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2025年5月18日日曜日

(ChatGPT)ブロードウェイ、ハリウッドを発展させたのは

映画製作の独占を目論んだエジソンから逃れるようにして、米国東部の映画関係者が西部のハリウッド移動したといわれる。その役割を果たしたのは、どんな人たちだったのだろうか調べてみた。
  • 東部の「ブロードウェイ」には、ショービジネス(舞台公演)を仕切る先発のユダヤ系移民がいて、後発のユダヤ系移民による映画産業と共存がむつかしかったという話があるが・・・。
  • 西部「ハリウッド」の映画ビジネスの先駆けも同じくユダヤ系の人びとだったことになる。
そこで、ユダヤ系の人びとが果たした役割について、ChatGPT にQ&Aを求めたので結果を載せる。

Q - ①.ブロードウェイを劇場街に仕立て上げたのは、どこからの移民でしょうか?
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A - ①.ブロードウェイを現在のような「劇場街(シアター・ディストリクト)」として発展させた中心的な役割を果たしたのは、<ユダヤ系移民(特に東欧からのユダヤ人> です。

背景と経緯:
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパ(特にロシア帝国ポーランドオーストリア=ハンガリー帝国など)から多くのユダヤ人がアメリカに移住しました。
多くはニューヨークに定住し、その一部が演劇音楽出版といった文化産業に関わるようになりました*。

(*)ブロードウェイのショービジネスが立ち上がったのは、19世紀半ば~後半(1850年代〜1880年代ころ

主な貢献:
興行師プロデューサーとして成功したユダヤ系移民**(例:フローレンツ・ジーグフェルドなど)は、ショービジネスの仕組みを整備し、商業演劇の発展を促しました。
作詞家作曲家としても多くのユダヤ人が活躍し、ブロードウェイのミュージカル文化の土台を築きました。たとえば:
    ー ジョージ・ガーシュウィン(作曲家)
    ー アーヴィング・バーリン(作詞・作曲家)
    ー リチャード・ロジャース(ロジャース&ハマースタインの一人)

(**)Googleの生成AI Gemini は「ユダヤ系移民 」について、次のように回答している。「イディッシュ劇場から発展し作曲家作詞家劇作家プロデューサーとして、ブロードウェイの黄金時代を築き上げました

影響:
彼ら(東欧系ユダヤ移民)の努力によって、ブロードウェイはアメリカ文化の中心として栄え、演劇・ミュージカルのメッカへと成長しました。

要約すると、
東欧系ユダヤ人移民が、ブロードウェイを現在のような劇場街に仕立て上げた主な担い手です。
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Q - ②.アメリカの映画産業が、「ブロードウェイ」のショービジネスと共存せず、米国西部の「ハリウッド」にあるのはどうしてですか?
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A - ②.(回答より抜粋

4. ハリウッドに集まった移民と企業家たち
・ユダヤ系移民の影響:
映画産業の初期、特にニューヨークから移住***したユダヤ系移民が重要な役割を果たしました。彼らはブロードウェイに加えて映画業界でも積極的に関与し、ハリウッドに映画スタジオを設立しました。例えば、パラマウント(ユダヤ系のアドルフ・ザカリー)やMGM(ユダヤ系のルイス・B・メイヤー)など、初期の映画スタジオの設立者たちニューヨークのユダヤ系移民が多かったです。

(***)20世紀初頭(1910年)エジソンが映画権独占を目論んだ東部から西部へ移動して製作。

・実業家たちの集まり:
ハリウッドには、映画産業を商業的に成長させるために集まった実業家や投資家が多くいました。彼らは、ブロードウェイと同じようにショービジネスを扱っていましたが、映画という新しいメディアの商業化に取り組んだため、ブロードウェイのような舞台公演とは異なるアプローチを取ることになりました。
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2025年3月27日木曜日

(資料)ジャンケンポンを続けて輪になる、まるでクレズマーダンスのよう

毎週木曜日に開催される体操教室に行った。いつもの体操メニューをこなした後、全員参加型の次のゲームを楽しんだ。

ゲームは、まず2人のジャンケン(3回先勝した人が勝ち)から始まり、負けた人は勝った人の後ろに回り(両手を勝った人の肩に添えて)つながる。勝った人は改めて別の勝者の列とジャンケンをする。それを繰り返すと、勝ち続けた人を先頭にした長い列ができあがる。最終的に、全員が一列になるというもの。

ゲームの結果、長い列を丸い輪にして、両隣りを手でつなぐ。足でステップを踏みながら、輪を回転させる。続けると、あら不思議、一体感が生じる。それは、どこかで経験したことがある、全員一緒に手をつなぎながらステップを踏むダンスなのだ。

以前、イディッシュ語を学んだとき、学習メンバーにいた音楽家の(ユダヤ音楽=クレズマー)コンサートで、観客の中から自然と飛び入りして、手をつなぎながら踊ったことを思い出した。もちろん即席なため、ほんのわずかな時間であったが。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”クレズマー”)

ところで、来月4月に、これまで体操後に楽しいゲームを指導してくれた方が異動することになった。(4月を起点とする)年度が新しく変わるためとはいえ、いたし方ないのかもしれないが。体操後にユニークなゲームをいろいろと紹介していただいたことを感謝します。

2024年6月21日金曜日

(資料)「ゆめ(Երազ)」(Շահազիզ)

コーカサスの内陸国に、かつて大国であった不思議な文字を持つ「アルメニア」がある。歴史的にユダヤ人に似たディアスポラの運命に翻弄され、現在、国内よりも海外に倍近く人口が離散しているという。
言語は、何と「平叙文での基本的な語順は〔主語S+目的語O+動詞V〕のSOV型」とのこと。会話の習得に役立つツールに「LingoHut」*があるが、ちょっと手が出せない。残念!
(*)LingoHut: https://www.lingohut.com/ja/l76/アルメニア語を学ぶ

アルメニアの詩人「Smbat Shahaziz(Սմբատ Շահազիզ)」(1840年~1908年)の詩「ゆめ(ԵՐԱԶ)」が歌になっている。哀調を帯びた曲に、どこかで聞いたような気になる。

(本ブログ関連:”路に立つ木は曲がって”)

次は、アルメニア語が全く不案内なので、生成AIの「ChatGPT」、「Gemini」による日本語訳を併記した。

詩「ゆめ(ԵՐԱԶ)」
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Ես լսեցի մի անո՜յշ ձայն, -
Իմ ծերացած մօր մօտ էր, -
Փայլեց նշոյլ ուրախութեան,
Բայց ափսո՜ս որ երազ էր:

Կարկաչահոս աղբիւրն այնտեղ
Թաւալում էր մարգարիտ, -
Նա յստակ էր, որպէս բիւրեղ,
Այն երա՜զ էր ցնորամիտ:

Եւ մեղեդին տխուր, մայրենի
Յիշեց մանկութեան օրեր.
Մօրըս համբոյրն ես զգացի,
Ա՜խ, ափսո՜ս, որ երազ էր:

Կուրծքին սեղմեց կարօտագին,
Աչերս սրբեց - շատ թաց էր, -
Բայց արտասուքս գընում էին...
Ա՜խ, այդ ինչո՞ւ երազ էր...


