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2019年9月10日火曜日

今日も「猛暑日」

昨日に続いて今日も暑かった。東京都心の最高気温は、昨日 36.2℃(13:34)、今日は 35.6℃(12:30)。9月に2日連続して 35℃以上の「猛暑日」になるのは 27年振りとのこと。

気象庁「気温に関する用語」
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・夏日: 日最高気温が25℃以上の日
・真夏日: 日最高気温が30℃以上の日
・猛暑日: 日最高気温が35℃以上の日
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おかげで出歩く気にもなれず、一日家にこもっていた。それでも、夜になると秋の気配に変わりはない。どこか落ち着きを取り戻したように感じる。ところで、数日前の夜にあった虫の音が、今夜は聞き耳を立てても聞こえてこない。余りの暑さにげんなりしたのだろうか。

台風一過の昨日、公園で、胴が極めて細い黒色の羽をした「カラストンボ」が草の上にふんわりとまるのを見たことを思い出した。蝶のように舞うのが特徴のようだ。カラストンボという呼び名は子どものころのことで、正式には「ハグロトンボ」という。でも、ハグロトンボと口にしてしまうと心地よくない。子ども仲間(世界)から外れたような気がする。

8月気分がまだ抜けきっていないようだ。ならば冷たいビールを楽しみたい。9/13(金)~9/16(月)まで、中央線のある駅前で「ビールフェスティバル」があるという。行ってみようかと思う。

2019年9月9日月曜日

重陽の節句

今日は、五つの節句の最後にあたる「重陽の節句」。「菊」にちなんだ節句で、その花弁を浮かべた「菊酒」を飲むという。昨日(9/8)のブログに「白露」について、仙人が「風を吸い露を飲む」との言葉を引いたが、「菊酒」も仙人が飲むという。

(本ブログ関連:”重陽の節句”)

五節句
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人日(じんじつ)   (1月7日)
上巳(じょうし)   (3月3日)
端午(たんご)      (5月5日)
七夕(しちせき)   (7月7日)
重陽(ちょうよう)(9月9日)
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菊花は、この日に縁ある花であるが、実際は秋に咲かせるもの。東京の菊花展は、10月から11月頃にかけて開かれることから、旧暦にずらして見ればよいだろう。すなわち、今日は旧暦の8月11日であり、旧暦の9月9日は、新暦の10月7日となり一ヵ月後のことになる。

ところで、台風一過の公園を覗けば、余りの惨状に驚かされた。古木は風圧に耐え切れず根元から折れていた。木立に覆われた散歩道をくぐれば、吹き飛ばされた葉や小枝が一面に落ちて、両側の草地と区別がつかないほど。先へ進むのに一瞬躊躇した。

湿気った公園を巡れば汗をかく。つい売店に寄って、冷たいものを口にふくませる。東京都心の最高気温は 36.2℃(13:34)だったという。どうりで暑いわけだ。(今年最高の「猛暑日」)

2019年9月8日日曜日

白露 2019、台風15号

今日は二十四節気の「白露」。この時期、日中に暑さが残るものの、昼夜に気温差が出て草葉に「露」がつきはじめるころをいう。東京ではまだ目にすることはない。高原の朝なら白露を実感できるだろう。その名がいいので、日本酒に白露を冠するものがあるようだ。果たしてその風味は、「風を吸い露を飲む」仙人だけが知るものかもしれないが。

(本ブログ関連:”白露”)

台風15号が接近している。Tenki.jpの記事「強い台風15号 関東や東海に接近 深夜の上陸か」*(9/8、05:14)によれば、まるで関東南部や伊豆半島付近を蹴りあげるようにして太平洋に逃げて行く感じがする。暴風が予想され、交通機関の運休が計画されている。困り者だ。
(*)記事: https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2019/09/08/5860.html
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強い台風15号は、8日夜遅くには関東南部や伊豆半島付近に接近し、上陸する可能性が高くなっています。台風の接近に伴って関東から東海は、急に雨や風が強まりますので、早め早めの備えが必要です。
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せっかくの日曜日、午後には雨が降り始めるという。それじゃぁ露もだいなしだろう。明日の日付に変わった深夜には土砂降りらしい。首都圏直撃になる。

(ウェザーニュース「台風15号 関東は9日早朝、大荒れ」より)

(Youtubeに登録のウェザーニュースに感謝)

2019年9月7日土曜日

夏仕舞い

民謡「会津磐梯山」に登場する小原庄助さんの「朝寝 朝酒 朝湯が大好きで・・・」を真似たところ、パソコンデスクの前でしばらく寝込んでしまい夢心地していた。だらだらと日中を過ごす・・・。

