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2011年6月18日土曜日

新宿コリアタウン巡り

新宿職安通りのコリアタウンに出かける。午前中まだ天気のよいとき、新宿紀伊国屋書店で観世流謡本「殺生石」(檜書店)をもとめる。昨日は、小金井図書館で「古浄瑠璃正本集第四」(角川書店)から「しのだづまつりぎつね」をコピーしたし、最近、狐にまつわるものを収集中である。

待ち合わせのниさんと、新宿区役所前を通って職安通りに出てみると雨雲のせいか、さほど人影がないように見えた(実は大違い)。横断歩道を渡って左に進むと、CD・書籍ショップの「コリアプラザ」手前を右に入る小通りがあり、韓国料理店が並んでいる。その中の新しい店に入り昼食をとる。熱々の蔘鷄湯は上品で美味い。

食後、「コリアプラザ」に入って驚いた。店内は客であふれていた。女性客が圧倒的に多く年齢層も満遍なく網羅していて、制服姿の女子高生までいた。また若い世代の男性客もまじっていて、確実に客層が広がっているのがわかる。
漫画風レイアウト(「フィルムコミック」という)の「僕のガールフレンドは9尾狐(내 여자친구는 9미호)」が、何とキネマ旬報社から日本語版で出ているのだ。CD、書籍を眺めて、店を出ると雨が降り始めた。

韓国食品スーパーの「韓国広場」は買物客でごった返していた。小パッケージ入り粉茶である、ミルクと一緒に飲むと美味しい鳩麦茶(율무차)2種と、漢方風味のダムト(담터)社の「ハンチャ(한차)」をもとめる。量が多いため、途中で山分けする。

帰り路、雨はやまずに降り続いた。そうそう、コリアタウンは少し静かな平日が おすすめだ。

2011年6月17日金曜日

イ・ソンヒのときめき

イ・ソンヒは、今年(5/21)催された「五月の陽射し」コンサートで、ゲストにキム・ボムニョンを迎えて、80年代の彼の代表曲を一緒に歌い、あらためて歌を楽しむことを披露した。
アジア経済の記事「イ・ソンヒ『ときめかなければ生きていないことになります』-1」*(6/16)の、イ・ソンヒとのロング・インタビューで、彼女の歌に対する想いを知ることができる。なお同紙には、女性誌のような印象的な彼女の写真も掲載されている。【カン・ミョンソク(강명석)記者】
インタビューの回答に彼女の内面的な部分もあるが、ここでは次のように要約する。

・「五月の陽射し」コンサートでは第2部に、1980年代を代表する週末バラエティーショーだったMBC「土曜日土曜日は楽しくて」のような感じを舞台に移したが、本当に観客の方に好評だった。
・ライブを大事にして、その評価を恐れず不足を探すことにしている。今回の公演では、演奏者のサウンドによって観客と自分を橋渡ししていることの重要性を知り、その部分を充実させた。
・ライブでは歌い方に、(最初に音楽と関わった)ロックの部分を取り入れたいこともあり、したこともある。アルバムではしないこともないが、それだけではない、自分は大衆歌手なのだから、マネージャーの意見も取り入れている。

(*)記事タイトルに《-1》が付されているので続編が期待される。

2011年6月16日木曜日

(資料)イ・ソンヒのソウル市議会議員選出馬の背景

今、陽の当たる人について、過去のいろいろな関わりを語る有名無名の人々がいる。ともすると一方で、その成功者の人生の転機に立ち会ったとか、当事者であったとか語る。成功への改札口で切符を切ったのはわたしだと。
他方、歴史の証言としてその場面に立ち会った、淡々と語る信頼性の高いと思われるインタビューがある。

デイリーポットの記事「『Jへ』イ・ソンヒ ソウル市議会議員招聘の推進」(6/14)は、元政治家の張慶宇*(장경우、与党民自党)の思い出語りして、イ・ソンヒが1991年6月20日にソウル市会議員選挙に27才で麻浦地区から出馬(民自党)して当選した、当時のことを次のように記している。なおサブタイトルには、「張慶宇元議員が見た政治30年 YS(金泳三)と崩れる人々③編」と付されている。
(*)張慶宇:維新以後初めての第1次地方自治制選挙のとき、民自党の地方自治体選挙対策本部長を勤めた。

