子どものころ、歯科治療が恐怖だった。今から考えれば、歯を削る機械の性能も低く、痛みも厳しいわけ。父の勤める会社に病院があって、歯科部門が設けられていた。治療室の中から、よその子どもが怖がって泣き叫ぶ声がする。待合室で聞いていると、急いで逃げ出したくなった。
何より恐ろしいのは、S先生の怒鳴り声だった。昔はそんな医者がいたのだ。泣く子に根性なしといわんばかりに叱りつける。付き添いの母親はおろおろし、懸命になだめていてもお構いなし。後で、母からS先生が軍医出身と知らされた。
当然、わたしも治療の椅子に座る。我慢する。物凄く我慢する。S先生の前では痛いなどいえない。もっと我慢する。どれくらい時間がたっただろうか、今日の治療が終わり、椅子から降りて解放されるとき、よく頑張ったといわれてほっとしたものだ。
今日、歯科の定期検査で見つかった小さな不具合を補修した。もちろん苦行でない、穏やかなものだった。先生も患者も互いに歳をとり、世間話も交えてのんびり治療してもらっている。