このブログは、キツネについていろいろな伝承を採集している。「西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇」(ティルベリのゲルウァシウス(Gervasius Tilberiensis)、池上俊一訳、講談社学術文庫)に所収の「第68章 狐の狡猾さ」を転載させていただく。結論から言えば、だます者は、甘い汁を吸おうと近づき寄る者たちを、最後には丸めてポンと捨てるということか。
(本ブログ関連:”キツネ”)
翻訳者解説によれば、原本は、1209年~1214年にかけて書かれたもので、聖職者ゲルウァシウスが赴任地や旅先での見聞、知人から聞いた話、古典の奇話などをまとめたものという。皇帝のための気晴らし本というべきか。素人の関心からいえば、こんな話、あんな話とつづく。石の話もあって楽しい。
(下記に改行を加えました)
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狐の本性的狡猾(ずるがしこ)さについての話を耳にするとき、わたしどもは何より、この世ではもっと慎重に振る舞うべきことを学びます。
たとえばです、狐が蚤の激しい刺傷で痛がっているとき、かれは川辺にいって後ろ歩きをしながら尻尾の先を水に沈めます。すると蚤は水を感じて、キツネのからだのより乾燥した地帯に避難します。こうして徐々に尻からからだを湿してゆくあいだに、蚤たちは彼の鼻面の先まで這い登ってゆくことを余儀なくされます。
不幸な一隊が一旦唇まで到達するや、かれは口全体をペロッと舌なめずりします。そこで蚤は、あらかじめ狐が用意して口一杯に含んでいた麻屑か何か別の柔らかなものの中に突進してゆきます。狡賢い動物(狐)は、かれら(蚤)がほうほうの態で避難場所に逃げ込んだと感ずると、麻屑を吐き出し、水から上がってこの不衛生な災難から解放されるのです。
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2019年3月2日土曜日
2019年3月1日金曜日
ポンチキ祭り
イディッシュ語教室にポーランドと縁のあるクラスメイトが多数いた。ワルシャワの音楽祭に参加したクレツマー音楽家たち(二人)、またワルシャワ滞在の長かったピアニスト、さらにポーランド語が堪能な不思議な若者(院生)の方々だ。授業でも、先生からポーランドに関連する書物の紹介があったりして身近に感じた。
(本ブログ関連:”ポーランド”)
昔、ポーランドが勢力を拡大したころ、ユダヤ人が多数が居住したこともあり、イディッシュ語とポーランド文化(語彙や地名など)との関わりは深かったようだ。授業で、食べ物の話題があれば、ポーランド菓子が語られたりした。
以前、外語大の「外語祭」を訪れたとき、学生たちが(多分専攻の言語に合わせて)国別のテントを並べて、その国独特な軽食や菓子を販売していた。ポーランドの模擬店では、「ラズベリージャム入りのドーナッツ『ポンチキ(Pączek)』」(日本では当り前の菓子になっている)が売られていた。さっそく求めて食した。
(本ブログ関連:”外語祭”、”ポンチキ”)
ところで、今日、このポンチキを主題に「ポンチキまつり」が、京王線「柴崎駅」近くにある「ポンチキヤ」*(ポーランド大好きな店のよう)で開かれた。興味しんしん、この機会に出かけてみることにした。
(*)ポンチキヤ: http://poland.saleshop.jp/
若者客が(立錐の予知もないほど)集って、居場所を探すほど。同世代と思われるおじさんと相席したところ、聞けば同じ年齢。食べ物を中心に撮影する写真家とのことで世界を巡られたようだ。ポーランドの食べ物でだけでなく、いろいろな国の料理も聞かせてもらった。まさにアーチストの見本のような生き方の人だった。
店の中心にロシア人男性がいて、モスクワの都市生活者の基本的な家庭料理をたずねれば、スープの「ソーリャンカ」がまさにソウルフードとのこと。(ポーランド料理でいえば「ジュレック」に当りそう・・・らしい)
そこへ、中国からの留学生が参加して、アジア(ツングース語から東南アジアの諸言語)だけでなくヨーロッパ(当然ポーランド語やロシア語も含めて)の言語について、縦横無尽さまざま教えてもらった。学問的関心は、中国古代の音韻学という・・・もうお手上げ。
幸運に、ユニークな名の「ポンチキまつり」で、素晴らしい人々と出会うことができた。
(さてこれから、土産に買ったスモークド・オイル サーディンを食べてみようか)
(本ブログ関連:”ポーランド”)
昔、ポーランドが勢力を拡大したころ、ユダヤ人が多数が居住したこともあり、イディッシュ語とポーランド文化(語彙や地名など)との関わりは深かったようだ。授業で、食べ物の話題があれば、ポーランド菓子が語られたりした。
以前、外語大の「外語祭」を訪れたとき、学生たちが(多分専攻の言語に合わせて)国別のテントを並べて、その国独特な軽食や菓子を販売していた。ポーランドの模擬店では、「ラズベリージャム入りのドーナッツ『ポンチキ(Pączek)』」(日本では当り前の菓子になっている)が売られていた。さっそく求めて食した。
(本ブログ関連:”外語祭”、”ポンチキ”)
ところで、今日、このポンチキを主題に「ポンチキまつり」が、京王線「柴崎駅」近くにある「ポンチキヤ」*(ポーランド大好きな店のよう)で開かれた。興味しんしん、この機会に出かけてみることにした。
(*)ポンチキヤ: http://poland.saleshop.jp/
若者客が(立錐の予知もないほど)集って、居場所を探すほど。同世代と思われるおじさんと相席したところ、聞けば同じ年齢。食べ物を中心に撮影する写真家とのことで世界を巡られたようだ。ポーランドの食べ物でだけでなく、いろいろな国の料理も聞かせてもらった。まさにアーチストの見本のような生き方の人だった。
店の中心にロシア人男性がいて、モスクワの都市生活者の基本的な家庭料理をたずねれば、スープの「ソーリャンカ」がまさにソウルフードとのこと。(ポーランド料理でいえば「ジュレック」に当りそう・・・らしい)
そこへ、中国からの留学生が参加して、アジア(ツングース語から東南アジアの諸言語)だけでなくヨーロッパ(当然ポーランド語やロシア語も含めて)の言語について、縦横無尽さまざま教えてもらった。学問的関心は、中国古代の音韻学という・・・もうお手上げ。
幸運に、ユニークな名の「ポンチキまつり」で、素晴らしい人々と出会うことができた。
(さてこれから、土産に買ったスモークド・オイル サーディンを食べてみようか)
2019年2月28日木曜日
シャビエル、ザビエル
日めくりカレンダーは、当日を意識付けするけれど、翌日に目配せが必要なときがある。今日は2月の28日、普段のならいせいで、つい明日は29日と思い込んでしまいそう。けれど2月は今日で終わり。「うるう年」でない限り、2月は28日までしかない。
話し変わって、バスク語のテキスト(「ニューエクスプレス バスク語」吉田浩美著)の会話に決まって登場する男性の名は「シャビエル(Xabier)」。気にもせず、ひとりの人物名とみていたが、Wikipediaで「Xabier」を検索すれば、ヨーロッパの男性名として、各国の読み方(呼び方)を紹介している。
1549年、日本へ来たスペインの宣教師「フランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier)」は、(これもWikipediaの記述によるが)<日本のカトリック教会ではイタリア語読みから慣用的に「ザベリオ」が用いられ、現在おもに「ザビエル」>が使われているという。
