眼力のある人が、あるいは直観力のある人が素晴らしい鉱物を発見する。ズリを掘り返して探し出すこともあれば、岩塊を叩き割って見つけることもある。それもこれも、背景に鉱物への深い関心と素養があってのこと。もっといえば、経験を忘れていないことだろう。これは全てあてはまるにちがいない。研究者から職人、マニアにいたるまで。
昔、CG創成期のころ、期待されながらも亡くなった中堅の研究者からこんな夢を直接聞いたことがある。子どものころ見た、手作業で撮った(コマ撮り)恐竜映画をCGで再現したいというのだ。ジュラシックパークのはるか以前のこと。
その研究者が、一般向けにCG作りの擬似体験をする機会を設けてくれたので参加した。とはいえ、動画以前の写真一枚分の作業だったが。ワイヤーフレームから作りこむことはなく、モジュール化した立体部品を使い、空間に配置するだけなのだが・・・。
基本の立体モジュールを変形・合体し、表面の材質をパラメーターで決める。空間配置は頭の中に座標を作って決めよというのだ。そのとき作ってみたい画像は、「金属の飛行船に突き破られたガラス片が散る様子」だった。(紙飛行機のほうが面白いかとも思ったが・・・)
真っ暗闇に浮かぶ飛行船と散乱するガラス片を見えるようにすることから始まる。まず、見えないものが見えるには、光源(複数)が必要だと知った。当り前だが、カメラの位置(アングル)も。そして、空中に浮かんでいるというのは、下側があるから・・・ということも。
次に、ガラス片は厚さがあって初めて光線を屈折して輝くことも知った。ガラス片はどれくらいの数量定義すればいいのか・・・。ガラス表面にあたった光がしっかり反射するよう、三角形にした。力の限り大小おりまぜて書き出した。
できあがった写真は、恥ずかしいものだった。そして思った、これを一体どうすれば動くように見せられるのだろうかと。それ以来、見える意味について考えるようになった。つまり、見えるというのは、光源と視点があるということなのだと。多分、何ごとにも通じるのではないかと思う。
そしてCG動画に対する関心も大きく変わった。