今日の蟻(アリ)の親方は機嫌がいい、旅の思い出語りをした。
労働者諸君、いや、それじゃあ寅さんと同じだな。お前ら働き者たちよ、巣にいるときゃ、暗い一本道の穴ん中、上へ下へと伸びても、しょせん一本道。
じきに、お天道様が暖めてくれりゃ、上の世界に出るわけよ。そこは、歩いて這って知る地べた。いつまで行っても、まっ平らなところよ。隊列からはぐれるなよ。
でも、草木があれば蜜を吸いに登って行くことになる、ありがたいところさ。ところで知ってるかい、どこまで行ってもまっ平らな世界。砂漠(サバク)よ、熱くって水もない、そんなところに棲んでいるのがいる。お天道さまの光が頼りよ、初めに光だ。
あそこは、在るか無いかの厳しい世界。二項対立っていうか、二元論の世界よ。情け容赦もない。それに比べりゃ、おれたちには、草も木もある、山もある、それに海まである。おまけに時間もあって四季がある。おかげで冬ごもりもあらあな。大事なことだ。
おれたちゃ、幸運な世界に棲んでいる。何でもかんでも割り切れない世界よ。だからありがたいのさ。これも神様の思し召し。もうじき温もって、外に出て仕事だ、うんと働けよ。
(本ブログ関連:”蟻”)
2015年3月24日火曜日
2015年3月23日月曜日
イ・ソンヒとINJ Orchestra
昨年、2014年4月、イ・ソンヒの30周年コンサート・ステージを、荘厳な音色に彩ったのが、弦と木管楽器中心とするINJ Orchestra(인제이오케스트라)だった。
30周年コンサート「歌うイ・ソンヒ」を楽しみに出かけたときのこと、昼過ぎソウルに到着して、ホテルに向かう前に会場に行ってみようと思い立って、世宗文化会館に寄った。入り口テラスに置かれたいくつかの椅子に、アジュンマ、アジョシたちが一休憩していたその中に混じって坐っていると、目の前を(名札を下げた)若者たちが次々と会館へ入って行くのが見えた。
コンサートの幕があがった時、さっきの若者たちは演奏者だったのではと思い返した。(舞台スタッフかもしれないが)
INJ Orchestraの規模について、facebook「クロスオーバー・アンサンブル i.n.j インジェイ(크로스오버 앙상블 i.n.j 인제이)」に、次のように記している。(2014年4月3日)
----------------------------------------
・アンサンブル・インジェイ(inj)が、「INJ Orchestra」という名前で、「イ・ソンヒ30周年コンサート」を準備中であります。
・音楽監督、編曲、演奏ともに、インジェイ・メンバーを中心に構成された35人組オーケストラです。
----------------------------------------
INJ Orchestraの母体について、facebook「인제이<inj>コミュニティー」は、次のように紹介している。(2012年6月21日)
----------------------------------------
・I.N.Jは、2009年創立されたピアノ・ヴァイオリン・フルート・チェロ編成のクロスオーバー・カルテットチームです。
・希望教会青年部で縁があって、I.N.J ( In the name of Jesus )という名前で志を集い、現在、病院、拘置所で教会演奏を中心に活動していて、映画音楽、オムニバス、およびシングル・アルバム発売とますます活発な演奏活動を広げています。(以下略)
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このオーケストラの志と、イ・ソンヒの日ごろの慈善が重なるような気がする。30周年コンサートにまことにふさわしい協演だったのではないだろうか。
さて、イ・ソンヒのコンサートのための初リハーサルと、ステージ上でのリハーサル場面が、次のYoutubeに登録されている。(登録のsea silverに感謝)
・・・貴重な、珍しい映像である。いつまでも残ることを期待します。
なお、コンサート当日の光景を、本ブログ左に「이선희 30周年記念コンサート」として、Youtube映像をリンクしている。
コンサート序曲部のリハーサル(ゲネプロ)
初リハーサル、コンサートの最初の歌「Jへ」(イ・ソンヒの立会い、歌声を添える)
(付記)
なんていう寒さだ。冬着にすればよかった。桜もタイミングを失ったよう。・・・明々後日まで続くそうだ。
(追記)
本日、都内の「桜開花宣言」があった。(→ ことを、翌日(3/24)の朝のニュースで知った)
30周年コンサート「歌うイ・ソンヒ」を楽しみに出かけたときのこと、昼過ぎソウルに到着して、ホテルに向かう前に会場に行ってみようと思い立って、世宗文化会館に寄った。入り口テラスに置かれたいくつかの椅子に、アジュンマ、アジョシたちが一休憩していたその中に混じって坐っていると、目の前を(名札を下げた)若者たちが次々と会館へ入って行くのが見えた。
コンサートの幕があがった時、さっきの若者たちは演奏者だったのではと思い返した。(舞台スタッフかもしれないが)
INJ Orchestraの規模について、facebook「クロスオーバー・アンサンブル i.n.j インジェイ(크로스오버 앙상블 i.n.j 인제이)」に、次のように記している。(2014年4月3日)
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・アンサンブル・インジェイ(inj)が、「INJ Orchestra」という名前で、「イ・ソンヒ30周年コンサート」を準備中であります。
・音楽監督、編曲、演奏ともに、インジェイ・メンバーを中心に構成された35人組オーケストラです。
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INJ Orchestraの母体について、facebook「인제이<inj>コミュニティー」は、次のように紹介している。(2012年6月21日)
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・I.N.Jは、2009年創立されたピアノ・ヴァイオリン・フルート・チェロ編成のクロスオーバー・カルテットチームです。
・希望教会青年部で縁があって、I.N.J ( In the name of Jesus )という名前で志を集い、現在、病院、拘置所で教会演奏を中心に活動していて、映画音楽、オムニバス、およびシングル・アルバム発売とますます活発な演奏活動を広げています。(以下略)
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このオーケストラの志と、イ・ソンヒの日ごろの慈善が重なるような気がする。30周年コンサートにまことにふさわしい協演だったのではないだろうか。
さて、イ・ソンヒのコンサートのための初リハーサルと、ステージ上でのリハーサル場面が、次のYoutubeに登録されている。(登録のsea silverに感謝)
・・・貴重な、珍しい映像である。いつまでも残ることを期待します。
なお、コンサート当日の光景を、本ブログ左に「이선희 30周年記念コンサート」として、Youtube映像をリンクしている。
コンサート序曲部のリハーサル(ゲネプロ)
初リハーサル、コンサートの最初の歌「Jへ」(イ・ソンヒの立会い、歌声を添える)
(付記)
なんていう寒さだ。冬着にすればよかった。桜もタイミングを失ったよう。・・・明々後日まで続くそうだ。
(追記)
本日、都内の「桜開花宣言」があった。(→ ことを、翌日(3/24)の朝のニュースで知った)
2015年3月22日日曜日
イ・ソンヒの「分かりたいです」
今晩、2年間の仲間と春の宴に集った。自分のこととはいえ名残り惜しいが、幸いなことに繫がりもいただき、別の機会を得て、つたない努力を継続できるようになったのは幸いだ。感謝。
会の始まる前、イ・ソンヒの2集、3集のリマスタリング版CDを新宿のショップに依頼する。ならば入手困難な12集もリマスタリングして欲しいと願うのは、日本のファンの声、無理な話か。
ところで、一昨日の本ブログに、紹介させていただいた、大衆音楽評論家・ジャーナリストのパク・ソンソ氏の評論中に、イ・ソンヒの3集収録曲「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)の成立について、直接に作詞者ヤン・インジャと作曲者キム・ヒガプとのインタビューが掲載されている。原曲の存在、歌詞の変更、そしてイ・ソンヒとの巡り会いという、いってみれば数奇で運命的なものがあった。
そればかりではない、この曲には、黄真伊(ファン・ジニ:황진이)を空想したイメージの膨らみ、漢詩まで産み出す後日談がある。イ・ソンヒには、名曲との何と不思議な縁と逸話の多いのだろう。
「分かりたいです」
月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか
深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか
私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
____
一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか
雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか
私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください
(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)
会の始まる前、イ・ソンヒの2集、3集のリマスタリング版CDを新宿のショップに依頼する。ならば入手困難な12集もリマスタリングして欲しいと願うのは、日本のファンの声、無理な話か。
ところで、一昨日の本ブログに、紹介させていただいた、大衆音楽評論家・ジャーナリストのパク・ソンソ氏の評論中に、イ・ソンヒの3集収録曲「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)の成立について、直接に作詞者ヤン・インジャと作曲者キム・ヒガプとのインタビューが掲載されている。原曲の存在、歌詞の変更、そしてイ・ソンヒとの巡り会いという、いってみれば数奇で運命的なものがあった。