あのフランシスコ・ザビエルが「バスク人」だったのかと、彼の故郷を確認すると、(これまたWikiprdiaによれば)<生家のハビエル城はフランスとの国境に近い北スペインのナバラ王国のハビエルに位置し、バスク語で「新しい家」を意味するエチェベリ(家〈etxe〉+ 新しい〈berria〉*)のイベロ・ロマンス風訛りである。フランシスコの姓はこの町に由来する。>とのこと。
(*)berria: 新しい(new) berri に-a が付いた絶対格単数形
バスク語テキストでは、登場人物「シャビエル」と「ザビエル」の関係について触れているわけではないが、なんとなく学習に一歩近づく感がするのも不思議。
ところで、イディッシュ語テキスト「Colloquial Yiddish」(L. Kahn)に主に登場する男性の名は「דוד(Dovid)」は、ヘブライ語の「דָּוִד」に由来。すなわち、ユダヤ王の「ダビデ」であり、英語の男性名「David」につながる。
語学教材の著者は、登場人物に、その言葉(語学対象)に縁の深い名の登場人物を選ぶのだろう。さて、外国人向け「日本語教材」の場合、主な登場人物(男性)はどんな名になっているのだろうか。
(3/1:追記) 中国の留学生によれば、彼が学んだ日本語教材に登場した人物名は、男性は森/田中であり、女性は小野だったそうだ。
話し変わって、バスク語のテキスト(「ニューエクスプレス バスク語」吉田浩美著)の会話に決まって登場する男性の名は「シャビエル(Xabier)」。気にもせず、ひとりの人物名とみていたが、Wikipediaで「Xabier」を検索すれば、ヨーロッパの男性名として、各国の読み方(呼び方)を紹介している。
1549年、日本へ来たスペインの宣教師「フランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier)」は、(これもWikipediaの記述によるが)<日本のカトリック教会ではイタリア語読みから慣用的に「ザベリオ」が用いられ、現在おもに「ザビエル」>が使われているという。
あのフランシスコ・ザビエルが「バスク人」だったのかと、彼の故郷を確認すると、(これまたWikiprdiaによれば)<生家のハビエル城はフランスとの国境に近い北スペインのナバラ王国のハビエルに位置し、バスク語で「新しい家」を意味するエチェベリ(家〈etxe〉+ 新しい〈berria〉*)のイベロ・ロマンス風訛りである。フランシスコの姓はこの町に由来する。>とのこと。
(*)berria: 新しい(new) berri に-a が付いた絶対格単数形
バスク語テキストでは、登場人物「シャビエル」と「ザビエル」の関係について触れているわけではないが、なんとなく学習に一歩近づく感がするのも不思議。
ところで、イディッシュ語テキスト「Colloquial Yiddish」(L. Kahn)に主に登場する男性の名は「דוד(Dovid)」は、ヘブライ語の「דָּוִד」に由来。すなわち、ユダヤ王の「ダビデ」であり、英語の男性名「David」につながる。
語学教材の著者は、登場人物に、その言葉(語学対象)に縁の深い名の登場人物を選ぶのだろう。さて、外国人向け「日本語教材」の場合、主な登場人物(男性)はどんな名になっているのだろうか。
(3/1:追記) 中国の留学生によれば、彼が学んだ日本語教材に登場した人物名は、男性は森/田中であり、女性は小野だったそうだ。
2019年2月27日水曜日
春雨じゃ、濡れてまいろう(行こう)
わたしら世代には、春の雨に「春雨じゃ、濡れてまいろう(行こう)」と言って遊んだ記憶があるに違いない。まだチャンバラごっこができた時代だ。幕末の混乱だけじゃない、その後の維新の騒乱なんて何も知らず、原っぱを駆け回っていた。
雨が降れば、濡れるのも子どもの仕事。別にどうってこともない。泥んこだって厭わない。そんな時代が懐かしい。
雛菊 「月様、雨が…」
月形 「春雨じゃ、濡れてまいろう」
この台詞、芝居「月形半平太」の中で語られたもので、チャンバラ少年たちも知っていた。あいにく腕白たちしかいないので、雛菊の役回りは当然なかったが、みな好き勝手に月形になりきって春雨に飛び出して行った。
スタンドマイクの前に直立不動で歌った東海林太郎の「月形半平太の唄」(藤惣之助作詞、近藤政二郎作曲、日本ポリドール管弦楽団:1934年(昭和9年))がある。
(Youtubeに登録の0jac6に感謝)
雨が降れば、濡れるのも子どもの仕事。別にどうってこともない。泥んこだって厭わない。そんな時代が懐かしい。
雛菊 「月様、雨が…」
月形 「春雨じゃ、濡れてまいろう」
この台詞、芝居「月形半平太」の中で語られたもので、チャンバラ少年たちも知っていた。あいにく腕白たちしかいないので、雛菊の役回りは当然なかったが、みな好き勝手に月形になりきって春雨に飛び出して行った。
スタンドマイクの前に直立不動で歌った東海林太郎の「月形半平太の唄」(藤惣之助作詞、近藤政二郎作曲、日本ポリドール管弦楽団:1934年(昭和9年))がある。
(Youtubeに登録の0jac6に感謝)
2019年2月26日火曜日
歴史のことごと
小学生のころ、昭和史に残る重大事件について知った。同級生の縁者に、かつてその事件に関与した人物がいたと聞かされたからだ。昭和11年(1936年)2月26日、雪の降るの東京府において、陸軍青年将校たちが大規模な決起をした「二・二六事件」がそれだ。
今日のニュースに、この事件について触れられることはほとんどないようだ。忘れた振りをしているのか、それとも忘れ去ったのか。忌まわしい事件として、思い出して検証することが憚れるのだろうか。それとも、思い返す労に意味すらないのだろうか。
小学生同士のこと、一度だけ聞かされた内容を理解するに知識は乏しかったものの、それ以来、級友に会うと歴史の衣装がひらひらと見えるような気がしてならなかった。その後、当事者だった青年将校(大尉)の立場や経緯を知るたび、小学生のころの級友を思い出すことになる。
また、この事件について、従った(従わされた)下級兵士の中に、飄々とした話芸を見せた落語家の「柳家小さん (5代目)」がいたのは有名だが、多くの兵士はその後、何度も招集され前線(戦地)に送り込まれたという話がある・・・ネットに満州方面へという話題があるが、その先の地もまだ十分あった気がしてならない。
今日のニュースに、この事件について触れられることはほとんどないようだ。忘れた振りをしているのか、それとも忘れ去ったのか。忌まわしい事件として、思い出して検証することが憚れるのだろうか。それとも、思い返す労に意味すらないのだろうか。
小学生同士のこと、一度だけ聞かされた内容を理解するに知識は乏しかったものの、それ以来、級友に会うと歴史の衣装がひらひらと見えるような気がしてならなかった。その後、当事者だった青年将校(大尉)の立場や経緯を知るたび、小学生のころの級友を思い出すことになる。
また、この事件について、従った(従わされた)下級兵士の中に、飄々とした話芸を見せた落語家の「柳家小さん (5代目)」がいたのは有名だが、多くの兵士はその後、何度も招集され前線(戦地)に送り込まれたという話がある・・・ネットに満州方面へという話題があるが、その先の地もまだ十分あった気がしてならない。
2019年2月25日月曜日
殿ヶ谷戸庭園の梅
運動不足を感じて、暖かい*昼過ぎに外出した。今朝方、中央線・総武線の停電事故(信号電力線の火事)があって混乱したようだ。野次馬根性というつもりはないが、中央線が気になり乗車した。事態はとっくに収拾されており、混み具合はいつも通りだった・・・当たり前。
