夜中に、灯りをつけずに洗面所でうがいをしていたとき、別室からの薄明かりに照らされた私の顔が、目の前の鏡に映っているのを見て、一瞬、「あれっ、親父が・・・」と息つまるように驚いた。暗い中、不安のせいか、誰なのかとめぐらしたとき、真っ先に親父の顔が思い浮んだからだ。
歳をとると、自分の体形が、つくづく似ていくのを感じていたが、顔つきまでもがこれほど近づくのかとあらためて思った。洗面所の少ない明かりに、陰影に刻まれて顔つきがはっきりする。目元や口元の相似具合にあらためて親子を感じる。
あるとき、夢で、渋谷駅前の広い交差点を渡ろうとしていたとき、すれ違う大勢の人込みの中から、「やぁ」という呼び声が聞こえた。そして、手を上げながら寄ってくる、働き盛りの頃の親父がいた。
以前、昔流行った長いコートを着てカメラに向かって笑っている、親父の白黒写真を見たことがある。今の私より、ずっと若い姿だ。そんな雰囲気のまま、夢の中に現れた親父と、懐かしい思いをしながら交差点でしばらく立ち話した。
夢は、そんな私たちの姿を、画面を引くようにして人込みの中にかき消してしまった。一体何を話したのだろう。覚えていないのだ。ただ、随分前に亡くなった親父にも、溌剌として元気に働いていた時代があったのだと、当たり前ながら思った。