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2020年6月14日日曜日

(資料)都会に棲む「キツネ」の「自己家畜化」現象

ビジネスインサイダーの記事に、都会(ロンドン)に棲む「キツネ」が「自己家畜化」現象を起こしていると次のように紹介している。(抜粋)
新たな研究により、都会のキツネは田舎のキツネよりも、鼻が太くて短く、頭蓋骨が小さいことが明らかになった。
・このような変化は、他の野生動物が家畜化する過程で生じた変化と似ている。
・これらのキツネは都会の環境や人間との接触に合わせて「自己家畜化」しているのだろうと、研究者らは考えている。

「都会のキツネの頭が小さくなった…イヌやネコが家畜化したときと同じように」(Holly Secon、6/11:翻訳:仲田文子)
(https://www.businessinsider.jp/post-214241)
(原文 https://www.businessinsider.com/city-foxes-have-smaller-skulls-similar-to-dog-domestication-2020-6)

(本ブログ関連:”キツネと家畜化”、”キツネ ”)

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都会に住むキツネは、田舎に住むキツネと比べて明らかに違う特徴があることが、新たな研究でわかった。

6月3日、グラスゴー大学の研究者らがイギリス王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B:生物学関連)に発表した論文*により、ロンドンのキツネの鼻は田舎のキツネよりも、太くて短いことが示された。さらに、都会のキツネは、頭蓋骨の脳を収める部分が小さく、オスとメスの体格に極端な差は見られなかった

(*) https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2020.0763

このような変化は、これまでにも見られたことがある。イヌやネコが2万年から4万年前に家畜化されたときと似ているのだ。研究の結果、都会のキツネは人間活動との接触が増えたことで、「自己家畜化(self-domesticating)」している可能性があることが分かった。

ダーウィンの「家畜化症候群」

研究では、ロンドンと周辺の田園地帯からアカギツネのメス57体、オス54体分の頭蓋骨を採集し、分析した。

ロンドンのキツネは明らかに、短く太い鼻で、頭蓋骨の脳を収める部分が小さい。これは、都会で食べ物を探すことに適応したものだと研究者らは考えた。都会のキツネはほとんどが人間の残飯をあさっているため、骨をかみ砕く強力な咀嚼力は必要としないといった理由からだ一方、田舎のキツネは、獲物に素早くかみつくことができる顎が必要だ

このようなアカギツネに見られる都会への適応は、これまでにも人間との接触が多い動物の間で観察されてきたという。チャールズ・ダーウィンは、これを「家畜化症候群(domestication syndrome)」と名付けた

家畜化は、動物のさまざまな種に対し、同じような変化をもたらす。従順な態度毛の色の変化脳や歯のサイズの小型化幼少期の行動の長期化頭蓋骨が短くなるといった頭蓋顔面の変化などだ」と研究者は論文に記している。

このような変化は、ヤマネコなどの野生のネコとペットのイエネコオオカミとイヌの違いとして観察できる。

シベリアで現在も続いている実験でも、同じような変化が見られたこの実験では1959年からロシアの研究者が、攻撃性の低い個体を交配することで、イヌのように従順なギンギツネを作り出そうとしてきた実験の進行とともに、ギンギツネは攻撃的な行動が減少し、鼻は短く、太くなり耳は垂れ下がりイヌが吠えるような声を出すようになった

これらの類似点が示唆するのは、場所が違ったとしても、キツネは人間との接触によって同じような影響を受けるということだ。イヌにもそれが当てはまるという動物学者もいる。イヌはこれまでの歴史で、さまざまな文化圏において何度も家畜化されてきた。

だが別の説では人間が積極的にイヌを家畜化したわけではなく、イヌが自らを人懐っこいオオカミとして家畜化し、古代の人間と互いに有益な関係を築いたとしている

ロンドンのキツネも、このような「自己家畜化」のプロセスをたどり、人間の生活環境の中でよりよく暮らすために進化しているようだ都会のキツネが交配する集団は小さく孤立しているので、都会生活により適応した個体の方が、生き残り、繁殖する可能性が高まる。そうして進化のプロセスが比較的早く進むことになる。
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以下「都会のキツネのメスが、適応のカギを握る」といった、メスの行動(適応)から家畜化が進むといった仮説を紹介しているが省略する。

