昨年通った「イディッシュ語教室」(今年は残念ながら休講となった)のクラスメイトに、クレズマー音楽の演奏家(かつ歌手)のお二人がいて、活発な公演活動を続けられている。当然、音楽の対象であるイディッシュ語に対する心がまえや熱意が抜きんでいて、いつも敬服している。
本日、上記のお二人が参加するコンサート「東京クレズマーナイト」*が、六本木の「C*LAPS」で催された。曲目について解説を交えて、イディッシュ・ソングやクレズマー音楽の演奏を聞く楽しい時間を過ごした。
(*)http://c-laps.jp/events/190325_klezmer_night/
演奏は、先日(3/16)の「イディッシュ文学の夕べ」(東京・特別編)に参加された方々を含めて多数のミュージシャンで編成された。クレズマー音楽特有の明るさと(郷愁を呼ぶような)感傷的な旋律、楽しいリズムに引き込まれて、会場から自然と手拍子がとられたりした。広々した空間で聞くのはいいものだ。
ところで、昨日、「イディッシュ文化と笑い」という講演会があり、そこに出演されたという、Shane Baker氏が特別ゲストで舞台に立った。こてこての女形スタイルで、イディッシュ語+英語による(独り)コメディーを演じられた。(聞き取れたかって? ・・・いうまでもなく)
また、チェリストの新倉瞳氏**が参加する、スイスに拠点を置く「ハイベバラガン」のメンバーが今日来日したばかりのところを、こちらも特別ゲストとして演奏に加わった。楽器の音色が厚くなりますます会場が盛り上がったのはいうまでもない。
(**) https://style.nikkei.com/article/DGXMZO22141090R11C17A0000000/
そうそう、クレズマー音楽にダンスがつきもの。わたしも、つられて踊りの輪に加わってしまったのだ・・・とうとう。
(追記)
都心を久し振りに歩いた。以前は通勤路に使ったこともあったのに、今回、腰の回りがくたびれ果てた。運動不足を痛感する。
2019年3月25日月曜日
2019年3月24日日曜日
痴愚神礼讃
ひとは名誉や名声を競い合うけど、阿呆を競い合うことはない。阿呆は互いに、お前こそ阿呆だというけれど、俺こそ阿呆だとはいわない。周りから見れば同じ阿呆なのだが・・・、阿呆がそういうのだから間違いない。
マトリョーシカ人形のように阿呆はきりがない。だったら、阿呆と互いに承知すれば通じ合うのに、そうならないのが惜しい。
昨日のブログに「阿呆船」から探したが、今日はエラスムスの1511年に刊行した「痴愚神礼讃(Encomium Moriae)」(二宮敬訳)から抜き出してみよう。女神がいうには・・・。
(本ブログ関連:”痴愚神礼讃”、”阿呆船”)
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28 さて今度は、さまざまな技芸のお話をしましょう。このうえもなく優れているように思われる多くの知識を、いったいどうして人間は考え出したり、あとへ伝えたりしたのでしょうかしら? 名誉欲からでないとしたらばね。実際、阿呆の骨頂たる人間どもは、徹夜を重ね汗水流したあげくの果てに、名声という世のなかでもまさにいちばん空しいものを手に入れたつもりになっていたわけなのですよ。皆さんだってやはり、この痴愚の女神のおかげで、人生のあらゆる貴重な利便の余慶にあずかっていらっしゃるのですし、さらに、これはなによりも楽しいことですが、皆さんは他人の阿呆さを利用していらっしゃるのです。
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マトリョーシカ人形のように阿呆はきりがない。だったら、阿呆と互いに承知すれば通じ合うのに、そうならないのが惜しい。
昨日のブログに「阿呆船」から探したが、今日はエラスムスの1511年に刊行した「痴愚神礼讃(Encomium Moriae)」(二宮敬訳)から抜き出してみよう。女神がいうには・・・。
(本ブログ関連:”痴愚神礼讃”、”阿呆船”)
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28 さて今度は、さまざまな技芸のお話をしましょう。このうえもなく優れているように思われる多くの知識を、いったいどうして人間は考え出したり、あとへ伝えたりしたのでしょうかしら? 名誉欲からでないとしたらばね。実際、阿呆の骨頂たる人間どもは、徹夜を重ね汗水流したあげくの果てに、名声という世のなかでもまさにいちばん空しいものを手に入れたつもりになっていたわけなのですよ。皆さんだってやはり、この痴愚の女神のおかげで、人生のあらゆる貴重な利便の余慶にあずかっていらっしゃるのですし、さらに、これはなによりも楽しいことですが、皆さんは他人の阿呆さを利用していらっしゃるのです。
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2019年3月23日土曜日
明け暮れ阿呆
何かよいものはないか、何処かにあるに違いないと探し回り、とどのつまりはたまらない。それもそのはず、安い麻袋に放り込んだが、袋の底が破れていて、何もかも漏れ落とし、軽いのは力が付いたからと勘違いして、後ろを確かめることもしない。
そんな「明け暮れ阿呆」について語る詩がある。S.ブラントが1494年に著した風刺詩集の「阿呆船(Das Narrenschiff )」(尾崎盛景訳)に次のように語られている。(エラスムスの「痴愚神礼讃」(1511年)とともに気休めに活用する)
(本ブログ関連:”阿呆船”)
いろいろよいこと聞きながら
少しも知恵が増しもせず、
何でもかんでも聞きたがり、
ちっともそれでよくならず、
見るもの何でも欲しがって、
いつになってもかっこ鳥。
新しいものならとびついて、
そのすぐ後で熱がさめ、
またほかのものに手をのばす、
阿呆の持病じゃなかろうか。
・・・
この阿呆船には、いずれも阿呆がちりばめられ、もしもそこから漏れているなら名乗り出よとのこと。いやはや、どれもこれもわが身に立ち返ることしきり。阿呆さ加減を思い知ることになる。
そんな「明け暮れ阿呆」について語る詩がある。S.ブラントが1494年に著した風刺詩集の「阿呆船(Das Narrenschiff )」(尾崎盛景訳)に次のように語られている。(エラスムスの「痴愚神礼讃」(1511年)とともに気休めに活用する)
(本ブログ関連:”阿呆船”)
いろいろよいこと聞きながら
少しも知恵が増しもせず、
何でもかんでも聞きたがり、
ちっともそれでよくならず、
見るもの何でも欲しがって、
いつになってもかっこ鳥。
新しいものならとびついて、
そのすぐ後で熱がさめ、
またほかのものに手をのばす、
阿呆の持病じゃなかろうか。
・・・
この阿呆船には、いずれも阿呆がちりばめられ、もしもそこから漏れているなら名乗り出よとのこと。いやはや、どれもこれもわが身に立ち返ることしきり。阿呆さ加減を思い知ることになる。
2019年3月22日金曜日
コブシとレンギョウ
気分転換に、久し振りに川辺を散歩する。昨日と比べて、風が南風から北風に変わり、薄曇りのせいもあってか随分とひんやりする。それでも、近隣の最高気温は21.7℃もある。北風による体感温度は厳しい。
すれ違う人もまばらで寂しいかぎり。そんなとき、素足で小川に入って水遊びする子どもたちがいた。母親から早く上がるよう説得されても聞き入れない。春の水温む感蝕を楽しんでいるのだろうか。元気をもらった気がする。
そんなとき、散歩道に「コブシ(辛夷)」が白い花を咲かせているのが見えた。一見、ハクモクレンを小さくしたような雰囲気で、丈もさほど変わらない。花弁が小振りなためか少し地味に見える。いいかえれば、野生っぽい。花の下を通り過ぎるとき、うっすらと香りがする。爽やかで実に品よい。