・ソウルの場合、若い層は最初から民自党を(否定的な雰囲気があり支持)しないようだった。その渦中に麻浦地区では、ソウル市市会議員候補を決められずにいた。麻浦地区は市会議員候補で内定した人が事前選挙運動で拘束されるなど問題が多かった。
・イ・コンサン総務局長と昼食の席で、局長が口を開いた。冗談なのか本当の話かわからない声で「イ・ソンヒはどうですか?」ということだった。「最近の芸能人の中で一番急上昇で、スキャンダルも全くなくて、とにかくその歌手がこの頃の若い人たちにとても人気が良いのです。」、(さらに、麻浦地区とどんな関係かについては)「なぜか? 江辺歌謡祭出身でしょう、麻浦がすぐの江辺地域ではないですか?」
・ひとまず高等学校同窓の演芸担当PDである友人にたずねたりして、具体的に調べ始めた。
・公演中のイ・ソンヒと会い、地方自治選挙とりわけソウル市市会議員選挙の重要性や、女性の繊細さと女性の特性がたくさん必要な点などを説明した。(彼女は真剣な表情ではなかったが)関心と意志があるように見えたので一安心になった。

(本ブログ関連:”市議会”)


(孫が雨合羽は暑いからと初めて傘さして、母親と一緒にお出かけするというメールの知らせが来た)
★★★★★ 孫が、幼い握力のため傘の柄の中心を持ち、「傘大好き」と応えている動画が届いた ★★★★★

2011年6月15日水曜日

「歌謡祭」出身は昔話…

国民日報のクッキーニュースの記事「『歌謡祭』出身は昔話…今は『オーディション プログラム』出身に注目」(6/14)は、次のテーマ(◇)で歌謡界の状況を歌手たちをまじえて紹介している。【ユ・ミョンジュン(유명준)記者】

・Mnetプログラム「スーパースターK」で触発されたオーディション熱風はもう議論さえ食傷ぎみだ。・・・オーディション番組は出演者だけ違うだけで形式は、大同小異である。
◇ 1980~90年代を活躍した歌謡祭の没落
  大学歌謡祭と江辺歌謡祭の出身者(当然ながら1984年に江辺歌謡祭に登場したイ・ソンヒも含めて)は、1980~90年代韓国歌謡界を牛耳ったし、現在も一定部分の影響力を及ぼしている。
◇ 放送プログラム(オーディション番組)出身者たちの移籍料は天井知らず
  もちろんこれら(オーディション番組出身者)が歌謡界に及ぼす力はまだ微々たるものだ。いまやっと新人歌手でデビューしたりデビュー準備中であり、プロの世界で実力をまた検証受けなければならない課題も抱えている。

・(カン・テギュ大衆文化評論家は)「過去、歌謡祭出身者は当時としては大衆的でない音楽で大衆の支持を引き出した。しかし、今デビューしたオーディション(番組)出身者は人気曲を越えた自分だけの力量をまだ見せてくれていない。」と付け加えた。

2011年6月14日火曜日

孫娘と家族写真

お嫁さんから、昨日(6/13)写真館で、3箇月と8日の孫娘を中心に、若い家族の家族写真を撮ったというメールが届いた。 写真の孫娘は、髪飾りしてお姫様のように着飾って、正装したお兄ちゃん(こちらは2歳と3箇月と6日)と両親に囲まれている。早速、携帯の壁紙に登録した。携帯を開けるたび、幸せな家族写真が見られる。

若夫婦は支えあい協力して、この二人の子どもたちを育てねばならない。わたしは、うるさがれないように見守り、うるさがれないように口出しし、うるさがれないように会いに行こう。

府中市郷土の森博物館

熱い陽ざしのなか、初めて西武多摩川線(旧是政線)の終点、是政駅に降りる。少し南に歩くと多摩川べりになる。小高い堤の下、緑に茂る多摩川緑地に沿って「多摩川府中川かぜのみち」がつづく。川風に涼む時間でもなく、汗が止まらない。川上に歩を進めて、南武線と武蔵野貨物線の2つの低い橋脚をくぐると、やがて右手に府中の森公園が見えてくる。

今日の目当ては、公園にある「府中市郷土の森博物館」である。ひとつに、昨年、2010年5月1日~6月27日に同館にて特別展示された「お稲荷さんの世界」のブックレットの入手と、現在開催中(4月29日~6月26日)の特別展「アウトローたちの江戸時代」の見学だ。