そればかりではない、この曲には、黄真伊(ファン・ジニ:황진이)を空想したイメージの膨らみ、漢詩まで産み出す後日談がある。イ・ソンヒには、名曲との何と不思議な縁と逸話の多いのだろう。
「分かりたいです」
月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか
深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか
私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
____
一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか
雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか
私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください
(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)
2015年3月21日土曜日
春分の日2015
「春分の日」の祝日、どんよりした空模様だ。朝、室温14℃ほどだが、思わずストーブに火を入れる。暖かさへの要求が次第に上がり、もしかしたら20℃近くになってもストーブを仕舞い込めずにいるかもしれない。年々歳々そうなっている感がする。
(本ブログ関連:”春分の日”)
本当の春はいつ、何なのか探している。梅、沈丁花、木蓮、桜を手掛かりにしてみるが、承諾できない感がある。ほのぼのとしてぬるい気配を感じながら、区切りというか、けじめというか、そんなものを求めている。
花吹雪の下、幼い子どもが桜の花びらを手にしようと走り回る姿を見るのがいい。これこそ春かもしれない。キャッキャと声して喜ぶ、あの無心さがうらやましい。おじさんの時計をもう一度巻き戻してくれるようだ。
天気図の前線は心配だが、花のそれはよい。桜の北上が待ち遠しい。
(本ブログ関連:”春分の日”)
本当の春はいつ、何なのか探している。梅、沈丁花、木蓮、桜を手掛かりにしてみるが、承諾できない感がある。ほのぼのとしてぬるい気配を感じながら、区切りというか、けじめというか、そんなものを求めている。
花吹雪の下、幼い子どもが桜の花びらを手にしようと走り回る姿を見るのがいい。これこそ春かもしれない。キャッキャと声して喜ぶ、あの無心さがうらやましい。おじさんの時計をもう一度巻き戻してくれるようだ。
天気図の前線は心配だが、花のそれはよい。桜の北上が待ち遠しい。
2015年3月20日金曜日
(資料)「【パク・ソンソ評論】 韓国最高のディーヴァ、イ・ソンヒを再び聞く」
今年1月、イ・ソンヒが1984年の「江辺歌謡祭」に登場して翌年発表した第1集アルバム「あ! 昔よ(아! 옛날이여)」(1985年)のリマスター版(JCDS0824)が発売された。そのとき、このアルバムについて解説された記事がネットにあって、本ブログに紹介させていただいた。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒ「1集(REMASTERING ALBUM)」の紹介”)
(重複部分である第1集リマスター版の解説部分は上記リンク先を示してあるので、後述部分を次のように載せていただく。感謝)
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「8090熱風(80年代、90年代ブーム)」と共に「イ・ソンヒ再び聞くブーム」 - デビュー30年、イ・ソンヒのデビュー当時のレコードを再び聞き直す
改めて、「8090熱風」に加え、「イ・ソンヒの再リスニング」ブームである。
再び、歌謡界の原動力となっている、8090曲の単純な記憶の中の歌ではなく、
実際に、多くのオールドファンに思い出という新たな響きを満たしてくれている、
デビュー30年、しかし今も相変らず「少女」のような姿に透明な音色の、
そして、一層深くなった感性・・・イ・ソンヒは、ますます音楽愛好家の関心が高まる不思議な魅力の所有者だ。
特に、最近の世界的な傾向である、リマスタリング(Remastering)アルバムの発売ラッシュに合わせて、イ・ソンヒのデビュー当時のアルバム1、2、3集もすべてリマスタリング、再発売されるところになった。
このアルバムが発表された1980年代、わが国の大衆音楽界にも新しい変化を繰り返していた。
特に、当時の男女歌手の最高のスター、チョー・ヨンピルとイ・ソンヒによって、わが国大衆音楽の地図が「ポップの時代」から「歌謡の時代」に転換し始めたのがそれ。
最近のある調査で、40~50代中高年のための「土土歌(MBC「土曜日、土曜日は歌手だ」)」を作成するならば、最も見たい歌手Top3に、チョー・ヨンピル、イ・ムンセ、イ・ソンヒがそれぞれ選ばれた。
かように、彼らのその何がオールドファンを今でも熱狂させるのだろうか。
デビュー当時の、イ・ソンヒのアルバムを探して、再び聞いてみる。
(文、パク・ソンソ大衆音楽評論家、ジャーナリスト)
■ イ・ソンヒ1集、デビュー30周年を迎えるイ・ソンヒ 初のソロアルバム「あ!昔よ」
(略)本ブログ掲載の”(資料)イ・ソンヒ「1集(REMASTERING ALBUM)」の紹介”に相当します。
■ イ・ソンヒ2集 イ・ソンヒ再発見、10代若者のスターから万人の恋人に浮上する
「イ・ソンヒ2集」は、無限の変化を繰り返している、現在のイ・ソンヒに最も近いアバター(avatar)だ。現在のイ・ソンヒの歌には慣れ親しんでいるものの、初期の歌が多少馴染み薄い今の世代、すなわちニンジン(イ・ソンヒのファンクラブ)たちには、「デジャヴ(既視感、deja vu)」が強く感じられそうだ。様々なジャンルの歌でも、「絶対音感の所有者」という評価とともに、シンガーソングライターとしての第一歩を踏み出したアルバムだからである。
1984年、デビュー初年、MBC 10代歌手賞、新人賞、最高人気歌謡賞を総なめし、3冠王に上がったイ・ソンヒ、これに対し専属会社<地球(レコード)>は、「10代だけのスター」から「全国民的に愛を受ける歌手」にするために、ソン・ジュホ作曲の歌で満ちあふれた「1集」からの軌道を旋回、当時のヒットメーカー作家を大挙参加させて、二番目のレコード制作に入る。
「秋の風(갈바람)」(チョン・ウンイ作詞、ナム・グクイン作曲)、「ケンチャナ(괜찮아、大丈夫)」(パク・ゴンホ、イ・ボムヒ)、「貧しい恋人のために(가난한 연인을 위하여)」(イ・ギョンミ、イ・ヒョンソプ)、「ソウルの夜(서울의 밤)」(ハ・ジヨウン、イ・ホジュン)、「そうです、誤りは私にあります(그래요, 잘못은 내게 있어요)」(チュ・セホ、チョン・ギョンチョン)などをはじめとして、イ・ソンヒ本人作曲の「風の中で(바람 속에서)」まで。
「デビューから5ヶ月だけで、10代歌手賞を受賞するほどの大型歌手としての力量が十分だったんですよ。音感も非常に良かったし。そして、『江辺歌謡祭の1等』より、『歌謡界全体の1等』を作らなければならないという考えでヒットメーカーを動員、様々なジャンルで幅を広げましたよ。また、本人が直接作った曲はもちろん、(イ・ソンヒ)本人が歌いたいと持ってきた『後悔(후회)』まで多様に収録しました。」と、アルバムA&R(Artist&Repertoire)を務めたイム・ソクホ、当時文芸部長の言葉だ。このように幅広いジャンルを試みた「イ・ソンヒ再誕生プロジェクト」は、すぐに続く3集の収録曲「分かりたいです(알고 싶어요)」(ヤン・インジャ作詞、キム・ヒガプ作曲)などで絶頂に達する。
去る2012年、イ・ソンヒはある媒体とのインタビューでこのように明らかにした。 「これ(2012年)まで、音楽的関心や趣向がずっと変わってきましたよ。子供の頃は、音楽の海が無尽蔵なことをそこまで知らなかった。しかし、デビュー以来、私が手にしたものが全てではないということに気づいたでしょう。意地がちょっと強いけれど、心を開いて受け入れるのも分かります。他の人たちがこの音楽が好きだ、あなたのものにしてみろ・・・ そのように薦めれば、ためらわず受け入れました。」
作曲家なら誰も曲を与えたいこのシンデレラについて、「2集」参加の作家はこのように評価する。
「声において非常に原則的な歌手です。基本的な発声、正確な拍子はもちろん、感情を節制しながらも、音そのものを堅固に出す、きれいな声を持った歌手でしょう。そういう少女的感性を生かしたくて『そうです、誤りは私にあります』の歌詞を書きましたよ。」 - 作曲家チュ・セホ。
「歌詞と意を正確に伝達する優れた歌手です。歌詞の感情を適切に表現する点も高く評価したいです。」 - 作詞家イ・ギョンミ。
「音色自体に豊かな感性が含まれている不思議な魅力の所有者でしょう。中 - 低 - 高音域、どの音域でもブレのない歌唱力、そのような利点を生かしてあげたくて、『貧しい恋人のために』と『希望(소망)』を作りましたよ。」 - 作曲家イ・ヒョンソプ。
今から30年前の85年11月に発売された、このレコードジャケットとジャケットに入っているブロマイドも当時話題になった。俗称「おばさん(アジュンマ)パーマ」という、いわゆる「滝(폭포)パーマスタイル」で、<江辺歌謡祭>に初めて姿を現したイ・ソンヒが、いつのまにか10代の少女たちに「イ・ソンヒそっくり(따라하기)ブーム」を起こらせた、「トンボ眼鏡にカットヘヤのキャラクター」を存分に誇ったアルバムだからである。この写真は、現在のドキュメンタリー写真家キム・ヨンボムが当時ファッションとロマンのメッカであった梨大(梨花女子大)入口を巡って撮影したものである。
純粋さ、それ以上この歌に込められてまだドキドキがそのまま感じられる、イ・ソンヒだけのアナログ的感性、その深い響きがファンにどのような感動的に近付くかとても気になる。
■ イ・ソンヒ3集、最高のArtistが集まって作ったイ・ソンヒの力作、その美しいラブソング
新たに「8090熱風」と共に、「イ・ソンヒの再リスニング」ブームだ。耳を傾けるほど、清らかで透明な音色に盛り込められている感性の深さが違うためだ。再び歌謡界の原動力となっている8090曲の、単純な記憶の中の歌ではなく、実際に多くの人々にとって思い出となり、80年代と90年代をまた他の響きで満たしてくれている。
