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2026年5月12日火曜日

武蔵野の月の山端や時鳥(大淀三千風)

昔の江戸市中といえば、都区部の一部を指していたし、新宿はその端の宿場町だった。まして武蔵野となると、更に外側だった。(検索AI Labs)
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・江戸市中は、東京23区中心部(千代田・中央・港・文京・台東・墨田・江東の一部・新宿・豊島の全域、および 渋谷区、品川区、目黒区、北区、板橋区の一部)の範囲。
・江戸に最も近い初宿(江戸四宿)は、品川宿(東海道)、内藤新宿(甲州街道)、板橋宿(中山道)、千住宿(日光・奥州街道)。
・新宿は、日本橋中央区)から数えて最初の宿場であり、武蔵野を抜ける甲州街道と成木街道(青梅街道)の分岐点。
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「四季の俳句」(関森勝夫、桜風社)の <夏> の項に、俳諧師 大淀三千風(寛永16年[1639年] ~ 宝永4年[1707年])の次の句がある。同書によれば、三千風の「(日本)行脚文集」の句で、日本橋よりの眺望と語られているそうだ。関森氏は、「武蔵野の平地の先の、低い山の重なりが目に浮かんだ。/ ほととぎす(時鳥)の声よりも、その飛ぶ姿に焦点のあることが理解される」と評している。

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武蔵野の月の山端や時鳥    (大淀三千風)
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(本ブログ関連:”ホトトギス”)

江戸市中の日本橋から、武蔵野の光景が眺望できたというのは驚きだ。現在の感覚からいえば、都下武蔵野は、新宿、ないし中野辺りを出ないと武蔵野らしさを感じないものだ・・・それも、中央線が高架になってから気づいたことだが。

月の山端とは、今以上に月の明かりを感じる夜、遠く秩父山地から奥多摩にかけての稜線を感じ取れたからだろう。そのとき、飛ぶホトトギスの姿までとは、江戸のひとの眼力に感心するばかりだ。

ちなみに、三千風は全国行脚に七年間巡遊したという。

2026年4月11日土曜日

秘密の桜並木、葉桜

知る人ぞ知る <秘密の桜並木> へ、昼直前(11:45)に行った。朝陽を受ける東側入り口はすっかり葉桜状態になって、路肩に花びらが散り積もっていた。一方、夕陽を受ける西側の入り口にはまだ花が残っていた。とはいえ桜並木は装いを変えたようだ。
ー きょうの最高気温 28.1℃(13:56)、今年初めての夏日(最高気温25℃以上)を観測した。

(本ブログ関連:”桜並木”)

花風吹の様子はいかばかりかと気になるのだろう、数組のひとびとが訪れていた。わたしも、葉桜の枝に覆われた上空をなんども見上げながら通り抜けた。次の写真は、東側から入って覗いた光景。

2026年4月6日月曜日

これはこれはとばかり花の芳野山(安原貞室)

今、奈良県の吉野山の斜面を這うように、「サクラ」(大部分が、白い花の「シロヤマサクラ」)の花が昇っているそうだ。観桜の機会がむつかしいので、ニュース映像で知ることになる。この地は、古来、桜の名所で、多くの人が訪れている。秀吉は、大層な花見の宴を催したという。

江戸時代、俳諧の貞門派、松永貞徳の高弟である「安原貞室(やすはら ていしつ)」(慶長15年(1610年)~ 延宝元年(1673年))も、爛漫の景色を見た。俳諧撰集「曠野(あらの)集 巻之一 」の巻頭句に「これはこれはとばかり花の芳野山」がある。

「これはこれは」と思わず口にした場面が浮かぶ。<これはこれは!> ふだん誰れもが口にする表現で技巧がないだけ、その感嘆振りに共感する。たぶん、おじさんがよく使いそうな言葉だけに・・・。

■ 山梨県立大学  芭蕉関係人名集
阿羅野脚注 巻之一    花  郭  公  月  雪」 ← 阿羅野 = 曠野(あらの)
    ー 阿羅野: 蕉門の山本荷兮(かけい)が編纂し、元禄2年(1689年)に刊行した俳諧撰集
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/arano10.htm
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よしのにて
これはこれはとばかり花の芳野山            ←  芳野山 = 吉野山
我まゝをいはする花のあるじ哉              八十村 路通
・・・
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(本ブログ関連:”八十村 路通”)


■ 朝日新聞
「空から見下ろす『一目千本』 山肌覆う桜が満開に 奈良・吉野山」(2026年4月5日)
    ー https://www.asahi.com/articles/ASV4522RXV45UQIP00RM.html?ref=youtube
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 一目で千本の桜が見渡せることから「一目千本」と呼ばれ、約200種、3万本の桜がある。最も多いのは「シロヤマザクラ」で、「ソメイヨシノ」よりも白っぽい花が咲く。品種の違いや標高による寒暖差、日当たりなどが影響して、桜が咲く風景を長く楽しめる。

 吉野山観光協会によると、標高*が低い場所では、4日までに満開を迎えた。一帯で標高が最も高い「奥千本」では、10日ごろ満開になると予想している。
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(*)標高: 下千本(しもせんぼん)、中千本上千本奥千本と標高の低い順に約1ヶ月かけて開花が山を昇る。


■ Youtube(登録: 朝日新聞)
「奈良・吉野山の桜 「一目千本」山肌覆う桜が満開に」(2026/04/05)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=DPzN7Uy_HcA



■ 公益社団法人 日本地震工学会【公式】
    ー https://x.com/JAEEGAKKAI/status/2038081207733481981
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吉野の桜は「シロヤマザクラ」という古来種を主とし、後世普及用に品種改良した「ソメイヨシノ」に比べピンクが鮮やか**です。金峯山寺(きんぷせんじ)信仰から寄進されました。砂岩斜面根を張る適応力があり平地に近い下千本から咲き始め1ヶ月見頃が続きます