私は夜明けにひとつの(優しい)声を聞いた、
それは亡き(歳老いた)母のそば(もと)にあった、
喜びのしるしを囁いて(光が輝いて)いたが、
ああ、それはただ風のざわめき(夢)であった。

そこには桜の木が立っていた(せせらぎ流れる泉があり)、
真珠を咲かせ(転がし)ていた、
微笑むかのように見えたが(水晶のようにすんでいて)、
それはただの巧妙な幻影で(驚くべき夢で)あった。

そしてポプラの木、しなやかで優しい(悲しくも懐かしいメロディーは)、
幼少期(幼い日)の日々を思い出させた。
私は母がそばにいるように(キスを)感じたが、
ああ、それはただ風のざわめき(夢)であった。

苦しみで目を閉じた(胸に憧れを抱きしめ)、
涙が溢れた - 耐え難かったが(目を拭いたけれど)、
しかし、なぜ、なぜなのか(涙は流れ続けた)、
それはただ風のざわめきであった(ああ、あれは夢だったのか)。
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ChatGPT 訳説明(原文)
・こちらが、アルメニアの詩人スンバト・シャハジズの詩の日本語訳です:
・この訳は、オリジナルのアルメニア語詩の感情豊かな雰囲気を尊重しつつ、日本語に忠実に再現したものです。

Gemini 訳説明(原文)
・この詩は、アルメニアの詩人サイアト・ノヴァ**によって書かれたものです。彼の詩は、愛、喪失、そして故郷への憧憬をテーマにしたものが多く、アルメニア文学の中で最も愛されている作品の一つです。
(**)Geminiが、なぜ詩人を間違えたのかどうか、判断する術を持ち合わせてない。
・この詩の中では、語り手は美しい歌声とせせらぎ流れる泉を夢に見ます。これらのものは、語り手にとって幸福と安らぎの象徴であるようです。しかし、目覚めると夢であったことに気づき、深い悲しみと喪失感に襲われます。
・この詩は、人生の儚さと、私たちが失ったものへの憧憬を美しく表現しています。

Gemini:補足
・この翻訳は、詩の意味をできるだけ忠実に再現することを心がけました。
・詩の中の比喩やシンボルは、日本語に翻訳すると意味が伝わりにくくなる場合があります。そのような場合は、原文のニュアンスをできるだけ残すように努めました。
・詩の形式は、原文のリズムや韻律を考慮して日本語に再現しました。

Gemini:参考資料
・Սայաթ-Նովա - Ես լսեցի մի անո՜յշ ձայն 
・Sayat-Nova - I Heard a Sweet Voice 


Ruben Hakhverdyan & Lilit Pipoyan- Yeraz
https://www.youtube.com/watch?v=e8tFkrE2X7s


Երազ - Ես լսեցի մի անուշ ձայն - Դավիթ Մաթևոսյան -Yes lseci mi anush dzayn
https://www.youtube.com/watch?v=agL4tBOphyE

2024年1月1日月曜日

元旦 令和六年(2024年)、年賀状終い、公園めぐり

きょうから、令和六年(2024年)が始まった。正月連休は、昨年12月29日金曜日から正月明けの3日のため、「元旦(元日)」の <曜日> についてあまり意識しないけれど、昨年(2023年)の元旦は日曜日であり、今年は月曜日が当たる。(Wikipediaによれば、元旦は元日の朝の意とのこと)

(本ブログ関連:”元旦”)

早朝のテレビを通して「初日の出」を見た。主な局は富士山上空から初日の出の光景を待ちかまえていた。頂上を照らす「ダイヤモンド富士」の映像はやっぱり素晴らしい。本当は、東京の日の出の 06:51 に合わせて、公園に出かけてカメラにおさめようと思っていたが・・・結局、寝正月になった。

ところで「壁掛けカレンダー」は、日本では圧倒的に「日曜日」始まりだが、ヨーロッパでは「月曜日」に始まるそうだ。Googleの検索AI(Search Labs)は、次のように紹介している。
●日本では、キリスト教やユダヤ教の「一週間は日曜に始まる」という考え方を、明治時代に取り入れた。アメリカやカナダでは日曜日に始まる。ただしイスラエルでは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教が混在しているため、壁掛けカレンダーはハイブリッド(各種あるの意か)だそうだ。
●一方、ヨーロッパでは、日付と時刻の国際規格である「 ISO 8601」にもとづき、月曜日が週の初めの日となっている。(言葉で縛りをつける、いかにもヨーロッパらしい制度といった感じだ)

(本ブログ関連:”カレンダー”)

ちなみに、現在利用している超薄型ポケット手帳のダイアリーは、月曜日始まりである。


年賀状終い
年賀状については、昨年から「年賀状終い」をしたので、今年で2年目になる。元々年賀状を差し出す先はわずかだったけれど、結局終いにした。仙人の境地になりたくてのことだったが、まだそこに至らない。清々しくかつ静寂にはなかなかなれないけど、頑張ってみようか。


公園巡り(「カルガモ」と「ソシンロウバイ」)
わざわざなこと、日も陰り出した午後4時前に公園へ出かけた。もしかしたら、何かめぐり会えるかもしれないと思ったからだ。
公園を横切る小川は、川底があらわになった部分があり、水涸れの直前を恐れる。そんな小川に残る水溜まりに、「カルガモ」が5羽、3羽、2羽、4羽と散らばり群れていた。けっこういるものだ。他に、私の目(眼力)に映る鳥たちはいなかった。


隣りの公園にある「自然観察園」の金網塀越しに外へ伸びた「ソシンロウバイ」の枝に、薄黄色の花が、日射しも翳るなか、地味に静かに咲いていた。蕾(つぼみ)もあるが、意外に枝を賑わしている・・・7部咲きといったところだろうか。


2023年1月1日日曜日

元旦 令和五年(2023年)