(追記)Wikipedia「Domesticated red fox」によると
シベリアでのキツネの家畜化実験の開始(1959年)に使われた個体群が、実はカナダで1800年代後半から捕らえられ、目的を持って飼育されていた(家畜化した)ものだったというレポートが「Cell Press」の次の記事にある。
(https://www.cell.com/trends/ecology-evolution/fulltext/S0169-5347(19)30302-7?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0169534719303027%3Fshowall%3Dtrue)

(追記)キツネの家畜化についての紹介番組(NHK「 オオカミはこうしてイヌになった」、2011年)
シベリアの家畜化実験場を訪れた生物学者の福岡伸一氏と本テーマの研究者リュドミラ・トルート氏との対談を通じて、「エピジェネティクス」へと展開する。
https://www.veoh.com/watch/v21231383XnzrX38D

2017年2月23日木曜日

キツネにかかわる伝承の分布

キツネは、日本人にとって身近な生き物で、昔話や「稲荷神社」などの伝承で知られた存在だが、欧米では狡猾な害獣として扱われているようだ。英国貴族にいたっては、スポーツ感覚でキツネ狩り(Fox hunting)を楽しんだ。

(本ブログ関連:”稲荷神社”)

欧米人にとって、てなづける対象でもないキツネたちを、日本で飼育している場所がある。東北、宮城県白石市の「宮城蔵王キツネ村」がそれだ。来日の欧米人観光客に、(キツネと親しむ)驚きと日本旅行の話題(思い出)となっている。(以前、同施設に興味・関心があって、私も一度行って見たいと思ったことがあるが・・・)

ロシアには、学術的な目的で、キツネの家畜化*を(オオカミからイヌが家畜化したのと対照して)研究している施設があるという。上記「キツネ村」は、放し飼いの観光施設といったところだろうけれど。
(*)家畜化:ナショナルジオグラフィック誌「特集:野生動物 ペットへの道」(2011年3月号)

ところで、中高年のおじさんたち中心に読まれている、<山にまつわる不思議な話や体験談を集めた>書籍「山怪(さんかい)」(田中康弘著、山と渓谷社)があり、ネットで書評をよく見かける。(図書館でも人気で、いつも貸し出し中である)

YOMIURI ONLINE(読売新聞)の記事、「日本の山には『何か』がいる! ・・・ 続く『山怪』ブーム」(2/17、伊藤譲治)は、著者とのインタビューを通じて、山での怪異を演じるキツネとタヌキの地理的分布(特性)を次のよう紹介している。
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・(著者が)日本各地を回って分かったのは、北に行けば行くほど、狐に関する話が多くなるということ。西に行くほど狐の影響が薄れる。なぜか四国はほとんどが狸の話で、狐は出てこないのだという。「山怪は、姿は確認できないが、音のみ、気配のみという場合が多い。目に見えないもの、何だか分からないものは身近なもののせいにしてきた。狐や狸は山では身近な存在だから、狐や狸のせいにしてきたのではないか」と推測。「山の怪異は、現象ではなく心象だと思う。脳内に浮かび上がる風景だと思うが、その風景を浮かび上がらせる何かが、間違いなく山にはある」と語る。
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「日本動物民俗誌」(中村禎理著、海鳴社、1987年)は、キツネの信仰の代表である「稲荷神社」の分布が東北日本に偏在していることを次のように解説している。
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・山の神に関連していえば、キツネは同じく山の神に帰属するサルと対抗するもので、稲荷神社は東北日本に多く、後者(サル)につながる日吉(日枝)神社は西南日本に多いという。
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2015年7月26日日曜日

(雑談) 狼 ⇒ 犬、狐 ⇒ ?