このアルバムが初めて発売された1986年11月、大衆音楽界も新しい変化を重ねていた。特に、当時の男女歌手最高のスター、チョー・ヨンピルとイ・ソンヒなどによって、韓国大衆音楽の支配権が「ポップの時代」から「歌謡の時代」に転換し始めたのがそれ。
「イ・ソンヒブーム」を起こしたこのアルバムは、当時の最高のアーティストたちが大挙参加した力作である。そのラインナップを見ると、「A&R(Artist&Repertoire)_イム・ソクホ/ Violin_キム・ドンソク/キム・ジョンサン、イ・グァンイル、チョン・ミョンジャ、キ・ムユソン、シン・ユミ/ Cello_クォン・スミ、ペク・ンオク/ Guitar_イ・ユシン、キム・グァンソク/ Keyboard&Synthesizer_キム・ヨンニョン、キム・ジョンテク/ Bass_イ・スヨン/ Drums_ペ・スヨン/指揮_オ・チス/ Recording&Mixing_イ・テギョン、チャン・インソク/ Cutting_チャン・ジョングァン/ Photo_ホ・ジョンテ/ Design_ファン・チョルジュン」。
「10代スター」から「万人の恋人」として位置づけになる2集に続き、3集も当時のヒットメーカーたちが大挙アルバムに参加した。作曲家キム・ヒガプ、ナム・ククイン、イ・ボムヒ、チェ・ジョンヒョクを始め、ロックスタイルの実験的な音楽を追求していたキム・ホンタク、ユン・フイジュンはもちろん、「大学歌謡祭」出身の大学生作曲家まで、例えば、プロからアマチュアまでの様々な音楽ジャンルが共存するアルバムなのである。
「Young(영)」、「涙(눈물)」に加え、イ・ソンヒ3集の中で最も注目された曲は、やはり「分かりたいです(알고 싶어요)」だ。今でも最もソンヒらしいという評価を受けるの歌でもある。
■ 名コンビ「ヤン・インジャとキム・ヒガプのカップル」が歌詞とメロディーでやりとりした世紀のラブレター、「分かりたいです」
▼先に発表した「Jへ(J에게)」と「あ!昔よ」がそうであったように、「分かりたいです」もイ・ソンヒにに来て新たに生まれた歌だ。この歌は、これより先に1978年、「秋の木々の間で(가을나무 사이로)」(キム・ヒガプ作詞・作曲、キム・イルウ*歌)というタイトルで、すでに発表された歌だ。題名と歌詞を変えて「分かりたいです」に再誕生させた作詞家ヤン・インジャさんに、当時の逸話を聞いてみた。
(*)「秋の木々の間で」を歌った歌手を、1984年にイ・スンジェ(이승재)と紹介する記述がある(チェ・ギュソン大衆文化評論家)。上記によれば、1978年発表とのことで更に以前になる。
(本ブログ関連:”分かりたいです”)
「1985年、仕事のためにキム・ヒガプ先生のお宅に行くことになりました。その日、音楽を一つ聞かせてくれましたが、『秋の木々の間で』という歌でしたね。メロディーが美しくて寂しい歌詞と合わないようだといったところ、それでは歌詞を新しく書いてみろとおっしゃったのです。それで歌詞を書こうと、あれこれと思って考えているちょうど、ラジオでエルヴィス・プレスリーの「Are You Lonesome Tonight」が流れて出てきました。注意深く聞いてみたら、歌詞が最初から最後まで、質問形式ですよね。だから私も質問だけの歌詞を一度作ってみよう、と思って作った歌です。」
しかし、しばらくの間、「分かりたいです」の歌詞は、キム・ヒガプ先生の引き出しの中でただ眠っていた。 「わけもなく一人で恥ずかしかったんですって。本当にまれことでしょうか? そうなのかも知らずに、私は、なぜ吹き込まないかとずっと尋ねたところ、そのたびに『しなければならないですね・・・』といって言葉を濁したんですね。」
▼歌詞を歌詞以上に考えたためなのか、当時の状況をキム・ヒガプ先生に直接聞いてみた。
「歌詞を受けてみると、率直な感情のままに直接的話法で表現しましたよ。なぜか瞬間恥ずかしい思いをした。何か一言いわなければならないではないか、という考えにぎこちない気分にもなって・・・だから、慌てて引き出しの中のうち閉じ込めて置きましたよ。そうしている間、イ・ソンヒの新しいアルバムに入れる曲を頼まれ、ヤン・インジャさんに歌を作ろうといったところ、「分かりたいです」こそイ・ソンヒにぴったり、なのに何をまたか・・・ってね。そして、しぶしぶ持っていった楽譜でした。最初はアルバムの裏に、それも三番目に挟んで入れたが皆がこの曲が良いということでしょう。いやはや・・・」
歌詞が、歌の理性ならばメロディーは歌の感性だ。その感性と理性に、イ・ソンヒのいきいきとして暗い影のない感情がさらに作用して、この歌は、発表直後の1987年当時、KBS「歌謡トップ10」の5週連続1位を取ってゴールデンカップを占めており、「You」、「闇は晴れて(어둠은 걷히고)」、「清らかな愛(청아한 사랑)」などと一緒に、イ・ソンヒに1987年ゴールデン・ディスク賞を与えた。
瞬く間に「万人の恋歌」に位置したこの歌(「分かりたいです」)は、その後、おしどり夫婦であり名コンビの「キム・ヒガプ - ヤン・インジャカップル」の結婚式の祝歌でも歌われた。新郎側の祝歌はブルーベルジュの「私の人生後悔はありませんが(내 인생 후회는 없지만)」、そして新婦側の祝歌がまさにこの歌「分かりたいです」であった。祝歌は、イ・ソンヒが直接歌った。
「イ・ソンヒを念頭に置いた歌詞とメロディー・・・イ・ソンヒは、私が望んだ私の姿の完成でした。歌が良いだけ考えも正しくて尊敬すべき部分が多い歌手ですよ。」ヤン・インジャさんのイ・ソンヒの評価がそうであるよう結論的に、この歌は、歌詞とメロディーでやりとりした「世紀のラブレター」であり、両方の結婚式場で祝歌に歌われた「愛のセレナーデ」になったわけである。一方、裏面のタイトル曲「遅れました(늦었어요)」は、ヤン・インジャさんが執筆したラジオドラマ「朝霧(아침안개)」の主題歌だ。
パワフルなロックスタイルの唱法がそっくりそのまま盛られている曲「もう離れなくちゃ(이제는 떠나야지)」と「暗闇を経て(어둠은 거치고)」もやはり、イ・ソンヒのもう一つの魅力が存分に引き立つ曲だ。
「歌唱力とフィーリング、そしてあや(彩)という三拍子を兼ね備えた歌手ですよ。特にイ・ソンヒのパワフルな歌唱力を生かすために、ソウル・シンガーのアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)の歌を集中して聞きました。もちろん、イ・ソンヒはその時も見事だったが、時間が経つにつれ、より良い歌手になるだろう、こういう考えたこと思い出します。」 -「もう離れなくちゃ」の作曲家キム・ホンタク(He5、He6のリーダー)の言葉だ。
また、「その表情の意味(그 표정의 의미)」と「別れは本当に難しいです(이별은 정말로 어려워요)」は、1980年の「大学歌謡祭」に「厄払い(푸닥거리)」で参加した「ジプシー」のメンバーのヤン・シチュンが作った曲である。そのように、このアルバムを通じて当時の最高のヒットメーカーと、純粋な大学生作曲家たちが一緒に参加し、イ・ソンヒの隠れた魅力を多様に表出させている。
トップ・アーティストたちが参加したこのアルバムがリマスター作業を経て、原音そのままの音が蘇ったことも意味が大きい。まるで虫眼鏡で見るように声が、そして歌うシーンが歳月の厚さを退けて、まるで目の前に見えるようだ。アナログ的感性をそっくりそのまま再現した、30年前のこの曲は、母と娘の世代を分ける境界線ではなく、一緒に聞いても良い曲に生まれ変わるだろう。
デビュー30周年を経た今もまだ「少女」のような姿にきれいな透明な音色、そしてさらに深くなった感性・・・ますます関心が高まる不思議な魅力の持ち主、イ・ソンヒ。
「思い出はすべてを記憶できるが、記憶は全て思い出しきれない・・・」とか。しかし、長年の記憶の中で蘇る深い響き、鮮やかな現場の音を通じて、単に記憶される歌ではなく、多くの人々に、より大切な思い出としての地位になることを期待してみる。NM(NewsMaker)
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(付記)
イ・ソンヒの1集リマスタリングアルバムを手にしていた・・・ところ、なんと2集、3集もリマスタリングしているというではないか。ネットで調べると確かにある・・・また、新宿に行かねばならない。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒ「1集(REMASTERING ALBUM)」の紹介”)
大衆音楽評論家・ジャーナリストのパク・ソンソ氏の評論で、リマスター版登場の意義を、彼女の衝撃的なデビューとその才能、国民からの支持について、振り返る意味で記されたものだ。
イ・ソンヒの初期アルバムが、続けてリマスタリングされている2集、3集についても、以下の記事のようにパク・ソンソ氏の評論がなされている。イ・ソンヒの2集以降、デビュー当時の活躍も含めて論評が、NewsMakerの記事、「【パク・ソンソ評論】現 大韓民国 最高のディーヴァ(歌姫)、イ・ソンヒを再び聞く」(3/5)として掲載されている。
特に、イ・ソンヒ最大級のヒット曲である「分かりたいです」登場に直接関わった作詞家、作曲家とのインタビューもあり大変興味深い記事になっている。
イ・ソンヒの初期アルバムが、続けてリマスタリングされている2集、3集についても、以下の記事のようにパク・ソンソ氏の評論がなされている。イ・ソンヒの2集以降、デビュー当時の活躍も含めて論評が、NewsMakerの記事、「【パク・ソンソ評論】現 大韓民国 最高のディーヴァ(歌姫)、イ・ソンヒを再び聞く」(3/5)として掲載されている。
特に、イ・ソンヒ最大級のヒット曲である「分かりたいです」登場に直接関わった作詞家、作曲家とのインタビューもあり大変興味深い記事になっている。
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「8090熱風(80年代、90年代ブーム)」と共に「イ・ソンヒ再び聞くブーム」 - デビュー30年、イ・ソンヒのデビュー当時のレコードを再び聞き直す
改めて、「8090熱風」に加え、「イ・ソンヒの再リスニング」ブームである。
再び、歌謡界の原動力となっている、8090曲の単純な記憶の中の歌ではなく、
実際に、多くのオールドファンに思い出という新たな響きを満たしてくれている、
デビュー30年、しかし今も相変らず「少女」のような姿に透明な音色の、