(本ブログ関連:”コブシ”)
コブシの手前に、黄色の「レンギョウ(連翹)」の花が咲いていた。春には、黄色の花が目立つ。半つる状の枝が絡まるようにしているので、花弁がぎっしり密集して見える。最近、道路と歩道の境に植えられているのを目にする。中国伝来とのこと、韓国でも人気があるようだ。
(本ブログ関連:”レンギョウ”)
すれ違う人もまばらで寂しいかぎり。そんなとき、素足で小川に入って水遊びする子どもたちがいた。母親から早く上がるよう説得されても聞き入れない。春の水温む感蝕を楽しんでいるのだろうか。元気をもらった気がする。
そんなとき、散歩道に「コブシ(辛夷)」が白い花を咲かせているのが見えた。一見、ハクモクレンを小さくしたような雰囲気で、丈もさほど変わらない。花弁が小振りなためか少し地味に見える。いいかえれば、野生っぽい。花の下を通り過ぎるとき、うっすらと香りがする。爽やかで実に品よい。
(本ブログ関連:”コブシ”)
コブシの手前に、黄色の「レンギョウ(連翹)」の花が咲いていた。春には、黄色の花が目立つ。半つる状の枝が絡まるようにしているので、花弁がぎっしり密集して見える。最近、道路と歩道の境に植えられているのを目にする。中国伝来とのこと、韓国でも人気があるようだ。
(本ブログ関連:”レンギョウ”)
2019年3月21日木曜日
春分の日 2019
今日は二十四節気の「春分」、そんな節目より現実的な国民の祝日「春分の日」といった方に分がありそう。
(本ブログ関連:”春分の日”)
都心の最高気温は何と22.3℃(12:47)、「東京都心で20度を超えるのは今年初めて」で「5月並みの陽気」(日直主任 日本気象協会)*とのこと。
(*)気象協会: https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2019/03/20/4022.html
また、東京の桜の「開花宣言」がされた。気象庁から少し離れた「靖国神社」にある標本木に、5輪以上の桜が開花したことをもって宣言されたわけで、例年より5日早く、昨年より4日遅い。
(本ブログ関連:”開花宣言”)
そんなポカポカ陽気と南風に誘われて、地元の公園に桜の具合を見に行った。祝日でもあって家族連れで賑わっていた。何ぶん風が強く、落ち葉や、土ぼこりが舞いあっていた。それでも子どもたちは風の中を走り回っていた。
残念ながら、公園の桜にまだ開花の気配はなくて、写真の通り、空を見回せば桜の枝に蕾ばかり。あらためて寒々しさを感じるが、「桜まつり」が今月末の土日(3/30,31)に予定されている。一週間ほど後のお楽しみになる。
(本ブログ関連:”春分の日”)
都心の最高気温は何と22.3℃(12:47)、「東京都心で20度を超えるのは今年初めて」で「5月並みの陽気」(日直主任 日本気象協会)*とのこと。
(*)気象協会: https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2019/03/20/4022.html
また、東京の桜の「開花宣言」がされた。気象庁から少し離れた「靖国神社」にある標本木に、5輪以上の桜が開花したことをもって宣言されたわけで、例年より5日早く、昨年より4日遅い。
(本ブログ関連:”開花宣言”)
そんなポカポカ陽気と南風に誘われて、地元の公園に桜の具合を見に行った。祝日でもあって家族連れで賑わっていた。何ぶん風が強く、落ち葉や、土ぼこりが舞いあっていた。それでも子どもたちは風の中を走り回っていた。
残念ながら、公園の桜にまだ開花の気配はなくて、写真の通り、空を見回せば桜の枝に蕾ばかり。あらためて寒々しさを感じるが、「桜まつり」が今月末の土日(3/30,31)に予定されている。一週間ほど後のお楽しみになる。
2019年3月20日水曜日
どんな方だったのだろう Alan R. King
先日(3/5)のブログに、バスク語学習に使うのに便利な辞書はないものかと記した。ネット辞書と違って、手元に紙(プリント)にして置けるといいわけで、その素材となるものを海外のネットで探してみた。
英語版のバスク語テキストにいろいろあって、その巻末に「語彙集」があるはず。もし、テキストが公開されていれば参考になると検索したところ見つかった。
以前、イディッシュ語の授業でテキストとして使用された「Colloquial 」シリーズの中に、「Colloquial Basque: The Complete Course for Beginners」があった。著者は、Alan R. Kingという方だ。
このテキストの「pdf版」は、意外とあっさり見つかる。ただし、著作権を十分配慮のうえ使用する必要があるだろう。(Amazonで購入すると物凄く高価になる)
Alan R. Kingは、「バスク語のしくみ」(吉田浩美著)の巻末にも紹介されている方で、Wikipediaを見ると、今年2月19日に64歳で亡くなっている。バスク語の他に、アメリカの古い言葉のナワット語の研究者だったとのこと。
彼の「代表作」の蘭に、「King, Alan R. (1982). A Basque Course: A Complete Initiation to the Study of the Basque Language.□ (未刊タイプ原稿)」が紹介されている。Wikipediaの□に当る部分は、同テキストのpdfファイルにリンクする。こちらも、著作権を十分配慮のうえ使用する必要がある。
バスク語は霧に包まれて先がよく見えません。
英語版のバスク語テキストにいろいろあって、その巻末に「語彙集」があるはず。もし、テキストが公開されていれば参考になると検索したところ見つかった。
以前、イディッシュ語の授業でテキストとして使用された「Colloquial 」シリーズの中に、「Colloquial Basque: The Complete Course for Beginners」があった。著者は、Alan R. Kingという方だ。
このテキストの「pdf版」は、意外とあっさり見つかる。ただし、著作権を十分配慮のうえ使用する必要があるだろう。(Amazonで購入すると物凄く高価になる)
Alan R. Kingは、「バスク語のしくみ」(吉田浩美著)の巻末にも紹介されている方で、Wikipediaを見ると、今年2月19日に64歳で亡くなっている。バスク語の他に、アメリカの古い言葉のナワット語の研究者だったとのこと。
彼の「代表作」の蘭に、「King, Alan R. (1982). A Basque Course: A Complete Initiation to the Study of the Basque Language.□ (未刊タイプ原稿)」が紹介されている。Wikipediaの□に当る部分は、同テキストのpdfファイルにリンクする。こちらも、著作権を十分配慮のうえ使用する必要がある。
バスク語は霧に包まれて先がよく見えません。
2019年3月19日火曜日
読書室
久し振りの読書室、出かけてみれば休館日。そこで、少し遠回りして隣り町にある読書室を訪ねてみた。昼過ぎの平日だが、満室に近い状態。
バスク語のテキストを読み進めるが、なかなか定着しない。基本解説を読んで納得するものの、練習問題には手も足も出ない。正直、解答を見ながら解き進めるといった具合で、応用できるレベルでない。