令和五年(2023年)の始まり、1月1日が「日曜日」とは、カレンダー上実におさまりがよい。壁掛けのカレンダーを、今年の新しいカレンダーに替えるとき、取り去った去年(2022年)のカレンダー(12月ひと月分しかない)の軽さに一瞬とまどった。
とはいえ、カレンダーが一新するのは気分が良いものだ。

カレンダーを口にすると、つい「ニール・セダカ」(1960年)の「カレンダー・ガール」を思い出す。ラジオから流れる時代に聞いていた。アメリカの若者行事をことばで知って、実体は分からず想像するだけだったが。この時代、若者にはラジオとテレビが共存していたし、深夜ラジオはまさに「個電」*へのはしりだった。
(*)家電メーカーは「家電から個電へ」と先読みした・・・更に先走って高級化にいってしまった。

(本ブログ関連:”ニール・セダカ”)

いつもながら触れるが、ニール・セダカ(Neil Sedaka)は、父がセファルディ(地中海)、母がアシュケナージ(東欧)のユダヤ系であり、後にヘブライ語でポップ(「きみこそすべて(למה שוב אינך עמי)」)を歌ったりしている。

(Youtubeに登録の”MrMoonligtt”に感謝)

さあ、今年も始まるぞ。世も人も良き年でありますように。

2022年12月24日土曜日

クリスマス・イブ 2022

クリスマス・イブ」について正確な定義があるようだが、クリスチャンでない日本人にとって、きょう(12/24)がクリスマス・イブであり、明日はクリスマスということにしよう。日没を境目にして云々なんて、考えたこともなかったし知らなかった。

昔、親父世代には、クリスマス・イブを名目にサラリーマンの酔っ払いたちが街にあふれドンチャン騒ぎをした。それでも子どもたちに(私の経験では)、小さな木製の機関車と列車セットを枕元に届けてくれた。
やがて、宴会が苦手な世代が増えるごと、クリスマス・イブの街は静かになり、家庭行事に収斂した。クリスチャンでない日本人の大部分(99%)にとって実は、12/25のクリスマスは昔も今も無縁なのだ。

ところで、アメリカでは「メリー・クリスマス」という表現を公的に口にしない時代になったそうだ。それは宗教表現であり、今様の価値観では押し付けになるかららしい(宗教の中立性)。そのかわりに、「ハッピー・ホリデーズ」と交わすそうだが、日本人には「ハッピーな連休」といわれても・・・ピンとこない。さらに、ネット情報によれば、「禁酒法」を作ったアメリカのこと、クリスマスツリーもいずれ公共の場所から完全に消えるかもしれない。

(追記)
生クリームたっぷりのクリスマスケーキはこの歳にきつい。だから和菓子屋で、クリスマスと関係ない各種寅焼き(どら焼き風)のほかに、クリスマス菓子をイメージした饅頭を買った。和菓子サイズながら実に手の込んだもの、職人の心意気が感じられる。
・白い雪だるま
・緑色のクリスマスツリー
・赤い服と白いひげしたサンタクロース
・なにやら不明なトナカイ

(追記)
12/21夜、米連邦議会の両院を前にした、ウクライナのゼレンスキー大統領(1978年1月25日、ユダヤ系ウクライナ人として生まれた)の演説の最後は次のようなものだった。
NHK国際ニュースナビより
「【演説全文】ゼレンスキー大統領 アメリカ議会で語ったことは?」(2022年12月23日)
https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/detail/2022/12/23/28186.html
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最後にひとつだけ、本当にありがとうございます。私たちの勇敢な軍隊と市民を、神が守ってくれますように。そしてアメリカに永遠に神の祝福がありますように。メリー・クリスマス、そして幸せで勝利に満ちた新年を。ウクライナに栄光あれ。
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2022年12月20日火曜日

(資料)クリスマスソング作者にユダヤ系が多いこと、「Silver Bells」そしてレモン

もうすぐクリスマスがやって来る。

(本ブログ関連:”クリスマス”)

むかし、語学教室で米国のクリスマスソング作者にユダヤ系が多いという紹介があって、調べてみたことがある。ユダヤ教徒のユダヤ人がなぜ? と思ったりしたが、米国は移民の国であり、そこへ移住したユダヤ人音楽家の家系といえど同国の文化に適応したのは当然の帰結だろう。懐かしく耳馴染む名曲たちが、日本でもかなり普及定着している。


クリスマスソングの「Silver Bells」について

クリスマスソングの代表といえる「Silver Bells」(1950年)について、思い出と照らし合わせて、ネット上を次のように渉猟した。この曲は、ジェイ・リビングストン作曲、レイ・エヴァンス作詞でリリースされた。WWⅡ後の豊かな時代*を先駆ける米国らしいクリスマスの情景が浮かんでくる。
(*)豊かな時代: たとえばTV番組「パパは何でも知っている」のように。

リヴィングストンは、ペンシルベニア州マクドナルドでユダヤ人両親のもとに、エヴァンスは、ニューヨーク州サラマンカのユダヤ人家族に生まれた。

・1950年9月、最初のレコーディングは、ビング・クロスビーキャロル・リチャーズによっ歌われた。
(Youtubeに登録のThe78Profに感謝)

・1951年4月、コメディー映画「The Lemon Drop Kid」(下記の通り、Youtubeでフル視聴可能)の中で、ボブ・ホープマリリン・マクスウェルによって一般的に知られるバージョンで歌われた・・・。この映画で初めて演奏され、すぐにクリスマスの定番曲になった**。
(**)The American Film Institute Catalog of Motion Pictures (online database) ← Wikipedia掲載の資料
    

ところで、レモンについて

上記コメディー映画「The Lemon Drop Kid」と同じ名を持つ(主人公)詐欺師「レモン ドロップ キッド」*** 役を、ボブ・ホープが演じている。
(***)レモン ドロップ キッド: 米国の競走馬、種牡(オス)の名だそうだ。

レモンの名から思い浮かぶ、フォークソング「レモンツリー」は失恋した男の側の教訓(父から息子へ伝える)を、逆に同性の恋敵をカラッと言って見せる女の子の心情を歌ったオールディーズ「レモンのキッス」がある。それぞれYoutubeで視聴できる。

・「レモントゥリー」(ピーター・ポール&マリーのデビュー・シングル、1962年(昭和37年))
    https://www.youtube.com/watch?v=i6SmTqA-1RE
    甘いのに酸っぱい「レモン」は、女の子を指す。

・「レモンのキッス」(ザ・ピーナツ、1962年(昭和37年))
    https://www.youtube.com/watch?v=pJ0KmPYd7Q0

2021年12月7日火曜日

大雪2021

きょうは、二十四節気の「大雪(たいせつ)」。大雪(おおゆき)のイメージがするが、それより「木枯らし」(風速8m以上の北風で、10月半ば~11月末までの間に限る)すら吹いてない。早朝の冷え込みに身が凍みるようになったものの、降雪の気配もまったくない。

