久しぶりに、孫との時間を持つことができた。昨夕、孫は風邪で両親を地元の医院や大学病院まで走らせたが、今日は回復しつつあるというので無理をして出かけたのだが。
昼食を家族と一緒過ごした頃までは、孫も元気で飛行機の絵本に夢中になっていたが、次第に声がかすれ、咳き込んできた。母親から離れなくなったのだ。いつもなら、孫を抱いてさらっていきたいほど可愛いという冗談が、今回はいえなくなってしまった。無理させたのではと悔やんでいる。
先日、羽田飛行場で旅客機の姿に興奮した孫は、その後も多摩川上空にジェット機の編隊飛行を見上げてますます飛行機が気に入ったようだ。そんな孫と一緒に旅客機に乗ってみたいが、いざ命をあずけるのは心配だ。
昔、飛行機好きの紹介で調布飛行場からパイパー双発機に幼稚園の息子と一緒に乗って、東京上空を巡ったことがある。旋回時の急傾斜に、息子は景色どころではなかったらしく、その後飛行機への興味を示さなかった。
孫には、羽田にあるANAの機体工場見学から始めるのがよいかな。それには、も少し大きくなってくれるのを待つことにしよう。(年齢制限に小学生以上とあるので、これ以外の方法も考えなくては)
2010年11月14日日曜日
イ・ソンヒの総演出
スポーツ韓国の記事「〔スターインタビュー〕イ・スンギ『睡眠・友人・家族あきらめましたよ』」(11/14修正)は、「歌手で俳優として、広告モデルとして、芸能人として変身を遂げている」イ・スンギの人気と多忙振りを紹介している。記事中、近日予定の彼のコンサートをイ・ソンヒが総演出すると次のように記している。
・イ・スンギは、(11月)21日(日)にソウルのオリンピック体操競技場で<2010 イ・スンギ希望コンサート>を開く。コンサートは、イ・スンギがファンと近くで歌う場を用意しようと、一年に一回ずつ進める例年行事だ。イ・スンギは、このコンサートでファンに今までと違った姿を見せる計画だ。イ・スンギを発掘した歌手イ・ソンヒが、イ・スンギのコンサートの総演出を引き受ける。
イ・ソンヒがどのような演出をおこなうのか、その様子をYoutubeで紹介されるのを楽しみにする。
・イ・スンギは、(11月)21日(日)にソウルのオリンピック体操競技場で<2010 イ・スンギ希望コンサート>を開く。コンサートは、イ・スンギがファンと近くで歌う場を用意しようと、一年に一回ずつ進める例年行事だ。イ・スンギは、このコンサートでファンに今までと違った姿を見せる計画だ。イ・スンギを発掘した歌手イ・ソンヒが、イ・スンギのコンサートの総演出を引き受ける。
イ・ソンヒがどのような演出をおこなうのか、その様子をYoutubeで紹介されるのを楽しみにする。
2010年11月13日土曜日
蟻の街のマリア
広尾駅のそばにある大学ホールで演じられた、芝居「蟻の街のマリア」(Wiki)を観にいく。「蟻の街のマリア」という言葉を、むかし聞いたことがあるが、その実体は今日初めて理解した。
隅田川の言問(こととい)橋近縁にあったバタヤ集落を舞台に、そこに身を投じたある若き女性クリスチャンの物語だ。
(ストーリーは、「goo映画」が紹介の同名映画の<あらすじ>が参考になる)
外部から、ある土地に根ざした問題にかかわった者は、突き詰めていくと、その土地への同化、土着化に帰結することがある。以前に、土地収用や公害などの問題で、それに対する運動の結果、そうした例を見ることができる。このドラマの主人公も結果的に、そのことに29歳の命を費やしたのだろう。
時代背景が戦後に近いためか、モンテンルパにある刑務所に戦犯として収容されたひとびとと手紙による交流があったという。純粋に宗教的な自己犠牲のうえで活動することのできた、戦後の一時期だったのかもしれない。その後の高度経済成長の時代に発生した問題へのかかわり方は、このドラマとは随分と違うスタイルになった。
ところで、今の若者はこの芝居を見て、戦争の傷そのもののモンテンルパの戦犯から「ああモンテンルパの夜は更けて」(Wiki)を、傷跡をひきずるパンパンから「星の流れに」(Wiki)を思い浮かべることができるだろうか。生きたい、行き続けたいという時代が戦後もあったことを。
(注)(Wiki):Wikipediaの解説
(Youtubeに登録のsabusan678、akiraplastic3に感謝)
隅田川の言問(こととい)橋近縁にあったバタヤ集落を舞台に、そこに身を投じたある若き女性クリスチャンの物語だ。
(ストーリーは、「goo映画」が紹介の同名映画の<あらすじ>が参考になる)