助動詞が人称ごと格を持ち、主語がなくても類推できそうだが、du助動詞、da助動詞を識別して、名詞にどんな格が使われているのか直ぐに思いつかねばならない。完了分詞、不完了分詞、未来分詞・・・。単語は、韓国語なら漢字語から日本語へ、イディッシュ語ならドイツ語から英語へ置き換えて類推されるが、今回はそうはいかない。
4月からのバスク語教室に申込みはしたものの、先行きが危ぶまれる。とはいえ、聞かねば(受講しなければ)何も始まらない。
2019年3月18日月曜日
庭のさんしゅう~の木
先日(3/15)、公園の梅林のはずれに、黄色の小さな花を集めて咲く「サンシュユ(山茱萸)」の木を見た。子どものこのから、あかるい黄色の色彩が好きだった。考えてみれば、バナナにも、卵焼きにも通じる。軽快な黄色が青空に飾られていた。
公園の木には、名前を示す札が付くことがある。特に一つ立ち、美しい花を誇るとき、人々が集まるならなおさらのこと。ところが、その木には名札がなかった。幹のくねり具合、木肌のつややかな感じからサルスベリかと思ったが、花弁の色合いや形、なによりその時期から違うことは容易に分かったが・・・。はて、何の木だろうかと思案にくれていたら、通りがかりの人から「サンシュユ(山茱萸)」の木と教えてもらった。以前、ブログに記したことがあるのに、すっかり忘れていたのだ。
(本ブログ関連:”サンシュユ(山茱萸)”)
ところで、「サンシュユ」と聞いて、「庭のさんしゅう~の木」で始まる民謡を思い出した。ネットで調べれば、宮崎県椎葉村地方の「稗搗節(ひえつきぶし)」*だった。実は、ネットに「さんしゅう~の木」を、「サンシュユ(山茱萸)」という声もあるが、岩波文庫の「日本民謡集」(町田嘉章・ 浅野建二編)を見れば、正解は「山椒(さんしょう)」の木だった。落人伝説にもつながる歌で、どこか哀調もある。
(*)「稗搗節(ひえつきぶし)」: 宮崎県観光のおすすめ穴場スポットナビ!
http://miyazakiken.xyz/%E6%A4%8E%E8%91%89%E6%9D%91/post-815.html
Youtubeに、「稗搗節」(唄:神楽坂はん子、三味線:豊吉・豊葭)のSP版が登録されているので聞いてみよう。ちなみに、歌い手の「神楽坂はん子」(1931年~1995年)は名前から根っからの芸者育ちに聞こえるが、けっこうモダン芸者とでもいえる活動をしたようだ。SP音盤とはいえ、決して古いものではない。
(Youtubeに登録のkotyavideoに感謝)
(参考)上記のSPレコードについて
「コロムビアレコード戦後邦楽SP盤総目録 78MUSIC」の紹介記事より
http://78music.web.fc2.com/columbia2.html
-------------------------------------
曲名 稗搗節
歌手・実演家 神楽坂はん子
演奏 コロムビアオーケストラ、三味線 豊吉・豊藤
作詞
作曲 平川英夫
編曲
番号 A1774
mat 214196
新譜年月 1953.11
区分 流行歌
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公園の木には、名前を示す札が付くことがある。特に一つ立ち、美しい花を誇るとき、人々が集まるならなおさらのこと。ところが、その木には名札がなかった。幹のくねり具合、木肌のつややかな感じからサルスベリかと思ったが、花弁の色合いや形、なによりその時期から違うことは容易に分かったが・・・。はて、何の木だろうかと思案にくれていたら、通りがかりの人から「サンシュユ(山茱萸)」の木と教えてもらった。以前、ブログに記したことがあるのに、すっかり忘れていたのだ。
(本ブログ関連:”サンシュユ(山茱萸)”)
ところで、「サンシュユ」と聞いて、「庭のさんしゅう~の木」で始まる民謡を思い出した。ネットで調べれば、宮崎県椎葉村地方の「稗搗節(ひえつきぶし)」*だった。実は、ネットに「さんしゅう~の木」を、「サンシュユ(山茱萸)」という声もあるが、岩波文庫の「日本民謡集」(町田嘉章・ 浅野建二編)を見れば、正解は「山椒(さんしょう)」の木だった。落人伝説にもつながる歌で、どこか哀調もある。
(*)「稗搗節(ひえつきぶし)」: 宮崎県観光のおすすめ穴場スポットナビ!
http://miyazakiken.xyz/%E6%A4%8E%E8%91%89%E6%9D%91/post-815.html
Youtubeに、「稗搗節」(唄:神楽坂はん子、三味線:豊吉・豊葭)のSP版が登録されているので聞いてみよう。ちなみに、歌い手の「神楽坂はん子」(1931年~1995年)は名前から根っからの芸者育ちに聞こえるが、けっこうモダン芸者とでもいえる活動をしたようだ。SP音盤とはいえ、決して古いものではない。
(Youtubeに登録のkotyavideoに感謝)
(参考)上記のSPレコードについて
「コロムビアレコード戦後邦楽SP盤総目録 78MUSIC」の紹介記事より
http://78music.web.fc2.com/columbia2.html
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曲名 稗搗節
歌手・実演家 神楽坂はん子
演奏 コロムビアオーケストラ、三味線 豊吉・豊藤
作詞
作曲 平川英夫
編曲
番号 A1774
mat 214196
新譜年月 1953.11
区分 流行歌
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2019年3月17日日曜日
ハクモクレン
ご近所の塀越しに、今年もハクモクレンの木が白い花を咲かせた。ちょうど丁字路の突き当たりにあって、ご主人も大事にしているようで、春になるとさまざま小さな鉢に花を入れて塀に飾る。通りすがりの道行く人は、ハクモクレンを見上げて歩を休ませる。
ハクモクレンの元気のいい白くて厚い花弁は、陽射しを受けて艶やかである。寒さの残る風をうけて、花弁をしっかり固めて揺れるさまは若々しい。今一番を盛りと咲いている。
今日、長年入会していた会の長が、今年一月に亡くなられたため、お別れ会が開かれたが、急用のため参加できなかった。ご冥福を祈るとともに、引き際をいろいろと考える今日このごろである。
ハクモクレンの元気のいい白くて厚い花弁は、陽射しを受けて艶やかである。寒さの残る風をうけて、花弁をしっかり固めて揺れるさまは若々しい。今一番を盛りと咲いている。
今日、長年入会していた会の長が、今年一月に亡くなられたため、お別れ会が開かれたが、急用のため参加できなかった。ご冥福を祈るとともに、引き際をいろいろと考える今日このごろである。
2019年3月16日土曜日
イディッシュ文学の夕べ(東京・特別編)
今夕、小田急「成城学園前駅」から数分の距離にある「アトリエ第Q劇場」で開かれた、「イディッシュ文学の夕べ」に出かけた。なお、この朗読会については、Twitter「#イディッシュ語」で知った。
(*)イディッシュ文学の夕べ: http://toyscampus.jp/?p=2299
この公演は、もともと関西を中心にイディッシュ文学の連続朗読会であるが、東京・特別編として公開された。宗教学 / ヨーロッパ史・アメリカ史の研究者である赤尾光春氏**(大阪経済法科大学客員研究員)を中心に、イディッシュ語文学作品の日本語訳書籍を朗読と解説された。(役者もしてますとのこと)
(**)赤尾光春氏: https://researchmap.jp/akaom/
本日の内容(上記「イディッシュ文学の夕べ」より、一部追記)
---------------------------------------------
第一部:シュテットル(shtetl: שטעטל)から世界へ(16:00~18:00)