(*)都心の最高気温は久し振りに 17.1℃ を記録した。
昔、大正・昭和初期の時代に有力者たちは、「武蔵野」の自然が残った東京郊外(東京市下の多摩地区)に別荘を建てたようだ。今でこそ、住宅が密集する中央線沿線一帯であるが、当時は都心の喧騒を逃れ癒す場所だったといえる。
中央線「国分寺駅」の回りも、昭和10年代に画家が描いたスケッチを見れば、人家が稀で遠くまで視界が及ぶ地だったことが分かる。周辺は自然林などを除き、大きな別荘地に区分されていたようだ。
国分寺駅のそばにある、旧別荘地だった都立庭園「殿ヶ谷戸庭園」を巡った。庭園は、中央に大きな広場を配し、東側にある「国分寺崖線」の斜面との起伏を巧みに利用している。周囲に木立や竹林を巡らし、街のざわめきを忘れさせる。
月曜日ということもあって、公営施設にありがちな月曜休園を気にしたが、開園していて一安心する。以前に来園した秋と比べて、春先の気配を楽しむことにした
(本ブログ関連:”殿ヶ谷戸庭園”)
本館(受付)横に掲示があり、本館前の囲みに「セツブンソウ」があるという。眺めてみれば一輪だけ、忘れたように白く小さな花を咲かせていた。一方、「フクジュソウ」は、崖線の斜面に、黄色の大きな花弁を揺らしていた。(いずれも移しかえしたものだろう)
写真は、紅梅と白梅が、睦まじさを象徴するように並んでいたもの。ついその前を何度も往復して見上げた。梅は冬の厳しさを耐えて、春先にようやく花を開き香る。けれど絢爛さもなく、劇的でもないところが、かえっていいのかもしれない。(歳をとると、その良さがしみじみ分かるような気がする)
(*)都心の最高気温は久し振りに 17.1℃ を記録した。
昔、大正・昭和初期の時代に有力者たちは、「武蔵野」の自然が残った東京郊外(東京市下の多摩地区)に別荘を建てたようだ。今でこそ、住宅が密集する中央線沿線一帯であるが、当時は都心の喧騒を逃れ癒す場所だったといえる。
中央線「国分寺駅」の回りも、昭和10年代に画家が描いたスケッチを見れば、人家が稀で遠くまで視界が及ぶ地だったことが分かる。周辺は自然林などを除き、大きな別荘地に区分されていたようだ。
国分寺駅のそばにある、旧別荘地だった都立庭園「殿ヶ谷戸庭園」を巡った。庭園は、中央に大きな広場を配し、東側にある「国分寺崖線」の斜面との起伏を巧みに利用している。周囲に木立や竹林を巡らし、街のざわめきを忘れさせる。
月曜日ということもあって、公営施設にありがちな月曜休園を気にしたが、開園していて一安心する。以前に来園した秋と比べて、春先の気配を楽しむことにした
(本ブログ関連:”殿ヶ谷戸庭園”)
本館(受付)横に掲示があり、本館前の囲みに「セツブンソウ」があるという。眺めてみれば一輪だけ、忘れたように白く小さな花を咲かせていた。一方、「フクジュソウ」は、崖線の斜面に、黄色の大きな花弁を揺らしていた。(いずれも移しかえしたものだろう)
写真は、紅梅と白梅が、睦まじさを象徴するように並んでいたもの。ついその前を何度も往復して見上げた。梅は冬の厳しさを耐えて、春先にようやく花を開き香る。けれど絢爛さもなく、劇的でもないところが、かえっていいのかもしれない。(歳をとると、その良さがしみじみ分かるような気がする)
2019年2月24日日曜日
ウォレスズ・ジャイアント・ビー
巨大ハチ(Megachile pluto、「ウォレスの巨大蜂(Wallace's giant bee)」)が38年ぶりに再発見されたという。Gigazineの記事「30年以上目撃されていなかった世界最大のハチが探検隊によって再発見される」*(2/22)によれば、「通常のミツバチの4倍ほどのサイズで、クワガタムシのように巨大なアゴを持ち、羽を広げると翼長6cmほどの大きさにもなるとのこと」だそうだ。
(*)Gigazine: https://gigazine.net/news/20190222-spot-again-vanished-largest-bee/
例えば、スズメバチの最大サイズが、大スズメバチの女王バチで、4~4.5cmほどあるという。昆虫標本箱で見かけるのがそれより小回りだとしても、恐怖感は半端ではない。ウォレスズ・ジャイアント・ビーは、まさにドデカイ!のだ。
ネットのニュースに、このハチを1858年に初めて発見した人物「アルフレッド・ラッセル・ウォレス」を、探検家とか博物学者とか呼んでいるが、ダーウィンと「進化論」を競い合ったウォレスだろうか。BBCの記事「生きていた……世界最大のハチを発見 インドネシア」**(2/22)を見れば、ダーウィンとの関連が記されているので間違いないようだ。
ダーウィンが「種の起源」を出版するにあたり、どんな経緯があったかについて、ウォレスとの関係が思い出される。また、ウォレスが発見した「ウォレス線」は、その後の「大陸移動説」の傍証になったし、もっといえば「プレートテクトニクス」にまでイメージが広げられる。
(**)BBC: https://www.bbc.com/japanese/47327283
ハチについては、「社会性昆虫」といった特徴があるようだが、この巨大ハチの場合はどうなのだろうか。見たところ、巨大で黒色のダースベーダーのようだが、「オオハキリバチの一種」とのこと。(オオハキリバチは、分類上、ハチ亜目 > ミツバチ上科 に属しており、スズメバチのような、ハチ亜目 > スズメバチ上科 とは別の系統。)
Megachile plutoは、大型のハナバチで、何となくミツバチが巨大化したように見えてくる・・・。
(本ブログ関連:”ハチ”)
ところでミツバチについて、幼稚園前のころ、庭先にデイジーの花が多く咲き、その花弁にたくさんのミツバチが群がった。わたしは、なぜかハチを手のひらに集めたものの、刺された記憶はない。そのとき、庭に母が干した白いシーツが風に眩しく揺らいでいたという美化した思い出とともにある。
(*)Gigazine: https://gigazine.net/news/20190222-spot-again-vanished-largest-bee/
例えば、スズメバチの最大サイズが、大スズメバチの女王バチで、4~4.5cmほどあるという。昆虫標本箱で見かけるのがそれより小回りだとしても、恐怖感は半端ではない。ウォレスズ・ジャイアント・ビーは、まさにドデカイ!のだ。
ネットのニュースに、このハチを1858年に初めて発見した人物「アルフレッド・ラッセル・ウォレス」を、探検家とか博物学者とか呼んでいるが、ダーウィンと「進化論」を競い合ったウォレスだろうか。BBCの記事「生きていた……世界最大のハチを発見 インドネシア」**(2/22)を見れば、ダーウィンとの関連が記されているので間違いないようだ。
ダーウィンが「種の起源」を出版するにあたり、どんな経緯があったかについて、ウォレスとの関係が思い出される。また、ウォレスが発見した「ウォレス線」は、その後の「大陸移動説」の傍証になったし、もっといえば「プレートテクトニクス」にまでイメージが広げられる。
(**)BBC: https://www.bbc.com/japanese/47327283
ハチについては、「社会性昆虫」といった特徴があるようだが、この巨大ハチの場合はどうなのだろうか。見たところ、巨大で黒色のダースベーダーのようだが、「オオハキリバチの一種」とのこと。(オオハキリバチは、分類上、ハチ亜目 > ミツバチ上科 に属しており、スズメバチのような、ハチ亜目 > スズメバチ上科 とは別の系統。)
Megachile plutoは、大型のハナバチで、何となくミツバチが巨大化したように見えてくる・・・。
(本ブログ関連:”ハチ”)