外部から、ある土地に根ざした問題にかかわった者は、突き詰めていくと、その土地への同化、土着化に帰結することがある。以前に、土地収用や公害などの問題で、それに対する運動の結果、そうした例を見ることができる。このドラマの主人公も結果的に、そのことに29歳の命を費やしたのだろう。
時代背景が戦後に近いためか、モンテンルパにある刑務所に戦犯として収容されたひとびとと手紙による交流があったという。純粋に宗教的な自己犠牲のうえで活動することのできた、戦後の一時期だったのかもしれない。その後の高度経済成長の時代に発生した問題へのかかわり方は、このドラマとは随分と違うスタイルになった。
ところで、今の若者はこの芝居を見て、戦争の傷そのもののモンテンルパの戦犯から「ああモンテンルパの夜は更けて」(Wiki)を、傷跡をひきずるパンパンから「星の流れに」(Wiki)を思い浮かべることができるだろうか。生きたい、行き続けたいという時代が戦後もあったことを。
(注)(Wiki):Wikipediaの解説
(Youtubeに登録のsabusan678、akiraplastic3に感謝)
2010年11月12日金曜日
ステキなタイミング
ジミー・ジョーンズの「Good Timin'」(1960年)は当然耳にしたが、「この世で一番かんじんなのは/ステキなタイミング」と歌う坂本九の「ステキなタイミング*」の方が記憶に残っている。アメリカン・ポップスの原曲はラジオの深夜放送で聴き、それを日本人歌手が日本語で歌うヒットパレードは夜のテレビで視聴した。
*Youtubeの映像(1963年放送)に、三代目古今亭志ん朝の姿が現れたのにはおどろいた。
(Youtubeに登録のdalkey130388、liratに感謝)
戦前、東京発のファッションが長崎に流行るのに、一ヶ月ほど遅れがあったという話を身近に聞いた。60年代のアメリカと日本の、ポップミュージックはどれくらいの時間差があったのだろうか。中学生の子どもは、ラジオから流れる「ビルボード」や「キャッシュボックス」のヒットチャート情報を聞いているだけで、距離が縮まったような気がしていた。
ところで、11月11日という”1”並びのきのう、近所の自家製パン屋で買い物をしたら”777円”だった。その帰り道、ある家に駐車していた車のナンバープレートに”55-55”の数字が並んでいるのが見えた。縁起がよさそうだ。
ステキなタイミングに今日は巡り合わなんだが、何か良いことがあるだろう。そうそう、明後日の日曜日に、孫と久しぶりに会うのだ。
*Youtubeの映像(1963年放送)に、三代目古今亭志ん朝の姿が現れたのにはおどろいた。
(Youtubeに登録のdalkey130388、liratに感謝)
戦前、東京発のファッションが長崎に流行るのに、一ヶ月ほど遅れがあったという話を身近に聞いた。60年代のアメリカと日本の、ポップミュージックはどれくらいの時間差があったのだろうか。中学生の子どもは、ラジオから流れる「ビルボード」や「キャッシュボックス」のヒットチャート情報を聞いているだけで、距離が縮まったような気がしていた。
ところで、11月11日という”1”並びのきのう、近所の自家製パン屋で買い物をしたら”777円”だった。その帰り道、ある家に駐車していた車のナンバープレートに”55-55”の数字が並んでいるのが見えた。縁起がよさそうだ。
ステキなタイミングに今日は巡り合わなんだが、何か良いことがあるだろう。そうそう、明後日の日曜日に、孫と久しぶりに会うのだ。
2010年11月11日木曜日
黒い牡牛
Youtubeに、映画「黒い牡牛(The Brave One)」(1956年:予告編)が登録(9/22)されているのを、ついに見つけた。
(登録者のBraveone2012に感謝)
当時、この映画を見たわけではない。ラジオから流れるサウンド・トラック(「映画音楽」かな)を聞いて、初めて買ったEPレコードに、映画予告編に繰り返される曲がおさまっていた。懐かしい思い出深い旋律である。
ストーリーをどうやって知ったのだろう。EPレコードを入れたポリエチレン袋に同封の、「黒い牡牛」のタイトル紙片の裏側に解説があったのだろうか(真っ白だったような気がするが)、それとも後で知ったのだろうか。
予告編の最後に、ビクター・ヤングの名前が大きくクレジットされている。
(本ブログ関連:”黒い牡牛”)
(登録者のBraveone2012に感謝)
当時、この映画を見たわけではない。ラジオから流れるサウンド・トラック(「映画音楽」かな)を聞いて、初めて買ったEPレコードに、映画予告編に繰り返される曲がおさまっていた。懐かしい思い出深い旋律である。