そして、一層深くなった感性・・・イ・ソンヒは、ますます音楽愛好家の関心が高まる不思議な魅力の所有者だ。
特に、最近の世界的な傾向である、リマスタリング(Remastering)アルバムの発売ラッシュに合わせて、イ・ソンヒのデビュー当時のアルバム1、2、3集もすべてリマスタリング、再発売されるところになった。
このアルバムが発表された1980年代、わが国の大衆音楽界にも新しい変化を繰り返していた。
特に、当時の男女歌手の最高のスター、チョー・ヨンピルとイ・ソンヒによって、わが国大衆音楽の地図が「ポップの時代」から「歌謡の時代」に転換し始めたのがそれ。
最近のある調査で、40~50代中高年のための「土土歌(MBC「土曜日、土曜日は歌手だ」)」を作成するならば、最も見たい歌手Top3に、チョー・ヨンピル、イ・ムンセ、イ・ソンヒがそれぞれ選ばれた。
かように、彼らのその何がオールドファンを今でも熱狂させるのだろうか。
デビュー当時の、イ・ソンヒのアルバムを探して、再び聞いてみる。
(文、パク・ソンソ大衆音楽評論家、ジャーナリスト)
■ イ・ソンヒ1集、デビュー30周年を迎えるイ・ソンヒ 初のソロアルバム「あ!昔よ」
(略)本ブログ掲載の”(資料)イ・ソンヒ「1集(REMASTERING ALBUM)」の紹介”に相当します。
■ イ・ソンヒ2集 イ・ソンヒ再発見、10代若者のスターから万人の恋人に浮上する
「イ・ソンヒ2集」は、無限の変化を繰り返している、現在のイ・ソンヒに最も近いアバター(avatar)だ。現在のイ・ソンヒの歌には慣れ親しんでいるものの、初期の歌が多少馴染み薄い今の世代、すなわちニンジン(イ・ソンヒのファンクラブ)たちには、「デジャヴ(既視感、deja vu)」が強く感じられそうだ。様々なジャンルの歌でも、「絶対音感の所有者」という評価とともに、シンガーソングライターとしての第一歩を踏み出したアルバムだからである。
1984年、デビュー初年、MBC 10代歌手賞、新人賞、最高人気歌謡賞を総なめし、3冠王に上がったイ・ソンヒ、これに対し専属会社<地球(レコード)>は、「10代だけのスター」から「全国民的に愛を受ける歌手」にするために、ソン・ジュホ作曲の歌で満ちあふれた「1集」からの軌道を旋回、当時のヒットメーカー作家を大挙参加させて、二番目のレコード制作に入る。
「秋の風(갈바람)」(チョン・ウンイ作詞、ナム・グクイン作曲)、「ケンチャナ(괜찮아、大丈夫)」(パク・ゴンホ、イ・ボムヒ)、「貧しい恋人のために(가난한 연인을 위하여)」(イ・ギョンミ、イ・ヒョンソプ)、「ソウルの夜(서울의 밤)」(ハ・ジヨウン、イ・ホジュン)、「そうです、誤りは私にあります(그래요, 잘못은 내게 있어요)」(チュ・セホ、チョン・ギョンチョン)などをはじめとして、イ・ソンヒ本人作曲の「風の中で(바람 속에서)」まで。
「デビューから5ヶ月だけで、10代歌手賞を受賞するほどの大型歌手としての力量が十分だったんですよ。音感も非常に良かったし。そして、『江辺歌謡祭の1等』より、『歌謡界全体の1等』を作らなければならないという考えでヒットメーカーを動員、様々なジャンルで幅を広げましたよ。また、本人が直接作った曲はもちろん、(イ・ソンヒ)本人が歌いたいと持ってきた『後悔(후회)』まで多様に収録しました。」と、アルバムA&R(Artist&Repertoire)を務めたイム・ソクホ、当時文芸部長の言葉だ。このように幅広いジャンルを試みた「イ・ソンヒ再誕生プロジェクト」は、すぐに続く3集の収録曲「分かりたいです(알고 싶어요)」(ヤン・インジャ作詞、キム・ヒガプ作曲)などで絶頂に達する。
去る2012年、イ・ソンヒはある媒体とのインタビューでこのように明らかにした。 「これ(2012年)まで、音楽的関心や趣向がずっと変わってきましたよ。子供の頃は、音楽の海が無尽蔵なことをそこまで知らなかった。しかし、デビュー以来、私が手にしたものが全てではないということに気づいたでしょう。意地がちょっと強いけれど、心を開いて受け入れるのも分かります。他の人たちがこの音楽が好きだ、あなたのものにしてみろ・・・ そのように薦めれば、ためらわず受け入れました。」
作曲家なら誰も曲を与えたいこのシンデレラについて、「2集」参加の作家はこのように評価する。
「声において非常に原則的な歌手です。基本的な発声、正確な拍子はもちろん、感情を節制しながらも、音そのものを堅固に出す、きれいな声を持った歌手でしょう。そういう少女的感性を生かしたくて『そうです、誤りは私にあります』の歌詞を書きましたよ。」 - 作曲家チュ・セホ。
「歌詞と意を正確に伝達する優れた歌手です。歌詞の感情を適切に表現する点も高く評価したいです。」 - 作詞家イ・ギョンミ。
「音色自体に豊かな感性が含まれている不思議な魅力の所有者でしょう。中 - 低 - 高音域、どの音域でもブレのない歌唱力、そのような利点を生かしてあげたくて、『貧しい恋人のために』と『希望(소망)』を作りましたよ。」 - 作曲家イ・ヒョンソプ。
今から30年前の85年11月に発売された、このレコードジャケットとジャケットに入っているブロマイドも当時話題になった。俗称「おばさん(アジュンマ)パーマ」という、いわゆる「滝(폭포)パーマスタイル」で、<江辺歌謡祭>に初めて姿を現したイ・ソンヒが、いつのまにか10代の少女たちに「イ・ソンヒそっくり(따라하기)ブーム」を起こらせた、「トンボ眼鏡にカットヘヤのキャラクター」を存分に誇ったアルバムだからである。この写真は、現在のドキュメンタリー写真家キム・ヨンボムが当時ファッションとロマンのメッカであった梨大(梨花女子大)入口を巡って撮影したものである。
純粋さ、それ以上この歌に込められてまだドキドキがそのまま感じられる、イ・ソンヒだけのアナログ的感性、その深い響きがファンにどのような感動的に近付くかとても気になる。
■ イ・ソンヒ3集、最高のArtistが集まって作ったイ・ソンヒの力作、その美しいラブソング
新たに「8090熱風」と共に、「イ・ソンヒの再リスニング」ブームだ。耳を傾けるほど、清らかで透明な音色に盛り込められている感性の深さが違うためだ。再び歌謡界の原動力となっている8090曲の、単純な記憶の中の歌ではなく、実際に多くの人々にとって思い出となり、80年代と90年代をまた他の響きで満たしてくれている。
このアルバムが初めて発売された1986年11月、大衆音楽界も新しい変化を重ねていた。特に、当時の男女歌手最高のスター、チョー・ヨンピルとイ・ソンヒなどによって、韓国大衆音楽の支配権が「ポップの時代」から「歌謡の時代」に転換し始めたのがそれ。
「イ・ソンヒブーム」を起こしたこのアルバムは、当時の最高のアーティストたちが大挙参加した力作である。そのラインナップを見ると、「A&R(Artist&Repertoire)_イム・ソクホ/ Violin_キム・ドンソク/キム・ジョンサン、イ・グァンイル、チョン・ミョンジャ、キ・ムユソン、シン・ユミ/ Cello_クォン・スミ、ペク・ンオク/ Guitar_イ・ユシン、キム・グァンソク/ Keyboard&Synthesizer_キム・ヨンニョン、キム・ジョンテク/ Bass_イ・スヨン/ Drums_ペ・スヨン/指揮_オ・チス/ Recording&Mixing_イ・テギョン、チャン・インソク/ Cutting_チャン・ジョングァン/ Photo_ホ・ジョンテ/ Design_ファン・チョルジュン」。
「10代スター」から「万人の恋人」として位置づけになる2集に続き、3集も当時のヒットメーカーたちが大挙アルバムに参加した。作曲家キム・ヒガプ、ナム・ククイン、イ・ボムヒ、チェ・ジョンヒョクを始め、ロックスタイルの実験的な音楽を追求していたキム・ホンタク、ユン・フイジュンはもちろん、「大学歌謡祭」出身の大学生作曲家まで、例えば、プロからアマチュアまでの様々な音楽ジャンルが共存するアルバムなのである。
「Young(영)」、「涙(눈물)」に加え、イ・ソンヒ3集の中で最も注目された曲は、やはり「分かりたいです(알고 싶어요)」だ。今でも最もソンヒらしいという評価を受けるの歌でもある。
■ 名コンビ「ヤン・インジャとキム・ヒガプのカップル」が歌詞とメロディーでやりとりした世紀のラブレター、「分かりたいです」
▼先に発表した「Jへ(J에게)」と「あ!昔よ」がそうであったように、「分かりたいです」もイ・ソンヒにに来て新たに生まれた歌だ。この歌は、これより先に1978年、「秋の木々の間で(가을나무 사이로)」(キム・ヒガプ作詞・作曲、キム・イルウ*歌)というタイトルで、すでに発表された歌だ。題名と歌詞を変えて「分かりたいです」に再誕生させた作詞家ヤン・インジャさんに、当時の逸話を聞いてみた。
(*)「秋の木々の間で」を歌った歌手を、1984年にイ・スンジェ(이승재)と紹介する記述がある(チェ・ギュソン大衆文化評論家)。上記によれば、1978年発表とのことで更に以前になる。
(本ブログ関連:”分かりたいです”)
「1985年、仕事のためにキム・ヒガプ先生のお宅に行くことになりました。その日、音楽を一つ聞かせてくれましたが、『秋の木々の間で』という歌でしたね。メロディーが美しくて寂しい歌詞と合わないようだといったところ、それでは歌詞を新しく書いてみろとおっしゃったのです。それで歌詞を書こうと、あれこれと思って考えているちょうど、ラジオでエルヴィス・プレスリーの「Are You Lonesome Tonight」が流れて出てきました。注意深く聞いてみたら、歌詞が最初から最後まで、質問形式ですよね。だから私も質問だけの歌詞を一度作ってみよう、と思って作った歌です。」
しかし、しばらくの間、「分かりたいです」の歌詞は、キム・ヒガプ先生の引き出しの中でただ眠っていた。 「わけもなく一人で恥ずかしかったんですって。本当にまれことでしょうか? そうなのかも知らずに、私は、なぜ吹き込まないかとずっと尋ねたところ、そのたびに『しなければならないですね・・・』といって言葉を濁したんですね。」
▼歌詞を歌詞以上に考えたためなのか、当時の状況をキム・ヒガプ先生に直接聞いてみた。
「歌詞を受けてみると、率直な感情のままに直接的話法で表現しましたよ。なぜか瞬間恥ずかしい思いをした。何か一言いわなければならないではないか、という考えにぎこちない気分にもなって・・・だから、慌てて引き出しの中のうち閉じ込めて置きましたよ。そうしている間、イ・ソンヒの新しいアルバムに入れる曲を頼まれ、ヤン・インジャさんに歌を作ろうといったところ、「分かりたいです」こそイ・ソンヒにぴったり、なのに何をまたか・・・ってね。そして、しぶしぶ持っていった楽譜でした。最初はアルバムの裏に、それも三番目に挟んで入れたが皆がこの曲が良いということでしょう。いやはや・・・」
