2018年度秋期間に開催の「イディッシュ語初中級Ⅱ 本気で学ぶユダヤのことば」教室が本日をもって無事終了した。先週の休講と合わせて、本日は2時限分行なわれた。終幕を飾るに相応しい、たっぷりと濃い内容だった。(ところで、2019年度の講義はお休みとのこと、次の機会を待ちたい)
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日の授業は次のよう解説された。
文法理解(過去形について)
・行き先を示す前置詞には4種類ある
- אױף , צו , אין , קײן
・動詞「行く」に2種類ある
- פֿאָרן , גײן
・期間を前置詞(英語の for)を使わずに表現する
・「~がある」の主語(עס)は、単複両用に使える
- ~ עס איז געװען ~ , עס זענען געװען
・「それぞれ(יעדער)」の格変化
・その他
ダイアログ(対話)
・リトアニアのヴィリニュスで開催されるイディッシュ語サマースクールについて
- 対話の話題に、思想家であり宗教家のヴィリニュスの「ガオン」があげられた。
- (情報: 2019年度のサマースクールは開催がキャンセルされたようだ)
・豪商イザック・イェクルスの見た夢
- 橋の下に宝がある夢を見たイザックが探しに出かけたところ、近くにいた兵士が笑いながら彼の見た夢を話した・・・それこそイザックの家に隠された宝だった。
練習問題
ということで、しばらく「イディッシュ語」講義はないけれど、今後も自習を続けたい。同時に、ちょっと別の言葉もチャレンジしてみたいと思っている。
2019年1月24日木曜日
2019年1月10日木曜日
Yiddish語 2018秋-13
昨年から続いた2018年度後半「イディッシュ語教室」は、今日を含めて残り3回ばかりになった。クラスに新メンバーも加わり、授業は毎回さまざま工夫いただいた。このまま続けばと願ったが、今春以降むつかしそうなのだ・・・。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日の授業は次のよう解説された。
・動詞の過去(זײַן、האָבן とセット): זײַן とセットの「過去分詞」のパターン。
・新しいユニット(章)のダイアログを輪読:
ー ダイアログに登場のイスラエル各地を紹介いただいた。
および、セファルディ調査の拡張として訪問された、スペインのバスク地方の文化と言語を紹介いただいた。
本教室は残り2回、頑張りたい。
今春から、バスク語講座が始まるとの情報を事務局から聞いた。いろいろ考えることばかり。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日の授業は次のよう解説された。
・動詞の過去(זײַן、האָבן とセット): זײַן とセットの「過去分詞」のパターン。
・新しいユニット(章)のダイアログを輪読:
ー ダイアログに登場のイスラエル各地を紹介いただいた。
および、セファルディ調査の拡張として訪問された、スペインのバスク地方の文化と言語を紹介いただいた。
本教室は残り2回、頑張りたい。
今春から、バスク語講座が始まるとの情報を事務局から聞いた。いろいろ考えることばかり。
2018年12月20日木曜日
Yiddish語 2018秋-12
先々週末、胃腸を痛めて以来、ずっと「うどん」しか食っていない。歳をとると回復が遅れるようだ。テレビで食レポ番組を見ても食欲が湧かない。不思議なことに、うどんの食感が気に入ったみたい・・・今の体調に合っているのかもしれない。
暖かな昼の陽射しを受けて、今年最後のイディッシュ語教室へ出かけた。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日の授業は次のよう解説された。
・ 数詞(基数、順序数)のうち、順序数についての練習
- [ (性別)名詞] ← [(ער/ע-)順序数] ← [(性別)冠詞]
- 順序数を使った文章の完成
・強調としての「יאָ」の使い方
・クリスマスソング「Winter Wonderland」(作曲フェリックス・バーナード*、作詞リチャード B.スミス)のイディッシュ語訳の紹介。(*フェリックス・バーナードはユダヤ人である)
(先々週に宿題に出された「クリスマス・ソングを書いたユダヤ人」について調べたものを回答した)
暖かな昼の陽射しを受けて、今年最後のイディッシュ語教室へ出かけた。
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今日の授業は次のよう解説された。
・ 数詞(基数、順序数)のうち、順序数についての練習
- [ (性別)名詞] ← [(ער/ע-)順序数] ← [(性別)冠詞]
- 順序数を使った文章の完成
・強調としての「יאָ」の使い方
・クリスマスソング「Winter Wonderland」(作曲フェリックス・バーナード*、作詞リチャード B.スミス)のイディッシュ語訳の紹介。(*フェリックス・バーナードはユダヤ人である)
(先々週に宿題に出された「クリスマス・ソングを書いたユダヤ人」について調べたものを回答した)
2018年12月13日木曜日
Yiddish語 2018秋-11
かげった体調にようやく明かりが射してきた。この坂、越すに越されぬ難儀坂だ。
気合を入れて体を動かし、勢いづけて、イディッシュ語教室へと向かった。
