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2012年2月29日水曜日

風邪2

先日来の風邪の症状は最悪で、一日中咳き込んでいる。おまけに、喉までひりひりして痛い。
朝からドカ大雪ため、(風邪)検査結果を聞きに外出もままならない。覚悟を決めて一日安静にする。
本日休業。

2012年2月28日火曜日

風邪

この冬は、例年と比べて寒さが厳しい。おかげで、風邪をひいてしまい、咳が止まらない。いいことないな。
咳を繰り返すと、喉がイガイガして過敏になる。このイガイガが呼び水になって、また咳をつづける。いいことないな。

地元医院の処方薬をしっかり飲んで、部屋の中に静かにこもっていよう。

イ・ソンヒの<ビッグショー>2

イ・ソンヒが「変身そして愛 1996年KBSビッグショー」で、自身の数々のヒットソングを歌う映像を、Youtubeで先日(2/22)見たが、それ以外にDAUMの「TVポット」にも次の映像があったのでエンベッドする。
イ・ソンヒは、「あなた()」と、韓国ロックの父といわれるシン・ジュンヒョン(신중현)の「雨の中の女(빗속의여인)」を、随分と洗練させ熱唱している。



(Youtubeに登録の45digginに感謝)

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの思い出の<ビッグショー>"、"イ・ソンヒの<ビッグショー>")

KBS WORLD「国楽の世界へ」 南相一

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/22)に、人物シリーズ16回目として「パンソリの分野に新しい風吹き込んでいる若手の歌い手(소리꾼)」の、南相一(남상일、1979年~)紹介した。

映画「王の男(왕의 남자)」に登場する大道芸人の紹介から始まった。
(この映画に使われている歌「因縁(인연)」は、イ・ソンヒによる。女性にはうけているようだけど、未見である。)

パンソリの歌い手について、昔の大道芸人との関係が次の通り説明された。
・昔、大道芸人「広大(광대)」とは、綱渡り、仮面劇や歌などといった様々な芸をこなす芸人をさす。パンソリを歌う歌い手も「広大」と言われた。
Wikipediaによれば、「パンソリの父」申在孝(신재효、1812年~1884年)は、「広大」から口承を聞き取り定本にし、両班階級にも通用する文学として体系化した、とのこと。

南相一による創作パンソリ「独身男のコシギ歌(노총각 거시기가)」を聴く。・・・なぜか吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」を思い出した。 (参考:ブログ「シンソンの夢」)
(Youtubeに登録のdorapara84に感謝)

洗練された伝統ある次の5作品以外は、近年に入って多用な素材を基にした創作パンソリとのこと。
・「興夫歌(흥보가)」、「沈清歌(심청가)」、「春香歌(춘향가)」、「赤壁歌(적벽가)」、「水宮歌(수궁가)」

南相一他による「鳥打令(새타령)
」を聴く。うん、これもモダナイズして、なんだか別物の気がするが・・・。

次のように南相一プロフィールが紹介された。
・1979年 全羅南道南原の平凡なクリーニング屋の息子として生まれる。
・2003年 国立唱劇団に最年少団員として入団
・京畿道地方や西道地方の民謡、巫俗音楽など様々な歌を学ぶ。
・「スリ(수리)」という音楽団体を作り、その代表として活動している。

▼南相一他による「赤壁歌(적벽가)」の中から「赤壁火戰(적벽화전)」を聴く。本格的に歌いこまれている。

2012年2月27日月曜日

孫牧人(久我山明)

みなが歌い知る演歌にもかかわらず、オリジナル歌手を意識しないことがある。「ここは、地の果て アルジェリヤ」の歌詞で知られる「カスバの女」(1955年、作詞:大高ひさを、作曲:久我山明)もその一つだ。歌手は、エト邦枝(えと くにえだ)である。先日、親類とのアルジェリアにまつわる話題で知った。そして、彼女についてこれ以上知らない。

昔、サラリーマンが4,5人集まって酒でも飲めば、この歌を誰かが口にした。歌詞の「カスバ」には、暗い迷路で作られた魔窟のようなものを連想したし、やるせなさに共感した想いがある。外人部隊についても、実際はいかなるものか知らず、勝手なイメージを膨らませたわけだ。
なぜアルジェリアなのか、そしてなぜ演歌なのか。

