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2026年9月18日金曜日

自然観察園のヒガンバナは?

暖かく晴れた昼過ぎ(2時半ごろ)、自然観察園に出かけた。ここ数日(9/159/17)、公園巡りして、何度も「ヒガンバナ」に出会っていたので、きょうは、本格的なヒガンバナの群生地がある自然観察園を訪れることにした。開花状況はどうだろうか?

多分、皆そうなのだろう、自然観察園には野草好きな人びと(一団や個人)が次々来園していた。平日なのに、大袈裟にいうと、休日・祝日なみの混みようだった。
ただし、結論をいうと、群生地の一面に咲き揃うほどではなかった…もう少し待ちたい。
ー Google検索 Labs : ここでは「例年お彼岸の時期(9月中下旬)にかけて見頃・満開へと進んでいきます」とのこと。

(本ブログ関連:”ヒガンバナ”、”巾着田”)

自然観察園および帰り道、次の観察をした。


シュウカイドウ(写真左)、アザミと蝶(写真中央)、ツリフネソウ(写真右)
・この時期、観察園の湿地帯に「シュウカイドウ(秋海棠)」が淡紅色の花を咲かせている。控えめで、陽陰にほんのりと寂しげである。まだまだ、もっと咲くはず。
・「アザミ」の花に、蝶が舞い寄って蜜を吸っていた。白色なので「モンシロチョウ」かと思ったが、Gemini に訊ねたところ、「スジグロシロチョウです。一見すると身近なモンシロチョウによく似ていますが、翅(はね)の特徴から明確に見分けることができます。」とのこと。動き・飛び回る多様な昆虫ついては、うかつに言えない。
・観察園の配布資料に記載がないので、Google画像検索で確認したところ、「ツリフネソウ」とのこと。湿地に、意外とかたまって咲いていた。本ブログを見返せば、ヒガンバナとセットで記述しているのに気付く。

(本ブログ関連:”ツリフネソウ”)



ヒガンバナ(群生地)
・本日の主題、「ヒガンバナ」の群生地の様子は、上述の通りで、もう少し時期を待ちたい。



サギ(小さなダイサギか?)
・自然観察園からの帰り道、そばを流れる小川に小型の白サギが1羽いた(いつもは2羽一緒にいるのだが)。離れた場所にもう1羽見つけた・・・こちらは足の指先までしっかり観察できた、すべて黒色だった。ということは、「コサギ」ではない。
・そこで、Gemini に確認してもらったところ、次の回答を得た。
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・くちばしが全体的に鮮やかな黄色(オレンジがかった黄色)で、脚(跗蹠)が黒い特徴が見られます。また、口角の切れ込みが目の後ろまで深く伸びていることから、ダイサギ(冬羽、あるいは幼鳥・亜成鳥)で間違いありません
・結論から申し上げますと、ご覧になった鳥は「ダイサギ」または中型サギの「チュウサギ」の可能性がありますが、ダイサギの子ども(幼鳥)」という推測は非常に的を射ています
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(Gemini)戦後日本の好景気・不景気

戦後日本の知られる代表的な「好景気」・「不景気」を Gemini にまとめてもらった。
なかでも、「ドッジライン不況」についてよく知らない。

景気の良いときに、評論家は経営者に「投資」しないのは、馬鹿と言い切ったものだ。今は、若者に小銭投資を誘っている。

戦後日本の好景気
好景気の名称時期ネーミングの由来特徴
特需景気1950〜1953年通称(自然発生)朝鮮戦争にともなう米軍の物資調達(朝鮮特需)に由来。
神武景気1954〜1957年経済企画庁:経済白書昭和31年版『経済白書』の「もはや戦後ではない」という一節と、「神武天皇以来の好景気」との表現から定着。
岩戸景気1958〜1961年週刊サンケイ1958年、週刊誌『週刊サンケイ』の公募企画により、神武景気を上回る景気として「天の岩戸」伝説から命名。
オリンピック景気1962〜1964年マスメディア全般1964年の東京オリンピックに向けたインフラ整備(新幹線・高速道路)やテレビ需要に由来。
いざなぎ景気1965〜1970年マスコミ・経済企画庁岩戸景気を超える大景気となったため、岩戸より前の「国生み神話(伊邪那岐命)」に由来して報道され定着。→ 3C生活普及、GNP2位
列島改造ブーム1972〜1973年田中角栄 内閣総理大臣田中角栄著の『日本列島改造論』および内閣の目玉政策名から報道等で定着。
バブル景気1986〜1991年経済学者・マスコミ1980年代後半の英『The Economist』誌などの「Bubble Economy」報道や、日本の経済学者・メディアの表現から定着。
いざなみ景気2002〜2008年経済学者(宮崎勇 等)いざなぎ景気の期間を超えたことから、ペアとなる神(伊邪那美命)の名をとって経済学者やメディアが命名(公式名称は「第14循環」)。


戦後日本の不景気
不景気の名称時期ネーミングの由来主な原因・特徴
ドッジ・ライン不況(ドッジショック)1949〜1950年ジョゼフ・ドッジ(GHQ顧問)財政金融緊縮政策(ドッジ・ライン)の名に由来。インフレ抑制のための強烈な金融引き締めによるデフレ不況(朝鮮特需で回復)。
なべ底不況1957〜1958年経済企画庁・マスコミ:景気底打ち後、なべ底を這うような長引く停滞の予想から命名。神武景気の反動と国際収支悪化に伴う金融引き締め。実際には予想より早く脱出した。
昭和40年不況
(証券不況)
1964〜1965年昭和40年 マスコミ:証券会社の経営危機が相次いだことに由来。オリンピック景気後の設備過剰。山一證券への日本銀行による特別融資(日銀特融)を実施。
オイルショック不況
第1次・第2次)
1973〜1975年
1979〜1980年
マスメディア全般中東戦争にともなう原油価格の高騰(石油危機)に由来。トイレットペーパー騒動や物価高騰(狂乱物価)が発生し、戦後初の「マイナス成長」を記録。
→ 1950年代来の高度経済成長終焉
円高不況1985〜1986年経済学者・マスコミ:プラザ合意後の急激な円高に由来。輸出企業が打撃を受けたが、この対策として行われた低金利政策がのちの「バブル景気」を誘発。
バブル崩壊不況
(平成不況)
1991〜1995年マスメディア・経済学者:バブル経済の崩壊、および元号(平成)に由来。金融引き締めと地価抑制策により資産価格が急落。不良債権問題が生じ、長期停滞へ突入。
→ 日本経済の「成長神話」崩壊
金融危機
(失われた10年)
1997〜1998年マスメディア・金融業界:山一證券日本長期信用銀行などの相次ぐ破綻・金融危機に由来。消費税増税(3%→5%)と金融機関の破綻が重なり、深刻な貸しはがしと景気後退が発生。
リーマン・ショック2008〜2009年米・リーマン・ブラザーズ米投資銀行の経営破綻を端緒とする世界金融危機に由来。世界的な金融危機により日本の輸出需要が蒸発。戦後最悪レベルのGDP落ち込みを記録。

● 「就職氷河期」
日本の大卒の就職不況は、バブル経済が崩壊した後の1993年卒(1992年後半からの就活)から、一般的に1993年頃から、2004 - 2005年頃までの約10年間。
ー 就職氷河期世代:2026年現在、40代~50代。

●「失われた30年」
1990年代初頭のバブル経済崩壊(1991年頃)から、2020代前半までの約30年間。