2026年3月22日日曜日
(Gemini)大相撲の人気
2025年8月27日水曜日
(資料)AIが語る「乳児の笑顔」
A.産まれたばかりの乳児が見せる「笑顔」は、通常の意味での「喜びの表現」ではなく、無意識的な反応や生理的な反応であると考えられています。つまり、乳児の初期の笑顔は、感情的な喜びや社交的な反応から来るものではなく、身体的なプロセスや反射的な動きの一部と見なされることが多いです。
乳児の笑顔の種類と解釈
乳児が生後数週間以内に見せる笑顔には、主に以下のような種類があります:
1. 生理的な微笑み(反射的微笑)
新生児や生後数日の乳児が見せる笑顔は、通常は生理的な反応として現れることが多いです。これは、赤ちゃんが眠っているときや、体の不快感から解放された瞬間などに見られます。この時の笑顔は、内的な快感や筋肉の緊張の緩和に関わるものであり、感情的な「喜び」とは必ずしも結びつきません。たとえば、レム睡眠(夢を見るとされる睡眠段階)の際に見られることがあります。
2. 社交的微笑み(社会的微笑)
生後6週間から2ヶ月を過ぎたあたりから、乳児は実際に「社会的な微笑み」を見せるようになります。これは、親やケアギバーが笑いかけると反応して笑顔を見せるようになる、意識的で社会的な反応です。この微笑みは、乳児が周囲の人間に対して感情的な反応を示す最初のステップとされており、コミュニケーションの一環として機能します。つまり、親や周囲の人々が乳児の目線を引きつけることで、赤ちゃんは笑顔で反応するようになり、この段階での笑顔は喜びや安心感を表現するものと解釈できます。
3. 感情的な反応としての微笑み
さらに成長すると、乳児は外部の刺激に対して感情的に反応するようになります。例えば、親が赤ちゃんに面白い表情をしたり、楽しい音を立てたりすると、赤ちゃんはその反応として笑顔を返すことがあります。この時期の笑顔は、他者との絆を強化する社交的な役割を持ち、社会的な交流の一部として重要な意味を持つようになります。
結論
新生児や生後間もない赤ちゃんが見せる笑顔は、初めは主に反射的・生理的な現象であり、完全に感情的な「喜び」や「楽しさ」とは言えません。しかし、成長とともに、社会的な反応としての笑顔が現れ、周囲とのコミュニケーションの一部として、より感情的な意味を持つようになります。ですので、乳児の笑顔は、最初は単なる身体的な反応から、やがて意識的な感情表現へと変化していくと言えます。
2025年2月14日金曜日
「人間の絆」の映画断片
2018年3月2日金曜日
「らばQ」で紹介された話:子ザルの帰還
そこで、元のYoutube映像に戻って、情報を得てみた。
タイトル「Umsizi Vervet Monkey Rescue release of Pearce..」にある「Umsizi」は、南アフリカのズールー語*で「支援、手助け」の意があり、ウムコマアス(UMKOMAAS)の地に、その名を冠した「ウムシズィ・ウムコマアス・ベルベットモンキー救援センター」が、小ザルのピアースを親元に放したといった内容のようだ。
(*)ズールー語の発音: 「青年海外協力隊として南アフリカ共和国で活動している」方のブログに紹介がある。
子ザルの帰還について、Youtubeに次のように記されている。
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Pearce(ピアース)は、1歳のベルベットモンキーで、足を怪我したため捕捉され、治療と休養の後、彼は家族に戻されました... このビデオは、母親とだけでなく、群れ全体およびボスザルをふくめて、驚くべき絆(きずな)を見せてくれます... お楽しみあれ...
(画面)かけがえのない愛... 気をつけて坊や
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人間と変わらぬ・・・といったら陳腐だろうか。わが子が無事に戻って安堵する母ザル、それを見守る集団とリーダー。そこには、忘れることのなかった、情愛の集団的共感があるようだ。逆に、人間もそれを理解できる存在だといった方がいいのかもしれない。それにしても、戻った坊やの母親へのしがみつき方がたまりません。
(Youtubeに登録のNigel Wrightに感謝)
(雑談)
Unix OSを祖に持つお手軽版ともいえるLinuxのひとつに、Ubuntuがある。このネーミングは、Wikipediaによると、< ズールー語で「他者への思いやり」、「皆があっての私」というような意味 > だそうだ。
2017年5月5日金曜日
「走れ、走って逃げろ」
(本ブログ関連:”走れハニー”)
体育教師との強い絆に見守れたハニーは、目標と心の支えを得たればこそ、自分を見つめ陸上選手として活躍することができたのだろう。ソウルオリンピックの前年まで放送されたという。
似た題名だが、児童書に「走れ、走って逃げろ」(U. オルレヴ、母袋夏生訳、岩波少年文庫)がある。体験に基づくもので、時代は遡り、第二次大戦中のポーランド国内の農村や森に逃げて生き延びたユダヤ少年の幸運な出会いを語っている。このGWに読んでみたらと、教室で先生から紹介されたものだ。