このままじゃ体が鈍ると公園散歩に出かけることにした。まだ西日がさす時刻、公園口から出てくる帰りの客とすれ違う。園内の樹上で「ミンミンゼミ」が、「ミ~ン、ミィ・ミィ・ミィ・ミィ~」と激しく鳴き続けていた。ちなみに、ミンミンゼミの地上での生活は、「7月下旬~9月上旬」とのこと。
(訂正)ミンミンゼミ: 「ツクツクボウシ」と間違えて記していたので訂正します。

ところで、セミが、地上に出て一週間の命しかないというのは誤りらしい・・・「10日以上の生存を確認」されたという。山陽新聞の記事「セミ成虫の寿命1週間は俗説! 笠岡高植松さんが生物系三学会最優秀賞」*(6/19)は、岡山県の高校生の観察研究を次のように報じている。(抜粋)
(*)記事: https://www.sanyonews.jp/article/909869
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植松さんは2016年の7月中旬から9月中旬にかけて、笠岡市内の住宅地や雑木林など4カ所でほぼ毎日、この調査を繰り返し、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミなど計863匹にマーキング。15匹を再捕獲し、4匹を再再捕獲した。

植松さんは「なかなか再捕獲できず、調査の効率は非常に悪かった」と笑うが、調査の結果、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミの3種で10日以上の生存を確認。最長生存確認記録はアブラゼミが32日間、ツクツクボウシが26日間、クマゼミが15日間だった。
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公園をぐるりと巡れば、太陽は西の果てに没したにもかかわらず、空はまだ明るい。でも確実に、日没の時間が早くなった。南の空に鈍色の雲が浮かび、南南東の風に乗って寄せて来る。

帰宅するころには、すっかり薄暗くなっていた。どこからか、ゴトゴトと物音がする。どうやら近隣の街で行われている「花火大会」のようだ。ネット情報によれば、鉄橋を渡る車窓から見える光景がよいという。来年は、行ってみようかと思う。

2019年9月6日金曜日

ロシア式紅茶

先日(8/26)のブログで、一般公開講座「ロシア・スラヴの言語と文化入門」(最終日)の帰り道に、クラスの仲間と地下鉄「茗荷谷」駅近くにあるロシア料理店「ソーニャ」へ行ったことを記した。食後にロシア式紅茶を頼んだところ、紅茶入りのガラス・カップと一緒に、ジャムを盛った小皿とスプーンが運ばれてきた。

(本ブログ関連:”紅茶”)

そのとき仲間がいうには、スプーンにジャムをすくって口に入れ、合わせて紅茶を飲むというのだ。てっきり、カップの中にジャムを入れ、混ぜて飲むものと思っていたがそうではないらしい。ためしにジャムを口にすると随分と濃く甘いけれど、熱い紅茶をふくませると、口中に蜂蜜と練り混ぜたイチゴジャムの香りが広がった。なるほど、こういう飲み方もあるのかと納得した。

ところで、むかし読んだ「オール読物」(平成18年(2006年)、5月号)に連載「とは知らなんだ」(92)の「ロシア式紅茶はどこから?」(鹿島茂著)に、ロシア式紅茶の飲み方について興味深い話題が載っていた。

仏文学者の鹿島氏がソ連時代のモスクワ空港で、フルーツ・ジュースを飲みたくて、バー・マンにフランス語でフルーツ・ジュースを頼んだところ、甘いドロドロの果汁が渡されたという。それは一体何か。沼野充義夫妻の著「世界の食文化 ロシア」の中に、次のような記載があると紹介している。孫引きになるが、「そもそもロシア式のジャムは『ヴァレーニエ』と呼ばれる果物の砂糖煮で、日本でいうジャムほど煮込まない、つまり別ものである」という。鹿島氏がモスクワの空港で口にしたのは「ヴァレーニエ」だったことになる。

その「ヴァレーニエ」と紅茶の関係について、沼野夫妻の著は、紅茶を飲む際に「お茶うけ」にするという。「ヴァレーニエをスプーンで一口食べて(舐めて?)お茶を飲み、またヴァレーニエを口に入れてお茶をすする、という飲み方だ」としている。

連載にある「ロシア式紅茶はどこから?」の後半に、日本では紅茶にジャムを溶かして飲むという習慣について、沼野夫妻の著と合わせて鹿島氏ともども由来を推測されている。ロシア革命後に亡命して来日した白系ロシア人の風習を見間違えたとか、戦後のシベリア抑留体験の中で見たソ連人の風習を日本風に解釈し直したとか、昭和三十年代の歌声喫茶でロシア式紅茶の飲み方に新解釈があったとか・・・。いずれにしても正解はなさそう。

