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2018年12月7日金曜日

大雪 2018

今日は、二十四節気の「大雪(たいせつ)」。東京に雪が積もる気配はない。これまで気温は上がり下がりしてきたが、もしかしたら今日がピークかもしれない。これから先、寒さが増していくようだ。

(本ブログ関連:”大雪”)

冬になれば思い出す。長野オリンピック(第18回冬季オリンピック、1998年2月7日~22日)のフィギアスケートに出場した、「エレーナ・リアシェンコ(Олена Ляшенко)」選手のことを。当時のテレビCM映像が今も目に焼きついていて消えることがない。気品ある瞳に吸い込まれてしまった。以前、彼女のYoutube映像に触れたことがあるが、幸い残っており、今回そのままエンベッドさせていただいた。

(本ブログ関連:”エレーナ・リアシェンコ”、”フィギュアスケート”)


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2018年12月6日木曜日

Yiddish語 2018秋-10、CICALA MVTA

帰宅が遅く、今日の日付の時間切れが迫るため、あわてて記す。

イディッシュ語教室は、今秋期コースの10回目の授業を迎えた。若い人はのりしろがあって成長が見込めるが、おじさんはギリギリで学んでいるため、果たして10回に見合う進歩をしたか不安である。人一倍反省するが、努力はとことんしない・・・それで成長するものか、恥ずかしい限り。

開催年度によって、クラスメイトに若干の入れ代わりがあるため、授業が工夫されている。

今日の授業は次のよう解説された。
・動詞の過去形(英語の現在完了形に似た構造)を学ぶ。動詞の過去形には、様々変化がある。
・行事「ハヌカ」を中心に、ユダヤ教・イスラエルの年間行事について紹介される。

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

授業が終わると、そのままクラスメイト(ミュージシャン)の出演する音楽ライブ「CICALA MVTA」へ、連れ立って出かけた。一緒に出かけたクラスメイトは、ミュージシャンの音楽ジャンルに詳しくファンだそうだ。
ライブ会場は、大勢の客で埋まった。出演のクラスメイトのミュージシャンは、一人がシンガーであり、もう一人が演奏家である。今まで聴かせていただいたのは、シンガーの方を中心にした歌のライブだった。今回は、演奏家の方を中心にした演奏のものだ。

会場へ行ってこそ、ライブの強力なエネルギーに当たることができる。音楽はなかなかいいものだ。

2018年12月5日水曜日

ウォーキング教室(第2回)

先週参加した「ウォーキング教室」(全2回)の第2回目、最終回の今日は実践編として公園散歩をした。終わりがけに知ったことだが、参加者の大方は私と同世代だそうで、しかも歩きなれているようだった。それに比べて・・・。

最近、航空祭で開放された飛行場を歩き回ってくたびれ果て、以前には、グループで鉱物採集へ出かけたところ列の最後尾になったりした。そんなわけで、歳のせいと観念し始めたところだったが、今日のウォーキング教室の参加者を見れば、どっこいみな元気なのだ。もう一度、やり直してみようと心した。

講師の先生がこんなことをいわれた。いきなりウォーキングが大変なら、しばらくは自宅でストレッチングを毎日15分程度はげみ、それからウォーキングに出かけても大丈夫、とのこと。要は、毎日続ける重要さを説かれた。

最後に、こんな話も付け加えられた。「今日のウォーキングをした結果、帰宅して夕方とか明日になって足腰に痛みが出てくるなら、それはやり過ぎです」とのこと。自分に合った無理のないところから進めなさいというアドバイスだろう。張り切り過ぎはダメなのだ。

講師の先生、公民館の職員の方、イベントのスタッフのみなさんに、お世話になったこと感謝します。(この機会を得て、もう一度頑張ってみようかなと思い直した次第)

2018年12月4日火曜日

(雑談)冬だというに暖かすぎて汗をかく

服装にセンスがないというか、季節に鈍感なのかタイミングが分からない。先日の「百里基地航空祭」(12/2)見学に際してもそうだった。ブログに寒かったと感想を述べたけど、防寒の用意をしなかったのが一番大きな原因。来場客は、みな厚手の冬服を着こなしていたのに、私は思いっきり軽装だった。