ところでミツバチについて、幼稚園前のころ、庭先にデイジーの花が多く咲き、その花弁にたくさんのミツバチが群がった。わたしは、なぜかハチを手のひらに集めたものの、刺された記憶はない。そのとき、庭に母が干した白いシーツが風に眩しく揺らいでいたという美化した思い出とともにある。
2019年2月23日土曜日
皇太子誕生日
(お詫び) 表記に今年と来年の混乱がありましたが削除訂正しました。
今日は、59歳を迎えられた皇太子さまの誕生日。正直、年齢をしっかり意識したのは今回ばかりで、天皇に即位されることから、今上天皇陛下が即位されたときの年齢(55歳)と比べてみたためだ。
時代(歴史)を天皇家の家族の代に照らして知る感覚は、ある意味身近である。幼い頃の浩宮(ひろのみや)さまの姿を知っているし、私の場合はっきり意識したのは、遡ること、今上天皇陛下と美智子妃とのご成婚を国民が熱烈に歓迎して、そのパレードに大勢が群集したのをテレビ中継で見て以来かもしれない。
皇位継承と合わせて、産経新聞のネット記事「天皇誕生日は2月23日、12月23日は当面平日に…政府検討入り」*(2/23)は次のように報じている。
(*)https://www.sankei.com/politics/news/171221/plt1712210032-n1.html
--------------------------------------------------
政府は、「天皇誕生日」として現在祝日となっている12月23日について、皇太子さまが即位される平成31(2019)年5月1日以降の天皇誕生日は2月23日となることから、即位後は当面祝日とはせず平日にする検討に入った。
--------------------------------------------------
この結果、祝日「天皇誕生日」がなくなるが、「改元される5月1日を『祝日』か『休日』」にするという。
今日は、59歳を迎えられた皇太子さまの誕生日。正直、年齢をしっかり意識したのは今回ばかりで、天皇に即位されることから、今上天皇陛下が即位されたときの年齢(55歳)と比べてみたためだ。
時代(歴史)を天皇家の家族の代に照らして知る感覚は、ある意味身近である。幼い頃の浩宮(ひろのみや)さまの姿を知っているし、私の場合はっきり意識したのは、遡ること、今上天皇陛下と美智子妃とのご成婚を国民が熱烈に歓迎して、そのパレードに大勢が群集したのをテレビ中継で見て以来かもしれない。
皇位継承と合わせて、産経新聞のネット記事「天皇誕生日は2月23日、12月23日は当面平日に…政府検討入り」*(2/23)は次のように報じている。
(*)https://www.sankei.com/politics/news/171221/plt1712210032-n1.html
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政府は、「天皇誕生日」として現在祝日となっている12月23日について、皇太子さまが即位される平成31(2019)年5月1日以降の天皇誕生日は2月23日となることから、即位後は当面祝日とはせず平日にする検討に入った。
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この結果、祝日「天皇誕生日」がなくなるが、「改元される5月1日を『祝日』か『休日』」にするという。
2019年2月22日金曜日
(成功)「はやぶさ2」の「リュウグウ」タッチダウン成功
JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)発表のプレスリリース「小惑星探査機『はやぶさ2』第1回目タッチダウン成功について」(2/22、11:00)は、「はやぶさ2」が小惑星「Ryugu(リュウグウ)」へのタッチダウン成功を次のように報じた。何という安定した探査技術だろう・・・成功が当り前になったことに驚く。すごい!
(本ブログ関連:”はやぶさ”)
なお、「はやぶさ2」は、2014年12月3日(水)に種子島宇宙センターから打ち上げられ、地球から約3億4000万Km離れた、直径約900mの「リュウグウ」に探査機本体をタッチダウンさせたことになる。(これ以前、「はやぶさ2」から小惑星「リュウグウ」へ、2018年9月22日に探査ロボット(ローバー)「MINERVA(ミネルバ)-Ⅱ」の1Aと1Bに続き、2018年10月3日に独仏製作の小型着陸機「MASCOT」が無事分離・着陸している)
「はやぶさ2」から送られてきたデータを確認した結果、サンプル採取のためのプロジェクタイル(弾丸)の発射を含む「はやぶさ2」のタッチダウンのためのシーケンスが実施されたことが確認できました。「はやぶさ2」の状態は正常であり、今般、リュウグウへのタッチダウンを成功させることができました。
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写真は、「はやぶさ2」本体の直下広角カメラ(ONC-W1)*により撮影されたもので、「撮影時刻:2019/02/22 07:30頃(機上時刻)、高度:30m以下」とのこと。「タッチダウン直後の画像」にあたり、「リュウグウ」表面に「はやぶさ2」の影があるのが見える。また、ぼんやりシミのような部分は、推測するに、まず「サンプル採取のためのプロジェクタイル(弾丸)」を発射した結果、付近に舞い落ちた粉塵だろうか。
(*)カメラ: https://repository.exst.jaxa.jp/dspace/bitstream/a-is/609846/1/SA6000060157.pdf
計器測定によりタッチダウンの成功が判断されたわけで、もしその瞬間の動画像を見られたらというわがままな思いがつのる。もちろん、TVニュースなどでCG動画が報道されているが。
今後(2019/2020)のスケジュール**:
(**)スケジュール: http://www.hayabusa2.jaxa.jp/news/schedule/
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・3月4日の週 タッチダウン1のバックアップ
・3月~4月 クレーター生成運用
・4月~6月 タッチダウン運用スロット
・7月 ローバ投下運用スロット
・8月~11月 小惑星近傍滞在
・11月~12月 小惑星出発
・2020年末 地球に帰還
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(本ブログ関連:”はやぶさ”)
なお、「はやぶさ2」は、2014年12月3日(水)に種子島宇宙センターから打ち上げられ、地球から約3億4000万Km離れた、直径約900mの「リュウグウ」に探査機本体をタッチダウンさせたことになる。(これ以前、「はやぶさ2」から小惑星「リュウグウ」へ、2018年9月22日に探査ロボット(ローバー)「MINERVA(ミネルバ)-Ⅱ」の1Aと1Bに続き、2018年10月3日に独仏製作の小型着陸機「MASCOT」が無事分離・着陸している)
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国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、小惑星探査機「はやぶさ2」を小惑星Ryugu(リュウグウ)へ接地(タッチダウン)させ、リュウグウの試料を採取する運用を実施しました。