ところで、この歌を作曲した久我山明は、孫牧人(손목인)である。彼について、Wikipedia()は次の通り記している。
・本名は、孫得烈(손득렬)。
・1913年4月13日、慶尚南道 晋州に生まれる。
・東京音楽学校ピアノ科を卒業。
・「他郷暮らし(타향살이)」(1934年、歌:高福壽(고복수)、原題:異郷(타향))が最初の作品。
・「木浦の涙(목포의 눈물)」(1935年、歌:李蘭影(이난영))、「カスバの女」(1955年)など作曲。
・1999年1月9日 著作権問題の協議のため東京に訪問滞在中に没する。

そして・・・歴史は、彼に思いもしない烙印を押したようだ。

(参考)
ブログ「Kindred Spirits -赤毛のアンがお好きですか?」に、孫牧人のJazzとの関わりが紹介されている。感謝。

(Youtubeに登録のR2Radio2、RedHairedANNE、John Noh、orienkoreanに感謝)

2012年2月26日日曜日

まだまだ寒い

震えるほどの寒さでなくなったが、まだまだ寒い。
少しづつであるが、気温の緩みを感じるのは朝だ。今朝は一段と春らしくなった感があった。それがどうしたことか、昼過ぎに風が吹き始めると、家全体を寒さが包む。先日来の風邪は治まる気配もないし・・・早く暖かい春になって欲しい。

(追記)
親類が病没した連絡があった。冬の寒さがこたえる。いずれ誰だって、下表の中からカードを1枚選択することになる。今更ながら、Memento moriを実感する。

主要死因別死亡者数: 厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態・保健統計課「人口動態統計」 
死 因 昭和60年 平成2年 12年 20年





総数
752,283 820,305 961,653 1,142,407
結核
4,692 3,664 2,656 2,220

悪性新生物
187,714 217,413 295,484 342,963

食道
6,197 7,274 10,256 11,746



48,902 47,471 50,650 50,160


結腸
11,225 15,509 23,637 28,804


直腸S状結腸
移行部及び直腸

7,934 9,270 12,311 14,207


肝及び肝内胆管
19,871 25,352 33,981 33,665


胆のう及び
その他の胆道

9,470 11,871 15,153 17,311



10,441 13,318 19,094 25,976


気管,気管支
及び肺

28,590 36,486 53,724 66,849


乳房
4,958 5,882 9,248 11,890


子宮
4,912 4,600 5,202 5,709


白血病
5,179 5,633 6,766 7,675

糖尿病
9,244 9,470 12,303 14,462

高血圧性疾患
12,700 9,246 6,063 6,264

心疾患
(高血圧性を除く)

141,097 165,478 146,741 181,928

急性心筋梗塞
30,558 31,933 45,885 43,580


その他の虚血性
心疾患

18,926 19,504 24,298 33,002


不整脈及び
伝導障害

4,977 6,350 15,097 23,510


心不全
75,310 96,078 46,460 62,708

脳血管疾患
134,994 121,944 132,529 127,023

くも膜下出血
10,257 12,281 14,815 14,075


脳内出血
36,877 30,820 31,051 33,682


脳梗塞
67,350 64,575 82,651 76,016

大動脈瘤及び解離
... ... 8,214 13,440

肺炎
45,075 68,194 86,938 115,317

慢性気管支炎
及び肺気腫

6,953 7,834 10,877 10,371

喘息
6,340 5,947 4,473 2,348

胃潰瘍及び
十二指腸潰瘍

4,493 3,615 3,869 3,283

肝疾患
19,803 19,700 16,079 16,268

腎不全
11,508 15,575 17,260 22,517

老衰
27,804 24,187 21,213 35,975

不慮の事故
29,597 32,122 39,484 38,153

交通事故
14,401 15,828 12,857 7,499

自殺
23,383 20,088 30,251 30,229

2012年2月25日土曜日

それでも寒い

朝方の雨は昼までに止んだ。2月も終わり間近なのに、気温はぬるむこともなく、どんより空の寒い一日だった。
ご近所のハクモクレンの芽は膨らんだままで、開くのは当分先のことだろう。春はまだ来ないが、でも何かが変わってきている感じがする。

近所の書店で、芥川賞受賞作品が掲載されている文芸春秋(3月号)を購入。何かと話題の作家の小説を読んでみよう。

(追記)
地元にある国立大学の正門にテントが設置されて、国公立大2次試験の前期日程・・・が始まったようで、入門制限していた。今の試験制度は複雑なのか・・・異議を言えない受験生は大変だろう。