今日はしっかりジャンパーに身を固めて外出した。結局、反省した。じわじわと汗をかいてきたのだ。東京の最高気温は、23.4℃(14:50)で、暖かという表現を過ぎている。全国でも、25℃越えの「夏日」が続出したそうだ(練馬も、25℃だったという)。

旧暦の今日は10月27日。10月を「小春」といい、そんな寒い中でも暖かな日和を「小春日和」と呼ぶ。この言葉のイメージから、穏やかな陽射しに心がほっと和む感がするけれど、今日は「春」を越えて「夏」へと飛んでいる。緩やかに変化してこそ心豊かになれるというに、何と無粋なことだろう。

おかげで外出はままならず、途中で引き返す羽目になった。夜になっても、エアコンもストーブも不要。冬の廊下の冷気も吹っ飛んだようだ。

2018年12月3日月曜日

カレンダーの日

日めくりカレンダーには、その日その日の記念日が記されている。例えば、今晩は「秩父夜祭り」(12/2~3)のメインイベントだったり、また、「カレンダーの日」という業界記念日だったりする。

「カレンダー」について、ブログに何度も記してきた。追い立てられる日々に照らしてカレンダーとの関わりを語ったり、あるいは、アメリカンポップスの「カレンダーガール」について触れたりした。

(本ブログ関連:”カレンダーガール”)

普段でも、ブログに口にするカレンダーだけど、「カレンダーの日」という記念日があることを知らなかった。ネットに検索してみたところ次のような情報を得た。

全国団扇扇子カレンダー協議会」という、「団扇(うちわ)・扇子・カレンダーの製造及び販売を行う業者で構成される任意団体」があって、カレンダー業界の団体と連携して、12月3日を「カレンダーの日」として制定したそうだ。この日に制定した理由は、かつて明治政府が官員の給料を1ヶ月削ったとしばしばいわれる、旧暦からの改暦のできごとと縁がある。協議会のホームページに、「明治5年11月9日、時の政府は『来る12月3日を明治6年1月1日とする』と宣言。23日後に」突然改暦を実施したと説明している。

でも。私にとってカレンダーは、カレンダーという外来語であり、「暦(こよみ)」といった古来から続く日常の感覚とは違う。別の感覚するカレンダーは、思い出の「ニール・セダカ(1939年3月13日~)」の歌「カレンダー・ガール」(1960年)につながる。

(本ブログ関連:”ニール・セダカ”)


(Youtubeに登録のnucker2001に感謝)

2018年12月2日日曜日

百里基地航空祭(ツアー2日目)

潜伏していた「飛行機好き」の病が歳とともに再発したらしい。最近は、転地療養しかないようだ。

(本ブログ関連:”飛行機”)

この時期になると、ツアー会社は、各地の航空祭ツアーを組んで案内してくる。去年は岐阜県下で行なわれた「岐阜基地航空祭」に出かけた。今年は、(ツアー2日目に当る今日)、茨城県下で開催の「百里基地航空祭」を見学した。

(本ブログ関連:”岐阜基地航空祭”)

飛行場は、飛行機が飛ぶから滑走路があり、滑走路が長いから敷地も広い。それで、航空祭の実演を見上げる場所は広い。広いので吹きさらしになり、この時期とても寒い。逃げ場がないのだ。

目の前上空を飛翔するファントム機F-4)*が、こちらに尾部を向けた旋回の瞬間、圧倒的な排気音を受けて腹が揺さぶられる。これを繰り返されるのだから、飛行機好きにはたまらない。そして、場内のアナウンスで、操縦者の氏名と出身地が語られる。あらためて、(生身の)人が搭乗するのを知ることになる。

(*)ファントム機: ハシェット社の「エアファイター・コレクション」第1巻で紹介(これだけ購入)

航空祭には、あらゆる人びとが集う。日頃接することのない老若男女、さまざまな職種というか生き方といったらいいのかもしれない、実に多様だ。中には、飛行機好きなのかカメラ好きなのか(すごく高級な望遠カメラを持った)若い女性までいる。

前回の岐阜基地航空祭は、飛行場までたどり着くのにくたびれたが、今回はそれに比べると少しは楽だった。入り口から会場まで割合近かったからだ。とはいえ、会場に着けば、飛行場はやっぱりどでかいことを思い知る・・・結局、後半は歩き疲れて、格納庫に並んだ椅子に座って空を見上げていた。気付けば、回りは中高年ばかり。屋外用の強力な暖房機が設置されていて、そこから抜けられず、集合時間まで居座った。