「お稲荷さんの世界」のブックレットをミュージアムショップで購入したとき、館内アナウンスがあり、プラネタリウムで「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH」の開演が紹介された。早速、同館地下にあるプラネタリウムで夏の星座を楽しむ。西の空にしし座を、東の空に夏の大三角が紹介された後、打ち上げから帰還まで、「はやぶさ」だけをCGで描いた、まさにドラマが上映された。はやぶさに機械以上のものを感じてしまった、当時の感動が呼び覚まされた。はやぶさは、確実に宇宙少年・少女たちを創ったことだろう。この成果はとても大きい。

お稲荷さんが近世大流行したのは江戸時代とのこと、しかも今でも見られることだが、「村の鎮守の場合もあるが、屋敷神として祀られるのが圧倒的に多い。家々で独自に祠(ほこら)を建て、お稲荷さんを独自に勧請*している。」(ブックレット)
*勧請:かんじょう、有名な神社から祭神を分霊すること。

江戸期の経済発展のなか商家が力を持ち、ある意味、商家個々の肖像画のように、自己をアピールするものであったのではないのだろうか・・・と素人判断する。
まあ、そんなわけで、「僕のガールフレンドは九尾狐」から、「九尾狐」、「狐」、「お稲荷さん」と、とりとめなく発散してしまっているわけだが。

「アウトローたちの江戸時代」の特別展会場に入って、最初に展示された資料は、歌川広重の「東海道五拾三次之内 二川」で、陽の陰り始めた原野を旅する瞽女の浮世絵だ。あの時代、三人の瞽女が手をつなぎ旅している姿を見たとき、胸がしめつけられた。今の旅は、発見であり、再生である。しかし、そうではない旅が近世まであった。

帰り道は、曇天になって小雨がぱらついた。地元駅に降り立ってしばらくすると、夕立のように雨が降ってきた。葉の茂る桜並木の下で雨宿りする。通り雨か、雲間に薄明かりがすると同時に降り止んだ。

(本ブログ関連:”お稲荷さん”)
(本ブログ関連:”はやぶさ”)

2011年6月13日月曜日

雲明かり

太陽の光は暖かく、月の光は冷たい。夜の景色のこと、積もった雪が月の光に照らされて辺りをうっすらと明るくする「雪明かり」という言葉を国語辞書に見ることができる。
ところで、月の姿が見えない夜道を歩きながら、ふと頭上を見上げたとき、光をうけた雲の明るさに驚くとことがある。太く輪郭を輝かせながら夜空に悠然と浮かぶ、そんな雲の明かりを表現する言葉はあるのだろうか。「雪明り」にならって、「雲明かり」という言葉を辞書に探してみたが見つからない。ちなみに、インターネットで検索してみたところ、写真(カメラ)趣味の方々のホームページにこの表現がいくつか見られた。

やっかいなことがある、雲が地上の明かりを受けて反射している場合、その光景をどう言えばよいのだろう。月の光と街の灯りの両方合わせて「雲明かり」でもよいが、見あげる夜の雲に限定すると、後者には詩情がないようだし。月の光を背にうけたとき「雲明かり」とするのが妥当のようだ。

2011年6月12日日曜日

玄翁(げんのう)

イ・ソンヒがテーマ曲を歌う、SBSの<ファンタジック&ロマンティック・ラブコメディ>「僕のガールフレンドは九尾狐」に登場する九尾狐(クミホ)は、可愛らしい無垢な存在(ミホ)に描かれている。(現在、DVDで6話まで視聴)

日本の伝説の九尾狐は、鳥羽上皇から寵愛をうけた絶世の美女玉藻前(たまものまえ)に化身するものの、陰陽師安倍泰成(安倍晴明浄瑠璃で母親が狐であったとされる)に、その正体を暴かれる。追われた玉藻前は哀れ殺生石(せっしょうせき)となるが、最後に玄翁(げんのう)和尚にその身を砕かれる。

この物語を、青空文庫の「殺生石」(楠山正雄、児童文学者)で読むことができる。

ある秋の夜、下野(しもつけ)那須野の原に野宿する玄翁和尚をかすかに呼ぶ声があった。すると、背丈ほどの石(殺生石)のそばに玉藻前が立っていた。おのが身の犯した罪を語り始め、涙をはらはらとこぼして法力で魂の救いを願った。

