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2023年4月5日水曜日

清明 2023

きょうは、二十四節気の「清明(せいめい)」、まさに生命が輝く季節の始まりだ。

江戸時代に出版された「こよみ便覧」*(太玄斎=松平頼救著、天明七年=1787年:版元=蔦屋重三郎ほか)に、清明節(きよくあきら)について「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也」( 万物が清々しく明るく美しいころになれば、この芽が何の草かと知れるようになる)と記載されている。清明は、清浄明潔につながる。
(*)こよみ便覧(国立国会図書館デジタルコレクション): https://dl.ndl.go.jp/pid/2536637/1/7

(本ブログ関連:”清明”)

古い中国の「清明節」には、墓掃除で草をむしりするそうだ。「こよみ便覧」にある < 此の芽 >** とは、一体どこで芽吹いたものだろうか。そして、どんな機会、場面に出合ったものだろうか。
(**)樹々が重い冬から覚め、芽吹き始める早春をさす言葉に「木(こ)の芽時」がある。

人は、境界をはっきりさせたくて暦を作った。太陽の動きから、日の出、日の入りが、真東、真西になる切りのいい日を「春分」の日、「秋分」の日と呼んだ。生命については、春分を真ん中にはさんで前後に「啓蟄」と「清明」がある。

二十四節気の個々の名は、何かしらの観点をもって名付けしているのだろう。当たり前といえばそうだが。

2014年4月9日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 清明、寒食

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第50回として、二十四節気の「清明(청명)」と、同じ時期の「寒食한식)」にまつわる話を紹介した。

まず、同時期の清明、寒食の語義、および植樹について、次のような紹介から始まった。
・諺に「清明に死のうが、寒食に死のうが(청명에 죽으나 한식에 죽으나)」がある。二十四節気の一つの「清明」(陽暦4月5、6日)から花冷えも収まり、気温も暖かくなる。一方、「寒食」は、冬至から105日目を指し、伝統的名節で、先祖の祭祀(제사.)をしたり、墓参りに行く。この日は火を使わず、冷たい料理を食べる。清明とほぼ同じ、陽暦4月5、6日になることから、上記の諺は、「これも、あれもたいした差はない」の意で使われる。また、毎年4月5日は、山に植樹する日でもある。朝鮮時代の成宗(성종)王が世子や臣下を連れ、農作業の神を祭る先農壇(선농단)で祭祀を行った。

▼ 「花柳東風(화류동풍)」を聴く。きらびやかな春の香りする・・・今様である。

次に、寒食と墓薙の風習について、次のように説明された。
・寒食の伝統はほぼ失われたが、旧正月(설날)、秋夕(추석、旧暦8月15日)、5月の端午の節句と並び、4大名節とされた。昔は、火の使用に手間取り、家々で火種を消さぬよう用心した。万物は、命を宿すと考えられ、火も古びると生命力が落ち、人に悪影響を与えると信じられた。新春を迎える時、古い火を消し、新しい火を点す作業が寒食だ。朝鮮時代、寒食の4日間、火の使用を禁じ、冷たい飯を食べた。宮中では柳の木で焚いた火を、官庁や臣下に分け与えた。
・植樹のころ、墓の草むしりの「墓薙(벌초)」や、補修したりする慣習だけは、今も残っている。
・次の曲目「西道雜歌」中の「祭奠」は、寒食に夫の墓前で、祭祀を行う女性を歌った曲だ。準備の供え物を一つ一つ並べ、心をこめて捧げ、先立った夫を偲んで歎き悲しむ。曲冒頭、祭祀の前に、墓前に幾重も紙を敷き、供え物を乗せる場所を作る様を歌う。