2018年12月1日土曜日

JAXA筑波宇宙センター(ツアー1日目)

今日から2日間出かける。今日は「JAXA筑波宇宙センター」、明日は「百里基地 航空祭」を見学の予定。電車を乗り継いで行けない距離でないが、バスツアーによるお任せ小旅行であり気楽に巡りたい。

感想は明日(12/2)帰宅後に追記したい。

(以降、12/2に追記)
というわけで、初日(12/1)に訪問した、筑波学園研究都市にある「JAXA筑波宇宙センター」の見学について追記する。といっても、一般公開の展示物をざっと見る限りだが・・・それにしても驚いた。

展示物「こうのとり」
テレビ画面や、PCのYoutube画面の中で納得していた勝手なイメージが破られた思い。展示館に置かれた人工衛星、実験棟、輸送機器などが、今まで想定していたサイズと全くの大違いだった。

「国際宇宙ステーション(ISS)」との物資補給をした、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)「こうのとり」の展示物に近寄ったとき、初めは気付かなかったほど巨大なサイズだ。頑丈そうな構造物(試験モデル)を見上げて考えた、もしかしたら「こうのとり」ではと・・・。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

そのとき、展示館の見学ツアーに行き合わせて、そばで聞かせていただいた。解説者が「こうのとり」をさしながら、< このサイズのものをフェアリング部に収納する「HⅡBロケット」の大きさが想像できますね > と解説された。なるほど、トン(t)クラスの搭載物を運ぶ「HⅡBロケット」の圧倒的なスケールにも、合わせて実感した気がした。重力を超えて飛び上がることを考えれば、「こうのとり」が頑丈に見えても当然という次第。

外部広場には、HⅡBの前世代であるが、「HⅡ」ロケットの実機も展示されている。また後継の「HⅢ」ロケットの登場も待ち遠しい。

そうそう、小市民らしいお土産も買った。

2018年11月30日金曜日

年賀状をどうしようか

今月も残り一日。月別カレンダーから今月分をいさぎよくはがした。すると12月分が一枚ぶらさがっているだけ。ヘラヘラと横揺れする。1年の終わりの月の何と力なさよ。

書店には、来年の家計簿、手帳など積まれている。最近の変化に「年賀状」が減ったためか、年賀状ソフト本も少なくなって見える。若者はメールという手段があり、高齢者は交流範囲が狭まったせいか、年賀状の発行は2003年をピークに下降の一途をたどっているそうだ。
(参考)「年賀葉書の発行枚数などをグラフ化してみる(最新)」(8/31

昔は、人脈の継続や確認の意味合いもあって年賀状交換をした。ところが、社会の流動性が増すと一年に一度の年賀状ではフォローできなくなる。個人情報の取り扱いが厳格になって、年賀状はますます私的空間の交換に変質してきた。個人の住所を記載した社内名簿なんていうものはとっくに存在しない。世間から名簿が次々消えた。

正月はプライベートな家庭行事になっている。(古風なしきたりを重視する社会でないかぎり)年始の挨拶にうかがうことは滅多にない。時代が変わった。そんなわけで年賀状の衰退は続くだろう。

ただし、特に親しい若者の間でグリーティング・カードを送るようになるかもしれない。(ハロウィンののりで!)

2018年11月29日木曜日

Yiddish語 2018秋-9

PCの会話ソフトを使って練習するに、何かよい方法はないだろうか。ソフトの声と自分の声を重ねて聞きたくて、ヘッドホンとマイクを組み合わせたヘッドセットを探して購入した。安価だったせいか、発した声が遅れて耳に入ってくる。結局、道具に頼らず、今は音声速度を調節して練習している。これは意外とよい。運動前のストレッチのような具合だ。

イディッシュ語会話教室へ行く前、使用テキストに付録の音声を、A→Bリピート機能を使って聴いている。これを毎日繰り返していたら、今頃きっと凄いことになっていたろうけれど・・・怠け者はいつまでも低空飛行。

そんなまま、反省しながらイディッシュ語教室へ行く。

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

今日の授業は、久し振りに出席したアーティストが、がんがんリードしてくれた・・・凄い。
・ 先週(11/22)教わった「ハヌカ」の祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」の復習と、Youtubeに合わせて歌った。
・テキストのダイアログ練習。