[朗読]イシダトウショウ・土江優理・赤尾光春
・アイザック・バシェヴィス・シンガー「炉辺の物語」(西成彦訳『不浄の血』〔河出書房新社〕所収)、
・イツホク・レイブシュ・ペレツ「天までは届かずとも」(『世界イディッシュ短篇選』〔西成彦編訳、岩波文庫〕所収)
・ショレム・アレイヘム「ヴァフラクラケス」(『牛乳屋テヴィエ』〔西成彦編訳、岩波文庫〕より)
[演奏]大熊ワタル(クラリネット他)・こぐれみわぞう(チンドン太鼓、歌)・松本みさこ(アコーディオン)
第二部:彷徨える隠遁者――デル・ニステルの作品と生涯(19:00~)
[朗読]宮本荊・土江優理
・デル・ニステル「塀のそばで(レヴュー)」(『世界イディッシュ短篇選』〔西成彦編訳、岩波文庫〕所収)
[解説]赤尾光春(イディッシュ文学の歴史、デル・ニステルの解説)
---------------------------------------------
朗読会なるものは、初めての経験。今まで敷居の高さを感じて、近寄りがたい気がしていたが、正解でないかもしれないが読む演劇と解釈してはどうだろう。朗読された上記作品を読了していたが、今回読み聞かされて物語の視界が広がった。新鮮な経験だった。
イディッシュ文学の歴史について、第一世代の「ショレム・アレイヘム」、「イツホク・レイブシュ・ペレツ」、「メンデレ・スフォリム」があげられる。その後について、「アイザック・バシェヴィス・シンガー」が知られるが、彼は第三世代にあたる。中間の第二世代について、現在、日本語訳の書籍が出ていない。その意味で、(上記第二部で紹介された)」デル・ニステル(Der Nister)」が、第二世代作家といえる・・・そうだ。
ところで、デル・ニステルの作品「塀のそばで(レヴュー)」が今回朗読されたが、以前読んだときと同様頭がグルグルした。実は、この物語について、ロシア革命時代のユダヤ人の存在などを把握していないと理解できないと、赤尾氏から明快な解説があった。
・デル・ニステル: 埋葬地Abez村(ソ連最大の強制収容所があったヴォルクタ近隣)
・物語の舞台(サーカス): ロシア革命を暗示する、物語りに似た構図のサーカスの絵がある(=シャガール?)。
・ロシア革命期の「ユダヤ人共産党員」による、ヘブライ文化の徹底的な毀損(政治は容易に文化を侵食する)。
・登場人物のモデル:女曲芸師リリス=女性の悪霊、ほか
(追記)
ところで、芸術が政治性を帯びると、(敵対するもの同士が)背中合わせの関係になることがある。文学について不案内だが、例えば絵画、彫刻、映像の場合、対立するはずの「社会主義リアリズム」と「純正芸術」に極めて相同性を感じることがある。多分、大長編の「文学」作品といわれるものについても、危なっかしいものありそうな気がする。そんな例を身近に・近隣に見てきたはずだろう。
(*)イディッシュ文学の夕べ: http://toyscampus.jp/?p=2299
この公演は、もともと関西を中心にイディッシュ文学の連続朗読会であるが、東京・特別編として公開された。宗教学 / ヨーロッパ史・アメリカ史の研究者である赤尾光春氏**(大阪経済法科大学客員研究員)を中心に、イディッシュ語文学作品の日本語訳書籍を朗読と解説された。(役者もしてますとのこと)
(**)赤尾光春氏: https://researchmap.jp/akaom/
本日の内容(上記「イディッシュ文学の夕べ」より、一部追記)
---------------------------------------------
第一部:シュテットル(shtetl: שטעטל)から世界へ(16:00~18:00)
[朗読]イシダトウショウ・土江優理・赤尾光春
・アイザック・バシェヴィス・シンガー「炉辺の物語」(西成彦訳『不浄の血』〔河出書房新社〕所収)、
・イツホク・レイブシュ・ペレツ「天までは届かずとも」(『世界イディッシュ短篇選』〔西成彦編訳、岩波文庫〕所収)
・ショレム・アレイヘム「ヴァフラクラケス」(『牛乳屋テヴィエ』〔西成彦編訳、岩波文庫〕より)
[演奏]大熊ワタル(クラリネット他)・こぐれみわぞう(チンドン太鼓、歌)・松本みさこ(アコーディオン)
第二部:彷徨える隠遁者――デル・ニステルの作品と生涯(19:00~)
[朗読]宮本荊・土江優理
・デル・ニステル「塀のそばで(レヴュー)」(『世界イディッシュ短篇選』〔西成彦編訳、岩波文庫〕所収)
[解説]赤尾光春(イディッシュ文学の歴史、デル・ニステルの解説)
---------------------------------------------
朗読会なるものは、初めての経験。今まで敷居の高さを感じて、近寄りがたい気がしていたが、正解でないかもしれないが読む演劇と解釈してはどうだろう。朗読された上記作品を読了していたが、今回読み聞かされて物語の視界が広がった。新鮮な経験だった。
イディッシュ文学の歴史について、第一世代の「ショレム・アレイヘム」、「イツホク・レイブシュ・ペレツ」、「メンデレ・スフォリム」があげられる。その後について、「アイザック・バシェヴィス・シンガー」が知られるが、彼は第三世代にあたる。中間の第二世代について、現在、日本語訳の書籍が出ていない。その意味で、(上記第二部で紹介された)」デル・ニステル(Der Nister)」が、第二世代作家といえる・・・そうだ。
ところで、デル・ニステルの作品「塀のそばで(レヴュー)」が今回朗読されたが、以前読んだときと同様頭がグルグルした。実は、この物語について、ロシア革命時代のユダヤ人の存在などを把握していないと理解できないと、赤尾氏から明快な解説があった。
・デル・ニステル: 埋葬地Abez村(ソ連最大の強制収容所があったヴォルクタ近隣)
・物語の舞台(サーカス): ロシア革命を暗示する、物語りに似た構図のサーカスの絵がある(=シャガール?)。
・ロシア革命期の「ユダヤ人共産党員」による、ヘブライ文化の徹底的な毀損(政治は容易に文化を侵食する)。
・登場人物のモデル:女曲芸師リリス=女性の悪霊、ほか
(追記)
ところで、芸術が政治性を帯びると、(敵対するもの同士が)背中合わせの関係になることがある。文学について不案内だが、例えば絵画、彫刻、映像の場合、対立するはずの「社会主義リアリズム」と「純正芸術」に極めて相同性を感じることがある。多分、大長編の「文学」作品といわれるものについても、危なっかしいものありそうな気がする。そんな例を身近に・近隣に見てきたはずだろう。
2019年3月15日金曜日
サンシュユ(山茱萸)
健診の帰り道、暖かい昼の陽射しする公園を通り抜けた。梅林北側に、青空に咲く「サンシュユ(山茱萸)」の爽やかな黄色の花が見えた。ぐんと伸びた枝を、小さな花が集まり飾っている姿は凛として清清しく、その対比は見事だった。
(本ブログ関連:”サンシュユ(山茱萸)”)
(本ブログ関連:”サンシュユ(山茱萸)”)
2019年3月14日木曜日
ヘルム
イディッシュの小話に、お馬鹿(阿呆、あんぽんたん)な人々が登場する街(町、村)がある。賢人(町の指導者、宗教的な指導者)といわれる人も、粗忽な者もみなどこかおかしい。大真面目に頓珍漢なのだ。
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
そんな、お馬鹿な場所の代表が「ヘルム(כעלעם[khelem])」だ。ポーランド語で「ヘウム(Chełm)」と呼ばれる(「L」の文字に斜め線(ストローク)を付けて[w]と発音)そうだ。ポーランド東部の国境沿いにあり、ウクライナに程近い。Wikipediaで歴史をたどれば複雑で、庶民はあっちに属したり、こっちに属したり大変だ。(一方、目鼻のきく知識人(インテリ)は、先読みの嗅覚が鋭く、融通がきき逃げるのも庶民より早い。それを「亡命」と呼ぶ)
