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2017年1月11日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 酒

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1月4日)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、酒に関連した3曲を紹介した。放送未聴のため英語版より抜粋した。

⇒ キム・ボエさんの解説が登録されましたので、[  ] で追記しました。

始めに、朝鮮中期の官吏「盧禛(노진、1518年~1578年)」と王宣祖(선조)にまつわる詩について次のように紹介された。
・朝鮮中期に清廉潔白な官吏だった盧禛が、高齢な母のため都を去ったとき、王宣祖は失望し詩に表わした[御製歌(어제가)]。また、盧禛の定型詞調 「平時調 万寿山(평시조 만수산)」には、王の長寿へ願いを込めた献杯に、王への心からの忠誠心を見ることができる。

▼ 平時調 「万寿山」を聴く。厳かにそして高貴に歌う。

・この「万寿山」を作詞した詩人は、慶尚道咸陽から来た盧禛に他ならない。その地には、2つの詩碑がある。ひとつは盧禛への宣祖の詩であり、もうひとつは盧禛の「万寿山」の詩である。酒は王への忠誠心を示すといわれる。

次に、若い頃に人生を楽しむことを奨める「四季歌(단가 사철가)」について次のように紹介された。
・人生は束の間である、若いときに人生を楽しめと奨めることから、短歌の「四季歌」はインスピレーションを得た。生きて飲む酒は死後の祝祭で飲むよりもっとよい。

▼ 「短歌 四季歌」を聴く。こちらは地の声がしてたくましい。

最後に、朝鮮中期の学者「鄭澈(정철、1536年~1594年)」の「将進酒辞(장진주사)」について次のように紹介された。
・昔、旧正月の後に、薬草で作られた「屠蘇酒(도소주)」を飲み、年初に悪鬼払いして、家族全員の健康と幸せを願った。朝鮮中期の学者「鄭澈」が書いた「将進酒辞」がある。

▼ 鄭澈の辭說時調「将進酒辞」にもとづいた「将進酒(장진주)」を聴く。長々と伸びる言葉に酔う?

2017年1月10日火曜日

それでも春よ来い

今日の都内の最高気温は 12.7℃で、3月並みという。近所を歩けば、気を許すまでもないが、ほどほどの余裕だ。明日から寒波襲来、最高気温が一桁になるそうだ。当分、厳寒が続きそうで気が重い。こんなとき、どこやら春の兆しがないかと気になる。

近所を探せば、小学校の生垣におさまっている沈丁花が、小さな赤い芽を膨らませ始めているし、民家の庭先の白木蓮は枝先にあちこち白い芽を見せて揺れている。

(本ブログ関連:”沈丁花”、”白木蓮”)

新しい経験をひとつひとつするたび、幼子は喜びを満面の笑みにあらわす。そのはしゃぎ声は、遠くに置き忘れたものを呼び覚ましてくれる。童謡「春よ来い」(1923年、作詞相馬御風、作曲弘田龍太郎)の「みいちゃん」の期待に共鳴し心躍る。

「唱歌・童謡ものがたり」(岩波現代文庫、読売新聞文化部)の「春よこい」の項目には、作詞者相馬御風についてこんな一節が書かれている。
「(郷里)糸魚川に戻った御風は良寛の研究に没頭した。『大愚』と号し、一切の欲を捨てて村の子供らと無心に交わった希代の思想家・芸術家。今では知らぬ人のいない良寛さんだが、その足跡を発掘して世に紹介した最大の功労者が、ほかならぬ御風である。
『春よこい』では 『じょじょ』 『おんも』など、当時の童謡としては珍しく幼児語が使われた。雪深い越後の遅い春を待つ幼子の心が伝わってくるのは、言葉の技巧ゆえではなく、作者自身が子どもになりきっているからだろう。あの良寛さんのように。」


(Youtubeに登録のキッズボンボンに感謝)

2017年1月9日月曜日

成人式

祝日「成人の日」が、「ハッピーマンデー制度」で、2000年から第2月曜日になったなんて知っているようで、そうでもないようで・・・とりあえず納得しているが。

(本ブログ関連:”成人式”)

日曜日と祝日がだぶらぬようにした「ハッピーマンデー制度」は、休日を増やすいいアイデアだが、カレンダーの赤文字(休日)があちこち動いて少々とまどう。とはいえ、今年の成人の日は、土曜日を含めて3連休にしてくれた。

ところで、成人への通過儀礼である「元服」は、15歳で行なうことから、「成人の日」を1月15日にしていたと思う。それが、今年のように9日になると、本来の意味合いがどう捉えられるか杞憂する。