2019年9月5日木曜日

パソコンで気分転換

パソコン作業の途中、気分転換する。仕事場じゃできないだろうが、自宅なら可能なこと。ひとつに、Youtubeにある自然の音などをバックグラウンドにして仕事するのもいい。実はもうひとつ、仕事を中断して(短時間だけ)ゲームに切り替えるのもある。それもオールドスタイルなものの方がよい。

ネットに、フリーの「スペースインベーダー ゲーム」がある。タイトルに「昔懐かしのレトロなインベーダーゲーム スペースインベーダー【無料】」*とある。機能は簡易版のようで、コメントにいくつか要望があるが、ちょくちょく遊ばせていただいている。
(*)http://game-ac.com/flashgame/shooting/space-invaders/

「スペースインベーダー ゲーム」といえば、むかしの喫茶店のイメージが浮かぶ。喫茶店といっても、スターバックスのような洒落た喫茶店ではない。どちらかといえば、脂(やに)臭くて湿気た雰囲気の店に置かれたテーブル筐体型のゲーム機だ。
Wikipediaを見ると、最も早い時期のものが「1978年(昭和53年)に発売したアーケードゲーム」とある。熱中したのは、社会人だったということになる。もっと以前に出会っていたような、錯覚というか記憶違いしていた。

次のYoutubeのゲームの敗れ方にアッパレ!


(Youtubeに登録のGame Archiveに感謝)

2019年9月4日水曜日

百日紅(さるすべり)

今が旬か、いつまでも咲きつづける「サルスベリ(百日紅)」の花をあちこちで目にする。白色から薄紅を経て紅色までさまざまな色合いを持つ。枝先に小さな花弁が群集して風に重く揺れる。その様はいかにも東洋的で古風な趣がする。あえていえば、辺りに抹香が漂う感すらするのは思い過ごしか。

(本ブログ関連:”百日紅”)

この季節、公園の木々には色数が少ない。そんな今日、昼下がり紅色の花を見た。おやこんな所にと、若い百日紅が植えられていたりする。その幹は、花と違って、樹の名の通りサルが手を滑らせるようにツルリとしている。その対比ぶりにいまだに馴染めない。

育てばかなり大きくなる。造園業者の庭先に高木となってあふれていたのを見たことがある。その様子から、民家の塀越しに覗かれる百日紅が将来どうなるか気をもんでしまう。

公園の百日紅の若木

2019年9月3日火曜日

秋の夜

天気予報の通り、午前は晴れ、午後に曇って、そして夕方から夜にかけて驟雨。夜半にいたって辺りは静まりかえる。一日せわしい空模様だった。

深夜の静けさに、唱歌「埴生の宿」の歌詞を思い出す。雨後のため、窓から見る庭には月明かりに冴え渡る青い明るさはないが、気持ちだけは古い詞の思いにひたりたい。
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清らなりや 秋の夜半(よは) 月はあるじ 虫は友
おゝ 我が窓よ たのしとも たのもしや
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この曲は、中学時代の思い出の合唱曲でとても懐かしい。いってみれば、合唱入門曲として最適だったのだろう。声変わりした男子のパートが、女子の声部とうまく調和して、混声合唱の楽しさを味合わせてくれた。そう、歌垣ではないが、男女で歌うことになんとなく感じていたのだろう。

今夜の秋の夜は音もない。せめて虫の音でも聞こえてくればよいものを。静すぎるのもやるせない気がする。

2019年9月2日月曜日

秋の日のヴィオロンの

秋となれば、少しメランコリックな気分になって、詩的な雰囲気にひたってみたくなるものだ。まさに気分だけ秋を味わう。上田敏の訳詩集「海潮音」にある「落葉」(仏詩人ポール・ヴェルレーヌの「秋の歌」)が浮かんでくる。

映画館で、モノクローム*画面の「史上最大の作戦(The Longest Day)」(1962年)を見たのはいつの日だったか。仏レジスタンスへの作戦開始の暗号に、ヴェルレーヌの「秋の歌」の詩が語られていた。今も印象強く覚えている。これから始まる戦いに、なんという詩的な言葉が選ばれたのだろうと思った。しかし、ノルマンディーの海岸は、すぐさま血の海に変わった。
(*)モノクローム: 戦争経験者が多数存命した時代の作品。ぼくらは世代が重なりながら時を経ることを忘れがちだ。

海岸を制圧展開する場面では、戦場の「非情」さが描かれていた。それに戦慄した。後に制作された映画「プライベートライアン」(1998年)で表現された「悲惨」さとは別種のものだ。