ユダヤ人庶民は、そんな目の廻る場所を笑いの場に変えたようだ。お馬鹿なユダヤ人の住む架空の場所「ヘルム」として登場する。(「ヘウムの賢いユダヤ人」Wikipedia)
以前、イディッシュ語の授業で、ポーランドに永く住んだクラスメイトが、テキストに出てくるヘルムの町について、たしかにポーランドに存在するが、そんな理解をしたことはないと怪訝な顔をされた。笑いの場所「ヘルム」は、特定の街をターゲットにしたというより、落語の「長屋」と同様な、ユダヤ人の仮の舞台なのだろう。
「ヘルム」の人々は善良である。ただ融通がきかないだけである。
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
そんな、お馬鹿な場所の代表が「ヘルム(כעלעם[khelem])」だ。ポーランド語で「ヘウム(Chełm)」と呼ばれる(「L」の文字に斜め線(ストローク)を付けて[w]と発音)そうだ。ポーランド東部の国境沿いにあり、ウクライナに程近い。Wikipediaで歴史をたどれば複雑で、庶民はあっちに属したり、こっちに属したり大変だ。(一方、目鼻のきく知識人(インテリ)は、先読みの嗅覚が鋭く、融通がきき逃げるのも庶民より早い。それを「亡命」と呼ぶ)
ユダヤ人庶民は、そんな目の廻る場所を笑いの場に変えたようだ。お馬鹿なユダヤ人の住む架空の場所「ヘルム」として登場する。(「ヘウムの賢いユダヤ人」Wikipedia)
以前、イディッシュ語の授業で、ポーランドに永く住んだクラスメイトが、テキストに出てくるヘルムの町について、たしかにポーランドに存在するが、そんな理解をしたことはないと怪訝な顔をされた。笑いの場所「ヘルム」は、特定の街をターゲットにしたというより、落語の「長屋」と同様な、ユダヤ人の仮の舞台なのだろう。
「ヘルム」の人々は善良である。ただ融通がきかないだけである。
2019年3月13日水曜日
バスクの食べ物
今日の最高気温は 19.1℃(11:30)。先月(2月)20日の 19.5℃ 以来、今年に入って久し振りの暖かさだ。ただし外では風があり、スギ花粉が舞っている感じがして、外出がためらわれる。鼻水や目のかゆみという花粉症があるわけではないが、湯あたりのような「モワッ」としたのぼせた感がする。
若いころ花粉症に悩んだ。痒さに負けて目を掻き続ければ、必ず結膜炎になった。鼻の穴に小さく丸めたティッシュを詰め込んで鼻水対策もした。そんな経験も、歳をとると感度が鈍くなったせいかさほどでない。とはいえ、この季節はやっかいである。
ところで話し変わって、ポーランド菓子「ポンチキ」のイベントがあったとき、料理写真の著作もある写真家から、バスクに興味があるのなら「サンセバスチャン」の街料理がよいといわれた。ちなみに、Google Mapで都内のバスクレストランを検索すると、港区から中央区にかけてずらりと並ぶ。ユダヤレストランと比べて断然多い。どちらも興味がそそる。
若いころ花粉症に悩んだ。痒さに負けて目を掻き続ければ、必ず結膜炎になった。鼻の穴に小さく丸めたティッシュを詰め込んで鼻水対策もした。そんな経験も、歳をとると感度が鈍くなったせいかさほどでない。とはいえ、この季節はやっかいである。
ところで話し変わって、ポーランド菓子「ポンチキ」のイベントがあったとき、料理写真の著作もある写真家から、バスクに興味があるのなら「サンセバスチャン」の街料理がよいといわれた。ちなみに、Google Mapで都内のバスクレストランを検索すると、港区から中央区にかけてずらりと並ぶ。ユダヤレストランと比べて断然多い。どちらも興味がそそる。
2019年3月12日火曜日
お水取り
若い頃、仕事を早めに切り上げて、何度か奈良の東大寺二月堂で行なわれる「お水取り」の行事に出かけたことがある。記憶のままとどめておくには惜しい、今年こそと思いながら機会をかなえずにいる。
(本ブログ関連:”お水取り”)
夜がふけて、斜面に建つ二月堂の舞台から、長い竹の棒の先に火を灯した松明(たいまつ)の火の粉を撒き散らす。「童子」と呼ばれる世話役(僧侶の付き人)が担う。二月堂の下に集ったひとびとは、直接浴びることはないが、少しでも火の粉が降りかかることを求める。本来。仏教の法会(ほうえ)の「修二会(しゅにえ)」(天平勝宝4年(752年)以来連綿と続く)のひとつであるが、庶民にとっては、新たに春を知る行事ともいわれる。
実は、急いで駆けつけたものの、行事が終わっていたことが2回もあった。人々の帰り道にばったり出くわしたわけで、帰りの流れに合流して寒い奈良公園の夜道を抜けると、甘酒の屋台が立っていたりする。生姜風味のきいた甘酒は、チャンスを逃して残念な思いをしている者を温めてくれた。
一番最近といっても随分昔のこと、子どもと一緒に見たことだろう。少し小雨がぱらついていた。今夜の奈良の天気はどうだったろうか。(気象協会によれば、夕方6時は曇り空で、気温は12℃とのこと)
(本ブログ関連:”お水取り”)
夜がふけて、斜面に建つ二月堂の舞台から、長い竹の棒の先に火を灯した松明(たいまつ)の火の粉を撒き散らす。「童子」と呼ばれる世話役(僧侶の付き人)が担う。二月堂の下に集ったひとびとは、直接浴びることはないが、少しでも火の粉が降りかかることを求める。本来。仏教の法会(ほうえ)の「修二会(しゅにえ)」(天平勝宝4年(752年)以来連綿と続く)のひとつであるが、庶民にとっては、新たに春を知る行事ともいわれる。
実は、急いで駆けつけたものの、行事が終わっていたことが2回もあった。人々の帰り道にばったり出くわしたわけで、帰りの流れに合流して寒い奈良公園の夜道を抜けると、甘酒の屋台が立っていたりする。生姜風味のきいた甘酒は、チャンスを逃して残念な思いをしている者を温めてくれた。
一番最近といっても随分昔のこと、子どもと一緒に見たことだろう。少し小雨がぱらついていた。今夜の奈良の天気はどうだったろうか。(気象協会によれば、夕方6時は曇り空で、気温は12℃とのこと)
2019年3月11日月曜日
東日本大震災から8年
過去の天災を文字や映像で理解しても、恐怖感はなかなか伝わらない。日本人なら誰もが知っている、寺田寅彦の言葉「天災は忘れた頃にやってくる」は、震災の恐ろしさを再確認させる。経験の乏しい天災は、実感を湧かせるよう繰り返し「伝承」となるまで伝えていくしかない。
8年前の「東日本大震災」(2011年3月11日)で我が家は大きく揺れて、それなりの被害を経験した。今日、テレビで放送された大震災の回想番組を見ながら、いろいろな思いがよみがえった。呼び戻されることをためらい恐れてはいけないだろう。
(本ブログ関連:東日本大震災 2011年3月11日、12日、13日)
ところで、「阪神・淡路大震災」(1995年1月17日)を、その日の朝方のニュースで知ったとき、初め規模の大きさを知らず、後の詳報で次第に分かった。関東の当地は、かすかな揺れも感じなかったせいか、(残念ながら大いに反省すべきことだが)実感に乏しかったのだ。(その後の「東日本大震災」では、メディア技術の発達により、多くのできごとを瞬時に知ることができた)
人工に対する防災は人工しかないが、最後は、経験した震災を「物語」のようにして子どもたちに地道に伝え、周辺に広げて共有するのが最も良い方法かもしれない。
8年前の「東日本大震災」(2011年3月11日)で我が家は大きく揺れて、それなりの被害を経験した。今日、テレビで放送された大震災の回想番組を見ながら、いろいろな思いがよみがえった。呼び戻されることをためらい恐れてはいけないだろう。