歌詞が、歌の理性ならばメロディーは歌の感性だ。その感性と理性に、イ・ソンヒのいきいきとして暗い影のない感情がさらに作用して、この歌は、発表直後の1987年当時、KBS「歌謡トップ10」の5週連続1位を取ってゴールデンカップを占めており、「You」、「闇は晴れて(어둠은 걷히고)」、「清らかな愛(청아한 사랑)」などと一緒に、イ・ソンヒに1987年ゴールデン・ディスク賞を与えた。
瞬く間に「万人の恋歌」に位置したこの歌(「分かりたいです」)は、その後、おしどり夫婦であり名コンビの「キム・ヒガプ - ヤン・インジャカップル」の結婚式の祝歌でも歌われた。新郎側の祝歌はブルーベルジュの「私の人生後悔はありませんが(내 인생 후회는 없지만)」、そして新婦側の祝歌がまさにこの歌「分かりたいです」であった。祝歌は、イ・ソンヒが直接歌った。
「イ・ソンヒを念頭に置いた歌詞とメロディー・・・イ・ソンヒは、私が望んだ私の姿の完成でした。歌が良いだけ考えも正しくて尊敬すべき部分が多い歌手ですよ。」ヤン・インジャさんのイ・ソンヒの評価がそうであるよう結論的に、この歌は、歌詞とメロディーでやりとりした「世紀のラブレター」であり、両方の結婚式場で祝歌に歌われた「愛のセレナーデ」になったわけである。一方、裏面のタイトル曲「遅れました(늦었어요)」は、ヤン・インジャさんが執筆したラジオドラマ「朝霧(아침안개)」の主題歌だ。
パワフルなロックスタイルの唱法がそっくりそのまま盛られている曲「もう離れなくちゃ(이제는 떠나야지)」と「暗闇を経て(어둠은 거치고)」もやはり、イ・ソンヒのもう一つの魅力が存分に引き立つ曲だ。
「歌唱力とフィーリング、そしてあや(彩)という三拍子を兼ね備えた歌手ですよ。特にイ・ソンヒのパワフルな歌唱力を生かすために、ソウル・シンガーのアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)の歌を集中して聞きました。もちろん、イ・ソンヒはその時も見事だったが、時間が経つにつれ、より良い歌手になるだろう、こういう考えたこと思い出します。」 -「もう離れなくちゃ」の作曲家キム・ホンタク(He5、He6のリーダー)の言葉だ。
また、「その表情の意味(그 표정의 의미)」と「別れは本当に難しいです(이별은 정말로 어려워요)」は、1980年の「大学歌謡祭」に「厄払い(푸닥거리)」で参加した「ジプシー」のメンバーのヤン・シチュンが作った曲である。そのように、このアルバムを通じて当時の最高のヒットメーカーと、純粋な大学生作曲家たちが一緒に参加し、イ・ソンヒの隠れた魅力を多様に表出させている。
トップ・アーティストたちが参加したこのアルバムがリマスター作業を経て、原音そのままの音が蘇ったことも意味が大きい。まるで虫眼鏡で見るように声が、そして歌うシーンが歳月の厚さを退けて、まるで目の前に見えるようだ。アナログ的感性をそっくりそのまま再現した、30年前のこの曲は、母と娘の世代を分ける境界線ではなく、一緒に聞いても良い曲に生まれ変わるだろう。
デビュー30周年を経た今もまだ「少女」のような姿にきれいな透明な音色、そしてさらに深くなった感性・・・ますます関心が高まる不思議な魅力の持ち主、イ・ソンヒ。
「思い出はすべてを記憶できるが、記憶は全て思い出しきれない・・・」とか。しかし、長年の記憶の中で蘇る深い響き、鮮やかな現場の音を通じて、単に記憶される歌ではなく、多くの人々に、より大切な思い出としての地位になることを期待してみる。NM(NewsMaker)
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(付記)
イ・ソンヒの1集リマスタリングアルバムを手にしていた・・・ところ、なんと2集、3集もリマスタリングしているというではないか。ネットで調べると確かにある・・・また、新宿に行かねばならない。
2015年3月19日木曜日
(雑談)言葉のギャグ
言葉遊びをする。高尚な熟語や、生活の知恵の俚諺にうなづきつつ、それだけが全てじゃないよ、逆だってあるよといったこと。文字や順番を入れ替えてみれば、日常こんなことざらにある。
・面従腹背 ⇒ 面背腹従 : 酒を飲むと「こんな会社、辞めてやる」といいながら、翌日ケロリと出社する者。
・木を見て森を見ず ⇒ 森を見て木を見ず : 一見聡明な総論ばかりで、仕事の積み重ねができない者。
ちょっとした言葉使いや思い込みに過ぎぬ、そのとき、その時代の一瞬の判断なのだろうけど、異なる立場になって知ること。
・自分は違う ⇒ みなと一緒 : 若い頃の自分の写真を見てやっと気付く。
・若いくせに ⇒ 年寄りのくせに : みないずれ同じ墓場に行くくせに。
最後に、蟻の親方の「お前は賢いか?」との問いかけに答えたら、言われたひとこと。
・「はい」と答えたら ⇒ 「だったら黙っていろ」
・「いや」と答えたら ⇒ 「だったら黙っていろ」
・面従腹背 ⇒ 面背腹従 : 酒を飲むと「こんな会社、辞めてやる」といいながら、翌日ケロリと出社する者。
・木を見て森を見ず ⇒ 森を見て木を見ず : 一見聡明な総論ばかりで、仕事の積み重ねができない者。
ちょっとした言葉使いや思い込みに過ぎぬ、そのとき、その時代の一瞬の判断なのだろうけど、異なる立場になって知ること。
・自分は違う ⇒ みなと一緒 : 若い頃の自分の写真を見てやっと気付く。
・若いくせに ⇒ 年寄りのくせに : みないずれ同じ墓場に行くくせに。
最後に、蟻の親方の「お前は賢いか?」との問いかけに答えたら、言われたひとこと。
・「はい」と答えたら ⇒ 「だったら黙っていろ」
・「いや」と答えたら ⇒ 「だったら黙っていろ」
2015年3月18日水曜日
彼岸2015
今日から彼岸の入り。春分の日(3/21)の前後に3日を置いて、一週間を「彼岸」とする。春と秋の2回あるが、地元に檀家となる寺もなく、街全体同じ空気があるわけではない。
いまとなっては、彼岸の行事は田舎のような共同性というか、同じリズムの生活空間の中でしか実感できないのかもしれない。
ところで、彼岸は仏教の言葉としてだけでなく、以前は強い転換場所の意にも使われていたが・・・今、流行らないのかもしれない。パラダイムシフトも一頃ほど使われていないし。
気温10℃を寒暖の境界に考えていたが、このところの暖かさに、境界を20℃に上げたい気がする。彼岸の境地とはほど遠い、楽な方に流れてしまう。欲にきりがない。
・・・結論が、すべて「~ない」になっている。煩悩のまま。
いまとなっては、彼岸の行事は田舎のような共同性というか、同じリズムの生活空間の中でしか実感できないのかもしれない。
ところで、彼岸は仏教の言葉としてだけでなく、以前は強い転換場所の意にも使われていたが・・・今、流行らないのかもしれない。パラダイムシフトも一頃ほど使われていないし。
気温10℃を寒暖の境界に考えていたが、このところの暖かさに、境界を20℃に上げたい気がする。彼岸の境地とはほど遠い、楽な方に流れてしまう。欲にきりがない。
・・・結論が、すべて「~ない」になっている。煩悩のまま。
KBS WORLD「国楽の世界へ」 林悌と妓生
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/11)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第96回として、朝鮮時代中期の文人、林悌(임제、1549年~1587年)と、妓生(기생)の寒雨(한우)にまつわる話を紹介した。
始めに、文人林悌と妓生(黄眞伊、寒雨)との関わりについて次のように紹介された。
・文人、林悌が官職に就き地方へ向かうとき、当時最高の妓生といわれた黄眞伊(황진이、1506年?~1567年?)の墓を通りがかり、立ち止まって墓前に酒を注いだ。彼は黄眞伊の墓前で詩作した。<美しい顔は消え去って骨だけが残り、墓の前で酒を注いでも何の意味があるだろう>という内容だ。最高のロマンチストと言われた訳だが、人目を重視する上層の両班(양반)社会で大変なことになる。これが朝廷に伝わり、任地に到着せずして彼は免職となる。
・他にも有名な逸話がある。林悌は、妓生の寒雨と出会い、自ら詩を作る。<北の空が晴れているから出かけたものの、山には雪が降り、野原には雨が降る。濡れてしまったけれど、このまま眠るしかないだろう>というものだ。
▼ 林悌の詩から「北の空が晴れているから(북천이 맑다커늘)」の歌を聴く。詩を素材に昔話風にした今様である。
次に、林悌の詩に対する妓生寒雨の返詩について次のように説明された。
・林悌の詩の、空が晴れているのに、雪や雨が降って困るの意は、詩作のとき出会った寒雨(ハヌ、한우)の名に由来する。雨に濡れたまま眠るというのは、寒雨に自分を受け取ってくれるか尋ねることであり、これに対し寒雨も詩を作り、<枕と絹布団があるから、寒いところで寝ないで暖かくして寝てください>と答えた。ここでいう枕は鴨に似た、鴛鴦(オシドリ)を刺繍したもので、睦まじい夫婦を意味し、夫婦が一緒に使う枕だ。絹布団も若い夫婦が使う派手な模様のもので、寒雨も心を伝え、二人は天気に例えて互いの気持ちを確認した。彼らの詩は文字で伝わっている。
▼ 寒雨が答える歌「どうして凍えて寝るのですか(어이 얼어자리)」を聴く。詩を素材に昔話風にした今様である。
最後に、パンソリ「春香歌」と林悌の早逝について次のように紹介された。
・愛の歌と言えば、(説話「春香伝(춘향전)」を伝える)パンソリ「春香歌」が定番。虎の例えで始まる。<老虎が餌を見つけたものの、歯が抜けて食べられぬ>という内容だ。愛する人を目前にして、居ても立っても居られず落ち着かぬ様子を例えたもので、わくわくしながらもためらう心を表わす。
▼ パンソリ「春香歌」から「恋歌(사랑가)」を聴く。粘り気があって・・・歌の場面が気になるけれど。
・林悌は、高官になってからも党争(당쟁、붕당)を嘆き、官職を捨て山に遊んだ。39歳で早逝するが、短い人生の中、明快で率直な作品を多く残した。
(本ブログ関連:”黄眞伊(황진이)”、”春香歌”)
始めに、文人林悌と妓生(黄眞伊、寒雨)との関わりについて次のように紹介された。