一目千本」の桜が著名な奈良県の858mの山。中央構造線南側***隆起した砂岩の地形が水流で深く削られ、尾根と落差を形成。桜の古来種平安以降の1000年の育成により、高度・場所ごとにのべ3万本の桜が咲き誇ります
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(**)シロヤマザクラの花の色合いが上記新聞記事と逆?  →  白い色が鮮やかが正しいようだ。
(***)吉野山は、中央構造線の南側「三波帯」の更に南側の「秩父帯」に属し、チャートや石灰岩、砂岩泥岩互層などで構成する。


(参考)

■ 万葉百科 奈良県立万葉文化館 
(万葉集)「歌詳細」 ー  山部赤人
    ー https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detailLink?cls=db_manyo&pkey=924
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吉野の象山のまの木末にはここだも騒く鳥の声かも(巻6-924)
(み吉野の象山(きさやま)の辺りの枝の先には、多くさえずり合う鳥の声が響く)
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(追記)

■ Gemini
「中央構造線」:関東から九州まで約1,000km以上にわたって続く巨大な断層
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徳島県から和歌山県、、伊勢湾にかけての区間は、現在も活発に動く「活断層」として知られています。
・現在、南から「フィリピン海プレート」が「ユーラシアプレート」の下に沈み込んでいます。この際、日本列島を西向きに押し出す力が加わっており、その歪みが中央構造線沿いの断層を動かす原因の一つとなっています。
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■ 国土交通省天竜川上流河川事務所
「中央構造線読み方案内 -諏訪から大鹿村地蔵峠まで ー」(河本和朗著)
    ー https://mtl-muse.com/wp-content/uploads/2019/02/020328_yomikata.pdf

2026年4月4日土曜日

江戸時代の「花」、桜と梅

今朝はどんよりした曇り空だ。すでに九州を中心に雨降りで、東京は昼過ぎに雨になるという、そのまま日付に変わる未明まで雨天のようだ。したがって、きょうの外出(たとえば花見)は午前中くらいしかないと・・・早朝に思った。

そんな後ろ向きなことを考えているうちに、きょうの野鳥観察(探鳥会)の時間(今月から集合 6:30)を過ぎていることに気づいた。(頭の前側では、開始時刻が 6:30 であることを分かっていたのに、頭の後ろ側で 、今まで 7:00 だったのが抜けきれずいたようだ)
ー そんなこと考えているうち、朝寝に落ちて気付けば昼になっていた
ー 夕方になって、横殴りのような荒れた風雨になった!

ところで、このところ江戸の俳諧に関心を持ち始めている。江戸文化で、花見の「サクラ」をどのように感じ、愛でていたのか気になり、Googleの生成AI Gemini に訊いてみた。Q&Aをそのまま次に記す。

(本ブログ関連:”折々のうた”)

■ Gemini

Q.江戸時代のひとびとは、「さくら」を見に行くのに「花見」と呼んでいましたか? 「花」の言葉の使い方で、<梅>や<桜>をどう区別していましたか?
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A.江戸時代の人々も、現代と同じように「花見」という言葉を日常的に使っていました。ただ、その言葉に込められたニュアンスや、梅と桜の呼び分けには、当時ならではの美意識や習慣が反映されています。

「花見」という言葉の広がり
江戸時代になると、それまでは貴族や武士のたしなみだった「花見」が、庶民の娯楽として爆発的に普及しました。
・一般的な呼称:  庶民の公認行楽として「花見」という言葉が定着しました。当時の浮世絵の題名や「江戸名所図会」などのガイドブックにも、はっきりと「花見」という文字が見られます。
・対象の変化:  平安時代以前は「花」といえば「梅」を指すことも多かったのですが、江戸時代には <「花」=「桜」> という認識が完全に定着していました。そのため、単に「花見に行く」と言えば、それは桜を見に行くことを指しました。

梅と桜の区別のしかた
当時の人々は、季節感や用途に応じて、言葉を巧みに使い分けていました。
対象主な呼び方特徴とニュアンス
「花」
「観桜(かんおう)」
「花」という言葉を独占する特別な存在でした。江戸中期以降は、上野や隅田川の堤へ大勢で連れ立って出かける「集団レジャー」の象徴でした。
「梅見(うめみ)」
「探梅(たんぱい)」
桜とは明確に区別し、わざわざ「梅を見に行く」と言いました。桜が「宴会」であるのに対し、梅は寒さの残る時期にその香りを静かに楽しむ「風流」なものとされました。

興味深い言葉の使い分け
・「探梅(たんぱい)」:  まだ花の少ない時期に、山野へ早咲きの梅を「探しに行く」という奥ゆかしい表現も好まれました。
・「桜狩(さくらがり)」:  桜を愛でることを、獲物を追う「狩り」に見立てた優雅な表現も残っていました(現代の「紅葉狩り」と同じ感覚です)。
・「花月(かげつ)」:  文人や教養のある人々の間では、花と月をセットにした風雅な表現が好まれ、俳諧や和歌の世界ではより専門的な季語として使い分けられていました。

江戸の人々にとって、梅は「春の訪れを知らせる香り」を、桜は「春の真っ盛りを祝う華やかさ」を楽しむものとして、明確に心の中で区別されていたようです。
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2026年4月3日金曜日

桜並木

きょうの最高気温は19.7℃ (13:49)と、きのうにつづき 19℃代をキープして温(ぬく)い。ついつい家の中に籠ってしまいそうだったが、夕方(午後4時過ぎ)になって重い腰を上げ外出した。

例によって、地元のひとびとの <秘密の桜並木> の具合を確かめに行く。風は強く(5.7m/s)、花吹雪状態になってないか気になった。幸い、路上を花びらで埋めるまでに至ってなかったが、ぼちぼち緑の若葉が見え始めていた。もしかしたら、花の盛りを越えてしまったのだろうか・・・。

