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2026年3月1日日曜日

きょうから「春」

カレンダー上、きょうから「春」(気象庁の区分で 3月~5月)だ。晴天、東南東の風、最高気温が、19.5℃(14:44)と心地よい。今朝のテレビの天気予報は、さっそく「桜」の「開花予想」をしていた・・・なんでも、昨年の開花は平年並み(3/24)だったが、今年は一週間ほど早い(3/14)かもしれないとのこと。

■ 気象庁
「さくらの開花日(2021-2025年)」
    ー https://www.data.jma.go.jp/sakura/data/sakura003_07.html

家中の壁掛けカレンダーから、2月分をせっせとはがした(100均ショップの壁掛けカレンダーが安価なため、部屋や空間ごとに吊るしている)。今年は「うるう年」でないので、時刻と月日を交互に表示するデジタル時計の調整の必要がないのは幸いだ(これも100均ショップで購入して、壁掛け時計の見えぬ洗顔所からトイレまであちこちに置いている)。

気分は春。待ちに待った春だが、最高気温からの下降も激しい。気温の変化はしばらく波打つように繰り返しそう。まさに冬から春先の「三寒四温」だ。

以前のブログで、この時期にちなんだ、童謡「春が来た」(作詞 高野辰之、作曲 岡野貞一、明治43年:1910年発行の『尋常小学読本唱歌』に所収)を触れていたと思ったら未だだった。これほど親しまれた曲を未掲だったとは・・・そこで、先日(2/27)の童謡「春よ来い」に続けてとりあげることにした。春は、山にも、里にも、野にも来る。

子どもの実感として、春は入学式(新学期)、さくらの花見、遠足など楽しい行事でいっぱいだった。幼いころ、家族と山裾の畑地に行って、「レンゲソウ」を摘み花輪を作った記憶がある。なぜか、思い出はドローンで撮ったような心像なのだ・・・心のどこかで美化したい気持ちがあるのだろう。
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春が來た 春が來た どこに來た
山に來た 里に來た 野にも來た

花が咲く 花が咲く どこに咲く
山に咲く 里に咲く 野にも咲く

鳥が鳴く 鳥が鳴く どこで鳴く
山で鳴く 里で鳴く 野でも鳴く
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■ Youtube(登録: ゆめあるチャンネル)
「春が来た(春の童謡)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=iT2s2MHbkF4

2024年8月31日土曜日

(気象のいましめ) 二百十日

台風10号は、8月29日に九州(鹿児島県薩摩川内市付近)上陸後 → 四国横断の進路を定めているようだが、自転車あるいは人の歩行並みという余りの低速だ。その後、熱帯低気圧に変わりながら関西(紀伊半島南部)へ進み、本州横断が<予想>*されている。遠く南関東地は余波を受け、だらだらと雨降りが続くばかり。
(*-1)予想進路:今後さらに「迷走」する可能性ありとの報道が出る始末。
(*-2)9/1 熱帯低気圧化し、その後温帯低気圧化するとのこと(9/2追記)

そういえば子どものころ、「二百十日」の言葉は割とポピュラーだった(大人たちから聞かされただけかも知れないが)。
最近あまり聞かれないのは、ザックリした表現のためか。天気予報で単なる話題に終っている気がする・・・取りあげれば説明に時間がかかるからかもしれない。そうであれ、伝統の言葉には直感的な共有感や季節理解があって貴重だが。

(本ブログ関連:”気象のいましめ”)

「立春」(2/4)から数えて210日目のきょうを、雑節で「二百十日」という。今年は、四年に一度の「うるう年」にあたり、2月が例年に比べて1日多いため、きょう(8/31)になる。うるう年でない例年の場合、二百十日は 9/1 となる。

二百十日のころに、台風がよく来るとか風が強く荒れるなど、空模様の危なっかしい日とされた。稲の開花時期でもあり、「農家の厄日」ともいわたそうだ。日本独特の地形や季節による観天望気のようなものだろう。
ウェザーニュースに次の解説記事がある。

■ ウェザーニュース
「二十四節気「処暑」  立春から210日目に警戒すべき理由とは?」(2024/08/22)抜粋
https://weathernews.jp/s/topics/202408/210155/
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「二百十日(にひゃくとおか)」に警戒すべし
・「二百十日」は雑節(ざっせつ)の一つで、立春から数えて210日目のことです。
・二百十日のあたりは古くから、野分**などの災害が起こりやすいとして、厄日(やくび)と考えられ、特に農家の人たちは警戒していました
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(**)野分:「台風の古称。二百十日の頃、野の草を吹き分ける強い風」(Wikipedia)

ところで、アメリカのハリケーンの場合、二百十日に当るようなものはあるのだろうか(ちなみに、二百十日についての英語版Wikipeda はない)。大平原の先に現れるハリケーンにも、きっと前触れのようなもの(いい伝え)があると思うのだが。

2024年2月29日木曜日

うるう年 2024

今月(2月)は、平年と比べて1日多い「うるう(閏)年(366日/年)」月である。平年は28日しかないが、調整日が1日追加されて29日ある。

(本ブログ関連:”うるう年”、”閏年”)