(本ブログ関連:”大雪(たいせつ)”)

さて、冬はなぜ寒いのだろう。夏が暑いのに対して・・・。

以前、ブログ(2017年5月22日)に記したが、むかしの東欧にユダヤ人の村「ヘルム」があって、長老が <夏は暑く、冬が寒い分け> を講釈する滑稽話しがある。落語の粗忽長屋の話しと思って聞けばうなづける。
(イディッシュ語作家、アイザック・バシェヴィス・シンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」(工藤幸雄訳)に所収の短編「ヘルムの長老とゲネンデルの鍵」より)


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(ヘルムの村の大長老グロナムが言った)
「ゆうべはまんじりともできなんだ - 夏がどうして暑いのか、そのわけを考えあぐんでな。やっと答えは出たが」
「して、どんな」と長老連が声をそろえた。
「つまり、冬のあいだ、村じゅうが暖炉をたく、するとその熱がヘルムぜんたいにたまる、おかげで夏は暑い、こういうわけじゃ」
長老連はうなずいた、ただぼんくらレキッシュだけは別で、こう聞きかえした。
「なら、冬が寒いわけは?」
「わかり切っとる」とグロナムは答えた。「夏場は暖炉に火をくべない、だからせっかくの暑さも冬まで残らん、ただそれだけのことよ」
長老連はグロナムのどえらい知恵をほめそやした。
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ところで、シンガーの児童書・絵本に「ヘルムのあんぽん譚(たん)」(関憲治訳、篠崎書林)があって、上記ヘルム(ここでは町だが)の統治者としてグローナムが登場する。物語は長老と取り巻きたちのそそっかしくて滑稽な語りが展開するが、顛末がいささか生々しい。ヘルムと他所の争いごとに、政治風刺を効かせ過ぎて児童書の枠を超えているように感じられる。せっかくの挿絵(ユーリ・シュレビッツ画)が、ストーリーに引きずられてしまい、勿体ないことになっている。

やっぱり、ヘルムの場所は日々の生活で精いっぱいな住民が織りなす、ときに素っ頓狂でお間抜けな阿呆村でいつづけて欲しい。そこに私たちを見つけてしまうのだから。

2021年5月23日日曜日

(資料)ユダヤのユーモア: Wikipediaより

いままでWikipediaをいろいろ参照したつもりでいたが、イディッシュのユーモアがこんなに豊富にあるなんて知らなかった。東欧ユダヤの自虐ネタは、(宗教上の)自信の裏返しなのか、(現実下の)諦念なのかいつも気になる。ともあれ諸事笑い飛ばす気概は、かれらの底力に違いない。

(本ブログ関連:”阿呆”)

ユダヤのユーモア: Wikipediaより

■Jewish humor
https://en.wikipedia.org/wiki/Jewish_humor

(本ブログ関連:”ユダヤジョーク”)

■Jewish humor > ヘルム(東欧ユダヤのユーモア)
https://en.wikipedia.org/wiki/Jewish_humor#Che%C5%82m

(本ブログ関連:”ヘルム”)

2021年4月4日日曜日

(雑談)ちょっと気になること 一週間の始めは何曜日、芸能人の名前

■ 一週間の始めは何曜日か
わが家のカレンダーにある一週間の曜日順を見ると、どれも日曜日から始まり土曜日に終わっている。いつも持ち歩く薄型の手帳の場合は、月曜日に始まり日曜日に終わっている。両者を見比べるとき、間違えがないかあらためて確認したりする。

きのうのブログに「今週」という言葉を使ったが、週の始まりを日曜日とするか、月曜日とするか躊躇した。総務省統計研究研修所教官 奥積雅彦氏の「週の始めは何曜日なのか?」(抜粋)は、次のように紹介している。
https://www.stat.go.jp/library/pdf/minigougai01.pdf
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広辞苑で「日曜」の字義は、「週の第1日」としたうえで、「週の最終日とする考え方もある」とされていました。・・・
小売物価統計調査規則では、広辞苑の「日曜」の字義は「週の第1日」を基本としていることをよりどころに、週の始めは日曜日として調査日を規定することとしました。・・・
・「旧約聖書」の創世記には、神が六日のうちに天地万物を創り、七日目に休んだと記されている。その日が安息日(サバット)で土曜日に当てられている。ユダヤ人は、この日を安息日としたが、・・・

・一方、日付等に関する国際規格は「ISO8601で、曜日のコードが定められ、月曜日が1で、日曜日が7とされ、月曜日を週の最初の日ととらえています。・・・
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ー  日曜日開始の例が多いようだが、なんでも国際標準化するISOの規格では月曜日開始になっている。わが家のカレンダーは前者、私用の薄型手帳は後者ということになる。
ー  わたしの感覚では、仕事が終わって休日になるのが原則だろうから、月曜日開始が理にかなっている気がする。土日連休が常態化している現在だからこそ正にそう思う(つまり、一週間が休みに囲まれているのは不自然では?)。


■ 芸能人の名前
歳をとると、テレビや映画に登場する芸能人を「あの人」、「この人」で済ましていることが多い。あるとき、俳優の「役所広司」、タレントの「井森美幸」のお二人の名前が突然出てこなくなり愕然としたことがある。そこで、お二人の名前を思い浮かべるのに、役所広司氏の場合は若いときに「役所」務めしたことがあることを、井森美幸さんの場合は「群馬県民」(ただそれだけだが)をイメージすることでようやく定着した。

テレビ視聴時に芸能人の名が不明なとき、番組情報画面に切り替えて確認したりする。あやふやに放置しないようにしているが、最近の若いタレントの名前までは覚えようという気力がない。なにしろ、以前若手だと思っていた俳優が、今では父親・母親役をしているのだから。

2021年3月5日金曜日

(資料)アマポーラ

(主にYoutubeとWikipediaによる情報)

Youtubeを巡っていたら、信販会社のCM映像*から印象的な歌声が聞こえてきたので記す。
(*)CM: https://www.youtube.com/watch?v=BxAXlC3EvVE&t=16s
オーヘンリー風のドラマ仕立ての場面に流れる、この曲名や歌手をネットで探してみた。曲名については、次の通り見当がついたが、CMで歌った歌手名は分からずじまいであるが。

