今秋期のイディッシュ語教室は、イディッシュ語だけで進める講義スタイルに一新され、正直、前回まで戸惑っていた。今回、不思議なことに少し慣れてきたような気がした。たまたま今回だけがそうだったのか、それとも一歩前進したのか・・・。
(先生がそのためいろいろと工夫されていたことを、このブログを書くとき、はたと気付くのであります)
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日も《נאָר אין ייִדיש (only in Yiddish)》、二つのダイアログを元に、クラスメイトが互いに学習「言語名」や出身「国名」をリストから適宜選んでロ-ルプレイ(対話練習)した。
① どんな外国語を学んでいますか?
② 出身はどちらの国ですか?
宿題に、イディッシュ文化に関わる小説家、画家などのリストが与えられ、それらの人物について調べるという課題が課せられたが、けっこう大変そうだ。例えば、誕生した場所(国)と没した場所(国)・・・時代によって領土や国名が、現在のものと必ずしも一致しないこともあって・・・。
新鮮な気分で一歩を進めよう。
2018年10月25日木曜日
2018年10月24日水曜日
イ・ソンヒ「(映画)『完璧な他人』を見てきました」
イ・ソンヒが、23日午後、映画「完璧な他人(완벽한 타인)」のVIP試写会で写真撮影に応じたと、中央日報掲載の日刊スポーツの記事「イ・ソンヒ『完璧な他人を見てきました』」(10/23、パク・セワン記者)は、写真と共に次のように報じている。
なお、同映画には、イ・ソンヒと同じ事務所「フックエンターテインメント」所属の俳優イ・ソジンが出演しているとのこと。
(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”、”イ・ソジン”)
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歌手イ・ソンヒが、23日午後、ソウル松坡区新川洞のロッテ・シネマワールドタワー店で開かれた映画「完璧な他人」のVIP試写会に参加してフォトタイム*を持っている。
(*フォトタイム:韓国では「フォトウォールの前に立つ」と呼んだりする)
映画「完璧な他人」は、完璧に見えるカップルの集まりで、限られた時間中に携帯電話に来る電話、メール、カカオトークを強制的に公開しなければならないゲームのせいで起こる予期できない話を描く。来る10月31日に公開。
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ところで、「完璧(완벽)」という言葉は、日本語より語感の幅が広いようだ。例えば、「完璧に見えるカップル」なんていったら、道徳的にもしっかりしたように思われるが。「本物に見えるカップル」と置き換えられるかもしれない。映画ではどんなカップルなのだろう。
街の人混みですれ違っても、なかなか気付きにくいイ・ソンヒの普通さらしさがうかがえる、彼女らしいファッションだ。
なお、同映画には、イ・ソンヒと同じ事務所「フックエンターテインメント」所属の俳優イ・ソジンが出演しているとのこと。
(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”、”イ・ソジン”)
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| Link:韓国「日刊スポーツ」より |
歌手イ・ソンヒが、23日午後、ソウル松坡区新川洞のロッテ・シネマワールドタワー店で開かれた映画「完璧な他人」のVIP試写会に参加してフォトタイム*を持っている。
(*フォトタイム:韓国では「フォトウォールの前に立つ」と呼んだりする)
映画「完璧な他人」は、完璧に見えるカップルの集まりで、限られた時間中に携帯電話に来る電話、メール、カカオトークを強制的に公開しなければならないゲームのせいで起こる予期できない話を描く。来る10月31日に公開。
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ところで、「完璧(완벽)」という言葉は、日本語より語感の幅が広いようだ。例えば、「完璧に見えるカップル」なんていったら、道徳的にもしっかりしたように思われるが。「本物に見えるカップル」と置き換えられるかもしれない。映画ではどんなカップルなのだろう。
街の人混みですれ違っても、なかなか気付きにくいイ・ソンヒの普通さらしさがうかがえる、彼女らしいファッションだ。
2018年10月23日火曜日
霜降 2018
夜道の空を見上げれば、うっすらと白い雲が浮かんでいるのが見える。雲間から深い群青色の天空が覗き、雲に隠れた月齢14.0の月のせいか夜空が妙に明るい。昼の雨跡はすっかり乾いて路面に痕跡はないが、民家の塀の下にわずかに湿りが残るくらい。
今日は二十四節気の「霜降(そうこう)」だが、雨曇りのおかげで<霜>も<木枯らし>も気配がない。かえって、夜になって暖まっている・・・15℃+α だが。(それ以上になるかもしれない)
(本ブログ関連:”霜降”)
このまま行けば、明早朝に最低気温になるだろう。
先々週と先週のイディッシュ語教室の板書情報をクラスメイトからいただいたのを読み直している。授業時にしっかり(?)聞いていたつもりだったのに・・・と反省しきり。
今日は二十四節気の「霜降(そうこう)」だが、雨曇りのおかげで<霜>も<木枯らし>も気配がない。かえって、夜になって暖まっている・・・15℃+α だが。(それ以上になるかもしれない)
(本ブログ関連:”霜降”)
このまま行けば、明早朝に最低気温になるだろう。
先々週と先週のイディッシュ語教室の板書情報をクラスメイトからいただいたのを読み直している。授業時にしっかり(?)聞いていたつもりだったのに・・・と反省しきり。
2018年10月22日月曜日
(雑談)タコ焼
世のなかにインスタグラムという写真共有(見せ合い)のサービスがあって、自慢の画像を登録するという・・・インスタグラムもfacebookもTwitterも満足に使いこなせない、時代遅れのおじさんはついついひがみ口調になる。
今日のプライベートで、写真にして載せるようなものがあるだろうかと考えた。
韓国語会話教室の帰り道、いつも気になっていたタコ焼き屋があってフラフラと寄ってみた。今晩は寒い、なにしろジャケットの下に、薄手のセーターを着こんで出かけたほどだ。だから熱いタコ焼きでも口にしたいと思った。
若い二人連れの先客があって、買って直ぐに店先で食べ始め、楽しげに熱い熱いを連発しながら去っていった。私の分ができあがるのを待っ間、タコ焼き屋の主人が「マヨネーズをかけますか」と聞いた。マヨネーズ好き(マヨラー)であるが、タコ焼きはソース味だけでよく、マヨネーズはおろか青海苔もいらない。当然、いらないと応えた。