太陽が空間上同じ位置に戻るのに「365.242 189 44日 ≒ 365日5時間48分45.168秒」(Wikipedia)かかる。現行の「太陽暦」の365日より多い端数があるわけで、その調整が必要になる*。
(*)端数の調整: 国立天文台(大学共同利用機関法人 自然科学研究機構)
「よくある質問」の「質問3-6 どの年がうるう年になるの?」より抜粋
- https://www.nao.ac.jp/faq/a0306.html
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地球が太陽の回りを一回りするには(実際の1年は)、約365.24219日かかります。(現行の)「グレゴリオ暦」では、1年の平均日数が、この日数に近くなるように「うるう年」を入れています。
とはいっても、グレゴリオ暦法での1年の平均日数を計算すると365.2425日になりますので、グレゴリオ暦の1年と実際の1年との間には約0.00031日程度の差があります**。そのため、数千年程度で1日のずれが生ずるはずです。しかし、そのときにどのように修正をおこなうのかは、今のところはっきり決まっていません
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(**)365.2425日-365.24219日=0.00031日

これから先のことはむつかしいけれど、身近な日常の仕事に照らしてみるとおもしろい。
たとえば、多くのひとびとがかかわるプロジェクトの工数に着目すると、2月は平年の月と比べて3日ないし2日少ない(=31or30-28)ので要注意だが、うるう年には1日分工数を増やすことになる。うるう年の2月に何となく安心する。

とはいえ、うるう年のきょうは、私にとって「ああそう、うるう年だったんだねえ」といったところ。

2023年2月28日火曜日

カルガモ、コブシ(訂正)

きょうで2月が終わる。他の月のひと月が、30日/31日なので当たり前といえばそうだが。それにしても、歳とともに月日の経過が加速する。

国立天文台のサイトにある「よくある質問」コーナーに、次のようなQAが掲載されている。
「 質問3-8)どうして2月だけ28日しかなくて、日数が変わるの?」(抜粋)
    https://www.nao.ac.jp/faq/a0308.html
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・最初に結論を書きますと、2月だけ28日しかないのも、うるう年に日数が変わるのも、どちらも古代ローマで使われていた暦において、現在の2月にあたる月1年の終わりの月だったためです。
・現在私達が使っている暦は、古代ローマの暦が元になっています。
・(今につながる)ユリウス暦では、4年に一度うるう年を入れて1年の長さを調整します。
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今年は「うるう(閏年)年」ではないので、2月は28日までしかない(うるう年の2月は29日まである)。それにしても2月は短い。2月は(気象庁の定義の)冬の終わりで、春に向けたあわただしい変化に目が奪われる。

きょうの気温は、4月並みの暖かさ(最高気温 19.5℃、13:41)で、寒さが苦手な私にとって最高だった。昼過ぎ、防寒着を重ねることなく遅い昼食に出た。もちろん何かよい写真が撮れないかと見まわしながら。

体育館そばにある池と、公園の水が涸れそうな小川へ「カルガモ」を探してカメラに収めた。

カルガモ(左:体育館の池)
人通りも多いこの池に棲むカルガモは餌付けされているようで、随分と人に慣れている。池を囲んだ垣根の隙間から覗くと、2羽のカルガモが寄ってきた。餌を期待しているのだろうか、目を合わせても逃げようとしない。岸に接近して平気でいる。番(つがい)だろうか。真上から見た底の浅い池は、水が澄んで水紋が美しい。

カルガモ(右: 公園の小川)
涸れかかった小川の一部に水が溜まり、こちらも番(つがい)か2羽のカルガモが泳いでいた。少し高まった岸辺から見下ろすように撮った。自然の中に生きて、警戒心があるよに見えるが、実はこちらも千切ったパンを投げて餌付けしている人を見たことがある。とはいえ、野鳥を観察するようになって、一番身近なのがカルガモ。かれらの姿にホッとする。気心知れたように、お互い生きてますなあといった感じだ。


コブシ
小川のカルガモを見た戻り路に柔らかな毛に包まれたコブシの冬芽から、白い花が一部に見えた。かれらは、しっかりと冬の終わりを待ち、花を咲かせる機会を待ち構えていたのだろう。ここでも、お互い無事に冬を越しましたなあと思ったりする。


そういえば(家に籠っていた)1月と比べて、2月はだいぶ外出している。3月は、カメラを替えたので、いろいろなものを写したく、もっと散歩の機会を増やしたいと期待している。

2019年2月28日木曜日

シャビエル、ザビエル

日めくりカレンダーは、当日を意識付けするけれど、翌日に目配せが必要なときがある。今日は2月の28日、普段のならいせいで、つい明日は29日と思い込んでしまいそう。けれど2月は今日で終わり。「うるう年」でない限り、2月は28日までしかない。