(追記)
ニュース天地の記事「"偉誕2" 13.6%の視聴率小幅上昇...1位スジョン」(2/25)によれば、イ・ソンヒがメンター(指導者)として登場するオーデション番組「偉大なる誕生2」の視聴率が、次のように小幅上昇したとのこと。
・25日、視聴率調査機関AGBニールセン・メディアリサーチによれば、去る24日放送された「"偉誕2"」は、13.6%を記録しながら、去る17日記録した12,7%より小幅上昇の数値を見せた。
・一方、同時間帯に放送されたKBS「VJ特攻隊」は11.9%、SBS「世代共感1億クイズショー」は8.5%を記録した。

2012年2月24日金曜日

イ・ソンヒ「一緒に働きたい職場の上司」

NEWSWiREの記事「(MC)ユ・ジェソク - (歌手)イ・ソンヒ、職場上司で仕えたい芸能人’1位’に上がって 」(2/24)によれば、今月10日~17日まで文化公演イベントに参加したエデュウィル会員1,048人を対象に実施したアンケートの結果、イ・ソンヒが職場上司で仕えたい女性芸能人の1位に選ばれたと次のように報じている。
(男性上司に期待する記事などは省略)

・「職場上司で仕えたい女性芸能人」の1位は、34.1%(357人)を得たイ・ソンヒに帰した。
気さくさと地味、セクシーさなど多様な魅力を持っているイ・ヒョリは28.0%(294人)で2位を占めており、シックな魅力が引き立つコ・ヒョンジョンは16.0%(168人)であった。最近、映画「ダンシングクイーン」で人気を得ているオム・ジョンファは、12.7%(133人)、カリスマ性のある俳優として上位に数えられるキム・ヘスの9.2%(96人)の順だった。

・歌手イ・ソンヒは、MBC「スターオーディション"偉大なる誕生2"」でメンター(指導者)の真髄を見せていると評価を受けている。厳しい教えにメンティー(受講者)たちを緊張させたりしたが、歌を歌う時は母親のようなぬくもりで繰り返しメンティーたちが自分の個性をよく発揮できるように導いた。

ところで、MCユ・ジェソクと歌手イ・ソンヒは、なんとなく風貌が似ている気がする。メガネだけではなくて・・・。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒ、人生のメンターに選ばれる")

2012年2月23日木曜日

少し暖かくなってきたが・・・

少し暖かくなってきた。朝方の小雨も止んで、昼頃にはすっかり晴れ渡った。気温は平年並みだそうだ。
昨日の寒さに合わせて温度調節した炬燵が、今日は熱く感じる。

観梅は未だだろうけど、小金井公園の梅の芽吹き具合はどうだろうか。寒さも緩んできたので、近々公園を訪ねて確かめてみよう。

(追記)
夜分、風が強まり、寒さがゆり戻したようだ。やっぱり冷えるな。

2012年2月22日水曜日

イ・ソンヒの<ビッグショー>

イ・ソンヒのステージは、いくつもYoutubeに掲載されているが、その中でもお気に入りのものが次の映像だ。自信に満ちてお洒落で、舞台をすっかり自分のもにしている。ジャズバンドをひかえたまさにワンマンショーだ。
なにより彼女はチャーミングだ。

(Youtubeに膨大な映像資料を有する526apolloに感謝)



(本部ログ関連:"イ・ソンヒの思い出の<ビッグショー>")

2012年2月21日火曜日

カン・スジ、ハ・スビン

90年代半ば、日本では「スージー・カン」として知られたカン・スジ(강수지)は、イ・ソンヒが日向に咲く花なら、彼女は温室の花に似て可憐で華奢なイメージがする。テレビで見た韓国の若い(そして今様で可愛い)歌手として記憶にある最初かもしれない。
ちなみに、「カン・スジの強力なライバルとして登場した」といわれる、ハ・スビン(하수빈)」も同じ系列にあって・・・清純、あどけなさが愛された時代の歌手だ。

音程が微妙だって、それはビブラートだと思って黙って聴きなさい。

カン・スジは、2009年初頭、妖精の面影をそのままに7年ぶりの復帰を果たしている。2010年に、軽やかな曲想で、シングル「思い出は雪の花のように(추억은 눈꽃처럼)」をリリースしている。