ストーリーをどうやって知ったのだろう。EPレコードを入れたポリエチレン袋に同封の、「黒い牡牛」のタイトル紙片の裏側に解説があったのだろうか(真っ白だったような気がするが)、それとも後で知ったのだろうか。
予告編の最後に、ビクター・ヤングの名前が大きくクレジットされている。
(本ブログ関連:”黒い牡牛”)
2010年11月10日水曜日
イ・スンギ、”イ・ソンヒ先輩、最も尊敬します”
韓国経済の記事「イ・スンギ、”イ・ソンヒ先輩、最も尊敬します”」(11/10)に、「国民の息子」と呼ばれる愛弟子イ・スンギと並ぶイ・ソンヒの写真が掲載され、次のように記している。
・歌手であり俳優のイ・スンギが9日、ソウル瑞草洞のSamsung本館多目的ホールで開かれた、SamsungのZipelアサク*の「スンギのおいしい招待状」イベントで、歌手のイ・ソンヒに拍手をしている。
*Zipelアサク:キムチ冷蔵庫
・この日、「スンギのおいしい招待状」イベントは、イ・スンギのライブ・パフォーマンスやトークショーだけでなく、お母さんに手紙を朗唱、イ・ソンヒの祝賀公演などが開かれ、現場に参加した600人余りのファンたちと楽しい時間を持った。
(Youtubeに登録のleeseunggi01に感謝)
(本ブログ関連:”イ・スンギ”)
(追記)
・Youtubeに早速、当日のイ・ソンヒの映像(#1、#2)が登録されています。
(登録者leeseunggiworld02、526apolloに感謝)
・歌手であり俳優のイ・スンギが9日、ソウル瑞草洞のSamsung本館多目的ホールで開かれた、SamsungのZipelアサク*の「スンギのおいしい招待状」イベントで、歌手のイ・ソンヒに拍手をしている。
*Zipelアサク:キムチ冷蔵庫
・この日、「スンギのおいしい招待状」イベントは、イ・スンギのライブ・パフォーマンスやトークショーだけでなく、お母さんに手紙を朗唱、イ・ソンヒの祝賀公演などが開かれ、現場に参加した600人余りのファンたちと楽しい時間を持った。
(Youtubeに登録のleeseunggi01に感謝)
(本ブログ関連:”イ・スンギ”)
(追記)
・Youtubeに早速、当日のイ・ソンヒの映像(#1、#2)が登録されています。
(登録者leeseunggiworld02、526apolloに感謝)
国民歌手
朝鮮日報の「美味しい教育」の記事「〔幸せな投資〕国民歌手 vs 一時(一発屋)歌手」(11/9)に、国民歌手を例えに、実績のある揺るぎない企業を見出すべき要件を、コラムニストのカン・ビョンウク(강병욱:韓国証券新聞の紹介)教授が述べている。
さて艱難な投資活動における徳目はさておき、国民歌手について具体的に次のように語られている。
・チョー・ヨンピル(조용필)、イ・ミジャ(이미자)、パティ・キム(패티김)、ヒョンチョル(현철)、ソン・デカン(송대관)、テジナ(태진아)、ソル・ウンド(설운도)、そして筆者(カン教授)が一番好きなイ・ソンヒとキム・ゴンモ(김건모)まで、彼らは、それでも韓国を代表する国民歌手として十指に数えられる人たちである。 彼らの特徴は、倦(う)まず弛(たゆ)まず活動し、また、人々の胸の中にいつも位置しているということだ。
(Youtubeに登録のkece3、Keepingtabs03、sAxy604、spoofkorea、themblanに感謝)
さて艱難な投資活動における徳目はさておき、国民歌手について具体的に次のように語られている。
・チョー・ヨンピル(조용필)、イ・ミジャ(이미자)、パティ・キム(패티김)、ヒョンチョル(현철)、ソン・デカン(송대관)、テジナ(태진아)、ソル・ウンド(설운도)、そして筆者(カン教授)が一番好きなイ・ソンヒとキム・ゴンモ(김건모)まで、彼らは、それでも韓国を代表する国民歌手として十指に数えられる人たちである。 彼らの特徴は、倦(う)まず弛(たゆ)まず活動し、また、人々の胸の中にいつも位置しているということだ。
(Youtubeに登録のkece3、Keepingtabs03、sAxy604、spoofkorea、themblanに感謝)
2010年11月9日火曜日
都電荒川線
昔、通勤に都電荒川線の三ノ輪橋駅から東池袋駅の間を利用したことがある。地下鉄利用の通勤が息苦しくて、わざわざ時間をかけて、都電に換えて通った。なにより良いのは、朝の車内に心地よい陽光が差し込んできて、清々しい開放感を味わえたことだ。また帰りのチンチン電車の揺れは、心地よい眠りを誘ってくれた。
利用した当初、行き帰りに乗車した7000形、7500形、8500形の車体番号を、毎日メモしたものだ。ポケットサイズのノートに書き続けることが楽しみだった。