・文人、林悌が官職に就き地方へ向かうとき、当時最高の妓生といわれた黄眞伊(황진이、1506年?~1567年?)の墓を通りがかり、立ち止まって墓前に酒を注いだ。彼は黄眞伊の墓前で詩作した。<美しい顔は消え去って骨だけが残り、墓の前で酒を注いでも何の意味があるだろう>という内容だ。最高のロマンチストと言われた訳だが、人目を重視する上層の両班(양반)社会で大変なことになる。これが朝廷に伝わり、任地に到着せずして彼は免職となる。
・他にも有名な逸話がある。林悌は、妓生の寒雨と出会い、自ら詩を作る。<北の空が晴れているから出かけたものの、山には雪が降り、野原には雨が降る。濡れてしまったけれど、このまま眠るしかないだろう>というものだ。
▼ 林悌の詩から「北の空が晴れているから(북천이 맑다커늘)」の歌を聴く。詩を素材に昔話風にした今様である。
次に、林悌の詩に対する妓生寒雨の返詩について次のように説明された。
・林悌の詩の、空が晴れているのに、雪や雨が降って困るの意は、詩作のとき出会った寒雨(ハヌ、한우)の名に由来する。雨に濡れたまま眠るというのは、寒雨に自分を受け取ってくれるか尋ねることであり、これに対し寒雨も詩を作り、<枕と絹布団があるから、寒いところで寝ないで暖かくして寝てください>と答えた。ここでいう枕は鴨に似た、鴛鴦(オシドリ)を刺繍したもので、睦まじい夫婦を意味し、夫婦が一緒に使う枕だ。絹布団も若い夫婦が使う派手な模様のもので、寒雨も心を伝え、二人は天気に例えて互いの気持ちを確認した。彼らの詩は文字で伝わっている。
▼ 寒雨が答える歌「どうして凍えて寝るのですか(어이 얼어자리)」を聴く。詩を素材に昔話風にした今様である。
最後に、パンソリ「春香歌」と林悌の早逝について次のように紹介された。
・愛の歌と言えば、(説話「春香伝(춘향전)」を伝える)パンソリ「春香歌」が定番。虎の例えで始まる。<老虎が餌を見つけたものの、歯が抜けて食べられぬ>という内容だ。愛する人を目前にして、居ても立っても居られず落ち着かぬ様子を例えたもので、わくわくしながらもためらう心を表わす。
▼ パンソリ「春香歌」から「恋歌(사랑가)」を聴く。粘り気があって・・・歌の場面が気になるけれど。
・林悌は、高官になってからも党争(당쟁、붕당)を嘆き、官職を捨て山に遊んだ。39歳で早逝するが、短い人生の中、明快で率直な作品を多く残した。
(本ブログ関連:”黄眞伊(황진이)”、”春香歌”)
2015年3月17日火曜日
20℃超え
一日が暖かく、冬服は深情けのようにうっとうしく感じられた。今年最高の気温だった。春は日ごと気温を増すとしても、今日、20℃の大きな区切りを超えた。(近在で、21.1℃)
青空にまぶしく真白いハクモクレンの花を見上げながら歩を進めると、小学校の裏手になる。雨降りだった昨日のブログに記したように、沈丁花の香りを確かめに行く。垣根の陰りに咲く、花弁の縁を紅色に滲ませた白い沈丁花の花は、温い空気に甘い香りを載せて、辺りに漂わせていた。春到来を実感する。
夕方に気付くのは、陽が長くなったことだ。以前はあっという間に隠れた太陽が、西の空、家並みの続く地平の上で、日没を躊躇するように輝いている。このまま暖かくなって欲しい。
とはいえ、春は、ようやく手に入れた不老の仙人となるべき秘薬を、なんの気迷いか飲み干すことを忘れさせる隙を作るという。変化に浮かれてばかりおられぬのかもしれない。
青空にまぶしく真白いハクモクレンの花を見上げながら歩を進めると、小学校の裏手になる。雨降りだった昨日のブログに記したように、沈丁花の香りを確かめに行く。垣根の陰りに咲く、花弁の縁を紅色に滲ませた白い沈丁花の花は、温い空気に甘い香りを載せて、辺りに漂わせていた。春到来を実感する。
夕方に気付くのは、陽が長くなったことだ。以前はあっという間に隠れた太陽が、西の空、家並みの続く地平の上で、日没を躊躇するように輝いている。このまま暖かくなって欲しい。
とはいえ、春は、ようやく手に入れた不老の仙人となるべき秘薬を、なんの気迷いか飲み干すことを忘れさせる隙を作るという。変化に浮かれてばかりおられぬのかもしれない。
2015年3月16日月曜日
沈丁花
今日はせっかくのぬくもりなのに、どこか冷え冷えする。雨脚が、春雨というには勢いがあって雅趣に乏しい。これを乗り越えれば、明後日は彼岸の入り、週末は春分の日だ。
春の近づきに気になるのが、沈丁花の花の香りだ。それがもう花弁を大きく膨らませ、一部の木々は花開いているというのに、まだ漂わないのだ。小学校の裏の垣根に咲く、この白い花を遠慮なく嗅いで見るのだが。
(本ブログ関連:”沈丁花”)
今日の雨に、沈丁花は香りを流されているかもしれない。こんな日だからこそ、石川さゆりの「沈丁花」(1978年、作詞東海林良、作曲大野克夫)の歌の始まりが思い浮かぶ。(Youtubeに登録のsui25huyoに感謝)
「降りしきる 雨の吐息に/濡れて傾く 沈丁花」、雨けぶる日には演歌がよく似合う。
このまま香りを逃してしまうのは惜しい。明日の晴れ間にもう一度出かけてみよう。
春の近づきに気になるのが、沈丁花の花の香りだ。それがもう花弁を大きく膨らませ、一部の木々は花開いているというのに、まだ漂わないのだ。小学校の裏の垣根に咲く、この白い花を遠慮なく嗅いで見るのだが。
(本ブログ関連:”沈丁花”)
今日の雨に、沈丁花は香りを流されているかもしれない。こんな日だからこそ、石川さゆりの「沈丁花」(1978年、作詞東海林良、作曲大野克夫)の歌の始まりが思い浮かぶ。(Youtubeに登録のsui25huyoに感謝)
「降りしきる 雨の吐息に/濡れて傾く 沈丁花」、雨けぶる日には演歌がよく似合う。
このまま香りを逃してしまうのは惜しい。明日の晴れ間にもう一度出かけてみよう。
2015年3月15日日曜日
SIMフリー
スマホやタブレットを持たぬ身なので、有用さが実感できない。欲しいから、必要だから物品を購入するのが購買行動だろうが、今のところそんなニーズがないのだ。
今日、SIMフリースマホの説明会に出て、キャリア販売のスマホより安価な、MVNO(昔でいうVANのような通信サービス会社)のSIMフリーサービスがあると聞いた。確かに比較すれば割安感がある。
ネットを外で見たいなら・・・という前提を聞いている内に、もやもやしてくる。ネットは自宅のPC利用で満足している。それで十分なのに、わざわざ外で(どこで?)見る必要性があるのだろうかと自問する。
周りから、スマホをせきたてられても、なかなかその気にならない。どんな場面で使うのかも、想像できないでいる。
この場合に限って、(今のまま)ガラケーじゃダメなんでしょうか? (ガラケーで、ネットもめったに見ることもないし)・・・なんとなく、早く結婚しろとせき立てられる娘さんのような心境か?
今日、SIMフリースマホの説明会に出て、キャリア販売のスマホより安価な、MVNO(昔でいうVANのような通信サービス会社)のSIMフリーサービスがあると聞いた。確かに比較すれば割安感がある。
ネットを外で見たいなら・・・という前提を聞いている内に、もやもやしてくる。ネットは自宅のPC利用で満足している。それで十分なのに、わざわざ外で(どこで?)見る必要性があるのだろうかと自問する。
周りから、スマホをせきたてられても、なかなかその気にならない。どんな場面で使うのかも、想像できないでいる。
この場合に限って、(今のまま)ガラケーじゃダメなんでしょうか? (ガラケーで、ネットもめったに見ることもないし)・・・なんとなく、早く結婚しろとせき立てられる娘さんのような心境か?
2015年3月14日土曜日
(資料) 韓国ギャラップ「韓国人が最も好きな歌手2004-2014」、イ・ソンヒ2位!
韓国ギヤラップの面接調査による「韓国人の最も好きな人」で、歌手編について、2004年と2014年の比較調査結果が以下のように報告された。感謝。(抜粋)
先に、「(資料)韓国ギャラップ調査『愛唱曲 2004-2014比較』」について本ブログに載せ、イ・ソンヒの「因縁(인연)」が、なんと7位圏に入ったことを載せた。今回は、歌手本人についての愛好度を調査するものだ。その中で、イ・ソンヒはチョー・ヨンピルの1位に次いで、2位となった。本当に素晴らしい知らせだ。
(本ブログ関連:”ギャラップ” ⇒ リンク先表示下「次の投稿」に続く)
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●韓国人が最も好きな歌手:2004年イ・ミジ李美子ャ(5.6%) → 2014年チョー・ヨンピル(7.2%)
- 2004年上位10位圏内トロット歌手6人、2014年には4人に減って
・(10月2~29日)満13才以上の男女1,700人に最も好きな歌手を聞いた結果(面接調査、自由応答)、(参考グラフの通り、上位から)チョー・ヨンピル(7.2%)、イ・ソンヒ(4.4%)、チャン・ユンジョン(3.9%)、アイユ(3.6%)、テ・ジナ(3.3%)、EXO(2.9%)、イ・スンチョル(2.8%)、イ・ミジャ(2.8%)、ナ・フナ(2.5%)、少女時代(2.1%)の順だった。
・(第1位の)チョー・ヨンピルは ・・・歌謡界の頂きを守ってきた ・・・(略)
・(第2位の)イ・ソンヒは、1984年「江辺歌謡祭」でデビュー、爆発的歌唱力と特有のスタイルで当時「姉さん(オンニ)部隊」、「イ・ソンヒ シンドローム」を起こして、大きな愛を受けた。1990年代以後では、(ソウル市)市会議員、シンガー・ソングライター、プロデューサーとして活動範囲を広げて、アルバム発売とコンサート、OST参加などで着実にファンたちのそばを守ってきた。
・2013年が「歌王(チョー・ヨンピル)の帰還」で揺れた一年だったとしたら、2014年はイ・ソンヒが正規アルバム15集のタイトル曲「その中にあなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」で各種チャートを席巻して「女王の帰還」を知らせた年であった。チョー・ヨンピルは、40代以上男女で均等の支持を受けたし、イ・ソンヒは彼より若干低い年齢帯、そして男性よりは女性の選好が目立った。
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(本ブログ関連:”その中にあなたに出会って”)
(参考グラフ) 韓国人が好きな歌手2004年-2014年(自由応答)・・・ギャラップ
- グラフ: 歌手名(デビュー年度)、上段2004年度、下段2014年度、支持率%)