ハ・スビンは、「コンサート7080」で思い出の曲と、2010年リリースしたアルバム「The Persistence Of Memory」から「A Lovely Day」を、当時のイメージのまま歌っている。変わったのは、世代を共に過ごした会場の聴衆・・・でも、ハ・スビンは、彼らの胸の中に若さの火種を灯し続けてくれているようだ。

(Youtubeに登録のnajaehoon97、gogang1000、lastellainc1に感謝)

(本ブログ関連:"5大歌姫"、"1986~2009韓国女性歌手の好感度"、"少女漫画から飛び出してきたような歌手たち"、"歌手たちの復帰"、"ジュンマレラ")

2012年2月20日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金龍雨

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は先週水曜日(2/15)に、人物シリーズ15回目として「国楽界に新しい風を吹き込んでいる歌い手」の金龍雨(김용우)(1968年~)紹介した。

金龍雨の国楽の新しい風について次の紹介から始まった。
・伝統的な民謡を現代的な感覚で再解釈(アレンジ)して共感(大衆化)を広めてきた。
・難しくとらえられがちな国楽を、親しみやすい形で聞かせる。

金龍雨とアカペラグループ「人工衛星」による、民謡「場打令(장타령)」を聴く。哀調ある出だしから一転して軽いステップを踏むように変化して、まるでミュージカル舞台のよう・・・妙に明るいな。

次のように金龍雨プロフィールが紹介された。
・1968年 忠清北道永同に生まれる。
・ソウル大学校の音楽大学で国楽を専攻。
・2001、2002年 日本で公演

国楽の変遷について次のような紹介があった。
・国楽は、西洋文化が大量に伝わった100年ほど前、遺物のような扱いを受け低迷期が続いた。
・1980年代に、国楽と西洋音楽の調和を図った音楽集団「スルギドゥン(슬기둥)」が一躍人気を集めたことにより、若者の伝統への関心が再び戻り始めた。金龍雨も、その流れの中で、新鮮な感覚で国楽をリメイクして発表した。

金龍雨による、北海道民謡「ソーラン節」を聴く。伴奏を現代風にしているが・・・。(日本であれ、韓国であれ、伝統は伝統だという保守的な人間なので・・・それにコラボという言葉もねえ・・・どうも。)

金龍雨による、「臨津江(임진강)」を聴く。アカペラの心地よい響きがする。

大人になりたい

コニー・フランシス(Connie Francis)の「大人になりたい(Too Many Rules)」(1962年)は、こどもにとって面倒な家族のしきたりがあった旧きよき時代の歌だ。
とっくに就寝時間を過ぎて夜遅く10時と2分に帰宅すれば、家族に説教を受けるし。長電話だってできない、携帯電話のない時代だもんなあ。

家族がまとまるだけの納得と窮屈さもあった時代だが過ぎてみれば、歌だけが耳に残っている。
大人になれないより、大人になりたいと願うのはよいことだ。

(Youtubeに登録のbarrygioportmorien1に感謝)

(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)

2012年2月19日日曜日

イ・ソンヒの童謡「星を見ながら月を見ながら」

イ・ソンヒのアルバム「愛唱童謡(애창동요)」(1993年4月22日)に所収の、童謡「星を見ながら月を見ながら(별보며 달보며)」(16:07より再生)は、しっとりとして優しい。幼いこどもには月も星をも身近に感じられる・・・そんな頃があったかのかと懐かしくも思い起こさせる。どこまでも透明な夢のような歌だ。

イ・ソンヒについて集中的にYoutubeに登録しているRuby Kangに感謝。

なお、イ・ソンヒの公式ホームページにこのアルバムの写真がある。⇒ 今はログイン制御が付いている。

(本ブログ関連:"愛唱童謡集"、"イ・ソンヒの童謡集"、"イ・ソンヒの童謡")

(追記)
今日は、雪が雨に変わる節気の「雨水」(うすい)だ。まだ虫が這い出るでもなく、春の気配を実感できるほどでもない時節というところか・・・寒さは変わりない。

2012年2月18日土曜日

カラオケで「冬哀傷」を歌う

こんなところにあるなんて知らなかったなあ・・・という地元カラオケ店で、イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」を歌ってきました。今年最初のカラオケです。