今日も理解を共有できるよう、読み・書き・読解に工夫を重ねて指導いただいた。
・ダイアログ: ベジタリアンの若者と、善意のおじさん・おばさんとの丁々発止。
・ミュージカル: 舞台映像を一部参照しながら、貴重な台本を紹介いただいた。
・案内: 12月24日(月)午前0時~、NHK BS「プレミアムシアター」でユダヤ文化関連の音楽が紹介される。
◇ ドキュメンタリー
「クリスマス・ソング 知られざる物語」(2017年 カナダ)(1:57:00~2:49:30)
◇ 映画音楽の巨匠 ジョン・ウィリアムズ
名曲コンサート(2:50:30~4:25:00)
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
--------------------------------------------------------------------
(付記)
クリスマス・ソングを書いたユダヤ人
ユダヤ教徒と異教徒間のカップル(結婚)や家族を支援するアメリカの全国組織「InterfaithFamily」のサイトに、「クリスマス・ソングを書いたユダヤ人」(Nate Bloom、2006年12月)という記事が掲載されている。
記事タイトルに、キリスト教徒でないユダヤ人が一体なぜクリスマス・ソングを作ったのかと疑問が浮かぶだろう。米国でラジオ放送されたクリスマス曲から、「アメリカ作曲家協会(ASCAP)」が選曲した上位25曲中、12曲にユダヤ人が関連しているというのだ。(当初2006年の記事ながら、その後更新され、2008年現在のデータで紹介されている)
第1位曲は、「Winter Wonderland」(作曲: Felix Bernard, 作詞:Richard B. Smith)である。InterfaithFamilyに掲載の記事によれば、作曲者Felix Bernard(Bernhardt)(1897年〜1944年)の父親はドイツ出身、母親はロシア出身であり、彼らの母語はイディッシュ語だったと記している。記事が更新される中で、一般のコメント(情報)にも目を通し、Felix Bernardがユダヤ人であることを確信したようだ。
ちなみに、「Bernardは、ロサンゼルスの非宗教墓地に埋葬されている」とのこと。
(その他の人気曲についても、ユダヤ関係者を探している。例えば、誰もが知る「White Christmas」の作詞・作曲者である、Irving Berlinにしてもそうだ)
ところで、アメリカの映画産業がなぜ西海岸(ハリウッド)なのかという話題がある。この産業を作り上げたのはユダヤ人だったが、映画技術の特許権をおさえたエジソンに牛耳られ、それがいやさにハリウッドへ逃げたといわれる。確かに電送技術でも、ニコラ・テスラとの交流・直流の争いで、エジソンの独占欲をうかがい知ることができる。
それじゃ、ニューヨークのブロードウェイにショービジネスが今も残っているが、そこで活躍するユダヤ系と、映画産業のユダヤ系との間にどんな違いがあるのだろうか。アメリカで生まれた者と移民の者・・・といった微妙で大きな違いか。部外者にはこころ及ばぬものがあるのかもしれない。
ヨーロッパで音楽に従事したユダヤ人が、米国の東岸にたどり着く。そこには先着のユダヤ人がいる。あらためて新天地を求めて西海岸へ移る。なんだか、そんな流れを想像してしまう。
(参考)
・ブログ「Love world neighbors(the rule of law )」に掲載の「クリスマスソングとユダヤ人」に、< ユダヤ人作曲のクリスマスソング > のリスト(出典不明)がある。
・The Starsの記事「Why many classic Christmas songs were written by Jewish composers」(Rob Kapilow、2017年11月30日)は、ユダヤ人の同化(移民の子がアメリカ社会へ参加する)という歴史的な過程の観点で、作曲家たちを列伝風に紹介している。
気合を入れて体を動かし、勢いづけて、イディッシュ語教室へと向かった。
今日も理解を共有できるよう、読み・書き・読解に工夫を重ねて指導いただいた。
・ダイアログ: ベジタリアンの若者と、善意のおじさん・おばさんとの丁々発止。
・ミュージカル: 舞台映像を一部参照しながら、貴重な台本を紹介いただいた。
・案内: 12月24日(月)午前0時~、NHK BS「プレミアムシアター」でユダヤ文化関連の音楽が紹介される。
◇ ドキュメンタリー
「クリスマス・ソング 知られざる物語」(2017年 カナダ)(1:57:00~2:49:30)
◇ 映画音楽の巨匠 ジョン・ウィリアムズ
名曲コンサート(2:50:30~4:25:00)
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
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(付記)
クリスマス・ソングを書いたユダヤ人
ユダヤ教徒と異教徒間のカップル(結婚)や家族を支援するアメリカの全国組織「InterfaithFamily」のサイトに、「クリスマス・ソングを書いたユダヤ人」(Nate Bloom、2006年12月)という記事が掲載されている。
記事タイトルに、キリスト教徒でないユダヤ人が一体なぜクリスマス・ソングを作ったのかと疑問が浮かぶだろう。米国でラジオ放送されたクリスマス曲から、「アメリカ作曲家協会(ASCAP)」が選曲した上位25曲中、12曲にユダヤ人が関連しているというのだ。(当初2006年の記事ながら、その後更新され、2008年現在のデータで紹介されている)