(参考) 上位5位の歌手ごと支持率%(男女別/世代別/男女世代別/職業別/地域別)については、ソース資料を参照願います。
先に、「(資料)韓国ギャラップ調査『愛唱曲 2004-2014比較』」について本ブログに載せ、イ・ソンヒの「因縁(인연)」が、なんと7位圏に入ったことを載せた。今回は、歌手本人についての愛好度を調査するものだ。その中で、イ・ソンヒはチョー・ヨンピルの1位に次いで、2位となった。本当に素晴らしい知らせだ。
(本ブログ関連:”ギャラップ” ⇒ リンク先表示下「次の投稿」に続く)
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●韓国人が最も好きな歌手:2004年イ・ミジ李美子ャ(5.6%) → 2014年チョー・ヨンピル(7.2%)
- 2004年上位10位圏内トロット歌手6人、2014年には4人に減って
・(10月2~29日)満13才以上の男女1,700人に最も好きな歌手を聞いた結果(面接調査、自由応答)、(参考グラフの通り、上位から)チョー・ヨンピル(7.2%)、イ・ソンヒ(4.4%)、チャン・ユンジョン(3.9%)、アイユ(3.6%)、テ・ジナ(3.3%)、EXO(2.9%)、イ・スンチョル(2.8%)、イ・ミジャ(2.8%)、ナ・フナ(2.5%)、少女時代(2.1%)の順だった。
・(第1位の)チョー・ヨンピルは ・・・歌謡界の頂きを守ってきた ・・・(略)
・(第2位の)イ・ソンヒは、1984年「江辺歌謡祭」でデビュー、爆発的歌唱力と特有のスタイルで当時「姉さん(オンニ)部隊」、「イ・ソンヒ シンドローム」を起こして、大きな愛を受けた。1990年代以後では、(ソウル市)市会議員、シンガー・ソングライター、プロデューサーとして活動範囲を広げて、アルバム発売とコンサート、OST参加などで着実にファンたちのそばを守ってきた。
・2013年が「歌王(チョー・ヨンピル)の帰還」で揺れた一年だったとしたら、2014年はイ・ソンヒが正規アルバム15集のタイトル曲「その中にあなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」で各種チャートを席巻して「女王の帰還」を知らせた年であった。チョー・ヨンピルは、40代以上男女で均等の支持を受けたし、イ・ソンヒは彼より若干低い年齢帯、そして男性よりは女性の選好が目立った。
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(本ブログ関連:”その中にあなたに出会って”)
(参考グラフ) 韓国人が好きな歌手2004年-2014年(自由応答)・・・ギャラップ
- グラフ: 歌手名(デビュー年度)、上段2004年度、下段2014年度、支持率%)

(参考) 上位5位の歌手ごと支持率%(男女別/世代別/男女世代別/職業別/地域別)については、ソース資料を参照願います。
2015年3月13日金曜日
「早春賦」
このごろ陽射しに、春の兆しして和らぐ。けれど陽が傾けば、まだ冬の寒さが残っているのに気付く。そんなとき、唱歌「早春賦」(作詞吉丸一昌、作曲中田章、1913年)にある、「春は名のみの」という詞を実感する。
(本ブログ関連:”早春賦”)
この歌を,「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞、岩波現代文庫)は最初に採り上げている。作詞した吉丸一昌の孫が、祖父の顕彰に奔走したこと、歌と縁の深い長野の安曇野で、冷えた若者の心を支えようとする女性の姿など描かれている。
何よりも、43歳で早逝した吉丸一昌の教育者としての生き方に志の高さを知る。苦学の経験から、東京府立三中の教諭時代、私財を投じて夜間学校を設立したという。頭の下がる話しだ。
彼の故郷、大分の臼杵市には「吉丸一昌記念館」がある。昔、大分に出張した帰り、臼杵にある磨崖仏の地を訪れたことがあったのを思い出した。国宝がこんなところにと思うほど、ひっそりとした長閑な田舎だった。
(Youtubeに登録のshimobunsadoに感謝)
(本ブログ関連:”早春賦”)
この歌を,「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞、岩波現代文庫)は最初に採り上げている。作詞した吉丸一昌の孫が、祖父の顕彰に奔走したこと、歌と縁の深い長野の安曇野で、冷えた若者の心を支えようとする女性の姿など描かれている。
何よりも、43歳で早逝した吉丸一昌の教育者としての生き方に志の高さを知る。苦学の経験から、東京府立三中の教諭時代、私財を投じて夜間学校を設立したという。頭の下がる話しだ。
彼の故郷、大分の臼杵市には「吉丸一昌記念館」がある。昔、大分に出張した帰り、臼杵にある磨崖仏の地を訪れたことがあったのを思い出した。国宝がこんなところにと思うほど、ひっそりとした長閑な田舎だった。
(Youtubeに登録のshimobunsadoに感謝)
2015年3月12日木曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 厄除け打令
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第95回として、小正月に関わる「厄除け・打令(액맥이・타령)」、および他2曲についての話を紹介した。
(本ブログ関連:”小正月”、”啓蟄”)
始めに、「小正月(정월대보름)」の行事・風習について次のように紹介された。
・昔、年明けの風習は、元旦のソルナルから15日後まで続いた。この「小正月」は、「正月(정월)」と陰暦正月の「15日間(대보름)」を合わせた表現で、「上元(상원)」とも言い、中国道教の行事「三元」の一つにあたる。韓国の小正月の間、十二支の順に日を巡る風習があった。ネズミの意の「子の日」に豆を炒って食べる。穀物を守る厄払いで、「豆と一緒に炒めよ(쥐알 볶아라 콩알 볶아라)」と言って炒る。「쥐」はネズミ、「쥐알」は小さいもの。「콩」は豆、「볶아라」は炒めよの意。そのことで穀物を守ろうとした。また、牛は農作業に欠かせぬため、「丑の日」に豆を入れた粥を食べさせ休ませた。ヘビの「巳の日」には髪をとかぬ風習があり、家に蛇が入らぬと信じた。
▼ 「厄除け打令」の歌を聴く。四方と中心、守りを固めて安心繁盛・・・農楽隊が家々(家中も)廻ったようだ。
次に、「ネドウィ(내더위=私の暑気)」の風習、「カンガンスルレ(강강술래)」という遊びについて次のように紹介された。
・昔、時期によって災いの種類が違うとされた。厄払い(액맥이)には、正月の厄払い、2月の厄払いなどといった歌があった。また、「小正月」の風習の一つに、暑気払い*があり、小正月の朝、最初に会った人に「わが暑気を買っていけ(내 더위 사가게)」と叫んで、夏の暑さをなすりつける。相手は、構えていて、言われたらすぐに言い返し、倍返しする。小正月と言えば、「カンガンスルレ」という遊びもある。女性が、体をつなぎ円を描きながら歌う遊びだ。
(*)「東国歳時記」(洪錫謨、訳姜在彦、東洋文庫)の「(旧暦)一月」、「上元」の項に「売暑」としてある。
「朝早く起きて、誰か人を見ればだしぬけにその名を呼ぶ。先方が返事をすればすかさず、『わが暑気を買え!』という。これを売暑という。・・・/かんがうるに、(中国宋代の人)范石湖の『売癡獃詞(ばいちがいし)』に、『除夜は更けても人は睡(ねむ)らず、癡獃(おろかもの)を買えと、人に呼びかける』とある。・・・今わが国で、上元に売暑する風俗も、これに似たものである。」
▼ 遊び歌「カンカンスルレ」を聴く。女性が満月に輪となって踊る・・・海洋性のものなのか、始原的な気がする。
最後に、二十四節気の「啓蟄」、イタヤカエデ(고로쇠)の樹液の薬効について次のように紹介された。
・明日(3月5日)は小正月、翌3月6日は節気の一つ「啓蟄」。節気は、一年を24等分して季節を表わしたもの。昼の長さを表す節気に、冬至、夏至、春分、秋分の日がある。また、春を知らせる節気に、立春や啓蟄がある。啓蟄の頃に、新年に入ってはじめて雷が鳴ると言われる。日本の「虫だしの雷」に通じる、冬ごもりした動物が驚き目を覚ます。さらに、植物も潤う季節になりる。韓国にはイタヤカエデの木があり、樹液を飲むと胃腸薬代わりになるとも言われる。春の気運が人の体にも作用すると信じられた。
▼ 春を知らせる「カエルへ(개구리에게)」をピリ演奏で聴く。子どもが喜びそうな全くの今様。愉快。
(本ブログ関連:”小正月”、”啓蟄”)
始めに、「小正月(정월대보름)」の行事・風習について次のように紹介された。
・昔、年明けの風習は、元旦のソルナルから15日後まで続いた。この「小正月」は、「正月(정월)」と陰暦正月の「15日間(대보름)」を合わせた表現で、「上元(상원)」とも言い、中国道教の行事「三元」の一つにあたる。韓国の小正月の間、十二支の順に日を巡る風習があった。ネズミの意の「子の日」に豆を炒って食べる。穀物を守る厄払いで、「豆と一緒に炒めよ(쥐알 볶아라 콩알 볶아라)」と言って炒る。「쥐」はネズミ、「쥐알」は小さいもの。「콩」は豆、「볶아라」は炒めよの意。そのことで穀物を守ろうとした。また、牛は農作業に欠かせぬため、「丑の日」に豆を入れた粥を食べさせ休ませた。ヘビの「巳の日」には髪をとかぬ風習があり、家に蛇が入らぬと信じた。
▼ 「厄除け打令」の歌を聴く。四方と中心、守りを固めて安心繁盛・・・農楽隊が家々(家中も)廻ったようだ。
次に、「ネドウィ(내더위=私の暑気)」の風習、「カンガンスルレ(강강술래)」という遊びについて次のように紹介された。
・昔、時期によって災いの種類が違うとされた。厄払い(액맥이)には、正月の厄払い、2月の厄払いなどといった歌があった。また、「小正月」の風習の一つに、暑気払い*があり、小正月の朝、最初に会った人に「わが暑気を買っていけ(내 더위 사가게)」と叫んで、夏の暑さをなすりつける。相手は、構えていて、言われたらすぐに言い返し、倍返しする。小正月と言えば、「カンガンスルレ」という遊びもある。女性が、体をつなぎ円を描きながら歌う遊びだ。
(*)「東国歳時記」(洪錫謨、訳姜在彦、東洋文庫)の「(旧暦)一月」、「上元」の項に「売暑」としてある。