当り前だが、授業があってこそ追いつこうとするもので、独習者を想うと本当に頭がさがる。


(付記)
授業の帰り、本屋に寄って「ニホンオオカミは消えたか?」(宗像充著)を予約した。実は、図書館からこの本を借りていて、返却するのが惜しく読み直したいと思ったからだ。

(本ブログ関連:”オオカミ”)

「ニホンオオカミ」は、いわゆるオオカミの「タイリクオオカミ」とイメージが違い、動物分類学上の議論があるようだ。それに、絶滅していて既に存在しないともいわれる。これらについて、関係者に会って論を進める著者の思いを知るのが面白い。(以前入手した、世界のオオカミを扱った写真集「オオカミと野生のイヌ」(菊水健史監修)には、ニホンオオカミが扱われていない。)

2018年11月28日水曜日

ウォーキング教室(第1回)

ものごとを始めるには、きっかけが必要だ。それも、みんなと一緒に始められればなおよい。そんなとき「ウォーキング教室」のイベントがあって参加した。講師は、NTTの病院でリハビリテーション科に勤務する医療保健学博士の安川生太氏だ。

健康を気にかけて、以前、中高年向け「健康教室」に毎週通ったことがある。私にはだいぶきつく、帰宅するとぐったりしていた。そんなとき、新しく始める会話教室が翌日に当ることになり、健康教室の方を中断してしまった。疲れ具合から、予習もままならないだろうと判断したからだ。
今は、唯一運動らしいものといえば、都心の会話教室に通うことくらい。運動不足をひしひしと感じ、ウォーキングを始めようかと思いついた次第。

今日の教室には、平日午前中となれば集うは中高年ばかり。みな同じような具合を抱えているのだろう。第1回目は、座学と軽い運動をした。
・「元気な身体」: 無理のない姿勢作りについて解説いただき、基本的なストレッチを実践した。(「軽い」はずだったのに、帰宅すればやがて疲れが出てくる)
・「運動機能を保つ」: 歩く際の運動量の目安を解説いただいた。(運動メニューごとに数値があって、「メッツ」という単位量が付されていた)
・「ウォーキング・シューズ」: チェックポイントについて解説いただいた。(① 靴ひもで締める、② かかとが硬いこと、③ 靴底の曲がり位置が足指手前であること)を教えてもらった。

いろいろと興味深い話題があった。次のような事例があったそうだ。「昔のイギリスのバスで、座って運転する運転手と、車内を動いて切符を切ったりする車掌が、その後に心臓病にかかる割合について、運転手の方が車掌より多かった」そうだ。とにかく運動しなさいとアドバイスをいただいた。

2018年11月27日火曜日

科学番組と雑誌

テレビの科学番組でお気に入りは、NHKの「サイエンス ZERO」だろう。最新科学情報を一般向けに分かりやすく解説してくれる。科学に精通したライターや番組担当者と女性アシスタントを含めてナヴィゲーターと呼び、番組テーマに関係する科学者や技術者がその都度ゲスト出演する。びっくりするようなテーマをよく見つけて説明してくれる。しろうとは、そのたび驚くやら感心する。

科学趣味の者には、番組のアシスタントの女性タレント・俳優にも関心がある。初期に出演の「眞鍋かをり」に始まり、「安めぐみ」、「南沢奈央」、「小島瑠璃子」に至るまで、一も二もなく賛意を示す対象となる。彼女たちが、他の番組に出演しているのを見ると、ついつい頑張れと口にしてしまう。間違いない応援対象である。

雑誌「Newton」も応援対象である。この月刊誌が初めて発行されたとき、日本もついにこのようなグラフィック科学雑誌を出版する時代になったと喜んだ。アメリカの「サイエンティフィック・アメリカン」の信頼性と、「ナショナル・ジオグラフィック」の見やすさを合わせ持った雰囲気がした。その精神は今も続いているようだ。最新の、2019年1月号には、大型の2019年カレンダーが付録に付いている。ISS(国際宇宙ステーション)から日本列島の夜景を水平に眺めることができる。特集は、人類の進化「サピエンスのすべて」だ。