Youtubeに、D-dayのために送信された、ヴェルレーヌの「秋の歌」の音声(フランス語)を英語字幕したものがある。(上田敏訳「秋の日のヴィオロンのためいきの 身にしみてひたぶるにうら悲し」)


(Youtubeに登録のNickyJIlanに感謝)

2019年9月1日日曜日

二百十日 2019

今日は(今年の)「立春」(2/4)から数えて210日目。雑節の「二百十日」である。日本気象協会のTnenki.jpの記事「『知って得する季語』 ── 謎の季語『二百十日』『不知火』とは?」(8/29)*に、「二百十日」について次のように解説している。(抜粋)
(*)記事: https://tenki.jp/suppl/m_yoshino/2019/08/29/29374.html

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「二百十日」と台風
「二百十日」とは、立春から数えて二百十日目をいい、今年は9月1日がその日にあたります。なぜあえて「二百十日」というのか。それは、日本では稲の花が咲く大事な頃でありながら、台風襲来の時季でもあり、この日を無事に過ぎてほしいという農家の願いから「厄日」ともいわれているのです。
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(本ブログ関連:”二百十日”)

台風の経験についていえば、子ども時代に育った九州の台風では、父親が台風襲来前に木の雨戸に釘を打ちつけて固定していたこと。小学時代の東京の教室で、転校生の女の子から「伊勢湾台風」の災害を聞いたこと。今も台風被害はあるが、天気予報や土木工事の充実(警報や精度の向上)で、年々被災が小さくなった気がするが・・・。もちろん、天災は忘れたころにやって来るのを肝に銘じたいのは承知のうえ。

昨日のブログに「今年も 2/3 が過ぎた」と記したが、今日からは、1/3 しか残っていない。あっという間に過ぎていくだろう。大事にしたいと案じるが、さて如何に過ごすべきか、まとまっていない。二百十日に新風でも起こればいいのだが・・・何事もなく終わりそう。

2019年8月31日土曜日

夏の終わり、今年も2/3が過ぎた

気象庁の「時に関する用語」にある「季節を表わす用語」*の通り、<夏>は今日で終わりになる。いつまで続くのかと思った熱暑の夏が、カレンダーとともに過ぎて行くのを惜しむ気がする。私は寒いのが苦手なので、暑い夏の方がまだましと思っていただけに・・・。
(*) 季節: http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/toki.html#A95
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・春:3月から5月までの期間
・夏:6月から8月までの期間
・秋:9月から11月までの期間
・冬:12月から2月までの期間
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この時期、小学生のいる親にとっては、子どもたちの世話から解放されてホッとしているかもしれない。一方、夏休みを楽しんだ子どもたちにすれば、明後日の月曜日から2学期が始まるわけで、クラスの友だちと再会してどんな遊びをしようかと思い巡らしていることだろう。

「夏の終わり」なんていうと、賑やかさから静謐へといった季節の変わり目を意識しておセンチになるようで、急に暖かみを求め始めるのかもしれない。

ネットに熱烈なファンが多くいる、カントリーフォーク シンガーソングライターの「ジョン・プライン(John Prine)」の「夏の終わり(Summer's End)」を、オフィシャルビデオと合わせて聴けば、世界が静まり返る秋を前にして、胸に迫るものがあるようです。(映像の最後にある呼びかけとは違った世界にいても・・・)


(Youtubeに登録のJohn Prineに感謝)

2019年8月30日金曜日

無頼

内村剛介著「ロシア無頼」の中で、古い感覚での無頼を「ブラトノイ」と呼んでいた。少しでもその言葉をネットに探したところ、次の資料に触れられていた。

「ロシアにおける地下経済とマフィア ー 社会学的考察」*(青山学院大学 寺谷弘壬)に、ロシアの闇経済について紹介されている。(1993年に発表されたもののようだ)
(*)資料: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jarees1993/1993/22/1993_22_27/_pdf
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「マフィア」や「レケヅト」が日常的に使われる以前は、「ブラトノイ(Блатной=やくざ=泥棒仲間)」や「ブラターリ(блатрь=泥棒)」が使われ、「ウォール(вор=悪党)」と「スゥカ(сука=雌犬=うらぎりやくざ)」の二派に分けられていた。
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(本ブログ関連:”ブラトノイ”、”エセーニン”、”内村剛介”)

2019年8月29日木曜日

ユダヤ教の現代がわかる 2019-3

3日連続の一般公開講座「ユダヤ教の現代がわかる - 宗教と言語の観点から -」の第3回目の最終日に出かけた。街中は真夏に戻ったように陽差しが照りかえり・・・まさに汗だらけになった。途中、涼を求めて喫茶店に飛び込んだほど。