(追記) 歌手西条安紀さん: http://www.aozora777.co.jp/archives/1614

耳をそばだててみれば、スペイン語風の歌詞の始まりに、”Amapola”の言葉が聞こえる。あらためて、Wikipediaで”Amapola”を探してみた**ところ、「スペイン出身の作曲家ホセ・ラカジェが1924年に発表したポップ・ミュージック」と記されていた。特に、日本語版の解説には、スペイン語・日本語の歌詞対訳が載っていて、歌の理解に役立つ。
(**日本語) https://ja.wikipedia.org/wiki/アマポーラ
(**英語) https://en.wikipedia.org/wiki/Amapola_(song)

作曲者であるスペイン系アメリカ人のホセ・ラカジェ(José María Lacalle García、1859年11月17日~1937年6月11日)***について、Wikipediaに日本語版まである・・・よく知られたポピュラーアーティストだったようだ。(実は、今回初めて知ったわけだが)
(***日本語)https://ja.wikipedia.org/wiki/ホセ・ラカジェ
(****英語) https://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Lacalle

「アマポーラ」は大変人気があったようで、「1941年にユアヒットパレードで1位になった」という。結果、ルンバ、ポップスなど様々アレンジされ、多くの歌手にうたわれたという。そして映画音楽にも採用された。かつてニューヨ-クでのユダヤ系若者たちによるギャングの栄光と挫折を描いた映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(音楽 Ennio Morricone.)****でもイメージ曲として使われたようだ。
(****)https://www.youtube.com/watch?v=PuyYc0gINbU

ちなみに、「アマポーラ」はスペイン語で「ヒナゲシ」の花を意味する。ヒナゲシの花畑を背景に、この曲を聴いてみよう。「日曜はだめよ」でおなじみの「めがね」のギリシャ歌手ナナ・ムスクーリ( Νάνα Μούσχουρη, Nana Mouskouri、1934年10月13日~)*****がスペイン語で歌っている
(******)https://ja.wikipedia.org/wiki/ナナ・ムスクーリ

(本ブログ関連::La Violetera(すみれの花売り娘)」

(「アマポーラ」の歌には、スペイン、イタリア、ギリシャにまたがる地中海のイメージがあるのだろう)
(Youtubeに東麓のfontenoy2010に感謝)

2020年10月27日火曜日

絵本「ちいさなタグボートのバラード」

現代ロシアの裏社会を代表するマXxXの起源は「ブラトノイ」と呼ばれ、その中にいわゆる「無頼派」として、今なおロシア人のこころを揺する詩人「セルゲイ・エセーニン」(1895年10月3日~1925年12月27日)がいた。ロシア文学について全く不案内にもかかわらず、このブログに感想を記した。

(本ブログ関連:”ブラトノイ”、”エセーニン”)

詩人が生まれた国で現在出版される詩集の装丁を見ると、読者の心性が浮かんでくることがある。とりわけ若い女性の読者は詩人に純粋さを夢見るようで、それを感じた編集者はくすぐるような挿絵を詩集に刷り込んだりする。それは洋の東西をとわない。

時代においては、詩人は言葉だけでなく生き方まで象徴的になる。しかし時代が固着してしまうと、詩人の中には派手に立ち回ることもせず、社会に寄生するだけの存在としてあしらわれ、胡散臭い「徒食者」の烙印を押される。
1960年代以降のソ連社会はいろいろなものが見え始めたようで、目障りな者への風当たりが強くなってきたのだろう。ユダヤ系の詩人「ヨシフ・ブロツキー」(Ио́сиф Бро́дский、Joseph Brodsky、1940年5月24日 ~1996年1月28日)も若いころ徒食者扱いされたという。

彼が初めて(1962年)書いた詩が、いまでは絵本「ちいさなタグボートのバラード」(ヨシフ・ブロツキー詩、イーゴリ・オレイニコフ絵、沼野恭子訳)となって手にすることができる。まことに美しい絵本に仕上がっている。
大型の絵本サイズに描かれた表現は穏やかで読者を安定させる。そして詩は、タグボートの「ぼく」を通して語られる。港にいるだけの「ぼく」にとって、海は遠くにあって、大型船もあこがれの存在でしかない、それらはいつかは去っていくのだから。そんな「ぼく」はタグボートの役目をしっかり果たすだけ。そして・・・。

(参考)原詩露・英対訳 Andrey Kneller氏による。 ← ロシア語はわかりません。
https://sites.google.com/site/poetryandtranslations/joseph-brodsky/a-ballad-about-a-small-tugboat

ところで時代は違うけど、機関車を黒い馬に例えたり(エセーニン)、クレーンの光景をレース模様に例えたり(ブロツキー)するのを見て、ソ連だなあとつくづく思ったりして。

ブロツキーは、アメリカに移って活躍した詩人で、作品は難解といわれる・・・未読。

(参考)北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターデータベース: ブロツキーの解説
http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/literature/brodskii.html

昨日(10/26)、この「ちいさなタグボートのバラード」の絵本を購入した。

(追記)
Youtubeに、上記とは別グループ*による、360°フォーマット展開(画面上、マウスを使ってタグボートを追ったり/フルスクリーンにすると拡大・縮小することが)できる、アニメ「ちいさなタグボートのバラード(Баллада о маленьком буксир)」が登録されているので次に埋め込む。
(*)Youtubeに戻って、画面下の解説に、サンクトペテルブルグの制作陣が記されている。

(Youtubeに登録のWHALETALESに感謝)

2020年10月23日金曜日

(雑談)ちらりと聞いて早とちり

とりとめもなく、ちらりと聞いてネットを上滑りした与太話。

ラジオから、センセーショナルというかショッキングな場面が展開するという映画「異端の鳥」の映画評が聞こえてきた。遠くの国の人間が語るにはおぞましい、第二次大戦下の悲惨な経験を経たユダヤ人少年がいかに生き延びたかを描いた映画についてだ。映像化に賛否両論があったという。

1965年出版の「異端の鳥(ペインティッド・バード)」(西成彦訳、2011年)の原著者イェジー・コシンスキはとても個性的な人物で、ネットでは盗作などいわくつきの背景があるように紹介されている。この小説を自伝的といったり、架空の話といったり変転するくらいだそうだ。(未読のため深入りできないが)

ところで、この物語と大筋が似た児童書「走れ、走って逃げろ」(U. オルレヴ、母袋夏生訳、岩波少年文庫)がある。こちらの場合、作家オルレブ自身の経験ではなく、体験者というべきモデルが存在すると巻末に訳者解説がある。

(本ブログ関連:”走れ、走って逃げろ”)