「(翌朝、願いを請けた)玄翁は殺生石の前に座って、熱心にお経を読みました。そして殺生石の霊をまつってやりました。殺生石がかすかに動いたようでした。
 やがてお経がすむと、玄翁は立ち上がって、呪文を唱えながら、持っていたつえで三度石をうちました。すると静かに石は真ん中から二つにわれて、やがて霜柱がくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました。」

話し変わって、一家に一つはある金槌(かなづち)で、頭部両端が平らなものを「玄翁」という。上記の伝説からきたといわれている。(昔、仏僧に、土木、鉱山などの技術に長けたものたちがいたようだ)

ちなみに、鉱物に「玄翁石(いし)」があるが殺生石と関係なく、図鑑「日本の鉱物」(成美堂出版)によれば、フォッサマグナより東の第三紀中新世の泥岩中からみつかる不純な方解石(炭酸カルシウム)に置き換わった「仮晶」で、形が玄翁(金槌)に似ていることから名付けられたようだ。

(本ブログ関連:”殺生石”)
(本ブログ関連:”九尾狐”←画面右下の「前の投稿」も)


★★★★★ 孫が、お気に入りの機関車トーマスの絵本を、熱心に読んでいる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、甘い口元のペコちゃんのように、可愛い眼差しの笑顔の写真が届いた ★★★★★

2011年6月11日土曜日

立川断層帯

YOMIURI ONLINEの記事「立川や福島原発近くの断層、地震の確率高まる」(6/9)によれば、立川断層帯の地震の確率が高まったと次のように報じている。

・政府の「地震調査委員会」は9日、東日本大震災に伴う地殻変動によって、国内の主要活断層で地震発生確率が高まった可能性があると公表した。同委員会では「発生確率がどのくらい上がったかはまだ不明だが、警戒が必要だ」としている。
・これまでの長期評価(30年以内の地震発生確率)
  「立川断層帯飯能-立川-府中)」:M7・4程度の地震が0・5~2% ⇒【メモ:80%なら、2%(30年)×40≒1200年】
  「双葉断層(宮城県、福島県)」、M6・8~7・5の地震が「ほぼ0%」
  「糸魚川―静岡構造線活断層系の中部付近(長野県、山梨県)」:M8程度の地震が14%

以前、地元の市民講座で立川断層の地震について、発生した場合、M7で震度6強ということだったので、どの程度の影響があるか気になる。

ところで、断層帯についてWkipediaは次のように説明している。
・(同じ応力によって生じた隣接する断層である)共役断層のうち、複数の大きな断層が帯状に連なるものを断層帯と呼ぶ。

(追記)
断層帯の帯のとらえ方がよくわからない。中心になる断層に、線方向に断続してつながる断層、あるいはその左右に並列して隣接する断層などがあるだろうけれど、どういう範囲(根拠)でまとまりを持たせているのだろうか。


(写真はすごい。孫娘の一瞬の表情に、孫(お兄ちゃん)にも似ていることを教えてくれる)
★★★★★ 孫娘が、横になって指しゃぶりしながら、レンズを見ている写真が届いた ★★★★★

(男の子はなぜか、カメラに向かって白目をむいたりして照れ隠しするものだ⇒”梅佳代”)
★★★★★ 孫は、男の子らしい照れで、顔を指で《ひょっとこ》にしている写真が届いた ★★★★★

雨の日にお似合いの

昨夜来の雨は、梅雨にしてはアッサリと投げ出して、一週間ほど遠のくようだ。それはそれで結構なことだけれど、雨降りの折に触れようとした、フォークグループ・ペタラギ(배따라기)の「きみは春雨がとても好きですか(그댄 봄비를 무척 좋아하나요)」(歌詞)は、雨天にお似合いの曲なのに。

雨が降れば思い出に浸るという若者のこの恋歌は、懐かしいほど純情なところがよい。イ・ソンヒが登場した同じ年の歌である。Youtube(「歌謡トップ10」)で、対面して歌う若者男女の何と初々しく見えることか。

ところで、この歌は、ペタラギの第2集アルバム(1984年5月)に収録されていて、ヤン・ヒョンギョン(양현경)のサイトにあるプロフィールによれば、彼女は同曲でレコードデビューしたようだ。

