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2014年3月16日日曜日

イ・ソンヒ15集タイトルは「セレンディピティ(세렌디피티)」

SPORTSQの記事「イ・ソンヒ15集発表に、後輩歌手による献呈公演を用意」(3/13、キム・ナラ記者)に、イ・ソンヒの曲をカバーしたこともある歌手たちが献呈(トリビュート)公演を用意していると次のように報じている。
今回の新しい15集アルバムのタイトルは「セレンディピティ」で、10余曲が収集されているとのこと。なにより、同記事に掲載された彼女の写真(所属会社フックエンターテインメント提供)が素晴らしい。

(本ブログ関連:”セレンディピティ”)
(本ブログ関連:「Jへ」、「美しい江山」、「私はいつもあなたを」、「葛藤」、「ひとしきり笑いで」、「ああ!昔よ」、「因縁(絆)」、「思い出のページをめくれば」、「少女の祈り」、「狐の嫁入り(天気雨)」)

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国民歌手イ・ソンヒ
「小さな巨人」イ・ソンヒが5年ぶりにカムバックする。

イ・ソンヒは、2009年正規14集「愛よ...」の発表後、デビュー30周年を記念して、正規15集「セレンディピティ(세렌디피티)」を発売する。一層成熟した感性で、彼女の音楽人生30年を総決算する今回のアルバムに、10余曲自分だけの色が盛られた自作曲で収録した。また、わが国最高の作曲家、ダブル・キック(이단옆차기)、パク・グンテ(박근태)、ミス・ケイ(미스케이)、エピトンプロジェクトなどとの共同作業を通じて、音楽の新鮮さと深みに新譜の完成度を高めた。

来る25日、アルバム発売に合わせて開催されるイ・ソンヒのショーケースには、いつもイ・ソンヒを尊敬してきた後輩歌手ユン・ドヒョンが「私はいつもあなたを」、グミ(거미)は「分かりたいです」、イム・ジョンヒは「美しい江山」、タカピ(TACAPY)は「ひとしきり笑いで」、イ・スンギは「Jへ」をそれぞれのスタイルで再解釈して場を輝かせる予定だ。特に、今回のショーケースは、ポータルサイトDaumを通じて生中継され、イ・ソンヒの新曲をライブで鑑賞することができる。

大衆音楽評論家ガンホンは「イ・ソンヒは、女性ミュージシャンが弱者にならざるをえなかった音楽産業界で、堂々と両足で自分の歴史を自分で作った最初の人物だ」と絶賛した。

1984年「江辺歌謡祭」で大賞を受賞して、歌謡界に進出した歌手イ・ソンヒは、清らかな声を誇り、「Jへ」、「美しい江山」、「私はいつもあなたを」、「葛藤」、「ひとしきり笑いで」、「ああ!昔よ」、「因縁(絆)」、「思い出のページをめくれば」、「少女の祈り」、「狐の嫁入り(天気雨)」など数多くのヒット曲を量産した。
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2014年4月12日土曜日

歌姫

熱気に浮かれたとき、頭を冷やしてくれる曲がある。今度だって、イ・ソンヒの最新15集アルバム「Serendipity」を聴くのだとか、ソウルでの30周年記念コンサートに行くのだとか、いささかオーバーヒート気味しているそんな時、ちょっと自分に戻るきっかけが欲しいものだ。

中島みゆきの「歌姫」を聞いていると、いつのまにか人生を照らし合わせるようにして、懐旧と悔恨が寄せて来る気がする。旋律と詞の合間に、忘れていたものが、はっとするように浮かんでは遠ざかる。人生は、そんなに悪いもんじゃないよ、この歌は、そんな後押ししてくれる。

(本ブログ関連:”歌姫”)


(Youtubeに登録のhitonomichiayamaruに感謝)

ところで、イ・ソンヒの15集アルバムの名である「Serendipity」について、その語源を紹介しているものがある。Srendipityの造語のもとになったSerendibに由来しているというのだ。

「寓話 セレンディッポの三人の王子」(クリストフォロ・アルメーノ、徳橋曜 監訳)の巻末にある「『セレンディピティ』誕生とその後の展開」(澤泉重一)の解説によれば、1909年に初めて「セレンディピティ」の語を掲載した辞書(The Century Dictionary and Cyclopedia)に、次のように記載されているようだ。
「Serendipity【名詞】:セイロンの元の名前のserendibから、serendipと変化させて、-ityで名詞化した引喩されたユーモラスな造語。サンスクリット語でSimhaはライオンの意味で、dipは島の意味であるがこれが変化したもの。欧州語としては、Seilian、Zeilon、Ceylonと変化した。」

なお、「寓話 セレンディッポの三人の王子」の作者クリストフォロ・アルメーノとは、アルメニ人のクリストフォロという意味だそうだ。

(本ブログ関連:”セレンディピティ”)

ああ、やっぱり頭の中はまだ「Serendipity」のまま・・・。

2010年10月6日水曜日

有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング反応

日本経済新聞(10/6)他各紙は、鈴木章(北海道大学特別招聘名誉教授)、根岸英一(米パデュー大学特別教授)、リチャード・ヘック(米デラウェア大学名誉教授)の3氏がノーベル化学賞を受賞したと報じている。
受賞理由は表題の通りで、素人には意味不明な言葉が並んでいる。有機化合物の骨格である化学構造を作る炭素結合を、亜鉛やパラジウムなどの触媒を使って容易に組み立てる(合成する)化学反応の研究のようだ。
研究成果は、すでに社会に実用化されているわけで、その原理を知りたければ、化学の教科書を紐解かねばならないのだろうけれど・・・科学雑誌NEWTONの次号に、わかりやすい絵解きの解説記事が載るだろうから、それを読んで納得(分かったつもり)することにしよう。

今晩のTVインタビューで、鈴木章名誉教授は、研究におけるセレンディピティについて次のように語っていた。(msn産経ニュース:2010.10.6 23:10より
・「セレンディピティとは研究上、運に恵まれるかどうかということで、幸運に巡り会う機会はあっても、それを生かすかどうか、その対応の仕方が肝心。新しいものを見つけようとする気持ち、見つけるための努力が大事で、それを持っているかどうかで、セレンディピティを生かすかどうかは変わってくる」

(追記)
共同研究者の宮浦憲夫(­­北海道大学大学院工学研究科・特任教授)氏のインタビュー:(北海道大学CoSTEP

2014年3月25日火曜日

イ・ソンヒ 15集「SERENDIPITY」発売

イ・ソンヒのアルバム15集の概要が、ショーケースの今日、ファイナンスニュースの記事「イ・ソンヒ、15集アルバムのショーケースでカムバック…タイトル曲*『その中であなたに出会って』」(3/25、チェ・ヒョンホ記者)に、次のように紹介されている。

(*) 15集: アルバム名「セレンディピティ」、タイトル曲「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」

Youtubeで、「その中であなたに会って」の一部が紹介されている。(登録の1theKに感謝)
他にも全曲を登録しているものがあるが、今の時代、許容されるかどうか。アルバムを求めて聴きたい・・・コリアプラザに明日にでも早速聞こう。

Daumミュージックに全曲名が次のように表示されている。
1.Someday
2.동네한바퀴 (꽃다운나이..(Feat. 칸토)
3.너를 만나다
4.그 중에 그대를 만나
5.거리구경
6.꿈
7.이제야
8.나에게 주는 편지
9.이뻐 이뻐
10. 솜사탕
11. 나는 간다

Daumミュージックのページは、ミュージックビデオの一部も紹介している。

(本ブログ関連:”15集”)
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(追記)アルバムに使われた写真のよう
歌手イ・ソンヒが新しいアルバムを持ってカムバックした。

イ・ソンヒは、25日正午エムネット、メロン、バグス、オレミュージックなどすべてのオンライン音源サイトを通じて、15集アルバム「セレンディピティ」を発売した。去る2009年の14集「愛よ...」以後5年ぶりの新だ。

今回のアルバムは、1984年の江辺歌謡祭デビュー後、30周年を迎えたイ・ソンヒがスペシャルに準備したアルバムで、「偶然を通じて運命に巡り会う」の意を持つ「セレンディピティ(serendipity)」というアルバム名のように、30年前音楽に初めて会って歌を運命のように思い生きてきた、この時代の国民歌手イ・ソンヒの音楽的力量に会うことができるアルバムだ。

特にイ・ソンヒは、今回のアルバム収録曲の11曲中、9曲を作曲、7曲を作詞したし人気作曲家パク・グンテ(박근태)と感性作詞家のキム・イナ(김이나)、イダンヨプチャギ(ダブル・キック)と、作曲家ミスケイ(미스케이)、ユ・ジェハ音楽競演大会大賞出身の天才ミュージシャンのコ・チャンヨン(고찬용)、数々のYGの作・編曲を担当したソヌ・ジョンア(선우정아)、感覚的で繊細な歌詞の先頭走者であるエピトンプロジェクトまで総動員した。

タイトル曲「その中であなたに出会って」という(耳に残る)中毒性の強いメロディは、イ・ソンヒだけの深い響きで伝えられるウェルメイドなポップ・バラード曲。ペク・ジヨン(백지영)の「恋などしない」、チョPDの「友よ」など数多くのヒット曲を作曲したパク・グンテ プロデューサーが曲を書いて、アイユ、ケイウィル、ブラウンアイドガールズの曲などを作詞したキミナ(김이나)が作詞して関心を集めている。