荒川線の途中の大塚駅には、鉱物標本店があったりしたが、途中下車の思い出はあまりない。ただし年末に、荒川車庫で都電カレンダーをもとめた。
軒先をちょっと借りるように走る荒川線は、平凡で静かな光景を毎日与えてくれた。
ところで、新しい車体8800形(2009年4月26日開始)にはまだ乗っていない。一瞬ライトレールを思わせるデザインは、従来のチンチン電車のものと隔絶しているように見える。荒川線の乗客は高齢者が多いが、この車体にすっかり馴染んでいるだろう。
いつか孫と一緒に、この都電荒川線に乗ってみたいと思っている。
(Youtubeに登録のにKITAKIKENTA感謝)
利用した当初、行き帰りに乗車した7000形、7500形、8500形の車体番号を、毎日メモしたものだ。ポケットサイズのノートに書き続けることが楽しみだった。
荒川線の途中の大塚駅には、鉱物標本店があったりしたが、途中下車の思い出はあまりない。ただし年末に、荒川車庫で都電カレンダーをもとめた。
軒先をちょっと借りるように走る荒川線は、平凡で静かな光景を毎日与えてくれた。
ところで、新しい車体8800形(2009年4月26日開始)にはまだ乗っていない。一瞬ライトレールを思わせるデザインは、従来のチンチン電車のものと隔絶しているように見える。荒川線の乗客は高齢者が多いが、この車体にすっかり馴染んでいるだろう。
いつか孫と一緒に、この都電荒川線に乗ってみたいと思っている。
(Youtubeに登録のにKITAKIKENTA感謝)
2010年11月8日月曜日
百万本のバラ
「百万本のバラ」といえば、加藤登紀子の歌しか知らなかった。歌声喫茶風の旋律に少々戸惑いを覚えたが、いつしか耳になじんだ。でも、歌詞は今でも照れくさい。
できれば、画家が一晩で百万本のバラの絵を広場に描いて欲しかった。翌朝あのひとに窓から見せた広場のバラは、いつもの人ごみに消されたとしても・・・と。どちらにしても照れくさい。
韓国では矢張り、シム・スボン(심수봉)の1997年にゴールデン・ベストアルバムになったのが代表でしょうか。
シム・スボンがチャン・ギハ(장기하)*とともに歌う「百万本のバラ(백만송이 장미)」はいいな。彼女は存在感があるし、落ち着いた母性的なビロードのような声に、この歌はとてもよく合っている。
* チャン・ギハ: ブログK-POP(KR2JP)にプロフィールが紹介されている。
この「百万本のバラ」の原曲が、ラトビアの「マーラは与えた(Dāvāja Māriņa)」**であることを、Wikipediaで初めて知った。
** ブログ「のすたる爺や」に、この歌について世界に広まった経緯や、ラトビヤ語歌詞などの詳細な解説がある。感謝。
なお「バラ」に連れて、趣はことなるが、イ・ソンヒには「バラ(장미)」の歌がある。
(Youtubeに登録のsanninmusume2、1985obj、burkaaninjsh、2kilometerに感謝)
できれば、画家が一晩で百万本のバラの絵を広場に描いて欲しかった。翌朝あのひとに窓から見せた広場のバラは、いつもの人ごみに消されたとしても・・・と。どちらにしても照れくさい。
韓国では矢張り、シム・スボン(심수봉)の1997年にゴールデン・ベストアルバムになったのが代表でしょうか。
シム・スボンがチャン・ギハ(장기하)*とともに歌う「百万本のバラ(백만송이 장미)」はいいな。彼女は存在感があるし、落ち着いた母性的なビロードのような声に、この歌はとてもよく合っている。
* チャン・ギハ: ブログK-POP(KR2JP)にプロフィールが紹介されている。
この「百万本のバラ」の原曲が、ラトビアの「マーラは与えた(Dāvāja Māriņa)」**であることを、Wikipediaで初めて知った。
** ブログ「のすたる爺や」に、この歌について世界に広まった経緯や、ラトビヤ語歌詞などの詳細な解説がある。感謝。
なお「バラ」に連れて、趣はことなるが、イ・ソンヒには「バラ(장미)」の歌がある。
(Youtubeに登録のsanninmusume2、1985obj、burkaaninjsh、2kilometerに感謝)
2010年11月7日日曜日
(資料)韓国の鉱物資源
先日、韓国語の教室で、韓国の鉱山が話題になった。現在操業中かどうか別にして、韓国の鉱物資源について、「地質ニュース」(発行:産業技術総合研究所 地質調査総合センター)に報告があることを、本ブログに次の通り記している。
(注)本日、産業技術総合研究所のサーバーはメンテ中のようです?