さて、焼きあがったタコ焼きを入れ物に並べながら、主人はいつもの段取りなのだろう、一列分にマヨネーズをかけ始めたのだ。あっと声をあげると、主人も気付いて取りやめた。後は、取りつくろうような雑談をするしかない。
「マヨネーズって、いつごろからタコ焼きにかけるようになったんですかねえ」とたずねた。
主人が、「最近、若い人はマヨネーズをかけるんですよ」と正解にもならぬ応えをした。
冷えた夜道を帰宅して、直ぐに興味しんしん口にした。大味だった。何かが足りない・・・そう、冷えて熱っちっちという楽しみを抜かしていたのだ。次回は、電子レンジで温めて口にすることにしよう。
今日のプライベートで、写真にして載せるようなものがあるだろうかと考えた。
韓国語会話教室の帰り道、いつも気になっていたタコ焼き屋があってフラフラと寄ってみた。今晩は寒い、なにしろジャケットの下に、薄手のセーターを着こんで出かけたほどだ。だから熱いタコ焼きでも口にしたいと思った。
若い二人連れの先客があって、買って直ぐに店先で食べ始め、楽しげに熱い熱いを連発しながら去っていった。私の分ができあがるのを待っ間、タコ焼き屋の主人が「マヨネーズをかけますか」と聞いた。マヨネーズ好き(マヨラー)であるが、タコ焼きはソース味だけでよく、マヨネーズはおろか青海苔もいらない。当然、いらないと応えた。
さて、焼きあがったタコ焼きを入れ物に並べながら、主人はいつもの段取りなのだろう、一列分にマヨネーズをかけ始めたのだ。あっと声をあげると、主人も気付いて取りやめた。後は、取りつくろうような雑談をするしかない。
「マヨネーズって、いつごろからタコ焼きにかけるようになったんですかねえ」とたずねた。
主人が、「最近、若い人はマヨネーズをかけるんですよ」と正解にもならぬ応えをした。
冷えた夜道を帰宅して、直ぐに興味しんしん口にした。大味だった。何かが足りない・・・そう、冷えて熱っちっちという楽しみを抜かしていたのだ。次回は、電子レンジで温めて口にすることにしよう。
2018年10月21日日曜日
(雑談)役者さんが分からない
最近、テレビや映画の役者さんたちが誰だか分からない(テレビと映画の境界も分からないのだが)。役者が分からないから、ドラマを見ない。
テレビのニュース番組の後、そのまま放っていると、ドラマやお笑い番組に変わっていることがある。ちらりと見て、登場する若い役者や芸人さんたちの顔が識別できないでいる。
特に、若い男の役者やミュージシャンが、前髪を眉毛の処までたらしているのに閉口する。ただでさえ顔の判断に苦心しているのに、前髪の隙間から世界を覗いているような姿は、おじさんにとって相当きつい。フードを被ったファッションと似て、防衛意識が強いのではないかと案じる。もちろん何度も出演していれば気付くだろうけれど。
昔、新人だった役者が、今では(中高生くらいの)子の親役を演じている。達者だった役者は、既に老人役をこなしている。同世代の役者が気掛かり。なにしろ、子ども時代に見慣れた役者はほぼいなくなっているのだから。
話はそれるが、聊斎志異とか百物語のような古い怪異話に、最近妙に馴染んでいる。短くて奇妙な、それもほとんど伝聞である。以前は、陳腐でだらだらと続く感がしたが、今となっては、ひとつひとつ味わいがあり捨てがたいのだ。作り込んだというより、伝承に近ければ近いほど、人の心に触れたのであろう共感を感じるようになった。
若い人が分からなくなった分、古い話に通じてきたようだ。
テレビのニュース番組の後、そのまま放っていると、ドラマやお笑い番組に変わっていることがある。ちらりと見て、登場する若い役者や芸人さんたちの顔が識別できないでいる。
特に、若い男の役者やミュージシャンが、前髪を眉毛の処までたらしているのに閉口する。ただでさえ顔の判断に苦心しているのに、前髪の隙間から世界を覗いているような姿は、おじさんにとって相当きつい。フードを被ったファッションと似て、防衛意識が強いのではないかと案じる。もちろん何度も出演していれば気付くだろうけれど。
昔、新人だった役者が、今では(中高生くらいの)子の親役を演じている。達者だった役者は、既に老人役をこなしている。同世代の役者が気掛かり。なにしろ、子ども時代に見慣れた役者はほぼいなくなっているのだから。
話はそれるが、聊斎志異とか百物語のような古い怪異話に、最近妙に馴染んでいる。短くて奇妙な、それもほとんど伝聞である。以前は、陳腐でだらだらと続く感がしたが、今となっては、ひとつひとつ味わいがあり捨てがたいのだ。作り込んだというより、伝承に近ければ近いほど、人の心に触れたのであろう共感を感じるようになった。
若い人が分からなくなった分、古い話に通じてきたようだ。
2018年10月20日土曜日
ジェットストリーム
昔、音楽はLPレコードジャケットで手にすることができた。その中に音盤ともいうべきレコード盤と一緒に、収録曲の歌詞プリントが収められていた。LPレコードはサイズが大きいので、ジャケットの表面にはアルバムを表象するデザインが描かれ、裏面には音楽評論として、作家、アーティスト、制作などの解説が印刷されていた。極めて充実していた。(その文化は、CD化により薄れ、ネット配信によって雲散してしまったようだ)
昔の音楽には形があった。聞き流すだけの消費物ではなかった。手にとることができる存在だったのだ。だから、当時のラジオやFMから流れる音楽にも、レコード盤と同じ感蝕を感じることができた。
一昨昨日のブログ(10/17)に、飛行機趣味の懐旧として音楽の話題に触れた。ヒンヤリした成層圏を飛翔するような、対流圏の雲を突き抜けるダイナミックな感蝕をイメージしてくれる音楽はいいものだ。
学生時代の深夜に聞いたFM音楽番組「ジェットストリーム」は、レコードに通じる(アナログで連鎖する)感蝕を持っていた。部屋をちょいと薄暗くすれば、夜の上空を飛ぶ客室の気分にさせてくれた。(もちろん、当時旅客機に搭乗したことはなかったのに)
(本ブログ関連:”ジェットストリーム”)
(Youtubeに登録のkaji274133に感謝)
昔の音楽には形があった。聞き流すだけの消費物ではなかった。手にとることができる存在だったのだ。だから、当時のラジオやFMから流れる音楽にも、レコード盤と同じ感蝕を感じることができた。
一昨昨日のブログ(10/17)に、飛行機趣味の懐旧として音楽の話題に触れた。ヒンヤリした成層圏を飛翔するような、対流圏の雲を突き抜けるダイナミックな感蝕をイメージしてくれる音楽はいいものだ。
