉の名曲、「あなたが私を愛されるなら」、「恋文」の美しい旋律を産んだ同じ作曲家のものとは驚きだ。

イ・ソンヒは、< とり残された淋しさのために、私はひとり思い出の中を歩くよ >と歌う、それも思いっきりダンスミュージック風にして。もちろん、時代に合わせてのことだろう。ダンスミュージック・ブームの頃だ。そんな映像が残っている。

ダンス曲風に編曲を加えてのこと、イ・ソンヒは一生懸命に体を動かし歌っている。でも、ダンサーの身のこなしとはだいぶ違うよう。最近だって、彼女は、ワンダーガールの真似ごとをコンサートステージ上でやったことがある・・・そのときに似て、健康そのもの、体操授業の中でやっているような感じなのだ。

それがイ・ソンヒらしくて、なんとも安心してしまうのはどうしてだろう。(昔の映像だが、音量を落として聴いてみよう)

(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)

2016年7月23日土曜日

エルヴィス・プレスリー「好きにならずにいられない」

イ・ソンヒは、2006年、「22周年コンサート」(世宗文化会館)のステージで、愛弟子イ・スンギと「好きにならずにいられない」をデュエットした。イ・ソンヒらしい清澄な声質は、バラードの美しさを引き出し、聴くものを美しい思い出に引き込む。(もしかしたら、記憶のロンダリングの誘惑にかられるかもしれないけれど)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「好きにならずにいられない」”)

原曲は、エルヴィス・プレスリーの「好きにならずにいられない(Can't Help Falling In Love)」(1961年)だ。ロック歌手の作品であるが、やはり思い出に残るのはバラードになる。当時の親世代のイメージしたであろうものと違って、ぐっと声太で男らしい。そのギャップがいい。ハワイの(元祖)若大将はちょっと違う。(さらに原曲は、フランスの”Plaisir d'amour”とのこと・・・シュヴァルツコップの歌で)

イ・ソンヒのデュエットをもとに、この曲をブログに何度か記したが、今日は原曲を聴いてみよう。私が、ロックを、エルヴィス・プレスリーまでで止まってしまっているのがお分かりだろう。

(Youtubeに登録のElvisPresleyVEVO、In Fernem Landに感謝)