第1位曲は、「Winter Wonderland」(作曲: Felix Bernard, 作詞:Richard B. Smith)である。InterfaithFamilyに掲載の記事によれば、作曲者Felix Bernard(Bernhardt)(1897年〜1944年)の父親はドイツ出身、母親はロシア出身であり、彼らの母語はイディッシュ語だったと記している。記事が更新される中で、一般のコメント(情報)にも目を通し、Felix Bernardがユダヤ人であることを確信したようだ。
ちなみに、「Bernardは、ロサンゼルスの非宗教墓地に埋葬されている」とのこと。
(その他の人気曲についても、ユダヤ関係者を探している。例えば、誰もが知る「White Christmas」の作詞・作曲者である、Irving Berlinにしてもそうだ)
ところで、アメリカの映画産業がなぜ西海岸(ハリウッド)なのかという話題がある。この産業を作り上げたのはユダヤ人だったが、映画技術の特許権をおさえたエジソンに牛耳られ、それがいやさにハリウッドへ逃げたといわれる。確かに電送技術でも、ニコラ・テスラとの交流・直流の争いで、エジソンの独占欲をうかがい知ることができる。
それじゃ、ニューヨークのブロードウェイにショービジネスが今も残っているが、そこで活躍するユダヤ系と、映画産業のユダヤ系との間にどんな違いがあるのだろうか。アメリカで生まれた者と移民の者・・・といった微妙で大きな違いか。部外者にはこころ及ばぬものがあるのかもしれない。
ヨーロッパで音楽に従事したユダヤ人が、米国の東岸にたどり着く。そこには先着のユダヤ人がいる。あらためて新天地を求めて西海岸へ移る。なんだか、そんな流れを想像してしまう。
(参考)
・ブログ「Love world neighbors(the rule of law )」に掲載の「クリスマスソングとユダヤ人」に、< ユダヤ人作曲のクリスマスソング > のリスト(出典不明)がある。
・The Starsの記事「Why many classic Christmas songs were written by Jewish composers」(Rob Kapilow、2017年11月30日)は、ユダヤ人の同化(移民の子がアメリカ社会へ参加する)という歴史的な過程の観点で、作曲家たちを列伝風に紹介している。
2018年12月6日木曜日
Yiddish語 2018秋-10、CICALA MVTA
帰宅が遅く、今日の日付の時間切れが迫るため、あわてて記す。
イディッシュ語教室は、今秋期コースの10回目の授業を迎えた。若い人はのりしろがあって成長が見込めるが、おじさんはギリギリで学んでいるため、果たして10回に見合う進歩をしたか不安である。人一倍反省するが、努力はとことんしない・・・それで成長するものか、恥ずかしい限り。
開催年度によって、クラスメイトに若干の入れ代わりがあるため、授業が工夫されている。
今日の授業は次のよう解説された。
・動詞の過去形(英語の現在完了形に似た構造)を学ぶ。動詞の過去形には、様々変化がある。
・行事「ハヌカ」を中心に、ユダヤ教・イスラエルの年間行事について紹介される。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
授業が終わると、そのままクラスメイト(ミュージシャン)の出演する音楽ライブ「CICALA MVTA」へ、連れ立って出かけた。一緒に出かけたクラスメイトは、ミュージシャンの音楽ジャンルに詳しくファンだそうだ。
ライブ会場は、大勢の客で埋まった。出演のクラスメイトのミュージシャンは、一人がシンガーであり、もう一人が演奏家である。今まで聴かせていただいたのは、シンガーの方を中心にした歌のライブだった。今回は、演奏家の方を中心にした演奏のものだ。
会場へ行ってこそ、ライブの強力なエネルギーに当たることができる。音楽はなかなかいいものだ。
イディッシュ語教室は、今秋期コースの10回目の授業を迎えた。若い人はのりしろがあって成長が見込めるが、おじさんはギリギリで学んでいるため、果たして10回に見合う進歩をしたか不安である。人一倍反省するが、努力はとことんしない・・・それで成長するものか、恥ずかしい限り。
開催年度によって、クラスメイトに若干の入れ代わりがあるため、授業が工夫されている。
今日の授業は次のよう解説された。
・動詞の過去形(英語の現在完了形に似た構造)を学ぶ。動詞の過去形には、様々変化がある。
・行事「ハヌカ」を中心に、ユダヤ教・イスラエルの年間行事について紹介される。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
授業が終わると、そのままクラスメイト(ミュージシャン)の出演する音楽ライブ「CICALA MVTA」へ、連れ立って出かけた。一緒に出かけたクラスメイトは、ミュージシャンの音楽ジャンルに詳しくファンだそうだ。
ライブ会場は、大勢の客で埋まった。出演のクラスメイトのミュージシャンは、一人がシンガーであり、もう一人が演奏家である。今まで聴かせていただいたのは、シンガーの方を中心にした歌のライブだった。今回は、演奏家の方を中心にした演奏のものだ。
会場へ行ってこそ、ライブの強力なエネルギーに当たることができる。音楽はなかなかいいものだ。