学生時代の深夜に聞いたFM音楽番組「ジェットストリーム」は、レコードに通じる(アナログで連鎖する)感蝕を持っていた。部屋をちょいと薄暗くすれば、夜の上空を飛ぶ客室の気分にさせてくれた。(もちろん、当時旅客機に搭乗したことはなかったのに)
(本ブログ関連:”ジェットストリーム”)
(Youtubeに登録のkaji274133に感謝)
2018年10月19日金曜日
イ・ソンヒのコンサート〈Climax〉チケットを日本で購入したら
イ・ソンヒのコンサート<Climax>チケットを、ネット上の日本語表記の斡旋業者から購入したらどれくらいかかるだろうか。今まで、そのような日本語表記の業者を知らなかった(探せばあったかもしれないが)。
ネットに日本語表記で斡旋しているもの(ワールドワイドな業者)があったので、韓国内チケットサイト(melon)と、イ・ソンヒの「釜山コンサートのステージ前VIP席」について比較してみたところ次のようだった。
・韓国内のチケットサイト: 154,000ウォン (約 15,400円)
・日本語表記のチケットサイト: 51,000円くらい
いろいろ事情があってそうなのか、中高年に人気な歌手だから気にしないという方もいるかもしれないが、日本語表記では随分と膨らんでいるように見える。
ところで、イ・ソンヒのコンサートチケット代は、現地で10年前と比べると約1.3倍くらいになっているような気がする。こちらは当り前か。
イ・ソンヒのコンサート<Climax>スケジュール
2018年
ソウル : 6/29~7/1 올림픽공원
----------------------
米国CA: 8/11 Pechanga Resort & Casino
----------------------
水原: 9/8~9/9 수원 실내체육관
大邸: 9/29 대구 엑스코(EXCO)
仁川: 10/20 인천 남동체육관
大田: 11/3~11/4 대전 무역전시관
高陽: 12/1 일산 킨텍스(KINTEX)
清州: 12/15~16 청주대 석우문화체육관
光州: 12/29 광주여대 유니버시아드 체육관
2019年
蔚山: 1/12~13 울산동천체육관
釜山: 2/9 부산 벡스코(BEXCO)
----------------------
ネットに日本語表記で斡旋しているもの(ワールドワイドな業者)があったので、韓国内チケットサイト(melon)と、イ・ソンヒの「釜山コンサートのステージ前VIP席」について比較してみたところ次のようだった。
・韓国内のチケットサイト: 154,000ウォン (約 15,400円)
・日本語表記のチケットサイト: 51,000円くらい
いろいろ事情があってそうなのか、中高年に人気な歌手だから気にしないという方もいるかもしれないが、日本語表記では随分と膨らんでいるように見える。
ところで、イ・ソンヒのコンサートチケット代は、現地で10年前と比べると約1.3倍くらいになっているような気がする。こちらは当り前か。
イ・ソンヒのコンサート<Climax>スケジュール
2018年
ソウル : 6/29~7/1 올림픽공원
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米国CA: 8/11 Pechanga Resort & Casino
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水原: 9/8~9/9 수원 실내체육관
大邸: 9/29 대구 엑스코(EXCO)
仁川: 10/20 인천 남동체육관
大田: 11/3~11/4 대전 무역전시관
高陽: 12/1 일산 킨텍스(KINTEX)
清州: 12/15~16 청주대 석우문화체육관
光州: 12/29 광주여대 유니버시아드 체육관
2019年
蔚山: 1/12~13 울산동천체육관
釜山: 2/9 부산 벡스코(BEXCO)
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2018年10月18日木曜日
Yiddish語 2018秋-3
イディッシュ語に初めて関心を持ったのは、文字の面白さだった。ヘブライ文字という、これまで縁もゆかりもない字形に吸い寄せられたわけで。しかも、ヘブライ文字の音を借りてドイツ語に似た表現があって、(学生時代の経験から)遠いようで近いようで・・・で、やってみようかなということになった。
でも、最初からイディッシュ文の読み取り、単語の発音に関心が向かい、ヘブライ文字の一文字一文字の名称をおろそかにして忘れていた。
今日の授業(נאָר אין ייִדיש)は、ユダヤ人と日本人が自己紹介するとき、(一般的に)日本人の名前はどうやらユダヤ人に聞き取りにくいようで、ヘブライ文字(アレフベイス)で説明する会話練習だ。・・・ヘブライ文字の名を知らなきゃ話にならない。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
先生から、さらに有名なイディッシュ語作家・詩人たちのフルネーム(筆記体)を書いたカードが配られ、同様の練習をした。
יצחק לײב פּרץ や、 יצחק בת־שבֿעס זינגער や、 שלום עליכם などあったけれど・・・。
そして、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」の文章から、ディクテーション練習したりした。
今秋期から参加の新受講者は、これら練習をちゃんとこなしている。一体どういう経験を持った方々なんでしょうね。凄い!
でも、最初からイディッシュ文の読み取り、単語の発音に関心が向かい、ヘブライ文字の一文字一文字の名称をおろそかにして忘れていた。
今日の授業(נאָר אין ייִדיש)は、ユダヤ人と日本人が自己紹介するとき、(一般的に)日本人の名前はどうやらユダヤ人に聞き取りにくいようで、ヘブライ文字(アレフベイス)で説明する会話練習だ。・・・ヘブライ文字の名を知らなきゃ話にならない。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
先生から、さらに有名なイディッシュ語作家・詩人たちのフルネーム(筆記体)を書いたカードが配られ、同様の練習をした。
יצחק לײב פּרץ や、 יצחק בת־שבֿעס זינגער や、 שלום עליכם などあったけれど・・・。
そして、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」の文章から、ディクテーション練習したりした。
今秋期から参加の新受講者は、これら練習をちゃんとこなしている。一体どういう経験を持った方々なんでしょうね。凄い!