この他にも、一編の映画音楽のようなプリティシュィ・ポップスタイルのビンテージなバラード曲「サムデイ(Someday)」、イ・ソンヒの地声と裏声を行き来するボーカルと、感覚ラッパーのカント(칸토)のラップが印象深くフィーチャリングされた「町を一巡り(동네 한바퀴)」、80~90年代のLP盤を聞くようなクラシックな曲「あなたに会う(너를 만나다)」などが完璧な調和を作り出して、新鮮な衝撃を与えている。

そうかと思えば、レコードのマスタリングは、エイミーワインハウス、ジェームズ、モリスン、ネロなど海外アーティストらと作業した英国のメトロポリス・マスタリング・エンジニアのスチュアート・ホークス(Stuart Hawkes)が参加した。

一方、イ・ソンヒは、この日午後8時、ソウルオリンピック公園で、15集発売記念ショーケースが開く。 これはポータルサイトDaumを通じて、生中継される予定であり、Mnetを通じても放送される予定だ。
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2020年6月19日金曜日

イ・ソンヒの最新アルバム第16集「安否(안부)」

イ・ソンヒの久しぶりのアルバム16集のパート1が発表された。東亜日報の記事は、同アルバムのタイトル曲である「安否(안부)」について、新型コロナウイルス感染症(コロナ19)による厳しい世相に対してねぎらう曲作りの意図を次のように紹介している。

(本ブログ関連:”アルバム16集 ”)

東亜日報「イ・ソンヒ 6年ぶりに16集で帰還... ヒーリングソング『安否』発表」(6/15)
https://www.donga.com/news/Culture/article/all/20200615/101514545/1
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「国民の歌姫(ディーバ)」 歌手イ・ソンヒが、心打つ感性を込めたヒーリングソング(癒し曲)の「安否(안부)」で6年ぶりに帰還する。

15日午後6時、イ・ソンヒは16集「Part 01(安否 anbu)」をオンとオフラインで同時発売する。イ・ソンヒは新型コロナウイルス感染症(コロナ19)によってより大変な大韓民国国民に、世相と逆に暖かい感性とボーカルでねぎらいを手渡すことになるだろう。

去る2014年の15集「セレンディピティ」(SERENDIPITY)*以来、6年ぶりに戻ってきたイ・ソンヒは、正規16集全曲を作詞、作曲するのはもちろん、アルバム全体のストーリーまで直接プロデュースし、バラードをはじめ、様々なジャンルの6曲を披露する。特にイ・ソンヒは、今回の16集で格別な感性と深みのある解釈が刻まれた音楽を通じてミュージシャンの情熱を余すところなく届けてくれる。

(* 本ブログ関連:15集「セレンディピティ」

何よりイ・ソンヒは、今回の16集アルバムの基本を「私たちのくらしと日常の連なり」として、イ・ソンヒの過ぎた歴史と新しい音楽の連なり、イ・ソンヒの長年のファンたちと初めて接する若いファン層との連なりを強調した。特にアルバムタイトルであると同時に、タイトル曲でもある「安否」はコロナ19に変じた世相に、あなたと私、私たちのすべての安否を問いかけながら始める。誰もが困難な時期、なにごともなく過ぎ行く日々(ひび)が楽しい時間、良き日に満たされることを願うイ・ソンヒの考えを書き下ろして曲を作った。すべてのひとびとに慰めが必要な時代に、イ・ソンヒが送るささやかだが暖かい安否のメッセージが共感に満ちたヒーリング(癒し)を与えてくれることになるだろう。
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イ・ソンヒはタイトル曲「安否」を、韓国伝統の弦楽器を響かせて、ゆるやかにささやくように歌う。日常の視点で安否を互いに気遣う思いを聴かせてくれる。

(参考)16集アルバム内容(Melon)
https://www.melon.com/album/detail.htm?albumId=10444668

(参考)タイトル曲「安否(안부)」歌詞
https://nesialyrics.blogspot.com/2020/06/feat_15.html


(Youtubeに登録の1theK (원더케이)に感謝)

メーキングビデオ

(Youtubeに登録の후크(フック)TUBE**に感謝)

(**)フックエンターテインメントと関係あるか

2015年4月6日月曜日

(資料) 昨年(2014年)のイ・ソンヒ所属事務所の業績

昨年2014年、イ・ソンヒは、<デビュー30周年>にあたり、15集アルバム「セレンディピティ(SERENDIPITY)」リリース、世宗文化会館および全国コンサートツアー*などにより、大衆の圧倒的な支持を受けた。

(*)コンサート規模は、「13都市27回公演で、デビュー30周年および15集発売記念の全国ツアーを全回ソールドアウトさせて、合計7万余のファンと会う大記録をたてることになった。」 ・・・ チケット代を仮に 10,000円とすると、7万×1万円=7億円 に相当。

また、韓国ギャラップの昨年についての調査から、歌手陣で圧倒的な上位人気を占めた結果を次のように知ることができる。

(資料) 韓国ギャラップ「韓国人が最も好きな歌手2004-2014」、イ・ソンヒ2位!
(資料) 2014年を輝かせた歌手 - イ・ソンヒ曲3位 ・・・ 「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」(2014年)
(資料) 韓国ギャラップ調査「愛唱曲 2004-2014比較」 ・・・「因縁(인연)」(2005年)

今回、彼女が所属する事務所「フックエンターテインメント(Hook엔터테인먼트)」の昨年業績が発表され、イ・ソンヒの貢献の大きさを示す結果となっている。マネートゥデイ記事「イ・ソンヒ コンサート ソールドアウトして..所属会社の利益が何と・・・フックエンター、昨年営業利益46.8億ウォン・・・前年比218.1%↑」(4/5、キム・ゴンウ記者)は、次のように報じている。

まさに、彼女の実力の賜物であり、彼女へのファンの変わらぬ支持を示す。
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・イ・ソンヒ、イ・スンギ、イ・ソジンの所属会社である「フックエンターテインメント」は、昨年の営業利益が218.1%増えたことが分かった。デビュー30周年を迎えたイ・ソンヒの活躍が、業績の上昇を牽引したと分析される。

・5日、金融監督院によれば、フックエンターテインメントは、昨年の売上高が159億3,500万ウォンで前年対比61.8%増加した営業利益は、46億8,000万ウォンで218.1%増えた

・去る2002年に設立されたフックエンターは、イ・ソンヒ、イ・スンギ、イ・ソジンが所属している。イ・ソンヒのマネジャー出身である、クォン・ジンヨン代表が持分100%を保有している。

・フックエンターは、毎年100億~150億ウォンの売上高と、15億~16億ウォンの営業利益を着実に上げている。営業利益ネースでは、監査報告書が初めて報告された2011年以後最高実績だ。

フックエンターの営業利益率は、29.3%だ11~14%水準であるSM、YGエンターテインメントなど大手事務所より収益構造が優れたわけだ*。所属アーティストであるイ・ソンヒ、イ・スンギ、イ・ソジンが皆安定した収益源であるためであると分析される。

(*)下記(参考)の昨年発表資料(2013年について)では、17~20%だったと推定される。2014年については、「11~14%水準」となったのだろうか?

・フックエンターは、所属アーティストの数が少なくて、年間人件費が4億~6億ウォンしか発生しない。また、収益配分比率も各種費用を差し引いた後、7対3の水準で合理的なものと見られる。

・特に、昨年実績は、デビュー30周年を迎えたイ・ソンヒの活躍が影響を及ぼしたものと観測される。イ・ソンヒは、昨年3月、デビュー30周年記念15集アルバム「セレンディピティ」を発表した。

・タイトル曲「その中であなたに出会って」は、イ・ソンヒだけの深い響きがあるという評価を受け、音源チャートをを制した。特に、13都市で開かれた全国コンサートは、27回全て全席売り切れを記録した。

・フックエンターは、所属会社とアーティスト間の、長年の間を共にして互いの信頼度が高い方である。イ・スンギは、年利子なしで所属事務所に、47億2,500万ウォンを貸していることが明らかになった。
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(参考)
 昨年同時期に発表された資料 (今年発表資料は未確認):
中央日報「(2013年について)売り上げ急増の芸能企画会社、利益はYGが最も順調=韓国」(2014年4月10日
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・国内3大芸能企画会社であるSMエンターテインメント・YGエンターテインメント・JYPエンターテインメントの売上額が最近3年間で2倍になったことが分かった。9日、金融監督院の電子公示システムによれば
- SMの売上額は昨年(2013年)1,643億ウォン(約162憶円)で、2010年の864億ウォンから90.2%増だ。
- JYPも102億ウォンから178億ウォンへと74%増えた。
- YGは同期間に448億ウォンから2.4倍の1,057億ウォンに増えて、最初に1000億ウォン台を売り上げた。・・・

・売上額は急増したが営業利益・当期純利益はこれに及ばなかった。
- SMの営業利益は2010年から3年間で257億ウォンから346億ウォンに34.6%増えたが、同期間の当期純利益は244億ウォンから176億ウォンに27.9%減った。
- JYPもやはり営業利益が2010年には1億ウォンの黒字だったが、昨年まで3年連続で赤字を記録した。昨年の当期純損失は44億ウォンだった。
- YGだけが期間営業利益が111億ウォンから185億ウォンに66.7%増加し、当期純利益が83億ウォンから139億ウォンに67.5%増えた。
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(参考)
エイベックス・グループ・ホールディングスの「平成26年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)
- p.3に「音楽事業」について、平成25,26年度の売上高、営業利益など記載されている。