「はやぶさ2」から送られてきたデータを確認した結果、サンプル採取のためのプロジェクタイル(弾丸)の発射を含む「はやぶさ2」のタッチダウンのためのシーケンスが実施されたことが確認できました。「はやぶさ2」の状態は正常であり、今般、リュウグウへのタッチダウンを成功させることができました。
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写真は、「はやぶさ2」本体の直下広角カメラ(ONC-W1)*により撮影されたもので、「撮影時刻:2019/02/22 07:30頃(機上時刻)、高度:30m以下」とのこと。「タッチダウン直後の画像」にあたり、「リュウグウ」表面に「はやぶさ2」の影があるのが見える。また、ぼんやりシミのような部分は、推測するに、まず「サンプル採取のためのプロジェクタイル(弾丸)」を発射した結果、付近に舞い落ちた粉塵だろうか。
(*)カメラ: https://repository.exst.jaxa.jp/dspace/bitstream/a-is/609846/1/SA6000060157.pdf
計器測定によりタッチダウンの成功が判断されたわけで、もしその瞬間の動画像を見られたらというわがままな思いがつのる。もちろん、TVニュースなどでCG動画が報道されているが。
今後(2019/2020)のスケジュール**:
(**)スケジュール: http://www.hayabusa2.jaxa.jp/news/schedule/
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・3月4日の週 タッチダウン1のバックアップ
・3月~4月 クレーター生成運用
・4月~6月 タッチダウン運用スロット
・7月 ローバ投下運用スロット
・8月~11月 小惑星近傍滞在
・11月~12月 小惑星出発
・2020年末 地球に帰還
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2019年2月21日木曜日
バスクの子守歌
バスク語学習にすぐ躓いている。テキスト通り 絶対格 → 能格 → 分格 まできたが、センスがないというか、本気度が足らないからというか霞が立ち始めている。のろのろテキストを読み進めると、どんどん忘れていく。歳のせいだけでもなさそう。
救いが欲しい、助けて欲しい。そんなときには子守歌が最高だ。国境も民族もない。旋律は優しく大らかで、どれも慈愛に満ちているのだから。
そこでバスクの子守歌を探してみた。Youtubeに「A Basque Lullaby (Dan Forrest)」の登録があった。聞いてみれば、洗練されて美しい。でも、子守歌共通な思慕の想いにたどり着くには、ちょっと他所行きな感じがした。
「A Basque Lullaby」の英語歌詞は、Wikipediaによれば、学校や家庭向けに出版された「The American Song Book」(1917年)に掲載の、フローレンス・ホーレ(Florence Hoare)の作詞によるものだそうだ。
その詩をもとに作曲したのが1978年生まれの Dan Forrest だそうで、どうりで新しい感覚がしたわけ。もちろん、ゆたりした曲調に、心静かに揺られる。ただし、彼自身のサイト*によれば、この歌と「バスク文化へのつながりははっきりしていません」とのこと。
(*)Dan Forrest : http://danforrest.com/music-catalog/a-basque-lullaby/
(Youtubeに登録のVictoria Choraleに感謝)
救いが欲しい、助けて欲しい。そんなときには子守歌が最高だ。国境も民族もない。旋律は優しく大らかで、どれも慈愛に満ちているのだから。
そこでバスクの子守歌を探してみた。Youtubeに「A Basque Lullaby (Dan Forrest)」の登録があった。聞いてみれば、洗練されて美しい。でも、子守歌共通な思慕の想いにたどり着くには、ちょっと他所行きな感じがした。
「A Basque Lullaby」の英語歌詞は、Wikipediaによれば、学校や家庭向けに出版された「The American Song Book」(1917年)に掲載の、フローレンス・ホーレ(Florence Hoare)の作詞によるものだそうだ。
その詩をもとに作曲したのが1978年生まれの Dan Forrest だそうで、どうりで新しい感覚がしたわけ。もちろん、ゆたりした曲調に、心静かに揺られる。ただし、彼自身のサイト*によれば、この歌と「バスク文化へのつながりははっきりしていません」とのこと。
(*)Dan Forrest : http://danforrest.com/music-catalog/a-basque-lullaby/
(Youtubeに登録のVictoria Choraleに感謝)
2019年2月20日水曜日
(戯れ言)こころ変わり
身近なストーブとあれほど熱い関係だったのに、今日の東京都心の最高気温は、今年最高の19.5℃(14:14)。そのため、互いの関係が揺らぎ始めている。
夜遅くまでパソコンの傍らに寄り添って温めてくれたのに、今となってはストーブの思いが熱すぎる。余りに重苦しくて、部屋を開けては廊下の空気を入れる。
そんな様を、部屋の中でストーブがじっと見つめている。ああ、何て身勝手なのでしょうか。そんなに軽くこころ変わりするのでしょうかと。
それでも、ストーブは、黙って静かに赤い燃焼を続ける。この熱さが、深情けと思われてきているなんて知らず・・・。
夜遅くまでパソコンの傍らに寄り添って温めてくれたのに、今となってはストーブの思いが熱すぎる。余りに重苦しくて、部屋を開けては廊下の空気を入れる。
そんな様を、部屋の中でストーブがじっと見つめている。ああ、何て身勝手なのでしょうか。そんなに軽くこころ変わりするのでしょうかと。
それでも、ストーブは、黙って静かに赤い燃焼を続ける。この熱さが、深情けと思われてきているなんて知らず・・・。
2019年2月19日火曜日
雨水 2019
今日は二十四節気の「雨水(うすい)」。「空から降るものが 雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ」(Wikipedia)という。今冬、雪の気配が乏しかったものの、これから久し振りに春の雨が予報されている。「土の湿り、霞たなびく、草木の芽吹き」などしっとりした春の印象がある。本格的な春に一段と近づいたようだ。
(本ブログ関連:”雨水(うすい)”)
天気予報では、午後には雨が降るとのことだったが、夕方にずれ込んだ。日が暮れて外を見れば、音もなく路面が黒く濡れていた。こんな按配の雨降りに、季節を選ばない「小糠雨(こぬかあめ)」の言葉が浮かんでくる。
小糠雨を作詞に織り込んだ歌謡曲に、わたしら世代には何度となく耳にした欧陽菲菲の「雨の御堂筋」(作詞: 林春生、作曲: ザ・ベンチャーズ 、1971年)がある。ベンチャーズのエレキサウンド風味のままで、小糠雨を語るには少々賑やか過ぎるが懐かしい。(大阪の街は、出張時の道筋の印象しかないけれど)
雨水の今日、雨の今だから、小糠雨を思い浮かべ、彼女のむかしの曲を聴いてみよう。
(Youtubeに登録のkabaki kurataに感謝)
(本ブログ関連:”雨水(うすい)”)
天気予報では、午後には雨が降るとのことだったが、夕方にずれ込んだ。日が暮れて外を見れば、音もなく路面が黒く濡れていた。こんな按配の雨降りに、季節を選ばない「小糠雨(こぬかあめ)」の言葉が浮かんでくる。