・韓国の金鉱床
・韓国の金属鉱床
・韓国の非金属鉱物資源
また、インターネットで、韓国地質資源研究院(KIGAM)の地質博物館による、「鉱物の世界(광물의 세계)」の展示を見ることができる。
中央日報は、同館の展示の化石見学に訪れた子どもたちの姿を載せている。(2009/1/9)
★★★★★ 孫と従兄弟が、江戸東京たてもの園に展示の都電の前に、母親と一緒の写真が届いた ★★★★★
(注)本日、産業技術総合研究所のサーバーはメンテ中のようです?
・韓国の金鉱床
・韓国の金属鉱床
・韓国の非金属鉱物資源
また、インターネットで、韓国地質資源研究院(KIGAM)の地質博物館による、「鉱物の世界(광물의 세계)」の展示を見ることができる。
中央日報は、同館の展示の化石見学に訪れた子どもたちの姿を載せている。(2009/1/9)
★★★★★ 孫と従兄弟が、江戸東京たてもの園に展示の都電の前に、母親と一緒の写真が届いた ★★★★★
SBS創社特集20周年記念番組
11月14日、ソウル江西区登村洞のSBS公開ホールから生放送される、「SBS創社特集20周年記念番組」に、イ・ソンヒが出演する。
文化日報の記事「[AM7] “私いま震えているの”」(11/5)によれば、同記念番組に登場予定の彼女について、次のように報じている。
・「SBS創社特集20周年記念番組」には、アイドル・グループが大挙出演して20年の歌謡大賞を振り返る。20年前、SBS開局祝賀ショーに出演した歌手のイ・ソンヒは、(今回の)20周年記念の舞台にも上がる。イ・ソンヒは、「美しい江山」と「僕のガールフレンドは九尾狐」のOST「狐の嫁入り」を歌う予定だ。
(本ブログ関連:”九尾狐”)
知りえた情報だけでの判断だが、今年後半のイ・ソンヒは、なにかとSBSとの縁が深いようにみえる。
(追記)
14日当日の生放送は、午後4時30分から約3時間30分をかけて、1、2部に分けて中継するようです。
文化日報の記事「[AM7] “私いま震えているの”」(11/5)によれば、同記念番組に登場予定の彼女について、次のように報じている。
・「SBS創社特集20周年記念番組」には、アイドル・グループが大挙出演して20年の歌謡大賞を振り返る。20年前、SBS開局祝賀ショーに出演した歌手のイ・ソンヒは、(今回の)20周年記念の舞台にも上がる。イ・ソンヒは、「美しい江山」と「僕のガールフレンドは九尾狐」のOST「狐の嫁入り」を歌う予定だ。
(本ブログ関連:”九尾狐”)
知りえた情報だけでの判断だが、今年後半のイ・ソンヒは、なにかとSBSとの縁が深いようにみえる。
(追記)
14日当日の生放送は、午後4時30分から約3時間30分をかけて、1、2部に分けて中継するようです。
2010年11月6日土曜日
(資料)走れハニー
朝鮮日報の記事「〔ユンジュ姉さんのキャラクター旅行〕お転婆ハニーの陸上選手成長記」(10/31)には、テレビアニメ「走れハニー」の誕生などにまつわる話題が載っている。そのなかにイ・ソンヒとの関わりを含めて次のような部分がある。
------------------------------------------
「走れハニー」を構成するもう一つの面白味は、助演キャラクターの活躍です。
個性あるキャラクターと充実した物語で多くの人に愛されたし、1988年には漫画映画(アニメ)も製作されています。
わが国初のシリーズ漫画映画(アニメ)でした。(KBSテレビの)「走れハニー」は、他にも多くの話題をまきました。
鼻声混じりのホンドゥケ(홍두깨)先生の独特の声の演技、そして、「私はねぇ/ママが世界一大好き/空と地ほど〜♬」で始まる、イ・ソンヒの主題歌などが大変愛されました。
------------------------------------------
(本ブログ関連:”走れハニー”、”走れハニー1”、”走れハニー2”)
(父親の仕事の都合で、孫家族は先日、誕生日祝いをした)
★★★★★ 孫が、父親の誕生日祝いに、ディズニーランドで一緒に遊んでいる写真が届いた ★★★★★
------------------------------------------
「走れハニー」を構成するもう一つの面白味は、助演キャラクターの活躍です。