2018年11月29日木曜日
Yiddish語 2018秋-9
PCの会話ソフトを使って練習するに、何かよい方法はないだろうか。ソフトの声と自分の声を重ねて聞きたくて、ヘッドホンとマイクを組み合わせたヘッドセットを探して購入した。安価だったせいか、発した声が遅れて耳に入ってくる。結局、道具に頼らず、今は音声速度を調節して練習している。これは意外とよい。運動前のストレッチのような具合だ。
イディッシュ語会話教室へ行く前、使用テキストに付録の音声を、A→Bリピート機能を使って聴いている。これを毎日繰り返していたら、今頃きっと凄いことになっていたろうけれど・・・怠け者はいつまでも低空飛行。
そんなまま、反省しながらイディッシュ語教室へ行く。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日の授業は、久し振りに出席したアーティストが、がんがんリードしてくれた・・・凄い。
・ 先週(11/22)教わった「ハヌカ」の祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」の復習と、Youtubeに合わせて歌った。
・テキストのダイアログ練習。
当り前だが、授業があってこそ追いつこうとするもので、独習者を想うと本当に頭がさがる。
(付記)
授業の帰り、本屋に寄って「ニホンオオカミは消えたか?」(宗像充著)を予約した。実は、図書館からこの本を借りていて、返却するのが惜しく読み直したいと思ったからだ。
(本ブログ関連:”オオカミ”)
「ニホンオオカミ」は、いわゆるオオカミの「タイリクオオカミ」とイメージが違い、動物分類学上の議論があるようだ。それに、絶滅していて既に存在しないともいわれる。これらについて、関係者に会って論を進める著者の思いを知るのが面白い。(以前入手した、世界のオオカミを扱った写真集「オオカミと野生のイヌ」(菊水健史監修)には、ニホンオオカミが扱われていない。)
イディッシュ語会話教室へ行く前、使用テキストに付録の音声を、A→Bリピート機能を使って聴いている。これを毎日繰り返していたら、今頃きっと凄いことになっていたろうけれど・・・怠け者はいつまでも低空飛行。
そんなまま、反省しながらイディッシュ語教室へ行く。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日の授業は、久し振りに出席したアーティストが、がんがんリードしてくれた・・・凄い。
・ 先週(11/22)教わった「ハヌカ」の祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」の復習と、Youtubeに合わせて歌った。
・テキストのダイアログ練習。
当り前だが、授業があってこそ追いつこうとするもので、独習者を想うと本当に頭がさがる。
(付記)
授業の帰り、本屋に寄って「ニホンオオカミは消えたか?」(宗像充著)を予約した。実は、図書館からこの本を借りていて、返却するのが惜しく読み直したいと思ったからだ。
(本ブログ関連:”オオカミ”)
「ニホンオオカミ」は、いわゆるオオカミの「タイリクオオカミ」とイメージが違い、動物分類学上の議論があるようだ。それに、絶滅していて既に存在しないともいわれる。これらについて、関係者に会って論を進める著者の思いを知るのが面白い。(以前入手した、世界のオオカミを扱った写真集「オオカミと野生のイヌ」(菊水健史監修)には、ニホンオオカミが扱われていない。)
2018年11月22日木曜日
Yiddish語 2018秋-8 (小雪 2018)
今日は、二十四節気の「小雪(しょうせつ)」。小雪とは名ばかり?で、小雪が降ることもなく、また寒くもなかった。天気予報で、雨が降るとされ、昼過ぎ ⇒ 午前中とその時刻が変わっていったが、実際は昼にわずか小雨がぱらついただけで心配するほどもなかった。体が冬のモードに慣れてきたのかもしれない。イディッシュ語教室へ出かけた。
(本ブログ関連:”小雪”)
イディッシュ語の授業は、先生の工夫をいただき楽しく進められた。イディッシュ語だけの授業で、知った単語がいくつか聞こえてくると何だか理解した気になってしまう。・・・気楽というか、呑気というか。
ユダヤ教の行事である(エルサレム神殿奪回を記念する)「ハヌカ」の祭りで、子どもたちの祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」(Chanukah oy Chanukah)について学んだ。① ハヌカの遊びの独楽(ドレイドル)回し、② じゃがいも料理の「ラトケス」、③ 8本のローゾクに火を灯すことなど解説を聞く。
ハヌカの行事は、今年(2018年)は12月2日~10日、来年(2019年)は12月22日~30日に当り、くしくもキリスト教のクリスマス時期と重なる。そのため、このユダヤ教の祝いに、クリスマスのように子どもたちが楽しむ工夫があるとのこと、そんな説明をいただいた。
最後に、ユダヤ教のさまざまな行事カレンダーについて聞く。イディッシュ語を理解するため、その歴史と精神文化の背景を知ることが大切と今更ながら確認する。その広さと厚さを、ちょっとだけかいつまんだに過ぎないが、もっともっと知りたい想いがする。
(追記)
教室の帰り道、お茶ノ水駅に出て古本屋巡りしたが、若いころのような興奮が湧かない・・・とても残念なこと。途中、映画資料の豊富な古本屋で、新宿にあった日本アート・シアター・ギルド発行の雑誌「アート・シアター」(15号)特集の「僕の村は戦場だった」(監督アンドレイ・タルコフスキー)を購入した。