2014年5月7日水曜日

(資料) イ・ソンヒ 伝説を超える

「舞台に上がった彼女が歌い始めると、辺りの空気は一瞬息を止める。胸の最も奥深いところに届く澄んだ清らかな声。その3分45秒間の歌(「Jへ」)が終わって、今年デビュー30周年を迎えた歌手ははにかむように笑った。」という書き出しから始まる、女性誌<レディ京郷>の記事「歌手イ・ソンヒ、伝説を超える」(5月号(4/28)、ノ・ジョンヨン記者)は、この4月にコンサートを無事成功させたイ・ソンヒの音楽に対する言葉を、次のように報じている。

イ・ソンヒの語り口には、独特なものがあるという話を聞いたことがあるが、今回その面を感じる。

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震えて、昨晩一睡もできませんでした。
柔らかいおかっぱの、白いジャケットに黒いスーツのズボンを履いて、少女のような微笑を見せる彼女を見たら、本当に昔のままだと思う。2009年発表した「愛よ...(사랑아...)」のアルバム以後5年振りだ。デビュー30周年を記念する、15番目の正規アルバム「セレンディピティ(Serendipity)」をもって帰ってきた彼女が久しぶりに大衆の前に立った。

悩みが本当に多かったアルバムです。30年目の歌手として、どのように位置づけなければならないだろうか、どんな曲をどのように歌わなければならないだろうか、色々な考えを整理するのに、音楽を作る2年間は一人だけの時間を過ごしました。そうするうちに、アルバムが出る頃になると、ちらほら周りで待ってくださる方々や、助けてくださる方々ができましたよ。私一人だけの音楽ではない、多くの人たちと一緒に作ったアルバムだと思います。

1984年の江辺歌謡祭で、「Jへ」で突風を起こしていつのまにか30年。ちっちゃな体躯で、爆発的な歌唱力を噴出した「小さな巨人」は、もう韓国歌謡界の歌姫として、色々な後輩歌手のメンター(指導者・相談相手)として、絶えず努力するミュージシャンとして、大衆と向きあっている。歌手としても変わらず良い歌を聞かせるというのは、歌っている人にもまた、聞く人にも本当に幸せなことだ。特に、しばらくアイドルと電子音楽に飲み込まれていた歌謡界に、陶磁器をこねるように一曲一曲真心を込めた彼女の歌は、贈り物のようにうれしい。

振り返ってみると、いつも遠くのものを眺めてうらやみ、それを追い求めようとしていたようです。近くにあったんですね。ある瞬間、私が探したそのすべてのことが、すぐ私のそばにあったということを知るようになりました。音楽もそのうちの一つです。30年間、歌を歌いましたが、どんな感興(想いや関心)があろうかと思われるでしょうが、感動がありましたよ。初めてデビューした時、とても大きな愛を受けたし、頂上に立ってみたりもしましたし、降りてきてみたりもしました。その時その時感じた幸福と感謝するということは様々ですが、今感じる幸福がその時より小さいとは考えません。むしろ、今より多くの感謝の気持ちを込めなければならない、という思いで作りました。

今回のアルバムには、彼女が過去2年間書いては消すことを繰り返した百余曲の歌のうち、選択された11曲の歌が盛り込まれた。このうち、イ・ソンヒは合計9曲を作曲して、7曲の歌詞を書いた。シンガーソング・ライターとしての面目躍如の作品だ。タイトル曲(「その中であなたに出会って(그 중에그대를 만나)」)を書いたパク・グンテをはじめとして、イダンヨプチャギ(ダブル・キック)、ソン・ウジョンなど若いミュージシャンとの作業も目につく。

今回のアルバムに参加した彼らは、みな若い仲間たちです。生活パターンがみな違ったんですよ。私は早く寝て早く起きるスタイルで、その仲間たちは、午後5時に起きて明け方ずっと仕事をして、朝に退勤するフクロウ型でした。妥協をしようとして、午後4時に始めることに合意を見たんですが、苦しがりましたよ。フクロウたちを連れて作業したため、ちょっと一苦労しましたよ(笑い)。アルバム作業で記憶に残るエピソードです。

一つ明らかなのは、彼女が伝説に留まるというより、前に進むのを選んだということ。「セレンディピティ」は、30年目の歌手の内省と同時に、彼女の挑戦精神がうかがえるアルバムでもある。

昔のヒット曲だけ歌って留まっている歌手で残るより、自らを鞭打って発展していく姿をお見せしたかったです。今まで、私を好きになってくださり、愛してくださった(ファンの)心を考えても、そのようにしなければならないと考えましたし。今回のアルバムは、『これまで、私に送ってくださった応援と愛、その時の記憶と暖かい心が力になって、私が今このようにしています』というメッセージが込められたアルバムです。それが長い時間、私を愛された方々に本当に報いる道だと思います。

果てしない青春の名で

今春、歌謡界は、とりわけカムバックの便りでいっぱいだ。イ・ソンヒをはじめとして、イ・スンファン、イ・ソラなど「歌王」たちの帰還が続いている中、トレンドを越えてオーラを見せるミュージシャンのカムバックは、日ごとに変化する歌謡界に新しい活力を吹き込んでいる。イ・ソンヒも、全世代を貫いて「通じる」歌を誕生させた。とても多くの音に埋もれて暮らして、淋しくても孤独だとは知らない人々のための音楽だ。

大衆音楽をする人間として、人々が自然に聞いて感性に浸ることができる音楽を基本とするけれども、日常の音、人々の声が音楽に自然に埋めたら良いという気持ちで、様々な音楽的実験をたくさんしました。私は音楽が多様でなければならないと思います。音楽には年輩(歳頃)がありません。先輩にも習う点が多く、とても若い仲間にも私が学ぶ点があります。先輩、後輩と一緒に舞台に上がるほど良いものがあるでしょうか?一緒に舞台で交わってみようとする、緊張とときめきと期待しているところです。

実際に、「最近の音楽をやっている仲間たちはどんな音楽をするか」という好奇心に、音楽放送モニタリングはもちろん、弘大のインディーズバンド公演も尋ね廻ったと。歌謡界の大先輩イ・ソンヒが見る最近のアイドル歌手はどんな姿であろうか?

女性歌手は、ボーカリストや音楽的多様性より、見せる面に集中しているようです。一律的にセクシーコードが多い反面、男性アイドルはもっと多様になりました。メタル・サウンドからロック、ダンス、ヒップホップまで多様なジャンルを消化しましたよ。個人的に名前はよく分からないが、注意深く見ています。

時間は、彼女だけ避けたようだ。アイドルの後輩たちの名前をいくつか覚えておけばよかったと、子どものように笑う彼女から、とうてい歳月の痕跡を探し見ることはできない。食傷ぎみである質問だが、童顔の秘訣を尋ねないわけにはいかなかった。

冗談で、そんな質問受けるたびに、『少し施術しました』といいます(笑い)。どうして変わらないのでしょう。詳しく見れば、時間の跡は明らかです。それでも、その変化が大きくないと考えられるのは、私が持つ明確なイメージのいくらかが、まだ変わらなかったからのようです。もし、今、私がアップスタイルに髪を上げて、ドレスを着れば、明らかに歳月の跡を探して見ることができるでしょう。相変らず、おかっぱの髪とズボンを守ることが、変わらないように感じられるようにするのじゃないのかと思います。

30周年という数字は、明らかに大きな意味を持つ。しかし、振り返ってみれば、彼女には一年一年が意味深い時間だった。もちろん、いつも良かったときだけがあったわけではない。今よりはるかに大いなる関心と熱い拍手の中にいた時もあったし、一人で孤独な時間を過ごした時もあった。それでも彼女が今この場所に立っているのは、留まらなかったからではないか?

昔のヒット曲だけ歌う歌手だったら、多分私はこの場所にいなかったでしょう。なじんだものを捨てて、新しいものを取って努力してきたから可能なのでした。もちろん、そういう努力が皆成功したのではなかったです。失敗した時もあったが、それを恐れないで何か絶えず試みたことが、今日の私を作った力ではないのかと思います。今後も継続して、自らに質問を投げかけて挑戦するつもりです。一つ明らかなことは、失敗したとして、私の努力しただけ成果が現れないといって、恐れをなしたり萎縮したり、あるいはマイクを置くことはないということです。その一歩一歩を進んでみるならば、また再び良い年がくるのだと信じます。
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2016年9月9日金曜日

【大衆音楽家列伝】 イ・ソンヒ

釜山日報の連載の「大衆音楽家列伝(대중음악가 열전)」は、まさにイ・ソンヒのコンサート(9/2~4)直前の絶妙なタイミング(9/2)に、彼女の音楽活動を振り返る、「【大衆音楽家列伝】25.イ・ソンヒ」(チェ・ソンチョル、ペーパー・クリエイティブ代表)の記事を掲載した。

内容は、イ・ソンヒが歌謡界にデビュー以来、現在にいたる音楽活動の小史であり、正規アルバムをもとに彼女の代表的な曲目を網羅している。コンサート後になったが、次に載せさせていただく。感謝。

次の記載の曲目と、今回9月のコンサート曲目を合わせて聴けば、イ・ソンヒの全体像を素早く理解することができるでしょう!