(Youtubeに登録のleesang4388に感謝)

(参考)ブログ「heesuna nada」に興味深いエピソードが載っている。感謝。

(本ブログ関連:”ペタラギ”)

2011年6月10日金曜日

ケイジャンの賛美歌

アメリカ南部、ハリケーンの通り道ルイジアナ州に住む、フランス語系のケイジャン(「アケイディアン"Acadian"」の訛り)たちのポピュラーな賛美歌「愛のみはは」を、L'Angelusが「いつの日にか 見え奉らん(J'IRAI LA VOIR UN JOUR!)」のタイトルで歌っている。
Youtubeの映像は、アメリカ南部らしく多様な子どもたちが愛らしく登場し、西陽のぬくもりのような穏やかな歌に自然と耳
を傾けてしまう。



(Youtubeに登録のBearcat745に感謝)

2011年6月9日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 テピョンソ

一昨日の水曜日(6/8)放送の、KBS WORLD「国楽の世界へ」では、(ちゃるめらのような管楽器の)「太平簫(テピョンソ:태평소)」が紹介された。毎回楽しみに聞かせていただいている。感謝。

昔、地方官が赴任するときに、その隊列に취타대(チュイタデ)という(管楽器と打楽器を中心とした演奏集団の)鼓笛隊のような音楽を演奏する人々がついた、とのこと。「吹打隊」となるのだろう。
▼国立国楽院による「テチュイタ」を聴く。辺りを睥睨するかのような厳かな演奏がつづき、耳に残る。

楽器は一見金管のようだが、リードと、木管の胴と、先端がじょうご型の銅製になっている。響きは金管そのものといった感じがする。考えてみれば珍しい構造だ。
▼チョ・ガビョンによる「テピョンソとサムル」を聴く。農学のメロディの編曲とのこと。軽快なリズムに体が揺さぶられる。

現代には、太平簫(別名:セナプ(새납))を長尺に変化させた楽器のチャンセナプが登場することになった、とのこと。
▼チェ・ヨンドクによる「熱風」を聴く。音域を広げたチャンセナプは、木管楽器の音色そのものだ。限りなくオーボエに近づいているようだが、どこか哀愁がある。

(付記)
先日記した、奉元寺の霊山斎にある「法鼓舞」に使われる金属音の楽器を「吹打」(=旋律)としたが、喇叭(ナパル)の誤りだったので訂正した。
ところで、今回の太平簫と喇叭はどのような関係があるのだろうか知りたいところである。

(参考)
ブログ「あるびん・いむのピリ日記」に、吹打喇叭の紹介がある。感謝。

(本ブログ関連:”KBS WORLD「国楽の世界へ」”)

(資料)イ・ソンヒの選挙広報物

今の歌謡界に、世代を通して口ずさめる歌を提供する歌手がいないようだ。歌手の力量というより、時代(すなわち生産側と消費側のスタイル)が変わってしまったからだろう。タレント歌手は、一部を除いて、舞台にグループで演じる姿が多く見受けられる。そんなグループ歌手のメンバー順位を、実質CD販売枚数で競わせて、「選挙」という名を借りてショー化するまでになっている。

OLPOST掲載のブログ記事「イ・ソンヒ 市会議員時の広報物と公約は?」(5/4、by白黒テレビ)には、本当に「選挙」をしたイ・ソンヒの当時の広報物(写真)をまじえて次のように紹介している。
・きれいな音色で感動を与えた歌手イ・ソンヒが、91年6月20日の(ソウル市会議員)選挙に、27才で麻浦(地区)から出馬当選した。所属政党は当時与党の民自党。
・[イ・ソンヒ候補の選挙公報]について、 なぜかぎこちない姿だが・・・「実践する麻浦の娘」というスローガンがやぼったく見える。([選挙公報裏面]にあるサブスローガンは、「麻浦は希望が必要です」、「麻浦は勇気が必要です」、「麻浦は実践が必要です」、および「実践する女性は未来の希望です」など。)
・イ・ソンヒは、言論(マスコミ)とのインタビューで、当時市会議員活動が人生に多いに役に立ったとして、多くのことを学んだし人生が簡単でないということを市会議員活動をしながら学んだと言っている。

(本ブログ関連:”市議会”、”市会議員”)