(本ブログ関連:”僕の村は戦場だった”)
(本ブログ関連:”小雪”)
イディッシュ語の授業は、先生の工夫をいただき楽しく進められた。イディッシュ語だけの授業で、知った単語がいくつか聞こえてくると何だか理解した気になってしまう。・・・気楽というか、呑気というか。
ユダヤ教の行事である(エルサレム神殿奪回を記念する)「ハヌカ」の祭りで、子どもたちの祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」(Chanukah oy Chanukah)について学んだ。① ハヌカの遊びの独楽(ドレイドル)回し、② じゃがいも料理の「ラトケス」、③ 8本のローゾクに火を灯すことなど解説を聞く。
ハヌカの行事は、今年(2018年)は12月2日~10日、来年(2019年)は12月22日~30日に当り、くしくもキリスト教のクリスマス時期と重なる。そのため、このユダヤ教の祝いに、クリスマスのように子どもたちが楽しむ工夫があるとのこと、そんな説明をいただいた。
最後に、ユダヤ教のさまざまな行事カレンダーについて聞く。イディッシュ語を理解するため、その歴史と精神文化の背景を知ることが大切と今更ながら確認する。その広さと厚さを、ちょっとだけかいつまんだに過ぎないが、もっともっと知りたい想いがする。
(追記)
教室の帰り道、お茶ノ水駅に出て古本屋巡りしたが、若いころのような興奮が湧かない・・・とても残念なこと。途中、映画資料の豊富な古本屋で、新宿にあった日本アート・シアター・ギルド発行の雑誌「アート・シアター」(15号)特集の「僕の村は戦場だった」(監督アンドレイ・タルコフスキー)を購入した。
(本ブログ関連:”僕の村は戦場だった”)
2018年11月15日木曜日
Yiddish語 2018秋-7
日本の電車で乗客がよく転寝する姿を、欧米人には信じられないそうだ。でも、体験すれば分かると思うよ、これほど心地よいものはないのを。
今日、イディッシュ語教室通学路の地下鉄座席で、何度も転寝を繰り返してしまった。教材が入って膨らんだカバンを膝に置き、それを覆うように両手を繋いで固定しだが、気付けば繋いだ手が解けている。・・・何度も繰り返した。
ところで、今日の授業は、いつも先導してくれるクラスメイトがお休みのため、(今秋期に初参加の方も含めて)残りのメンバー共通理解のために <動詞の活用>の総復習をした。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
これから先、電車の中で転寝して目が覚めたら、いろいろな言葉を流暢に喋れるようになるという奇蹟が起きないものだろうか。何度も眠っているが、一度もそんな体験がないが・・・願っている。
今日、イディッシュ語教室通学路の地下鉄座席で、何度も転寝を繰り返してしまった。教材が入って膨らんだカバンを膝に置き、それを覆うように両手を繋いで固定しだが、気付けば繋いだ手が解けている。・・・何度も繰り返した。
ところで、今日の授業は、いつも先導してくれるクラスメイトがお休みのため、(今秋期に初参加の方も含めて)残りのメンバー共通理解のために <動詞の活用>の総復習をした。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
これから先、電車の中で転寝して目が覚めたら、いろいろな言葉を流暢に喋れるようになるという奇蹟が起きないものだろうか。何度も眠っているが、一度もそんな体験がないが・・・願っている。
2018年11月8日木曜日
Yiddish語 2018秋-6
ネットで話題になったことだが、或る作家が、昔の農民(百姓)がどんなものを食べていたかを記した内容について、学校の歴史教師が批判したという。外野から見て気になったのは、その教師が、学校が在る地元の郷土史を普段参照しているのだろうかということだ。
私の記憶では、学校の歴史授業で郷土史を語ってくれた教師はいなかった。自分たちの先祖の生活に戻って過去の一端を探れば、歴史が身近になったのではと大変惜しまれる。その上で、歴史教育家たちの作った教科書に戻って語れば、歴史が具体的になった気がするのだが。
江戸時代に開発されたこの地は、乾いた台地上にあり、小麦、野菜くらいしか作れず、水田は台地の下を流れる小川を囲むわずかな場所にしかなかったという。そんなわけで、生活は苦しく、日常の食事は雑穀が主体だった(うどんはハレの日ぐらい)。それは、明治大正期ころまで及んだという。
当然、江戸の時代に、長男以外に土地は相続されず、次男三男は家付きのまま一生独身で過ごすか、江戸の町に出るしかない。才能のある者は、運がよければどこかの農家の養子になって跡を継ぐことができた。
(本ブログ関連:”小麦”)
私たちは運がいい、そんな過去から生まれ残ったものであり、今この世界の中で驚くほど豊に暮らしている。私たちが口にする正義が、どんなに運のよいものか。
おっとと、今日のイディッシュ語の授業について記すはずだったのに・・・前段が長過ぎたようで。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
授業の前半は、慎重な女性とお気楽な男性の会話。内容を噛み砕くように、ゆっくりイディッシュ語のみのスタイルで解説いただく。せっかくのストーリー、先生の筆力でユダヤジョークらしい風味が増しているというのに・・・その面白さに、直ぐに気付けぬ残念さ。