私の場合、学生時代のこと、単純に儀式に対する抵抗感だけで、地元の公会堂で行なわれる「成人式」に出かけようなんて思いもよらなかった。まして、先祖たちが「元服」で促した大人の覚悟を理解すらしていなかった。若さとは、そんな薄っぺらいものでもあるよ。

2017年1月8日日曜日

イ・ソンヒの「悲しい愛」

昔のレコード盤も、その後登場したカセットテープもそうだったが、A面・B面という両サイドがあった。レコード盤の場合、プレスするのが両面だったこと、カセットテープの場合、巻き戻しの方向にも録音したことから生まれた。(CDは片面だけで息抜きもない)

EPレコード盤のA面・B面は、位置付けがはっきりしていて、A面には流行らせたいタイトル曲が入っていた。LPレコード盤になると、それまでの作品の総集編の意味合いもあり、聴く側に位置づけを任されたようだ。カセットテープは、LPレコード盤と同様にテープに収録させた。少し安価にして、たやすく聴きたい若者向けだったといえる。ウォークマンで聴くためでもある。

B面で、おやっと思わせる作品を見つけたとき、珠玉に巡りあったような幸運を感じるものだ。イ・ソンヒの9集所収の 「悲しい愛(슬픈 사랑)」(1994年、作詞・作曲ヤン・ムンスン)を、YoutubeのカセットテープB面映像で聴くことができる。レコード店か、それとも屋台に並んだのだろうか想像したくなる。

ジョージ・ウィンストン風の出だしから(編曲の妙味か)一転して、イ・ソンヒは柔らかく歌い聞かせる。彼女らしい発声を響かせながらも、いろいろな味わいする洒落た雰囲気がいい。

(本ブログ関連:”悲しい愛 ”)


ひとたび去った 愛の束の間は 二度と 戻らなくて
街に 雨降るように、私の心に 涙降る

*あちらこちら さまよい ながら 歩いても
見えない あなたの姿、あらゆることが 夢だったのか

ひとり野辺に 咲く花のように、私いつも ここにいるけれど
なぜ 暗い思い出の中に 遠ざかって行くのですか

わたしの悲しい 愛よ

(*以下繰り返し)


(Youtubeに登録の이원호に感謝)

2017年1月7日土曜日

七草粥

昨日、近所のスーパーで、七草粥用の「春の七草」が売られていた。一つは、生(野菜)のかたちで透明なラップにパッケージされたもの。もう一つは、乾燥(フリーズドライ)したのだろうか、印刷して中身の見えない袋にパッケージされたものだった。

(本ブログ関連:”七草粥”)

そのとき、ああ七草粥かと合点しながら、実は今日それを食することを気付いていなかった。テレビのニュースで、七草粥にして朝に食べる風習を紹介しているのを見て気付いたわけ。

目の前に事実が並んでいても、何となく風景のまま見過ごしてしまうことって多い。ブログに、後付けして書き足すのもいい訳じみて戸惑う。かといって、何から何まで風習に合わせて生活するわけにもいかない、しんどいものだ。

七草粥にして食して始めて身につくのかもしれないが、春の七草 <セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ>を、この時期何度も復唱し、忘れてきた。そして、今日も忘れていたよ。

2017年1月6日金曜日

(参考) イ・ソンヒ出演のTVコマーシャル企業の事件

昨年、イ・ソンヒが22年振りにTVコマーシャルに出演したとして新聞記事に採りあげられたが、その商品の発売元である健康食品企業、チョンホ食品が偽原料を使用したとして摘発された。

(本ブログ関連:”チョンホ(泉湖、천호)食品”)

①  朝鮮日報(日本語版)の記事
朝鮮日報(日本語版)の記事、「『中国産の偽紅参エキスを販売』 韓国健康食品メーカーが謝罪」(1/4、イ・スルビ記者)は、企業の責任問題として、次のように報じている。
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・韓国健康食品メーカーのチョンホ食品が3日、「中国産の偽の紅参(高麗人参を蒸して乾燥させたもの)」を原料にした紅参製品を販売していた事実を公表して謝罪*し、波紋を呼んでいる。

(*)謝罪文は、同社ホームページ > お客様センター > お知らせ に掲載

・同社は自社ホームページに載せた謝罪文で「韓国人参製品協会の会長と副会長が経営する企業が紅参濃縮液の原産地を偽り、色素を混ぜ込むなど不道徳な行為をしていたことが検察の捜査で判明した」とし「この企業から購入した原料を用いた本社の一部製品でも問題が見つかったため、原料をすぐに廃棄し、該当の商品を全量回収する措置を取った」と伝えた。