▼ 「西道雜歌(서도 잡가)」の中の「祭奠(チェジョン、제전)」を聴く。少ない音と震える声で悲しみを表現して・・・。

最後に、鄭澈(정철、1536年12月18日~1594年2月7日)の歌について、次のように解説された。
・この時期、祭祀でなく、花見に山を訪れる人が少なくない。こうした風流を楽しむ様子を描いた歌に、朝鮮時代の歌辞(가사)文学の大家、号を松江(송강)、鄭澈の歌に「勧酒歌」がある。「この身は死んだ後、むしろで包まれ、きらびやかな輿に乗せられ山まで運ばれるのだろう。麻の服を着た人たちが歎き悲しみながら付いてくるだろうが、わびしい墓の中では誰も酒を勧めてくれることもない。せめて生きている間だけでも、心から楽しもう」という内容だ。

▼ 「勧酒歌(권주가)」を聴く。不老酒の効用をまず朗詠して・・・ゆるり酔ってみよう。

2018年4月5日木曜日

清明 2018

今日は、二十四節気の「清明(せいめい)」。「万物がすがすがしく明るく美しいころ」(Wikipedia)とのことだが、もう少し具体的に知りたく、色刷り図版が美しい「日本の七十二候を楽しむ」(臼井明大、東邦出版)を見ると、清明の候を次のように分類解説している・・・なるほど。ロケット打ち上げでいえば、まさに「リフトオフ」・・・明確な軌道に乗るべき、始まりの始まりを示す。

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・初候: 玄鳥至る(つばめきたる)
・次候: 鴻雁北へかへる(がんきたへかえる)
・末候: 虹始めて見る(にじはじめてあらわる)
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(本ブログ関連:”清明”)

ブログを遡ってみれば、実際の清明の天候はバラついている。だからこそ、そろそろブレのない一投球を欲するころだろう。
(ちなみに「清明」は、狐と縁ある陰陽師の安倍晴明の「晴明(せいめい)」じゃない。)

2021年4月4日日曜日

清明 2021

今年は「二十四節気」のすべてを記すと決めたのに、さっそく「清明」を書き漏らしてしまった。そんなわけで追記する。

(本ブログ関連:”清明”)

昨日(4/3)の探鳥会で見た新緑の美しさこそ、清明を表すにふさわしい。清らかに明るく輝く自然。さくらの花は装いをあらたに黄緑の新芽を出している。花吹雪で飾ったさくら並木にも落ち着きが戻る。次代につなぐ命の息吹ってのは本当にいいもんだ。


(追記)
最近、Windows10のアップデートが行なわれて以来、ブログ記載時に文字入力(IME)の動作がおかしくなった。たとえば、「清明」の「せいめい」に対する文字候補が「生命」と「姓名」しか表示されないのだ。
ネットに対策を探したところ、ブログ(PC設定のカルマ)の記事「Windows10 - 以前のバージョンの Microsoft IME を使う」にもとづいて処置したところ無事復旧できた。感謝。
https://pc-karuma.net/windows-10-previous-version-microsoft-ime/

2018年4月11日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「つぼみの歌」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、済州島の民謡「つぼみの歌(봉지가)」他についての話を紹介した。

始めに、「清明(청명)」と「寒食한식)」の歳時について次のように紹介された。
・二十四節気の「清明」は、空が明るくなる日で、毎年4月4日、5日頃にあたる。一方、「旧正月(설날)」、「秋夕(추석)」、「端午」と並ぶ四大節句の一つ「寒食」には、火を使わず冷たい物を食べる。寒食は冬至から105日が過ぎた日で、清明と同じ時期になる。ことわざに、「清明に死んでも、寒食に死んでも(청명에 죽으나 한식에 죽으나)」があり、どちらにしろ大差ないの意だ。暖春になぜ死を例えるか、それは寒食に先祖の墓参や祭祀を捧げる風習があったからだろう。

▼ 済州島方言(花のつぼみ:봉지)に由来する済州民謡「つぼみの歌」を聴く。レコードジャケットがいい。

・この民謡は、「ツツジが咲くとカッコウが鳴き、ナズナと春を摘み取る」で始まるが、済州島では「春の木からつぼみが落ちる」と始まったそうで、美しい花がしおれると実になると、春の美しい自然を歌い、一方で秋の収穫の期待をこめた。