(本ブログ関連:”桜並木”)

並木道には、わたし同様、カメラやスマホを手に写真を撮りに来たひとたちがちらほら見えた。西に傾いた陽射しを受けて、薄紅色のサクラの花は一層美しく輝いた。

2026年4月2日木曜日

満月(ピンク・ムーン)

体操教室へ出かけたとき(13:00前)、南の風ながら気温は 14℃ に近く冷えびえする・・・、教室が終わって外へ出たときは、気温が 17℃ 近くに上がったものの 北風(風速 3m/s)のせいで、これまた涼しい。きのうの昼から降った雨は、きょうの朝方に止んだが、雨後のせいもあってか、一日ひんやりした。結局、夜になってストーブを点けている。

それを言い訳にして、今夜の満月を見に出かけるのを断念?した。

(本ブログ関連:”満月”)

ピンク・ムーン
アメリカの「農事暦(Almanac)」によれば、今晩の満月を「ピンク・ムーン」*と呼ぶ。
(*)ピンク・ムーン:「米先住民(インディアン)が、4月の満月に名付けた呼称。4月の時期に『芝桜(moss phlox)』がピンク色の花が咲かすことに由来する。」(Google検索 Labs)

(本ブログ関連:”ピンク・ムーン”)

ピンク・パンサー
そういえば、ピンクの名から喜劇映画「ピンク・パンサー」を思い出す・・・といっても、昔のテレビで放映されたものを見たくらいだが。真面目にギャグをやってくれるのは、楽しくてうれしい。バスター・キートンを源に、ピーター・セラーズ、ローワン・アトキンソン、レスリー・ニールセンは正統派だと思う。
ー 子どのころにテレビで見た「三ばか大将」は原点だ。

ちょっと小言をいうと、今の日本の若手コントのギャグは、大学生のコンパ芸から出てきたようにしか見えない。

2026年3月31日火曜日

3月の終わり、今年の四分の一が過ぎる

きょう(3/31)で3月が終わる(旧暦 2/13)。今年も、あっという間に3ヵ月間(年間の四分の一)が過ぎた。気象庁の季節区分で「春」(3月~5月)の最初の月を経過した。

外は小雨(といっても、とびとびの時間に降る)、強い風(といっても、南の風)、夕方(17:00)になって気温は 17℃ へ上向きに・・・それでも、冬の気分から抜け出せず、ストーブを点けている。

テレビの天気予報で、桜が咲くころの雨「桜雨(さくらあめ)」が紹介された。馴染みの桜並木の花はどうなっているだろうか気掛かり。

■ Weather News
「催花雨や桜雨などなど  言葉で楽しむ桜の世界」
    ー https://weathernews.jp/s/topics/201702/280165/

■ 桜雨の言葉がいつごから使われ始めたのか、ChatGPTに問うた。
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「桜雨」という言葉自体は古くから和歌的な表現としての素地はありますが、<俳諧・俳句の季語として定着するのは主に近代(明治以降)> とされています。
江戸期の俳諧では、「花の雨」という表現が主流。
・「桜雨」は、より叙情的・文学的な語として、近代俳句で広まる
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※ ChatGPT、Gemini 、Google検索などで、「桜雨」を使った例句(作例)を探したが、良いものが見つからない。


夜になれば、家のあちこちに吊るした壁掛けカレンダーから3月を剥がし4月にかえる。

なにより、春になると一日ねむたい。鼻水、くしゃみ、鼻や目の痒みなどないが、どうやら花粉症の影響らしい・・・。

2026年3月30日月曜日

春雨と傘、月形半平太

春の雨は、冬の雨の冷たさと違い、どこか粋な感じを与える。幕末の志士(土佐藩の武市半平太をモデルにしたともいわれる)月形半平太が、京都三条の宿を出るとき口にした「春雨じゃ、ぬれて参ろう」という決め台詞がある。

(本ブログ関連:”春雨”、”端唄 春雨”、”雨水”)

■ 月形半平太、新国劇(Wikipedia)
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・「月形半平太」は、<行友李風(ゆきとも りふう)> 作の戯曲および、同作の主人公の名。1919年(大正8年)、<新国劇> による京都明治座での公演が初演である。
・劇団名「新国劇」は新出発に際し、澤田(正二郎)の恩師 <坪内逍遥> から与えられたものである。「新国劇」は「新旧両派歌舞伎劇を越える新しい日本の劇」を標榜する名称で、新派と新劇の中間という位置を示すものといえよう。
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日ごと思いつくままつづられた「ことばの歳時記」(金田一春彦、新潮文庫)に、こんな解説がある。金田一春彦氏が、春の時期、京都を訪れて気づいた経験から、月形半平太について次のように触れている・・・「春とは見えじ春の雨」に合わせて。
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新国劇の芝居で見ると、月形半平太が、三条の宿を出るとき「春雨じゃ、ぬれて参ろう」と言うが、今思うと、彼は春雨が風流だからだからぬれて行こうと言ったのではなく、横から降りこんでくる霧雨のような雨ではしょせん傘をさしてもムダだから、傘なしで行こうと言ったものらしい。そこへゆくと、東京の春雨は「侠客春雨傘(きょうきゃくはるさめがさ)」という芝居の外題でも知られるように、傘を必要とする散文的な雨である。
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そういえば、春には<霞>もよく似合う。


■ 侠客春雨傘(コトバンク)
「侠客春雨傘」
    ー https://kotobank.jp/word/侠客春雨傘-1524483
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・<福地桜痴(ふくち おうち)>作。1897年4月 東京歌舞伎座初演。
・武士の無謀から札差(ふださし)稼業を捨てて俠客になり,女嫌いの遊び好きとして俠気を発揮する <(大口屋)暁雨> の活躍と,<お鶴> のちの<薄雲太夫>の敵討(あだうち)を中心に組まれた6幕物
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侠客が傘を持って登場するスタイルには、粋と情が示されるという・・・。(昔の日活映画で、主人公はなぜかギターを背負っていた)