「朝早く起きて、誰か人を見ればだしぬけにその名を呼ぶ。先方が返事をすればすかさず、『わが暑気を買え!』という。これを売暑という。・・・/かんがうるに、(中国宋代の人)范石湖の『売癡獃詞(ばいちがいし)』に、『除夜は更けても人は睡(ねむ)らず、癡獃(おろかもの)を買えと、人に呼びかける』とある。・・・今わが国で、上元に売暑する風俗も、これに似たものである。」
▼ 遊び歌「カンカンスルレ」を聴く。女性が満月に輪となって踊る・・・海洋性のものなのか、始原的な気がする。
最後に、二十四節気の「啓蟄」、イタヤカエデ(고로쇠)の樹液の薬効について次のように紹介された。
・明日(3月5日)は小正月、翌3月6日は節気の一つ「啓蟄」。節気は、一年を24等分して季節を表わしたもの。昼の長さを表す節気に、冬至、夏至、春分、秋分の日がある。また、春を知らせる節気に、立春や啓蟄がある。啓蟄の頃に、新年に入ってはじめて雷が鳴ると言われる。日本の「虫だしの雷」に通じる、冬ごもりした動物が驚き目を覚ます。さらに、植物も潤う季節になりる。韓国にはイタヤカエデの木があり、樹液を飲むと胃腸薬代わりになるとも言われる。春の気運が人の体にも作用すると信じられた。
▼ 春を知らせる「カエルへ(개구리에게)」をピリ演奏で聴く。子どもが喜びそうな全くの今様。愉快。
2015年3月11日水曜日
冬の蟻
ねぐら(塒)深く、酔いつぶれたアリの親方がテーブルに顎(あご)を置いたまま、この冬はしばれるといって、ぶつぶつ話しを続けた。・・・周りは、眠い目をこすりながらじっと耳を傾けた。
なんだとお、ねぐらというのは鳥の巣のことだと、わしらは昔は飛んだものだぞ。今だって、御かみさんの後について行くときゃ、羽をぶんぶんいわせるもんだ。そん時だけだがな。
それに、カチカチいうスズメバチも近い親戚だ。やつらは空を飛んで餌を探し回るが、わしらは地べたを這って探すわけよ。だから羽は邪魔。でも、顔を見ろ、そっくりだろ、どうだ。
それときたら、あのシロアリ野郎、勝手に名前を盗みやがって。やつらはゴキブリ野郎さ。堂々とお天道様に顔向けできない奴らだ。わしらとは違う。オスにしてもな。
でもなあ、人間の子どもは残酷なもんだ。小さいくせして、わしらのねぐらに一生懸命水を流し込むのだから。あれには参った。部屋中水びたしだ。奴らは飽きっぽいから大丈夫。逃げ道はいくらでもあらあな。
今日も寒いな。こうやって幸運にも生き残れるのは、神様の思し召しというもんだ。じき暖かくなりゃ仕事だぞ。ゆっくり体を休めておけよ。・・・周りの連中も、付き合いにぐったりして横になり寝息を立て始めた。
2015年3月10日火曜日
記憶違いと物忘れ
昨晩作成のブログで、イ・ウンハの曲名を間違えて書いてしまった。訂正したが、なんだか落ち着かない。記憶違いというのは少々つらいものだ。
ここ数日、思い出せない島があった。グアム島だ。なぜかオアフ島しか浮かんでこないのだ。オアフ島には行ったこともないのに。そんな虚ろなことがいろいろある。
昔、途中で転校した小学校の校歌の3番にある池の名前が思い出せなかった。さいわい、ネットに記された校歌を見て思い出した。校歌は、地元の有名な作家と有名な作曲家によるものだ・・・子どものころ、気にしてはいなかったが。
池に遊びに行ったことがある。桜の季節、小学校から一団となって花見したのだ。そこが、ある企業の貯水池だったとは今回はじめて知った。小さな子どもの記憶に残る桜は、いつも見上げるものだった。桜の季節は空が桜色していた。
ここ数日、思い出せない島があった。グアム島だ。なぜかオアフ島しか浮かんでこないのだ。オアフ島には行ったこともないのに。そんな虚ろなことがいろいろある。
昔、途中で転校した小学校の校歌の3番にある池の名前が思い出せなかった。さいわい、ネットに記された校歌を見て思い出した。校歌は、地元の有名な作家と有名な作曲家によるものだ・・・子どものころ、気にしてはいなかったが。
池に遊びに行ったことがある。桜の季節、小学校から一団となって花見したのだ。そこが、ある企業の貯水池だったとは今回はじめて知った。小さな子どもの記憶に残る桜は、いつも見上げるものだった。桜の季節は空が桜色していた。
2015年3月9日月曜日
春雨
今は帰国して日本を去った歌手に、ケイ・ウンスク(桂銀淑、1961年~)がいる。彼女の特徴にハスキーボイスがあった。いわゆる成熟した女性の低音というより、独特なかすれを持つ意味でのハスキーな声質が魅力だった。
同様なハスキーさで、しかも誕生も同年という歌手にイ・ウンハ(李銀河/イ・ウナ、이은하)がいる。日本で活躍はなかったようだが、NHKの番組で紹介され、日本の歌手が、彼女の歌う「まだあなたは私の愛(아직도 그대는 내사랑)」のうまさを賞賛した。
(訂正: 曲目を上記赤字の通り修正します。深謝)
しとしと降りの今晩、イ・ウンハが歌う「春雨(봄비)」(1979年、作詞:イ・ヒウ、作曲キム・ヒガプ)を聴いてみよう。
(本ブログ関連:”イ・ウンハ(이은하)”)
今となれば、あのハスキーも当時の韓国歌謡界独特の雰囲気だったのかもしれない。その中で、現在も活躍する歌手がイ・ウンハである。
「春雨(봄비)」
春雨に去ったひと、春雨に濡れて戻ったよ
あのときは、あの日には、笑って別れたが
今日このひととき、今日このひととき
あまりに惜しく
互いに涙で、窓を見るよ (あ~あ~あ)
春雨に戻ったひと、雨に胸濡らすよ
(以上繰り返し)
(Youtubeに登録の李銀河 - トピックに感謝)
同様なハスキーさで、しかも誕生も同年という歌手にイ・ウンハ(李銀河/イ・ウナ、이은하)がいる。日本で活躍はなかったようだが、NHKの番組で紹介され、日本の歌手が、彼女の歌う「まだあなたは私の愛(아직도 그대는 내사랑)」のうまさを賞賛した。
(訂正: 曲目を上記赤字の通り修正します。深謝)
しとしと降りの今晩、イ・ウンハが歌う「春雨(봄비)」(1979年、作詞:イ・ヒウ、作曲キム・ヒガプ)を聴いてみよう。
(本ブログ関連:”イ・ウンハ(이은하)”)
今となれば、あのハスキーも当時の韓国歌謡界独特の雰囲気だったのかもしれない。その中で、現在も活躍する歌手がイ・ウンハである。
「春雨(봄비)」
春雨に去ったひと、春雨に濡れて戻ったよ
あのときは、あの日には、笑って別れたが
今日このひととき、今日このひととき
あまりに惜しく
互いに涙で、窓を見るよ (あ~あ~あ)
春雨に戻ったひと、雨に胸濡らすよ
(以上繰り返し)
(Youtubeに登録の李銀河 - トピックに感謝)
2015年3月8日日曜日
春の気配が増してきた
日めくりカレンダーをPCそばに置いたため、日ごと忘れることなく剥がしている。一枚取れば裏をメモ紙にして・・・と思っているうちに次々溜まる。毎日があっけなく消費されて、果たして実のあるものになっているのか。日々、忘却の彼方へと過ぎていく、そんなところだ。
それでも、今日は春らしく暖かさを感じて、上着をコートから厚手のセーターに変えた。身軽になった気がする。外出すれば、少々寒いけれど痩せ我慢。いつもと違う隣り町の図書館本館へ行く。高い書棚にあって取りにくかった書籍(詩全集)が、目の高さに移動していた。微妙だがあちこち配置換えしている。
一日一日、気候も微かに変化している。斯様に変わるものもあれば、変わらぬものもあるけれど。今年は、ちょっと変化してみたい。生活リズムというか、時間割というか変化が必要だ。4月から新しいリズムで始めてみたいことがある。
イ・ソンヒ ファンは勿論このままだ。彼女のコンサートは、2、3年置きに開催のため、今年は遠出の予定もない。こちらにも何か変化が欲しいものだ。
それでも、今日は春らしく暖かさを感じて、上着をコートから厚手のセーターに変えた。身軽になった気がする。外出すれば、少々寒いけれど痩せ我慢。いつもと違う隣り町の図書館本館へ行く。高い書棚にあって取りにくかった書籍(詩全集)が、目の高さに移動していた。微妙だがあちこち配置換えしている。
一日一日、気候も微かに変化している。斯様に変わるものもあれば、変わらぬものもあるけれど。今年は、ちょっと変化してみたい。生活リズムというか、時間割というか変化が必要だ。4月から新しいリズムで始めてみたいことがある。
イ・ソンヒ ファンは勿論このままだ。彼女のコンサートは、2、3年置きに開催のため、今年は遠出の予定もない。こちらにも何か変化が欲しいものだ。
2015年3月7日土曜日
イ・ソンヒの「Jへ」
昨年4月、世宗文化会館での30周年コンサート「歌う イ・ソンヒ」(2014年4月)の始まりに、ステージにせり上がるイ・ソンヒの第一声は、1984年に歌ったデビュー曲「Jへ(J에게)」(作イ・セゴン)だった。威風堂々とさえ見える。まさにファンとともにあった歌だ。
(本ブログ関連:”Jへ” ⇒ リンク先表示右下「次の投稿」で更に続く)
ご覧の通り、会場は30周年コンサートらしい大人の雰囲気していて良い。もちろん、(次のYoutube映像に収録されていないが)コンサート後半には、観客らを熱狂させる(固有の琴線に響くというべきか)、「あ!昔よ」や「美しい江山」も歌われ、会場の熱気に圧倒される。彼女が長年支持される理由である。
「Jへ」
J 撫でる風に、J あなた想えば
今日も静かに、あなた 偲ぶわ
J きのうの夢に、J 出会った面影
わたしの胸に、染まっているのよ
J きれいな夏の日、遠く消えたとしても
J わたしの愛は、今も変わらない
J あなたを永久(とわ)に
J あなたを愛して
J ともに歩いた、J 思い出の道
わたしは今宵も、寂しく歩くのね
寂しく歩くのね
(Youtubeに登録のAlice Sk8erkittyに感謝)
(本ブログ関連:”Jへ” ⇒ リンク先表示右下「次の投稿」で更に続く)
ご覧の通り、会場は30周年コンサートらしい大人の雰囲気していて良い。もちろん、(次のYoutube映像に収録されていないが)コンサート後半には、観客らを熱狂させる(固有の琴線に響くというべきか)、「あ!昔よ」や「美しい江山」も歌われ、会場の熱気に圧倒される。彼女が長年支持される理由である。
「Jへ」
J 撫でる風に、J あなた想えば
今日も静かに、あなた 偲ぶわ
J きのうの夢に、J 出会った面影
わたしの胸に、染まっているのよ
J きれいな夏の日、遠く消えたとしても
J わたしの愛は、今も変わらない
J あなたを永久(とわ)に
J あなたを愛して
J ともに歩いた、J 思い出の道
わたしは今宵も、寂しく歩くのね
寂しく歩くのね
(Youtubeに登録のAlice Sk8erkittyに感謝)
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