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小さい体躯で爆発的歌唱力… 「Jへ」ただ一曲でスターダム

(写真:略) ▲ 私たち大衆音楽の「ガール・クラッシュ」の元祖、イ・ソンヒは歌を運命のように思って生きてきた(デビュー以来)32年、この時代の名歌手だ。

・最近、よく話題になる単語の中に、「ガール・クラッシュ」(Girl Crush)という言葉がある。少女(Girl)と、「惚れる」意のクラッシュ・オン(Crush On)を合成した言葉で、女性が同性に感じる、性的な感情を伴わない強い好感と定義する。かくのごとくクラッシュの魅力に陥ったせいだろうか。最近、音源チャートの上位圏、および長期ランク(イン)の女性歌手だけで何と100人余りに達する。私たちの大衆音楽のガール・クラッシュ(一目惚れした少女)の元祖は、イ・ソンヒだ。

■ 「姉さん(オンニ)部隊」、追いかけ回しクラッシュ

・仏教音楽「梵唄」の伝授者の父をもつイ・ソンヒは、幼い時から歌手の才質(才能と気質)を見せた。大学1年のとき、「4幕5場」という校内音楽サークルに入り、父が反対した歌を思う存分歌うことができるようになったし、<江辺歌謡祭>に出場する冒険も敢行する。1984年夏、MBC江辺歌謡祭に、パーマヘアーに角(つの)製の枠メガネをかけた少女が登場する。イム・ソンギュンと共に「4幕5場」という混成デュエットで参加した彼女は、小さい体躯に似合わない爆発的な歌唱力で大賞を射止める。受賞曲は、「Jへ」であった。その日を起点に、歌謡界は波打つ。 イム・ソンギュンの入隊で、ソロとして本格活動に乗り出したイ・ソンヒの人気は想像を超越した。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと仏教音楽”、”梵唄”)

江辺歌謡祭の大賞受けて、ソロ活動
大規模の「姉さん部隊」で、時代のアイコン
ゴールデン ディスク、5連覇の「珍記録」

ソン・シヒョンと出会って、4、5集で音楽的変化
香港俳優の張國榮(レスリー・チャン)とデュエット・コンサート
「その中であなたに出会って」、感性際立つ

・当時、或る放送会社でデビューした歌手は、別の放送会社に出演できないという慣例を破って、「Jへ」は、KBSの「歌謡トップ・テン」で5週連続1位を占めており、1984年の最高のヒット曲になった。年末、KBS歌謡大賞と、MBC「10代歌手歌謡祭」の新人賞、やはりイ・ソンヒが占めた。当時、歌謡界の厚いファン層である女子中高生の愛を一人占めした男性歌手全盛の時代に、ディーバ(歌姫)の出現は歌謡界はもちろん、女学校にも新鮮な風になった。

・イ・ソンヒは、数多くの女学生ファンを同行するガール・クラッシュのアイコンで、爆発的な人気を享受した。チョー・ヨンピルの「兄さん(オッパ)部隊」を威嚇した「姉さん(オンニ)部隊」、幼い女子中高生が公演会場で兄さん(オッパ)の代わりに姉さん(オンニ)を叫ぶようにさせた主人公、イ・ソンヒの事務所から金を払って人を動員したという流言飛語(デマ)まで飛び交うほど、当時の「姉さん部隊」の火力は途方もなかった。

(本ブログ関連:”姉さん部隊”)

■ ソン・シヒョンと共に変曲点、確かに

・「Jへ」ただ一曲で、1984年を自身の年にしてしまったイ・ソンヒの正規1集「イ・ソンヒ1集」(1985)は、(江辺歌謡祭の)翌年の1985年初め(1/25)に現れた。ここで、「あ! 昔よ」、「葛藤」、「少女の祈り」などが相次いでヒットし、彼女は自身の人気が「Jへ」の一回だけで終わらないことを立証した。その年が過ぎ行く前(11/25)に、再び出した2集「イ・ソンヒ Vol.2」(1985)では、「秋の風」、「ケンチャナ(大丈夫)」、「そう誤りは私にあります」などのヒット曲が引き続き出ており、1986年に出した3集「イ・ソンヒ3集」(1986)でも、「分かりたいです」、「暗闇は晴れて」、「ヤング」などが多く愛(=支持)を受けた。

・ゴールデン・ディスクの5連覇を始めとして、国内にある全部門の賞を全て受賞する珍記録をたてたりもする。以後、「イ・ソンヒ4集」(1988)は、イ・ソンヒのディスコグラフィーで非常に重要な位置を占める。彼女の音楽が意味ある変曲点を迎えたためだ。その変化の端緒を説明する(人物の)名は、ソン・シヒョン(송시현)だ。

(写真:略) イ・ソンヒの音楽世界で意味ある変曲点になったアルバム「イ・ソンヒ4集」

・1987年、「夢みるような世界」のヒットで名を告げたシンガー・ソングライターのソン・シヒョンは、この時からイ・ソンヒのアルバム作業に参加し始める。4集で、A面のタイトル曲「愛が散るこの場所で」と、B面タイトル曲「私はいつもあなたを」を含めて、全て4曲が彼の作品だ。二人の出会いは成功した。ソン・シヒョン特有の感受性と叙情性は、イ・ソンヒの声とよく交わったし、以後も彼はしばらくイ・ソンヒと共に行動することになる。翌年、「イ・ソンヒ5集」(1989)で、イ・ソンヒはアルバムのここかしこに社会性の濃厚な曲を配置した。「五月の陽差し」は1980年の光州民主化運動の犠牲者の英霊を慰める曲であったし、「ひとしきり笑いに」も、やはり時代的痛みが滲んだ曲だった。通常の民衆歌謡に劣らず、深くやさしいものだった。

(本ブログ関連:”ソン・シヒョン”)

・ソン・シヒョンは、5集でも中枢的な役割をした。アルバムの代表曲である「ひとしき笑いで」と、「冬哀傷」は彼が作った曲だ。同年、チョコレートCFで最高の人気を謳歌した香港の故張國榮(レスリー・チャン)が初めての来韓する。張國榮は、イ・ソンヒと「Jへ」をデュエットで熱唱して、デュエット・コンサートを開いた。

・その縁で、張國榮は、後日イ・ソンヒを香港に招待する格別な親交を誇示したりもする。この時期に、香港BMGレコードを通じて、「It's Original Songs」というアルバムに、「Jへ」を収録発表し、英語で自身のヒット曲を翻案して歌った「Where The Love Falls..」(1989)などのアルバムも発表する。

(本ブログ関連:”張國榮 (レスリー・チャン)”)

・1990年の6集「イ・ソンヒ Ⅵ」(1990)では、「思い出のページをめくれば」が愛(支持)を受けたし、「去る者だけが愛の夢を見ることができる」という自作詩朗唱集と、カナダのモントリオール室内楽団と世宗文化会館で共演後、その実況アルバム「Lee Sun Hee ; Montreal Chamber Orchestra」(1990)を発表する。7集の「思い出の中を歩くのね」(1991)、キム・ヨンドンの国楽的な要素をたっぷり入れた8集の「李仙姫 八」(1992)、「イ・ソンヒ愛唱童謡」(1993)、9集の「イ・ソンヒ 9」(1994)、そして、多くの曲を自ら作詞/作曲したアルバム10集「First Love」(1996)を着実にリリースして、以前とは違った成熟した歌をリリースし始める

■ あらゆる悪材料の中、挑戦は続く

・人気の下落と激しい浮上など、悪材料の中でも彼女の努力は続いた。11集以後、3年振りに発表した12集の「E Sunhee  My Life + Best」(2001)で、自作曲「離別小曲」と、パク・チニョンの「生きてみると」、ユ・ヨンソクの「この歌をかりて」、キム・ジョンソの「多分(アマ)」など、11曲の新曲とベスト16曲を入れて新しい活動の序幕を知らせた。2005年、<四十代に迎える春>の意を暗に盛り込まれている13集の「四春期」(2005)は、イ・ソンヒの自作曲である「因縁」をはじめとして、9曲の新曲と20周年ライブ コンサート実況の17曲を入れた。10集から始まったシンガー・ソングライターの面目が、円熟の段階に入り込んだことを意味する真の傑作と評価を受けた

・1990年代以後、7集から始まったやむ得ない大衆的反応の退潮にも、イ・ソンヒは堅忍主義的姿勢で、自身の音楽的内容を執拗に発展させる。2009年、デビュー25周年を迎えて、新しい音楽的感性の10曲をアップグレードした自作曲で満たした14集「愛よ…」(2009)を発表し、活動を再開した。

・5年後、正規15集アルバムであると同時に、デビュー30周年記念スペシャルのアルバムである、「セレンディピティ Serendipity」(2014)を通じて、「女王の帰還」を知らせた。  

・彼女の音楽的力量が最高に発揮された今回のアルバム(15集)、果たせるかな、11曲中9曲が自作曲だ。「その中であなたに出会って」など、より一層円熟した深みある音楽と、限りなく繊細で感性的なボーカルを披瀝し、専らイ・ソンヒだけが出すことのできる感性を表わした。偶然を通じて運命に出会うという<セレンディピティ>の意のように、音楽に出会って歌を運命のように感じて生きてきた32年目の私たちの時代の名歌手イ・ソンヒ、どんな音楽においても輝く彼女の声と表現は拒否できない永続の美学であろう。  
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2014年3月26日水曜日