(本ブログ関連:”ユダヤ教の現代がわかる 2019”)

今日の東京都心の最高気温は、34.6℃(12:38)だった。久し振りに高温だったことが分かる。ちなみに、先週土曜日から今日までの都心の最高気温は次の通り。
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24日(土) 31.4℃
25日(日) 31.1℃
26日(月) 28.5℃
27日(火) 29.4℃
28日(水) 28.1℃
29日(木) 34.6℃
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最終回は、日本学術振興会特別研究員(東京大学)鴨志田聡子氏から、「現代ユダヤ人とユダヤの言語」というタイトルで、ユダヤ人の母語としての「イディッシュ語」と「ラディノ語」、および各種の「ユダヤ諸語」の存在について紹介された。

・ユダヤ人の母語と母国語
  - 母語: 母親が内輪で話す言語(例.イディッシュ語の場合、「マメ・ロシュン」)
  - 母国語: 母国(国家)の言語(例.イスラエルの公用語としての「ヘブライ語」)

・「イディッシュ語」と「ラディノ語」
  - イディッシュ語: 1000年前にドイツのフランクフルトを起点に東欧へ展開した言語
  - ラディノ語: 1492年に「スペイン追放」された後、トルコなどへ移動した言語
  - 当然ながら、イディッシュ語はドイツ語を、ラディノ語はスペイン語を基底にする

・ユダヤ人の気質を知る
  - 絵入りイディッシュ語のジョーク・サイト(YiddishWit.com)*の紹介
    (*)サイト: https://www.yiddishwit.com/index.html
      例:「大きな河で大物が釣れる」(でかいことをしたければ大舞台でやれ)
「Yiddish Wit」に掲載より
・イディッシュ語(ヘブライ文字:右から左へ読む).אין אַ גרויסן טײַך כאַפּט מען גרויסע פֿיש
・イディッシュ語(ラテン文字転記:左から右へ読む)In a groysn taykh khapt men groyse fish.
・英語訳  In a big river you(men) catch big fish.

2019年8月28日水曜日

ユダヤ教の現代がわかる 2019-2

玄関ドアを開けて、雨が降っているのに気付いた。そんな中を外出するのは久し振り。今まではいいタイミングで雨に会わず済んでいたのに・・・。そんなわけで、のんびり傘差して一般公開講座「ユダヤ教の現代がわかる - 宗教と言語の観点から -」の2日目へ出かけた。

(本ブログ関連:”ユダヤ教の現代がわかる 2019”)

今回も初回に続き、早稲田大学の研究員志田雅宏氏からお話があった。「現代社会とユダヤ教 ~ 宗教学の視点から ~」というタイトルで、フランス革命の影響を受けた「ユダヤ啓蒙主義」(19C初頭)とその後の展開について紹介された。

ユダヤ啓蒙主義
・近代的価値観にユダヤ教も合わせるよう活動がおこる
・ユダヤ教は、ユダヤ人の自治的位置付けから、国家の中で選択される一宗教となる

ユダヤ教の宗派(ユダヤ啓蒙主義の影響を受けての位置づけ:前回(8/27)の補足)
  ⇒ (ドイツ)「改革派」の登場 ⇔ 「正統派」の反発
                                             ⇔(東欧)「超正統派」の反発
  ⇒ (米国)「保守派」の登場(改革派と保守派の中間に位置づけられる)
  ⇒ (欧州)「世俗派」の登場(信仰が失われ/教会離れの時代に登場・・・多数派となる)
      (イスラエル)「シオニズム」が登場(世俗的運動を宗教的に解釈しなおしたもの)

世俗化とゆり戻し
・ますます世俗化が進むものと思われたが、宗教が復権しつつある
  - 「カラバー」(世界が創りだされる前の神の世界を聖書から探し出す研究)の見直し
  - イスラエルで、世俗的な若者が超正統派へ戻る運動がある(その逆もあるが・・・)

この後、「人間中心」の宗教観について語られたが力不足で理解が難しかった。

2019年8月27日火曜日

ユダヤ教の現代がわかる 2019-1、ロシア無頼

素人の横好きというか歳相応の冷や水というか、夏の終わりを好奇心で満たしてみたく、一般公開講座の第2弾に出かけた。今日から3日間、「ユダヤ教の現代がわかる - 宗教と言語の観点から -」を聴講する。

(本ブログ関連:”ユダヤ教の現代がわかる 2019”)