小糠雨を作詞に織り込んだ歌謡曲に、わたしら世代には何度となく耳にした欧陽菲菲の「雨の御堂筋」(作詞: 林春生、作曲: ザ・ベンチャーズ 、1971年)がある。ベンチャーズのエレキサウンド風味のままで、小糠雨を語るには少々賑やか過ぎるが懐かしい。(大阪の街は、出張時の道筋の印象しかないけれど)
雨水の今日、雨の今だから、小糠雨を思い浮かべ、彼女のむかしの曲を聴いてみよう。
(Youtubeに登録のkabaki kurataに感謝)
2019年2月18日月曜日
紅梅「鴛鴦(えんおう)」
桜で知られる地元公園で、先んじて「梅まつり」が昨日(2/16(土))と一昨日(2/17(日))開かれた。人出を見越して避けたわけではないが、昼下がりの今日、のんびり観梅してきた。
公園の案内によれば、「春の気配感じる2月、28種、約100本の白梅・紅梅が咲き競い、園内を華やかに彩ります」とのこと。梅林は一斉に開花するのではなく、時間をずらして順に咲かせているのだろう、あちこちで白梅、紅梅が春の陽射しをのんびり受けていた。
梅林の入り口に、27種の花弁を写真にした掲示があり、その中に写真の紅梅「鴛鴦(えんおう)」について、「野梅性、八重、中国渡来の夫婦梅、めしべが2~4本あり結実する。早咲き紅色の中輪」と解説がある。(ちなみに、「鴛鴦」は「オシドリ」のことで、夫婦仲の睦まじさをあらわす)
(本ブログ関連:”鴛鴦”)
ところで、早春に語られる盛唐の詩人「王維」の詩に、江南の地から洛陽にいる妻を恋うる「雑詩三首」があって、「其の二」に、もしこちらに来てくれたら、故郷を出る日に、お前の部屋の前にある寒梅(早咲きの梅)が花をつけたかどうか教えてくれと願うものがある。
君自故郷来
応知故郷事
来日綺窓前
寒梅著花未
梅には、どうやら香りのほかに、なにか伝える役割があるようだ。
公園の案内によれば、「春の気配感じる2月、28種、約100本の白梅・紅梅が咲き競い、園内を華やかに彩ります」とのこと。梅林は一斉に開花するのではなく、時間をずらして順に咲かせているのだろう、あちこちで白梅、紅梅が春の陽射しをのんびり受けていた。
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寒梅「鴛鴦(えんおう)」 |
(本ブログ関連:”鴛鴦”)
ところで、早春に語られる盛唐の詩人「王維」の詩に、江南の地から洛陽にいる妻を恋うる「雑詩三首」があって、「其の二」に、もしこちらに来てくれたら、故郷を出る日に、お前の部屋の前にある寒梅(早咲きの梅)が花をつけたかどうか教えてくれと願うものがある。
君自故郷来
応知故郷事
来日綺窓前
寒梅著花未
梅には、どうやら香りのほかに、なにか伝える役割があるようだ。
2019年2月17日日曜日
春眠
人の心変りをどう見るか、男女の違いで見れば、女はオーバーライドであり、男はリムーブ。つまり見えぬようすべて覆い隠すか、それとも見えないところへ移動するか。隠しフォルダー(ディレクトリー)を持ち続ける限り、忘れたことにならないのだが。
季節の変わり目に、ふと気付くことがある。厳しかった冬から春を迎えて、これまで冬がなかったかのように振舞うこと。われながら前向きなのか健忘なのか。
春に体調が慣れるのに「春眠」がある。「春眠暁を覚えず」(孟浩然)といっても、別に明け方だけの話ではない。春眠は、朝でも昼でも夕べでもよい。時と場所を選ばない。うつらうつらすることで、厳冬の縛りから徐々に解放されるようだ。
(本ブログ関連:”春眠”)
以前ブログに記したことだが、昼寝は短時間がよいけれど、午後3時過ぎての転寝は夜更かしに通じて好ましくないという。
最近、底冷えの夜が緩んできた気がする。寒暖を往復しつつ、春雨を交えて本格的な春が迫って来るようだ。
季節の変わり目に、ふと気付くことがある。厳しかった冬から春を迎えて、これまで冬がなかったかのように振舞うこと。われながら前向きなのか健忘なのか。
春に体調が慣れるのに「春眠」がある。「春眠暁を覚えず」(孟浩然)といっても、別に明け方だけの話ではない。春眠は、朝でも昼でも夕べでもよい。時と場所を選ばない。うつらうつらすることで、厳冬の縛りから徐々に解放されるようだ。
(本ブログ関連:”春眠”)
以前ブログに記したことだが、昼寝は短時間がよいけれど、午後3時過ぎての転寝は夜更かしに通じて好ましくないという。
最近、底冷えの夜が緩んできた気がする。寒暖を往復しつつ、春雨を交えて本格的な春が迫って来るようだ。
2019年2月16日土曜日
(雑談)占いごと
ここ数年、パソコン横に「日めくりカレンダー」を吊るしている。日々の移ろいに鈍くならぬためだ。おかげで、季節の変わりを示す「二十四節気」にようやく慣れ親しんできた。
今年になって、他社製の日めくりカレンダーを選んだところ、日ごとの運勢について記した部分にも気を留めるようになった。今日は、「十方ぐれ(暮)入り」とある。始めて知る言葉だ。
ネット(Wikipedia)によると、どうやら今日から十日間ほど、運の巡りの悪い日が多数あって、「この期間は、天地の気が相剋して、万事うまく行かない凶日とされている」そうだ。もちろん(科学的に)何の根拠もない運勢占いだろうけれど。
怪奇・奇談の「聊斎志異」の類は、伝聞にリアリティを持たせるため、話の始めに具体的な地名と登場人物の名を記すのが鉄則。暦占いも同様で、具体的な日を定めて、そこに占いごとを付加すれば、信じやすくなるというもの。
以前、中世の「大預言者」とやらを引っ張り出してきて、地球滅亡の日について具体的に語られた。しかし、そのとき世界では、新しい社会的な事業や計画が次々と発表されていたわけで、小中学生を除いて誰も信じていたわけではない。面白半分に関心を示していたけど。
ところでほんの少し前、パソコンの前でうつらうつらして夢を見た。
窓のないドーム天井の薄暗い部屋で、同僚たちが噂話しをしている。何か重大な発表があるというのだ。そのとき、誰かが入ってきて大声で結論が出たと怒鳴った。プロジェクターで説明するというのだ。壁に眩しい明かりが灯った瞬間、夢から覚めた。(夢は何も教えてくれなかった)
(付記)
NHK(Eテレ)のETV特集「熊を崇め 熊を撃つ」を見る。山と共にあればこそ、マタギは熊を「山の神」と崇め、その肉を決してむだにしない。彼らが語る山の不思議に、自然と精神的に一体化した物語の初源を知る気がする。
(本ブログ関連:”山怪”)
再放送が、2019年2月21日(木) 午前0時00分(60分)にある由、
今年になって、他社製の日めくりカレンダーを選んだところ、日ごとの運勢について記した部分にも気を留めるようになった。今日は、「十方ぐれ(暮)入り」とある。始めて知る言葉だ。
ネット(Wikipedia)によると、どうやら今日から十日間ほど、運の巡りの悪い日が多数あって、「この期間は、天地の気が相剋して、万事うまく行かない凶日とされている」そうだ。もちろん(科学的に)何の根拠もない運勢占いだろうけれど。
怪奇・奇談の「聊斎志異」の類は、伝聞にリアリティを持たせるため、話の始めに具体的な地名と登場人物の名を記すのが鉄則。暦占いも同様で、具体的な日を定めて、そこに占いごとを付加すれば、信じやすくなるというもの。
以前、中世の「大預言者」とやらを引っ張り出してきて、地球滅亡の日について具体的に語られた。しかし、そのとき世界では、新しい社会的な事業や計画が次々と発表されていたわけで、小中学生を除いて誰も信じていたわけではない。面白半分に関心を示していたけど。
ところでほんの少し前、パソコンの前でうつらうつらして夢を見た。