次に、1910年頃始まった木を植える日「植木日(식목일)」について次のように紹介された。
・寒食は、木を植える日「植木日」でもある。国土の7割を山地は占めるが、(古来)木を多用して山肌が多く露出したため、1910年頃から植樹が始まった。だが、朝鮮戦争などで避難民が伐採して山林を大きく減じたが、その後の植樹の努力が実り、造林に成功した。ちなみに、韓国の山で最もよく見かける樹木は松で、国歌にソウルの中心にある南山の松が登場する。

▼ コムンゴ演奏による <南山に松が多いが、その数が減るを残念に思い、豊かな山への想いを込めた>「青い松の茂みを夢見る(푸른 솔 숲을 꿈꾸다)」を聴く。今様に。

最後に、王が直に畑を耕す宮中行事について次のように紹介された。
・植木日は、朝鮮時代の宮中行事と関連がある。春になると、王が直接農作して、農事を重視する姿を見せた。
・キム・ボエさんのことば: 草木が育つ清明(4/5)、先祖の恵みを思いながら墓参や祭祀を捧げる寒食(4/6)とつづく。いつも自然と共に感謝する気持ちで生きた、昔の人々の暮らしを想像してみたいと思う・・・とのこと。

▼ <寒食の日に珍しい食べ物を準備して、夫の祭祀を捧げる> 女性の歌「祭奠(さいてん、제전)」を聴く。次々と並ぶ。

2017年4月4日火曜日

清明 2017

今日は二十四節気の「清明」。過去の本ブログに清明を記したのは、2015年だけ。春の光を知らせる「春分」が余りに大き過ぎて、次に来る清明を取り逃がしてしまったようだ。

(本ブログ関連:”清明”)

一昨日の地元公園の「桜まつり」は、賑わいに比べて花の勢いが今ひとつだった。再度、公園に出かけて桜の咲き具合を観察してきた。満開目前だった。

本当に春らしい陽射しだった。そして、驚くほどの人出。桜まつりが今も続いているよう。今日が休日かと見まごうばかり。桜の木立の下に、ビニールシートを敷き詰めて、花見客グループが飲食と会話を楽しんでいる。

隣りの原っぱでは、明るい陽を浴びながら、子どもたちがはしゃぎ廻っていた。子どもの齢に合わせてか、一緒に遊ぶ親、見守る親さまざまだ。

花見客の渦に巻き込まれながら写真を数枚撮り始めたところ、カメラが動かなくなった。どうやら、メモリー表示とバッテリー表示を見間違えたようだ・・・何たることよ。カメラ店に行けば、充電式のバッテリーといわれ、何にも知らないのがバレた・・・何たることよ。

とりあえず、撮り始めた時の写真を載せる。盛況振りが分かるといいが。

2024年4月4日木曜日

清明 2024

きょうは二十四節気の「清明(せいめい)」で、明るく清々しい輝く季節になった。ちなみに、清明をさらに細分化した、七十二候の三期間は次の通り(Wikipediaより)。
・初候: 玄鳥至(つばめ いたる) : <>が南からやって来る
・次候: 鴻雁北(こうがん きたす) : 大きな(鴻)<>が北へ渡って行く
・末候: 虹始見(にじ はじめて あらわる) : 雨の後に<>が出始める

(本ブログ関連:”清明”)

まさに春らしく、来る「ツバメ(燕)」、帰る「ガン(雁)」、そして春雨の後、空に架かる「虹」。清明には事物の変化のきざし、命の躍動を感じさせるものが詰め込まれている。


(付記)
そんな颯爽となるべき日(実際は薄曇り)、体操教室を休み、家にこもって昼間に夢を見た。

きょうから体操教室の新年度が始まる日だったのに、うたた寝をしてしまい行きそびれた。春の気配に体調が追いつかず、少々混乱しているようだ。冬の厳しさから春の心地よさに飛んでしまったのだろうか、こんな夢を見た。

古く懐かしい、むかし住んだ何軒かの家をつなぎ合せた不思議な夢を見た。家の中を巡ると、室内の作りや家具の配置が違う。一階の縁側から見える庭先と、二階の窓から見降ろした光景が別だったりもする。多分、三軒ほどの家が組み合わさっているようだけど、実際の記憶と異なるのは、当時の心象が微妙に反映しているせいだからだろうか。