個性あるキャラクターと充実した物語で多くの人に愛されたし、1988年には漫画映画(アニメ)も製作されています。
わが国初のシリーズ漫画映画(アニメ)でした。(KBSテレビの)「走れハニー」は、他にも多くの話題をまきました。
鼻声混じりのホンドゥケ(홍두깨)先生の独特の声の演技、そして、「私はねぇ/ママが世界一大好き/空と地ほど〜♬」で始まる、イ・ソンヒの主題歌などが大変愛されました。
------------------------------------------
(本ブログ関連:”走れハニー”、”走れハニー1”、”走れハニー2”)
(父親の仕事の都合で、孫家族は先日、誕生日祝いをした)
★★★★★ 孫が、父親の誕生日祝いに、ディズニーランドで一緒に遊んでいる写真が届いた ★★★★★
2010年11月5日金曜日
イ・ソンヒの2011年予定
イ・ソンヒのファンサイトsunylovecarrot.comに公開情報によれば、(来年)2011年のライブ予定を次のように紹介している。
・2011年2月: ニューヨーク、カーネギーホール
・2011年5月: ソウル、世宗文化会館
その他詳細未確認。
Carnegy hall : "Go to Month : Select(Feb 2011)"
http://www.carnegiehall.org/SiteCode/Events/MonthCalendar.aspx
Sejong center
http://www.sejongpac.or.kr/performance/performance.asp#searchVal=&startDate=20110501&endDate=20110531
東京でのライブを待望しています。
・2011年2月: ニューヨーク、カーネギーホール
・2011年5月: ソウル、世宗文化会館
その他詳細未確認。
Carnegy hall : "Go to Month : Select(Feb 2011)"
http://www.carnegiehall.org/SiteCode/Events/MonthCalendar.aspx
Sejong center
http://www.sejongpac.or.kr/performance/performance.asp#searchVal=&startDate=20110501&endDate=20110531
東京でのライブを待望しています。
2010年11月4日木曜日
カレンダー・ガール
先日、新宿の紀伊国屋書店1階にある鉱物・化石標本のコーナーで、小さな鉱物標本ケース(マイクロマウント)をもとめた。三川鉱山で見つけた、母岩を含めて親指の爪サイズの藍銅鉱をおさめるためだ。
現地で採集したとき、藍銅鉱の結晶は、それは綺麗な濃青色の美しい結晶を見せてくれた。マイクロマウントに練りゴムで固定すると、標本ぜんとして、ズリで見せてくれたあの清々しい輝きが足りないのはどうしてだろう。
ところで、同書店で来年のカレンダーが多数展示販売されていた。
去年もそうだったが、今急がなくてもと思っているうちに、購入の機会を失ってしまい、しまいには満足できるものが残っていないことになる。
ということで、二ール・セダカの「カレンダー・ガール」(1960年)を聴いてみる。小学生の子どもに、この曲はアメリカ、アメリカ、アメリカだった。でも、16歳のカレンダー・ガールなんて想像もできなかったし、毎日想い続けるなんてこともね。
(Youtubeに登録のbega1947に感謝)
現地で採集したとき、藍銅鉱の結晶は、それは綺麗な濃青色の美しい結晶を見せてくれた。マイクロマウントに練りゴムで固定すると、標本ぜんとして、ズリで見せてくれたあの清々しい輝きが足りないのはどうしてだろう。
ところで、同書店で来年のカレンダーが多数展示販売されていた。
去年もそうだったが、今急がなくてもと思っているうちに、購入の機会を失ってしまい、しまいには満足できるものが残っていないことになる。
ということで、二ール・セダカの「カレンダー・ガール」(1960年)を聴いてみる。小学生の子どもに、この曲はアメリカ、アメリカ、アメリカだった。でも、16歳のカレンダー・ガールなんて想像もできなかったし、毎日想い続けるなんてこともね。