窓のないドーム天井の薄暗い部屋で、同僚たちが噂話しをしている。何か重大な発表があるというのだ。そのとき、誰かが入ってきて大声で結論が出たと怒鳴った。プロジェクターで説明するというのだ。壁に眩しい明かりが灯った瞬間、夢から覚めた。(夢は何も教えてくれなかった)
(付記)
NHK(Eテレ)のETV特集「熊を崇め 熊を撃つ」を見る。山と共にあればこそ、マタギは熊を「山の神」と崇め、その肉を決してむだにしない。彼らが語る山の不思議に、自然と精神的に一体化した物語の初源を知る気がする。
(本ブログ関連:”山怪”)
再放送が、2019年2月21日(木) 午前0時00分(60分)にある由、
2019年2月15日金曜日
(雑談)ストレッチ、ウォーキング
可もなく不可もない日が続く。寒くなければもっとよいのに。ストーブの前で体を丸めていると、運動不足を痛感する。先日、久し振りにミニ・ツアーに参加して歩いたものの、思うほど快適な歩行ができなかった・・・年齢のためか、運動不足のせいか。
奥の部屋に、古い「ぶら下がり健康器」がある。両手でぶら下がることで、手・肩・腰を体重(重力)を利用して伸ばす(ストレッチする)。元気なころは、余りに単純でどうということもなかったのに、歳を重ねた現在、ぶら下がること自体きついのだ。
映画に、ビルや崖の端にぶら下がりながら、指先というか手の力で這い上がってくる場面がある。到底無茶な話だが、今となっては、1分もぶら下がることすらできない。まして懸垂なんてとっくの昔に不可能になった。
そこで安直に、椅子に座ったままできるストレッチをYoutubeに探した。20分ほど掛かる運動だが、何回か繰り返した結果、やっぱりウォーキングに勝るものはないのに気付いた。元気なら外へ出て歩け!ということだ。(何度もいうが寒いのは苦手だ)
奥の部屋に、古い「ぶら下がり健康器」がある。両手でぶら下がることで、手・肩・腰を体重(重力)を利用して伸ばす(ストレッチする)。元気なころは、余りに単純でどうということもなかったのに、歳を重ねた現在、ぶら下がること自体きついのだ。
映画に、ビルや崖の端にぶら下がりながら、指先というか手の力で這い上がってくる場面がある。到底無茶な話だが、今となっては、1分もぶら下がることすらできない。まして懸垂なんてとっくの昔に不可能になった。
そこで安直に、椅子に座ったままできるストレッチをYoutubeに探した。20分ほど掛かる運動だが、何回か繰り返した結果、やっぱりウォーキングに勝るものはないのに気付いた。元気なら外へ出て歩け!ということだ。(何度もいうが寒いのは苦手だ)
2019年2月14日木曜日
メロウなサウンドにひたって
Youtubeに、炊飯器を使った「チーズケーキ」の作り方が多数紹介されている。スーパーで材料(クリームチーズ、生クリーム、バター、ホットケーキミックスなど)を取り揃えてチャレンジした。
そして、見事に失敗した。普段、炊飯器はしっかり飯を炊いてくれるというに、チーズケーキ作りは3回加熱したにもかかわらず、ゆるくしか固まらない。仕上げになって途方にくれる。結局、強引に炊飯器の内釜を取り出し、引っくり返すようにして未完のチーズケーキを大皿に移したところ、さあ大変。やわらかすぎて皿からいろいろはみ出してしまい、テーブル上に飛び散った。何てこと! (オーブンで焼くべきだった)
その後も大変。潰れた状態で大皿に残ったぷよぷよのチーズケーキを処分、すなわち食ったのだ・・・昼食兼夕食になってしまった。大人なんだから、冷静になれと思うけど、あの時はあせって食ってしまった。ここ当分、チーズケーキには手が出ないだろう。
せめて、音楽だけでも大人になろう。ちょいと小粋でメロウな香りのする(Youtubeで偶然巡り会った)ソウルバンドThe Olympians*の「Apollo's Mood」を聴いて落ち着こう。
(*)The Olympians: https://tower.jp/item/4360862/The-Olympians
(Youtubeに登録のDaptoneRecordsに感謝)
そして、見事に失敗した。普段、炊飯器はしっかり飯を炊いてくれるというに、チーズケーキ作りは3回加熱したにもかかわらず、ゆるくしか固まらない。仕上げになって途方にくれる。結局、強引に炊飯器の内釜を取り出し、引っくり返すようにして未完のチーズケーキを大皿に移したところ、さあ大変。やわらかすぎて皿からいろいろはみ出してしまい、テーブル上に飛び散った。何てこと! (オーブンで焼くべきだった)
その後も大変。潰れた状態で大皿に残ったぷよぷよのチーズケーキを処分、すなわち食ったのだ・・・昼食兼夕食になってしまった。大人なんだから、冷静になれと思うけど、あの時はあせって食ってしまった。ここ当分、チーズケーキには手が出ないだろう。
せめて、音楽だけでも大人になろう。ちょいと小粋でメロウな香りのする(Youtubeで偶然巡り会った)ソウルバンドThe Olympians*の「Apollo's Mood」を聴いて落ち着こう。
(*)The Olympians: https://tower.jp/item/4360862/The-Olympians
(Youtubeに登録のDaptoneRecordsに感謝)
2019年2月13日水曜日
JAXA「新型ドーリー種子島へ行く」
物資を補給する途中に、深い谷や荒れる海原がある場合、どうやってつなぐのだろうか。知ってみれば当り前のことだが、まず小さいものでつなぎ、順に大きく(太く)していけばよい。現場で、つなぐ手段を工夫することから始まる。
昔、人手で吊り橋を架ける場合、弓矢に細い紐を結び付けて向こう側へ飛ばし、紐を順に太くしてツルなどに置き換えたようだ。また、浪の高い外洋を航行する船舶同士が、物資補給にパイプをつなぐ場合も同様で、まず細いロープを(砲状のものを使って)相手船に飛ばし、太いパイプに替える方式になる。
巨大なものを運ぶ場合はどうだろう。分割してトラックなどに載せて移送することになる。例えば、鉄道車体をトラックに搭載して、深夜の国道を走る光景がニュースなどで紹介される。巨大なだけに派手で見ごたえがある。一度も出合ったことがないのが残念だが。
大型ロケット基地で使われる、移動発射台運搬台車はどうやってそこに運んだのだろうなんて考えたりもする。Newsweekの記事「日本の次世代ロケット『H3』の打ち上げを支える新型車両が公開された」*(2018年12月10日)に、JAXAの移動発射台運搬台車の紹介がある。
(*) https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/12/h3-1.php
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・三菱重工と宇宙航空研究開発機構(JAXA)、日本車輌製造は2018年12月5日、日本車輌製造の衣浦製作所(愛知県半田市)において、次期大型基幹ロケット「H3」を運ぶための運搬台車を報道公開した。
・台車はこのあと、一度分解して種子島宇宙センターへ輸送。再度組み立て、2019年5月ごろに実際の射場を使った走行試験を実施。2020年度に予定されているH3ロケットの初打ち上げに備える。
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JAXA種子島種子島宇宙センターへ、移動発射台運搬台車(通称「ドーリー」)が運ばれる光景がYoutube映像にある。本来、「親亀の背に子亀を乗せて」というわけだが、なにしろ子亀も大きい。分解してトラック~船舶~トラックで運ぶそうだ。
メカニックに徹した移動発射台運搬台車「ドーリー」のプラモデルはあるのだろうか。