死者は語ることができないといった話を先生はされたと思う。主人公(スルリック、逃亡中「ユレク」と名乗る)は、8歳から12歳ころまでの間に生死を分けた、そして偶然といっていい出会いに救われる。幸いにも過去を語る側に立てたのだ。街角や森の奥に隠れ住むユダヤの少年たち、牛飼いのため雇ってくれたポーランドの農民家族、逃亡を見て見ぬ振りをしたドイツ兵、・・・、一個人で相対したとき、素の人間があらわれ、善人もいれば、恐怖の人間もいた。
私が子どもの時代でも、まだ戦後の余韻が残っていて、テレビは今では考えられないほど太平洋戦争の記録映画を放映したし、漫画雑誌に少年の戦闘機パイロット物語が連載された。だから、戦争経験者の体験記も文芸春秋の特集号として掲載された。子どもながらに読んだ印象は、銃弾の銃創の激痛であり、ひもじさであり、果てのない逃走の記録だった。生き残った人々の言葉は、直接的で、肉体的なものだった。彼らの言葉には、その後語られるような分析(俯瞰)はなかった。
「走れ、走って逃げろ」もそうだ。過去も明日もない、今日をどうやって生き抜くか、それが精一杯なのだから。もし、少年の回想に、死を身近にする場面があるとすれば、逃走の途中、偶然再会した瀕死の父の言葉かもしれない。生きるためにすべきこと、そして忘れてはならないことを、父親は早く逃げるようさとしながら語った。
結果、少年は生き抜いた。体験者(主人公)の話をもとに著された「走れ、走って逃げろ」は、似た経験を持つとはいえ、作家(著者)の手になるものだ。もし本人が体験記として書いたらどうなったか気になるところだ。
(本ブログ関連:”ひまわり ①、②”、”シェルブールの雨傘”、”君の名は”)
(5/6追記)
今日(5/5)は、祝日「こどもの日」であり、春分と夏至の中間で夏の始まりを示す「立夏」だ。実際は、明日・明後日の土日の休日が残っており、GWがまだ続く。
2011年8月3日水曜日
絆(きずな)
・なでしこジャパン、ザックジャパンなどが来年から着用する新ユニホームに「絆」をテーマとしたデザインが採用されることが1日、分かった。ダークブルー基調でシャツ前面の中央に「絆」をイメージした赤いラインが入る。男女全カテゴリーの日本代表共通のデザインで、日本サッカー界を挙げて東日本大震災からの復興を支援する意志が込められる。
イ・ソンヒの歌に、東洋的旋律をとり入れて絆(きずな)をイメージした「因縁(인연)」(歌詞)がある。それは、成就されない愛の歌であるが、互いの縁(えにし)を浮びあがらせ、因縁を感じさせる。このうつしよに互いのつながりが切れたとしても、因縁という絶対的なものがあって、そこに還ることができるのだとわたしたちは信じている。この絆、つまり因縁は東洋に通底するとても強い人間観なのだと思う。
ところで、イ・ソンヒの「因縁」の曲作りのきっかけを次の通り再掲する。(本ブログ:2010年7月12日)
・「因縁」について、MBCのインタビュー番組「黄金漁場-膝打ち道士」(2009年)に出演したイ・ソンヒは次のように語っているという。(悲恋と悲劇を併せ持った)MBCテレビドラマ「チェオクの剣(다모:茶母)」(2003年)の、主人公チャン・チェオク(ハ・ジウォン(하지원))と、彼女が仕えるファンボ・ユン(イ・ソジン(이서진))との関係からインスピレーションを得たと。
(Youtubeに登録のRedGate86、alrexに感謝)
(本ブログ関連:"因縁" 絆、縁、인연) ← 表示後、画面右下の”前の投稿”で継続参照します。
★★★★★ 孫娘が、可愛く上手に、飄々として寝返りをうつ決定的な動画が届いた ★★★★★
2010年7月10日土曜日
第17回 東京国際ブックフェア
姜尚中氏(東京大学院教授)の講演が始まるまで、面白いものはないかと会場を巡った。多数の来場者もあり、ムンムンとした会場の熱気に汗だらけになった。
・まず孫のためを優先して、「『はらぺこあおむし』万華鏡」と「お絵かきボードブック」を手に入れた。
・次に自分のために、同時開催の「教育ITソリューション」会場の韓国企業ブースで、電子回路学習用教材「NEO GEM BLOCK」を購入した。はんだ付け不要のブロック・タイプのキットで、光センサーにより、①陽が落ちるとランプ点灯、②光感知してメロデイーが鳴るの2種類の回路を楽しめる。
姜尚中氏の講演「読書の力-『自己内対話』が開く世界」は、超満員の会場でおこなわれた。入りきれない聴講申込者のために、モニター会場が別途設けられた。
講演タイトルの通り、同氏の若いころの読書経験がいかに人間形成に寄与したかを次のように説明された。
・まず、文字を知っているからこそ読書ができること。それは天が与えてくれた最大の恵みかもしれない。文字を知らなければ外と断絶する。究極の疎外である。
・読書することで、自己と対話ができる。それは、もう一人の自分を発見することである。その結果、他者と向き合い対話できる。そのことが、また読書につながっていく。
・自己内対話により、記憶に溺れることはなくなる。その結果、記憶が整理され、忘れることができるようになる。
・子どもは自ずから学んでいく。経験から見て、系統的な読書という考え方は不要でないか。
・読書は、本を通じて、書き手と読み手の対話であり、本を通じてしかできない絆である。
以上のほかに、同氏の現在と今後の取り組みについても語られたが省略する。