第1回目の今日は、早稲田大学産業経営研究所研究員の志田雅宏(まさひろ)氏による、「ユダヤ教文化の歴史性と多様性」について、ユダヤ教の理解(解釈)の仕方の歴史性や、ユダヤ教の宗派の多様性について紹介があった。
以前、他所の一般公開講座「ユダヤの歴史を学ぶ」*で、志田雅宏氏の回を聴講したことがある。

(本ブログ関連:”志田雅宏氏の「ユダヤの歴史を学ぶ」”)

ユダヤ教
・ユダヤ聖書の理解に2つのトーラー(律法)がある。
  - 成文トーラー: モーセが文書(文字化)したとされるものに従う
  - 口伝トーラー: モーセの口伝したとされるものに従う、ラビによる解釈の集大成にタルムードがある
・神の信仰の仕方に、人間の自由意志が認められる面がある

ユダヤ教の宗派
・ユダヤ教の伝統をどのように守るかによっていろいろな宗派が存在
  - 超正統派: 東欧のアシュケナームの伝統を持つ
                      イスラエル(メアシュリーム)と米(NY ブルックリン)に居住       
  - 正統派: 西欧(ドイツ)起源で、イスラエルで最大勢力
  - 保守派: 米最大の宗派、女性ラビが存在し礼拝時に男女同席もする
  - 改革派: さらに現代的価値観に合わせ、米西海岸に多い
  - 他にパレスチナで入植活動する宗教シオニズムがある


(付記)
昨日(8/26)のブログで、ロシアの詩人「エセーニン」について触れたつながりで次に記す。「エセーニン詩集」の訳者内村剛介氏が著した書籍がAmazonから、今日の講座に出かける直前にタイミングよく届いた。さっそく電車の中で読んだところ、気になった部分があった。

(本ブログ関連:”エセーニン”、”内村剛介”)

書名は「ロシア無頼」(内村剛介著。高木書房)、1980年に発行されたもので、ソ連崩壊の10年ほど前のこと。ここでいう「ロシア」はその意味で、ソ連時代の根の深いところにある原初的意味合いである。なお、内村氏は戦後にシベリア抑留を経験している。
書名にある「無頼」の徒について、旧いロシアに誕生した(農奴や奴隷から導き出された)彼ら「ブラトノイ」の語源を紹介している。
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「ブラトノイ」=またの名を「ヴォール」ともいう。この語は「ブラートの人」「結び合った人」「血盟の人」を意味する。
「ブラート」=コネ。有用な結びつき。おそらくイディシ(ユダヤ人のことば)が起こりである。十九世紀からオデッサで用いられはじめたが、その後「一般」のロシア語にも用いられるようになる。オデッサは古来ロシア犯罪人たちの故郷、犯罪人たちの首都でこの状態は二十世紀三〇年代の終わりまでつづいた。この犯罪者たちの頭目に伝統的英雄が多々あり、それはしばしばユダヤ人であった。イディシの「ブラート」が採りあげられるようになるのは自然の成りゆきであろう。
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2019年8月26日月曜日

ロシア・スラヴの言語と文化入門 2019- 3

夏の一般公開講座「ロシア・スラヴの言語と文化入門」の最終日(第3回目)に出かけた。家を出るのに少し遅れたので、いつもと違うコースを選んで向かうことにした。途中、ネットで知った、講座会場近くにある、或る書店に寄った。

其処で(語学力を全無視して、記念のつもりで)「詩と散文【ロシア古典叢書】」シリーズの中から「セルゲイ・エセーニン  楓(かえで)の落葉...」を求めた。ハードカバーの表紙は、若い女性たちに愛される詩人であることを示すように、赤い服を着たエセーニンが片手に楓の枯れ葉を持っている絵で飾られている。

(本ブログ関連:”エセーニン”)

表紙に詩の書き出しがあって、詩集の中を見ると1925年11月28日と記されている・・・彼が自死したのはたしか27日だったはず? (素人にはよく分かりません)

楓の落葉の詩を歌った、Youtube映像を見てみよう。歌手Igor Mirkurbanovについて存じないが、渋い歌い方は独特である。


(Youtubeに登録のmedpupに感謝)

ところで、今日の「ロシア・スラヴの言語と文化入門」は、東京外国語大学非常勤講師 阿出川 修嘉(のぶよし)による「現代ロシア語成立の歴史の概説  - 言語と文字の発展 -」という、門外漢には難易度が高いものだった。
・「スラブ祖語」: スラブ民族に共通して使われだしたのが、6~7、8世紀ごろという。意外と古くない。
・「キリル文字」: ギリシャ字をベースに、現代のキリル文字に落ち着くのにいろいろと変遷している。