(Youtubeに登録のbega1947に感謝)
2010年11月3日水曜日
イ・ソンヒの11月予定
NHKテレビでハングル講座
今日からといっても、実質昨晩の24:00に放送されたNHKの「テレビでハングル講座」は、新しいスキット・ドラマ「ソウルの恋人(서울의 연인)」を開始した。第一回は、久しぶりに帰国した主人公が、ソウルのCDショップでアドバイスをしてくれた女性店員と、別の場所(書店)で再び出会うという、物語の始まりである。
ところで、CDショップの陳列棚が映ったとき、なんと画面の中央に、イ・ソンヒの14集「愛よ...(사랑아...)」のジャケットがしっかり見えましたよ。ディレクター、カメラマンの皆さん、本当に感度がよいですね。
(本ブログ関連:"14集(1)"、"14集(2)")
それから、ドラマのなかで推奨されたCDは、イ・ウンミ(이은미)の「恋人がいます(애인 있어요)」で、このドラマのメイン曲になるのだろうか。
(本ブログ関連:"イ・ウンミ")
(Youtubeに登録のkorgaiago、RoleTripleDicesに感謝)
★★★★★ 孫が、従兄弟と一緒にカメラを気にしないで、仲良く遠くを見ている写真が届いた ★★★★★
ところで、CDショップの陳列棚が映ったとき、なんと画面の中央に、イ・ソンヒの14集「愛よ...(사랑아...)」のジャケットがしっかり見えましたよ。ディレクター、カメラマンの皆さん、本当に感度がよいですね。
(本ブログ関連:"14集(1)"、"14集(2)")
それから、ドラマのなかで推奨されたCDは、イ・ウンミ(이은미)の「恋人がいます(애인 있어요)」で、このドラマのメイン曲になるのだろうか。
(本ブログ関連:"イ・ウンミ")
(Youtubeに登録のkorgaiago、RoleTripleDicesに感謝)
★★★★★ 孫が、従兄弟と一緒にカメラを気にしないで、仲良く遠くを見ている写真が届いた ★★★★★
2010年11月2日火曜日
ウ・ウンミ(2)
e-Today(이투데이)の記事「ウ・ウンミ、新しい歌『捕まえて(잡아줘요)』ちゃんと見て~」(10/27)は、「カリスマに満ちたイソンヒ先輩のような歌手になりたい」の書き出しのもとに、ウ・ウンミの二番目のシングル・アルバム「Evolution」と彼女の今後の計画について紹介している。
そのなかで、イ・ソンヒについて、次のようにリスペクトしている。
・「どのような歌手としてファンに記憶されたいか」と尋ねると、「イ・ソンヒ先輩のようなカリスマに満ちた歌手になりたい」と力強い抱負を明らかにした。
・イ・ソンヒと世代間のギャップが多少あるけれど、彼女は「いつも先輩の歌をよく聴いて歌う。『Jへ』、『私はいつもあなたを』、『美しい江山』などが好きだ」と述べた。
(Youtubeに登録のJuhonnaに感謝)
(本ブログ関連:”ウ・ウンミ”、”ソロ歌手”)
そのなかで、イ・ソンヒについて、次のようにリスペクトしている。
・「どのような歌手としてファンに記憶されたいか」と尋ねると、「イ・ソンヒ先輩のようなカリスマに満ちた歌手になりたい」と力強い抱負を明らかにした。
・イ・ソンヒと世代間のギャップが多少あるけれど、彼女は「いつも先輩の歌をよく聴いて歌う。『Jへ』、『私はいつもあなたを』、『美しい江山』などが好きだ」と述べた。
(Youtubeに登録のJuhonnaに感謝)
(本ブログ関連:”ウ・ウンミ”、”ソロ歌手”)
2010年11月1日月曜日
神田古本まつり
何年振りだろうか、神田古本まつりに行ってきた。連日の雨のため、開催が影響されるているのではと案じたが、杞憂だった。昔は、靖国通りに面した舗道に設置の古書露店だけでなく、古書店もくまなく巡ったものだが、今回は露店だけ三分の二位しか覗けなかった。
古書露店で、「鉄のシルクロード」(窪田藏朗著)を手に入れた。モンゴル・中国から中近東を訪ねて、鉄の古代史を探る見聞記である。自称、鉄の歴史に転んだアマチュアの著者は、鉄の考古学、文化史など多数の著作がある。
その他古書を探し歩いたが、自分に合ったものを見つけることはできなかった。