ある部屋に入ったとき、物置然と家具で埋まった薄暗い奥隅に人の気配がした。
目をこらすと父のかすかな姿が浮かんで見えた。湯呑茶碗を持って部屋に入り、無言のまま小さな椅子に座ってゆっくり茶をすすっている。しばらくして、その姿が消えるのだが、再び同じ光景が繰り返されるのだ。わたしは、だまったまま見つづけていた。


(追記)
そうそう、きょうは「自然観察会」の公開イベントで、高尾山の「スミレ」観察会の日でもあった。けれど上記のごとく欠席した。昨年(2023.4.13)、同じ場所で同様に開催されたとき、足腰の具合が絶不調で大変難儀した思い出がある。遠出の観察会に出かける自信がなくなっている。今回は、確信の欠席になった。歳とともにいろいろチャンスを減らしているが仕方ない。

2022年4月5日火曜日

清明 2022

きょうは二十四節気の「清明(せいめい)」、すべてのものが清らかで生き生きしているころ。清明を三分割する<七十二候>の初侯は「玄鳥至(つばめ いたる):燕が南から来る」、次候は「鴻雁北(こうがん きたす):雁が北へ帰る」、そして末候は「虹始見(にじ はじめて あらわる): 雨後に虹が出始める」となる。

(本ブログ関連:”清明”)

子ども時代に、ツバメが低く飛んで虫を捕らえ、巣に舞い戻って雛たちに餌を与える姿を、日常普通に見たものだ。それが、ツバメをあまり身近に感じなくなったのはいつからか。
探鳥会のベテランの方が、ツバメの<繁殖調査>に参加するとのこと・・・野鳥観察の奥深さに入門者はただただ驚くばかり。NHKのチコちゃんに叱られそう。

(ガン)」の渡りのイメージに重ねて「北帰行」の歌を知っているが、実際に雁が北国を目指して飛び立つ姿を見たことはない。というか、雁の言葉を聞き流していて、具体的に何の鳥か理解してない。Wikipediaによれば「カモ目カモ科ガン亜科の水鳥のうち、カモより大きくハクチョウより小さい一群の総称」とある*。
(*)Youtube:「雁(ガン)と鴨(カモ)の違い 外見と習性から違いを比較」← 感謝!
        https://www.youtube.com/watch?v=ic68wZ8KaZY
ところで演歌では、雁を「かり」と呼ばないと哀愁が出てこないんだな・・・。

そうそう、きょうの最高気温は 18.2℃(天気予報 17℃)、きのう(9.8℃)と比べて暖かいはずなのに、外に出てみれば何となく冷え冷えした・・・気のせいか。桜並木の花が散って空が見え始めている。路面や植え込みに花びらが貼り付いている。桜吹雪を浴びるタイミングを逸したかもしれない。

2025年4月4日金曜日

清明 2025

きょうは二十四節気の「清明(せいめい)」、万物が生き生きと清しいさまを見せるころ。

(本ブログ関連:”清明”)

先週来の冷え込みから解放され、ようやく春らしい温もりになった。空は青く晴れ渡り、花々が咲き誇る。「ツグミ」や「ジョウビタキ」などが北へ帰り、「ツバメ」が訪れる時期である。清浄明潔(しょうじょうめいけつ)、まさに生命の脈動を感じる。

清明を三つにわけた、七十二候の三期間は次の通り。
・初候: 玄鳥至(つばめ いたる) : <>が南からやって来る
・次候: 鴻雁北(こうがん きたす) : 大きな(鴻)<>が北へ渡って行く
・末候: 虹始見(にじ はじめて あらわる) : 雨の後に<>が出始める