(本ブログ関連:”ロシア・スラヴの言語と文化入門”)

講座の帰り道、クラス仲間と、地下鉄「茗荷谷」駅近くにあるロシア料理店「ソーニャ」へ行ってみた。美味かった、同時に苦しいくらいに満腹した。

2019年8月25日日曜日

里ごころ

今日は(小学生にとって)夏休み最後の日曜日。街に出てみれば、親子連れの姿が思ったほどでもない。家族サービスに疲れ果てた親は、子どもたちの夏休みの宿題の手伝いに追われているのかもしれない。やがて9月になれば、普段の生活に戻れることを期待しながら。

2学期になれば夏の終わりを実感するだろうけれど、久し振りに顔を合わせた子どもたちはそれでも楽しい。でも、やがて秋の気配がしんしんと深まってくる。

昨日(8/24)、北原白秋の童謡「おむすびころりん」の詞について記したが、実のところ、その歌(曲)を聴いた覚えはない。詞だけが古い本に残されていた。

そこで、北原白秋の作詞で、実際に童謡として歌われたものを探したところ、Youtubeに登録された「里ごころ」(作詞北原白秋、作曲中山晋平など)があった。なんだか、「雛祭り」の歌のような始まりだが、賑やかさはない。夏祭りというより、秋祭りだろうか、ぽつんと取り残されたような、寂しさがやがてつのる。(ちなみに、歌詞はYoutubeの登録者の解説にある)


(Youtubeに登録の四日市 童謡愛好会に感謝)

2019年8月24日土曜日

おむすびころりん

探査機「はやぶさ2」が、小惑星「リュウグウ」に2回目のタッチダウンした際に作った<穴ぼこ>が、「おむすびころりんクレーター」と命名されたと、時事通信の記事「『おむすびころりん』と命名=りゅうぐうの人工クレーター - JAXA」(8/22)は次のように伝えている。(抜粋)
(*)記事: https://www.jiji.com/jc/article?k=2019082200920&g=soc
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宇宙航空研究開発機構(JAXA)は22日、探査機「はやぶさ2」が小惑星「りゅうぐう」表面につくった人工クレーターに「おむすびころりんクレーター」と愛称を付けたことを明らかにした。
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(本ブログ関連:”はやぶさ2”)

なお、8/22にJAXAで開催された記者説明会資料***に、「はやぶさ2」ミッションの概要が紹介されていて分かりやすい。人工クレータの命名の他に、小惑星探査に関わった半ばに逝去された技術者たちの名を冠した<岩>についても紹介されている。
(***)資料: https://fanfun.jaxa.jp/countdown/hayabusa2/press/files/20190822_hayabusa2.pdf

ところで、転がり落ちるイメージから「どんぐりころころ」の童謡を思い出すが、「おむすびころりん」の童謡は聴いた記憶がない。童話については、話を聞かされたことがあるけれど。そこで、童謡はないかと探せば、国立国会図書館デジタルコレクション**に、北原白秋の作品があった。
(**)デジタルコレクション: http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1720371

(本ブログ関連:”国立国会図書館デジタルコレクション”)

北原白秋の童謡集「国引」(帝国教育会出版部、昭和18年7月25日)の中に、「おむすびころりん」(p.66)が収録されている。以下転記する。なお、岩波書店のサイト****にも、この童謡集が転記されているので参考にした。
(****)国引: http://www.j-texts.com/hakushu/kunibikiah.html