そこで、新刊書店の三省堂を訪れて、「標高0メートルから山岳地まで 地形図の読み方・歩き方」(渡辺一夫著)を購入した。都内を東(海抜0mの江戸川区篠崎)から西(海抜2,017.1mの雲取山)まで、25,000分の1の地図を基に、写真も多数掲載した横断ガイドブックといえる。
古書露店で、「鉄のシルクロード」(窪田藏朗著)を手に入れた。モンゴル・中国から中近東を訪ねて、鉄の古代史を探る見聞記である。自称、鉄の歴史に転んだアマチュアの著者は、鉄の考古学、文化史など多数の著作がある。
その他古書を探し歩いたが、自分に合ったものを見つけることはできなかった。
そこで、新刊書店の三省堂を訪れて、「標高0メートルから山岳地まで 地形図の読み方・歩き方」(渡辺一夫著)を購入した。都内を東(海抜0mの江戸川区篠崎)から西(海抜2,017.1mの雲取山)まで、25,000分の1の地図を基に、写真も多数掲載した横断ガイドブックといえる。
2010年10月31日日曜日
ラジオの時間
ラジオからテレビの移り変わりを知っている。子どもの頃はラジオ中心の生活だった。
何代目かのラジオだったか、緑色に発光するマジックランプでチューニングするときの楽しさを忘れられない。ランプがすべて緑色に全開したとき、選局ができたわけで、子どもにとっては何ともいえない充実感があった。
マジックランプは、マジックアイともいう。チューニング時に緑色に発光するランプが、まるで瞳孔の開閉を想わせて、なぜかSF的な妖しさを感じたものだ。
随分と幼い頃、部屋の奥から流れてくるNHKラジオ「ひるのいこい」の長閑なテーマ曲を聞きながら、日向の庭で蟻(アリ)と格闘していた記憶がある。日本各地の農事放送通信員と呼ばれる方からの、地方の穏やかな日々の便りのようなものが紹介されていた。
驚いたことに、Wikipediaの解説によれば、いまもつづいているとは知らなかった。
(Youtubeに登録のakiraplastic3に感謝)
それと同時に、同じNHKラジオ「尋ね人の時間」を耳にしていた。戦地や外地にいた人々の消息を尋ねる番組だった。子どもながら、普通のひとびとの心がいまだに癒えずにいることを感じていた。
ニコニコ動画に、仮名を使って音声合成音によるサンプルがある。
幼い頃に聞いたラジオのテーマ曲や言葉は不思議と鮮明に、頭というよりも心の中に、いつでも呼び覚まされるように残っている。
そうそう、NHKラジオ「お父さんはお人好し」は楽しみだった。季節によってアイスキャンデーを売ったり、焼き芋を売ったりする気のよいお父さん役の花菱アチャコと、それを暖かく見守る女房役の浪花千栄子の関西弁が心地よかったなあ。
何代目かのラジオだったか、緑色に発光するマジックランプでチューニングするときの楽しさを忘れられない。ランプがすべて緑色に全開したとき、選局ができたわけで、子どもにとっては何ともいえない充実感があった。
マジックランプは、マジックアイともいう。チューニング時に緑色に発光するランプが、まるで瞳孔の開閉を想わせて、なぜかSF的な妖しさを感じたものだ。
随分と幼い頃、部屋の奥から流れてくるNHKラジオ「ひるのいこい」の長閑なテーマ曲を聞きながら、日向の庭で蟻(アリ)と格闘していた記憶がある。日本各地の農事放送通信員と呼ばれる方からの、地方の穏やかな日々の便りのようなものが紹介されていた。
驚いたことに、Wikipediaの解説によれば、いまもつづいているとは知らなかった。
(Youtubeに登録のakiraplastic3に感謝)
それと同時に、同じNHKラジオ「尋ね人の時間」を耳にしていた。戦地や外地にいた人々の消息を尋ねる番組だった。子どもながら、普通のひとびとの心がいまだに癒えずにいることを感じていた。
ニコニコ動画に、仮名を使って音声合成音によるサンプルがある。
幼い頃に聞いたラジオのテーマ曲や言葉は不思議と鮮明に、頭というよりも心の中に、いつでも呼び覚まされるように残っている。
そうそう、NHKラジオ「お父さんはお人好し」は楽しみだった。季節によってアイスキャンデーを売ったり、焼き芋を売ったりする気のよいお父さん役の花菱アチャコと、それを暖かく見守る女房役の浪花千栄子の関西弁が心地よかったなあ。
登録:
投稿 (Atom)