2026年3月29日日曜日

桜まつり(小金井公園 )

春の陽気に誘われて、昼過ぎ(13時ころ)に小金井公園で開催の「桜まつり」(3/28-3/29)に出かけた。天気快晴、南の風、気温21.2℃(最高気温 22.1℃、14:17) の中、きのうの野鳥観察と同じ服装にしたのが間違いだったようだ・・・暖かというより、むしろ暑いほど、額に汗が滲んだ(6月の平均気温22℃に近いほど)。

(本ブログ関連:”桜まつり”)

公園南側の五日市街道に並行して走る「玉川上水」の(両岸に植えられた)「サクラ」が、強い日射しを受けて一斉に白い花を咲かせていた。園内に入って驚いたのは <花見客> の多さだ ・・・ 正直、今まで見たこともない混みようだった。


園内の「こども広場」、「いこいの広場」は、草はらで遊ぶ家族連れでにぎわい、最近はやりの小テント(ポップアップテント)が広場の周囲にずらりと並んでいた。

祭りのメイン会場である、「江戸東京たてもの園」前の広場には、市内の事業体が設営した <広報や屋台(祭りにふさわしい食べ物を提供)> のテントが並び、ますますの混雑ぶり。さらに大きな舞台が設けられ、地元団体による <踊り> や <お囃子> が演じられていた。


踊りは、陽気な <阿波踊り> に似た振りで、おとなと子どもが混じって演じられた。見入っているうち、直射日光に閉口して、<たてもの園>にあるショップで柚子アイスドリンクを飲んだほど。

2026年3月23日月曜日

桜並木(もういいかい・・・まあだだよ)

南の風がそよぐ穏やかな昼過ぎ(13:30ころ)、地元の人びとだけ?が集う「秘密の花園」ならぬ「秘密の桜並木」に、開花状況を確かめに行った。

住宅地の深くに、高木のサクラの木立が見え始めた・・・遠目に、枝先が白くもやっているのがわかった。並木道の東側入り口の方が(西側よりも)、花びらが多く見えた。次の写真は、西側入り口から(東側に向かって)撮ったもの。
サクラの薄紅色の花が、まだ見える<枝>や<空>をやがて覆い隠すのが待ち遠しい。


サクラの幹の下に、「レンギョウ」の低木が、緑の葉より先に黄色の花を咲かせている。ほんの一部だが・・・。これも、色の取り合わせとして待ち遠しい。

2026年3月19日木曜日

東京のさくらの「開花宣言」、レンギョウ、ユキヤナギ

体操教室へ行く途中(午後1時半ころ)、北風が吹き、思ったよりも冷えた。きょうの最高気温は、きのうより3℃ ほど暖かい 20.7℃(12:05)だったが・・・。

教室で話題になったのは、靖国神社の標本木(「ソメイヨシノ」)に、5~6輪の花が咲いて「開花宣言」されたかどうかだった。
ウェザーニュースの解説によれば、開花後1週間前後で満開となるところが多いとのこと・・・ちなみに満開は、3月中に迎えるところがでてくるという。

東京のサクラ開花・満開日(Gemini より)
開花発表日満開日備考
2026年3月19日(3月25日予想)本日、開花が発表されました
2025年3月24日3月30日
2024年3月29日4月4日10年ぶりに3月下旬以降の遅い開花
2023年3月14日3月22日観測史上、最も早い記録(タイ)
2022年3月20日3月27日
2021年3月14日3月22日観測史上、最も早い記録(タイ)
2020年3月14日3月22日観測史上、最も早い記録(タイ)

■ ウェザーニュース
「東京でソメイヨシノが開花 平年より5日早い桜の開花に」(2026-03-19 15:23 )より抜粋
    ー https://weathernews.jp/news/202603/180056/
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今日3月19日(木)、気象庁は東京の桜の開花を発表しました。平年・昨年ともに5日早い観測です。ソメイヨシノを観測している気象台のなかでは、全国で岐阜・高知・甲府・名古屋に続き、今年5番目の開花発表となりました。東京のさくらの標本木(ソメイヨシノ)は千代田区の靖国神社にあります。
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■ Youtube(登録: ウェザーニュース)
「【東京 桜開花発表】平年より5日/昨年より5日早い春の訪れに」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=cCCu5eJRjEk


レンギョウユキヤナギ
体操教室の帰り、落葉性低木広葉樹の「レンギョウ」の黄色の花が続く歩道を通った。黄緑の葉と合わせて、いろどりが美しかった。その合間ところどころに植わった落葉低木の「ユキヤナギ」の小枝に白い小花が群がるように咲いていた。

追記: 3/24 撮影)
ユキヤナギは元気に眩しく白い花を咲かせ、レンギョウは黄色の花を追うように、緑の葉が増していた。

2026年3月7日土曜日

サクラ、シデコブシ

(早朝の野鳥観察(探鳥会)を欠席してしまった)

昼下がり、ガラス窓越しに明るい陽射しが入り込んだ。最高気温が、きのう(12.1℃、16:41)よりも暖か(17.4℃、11:58)だったので、隣り街の書店へ行ってみようと家を出た。大通りを進むうち、北北東の風に気づき、たじろいでしまった・・・最大風速(北東の風、12.7m/s、15:57)。

ある施設*の垣根越しに、うす紅色の「サクラ」の花、白色の「コブシ」の花が並んで咲いているのが見えた。通りがかりの人びとが気づいて、見上げるようにしてスマホを向けて写真を撮っていた。私も距離をあけて、コンデジカメラに収めた。
(*)施設: 公的な施設だったので撮れたが、民家だったらこうはいかない。

サクラ
「さくら」には多数の栽培品種があるため、Googleの画像検索をしてみたが、結論が出せない。花びらは八重のように密だが、重なり合っては見えないし・・・とりあえず、「サクラ」のままにした。
ー ちなみに地元の人びろだけが観桜する、裏通りの桜並木は、まだ蕾(つぼみ)の状態だ。