後半は、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」の中から、男の子が、我がまま半分に、お母さんへ食べ物ねだりするといった内容。登場する男の子と女の子、どちらが年上なのやら、教科書のあちこちの場面で、二転三転するのが面白い。
そんなわけで、頭の中は柔軟体操になってしまい、帰りの地下鉄で転寝し放題だった。
私の記憶では、学校の歴史授業で郷土史を語ってくれた教師はいなかった。自分たちの先祖の生活に戻って過去の一端を探れば、歴史が身近になったのではと大変惜しまれる。その上で、歴史教育家たちの作った教科書に戻って語れば、歴史が具体的になった気がするのだが。
江戸時代に開発されたこの地は、乾いた台地上にあり、小麦、野菜くらいしか作れず、水田は台地の下を流れる小川を囲むわずかな場所にしかなかったという。そんなわけで、生活は苦しく、日常の食事は雑穀が主体だった(うどんはハレの日ぐらい)。それは、明治大正期ころまで及んだという。
当然、江戸の時代に、長男以外に土地は相続されず、次男三男は家付きのまま一生独身で過ごすか、江戸の町に出るしかない。才能のある者は、運がよければどこかの農家の養子になって跡を継ぐことができた。
(本ブログ関連:”小麦”)
私たちは運がいい、そんな過去から生まれ残ったものであり、今この世界の中で驚くほど豊に暮らしている。私たちが口にする正義が、どんなに運のよいものか。
おっとと、今日のイディッシュ語の授業について記すはずだったのに・・・前段が長過ぎたようで。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
授業の前半は、慎重な女性とお気楽な男性の会話。内容を噛み砕くように、ゆっくりイディッシュ語のみのスタイルで解説いただく。せっかくのストーリー、先生の筆力でユダヤジョークらしい風味が増しているというのに・・・その面白さに、直ぐに気付けぬ残念さ。
後半は、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」の中から、男の子が、我がまま半分に、お母さんへ食べ物ねだりするといった内容。登場する男の子と女の子、どちらが年上なのやら、教科書のあちこちの場面で、二転三転するのが面白い。
そんなわけで、頭の中は柔軟体操になってしまい、帰りの地下鉄で転寝し放題だった。
2018年11月1日木曜日
Yiddish語 2018秋-5
数の数え方(数詞)は、その文化を示すもの。位い取りや、更にいえば何進法を基準にするかといった微妙な違いまである。やっかいなのは、発音がリエゾンしたりすると皆目分からなくなる。今日のイディッシュ語教室は、まずは位い取りの基本について教えていただいた。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
先週、ユダヤ人作家(小説家、詩人)、ジャーナリスト、画家といった著名人のリストが渡され、彼らの生没年とその地名、業績分野などを調べる宿題があった。この宿題、じつはみんなに大変好評だった。ネットで調べるうち、リストにあげられた人々の人生が見えてきたからだ・・・国境を軽く超えたこと・・・もちろん、それには大きな理由があったのだけど。
今日の授業は、宿題の成果をもとにして、チームを組み、各自、調べた人物紹介をロールプレイした。もちろん、あらかじめ先生からチャット例を解説いただいた上でのことだが。
教室では、別に、イディッシュ語交流のためのちょっとした作業があった。アーティストがクラスメイトにいるという幸運に恵まれて、素晴らしいものになった。
2018年10月25日木曜日
Yiddish語 2018秋-4
今秋期のイディッシュ語教室は、イディッシュ語だけで進める講義スタイルに一新され、正直、前回まで戸惑っていた。今回、不思議なことに少し慣れてきたような気がした。たまたま今回だけがそうだったのか、それとも一歩前進したのか・・・。
(先生がそのためいろいろと工夫されていたことを、このブログを書くとき、はたと気付くのであります)
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日も《נאָר אין ייִדיש (only in Yiddish)》、二つのダイアログを元に、クラスメイトが互いに学習「言語名」や出身「国名」をリストから適宜選んでロ-ルプレイ(対話練習)した。
① どんな外国語を学んでいますか?
② 出身はどちらの国ですか?
宿題に、イディッシュ文化に関わる小説家、画家などのリストが与えられ、それらの人物について調べるという課題が課せられたが、けっこう大変そうだ。例えば、誕生した場所(国)と没した場所(国)・・・時代によって領土や国名が、現在のものと必ずしも一致しないこともあって・・・。
新鮮な気分で一歩を進めよう。
(先生がそのためいろいろと工夫されていたことを、このブログを書くとき、はたと気付くのであります)
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日も《נאָר אין ייִדיש (only in Yiddish)》、二つのダイアログを元に、クラスメイトが互いに学習「言語名」や出身「国名」をリストから適宜選んでロ-ルプレイ(対話練習)した。
① どんな外国語を学んでいますか?