季節に合って、「冬哀傷」を趣味的にフルートで吹いてみたりしています。楽譜は、KOSA-TVの一般楽譜に登録されているものを使っています。

ところで歌の方は、まあまあのできでした。ああ、それからローカルなカラオケ店の費用は、都心と比べて驚くほどリーズナブルですね。

(本ブログ関連:"冬哀傷"、”冬哀傷(2バージョン)”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷(3)”)

2012年2月17日金曜日

夜の雪降り

夜、小雨がぱらついたと思ったら、やがて雪になった。昨日の鉱物採集の帰りも同じだった。連日、なぜか日暮れてから雪降りになる。

韓国語教室の帰り道、雪が降る下を自転車で走り抜けると、雪の結晶がポツポツと顔にあたる。このまま積もれば久し振りの雪の朝になるだろう。それにしても寒さがしみる。

通り道にあるコンビニの入り口にたむろする若者達は、長居無用と闇の中に消えてゆく。そういえば、どのコンビニも入り口にひさしをつくらない。

夜の雪は、ひとを臆病にさせる。

2012年2月16日木曜日

朝日トンネル#4、錫高野#17

茨城県朝日トンネルに最後の夢を見て鉱物採集に行く。私は成し遂げるだろうか。
毎度ながら冬早朝の駅ホームは寒くて辛い。始発電車の到着まで、体を屈めて待合室で暖を取る。寒過ぎる。

<朝日トンネル>
待ち合わせ駅から、ха氏の車に同乗して、朝日トンネルを南側から目指す。以前見た、トンネルに続く盛り土の道は平らにならされて、トンネルから取り出した岩石を探すことができない。そこで、朝日峠を越えて、朝日トンネル北側へ向かう。平日の今日、ここも整地作業が進んでいる。最早のんびりと時間をかけて、緑柱石や鉄礬柘榴石や鉄電気石の採集はできないようだ・・・かもしれない。
ということで、成果は残念ながら雲母のみ。

なお、他地にも峠を横切るトンネルの要望があるようなので情報収集したい。

(本ブログ関連:"朝日トンネル工事現場"、"朝日トンネル#2"、"朝日トンネル#3")

<錫高野>
そこで心機一転、進路を北に変え、錫高野に鉱物採集に行く。先日の風雨のせいか、前回訪問時と比べて、えぐられていた山道が水の流れで凹凸が少なくなっていた。全体に様変わりした印象がある。

水晶と蛍石を中心に探した結果は次の通り。
・水晶、鉄マンガン重石、孔雀石、珪孔雀石、磁硫鉄鉱、斑銅鉱、黄鉄鉱
・[蛍石(紫色)+トパーズ]!!

2012年2月15日水曜日

イ・ソンヒの「私は成し遂げるだろう」

ミュージカル(子供マダン劇)「御史 パク・ムンス(朴文秀)」(어사 박문수)から、イ・ソンヒが「私は成し遂げるだろう(나는 이루리라)」を、KBSの「開かれた音楽会」で歌う映像がYoutubeにある。

マダン劇公演で、イ・ソンヒは主役のパク・ムンスを担った。
・東亜日報の社告「子供マダン劇『御史パク·ムンス』公演」(1998年5月22日)によれば、「子どもを対象に初めて開かれるマダン劇『御史パク·ムンス』が、東亜日報社と仁川放送(現:京仁放送)の共同主催で1998年5月24日、果川ソウルランドの三千里大劇場で華やかに繰り広げられます。」とのこと。
・ハンギョレ21(1998年6月18日第212号)によれば、子供向けには少々重すぎたようだが・・・。

このマダン劇の公演実況アルバム写真(1998.6)を、イ・ソンヒの公式ホームページで見ることができる。



(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

2012年2月14日火曜日

チャン・へリ「私に残った愛を差し上げます」

印象的なスライドショー形式で80~90年代の韓国ポップをYoutubeに登録しているpops8090の手により、チャン・へリ(장혜리)の「私に残った愛を差し上げます(내게 남은 사랑을 드릴께요)」(1988年)を見ることができる。

このYoutubeに登場する写真の少女について、誰かと問い合わせるコメントがあり、ソン・イェジン(손예진(sonyejin))という回答が寄せられている。

ソン・イェジンについて、先日の韓国語教室で話題になった。私にはこの写真のイメージが強く印象に残っている。話を聞けば、映画「私の頭の中の消しゴム」(2004年)を主演したという。映画は未見であるが、記憶を失っていく女性の物語のようだ。ちなみにWikipediaによれば、「日本で公開された韓国映画史上第1位」の興行収入とのこと。