「走れ、走って逃げろ」の原著「Run, Boy, Run(רוץ、ילד、רוץ)」が発表されたのは、なんと2001年とのこと。コシンスキとオルレブがほぼ同年代のため、コシンスキのよからぬ噂からあらぬ疑いを想ってしまったが・・・しかし発表時期から、それはとんでもない濡れ衣だった・・・早とちりにもほどがある。

(参考)
イェジー・コシンスキ:ポーランド系ユダヤ人、יז'י קושינסקי、Jerzy Nikodem Kosiński、1933年6月18日~1991年5月3日
ウーリー・オルレブ:ポーランド系ユダヤ人、אורי אורלב、Uri Orlev、1931年2月24日~


雑談
「走れ、走って逃げろ」の原題「Run, Boy, Run」をYoutubeで検索したところ、おもしろいミュージックビデオ(MV)と出会った。映像作家でミュージシャンであるヨアン・ルモワンヌ(プロジェクトWOODKID)の作品のようだが・・・初めて知るわけで。WOODKIDのMVを次の①、②の順に見ると、いろいろ思いを巡らすことができそう。これらに共通して登場する塔を持つ白い建造物に、どこか純正芸術的な臭いがする、それを狙ってのことだろうか?

(本ブログ関連:”純正芸術”)

① Iron:
・ https://www.youtube.com/watch?v=vSkb0kDacjs&list=RDvSkb0kDacjs&start_radio=1
・ https://www.youtube.com/watch?v=lmc21V-zBq0&list=RDvSkb0kDacjs&index=2
・(和訳) https://www.youtube.com/watch?v=HWx-PV5ptTs (Stay Aliveに感謝)


(追記 2025.6.23)
・ウーリー・オルレブ 原作「The Island on Bird Street:האי ברחוב הציפורים」(1981)が映画になっている。
    ー 映画(日本語タイトル)「マイ・リトル・ガーデン」 (1997年)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=O468As0i-B4

2020年8月6日木曜日

おかしな主人公たちの住む町

世の中には色んな阿呆がいる。わたしもその一人で気持ちがよく通じる。もし阿呆たちがそろったらどうなるだろう。収拾の付かないことばかりかもしれないが、意外とよく事が済むかもしれない。

イディッシュ語を少しかじったとき、語学テキストに閑話休題として小話が用意されていた。ストーリーの舞台に「ヘルム」の町(村)が出てくる。当然ながら、架空の町(村)で、ポーランドにあるという。まさにイディッシュの息づかいを感じる気がする。以来、彼らの粗忽さに落語と似た親近感を感じている。

(本ブログ関連:”阿呆”、”ヘルム”)

イディッシュ語作家でもあるアイザック・バシェヴィス・シンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」(工藤幸雄訳)の訳者解説に、同書で話題にしたポーランドのユダヤ人が住む町「ヘルム」の他に、おかしな主人公たちのいる民話の町として次が紹介されていて、以前このブログの「おバカな村」にも記した。
・イギリス「ゴタム」
・オランダ「カンペン」
・イタリア「クネオ」
・ドイツ「シュリートブルク」など

ところで、ドイツにはシュリートブルクの他に「シルダ」というおバカな町があるという。

アンソロジー「日本の名随筆40 愚」(山田風太郎選)に収載の、北杜夫の「阿保について」(「マンボウ人間博物館」の第一話)に、児童文学者のケストナーが記した、<賢人が出張して阿保ばかりが残った*ドイツ中世の「シルダ」の町>について紹介している。
(*)阿保ばかりが残ったのか、賢い者が戻ってきて阿呆の振りをしているだけなのか諸説あるようだ。

■ まず、北杜夫の「阿保」の定義が面白い。精神科医の作家なればこその紹介だが、孫引きする。
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ドイツの誇る精神科医、故ホルスト・ガイヤー博士に、『愚鈍について』という著作がある。彼は白痴患者の専門家であった。その一説、
勤勉は阿呆の埋め合わせにはならない。勤勉な阿呆ほど、はた迷惑なものはない。
・・・・
そもそも世に名高きシルダ人の愚行を記さぬ法はなかろう。シルダ人は、ドイツ中世の伝説の一つで、『ティル・オイレンシュピーゲルのいたずら』と共に、双璧をなしている。いろんな作家がシルダ人の愚行について、童話や小説を書いているが、ケストナーのものがいちばん面白いようだ。
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というわけで、ケストナーの「シルダの町の人びと」が少し触れられている。一匹の海老(ザリガニ)が巻き起こす騒動が面白い。

■ ちくま文庫「ケストナーの『ほらふき男爵』」(池内紀、泉千穂子訳)に所収の「シルダの町の人びと、ザリガニを裁判にかける」は、次のように書かれている。
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ある日、町にやってきたザリガニが、はさみを持っていることから仕立て屋に違いないと町長が結論を出す。さっそく布を切らせてみるとズタズタになる。そこからドタバタが始まり、結果、ザリガニは裁判にかけられる。裁判長は「溺死させるのがよろしい」と死刑を宣告する。
シルダの町の人びとは刑の執行を見守った。「かわいそうだがしかたない。法は曲げられぬ」と。
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こんな具合で、ザリガニは溺死の刑に処せられた。

■ そういえば、上記のシンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」にもこんな話がある(「ヘルムのとんちきまぬけな鯉」)。
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ヘルムの長老から大とんまな男へ贈られた鯉が、ぴしゃりと跳ねて男のお顔を叩いた。罰を与えようといろいろ算段したあげく、結局、溺死の刑に処すことになった。
鯉を湖に投げ込む処刑を見ながら、ヘルムの市民は歓声を挙げた。「卑怯きわまる鯉はおぼれてくたばれ!」と。
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ちなみに、ユダヤ料理の一品に使われる「ゲフィルテ」は、鯉のすり身団子だ。瓶詰から取り出してそのまま食べればさっぱりした味わいだ。わたしは、うどんと一緒に煮こんだりした。少々甘みが出てくるが、ふうふういいながら食うのも美味いものだ。

(本ブログ関連:”ゲフィルテ”)


(参考1)
学問的なことは全く不案内だが、ヘルマン・バウジンガー「ドイツ人はどこまでドイツ的?(2)― 国民性をめぐるステレオタイプ・イメージの虚実と因由 ―」(河野眞訳、愛知大学 言語と文化 No. 21)の翻訳に「シルダ」の町について次のような<訳注>がある。
https://taweb.aichi-u.ac.jp/tgoken/bulletin/pdfs/NO21/04KonoS.pdf
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p.68  シルダ(Schilda):シルダは,架空の都市の名前で,民衆本に頻繁に現れ,その市民はいたずら好きな主人公や,また主人公にからかわれる馬鹿な民衆でもあった。シルダの元になった町としては,ザクセンの「シルダウ (Schildau)」 やブランデンブルクの「シルダ (Schilda)」 などが挙がられる。
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(参考2)
学問的なことは全く不案内だが、「論説 《世間》は日本社会の特異性か?  - 欧文の翻訳における《世間》の用例に即した検証 -」(河野眞)も参考に記す。
https://aichiu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=9219&file_id=22&file_no=1