2018年10月17日水曜日
エディット・ピアフの「私は決して後悔しない」
特に中高年の男の悩みに、自分の時間の処し方という問題がある。その回答に、子ども時代の趣味に戻ってはというものがある。私の場合、鉱物趣味は従兄にもらった鉱物標本の記憶からだし、飛行機趣味は航空雑誌を愛読した経験からだ。
(本ブログ関連:”鉱物”、”飛行機”)
飛行機について、最近、写真と情報が豊富な旅客機雑誌「AIRLINE」が手放せないのだが、重量感があって読むのに手が疲れるようになった。今は、子ども時代の夢だったパイロットになりたいわけではない(可能な歳でもない)、むしろエアラインに関わるさまざまな人々の姿が見えてくる楽しさに気付いてきたわけ。
さて、飛行機の音楽といえばワグナーの「ワルキューレの騎行」を思い出すが、インテリ層に偏見もあり・・・最近はそうでもないかなと思ってYoutubeで検索したら、未だ怪しい。旅客機の場合、深夜のFM放送「ジェットストリーム」で聞いた、城達也の語りとオープニング曲「ミスター・ロンリー」だろう。まるで夜の成層圏を飛行しているような透明感があった。
そんなわけで、以前、飛行機模型にも関心を向けてYoutubeを巡っていたら、(まるで模型機に人が乗っているような)超小型ジェットエンジンをつけた単座短翼機があり、先日(3/27)のブログに記した。その映像に流れた曲が、エディット・ピアフ(Edith Piaf )の「水に流して」(原題:”Non, je ne regrette rien”、私は決して後悔しない)だった。
エディット・ピアフは恋人を飛行機事故で亡くしたそうで、そんな因縁とは関係ないだろうが、この曲には、実に飛行機の飛翔感、躍動感を想わせる。フランス語の歌詞の意味が分からないので、ネットの解説をみれば、出会いと後悔、そしてなにより再出発を願い歌っているようだ。
(エディット・ピアフが歌う「私は決して後悔しない」)
(Youtubeに登録の”Edith Piaf”に感謝)
(本ブログ関連:”鉱物”、”飛行機”)
飛行機について、最近、写真と情報が豊富な旅客機雑誌「AIRLINE」が手放せないのだが、重量感があって読むのに手が疲れるようになった。今は、子ども時代の夢だったパイロットになりたいわけではない(可能な歳でもない)、むしろエアラインに関わるさまざまな人々の姿が見えてくる楽しさに気付いてきたわけ。
さて、飛行機の音楽といえばワグナーの「ワルキューレの騎行」を思い出すが、インテリ層に偏見もあり・・・最近はそうでもないかなと思ってYoutubeで検索したら、未だ怪しい。旅客機の場合、深夜のFM放送「ジェットストリーム」で聞いた、城達也の語りとオープニング曲「ミスター・ロンリー」だろう。まるで夜の成層圏を飛行しているような透明感があった。
そんなわけで、以前、飛行機模型にも関心を向けてYoutubeを巡っていたら、(まるで模型機に人が乗っているような)超小型ジェットエンジンをつけた単座短翼機があり、先日(3/27)のブログに記した。その映像に流れた曲が、エディット・ピアフ(Edith Piaf )の「水に流して」(原題:”Non, je ne regrette rien”、私は決して後悔しない)だった。
エディット・ピアフは恋人を飛行機事故で亡くしたそうで、そんな因縁とは関係ないだろうが、この曲には、実に飛行機の飛翔感、躍動感を想わせる。フランス語の歌詞の意味が分からないので、ネットの解説をみれば、出会いと後悔、そしてなにより再出発を願い歌っているようだ。
(エディット・ピアフが歌う「私は決して後悔しない」)
(Youtubeに登録の”Edith Piaf”に感謝)
2018年10月16日火曜日
神代植物公園 秋のバラフェスタ
今にも雨が降りそうな空の下、昼過ぎに、先日(10/8)ブログに記した神代植物公園の「秋のバラフェスタ」へ運動かたがた出かけた。公園には随分昔に行った記憶がある。今回、意外と近距離だったことに驚いた。何で気付かなかったのだろう、もったいないことをしていた。
(本ブログ関連:”バラ”、”百万本のバラ”)
バラフェスタの名の通り、「ばら園」だけでなく園内の他の場所でも、バラに関わる園芸作品が展示されていた。平日のため来園者の大方は中高年者で、ますます秋の静けさを誘うようだった。(ちなみに、5~7月にかけて「春のバラフェスタ」も開催される)
「ばら園」には、花弁が様々な色彩と姿をしたバラが植えられていた。中には、淡い黄色の「Gina Lollobrigida」という品種があった。穏やかなイメージがするが、あの女優にちなんだものだろうか。
バラの花の特有の深紅色を探したが、時期が合わなかったのか、見つけることができなかった。「秋のバラフェスタ」は、今月いっぱい開催されるので、機会をみてまた来ようかと思う。
(本ブログ関連:”バラ”、”百万本のバラ”)
バラフェスタの名の通り、「ばら園」だけでなく園内の他の場所でも、バラに関わる園芸作品が展示されていた。平日のため来園者の大方は中高年者で、ますます秋の静けさを誘うようだった。(ちなみに、5~7月にかけて「春のバラフェスタ」も開催される)
「ばら園」には、花弁が様々な色彩と姿をしたバラが植えられていた。中には、淡い黄色の「Gina Lollobrigida」という品種があった。穏やかなイメージがするが、あの女優にちなんだものだろうか。
バラの花の特有の深紅色を探したが、時期が合わなかったのか、見つけることができなかった。「秋のバラフェスタ」は、今月いっぱい開催されるので、機会をみてまた来ようかと思う。
2018年10月15日月曜日
里の秋
最近、鉱物趣味から遠ざかって、山を巡る機会が減った(ほとんど、なくなったといってもよい)。採集地の鉱山跡は山の中にあって、そこを訪ねるのに麓の山里から奥へ進む。多くの場合、採集場所の近くまで仲間の車に同乗させてもらい、その後わずかな山登りするくらい、そんな場所を選んでいた。
山の紅葉や里に下って来る秋の気配を味わう余裕もない。帰りの道筋にある、農家の軒先に干し柿がずらりと吊るされているのを見たり、路肩にコスモスやヒガンバナ(曼珠沙華)を気付くことはあっても、採集した鉱物談義に花を咲かせた。
童謡「里の秋」(作詞斎藤信夫、作曲海沼實、昭和23年(1945年発表)1948年レコード発売)を聞いてみよう。意外にも、戦後の曲だったのに驚く。帰る父を待ち続ける様子は、時間をコマ撮りするような戦後のあわただしい世相が影を落としているといったものとは違って、山里に人々の営みがあり、静かに過ぎるのをうかがっている。そんな時間が聞こえてくる。
(本ブログ関連”里の秋”)
韓国語教室の帰り、秋冷えが深まるでもない夜道で、風にのった小雨がふと気付くほど頬にあたる。小出し小出しする季節の変化に気付く。