・問題となった同社の紅参製品は「6年根紅参エキス」など4商品。同社は該当商品の購入者に対し、全量交換および払い戻しを実施するとしている。

・これに先立ち、韓国人参製品協会の会長(73)を含む紅参製品メーカーの代表7人は昨年12月29日、中国産人参濃縮液に水あめやキャラメル色素などを混ぜ込み、「韓国産紅参100%」とうたって販売したとして検察に起訴された。被告らの納品先の中にチョンホ食品も含まれていた。

・これを受け、消費者の間ではチョンホ食品製品の不買運動が起きている。インターネット上では「『6年根紅参濃縮液と精製水のほかは何も加えていない』という広告を信じて買っていたのに、裏切られた」、「食べ物で悪さをするとは、二度と買わない」といった批判のコメントが書き込まれている。一方で、「チョンホ食品はわざと偽の原料を使用したわけではないのに、犯罪者扱いするのはよくない」、「チョンホ食品も被害者だ」と擁護する声もある。
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②  ハンギョレ新聞の記事
この件について、ハンギョレ新聞の記事、「チョンホ食品、『偽紅参エキス』の謝罪文掲載も議論拡散」(1/4、カン・ミンジン記者)は、同紙の特性もあって、思わぬところへ飛び火しそうな気配を暗示している。(抜粋)
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・・・
・チョンホ食品は、先に11月、(同社)キム・ヨンシク会長が、自身の運営するインターネット・カフェで、「キャンドルデモ(蝋燭示威)・デモ・昔のことを暴くマスコミなど、なぜこうなのか分からない。国政が揺れれば国が危険になる」として、キャンドル集会を非難する文と一緒に、保守団体が、「大規模集会を起こしたり、集会に加担した者は暴徒」という内容で製作した動画を上げて、世論の激しい非難を受けていた。
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③  済民日報の記事
また、今回のテレビ広告モデルとなったイ・ソンヒにも、クレームが及ぶ可能性が出てきた。済民日報の記事、「『泉湖(チョンホ)食品食品』謝罪文掲載、歌手イ・ソンヒに向かった飛び火 『イ・ソンヒも被害者だ』・・・なぜ?」(1/3、キム・ユジン記者)は、次のように報じている。(抜粋)
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・・・・
・このような、泉湖食品の悪行(蛮行)が明らかになって、一部では「泉湖食品」の広告モデルとして活動している歌手イ・ソンヒに向けても具合の悪い注意を引いている。

・あるインターネットユーザーは、「清潔なイメージのイ・ソンヒさんが、泉湖食品を広報するとは不快だ」と、「今からでも、イ・ソンヒさんのイメージのため、広告契約を解約すれば良い」と主張した。 他のインターネットユーザーは、「泉湖食品の悪行を思い出すと、イ・ソンヒさんに対するイメージも好転しないだろうと思っている」と指摘した。

・これを聞いたインターネットユーザーたちは、「広告モデルが何の罪か」、「イ・ソンヒも被害者だ」、「このようなごり押しがどこある」など多様な反応を見せている。

・一方、泉湖食品側が謝罪文を掲載したにもかかわらず、相変らず世論は冷たい反応を続けていて、不買運動の動きまで見せている。
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ネット時代、情報はいち早く拡散し、かつ半永久的に残る。しかも検索は容易。ネット情報は、1度のミスを閲覧者の手で、10倍にも100倍にも膨らますことができる時代だ。

2017年1月5日木曜日

小寒2017

寒い寒いと言っていたが、今日の寒さは本格的。防寒着の襟元ボタンまでしっかり留めるも、頬をよぎる風はことのほか冷たい。これで二十四節気の「小寒」というのなら、後の、寒さ甚だしい「大寒」はいかばかり。ここしばらく、この冬寒に難儀することだろう。何度もいうが寒いのは苦手だ。だが、何度いっても寒さは変わらない。冬真っ最中じゃ無理か。

(本ブログ関連:”小寒”)

近所にある読書室の窓辺で、ガラス戸越しに陽に当たりながら読書した。ぽかぽかして心地よい。そんなとき、巨大な温室を作って日がな一日ぼんやり暖まったらなんて空想したりする。それに溜め込んだ鉱物標本を小さく割ってみたいし・・・。

以前、ビニール温室の作り方をYoutubeで見たことがある。農家が使う規模になると、とても一人でできるものでない。かといって、趣味の園芸用のものは小さすぎる。

読書室が冷え始める頃、街通りの冷気を潜り抜けて帰宅する。寒暖の差は、やっぱり体にきついようだ。部屋の暖気にまた咳き込んだ。

2017年1月4日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 山々

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2016年12月28日)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、山々に関連した3曲を紹介した。