(本ブログ関連:東日本大震災 2011年3月11日、12日、13日)
ところで、「阪神・淡路大震災」(1995年1月17日)を、その日の朝方のニュースで知ったとき、初め規模の大きさを知らず、後の詳報で次第に分かった。関東の当地は、かすかな揺れも感じなかったせいか、(残念ながら大いに反省すべきことだが)実感に乏しかったのだ。(その後の「東日本大震災」では、メディア技術の発達により、多くのできごとを瞬時に知ることができた)
人工に対する防災は人工しかないが、最後は、経験した震災を「物語」のようにして子どもたちに地道に伝え、周辺に広げて共有するのが最も良い方法かもしれない。
2019年3月10日日曜日
森山加代子
子どものころ、「演歌」以外に耳にした大衆曲は、「アメリカンポップ」だった。それも、日本人歌手が日本語でカバーしたものだ。その頃の記憶は曖昧で、歌謡史を諳んじているわけではないけれど、アメリカンポップ流行の初期に、原曲(英語)のまま歌う風潮はなかった。
カバー曲のタイトルは「悲しき~」シリーズのような、原曲と違って日本風だった。原曲名を知ったのは後のこと。歌詞の意味を理解したのは、関心があった場合だけだった。
歌謡界が、外国曲をカバーしなくなったのは、まだラジオ全盛の頃(演歌の存在が圧倒的な時代)。ビルボードやキャッシュボックスのヒットチャートを聞いて、翌日の教室で知ったかぶりしたものだ。そんな状況からか、分岐するように、日本のポップ歌手たちもオリジナル曲を歌うようになった。もしかしたら、カバーとオリジナル曲発生までに、10年間ぐらいの時間差があったかも知れない。
先日亡くなった「森山加代子」(1940年3月23日~2019年3月6日)は、そのさきがけだった。白黒ブラウン管の中で歌っていた記憶がつよい。芸能界特有の華やかさというより、どちらかといえば、ご近所のお姉さんのような存在で、明るいイメージがした。そして、少し控え目な気がした。
彼女は、テレビ時代の初期の大手芸能プロダクションに属した三人娘(中尾ミエ(1946年~)、伊東ゆかり(1947年~)、園まり(1944年~))より年齢が上だったし、かつ所属も別のプロダクションだったせいもあってか、時代にうまく乗れなかったような気がする。彼女が亡くなったことについて、ここ数日のテレビの芸能報道で、特別にコマをさくことがなかったのではないだろうか。
ところで、全日本歌謡情報センターの歌謡情報記事*「歌手の森山加代子が死去、享年78」(3/8)は、彼女の死去を次のように報じている。
(*)歌謡情報記事: https://www.kayou-center.jp/17721
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「月影のナポリ」「じんじろげ」「白い蝶ちょうのサンバ」などのヒット曲で知られる歌手の森山加代子が2019年3月6日に死去した。
1960年「月影のナポリ」でデビュー。同年、新人としては異例のスピードで『NHK紅白歌合戦』に初出場(「月影のキューバ」を歌唱)を果たす。1961年にリリースした「じんじろげ」は、その年の流行語にもなった。
「♪あなたに抱かれて わたしは蝶になる」という、早口言葉のような歌い出しが印象的な「白い蝶のサンバ」(1970年)が、オリコンチャートの1位を記録。この曲で『NHK紅白歌合戦』に、8年ぶりとなる4度目の出場を果たす。
2018年9月15日、千葉県の柏市民文化会館で行われた『オールディーズ ヒット パレード 青春チャリティーコンサート』が最後のステージとなった。
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(20年ほど前にテレビ出演したときの映像という)
(Youtubeに登録のAyakoFuji2に感謝)
カバー曲のタイトルは「悲しき~」シリーズのような、原曲と違って日本風だった。原曲名を知ったのは後のこと。歌詞の意味を理解したのは、関心があった場合だけだった。
歌謡界が、外国曲をカバーしなくなったのは、まだラジオ全盛の頃(演歌の存在が圧倒的な時代)。ビルボードやキャッシュボックスのヒットチャートを聞いて、翌日の教室で知ったかぶりしたものだ。そんな状況からか、分岐するように、日本のポップ歌手たちもオリジナル曲を歌うようになった。もしかしたら、カバーとオリジナル曲発生までに、10年間ぐらいの時間差があったかも知れない。
先日亡くなった「森山加代子」(1940年3月23日~2019年3月6日)は、そのさきがけだった。白黒ブラウン管の中で歌っていた記憶がつよい。芸能界特有の華やかさというより、どちらかといえば、ご近所のお姉さんのような存在で、明るいイメージがした。そして、少し控え目な気がした。
彼女は、テレビ時代の初期の大手芸能プロダクションに属した三人娘(中尾ミエ(1946年~)、伊東ゆかり(1947年~)、園まり(1944年~))より年齢が上だったし、かつ所属も別のプロダクションだったせいもあってか、時代にうまく乗れなかったような気がする。彼女が亡くなったことについて、ここ数日のテレビの芸能報道で、特別にコマをさくことがなかったのではないだろうか。
ところで、全日本歌謡情報センターの歌謡情報記事*「歌手の森山加代子が死去、享年78」(3/8)は、彼女の死去を次のように報じている。
(*)歌謡情報記事: https://www.kayou-center.jp/17721
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「月影のナポリ」「じんじろげ」「白い蝶ちょうのサンバ」などのヒット曲で知られる歌手の森山加代子が2019年3月6日に死去した。
1960年「月影のナポリ」でデビュー。同年、新人としては異例のスピードで『NHK紅白歌合戦』に初出場(「月影のキューバ」を歌唱)を果たす。1961年にリリースした「じんじろげ」は、その年の流行語にもなった。
「♪あなたに抱かれて わたしは蝶になる」という、早口言葉のような歌い出しが印象的な「白い蝶のサンバ」(1970年)が、オリコンチャートの1位を記録。この曲で『NHK紅白歌合戦』に、8年ぶりとなる4度目の出場を果たす。
2018年9月15日、千葉県の柏市民文化会館で行われた『オールディーズ ヒット パレード 青春チャリティーコンサート』が最後のステージとなった。
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(20年ほど前にテレビ出演したときの映像という)
(Youtubeに登録のAyakoFuji2に感謝)
2019年3月9日土曜日
「マハルリカ」
国名が変わることがある。以前、インドの南横、ベンガル湾にある「セイロン」は「スリランカ」に、また、黒海とカスピ海に挟まれた南コーカサスにある「グルジア」は「ジョージア」に国名を変更した。とはいえ、現地での変更に基づくのか、日本側の呼称の変更なのか確認が必要。
(本ブログ関連:”セイロン”)
今回、「フィリピン共和国」のドゥテルテ大統領みずから、国名を「マハルリカ(Maharlika)共和国」に変更したい意向を表明した。国名には由来がある。そもそも「フィリピン」とは、あるいは「マハルリカ」とはどんな意味を持つのだろうか、次のニュース記事で知ることになった。タガログ語、マレー語、サンスクリット語について、なんにも知らないが言葉の重要さをあらためて感じる。
・「フィリピン」は、かつての支配者の名に由来する。
・「マハルリカ」は、現地語の言葉で「忠義」の意味を持つ。
- タガログ語(英語辞書による)で、「生まれ、知性、性格、行動において高貴ないし偉大であること」を意味する。