ところで根拠はないが、演歌に北へ帰るという表現がみられるのは、昔の人びとにとって春先に渡り鳥が北へ飛び立つのを見る機会が身近だったからではと想像したくなる。


満開のサクラ(写真左)、タンポポ(写真右)
・しばらく冷え込みが続いたおかげで、花見の余裕が残ったのは幸い。ちょうど昼どきに、日射しを受けて、秘密(自称)の桜並木を訪れた。見上げると、まだ白い花弁がまぶしく輝いていた。路肩に、もう花びらが舞い始めている・・・まもなく路上に花の絨毯ができることになるだろう。

・サクラ並木の樹下に「タンポポ」が黄色い花を咲かせていた。花の裏側の苞片が妙に反り返っていた。「カントウタンポポ」と「セイヨウタンポポ」の雑種が多いと教えてもらっていたので、判別に自信がない・・・多分、セイヨウタンポポ寄りじゃないかな。  

2026年4月5日日曜日

清明 2026、霞(かすみ)」・「霧」・「靄(もや)」

きのうの昼から降り始めた雨は、きょうの日付に変わった深夜に止んだ。天候は、今朝から曇り空だが・・・回復したようだ。(太平洋の沖を流れる雨雲は、まるで黒潮ルートをたどるように北東へ進んでいる)

きょうは二十四節気の「清明(せいめい)」*で、草花が咲き競い清々しさが一層増す春本番。また、渡り鳥の「ガン」、「ツグミ」**や「ジョウビタキ」などが北へ帰り、南から「ツバメ」が訪れ来る。
(*)この時期を迎えて、昔の中国では<墓参>や<散策>の意があるそうだ。(Wikipedia)
(**)ツグミ: きのう欠席した野鳥観察(探鳥会)では、まだ多数観察されたようだ。

(本ブログ関連:”清明”)

正直なところ、清明の文字から想われる明朗さよりも、<春雨>のしっとり感が日本の郷土にふさわしい気がしないでもない。きょうが、雨上がりだったせいかもしれないが。

東京都の月別降水量(mm)を見ると、3月、4月から増えている。
(気象庁:東京都 1991~2020年 平均)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
59.756.5116.0133.7139.7167.8156.2154.7224.9234.896.357.9


「霞(かすみ)」・「霧(きり)」・「靄(もや)」

ところで、春の言葉に「春霞(はるがすみ)」があるが、それと関連して「霧」、「靄(もや)」について、生成AI の Gemini に問うてみた結果を記す。
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● 気象学的な定義
分類視程:見通せる距離正体:浮遊物特徴
定義なし:学術用語でない水滴・塵・煙気象観測上の正式な用語ではない
1km未満微小な水滴視界が非常に悪く、湿り気が強い。
1km以上、10km未満微小な水滴霧よりも薄く、遠くがぼんやり見える状態。

● 文学的・慣習的な違い
分類季節特徴視点/背景

の季語遠くの景色がぼんやりと白く見えるのを指す。
なると「朧(おぼろ)」と呼び方が変わる。
目の前の視界を遮るものとして捉えられる。

の季語水滴が濃く立ち込め、目の前の視界が遮られる状態を指す。・遠くの山々や景色を美しく包むものとして、観賞の対象になることが多い。
・現代では一年中使われるが、俳句や和歌の世界では、秋の冷え込みによって発生するものを指すのが一般的。

季節感はない霧よりも薄く、どこか幻想的で柔らかい印象を与える。

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2015年4月5日日曜日

清明2015

きょうは、二十四節気の「清明(せいめい)」。雁が北を目指すという。いよいよ、春が顔をのぞかせて、すべてが清く活きいきする頃。ところが、花冷えも収まらず、気温も上下して、4月というに何だか寒い日曜日だ。・・・おまけに、今週、またも寒の戻りがあるという。

(本ブログ関連:”清明”)

1~3月を終えて、今年の分の一を食ってしまったことに気付く。一年をリンゴの実に例えると、その大きさ、過ぎた速さにたじろぐ。PC横に日めくりカレンダーを置いたせいか。手を伸ばせばすぐに日めくりできる。カレンダーを日ごと剥がすたび、身を削る気がすることがある。