始めに、朝鮮時代の王座の後ろに置かれた屏風絵の「日月五峰図일월오봉도)」について次のように紹介された。
・宮廷の王座の背後に屏風があり、青い空のもとに緑山の五つの峰が並ぶ。峰の合間に、白い月と赤い太陽が浮んでいる。この屏風絵を、太陽と月と五峰の意から「日月五峰図」といいい、王を象徴した。五峰は、「金剛(금강)山」、「白頭(백두)山」、「智異(지리)山」、「妙香(묘향)」、「三角(삼각)山」などを指す。昔から、山神に祭祀を捧げた五山であり、国土を象徴的に表したものといえる。

▼ 五峰山での楽しい一日、「五峰山打令(오봉산타령)」をカヤグムの演奏で聴く。今様な、軽くステップを踏みたくなる。

次に、「檀君神話」や仏教の信仰で、神聖な場所としての山について次のように紹介された。
・昔、山は地形的な意味だけでなく、山中に神が棲むとされ、神聖な場所だった。「太白(태백)山」は、「檀君神話」の背景となっている。神話中の「桓雄(환웅)」は、天から太白山の「神壇樹(신단 수)」の樹下に降りた。ここを「神市(신시)」と呼ぶ。桓雄の息子が檀君である。檀君は、民族の始祖であり、最初の山神である。山神は、山を守るだけでなく、国を守る役割もした。後に仏教が伝来すると、歴史を持つ山に、仏と菩薩が住むと信じられた。金剛山を始め、山や峰の名は、仏教由来が多くある。ある伝によると、地形が美しい金剛山は、何人でも一度は見てみたくなるほどの山だった。

▼ 金剛山の美しさを歌う、「金剛山打令(금강산타령)」を聴く。仏教版観光ガイドのようで、素朴な繰り返しが耳に馴染む。

最後に、初日の出を迎える場所として「雪嶽(설악)山」が有名と、次のように紹介された。
・あと数日で(12/28放送)、2017年の新年を迎える。初日の出に出かける人も多いだろう。韓国でも、「雪嶽山」など有名な場所に、初日の出を迎えるため多くの人々が集まる。早朝から並んで登らなければならないほどだ。海でも陽が昇るのを見られるが、山に出かける人が多いようだ。登山のためでもあるが、新年を迎え、山の良い気運をもらうためでもあるようだ。

▼ 雪景色が美しい山、「德裕山(덕유산)で」を聴く。標高1614m、真っ白な雪山は魅力的。今様の旋律に色付けされて。

キム・ボエさんのことば。「世事、様々な出来事で慌ただしい様子です。でも、2016年もあと数日で終わりなので、気持ちを切り替えなければと思います。みなさんも、より健康で明るい2017年をお迎えください。」 とのこと。今年も、番組の拝聴を楽しみしています。

(德裕山の雪景色)

(Youtubeに登録の김선호に感謝)

2017年1月3日火曜日

正月三が日

冬の寒さは、日向も日影も寒い。東京の(平均最高・最低)気温は1月が一番低く、反転してこれから徐々に暖かさを取り戻す。そう思えば、外出の足も軽くなる。(そうそう、夏は日向も日影も暑いもの)

隣り町にある、割合大きな境内を持つ神社に参拝する。参道には、拝殿までの長蛇の列ができていた。今年の初詣はこれで3社目になる。みなの平安と健康を祈った分、「お守り袋」が増えてしまったが。

今日で「正月三が日」はおしまい。それを惜しんでか街にけっこうな人出。驚いたことに、以前、家族連れから離反されたファストフード店でも、レジ前に客が大勢並んでいた。

明日から世間は日常に戻る。

2017年1月2日月曜日

(資料) ”文化の黄金期” 1980年代

イ・ソンヒがデビューした1984年は、いわゆる「386世代」に代表される激動の1980年代に置かれる。その状況で、彼女も大きな振幅を経験することになる。1980年代の音楽文化について、様々な大衆歌謡の評論家が寄稿した新聞記事を、拾い読みしては、本ブログに抜粋・掲載した。

(本ブログ関連:”386世代”、”1980年代”、”イ・ソンヒと政治”)

昨年末の記事であるが、京郷新聞<オピニオン>欄に掲載の 「【文化批評】 ”文化の黄金期” 1980年代」(2016年12月27日、イ・ドンヨン|韓国芸術総合学校教授)は、1980年代の韓国の<青春文化>について次のように記している。(抜粋、段落内改行)

(少々重々しい表現が多いが)
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・私に1980年代の青年文化は、学生運動圏(参加者)の文化、デモ文化、理念の文化に深く刻印されている。いわゆる、運動圏が支配した時代であった。大学キャンパスで、デモは日常的であったし、催涙弾とペッパーフォグの臭いは消えなかった。デモ隊のスローガンと「民衆歌謡」は、キャンパスのサウンドを支配した。
歌バンド、農楽隊、社会科学研究会、校誌編集会が大学サークルの主軸を成して、祭りのときに、一般学友がミーティングして酒を飲み自分勝手に遊ぶのが虫が好かず、有名大衆歌手の学内コンサートを物理力に取り潰して、私たちはお前らと違うという意識で集会を開いた運動圏の文化は、1980年代の大学文化の後日談の郷愁を刺激する