- マレー語の「自由」の派生語である。
- サンスクリット語に由来の「気高く誕生した」など。
ちなみに、タガログ語の「Maharlika」を、ネットの「Online タガログ語 日本語 辞書」で参照すると、「高潔」と表示される。
http://www.etranslator.ro/ja/firipingo-nihongo-online-jisho.php
<共同通信>抜粋
Livedoorニュースに掲載の記事「フィリピン国名、マハルリカに? 大統領、植民地由来に嫌悪」(3/9)
http://news.livedoor.com/article/detail/16134470/
--------------------------------------------------------
・「フィリピン」という国名は、16世紀に宗主国だったスペインのフェリペ皇太子(後の国王フェリペ2世)にちなんでいる。
・「マハルリカ」の意味は、マレー語の「自由」の派生語やサンスクリット語の「気高く誕生した」など、複数の説がある。
--------------------------------------------------------
<sputnikニュース(日本語版)>抜粋
① 「ドゥテルテ大統領、国名の変更を望む=マスコミ」(2/13)
https://jp.sputniknews.com/politics/201902135918431/
--------------------------------------------------------
『マハルリカ』はマレー語の言葉だからだ・・・
「マハルリカ」は現代のフィリピン語で「王族」を意味しており・・・
--------------------------------------------------------
② 「マハルリカへのフィリピン改名は難しい=オピニオン」(2/25)
https://jp.sputniknews.com/opinion/201902255964467/
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現代のタガログ・英辞書によるとこの単語は「生まれ、知性、性格、行動において高貴ないし偉大であること」を意味する。だが研究者らは、「マカルリカ」の語源と実際の意味は解明されていないとしている。
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(本ブログ関連:”セイロン”)
今回、「フィリピン共和国」のドゥテルテ大統領みずから、国名を「マハルリカ(Maharlika)共和国」に変更したい意向を表明した。国名には由来がある。そもそも「フィリピン」とは、あるいは「マハルリカ」とはどんな意味を持つのだろうか、次のニュース記事で知ることになった。タガログ語、マレー語、サンスクリット語について、なんにも知らないが言葉の重要さをあらためて感じる。
・「フィリピン」は、かつての支配者の名に由来する。
・「マハルリカ」は、現地語の言葉で「忠義」の意味を持つ。
- タガログ語(英語辞書による)で、「生まれ、知性、性格、行動において高貴ないし偉大であること」を意味する。
- マレー語の「自由」の派生語である。
- サンスクリット語に由来の「気高く誕生した」など。
ちなみに、タガログ語の「Maharlika」を、ネットの「Online タガログ語 日本語 辞書」で参照すると、「高潔」と表示される。
http://www.etranslator.ro/ja/firipingo-nihongo-online-jisho.php
<共同通信>抜粋
Livedoorニュースに掲載の記事「フィリピン国名、マハルリカに? 大統領、植民地由来に嫌悪」(3/9)
http://news.livedoor.com/article/detail/16134470/
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・「フィリピン」という国名は、16世紀に宗主国だったスペインのフェリペ皇太子(後の国王フェリペ2世)にちなんでいる。
・「マハルリカ」の意味は、マレー語の「自由」の派生語やサンスクリット語の「気高く誕生した」など、複数の説がある。
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<sputnikニュース(日本語版)>抜粋
① 「ドゥテルテ大統領、国名の変更を望む=マスコミ」(2/13)
https://jp.sputniknews.com/politics/201902135918431/
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『マハルリカ』はマレー語の言葉だからだ・・・
「マハルリカ」は現代のフィリピン語で「王族」を意味しており・・・
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② 「マハルリカへのフィリピン改名は難しい=オピニオン」(2/25)
https://jp.sputniknews.com/opinion/201902255964467/
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現代のタガログ・英辞書によるとこの単語は「生まれ、知性、性格、行動において高貴ないし偉大であること」を意味する。だが研究者らは、「マカルリカ」の語源と実際の意味は解明されていないとしている。
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2019年3月8日金曜日
ビデオ漫画「お馬鹿村」
お馬鹿な生き方をしてみたいけど、実際は難しい。地は阿呆なのに、そのまま振る舞える場所もないし、時は遠に失した。何処かにないか、イデッシュの民話に出て来る「ヘルム」のような町もいい。日本じゃ、それに例える場所を知らない・・・、舞台は見せてくれるが、吉本新喜劇の「なんばグランド花月劇場」、むかしの浅草なら「デン助劇場」。ここは芸達者なつわものの仮の世界。
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
世界の誰れもが求めている、そんな場所はないものか。「お馬鹿村」に言葉は要らない、見りゃ分かる。次は、ロシア - ウクライナの スケッチコメディのテレビシリーズ(Calambur)だそうだがよく知りません。花の香りはよいけれど堆肥は臭い・・・飛んできた魚が生臭いという熊なんて。一方、釣った魚がどこかへ飛んでったようで・・・酒臭い同士はどうってことないのに・・・。続編をお楽しみということで・・・。
(Youtubeに登録のFool's Villageに感謝)
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
世界の誰れもが求めている、そんな場所はないものか。「お馬鹿村」に言葉は要らない、見りゃ分かる。次は、ロシア - ウクライナの スケッチコメディのテレビシリーズ(Calambur)だそうだがよく知りません。花の香りはよいけれど堆肥は臭い・・・飛んできた魚が生臭いという熊なんて。一方、釣った魚がどこかへ飛んでったようで・・・酒臭い同士はどうってことないのに・・・。続編をお楽しみということで・・・。
(Youtubeに登録のFool's Villageに感謝)
2019年3月7日木曜日
(資料)旧暦二月(きさらぎ)