② 出身はどちらの国ですか?
宿題に、イディッシュ文化に関わる小説家、画家などのリストが与えられ、それらの人物について調べるという課題が課せられたが、けっこう大変そうだ。例えば、誕生した場所(国)と没した場所(国)・・・時代によって領土や国名が、現在のものと必ずしも一致しないこともあって・・・。
新鮮な気分で一歩を進めよう。
2018年10月18日木曜日
Yiddish語 2018秋-3
イディッシュ語に初めて関心を持ったのは、文字の面白さだった。ヘブライ文字という、これまで縁もゆかりもない字形に吸い寄せられたわけで。しかも、ヘブライ文字の音を借りてドイツ語に似た表現があって、(学生時代の経験から)遠いようで近いようで・・・で、やってみようかなということになった。
でも、最初からイディッシュ文の読み取り、単語の発音に関心が向かい、ヘブライ文字の一文字一文字の名称をおろそかにして忘れていた。
今日の授業(נאָר אין ייִדיש)は、ユダヤ人と日本人が自己紹介するとき、(一般的に)日本人の名前はどうやらユダヤ人に聞き取りにくいようで、ヘブライ文字(アレフベイス)で説明する会話練習だ。・・・ヘブライ文字の名を知らなきゃ話にならない。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
先生から、さらに有名なイディッシュ語作家・詩人たちのフルネーム(筆記体)を書いたカードが配られ、同様の練習をした。
יצחק לײב פּרץ や、 יצחק בת־שבֿעס זינגער や、 שלום עליכם などあったけれど・・・。
そして、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」の文章から、ディクテーション練習したりした。
今秋期から参加の新受講者は、これら練習をちゃんとこなしている。一体どういう経験を持った方々なんでしょうね。凄い!
でも、最初からイディッシュ文の読み取り、単語の発音に関心が向かい、ヘブライ文字の一文字一文字の名称をおろそかにして忘れていた。
今日の授業(נאָר אין ייִדיש)は、ユダヤ人と日本人が自己紹介するとき、(一般的に)日本人の名前はどうやらユダヤ人に聞き取りにくいようで、ヘブライ文字(アレフベイス)で説明する会話練習だ。・・・ヘブライ文字の名を知らなきゃ話にならない。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
先生から、さらに有名なイディッシュ語作家・詩人たちのフルネーム(筆記体)を書いたカードが配られ、同様の練習をした。
יצחק לײב פּרץ や、 יצחק בת־שבֿעס זינגער や、 שלום עליכם などあったけれど・・・。
そして、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」の文章から、ディクテーション練習したりした。
今秋期から参加の新受講者は、これら練習をちゃんとこなしている。一体どういう経験を持った方々なんでしょうね。凄い!
2018年10月11日木曜日
Yiddish語 2018秋-2
或るイディッシュ語教材を勝手ながら一部コピーしたものの、コピー作業を成果と錯覚してか、そのまま放置してしまっていた。これはまずいと自覚して、しっかり製本し、いつでも使えるようにした。仕上げをごろうじろ、準備万端の心意気である。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
おかげで、教室へ通うカバンに教材をあれこれ詰め込んで膨らませてしまう。
今回も、先生はイディッシュ語だけ使って、生徒たちに自己紹介と名前の筆記を指示・質問し、生徒同士の会話練習を指導された。まるで、ייִדの教室のように、先生は休みなく次々と質問し、のんびり考えて答える余裕などなく・・・即応力を鍛えられた。
もちろん、ホワイトボードに基本単語(および対語)や語句が書かれたが、ノートに書き写す暇もない。そして、どっと疲れる・・・楽しい経験をした。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
おかげで、教室へ通うカバンに教材をあれこれ詰め込んで膨らませてしまう。
今回も、先生はイディッシュ語だけ使って、生徒たちに自己紹介と名前の筆記を指示・質問し、生徒同士の会話練習を指導された。まるで、ייִדの教室のように、先生は休みなく次々と質問し、のんびり考えて答える余裕などなく・・・即応力を鍛えられた。
もちろん、ホワイトボードに基本単語(および対語)や語句が書かれたが、ノートに書き写す暇もない。そして、どっと疲れる・・・楽しい経験をした。
2018年10月4日木曜日
新学期(Yiddish語 2018秋-1)
イディッシュ語教室「2018秋期コース」が始まった。教材の入った重いカバンを背負って出かけたところ、地元駅で忘れ物に気付いた。鈍より空の下、少し涼しげな道を汗を拭きふき出直した。電車(地下鉄)を乗り継いで通うのは、運動も兼ねると思っていたが、新学期初日というに、このヘマは恥ずかしい限り。
クラスメイトに若干入れ替えがあった。新しいみなさんは、イディッシュ語への関心をいろいろなきっかけで持っているようで、初めて手にしたテキストを初心者とは思えないほどチャレンジされていた。聞けば驚くようなバックグラウンドをお持ちなのだろう。
今回から、先生の授業スタイルが一新された・・・何と! ほとんどイディッシュ語だけで講義が進められたのだ。たしかに教材は、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」を使っているが、それをベースにイディッシュ語でQ&Aするのだから新鮮な経験ができた。および、語学教材「Colloquial Yiddish」の初期Unitから、「どんな言葉を喋れるか」を楽しくQ&Aされた。このスタイルをしばらく続けるとのこと。