・しかし、果たして、1980年代の青年文化を全て運動圏の文化に一瞥することができるだろうか? とても皮肉にも、1980年代は大学街の運動圏の文化に同一視するには、大衆文化の環境文化産業の市場の変化が、非常に躍動的な時代であった。

⇒ 1980年代の青年文化には、学生運動などの文化だけでなく、多様な大衆文化も存在した。

特に1980年代は、韓国大衆音楽史において、音楽的力量と産業的発展が最も優れたていた。1980年代は、チョー・ヨンピル、ユ・ジェハ、キム・ヒョンシク、イ・ムンセ、ピョン・ジンソプ、イ・ソンヒ、ユン・シネ、ハン・ヨンエなど大型ボーカル型のミュージシャンだけでなく、「野菊」、「分かれてまた一緒に(따로또같이)」、「春夏秋冬」、「新村ブルース」、「シナウィ」、「隼」、「ブラックホール」などのフォークからロックまでバンドも最高の全盛期を謳歌した時代であった。ソラボル・レコード、シンチョン・ミュージック、東亜企画などの企業型レコード・レーベル会社が産業体系を整え始めた。2007年8月、「京郷新聞」と音楽専門ウェブマガジンのガズムネットワークが共同で企画した「韓国大衆音楽100名盤」には、1980年代に発売されたレコードが31枚も選ばれて、時代別で最も多かった。1位は1985年製作された「野菊」の1集「行進」だった。

・1980年代の韓国映画産業には、ハイティーン映画と性愛映画があふれ出たが、これは単に検閲と統制に対する反応にのみ見ることができない大衆文化の消費欲望を表象するものでもある。
第5共和国は、言論統廃合、報道指針、「国風81」のような統制的、管制的文化政策を露骨に遂行したが、一方でプロスポーツの全面化、カラーTVの早期普及など、文化的な自由化措置を積極的に断行した。韓国の大衆文化産業の新自由主義化が逆説的にも、第5共和国の文化の自由化措置から始まったわけだ。

・1980年代は、理念的に見ようとするなら、文化的解放と弾圧が衝突した時代だと見ることができるが、社会文化的には文化産業の量的な膨張、「3低(ドル安・原油安・低金利)好況」にともなう経済成長の頂点に立っていた時代であった。
青年世代の消費文化を刺激させたアメリカの新保守主義文化と帝国主義文化を軽べつした運動圏の文化が非常に内密に交差した時期だった。

・1980年代の大学文化、あるいは青年文化を運動圏の文化で代表して言うことができるが、それでも当時の大衆文化の多様な欲望と差が、個人の立場を揺さぶった跡を消すことはできないだろう。自分でも、私が体得したほぼすべての文化的感受性は、1980年代の大衆文化から出たということができる。私は、1980年代のポップとロック歌謡を聞いて、エロ映画とプロスポーツを楽しんで文化的感受性を育ててきた。意識化された青年時期には、そういう感受性を革命のために捨てるべきであるとしばらく考えたことがあったが、今はそう思わない。

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2017年1月1日日曜日

2017年 あけましておめでとうございます

2017年、あけましておめでとうございます

早朝のテレビで、富士山上空の雲海に浮かぶ「御来光」の様子が生中継され、

初日の出」を目にすることができました ・・・ まずは縁起が良いこと!

それでは初詣に、地元の神社に参拝しましょう

今年が良い年でありますように


(本ブログ関連:”あけましておめでとうございます”)

2016年12月31日土曜日

イ・ソンヒの「Jへ」

2016年はどんな年だったろうか。1年の階段を一段昇り切ったか、それとも一歩転げ落ちたか。私にしたら、日常の延長のまま師走を走り、大晦日に至った感じだが。それでも、ちゃんと過ごしたか自問する。

本年9月4日、イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」(世宗文化会館)にも行き、ファンとしての勤めも無事果たしたと思う。彼女が、それ以前にさまざまなテレビ番組に出演したこと、それ以後にテレビドラマのOSTを歌ったこともブログに記した。