コブシ
一方「こぶし」は、Googleの画像検索をしたところ、具体的に「シデコブシ」との回答があった。ただし、いままで見たことのあるものと比べて、園芸栽培的な感じがする。まだ、数輪が力いっぱい咲かせているだけ。

2026年3月6日金曜日

吹く風を 何厭(いと)ひけん 梅の花 散りくるときぞ 香はまさりける(凡河内躬恒)

確実に春の兆しがするというに、気温はきのうと比べてちょっと低目でヒンヤリする。冬の終わり~早春といえば梅の花、咲き具合はどうだろう。

今度は第九巻、「第九  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、平安時代中期の勅撰和歌集「拾遺和歌集」に所収の、凡河内躬恒(おおしこうち の みつね:「古今和歌集」編纂者、貞観元年: 859年? ~ 延長3年: 925年?)の歌がある。

(本ブログ関連:”折々のうた”、””)
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吹く風を何厭(いと)ひけん梅の花 散りくるときぞ香(か)はまさりける
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すらすらと耳触りが良く、新書「折々のうた」で、著者は「強く吹く風を何で嫌ったりしたのかしら。梅の花は、散って来る時こそ一段と芳香もまさっているものだったのに」と解釈している。散るときの香りがすぐれているなんて、ちょっと都人(みやこびと)らしい気取りを感じるが。

ところで、桜で名高い「小金井公園」の <梅林> で開催された、「梅林のご案内~ウメで春を感じませんか~」(2/21)はすでに終了した。現況、ピークは過ぎたが、まだ観梅が可能のようだ。

また、<河内> の言葉から、子どもころ、なぜか馴染んだ女優の河内桃子(こうち ももこ、昭和7年:1932年 ~ 平成10年:1998年)さんを思い出す。戦後の中流家庭の女性といった役柄を、穏やかなしぐさで演じられたと思う。



■ 高千穂大学 名誉教授  渋谷栄一氏 整定
「拾遺和歌集」
    ー http://genjiemuseum.web.fc2.com/sihu1.html
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・贈太政大臣*  1006 「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主人(あるじ)なしとて 春を忘るな」  ← 菅原道真公の歌の初出
・凡河内躬恒    0030 「吹く風を何厭ひけん梅花散り来る時ぞ香はまさりける」
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(*)贈太政大臣: 死後に太政大臣の官位を追贈(贈位)された人物。生前の功績を称えたり、冤罪による不遇を慰めたり、さまざまな貢献を評価する目的で行なわれた。(Labs)


■ Gemini
Q.古代の貴族の名に「凡河内氏」がありますが、「凡」と「河内」について由来(起源)を教えてください。
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A.古代の豪族である <凡河内氏(おおしこうちうじ)> は、その名の通り「河内国(現在の大阪府東部)」を本拠地とした有力な一族です。
この名の由来を「凡」と「河内」に分けて紐解くと、古代日本の統治体制や地理的背景が見えてきます。

1. 「凡(おおし)」の由来:広域を束ねる称号
「凡」という字は、現代では「なみ、平凡」という意味で使われますが、古代においては <「総括する」「全体を支配する」> という意味を持っていました。
・広域支配の証: もともと河内地方には、狭い範囲を治める小さな「河内氏」が点在していました。これら複数の河内氏を統合し、河内国全体を代表する立場(国造:くにのみやつこ)となった一族が、差別化のために「凡(総括的な)」という冠詞をつけたとされています。
・読みの変遷「凡」を「おおし」と読むのは、「大(おお)」と同義で、多くの人々や土地をひとまとめにするという意味の古語「おし(領・押)」に由来すると考えられています。

2. 「河内(かわち)」の由来:地理的特徴
「河内」という地名は、その文字通り <「河(川)の内側」> という地形に由来します。
・かつての地形古代の大阪平野には「河内湖(かわちこ)」という広大な湖や湿地帯が広がっていました。淀川や大和川などの大きな河川に囲まれた、あるいはその内側に位置する肥沃なデルタ地帯であったことから「河の内」と呼ばれました。
・渡来文化の拠点: この地域は、大陸や朝鮮半島からの渡来人が多く定住し、当時の最先端技術(土木、治水、鍛冶など)が集まった場所でした。凡河内氏は、こうした技術集団を統率することで勢力を拡大しました。

3. 凡河内氏の役割と歴史
凡河内氏は、天武天皇の時代(7世紀後半)に <「忌寸(いみき)」、後に「宿禰(すくね)」> という高い姓(カバネ)を授けられています。
・軍事と祭祀: 軍事的な側面だけでなく、宮廷の祭祀(神事)にも深く関わっていました。
・有名な人物: 平安時代に入ると、古今和歌集の撰者の一人である <凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)> が有名です。武家のイメージから離れ、風流な歌人として名を残しました。

補足:表記のバリエーション
史料によっては「凡川内」と記されることもあります。これは「河」も「川」も当時の意味としては同じであり、地形的な特徴が強く意識されていた証拠と言えます。
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■ 三代集(Labs/Gemini/Wikipedia:追記)
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和歌の「三代集」(古今・後撰・拾遺)は、10世紀初頭から11世紀初頭にかけての平安時代中期の約100年間に成立した勅撰和歌集。

古今和歌集(古今集)
・成立時期:延喜5年(905年)頃
・勅命:醍醐天皇
・撰者:紀友則、紀貫之凡河内躬恒、壬生忠岑の4人。
・特徴: 日本最初の勅撰和歌集。紀貫之らが中心となり編纂。漢詩に押されていた和歌の地位を確立。繊細で技巧的な「古今調」を確立した。    