昔、科学雑誌といえば、専門家向けに孤峰を誇る岩波書店の「科学」があり、それを追随するように中央公論社の「自然」があった。一般向けには、朝日新聞社の「科学朝日」や読売新聞社の「科学読売」などがあった。その後、日本経済新聞社から日本語版「サイエンティフィック・アメリカン」(現「日経サイエンス」)と、「ナショナル・ジオグラフィック」が発行されると、「自然」、「科学朝日」、「科学読売」などは次々廃刊していった。一般向け科学雑誌には、見せ方が必須と知らされた。
「Newton」は、科学記者が記事作りするものと一線を画していた。グラフィカルなセンスと直感的な分かりやすさの同居なのだ。

ところで、科学者は、「ウォーキング・ディクショナリー」と呼ばれるのを恐れる。大衆受けするタイトルで書籍を出すかどうかが分かれ道のようだった。
今はそんな時代でなくなった。講談社の科学新書「ブルーバックス」が、科学読み物の普及と基盤を作って安定しているし、最近、ソフトバンク系列の出版社から同様の「サイエンス・アイ新書」が出て賑わっている。DTPなど出版のし易さもあって、後は資本力だけなのかもしれない。それにしても、いい雰囲気の時代だ。

2018年11月26日月曜日

イ・ソンヒの「冬哀傷」

イ・ソンヒの冬の歌に「キョウル エサン(겨울 애상)」がある。タイトルの「冬(겨울:キョウル)」に続く「애상:エサン」には、「哀想」と「哀傷」の意がある。DONG・A’S「Prime」の韓日電子辞書によれば、
・「哀想」の場合、「悲しい思い」とある。
・「哀傷」の場合、①「人の死を悲しみいたむこと」、②「物事に感じ、哀しみいたむこと」とある。

ネットで、イ・ソンヒのこの歌を「겨울 애상」で検索したが、「哀想」の漢字を付したものが見つからない(ただし、他の歌や詩では使われている)。一方、「哀傷」については、中国のファンが付したのだろうか「哀伤(=哀傷)」の文字が多く見られる。

「哀傷」に「死」のイメージがあるが、イ・ソンヒの歌詞から直接読み取れないけれど、彼女のミュージックビデオに次のような珍しいものがある。・・・雪原で、イ・ソンヒが少女と出会ったのも束の間、やがて少女は幻のように消え、イ・ソンヒが一人歩き進める。遠景に、雪面に倒れるイ・ソンヒ、それとオーバーラップして重なる少女の顔。何とも不思議な映像で、正直どう解釈したらよいか分からない。

漢詩の如く始まるこの歌に、そっと耳を傾ければ、凍るような夜のしじまに残された孤独な影を感じることができる。それには「哀傷」が適切と思う。

(本ブログ関連:”冬哀傷”)


(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)

2018年11月25日日曜日

(雑談)思い込み

思い込みほどやっかいなものはない。

インド領「アンダマン・ニコバル(Andaman and Nicobar)諸島」*にある「北センチネル島North Sentinel Island)」に上陸した米国人宣教師が、外界との接触をかたくなに拒絶してきた住民によって命を無くしたという。(AFP通信「AFPBB」(11/24)記事より)

(*)アンダマン・ニコバル諸島: 思いのほかミャンマー(ビルマ)の南沖に近い。

インド政府は、北センチネル島の住民の意思を尊重して(現代人側から病気感染させぬ配慮などで)、今も接近することなく彼らの生き方に任せているという。現代人と違った、自然と融合した独自の世界観をまるごと保護・尊重しているようにも見える。

大航海時代、領土的な野心を満足できる広大でかつ充分な自然産物があれば、とっくに植民されていたことだろう(結果、島民は歴史から知られることなく消え去ったかもしれない)。幸い、現代は宗教に名を借りた侵食や、進化論的な支配を正当化しない。インターネットは、無謀な行動をすぐに世界に知らせ、多くの目で判断することができる。

善意は、他者の自然観、信仰、言語、生活様式、暦行事といった、あらゆる文化を奪い去るかもしれない。これからも、残念なことだが、心配りもない正義や思い込みから無謀な行動が続くだろう。