話し変わって、バスク語のテキスト(「ニューエクスプレス バスク語」吉田浩美著)の会話に決まって登場する男性の名は「シャビエル(Xabier)」。気にもせず、ひとりの人物名とみていたが、Wikipediaで「Xabier」を検索すれば、ヨーロッパの男性名として、各国の読み方(呼び方)を紹介している。

1549年、日本へ来たスペインの宣教師「フランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier)」は、(これもWikipediaの記述によるが)<日本のカトリック教会ではイタリア語読みから慣用的に「ザベリオ」が用いられ、現在おもに「ザビエル」>が使われているという。

あのフランシスコ・ザビエルが「バスク人」だったのかと、彼の故郷を確認すると、(これまたWikiprdiaによれば)<生家のハビエル城はフランスとの国境に近い北スペインのナバラ王国ハビエルに位置し、バスク語で「新しい家」を意味するエチェベリ(家〈etxe〉+ 新しい〈berria〉*)のイベロ・ロマンス風訛りである。フランシスコの姓はこの町に由来する。>とのこと。

(*)berria: 新しい(new) berri に-a が付いた絶対格単数形

バスク語テキストでは、登場人物「シャビエル」と「ザビエル」の関係について触れているわけではないが、なんとなく学習に一歩近づく感がするのも不思議。

ところで、イディッシュ語テキスト「Colloquial Yiddish」(L. Kahn)に主に登場する男性の名は「דוד(Dovid)」は、ヘブライ語の「דָּוִד」に由来。すなわち、ユダヤ王の「ダビデ」であり、英語の男性名「David」につながる。

語学教材の著者は、登場人物に、その言葉(語学対象)に縁の深い名の登場人物を選ぶのだろう。さて、外国人向け「日本語教材」の場合、主な登場人物(男性)はどんな名になっているのだろうか。

(3/1:追記) 中国の留学生によれば、彼が学んだ日本語教材に登場した人物名は、男性は森/田中であり、女性は小野だったそうだ。

2016年2月29日月曜日

うるう年の2月29日

今日は2月の最後の日、29日である。例年の2月末は28日までだが、今年は西暦年数が4で割り切れるため、1日余分に挟み込むことができる。この1日は、納期に追われる人にとって、得した気分になり、ありがたいのだ。作業に余裕が出る。

閏年」の文字「閏」を「じゅん」と呼ぶ。電子漢和辞書「漢字源」によれば、「会意(文字構成)。『門』+『王』で、暦からはみ出た日には、王が門の中にとじこもって政務をとらないことをあらわす。定数からはみ出る。不正規なものの意を含む。」・・・とのこと。意外にだらしない文字のようでもある。また、「閏」の文字を使った熟語に、「閏賀(うるか)」とか「閏戸(うるいど)」などあるが、馴染みのない言葉だ。

この「閏」に<さんずい>を付けて「潤」にすると、「潤沢」のような熟語ができる。王が仕事を休むという消極的な意味合いよりも、「うるおい」とか「したたり」のような意が出て、積極的な風味がする。

そこで、閏年の2月29日は、出てきた日と考えて、「得した日」ということにしよう。

(付記)
雨上がりに、もやって桜の木がかすむ。そのとき、南西に高度を落とした太陽光が、桜のバックから差した込んだ。その瞬間、薄紅色の光がまぶしくて、なんだか桜花が一面に開いたように見えた。桜の春が待ち遠しい。

2012年7月6日金曜日

うるう秒

そうそう、2月1日のブログに今年が「うるう年」(2月が28日→29日になる)であり、おまけに7月1日には「うるう秒」が1秒追加されると記したが、本当にそうしたんですね。
msn産経ニュースの1日付け記事「『うるう秒』を実施 09年以来、情報通信機構」(7/1)に次のように解説されている。

・日本の標準時を管理する独立行政法人「情報通信研究機構」(東京都小金井市)は1日、標準時と地球の自転による時間のずれを調整するため、午前8時59分59秒と午前9時0分0秒との間に、8時59分60秒という「うるう秒」を挿入した。

(・・・08:59:59→08:59:60→09:00:00→09:00:01・・・)

・1日の長さが24時間1秒になる、「うるう秒」の挿入は世界中で同時に実施。前回は2009年1月1日にあった。

・「うるう秒」が必要なのは、地球の自転速度が厳密には一定ではないため。世界共通の標準時は現在、数十万年に1秒しか狂わない高精度の原子時計に基づいて運用されており、数年に1度「うるう秒」を入れることで、自転とのずれを解消している。

・1972年から行われており今回が25回目。同機構のシステムからの信号により、放送局の時刻運用システムなどの多くは自動調整される。ただ事業者によっては影響が出ないように対応が必要となることなどから、将来的には廃止も議論されている。


(付記)
7月1日のブログで月日の経つ早さを慨嘆したが、当日1秒遅くれたのだからおあいこか・・・そいうわけはないが、近在の情報通信機構(NICT)で午前9時を境に1秒のずらしを入れるイベントがあったそうだ。それに気付かず残念なことをした。
ところでイベントに出かけていたら、7月1日のブログはどのようになっていただろうか。