イ・ソンヒ 15集「SERENDIPITY」のCDを手にしたくて

昨日(3/25)、韓国で発売されたイ・ソンヒの新しいアルバム15集「SERENDIPITY」のCDを手にしたくて、私の知る限りでしかないが、CDショップに問い合わせたところ、ソウルから本日または来週(水曜日に)入荷とのこと。
到着次第、連絡いただくことになっているが、今日のところは残念だったようだ。つまり、来週まで待つしかない。もしかしたら、幻の別便があって、もっと早く入手できるのではないかと淡い期待、妄想をしている・・・。

(本ブログ関連:”セレンディピティ”)

アルバムが発売されたこれから、4月19日・20日の30周年記念コンサートにいたるまで、さまざまなPR活動が行なわれ、記事が溢れることだろう。
もし可能なら、アルバムやコンサートの広報とは別に、彼女の音楽的な背景やご自身の音楽観、つまり時代の音楽の潮流のなかで如何に取り組まれたのか教えて欲しい。新聞にそのような記事が組まれるとか、雑誌などに特集が掲載されるのを期待している。

ともあれ、イ・ソンヒの15集ショーケースにおける、タイトル曲(星のように数多くの人々の)「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」をYoutubeで視聴しよう。

 
(Youtubeに登録のseongyoung kimに感謝)

2014年11月8日土曜日

イ・ソンヒ、2014年全国コンサート・ツアー仕上げへ(チケット全回売り切れ)

今年のイ・ソンヒの全国ツアーは、今月末の水原コンサートを以って幕を閉じようとしている。スターニュース「”女性歌王”イ・ソンヒ、30周年ツアー 27回全回売り切れ 8ヶ月の大長征目前」(11/6、キル・ヘソン記者)は、これまでのコンサートを振り返って次のように報じている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ全国ツアーコンサート 水原”、”コンサート”)
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・「30年歌手」のイ・ソンヒが、もう一度「女性歌王」らしい面目を見せて、8ヶ月に及ぶ全国コンサート・ツアーの仕上げを目前にひかえた。

・イ・ソンヒは、来る15日と16日の二日間、毎日1回ずつ京畿水原市の水原室内体育館で、今年の全国ツアー最後の公演を持つ。今回の水原コンサートは、イ・ソンヒが歌手デビュー30周年および今年3月の正規15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」発売を記念して、4月ソウル世宗文化会館を始め突入した全国ツアーの最終公演だ。

・先立って、イ・ソンヒは、4月18~20日ソウル世宗文化会館/5月10~11日大邱エックスコ/5月24~25日蔚山室内体育館/6月7~8日光州コンベンションセンター/6月14~15日城南アートセンター/6月28~29日釜山KBSホール/7月12~13日富川室内体育館/8月30~31日全州ソリ文化の殿堂/9月13~14日安養室内体育館/10月4~5日大田正心華ホール/10月17~18日昌原城山アートホール/今月1~2日一山高揚アラムヌリなど全国12都市から合計25回にかけて全国ツアー公演を行った。

・6日現在、イ・ソンヒの所属会社「フックエンターテインメント」およびチケット販売業者によれば、該当の公演は全回売り切れて、もうすぐの水原公演も二日間合計の6400席全席チケットがすでに販売完了した。

・これでイ・ソンヒは、13都市27回公演で、デビュー30周年および15集発売記念の全国ツアーを全回ソールドアウトさせて、合計7万余のファンと会う大記録をたてることになった

・イ・ソンヒの底力をもう一度知るところだ。

・興行の成功だけでなく、イ・ソンヒは自身の名前に合うようにコンサート自体も「名品(プレミアム)公演」を作り出したという評価まで引き出している。

・イ・ソンヒは、有名作詞家キム・イナが歌詞を書いて、ヒット作曲家パク・クンテがメロディを作り音源チャート1位も記録した、15集タイトル曲「その中であなたに出会って」などの新曲から、去る30年間誕生させた多数のヒット曲など合計24曲ほどを毎回公演ごとに、2時間40分余りにかけてファンたちにプレゼントした。特に、彼女が、バラードのヒット曲である「因縁」と「その中であなたに出会って」を歌う時は、感性にぬれて涙を流す観客も多かった。ここに、40人組のオーケストラと12人組バンドも共に公演の質を一層高めた。

・観客の間では、イ・ソンヒの今回の全国ツアーに対して、「1部はオーケストラの旋律に合わせて楽しんで、2部はヒット曲について歌い、3部はロック・ステージで体に沿って動く」という話があるほど、多彩だったし楽しめるものも多かった。

・30年の音楽人生のイ・ソンヒなので、スター級の先後輩歌手の自発的なゲスト参加もまた続いた。

・イ・ソンヒの音楽弟子というほどのトップ歌手イ・スンギを始め、イム・チャンジョン、チョ・ソンモ、ペク・ジヨン、ホガク、ソ・ヨンウン、アリ、ウルラルラセション、パダ、シン・ヨンジェ、Gavy NJ、エディキム、ホン・テカン、ユ・スンホ、モーゼ バンなど後輩らと、チュ・ヒョンミおよび五本の指出身のイム・ヒョンスンなど同僚級歌手は、イ・ソンヒの今年全国ツアーにゲストで出て、コンサートをより一層輝かせた。

・国内最高の女性ボーカリストの1人に選ばれる、イ・ソンヒの今回の全国ツアーが量的および質的すべての面で、いわゆる「ベスト」だったとの評価を受けるもう一つの理由だ。

・一方、去る1984年満二十才のいきいきした大学生時代、「Jへ」で、「第5回MBC江辺歌謡祭」で大賞を獲得、症候群(シンドローム)を起こしたイ・ソンヒは、翌年の1985年、「あ、昔よ」をタイトル曲にした正規第1集を発表して直ちにトップ歌手の隊列に合流した。

・イ・ソンヒは、以後、去る30年間ずば抜けた歌唱力の中で、「秋の風」、「分かりたいです」、「ヨン(Young)」、「愛が散るこの場所」、「いつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」、「私の街」、「思い出のページをめくれば」、「因縁」など数多くのヒット曲を誕生させた。
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2018年2月2日金曜日

イ・ソンヒのルックス

子どものころ、両親が女優の山本富士子について、いつまでも綺麗だねと話題にしていた記憶がある。いまの私ら世代にいえば、吉永小百合にあてはまるか。

若さの象徴は、銀幕に輝いた俳優やブラウン管の中で活躍した歌手を通して形作られたものかもしれない。だから、ファンはスターとともに世代を共有する。吉永小百合が永遠の<マドンナ>なら、スクリーンの中でいつも彼女のそばにいた浜田光夫は永遠の<ライバル>となる。

イ・ソンヒも、いつまでも美貌を保つといわれて久しい。韓国の新聞記事に、少し前の芸能ネタを繰り返すくせがあるようで、よく知られた話がまたとりあげられている。ただタイトルが刺激的で、国際ニュース(gukjenews)の記事「イ・ソンヒ、時間が止まったよう・・・ ヴァンパイア・ルックス(外貌)『驚くべき』」(1/31、オ・ナウン記者)は次のように紹介している。(抜粋)
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・イ・ソンヒは、15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」(2014年)の発売記念の記者懇談会に参加した当時、童顔の容貌の秘訣について「皮膚管理のマッサージ店で他の人々が受ける程度の管理を受けている・・・」と説明した。
・イ・ソンヒは、去る2011年MBCの「遊びにおいでよ」に出演して、MCのキム・ウォンヒから「中学校の時、イ・ソンヒさんの歌を聞いたけれど、(当時と)なんと寸分違わぬままだろう、私よりもっと若く見える」と、童顔の容貌の秘訣を尋ねる質問を受けたことがある。
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といった具合である。ちなみに、「童顔」は、若々しさを象徴する。そして、彼女は、清雅さをしばしば形容される。

若さを羨望されるのはありがたい。イ・ソンヒは、若さをつなぐ健康食品のコマーシャルに出たこともある。ところが、その企業が食品成分に問題を起して、しばらく騒がせたりした。

(本ブログ関連:”健康食品”、”健康飲料”)

イ・ソンヒは、若いころに美が完成してしまうタイプというより、日本でいえば、ジャンルが異なるが(どちらかといえば)歌手「aiko」に通じる趣があるのかもしれない。

2014年7月4日金曜日

(資料)デビュー30周年迎えた「サニー・オンニ(お姉さん)」

「女性東亜」(5月号、p296-299)に掲載の記事「デビュー30周年迎えた『サニー・オンニ(お姉さん)』の驚くべき帰還」(#1#2)(ク・ヒオン記者)は、イ・ソンヒの言葉を借りて、彼女の音楽の原点、および30年に渡る音楽活動(人生)と音楽観について次のように記している。
(イ・ソンヒの言葉の部分を太字表記した)

なお、同時期のインタビュー報道である「レディ京郷」の記事「イ・ソンヒ 伝説を超える」と内容が重複するところがあるが、以下そのまま掲載する。

(本ブログ関連:”SERENDIPITY”)
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<#1>
歌手イ・ソンヒが、デビュー30周年を迎えて、(これまで)生きてきて感じたことを盛り込んだ15枚目のアルバムを出した。率直な家族史も虚心坦壊に公開した。