今年も今日で最後。イ・ソンヒのコンサートの最後には、デビュー曲である 「Jへ」(1984年)が歌われる。彼女が高校時代に音楽教室に通ったこと、そこで 「Jへ」の作詞・作曲家と幸運に出会ったこと、大学時代に音楽バンド 「四幕五場」に参加したこと、そして音楽コンクール 「江辺歌謡祭」に出場して「Jへ」を歌い大賞を受賞したこと。天賦の才を元にして、いろいろな出会いを重ねてイ・ソンヒは歌謡界に解き放された。以降、30年余、「国民歌手」としてそのトップを走っている。

(本ブログ関連:”Jへ”)


J 撫でる風に、J あなた想えば
今日も静かに、あなた 偲ぶわ

J きのうの夢に、J 出会った面影
わたしの胸に、染まっているのよ

*J きれいな夏の日、遠く消えたとしても
J わたしの愛は、今も変わらない

J あなたを永久(とわ)に
J あなたを愛して
J ともに歩いた、J 思い出の道

わたしは今宵も、寂しく歩くのね

(*以下繰り返し)

寂しく歩くのね

(1984年 「江辺歌謡祭」)

(Youtubeに登録の사사구통に感謝)

2016年12月30日金曜日

2017年の年賀状

年賀状作りは決まって年末ぎりぎり。たいてい、12月30日または31日(早くても28日以降)になってしまう。そんなわけで、今年も今日、年賀状を作成して投函した。

来年の十二支は酉(とり)。年賀状の文面側のデザインを、鳥にからめて「卵」にした。以前、Google起動時のトップ画面で、「イースターエッグ」(Google文字が隠れている)が表示された。本来、「イースター(復活祭)」は春の宗教行事だが、絵柄の美しさから借用させていただくことにした。(ハロウィンなど西欧行事を真似する昨今だが、まさか復活祭までとはと思うが・・・)

ちなみに、Googleトップ画面に表示された 「イースターエッグ」は、ロシアの宝石商ピーター カール ファベルジェ(1846年5月30日~1920年9月24日)の生誕166周年を記念したもの。

(年賀状の絵柄 ⇒ 「走るオンダー」に感謝)

ところで、Googleのトップ画面(=検索画面)には、「イースターエッグ」という隠しコマンドがある。例えば、検索ボックスに ”一回転”と入力してエンターすると、あら不思議! 画面が一回転する。この検索ボックスには、この他いろいろな仕掛け(隠しコマンド)があるという。
(「浦下com」、「Appgiga!!」に感謝)


(Youtubeに登録のtechjoに感謝)

2016年12月29日木曜日

(映画) 来年に持ち越しそう

今日だって、ちょいと外出しようとつくろったが、まだ力が入らず断念した。この調子じゃ、正月にも外出が無理かもしれない。(先日、風邪気味を承知で、「東京クリスマスマーケット」に出かけて、すっかりこじらせてしまった)

そんなわけで年末に、映画鑑賞は映画館で見るに限るといいながら来年に持ち越しそう。今までチャンスはあったのに惜しいことをした。今回の風邪をいい訳にして、正月開けにでも見よう。その一番が、映画 「シンゴジラ」だ。事態に対処する行動の定義や決定の責任について、キャッチボールがやりとりされる面白さがあるという・・・。

ところで、来年(日本)公開される楽しみな映画
Youtubeで、”2017 trailer”と検索すれば、来年公開映画の予告編が花盛り。おお、「ブレードランナー(Blade Runner)2049」(2017年)に会える。予告編で、主人公らしき男が入る建物に「행운(幸運)」の文字がある。舞台はどこか。

(本ブログ関連:”ブレードランナー”)

ちなみに、作品「ブレードランナー 2049」の監督は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ(1967年~)とのこと。

2016年12月28日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 冬至

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「冬至」に関連した3曲を紹介した。

始めに、「冬至」の意義と悪鬼払いの習慣について次のように紹介された。
・人は、過ぎ去ってその価値を悟る。人との関係だけでなく、時間や自然においても同じだ。暑い日が続く夏、太陽のありがたさを忘れることもあるが、冬になれば、昼間の日差しのありがたさに気付く。日当たりの良い日に、窓辺で陽光を浴びるのも心地よい。一年の中で昼が最も短い日が冬至だ。昔、冬至を正月のように思ったりした。悪鬼を追い払う意の習慣で、小豆粥を食べ、近所の人と一緒に分け合ったりした。小豆の色に悪鬼を追い払う効果があると信じたからだ。冬至が過ぎると、次の日から昼が長くなる。