後撰和歌集(後撰集)
・成立時期:天徳5年/応和元年(951年)頃(※成立時期は諸説あり、村上天皇の「梨壺の書」)
・勅命:村上天皇
・編纂:源順・大中臣能宣・清原元輔・坂上望城・紀時文(以上、梨壺の五人)が中心。
・特徴:古今集に次ぐ第2の勅撰集。古今集に漏れた古い歌や屏風歌を多く収めた。

拾遺和歌集(拾遺集)
・成立時期:寛弘2年(1005年)~寛弘4年(1007年)頃
・勅命:花山院(花山天皇)
・撰者:花山院の親撰、もしくは花山院が藤原長能・源道済に撰進させた。
・特徴:第3の勅撰集。「古今」「後撰」の拾遺(残った歌)を中心に編集。 洗練された平明で優美な歌風(拾遺調)が特徴。
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沈丁花

テレビの天気予報で、「ジンチョウゲ(沈丁花)」の独特な <香り> について(それが濃いことで「千里香」の別名がある)話題があった。そういえば、小学校の「カイヅカイブキ」の垣根の間に植えられていて、夜に近くを通るたび香気に気づいたものだ。最近、抜かれたようで見当たらない。早春を、香りで知らせてくれていたのに残念だ。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

2026年3月1日日曜日

きょうから「春」

カレンダー上、きょうから「春」(気象庁の区分で 3月~5月)だ。晴天、東南東の風、最高気温が、19.5℃(14:44)と心地よい。今朝のテレビの天気予報は、さっそく「桜」の「開花予想」をしていた・・・なんでも、昨年の開花は平年並み(3/24)だったが、今年は一週間ほど早い(3/14)かもしれないとのこと。

■ 気象庁
「さくらの開花日(2021-2025年)」
    ー https://www.data.jma.go.jp/sakura/data/sakura003_07.html

家中の壁掛けカレンダーから、2月分をせっせとはがした(100均ショップの壁掛けカレンダーが安価なため、部屋や空間ごとに吊るしている)。今年は「うるう年」でないので、時刻と月日を交互に表示するデジタル時計の調整の必要がないのは幸いだ(これも100均ショップで購入して、壁掛け時計の見えぬ洗顔所からトイレまであちこちに置いている)。

気分は春。待ちに待った春だが、最高気温からの下降も激しい。気温の変化はしばらく波打つように繰り返しそう。まさに冬から春先の「三寒四温」だ。

以前のブログで、この時期にちなんだ、童謡「春が来た」(作詞 高野辰之、作曲 岡野貞一、明治43年:1910年発行の『尋常小学読本唱歌』に所収)を触れていたと思ったら未だだった。これほど親しまれた曲を未掲だったとは・・・そこで、先日(2/27)の童謡「春よ来い」に続けてとりあげることにした。春は、山にも、里にも、野にも来る。

子どもの実感として、春は入学式(新学期)、さくらの花見、遠足など楽しい行事でいっぱいだった。幼いころ、家族と山裾の畑地に行って、「レンゲソウ」を摘み花輪を作った記憶がある。なぜか、思い出はドローンで撮ったような心像なのだ・・・心のどこかで美化したい気持ちがあるのだろう。
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春が來た 春が來た どこに來た
山に來た 里に來た 野にも來た

花が咲く 花が咲く どこに咲く
山に咲く 里に咲く 野にも咲く

鳥が鳴く 鳥が鳴く どこで鳴く
山で鳴く 里で鳴く 野でも鳴く
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■ Youtube(登録: ゆめあるチャンネル)
「春が来た(春の童謡)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=iT2s2MHbkF4

2026年1月3日土曜日

野鳥観察(93)、満月(狼月、ウルフ・ムーン)

早朝(6:30ころ)、 今年最初の野鳥観察(探鳥会)に出かけた。
玄関の鉄門の上に透明な雨粒がいくつもあるので、触ってみたら何と凍っていた。さらに、門前のアスファルト路地に、小さな白い結晶風の霜模様が一面に張っていた・・・まるで、「桜石」(京都亀岡にある「菫青石仮晶」)のサクラの花弁を飾っているように見えた 。

アメダスを確認したところ、早朝6時の気温 -1.8℃ だった(tenki.jp*によると -2.2℃ )。さすがに冷えた夜明けだった。
(*)tenki.jp:日本気象協会

アメダスとtenki.jp の気象情報には、降雨のデータはない。もしかしたら、記録にならないほどの小雨・霧があったのかもしれないが。そこで、Gemini に問い合わせたところ、次のような回答を得た。どうやら、地面と空中の高さの差の気温差により、「霜」(気体 → 固体)と「凍露」(気体 → 液体 → 固体)の2つの現象が起こったようだ。

特徴アスファルトの「霜」門扉の「凍露」
状態変化昇華(いきなり凍る凝結 + 凍結(一度水になる
見た目白い粉、結晶状、不透明透明な粒、ガラス細工のよう
光の反射乱反射(白く見える正反射(キラキラと輝く

公園に着くと、酷寒のなか人びとが集まっていた・・・どうやら正月の「日の出」を見ようと待ち構えているようだった。
観察開始(6:30)してすぐ、フィールド東奥の木立の隙間から、眩しい朝陽が差し込んでてきた。陽光が低い高度で届くと、樹上の野鳥の羽や体の模様がくっきり観察できる。巡路の途中、次の写真の通り、霜で覆われた落ち葉や、凍露で木々の枝先に輝くのを見た。

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

今回も、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラで確認・整理したものを次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・シメ: 遠くに見た「シメ」の姿が、写真に写っているのに驚く(ツグミと同じ樹上にいた)
・ツグミ: 観察の最初から「ツグミ」が飛び回っていた。今回観察中最大数といわれた
・アオジ:指されて撮ったのは、メスだろうか
・ジョウビタキ: メスの地味な姿が可愛らしく、一番のお気に入りの小鳥だ
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・カルガモ: 公園の水枯れの小川は大部分氷が凍っていて、水流のある場所に集まっていた