「太陽のように光を放つあなたよ(태양처럼 빛을 내는 그대여)」、3月25日ソウル、松坡区のウリ金融アートホールで開かれた彼女のデビュー30周年ショーケースで、歌手イ・ソンヒ(50)を見て、ラブホリクス(Loveholics)の歌(「Butterfly」)の歌詞が浮び上がった。15集の「セレンディピティ(세렌디피티)」で帰ってきた彼女は、イム・ジョンヒ、Gummy、T.A Copy、イ・スンギ、ユン・ドヒョンなど、後輩歌手の応援を受けて新曲を熱唱して拍手を受けた。今年で彼女をマネジメントして17年目である所属事務所(HOOK ENTERTAINMENT)のクォン・ジンヨン代表は「百余曲を書いては消してアルバム準備する姿を見て」、かくして、この歌手のマネジャーをしているんだなと「考えた」と話した。

1984年、第5回「江辺歌謡祭」大賞受賞で派手にデビューしたイ・ソンヒ、デビュー曲「Jへ」は清らかな声と爆発的な歌唱力が調和をとれて、彼女を一気にスターの隊列に載せた。その年の放送と授賞式をさらったのはもちろんで、KBS「放送歌謡大賞」新人賞を受け、MBCでは「10代歌手歌謡祭」最高人気歌謡賞・新人賞・10代歌手賞を以って最初の3冠王にのぼる珍記録もたてた。その時も今も、彼女はショートヘヤに丸縁メガネとズボン・スーツ姿だった。

▼コンピュータ習いながら精魂込めて作ったアルバム

15集のタイトル曲は「その中にあなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」。彼女のアピール力濃厚な声と美しい旋律が交わったポップ バラードだ。 「ファッション・ショーやイベント会場行っても照れくさくて、フォトウォール(Photowall)*の前に立ってみたことがない」という彼女だが、この日だけは慎ましやかな姿でカメラ前に立ち、フラッシュの洗礼を楽しんだ。

    (*)フォトウォール: イベント会見時に背景に置く、複数の関係企業のロゴを貼り付けた壁。

このように記者懇談会を開いてアルバムを紹介することは、私たちの時代には定着しなかった文化なので、初めて享受してみるんですよ。そのためか、睡眠も十分足りてなかったが、これまで以上に嬉しい気分で最善を尽くして舞台に立つべきと考えて、ここに上がってきています。アルバムを準備する2年間、デビュー30周年になれば、どんな歌をどのようにしようか、歌手としてどんな位置づけを確保しなければならないだろうか、悩み、孤独に準備しましたよ。アルバムが世の中に出ると、一人だけの音楽でない、多くの人々の音楽に成っていくようで楽しいです。おののきますが、とても落ち着きますね。

歌の歌詞には、彼女が生きてみて感じて気付いたことを盛り込んでいる。

いつもそばにあったものをよく知らないまま、常に別の処を眺め、羨ましがって、人に付いて行こうとう気持で過ごしたようです。ところが、ある瞬間、そばにいたことを知って、それによって人生が違うように見えるんです。一人だけの悟り(でしょうか)? 今回のアルバムには、家族に対する内容もあるし、歌う人として受けた感動に対する内容もあります。デビュー後、多くの人たちが呼応してくれるとき、『ありがとうございます』、『幸せです』といったけれど、トップから降りてきて、過ぎた時間を眺めると、その言葉がより多くのものを含んでいたのに、そこまで分からなかったんだなと思いましたよ。私のファンに、絶えず自らを鞭打って発展していき、今もどこかへ向かって行きつつあるとのをお見せしたかったのですよ。私を好きになった方々に対する記憶、私が享受した人気、まさにそんなことが暖かい力となって、私がこのように(年月が)(た)っているという話をしたかったのです。

今回のアルバムの収録曲11曲中、イ・ソンヒ作曲が9曲、作詞が7曲だ。それだけ、シンガーソングライターとしての力量が集約されたアルバムだ。後輩であるイ・スンギの話によれば、コンピュータもできないイ・ソンヒが直接コンピュータを習いながら作業するほど熱意を見せたと。イ・ソンヒは、「14集までは、編曲やアルバムの外的な部分には参加しなかったが、15集はそこまで残らず参加した」と話した。アルバム作業をしながらあったエピソードも聞かせてくれた。

どうしてもモニタリング(評価)してくれる人たちが会社の人以外にいないけれど、歌作りして、聞いてみてといっても別に反応がないのです。それでは『別に良くないか?』と思って消し、また他の歌を作って、そのような形で百余曲近く完成しました。『手応えあるまで、作ってみよう』という心情でした。録音に参加した友人たちがみな若かったんですよ。朝起きて夕方に寝る私と別に、その友人たちは午後の5時頃起きて眠らずに夜を明かして、明け方の5~6時に寝入りましたよ。折衷して、午後の4時から歌ったが、皆赤くした目で遅く出てきて、『先輩、申し訳ありません』と(笑い)。私がそのフクロウたちを連れて作業するのに、苦労をちょっとしましたよ。

彼女は、「普段(人々の反応に対して)モニタリングをたびたびする方だが、世代により私のイメージが違うのですよ」と、「デビュー当時を記憶する方々にはボーカリスト、(映画)『王の男』に挿入された『因縁』で私を、子どもがいない(若い)友人たちにはシンガーソング・ライターという認識がより強いようだ」といった。

あえて、シンガーソング・ライターで記憶されるなくちゃいけないという考えはないです。私はボーカリストです。歌うのが良くて、マイク握るが良くて、言葉ではなく歌で感情表現をもっとうまくできるし、それが大好きです。直接曲を書く理由も、私の声をさらに良く表現できてるからです。ふだんの私は、私が一番よく分かりますね。低く話すとか囁(ささや)く声など、専門の作曲家が表現できなかった自分を表現しなければならないように見えて、曲作業を始めました。ロック、国楽などの色々なジャンルの音楽をやりながら感じた点を表現して見たら、欲求が生じてきて、他のジャンルはどうだろうか度々実験することになりましたよ。もちろん、実験が成功したことも、失敗したこともあったんですよ。

「これから、どんな方向に進んでいくのか」と尋ねると、すぐに彼女は「これから、どのようにしていくのか…」といいながら質問を低く口ずさんだ。

好きなジャンルはバラードです。ボーカルが勢いよく歌って、シャウティングして込める力でなく、私たちの言葉と音色が与える力があるけれど、そのような力を表す音楽ならばジャンルに関係なく歌うでしょう。歳も取って、幼いとき聞いた音楽がみなそのためか、歌詞が与える力が無限に大きな歌を好きです。ただ流される曲も良いけど、十分にかえりみて考えることができる歌詞がはるかに良かったんですよ。今後もずっとそのような音楽を作って、そのような歌詞を書くつもりです。どんな方向に進むかは、私がどのように変るかも知れなくて話せないが、留まっていないだろうということだけは確かに申しあげることができます。


<#2>
彼女は、代表的な芸能界の「童顔(若々しい)スター」に挙げられる。彼女は、「笑い話しで施術したといえば、そんなことが記事に大きく出る」といったり、「そうでなくて、マッサージを受け、皮膚科も通っている」と話した。

私もいっぱい変わりました。けれど、変化が大きくないとお考えになるのは、私から感じられるはっきりしたイメージのためでしょう。多分、髪をアップしてドレスを着れば時間の痕跡を探すでしょうが、今もズボンにジャケットを着ているから(笑い)。前は、すっぴんでお会いしたが、今は化粧を少ししたということ位いですよ。

「オンニ(お姉さん)の帰還」は、茶の間のテレビ劇場視聴率上昇にも一助となった。2回に渡って放送された、彼女が出演したSBS「ヒーリング・キャンプ」は、同時間帯視聴率1位を記録もした。彼女は過去、マイケル・ジャクソンの両親にラブコールを受けた理由を聞かせた。27才のとき、女性歌手5人を集めてアジア版「ジャクソン・ファイブ」を作ろうと思ったマイケル・ジャクソンの両親から、ニューヨークで活動しようという提案を受けたこと。彼女は、「オーディションまで合格した」と明らかにした。この時期、彼女は、日本のグループ「安全地帯」が書いた曲で日本に進出する考えもあった状態であった

▼留まらなかったけれど、いつもその場にいた歌手

しかしながら、彼女の海外進出は結局失敗に終わってしまった。代わりに彼女は政界に出た。イ・ソンヒは、その年(1991年)、最年少のソウル市市会議員*になって話題を集めた。彼女は「韓国にしばらく立ち寄った間、マネジメントから私と相談なく市会議員出馬の書類に印鑑を押した。私がしなければ色々な人が難しくなる状況だから、やむを得ず海外進出の夢をあきらめて政治に挑戦した」と海外進出が失敗に終わった理由を明らかにした。

    (*)本ブログ関連:”ソウル市市会議員

「ヒーリング・キャンプ」では、率直な彼女の家族史も聞くことができた。イ・ソンヒは、帯妻僧(結婚して妻と家庭をもうけた男性の僧侶=妻帯僧)の父のおかげで幼い時期、森の中で育った話も聞かせた。彼女は「祖父は風流を知る人なので町内で歌(歌唱)ったりしたが、父はとてもきちんとした人である。学校は、市内の中心にある所に通ったが、家族は森の中の寺で生活した」として、「念仏をたくさんそらんじた父のおかげで喉ができあがったようだ」と話した。2006年、空白期をもって、娘と共にアメリカ留学に進んだ『情熱ママ(教育ママ)』でもあるイ・ソンヒは、現在アメリカ名門大であるコーネル大でジャーナリズムを専攻している娘ユン・ヤンウォンさんに対しても言及した。