▼ 冬至にふさわしい曲、「ひまわり(해바라기)」を聴く。観光宣伝映画のメロディで聞いたかな、今様に軽快。

次に、妓生の娘「春香(춘향)」と官吏の息子「李夢龍(이몽룡)」の愛を語るパンソリ「春香歌」について次のように紹介された。
・パンソリ「春香歌」は、春香と李夢龍の身分を乗り越えた愛の物語だ。春香歌に、太陽の消息(落陽を待つ)の意の曲、「ヘソシク(해소식)」がある。李夢龍(イ・モンリョン)は、楼閣でブランコに乗る春香を見て、一目惚れする。春香の家へ訪問が許され、デートをすることになる。李夢龍が、勉強せず、妓生の家に出入りするという噂が立たぬため、夜の方が良かった。初デートの日、李夢龍も胸をわくわくさせ、早く起きて夜になるのを待ち望んだ。使用人に、いつになったら日が沈むのかと確認したという。普段は昼が短く感じるのに、今日に限って昼がなんと長く退屈なのかと嘆いた。李夢龍が16歳の頃、その気持ちも理解できそうだ。

(本ブログ関連:”春香伝”)

▼ 「春香歌」から、「ヘソシク」を聴く。会いたさに、早く落陽(日が落ちる)の知らせを待ったのだろう。

最後に、冬至の小豆粥から慈善について次のように紹介された。
・悪霊は赤色を嫌う。ために、小豆粥を食べると悪鬼を追い払うと信じた。冬至に小豆粥を作って、部屋や庭の片隅を置き場とする醬油や味噌の甕(かめ)付近にも置いた。悪鬼を追い払うためのものだが、冷ました味も一品。近隣に小豆粥を配り、困っている人があれば助けるのも、冬至にすべきこと。現代も慈善活動を冬に行うのは、冬至の影響だという。

管楽器テピョンソ太平簫태평소)演奏による 「一千の太陽(천 개의 태양)」を聴く。中東の響きする、今様。

キム・ボエさんのことば。「まだ寒い冬ではありますが、これからもっと明るく、温かい太陽が昇ることを期待します。また、寒い天気の中でも、心だけはいつに増して温かい季節であればと思います。」 いつも、おだやかで優しい声に和みます。

2016年12月27日火曜日

(雑談) 師走に絶不調

喉の痛みが、9割方治まったというに、入れ替わるように咳込み始めた。長引きそうな予感がする。
医師の処方で咳薬をもらう。帰り道、街を巡ろうかと揚々としたが次第に力が抜けた。
このまま、絶不調の師走になるやもしれない。

こうなったら、本気でイ・ソンヒの子守歌、愛唱童謡集(1993年)に収録の 「島の赤ん坊(섬집아기)」を聴きましょう。島影に、牡蠣採り行った母さんを赤ちゃんがひとり待ってます。
きっと、ひとりごとする赤ちゃんの瞳に、海辺で牡蠣採りする母さんの優しい眼差しが浮かんでいることでしょう。

(本ブログ関連:”島の赤ん坊”)


(Youtubeに登録のKim Dong-Hoに感謝)

2016年12月26日月曜日

今日もお休み

昔の子どもたちは、風邪を引いて鼻水を垂らしても遊んだ。中には、鼻水が透明から黄ばみ、いつの間にか上唇あたりにこびりつかせる子がいた。そんな時代もあっという間に過ぎ、今は、そんな子育て(子ども任せ)は通用しないだろう。

あの時代に戻りたいと思わないけど、あの頃、子どもたちは、好奇心にあふれ、楽しみを見つけて遊びを発明した。その点は、今の子どもだってきっと同じに違いない。

一日中、安静にした。薬が利いて、喉の痛みが治まりかけているが、それにスライドするように、咳が出始めた。ここ数年、年初に咳き込むことが多い。用心するに越したことはない。

明日、今年最後の診察日なので、医院に行こうかと思う。

こんなとき、囁きかけるように歌う、ちあきなおみのカバーで、「そっとおやすみ」(1970年、作詞:クニ河内・なかにし礼、作曲:クニ河内、唄:布施明)を聴いてみよう。柔らかく包まれるような癒しを感じる。なんとも心地よい、おじさんのララバイだ。


(Youtubeに登録のTheNekozuna22に感謝)

2016年12月25日日曜日

イ・ソンヒの「涙に咲く花」

昨日、喉の痛みに診察を受けた。処方薬に鎮咳剤もあって、「眠くなるこがあるので・・・」という注意書きがあった。飲めば、体を休めろとばかりに直ぐに眠くなる。とうとう風邪にノックアウトされたわけで今日、明日、無理せず過ごすことにしよう。

これも神のおぼし召し、ゆっくり休む。治癒や体力の回復に一心で、懐旧する余裕はない。呼応するように、家の前を、「火の用心」の拍子木を打ちながら通り過ぎる音がした。響くのはそんな音ぐらい。

イ・ソンヒの「涙に咲く花(눈물속에 피는 꽃)」は、初アルバムと同年(1985年)にリリースされた第2集所収の曲だ。人気沸騰、デビュー時の彼女が、こんなにも情感を込めて歌うのに驚いたろうし、多彩な彼女の歌唱力に目を見張るばかりだっただろう。この歌が響いてくれるといいのだが。

