きょうは国民の祝日「昭和の日」*。以前、昭和天皇の「天皇誕生日」(1948年~1988年)だったものを、「緑の日」(1989年〜2006年)に改めた後、2007年から「昭和の日」となった。
(*)昭和: 昭和1年(1926年)~ 昭和64年(1989年)、今年で昭和100年にあたる。
(本ブログ関連:”昭和の日”)
昭和生まれの身にとって、<昭和>が記念日となることに、その時代がますます遠くなっていくことに気づく。いまの子どもたちにとっては、歴史年表の一部に位置付けられているのだろう。
昭和の記憶として一番にあげるなら、WWⅡ(大東亜戦争/太平洋戦争)の戦前・戦後だろう。そして、その戦争に従った二十代、三十代の人びとが、戦後を復興し、数度の好景気を牽引したことを忘れてはならないと思う。彼らの思いを何処まで推し量れるかによって、昭和を語る幅が違ってくる気がする。
わたしは、白衣を纏った傷痍軍人たち**が駅頭で這うように群がっていたのを目撃している。そばを通るとき、父は喜捨(きしゃ)をしていた記憶がある。
(**)駅頭にいた白衣の傷痍軍人について、わたしが物心つく当時にいたっては、疑わしく思われたりしたが。
(付記)
戦争は残酷なもので、支配下に置かれると容赦されない。戦後日本はたまたま幸運だった。
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