2011年6月8日水曜日

ソユーズ宇宙船

JAXA(宇宙航空研究開発機構)によれば、「古川聡宇宙飛行士(第28次/第29次長期滞在クルーのフライトエンジニアとしてISSに約5ヶ月半滞在し、「きぼう」日本実験棟での実験運用やISSの運用・維持管理を行う)が搭乗するソユーズ宇宙船(27S/TMA-02M:搭乗員3名)が、本日6月8日(水)5:12(日本時間)にバイコヌール宇宙基地(カザフスタン共和国)から打ち上げられました。ソユーズ宇宙船はその後、6月10日(金)6:22に国際宇宙ステーション(ISS)に結合する予定です。」とのこと。

ソユーズ宇宙船(27S/TMA-02M)は、アナログ(TMA200系)からデジタル(TMA-M700系)に大きく改良されたとテレビで報じていた。(初号機は2010/10、今回は2号機にあたる)
それでも、ソユーズ宇宙船も、打ち上げに使われるソユーズUロケット(4本ブースター)も、ソ連時代の香りが残っていていいな。

(本ブログ関連:”国際宇宙ステーション(ISS)”)


(古川宇宙飛行士が飛立った今日、孫娘は母親と実家の両親と一緒に科学館に寄った。ちいさなアストロノーツだ。)
★★★★★ 孫娘が、科学館の宇宙服写真パネルから顔をのぞかせている写真が届いた ★★★★★

(保育園から帰ってきた孫は、買ってきたメバルにびっくり。ちいさな”さかなクン”だ。)
★★★★★ 孫が、大きな魚のメバルを両手に持って、感心して眺めている写真が届いた ★★★★★

2011年6月7日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ピリ

先週水曜日(6/1)に放送の、KBS WORLD「国楽の世界へ」では日本の篳篥(ヒチリキ)に似た、「管楽器の花形と言っても過言ではない」主旋律楽器「ピリ(觱篥:피리)」が紹介された。遅くなったが次の通り記す。

この2枚リードの木管楽器は、さしずめ小型のオーボエといったところだろう。
▼チョン・ジェグクによる「柳初新之曲の中から上霊山」を聴く。放送では「優雅な宮中の雰囲気が漂う」と解説された。合奏の中に聴く音は、YoutubeやTV팟などで聴く<独奏>と比べて煌びやかだ。

ピリは更に、郷楽に使われたヒャンピリ(郷觱篥:향피리)、唐楽に使われたタンピリ(唐觱篥:당피리)、細く小さい繊細なセピリ(細觱篥:세피리)の3種類に分けられるそうだ。
ピリは、広義に吹奏する全てを指し、狭義に上記楽器を指すという。
▼オ・セチョルの草笛による「ハン五百年、チョンソンアラリ」を聴く。草笛の素朴な音色におもわず引き込まれる。Youtubeに草笛奏者の呉世哲氏の名があるが同じ方だろうか。

世の東西を問わず、笛の音が盗賊の心にも響き悪事を思いとどませるといった逸話がある。教科書で知った盗賊「袴垂」も同じだ。
▼アン・ウンギョンによる創作音楽「蛙に」を聴く。現代曲・・・だが、カエルの気分になって聴くのもよい。

クミホ

イ・ソンヒがテーマ曲を歌った、SBSテレビ番組「僕のガールフレンドは九尾狐」の主人公「ミホ」は、相当世間知らずのお嬢さんといったところだ。視聴者には最初からわかっていることだが、実は九尾狐の化身である。愛らしいミホの名は、番組タイトルに、九尾狐(クミホ:구미호)を「9미호」と表示していることからわかる。<구(9)미(尾)호(狐)⇒9+미호(ミホ)>
さて、ミホの相手役「テウン」は、彼女の無垢さに振り回されながら次第に恋におちる。この二人?果たして恋を成就できるのだろうか、DVDを見てのお楽しみだ。

韓国の「九尾狐(クミホ)」の伝説を、韓国Wikipediaは次のように紹介している。
・韓国の九尾狐も恐ろしい話によく登場するが、一方的に害を及ぼす妖物はなくて、人間になりたい強い希望を抱いていることで出てくる。その一例が、九尾狐が可愛い人間の女に変身して、人間の男と恋に落ち結婚するが、もし九尾狐が、自分の正体を夫に気付かれずに百日を一緒に住めば本物の人間になるという伝説である。しかし、伝説の終わりに進めば、たいてい、一日を残して正体がばれてしまい、望みを成し遂げられない九尾狐は夫から離れてしまうことで終わる。
九尾狐は狐玉があるという。飴玉ほどの大きさの青色の玉であり、これが九尾狐の道力を象徴するという。ある話では、九尾の狐が人間の精気を取るときに狐の玉を使うとする。