思いきり暑い一日だった。近在の街で、最高気温が36.2℃に達したようだ。猛暑日が続いている。そんな今日、隣り町の公共施設に出かけた。図書館やスタディールームが充実しているせいか、子どもたちで溢れていた。考えてみれば、もう夏休が始まっているのだ。それに日曜日せいか、社会人も押しかけていた。
安楽な館内から外に出て驚いた。太陽光の圧に負けて、すぐに喫茶店に飛び込んだ。

(本ブログ関連:”猛暑日”)

帰り道、垣根越しに咲く、百日紅(さるすべり)の薄紅や白色の小さな花の塊りが気になった。このブログで百日紅の花について記したのは、例年8月頃のこと。今年は少し早い気がする。

(本ブログ関連:”百日紅”)

ところで、また狐の話しについてだ。ネットに、狐を家畜化する話題が様々ある。その中に、ロシア滞在経験のある方のサイトに、「動物好きな研究者の夢 -- 40年の研究からペットギツネが誕生」という大変分かりやすい記事がある。感謝。
40年かけて研究した動物学者(リュドミラ・ニコラエブナ・トルット氏)を紹介している。果たしてキツネは人間のペットになれるだろうか。次のような興味深いポイントがある。
 - 野生のキツネで、人懐っこいものを代を重ねて(ケージ飼育のまま)選別したら、イヌのような従順な行動をとるようになったという。イヌがオオカミから枝分かれしたように、キツネにもその可能性がある。
 - 家畜化したキツネは、体臭も少なく、トイレなどのしつけもこなすけれど、人間のペットにはなれないという。家畜化した彼らには、夜行性のままという最大の難点があるからだそうだ。

狐の嫁入り」伝説(伝承)には、嫁入り行列に提灯が灯され、狐火が輝くという。まさに、キツネの夜行性から伝説がうまれたようで、狐はやっぱり夜に戻って行ってしまうようだ。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”稲荷”)

2018年11月20日火曜日

狐(キツネ)と人と北海道

北海道のキツネといえば「キタキツネ」を思い出す。私の若いころ、フィールドに入ってキタキツネを観察した獣医師がおり、結果としてキタキツネの写真家となった竹田津実氏の写真集がなつかしい。当時、キタキツネはブームになり、親子のふれあい、幼い子キツネの成長など原野をバックに美しい写真におさまっていた。

(本ブログ関連:”キツネ”)

そのころからキタキツネに一種ロマンのようなものがあった。「キツネ」は、ヨーロッパや日本の民話に見られるような、ずるくて人をだますといった生き物ではなく、いってみれば、自然保護の指標として、動物愛護の先鞭となったのかも知れない。

インバウンドで、欧米人の観光客が増えて訪れるという「キツネ村」が東北にあって、今の時代だからだろう、やたら愛情いっぱい接して自撮りする様子をテレビなどで目にする。本来野生の動物であり、人間と敵対していた関係なのに不思議な光景だ。ロシアの実験で、キツネの飼育(家畜化)を繰り返すと、中にイヌのような毛並みに変わり、色違いの模様をするものが出現して、人になつくという。飼育者に、愛されることを無上の喜びにするという。

(本ブログ関連:”キツネにかかわる伝承の分布”、”(雑談) 狼 ⇒ 犬、狐 ⇒ ?”)

ところで、山の神信仰について、東北へ行くほど「稲荷信仰(稲荷神)」が多いという。書籍「山怪」(田中康弘)によれば、北(=東北)へ行くほどキツネの話題(怪異譚)が同様に多いそうだ。その「山怪」シリーズの「参」に、北海道の場合を次のように説明している。
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北海道では狐に類する話はほとんど聞くことが出来ないようだ。キタキツネは悪さをしないのだろうか。
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(本ブログ関連:”稲荷信仰”)