「(娘)ヤンウォンが幼いときは、天才だと思いました。胸に抱いて童話の本を読んだが、二三度読んで、その場面を開(あ)けるとそのまま話しましたよ。すべての母親たちが勘違いするように、内心『私はなかなか良い子供を産んだ』と思いました。本を読んでやって、その本(の話し)をより合わせてストーリーを別のように解釈すれば、この子は再びより合わせて別の話をしました。想像を続くようにする私たちだけのゲーム方式でした。ところで、本を買って読んでみなさいといったところ『ママが読んでくれたら分かるの』というんですよ。ストーリーを覚えて想像したのであって、文自体は分からなかったのです(笑い)。

先立って、彼女は記者懇談会で「最近、音楽のトレンドを逃さないように、人気歌謡番組をしばしばモニタリングして、弘大のインディーバンド公演をたくさんたずね歩く」と明らかにしたりもした。長い時間愛されることができる彼女だけの力は何だろうか。

「振り返ってみると、毎年いつも良いことだけではなかったです。ある時は、一人だけの時間を通り過ぎたりもしたし、今よりもより多く関心を集めて一年をむかえたりもしましたよ。それでも、今こんなにうれしい今日を享受することができるのは、私が『元気だったため』なようです。『元気だった』というのは、留まらなかったということですね。ある方法で成功したがそれを捨てることができて、もちろん新しい試みをして足を踏み間違える時もあるが、恐れないでずっと何かをしようとしたので、多くの方々が『イ・ソンヒはいつもその場にあった』と記憶してくださるようです。今後も引き続き働くだろうし、数多くの質問を私にすることで、挑戦することで、その時ごとに好き嫌いが分かれるだろうが、今までそのようにしてきたように失敗するとおじけづいたり萎縮しないでしょう。」
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2016年3月8日火曜日

新曲はいつ頃?

イ・ソンヒの最近のアルバム・リリース間隔を見ると、4年ないし5年ある。
・2001年3月26日 12集「My life +Best」
・2005年4月14日 13集「四春期」
・2009年2月25日 14集「愛よ...」
・2014年3月26日 15集「セレンディピティ」

また、最近のコンサート間隔を見ると、2年ないし3年ある。
・2004年 20周年記念、
・2006年 22周年記念、
・2009年 14集記念<招待>、
・2011年 <五月の陽射し>、
・2014年 30周年記念<歌うイ・ソンヒ>

そこで、アルバム・リリースとコンサート開催が同年だった2009年を例にすると、その次のアルバムは5年後、コンサートは2年後だった。同様に時期が重なった2014年を起点として想定すると、今年当たり、何かが期待できないだろうか・・・多分、本年末頃に、来年の計画が発表されることになるのだろうけど

もしかして、来日はないだろうか。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの日本公演”)

2014年3月28日金曜日

歌姫イ・ソンヒの音楽人生

イ・ソンヒの音楽観について、最近のネット記事に、イ・ソンヒ自身、さらに音楽評論家の言葉を探してみた。
MK証券の記事「国民の歌姫イ・ソンヒ・・・ 『音楽人生もう30年ですね』」(3/25、イ・ギチャン記者)に、次のように紹介している。(抜粋)

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(2012年にメディアとのインタビューの中で次のように話した)「これまでの音楽的関心と好みが、ずっと変わってきましたよ。幼かった時は、音楽の海が無尽蔵だということをまだ知らなかった。だが、デビュー以後、私が手にしたのが全てではないということを悟りましたよ。意地をちょっと張るけれども、心を開いて受け入れる方法も分かります。他の人がこの音楽いいよ、あなたのものにしてみなさい、そのように薦めれば迷わず受け入れました。」

大衆音楽評論家カンホンは、「イ・ソンヒ以前の女性歌手たちは、草花や花のような若い受動的なイメージを持っており、殺伐としたエンターテインメント産業で、ミュージシャンとしてしっかりとした待遇を受けるのが難しかった」ところ、「イ・ソンヒは、女性ミュージシャンが弱者にならざるをえなかった歌謡界で、堂々と自身の両足で歴史を自ら作った最初人物」と絶賛した。
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(本ブログ関連)
・「2012年にメディアとのインタビュー」については、直接的な記事を未見だが、同様の趣旨を本ブログ「イ・ソンヒの分かりたいこと」の中で見ることができる。
・大衆音楽評論家カンホンのコメントは、今回の30周年記念コンサートに当たって述べられたもので、同様の趣旨を本ブログ「イ・ソンヒ15集タイトルは『セレンディピティ(세렌디피티)」の中で見ることができる。

2014年11月17日月曜日

イ・ソンヒの海外公演はあるか

イ・ソンヒは、昨日・一昨日の水原コンサートを終え、今年の全国ツアーを成功裡に終わらせた。にもかかわらず、ファンの要望は止まないようだ。スターニュースの記事「『27回、全回売り切れ』 イ・ソンヒ、海外・国内コンサート アンコールの要望殺到」(11/17、キル・ヘソン記者)によれば、アメリカ、オーストラリアの海外公演まで期待が高まっていると次のように報じている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ、2014年全国コンサート・ツアー仕上げへ(チケット全回売り切れ)”)

それなら、イ・ソンヒの日本公演はどうでしょうか・・・。コンサートが、2、3年に一回のペースなので、私としては旅の楽しみも含めて、ソウルでのコンサートの方がよいのだが。

(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒの日本語曲「空がくれたもの」、「見せたいけしき」”)
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・「女性歌王」イ・ソンヒが、延々8ヶ月をかけた全国コンサート・ツアーを成功裡に終わらせた中、国内はもちろん海外までアンコール公演の要望が殺到している。

・イ・ソンヒは、去る15日と16日の二日間、各1回ずつ京畿水原市、水原室内体育館で歌手デビュー30周年、および今年3月正規(アルバム)15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」発売を記念した、全国ツアーの最後の公演を持った。

・イ・ソンヒは先行のコンサートと同様、水原公演も二日合計6400席全てを完売させる底力を見せ、3時間の(コンサートの)間、ファンたちと泣いて笑って深くかかわった。特に、16日の公演にはトップスターでありフックエンターテインメントに共に所属する後輩のイ・ソジンとイ・スンギが直接現場を訪れ、イ・ソンヒはより一層の力を得た。

・水原公演を最後に、今年4月に始めた全国ツアーを全回売り切れのなか終わらせたイ・ソンヒに、現在、追加コンサートの要望も押し寄せている。

・フックエンターテインメント関係者は、17日のスターニュースに「全国ツアーを有する間にも、国内で公演した都市はもちろん、しなかった都市で年末コンサートなどアンコール公演を持つという提案を多数受けた」とし、「韓国を越えて、アメリカとオーストラリアなど海外でも単独コンサートをして欲しいという要望が殺到し、今も同じ」と伝えた。

・この関係者は、「3時間に渡ったイ・ソンヒの単独コンサートの最後はデビュー曲『Jへ』を観客と一緒に歌うもので、このように彼女の誠意のあるボーカルを感じることができて、老若男女の観客と息の合った公演なので、ありがたいことにアンコールの要望が多いようだ」と明らかにした。

・だが、イ・ソンヒが直ちにアンコール公演の要望に応じることは難しい見通しだ。

・この関係者は、「現在のイ・ソンヒは、最善を尽くして全国ツアーを終わらせた状態で、休息が必要な状況」としながら、「一定期間の休息後、自身に大きな愛を送ってくれたファンにより良い姿でごあいさつする予定」と伝えた。

・一方イ・ソンヒは、4月18~20日ソウル世宗文化会館/5月10~11日大邱エックスコ/5月24~25日蔚山室内体育館/6月7~8日光州コンベンションセンター/6月14~15日城南アートセンター/6月28~29日釜山KBSホール/7月12~13日富川室内体育館/8月30~31日全州ソリ文化の殿堂/9月13~14日安養室内体育館/10月4~5日大田正心華ホール/10月17~18日昌原城山アートホール/今月1~2日一山高揚アラムヌリ、および16~17日水原室内体育館など、全国13都市で合計27回にかけて全国ツアー公演を行った。

・イ・ソンヒは、13都市27回の公演を全て完売させ、合計7万余のファンと出会う大記録をたてた。

・「30年の女性歌王」 イ・ソンヒの底力を正しく知らせた全国ツアーであった。
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2015年11月7日土曜日

(資料) イ・ソンヒとのインタビュー(連合ニュース)

イ・ソンヒとのインタビューが、連合ニュースの記事「<インタビュー> イ・ソンヒ 『歌は無心の作業・・・「Jへ」は今聞いても胸がキュン』」(11/4、キム・ボギョン記者)に掲載された。若いファン層への感謝、後輩歌手たちへ助言、そして彼女の今後についてなど、31年間つちかった音楽経験を交えて聞くことができる。

イ・ソンヒの語り(=音楽観)には独特のものがあるという。以前、別のインタビュー記事にも、成程とうかがい知るような記述しているものがあった。今回は、どうだろうか・・・記者も苦心されたようだが、読み進むうちにイ・ソンヒらしさがやっぱり感じられてくる。妙に安心する。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ インタビュー”)

ところで、現在は充填期のようで、次ぎのアルバムまで時間がいるようだ。少々待ち遠しい気がするが楽しみである。

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「音楽は私を記憶する人との疎通(コミュニケーション)・・・若いファンたち感謝する」
「声は私だけの楽器・・・他の人が出てきて違うことを認めなきゃ」