2018年11月24日土曜日

「年末ジャンボ」の行列

「宝くじ」は、「誰かが当っている」という事実から、次は自分の番かもしれないと空想や期待をふくらませる。

銀座にある宝くじ売り場の行列は有名。一等の当り券がよく出る店であり、夢に限りなく近づける場所だ。とはいえ、当選に見合うだけ、大量に売っているからだろうけど。

どんな人たちが並んでいるのだろう。毎年、大型の宝くじのたび来ているのだろうか。大金が腐るほどあれば、私もこの列に紛れ込んでいたかもしれないけど。

「宝くじが当ったら」という話題に、何に使うか?とか、 ひと(他者)に話すか?といったものがある。昔は、鉱物採集で遠隔地に行くのに便利なキャンピングカー欲しいなんて思い描いた。ひと(他者)に話すのは危険などと思ったが、すべて妄想。そして今は、出歩く距離が縮まったせいで、宝くじ売り場に行くこともない。一等当選の夢を見ることもない。

宝くじは、落語「芝浜」のような人情のあるよい出会いをするわけじゃない。ありがたみも分からぬ大金は、結局身を持ち崩すんじゃないかと、見上げながらも止めとこうと思うのであります。

2018年11月23日金曜日

勤労感謝の日 2018(大学祭)

今日は収穫を感謝する宮中の祭祀「新嘗祭」であり、一般に勤労を感謝する祝日「勤労感謝の日」として知られる。アメリカの「感謝祭」(11月第4木曜日)と同様、収穫に感謝する。
ゆるい陽射しの中、先日(11/19)のブログで触れた、東京外国語大学の「第96回 外語祭」に出かけた。午後3時過ぎ、構内は大勢の客であふれていた。

(本ブログ関連:”勤労感謝の日”、”外語祭”、”学園祭”、”大学祭”)

まず人混みを避けて、会場奥手から覗くことにした。中央アジアのウズベキスタンやキルギスタン方面に関心ある学生たちが開く売店や展示イベントを訪ねた。

現地留学した学生が収集した、ソ連時代のピンバッチが多数販売されていた。その中にロシア・ソ連の詩人「セルゲイ・エセーニン」のものがあって購入した。なるほど詩人の人気振りがうかがえる・・・でも、どんなタイミングで着用するのだろう。

(本ブログ関連:”エセーニン”)

また、学生たちが保存・管理しているキルギスの民が草原で使用する(テント中央に支柱を用いない)移動式住居「ユルタ」に入って、住居の解説を聞く。合わせて、ウズベキスタンの二弦楽器「ドゥタール」他の演奏を聴く。(素朴な伴奏楽器の気がしたが・・・Youtubeを「uzbek dutar」で検索すれば凄い)

ところで、回廊施設下に展開された数ある屋台のなかで、チェコ関係の売店があり、なぜかポーランドのホットチョコを売っていた。ホットチリペッパーを足して飲む。売り子の学生から、昨年、イディッシュ語を学んだと話を聞いた。

次に、ポーランド関係の売店で、代表的な菓子であるラズベリージャム入りのドーナッツ「ポンチキ」を求めて食べてみれば、どこかで口にした記憶がよみがえる・・・というか、日本で当り前に口にする菓子だと思った。

(余談)
菓子ポンチキは、Wikipediaによれば「ポンチェック」の複数形とある。関係ないけど、韓国にトロットから派生したというべき元気な音楽に「ポンチャック」がある(歴史から消されそうで心配・・・Youtubeでご覧あれ)。歌手のイ・パクサを見るたび、ジャンルは違うが、千葉県の「ジャガーさん」を思い出す。

2018年11月22日木曜日

Yiddish語 2018秋-8 (小雪 2018)

今日は、二十四節気の「小雪(しょうせつ)」。小雪とは名ばかり?で、小雪が降ることもなく、また寒くもなかった。天気予報で、雨が降るとされ、昼過ぎ ⇒ 午前中とその時刻が変わっていったが、実際は昼にわずか小雨がぱらついただけで心配するほどもなかった。体が冬のモードに慣れてきたのかもしれない。イディッシュ語教室へ出かけた。

(本ブログ関連:”小雪”)

イディッシュ語の授業は、先生の工夫をいただき楽しく進められた。イディッシュ語だけの授業で、知った単語がいくつか聞こえてくると何だか理解した気になってしまう。・・・気楽というか、呑気というか。