(本ブログ関連:”涙に咲く花”)


“愛は 別れに、なおいっそう輝くでしょう
一人で寂しさを感じたとき、なおいっそう美しいでしょう”

あなたの目に映った 私の姿は
そんなに悲しい顔で 泣いていたのですか
思わず流れた 私のこの涙は
そんなにもあなたの心を 苦しめましたか

遠い空 見つめながら悲しみを消し去ろうと
気づかうあなたの姿は、むしろ私の心に
石を投げているのですね 涙に咲く花よ

“孤独が訪ねてくれば、こらえてしまうでしょう
こらえ続けて寂しくなれば、それだけで泣いてしまうでしょう”

こんなにつらい別れを 始めなければならないのは
もしかしたらあなたと私の 試練ではないでしょうか
私たちの目に宿る 涙に咲く花よ


(Youtubeに登録の김현진に感謝)

2016年12月24日土曜日

イ・ソンヒの「ラスト・クリスマス」

風邪だろうか、一昨日、昨日と喉が強烈に痛んだ。トローチなど市販薬を舐めたが芳しくない。クリスマスイブの今日、地元の医院で診てもらうことにした。インフルエンザの予防注射は既に打っているのだが・・・。「喉が痛いという患者さんが、最近多いんですよ」という医師の回答があった。とんだクリスマスプレゼントだ。

この時期になると、イ・ソンヒのカバー「ラスト・クリスマス(Last Christmas)」を聴く。今年もそうしよう。原曲は、英国の音楽グループ 「ワム!(Wham!)」 が1984年にリリースしたシングル。イ・ソンヒが歌謡界にデビュー(「江辺音楽祭」で大賞受賞)したのと同じ1984年だ。このカバー曲は、彼女のアルバム「冬の日のものがたり(겨울날의 이야기)」(1988年)に収録されている。

(本ブログ関連:”ラスト・クリスマス”)

ああ、それにしても喉が痛い。美味いものが食べられないクリスマスイブとは・・・・。


(Youtubeに登録のMusic maniaに感謝)


(追記)
朝日新聞DIGITAL記事、「ジョージ・マイケルさん死去 53歳、元『ワム!』」(12/26、渡辺志帆記者)、抜粋・加工。
<1980年代にヒット曲「ラスト・クリスマス」や「クラブ・トロピカーナ」などを生んだポップデュオ「ワム!」の一人としても活躍した、英国のシンガー・ソングライター、ジョージ・マイケルさんが死去した。53歳だった。マイケルさんの広報担当者が25日、「自宅で安らかに息を引き取った」>と発表した>

2016年12月23日金曜日

東京クリスマスマーケット2016

天皇誕生日」の朝、昨夜の雨から一転してきらきら輝き、澄んだ青空に真白な雲を浮かべていた。気分爽やか、日比谷公園で開催中の「東京クリスマスマーケット2016」(12/16~25)に出かけることにした。都心の最高気温は19.6℃(何と01:45)、13:00頃でも17.5℃だった。

(本ブログ関連:”東京クリスマス・マーケット”)

昼頃到着したせいもあって、会場は大変な混みよう。ソーセージなど肉料理とワインやビールを中心にしたドイツ料理の売店テントが多数あり、どこも客たちの長蛇の列が続いた。そのほかクリスマスを飾る小間物や飾り物も売られていた・・・。昨年見たのと同じ、高さ14m、6層の「クリスマスピラミッド」の頂で、水平の羽根がゆるり回転していた。

人混みに圧倒されたわけでない。昨日から喉がヒリヒリして、唾を飲み込むのも痛いため、美味しい香りにもかかわらず、絶好の賞味の機会を逸した。本当に惜しいことをした。

ところで、夕方、テレビを見ていたら、NHKで「世界で一番美しい瞬間(とき)クリスマス・スペシャル ▽ 天使が舞い降りるときドイツ」が放送された。ドイツ・ロマンチック街道上にある、南ドイツの(カトリック信者が多数を占める)都市アウクスブルク(Augsburg)のクリスマスマーケットが紹介された。大きなクリスマスツリーの飾りのそばにクリスマスピラミッドが立っていた。クリスマスマーケットの話題の中心は、市庁舎(ラートハウス)の窓に可愛らしい天使たちが現れる「エンゲーレスシュピール(Engelesspiel)」だ。WWⅡから復興したシンボルでもある天使は、街の子どもたちにとって守護天使でもある。エンゲーレスシュピールを通して、天子役の子どもと家族の愛あふれる関係も紹介された。