イ・ソンヒは、誰もが自信をもって「国民歌手」と呼ぶことができる、数少ない歌謡界の巨匠中の一人だ。

1984年、「第5回 江辺歌謡祭」で、「Jへ」で大賞を獲得してデビューした彼女は、翌年1集のタイトル曲「ああ! 昔よ」を始め、「秋の風」、「分かりたいです」や、「私はいつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」などをヒットさせて、1980年代の代表的ディーバ(歌姫)として座をつかんだ。

彼女は小さい体躯から出る爆発的な歌唱力でファンたちをひきつけて、初の<姉さん部隊>(=中高女学生ファングループ)を誕生させたりもした。

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1990年代にも着実に新曲を発表したイ・ソンヒは、2011年、米国カーネギーホールのアイザック・スターン・オーディトリウムで単独コンサートも開いた。昨年(2014年)には、デビュー30周年を記念して、正規15集「セレンディピティ(Serendipity)」を発表した。

最近、イ・ソンヒを、ソウル江南区清潭洞の所属事務所(=フックエンターテインメント)の建物で会った。TVよりはるかに若く見られる容貌に記者が驚くと、すぐに彼女は、「私がTVによく出てないからよ」と冗談を言った。

まず、最近の近況を尋ねた。イ・ソンヒは、昨年3月アルバムを発売するやいなや、全国ツアーコンサートを開いて1年余りをファンたちのそばで過ごした。今年には、光復70年記念番組のKBS「私は大韓民国」に出演して「1945合唱団」を指揮したりもした。

「いま、やっとスケジュールがまばらになりました。昨年は一年中公演して、今年は『私は大韓民国』を準備するために緊張を解くことができませんでした。番組が終わって、およそ2週間患いました。そうして、ちょっと日常を楽しんだのです。休む時、したいことなどをリストに書き込みました。今は、それらをしに歩き回るのに忙しいですね。 (笑い)」

彼女は歌手として31年を生きた。短くない時間の間、彼女は歌と喜怒哀楽を一緒にこなした。イ・ソンヒにとって、音楽はどんな意味であろうか。気になってきたところで、単刀直入に尋ねた。

音楽は一種の疎通(=コミュニケーション)でしょう。歌う人は、歌で自分を表現します。私が過ごした時間にどんな考えをし、何をいいたいのか、結局、歌で語るんです。結局、私を記憶する人とずっと疎通(=コミュニケーション)するんです。」

数えきれないほど舞台に立って、ファンたちに会いながら、おのずから記憶に残る瞬間も多かったはずなのに。質問を投げると愚問賢答(=愚かな問にも賢く答える)が返ってきた。

「留めておく性格ではないので、何かを入れれば続けて注ぎます。歌もそうですよね。感情を続けて注ぎます。それで、うれしくても悲しくても、感情はその瞬間にだけ残るもののようです。そうするうちに、あえて過ぎ去った時間に何が残ったかどうか執着しない方です。」

このような回答を聞くと、気軽に他の質問をするのがためらわれた。だが、質問を止めることができなかった。発表した曲中、最も愛着がある曲を尋ねると、自然に「Jへ」という回答が出てきた。

「私はこの質問を受けたら、いつも『Jへ』と答えます。このように淡々と話しているけど、本当に『Jへ』は、今聞いてもキュンとします。おのずから過ぎた時間を振り返り見させる歌なんです。」

この他にも、最近、彼女の口の中で巡る歌がある。昨年発表した15集収録曲「今になって(이제야)」だ。「その時は分からなかったのでしょう/すべてを知っていて思ったが、愚かにも/感嘆符、休符も、そこに込められていることを」、という歌詞がなぜか胸に迫る。

「最近、私が元々進んだ方向からちょっと違うように、方向を定めました。そのように決めて見たら葛藤が多くなりました。すると、私も気づかぬ内に、この歌を口ずさんでいましたよ。この歌をしきりに歌うのを見て、私の視線が変わったことを感じます。」

イ・ソンヒといえば浮び上がるイメージがある。短いショートカットにメガネ、ズボン、スーツがそれだ。常にズボンだけはく彼女を見て、ファンたちは「イ・ソンヒの脚に大きい傷跡がある」とひそひそ話したりもした。彼女は、デビュー後7~8年間、素顔で放送に出たりもした。

一つのスタイルに固執した理由を尋ねると、「その時は、ただそれが良かった」という素っ気無い反応が返ってきた。

「今考えれば大したことないのに、その当時、瞬間瞬間ぶつかることが多かったです。化粧もして、メガネも外せというのが何となくいやだったんです。『歌う人が好きなスタイルで行くべきなのに、私がなぜあの人たちに従って行かなければならないのか?』という問いを持ち続けました。それで、固執半分、反抗心半分でずっと押し進めたら、そのまま私のスタイルに固まったんです。ところで、そうなるとそのスタイルが嫌いになりましたよ。(笑い) そのまま、その時その時やりたい通りに自然に従ったようです。」

イ・ソンヒの公演会場に、中壮年層の観客だけ訪れると考えると相当な誤算だ。彼女のコンサート会場にはいつも20~30代の観客で賑わっている。特に映画「王の男」のオリジナル・サウンドトラック(OST)に収録された「因縁(인연)」という歌が大ヒットを記録して、彼女は若い世代に名前を知らせた。イ・ソンヒが手紙好きという話を聞いて、直接、書いたファンレターを送る少女ファンも多い。

「公演会場で、観客席を見ればびっくりです。以前よりも観客が若くなっているとはっきりしてるんですよ。とてもありがたいことです。」

「最近、若いファンの意思表明が本当にどんどん目立ちます。公演レビューの掲示板も念入りに調べる方ですが、反応を見ればとてもおもしろいです。(笑い) 私を<姉さん>と呼ぶ中学生ファンがいるのだけど、自分のママも私を<姉さん>と呼ぶといいましたよ。そうしたところ、『うちの母さんも<姉さんファン>なのに家系図がどうなるのでしょう?』と尋ねたこともあります。」

イ・ソンヒは、MBCオーディション番組「偉大なる誕生2」で、メンターを引き受けるなど、後輩たちにも格別の愛情を注ぐ。しかし、最近の歌謡界を見ると物足りなさも大きいといった。<江辺歌謡祭>出身である彼女は、最近の雨後の竹の子のよう生じるオーディション番組を見ると、特にそのような感じを受ける。

「当時、<江辺歌謡祭>や<大学歌謡祭>は、私たち同士の祭りのような感じでした。もちろん決勝、準決勝と進んで競争したりしたが、みんな歌が好きだったし、お互いが違うということを認めましたよ。ところで、最近は本当に競争だけします。皆がみな違っているんですけど、私だけ頑張らなきゃという考えをするようで残念です。1、2位を獲る瞬間に歌手になるのではないのにね。」

彼女は話を続けた。

声は私だけの楽器です。他の人が私より歌をもっと上手だとしても、私の場所を持つのではありません。全てみな違った声を持っていますね。自分だけの声を持ってこそ、より豊かに生きていけます。グルメ通りを考えてみてください。一つのレストランでなく、多様なレストランが集まっているので、多くの人が訪ねてくるのじゃないの。他の人が出てきて、違うということを認めれば、全てみな上手くやれます。」

イ・ソンヒは、後輩たちが尊敬して似たがる巨匠の中のひとりだ。それだけに最近のTVをつければ、イ・ソンヒの歌をリメークしたり真似て歌う歌手をよく見かける。そのような姿を見て、本来本人はどんな思いがするのか気になった。

「最近の後輩たちは本当に音楽が上手いです。以前には良いものを表現する方法も知りませんでした。また、音楽される方の多くが付き従う音楽をしましたよ。ところが最近は、音楽で上手く表現する世代になりました。私の歌を、後輩たちが歌ってくれたら余りにもうれしいです。それを聞いて、『あんな方向にも歌を歌うことができるのだろう』と感じたりもします。しかし、私が歌った方式そのままに歌う後輩を見ると、上手いとは別にちょっと物足りないです。」 そのような後輩に、先輩としてしたい助言はないだろうか。

「とにかく経験するんです。編み出すというのは積もることで、積もれば吐き出すことができなければなりません。音楽をする人たちは、音楽に吐き出さなければなりません。もちろん競争が全てではないが、そのような過程を勝ち抜くのも必要です。だが、記憶しなければならないものがあります。人のために、私がだめなものなんてありません。人もなるし、私もなるんです。」

インタビューを進めて、31年(=デビュー31年目)の内面はやはり違うという考えが頭の中を離れられなかった。急がず自身の考えを一つ一つ明らかにする、彼女のカリスマに圧倒される瞬間も多かった。一時間余りのインタビューを終えて、今後の計画をたずねた。「小さい巨人」イ・ソンヒの答はやはり特別だった。

「以前には、男性と女性の声を同時に持つ少年のような声だったとしたら、今は女らしい声になりました。そうするうちに、そこに合った歌を歌うことになったし、声も澄んだのですよ。私は今、50代以後にどんな歌を歌うのか悩んでいます。次のアルバムですか? アルバムを出すというのは無心にする作業です。それで何かいっぱい満たしてようやく、結果に結び付けられます。ところで今は、満たせる時間が長く続かなかったです。それで当分は計画はありません。」
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(Youtubeに登録のqueen sallyに感謝)