せっかくの休日を、「桜祭り」見物することなく、寒さが億劫で、出歩くこともなく、ストーブの暖を求めてしまった。一日ズルズルして、ズルズル終わりそう。

2017年4月12日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 祭奠

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、西道地域の雑歌 「祭奠(さいてん)」など関連した曲を紹介した。

始めに、「寒食」の風習と、食文化を垣間見られる北方西道地域の雑歌「祭奠」について次のようの紹介された。
・韓国の今日4月5日は植樹祭の「植木日(식목일)」。昨日4月4日は、二十四節気の「清明」だった。万物陽気になる日で、清明に地に適当な棒を植えても、新芽が出る諺もある生命力豊かな時期だ。昔、王が直に畑を耕す風習もあったため、この時期に木を植える「植木日」を定めた。人々は、季節が明らかな変化するとき、先祖に祭祀を捧げた。今日は「寒食(한식)」(墓参りの日)であり、その祭祀の西道地域の歌「祭奠」がある。

寒食に、夫の墓に供える食物の名を並べて嘆く妻の雑歌「祭奠제전)」を聴く。碧梧桐風、節日に訪ね・・・。

次に、寒食に冷たい食事をとる風習について次のように紹介された。
・冬至から105日目の寒食の日に、冷たい食事をとる風習がある。昔、女性は、かまどの火を消さないのが重要な義務とされたが、寒食の日に古い火を消した。国が新しい火を分けたという。全に命があるという考えから、春を迎え、新しい火に変えたのだ。寒食は、その過渡期、一度火を断って冷えた食事をする儀式であった。

▼ <青葉の陰、緑陰が花より美しい季節>の意の「緑陰芳草녹음방초)」を聴く。漢字混じりの歌で・・・。

最後に、太陽の陽射しいっぱい春に期待をこめて次のように語られた。
・昔、万物が生き返る春に戦も中断した。春は命が育つ時期だからだ。どんなに権力に目がくらんだ者でも、この時期、農作をした。そうでないと、戦に勝っても生き残る民がいないことをよく知っていたからだろう。春は、田畑をならす本格的農作業が始まる。天気が良ければ豊作になると信じたし、海辺の漁師も魚種が増えると信じた。欠かせないのは、太陽の陽射しだった。農村も漁村も生き生きとした気運が溢れる季節。鮮やかな花も緑も美しい春から始まって、今年も豊かで満ち足りた一年になればと思う。

▼ 「太陽がいっぱい(태양은 가득히)」の演奏を聴く。ラテンのような軽快さで、春の陽を浴びる、今様で。

2021年4月20日火曜日

穀雨2021

きょうは二十四節気の「穀雨(こくう)」。穀物を育てる春の雨が降るころをさす。しかしながら、今朝からよく晴れて快適な一日だった。しかも天気予報で、最高気温が 26℃ とまでいわれたが、結果は 23.5℃ に終わった。

(本ブログ関連:”穀雨”)

もし最高気温が 26℃ だったら、今年最初の「夏日」になるはずった。字のごとく夏の気配がして、寒いのが苦手な者には過ごしやすい日だったのだが。

(本ブログ関連:”夏日”)

(参考)気象庁の用語: 夏日、真夏日、猛暑日、熱帯夜
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・夏日   :日最高気温が25℃以上の日。
・真夏日:日最高気温が30℃以上の日。
・猛暑日:日最高気温が35℃以上の日。
・熱帯夜:夜間の最低気温が25℃以上のこと。(気象庁の統計種目にはない)
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きょう、雨でも降れば、その中を低く飛ぶツバメの姿をTVニュースは報じたかもしれない。春の雨にツバメはよく似合う。ところで、穀雨の一つ前にあたる節気「清明(せいめい)」(今年は4/4)の初候を「玄鳥至(つばめ/げんちょう いたる)」といい、字義通りならもっと早い時期の風物となる。

先日(4/3)の探鳥会で、ツバメが二羽飛んでいるのを見た。公園で今年最初の観察といわれた。その日は何と、清明の始まる前日だったわけで、二十四節気と自然がうまく合っているのは楽しい。今気付いたことだが。