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レコード会社の版権により、「里の秋」の音楽映像は、Youtubeにて「里の秋」で検索する必要があります・・・
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山の紅葉や里に下って来る秋の気配を味わう余裕もない。帰りの道筋にある、農家の軒先に干し柿がずらりと吊るされているのを見たり、路肩にコスモスやヒガンバナ(曼珠沙華)を気付くことはあっても、採集した鉱物談義に花を咲かせた。
童謡「里の秋」(作詞斎藤信夫、作曲海沼實、昭和23年(1945年発表)1948年レコード発売)を聞いてみよう。意外にも、戦後の曲だったのに驚く。帰る父を待ち続ける様子は、時間をコマ撮りするような戦後のあわただしい世相が影を落としているといったものとは違って、山里に人々の営みがあり、静かに過ぎるのをうかがっている。そんな時間が聞こえてくる。
(本ブログ関連”里の秋”)
韓国語教室の帰り、秋冷えが深まるでもない夜道で、風にのった小雨がふと気付くほど頬にあたる。小出し小出しする季節の変化に気付く。
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レコード会社の版権により、「里の秋」の音楽映像は、Youtubeにて「里の秋」で検索する必要があります・・・
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2018年10月14日日曜日
鉄道の日
日めくりカレンダーは、日頃気付かない記念日を教えてくれる。今日は、大正11年(1922年)に「鉄道省」により制定された由緒ある「鉄道の日」だ。たまたま外出先で見た光景にあらためて気付かされた。
地元駅の改札前に広がるコンコースに、幼児を連れた大勢の人だかりがあった。見れば、10mほどあるだろうか小さな鉄道模型レールが敷かれ、以前走っていたオレンジ色の電車模型が見えた。人混みは、この模型電車に幼稚・保育園児がまたがって乗る順番待ちのようだ。
父や母の手をしっかり握って緊張顔の幼児を乗せた模型電車は、ほんのわずかな距離だがゆっくり走る。停止して降りるとき、幼児の顔が一瞬でとけて破顔する様が可愛らしく微笑ましい。いい体験をしたことだろう。
会場を取り仕切っていたのは、(鉄道駅員のような制服を着た)高校生たちのようだ。少し離れて眺めていたため、このイベントの詳細(なぜこの街で、この駅で)は分からないが、賑やかで楽しげな空気が辺りにあふれていた。
(少し古いが懐かしいオレンジ色)
(Youtubeに登録のKENに感謝)
地元駅の改札前に広がるコンコースに、幼児を連れた大勢の人だかりがあった。見れば、10mほどあるだろうか小さな鉄道模型レールが敷かれ、以前走っていたオレンジ色の電車模型が見えた。人混みは、この模型電車に幼稚・保育園児がまたがって乗る順番待ちのようだ。
父や母の手をしっかり握って緊張顔の幼児を乗せた模型電車は、ほんのわずかな距離だがゆっくり走る。停止して降りるとき、幼児の顔が一瞬でとけて破顔する様が可愛らしく微笑ましい。いい体験をしたことだろう。
会場を取り仕切っていたのは、(鉄道駅員のような制服を着た)高校生たちのようだ。少し離れて眺めていたため、このイベントの詳細(なぜこの街で、この駅で)は分からないが、賑やかで楽しげな空気が辺りにあふれていた。
(少し古いが懐かしいオレンジ色)
(Youtubeに登録のKENに感謝)
2018年10月13日土曜日
釣瓶落とし
昼間出かけるとき、ヒンヤリした気配を感じて薄手のセーターを着ることにした。曇り空の街路は思った通り空気が冷たく、冬間近を感じた。そして帰り道(午後7時ころ)にはすっかり暗くなって、木枯らしも遠くないと思ってしまった。苦手な冷え具合に、どうも前向きになれない。
日本気象協会(tenki.jp)の記事「秋の日は釣瓶落とし 秋らしく朝晩ヒンヤリ」(白石圭子、10/13。18:32)は、深まる秋の日の短さと冷え具合について次のように報じている。(抜粋)
--------------------------------
東京の日の入り 10月下旬には午後4時台に
・この先一週間ごとにおよそ10分早くなり、東京都心では10月21日には16時59分で午後4時台になります。あっという間に日が暮れることを実感されるでしょう。夕暮れ時は上空が明るく、地面付近は暗い状態になります。
秋の夜長 広くこの時期らしい気温
・向こう一週間の最低気温は、全国的にほぼ平年並みの予想です。この時期らしく、日が暮れると空気はヒンヤリするでしょう。暖かくしてお過ごし下さい。
--------------------------------
「釣瓶落とし」の言葉から、井戸の水汲みを思い出す。子どものころ社宅にあった手押しポンプは、ハンドルを握って上下に動かして、ポンプ作用で水が汲み上げるものだった。その一つ前に、ロープで結わえた水桶(釣瓶)を井戸の水面にズリ下ろすスタイルがあった。釣瓶は、降ろすとき、まるでずり落ちるように下がっていった。釣瓶を引きあげる労力と比べてあっけないほどだった。
それほど、日暮れの速さはあっという間で、夕暮を楽しむ風情もない。日没の様を見届ける余裕もない。まるで飲み屋の閉店間際に、追い立てられる気ぜわしさだけ残る。
日本気象協会(tenki.jp)の記事「秋の日は釣瓶落とし 秋らしく朝晩ヒンヤリ」(白石圭子、10/13。18:32)は、深まる秋の日の短さと冷え具合について次のように報じている。(抜粋)
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東京の日の入り 10月下旬には午後4時台に
・この先一週間ごとにおよそ10分早くなり、東京都心では10月21日には16時59分で午後4時台になります。あっという間に日が暮れることを実感されるでしょう。夕暮れ時は上空が明るく、地面付近は暗い状態になります。
秋の夜長 広くこの時期らしい気温
・向こう一週間の最低気温は、全国的にほぼ平年並みの予想です。この時期らしく、日が暮れると空気はヒンヤリするでしょう。暖かくしてお過ごし下さい。
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「釣瓶落とし」の言葉から、井戸の水汲みを思い出す。子どものころ社宅にあった手押しポンプは、ハンドルを握って上下に動かして、ポンプ作用で水が汲み上げるものだった。その一つ前に、ロープで結わえた水桶(釣瓶)を井戸の水面にズリ下ろすスタイルがあった。釣瓶は、降ろすとき、まるでずり落ちるように下がっていった。釣瓶を引きあげる労力と比べてあっけないほどだった。
それほど、日暮れの速さはあっという間で、夕暮を楽しむ風情もない。日没の様を見届ける余裕もない。まるで飲み屋の閉店間際に、追い立てられる気ぜわしさだけ残る。