映画の結末に残される言葉が、チャン・へリの歌「私に残った愛を差し上げます」に通じるのだろう。そして、ソン・イェジンの古風で清潔なイメージが、この歌をいっそう際立たせる。

なお、このYuotube映像の後半に、歌手チャン・へリが歌う姿も合わせて見ることができる。

以上、Youtubeに登録のpops8090のいつもながらのハイセンスに感謝、感謝。


(追記)
映画「私の頭の中の消しゴム」(英語字幕)がYoutubeに登録されている。ラストの部分(9-1010-10)に・・・なるほどねえ。
(Youtubeに登録のsjmpolicarpioに感謝)

2012年2月13日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 李生剛

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は先週水曜日(2/8)に、人物シリーズ14回目として大笒散調(テグムサンジョ:대금산조)の名人、李生剛(이생강)(1937年~)を紹介した。

李生剛の奏する楽器の紹介から始まった。
大笒(テグム、대금):竹で作られた長さおよそ1メートルの横笛で、荒々しい音色を奏でるのが特徴。
觱篥(ピリ、피리):(日本の篳篥(ヒチリキ)に似た)細く短い縦笛。
短簫タンソ、단소):竹製で5つ穴の縦笛で、宮中音楽や民謡の伴奏などで幅広く親しまれている。
小笒(ソグム、소금):大笒より小ぶりで澄んだ音色。
太平簫(テピョンソ、태평소):(リード、木管胴、じょうご型銅製の先端)チャルメラのような音を出す。

李生剛による李生剛流の大笒散調の中から、オンモリトンサルプリフィモリ(엇모리、동살푸리、휘모리)を聴く。以前の番組中で別音源で聞いたような気がする。太鼓(チャング)との掛け合いが軽快で楽しい。

次のように李生剛プロフィールが紹介された。
・1937年 日本の東京で生まれる。
・管楽器(觱篥(ピリ))の行商を手伝う中、師となるハン・ジュファン(한주환)に出会う。
・1960年 フランスで開かれた民族芸術祭での演奏を契機に広く知られることになる。

李生剛の觱篥(ピリ)演奏による民謡「靑春歌(청춘가)」を聴く。なにやらどこかで聞いたような旋律・・・Youtubeに見るソン・ソヒ(송소희)の可愛いこと。
(Youtubeに登録のSuperTheseusに感謝)

李生剛の太平簫(テピョンソ)演奏による「太平簫節(태평소 능게)」を聴く。どこか突き抜けるような愉快な気分にだんだんとなるのが不思議。

2012年2月12日日曜日

鉱物新年会

南宇都宮で開かれた鉱物仲間との新年会に参加する。恒例の会食後、次の通り行われた。

今年の採集計画については、昨年完全実施できなかった分を補うように、ほぼ隔月採集会を実施することになった。楽しみである。
また、本会と縁のある関係者が所有された鉱物標本をご好意でいただくことになった。感謝。

ところで本会への行きに、いつもお世話になるха氏と乗換駅で偶然落ち合い、帰りには、йо氏の車に同乗して帰宅することができた。

2012年2月11日土曜日

水晶

地中の奥深くポケットのなかに生まれた水晶の輝きは、どんな宝石にもまさる。氷の山に発見されたとき、雪の結晶に相似して表面を6面に囲まれたそれは、氷の化石と考えられた。

水晶のきらめきは、群れとなって一層ます。ドビッシーの「月の光」に、仰ぎ見る光ではなく、きらめく結晶の輝きをイメージする。夜に散乱する水晶の光は、しかし悲しい歴史を思い出させる。
(Youtubeに登録のkaburagi10に感謝)

釣りに例えて、鉱物採集を水晶に始まり水晶に終わるというけれど、美しい水晶は鮒ほどに身近ではない。サイズを有した透明な単結晶はおろか、群晶となれば更に見つけるのは難しい。
坑道の奥、カンテラに照らされた水晶の美しさはいかばかりだろう。反射して、その存在を高貴に知らす水晶は幻想するしかないのだろう。

