▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼
検索キーワード「エイプリルフール -速報」に一致する投稿を日付順に表示しています。 関連性の高い順 すべての投稿を表示
検索キーワード「エイプリルフール -速報」に一致する投稿を日付順に表示しています。 関連性の高い順 すべての投稿を表示

2025年4月1日火曜日

エイプリルフールと洒落と粋(いき)

きょうの4月1日は「エイプリルフール(四月馬鹿)」。しかし一日中雨で寒く、四月馬鹿の名にふさわしい陽気さはない。

(本ブログ関連:”エイプリルフール”、”馬鹿・阿呆”)

エイプリルフールには「洒落」があったはず。わたしの感覚だが、最近それが世間に通じてないような気がする。そもそも外来のイベントだし、それを受け入れる余裕もない。みなが白けた時世だからだろうか。

さらに困るのは、虚実ない交ぜになったエイプリルフールかもしれない。一方から見れば事実になり、他方から見れば嘘(悪意がこもったフェイク)になる。判別できてこそ、洒落と笑い飛ばせるのだが。

日本人の洒落の伝統について、Googleの生成AI「Gemini」に以下のようにたずねてみた。
ー 洒落のめすは、ハイカラにいえば「(いき)」に通じる。それも忘れられて久しい。

■ Gemini
Q.「洒落」という文化は、日本ではいつごろ誕生(発展)したのでしょうか?
-------------------------------------------------------
A.「洒落(しゃれ)」の文化は、日本の歴史の中で様々な形で発展してきましたが、特に江戸時代に花開いたと言えるでしょう。

江戸時代の「洒落」
・庶民の娯楽としての発展:
    ー 江戸時代には、庶民の間にユーモアや言葉遊びを交えた文化が広まりました。
    ー 落語や川柳といった娯楽が発展し、日常会話や文章の中にも「洒落」が取り入れられるようになりました。
・「粋(いき)」との関連:
    ー 江戸の「粋」という美意識は、「洒落」と深く結びついていました
    ー 「粋」とは、洗練されたセンスやユーモアを意味し、「洒落」はその表現手段の一つとして重要視されました。
・文化的な背景:
    ー 江戸時代の文化は、庶民の生活や価値観を反映しており、その中で「洒落」は人々のコミュニケーションや娯楽に欠かせない要素となりました。
    ー 着物の柄である江戸小紋などは、幕府の規制の中、庶民が「洒落」を表現した文化と言えます。

「洒落」の源流
言葉遊びの起源は古く、人類が言葉を使い始めた頃から存在していたと考えられます。
・日本においても、古くから和歌や狂言など、言葉を使った芸術が存在し、それらの中に「洒落」の要素が見られます。

現代への影響
・江戸時代の「洒落」の文化は、現代の日本のユーモアや言葉遊びにも影響を与えています。
テレビのお笑い番組や漫画、アニメなど、様々な形で「洒落」の精神が受け継がれています。

このように、「洒落」は、日本の文化の中で長い時間をかけて育まれ、現代においても重要な役割を果たしています。
-------------------------------------------------------

(追記)
Geminiに、「」文化が廃(すた)れたのではとたずねたところ、次のような回答があった。(抜粋)
-------------------------------------------------------
「粋」が廃れたと感じる人がいるのも事実です。その理由としては、以下のようなものが考えられます。
・情報過多:  情報が溢れる現代社会では、本質を見抜く力が鈍くなりがちです。
・効率重視:  効率や合理性が重視される現代社会では、遊び心や余裕が失われがちです。
・個人主義:  個人主義が浸透する現代社会では、相手を思いやる気持ちが希薄になりがちです。
-------------------------------------------------------

2024年4月1日月曜日

4月になれば

「かくて」という言葉が気になり、ネットで「学研全訳古語辞典」*(学研教育出版)を調べたところ、まさに思いいたる解説があった。
(*)https://tsurezuregusa.com/019dan/

かく-て 【斯くて】([一]副詞): このようにして
----------------------------------------------------------------
出典「徒然草 一九」
「かくて明けゆく空の気色(けしき)、昨日に変はりたりとは見えねど」
 [訳]  このようにして明けてゆく空のようすは、昨日と変わったとは見えないが。
----------------------------------------------------------------

吉田兼好が「徒然草」で語ったのは、変化がないようでもやっぱり「元旦」ならばこその目出度さだった。私にしても、きょうをいつもと変わりないといきがっても、世間や自然が変化しているのだから、「かくて」と知った風することもない。物事は斯様に変わるわけで。

きょうから、春一色になるはず(きのうと比べて冷え気味だが)。4月になれば、学校は新学年が始まり、企業の大方は1年の決算を報告する。有無も言わさず、世間の時計はしっかり回り続ける。

今年の元旦(2024年1月1日)に襲った「令和6年 能登半島地震」から3か月目である。被災状況が後から次々判明した「東北地方太平洋沖地震」(2011年3月11日)の時と同様、復旧もままならない。子どものころに強いインパクトを受けた「伊瀬湾台風」(1959年9月下旬)といい、日本は自然災害から免れることはないのだろう。

4月1日のきょう、以前は「エイプリル・フール」が賑したものだが、今の状況に相応しくないようで、余り話題にならない。

2017年4月1日土曜日

4月1日

昨日で、今年の1/4(3ヶ月)が終わってしまった。1/4は大きい。リンゴの実を4等分してみれば分かること。一口では食えない大きさだ。そんなわけで、3ヶ月を無駄食いしていたかもしれない。(若ければ)惜しいような、(若くないので)惜しくもないような。

ラジオで高齢なパーソナリティーが、月日の経つ早さについて言った。こんなに早いのならアッというまに20年過ぎて百歳を越えてしまうと。確かに光陰は百代の過客だが、平均年齢50歳に満たぬ時代だった頃のこと・・・ところが昨年の百歳以上人口は6.5万人いる。ならば、百歳越えラジオパーソナリティーもおかしくない。

時間はあっというまに過ぎるし、終いもあっというまに来るはず。でもターミナルに近づくのに無数の思いが生まれ、時間と無限の追いかけっこしている錯覚をする。都心で、行き先の超高層ビルが見えるのに、なかなか近づかない感覚だ。たどり着かなかったことはない。

一般に年度変わりの4月1日、気分一新したいけど、昼頃になって雨がようやく止み、気温は花冷えのまま少し上がり始めた。近所の公園の「桜まつり」は今日と明日。お天道様はねずみ色のまま、出かけるのは明日にしようかな。
⇒ 桜の開花状況はいかがと「都内の桜情報」を見れば、ヤマザクラ:未開花、ソメイヨシノ:開花、サトザクラ:未開花、カスミザクラ:未開花とのこと。ソメイヨシノの開花も咲いたばかりの話し。観桜はもうちょっと先でいいようだ。

そんなわけで、今日はどんな「エイプリルフール」が話題になったか楽しみにするぐらい。