ユダヤ教の行事である(エルサレム神殿奪回を記念する)「ハヌカ」の祭りで、子どもたちの祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」(Chanukah oy Chanukah)について学んだ。① ハヌカの遊びの独楽(ドレイドル)回し、② じゃがいも料理の「ラトケス」、③ 8本のローゾクに火を灯すことなど解説を聞く。

ハヌカの行事は、今年(2018年)は12月2日~10日、来年(2019年)は12月22日~30日に当り、くしくもキリスト教のクリスマス時期と重なる。そのため、このユダヤ教の祝いに、クリスマスのように子どもたちが楽しむ工夫があるとのこと、そんな説明をいただいた。

最後に、ユダヤ教のさまざまな行事カレンダーについて聞く。イディッシュ語を理解するため、その歴史と精神文化の背景を知ることが大切と今更ながら確認する。その広さと厚さを、ちょっとだけかいつまんだに過ぎないが、もっともっと知りたい想いがする。

(追記)
教室の帰り道、お茶ノ水駅に出て古本屋巡りしたが、若いころのような興奮が湧かない・・・とても残念なこと。途中、映画資料の豊富な古本屋で、新宿にあった日本アート・シアター・ギルド発行の雑誌「アート・シアター」(15号)特集の「僕の村は戦場だった」(監督アンドレイ・タルコフスキー)を購入した。

(本ブログ関連:”僕の村は戦場だった”)

2018年11月21日水曜日

(雑談)通り道で二つのこと

陽が傾くころ外出した。西陽のまぶしい通り道を一匹の若い猫が悠々と横切った。視線を歩みのまま保ち、周囲に臆することはない。堂々とした振る舞いだ。小型トラックが迫って来ても一瞥もしない。むしろトラックの方が、猫の渡り切るタイミングに合わせてスピードを緩めた。

よく、夜行動物が夜道に飛び込み、自動車のヘッドライトに照らされて足が止まることがある。光に反応して硬直するからといわれる。夜も行動する猫だが、明るい日中の行動は動じることがなく動き続けるように見える。たいしたものだ。

横丁を曲がったとき、狭い道幅いっぱいにトラックが止まっているのが見えた。ある住宅の解体工事中で、その廃材をトラックに積み込んでいる最中だった。何度か通ったことのある道なのに、以前どんな家があったか検討もつかない。考えてみれば、そんな例はしょっちゅうだ。

トラックの横を通り過ぎようとしたとき、荷台の上と下で二人の男が大声で話していた。でも言葉が聞き取れない。ヘルメットを深く被っていたので気付かなかったが、どうやら彼らは外国人だった。最近、工事現場で外国人労働者が働いている光景をよく目にするようになった。

日本が将来どうなろうとも、はっきりいえることがある。猫は昼間に悠々と道を横切るだろう。

2018年11月20日火曜日

狐(キツネ)と人と北海道

北海道のキツネといえば「キタキツネ」を思い出す。私の若いころ、フィールドに入ってキタキツネを観察した獣医師がおり、結果としてキタキツネの写真家となった竹田津実氏の写真集がなつかしい。当時、キタキツネはブームになり、親子のふれあい、幼い子キツネの成長など原野をバックに美しい写真におさまっていた。

(本ブログ関連:”キツネ”)

そのころからキタキツネに一種ロマンのようなものがあった。「キツネ」は、ヨーロッパや日本の民話に見られるような、ずるくて人をだますといった生き物ではなく、いってみれば、自然保護の指標として、動物愛護の先鞭となったのかも知れない。

インバウンドで、欧米人の観光客が増えて訪れるという「キツネ村」が東北にあって、今の時代だからだろう、やたら愛情いっぱい接して自撮りする様子をテレビなどで目にする。本来野生の動物であり、人間と敵対していた関係なのに不思議な光景だ。ロシアの実験で、キツネの飼育(家畜化)を繰り返すと、中にイヌのような毛並みに変わり、色違いの模様をするものが出現して、人になつくという。飼育者に、愛されることを無上の喜びにするという。

(本ブログ関連:”キツネにかかわる伝承の分布”、”(雑談) 狼 ⇒ 犬、狐 ⇒ ?”)