2018年10月12日金曜日
電池が切れる
このところ、年末に近づいたからか、置時計や防水ラジオの乾電池が続けて切れる。そういえば不思議と暮れになると蛍光灯ランプを取り替えたりする。一方、電子辞書の電池は長持ちせず頻繁に交換する・・・点けっ放しが多いせいか。
時計やラジオは、電池交換すればいつまでも使えて便利だ。人間に置き換えたら、電池に当るのは一体何だろう。人間は交換可能なものがない・・・これからの時代、どうなるか分からないが。自身の細胞(iPS細胞)を培養しておけば、必要なときに臓器交換(移植)ができるようになるかもしれない。
とはいえ、湧き出るようなエネルギー源を差し替えるといったイメージがない。結局、頭(脳)を替えたら自身でないし、自分であり続けようとしたら、凝り固まった脳みそを使い続けねばならないし・・・。
今から、(朝の洗面所に置いている)防水ラジオの電池交換をする。四六時中聞いているわけではないのに、電池切れになると落ち着かないのだ。
時計やラジオは、電池交換すればいつまでも使えて便利だ。人間に置き換えたら、電池に当るのは一体何だろう。人間は交換可能なものがない・・・これからの時代、どうなるか分からないが。自身の細胞(iPS細胞)を培養しておけば、必要なときに臓器交換(移植)ができるようになるかもしれない。
とはいえ、湧き出るようなエネルギー源を差し替えるといったイメージがない。結局、頭(脳)を替えたら自身でないし、自分であり続けようとしたら、凝り固まった脳みそを使い続けねばならないし・・・。
今から、(朝の洗面所に置いている)防水ラジオの電池交換をする。四六時中聞いているわけではないのに、電池切れになると落ち着かないのだ。
2018年10月11日木曜日
Yiddish語 2018秋-2
或るイディッシュ語教材を勝手ながら一部コピーしたものの、コピー作業を成果と錯覚してか、そのまま放置してしまっていた。これはまずいと自覚して、しっかり製本し、いつでも使えるようにした。仕上げをごろうじろ、準備万端の心意気である。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
おかげで、教室へ通うカバンに教材をあれこれ詰め込んで膨らませてしまう。
今回も、先生はイディッシュ語だけ使って、生徒たちに自己紹介と名前の筆記を指示・質問し、生徒同士の会話練習を指導された。まるで、ייִדの教室のように、先生は休みなく次々と質問し、のんびり考えて答える余裕などなく・・・即応力を鍛えられた。
もちろん、ホワイトボードに基本単語(および対語)や語句が書かれたが、ノートに書き写す暇もない。そして、どっと疲れる・・・楽しい経験をした。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
おかげで、教室へ通うカバンに教材をあれこれ詰め込んで膨らませてしまう。
今回も、先生はイディッシュ語だけ使って、生徒たちに自己紹介と名前の筆記を指示・質問し、生徒同士の会話練習を指導された。まるで、ייִדの教室のように、先生は休みなく次々と質問し、のんびり考えて答える余裕などなく・・・即応力を鍛えられた。
もちろん、ホワイトボードに基本単語(および対語)や語句が書かれたが、ノートに書き写す暇もない。そして、どっと疲れる・・・楽しい経験をした。
2018年10月10日水曜日
レベル社のプラモデル
プラモデル作りの記憶はずっと昔のこと。タミヤがこんなに隆盛となる以前、社宅の腕白仲間から、親がアメリカ出張帰りに買ってきたというヘリコプターのプラモデルを見せてもらった。細部の細かさに驚いた、とういかアメリカの凄さを経験したといったほうがいいかもしれない。何しろNHKテレビ番組で「ハイウェイ・パトロール」が放送されていた時代だ。
その頃から飛行機模型に関心があったが、当時といえば、粗く切りだした木製の素材ぐらいしかなく、購入したもののヤスリなどで削りだすには相当根気がいった。結果は無残なもので、飛行機の断面図に合わせて器用に調整するなんてことは子どもに無理だった。
テレビで、三遊亭小金馬がマルサンのプラモデルを紹介した。子どもの小遣いで買えるものといったらマッチ箱シリーズの、今でいえば駄菓子の付録のようなものだが、子どもの目には精巧で手にする喜びを大いに感じたものだ。
(本ブログ関連:”プラモデル”)
小遣いをためては、胸をドキドキさせながら模型屋に向かった。そこは、子どもたちが飛行機や模型の知識をためるところであり、試すところでもあった。右手で飛行機雑誌を読み、左手で模型作りに励むといった具合だ。
そんなとき、アメリカ製のプラモデル(模型部品)が入った箱を見て驚いた。飛行機の姿が何と美しく描かれているのだろう。機体の光沢が何と流麗なことだろう。箱に耳を当てればエンジン音が聞こえてくるようだった。レベル(Revell)社の箱絵の作者が誰だったのか、関心が及ばなかったが、何度も箱絵を見ては買い求めた。捨ててしまった箱の、絵の部分だけでも切り取っておけばと今も悔やむ。
当時、480円だったかと思う。今の価値にすれば、5~6倍になるかもしれない。考えてみれば、(子どもには)相当な値段だったわけだが、欲しい一心で小遣いをためた。
その頃から飛行機模型に関心があったが、当時といえば、粗く切りだした木製の素材ぐらいしかなく、購入したもののヤスリなどで削りだすには相当根気がいった。結果は無残なもので、飛行機の断面図に合わせて器用に調整するなんてことは子どもに無理だった。
テレビで、三遊亭小金馬がマルサンのプラモデルを紹介した。子どもの小遣いで買えるものといったらマッチ箱シリーズの、今でいえば駄菓子の付録のようなものだが、子どもの目には精巧で手にする喜びを大いに感じたものだ。
(本ブログ関連:”プラモデル”)
小遣いをためては、胸をドキドキさせながら模型屋に向かった。そこは、子どもたちが飛行機や模型の知識をためるところであり、試すところでもあった。右手で飛行機雑誌を読み、左手で模型作りに励むといった具合だ。
そんなとき、アメリカ製のプラモデル(模型部品)が入った箱を見て驚いた。飛行機の姿が何と美しく描かれているのだろう。機体の光沢が何と流麗なことだろう。箱に耳を当てればエンジン音が聞こえてくるようだった。レベル(Revell)社の箱絵の作者が誰だったのか、関心が及ばなかったが、何度も箱絵を見ては買い求めた。捨ててしまった箱の、絵の部分だけでも切り取っておけばと今も悔やむ。
当時、480円だったかと思う。今の価値にすれば、5~6倍になるかもしれない。考えてみれば、(子どもには)相当な値段だったわけだが、欲しい一心で小遣いをためた。
2018年10月9日火曜日
(雑談)怪異話
山の怪異話は、都会の人間が入り込むのも稀な白神山地などの奥で、もっぱら父祖伝来の猟師集団に伝わるものの方がイマジネーションを高める。ブログで何度か紹介した「山怪」もそうだが、具体的に伝承者の所在と氏名が語られる。