今日から旧暦二月が始まる。カレンダー(気象庁)の春は、新暦の3月~5月。一方、旧暦の春は、旧暦の1月~3月。今を春の始まりと見るか、中ごろと見るか、微妙な差はあるが。一日中、雨がぼそぼそと降ったり止んだり、ときに春雷、春を楽しむほどでもない。
とはいえ、旧暦二月になったのだから、旧暦に従って楽しんでみよう。「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)に収録の「とっちりとん」には、この旧暦「二月(きさらぎ、如月)」を唄ったものがある。「端唄」を楽しむほど「通」でも「粋」でもないし、そもそも聞く機会も乏しい。ただ、文庫本をめくると、二月の「稲荷祭り」から始まり、「きつね」に対する「たぬき」の存在を笑わせるくだりもあって転載させていただく。
(本ブログ関連:”端唄”。”稲荷”、”キツネ”)
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これはきさらぎ 稲荷のまつり* 初午(はつうま)** 二の午 三の午 みゝにたへぬは たいこのね さてもこんよく うちはやす 子供は絵馬をたづさへて ちんちよや╱╲の たへまなく こわめし あぶらげ やまをなす それで稲荷は よかろふが たぬきはなんと しやうぞいの
---------------------------------------
*稲荷のまつり: 稲の神「稲荷神」(稲=農作業)を祭る。「きつね」はその使い。
「伏見稲荷大社」の「初午大祭」: 稲荷大神が稲荷山に鎮座した日に行なう(新暦2月2日に実施)
http://inari.jp/rite/?month=2%E6%9C%88#308
**初午: 旧暦二月の最初の「午の日」(旧暦2月4日⇒新暦3月10日)
「稲荷」の起源を調べれば、神道or神道+仏教(神仏習合)の由来があり、隆盛を探れば江戸商人が話題になり、分布を見れば意外にも関東・東北に多いのだ。農業だけでなく、商業まで手広くこなす、独立性の強い、個人の庭先にも鎮守する神でもある。
とはいえ、旧暦二月になったのだから、旧暦に従って楽しんでみよう。「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)に収録の「とっちりとん」には、この旧暦「二月(きさらぎ、如月)」を唄ったものがある。「端唄」を楽しむほど「通」でも「粋」でもないし、そもそも聞く機会も乏しい。ただ、文庫本をめくると、二月の「稲荷祭り」から始まり、「きつね」に対する「たぬき」の存在を笑わせるくだりもあって転載させていただく。
(本ブログ関連:”端唄”。”稲荷”、”キツネ”)
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これはきさらぎ 稲荷のまつり* 初午(はつうま)** 二の午 三の午 みゝにたへぬは たいこのね さてもこんよく うちはやす 子供は絵馬をたづさへて ちんちよや╱╲の たへまなく こわめし あぶらげ やまをなす それで稲荷は よかろふが たぬきはなんと しやうぞいの
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*稲荷のまつり: 稲の神「稲荷神」(稲=農作業)を祭る。「きつね」はその使い。
「伏見稲荷大社」の「初午大祭」: 稲荷大神が稲荷山に鎮座した日に行なう(新暦2月2日に実施)
http://inari.jp/rite/?month=2%E6%9C%88#308
**初午: 旧暦二月の最初の「午の日」(旧暦2月4日⇒新暦3月10日)
「稲荷」の起源を調べれば、神道or神道+仏教(神仏習合)の由来があり、隆盛を探れば江戸商人が話題になり、分布を見れば意外にも関東・東北に多いのだ。農業だけでなく、商業まで手広くこなす、独立性の強い、個人の庭先にも鎮守する神でもある。
2019年3月6日水曜日
「はやぶさ2」タッチダウンの映像
3/4、JAXA(宇宙航空研究開発機構)は、「はやぶさ2」が2/22に小惑星「リュウグウ」にタッチダウンしたときの映像をYoutubeに公開した。
(本ブログ関連:”はやぶさ”)
2/22 の本ブログで、「タッチダウン直後の画像」について、「ぼんやりシミのような部分は、推測するに、まず『サンプル採取のためのプロジェクタイル(弾丸)』を発射した結果、付近に舞い落ちた粉塵だろうか。」と記した。次のYoutube映像から、弾丸発射によると見られる岩石の小片が驚くほど多く飛び散っているのが分かる。ただし、小片が結果として「シミ」につながったかどうか・・・この映像だけでは分からない。
「シミ」について、専門家はどう解釈しているのだろうか。一説に、弾丸を打ち込まれたリュウグウの、地表下から(微細なものが)舞い上がったのではないかという推測もあるそうだ。
Youtube映像公開について、JAXAの紹介(3/5)
http://fanfun.jaxa.jp/topics/detail/14160.html#anchor_no1
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ここから着地の初公開映像をご覧下さい!(SNS等で共有いただいて構いません)
国民の皆様からのご寄付を使わせていただき、小惑星探査機「はやぶさ2」に追加でカメラを搭載しています。
2月22日7:29に「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」に着地し、サンプルを採取した、「人類の手が新たな星に届いた」瞬間の連続画像が見られます。
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(Youtubeに登録のJAXA | 宇宙航空研究開発機構に感謝)
(本ブログ関連:”はやぶさ”)
2/22 の本ブログで、「タッチダウン直後の画像」について、「ぼんやりシミのような部分は、推測するに、まず『サンプル採取のためのプロジェクタイル(弾丸)』を発射した結果、付近に舞い落ちた粉塵だろうか。」と記した。次のYoutube映像から、弾丸発射によると見られる岩石の小片が驚くほど多く飛び散っているのが分かる。ただし、小片が結果として「シミ」につながったかどうか・・・この映像だけでは分からない。
「シミ」について、専門家はどう解釈しているのだろうか。一説に、弾丸を打ち込まれたリュウグウの、地表下から(微細なものが)舞い上がったのではないかという推測もあるそうだ。
Youtube映像公開について、JAXAの紹介(3/5)
http://fanfun.jaxa.jp/topics/detail/14160.html#anchor_no1
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ここから着地の初公開映像をご覧下さい!(SNS等で共有いただいて構いません)
国民の皆様からのご寄付を使わせていただき、小惑星探査機「はやぶさ2」に追加でカメラを搭載しています。
2月22日7:29に「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」に着地し、サンプルを採取した、「人類の手が新たな星に届いた」瞬間の連続画像が見られます。
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(Youtubeに登録のJAXA | 宇宙航空研究開発機構に感謝)
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