ところで、山の神信仰について、東北へ行くほど「稲荷信仰(稲荷神)」が多いという。書籍「山怪」(田中康弘)によれば、北(=東北)へ行くほどキツネの話題(怪異譚)が同様に多いそうだ。その「山怪」シリーズの「参」に、北海道の場合を次のように説明している。
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北海道では狐に類する話はほとんど聞くことが出来ないようだ。キタキツネは悪さをしないのだろうか。
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(本ブログ関連:”稲荷信仰”)

北海道とお稲荷さんの関係について、朝日新聞に、米作普及の歴史的観点から説明した記事「神仏編 狐とお稲荷さん」(2017年2月24日、文と写真・塚田敏信)がある。同社らしい表現もあるが、時代経過からそうだろという感がする。(抜粋)
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稲荷を追っていたら気になることが出てきた。道内で稲荷神社の名が多いのは、道南から日本海を北上するラインと胆振日高などの沿岸部。つまり海沿いの町なのだ。稲荷の原点は“田”。なのに現在稲作が盛んな空知や上川にはむしろ少ない。どうしてだろう

水田が北に広まったのは開拓からしばらくしてのこと。それらの土地では別の神がまつられ、稲荷が根づいたのは、比較的早い時期に和人が入った海沿いの地域だった。思わぬところからも見えてくる北海道の姿。だからまち歩きは面白い。
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2018年11月19日月曜日

学園祭

来週の韓国語会話教室は、大学祭の近傍らしいため、休講と念を押された。今週水曜日(11/21)から来週日曜日(11/25)まで開催されるようで、せわしいようだ。次回の教室は月曜日(11/26)なので、重なってはいないけど。後片付けなど余波?があるせいかもしれない。

大学のある地元ローカル紙「調布経済新聞」に、「府中・東京外国語大学で学園祭 首都圏の大学祭『1位獲得』の人気学祭」(11/19)というタイトルで記事が出ている。人気ランクの情報源は、都内のイベント情報サイトによるもののようだ。今晩、教室へ向かう途中、構内通路にロープが張られたりして、それらしい動きがあるようだ。

社会人向け会話教室の縁があって、ここ数年出かけている。ほんの少しだけど、若者たちの雰囲気を知るよい機会にもなっている。

語学専攻別の学生たちによる「語劇」という演劇がある。字幕つきなので、選んで見るのも面白い。また、回廊のある中庭に、語学専攻別の学生による国別の食べ物屋台が登場する。大学独特のもので、一見一食の価値がある。

2018年11月18日日曜日

野川の源流

都心から郊外へ向かう電車の中で、急にヒンヤリさせる「武蔵野台地」らしさを気付かせる地点がある。都心と台地の高低差による気温の変化なわけで・・・と記しながらふと気付いた。今の電車は、空調が効いて窓を開ける必要がない(実際、窓は開かない)ため、若い人に分からないかもしれない。
昔の電車は、夏など車内が蒸し暑くなると、窓を開いて外の空気を取り入れたりしたので直感的に理解できたことだが・・・。

現在の都心は台地の下側に広がる。古い地名に「谷」(つまり崖の下)があれば、台地との境界を示すことになる(四谷、渋谷、下谷など)。東京の西側にある台地は奥に進めば高度が増すわけで、普段でも都心と比べて気温は低い。

そんな都心の低地をスリバチに見立てて「東京スリバチ地形散歩」(皆川典久著、洋泉社)という本がある。「多摩武蔵野編」を去年の暮に購入したが、読むだけで台地散歩に至っていなかった。(武蔵野台地の境目である崖を示す)「国分寺崖線」に沿った代表的な川(小川だが)に「野川」がある。野川の源流をたどり、湧水地を見ることにした。

といっても大げさなことではない。まちおこしの協会が主催する「野川の源流を探ろう!」に参加したのだ。国分寺駅前に集合(午前10時過ぎ)、湧水場所や史跡を巡って、日立中央研究所内の大池そばにある湧水場所で解散(12時30分過ぎ)した。次の行程だが、地図上のイメージと違って先々に起伏があり、私の足腰ではいささか難儀した。
 ・お鷹の道
 ・真姿の池
 ・史跡(武蔵国分寺跡)
 ・姿見の池  ←・・・・ 今回初見のはず?
 ・大池(日立中央研究所内) ←・・・・ 今回初見!(年2回同所公開とのこと)
あらためて、丁寧に解説いただいたスタッフの方々(同じほどの年齢とお見受けするが元気!)に感謝。