(本ブログ関連:”玄琴(コムンゴ)”
始めに、「玄琴」の由来にまつわる高句麗宰相「王山岳(왕산악)」の伝承、楽器の構造について次のように紹介された。
・撥弦(撥弦)楽器「玄琴」の由来は、高句麗時代にさかのぼるという。当時、中国から伝わったこの楽器を、高句麗では楽器だと分かるものの、奏法を知らなかった。宰相王山岳は、その楽器に手を加え、演奏できるようにした。それが、玄琴だ。玄琴は、琴の一種で、6本の弦を左手で押え、右手の「匙(スルテ、술대)」という棒ではじき演奏する。一説に、王山岳が奏する玄琴の音に、黒鶴が飛来して踊ったという。そんな伝承が玄琴にある。東洋で、鶴は平和を意味する縁起の良い動物である。
・ところで、玄琴の起源は、王山岳より以前の高句麗に、似た楽器があったという説もある。文化は、移動(遷移)し適合するようだ。
・「還入」とは、ひとつのリズムが六拍子で構成される曲。適当なスピードで、余計な伴奏はせず、一拍ずつ演奏する。速く華やかな現代のリズムと比して退屈かもしれないが、長く聞けばその真価が分かる。昔の学者ソンビは、何事も、有りのままの姿に従い、そこから心の平和を見出し、世の中と融合するのが、彼らが追及した暮らしだった。「還入」には、そんな精神が感じられる。
▼ 玄琴の独奏曲でリズム(長短)を意味する「還入」を聴く。3+3拍子のようにゆるりと、たおやかに流れる。
次に、「並唱(병창)」と、玄琴並唱の創作者の「申快童(신쾌동)」(1910年~1977年)について次のように紹介された。
・並唱は、楽器演奏と歌の両方ができねばならぬため容易でない。玄琴並唱の創作者が申快童だ。今でも、彼の弟子一人以外は、玄琴並唱をきちんとできる人がいないという。玄琴は長らく学者ソンビに親しまれたが、朝鮮時代末、喜怒哀楽の感情を玄琴で奏する刺激的な音楽が登場したため、ソンビは世が乱れたと嘆いた。
▼ 玄琴を演奏しながら歌う(並唱)で「玄琴並唱、名人の並唱」を聴く。詞を追うように玄琴が響く。
最後に、玄琴の現代化について次のように紹介された。
・最近、電子玄琴とか、変わった形の棒で奏する玄琴、弦数を変えた玄琴など登場したり、親しみやすい演奏も試みられる。伝統を守ろうとする人々の一方で、伝統の枠から抜け出て新しいものを作り上げようとする人々もいる。文化は、そうした変化と発展をするようだ。
▼ グループ「コムンゴファクトリー」演奏で、「コムンゴ・アンド・タンゴ」を聴く。コムンゴとタンゴ(洒落?)ばりに今様である。