ところで、韓国の飲み物で好物なのは、「スジョンガ(수정과)」だ。ko-wikiに「水正果」と記載されているが、この味を初めて知ったのは缶入りの「水晶果」だった。水晶の名にこだわって、ますます好きになってしまった。もしかしたら、<水正>の代わりに<水晶>の名をあてた商標なのだろうか。
ソウルの奉元寺を訪れたとき、干し柿の入ったスジョンガをいただいた思い出がある。

(本ブログ関連:"ソウル4日目:奉元寺"、"(資料)霊山斎、奉元寺")

2012年2月10日金曜日

首都直下型地震の確率

人工衛星など地上落下の確率値より、地震の場合の値を信頼したいけれど、最近「首都直下型地震の確率」に諸説登場して、一体どれを基準にすればよいのか・・・と思っていたところ、政府地震調査委員会が、9日に次のように統一見解を出したそうだ。

産経新聞の記事「首都直下型、『起こりやすくなっている』 地震調査委」(2/9)によれば次の通り。
・南関東でマグニチュード(M)7程度の地震が「30年以内に発生する確率は従来の70%」を据え置いた。
・東大地震研究所の平田直教授が試算した「4年以内に70%」の予測手法については、計算方法によって結果が大きく変わるため、精度が不十分だとして採用を見送った。
・阿部勝征委員長は記者会見で「30年以内に70%でもとても大きい値だ。数字を気にするより、家屋の耐震補強や家具の固定などを考えてほしい」と述べた。

(参考)
ちなみに京大防災研究所は、「5年以内に28%」と発表した。

同じ70%の確率で4年と30年では大違いなのに、世間は思った以上に大騒ぎしなかった。何となく感じていることだが、地震研究者は退職してから警鐘を鳴らすことが多いように見受ける。それが、現役の立場で発言されたのだから。
計算方法によって違いが発生するという説明は・・・どうなのだろう。

2012年2月9日木曜日

陽だまり

久し振りの明るい陽射しにほっとする。少しずつ日照時間も延びているようだ。それでも天気予報は、寒気が続くとのこと。暖かい春が待ち遠しい。

小学校の垣根の沈丁花は、もう芽をふくらませている。大人は、ようやくの陽だまりに、冬から春への変化を期待をするけれど、校庭の子どもたちには季節は関係ないらしい。

2012年2月8日水曜日

イ・ソンヒの「愛よ...」

イ・ソンヒは、昨年11月のインタビューで、来年には新しいアルバムを持ってファンたちにまたご挨拶したいと述べている。今年こそ、3年振りのアルバムの登場が期待される。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒ インタビュー(来年のことも) ")

最近の14集アルバム「愛よ...(사랑아...)」(2009年)のタイトル曲を、MBCの「ショー!音楽中心(쇼! 음악중심)」(2009年3月14日)で歌うイ・ソンヒの映像がYoutubeにある。以前、同じ画面を見たことがあるが・・・。今回の登録者はMBCkpopとのこと。感謝。

2012年2月7日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 曺功禮

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は先週水曜日(2/1)に、人物シリーズ13回目として南道農歌(남도들노래)の芸能保有者、曺功禮(チョ・ゴンレ、조공례、1925年-1997年)を紹介した。

まず、南道農歌について次の紹介から始まった。
・全羅南道地方の農民たちが、田んぼや畑で農業をしながら歌った、郷土色の強いとても陽気な労働歌。

曺功禮による「パンア打令(방아타령)」を聴く。言葉が数珠のようにつながり起伏がある。どこか宗教的だ。珍島の風情が感じられるそうだが・・・。

▼曺功禮による「オゴク’(五穀?)打令(오곡타령)」を聴く。軽快なリズムで力強く始まる・・・。

次のように曺功禮プロフィールが紹介された。
・1925年 全羅南道の(漁業より、農業がさかんな)珍島に誕生。
・1971年 全州での全国民俗芸術競演大会で歌った南道農歌が全国的に知られることとなる。
・1997年 没する。

▼曺功禮による民俗芸能「カンガンスルレ강강술래)」を聴く。主歌に合いの手のようにカンガンスルレと応える。全羅道方言がどんなものなのか・・・。

2012年2月6日月曜日

氷雨

氷雨でしょうか、冷たい雨が降ります。

うんざりします。そういえば、映画「氷雨(빙우)」にも、イラッとしました。小説の構成そのままに映像にしたような作品です。そして何より分からないのは、男たちの記憶に残る女性主人公の振る舞いです・・・。彼女(김하늘)の顔は、韓国映画の女優の中でも日本的な、どちらかといえば雲南的な香りがします。だから、まあ・・・いいんですけど。