北海道とお稲荷さんの関係について、朝日新聞に、米作普及の歴史的観点から説明した記事「神仏編 狐とお稲荷さん」(2017年2月24日、文と写真・塚田敏信)がある。同社らしい表現もあるが、時代経過からそうだろという感がする。(抜粋)
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稲荷を追っていたら気になることが出てきた。道内で稲荷神社の名が多いのは、道南から日本海を北上するラインと胆振日高などの沿岸部。つまり海沿いの町なのだ。稲荷の原点は“田”。なのに現在稲作が盛んな空知や上川にはむしろ少ない。どうしてだろう

水田が北に広まったのは開拓からしばらくしてのこと。それらの土地では別の神がまつられ、稲荷が根づいたのは、比較的早い時期に和人が入った海沿いの地域だった。思わぬところからも見えてくる北海道の姿。だからまち歩きは面白い。
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2022年3月6日日曜日

殺生石が割れた

本ブログは、歌手イ・ソンヒの歌(「僕のガールフレンドは九尾狐」)にちなんで、曲の題材になったキツネに関連する「九尾の狐伝説」、「稲荷神社」、「キツネの家畜化」などの話題をネットや書籍などから情報を収集している。

(本ブログ関連:”僕のガールフレンドは九尾狐”、”九尾の狐”、”稲荷神社”、”キツネの家畜化”)

栃木県 那須町 那須湯本温泉近くにある、「九尾の狐」伝説(美女に化けた九尾の狐が追い詰められて石に変じた)で知られる国指定の名勝「殺生石(せっしょうせき)」が <真っ二つに割れている> のが(昨日)見つかったと、次のように報じられた。

(本ブログ関連:”殺生石”)

■「とちぎテレビ - 県内ニュース」
・「九尾の狐伝説 那須町の『殺生石』割れる」(2022年03月06日) 抜粋
    https://www.tochigi-tv.jp/news2/page.php?id=73060
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・「九尾の狐」伝説で知られ、松尾芭蕉の「おくのほそ道」にも記された国指定の名勝、栃木県那須町の「殺生石」が割れていることが分かりました。
殺生石は真ん中付近から真っ二つに割れ周りを囲んでいたしめ縄も切れていました
・地元のガイドや隣接する那須温泉神社の関係者によりますと、石はここ数日の間に自然に割れたとみられています
・那須湯本温泉の近くにある殺生石は平安時代、美女に化けた九尾の狐が退治されて石になったという伝説で知られ、2014年に国の名勝に登録されて観光名所となっています。
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殺生石の後日談として、悔い改めた九尾の狐の化身(玉藻前、たまおのまえ)の願いをうけた玄翁(げんのう)和尚の読経と呪文の力により、殺生石は <霜柱がくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました>という。この和尚の名にちなんで、石や岩を割る(頭部両端が平らな)金槌を「玄翁」という。

今回の殺生石が割れたのは、玄翁和尚のとき以来のこととして不吉でなく、むしろ(窮地からの解放として)前向きに捉えた方がよいかもしれない。

2022年12月12日月曜日

狐は冬の季語

キツネ(狐)」が、冬の季語という。寒い北国に生きるキツネたちの生態が浮かんでくる。北海道に棲息する「キタキツネ」の写真集(竹田津実氏が撮影したキタキツネの親子の情愛を撮った写真)が、以前、話題になったことがある。竹田津氏は、獣医師の仕事の傍ら、北の原野でキタキツネの行動を撮影した。ちなみに鳥でいえば、愛らしい目をしたまるで白い菓子姿のような、「エナガ」の北方系亜種「シマエナガ」の写真集(小原玲氏などによる撮影)だろうか。

(本ブログ関連:”キツネ”)

さっそく「合本 俳句歳時記」(第三版、角川書店)の「狐」の項を見ると、次のように記してある。
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・・・ 十二月下旬から一月ごろに交尾し、四月ごろ三-五頭の子を産む。北海道には北狐が生息する。「きつ」は狐の古名で「ね」は美称ともいわれる。
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(参考)「日本の文化における狐」Wikipedia