落ち葉の霜(写真左)、ソシンロウバイの凍露(写真中央)、花壇の鉄柵の上の霜(写真右)
・公園の日陰にある落ち葉や枯れ草が、霜に覆われていた。
・「ソシンロウバイ」の枝先に、露が凍ってできた玉が、朝陽を受けてキラキラ輝いていた。
・公園事務所そばにある花壇を囲む太い鉄柵の上に、霜柱がまぶしたように付いていた。



ツグミ(写真左)、シメ(写真中央左)、アオジ(写真中央右)、ジョウビタキ(写真右)



ちなみに、きょうは「満月

米国の農事暦(The Old Farmers’ Almanac)に、本日1月の「満月」を「ウルフ・ムーン(Wolf Moon)」と呼ぶ。本来、インディアンの伝承にもとづいた月名だが、「シートン動物記」のオオカミのロボが雪景色に登場する場面があったような気がする・・・。

2025年11月24日月曜日

桜並木の枯葉

(日曜日に重なった祝日「勤労感謝の日」の)振替休日のきょう、昼下がり(15:30ころ)に、「秘密の花園」ならぬ知る人ぞ知る「秘密の桜並木」に出かけた。最高気温は、天気予報を上回る 19.5℃(13:07)とほどよい暖かさで、桜並木道に到着したときも 18℃ころ だった。3連休の最終日、小春日和らしさを取り戻してくれた。

桜の樹々はすっかり葉を黄や紅に染めていた。しかも、すでに枯葉となって路肩に吹き寄せられ積もっていた。春の観桜とちがい、秋の落葉はやはりさびしいものだ。


桜並木の写真を撮っているうちに、西陽が急に傾きだした。日陰が広がり、みるみる冷えてきたのに慌てる。人影もまばらで、シンと静まり返る光景に、子どものころの冬の夕方の染みる寒さを思い出した。

帰り道、稲荷神社に寄って、みなの安寧を願った。

2025年11月15日土曜日

橘(タチバナ)

最近、不老長寿の伝説を探している。別に長生きしたいからではない。そんなことになったら、むしろ大変、同情に値してしまうだろう。

不老長寿になるきっかけとなった食べ物、すなわち「人魚の肉」、「螺貝(にし)」、「むべ(郁子)」につづいて「橘(タチバナ)」があることをネットで知った。そこでタチバナについて、以下ネット上だが、調べてみたい。

(本ブログ関連:”人魚の肉”、”螺貝(にし)”、”ムベ”)

タチバナは、日本固有のミカン科ミカン属の常緑小高木で、柑橘類の一種という。正直なところ、店頭で見た覚えがない。酸味と苦みが強くて、ミカンのようにそのまま食べるのに向いてなくて、マーマレードなどに加工しているらしい。

私はマーマレードが好きで、塗装ニス(ワニス)のようなツンとくるものがなおよい。むかしの瓶詰(輸入食品?)には、そのようなものがあったが、最近とんと見つからないのはどうしてか?
ところで、エベレストを登攀したヒラリーが、その途中に飲んだ熱い飲み物にマーマレードが使われたと早とちりして(正確にはレモン湯だった)、寒い冬に熱湯に溶かして飲んだりした。

(本ブログ関連:”マーマレード”)

タチバナについて、Wikipediaに不老長寿の伝説を次にように記している。
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古事記、日本書紀には、垂仁天皇田道間守(たじまもり)常世の国に遣わして「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)・非時香木実(時じくの香の木の実)」と呼ばれる不老不死の力を持った(永遠の命をもたらす)霊薬を持ち帰らせたという話が記されている、古事記の本文では、非時香菓「是今橘也」(これ今のなり)とする由来から京都御所紫宸殿では「右近橘左近桜」として橘が植えられている。ただし、実際に『古事記』に登場するものが橘そのものであるかについてはわかっていない。
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田道間守(たじまもり)が、天皇の命に従って、海の彼方にある<常世の国>に出かけて持ち帰ったものがタチバナ(橘)だったようで、秦の「徐福」伝説の逆バージョンのような展開だが、どうやら不発に終わったという。田道間守、徐福はともに、下命に従う伝説であって、庶民の物語のようなふくらみと比べてちょっと遠いかなと感じる。

非時香:「時を選ばず香る=永遠に香る果実」
    ー 大和橘のマーマレード: https://www.es-koyama.com/co_and_m/confiture/ci_016_sp.html

ともあれ、タチバナを使ったマーマレードを湯に溶かして飲んでみたいと思っている。

2025年10月5日日曜日

ジュウガツザクラ(十月桜)

 昼下がり(午後3時半ころ)、公園に出かけた。同時刻の気温は、きのう(21℃)と比べて、きょうは、27℃ と暖かい。それに気づかず少々厚着した結果、息切れしてしまった。

日曜日の公園は親子連れでにぎわっていた。子どもたちは、公園を横切る小川に入り水遊びしていたし、岸辺の草むらで捕虫網を持って虫を追いかけていた。カレンダー上、秋半ばとはいえ、まだまだ温かい貴重な休日だ。

ジュウガツザクラ(十月桜)
10月といえば、樹名板に「ジュウガツザクラ」(十月桜)と記された桜が気になる。といっても、満開に咲き誇るというわけではなく、枝先に白い花をぽつぽつと咲かせているのだが。

(本ブログ関連:”ジュウガツザクラ”)


● Wikipesiaによれば、「エドヒガン系の中のコヒガン系栽培品種で、マメザクラエドヒガンが交雑した種間雑種で、春と秋から冬にかけての二度開花する」という。

● 木の周りをぐるりと回って観察したところ、花弁の形に違いがあるのに気づいた。そこで、Googleの生成AI Gemini にQ&Aを試みたたところ、次のような回答を得た。