(本ブログ関連:”山怪”)
これは、怪異話に定則で、古い中国であれ、江戸の市街であれ、主人公たちの所在(あるいは出身地)や名から始まる。しかも、その人物が知られた必要はない。ただ、固有名が語られることで具体的風味を持つことができる。その後に続く話題に信憑性を増すというものだ。
原話に具体的なものを付け替えすることで、時代や場所を超えた様々なバリエーションを生み出すことにもなるだろう。
歴史家ホイジンガだったか、ある市民が戦場と化した都市の被害状況を克明に記したものを紹介している。随所の死者数が何千何百何十何人と事細かに記録しているのだが、一市民が果たしてそんな実測が可能かよりも、そのような数字の確からしさから、一定の心理的なもの(信頼)を感じるようだ。
その場に居合わせた訳でもない話を聞くとき、私たちは一定の準備(身構え)が必要のようだ。怪異であれ、歴史的事件であれ、確からしさを示唆するようなものがあれば、それで十分なのだろう。どうやら容易にそんな術中にはまってしまうようだ。
(本ブログ関連:”山怪”)
これは、怪異話に定則で、古い中国であれ、江戸の市街であれ、主人公たちの所在(あるいは出身地)や名から始まる。しかも、その人物が知られた必要はない。ただ、固有名が語られることで具体的風味を持つことができる。その後に続く話題に信憑性を増すというものだ。
原話に具体的なものを付け替えすることで、時代や場所を超えた様々なバリエーションを生み出すことにもなるだろう。
歴史家ホイジンガだったか、ある市民が戦場と化した都市の被害状況を克明に記したものを紹介している。随所の死者数が何千何百何十何人と事細かに記録しているのだが、一市民が果たしてそんな実測が可能かよりも、そのような数字の確からしさから、一定の心理的なもの(信頼)を感じるようだ。
その場に居合わせた訳でもない話を聞くとき、私たちは一定の準備(身構え)が必要のようだ。怪異であれ、歴史的事件であれ、確からしさを示唆するようなものがあれば、それで十分なのだろう。どうやら容易にそんな術中にはまってしまうようだ。
2018年10月8日月曜日
イ・ソンヒの「バラ」
秋になると「バラ」の花が気になる。特にバラ園には落ち着いたかがやきと色彩があり、香りが漂って来る気配がする。
今日は「体育の日」の祝日(また、二十四節気の「寒露」でもある)。韓国語会話は休講となったが、この時期の通い道に、バラの花が塀越しに覗く庭園があった。足を止めてよくよく見れば、後で気づいたことだが、実は庭園墓地だったわけだ。ここに墓を予約したという人の話を聞くことがあり、なるほどとうなづいてしまった。
(本ブログ関連:”体育の日”、”寒露”)
バラに関心があるのは、どちらかといえば中高年の女性のような気がする。ガーデニングが流行り出す以前からの本格定番だが、長く栽培するのは難しく、公園などのバラ園を一団で巡り鑑賞するのが多いかもしれない。明後日(10/10)から、「神代植物公園 秋のバラフェスタ」が始まるという。私にしたら、深大寺のイメージに「深大寺そば(蕎麦)」と「深大寺城」跡があるが・・・。
イ・ソンヒの13集所収に「バラ(장미)」(作詞・作曲イ・ソンヒ、2005年)がある。韓国では、花の人気のトップがバラという。いずれのアンケート調査からそのようで、なぜそうなのか知りたいところだ。彼らに「むくげの花」に対する主義もあれば、「さくら」に対する主張もあるが不思議な感じがする。
(本ブログ関連:”バラ”、”百万本のバラ”)
以前、ブログで紹介させていただいたことだが、東亜日報(donga.com)の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(2011年10月10日)に、大衆音楽評論家のカンホンが、イ・ソンヒの「バラ」について次のように記した部分がある。(抜粋)
----------------------------------------------
・イ・ソンヒという名前は、栄光と絶望が交差する韓国女性ミュージシャンの歴史の巨大な注釈点のようだ。1994年9集の興行惨敗は、彼女の音楽履歴で最も危機だったにもかかわらず、彼女は決して挫折しないで、「因縁」と「バラ」という傑作を作ったシンガーソングライターとして、そして、成熟した女性に衣替えした2005年の傑作「四春期」(13集)のアルバムを、私たちの手に抱かせてくれた。
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あなたにバラを渡す
その赤い香気、あなたに伝える
私を忘れて眠る夜に
あなたの部屋いっぱいに、バラの花の香気が広がるまで
私たちの愛で生きよう
短い生涯を、夢見るようにしよう
二度と来ないこの瞬間に
愛する時間は、あまりあるではないか
一瞬としても、およばぬとしても
その喜びにひたってみるべきでないか
生きてみて、胸がときめく
時が多くないことを、よく知っているから
その先が痛みだとしても
両の手を広げて、あなたを抱こう
愛しよう
生きてみて
私たち二つの心、熱くなろう
______________
あなたに口づけしたい
ああ、その唇はどれほどうっとりするだろうか
太陽の下、柔らかな花びら
さらに赤く染まっていくのね
愛と憎しみの両方を持って
風の最後にあなたのすべてを預けて
大きくなっていくあなたの熱望は
遥かその昔の、草原を描いているのか
その先が痛みだとしても
美しく咲いたのね
風に触れて
花びらが散るとても
そのこころは、熱く咲いて散る
(Youtubeに登録のMusic maniaに感謝)
今日は「体育の日」の祝日(また、二十四節気の「寒露」でもある)。韓国語会話は休講となったが、この時期の通い道に、バラの花が塀越しに覗く庭園があった。足を止めてよくよく見れば、後で気づいたことだが、実は庭園墓地だったわけだ。ここに墓を予約したという人の話を聞くことがあり、なるほどとうなづいてしまった。
(本ブログ関連:”体育の日”、”寒露”)
バラに関心があるのは、どちらかといえば中高年の女性のような気がする。ガーデニングが流行り出す以前からの本格定番だが、長く栽培するのは難しく、公園などのバラ園を一団で巡り鑑賞するのが多いかもしれない。明後日(10/10)から、「神代植物公園 秋のバラフェスタ」が始まるという。私にしたら、深大寺のイメージに「深大寺そば(蕎麦)」と「深大寺城」跡があるが・・・。
イ・ソンヒの13集所収に「バラ(장미)」(作詞・作曲イ・ソンヒ、2005年)がある。韓国では、花の人気のトップがバラという。いずれのアンケート調査からそのようで、なぜそうなのか知りたいところだ。彼らに「むくげの花」に対する主義もあれば、「さくら」に対する主張もあるが不思議な感じがする。
(本ブログ関連:”バラ”、”百万本のバラ”)