昔の老人作家が書きそうな、仏文の女子大生の小悪魔ぶりに翻弄されるような・・・。いやですね。

長い雨になりそうです。冬に降る雨はもっと苦手です。

2012年2月5日日曜日

時代

時代の大きなうねりは、後に振り返り本に綴じられる。紐解くものの頭の中で再現される。
日常は、既視感の連続のようで、形を変えているが全く同じ繰り返しではないかと、そして振り返ることもなく過ぎていく。

ときに、日常に時代を感じることもあるさ。時代と日常が複合するところ、ああ変わっちゃいないのだとおもい知らされる。
中島みゆきの「時代」(1975年)は、日常で語る時代なのだろう。時代もまわる、時代もめぐるのだと。だから、誰もが自分の日常から、それぞれ思い描く時代を振り返ることができるのだろう。

(Youtubeに登録のmtoo1966に感謝)

2012年2月4日土曜日

立春2012

今日は、二十四節気の最初の立春、春の始まりである。
連日の寒気も、気象予報の通り今日は少し緩んだが、ぼちぼちといったところだ。通り道の北側塀の下に、先日の雪の跡が少し残っているのに驚く。生垣から春の香りは伝わってこない。行きかう人のコートの襟はまだ高い。

早春賦」(1913年/大正2年、作詞:吉丸一昌、作曲:中田章)は、春の名に似合わず、風は寒い。春と知れば、気が急に春のテンポにせかせられるよ。春は人の心を弾ませる。

(Youtubeに登録のshimobunsadoに感謝)

2012年2月3日金曜日

節分 2012

「鬼は外~!、福は内~!」の掛け声を、今晩聞くことはできなかった。孫(お兄ちゃん)は鬼が苦手だし、孫娘(いもうと)は撒いた豆を食べないためだ。ちいさな孫たちと一緒に楽しい節分の行事ができる日が待ち遠しい。

今日から韓国語教室は、新しい先生を迎えて次のステップに進むことになった。幸い、イ・ソンヒのこともイ・スンギについてもご承知だ。何と羅勲児(ナフナ、나훈아)をご贔屓とのこと。彼の代表曲「遥か遠い故郷(머나먼 고향)」を、本ブログの左にエンベッドしている。

(Youtubeに登録の1kochaに感謝)

2012年2月2日木曜日

寒気止まず

テレビの天気予報では、明朝、那覇を除いて各地の気温が氷点下とのこと。土日は一段落しても、来週中頃に(現在ヨーロッパを冷え込ませている冷気が廻ってきて)厳しい寒さがぶり返すそうだ。
日本海、北日本側の豪雪地帯の方に恐縮だが、寒いのは苦手だ。

雪にちなんで、ちょうど40年前の冬季札幌オリンピック(1972年2月3日~13日)の賛歌、トワ・エ・モワの「虹と雪のバラード」を懐かしく聴いてみよう。遠の彼方のことであるが、その後の山室(白鳥)英美子の切ない心情が忘れられない。

(Youtubeに登録のHakaseTube2525に感謝)

2012年2月1日水曜日

孫たちと恵方巻

今年は「うるう(閏)年」のため、今月は1日付け足して29日まである。おまけに、7月1日に1秒付け足す「うるう秒」まで実施(マニュアル=手動操作)されるという。

2月最初の今日、元気な孫たちに会いに行き、夕食をご馳走になる。いつの間にか風習になった「恵方巻」を食べる。小さな孫たちが、まるまる一本口に入れられるわけではないので、皆で切り分けて食べた。一足早い節分(2/3)の行事をしたことになる。(恵方巻を初めて知ったのは最近で、コンビニの店頭予約広告からだった)
豆撒きはしないようだ。孫(お兄ちゃん)は鬼の仮面が苦手らしいし、孫娘(妹)は撒いた豆を拾って口にするかもしれないからという理由だ。

それにしても大変である。孫と孫娘が走り歩き回る合間、会話するというのは。孫たちは関心を引きたいがために、容赦なく母親にもたれ、父親にぶらさがる。静かに話ができるのは、孫たちが可愛く布団のなかでうたた寝しているときくらいかな。

夜の寒さが厳しいため、玄関で早々に別れの挨拶をして帰宅した。今晩もやっぱり寒い。