おむすびころりん

1

おむすびころりん、
ころころりん、
ころりん、小山をころげてく。

おむすびころりん、
ころころりん、
ころりん、砂山、砂に穴。

おむすびころりん、
ころころりん、
ころりん、ころころ、穴のなか。

おむすびころりん、
ころころりん、
ころりん、ころりん、すつとんとん。

2

おむすびころりん、
ころころりん、
爺さん、おむすび投げまする。

おむすびころりん、
ころころりん、
まいにち、お山で日が暮れる。

おむすびころりん、
ころころりん、
ころりん、こんどは重箱だ。

重箱ころりん、
ころころりん、
ころりん、ころりん、すつとんとん。

爺さんころりん、
ころころりん、
ころりん、爺さん、ころげてく。

3

おむすびころりん、
ころころりん、
ころりん、ころりん、すつとんとん。

重箱ころりん、
ころころりん、
ころりん、ころりん、すつとんとん。

爺さんころりん、
ころころりん、
ころりん、ころりん、すつとんとん。

鼠の餅つき、
ころころりん、
ころりん、小山の穴のなか。

爺さんお禮よ、
ころころりん、
ころりん、黄金(こがね)も的(臼)のなか。

すつとん、すつとん、
ころころりん、
ころりん、小槌も添へてあぎよ。

4

おむすびころりん、
ころころりん、
おかげで爺さん、ほいこらさ。

婆さん、これ見な、
この小槌、
どつさり、お寶(たから)うち出そか。

爺さん婆さん、
若くなれ、
ついでに赤んぼ、飛んで出ろ。

お家も出ろ出ろ、
よいお家、
よいことづくしで、すつとんとん。

おむすびころりん、
ころころりん、
今でも、どつかで、すつとんとん。

2019年8月23日金曜日

処暑 2019、コニー・フランシス「ヴァケイション」

夏の終わりを気付かせるマイルストーン、二十四節気の「処暑」。昼間と朝夕の気温差も、このごろ当り前に受け入れるようになった。今日の午後には、外出途中、ヒンヤリした小雨がぱらついて傘の世話になったばかり。テレビのキャスターは子どもたちに、そろそろ夏休みも残りわずかといいながら、宿題はどうかと問いかける。
でも余韻はまだある。夏のゆるい気分にピッタリな「サルスベリ(百日紅)」が、民家の塀越しに気ままに花を咲かせている。

(本ブログ関連:”処暑”)

そういえば、若いころ、夏の休みにはきっといいことがあるに違いないと・・・そんなことを考えていた。コニー・フランシス(Connie Francis、1938年~)の歌「ヴァケイション(Vacation)」(日本語版)をYoutubeで聞きながら懐かしんでみよう。彼女を最初に知ったのはラジオから。甘えた歌声にいろいろ想像したものだ。

(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)


(Youtubeに登録のtengokuemakiに感謝)

2019年8月22日木曜日

ヤブランとアカメヤナギ

「自然観察園」の入り口には、いくつかに間仕切りしたボックスがあり、それぞれに、園内の季節の樹木や草花情報を印刷したリーフレットが入っている。特に「花だより」は、毎月、前半(No.1)・後半(No.2)の2回に分けて発行される。花の開花期間を考えてのことだろう。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

このところ季節の変化をしっかり感じる。日向と日影で気温の差がはっきりしてきたことだ。そんな薄曇りの今日、8月度版のNo.2「花だより」を片手に、すれ違うひともない静かな自然観察園を巡った。

ヤブランの花とアカメヤナギの幹
以前、8月初(8/2)に訪れたとき以上に「ヤブラン(藪蘭)」の淡紫色の花が咲き乱れていた。華やかさを主張しない花だが、左の写真のように、「アカメヤナギ」(マルバヤナギの別名)の樹下に群集するのを見ていると、その場がまるで「ジブリ」アニメの世界のような錯覚すら覚える。幻想的なしっとりとした色合いが美しい。

(本ブログ関連:”ヤブラン(藪蘭)”)

アカメヤナギの幹の太さとうねり具合に驚く。ヤナギ科ヤナギ属の樹木ながら、一般的な「柳」の持つ、なよとした女性的なイメージとは真反対で、力強く立つこの樹に寄り添うようにヤブランが咲いていた。

その他に観察した草花は次の通り。名前にこだわりたくなる白色の「センニンソウ」は仙界や貴種というより、身近な感じすらする地味な「つる」植物だ。目をもっと近づけると華奢で可憐。また、小さな花が茎に淡紫色の花がかたまって、数珠繋ぎするように咲く「ハッカ」は、園内を巡る板橋から覗くにはこじんまりしていた。




キツリフネの葉表
ところで先月(7/3)、「ハンゲショウ(半夏生)」の草の葉に、白い斑(ふ)がまだらに付いているのを見た。よい例えではないかもしれないが、まるで緑色の葉の上に、飛ぶ鳥がフンを落として白色に乾いた跡のようというのは言い過ぎだろうか。昔の人は、もっと洒落て、女人の白化粧なかばのイメージから「半化粧」の名を与えたものだ。

(本ブログ関連:”ハンゲショウ”)

さて今回、同じように葉の表面が変化する様を楽しんだ。やがて黄色の花を咲かす前の「キツリフネ」の葉表が、左の写真のように、葉の茎側が薄緑色して葉先に向かって緑色を増すグラディエーションが目に留まった。開花前の、キツリフネの葉の色合いの違いを見て、おもわず木漏れ日による光の魔術かと錯覚してしまうほどだった。

公園は静まり返っていて、小川で水遊びする家族連れもまれ、日を受けながら沼に掉さす釣り人もまれ。上空を飛び交う飛行機のエンジン音だけが響いていた。