単語の下調べだけしていた予習では済まないようで、これからは瞬発力とセンス?が試されるだろう ・・・つまり実践的になったようで・・・ 秋、冬、緊張が続きそうです。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
クラスメイトに若干入れ替えがあった。新しいみなさんは、イディッシュ語への関心をいろいろなきっかけで持っているようで、初めて手にしたテキストを初心者とは思えないほどチャレンジされていた。聞けば驚くようなバックグラウンドをお持ちなのだろう。
今回から、先生の授業スタイルが一新された・・・何と! ほとんどイディッシュ語だけで講義が進められたのだ。たしかに教材は、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」を使っているが、それをベースにイディッシュ語でQ&Aするのだから新鮮な経験ができた。および、語学教材「Colloquial Yiddish」の初期Unitから、「どんな言葉を喋れるか」を楽しくQ&Aされた。このスタイルをしばらく続けるとのこと。
単語の下調べだけしていた予習では済まないようで、これからは瞬発力とセンス?が試されるだろう ・・・つまり実践的になったようで・・・ 秋、冬、緊張が続きそうです。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
2018年7月26日木曜日
春期イディッシュ語 2018-15th (終業)
今日、「イディッシュ語教室」の春期間コースが終業した。とはいえ、夏休みコース、秋期間コースが控えているので休むことはできない。
最終日らしく、授業は今までと違ってチャレンジングなものだった。基本テキストの新たな章(過去形)から読み物を2つ選び出し、輪読・読解するというのだ。事前に下読みしていないと手に負えないのに、他の出席者はそれを難なくこなした。凄い!
(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”)
先生のイディッシュ語話者との経験で聞き知ったまざまな情報をまじえて進められた。
① 基本テキスト「Colloquial Yiddish」
次の2つの読み物について、先生の基本的な解説の後、輪読する。
・対話編:(仮題)「!אױ װײ! איך האָב פֿאַרגעסן אָנצינדן דעם אױװן」
(何てこと、オーブンに火をつけるのを忘れてた)
・読み物:「הערשעלע גײט אין קרעטשמע」
(ヘルシェレが居酒屋へ行く)*
② 「イディッシュ語-英語」辞書の紹介
・ケンタッキー大学版のネット辞書:
https://www.cs.uky.edu/~raphael/yiddish/dictionary.cgi
(*)ヘルシェレ(Hershel of Ostropol): Wikipediaに、この人物と上記の読み物と思われる小話「My Father」が紹介されている。実在の人だそうだが、<貧乏を逆手に取った> 小話が面白い。ただし、テキストとWikipediaに相違はあるけど。
実在の人物だそうで、阿呆村「ヘルム」の住民のことでもないようだが、どこからどこまでが実像なのか気になる。
(本ブログ関連:”ヘルム”)
ところで、できもしない脅かしをして、ことを済まそうとするのは、「玄関をお借りしたい」と狂言切腹しようとする話とどこか似た感じがする。(映画「切腹」:時代劇感想文集に感謝)
最終日らしく、授業は今までと違ってチャレンジングなものだった。基本テキストの新たな章(過去形)から読み物を2つ選び出し、輪読・読解するというのだ。事前に下読みしていないと手に負えないのに、他の出席者はそれを難なくこなした。凄い!
(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”)
先生のイディッシュ語話者との経験で聞き知ったまざまな情報をまじえて進められた。
① 基本テキスト「Colloquial Yiddish」
次の2つの読み物について、先生の基本的な解説の後、輪読する。
・対話編:(仮題)「!אױ װײ! איך האָב פֿאַרגעסן אָנצינדן דעם אױװן」
(何てこと、オーブンに火をつけるのを忘れてた)
・読み物:「הערשעלע גײט אין קרעטשמע」
(ヘルシェレが居酒屋へ行く)*
② 「イディッシュ語-英語」辞書の紹介
・ケンタッキー大学版のネット辞書:
https://www.cs.uky.edu/~raphael/yiddish/dictionary.cgi
(*)ヘルシェレ(Hershel of Ostropol): Wikipediaに、この人物と上記の読み物と思われる小話「My Father」が紹介されている。実在の人だそうだが、<貧乏を逆手に取った> 小話が面白い。ただし、テキストとWikipediaに相違はあるけど。
実在の人物だそうで、阿呆村「ヘルム」の住民のことでもないようだが、どこからどこまでが実像なのか気になる。
(本ブログ関連:”ヘルム”)
ところで、できもしない脅かしをして、ことを済まそうとするのは、「玄関をお借りしたい」と狂言切腹しようとする話とどこか似た感じがする。(映画「切腹」:時代劇感想文集に感謝)
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