以前、ブログで紹介させていただいたことだが、東亜日報(donga.com)の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(2011年10月10日)に、大衆音楽評論家のカンホンが、イ・ソンヒの「バラ」について次のように記した部分がある。(抜粋)
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・イ・ソンヒという名前は、栄光と絶望が交差する韓国女性ミュージシャンの歴史の巨大な注釈点のようだ。1994年9集の興行惨敗は、彼女の音楽履歴で最も危機だったにもかかわらず、彼女は決して挫折しないで、「因縁」と「バラ」という傑作を作ったシンガーソングライターとして、そして、成熟した女性に衣替えした2005年の傑作「四春期」(13集)のアルバムを、私たちの手に抱かせてくれた。
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あなたにバラを渡す
その赤い香気、あなたに伝える
私を忘れて眠る夜に
あなたの部屋いっぱいに、バラの花の香気が広がるまで
私たちの愛で生きよう
短い生涯を、夢見るようにしよう
二度と来ないこの瞬間に
愛する時間は、あまりあるではないか
一瞬としても、およばぬとしても
その喜びにひたってみるべきでないか
生きてみて、胸がときめく
時が多くないことを、よく知っているから
その先が痛みだとしても
両の手を広げて、あなたを抱こう
愛しよう
生きてみて
私たち二つの心、熱くなろう
______________
あなたに口づけしたい
ああ、その唇はどれほどうっとりするだろうか
太陽の下、柔らかな花びら
さらに赤く染まっていくのね
愛と憎しみの両方を持って
風の最後にあなたのすべてを預けて
大きくなっていくあなたの熱望は
遥かその昔の、草原を描いているのか
その先が痛みだとしても
美しく咲いたのね
風に触れて
花びらが散るとても
そのこころは、熱く咲いて散る
(Youtubeに登録のMusic maniaに感謝)
2018年10月7日日曜日
台風の影響か、公園の倒木
昼過ぎに近くの公園へ出かけた。ピリピリと焼き付ける陽射しは真夏のよう。それでいて、日陰に入れば和らぐ。「勿忘草」ならぬ「勿忘日射」か、それとも「残暑の深情け」とでもいうべきか、程度があるだろうというもの・・・。
先日(10/1)の台風(24号)の結果については、街のあちこちに余波を見た。今日の公園にも、倒木や枝が落ちたままの立入禁止ゾーンが残されていた。普段ひとびとが行き交う木立下の遊歩道周辺だけは、管理事務所も落下の危険を防ぐため、刈り込みして整理していたが。
「アカマツ」に隣立した「クヌギ」(だけ)が、樹の下側から折れて、幹の内側を曝していた。果たして、台風の強風のせいだけなのか、それとも、菌糸類が侵入して幹の内側から侵食したせいなのか、素人目には判別できないが、折れた部分に白く柔らかな塊りがいくつかあったのが気になる。
以前、菌類に犯された樹木は弱く危険なため、早めに切り倒すことにしていると聞いたことがある。
公園中央に、一見異国のような高木の「ユリノキ」が連なる木立がある。ここは、洒落た光景を楽しめる場所だが、今回は違った。周りをロープが張られて、下を通ることも近寄ることも禁止されていた。
ユリノキの足元には、驚くほど枝が落ちて積み重なっていた。頭上高くの折れた枝々には手の施しようがないのかもしれない。このまましばらく放置して、様子を見ているいるようだ。
このような光景が散見されるためか、強烈な台風が通過した後の公園には、日曜日といえども思ったほど人出はなかった。
緑陰に書を親しむなんて呑気に構えて行ったはずだったが、それが、余りの惨状に呆気に取られて驚き、書を忘れて早々に引きあげた次第。
先日(10/1)の台風(24号)の結果については、街のあちこちに余波を見た。今日の公園にも、倒木や枝が落ちたままの立入禁止ゾーンが残されていた。普段ひとびとが行き交う木立下の遊歩道周辺だけは、管理事務所も落下の危険を防ぐため、刈り込みして整理していたが。
「アカマツ」に隣立した「クヌギ」(だけ)が、樹の下側から折れて、幹の内側を曝していた。果たして、台風の強風のせいだけなのか、それとも、菌糸類が侵入して幹の内側から侵食したせいなのか、素人目には判別できないが、折れた部分に白く柔らかな塊りがいくつかあったのが気になる。
以前、菌類に犯された樹木は弱く危険なため、早めに切り倒すことにしていると聞いたことがある。
公園中央に、一見異国のような高木の「ユリノキ」が連なる木立がある。ここは、洒落た光景を楽しめる場所だが、今回は違った。周りをロープが張られて、下を通ることも近寄ることも禁止されていた。
ユリノキの足元には、驚くほど枝が落ちて積み重なっていた。頭上高くの折れた枝々には手の施しようがないのかもしれない。このまましばらく放置して、様子を見ているいるようだ。
このような光景が散見されるためか、強烈な台風が通過した後の公園には、日曜日といえども思ったほど人出はなかった。
緑陰に書を親しむなんて呑気に構えて行ったはずだったが、それが、余りの惨状に呆気に取られて驚き、書を忘れて早々に引きあげた次第。
2018年10月6日土曜日
(雑談)スマホの怪
いえ、別に驚かそうっていう訳じゃないんですよ。ただ、夕方、スタディールームの窓辺が暗くなり、そろそろ引き揚げようかなと思い、カバンにいろいろ詰め込んで立ち上がって周りを見回したら、若者が三人じっと机に向かっていたんです。
それも、全員、机の上に何も置かず、ただスマホをいじっているだけで、動こうとしないんです。蝋人形のように固まった姿は異様でね。一瞬、作り物に見えました。音もたてず、身動き一つない彼らは、天井からの明かりを受けても、まるで影がないように見えたのです。
聊斎志異じゃないけれど、暗い夜道で冥土の鬼隷に出会い、デスノートでも見せられやしないかとひやひやでした。スマホはいけません。彼らは、すっかり魂を抜き取られていたのですから。
わたしは、時代に置いてけぼりされても、回りから何といわれようと、スマホが饅頭と同じくらい怖いのです。
それも、全員、机の上に何も置かず、ただスマホをいじっているだけで、動こうとしないんです。蝋人形のように固まった姿は異様でね。一瞬、作り物に見えました。音もたてず、身動き一つない彼らは、天井からの明かりを受けても、まるで影がないように見えたのです。
聊斎志異じゃないけれど、暗い夜道で冥土の鬼隷に出会い、デスノートでも見せられやしないかとひやひやでした。スマホはいけません。彼らは、すっかり魂を抜き取られていたのですから。
わたしは、時代に置いてけぼりされても、回りから何といわれようと、スマホが饅頭と同じくらい怖いのです。
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