2020年1月21日火曜日

(雑談)植物と動物

先日(1/19)の日曜日に、「タネの驚くべき戦略」(柴田規夫氏)という市民向け講演会があった。最初に講師から参加者に <植物と動物の違い> をたずねられた。

同じ生命の起源から出発して、動物は動き廻るようになったが、植物は動かない形で進化した。そんな移動できない植物は、子孫を残すのに不利ではないか・・・という点に着目したのが講演テーマ「タネの驚くべき戦略 - タネをどのとうにして遠くへ運ばせるか」だ。

植物はタネを運ぶのに、さまざまな自然環境(風、水、動物・昆虫への付着など)を利用する。そのため、タネ自身の形態をさまざまに変化させることになる。多数の標本をもとに紹介いただいた。

ところで、昨日(1/20)の月曜日に、市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」に通う途中の書店に寄ったところ、植物関連の面白い書籍を見つけて求めた。「植物はなぜ薬を作るのか」(斉藤和季、文春新書)に植物ならではの話題が盛りだくさんあったからだ。

動物は、食物を摂取して化学的に細分化する過程で、エネルギーを獲得する(異化代謝)。一方、植物は、その逆の形で、H2OやCO2を光エネルギーを利用して光合成することで有機物を作る(同化代謝)。植物は、生命進化の中で圧倒的に長く生き延びている。読みながら、植物に比べて動物は、逆の生き方をしているだけのもろい存在なのかもしれないと思ったりした。

また、植物は生存戦略として、病原菌や植物同士との戦いなどのため、あるいは動物や昆虫を利用・誘惑して花粉やタネを運ばせるなどのため、体内にさまざまな化学物質を作り出しているようだ。

2020年1月20日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)-11、 大寒 2020

きょうは、二十四節季の「大寒(だいかん)」。以前のブログ(1/6)に、大寒よりも「小寒」の方が寒さが厳しいといわれると記した。しかし、東京都心の最高気温の「平年値」を見ると、今年の小寒にあたる1/6は 9.9大寒にあたる1/20は 9.3で、大寒にあたる1/20の方が低い(9.9>9.3)ことになる。まったく逆の話だった。
(怪しい情報をブログに記載してしまったこと訂正します)

そこで、今月の都心の最高気温「実測値」を比較してみると、小寒にあたる1/6(13:10、10分目盛観測より)は 11.7℃大寒にあたる1/20は 14.1℃(12:57)となり、大寒のきょうの方が温かい結果になった・・・今月,たまたま以前のブログに書いた通りになっただけのようだ。

(本ブログ関連:”大寒”)

ところで、久しぶりに市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」へ出かけた。昨年末(12/23)の第10回を欠席したため、正月休講を含めて5週間振りの聴講になる。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

この講座の昨年前期と後期を合わせて構想された東京大学名誉教授の市川裕氏より「21世紀の世界でユダヤ人とイスラエル国家はどう生きるのか(総まとめ)」の話があった。関心・興味のあった話題にポイントを絞って次に記す。

・ユダヤ人は、1948年5月にイスラエルを建国したことにより、それ以前の「領土を持たず、宗教的紐帯によってのみ統合がなされ、世界中にその民族が点在しているような社会集団」(A.J.トインビーの「ユダヤ・モデル」)から、近代国民国家としての市民となる。

・ユダヤ人は、イスラエル国家が成立することで、トインビーのユダヤ・モデルとは違った存在、Majorityの立場となる。2018年7月の「基本法ーユダヤ民族国家法」でそれが明確になる。国内のMinorityの存在を認めるが、決定するのはユダヤ人であるという立場をとる。

・その他(省略)

(感想)
国家を持った現代のユダヤ人と持てなかった以前のユダヤ人が果たして同じに連続するのか。ユダヤ民族の過去史だけで正当性を維持できるのか難しい問題だ。そして誰もが、日常でさえ、MajorityとMinorityの立場を繰り返して生きている。
私のもっぱらの関心は、古き良き時代のポーランドあったという「おばか村ヘルム」のひとびとのことだけなのだから。

(本ブログ関連:”ヘルム”)

2020年1月4日土曜日

(雑談)年始の翌日が土曜日

正月にあたって、官庁は「御用納め(仕事納め)」の12/28から翌年1/3までを正月休みとし、1/4を「御用始め(仕事始め)」としたことから、一般企業も1/4に仕事を再開している。今年は、きょう(1/4)が土曜日なので正月休みにつながって、来週月曜日(1/6)から本格始動することになる。

ところで、海外は正月休みをどうしているのだろう。太陽暦の1/1を新年行事とする日本と違い、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教などの国々では宗教的な新年が個別にある。カレンダー上の1/1は、単なる区切りでしかないようだ。
宗教的新年を持つ、日本在住の外国人(観光客ではない)にとって、日本の正月行事はどのように見えているのだろうか。感想を知りたいものだ。

わたしたちは、年末に家族団らんの「クリスマス(イブ)」を楽しみ ⇒ 大晦日の夜に寺院の「除夜の鐘」を聞き ⇒ 年始に神社へ「初詣」するといった行事がつづく。日常、宗教的な区別なんて意識していない。

子どものころ、田舎から訪れた祖母が、毎朝、東の空に輝く太陽に向かって両手を合わせて祈っていたのを覚えている。お天道様への祈りこそ、日本人の信仰の原点かもしれないと思う。

2019年12月17日火曜日

セイヨウウスユキソウ

米ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)で歌われた「エーデルワイス」の草の和名が「西洋薄雪草(セイヨウウスユキソウ)」とは知らなんだ。映画が公開されてすぐ、「エーデルワイス」のおだやかな旋律は、日本で誰もが知る親しまれた歌になった。

歌詞に「Blossom of snow」があって、白い雪の花のイメージから冬にでも咲くくらいに思っていた。気になって調べてみれば、Wikipediaに「開花期は7-9月」とある。(他のネット上の花サイトに「5~6月」という記載もある)

もともとドイツ語の歌で、「エーデルヴァィス」に高貴な花「Edel(noble)weiß(white)」の意がある。またミュージカルの英語歌詞に、「我が祖国に永遠の祝福があらんことを(Bless my homeland forever)」とある。