巨大なものを運ぶ場合はどうだろう。分割してトラックなどに載せて移送することになる。例えば、鉄道車体をトラックに搭載して、深夜の国道を走る光景がニュースなどで紹介される。巨大なだけに派手で見ごたえがある。一度も出合ったことがないのが残念だが。
大型ロケット基地で使われる、移動発射台運搬台車はどうやってそこに運んだのだろうなんて考えたりもする。Newsweekの記事「日本の次世代ロケット『H3』の打ち上げを支える新型車両が公開された」*(2018年12月10日)に、JAXAの移動発射台運搬台車の紹介がある。
(*) https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/12/h3-1.php
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・三菱重工と宇宙航空研究開発機構(JAXA)、日本車輌製造は2018年12月5日、日本車輌製造の衣浦製作所(愛知県半田市)において、次期大型基幹ロケット「H3」を運ぶための運搬台車を報道公開した。
・台車はこのあと、一度分解して種子島宇宙センターへ輸送。再度組み立て、2019年5月ごろに実際の射場を使った走行試験を実施。2020年度に予定されているH3ロケットの初打ち上げに備える。
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JAXA種子島種子島宇宙センターへ、移動発射台運搬台車(通称「ドーリー」)が運ばれる光景がYoutube映像にある。本来、「親亀の背に子亀を乗せて」というわけだが、なにしろ子亀も大きい。分解してトラック~船舶~トラックで運ぶそうだ。
メカニックに徹した移動発射台運搬台車「ドーリー」のプラモデルはあるのだろうか。
(Youtubeに登録のJAXAに感謝、下記はYoutubeに掲載のJaxaコメント)
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H3ロケットは、H-IIA/Bロケット同様、種子島宇宙センターの大型ロケット組立棟(Vehicle Assembly Building:VAB)で組立・整備が行われます。ロケットをVABで組み立てる際、その台座として使用する移動発射台(Movable Launcher:ML)を、JAXAでは、H3ロケット専用に新しく開発しています。
H3ロケットは、H-IIA/Bロケット同様、種子島宇宙センターの大型ロケット組立棟(Vehicle Assembly Building:VAB)で組立・整備が行われます。ロケットをVABで組み立てる際、その台座として使用する移動発射台(Movable Launcher:ML)を、JAXAでは、H3ロケット専用に新しく開発しています。
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2019年2月12日火曜日
(雑談)ことば
昔の教科書に、アルフォンス・ドーデの短編「最後の授業」が載っていた。普仏戦争当時の独仏国境沿いのフランス側アルザス地方にドイツ軍が進駐した結果、今まで学校で使われていたフランス語の授業ができなくなったという、小学生の体験を通した物語りだ。
中学時代の授業でのこと、この物語について国語教師は戦争批判の想いを込めて熱く語った。そのとき、この物語の裏にとんでもない誤解があるなんて知る由もない。教師にしたって、教科書の字面通り語ったに違いない・・・今となっては、誰もが知る顛末だが。
当時の教師像をいえば、何らかの形で戦争経験者であり、その体験から教育に正義を注ぎ込まねばならないという使命感が滲んでいた。それが多勢だったくらい学生側も気付いていた。しかし、教師の潔癖さが一体どこから来るのかまで考えが及びもしなかった。教師も人の子である。戦時中、教師の親がどんな立場だったのかなど、後に知って驚くことになるのだが。
さて、「最後の授業」が現在の教科書に載らない理由は明解だ。アルザス地方はフランス側にありながら、元々ドイツ語方言地域だったのだ。だから、戦前のフランス語教育こそ、地元の土着言語を奪っていたに過ぎなかった。このことを隠して作られた児童小説を、日本の教師は大きな誤解のもと、自身の正義に重ね合わせて語ったことになる。
中学時代の授業でのこと、この物語について国語教師は戦争批判の想いを込めて熱く語った。そのとき、この物語の裏にとんでもない誤解があるなんて知る由もない。教師にしたって、教科書の字面通り語ったに違いない・・・今となっては、誰もが知る顛末だが。
当時の教師像をいえば、何らかの形で戦争経験者であり、その体験から教育に正義を注ぎ込まねばならないという使命感が滲んでいた。それが多勢だったくらい学生側も気付いていた。しかし、教師の潔癖さが一体どこから来るのかまで考えが及びもしなかった。教師も人の子である。戦時中、教師の親がどんな立場だったのかなど、後に知って驚くことになるのだが。
さて、「最後の授業」が現在の教科書に載らない理由は明解だ。アルザス地方はフランス側にありながら、元々ドイツ語方言地域だったのだ。だから、戦前のフランス語教育こそ、地元の土着言語を奪っていたに過ぎなかった。このことを隠して作られた児童小説を、日本の教師は大きな誤解のもと、自身の正義に重ね合わせて語ったことになる。
2019年2月11日月曜日
建国記念の日 2019
今日は祝日の「建国記念の日」。この日が来る度いつも思うことがある。なぜ「建国記念日」ではなくて「建国記念の日」なのかと。テレビなどで、ネーミングに「の」が付く理由を解説される。
1966年(昭和41年)、「建国記念の日」が制定された経緯がWikipediaに記されていて、当時の政情を知ることができる。「 “建国されたという事象そのものを記念する日” であるとも解釈できるようにし」たとのこと。いってみれば、固有名詞化を避けたのだろう。
時代が経過すれば意識も変わり、いずれ海外諸国と同様のネーミングに落ち着くことだろう。そういえば、わたしたちの子ども時代のこと、(戦後を)まだ戦前世代が社会を動かしていた時代、記念日には各民家の軒先、門前に「日の丸」(日章旗)があたりまえのように立てられていた。それは普通な光景だった。現在は、公的な場所などに掲揚されているのを見かけるぐらいだけど。
ご近所に一軒だけ、日の丸の旗を立てる家がある。門前を通るたび、子ども時代の町がよみがえってくる。ひとは同じ空気を吸っていても、それぞれ違う時代(時間)を持っている。同じにくくるのは難しいようだ。
1966年(昭和41年)、「建国記念の日」が制定された経緯がWikipediaに記されていて、当時の政情を知ることができる。「 “建国されたという事象そのものを記念する日” であるとも解釈できるようにし」たとのこと。いってみれば、固有名詞化を避けたのだろう。
時代が経過すれば意識も変わり、いずれ海外諸国と同様のネーミングに落ち着くことだろう。そういえば、わたしたちの子ども時代のこと、(戦後を)まだ戦前世代が社会を動かしていた時代、記念日には各民家の軒先、門前に「日の丸」(日章旗)があたりまえのように立てられていた。それは普通な光景だった。現在は、公的な場所などに掲揚されているのを見かけるぐらいだけど。
ご近所に一軒だけ、日の丸の旗を立てる家がある。門前を通るたび、子ども時代の町がよみがえってくる。ひとは同じ空気を吸っていても、それぞれ違う時代(時間)を持っている。同じにくくるのは難しいようだ。
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