この伝説、「葛の葉」を含む異種婚の悲哀を思い起こさせる。残るのは母子の情愛のみだ。

(本ブログ関連:”九尾狐”)

2011年6月6日月曜日

バナナ フルーチェ

先日のソウル漫歩の途中、コンビニで念願の「バナナ味牛乳(바나나맛우유)」を購入した。こってりとした牛乳味をベースにバナナの風味が施された、ほどよい量の飲み物である。陽ざしの強い日中行動するため、2軒のコンビニで飲んだことになる。実に美味かった。

さて、近所のスーパーの2階にあるレンタルビデオ店で、「僕の彼女は九尾狐」のDVDを借りて、階下のスーパーで買物をする。今回は、ハウス食品の「フルーチェ <バナナ>」である。フルーチェは、(少なめに)ミルクを混ぜると、とろりとよく固まって、まるで子どもの遊び菓子のようにできあがる。バナナ味のお楽しみはこれからだ。
バナナ味の巡礼はつづく。

(本ブログ関連:”バナナ”)

テレビ番組「僕の彼女は九尾狐」については、視聴が未完に終わり自ら恥じて完遂を欲するというわけで、挽回を期して、(陳列棚のVol.1が貸出中のため)まずはVol.2、3から試聴することにした。ドラマのお楽しみはこれからだ。

イ・ソンヒの詩「マックス・ミュラーの『ドイツ人の愛』を読んで」

「ドイツ人の愛(Deutsche Liebe)」(マックス・ミュラー:神話学者)という小説がある。先日(5/20)のソウル漫歩で入手した、イ・ソンヒの詩集「去る者だけが愛を夢見ることができる(떠나는 자만이 사랑을 꿈꿀 수 있다)」(LPレコード版、1990年)に所収の詩「マックス・ミュラーの『ドイツ人の愛』*を読んで(막스 뮐러의 '독일인의 사랑'을 읽고 )」がなければ知ることもなかった。
(*)「ドイツ人の愛」は、「独逸人の愛」(相良守峯訳:太陽出版社、1944年)、「愛は永遠に」(相良守峯訳:角川文庫、1953年)というタイトルで出版された。

イ・ソンヒのこの詩は、「長く待たなければならないもの/しかし一瞬にしてたずねくるもの/そして絶対的なもの/そして利己的なもの/結局、愛は一度きりのもの」と要約されるだろう。彼女の26歳のときである。

幸いWeb上で、小説の一部(2番目と3番目の回想?)を抄訳(訳:中川英世、高岡法科大学紀要Vol.10、Mar.1990)であるが読むことができる。感謝。
随分と大袈裟な題名だが、その内容を要約すると次のようになる。

・小説は、主人公の一人称「私」で、回想風に語られている。
・幼い6歳の主人公は、父親と一緒に初めて侯爵夫妻に出会い、そのときの素朴で単純な愛情表現の振る舞いを父親から咎められ、「よその人」の存在を知り、その意味を学ぶ。純粋で深い愛情に包まれた子どもの世界から、子どもであることをやめてしまう世界に進むのだが。
・「よその人」に対する新しい愛は、渇望する愛であって、献身的に尽くす愛ではない。突き詰めれば、自分本位の愛である。そのことから、返って「見知らぬ人」こそ、もっとも近しい人だということに気付く。

・学校に通うようになった主人公は、侯爵夫妻の子どもたちと一緒に遊ぶことが許される。この頃、「私のものとあなたのもの」との所有の混乱がおこる。
(この辺りについて、作者つまり主人公のいささか社会性-他者との境(さかい)の認識-の乏しさを感じる)