Q.「ジュウガツザクラ」の花を見ると、枝ごとに花弁の形が異なるように見えますがどうしてでしょうか?
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A.ご質問ありがとうございます。「十月桜(ジュウガツザクラ)」の花弁の形が枝ごとに異なるように見えるのには、主に以下の3つの要因が考えられます。

1. 「十月桜」の品種特性
十月桜は、マメザクラとエドヒガンの種間雑種であるコヒガンザクラの園芸品種です。元々、八重咲き(または半八重咲き)で、花弁の数は5枚から20枚程度と幅があり、個体差や環境による変異が出やすい特徴を持っています。
八重咲きの多様性花弁が多数重なる八重咲きの桜は、もともと花弁の枚数や形状が一定でない傾向があります。十月桜もこの影響を受け、花弁の細さねじれに個体差が見られます。
遺伝的多様性: 近年の研究により、「十月桜」として流通しているものには、複数の遺伝子パターンがあることがわかっています。つまり、秋から咲くという似た特徴を持ついくつかの個体を総称して「十月桜」と呼んでいるため、花の特徴にも多様性があるのです。

2. 開花時期による花の変化(二季咲き)
十月桜は、名前の通り秋(10月頃)から冬にかけてと、春(3月~4月頃)二季咲きの性質を持ちます。この開花時期の違いが、花の形や大きさに影響を与えることがあります。
秋と春の比較: 一般的に、春に咲く花の方が、秋から冬にかけて咲く花よりも大きく、花弁のねじれが少なくきれいに開花すると言われています。
断続的な開花: 秋から春にかけて断続的に咲き続けるため、異なる季節気温で開花した花が同じ木や枝に混在し、形の違いとして認識されやすいです。

3. 環境要因や体内のバランス
桜の開花や花の特徴は、その時の木の生理状態(栄養状態やホルモンバランス)環境に大きく左右されます。
栄養状態枝ごとに日当たりの良さや栄養の供給にわずかな差がある場合、それが花弁の大きさ枚数の違いとして現れることがあります。
低温による影響: 特に秋や冬の低温期に咲く花は、春の開花時と比べて、花弁が細くなったり、花自体が小さくなったりする傾向があります

これらの要因が複合的に作用し、一本の十月桜の木の中でもあるいは同じ枝の上でさえ花弁の形や枚数に違いが生じ観察する人に「枝ごとに異なる」という印象を与えると考えられます。
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2025年5月11日日曜日

母の日 2025、新緑の桜並木

4月初旬に満開のサクラを楽しんだ秘密(自称)のサクラ並木道は、すっかり衣替えして深い青葉におおわれている。「母の日」のきょう、緑陰の並木道を通り抜けたのは、軽自動車2台とコミュニティ・バス1台、そして私だけ。5月の第二日曜日の静かな昼過ぎ(12:58)だった。

(本ブログ関連:”母の日”)

2025年4月20日日曜日

穀雨 2025、春の雨、葭(ヨシ)と葦(アシ)

きょうは二十四節気の「穀雨(こくう)」、春の雨は植物にとって恵みの雨で、この後の夏の日のもとですくすく成長を促す。

(本ブログ関連:”穀雨”)

4月に入っての雨は、4/1~3、4/10-11、4/13-14だけ(きょうまで約3割の降雨)で、晴れが勝っている。いい具合に雨が降ってくれているようだが、公園の小川の水位や自然観察園の池の貯水が心配。最高気温も今週末に夏日が続いていて、しばらく雨が望めないのだろうか。

春の雨
Googleの生成AI「Gemini」に、春の雨につけられる名を挙げてもらった。
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春雨(はるさめ):  しとしとと静かに降り続く春の代表的な雨です。潤いをもたらし、草木を芽吹かせる優しい雨というイメージがありますね。
菜種梅雨(なたねつゆ):  菜の花が咲く頃に降る、しとしととした長雨のことです。梅雨という言葉が入っていますが、梅雨よりも早く、3月から4月頃にみられます。
木の芽雨(きのめあめ):  草木の芽が出始める頃に降る雨です。新しい生命の息吹を感じさせる、希望に満ちた雨ですね。
催花雨(さいかう):  花を咲かせるのを促すように降る雨のことです。特に桜の開花を待ちわびる気持ちと結びつけられることが多いです。
甘雨(かんう):  草木を潤し、万物に恵みを与える、喜ばしい雨のことです。春の雨は、まさにこの甘雨という言葉がぴったりくるものが多いでしょう。
小糠雨(こぬかあめ):  非常に細かい、霧のような雨のことです。しっとりと辺りを濡らす、静かで繊細な印象を与えます。
霧雨(きりさめ): 霧のように細かい雨のことです。小糠雨と似ていますが、より空気中に漂っているようなイメージがあります。
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この他に、桜が咲くころの「花時雨(はなつゆ)」、春の長雨の「春霖(しゅんりん)」(=菜種梅雨)などがある。


七十二候
「穀雨」の期間を三つに分ける「七十二候」はつぎの通り。
・初候: 始生(よし はじめて しょうず) 水辺の葭/葦( あし)が芽を吹き始めるころ
・次候: 止出苗(しも やんで なえ いず) 霜が終わり稲の苗が健やかにそだつころ
・末候: 牡丹華(ぼたん はな さく) 牡丹の花が咲きだすころ


葭(ヨシ)と葦(アシ)
・葭/葦:  葭(ヨシ)と葦(アシ)は同じイネ科ヨシ属の多年草(ヨシはアシの音のイメージを避けて名付けられた)。水湿地の地下茎(根茎)の節からひげ根を出して次つぎ生える。葉先は垂れ、茎は中空で節がない(茎を編んで作った簾(すだれ)で、日よけ(葦簀(よしず)張り)にしたりする。また、水の浄化にもつながるため、「吉原」の地名に通じる。(「自然観察会」の会長の解説・資料などより)
・Wikipediaに、「4~5月に採取した若芽」を調理して食用にできると紹介がある。