英語の作詞者「オスカー・ハマースタイン2世」(1895年~1960年)について、Wikpediaに「祖父はユダヤ系ドイツ人のオスカー・ハマースタイン1世、父親は劇場主。ニューヨーク生まれ」と記されている。まさに、ブロードウェイを隆盛したユダヤ人興行師の家系といえるだろう。(遅れてきたユダヤ人の映画製作者たちは、はじかれるようにしてハリウッドへ転進することになるのだが)

ドイツ語圏のオーストリアから脱出という展開に、ユダヤ系ドイツ人の作詞家はどのような思いをして英語の作詞をしたのだろうか。


(Youtubeに登録のRodgers & Hammersteinに感謝)

2019年12月16日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)-9

市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」の第9回目に出かけた。最近、この講座で聞いた話題の映画を見たり(12/10)して、少々充実してきた感じ・・・。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

余談から先に記す。
・講座の帰り道、例によって駅前にある魚料理屋で食事を終えて立ち上がろうとしたとき、眼鏡が見当たらないのに気付いた(食事の際、うるさいので眼鏡はずしている)。不思議に思いながら帰宅したところ、上着のポケットから出てきた・・・散々探したのに!
・駅近くの本屋で、漫才コンビ「ナイツ」の塙宣之の「関東芸人はなぜ M-1で勝てないのか 言い訳」(集英社新書)を求める。これは面白い。QAの聞き書きスタイルだが、まさに真剣白刃取りの感がする。「関東芸人」が気になる、テレビを通じてでのファンでしかないが、最近の芸人魂(関西も含めて)を教えてくれる・・・。

さて、いよいよ本題。
今回は「現代アメリカとユダヤ人 ― 米国ユダヤ社会とイスラエルとの関係を軸に ―」について、防衛大学校名誉教授の立山良司氏から、米国とイスラエルの関係を宗教的側面から教えていただいた。そこで、日頃興味をひいている話題についてのみ次に記したい。

トランプ政権の中東政策(略)

米国のユダヤ人社会
・米国のユダヤ人の人口
   - ポグロム迫害から避難してきた以外、特別な流入人口増はない
   - ただし、ナチス迫害時に移住者が少ないのは、危機感が広がってなかったからという
   - 米国の移民局は移住受付時に、ユダヤ人としてカウントしていないという
   - 米国内ユダヤ人の人口調査は、研究機関によるもので、シナゴーグの資料ではない

米国ユダヤ人の政治傾向:強いリベラルな傾向(略)

米国とイスラエル:(支援関連:略)

イスラエル・ロビーの活動
・ロビー団体: 「AIPAC(米イスラエル交響問題委員会)」対「J Street

白人の「キリスト教福音派」の影響の拡大
・キリスト教福音派が政治的な影響力を持ったのは
   -1960年代: 価値観が多様化した時代
   -1980年代: キリスト教右派が人工中絶などに批判的になる(モラル・マジョリティ)
   -1990年代: ワシントンで活動開始 ⇒ 共和党支持となる

イスラエル側から見た:変わる米国
・イスラエルにとって、2019.12.6の米国下院(民主党多数)での決議のショック
   - イスラエルによる「西岸併合」に対して反対を決議
   - イスラエル支持傾向のある民主党が、反イスラエルの投票をした

(感想)
国家を持たない(時代の)ユダヤ民族と、国家(イスラエル)を持った(時代の)ユダヤ民族を、どのように切り分けるか。ユダヤ人自身が、どのように整理しているかを聞いてみたい。まして、遠い国にいる者が、勝手に推測したり論理化できるはずもないのだから。

2019年12月10日火曜日

「テルアビブ・オン・ファイア」

昨日(12/9)受講した市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」で紹介された映画「テルアビブ・オン・ファイア」を見に渋谷まで出かけた。

映画のトーンはコメディーであり、舞台はイスラエル・エルサレム地区、パレスチナ(のラマッラーの街)にある放送局内、およびその途中にあるイスラエル軍管理の検問所だ。そして、上記舞台に生活するひとびとが、パレスチナで放送されるメロドラマ(脚本)作りに絡まっていくといったストーリー展開である。ある意味、現実世界の舞台とメロドラマの舞台が入れ子構造になっていくような気配すらする。
(コメディということについて、旧ロシア帝国末の作家チェーホフが、自身の作品を喜劇としてとらえたように・・・)

エルサレム在住のパレスチナ青年が(パレスチナ側に通う際)、検問所のイスラエル軍司令官(多分中東系のミズラヒームのよう)の発言から、メロドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の脚本作りに絡み合うことになる。結果、メロドラマの結末をどうするかで、イスラエル側、パレスチナ側(この場合は放送関係者)に立って意見が衝突することになる。主人公の青年が最終的に打った手は果たして・・・。また、舞台の小道具に、料理「フムス」が効果的(象徴的)に使われている。いつか食べてみたい気がする(味の程は予想できないけど)。

この映画は、次のような関係を承知しているのが前提(ベスト)かもしれないけど、それら理解が不十分な私でも楽しませてもらった。
・イスラエルとパレスチナ(およびアラブ)の政治的・地理的関係
・ユダヤ人とアラブ人の多様!な民族関係
・ヘブライ語とアラビア語の関係など

ところで、映画のプログラム(冊子)に、ユダヤ学者の根本豪氏が解説した「エルサレムとラマッラーの間に」があって、イスラエル人とパレスチナ人の関係について記述がある。興味を持った部分について次に抜書きさせていただく。
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・エルサレムに住んでいるパレスチナ人は基本的には東エルサレムのIDとヨルダンのパスポートを持ち、ラマッラーのあるヨルダン川西岸地区とイスラエルの間を、検問所を通り行き来できる。その一方で、西岸に本籍があるパレスチナ人は特別な許可を得なければイスラエル側に入ることはできない。
・ヘブライ語とアラビア語は言語系統が同じセム語であり、単語の構成要素である「語根」も五分の一が共通しているという。
・イスラエル人にとってアラビア語の響きは、古代のヘブライ語を想起させるものでもある。喉から絞り出すような音の響きは東欧のアシュケナジー系のユダヤ人が失った「本当の」ヘブライ語の発音に近い。逆にアシュケナジームに憧れるミズラヒームはわざわざそれを発音しないようにすることもある。
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なお、ネット(livedoorNEWS「映画ランドNEWS」)にも根本氏の解説*が掲載されている。
(*)解説: https://news.livedoor.com/article/detail/16881991/

(「東京映画祭」記者会見: 監督およびイスラエル軍司令官役の俳優)

(Youtubeに登録の東京国際映画祭に感謝)