・侯爵の亡き前妻の忘れ形見である、病弱で無口に寝椅子に横たわっている娘、マリーアと出会う。主人公は、成長して少年になっており、彼女を「よその人たち」のなかに見ることができるようになっていた。
・何歳か知らないマリーアは、子どものように見えたが、その物静かな態度から、もはや子どもではあり得なかった。ある暖かい春、彼女は誕生日に自ら指にはめている指輪を、4人の弟妹たちに渡す。そのとき、少年は彼女との間にある「よその人」の境を忘れる。彼女の最後の指輪を持ちたいという欲求にかられる。それに気付いた彼女は、いずれ皆の前から去るときに身に着けておきたかった指輪まで彼に渡した。
・ようやく「よその人」との境に気付いて少年は言った。「この指輪は、あなたが持っていかなければなりません。何故ならあなたのものは私のものだからです。」
指輪を自分の指にはめ直したマリーアは、「あななたは自分の言っていることが解らないのよ。自分が何をいっているのか理解することを学びなさい-そうすればあなたは幸せになれるでしょうし、多くの人々を幸せにすることができるでしょう。」と応えた。

(本ブログ関連:イ・ソンヒ詩集””)

2011年6月5日日曜日

韓国の一般向け鉱物図鑑

ソウルの書店で、韓国産の鉱物図鑑をたずねたことがあるが、残念ながら見つからなかった。教保文庫では、洋書の図鑑や、その翻訳版を紹介されたが。また、韓国の古書インターネットに、日本の「楽しい鉱物図鑑」(堀 秀道著、草思社)が掲載されているのを見たことがある。

ところで、「わが国には、鉱物図鑑のような本がありますか?」という問いかけに対する回答が、Daum知識に載っている。
最初に紹介されている「岩石と鉱物(암석과 광물)」は、Smithsonian Handbooksの翻訳版だ。次に紹介されているものは、非売品の「鉱物岩石図鑑第2編硫化鉱物」(大韓鉱業振興公社、1990年)である。回答者によれば、他書も検索してみたがほとんど販売中止と表示されているとのこと。

(参考)大韓鉱業振興公社(KORES)のサイバー「鉱物展示館」で鉱物学分類を見ることができる。
(参考)韓国地質資源研究院(KIGAM)の地質博物館でサイバー「鉱物分類」を見ることができる。

(本ブログ関連:”韓国の鉱物資源”)

日本で鉱物関連の一般向け書籍が市販され始めたのも、ここ10年近くではないだろうか。おかげで見聞して鉱物の会に参加させていただいたわけだが。ソウルでも同様の一般向けの本を手にするのも間近と思う。

2011年6月4日土曜日

孫娘のお食い初め

孫娘は、今年3月5日に誕生した。百日たった昨日、孫娘のお食い初めをする予定になっていたが、2歳のお兄ちゃんの体調の都合で、今日に繰り延べになった。近在の魚屋に寄って、焼いたばかりの鯛を受け取り出かけた。

若い母親の心こもった祝いのお赤飯やお吸い物などを前に、孫娘を中心に若い家族の写真を撮る。できあがった沢山の写真には耳をそばだてると、きっと、回復した孫(お兄ちゃん)と孫娘の遊び声と泣き声がきこえてくるだろう。孫たちは元気に、親たちはぐったりとしていた。

孫(お兄ちゃん)のお食い初めのときもそうだったが、今回も、わたしの腕の中で孫娘はニッコリと甘えるような口元で笑顔を返してくれた。この笑顔を待ち望んでいた。来た甲斐があるというものだ。
ぎこちない、わたしの抱っこに次第に窮屈になったのだろう、孫娘はやがて泣き出した。若い母親の手元に返すと、すぐに泣き止んだ。

近くの公園にサッカーボール遊びに、孫と二人で初めての外出をした。途中、道路面に印された「とまれ」のマークがあるたび、孫と一緒に声を出して確認した。「と・ま・れ!」
回復したての孫の何と元気なこと、走りながらボールを蹴るのだから。先回りして相手するわたしは、汗をかいてしまう。遊びの帰りがけに、公園の水飲み場で、泥だらけの手とボールをしっかり洗う。清潔のためでもあるが、公園の土にもしかして潜む放射性物質を洗い流すためにも。

さて、お食い初めから帰宅するわたしを孫が追うので(自慢!)、武蔵境駅まで息子と孫が送ってくれた。駅そばの喫茶店で少しの間過ごして雑談する。聞けば、何と息子夫婦とも体調がいま一つだったのだ。結局元気なのは孫たちだけだったわけだ。

(本ブログ関連:”お食い初め”)