他方、狐の読みについて、「来つ寝(きつね)」を源にしているという語りがある。以前のブログにも記したことだが、「日本霊異記」上巻第二話に、狐を妻として子を産ませた・・・、次に再掲する。
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古代の欽明天皇の時代に、嫁探しに出かけた男が女と巡り合い結婚する。一男をもうけたが、実は女は狐の化身であり、飼い犬に気付かれその身をあらわにしたのを見て男は、「汝と我との中に子を相生めるが故に、我は忘れじ。毎(つね)に来りて相寝よ」という。ゆえに、また来て寝ることから、妻に「来つ寝(きつね)」の名がつく。
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(本ブログ関連:”来つ寝(きつね)”)

キツネと人との関係は、人をだましたり、農業神の使いとしての稲荷信仰だけでなく、異類婚姻譚といった男と(異類としての)女との関係まで幅広い。異類婚姻には断絶といった越えられぬ悲しみさえ感じる(上記の日本霊異記にはそれを越えるものがあるが、人目を忍ぶ二人だけの秘匿した契りかもしれない)。

このブログでは素人テーマであるが、狐について、歌手イ・ソンヒの歌「狐の嫁入り(여우비)」からキツネにまつわる奇譚とかキツネの家畜化まで広く話題を渉猟している。一点深く追求するには息がないため、あちらこちらへと関心が飛んでいく。

2019年12月21日土曜日

イソップ 迂闊(うかつ)と狡猾(こうかつ)

誰もが知っているイソップ話しに、ときどき目を通せば、なるほどとうなづけるものに巡り合う。巌谷小波の「イソップお伽噺」(三立社、明44年:1911年)に、代表的な寓話の「キツネ(狐)とヤギ(山羊)」がある。次に概要を記す。
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あるとき、喉の乾いたキツネが井戸へやってきてあやまって落ちた。深井戸のため出るに出られぬと難儀していたとき、そこへヤギが水を飲もうと通りかかった。
「そこにいるのはキツネさんかい。ぼくは水を飲みたいと思っているのだが、この井戸の水は好いかね」とヤギがたずねた。
「ヤギさん、この井戸の水は旨いよ。さっきから飲みつづけているんだが、ちっとも飽きやしない」とキツネは応えた。
ヤギはだまされたと知らず井戸に飛び込んだ。キツネはそのとき、ヤギを踏みつけ沈めたはずみで井戸を飛び出して、さっさと逃げ出してしまった。

狡猾という文字は、君子に対しては全くの無用です。悪かしこい者は、多く小人にあるようです。しかし、自分がいくら清らかな心を持っていても、身近に狡猾な者がいるかもしれまん。平生の注意が何より大切です。」
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飼いイヌが、飼い主に絶対的な信頼(忠誠心)を持っているのは、太古からの家畜化で培ったもの。飼い主以外に、当然忠誠心はないわけで。決してひとが好いわけではなさそう。でも、もしかしたら、忠誠心を取り除いた、本来オオカミが持つ順位すら失った <ひとが好いだけのイヌ> を作り出すことも可能かもしれない。

2015年2月13日金曜日

若いって?

いつまでも若いってのはめでたい。溌剌さを忘れないのは大事だ。元気なままでいるのは羨ましい。

といって、勘違いした若作りファッションに身を包むのではない。変わらぬ探求心、チャレンジ精神があればこそだ。

人類は、他の霊長類から、妙に若い奴らだと思われているかもしれない。恐ろしくて危険な生き物ながら、一方で火星旅行を実現しようとする。きっと不思議に見えるだろう。

人類は、幼児や子ども時代の感性を延長をしているようだ。幼いときの好奇心を持ち続ける、そんな入れ物なのだ。

この入れ物、どうやってできあがったのか。「ネオテニー」や「自己家畜化」で語られるけれど、きっとそう望んだからだろう。誰が望んだって・・・、そりゃあ自分からだろうけれど。

生き物はみな、そんな要素を持っているに違いないと思う。野生のキツネだって、(代を重ねて育種することで)甘えん坊で、人なつっこいものになるという、そんな番組*があった。

(*)NHK:「いのちドラマチィックスペシャル-オオカミはこうしてイヌになった」(1時間30分)